【Side:太老】

 黄色い頭巾、そして野外に設けられた特設ステージ。
 会場は、舞台にあがった三人の歌姫の美声に酔う、大勢の観客が放つ凄い熱気に包まれていた。

 ――ワアアアァァ!

 そう、張三姉妹の私設ファンクラブ=\―黄巾党だ。
 曹操の領内に入り三日目。気がつけば、張三姉妹のコンサート会場に紛れ込んでいた。
 今頃は街についているはずだったのだが、どこで、どう道を間違えたのか?
 とはいえ……やはり、こっちの黄巾党は緊張感の欠片があったものじゃない。
 これが戦端を開く切っ掛けになるというのだから……何とも言えない微妙な話に思えてなからなかった。
 鬼姫がこの事を知れば、腹を抱えて笑い出しそうなネタだ。

「ぐぅ〜」

 風は、この騒がしさの中でよく眠れるものだ。一方、稟はというと――

「ぶはっ!」
「またか! 熱気にやられたのか!?」

 鼻血を吹き出し、仰向けに倒れてしまった。全く、世話の掛かる奴だ。
 しかし、このコンサート会場。五千人くらいは集まっているか?
 これでも規模としては、まだまだ大きいとは言えない。最終的に二十万を越す大軍勢になっていたはずだ。
 確か、彼女達のファンの他に、その騒ぎに便乗した盗賊や山賊が集まってきたのが原因だったか?

(このまま放って置くべきか。そうならない内に手を打つべきか)

 しかし、この人数を言い聞かせるのは骨が折れそうだ。
 張三姉妹を説得するという手もあるが、旅芸人として成功を収めた彼女達が、そう易々と今の地位を手放すとは思えない。
 それに御輿を失い、行く当てもないまま放り出された黄巾の人々の末路は知れている。大抵の者は野垂れ死ぬか、匪賊に身を落とすか、何れにせよ碌な事にはならないはずだ。
 やっぱり、関わり合いに成るべきじゃないかな? 歴史通りにいけば、この騒ぎもいつかは収まるはずだし。
 そう考えていると、前列の方で男達の怒鳴り声が響いた。

(喧嘩か?)

 大の男が二人。いや、それだけではない。便乗した男達が数百人規模で円陣を組み、喧嘩の原因となった男達を囃し立てていた。
 熱気に包まれていたコンサート会場は一転、剣呑とした空気に包まれる。これだけ大規模なコンサートだ。その熱気に当てられて、普段大人しい連中でさえ、好戦的になるのは無理もない。
 普通は、そのために舞台を整えるスタッフや、そうした客を取り締まる警備員を配置しておくものだが、張三姉妹とそのファンだけで組織された黄巾党に、そうした組織としての体制が整っているとは思えない。言ってみれば、統制の取れていない烏合の衆と同じ。彼等が賊として、官に目を付けられたのも、それが主な原因だ。
 止める奴がいないと、直ぐにも暴動に発展しそうな勢いだった。

「風、起きてくれ」
「はい? 喧嘩ですか〜?」
「みたいだ。これ以上、大騒ぎにならないうちに止めてくるから、稟を見ててくれ」
「分かりましたー」

 黄巾党がそれで自滅する分には、俺は構わない。しかし、その暴動に巻き込まれるのだけは勘弁だった。
 まさか、風や稟を危険に晒す訳にもいかない。俺だけなら自分の身くらいは守れるが、二人を連れてとなると危険は格段に跳ね上がる。それに、この人数が暴徒と化せば、近隣の村々にも迷惑を掛ける事になるだろう。
 喧嘩をするのは自由だし、歌って騒ぐのも本人達の勝手だ。だが、他人に迷惑を掛けるようでは、それは暴徒と呼ばれても仕方がない。
 余り、関わり合いに成りたくはないが、怪我人や死人が出るのが分かっていて見過ごすと言うのも寝覚めが悪かった。

『――!?』

 身体から強烈なプレッシャーを放ち、殺気を籠め、目の前の連中を睨み付けた。鷲羽(マッド)直伝の哲学士流ガン付け≠セ。
 哲学士なんて持論を掲げた連中は、どいつもこいつもお山の大将の集まり。討論や会議をしたところで、結論が出ない事は分かりきっている。
 そこで最後に物を言うのは言葉ではなく、反論を黙らせる圧倒的な力だった。

