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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第65話:相対戦=第三戦その3=
作者:蓬莱   2015/05/31(日) 16:45公開   ID:.dsW6wyhJEM
しばらくして、鬼の子を引き取った後、松陽は一般の学校に授業料を納める事もできないほど貧しい子供達の為に、文字の書き取りや剣道などの手習いを学べる私塾“松下村塾”を開いた。
そして、そんな松陽に拾われた鬼の子も不良学生みたく勉強をサボっては、松陽から地面にめり込むほどの拳骨を喰らいながらも、他の子供達と共に勉学や剣を松陽の元で学ぶ日々を過ごしていた。

「俺と勝負しろ」
「ん?」

そんなある日、以前、何時ものように勉強をさぼっていた鬼の子が近くの神社で見かけた少年―――下級武士の子息である“高杉晋助”が松陽と試合うべく、松下村塾へと道場破りにやってきた。
この高杉の寺小屋に道場破りという常識はずれな行動に対し、鬼の子は若干面倒臭がったものの、松陽の不在と性格的に似た者同士ゆえの売り言葉に買い言葉の応酬による口喧嘩の末、晋助との剣道一本勝負を受けて立つ事になった。
もっとも、物心ついた頃より生きる残るために強くなることを強いられてきた鬼の子に対し、名門道場の同い年の同門の中で如何に強いとはいえ、あくまで道場剣術を学んだだけの晋助が敵うはずもなく、最初の勝負は呆気なく鬼の子の勝利で終わった。
その後、戻ってきた松陽に介抱された晋助は、“武士道”について松陽と語り合った後、何かを考え込むように自宅へと戻っていった。

「何だ、てめぇ? 昨日の今日で性懲りもなく」
「もう一度、俺と勝負しろ」

だが、その翌日、再び、松下村塾に姿を見せた晋助は何事かと訝しむ鬼の子に向かって再戦を申し込んできた。
無論、鬼の子は昨日の今日で晋助が勝てるような甘い相手ではなく、結果は昨日と同じく鬼の子の勝利に終わった。

「オイ、いい加減にしやがれ。何回、道場破りに来れば気が済むんだ、てめぇはコノヤロー」
「俺が勝つまで」

さらに、その後も、晋助は毎日、松陽の寺小屋へ通いながら、自分を打ち負かした鬼の子との勝負に挑み続けた。
それでも、鬼の子は毎日のように自分に勝負を挑んでくる晋助にうんざりしながらも勝ちを重ねていった。
だが、それでも、晋助は何度も鬼の子に打ち負かされようとも諦めることは無かった。
―――度重なる鬼の子との試合で日を追うごとに怪我を増やしながらも。
―――晋助を快く思わない周囲の同門達に心無い陰口を叩かれながらも。
―――世間体に執着する父親に虐待まがいの躾を受けながらも。
“あいつらのより強い侍になりてぇ”―――己の弱さと己よりも強いモノがいる事を知った晋助はその一念を胸に抱きながら、鬼の子に幾度も試合を挑んだのだ。
やがて、その晋助の鋼のように強い一念と度重なる鬼の子との試合で培った経験が実を結んだのか、鬼の子は初めて晋助に敗北を喫する事になった。

「お前、高杉っつったか?」

そして、晋助に初めて敗北したその日の夕方、鬼の子は松下村塾から立ち去る晋助の名を初めて口にしながら呼び止めた。
―――一度勝ったぐらいで付け上がんなよ。
―――てめぇが奇跡的に俺から一勝する間に、俺はお前に何勝した?
そんな負け惜しみじみた台詞を口にした鬼の子は言いたいことだけ言い尽くすと、背を向けたまま、付け加えるように晋助に向かってこう呟いた。

「俺に本当に勝ちてぇなら、負けた分取り戻してぇなら…」

それが鬼の子が初めて自分を打ち負かした晋助を―――

「明日も来い…次勝つのも俺だけどな」

―――自分達と同じ松陽の弟子として、そして、自分とって初めてとなる無二の友として認めた瞬間だった。



第65話:相対戦=第三戦その3=




「んじゃ、そろそろ行こうぜ」
「あぁ、そうだな」

一方、桜との問答の後、銀時と第一天は手早く身支度を済ませると、対戦相手であるランサーが相対戦第三戦の舞台として指定したアインツベルン城へと向かわんとしていた。
正直なところ、銀時としては、聖杯に関する事で切嗣達と決別した手前、未だにアインツベルン城に居るであろうセイバーやアイリスフィール達と顔を会わせるのに気まずさが少なからず残っていた。
とはいえ、銀時自身も今のままではどうしようもないと思っており、また、対戦相手であるにもかかわらず、自分を気遣ってくれたランサーの心遣いを無碍にするわけにもいかなかった。
ひとまず、銀時は“アインツベルン城までの道中の間で思案するか”と考えながら、第一天と共に間桐邸の玄関から外へ出ようとした時だった。

