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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第68話:相対戦=第三戦その6=
作者:蓬莱   2015/10/05(月) 23:04公開   ID:.dsW6wyhJEM
アインツベルン城を舞台に銀時とランサーが互いに刃を交えながら激闘を繰り広げる一方で、刃を交えぬもう一つの闘いに終止符が打たれようとしていた。

「―――以上が僕達の辿り着いた答えです」
「…」

そして、幾つかの質疑応答を交えた末に、ウェイバーがバーサーカーに関する“ある仮説”を語り終えた後、ケイネスは一切反論することなく、ただ研究者としてウェイバーの“仮説”を一つ一つ慎重に吟味するように考察を始めた。
ウェイバーの語った“仮説”は、ケイネスが一考に値するほど信憑性の高いモノでだった。
仮に、ウェイバーの“仮説”の通りならば、これまでの覇道神達の言動や神座闘争の映画などの不自然な点にも充分に説明が付くのだ。
それに加え、間桐雁夜から提出された“証拠”が、ウェイバーの“仮説”を事実である事の裏付けとなっていた。

「なるほど…君の仮説を聞く限り、大方の話の筋は通っている。元講師として採点を下すならほぼ満点といったところか」
「…ありがとうございます」

やがて、熟慮に熟慮を重ねた末に、ケイネスはウェイバーへの称賛とも取れる言葉を送る共にウェイバーの“仮説”が信用するに値するモノであると認めるように頷いた。
この時点で、以前のウェイバーならば、時計塔時代に自分を一蹴したケイネスを認めさせた事に間違いなく有頂天となっていただろう。
だが、ウェイバーは言葉こそケイネスの称賛を素直に受け取りながらも気を緩める事無く、依然として自分が死地にいる事を自覚するかのように張り詰めた表情を崩さなかった。
そして、ウェイバーは気付いていた―――ここからケイネスら討伐派との交渉での正念場である事を!!
無論、ケイネスも研究者としてだけでなく、政治的手腕の才覚に秀でている以上、その事を理解しているのか、“だが…”と前置きしながら不敵な笑みを浮べた。

「それだけでは、キャスター陣営やアサシン陣営はともかく、我々がバーサーカー擁護を支持するには些か足りないな、ウェイバー君」

その直後、ケイネスは直接言葉にこそしないモノの、まるで暗に含みを持たせたような言い方でウェイバーに問いかけた。
確かに、ケイネスが一切反論することなく認める程、ウェイバーの導き出した“仮説”が事実である可能性は極めて高いのは明白だ。
少なくとも、ケイネスを除いた他の討伐派の面々も特に“聖杯”を欲する理由が無い以上、納得した上で擁護派に全力で協力してくれるのはまず間違いない筈だ。
しかし、ケイネスの場合は、“聖杯”そのものに必要は無いモノの、“武功”という格を求めて聖杯戦争に参戦したのだ。
例え、浅ましいと言われようが、ケイネスとしては“ロード・エルメロイ”の名に懸けて、何一つ成果を得られぬまま、時計塔におめおめと戻る訳にはいかなかった。
そして、それ以上にウェイバー達擁護派が桜たちを救う為にどれだけの覚悟が有るのか知る必要が有った。
故に、ケイネスは何が起ころうと対処できるように身構えるウェイバーにむかって、すべての合否を左右する最終問題を出題するように問いかけた。

「さて…答えてもらおうかな、ウェイバー君? このロード・エルメロイが助力するに値するモノを」
「…」

すなわち、ウェイバー達バーサーカー擁護派が、ケイネス=エルメロイ=アーチボルトの助力を得る為に如何なる対価を支払うかを…!!
一見すれば、相手の足元を見るかのようなケイネスの理不尽な要求であったが、ウェイバーもこの展開も織り込み済みであったのか、僅かたりとも狼狽えるそぶりを見せる事はなかった。
むしろ、一般人ならばともかく、ケイネスの要求は、人の道理から外れた魔術師の世界に於いて至極真っ当なモノでだった。
故に、この局面において何より重要となるのは、ウェイバー達擁護派が何をもって、ケイネスの要求に値する対価とし、自分たちの覚悟を示せるかという事。
無論、生半可の対価を差し出したところで、ケイネスの要求に応える事や自分たちの覚悟を示す事など不可能。
“はたして、この討伐派の提示した最大の難関を如何にして切り抜けるつもりかな、ウェイバー=ベルべット君?”
そんなウェイバーに対する期待が入り混じった心境を抱きながら、ウェイバーの出方を窺っていたケイネスは―――

