ここは全年齢対応の小説投稿掲示板です。小説以外の書き込みはご遠慮ください。

Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第69話:相対戦=第三戦その7=
作者:蓬莱   2015/12/16(水) 22:54公開   ID:.dsW6wyhJEM
この予想だにもしなかったセイバーの凶行に、事の成り行きを見守っていた誰もが言葉を失うほど驚愕し唖然とする中で―――

「…おいおい、どういう冗談だよ、セイバー?」
「…」

―――悪態混じりの軽口を叩きながら斬られた肩の傷口を抑えた銀時はポツポツと血が滴り落ちる刀を握りしめたセイバーと対峙していた。
一応、何事も無いかのように平然としている銀時であったが、左肩に負った傷は浅いモノではなく、左腕を満足に動かす事とさえままならない有様だった。
そもそも、本来なら、敵意や殺意を鋭敏に感じ取る事を得手とする銀時にとって、あの程度の不意打ちを避ける事など造作もない事だった。
だが、あの時、不意討ちを仕掛けたセイバーには、銀時に対する敵意や殺意が全くと言っていいほどなかった。
その結果、ほぼ完全に不意を突かれた銀時は本来なら避けられる筈のセイバーの太刀を躱しきる事ができなかったのだ。

“けど、腑に落ちねぇんだよな…”

だが、銀時が辛うじて致命傷を避けられたのも、不意打ちを仕掛けた張本人であるセイバーのおかげだった。
事実、セイバーが不意打ちの直前に銀時に向かって自身の攻撃を避けるように叫んでくれた為に、銀時は不意を突かれながらも辛うじて回避する事ができた。
逆に言えば、セイバーが銀時に向かって叫ばなければ、銀時はセイバーの太刀を避ける事ができぬまま、身体を左右に一刀両断された無残な骸として変わり果てていたはずなのだ。
だからこそ、そんなセイバーの矛盾に拭いきれない違和感を覚えた銀時は、自身の背後で至高の闘いに水を差された事に静かに激怒しているランサーをさりげなく制しつつ、セイバーの真意を確かめるべく問い質さんとした。
しかし、当のセイバーはそんな銀時の問い掛けに答える事無く、太刀の切っ先を銀時に突き付けるように構えながらも振り絞るようにこう告げた。

「逃げて…今すぐ…逃げて…銀時…逃げてぇええええええええ!!」
「とか言いつつ、何で斬りかかってくるんだよ!?」

次の瞬間、セイバーは銀時に向かって“逃げろ”と悲嘆の声で絶叫しながらも、抑えきれぬ衝動に突き動かされるように太刀を振りかぶって、銀時を斬り伏せんと襲い掛かってきた。
もはや、言葉ではセイバーを止められない事を悟った銀時は不本意ながらも止む無く自身の身を護る為に迫りくるセイバーの脅威を迎え撃つしかなかった。
だが、それでも、銀時は察していた―――この騙し討ち同然の襲撃がセイバー自身の意思によるモノではない事を。
そして、銀時は胸の内から湧き上がる怒りをはらませながら、セイバーの心を踏みにじるような悪辣極まりない策を仕掛けた張本人にむかって、心中で吐き捨てるように問い質さずにはいられなかった。

“そうだよなぁ、切嗣っ…!!”



第69話:相対戦=第三戦その7=




一方、この聖杯戦争の行方を左右する相対戦第三戦事の結末を見守っていたアイリスフィール達は銀時を斬り付けたセイバーの凶行に騒然としていた。

「…どういう事なの、あなた!?」
「え、あ…!!」

この時、誰もが突然のセイバーの凶行に状況を飲み込めないでいる中で、誰よりもいち早くこの混乱から立ち直ったのは、皮肉にもこの場にいる誰よりもセイバー達との縁が浅いソラウだった。
すぐさま、ソラウは未だに目の前に現実を受け入れられずに呆然とするアイリスフィールの目を覚まさせるべく、敢えて苛立たしげに声を荒げながら事情を問い質した。
このソラウの咄嗟の対処が功を奏したのか、アイリスフィールはソラウの激しい詰問にお驚きながらも我に返る事ができた。