「アインツベルン城へ行かれるのですね、坂田さん?」
「ん?」

その直後、銀時と第一天の背後から、口調こそ穏やかではあるが、まるで死地へ赴かんとする銀時を引き留めるかのように尋ねる声が聞こえてきた。
この自分を呼び止める問いかけに対し、銀時は思わず立ち止まると、声の主を確認すべく振り返った。

「初めまして、坂田さん。ヴァレリア=トリファです。今回の相対戦第三戦の副立会人を務めさせていただくことになりましたのでよろしくお願いします」
「…」

そこにいたのは、銀時に向かって自己紹介と相対戦第三戦の立会人を務める事を告げる、どこか冴えない男―――自身の聖遺物である“ラインハルトの玉体”を返上したヴァレリアの姿が有った。

「…一応、私が立会人をするつもりなんだが?」

とここで、相対戦第三戦の立会人を務める第一天が、いつの間にか自分の知らぬところで副立会人となったヴァレリアにむかってやや不機嫌そうな視線をむけて問いかけてきた。
実際、相対戦第三戦の立会人については、昨晩の酒宴にて、第一天が蓮やメルクリウス達に、先輩覇道神として念入りに言い含めていた筈だった。

「大変申し訳ありませんが…さすがに一夜を共にした間柄である以上、このままでは公平性に欠くとの藤井さんからの判断で、私が副立会人として立候補させていただきました」
「むぅ…」

もっとも、トリファも第一天の険しい視線にやや気圧されかけたが、あくまで公平性を保つという名目を強調する事で、自分が副立会人を務める事を押し通さん押した。
これには、第一天も不満そうに頬を膨らませるが、胡散臭さが否めないトリファの言い分にも一理有るのも事実だった。
さらに、座の歴史において、あらゆる意味で“英雄”と言っても過言ではない“永遠の刹那”からの判断とあっては、第一天も私情を挟んで無碍にするわけにはいかなかった。
結局、第一天はそれ以上何も強く言えないまま、副立会人としてトリファを同伴させることをしぶしぶながら認めるしかなかった。
だが、その一方で、トリファの口から何気なく出た、当人にとっては余りに不穏な言葉に激しく動揺する男が一人いた。

「おい、何か知ってんの? あの晩、何があったのか知ってんのか、あんた!?」

とここまで、第一天とトリファのやり取りを見守っていた銀時であったが、“一夜を共にした間柄”という言葉を耳にした瞬間、全身の汗腺という汗腺から滝のように激しい汗を噴き出した。
それでは、まるで自分と第一天が大気圏突破したような言い草ではないか…!?
そして、未だにショックの大きさの余り、顔面蒼白で愕然とした表情のまま固まった銀時は、事の真相を知るであろうトリファに向かって震える声で問い詰めた。
そんな銀時の“何かの間違いであってくれ!!”と必死に言いたげな問いかけを前にし、トリファはしばし目を伏せた後、意を決したように目蓋を開け、大罪を犯した憐れなマダオを労わるような眼をむけてこう諭した。

「これでも元神に仕える者なので…あのような口にすることも憚られる事は私にはお答えできません。でも、万が一の時についてですが、認知はちゃんとお願いしますね」
「おぃいいいいいい!! 何でそんな不穏な事言っちゃうの!! マジで何が有ったんだよ、あの夜にぃ!!」

この余りに救いようのないトリファの言葉に対し、銀時は両手で頭を抱えながら、“夢なら冷めてくれぇええええ!!”や“嘘だと言ってよ、バァアアニィイイ!!”などと絶叫して、男として最悪の大罪に押し潰されるかのように土下座姿勢でその場に崩れ落ちた。
ちなみに、第一天の方は“ナラカ、本当にごめんなさい…”や“私はどうしようもない悪だ…”と元彼にガチ謝罪と自己嫌悪に陥りながら、銀時と同じく土下座姿勢で崩れ落ちていた。

