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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第59話:相対戦=第二戦その6=
作者:蓬莱   2014/12/31(水) 22:13公開   ID:.dsW6wyhJEM
ホライゾンがこの劣勢の現状を打開できる糸口を見つけた頃、ヴィルヘルムはノリキら武蔵勢戦闘要員らを相手取りながら奮戦していた。

「うぉらぁ…!!」
「来るか…!!」
「そいつの杭に気を付けろ!! 刺さった瞬間、こちちらの魔力を吸い取る能力を持っている!!」
「そいつはまた厄介な力を持っているようだ、ね!!」

まず、ヴィルヘルムは多数との戦闘において重要な機を制するべく義康の“義”と闘ったと同じく残った右腕から無数の杭をノリキ達に向かって一斉に発射した。
このヴィルヘルムの先制攻撃に対し、戦闘態勢に入ったノリキ達は先にヴィルヘルムと闘った義康の助言に従って、放たれたヴィルヘルムの杭を回避もしくは手持ちの武器で切り払いつつ凌いでいた。

「あいたたたたたたたぁ―――!! 刺さったら危ないじゃないですかぁ―――!!」
「うるせぇ、置物!! つうか、何で刺さらねぇンだ…っ!?」

唯一人、アデーレだけは鉄壁の防御力を誇る機動殻“奔獣”の重装甲によって全ての杭を貫通することなくはじいてしまっていたが。
それでも、杭がぶつかったときに衝撃が生じているのか、アデーレは悲鳴にならない悲鳴を上げつつ、杭を放ったヴィルヘルムにむかって抗議の声を叫んでいた。
もっとも、ヴィルヘルムからすれば反則じみた防御力を有する“奔獣”こそ理不尽だと抗議の声を上げつつ、ヴィルヘルムは攻撃目標を攻撃の効かないアデーレ以外に切り替えるしかなかった。

「…ちょこまかと鬱陶しいんだよ、てめぇらぁは!!」
「うわぁ…見た目もだけど言動からして典型的な噛ませ犬ポジションのチンピラキャラね」
「一応、戒さんの同僚だから油断は禁物だよ、ガッちゃん」

次にヴィルヘルムが狙ったのは、上空から攻撃を仕掛けてくる“双嬢”と称されるナルゼとマルゴットの二人だった。
即座に杭で撃ち落とさんとするヴィルヘルムであったが、ナルゼとマルゴットは次々と弾幕を張るように発射される数十もの杭と杭の合間を縫うように楽々と回避し続けた。
やがて、杭の弾幕を潜り抜けたナルゼとマルゴットは一転して急旋回し、上空から反撃の体勢を整えつつ砲撃を仕掛けてきた。

「この程度で俺を仕留められるとでも―――否だ―――んな!?」
「行くぞ、成美」
「任せて、キヨナリ」
「合わせます、御二方」

この“双嬢”の放った砲撃に対し、ヴィルヘルムは臆することなく次々に杭を乱射する事で弾を誘爆させつつ、仕留めきれなかった分も後ろに飛び退くようにして避けきってみせた。
しかし、その直後、ヴィルヘルムが地面に着地するよりも早く、ヴィルヘルムの腹にめがけて盾で殴りつけんとするウルキアガと顎剣で残されたヴィルヘルムの右腕を斬りおとさんとする成美、ヴィルヘルムの首めがけて抜刀体勢に入った氏直の三者が攻撃を仕掛けていた。
ようやく、ヴィルヘルムはナルゼとマルゴットの狙いが身動きの取れない空中に追い込むことでこの三者同時攻撃を確実に決める為なのだと気付き、忌々しげに舌打ちしながらもこの必殺の連撃を防がんとした。
―――最初に盾で殴りつけるウルキアガの攻撃を右足でガードする事で防ぎ。
―――次に右腕を斬りおとされる前に成美の顎剣を右手で掴みとり。
―――最後に術式で加速発射された氏直の太刀をガッチリと歯で抑え込むように噛み止めてみせた。
もはや、人間業とは思えぬ荒業を見せつけたヴィルヘルムは見事にウルキアガら三人の同時攻撃を凌ぎ―――

