【Side:華琳】

「……仲の王ね。それで、太老はなんて?」
「お兄さんは静観するつもりみたいです。劉備さん達には、しばらくあちらに残ってもらうことになりそうですけどー」

 袁術の牽制に桃香達を使うつもりだということは風の言葉からもわかる。
 問題は太老が袁術の独立宣言を放置する理由だ。

 ――袁術に北郷一刀が助けられたから?

 天の御遣い(代理)の支持を得たということで、袁術は強気な姿勢に出ている。これほど短期間に豪族を纏め上げ、益州を大きな混乱無く平定できたのも桃香達を助け、一刀を保護したという実情があったからだ。
 だとしても、袁術のやったことは味方を騙し、漁夫の利を得る姑息な手段。策を講じることが悪いとは言わないが、真っ当な手段とは言えない。しかし、ここで袁術を糾弾すれば、天の御遣い……皇帝の信用を失墜させたということで、一刀の責任も追及しなくてはいけなくなる。結果、桃香にもその責は及ぶだろう。
 太老が、それをよしとするはずもない。

「諸侯の反応はどうなっているの?」
「元々、益州に人員を割くほどの余裕がない状況での派兵でしたから意見がわかれています」
「それは容認派と反対派にってこと?」
「あとはお兄さんと同じく、当面は静観して相手の出方をみようって人達ですねー」

 太老が静観すると決めている以上、不満のある諸侯も取り敢えずは矛を収めるはずだ。
 でも、袁術には河南の前例がある以上、益州を上手く統治出来るという保証はない。
 結果、劉璋が治めていた頃と変わらない。いや、それ以上に益州の治安が悪化する可能性も考えられる。
 袁術の独立を認めるか否かは、そこをどう考えているかで今後の対応が変わってくると私は考えた。

「風は、どう考えているの?」
「お兄さんと同じです。その上で、桃香さん達には復興の支援を行ってもらいたいと思います」
「支援? 一体、何を考えて……」

 この状況で支援をするなど、袁術の独立を認めるようなもの。まさか、そういうことなの?
 風が何を考えているのか? 太老が何故、静観すると言ったのか?
 その狙いが読めた気がした。

「袁術の支援ではなく、あくまで益州の復興を支援をするってことね。なるほど、だから桃香達でないとダメなのね。商会として介入するために……」

 ――名より実を取る。
 太老の考えそうなことだと、感心させられた。
 桃香達の軍は、そのほとんどが商会の自警団と義勇兵で構成されている。どこの勢力にも属していない彼女達なら、商会の名代として活動するには打って付けだ。
 袁術の下で役に立ちそうなのは張勲だけ。上を抑えたところで足下が固まっていない今なら幾らでも介入の余地がある。放って置けば民から不満の声があがるのは時間の問題。放って置いても民の方から天の御遣いに、商会に頼ってくるようになる。そうなれば袁術は微妙な立場に立たされることになるだろう。

(気付いたら、立場が逆転してるのよね……)

 そのことは、私が一番よく理解していた。太老を上手く利用するつもりで、逆に自分の方が利用されていたなんて正直笑えない話だ。
 あれは、わかっていても簡単に防げるものではない。上手く利用したつもりで、袁術は自分が罠に掛かったことにまだ気付いていないはずだ。だとすれば――

「その上で、袁術さんには風達の盾になってもらいます」
「……盾?」
「馬騰さんからの報告で五胡に不穏な動きあり、とのことです」

 その一言が、袁術の未来を物語っていた。

【Side out】





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第139話『動きだした計画』
作者 193






【Side:太老】

「くっ、なんで私があんたの手伝いなんてしなくちゃいけないのよ!」
「風は華琳のところに行ってるし、稟も商会代表の立場があるから忙しいしな」

 先日、俺が皇帝に就任したのを機に、正式に稟が正木商会の代表を継いだ。
 実質、今まで稟が先頭に立って商会の運営を切り盛りしてたようなものなので、落ち着くところに落ち着いたといったところだ。

「私だって暇じゃないわよ!」
「でも、華琳に人を貸して欲しいって頼んだら、桂花がきたわけなんだが……」
「ぐっ! 華琳様の命令じゃなきゃ誰がアンタの手伝いなんて」