「…ケイネス先生が、ロード・エルメロイがこの聖杯戦争を制した事実と“聖杯”の所有権」
「…え?」

―――ウェイバーが差し出した予想以上の対価に思わず間の抜けた声を上げる程、しばし虚を突かれてしまった。
やがて、ウェイバーの差し出した対価の意味を理解した瞬間、ケイネスは衝撃の余り、目玉が飛び出んばかりの顔芸さながらの表情を浮かべてしまった。
すぐさま、ケイネスは、“正気か!?”と事の重大さを問い質すようにウェイバーに目を向けた。
しかし、ウェイバーは、驚愕の余り動揺を隠せないでいるケイネスとは対照的に落ち着いた様子で自分たちが差し出した対価をもう一度告げた。

「ロード・エルメロイが聖杯戦争を制した事実と“聖杯”の所有権…僕達はそれを協力の見返りとして差し出します」

それが、アインツベルン城までの道中の間に、ウェイバーが銀時とアーチャーとの話し合いの末に決断した答えだった。


第68話:相対戦=第三戦その6=


一方、中庭で銀時とランサーが死闘を繰り広げる中、アイリスフィールとソラウはソラウの何気なく口にした指摘によりふとした切っ掛けで暴発しかねないほど一瞬即発の剣呑な空気が漂い始めていた。

「…それはどういう意味かしら?」
「どういうも何も言葉通りの意味よ」

すぐさま、アイリスフィールは視線に圧力を込めつつ、冷ややかに取り澄ました声でソラウに問い掛けた。
そこには、先程までの弱々しい少女の姿と打って変って、今のアイリスフィールは毅然とした表情で女帝としての凄みを帯びた貫録を見せつけた―――少なくとも外面だけ見ればだが。
しかし、当のソラウは、威圧感と剣呑さを漂わせるアイリスフィールの言葉を、そよ風を受けるかのようにさらりと受け流しながら呆れた様子で呟いた。
以前ならいざ知らず、ランサーとの交流の中で人間として大きく成長したソラウからすれば、アイリスフィールが相当無理をしているのはすぐに理解できた。
もはや、張子の虎同然の虚勢を張り続けねば心が保てなくなっているアイリスフィールの姿は、ソラウからすれば滑稽を通り越して憐憫と同情の念を感じずにはいられないほど痛々しいモノだった。

“本当に見ていられないわね…”

だが、その一方で、ソラウは、まるで誰かに当て付けるように自身の過ちに苦しむふりをしているアイリスフィールの姿に苛立ちを隠せないでいた。
恐らく、アイリスフィール自身の精神年齢が幼い事も有って、自分でも自覚していないのだろうが、それでも今のソラウには見過ごすことができなかった。
だからこそ、ソラウは余計なお節介とは思いつつも、そんなイジケ娘の性根を叩き直すべく、アイリスフィール自身が気付いていない本心を暴きたてるように指摘した。

「あなたが本当に許せないのは銀時を信じられなかった自分自身じゃない。むしろ、自分たちを信じてくれなかった銀時の方じゃないかしら」
「…っ!?」

次の瞬間、アイリスフィールは自身の内心を見抜くかのようなソラウの指摘に反論する事さえままならぬほど驚愕してしまった。
―――これまで、アイリスフィールは自身を苛む胸の痛みが、銀時を信じ切れなかった事への自責の念によるモノだと思っていた。
―――だが、ソラウの指摘したように、自覚こそ無かったもの、心の何処かで自分たちを信じてくれなかった銀時に恨んでいたのではないだろうか。
―――だからこそ、自分は未だに銀時が戻ってきてくれることを素直に受け入れられずにいるのではないのか…!!
やがて、思わぬ形で自身でも気づけなかった本心をを暴かれたアイリスフィールはまるで冷水をかけられたかのようにガタガタと震えながら、糸の切れた傀儡人形のように力なくその場にへたり込んだ。

