「ハアアアァ!!!」

 ヨーコの回し蹴りがアキトの頭部目掛けて放たれる。アキトは身を捻りながら、ヨーコの足首を掴むとそのまま後方へと投げ飛ばす。
 ヨーコは宙に投げ出されながらも体を回転させ何とか着地すると、素早く体勢を立て直しアキトの方を見直る。
 だが、アキトはヨーコが体勢を立て直すよりも早く眼前に近づくと、その掌底をヨーコの顎目掛けて打ち抜いた。

「くは――っ!!」

 強力な一撃を受け、意識を朦朧とさせながら吹き飛ぶヨーコ。
 地面に叩き付けられ、頭をクラクラとさせながらも何とか立ち上がる。
 だが、自分のダメージの深刻さを理解するとその場にへたれ込み、アキトに降参の合図を送った。



「やっぱり、アキトは強いね……これでも、前よりも随分強くなったと思うんだけど……」
「確かにナノマシンの影響でヨーコの身体能力は格段に上がってはいるが、それでも俺はこの世界にはない武術を修めているからな」
「そう言えば、アキトの動き方って変わってるわよね? それがブジュツ?」
「武術だ。そうか、そう言えばこの世界には確立された流派などがないのか……いや、どこかにあるのかもしれんが、この星の現状を考えれば難しいか」
「……ねえ、アキト。その武術って言うの、私にも教えてくれない?」
「なんだ? 急に?」
「私、もっと強くなりたいの。そして、この艦に乗ってる皆を……それにアキト、あなたを守りたい」

 真剣な眼差しでアキトを見詰めるヨーコ。
 アキトはそんなヨーコを見て、少し顔を赤らめると後ろを向き、可笑しそうに笑い出す。

「守りたいか……だが、その様子じゃ無理だな」
「……え?」

 自分の胸の方を見るヨーコ。そこには自分の胸を隠しているはずの布が無く、健康的で豊満な胸が顕となっていた。

「あああ……」

 すぐさま、落ちていたブラを拾い、それで胸を隠すヨーコ。

「まあ、なんだ……戦いやすいに越したことはないが、もう少し肌は隠した方が良いと思うぞ」

 そう言いながら、その場を後にするアキト。
 それを後ろで見ていたヨーコは、顔を真っ赤にして体をプルプルと震わせていた。

アキトのバカァァァ――ッ!!!





紅蓮と黒い王子 第18話「男には出るにでれねえ、瞬間ってのがあるのよ」
193作





「……湯煙?」
「硫黄成分……どうやら温泉みたいね」
「しかし、だからと言って……」
「……これはないわよね?」

 ユーチャリスのモニタに映し出されている映像。
 そこには湯煙に包まれた温泉宿の姿があった。

「怪しいな……」
「うん……凄く怪しい」

 アキトとラピスは物凄く胡散臭そうな表情でそれを見ていた。
 この世界の現在の文明レベルで、こんな温泉宿が存在しているはずがない。
 ましてあったとしても獣人に温泉に入るという習慣があるのかは知らないが、目の前にあるのは人間用ではまずないだろう。

「獣人どもの慰安施設と言ったところか? もしくは単純に罠か……」

 しかし、こんな見え見えの目立つ罠を仕掛ける奴が果たしているのだろうか?

「温泉か〜、どんなのだろう」
「俺も温泉って一度入ってみたかったんだよな〜」
「さあ、ラピスも一緒にいきましょう」
「え? え、え?」

 すでに温泉モードで件の温泉宿に向かう女性達。
 ヨーコやキヤルだけでなく、サレナまで温泉に入る気満々だったりする。

「……まあ、サレナもいることだし大丈夫か」
『アキト、オツカレサマデス』

 オモイカネの気遣いが心に染みるアキトだった。






「「「「いらっしゃいませ〜」」」」

 温泉宿についた一行を出迎えた宿の住人達。
 その出で立ちはウサ耳に編みタイツと、まさにバニーガールですよと言わんばかりの格好だった。
 そんな中で、鼻の下をだらしなくのばすカミナ達男性陣。シモンやロシウも恥ずかしそう俯いている。