 真名を許してくれる程度には打ち解けたと思っていたんだが、顔を合わせるといつもこれだ。
 桂花の男嫌いは、相も変わらず筋金入りだった。

「そんなに嫌なら断ればよかったじゃないか……」
「華琳様の頼みを私が断れるわけがないでしょ!」

 で、俺達が何をしているかというと、陳留の商会にきていた。
 先日、許昌に首都機能の移動があった際、商会の中枢機能もあちらに移したのだが、技術局の機材は嵩張ることと知識のない人間では迂闊に動かせないことなどもあって、陳留にそのまま放置されていた。
 今や街の名物ともなっている大衆浴場の地下に隠された技術局の工房。いや、元々地下にあった工房の上に、銭湯が作られたと言った方が正しい。商会で使用する発電設備の余熱を湯を沸かすのに応用するため、効率の良い形を取った結果が銭湯という隠れ蓑だったわけだ。

「終わったら風呂に入ってさっぱりしたいな」
「まさか、アンタ……」
「いや、何を想像してるかしらんが、男女別々だからな」

 話がまったく噛み合っていなかった。
 そもそも俺は、お子様(体型)に欲情するような特殊な性癖は持っていないつもりだ。

「貧乳で悪かったわねっ!」
「そんなこと、一言も言ってないだろ!?」
「目がいやらしいのよ!」

 話が大きく脱線したが、今日はその工房の引っ越し作業にきていた。
 危険な物もあるので技術局の『局長』である俺が出張ってきたと言う訳だ。

「でも、桂花が手伝ってくれて助かったよ。俺一人じゃ終わらなかっただろうしな」
「と、当然よ。言っておくけど、アンタのためじゃなく華琳様に言われて仕方無くなんだからねっ! そこのところを間違えないでよ!」

 あらかじめリストに書き出した物をチェックして、指示書通りに処理していく。単純作業だがミスがあってもいけないし、効率的に立ち回れる能力が要求される仕事だ。真桜がいてくれればもっと楽だったんだが、三羽烏には別の任務があって今は留守にしている。
 手の空いている者は、皇帝でも扱き使え。うん、実に良い世の中になったものだ。
 まあ、ここに俺がいるのは他にも理由があるんだが――

「アンタも能力はあるんだから、もっと手際よくやりなさいよ。作業に無駄が多いわよ」

 しかし、さすがは桂花。曹操軍の筆頭軍師と威張るだけのことはある。普段からやり慣れているのだろう。その指示の的確さや効率的な立ち回りは、傍から見ていても感心させられるほどだった。

「本当に手慣れてるな」
「多麻がくるまでは、ずっと人手不足だったからね。嫌でも効率的に動けないと仕事にならなかったのよ」

 昔のことを思いだし、ズンッと暗いオーラを背中に滲ませる桂花。余程、訊かれたくなかったことらしい。

「増えた仕事のほとんどは商会関連なんだけどね……」
「ぐっ……」

 それを言われると辛かった。多麻達のお陰で随分改善されたとの話だが、華琳のところはそれでなくても仕事が多い。原因は桂花の言うように、商会に関係した仕事が増えた所為だ。そのお陰で華琳の領地は他所と比べ、経済的に潤っているといえば確かにそうなんだが、その一方で問題も多かった。
 商人の行き来が活発になることで流通する物が増え、街に人が増えるということは領地の発展に繋がる一方で、治安の問題や街の拡張など政治にも影響が出る。日々変わりゆく領地の現状を把握しつつ、住民の不満を募らないように適切に処理していく必要があるわけだが、その処理能力を大きく超える発展を魏は続けていた。
 街の発展に、内政が追いつかないのだ。
 多麻を華琳のところにだけ大量に投入している理由はそこにある。人材が育つのを待っていたら間に合わないからだ。

「アンタが非常識なのはわかってるつもりだしね。そのことで責めるつもりはないわよ」

 桂花のその一言には、随分と助けられていた。
 実際、華琳も俺に責任を求めてくることはない。多麻を派遣する際、その手伝いまで渋っていたほどだ。
 平穏な日常を得るためにはじめたことだが、自分でも話がここまで大きくなるとは思ってもいなかった。