「わ、私にも分からないわ…!! そもそも、セイバーが銀時を殺す理由なんて―――っ!?」

とはいえ、アイリスフィールにとってもセイバーの凶行は完全に寝耳に水であったために、ソラウの問い掛けにも首を横に振りながら困惑の色を隠せないでいた。
確かに、銀時が自分たちの元を去ってから、セイバーが心に危ういモノを抱えている事にはアイリスフィールも薄々気づいてはいた。
加えて、初めて召喚されてから現在、本作の数少ないツッコミ役であるセイバーは銀時やアーチャー達の奇行に振り回されたりして、胃潰瘍寸前まで心をすり減らしていたのも事実だ。
だが、それでも、アイリスフィールには、理由はどうあれ、切嗣と決別し立ち去らんとする銀時に刃を向けてまで引き留めようとしたセイバーが、その銀時を問答無用で殺そうとするなど到底思えなかった。
実際、セイバーは何度も銀時を殺そうとしながらも、必死になって自分から逃げるように銀時に向かって叫ぶなど、誰の目から見ても明らかにセイバーの行動にはおかしな矛盾が有った。

“それにあの時だって…あの時っ…!?”

そして、ふと銀時が自分達と決別した時の事を思い返した瞬間、強烈な電流が全身の神経を走り抜けるような衝撃と共に、この状況を説明できるある可能性がアイリスフィールの脳裏に過ぎった。
それはこの現状に於いて限りなく事実に近く、それと同時に、アイリスフィールにとってもっとも忌むべき最悪の可能性でもあった。

“違うっ!! そんな筈は…そんな筈は絶対に有り得ない…!!”

無論、アイリスフィールもその最悪の可能性を即座に受け入れられるずに、何かの間違いであってほしいと縋るように必死になって否定しようと試みた。
しかし、アイリスフィールが如何に否定しようとも、今の状況を考えれば考えるほどに、その可能性が事実である事を示していた。
−――自身の意思とは関係なく、銀時を殺さんとするセイバーの不自然な行動。
―――不発に終わったとはいえ、銀時を自害させる為だけに令呪を行使したという事実。
―――何より他陣営を敵に回すという自殺行為同然の愚策を躊躇なく冒せる、銀時に対する妄執に近い殺意。
“あぁ…どうして、こんな事に…!!”―――この覆しようのない根拠の数々を前に、アイリスフィールは既に自身の理解の範疇を越えるほどに、なりふり構わずに銀時を殺さんとする“男”の有り様にそう心中で嘆息せずにはいられなかった。
しかし、それでも、アイリスフィールは迷いや嘆きを無理やり振り切りながら、自身が辿り着いた答えを伝えるべく、セイバーと対峙する銀時に向かって叫んだ。

「気を付けて、銀時っ…!! 今のセイバーは令呪の力に支配されているの!! 恐らく、あなたを殺すまで止まらないわ!!」

“令呪”―――冬木の聖杯に選ばれた証にして、マスターがサーヴァントを使役すために必須となる絶対命令権。
この令呪を行使することで、マスターはサーヴァントに本来以上の力を引き出させる事や、サーヴァントに自身の命令を強制的に従わせることが可能となる。
前者の場合は、本来の用途とは真逆であるモノの、人として対等に真島と闘う事を望むライダーの為に、ウェイバーはライダーの持つサーヴァントとしての力を封じ込めたのが例として挙げられるだろう。
また、後者の用途として令呪が使用された場合、マスターの命令が如何にサーヴァントの意にそぐわぬとも、如何なる英霊であろうとも抗う事はできなくなるのだ。
一応、セイバーのような対魔力スキルの高いサーヴァントならば、令呪の縛りをある程度なら喰い止める事はできるが、それでも魔力の消耗や令呪の重ね掛けで覆されてしまう。
そう、例えば、自分の意思と関係なく、銀時を殺さんとしている今のセイバーのように…!!
そして、セイバーを令呪で御する事ができるマスターであり、残り二画となった貴重な令呪を使ってまで銀時を殺さんとしているのは―――

「切嗣はあなたを本気で殺そうとしているのよ…!!」

―――衛宮切嗣を於いて他にいなかった…!!