「へめぇひゃ、ひょんめいか…!!」
「正解だ…!!」

―――途中でウルキアガの背中に捕まって機を窺っていた、本命であるノリキの拳によって顎をかち上げられるようにして殴り飛ばされた。
この時、氏直の太刀を噛みしめていた事もあってか、ヴィルヘルムの口から歯が砕けるような音と共に幾つもの歯の破片がふき出してきた。
そして、地面へと叩き付けられたヴィルヘルムを前にしても、ノリキは油断なく拳を構えながらこう告げた。

「…これでもまだ闘うつもりか?」

この時、ヴィルヘルムの浮べていたのは極上の獲物を前にして牙を見せるようにして口を開ける狂獣の笑みだった。



第59話:相対戦=第二戦その6=



一方、拠点に引きこもりながら身を隠す綺礼は冬木の市街地の何処かに潜んでいるアサシンと連絡を取り合っていた。

『どうやら、あのチンピラ吸血鬼は上手い具合に連中を惹きつけてくれているようだぜ』
「あぁ…おかげで、こちらは本命の対処に集中できる」

そして、綺礼はアサシンの口から伝えられた報告―――武蔵勢との大規模な戦闘が始まった事を聞き、大方こちらの思惑通りに事が運んでいる事に心なしか満足げに声を弾ませた。
実を言えば、アーチャー達が難敵ヴィルヘルムと出くわしたのは、綺礼とアサシンによって仕組まれた事だった。
相対戦第二戦において変質者からヴィルヘルムを助っ人として送るとの連絡を受けた際、綺礼はアサシン陣営にとって強力な“武”となるヴィルヘルムをどう扱うべきかで頭を悩ませた。
―――綺礼が潜む拠点を守る護衛役はラインハルトを絶対の主とするヴィルヘルムが納得しないだろう。
―――かといって、アサシンと共に攻撃役として扱うには、加減を知らない好戦的なヴィルヘルムでは時臣がうっかり死にかねないほど余りにも強力過ぎた。
故に、アサシンを交えての相談の末、綺礼は表向きヴィルヘルムを攻撃役として送り込みながらも、実際に求めた役割はただ一つだけだった。
そう、ヴィルヘルムがアーチャー達を襲撃する際に、アーチャー達の窮地に駆けつけてくるであろう他の武蔵勢を足止めする囮としての役割を―――!!
これにより、アーチャー達と他の武蔵勢との合流を阻止し孤立させることで、対ヴィルヘルムへの人員を割かせて綺礼への捜索人員を減らすだけでなく、アサシンによるアーチャー達への襲撃をより成功しやすくするのが綺礼の狙いだった。
その後、ホライゾンがヴィルヘルムを激怒させるという想定外のトラブルなどを除けば、現状において綺礼とアサシンのほぼ思惑通りの展開となりつつあった。

『しかし、本当に気付かれないもんだな。普通は少し周りを見れば分かると思うんだが…』
「それでも、遠坂時臣は決して気付かない。いや、気付く事ができない」

とここで、アサシンは、アーチャー達が未だにどうして自分たちの居場所を突き止められるのか分からないでいる事に不思議そうに呟いた。
実際、アサシンは、綺礼からその方法を聞かされた当初、アーチャー達にすぐに気付かれるのではないかと内心で不安に思っていた。
しかし、この数年間、遠坂時臣という男を知り尽くしている綺礼からすれば、アーチャー達はともかく、典型的な魔術師である時臣では絶対に気付く事はできないと確信していた。
なぜなら、時臣が如何に優秀な魔術師で、如何に魔術で姿を隠そうとも―――

『この監視カメラにはばっちり映っているからな、あいつらの姿が』

―――この冬木市中のあらゆる場所に設置されている監視カメラという機械の目まで誤魔化すことはできないのだから!!
実は、アサシンの特性を最大限生かすべく、綺礼は相対戦第二戦の勝負内容を“鬼ごっこ”と指定したものの一つ解決しなければならない問題が有った。
それはアサシンの待ち伏せや襲撃を確実に成功させるには、常に時臣達の居場所を把握する必要が有るという事だった。
しかし、如何に小都市といえども冬木市全てを五十三枚のトランプカードだけで監視するなど出来る筈もない。
かといって、宝具の一枚を時臣達のポケットや服の隙間に潜り込み、隠れ家に潜む綺礼らに居場所を伝えようにも念話では時臣に察知される可能性も有った。
また、通信機を携帯させるという案もあったがアサシンの宝具一枚だけでは通信機を持ち運ぶだけの力もないし、アサシンの宝具が持てるだけの小型なモノを今すぐ用意するだけの時間も予算もなかった。