「私は、私は…」
「…っ」

しかし、最早立ち直れぬほど完膚なきまでに心を折られたアイリスフィールであったが、それでも自身の本心を受け入れる事ができなかった。
そもそも、ホムンクルスとして肉体と知性が完成していようとも、アイリスフィールが人としての情動面を育んだ人生経験はたった九年間のみ。
そんなアイリスフィールに、“自身の負の側面を受け入れる”という人生経験に富んだ者さえ耐え難い苦痛を伴う難行を為せというのは余りにも酷な話だった。
もはや、銀時に対する罪悪感と自身に対する嫌悪感に押し潰されかけながら、アイリスフィールはとめどなく溢れ出てくる涙と共に自問自答の言葉を零して打ちひしがれるしかなかった
そんな直視する事さえままならぬほど痛ましいアイリスフィールの姿を前に、セラはどうすべきか戸惑いながらも、従者としての責務を果たすべく、アイリスフィールに励ましの声をかけようとした直後だった。

「奥―――とぉっ―――はい?」

まるで周囲の状況をガン無視するかのような、セラの耳に何処か聞き覚えのある、気の抜けるような声とともに何かを振り下ろす鋭い打撃音が飛び込んできた。
思わず、虚を突かれたように困惑するセラであったが、間髪入れずに“はうわっ!?”という不意打ちを食らったかのような、同じく聞き覚えのある叫び声がはっきりと聞こえてきた。
これに対し、セラは何故か桂が一騒動を起こす前とよく似た猛烈に嫌な予感を抱きつつ、恐る恐るアイリスフィールの方へゆっくりと視線を向けた。

「…」
「リ、リズ…?」

そして、目の前の光景を目にした瞬間、セラは全身の血の気が一斉に引くのを初めて実感しながら、目の眩むような衝撃と共に思わず気を失いそうになった。
―――無表情であるにもかかわらず、何処か満足げな様子で手刀をおさめるリズ。
―――頭上にぽっこり膨らんだ大きなたんこぶを擦りながら涙目で蹲るアイリスフィール。
もはや、このリズとアイリスフィールの様子を見ただけで、セラでなくとも何が起こったのかすぐに察する事ができた。
そう、すなわち―――

「な、何をしやがってるんですかぁああああああああ、リズぅううううううう!!」
「どぅどぅ、セラ…落ち着いて。ヅラが言っていた」

―――仮にも主であるアイリスフィールに対して、あろう事か従者であるリズがまるでツッコミを入れるかのようにチョップを叩き込んだのだ。
ちなみに、リズとしては軽く手加減したつもりのようだったが、筋力だけならば並のサーヴァントに匹敵するだけの力を有しているのだ。
如何にアハト翁が最高傑作と推すホムンクルスと言えども、アイリスフィールにとっては、プロレスラーの全力チョップを叩き込まれたに等しいモノだった。
もはや、この従者に有るまじきにリズの暴挙を前に、セラは顔中から血管を浮き上がらせるような顔芸スレスレの憤怒の形相を浮べながら、リズの胸ぐらを掴んで激しく揺さぶりながら責めたてた。
しかし、当のリズは慌てる事無く手慣れた様子で、暴れ馬のように興奮するセラを静かに宥めながら落ち着かせた。
そして、リズは未だに涙目のまま悶えるアイリスフィールに向き直ると、イリヤスフィールと共に冬木市へと赴く前に、城にいるメイド達が指導の一環として、桂から教えられた薫陶を諭すようにこう告げた。
それは桂達攘夷志士にとっての大切な心構えであり―――

「攘夷志士たる者、逃げて良いのは“脱獄”と“食い逃げ”の時だけ…」
「え、えぇ…」
「あのヅラ…リズに何を教えてやがるんですか」

―――世間の一般人だけでなく、魔術師からしても、犯罪者同然の碌でもないモノであった。
“いったい、実家のホムンクルス達はどうなっているんだろう?”―――アイリスフィールは恐らく、桂の指導により情動面で多大なる悪影響を受けたであろう自分の姉妹に当たるホムンクルス達の身を案じずにはいられなかった。
“とりあえず、あのうぜぇロン毛、頭皮ごと引っこ抜くか”―――そして、セラは相方であるリズに要らん事を教えたヅラへの正当な制裁をそう心中で誓った。