「ひ、ひぃっ!」

 これまでに感じた事のない圧倒的なプレッシャーを全身に浴びせられ、情けなく腰を落とし身動き一つ取れなくなる黄巾の男達。中には当てられた気に耐えられず、失神する者達も居た。
 鷲羽(マッド)クラスになると、その存在感と身体から放たれる威圧感だけで、誰も何一つ言えなくなる。
 俺はそこまでは出来ないが、相手が本物の賊ならまだしも、素人同然の連中を相手に実力行使に出るまでもない。

「喧嘩をするなら、他所でやれ! 他の観客に迷惑だ!」

【Side out】





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第2話『三人の歌姫』
作者 193






【Side:天和】

 私の名前は『張角(ちょうかく)』、真名を『天和(てんほう)』という。張角(ちょうかく)張宝(ちょうほう)張梁(ちょうりょう)からなる張三姉妹の長姉だ。
 旅芸人として街や村を転々として居た中、偶然、一冊の本を私達は手に入れた。それが、『太平要術』と書かれた古い書物だった。
 そこに書かれていた内容を基に、売れない旅芸人からの脱却を図った私達は、見事に大勢の人々の心を掴む事に成功した。
 今、見渡す限り人の山で埋め尽くされた、この目の前の光景こそ、私達が芸人として、歌い手として成功を果たした証明だった。

「何しやがる!」
「てめェが先に押したんだろうが!」

 演目が終盤に差し掛かった時、歌声が止むと同時に、その余韻の静けさに混じって男性の怒鳴り声が会場に木霊す。
 何事か、と原因を探る観客達の視線が、喧嘩の発端と成った男性達へと注がれた。
 それを止めようとした人を巻き込み、または騒ぎに便乗した人達の野次によって、場は一転して剣呑とした空気に包まれてしまった。
 私達の歌を聴いてくれる人、応援してくれる人達が増えた事は嬉しいが、人が増えるという事はそれだけ問題の火種が多くなる、という事だ。
 ここ最近、ずっと妹達が危惧していた最悪の事態が、目の前で起きていた。

「やめなさいよ! あんた達! こんなところで、喧嘩なんて!」
「皆、やめて! やめてください!」

 しかし、私の……私達の声は届かない。
 地和(張宝の真名)と人和(張梁の真名)も場を鎮めようと声を張り上げて止めようとするが、一度火がついてしまった観客の耳に、私達の声は届かない。
 このままでは、舞台が中止になるどころか、暴動へと発展する恐れもある。そうなれば、大勢の死傷者がでる可能性だってあった。
 私達の歌を聴きに来てくれた人達に、応援してくれる人達に、そんな目に遭って欲しくはない。
 だからこそ、何とか場を鎮めたくて声を張り上げるが、喧騒に包まれた大勢の声に、私達の叫び声は虚しくも掻き消されてしまうだけだった。

「な、何!?」
「か、身体が動かない……」

 そんな時だ。地和、人和、二人の妹達が冷や汗を流しながら、声を震わせ、ペタリとその場に膝をつく。
 二人の視線の先を追って私も、先程まで喧騒の中にあった人垣の中心を見詰める。
 どういう訳か、幾ら私達が制止しても止まなかった騒ぎは鎮まり、時が制止したかのような静けさが会場を支配していた。

(何が……)

 次の瞬間、心臓が止まるかと思うくらいの重圧が人垣の中から放たれ、私は息を呑んだ。
 バタバタと倒れていく人々。意識を失っていない人達も、見えない力に気圧されナヨナヨと腰を落としていく。
 人垣が、まるで何かを避けるように左右へと割れ、その道の中心を舞台に向かって歩いてくる一人の男性の姿があった。

「喧嘩をするなら、他所でやれ! 他の観客に迷惑だ!」

 そう、男性が怒声を放つと、その場に居た観客達は誰もが皆、無言で首を縦に振っていた。
 会場に居る五千人を越す観客の中で、一人だけ違う、圧倒的な存在感を身体から放った男性。
 反論は疎か、逆らう事を一切許さない圧倒的な力。一切の暴力を振るうことなく、ただ言葉と威圧感だけで場を鎮めてしまった目の前の男性の姿が、私の瞼に焼き付いて離れなかった。

【Side out】





【Side:太老】

「悪いね。こんなに御馳走になっちゃって」
「お、お気になさらないでください! 助けて頂いたんですから、と、当然です!」
「天和姉さん……なんか、性格変わってない?」
「ちぃ姉さん、あんな事があった後じゃ無理もないわよ」