「ようこそ、カミナ様。私はここの女将でございます」
「あ? なんで、俺の名前を……?」
「カミナ様とアキト様、皆様方の活躍は聞き及んでいます。今や皆様方は地上に住まう人間達の英雄っ!!
 グレン団と言えば、この地上に住む者で知らぬものなどおりますまい」

 バニーガールの後ろから現れた自分の事を宿の女将と名乗る老婆に大声で称えられ、満更でもない顔をするカミナ。
 そしてカミナに寄り添うように抱きつく美少女達。そんな鼻の下を伸ばすカミナにヨーコの機嫌も段々と悪くなる。

「そう言えば、カミナ様〜」
「ん? なんだ? なんだ?」
「アキト様はいらっしゃってないんですか?」
「アキト? ああ、アイツはこねえよ」

 アキトは作業の為に残ったクルー達と一緒にユーチャリスに残っていた。

「アキトの奴、男の俺達と一緒でも決して風呂に入ろうとしねえんだ」

 カミナ達、男性達の間でもアキトの謎とされていることの一つがこれだ。
 アキトはどんな理由があろうと、決して誰とも風呂に入ることはしない。それどころか、あのマントを取って行動することすら珍しい。
 極端に素肌を見せるのを嫌っている傾向にある。
 その事はカミナだけでなく、ユーチャリスで共に生活をしている者達は理解していた。
 だから、今回も無理にアキトを誘おうとしなかった。

「アキト様って恥ずかしがり屋さん何ですね〜。でも、アキト様にも来て欲しかったな〜」
「ちょっと、あんた達良い加減にしなさいよっ!
 このバカだけでなくアキトにまでちょっかい出そうとするんじゃないわよっ!!」
「アキトに少しでも変な気を起すようなら……私もどんな行動に出るかわかりません」

 バニーガールとカミナの前に笑顔で立つヨーコ。
 背筋も凍るような迫力に少女達だけではなく、カミナも首を縦に振るしかなかった。






「では、ごゆっくりとご堪能下さい」

 通された大広間に用意されたご馳走の山。
 それも見るなり、カミナにシモンは我先にと食事に喰らいつく。
 しかし、ロシウはその食べ物を見るなり、やはりこの温泉宿はおかしいと思い出す。

「皆さん、やはり怪しいですよ……急に来た僕達をこんなに歓迎して、それにこの食事だって……」

 ロシウの前にあるご馳走、それは確かにカミナ達にとってはご馳走に見えるが、一般的な美的センスのある物から見たら、この世のものとは思えないほど醜悪な雰囲気を放っていた。
 そういう意味ではロシウの感覚はこの世界の住人にしては珍しく、まともなのかも知れない。

「心配しすぎだ、ロシウ、早く食わねえとお前の分も食っちまうぞっ!!」

 そう言うカミナの前には、先程まであったはずの大量のご馳走が、すでに九割以上、空となっていた。

「やっぱり、アキトも無理やりにでも連れてきた方がよかったかな?」
「それはダメ」
「ダメです、ヨーコ。今のあなたなら、その理由はわかるでしょ?」
「うん……そうよね」

 ラピスとサレナに注意され、自分の失言に落ち込むヨーコ。
 アキトが極端に肌を見せたがらないのも、その理由も薄々は感じていた。
 だからと言って、アキトは自分に遠慮されることを極端に嫌う。
 普段どおりに振舞うことが、アキトの為になるとはわかってはいても、どうしても心から楽しめない自分がいた。

「皆様、お食事も済んだようですし、当館自慢のお風呂をご堪能下さい」

 そう言って、女将に案内され温泉に向かう一行。
 温泉と言う言葉を聞いて、先程まで沈んでいたヨーコも息を吹き返したかのように元気な姿に戻っていた。

「現金ですね……ヨーコ」
「女の子にとって、お風呂と美味しい食事は欠かせない贅沢なのよ」
「私もお風呂は好き」
「俺もでっかい風呂は大好きだぜっ! ここでアキトの為にしっかり磨いておかないと」

