朝早く、いつものように剣の鍛錬を終えた箒はシャワーを浴び、ご機嫌な様子で部屋を出た。
 心なしかいつもより、学園に向かう足取りが軽いような気もする。
 先日まで不機嫌だった少女と同一人物とは思えない。一夏に向けていた怒りもなんのその。百八十度ひっくり返して箒の機嫌を良くした原因は、制服に隠れ、胸元でひっそりと輝く銀色のペンダントにあった。
 
 一夏からのプレゼントだ。

 鈴とセシリアも、それぞれ髪留めにブローチを一夏から貰ったと言う話だったが、それでも箒は一夏から贈り物をしてもらえたという事実だけで満足だった。
 自分でも、このくらいで機嫌を直すなんて単純だと箒は思う。
 でも、嬉しいのだから仕方が無い。乙女心は複雑なようで単純明快なのだ。

(問題は噂の方だが……まあ、それも個人別トーナメントで私が優勝すれば問題ない)

 本人公認ハーレムがどうのという話もきっと、また一夏の『唐変木ザ唐変木ズ』が発動したのだろうと箒は考えた。
 いずれにしても一夏の彼女というポジションは、絶対的に優位なことは変わりが無い。
 万が一、そう仮にそのような事態になったとしても、本妻の自分がしっかりとしていれば何も問題は無い。そのためにも、とにかく優勝出来なければ話にならない。そして最大の強敵は一夏であり、専用機持ち達だ。
 かなり厳しいことは箒も自覚していたが、その程度の問題で諦める彼女ではない。
 障害は大きければ大きいほどに達成した時の達成感は大きい、と自分を言い聞かせ、今は目の前の大会に集中する事を箒は心に決めた。

(あの時の私とは違う。今度こそ、私は道を誤らずに勝ってみせる)

 記憶に残るのは全国中学剣道大会決勝。
 そこで箒は優勝したが、それは彼女にとって満足のいく結果ではなかった。
 その理由は自分にもわかるほど単純明快。
 箒自身その時のことを振り返り恥ずかしくなるほどに、太刀筋が歪んでいたからだ。

 ――誰でもいい。相手を叩きのめしたい。

 心のまま、気の向くままに振るったその剣は、ただの憂さ晴らしでしかなかった。
 自分でも気付かない内に精神的な疲労が溜まり、ストレスもあったのだと箒は思う。
 しかし、それは言い訳にもならない。
 自分を慰めるために、不安を紛らわせるためにヒトを傷つけた。
 結果残ったのは勝利の達成感などではなく、なんとも言えない焦燥感だけ。
 クラス対抗戦での一夏の戦いをみて、箒は自分が今まで振るってきた剣とはなんだったのかを今一度考えさせられた。

 ――強さとはなんなのか?

 それを知っているつもりで剣を振るっていたが、結局は何も気付けていなかった。
 一夏の太刀筋を見た時、箒はどうしようもなく、これまでの自分が惨めになった。
 このままでいいはずがない。剣はその人の生き方、生き様を移す鏡だ。あの一夏の横に並び立つには、今のままでは無理だ。
 ――勝たなければならない。己自身に。
 今の自分では一夏の横に並び立つ資格がない。そう考えた上でのあの約束でもあった。
 六年前、あの時に果たせなかった約束。それを果たさないままでは一歩も前に進めない。
 あの時から止まったままの時間。それを自らの意思で動かしたい。それが箒の想いだった。

「道を尋ねたいのだが、少し構わないか?」
「え?」

 後から不意に掛けられた言葉に、箒は反射的に振り返る。
 そこには、赤い瞳に片方の目を眼帯で覆った銀色の髪の少女が立っていた。
 女性の箒の目から見ても、『綺麗』と見惚れてしまうほどの美少女だった。

「職員室には、どう行けばいい?」

 その一言でハッと我に返る箒。
 それがラウラ・ボーデヴィッヒと、彼女の出会いだった。





異世界の伝道師外伝/一夏無用 第15話『疾風の女王』
作者 193






 ここ最近、俺の周りは話題が尽きない。
 こんなにも波瀾万丈な人生を送っている高校生は他にはなかなかいないはずだ。
 そう、断言できるほどに、俺こと織斑一夏は目の前の状況に困惑していた。

「織斑一夏。貴様に決闘を申し込む!」

 そう言って俺の前に立つのはドイツからきた転校生、ラウラ・ボーデヴィッヒ。
 鈴やセシリアと同じ代表候補生にして、ドイツの第三世代機の専属操縦者。
 今は昼休み。そしてここは教室、一年一組。俺の席。
 で、この銀髪の美少女に、俺はなんの前触れもなく宣戦布告をされていた。