 張三姉妹の天幕に案内された俺達は、喧嘩を鎮めた御礼という事で、晩飯を御馳走になっていた。
 風は相変わらず、飯をちょっと食ったかと思うと、また俺の膝を枕にして眠っている。本当によく寝る奴だ。
 鼻血をだして気絶したままになっていた稟は、張角の寝所を借りて、そこに寝かせてきた。腹が減ったら起きてくるだろう。

「ところで、張角さん」
「あ、あの! 出来れば『張角』ではなく、『天和』と呼んでください!」
「え? それって真名だろ? 俺なんかが呼んでも良いの?」
「お、恩人ですし、当然です! それで、あの……」
「ああ、俺は正木太老。『太老』でいいよ」
「太老様……素晴らしいお名前ですね」

 いや、素晴らしいも何も……『タロウ』なんて凄くありふれた名前だと思うのだが?
 しかし張角、いや天和は想像していたよりも良い奴のようで安心した。この三人も黄巾党の御輿にされはしたが、特に悪い娘達ではない。
 さっきの歌も悪くはなかった。歌唱力がある、技術的に上手い下手ではなく、三人の『歌を聴いて欲しい』という純粋な想いが伝わってくる、本当に心の籠もったよい歌だった。
 やり方は色々と不器用かもしれないが、歌が好きという気持ちは本物なのだろう。

「正木太老……まさか、天の御遣い」
「ん? 俺の事を知ってるのか? えっと……張梁ちゃん」
「私の事も『人和』で結構です。姉さんが真名を呼ぶ事を許した訳ですし……」
「ちぃの事も、『地和』でいいよ! 太老!」
「ちょっと、ちーちゃん!?」

 ガバッと俺に抱きついてくる地和。見た目通り、元気で明い少女のようだ。胸は姉と違って悲しいほどに無いが……。
 顔を真っ赤にして、そんな地和を俺から引き離そうと抗議する天和。そんな二人の行動を呆れた様子で、一歩退いたところから見ている人和。

 ――礼儀正しいが、どこかホワホワして抜けている天然ボケの長女
 ――明るくて元気なのはいいが、イノシシのように一直線な次女

 そんな二人を姉に持つ、人和の苦労は窺い知れる。
 大勢の姉もどきを持ち、苦労を強いられてきた俺も、人和の気持ちが分からなくはなかった。
 こっちの二人は、あっちの姉≠ンたいに、矢鱈と物を壊さないだけマシだが。

「そういえば、人和。さっき言ってた天の御遣いって、何?」
「ちぃ姉さん……あれだけ噂になってたのに、知らないの?」

 俺も、『天の御遣い』の事が噂になっているなんて話は初耳だ。
 俺ではなく北郷一刀の事ではないか、と考えたのだが、どうやら違うようだった。
 官軍の代わりに困っている人を助けて回っているという、水戸黄門もどきの話を人和にされ、俺は微妙な表情を浮かべる。
 あれは完全な不可抗力なのだが、まさかそんな大きな噂になっているとは……どこの世も、黄門さんは大人気らしい。

「凄い! やっぱり太老って、強いのね! ねえねえ、ちぃの彼氏にならない?」
「ちーちゃん!? それだけは絶対にダメ!」
「何で? そんなのは当人同士が決める事でしょう?」
「何でもダメなの! お姉ちゃんは、絶対にそんなの認めないんだから!」

 ストレートな地和の告白には驚いたが、まあ子供の言っている事だ。嬉しくない訳ではないが、俺も本気にはしていない。
 正直、似たような直球アプローチは、過去に散々されまくった事があるので、免疫は十分についていた。
 姉として地和の事を心配する、天和の気持ちはよく分かるが、そんな事にはならないので心配しなくても大丈夫だ。

「あの……太老様。出来れば、私達の護衛を引き受けてはもらえませんか?」
「人和ちゃん?」
「姉さん、今日の事からも分かるとおり、何らかの対策が必要になってくるわ。いつ、またあんな事があるか分からないし」
「私は賛成! 太老が一緒なら、さっきみたいな事があっても安心だものね」
「それは……私も太老様が一緒なら嬉し……あ、安心できるけど」

