街は電灯が点きはじめ、だんだんと空は黒く染まっていく。
学校から歩いて十分程度が経った。
「ここが私の自宅があるマンションよ」
一般的なマンションとはかけ離れ少しくたびれているが丈夫そうだ。
「ここの団地はもう人が少なくて・・・・・・」
少々悲しげに遠市さんは何かを思い出しているようだった。
「この団地は今、リニューアルの真っ最中なんだ」
目を細くして微笑む。多分寂しさを紛らわしているのだろう。
「私の部屋は三階だから少し上るよ」
「あっ、はい」
入り口にある階段を前に俺に忠告してから上り始める遠市さん。階段や壁に剥がれている部分があったので老朽化が懸念されるだろう。
「ここが私の部屋」
階段を上り301の部屋の前に到着。どうやらここが遠市さんの自宅らしい。
遠市さんは制服のポケットから鍵を取りだし鍵口に差し入れる。鍵が開く音がする。開けるのに一分位かかるので毎日は大変だろう。
「今日は早く開いてくれた」
これで早いのか。最高で何分掛かったんだろう。
俺は手招きされ立ち入る。
「おじゃましまーす」
中は外見とは似ても似つかずとても綺麗で老朽なんて一画もなかった。
「躊躇してないで早く上がりなよ」
「わかりました」
やっぱり女の子の自宅来て緊張しない男なんて居ないだろ。
玄関で靴を脱ぎ、整頓し靴を揃える。
とても短い廊下に繋がるように三室が点在。奥は多分トイレだろう。
「ぼろいからあまり見渡さない」
ぼろい? そんな言葉は似合わない気がするけどな。
遠市さんは玄関から一番手前の部屋に入っていく。俺もあとを続く。
「お腹空いたと思うから何か作ってくるね」
そう言って遠市さんは部屋を退室。俺は一人残されてしまった。
部屋の隅に布団、カーテンも特に派手な色彩でもなくベージュという色だろうか。
部屋の奥には窓があり、そこから夜空が見える。
所々に人形が置いてあることを思うと可愛いなと邪な考えに至ってしまうのを必死で払拭するのを繰り返す。
「ごめん待たせた?」
「あっ、いえ別に」
遠市さんが戻って来たのをきっかけに完全に払拭できた。
中央にあるテーブルに何かを置いた、鍋だ。
「久しぶりに鍋にしてみたんだ」
こんな暑い日に鍋ですか。非常につらい。
遠市さんは俺にお椀を差し出す。ありがとうございます。
「やっぱり鍋は最高よね」
この時季の鍋はただの地獄だよ。
楽しそうに食べ始めた遠市さんは無我夢中、子供にも似ている。
「食べないの?」
「食べます食べます」
俺は焦って返事をする。遠市さんは、ならいいけど、と言って再開する。
俺は適当に具材をすくう。やっぱり暑い。
でも楽しそうに食べる遠市さんの前で食べないのは礼儀として失礼なので俺は懸命にほおばる。味は最高だけどな。
「あっといまに食べ尽くしたわ」
笑顔で鍋底を見つめる遠市さん。やべー暑い。
それ以降、ずっとテレビを視聴して時間を潰す。時計は九時を指していた。
「そろそろ風呂に入っていい?」
「どうぞ、俺後でいいから」
「せっかくだからもてなしてあげる」
もてなす? 俺を?
「背中洗ってあげる」
はい? あなたは何を考えているのですか要するに一緒に入ると?
「後で洗ってあげるから先入ってくるね」
「そうですかどうぞ」
あとだよな良かった。俺の煩悩は進化したのか?
そして三十分が経過。見る宛もなくテレビを視聴し続ける。
「ごめんね今から洗ってあげる」
遠市さんの方を振り返る。そこにはバスタオルを巻いた遠市さんの姿が。
「何躊躇してるのよ」
するに決まってんだろ。遠市さんはついに手招きして俺を促す。
「思春期の男がそんなのに着いていくと思いますか?」
遠市さんは大きく頷く。思ってんのかよ。
「従わないとビームで焼き殺すわよ」
「わかりましたからそれだけはやめてください」
ここは我慢だ俺。
俺は洗面所で衣服を全て脱ぎ腰にタオルを巻き付ける。
「もういいですよ」
「じゃあ早速洗ってあげる」
展開が早いよ。
「人をもてなすことをしてみたかったんだよね」
少し嬉しそうな遠市さん、喜ばれるとまんざらでもない。
俺は湯船の横にあったプラスチックの椅子に座る。
「背中だけだよ?」
「十分だよ」
遠市さんの表情を見たかったが我慢してやめておく。
あぁ気持ちいい。人に背中を洗ってもらうのってこんなにも快感だったのか。
「ありがとう遠市さん」
「あ・・・・・・いえ私から・・・・・・要求したので」
なぜかはっきりしない遠市さん。バスタオル姿のまま脱衣所を出ていった。
そして俺も風呂を出て部屋に戻る。すると遠市さんがもう布団を用意しはじめていた。
「もう私寝るから」
「俺も眠ろうかな、今日の本題は遠市さんの右目の違和感だから隣で」
「いいよ別に」
ずいぶんあっさりだな。
「布団取ってくるから待ってて」
遠市さんは布団を取りに向かう。あなたには恥ずかしさがないのですか?
「はいこれ、自分で敷いといて」
「ありがとうございます」
「なんで敬語なの?」
遠市さんは布団の上に座り込む。一瞬青色の髪がたなびく。
「なぜかって先輩だからですかね」
「そう・・・・・・だよね」
遠市さんは自分の右耳に掛かっている髪をいじる。
「じゃあ、おやすみ」
そのまま布団で覆い隠して背中を向ける。
「俺も就寝するかな」
そして俺も布団に潜り込んだ。