 さり気なく三人を牽制するかのように、明るく振舞うキヤルにサレナ達は青筋を立てる。

「私だって、アキトの為ならっ!!」
「私も綺麗になってアキトと」
「わ、私はその……別に……」

 アキトの受難はまだまだ続きそうである。



「ふう……良い湯だな〜、シモン」
「うん、兄貴」
やああ――っ!!
こっちだって負けないっ!!
「二人ともお風呂で泳いだらダメですよ」

 ――バシャバシャバシャ!
 ギミーとダリーがお風呂で競争するように泳ぎだす。
 それを必死に止めようとするロシウ。

「なあ、シモン、いつかあの月まで行って見てえな」

 そう言って、空に輝く大きな満月を見上げるカミナ。それに釣られてシモンも空を見上げる。

「さすがに、それは無理じゃないかな……」
いや、行ける!! 地上にだって来れたんだ……行けねえはずがねえ」

 自信たっぷりに月を指差して咆えるカミナを見て、シモンはいつもの笑顔に戻る。

「なんか、兄貴が言うと、本当にいけそうな気がするよ」
「無理を通して道理を蹴っ飛ばす、それが俺達グレン団のやり方だろ?
 なら、俺達はひたすら前に進む以外に道はねえんだよ」

 そう、後ろを向いている訳にはいかない。
 先日のグアームとの戦いでヨーコは生死の危険に晒された。
 戦いはまだまだ続く。そして、今まで以上にそれは厳しいものになっていく。
 カミナはそれを理解していた。だからこそ、今よりももっと強く、もっと高みへといかなくてはいけない。

「行こう、兄貴。兄貴とならどこまでも行けそうな気がする」

 シモンの答えに、笑顔で返すカミナ。

挿絵うわ、ヨーコの胸でけえっ!!
「こら、キヤルやめなさいよ」
「くっ……まだ、私は成長途上だから……大丈夫」
「む……胸がなくても一部の方々には需要があるといいます。きっとアキトだって……」

 すでに千年以上の時を生き成長の見込みがないサレナ……。
 そして、自分の胸をさすりながら、未来への成長を期待するラピス。
 一人だけ豊満な胸を持つヨーコは、三人の切望の眼差しに晒されていた。

「兄貴……風呂からでないの?」
「男には出るにでれねえ、瞬間ってのがあるのよ……」

 こうして、温泉から出るに出れなくなった二人の男がいた。






「よろしいのですか? 今なら奴らも油断してます」
「あのバカどもはどうでもいいんだよ。問題はあのアキトとか言う異邦人だよ。
 あの馬鹿でかい船に残ったまま、誘いに乗って来なかった。気付かれてるのかも知れないね」

 あの後、食事の差し入れと称して、アキトを宿に誘うために使いを出した女将だったが、アキトはその誘いにも乗って来なかった。
 その事により、女将もアキトへの警戒心をより強めていた。

「今、行動を起しても、あっちにあの男がいる以上、下手に動けないよ。あの黒い機体に出てこられたら、私達じゃ勝ち目なんてないからね」

 グアームがあのアキトによって倒されたことは、獣人達の間ではすでに有名な話となっていた。
 三千ものガンメンとダイガンドですら倒せなかった怪物。
 獣人達は畏怖をこめて、アキトの事を黒い悪魔と称し、恐れていた。
 だが、自分達のエリアを何もしないで素通りさせるわけにもいかない。
 それが知れれば、螺旋王も黙ってはいない。女将にとっては頭が痛い存在。それがアキトだった。
 人間に化け、美味い食事と温泉で誘い出せば、アキトの裏を掛けるのではないかと考えていたのだが、その誘いにも乗ってくる気配はない。
 かと言って、このまま打って出れば、確実に自分達がやられることは目に見えている。