「ヴァレリア、ここに…何、これ?」
「いやはや…本当にどうしてこうなったのでしょうね」

とここで、ヴァレリアが相対戦第三戦の副立会人となる事を聞いたリザが、あまりにヴァレリアらしからぬ行動に疑問を抱いたのか、ヴァレリアの真意を問い質そうとしてやってきた。
だが、玄関にて土下座姿勢のまま蹲る銀時と第一天を目の当たりにしたリザはしばし奇異なモノを見るように眼をぱちぱちさせた後、当事者と思しきヴァレリアにむかって何があったのか尋ねた。
しかし、当のヴァレリアはヤレヤレといった様子で肩をすくめて、首を横に振りながら、聞き返すようにしてとぼけるだけだった。
ちなみに、実際には、昨晩の酒宴の席にて、しつこい絡み酒で皆に嫌がらせをした挙句、マリィも巻き込んで酔って暴れ出した銀時と第一天に対し、“いい加減にしろ!!”とブチ切れた蓮が問答無用で気絶させたのちに、近くのベットにまとめて叩き込んだのが事の真相なのだが。

「先に逝くつもりなのね、ヴァレリア」
「できれば生きて戻りたいですが…さすがに、私ではこの状況ではどのみち足手纏いにしかなりませんからね」

ひとまず、リザは絶賛絶望中の銀時と第一天が視界に入らないようにスルーしつつ、ヴァレリアに向かって、まるでヴァレリアの死を予感するような意味深な言葉で問い詰めた。
このリザの問い掛けに対し、ヴァレリアは自身の至らなさに苦笑しながらも、リザの言葉を肯定するように頷いた。
事実、この相対戦第三戦については、善悪相殺の誓約を有するセイバーと戦闘狂のランサーが真剣勝負で相見える以上、どちらかが死ぬ可能性が充分にあった。
さらに、万が一、ランサーが死亡した場合、セイバーの善悪相殺の誓約によりアイリスフィール達にまで危険が及ぶという二次被害が発生する可能性まで有るのだ。
故に、ヴァレリアは蓮の意を汲んで副立会人として立候補したのだ―――セイバーの善悪相殺の誓約が発動した場合の身代わり役として…!!
そして、ヴァレリアは穏やかな笑みを浮べたまま、遣り切れない表情を浮かべるリザに向かって、まるで自身の死期を悟った者が残す遺言のように自身の頼みを告げた。

「それと色々と迷惑をかけてきましたが…テレジアの事は頼みます、リザ」
「まったく…いつものあなたらしくないわね」

そして、父親として玲愛の身を案じているヴァレリアの頼みを前に、リザはもはや不退転の覚悟を決めたヴァレリアを押し留めるのは不可能である事を悟った。
“本当にらしくないわよ、ヴァレリア”―――それと同時に、リザは余りにもヴァレリアらしからぬ行動に、そう心中で苦言を呈するしかなかった。
確かに、ヴァレリアが自身の聖遺物を返上した以上、戦力外である事は覆しようのない事実であり、万が一の事態に対する最低限の生贄として適任ではあった。
だが、そもそも、ヴァレリアという男は諸々の事情があったとはいえ、己の目的の為に数々の陰謀と策謀を張り巡らし、戒やベアトリス、螢の人生を狂わせてきた外道神父だった。
そう、少なくとも、リザの知る限り、こんな見返りも打算も一切度外視してまで命を懸けるような男では断じて無かった。
だからこそ、リザは“何故、ヴァレリアがそうまでして命を懸けられるのか?”とそう疑問を感じずにはいられなかった。

「…これも近藤さんの影響なのですかね」

そんなリザの心中を察したのか、ヴァレリアはここまで自分をらしくない行動を是とした切っ掛けが何であったのかをしばし思い返した。
やがて、これまでの事を振り返ったヴァレリアは、その切っ掛けとなった存在こそ一人の少女の願いを叶える為に、満身創痍になるまで痛めつけられても、自分に立ち向かった侍“近藤勲”である事に思い至った。
―――そもそも、ヴァレリア・トリファという男は黒円卓に入団して以降、常に恐怖に怯えながら、真実から目を背けながら逃げ続けるような人生を送ってきた。
―――その結果、メルクリウスから与えられた呪いの通り、ヴァレリアは自身に近しい人間を死なせてしまっていた。
―――だからこそ、ヴァレリアは自分とは真逆に、己が魂と誇りを胸に真っ向から困難に立ち向かう近藤の姿に胸を熱くするような眩いモノを感じずにはいられなかったのだ。
―――叶うなら、自分も一度で良いから、己の信ずる真を貫きたいと焦がれる程思ってしまった。
―――例え、その結果が自身の身を滅ぼす事になろうとも…!!
故に、ヴァレリアは仮初の生であるからこそ“生前に果たせなかった生き方をしたい”という願いを果たすべく、この相対戦第三戦の立会人として死地へ赴かんとしているのだ。