(前にもこんなことがあったよな……)

 ――と、チラッとセシリアの方を見るが、「うっ……」と目をそらされてしまった。
 あの時のことを思い出しているんだろう。自覚はあったんだな。
 俺とセシリアのクラス代表を賭けた戦いも、こんな風に「決闘を申し込みますわ!」と険悪な雰囲気からはじまったのだが……今となっては懐かしい思い出だ。

「さっぱり事情が呑み込めないんだが、そもそも俺には戦う理由が……」
「貴様になくても私にはある。貴様は教官の弟≠ネのだろう?」

 その一言で、はっきりとわかった。
 千冬姉のことを『教官』と呼ぶ彼女。そこから思いつくことは一つしかない。
 ドイツ軍の特殊部隊。そこで千冬姉はとある事情から約一年の間、ISの教導をしていたことがある。彼女はその時の千冬姉の教え子と言う訳だ。

(また、あの事件か……)

 過去にしつこく何度も訊かれた事件だ。忘れようがない。
 そうでなくても三年前のあの日を、俺は今でも鮮明に覚えている。
 俺と千冬姉の日常を、生き方を変えることになった事件。転機となった出来事だ。
 あの事件が起きなければ、俺はここにこうしていることもなかった。

 第二回IS世界大会『モンド・グロッソ』の決勝戦当日。俺は、何者かに拉致された。

 ――何処の国が?
 ――何処の組織が、なんの目的で?
 ――何故、俺を誘拐したのか?

 何一つわかっていない。
 ただあの日、俺はその何処の誰ともわからない組織に誘拐された。

(あの時だったな。あの金色のIS≠ノ出会ったのは……)

 拘束され、閉じ込められていた場所に、なんの前触れもなく空から降ってきたIS。
 眩い金色の装甲を纏い、神々しいほどの存在感を放つそのISに触れた瞬間、俺の世界は激変した。
 今もあの時の感覚が忘れられない。全てと一体化したかのような感覚。それがなんなのか、なんのためにあるのかを瞬時に理解し、俺のなかの何かが広がっていくの感じた。
 その後のことは、よく覚えていない。空を舞う金色のISが目撃され、後に聞いた話では俺がそのISを動かして誘拐犯のアジトを壊滅させ、暴走していたところを決勝戦を放り出して駆けつけた千冬姉に助けられたという事実以外、何もわかってはいなかった。
 そのISというのも未だに発見されていない。突如、姿を消してしまったからだ。
 目撃者は大勢いるのだが、一切証拠となるモノが残っていないため、余りに荒唐無稽な話として一部では都市伝説扱いされているくらいだ。
 ただ、男がISを動かせる≠ニいう事実だけが残った。
 それが、今の俺の状況。

「貴様がいなければ、教官が大会二連覇を果たされたことは容易に想像が出来る」

 そう、彼女の言うとおり俺が誘拐されたりなんかしなければ、千冬姉は決勝戦を棄権することもなく優勝を果たしていたはずだ。周囲はそう確信していた。
 そしてその時、俺の監禁場所に関する情報をドイツ軍から提供してもらった借りがあるらしく、千冬姉はその時の借りを返すために一年の間、ドイツ軍のIS部隊で教官をすることになった。
 全て俺が不甲斐ないために起こった出来事。我ながら情けない。
 昔からずっとそうだ。俺は千冬姉に守られてばかりだった。
 そして、それは今もきっと――だから俺はこの三年間、必死に自分を鍛えた。
 守られるばかりじゃない。大切な人を守れる強い自分になりたくて、それはきっと俺が――

「私は貴様を――貴様の存在を認めない!」

 目の前の少女のように、誰よりも千冬姉の強さに憧れている証明でもあった。


   ◆


「一夏ってモテるよね」

 それは皮肉か? シャルル。ラウラは明らかに俺を敵視していたぞ。
 どこぞの誰かさんのようにISを展開して襲ってこないだけ理性はあるようだが、トーナメントでぶつかったら確実に一波乱ありそうだ。
 それを考えると鈴とセシリアは、もう少し忍耐強さを身に付けた方がいいな。俺が相手だと言っても、ISをポンポン展開しすぎだ。
 校則で許可のない展開は禁止のはずなんだが……。あのふたりはルール無用の常習犯だ。
 前に訊いた時は嫌ってないとか言っていたけど、実際は殺したいほど憎んでるんじゃないだろうな?
 手加減してると本人達は言っているが、アレって生身ならどの攻撃も一発当たれば、その場でジ・エンドだ。
 うん、やっぱり殺す気だとしか思えない。手加減なんて、どう考えても物理的に無理だろう。