「それに私も少しは感謝してるんだから……」
「……へ? 今、なんて?」
「ああ、もうっ! 今のは無し! ほら、さっさとやっちゃうわよ!」

 なんだかんだ口では言いながらも、ちゃんと手伝ってくれるんだよな。
 これが世に言うツンデレって奴だろうか? 本人に言ったら全否定しそうだが……。

「あっ」
「何よ。アンタも喋ってばかりいないで、ちゃんと手を動かしなさいよ」
「前に作った『ぬこセット』こんなところにあったのか、ずっと探してたんだよ、これ」

 耳と尻尾が自動で動くぬこ変装セットだ。勿論、肉球グローブ付き。
 研究用の資材を入れた木箱の中に紛れ込んでいた。
 ずっと探してたんだが、まさかこんなところにあったとは――

「桂花にやるよ」
「……アンタ、私のことをどう思ってるのよ?」
「ぬこ耳軍師?」
「死ね! この変態っ!」

 何故か、怒られた。

【Side out】





【Side:桂花】

「ああ、むかつく! だから男なんて!」

 ちょっと見直したかと思ったら、太老はやっぱり太老だった。
 いつも調子を狂わされてばかり……本当に嫌になる。

「何が、猫耳よ……」

 太老から今日のお礼と言って貰った猫耳と尻尾をつけてみる。
 私の動きに合わせて動く猫耳と尻尾。思った以上に良く出来たカラクリだった。
 ちょ、ちょっと可愛いかな?
 と思わなくもないけど、アイツからの贈り物と考えると複雑な気分ね。

「とにかく華琳様に報告しないと……」

 陳留での作業を終え、私は許昌の城に戻ってきていた。
 太老から『お土産』と言って渡された大量のガラクタと、華琳様宛の手紙。
 詳しいことはいつもの調子ではぐらかされて教えてもらえなかったが、絶対に何か企んでいることは間違い無い。本当なら、この手紙をなかったことにしたいけど、私の立場がそれを許さなかった。

「あんなのでも、連合の長。皇帝なのよね……」

 ちょっとした悪夢だ。本来なら華琳様がこの国を統一していたはずなのに、覇業を歩む前に詰んでいたなんて笑い話にもならない。でも、それをやってのけたのがあの男――正木太老だった。
 あんなのでも、この国に必要な存在だ。今の平和は、太老の存在の上に成り立っている。
 天の御遣いなんて胡散臭いもの、最初は信じていなかったけど、こうなった今となっては信じざるを得ない。それほどに太老の存在は、私達にとって大きな物になっていた。

「華琳様。今、戻りました」
「早かったわね。どうしたの? なんか、焦燥としてるけど……」
「すみません。色々とあって……」
「ああ……いいわ、大変だったわね。ご苦労様、桂花」

 何も言わずとも、それだけでわかってもらえるあたり、華琳様もあの男に毒されていることが窺える。もう、逃れられないのだろう。私も華琳様も、この国で暮らす人々は皆、太老と離れられないところまで毒されていた。
 こうなったら、毒を食らわば皿までだ。
 長い付き合いで太老は男と言うよりは、太老という生き物なのだと考えた方が精神衛生上いいことに気付いた。
 御遣い様だから、というのは太老のことをよく知る武官、文官達の口癖でもある。

「太老からの手紙ね。態々、手紙にして桂花に渡すあたり、嫌な予感しかしないんだけど……」

 まったく同感だった。
 太老のことだから、きっと私の想像の斜め上を行くことが書いてあるに違いない。
 こういうところだけ勘がはずれないのだから、軍師としては複雑な思いだ。

「……桂花。あなた、太老から何か聞いてない?」
「いえ、特には何も……」

 そう言って手紙に視線を落とし、何かを考え込むように黙り込む華琳様。
 何が書いてあったんだろうか?
 凄く気になる。けど、知りたくない。そんな複雑な気持ちで胸のなかが一杯になる。

「太老が何故、この時期に陳留に赴いたのか、考えるべきだったわ」
「あの……華琳様。何が書いてあったんですか?」

 華琳様の口振りでは、あれはただの引っ越しではなかったということになる。
 じゃあ、太老はなんのために――

「太老らしいというか、私の考えの斜め上をいってくれるわ……」

 そう言って華琳様から手渡された手紙に目を通す。そこには太老の字で

 ――旅に出ます。探さないでください

 と書いていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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