「なら、有るところから借りるか…無断で」

そこで、綺礼が思いついたのは、ここ最近、警察―――正確には警察さえも手駒とするだけの権力を有するとある組織の手によって冬木市の各地に取り付けられた監視カメラを無断使用するというモノだった。
確かに、この方法ならば冬木警察署内にある監視室に忍び込んだアサシンの宝具一枚だけで偵察が事足り、冬木市中に設置された監視カメラで時臣達の居場所を容易く突き止める事が可能だった。
さらに、監視カメラで冬木市の全てを見張れるという事で、本命である時臣達の先回りして待ち伏せ及び襲撃だけでなく、別動隊である正純達との合流阻止や冬木教会から遠ざかるように誘導する事も容易に可能だった。

「誰よりもはるか先を見据えるが故に誰でも分かりそうなすぐ足元の落とし穴に気付けない…それが遠坂時臣という男だ」

そして、アサシンからの報告―――“アーチャー達をビルの屋上に追い詰めた”との報告を聞いた綺礼は今も自分たちの居場所が筒抜けである事を狼狽しているであろう、かつて師であった時臣をまるで容赦なくそう酷評した。
まるで、今も時臣に対して何処か儚い期待をしている愚かな自分に言い聞かせるかのように自嘲しながら。
そして、この相対戦第二戦が始まってから綺礼が抱えている複雑な心境を察したアサシンは“なるほど”とどこか納得したように呟きながら綺礼にこう問いかけた。

『だから、お前の、言峰綺礼という男の本質にも気付けないか?』
「っ…初めて出会った時から分かっていた事だがな」

そんなアサシンの唐突な問い掛けに対し、綺礼は一瞬だけ“しまった…!?”と驚きつつも、すぐに動揺を抑えながらどうでも良いという口調で投げやりな言葉だけを返した。
もっとも、平静さを装った言葉とは裏腹に、時臣に対する自身の心境をアサシンに見透かされた綺礼の表情は憮然としたモノであったが。

「無駄口が過ぎたな…アサシン、時臣達は今何処にいる?」
『…すぐそばのビルの屋上だ。今、ヘリを向かわせたから、そろそろ、屋上から降りてきてもいいころだが…』

とここで、これ以上自身の心情を追及されまいとした綺礼は話を逸らすかのようにアサシンへ時臣たちが何処にいるのか促すように尋ねた。
アサシンは事務的に仕事をこなすかのようにアーチャー達がアサシンの襲撃を避けるべくビルの屋上に逃げ込んだことを報告した。
現在、アサシンからの指示で集結し、アーチャー達の逃げ込んだビルの周りを取り囲むように襲撃部隊であるアサシンの宝具五十二枚がそれぞれの位置で待機しながら、ビルから出てくるであろうアーチャー達を待ち構えていた。
そして、いよいよ仕上げの準備が整った後、アーチャー達をビルの屋上から追い立てるべく、わざと気配遮断を解いて大量の催涙弾を積み込んだラジコンヘリでビルの屋上にむかったアサシンの宝具は―――

『いないだと…どうなっている!?』
「まさか、屋上から移動したのか…いや、さすがにそれは無理だな」

―――すでにビルの屋上にはアーチャー達が居ない事を初めて知ることになった。
まさか追い込んだはずのアーチャー達が居ない事に思わず狼狽するアサシンに対し、綺礼はアーチャー達が窮地を脱する為にビルの屋上から別のビルへと飛び移ったのではないかと推測した
しかし、当然ながらアーチャー達が屋上から逃亡する事を見越していた綺礼は隣接する全てのビルの周辺にも襲撃部隊を配置していた。
にも拘らず、ビル周辺の襲撃部隊からもアーチャー達が現れたどころかその姿さえ発見したという報告は一切なく、ビルからビルへと飛び移った可能性は有り得なかった。
ならば、ビルの屋上にラジコンヘリが到着するまでの間に、アーチャー達はどのようにして屋上から逃げ出したというのか?