「もう、どこかに逃げるしかないかね……」
「ですよね……勝てませんよね」
「私も命は惜しいですし……」

 女将の弱腰な姿勢に反論するどころか、自分達もいつ夜逃げしようかと算段を始める部下達。
 先日の戦いはこんなところにも深く影響していた。






「動きがないな……」
『心配ナサラナクテモ、アチラニハサレナモ居マスシ、大丈夫ダト思イマスヨ』
「まあ、余程のことがない限り大丈夫とは思うが……ぬ、そこは待ってくれないか?」
『コレデ三度目デス。モウ、待テマセンヨ。王手デス』

 ユーチャリスのブリッジで一人、オモイカネと将棋を指すアキト。
 そんな最中、ユーチャリスのレーダーに前方の旅館からエネルギー反応が現れる。

「――動きがあったか!? 俺はブラックサレナで……」

 モニタに映し出されたのは先程まで温泉宿の形をしていた物。
 ガンメンの姿に形を変えると、ユーチャリスに向かってくるのではなく、逆方向へと逃げ出し始めた。

「どうなってるんだ? サレナ達は?」
『温泉ニ浸カッテルヨウデス。ドウヤラ、宿ノ一部ダケヲ切リ離シテ、逃ゲタヨウデスネ』
「……あいつ等は何がしたかったんだ?」
『ワカリカネマスガ、恐ラク、敵ワナイト思ッテ逃ゲタノデハ? 追イカケマスカ、アキト?』
「いや、戦わずに済むならそれでいい。警戒モードをレベル2に落として、ヨーコ達が戻ってくるのを待とう」
『了解デス』
「で、やはり……待ってくれないか?」
『コレデ最後デスヨ?』






「あ〜、良いお湯だった……って、ええ!!!

 温泉から良い気持ちであがったヨーコ達。
 そこで目にしたものは、先程まであったはずの温泉宿が、脱衣所から向こう側にかけてすっぽりとなくなっている姿だった。

「どうなってるのよ……」
「逃げたんでしょうね」
「予測はしてたけど、やっぱり逃げた」
「え? ええ? どういうことだ?」

 二人だけで納得してユーチャリスに帰ろうと先に歩き出すサレナとラピス。
 現状で向こうの手札を考えれば、責めてくる可能性は低いと最初から二人は考えていた。
 それ故に美味しい食事と温泉はしっかりと堪能させてもらおうと思っていたくらいだ。

「やっぱり、最初から気付いてたのね……二人とも」
「さすがに見え見えでしたしね」
「あれで、気が付かないほうが馬鹿」
「うっ!!」

 サレナとラピスの発言で、今頃になって状況を理解したキヤル。
 この中で自分だけが全く気が付いていなかっと言う事実と、キタンやカミナと同列に見られていたかもしれないと言う葛藤に、心に深い傷を負っていた。

「グス……頼む……この事はアキトには言わないでくれ」

 膝をつき、心から涙するキヤルに、三人は痛まれない気持ちになったと言う。






「「きゅう〜〜〜〜」」
「カミナさん、シモンさん、大丈夫ですかっ!!!」
「カミナもシモンも真っ赤……」

 ダリーの言葉が表すとおり、全身真っ赤になり風呂に浮かび上がるカミナとシモン。
 ロシウは二人を抱きかかえ必死に助けようとしていた。

「男って……悲しい生き物ね」

 いつの間にやら温泉に入り、まったりとくつろいでいるリーロン。
 満月の光が射す月明かりの下、ユーチャリスの面々は待ち受ける戦いに向けて、一時の休息を満喫していた。





 ……TO BE CONTINUED









 あとがき

 193です。
 温泉編は、本当に単なる慰安になりましたw
 グアームの猛攻を退けた時点で、すでに並みの獣人ではアキト達の相手になるわけもないんですよね……
 こちらの世界でもアキトは獣人達に畏怖の目で見られ、恐れられ始めているようです。
 これが、後にどう影響するのか?

 次回は、遂に辿り着いた敵の本拠地。だが、そこで待っていたのは、かつてカミナとシモンを苦しめたあの男だった。
 紅蓮と黒い王子は定期連載物です。毎週木曜日の夜定期配信です。




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