「…ごめん、こっちだった」

一方、このアイリスフィールとセラの微妙な反応を見たリズは、先ほど自分が口にした言葉を思い返した後、心なしか罰悪そうな表情で自分の間違いを認めるように謝った。
ちなみに、先程の攘夷志士の心構えは、アインツベルンの城に滞在中、夕飯のつまみ食いした桂がメイド達にとり囲まれた際に口にした言い訳だった。
その結果、余りの桂のウザさに耐えかねたメイド達によって、無関係なアハト翁ごと桂が殴る、蹴る、折る、斬るなどの壮絶なリンチを受けることになったのは良い思い出となっていた。
それはともかく、若干何とも言えない微妙な空気が漂う中、リズは改めて桂から教わった事―――銀時達にとっての“仲間”についての在り方を語り始めた。

「どうして、銀時は出て行ったの?」

そもそもの発端はアイリスフィール達から銀時が去った経緯を聞かされた際に、リズが銀時の仲間を自称する桂に尋ねた事が切っ掛けだった。
アイリスフィールの話を聞く限りでは、銀時というサーヴァントは“仲間”に対して非常に強い思い入れがある事は少なからず理解できた。
では、何故、銀時は大切な仲間である筈の切嗣と対立した挙句、アイリスフィール達の元から去ったのか?
そんなリズの疑問に対し、桂は昔を思い返すように感慨深げに頷きながらリズの疑問に答えるように語り始めた。
―――そうだな…俺も幾度となく銀時と対立し、幾度も刃を交えた事があった。
―――それでも、俺も銀時も互いに仲間だと認めている。
―――俺達はそのゆく道が正しいと信じた時はどんな困難な道であろうともともに行く。
―――だが、その行く道が己の信念に反すようならば…
やがて、真っ直ぐな瞳で戸惑うアイリスフィールを見据えたリズは、感情の乏しいホムンクルスである自分が熱い何かを感じさせてくれた桂の言葉を諭すように告げた。

「…どんな困難な道を歩もうとも、全てを敵に回して独りになっても、道を誤ろうとする仲間を止める為に立ち塞がる。それが坂田銀時であり、本当の“仲間”なんだって」
「本当の…仲間…」

その直後、アイリスフィールは愕然とした表情で、リズを通して伝えられた桂の言葉に思わず息を呑むような衝撃を受けずにはいられなかった。
これまで、アイリスフィールにとって“仲間”とは如何なることがあろうとも共に道を行き、叶えるべき理想の為に互い信頼し支え合う存在だと思っていた。
だからこそ、アイリスフィールは銀時に対する負い目を感じながらも、心の何処かで銀時の事を“仲間”としての信頼を裏切った者として憎まずにはいられなかったのだ。
そう、明らかに情緒不安定な切嗣の態度に拭いきれない不審を抱きながらも、未だ以て切嗣の理想に殉じる事が正しいのだと疑うことなく信じている自身の歪みに気付くことなくも…!!

「どこまでも人形遊びでしかなかったの…」

だが、銀時にとっての“仲間”の在り方を知った今、アイリスフィールは自身の在り方が如何に歪なモノであるかを思い知らされた。
そして、アイリスフィールは自嘲するように独白すると共に、アイリスフィールの歪みを心ごと抉るように暴いた玲愛の言葉が事実であったことを思い知らされた。
“人間の振りした出来損ないの愛玩人形”―――まさしく、玲愛がそう指摘したように、今のアイリスフィールの在り方は切嗣の理想を盲信するだけの自身の意思を持たない人形そのものでしかなかったのだ。

「ねぇ…だったら…だったら、どうしたら…どうしたらいいのよ…!!」

もはや、辛うじて保たれていた精神の均衡を粉砕されたアイリスフィールは一欠けらの光さえも失った虚ろな瞳で宙を見上げた。
その直後、自身の心の内に溜めこんでいた感情が暴発したかのように、アイリスフィールは咽喉が張り裂け血が迸るほどの悲痛な声で絶叫するかのように泣き叫んだ。
―――私の何がいけなかったのだろう?
―――私の何が間違っていたのだろう?
―――誰か教えてほしい、誰でもいいから答えてほしい。
―――私はいったいどうすれば良かったのかを…!!
だが、そんなアイリスフィールの慟哭の叫びに応じるかのよう現れたのは―――