「監視カメラはどうなっている、アサシン?」
『いや、駄目だ。ビル周辺の監視カメラにも姿一つさえ映っていないようだ。…どこに消えたんだ、あいつら…』

すぐさま、綺礼は監視室に潜り込んだアサシンの宝具の一枚―――ジョーカーのカードにビル周辺に取り付けられた監視カメラにアーチャー達の姿が映っていないか確認するようにアサシンへと指示を出した。
一方、アサシンも綺礼と同じく監視室に潜むジョーカーのカードに監視カメラの映像を確認させていた。
しかし、ジョーカーのカードから返ってきたのは、ジョーカーのカードに持たせた小型カメラで撮影された監視カメラの映像と“ビル周辺の監視カメラどころか、どの監視カメラにもアーチャー達の姿は一切映っていなかった”という報告だけだった。
もはや、逃げ場のない屋上で綺礼の差し向けた襲撃部隊に周囲を完全包囲されているにもかかわらず、襲撃部隊に発見される事も監視カメラにも映る事も無く、その姿をくらましたアーチャー達。
“どういう事だ…?”―――この不可解な事態にそう心中で困惑する綺礼であったが、より詳細に確かめる為に共感知覚の魔術にてアサシンの感覚器の知覚を共有しようと試みた。

「…待て、アサシン」

そして、アサシンの視覚を通して問題の監視カメラの映像を見た瞬間、綺礼はその監視カメラの映像に映り込んだある不可解な違和感に気付くとある推測が脳裏に過ぎった。
すぐさま、綺礼は“まさか”と自信を言い聞かせるように思いながらも、自身の推測に対する確証を得る為にアサシンにこう問いかけた。

「今、その監視カメラに映された映像の付近の上空に巨大な雲が存在しているか?」
『雲? いや…空には大きな雲どころか雲そのものさえ浮かんでいないぞ』

この綺礼の唐突な問いかけに首を傾げそうになるアサシンであったが、窓から空を見上げながら確認すると、少なくとも綺礼のいうような巨大な雲など全く無い事を告げた。
事実、今日の冬木市周辺地域の天気はこの冬の時期には珍しく、青々とした青空が広がり、雲一つない快晴だった。
そして、アサシンの言葉に顔を強張らせた綺礼は自身の推測が的中した事を知り、未だに事態をのみ込めていないアサシンに監視カメラの映像に映り込んだ違和感の正体を指摘した。

「なら…監視カメラに映っている巨大な影は何なんのだ?」
『影…っ!!』

この綺礼の指摘に対し、アサシンは目を見開かせるほど驚愕しながらも、すぐに事実を確かめるべく監視カメラの映像を食い入るように凝視した。
確かに監視カメラの映像には綺礼の指摘した通り、空には雲一つないのにも関わらず、市街地の一区画に巨大な影が映り込んでいた。
しかし、奇妙な事はそれだけではなかった。
それほど巨大な影を作るほどの巨大な何かが上空を通り過ぎているにも関わらず、街行く人は誰一人として空を見上げるどころか、その影にすら気づいていないのだ。
そう、まるで、市街地で白昼堂々、ホライゾンが対軍および対城宝具でヴィルヘルムを攻撃した時と同じように…

『まさか…!?』
「待て、アサシン!!」

次の瞬間、一時的に我を失って愕然とするほどの衝撃がアサシンの全身に電流の如く駆け抜けた―――!!
そして、その言いようのない不安に駆られて動揺するアサシンの異変に気付いた綺礼が制止を呼びかけるも時すでに遅く、すでにアサシンは直接巨大な影を作ったモノの正体を確かめるべく外へと飛び出していた。



それから間もなく、アサシンは監視カメラの映像に映った巨大な影を落としたモノの正体を目の当たりにしていた。

「そうきたかよ…!!」

もはや、如何なる手段を用いてもどうにもならない事を悟ったアサシンは帽子を押さえつけるように深く被りながら、徐々に遠ざかっている筈のアーチャー達へむかって吐き捨てるように悪態を吐いた。
もっとも、あからさまに忌々しいと言いたげな言葉とは裏腹に、帽子の下にあるアサシンの顔に浮かんでいたのは、見事に自分と綺礼を出し抜いて見せたアーチャー達への称賛が入り混じった苦笑の表情だった。
そして、アサシンはこう吐き捨てた―――