“あぁ、その通りだとも”

もしも、この時、銀時やアイリスフィールの言葉が届いていたなら、切嗣は冷ややかな口調で平然とそう答えていただろう。
相対戦が始まる前日、連続爆破テロの実行犯として逮捕された切嗣はその身柄を本庁に移送する準備が整うまでの間、署内の留置所の檻へと収容される事になった。
無論、切嗣からすればこのような形で自身の願いを断念することなど認められるはずもなく、檻の中に囚われている間、幾度となく脱走の機会を伺っていた。

“だが、どうするか…”

だが、さすがの警察もそう簡単に凶悪なテロリストである切嗣の脱走を許すほど甘くはなかった。
現在、檻の周辺には数十台もの監視カメラを設置しされており、さらに実弾を装填した拳銃を携帯した数名の警察官を常時張り付かせるという万全の監視体制で切嗣の脱走を阻んでいた。
しかも、外部の協力者として警察に取り入ったシュピーネの差し金なのか、切嗣の脱走を阻止するために腕と足の関節を外すしつつ、体の動きそのものを封じる拘束具を着せられた上に、魔術の詠唱を阻止するためのマスクまで取り付けるという念の入りようだった。
それに加えて、こんな有様ではアイリスフィールや舞弥達との連絡が取れない上に、正式なマスターとして聖堂教会に認知されていない為に外部からの救出もほぼ絶望的だった。
もはや、唯一の頼みの綱は令呪を使用することでセイバーに救出を求めるという方法しかなかった。

“いや、駄目だ…”

だが、その為に必要な令呪を既に二画消費してしまった為に残りの令呪は一画という有様。
これでは、仮に令呪を使って警察署から脱走できたとしても、精神的に不安定な状態にあるセイバーを御する術がない以上、他陣営を出し抜いて聖杯戦争に勝ち残れるなど出来る訳が無かった。
故に、ここに至り、切嗣も自分でも嫌悪するほど冷静にこの八方塞の現状を省みた上で一つの事実を受け入れざるを得なかった。

“ここまでなのか…”

もはや、ようやく掴みかけていた自身の願いはここに無残にも潰えてしまったのだという身を引き裂かんばかりに耐え難い事実を。
そして、これこそが多くの人間が幸せであってほしいと願いながらも、それと同等の人間を殺し続けてきた“正義の味方”衛宮切嗣の末路なのだと。
次の瞬間、そんな死刑宣告にも等しい残酷な事実を前に、切嗣の摩耗しきった心を胸の内から汚泥の如く溢れ出す様々な感情が心を激しく打ち砕いた。
苦悩した―――何一つ成し遂げることができなかった無力感に苛まれながら。
悲嘆した―――自分がこれまで犠牲にしてきた者たちの死が無為となってしまった事に。
絶望した―――これから先に待ち受けるであろうアイリスやイリヤの過酷な運命に。
だが、それでも、切嗣がかろうじて正気を保てていたのは、砕き尽くされた自身の心を繋ぎ止めるように残った、全ての元凶である男に対するたった一つの、夜の闇さえのみ込んでしまうほどドス黒い感情だった。
そう―――

“それでも…例え、何もかも失ったとしても、お前だけは…お前だけは絶対に殺す、坂田銀時ぃ…!!”

―――それこそが、残された坂田銀時に対する“憎悪”だった。
そして、これが、これまで“正義の味方”として心を殺しながら多くの人間を殺し続けた切嗣が初めて人としての感情―――“憎悪”による“殺意”を他者に叩き付けた瞬間でもあった。



一方、銀時は自身の得物である木刀“洞爺湖”を振るいつつ、絶え間なく襲い掛かってくるセイバーの太刀と激しく打ち合っていた。

「ぁあああああああああああああああああああ!!」
「ちっ、ガチで俺を殺しに掛かってきたのかよ、切嗣のヤロー…」

まるで切嗣の憎悪と殺意を込めながら攻め立ててくるセイバーの太刀を前に、銀時は先程のアイリスフィールの言葉と併せて薄々と感じていた切嗣の殺意を改めて身を以て実感していた。
“どんだけ俺を殺したがっていたんだよ…”―――あからさまにうんざりとした表情を浮かべた銀時は心中でそう辟易しながら愚痴をこぼさずにはいられなかった。
しかし、自分にもなさねばならない事が有る以上、銀時としてもそう易々と切嗣の思惑通り、セイバーに殺されてやるつもりもなかった。