「…セイバー?」

―――己の望みを無残に断たれた衛宮切嗣が憤怒と憎悪を込めて撃ち放った最悪の凶弾だった。



セイバーの到来とほぼ同時刻、ケイネスはウェイバーがケイネス達の助力を得る為の代価―――ケイネスが聖杯戦争に勝利した事実と“聖杯”の譲渡を前に驚愕の余り思わず絶句するほど唖然としてしまった。
だが、ウェイバーが差し出した見返りが、魔術師にとって如何に破格なモノであるかを鑑みれば、ケイネスが狼狽するのも無理はなかった。
実際、万能の願望器である“聖杯”はもちろんの事、その聖杯戦争に勝利した事実は“武功”を求めて聖杯戦争に参戦したケイネスにとっても、ウェイバー達の助力に応じるに値する見返りとして余りあるモノだった。

「…本気なのか、君達は」

やがて、ケイネスは気を落ち着かせるように一呼吸置いた後、改めてウェイバーが本気でこの破格の見返りを差し出すつもりなのかを確かめるように問いかけた。
ちなみに、ケイネスが心中で“ひょっとしてギャグで言っているのかぁ、君はァ―――!!”や“ひょっとして、一緒に居過ぎたせいでアーチャー達に染まったのかぁ―――!?”などと動揺の余り混乱し慌てふためいていたのはまた別の話である。

「本気です。冗談なんかでこんな事を言い出したりしません」
「…っ」

しかし、当のウェイバーは首を縦に振りながら頷くと、本気でケイネスが聖杯戦争に勝利した事実と“聖杯”の譲渡を協力の見返りとして差し出す事を断言した。
それを如実に示すかのように、ウェイバーの瞳や言葉には自身の決断に対する迷いやケイネスを謀ろうとする偽りは一切なかった。
だからこそ、ケイネスもウェイバーが正気であるかを疑いながらも、本気で自分たちの利害を度外して、自分たちの達の助力を求めているのだと理解せざるを得なかった。

「遠坂時臣はそれで納得したのかね? そもそも、遠坂家の悲願の為には“聖杯”が必要不可欠の筈だ」
「はい…本人も相当思い悩んでいるようでしたけど…」

一方で、ケイネスは続けてウェイバー達と同じく擁護派に属している時臣もこの見返りに納得しているのかを確認するように問い質した。
事実、ケイネスの言うように、時臣ら遠坂家の悲願である“根源”への到達の為には、根源へと通じる孔を開き固定する為に“聖杯”が必要不可欠なのだ。
故に、時臣からすれば、ケイネス達討伐派の助力を得るための見返りとして“聖杯”を差し出すという事は、遠坂家の悲願を諦めるという事に他ならないのだ。
はたして、娘である桜を助けるためとはいえ、遠坂家の当主である時臣が遠坂家の歴史そのものを否定しかねない事に納得できるのだろうか?
そんな魔術師としてもっともなケイネスの問い掛けに対し、ウェイバーはケイネスの問い掛けに答えつつ、“魔術師”と“父親”の板挟みに苦悩する時臣の姿を思い返すように告げた。
そう、“根源”への到達という遠坂の一族の悲願を達すために、魔術師として己の全てを懸けて追い求めてきた“聖杯”を、時臣は“娘”を救うという個人的な感情だけで、遠坂家の歴史と悲願ごと投げ捨てようとしているのだ。
その時臣の苦悩と恐怖が想像を絶するモノである事は、ウェイバーも同じ魔術師としてその心中を察せずにはいられなかった。
しかし―――