 それは何か? 黄巾党に加われと? いやいや、そんな死亡フラグ満載の出来事に首を突っ込む気はないですよ?
 しかし、そうなる事が分かっていて、彼女達を見捨てるような真似をするのも嫌だった。
 なまじ、これからの事を知っているから余計にそう思うのだろう。原作通りなら、殺されるような事はないはずだが、細部が違っている事からも原作通りに運良く曹操に拾われるとは限らない。
 官軍に捕まれば、彼女達は極刑を免れないだろうし……。

「ごめん、行くところがあってね。護衛は出来ない」
「そう……ですか」

 何となく、そんな気はしていたのだろう。それでも俺がはっきり断ると、残念そうに肩を落とす人和。
 天和はどこか寂しそうに、地和は納得が行かないといった顔で、俺を睨み付けていた。
 とは言っても、自分から危険に足を突っ込むつもりはない。しかし、彼女達を見捨てるつもりもなかった。

「でも、助言は出来る。三人とも、やりたい事って歌手なんだよな?」

 コクッと首を縦に振って頷く張三姉妹。別に王様になりたいとか、大陸制覇なんて大それた夢を持っていないのであれば、もっと簡単な方法がある。ようは黄巾党を烏合の衆や、治世を乱す賊にするのではなく、統制の取れた本物のファンクラブにすればいいだけの話だ。
 ここにいる連中だって、犯罪者扱いされたくて集まって来ているのではないだろう。
 幸いにも、まだこの騒ぎに便乗しようという盗賊や山賊の姿は見えない。官を含め、殆どの人は、集まって騒ぎ立てている連中の噂くらいは耳にしていても、黄巾党の名前だって、まだ誰も知らないはずだ。
 これから、まだまだファンの数は増え続けるだろうが、ようは官に目を付けられないよう、上手く立ち回れる組織力を築き上げ、有力な後ろ盾を作ってやればいいだけの話だ。
 幾ら、黄巾党の名前で盗賊や山賊が暴れようと、『暴徒=黄巾党』というイメージに結びつかなければ意味がない。

「なら、まずは必要な知識を頭に叩き込もう。このままじゃ、官に目を付けられて自滅するだけだ。そうなる前に、最低限必要な規則と常識を応援してくれる人達に行き渡らせないとな」

 俺に協力できる可能な範囲で、三人に知識を与えていく。大体、役人の許可も取らずに、こんな集会を繰り返していれば、蜂起を疑ってくれと言っているようなものだ。その辺りの常識から、説く必要がある。
 こう見えても、銀河最大の軍事国家『樹雷』の鬼姫の私設情報部に在籍していた経験があり、水穂の補佐官として鬼姫の下で働いていた実績がある。水穂には遠く及ばない物真似程度だが、何も知らない連中よりはマシなはずだ。

 まずは、ファンクラブの会員規約を作り、それをファンには徹底させる。周囲に迷惑をかけているようでは、それこそ暴徒と呼ばれても仕方がない。きちんと統制が取れている事が、烏合の衆で無い事を周囲に認めさせる最低条件と言えた。
 それに人和に聞いてみると、やはりここにある物資や設備は全て、ファンからの贈り物や資金提供で成り立っているようだ。
 これだけの物資が集まっているところを見ると、彼女達のファンは平民や農民ばかりとは思えない。豪族や貴族、それに商家の縁者も交じっているのは間違いないだろう。そうした連中を上手く利用してやれば、更に状況はやりやすくなる。

「凄い……確かに、それなら……」

 天和と地和はよく分かってない様子だが、人和には俺が言っている言葉の意味が理解できるようだった。
 取り敢えず、組織の基盤が出来上がるまでは、ここに残って手伝ってやる事にした。必要な物は揃っているようだし、人手も十分だ。まあ、少し仕込めば、ある程度はカタチにはなるだろう。
 こうした荒んだ世の中だからこそ、生活に必要な潤いというのがある。結果はどうあれ、そうした人々に生きる力を与え、やる気を出させたのは彼女達の歌の力だ。賊の御輿などではなく、彼女達にしか出来ない事が必ずあるはず、と俺は信じていた。
 それに、これも何かの縁だ。飯を御馳走になった御礼、という訳ではないが、三人のファンの一人として応援してやりたい。

(歴史がどうとか、原作とか気にしてたら何も出来ないしな。このくらいの手助けなら問題ないだろう)

 この行動が後に、大陸中に影響を及ぼす組織を作り上げる切っ掛けになろうとは、この時の俺は考えもしていなかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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