「けど…生憎とそう思い通りにやらせねぇけどな」
「…っ」

そう呟いた瞬間、銀時は振り下ろし、薙ぎ、突きなど矢継ぎ早に襲い掛かるセイバーの刃を迎え撃ちつつ、木刀で次々と捌きながら凌いでいった。
確かに、先程はセイバーの不意討ちを躱しきれなかったモノの、銀時の真価がもっとも発揮されるのはあくまで真っ向勝負。
しかも、如何に強力なサーヴァントとはいえども、仕手抜きのセイバーそう簡単に後れを取る訳が無かった。
そう、普通ならば、銀時がセイバーの攻撃を凌ぐだけの一方的な防戦を強いられるほど後れを取る事など無い筈だった。

「だったら、このままじゃ、私に殺される事ぐらい、いい加減に気付きなさいよ…!!」
「…」

しかし、それと同時にセイバーが指摘するように自身が刻一刻と劣勢に追い込まれつつあることも自覚していた。
まず、先程のセイバーの不意打ちで受けた左肩の負傷により、銀時は左腕を満足に動かす事ができずに右腕一本でセイバーと闘わねばならないハンデを背負っていた。
加えて、先程までのランサーとの全力の一騎打ちを繰り広げた結果、銀時が仕手抜きのセイバーに苦戦するほど、体力及び精神面で激しい消耗を強いられていた事も要因の一つだった。
だが、あくまでこれらの事は、自身よりも強大な敵との闘いの中で、数多くの劣勢を強いられてきた銀時にとっては些細なモノに過ぎなかった。
むしろ、何よりも銀時を不利な状況に追い込んでいたのは―――

「だから、さっさと…私を見捨てて…殺しなさいよ…!!」

―――切嗣の令呪によって望まぬ殺しを強いられるセイバーを救わんとする銀時自身の甘さにあった。
事実、銀時はセイバーとの闘いの中で幾度も形勢を逆転できる機会はあったが、セイバーを傷つけてしまう事を躊躇してしまったた為に攻めきる事ができないでいた。
無論、セイバーも銀時が自分を救わんと闘っている事には気付いており、苦悶の表情を浮かべながら、自分を打ち倒す事を叱咤するように促した。
生前、自身の仕手である景明を手にかけてしまったセイバーとしては、このまま、かつての過ちを繰り返すぐらいならば、ここで銀時に討たれても良いとさえ思っていた。
だが、そんなセイバーの思いとは裏腹に、銀時は自分を殺すように促すセイバーの言葉に怒りを顕にしながら啖呵を叩き付けるように返した。

「…んな事できるかよ、馬鹿ヤロー!!」

かつて、銀時は攘夷戦争の最中、自分の手で殺めてしまった松陽を含め自身にとって大切な者達を喪ってしまった。
しかし、それでも、銀時は数多くの出会いの中で、数多くの仲間達と巡り合い、数多くの困難を助け助けられながら乗り越えてきた。
今度こそ、大切な者達を護り通すという決して折れることの無い鋼の信念を打ちたてながら。
だからこそ、今も直、銀時は如何に自身が不利なろうとも、セイバーを傷つける事を極力避けながら闘い続けているのだ。
なぜなら、セイバーもまた、銀時にとって自分が護り通すべき、大切な者の一人なのだから…!!

「このぉ頑固者ぉ…!!」
「ちっ…!!」

だが、今のセイバーにとっては、自身の身が窮地に立たされている事さえ厭わずに貫き通そうとする銀時の信念に歯がゆさを感じずにはいられなかった。
実際、セイバーも、これまでの銀時の言動や夢という形で知った銀時の過去を知り、銀時が命を懸けてでも自分を助けようとする事は容易に予測できた。
だからこそ、切嗣もまた、銀時の性格を理解した上で、令呪による銀時殺害を自分に命じた事も含めて―――!!

“どうして、銀時も切嗣も…!!”