「まったく、こんな時だけ格好つけて。本当にどうしようもないくらい馬鹿なんだから…」

この瞬間、余りに似つかわしくないヴァレリアの覚悟を前に、リザは心底呆れた様子で苦笑の言葉を振り絞るように呟くしなかった。
実際、ヴァレリア自身は覚悟を決めながらも、未だに手や足が恐怖で震えており、ヴァレリアが相当無理をしているのは誰が見ても明らかだった。
だが、それでも、ヴァレリアはこれまでのように逃げるのではなく、なけなしの勇気を振り絞りながら自身の信ずる道を行かんとしていた。
故に、もはや、ヴァレリアを思い止ませる事が不可能であると悟ったリザは、せめてヴァレリアが安心して逝けるようにと、涙混じりの精一杯の微笑みと共に別れの言葉を告げた。

「さようなら、ヴァレリアン。来世があるならまた何処かで会いましょう」
「えぇ。私もその機会がある事を祈りますよ、リザ」

そして、ヴァレリアはヴァレリアン・トリファとして自分を見送るリザの手を握りしめ、来世での再会を望む言葉と共に、仮初とはいえ、長年連れ添ってきたリザとの今生の別れを交わした。
ちなみに―――

「…もういいのかな?」

―――ある目的の為に銀時達と合流しにやってきたものの、状況が状況なだけに中に入れないでいたウェイバーがずっと膝を抱えながら、玄関の外で途方に暮れていたのはまた別の話である。
その後、何とか立ち直った銀時達が、ずっと玄関の外でスタンバっていたウェイバーに自分たちの会話のほぼ全てを聞かれていた事を知り、周囲に轟くほどの奇声と絶叫を上げるような激しい羞恥心によって再起不能寸前まで悶絶してしまったのは割とどうでも良い話である。





「よもや、こんな形で相見えることになるとはな、アインツベルンのマスター。もっとも、本来のマスターは捕まったのだったな」
「…」

様々な意味で波乱に満ちた相対戦第二戦終了後から夜も更けた頃、ケイネスはランサー達と共に相対戦第三戦の舞台となるアインツベルン城へと訪れ、この城の主であるアイリスフィール達と城の中庭で対峙していた。
この時、ケイネスはアイリスフィールの傍に見慣れぬホムンクルスが二体―――セラとリズしかいない事に気づくと、切嗣が逮捕された事を指摘しつつ、同情の眼差しを向けて失笑するかのように皮肉った。
そんな皮肉の言葉を口にするケイネスに対し、アイリスフィールは一切反論することなく、ただ目を背けながら押し黙るしかなかった。

「ご、ごめんなさい…つい、思い出しちゃって…笑いが…ぷっ…!!」
「お、奥様…さすがに失礼、ぶふぅ…!!」
「セラ、噴き出して…ぬふぅ…!!」
「よりにもよってそっちか!! というか、もういい加減に忘れろ…!!」

ただし、あくまで切嗣と共に繰り広げたドタバタコントの主役であるケイネスを真面に見るたびに発作的に起こる思い出し笑いを必死に堪える為にだが。
よく見れば、主であるアイリスフィールの傍に居るセラとリズも声をあげて笑わないように我慢しているようだった。
もっとも、爆笑寸前のアイリスフィール達を捲し立てるように抗議の声を上げて地団駄を踏みまくるケイネスからすれば堪ったもではなかった。
まぁ、ケイネスでなくとも、“コントじみた卑劣な罠に翻弄されながら、魔法少女コスのおっさんに追いかけられての鬼ごっこ”なんぞ一刻でも早く忘却して、墓の下で永久に封じたいというのは誰だって無理からぬ話だろう。