「それでも、自分が犯した“取り返しのつかない過ち”を繰り返すよりは良い」

―――時臣は遠坂家の“魔術師”としてではなく、“父親”として桜を救う事をはっきりと告げたのだ。
無論、時臣も自身の選んだ選択に後悔が全く無かった訳ではなく、遠坂家の魔術師にとってどれだけ罪深い背信行為であるかも充分に理解していた。
仮に、かつての魔術師としての時臣ならば、間違ってもそのような選択を選ぶことは絶対に無かっただろう。
しかし、時臣が選んだのは遠坂家の悲願を叶える為に必要な“聖杯”ではなく、やむを得ない事情故に手放してしまった“遠坂桜”だった。
それは、一度は極限の屈辱と絶望の底に叩き落されながらも、アーチャー達の檄を受けた事で自身の犯した罪から逃げ出すことなく真っ向から向き合った時臣だからこそ選択できた決断だった。
この時臣の魔術師に有るまじき決断に対し、ケイネスは一切の狼狽も嘲笑など微塵もなく、ただ“そうか…”と感嘆するようにポツリと呟いた。
そう、ケイネスのような生粋の魔術師としては明らかに異端であるにもかかわらず、時臣の決断を素直に受け止めてしまっている自分自身に内心驚きつつ。
そして、そんな時臣の決意を知ったケイネスは、不才の弟子でありながらも討伐派との交渉役と任されるまでに成長したウェイバーに改めて問いかけた。

「それで…君自身は本当にそれでいいのかね、ウェイバー=ベルベット?」
「正直な事を言えば、まったくないといえば嘘になります」

まるでウェイバーの未練を見抜くかのように問い掛けるケイネスに対し、当のウェイバーは自身の未熟さを恥じるように苦笑しながら、一切の誤魔化しも言い訳もすることなく、胸の内に残っている未練の正体を明かし始めた。
そもそも、ウェイバーがこの聖杯戦争に参戦したのは、聖杯戦争に勝ち抜く事で自身の実力を証明し、それを周囲に認めさせることが目的だった。
しかし、ケイネスの助力を得る為に聖杯戦争に勝利した事実を見返りとして差し出すという事は、ウェイバーは自身の願いを諦めて敗者になる事も同然。
それは自分の全てを擲って聖杯戦争に身を投じたウェイバーにとっても断腸の思いであり、心の片隅で拭われずにいる未練がある事も自覚していた。
だが、それでも、ウェイバーは、ケイネスの助力を得る為に、自身の心の中に燻っている未練を振り払う事ができた。
それは偏に、ウェイバーが自身の願いを諦める事さえ是とするほど―――

「僕を“友”として認め、“絆”を結んでくれたライダーと巡り合えた事が、僕がこの聖杯戦争で得た何よりの“宝”なんです」
「“友”と結んだ“絆”か…以前から思っていたが、君は相当の馬鹿なのだな」

―――掛け替えのない唯一無二の“友”という至宝を得られたからに他ならなかった。
だからこそ、ウェイバーは自分を信じてくれたライダーの思いに応えるべく、敢えてこの聖杯戦争の敗者となる事を決断したのだ。
恐らく、ケイネスのような生粋の魔術師ならば、ウェイバーの青臭い若造の愚行と嘲笑と共に一蹴するところだろう。
しかし、ケイネスの口から出たのは、言葉こそやや辛辣ではあるが、そこにはウェイバーに対する嘲りなど一切含まれていなかった。
むしろ、ケイネスとしてはライダーという“友”の為に敗者となる事を選んだウェイバーを誇らしく思ってしまっていたのだ。

「だとすれば、いつの間にか、私も君と同類の馬鹿になったようだ」

やがて、ケイネスは、いつの間にか“友”に対するウェイバーの思いに自分も共感してしまっている事を呆れ混じりに自嘲しながら明かすように告白した。
そもそも、ケイネスが聖杯戦争に参戦したのは、自らの経歴に武功をという箔をつける為という、ウェイバーと同じく魔術師としての名誉を得るためのモノでしかなかった。
そして、いつものように“約束された当然の結果”を確信しながら、この聖杯戦争に参戦したケイネスを待ち受けていたのは、全く予期していなかったトラブルの日々だった。
―――令呪の縛りなど知った事かと言はんばかりの自由奔放なランサーに振り回され。
―――銀時やアーチャーを筆頭に周囲の奇人変人共の馬鹿騒ぎの巻き添えを喰らい。
―――本来なら関わるべきでない無用なトラブルに首を突っ込んでしまい。
今から思えば、これまでの人生において“自身の意に沿わぬ事柄など一切ない”と信じていたケイネスにとって、“自身の意に沿わぬ”事だらけの毎日であった。
しかし、そんな胃と毛根に多大なる悪影響を受ける艱難辛苦の日々を潜り抜ける中で、ケイネスもまた、ウェイバーと同じく知らず知らずの内に馴染んでしまっていた。
そして、ウェイバーが協力の見返りとして“聖杯”を差し出す事を告げた際―――