そんな銀時の強情さと切嗣の悪辣さに板挟みに苛まれる中で、セイバーは心中で最悪の形で顕となった銀時と切嗣の確執に嘆きと苛立ちの入り混じった悲痛な叫びを上げずにはいられなかった。
そして、自身の意思とは関係のなく、セイバーはより一層激しく容赦なく、手負いの銀時を追い詰めるように攻め続けていった。




一方、より一層激しさを増さんとする銀時とセイバーによる同士討ちに、この相対戦の立会人たる第一天とヴァレリアの両者にも決断を迫られていた。

「銀時っ…!!」

まず、立会人の一人である第一天は即座に戦装束に身を包み、セイバーの苛烈なまでの攻勢に苦戦を強いられる銀時の助太刀をせんとした。
事情がどうあれ、セイバーの凶行は誰の目から見ても相対戦の進行を妨げるモノであるのは明白だった。
加えて、少なからず銀時への思慕の念を抱いている第一天にとって、徐々に劣勢に追い込まれて傷ついていく銀時の姿を目の当たりにしながら黙って見過ごす事など出来る筈が無かった。
故に、第一天は迷うことなくセイバーを排除せんとして飛び出さんとした―――

「…駄目です!!」
「な、何をする…!! 早く銀時を助けないと…!!」

―――直後、第一天の腕を抑え込むように掴みかかったヴァレリアによって阻まれてしまった。
このヴァレリアの思いがけない妨害に面を喰らったかのように驚く第一天であったが、すぐさま、全身で腕にしがみ付くヴァレリアごと勢いよく振り回す事でヴァレリアを引き剥がさんとした。
如何にサーヴァントとはいえ、戦闘要員でない上にラインハルトに聖遺物を返上したヴァレリアを相手に乱暴なやり方ではあるモノの、第一天としては一刻も早く窮地に陥った銀時を救う為にも手段を選んではいられなかった。

「あ、あくまで、私達の役目はこの相対戦の立ち会いです!! 今、私達がこの闘いに介入する事は許されません!!」

だが、それでも、ヴァレリアは全身がバラバラになるような加速と衝撃に耐えつつ、第一天の腕を放すまいと死に物狂いで抑え込んだ。
もはや、息も絶え絶えという有様のヴァレリアであったが、何が何でも銀時を助けに行かんとする第一天を押し留めるように必死に説得し始めた。
元々、ランサーが指定した相対戦第三戦は“銀時との真剣勝負”であり、当然の事ながら不正介入と見なされたモノには立会人である第一天やヴァレリアから容赦のない制裁が下される。
しかし、マスターの令呪によって銀時を殺さんとしているとはいえ、セイバーが実質的な銀時の“宝具”である以上、この相対戦第三戦の参戦する資格を有しているのも事実。
すなわち、今ここで、第一天がセイバーを排除する事は相対戦の立会人としての領分を大きく逸脱する事に他ならなかった。
そして、それ以上に、ヴァレリアに身体を張らせるまでに心を動かしたのはたった一つの“声”だった
この時、他者の思考を読み取るリーディング能力を持つヴァレリアには、自身の過去のトラウマに苛まれながら悲痛な声で泣き叫ぶセイバーの心の叫びと共にはっきりと聞こえていた。

「…それに、彼はまだ諦めてはいません」
「…っ!!」

もはや、左腕が満足に動かせないという圧倒的に不利な状況にも関わらず、それでも心の中で“絶対に助けてみせる…!!”という断固たる決意を支えにして、切嗣の令呪によって望まう闘いを強いられるセイバーを救わんとする銀時の声を…!!
だからこそ、ヴァレリアは身体を張ってでも銀時を助けに行かんとする第一天を押し留めるべきと判断したのだ。
今のセイバーを救えるのは、かつて、勝ち目がないにもかかわらずに何度も自分に立ち向かった近藤と同じく、決して折れることの無い鋼の信念を持つ侍“坂田銀時”をおいて他にないとはっきりと確信した上で…!!
そんなヴァレリアの必死の説得と銀時の断固たる決意を前に、第一天は何か思いつめた表情で一度だけセイバーと闘う銀時に視線を向けた後、今にも銀時を救わんとする自身の身体と心を無理やり押さえつけるように座り込んだ。