「そういえば、この城で、ケイネスがセイバーのマスターと一緒に身体を張ったギャグを見せてくれたのよね。あ、駄目だわ…あははははははは!!」
「あれは本当に面白かったわね。今でも思い出しただけで笑いが出てきそうだし。忘れろと言う方が無理よ…うふふふふふふふ…!!」
「…」
『残念だが我も同意見だ…これは聖杯でもない限り無理かもしれんな、マスターよ』

だが、そんなケイネスの切実な思いなど知った事かと言わんばかりに、ランサーもソラウもアイリスフィール達の反応を肯定するかのようにうんうんと互いに頷きながら笑い合っていた。
このまさかの身内からの裏切りに対し、ケイネスは打ちひしがれるようにしばし項垂れたまま、ツッコミの言葉さえ言えなくなるまでに愕然とするしかなかった。
事実、唯一の味方と言ってもいいアラストールの諦め混じりの慰めの言葉を受け、ケイネスも心中で“それしかないのか…!!”と一瞬本気で考えてしまうほどだった。

「それで…そちらのサーヴァント…セイバーと銀時は何処に居るのかな?」

しかし、ケイネスはすぐさま気を取り直したかのように堂々と仁王立ちし、アイリスフィールにむかって、相対戦の対戦相手であるセイバーと銀時の姿がない事を冷ややかに問い質した。
以前ならいざ知らず、この聖杯戦争を通してギャグとシリアスが入り混じった多種多様な困難の数々を受け続けてきた事で、ケイネスはかつての豆腐並に脆弱だった精神面を強化ガラス級の強度にまで鍛えられていたのだ。
故に、かつてならば再起不能か発狂寸前の不条理にさらされても、ケイネスは即座に立ち直るだけでなく、相手のサーヴァントが不在である事を冷静に指摘するだけの余裕を見せつけるまで精神的に強くなっていた―――ケイネス本人にとっては甚だ不本意ではあるのだが。

「…」

一方、このケイネスの問い掛けに対し、アイリスフィールは表情を曇らせたまま、ケイネスの問い掛けに答えることを拒むかのように沈黙した。
まるでこれまで必死に目を背けてきた現実に押し潰されるのを避けるかのように。
まず、肝心のサーヴァントであるセイバーは銀時を連れ戻しに出かけたまま、行方知れず。
その上、マスターである切嗣も警察に捕まり、聖杯戦争から事実上脱落した。
さらに、この現状で唯一の頼みの綱である銀時は対バーサーカーにおける方針の相違により切嗣と袂を別った時から一度もアインツベルン城へ戻ってくることは無かった。
もはや、戦う術を失ったに等しいアイリスフィール達は、聖杯を得る事はおろか、聖杯戦争を闘い続ける事すら危ういほど最悪の状況に追い詰められていた。
本来なら、残ったアイリスフィールが気丈に振舞わねばならないところだが、玲愛との問答により自身の根幹を打ち崩されたアイリスフィールには到底できる筈が無かった。
“見捨てられた…”―――故に、もはや激戦地に独りだけ取り残された八歳の少女にすぎないアイリスフィールが未だに姿を見せない銀時への不安や不信からそう思い込むのは無理もなかった。
だが、それ以上に、アイリスフィールの心を苛んでいたのは、かつての玲愛の言うように唯々諾々と切嗣に従って何一つ疑うことの無かった自分が、切嗣と袂を別ってまで“護るべきモノの為に闘う”という己の意思を貫いた銀時を疑うような身勝手さに対する自己嫌悪だった。

「銀時なら来るわよ、絶対に」
「…何故、そう信じられるの?」

しかし、そんなアイリスフィールの心を見抜いたかのように銀時が必ずここに来ることを即座に断言したのは他ならぬ、銀時と雌雄を決さんとしているランサーだった。
このランサーの言葉を聞いたアイリスフィールは叱りつけらている子供のように恐る恐る顔を上げながらも、真っ向から自分たちを見据えるランサーにむかって静かに問い掛けた。
アイリスフィールはどうしても知りたかったのだ―――袂を別ったとはいえ味方である自分達より、敵である筈のランサーがそこまで銀時の事を信じているのかを。
このアイリスフィールの問い掛けに対し、ランサーは道を見失った子供を導くのは大人の役目であるとした上で、“簡単な事よ”と前置きしてからあっさりとその答えを返した。

「敵であろうとも刃を交えながら闘う姿を見るからこそ分かり合える事もあるからよ」

“銀時と闘い、その銀時の闘う姿を見たから”―――そう、それこそが、たったそれだけの事が、ランサーが銀時を信じるにたる者だと認めている何よりの理由だった。
例え、無量大数なんて桁違いの邪神を敵にしても、護るべきモノの為なら一歩も退かず、何度死ぬほど斃され這いつくばろうとも立ち上がる真の侍。
そんな銀時が護るべきモノを、すなわち、アイリスフィール達を見捨てる事などどうしてあり得ようか?
何より、自分との闘いの中で、不利を承知の上で、護るべきモノを斬らぬ為に、護るべきモノに斬らせぬ為に不殺に徹し闘い続けたあの男に限って…!!