「あんなモノまで持っているのかよ、アーチャーの野郎は…!!」

―――目的地である冬木教会に向かって、誰に憚れる事無く市街地の上空を突き進むように飛行する航空都市艦“武蔵改”に向かって…!!
実は、アサシンが呼び寄せた襲撃部隊が集結する少し前、ビルの階下を見下ろしていたホライゾンは火災の通報を受けて到着した消防員たちよりも早く警官たちが火災の現場に駆けつけている事に気付いた。
そして、ホライゾンは、もしかしたら、綺礼たちが街中に設置された警察の監視カメラを使用する事で自分たちの居場所を特定しているのではないかと推測していたのだ。
その後、ホライゾンの推測を聞いたアーチャーはこの綺礼たちの仕掛けた策にどう対処すべきか悩む時臣にむかってとんでもない解決策を打ち出した。

「なら、武蔵さんに頼んで“武蔵”でコトミーの家まで運んでもらえば良くね?」

“その手が有ったかぁ…!!”―――この時、時臣は自分には思いつかないような大胆極まりない解決策を導き出したアーチャーにそう心中でただ感心するしかなかった。
無論、これが常時であったならば、人目のつく真っ昼間に“武蔵”のような巨大な航空艦を呼び出すこと自体、魔術の秘匿を完全に投げ捨てるような暴挙であり、時臣も絶対に賛同などしなかっただろう。
しかし、現在、変質者の措置によって、冬木市全体に建物や人に被害が出ないように空間の位相をその物をずらして不干渉化する魔術が施されていた。
事実、ホライゾンが街中で宝具をぶっ放した時も、街行く人は誰一人として気付くことなく、ヴィルヘルム以外には小石一つすら傷ついていなかった。
であるならば、武蔵さんの宝具である“武蔵”を召喚しても問題ないのではないか?
という訳で、アーチャー達はアサシンに気付かれぬようにステルス航行時の仕様でで呼び出した“武蔵”に乗り込むと、襲撃部隊に気付かれる事なく、ビルの屋上から脱出して目的地である冬木教会へ向かったのだ。

「確かにあれなら俺達の妨害を受ける事無く、堂々と冬木教会に辿り着けるには最善の手だろうな」
「そうやな」

徐々に遠ざかっていく“武蔵”を前にそう断言したアサシンは、もはや、“武蔵”に逃げ込まれた時点でどうしようもなくなった事を悟らざるを得なかった。
あれだけの巨大な宝具である“武蔵”を手持ちの襲撃部隊で足止めできる筈もなく、さらに“武蔵”はラジコンヘリ程度では追い付けない上空にまで高度を上げていた。
さらに、アサシンは、何故、綺礼やアサシンに発見される事を分かった上でアーチャー達が“武蔵”がステルス航行を解いたのかも理解していた。
と次の瞬間、アサシンはいつの間にか自身の背後に現れた眼鏡をかけた少女―――大久保・忠隣と侍女らしき自動人形―――加納、護衛役である身の丈を超える巨大な鉄鎚を持つ少年―――柳生・宗矩に気付くと確認するようにこう告げた。

「加えて、これ見よがしにアレを俺達に気付かせることで、ノコノコと表に出てきた俺を捕まえるって訳か…」
「…抵抗する気はないんか?」

そして、アサシンは一切抵抗することなく、潔く自身の敗北を認めるかのように両手を上げながら振り返った。
これには、一戦交える覚悟を決めていた大久保も、予想外にあっさりとアサシンが降参したことに何か罠があるのではないかと逆に訝しんだ。

「生憎、俺の宝具は街中に散らばっている上に、俺自体が直接戦闘に向いていない。まぁ、アサシンである俺が迂闊にも表に出てきた時点で俺の負けは確定だ」

しかし、アサシンは大久保の抱いた不信感を解くかのように、自分がこれ以上抵抗したところで勝ち目はない事を事細かに説明していった。
事実、今から襲撃部隊として派遣したカード達を呼び寄せようとも間に合うはずもなく、アサシン本人が如何なる手段を以て闘おうにも加納や宗矩どころか大久保にすらねじ伏せられるのがオチだった。
故にアサシンもこれ以上の抵抗は無用であると素直に自身の敗北を認めるしかなかった。
ただし―――

「まぁ、それでも…あくまで俺に限っての話だがな」

―――それと等しく綺礼の勝利を確信しつつ…!!