「だが、このままでは…!!」
「大丈夫ですよ」

もっとも、ヴァレリアに向かって振り絞るように呟く第一天の声にはこの不毛な闘いをただ見届ける事しかできない自身に対する歯がゆさと苛立ちがありありとにじみ出ていた。
事実、如何に心を奮い立たせようとも、左腕が動かせないという不利は余りにも大きく、銀時は苛烈なまでに激しさを増していくセイバーの猛攻を前に追い込まれつつあった。
しかし、そんな第一天の心を察したのか、ヴァレリアは不安げな第一天を宥めながら自信に満ちた声で断言した。

「…この無粋な展開に誰よりも激怒している彼女に任せるのが道理でしょうし」



一方、ヴァレリアと第一天が見守る中、より一層激しさを増していく銀時とセイバーの闘いにも流れを変える転機を迎えようとしていた。

「はぁっ…!!」
「しまっ…!?」

と次の瞬間、セイバーは不意に両手持ちから片手持ちに刀を持ち替え、左手に持った太刀で銀時の木刀を打ち払うように勢いよくかち上げた。
それと同時に、セイバーは即座に右手で小太刀の柄に手を掛け、無防備となった銀時の腹を横薙ぎに切り裂かんとした。
思わぬ形で左腕が使えないというハンデが露呈した銀時は、咄嗟に身体を仰け反って避けようとするも、それよりも素早く振り抜いた小太刀の刃の切っ先が届かんとした。

「えっ…?」
「オメェ…」

だが、その直前、銀時とセイバーの間に、両者が視認できないほどの速さで移動する紅い炎の塊のような何かが強引に割り込むように飛び込んできた。
それと同時に、銀時とセイバーの耳に飛び込んできたのは、切り裂かれた腹から贓物と鮮血が噴き出す音ではなく、硬い金属同士がぶつかり合うような甲高い金属音だった。
さすがの銀時もセイバーも突然の事に一瞬だけ状況を飲み込めずにいたが、すぐさま、自分たちの間に割り込んできた炎の塊の正体が誰であるかを悟った。
そこには、身内同士の争いという事で直前まで静観していたが、セイバーを倒せずに窮地に追い込まれた銀時を助けるべく、回避不能絶命確実であったセイバーの小太刀の一撃を炎で形作られた盾で受け止めたケイネスのサーヴァント―――

「すまねぇ、ランサーのねえちゃん…」
「別に。私もこれ以上つまらない茶々を入れられるのは御免だっただけだし」

―――ランサー、もとい、“炎髪灼眼の討ち手”マティルダ・サントメールが火の粉を舞い咲かせながら立ちはだかっていた。
ひとまず、間一髪のところで命拾いした銀時は腸ぶちまけ確定の窮地から自身を救ってくれたランサーに感謝の言葉を口にした。
しかし、嫌に淡々とした口調で素っ気なく言葉を返すランサーの姿を前に、銀時は思わず額から冷や汗を滴らせながら、否が応でも気付かずにはいられなかった。

“あ…相当ブチ切れているわ、これ”

そんな銀時の予想通り、否、銀時が思っている以上に、ランサーは表面上平静さを保ちながらも、その内心では槍騎士から狂戦士にクラスチェンジしかねないほど激怒していた。
そもそも、今のランサーにとっての願いは、“銀時という強敵と死力を尽くした闘争”。
そして、この相対戦第三戦は、ランサーにとって巡り巡ってようやく得られた、自身の願いを叶える事のできる、唯一無二ともいえる絶好の機会に他ならなかった。
何しろ、仮にもマスターであるケイネスの意に反してまで自身の我が儘を押し通すつもりであったことを鑑みれば、ランサーがどれほどの覚悟を以てこの銀時との闘いを強く望んでいたか想像に難くなかった。

「悪いけど…ちょっとだけで済ますつもりはないから」

故に、切嗣が目論んだ銀時の暗殺は無粋な横槍以外の何物でもなく、それまで銀時との至高の闘いを心の底から歓喜していたランサーの逆鱗を逆撫でするには充分すぎた。
実際、荒れ狂う憤怒の感情を抑えられぬまま、ランサーは即座に切嗣が捕まっているであろう冬木警察署に最終宝具を問答無用で叩き込みかねないところであった。
だが、そんな国家権力に宣戦布告するようなテロリスト紛いの大事件を引き起こせば、マスターであるケイネスだけでなく、アサシン陣営と繋がりの深い聖堂教会の監督役にも多大な迷惑が掛かるのは確実だった。