「そうよね、銀時?」
「え…!?」
「まさか…!?」
「ん?」

故に、ランサーはとっくの昔に戻ってきたにも関わらず、未だに踏ん切りがついていない意地っ張りの侍を引きずり出すべく、アイリスフィール達の様子を伺いながら物陰に隠れている銀時にわざとらしい位に大きな声で、まるで拗ねた子供をからかうように呼びかけた。
ここにきて、既に銀時が戻ってきたことを初めて知ったアイリスフィールは“何時の間に…!?”と心中で驚きながらも、セラやリズと共に思わずランサーが声をかけた方向に目を向けた。
そして、この場にいる一同の注目が集まる中―――

「ったく、どこまで御見通しなんだよ、おめぇは…エスパーですか、コノヤロー」
「やれやれ…中々踏ん切りがつかないからどうなる事かと思ったぞ」
「まぁまぁ…一度、家出した手前、男としては中々出づらい所も有りますからね」
「まったく、意固地なのも大概にしなさいよ」
「銀時…っ!!」

―――ようやく腹を括ったのか、何とも罰悪そうな表情を浮かべた銀時はランサーのお節介に対する悪態を吐きつつ、銀時の意地っ張りぶりを呆れたように苦笑する第一天とヴァレリア共にようやく一同の前に姿を見せた。
この銀時達の登場を前に、ランサーが銀時への苦言を呈し、アイリスフィールが無意識のうちに涙混じりの安堵の笑みを浮べた。
もっとも、唯一人ケイネスだけは姿を見せた銀時ではなく、この場に居る必要のない招かねざる者へと軽蔑と嘲弄が込められた冷淡な視線を向けながら問いかけていた。

「何故、初戦を既に終えたばかりの君がこんな所に居るのかな、ウェイバー君?」
「…ケイネス・エルメロイ・アーチボルドに話があってきました」

そして、ケイネスの問い掛けにそう返答したウェイバーはこの第四次聖杯戦争に於いて、かつての講師であり、自身に屈辱を味あわせた因縁を持つケイネスと初めて真正面から対峙した。
“…やっぱり、駄目だな”―――その最中、ウェイバーは震える両手を抑えるように固く握りしめるとそう心中で自身の不甲斐無さを嘆息した。
かつて、倉庫街での一件に於いて、ウェイバーは魔術師としての殺意が込められたケイネスの敵意に恐怖して屈しかけた事が有った。
無論、それは今も続いており、両手の震えも武者震いなどではなく、ケイネスに対する恐怖が抜けきっていない事の証であるのは、ウェイバー自身が誰よりも理解していた。

“けど…いつまでも逃げるわけにはいかないよな”

しかし、ウェイバーはそれでも恐怖で屈さんとする自身の心を奮い立たせながら、ここに来るまでの事を思い返した。
まず、ケイネスと対峙すべく相対戦第三戦の参加を頼んだ際、銀時は“なるほど”と頷きながら軽く言った―――“なら、やってみな、坊主。んで、あの捻くれたてめぇの師匠を見返してやれよ”と。
次に、アインツベルン城へ向かう道中、ホライゾンと共に銀時を見送りに来たアーチャーは事の次第を知るといつもの調子で笑みを浮べて言った―――“大丈夫だって。オメェはなら出来る。出来ねぇ俺が保証するさ”と。
さらに、アインツベルン城に到着した際、ヴェヴェルスブルク城で療養中のライダーは念話を通してマスターとサーヴァントという主従関係を越えた“絆”を結んだ友の勝利を確信するよう言った―――“皆がますたぁを、ウェイバー・ベルベットを信じている。だから、ウェイバーも信じてほしい…他の誰でもない自分が信じる自分の“絆”を!!”と
だからこそ、ウェイバーはケイネスに対する恐怖に耐えている理由を誰よりも理解していた―――“自分がここに立っていられるのは皆の“絆”の力が支えてくれているのだ!!”と。
もはや、そこには己の未熟さと器の小ささを知らないまま、自分にとって都合のいい妄想に酔い痴れる少年の姿は無かった。

“ありがとう、ライダー、皆…あんた達に出会て、僕は本当に良かった…!!”