「…知らず知らずのうちに、この日常がずっと続けばいいと願っていたのだよ」

―――ケイネスは魔術師としての名誉よりも、このランサーと共に過ごす日常がずっと続いてほしいと望んでいる事に気付いたのだ。
確かに、この聖杯戦争に参戦してからというモノ、幾度となく周囲の馬鹿騒ぎに巻き込まれた挙句、命の危機にさらされる事も有った。
だが、それと同じく、否、それ以上に、ケイネスがそれまで感じる事のなかった、身体を歩くさせ心を満たすような充実感を得らる事ができた。
そして、いつの間にか、そんなランサーという友と過ごす日々は、ケイネスにとって何よりも掛け替えのないモノとなっていた。
そう、聖杯戦争が終われば、“座”に戻らねばならないランサーを現世に留める為に、“聖杯”という万能の願望器を使う事を考えてしまうほど…!!
事実、ウェイバーが協力の見返りとして“聖杯”の所有権を提示した際、ケイネスは自身の願いを叶える千載一遇の好機を前にし、理性のタガが外れるほどの興奮の余り、ウェイバーの提案に思わず飛びつきそうになった。

「もっとも、そんな事をすれば、ランサーは怒るかもしれないがな」

だが、それと同時に、ケイネスは自身がランサーの“友”であるならば、自身の願いを叶わぬモノとして戒めなければならない事にも気付いていた。
仮に、ケイネスが万能の願望器である聖杯の力を使って、サーヴァントという“現象”であるランサーを受肉させれば、ケイネスの願いは叶うだろう。
しかし、それは見方を変えれば、ランサーという英霊を肉体という枷で以て、現世に無理やり縛り付けるという事に他ならないのだ。
無論、他者の支配と強制を嫌うランサーは断固拒否するだろうし、ケイネスとしても“友”と認めてくれたランサーの信頼を自身の醜いエゴで裏切る真似など出来る筈が無かった。
だが、その一方で、ケイネスはランサーの友として自身の願いを否定しながらも、“それでも…”と心の中で燻り続ける自身の願いへの未練を捨て切れずにもいた。
―――友としてランサーを現世に留めたいという“願い”。
―――友として貫かねばならないランサーへの“友誼”
そんな相反する二つの想いを前に、ケイネスは生まれて初めて苦悩という感情に心を苛まれかけようとした時だった。

“マスター!! 緊急事態だっ!!”
“…何かあったのか、アラストール?”

突如、アインツベルン城の中庭にて、ランサーと共に銀時と闘っている筈のアラストールの念話が割り込むように飛び込んできたのは。
この普段の彼らしからぬアラストールの狼狽ぶりを前に、ケイネスはそうならざるを得ないほどの事が起こったのをすぐに察する事ができた。
そして、ケイネスはしばし間を置いた後、アラストールが落ち着きを取り戻すのを見計らって、中庭で何が起こったのかを冷静に問い掛けた。

“たった今、昨日の第一天との逢瀬の一件で、心を病んだセイバーが乱心して、銀時殿を殺しに乱入してきた…!!”
「…はぁっ!?」
「うぇっ!?」

もっとも、どこぞの少女漫画のような銀時とセイバーの修羅場展開までは、さすがのケイネスも予想できずに驚きの声を上げてしまったが。



一方、その修羅場の中心地となっている中庭では―――

「…おいおい、いきなり、どういう冗談だよ、セイバー?」
「…」

―――肩を斬られながらも軽口を叩いた銀時は、ランサーとの戦闘の隙を突く形で背後から自分の左肩を斬り付け、血の滴る刀を握りしめたセイバーと対峙していた。


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