“…だから、マティルダ。お前の怒りは分かるが、それでも向けるべき矛先を間違えるべきではない”
“まぁ、仕方ないわね…”

故に、そんなアラストールの必死の説得の甲斐あって、ランサーは何とか冷静さを取り戻して、自身の向う見ずな暴走を思い止まる事ができた。
とはいえ、ランサーとしても自身の願いを妨げる切嗣の暴挙を見過ごしてやるほど甘くもなかった。
そう、銀時が左腕を動かせないほどの深手を負って苦戦を強いられているならば、ランサーが為すべきは一つ…!!
そして、“騎士団”の力で大剣を顕現させたランサーは銀時を殺さんとするセイバーに手にした炎の大剣を突き付けながら高らかにこう宣言した。

「…だから、この闘いに決着がつくまで、私が銀時の左腕になるわ」



アインツベルン城にて数々の波乱が繰り広げられる一方、誰からも意に介されていなかった一匹の毒蜘蛛が動かんとしていた。

「…さて、動くなら今ですかね」

そう、“黄金の獣”によって現世に召喚されて以降、毒蜘蛛は他者の注目を引かぬように慎重に慎重を重ねながら、己が計画を実行する機会を虎視眈々と狙っていたのだ。
―――恐るべき主である“黄金の獣”は聖杯戦争に召喚されたサーヴァント達にご執心なのか自分の独断行動に対しほぼ放任状態。
―――かつて、自分を半生半死に追い込んだ“永遠の刹那”は第六天の動きを監視する為に直接動く事はできずにいる。
―――もっとも厄介な“水銀の蛇”に至っては、“黄昏の女神”に対するストーカー行為にひた走っているのかいないも同然のガン無視状態。
若干、一柱については何か間違っているように気がするモノの、秘密裏に事を進めたい毒蜘蛛にとってはどちらにせよ好都合だった。
やがて、自分以外の誰もが相対戦の行方に否が応でも注目している中、唯一人だけ意に返していなかった毒蜘蛛は己が悲願と欲望を叶える事のできる千載一遇の好機が訪れた事を密かに確信した。

「まったく、おめでたい方々だ…」

それと同時に、毒蜘蛛は今日に至るまで縁も所縁もない少女やはた迷惑極まりない“バーサーカー”の為に無意味に奮闘する愚か者たちを嘲るように呟いた。
―――何故、誰も疑問に思わないのだろうか?
―――何故、誰も考えもしなかったのだろうか?
―――この聖杯戦争で暗躍する組織の見せた明らかに不可解な動向に…!!
そして、相対戦の猶予期間の間、毒蜘蛛は切嗣の捕獲の段取りを片手間にこなしつつ、これまで組織の動向を得られた情報を元にこの不可解な点について入念に調べ上げていた。
他の連中はデートやら出歯亀やら人質救出などの馬鹿騒ぎに興じていたらしいが、勝敗の分かれ道はあの時点で決まっていたのだ。

「そう、この聖杯戦争に於いて、最後の最後に勝利の証たる“聖杯”を掴みとるのは唯一人」

“ロート・シュピーネを於いて他にはいないでしょう!!”―――そう心中で高らかに断言したシュピーネは組織の本拠地が隠されているであろう“ある場所”へ足早に向かって行った。
もっとも、迂闊にも皮算用同然の勝利を確信してしまったシュピーネは気付く事ができなかった。

「「「…」」」

そう、いつの間にか、自身を尾行するように隠れている三つの人影がある事を。
そして、シュピーネは欠片も考える事さえできなかった―――自身が得てしまうモノが逃れようのない破滅と絶望である事を…!!


■作家さんに感想を送る
■作者からのメッセージ
作者からのメッセージはありません。
テキストサイズ:21k

■作品一覧に戻る ■感想を見る ■削除・編集
Anthologys v2.5e Script by YASUU!!− −Ver.Mini Arrange by ZERO− −Designed by SILUFENIA
Copyright(c)2012 SILUFENIA別館 All rights reserved.