それは、まさしく、数々の出会いと経験を経て、友との“絆”を胸に抱きながら、己の役目を果たすために闘いに挑まんとする真の“漢”の姿だった。
やがて、そう心中で感謝の言葉を口にしたウェイバーは自分に全てを託してくれた皆の期待に応えるべく、自分にとって何が何でも乗り越えなければならない難敵であるケイネスにむかって堂々と名乗りを上げるかのように告げた。

「あなた達が知らない、あなた達が第六天波洵だと思われているサーヴァント…バーサーカーの真実を」



やがて、時は流れ、天人達との開国を巡り、日に日に激化する攘夷戦争の動乱の中で、幕府は天人達主導の元、攘夷を扇動する不穏分子を根こそぎ刈り取らんとする苛烈な大粛清“寛政の大獄”を執り行われた。
それは鬼の子達にとっても無関係ではなく、攘夷戦争という荒れ狂う時代の激動に翻弄される事になった。

「仲間を、皆を護ってあげてくださいね」

それが、幕府より送られた役人たちに連行されても直、穏やかな表情を浮かべた松陽が自身の弟子である鬼の子へと託した約束だった。
“子供たちを集め、剣や手習いを教えていた”―――たったそれだけの事で、松陽も“無闇に徒党を組む者があれば謀反の種として処理せよ”という幕府の方針の元、天に仇為す大罪人として囚われた。
既にこの大粛清により多くの大名や公家が次々と粛清されている中、一介の浪人にすぎない松陽の身が危ういのは明らかだった。
無論、鬼の子や晋助達もただ指を咥えて黙っている筈も無く、松陽を救わんと願う仲間達と共に松陽を奪還せんと決起した。

「もし、俺がおっ死んだら…先生の事を頼む」
「じゃあ、俺もろくでなしに頼む…死ぬな」

それが敵の大軍に取り囲まれる中、たった二人だけで奮闘する晋助と鬼の子が互いに背中を預けながら交した約束だった。
“松陽を取り戻す”―――ただ、護るべき者を救う事を誓った鬼の子達は圧倒的に不利な状況の中においても一歩も退くことなく、幕府と天人の軍勢を相手に戦い続けた。
しかし、如何に士気は高くとも、幕府と天人による連合軍の戦力差を覆せるものではなく、鬼の子達は激戦に次ぐ激戦を重ねるたびに一人、また一人と大切な仲間を失いながら、次第に追い詰められていった。

「師か、仲間か…どちらでも好きな方を選べ」

それが敗戦の果てに、敵によって捕らえられた晋助や桂の前で、罪人のように座する松陽の背後に連れ出された鬼の子に突き付けられた選択だった。
―――まず、松陽を選べば、自分を含め晋助や桂の命はない。
―――だが、晋助や桂を救う為には、護るべき、救うべきはずだった松陽を斬らねばならない。
―――松陽との約束か、晋助との約束か?
―――どちらを選ぼうが、鬼の子にとって余りにも救いようのない過酷な選択だった。
だが、それでも、鬼の子は沸き起こる感情を完全に封殺しながら、己にとってのもっとも優先すべきは何であるかを決断した。

「…」
「…や、止めろ!! 頼む!! 止めてくれぇええええええええええ!!」

そして、意を決したように刀を握りしめた鬼の子を前に、晋助は鬼の子が何を選んだのかを察しすると、鬼の子に向かって咽喉から血が迸るほど悲痛な叫び声で絶叫した。
だが、既に覚悟を固めた鬼の子は晋助の叫びに耳を貸すことなく―――

「ありがとう、銀時」
「…」

―――坂田銀時と呼ばれた鬼の子は、自分との約束を果たした弟子を感謝するように微笑んだ松陽の首を刎ねた。

“あぁ…そうか…”

そして、夢と言う形で銀時の過去を知ったセイバーは涙さえも枯れ果てたまま、ここに於いて悟らざるを得なかった。
“善悪相殺の誓約”という銀時の心の瑕を抉るような事を強いる自分には、最初から銀時の仲間になる資格などなかった事を―――!!


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