一方、難敵ヴィルヘルムに痛烈な一撃を加える事に成功した武蔵勢であったが死闘は今なお終わりを見せる様子はなかった。

「あっ? おいおい、ようやくお互いに面白くなってきたところで白けた事聞いてんじゃねぇよ、てめぇ」

事実、まだ、闘うのかと問いかけたノリキにそう返答したヴィルヘルムの戦意は未だに衰えるどころか、業火にダイナマイトをぶちまけたかのようにして殺意と闘争心を滾らせていた。

「覚悟しろよ、てめぇら。ここから先は…俺が支配する夜の世界だからよぉ!!」
「―――!?」

そう、ヴィルヘルム自身にとっての切り札をためらいなく使用する事を宣告するまでに…!!
それと同時にノリキ達は未だに優勢であるのにもかかわらず、否応なしにこう感じてしまった。
―――恐ろしい事になる。
―――この男を今ここで倒さないと、この化け物を倒してしまわないと。
―――取り返しのつかないほどとてつもなく恐ろしい事になってしまうと!!
だが、そう危機感を抱いたのにもかかわらず、ノリキ達はヴィルヘルムから発せられるプレッシャーに気圧されたのか、ヴィルヘルムへのさらなる攻撃を躊躇してしまった。
そして、それは、ノリキ達にとって取り返しのつかない致命的な過ちとなった。

“かつて何処かで、そして、これほど幸福だったことが有るだろうか”
“あなたは素晴らしい。掛け値なしに素晴らしい!! しかし、それは誰も知らず、また誰も気づかない”
“幼い私はまだあなたを知らなかった。いったい、私は誰なのだろう、いったいどうして? 私はあなたの許に来たのだろう?”
“もし、私が騎士に有るまじき者ならば、このまま死んでしまいたい。何よりも幸福なこの瞬間―――私は死しても決して忘れはしないだろうから”
“故に恋人よ枯れ落ちろ”
“死骸を晒せ”

次の瞬間、動きを止めたノリキ達を尻目に、ヴィルヘルムは何かの詩を謳いだ。
とここで、ヴィルヘルムを中心にして周囲の位相が徐々にずれ始め、いつの間にか夕刻に近付きつつある空を闇が埋め尽くすように侵食していった。
まるでヴィルヘルムこそがこの世界の主である事を知らしめるかのように漆黒の闇はその主の忌むべき天敵たる日の光をのみ込んでいく。

“何かが訪れ何かが起こった。私はあなたに問いを投げたい”
“本当にこれでよいのか? 私は何か過ちを犯していないか?”
“恋人よ…私はあなただけを見、あなただけを感じよう”
“私の愛で朽ちるあなたを私だけが知っているから”
“故に恋人よ枯れ落ちろ”

やがて、その白き容貌を喜悦で歪めたヴィルヘルムは自身の色である闇に塗り潰されていく世界の中で己の渇望を満たすかのように高らかに謳いあげた!!
そして―――

「“創造”―――“死森の薔薇騎士”!!」

―――今ここに、ヴィルヘルムの渇望“吸血鬼にとっての無敵の夜を作りたい”という覇道により血に染まったかのような朱い月に照らされた闇が支配する夜の世界が誕生した!!


ヴィルヘルムの切り札が発動していた頃―――

「え?」
「おや…」
「言峰さん…それは本当なのですか?」
「えぇ…今朝、礼拝堂で綺礼ははっきりとこう言伝を私に頼んで行きました」

その後、航空都市艦“武蔵”で冬木教会に辿り着いたアーチャー達は礼拝堂で八極拳の鍛錬をしていた璃正(全裸)から綺礼からの言伝を聞いていた。
しかし、璃正の口から伝えられた綺礼の言伝は、何らかの手掛りが有るのではと考えていたアーチャー達にとって予想外のモノだった―――それも考え得る限りの最悪の方向で!!
思わず首を傾げるアーチャーとホライゾンを尻目に、時臣は無駄だと悟っている反面、何かの間違いであってほしいと願いつつ、再度、璃正に事実を確認するように問いかけた。
しかし、璃正は余りの時臣の動揺ぶりに言うべきか躊躇いつつも、結局、綺礼からの伝言を偽りなくこう告げるしかなかった。

「“私はここにはいないし、ここに手掛かりもない”と」

この時、既に時間は五時を回っており、タイムリミットである日没まであと十数分のところまで迫りつつあった。
 


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