「それより、本当に僕でいいの?」
「シャルルがいいんだ。他の奴なんて考えられない」
「一夏……」

 今朝のHRで、学年別トーナメントのルール変更が告げられた。
 その変更内容は、個人ではなくペアでの参加。より実戦的な模擬戦闘を行うために、二人一組での試合形式にするというものだった。
 突然のルール変更に生徒達は戸惑ったが、決まった物は仕方が無い。思考を切り替えた女子の行動は早かった。

「織斑くん、私と組んで!」
「デュノアくん、私と組みましょう!」
「ううん、私と!」
「ちょっと抜け駆けしないで!」

 学園に二人しか居ない男子生徒。俺やシャルルとペアを組もうと女子達が殺到したのだ。
 だが、俺は迷わずシャルルとペアを組むことを選択した。
 だってそうだろう?
 誰と組んでも絶対に揉めるに決まっているし、それなら最初から男同士で組んだ方が気が楽だ。

「織斑くんとデュノアくんが一緒か」
「まあ、他の子と組まれるよりはマシかな……」
「でも、この間ふたりでデートしてたらしいよ。隣のクラスの子が話してた」
「そそ、デュノアくんのブレスレット。アレ、織斑くんがプレゼントしたって話も」
「やっぱり、織斑くんとデュノアくんって……」
「ああ、でも男同士もいいわね」
「織斑×デュノア本! 今年の学園祭はこれで決まりね!」

 なんだか、怪しい話が聞こえてきた気がするが、取り敢えず聞き流しておきたい。
 で、十日後に控えたトーナメントを前に、ペアを組むなら互いの長所や短所、機体の特性を把握しておいた方がいいというシャルルの提案で、一度ふたりで模擬戦をやっておこうと言う話になり、俺はシャルルとここ第三アリーナにきていた。
 俺は白式を、そしてシャルルは深いオレンジ色の機体――『疾風の女王(ラファール・レーヌ)』をその身に展開する。

「デュノアくんのあれ、ひょっとして」
「噂の奴よね。フランスの第三世代機」
「まだ本国でのトライアル段階って聞いてたけど完成してたんだ」

 自主練習のためにアリーナに集まっていた女子達の反応が賑やかになる。
 シャルルの機体。フランスの第三世代機『ラファール・レーヌ』をその眼にしたためだ。

 デュノア社製の第二世代機『ラファール・リヴァイヴ』の流れを汲む発展機。基本的なスペックは、そのままラファール・リヴァイヴをカスタムしたような仕様で、原型となったリヴァイヴの二倍以上という拡張領域(バス・スロット)を備える後付け拡張型の機体。
 その理由は、『書庫機能(アーカイバ・システム)』と呼ばれる独自機能を搭載することで実現した従来のISを越える高い汎用性能が、この機体の特徴だかららしい。
 このシステムを利用すれば、『圧縮』を使い量子変換(インストール)のサイズを小さくすることで、限られた拡張領域を最大限有効活用することが可能となるそうだ。
 ただ、圧縮された装備は『解凍』しなければ取り出せないらしく、そこに通常の展開よりも多くのウェイトが生じるといった欠点もあると言う話だった。
 シャルル曰く、正確には第三世代機ではなく『2・5世代機』と言った方が正しいそうだ。
 なんでも、まだ研究段階の技術が使われている開発途中の試作機らしく、第三世代機の肝とも言えるイメージ・インターフェイスを用いた特殊兵器に大きな欠陥を抱えていると言う話だった。
 さっき話した『圧縮』と『解凍』も、その機能の一部を限定的に利用したものらしい。

「やっぱり、かなり目立ってるな。その機体」
「はは、開発段階の機体だから、お披露目も関係者以外されてないしね」

 本来であれば本国でトライアル段階にあったその機体を、稼働データを収集する目的でIS学園に持ち込むことになったそうだ。
 フランスは第三世代機の開発において他国に大きな後れを取っているのが現状で、そのデータ不足を補うために他国の第三世代機と比較・検証して、より実戦的なデータを多く収集したいとの話だった。
 確かにそう言う意味なら、このIS学園は試験機のテストに向いている。

「そう言えば、シャルルのISって実際にどのくらいの装備を搭載できるんだ?」
「ううんと、最大で百くらいかな? 勿論、装備の種類によるけど」
「ひゃっ、百!?」

 たくさん積んでいるとは聞いていたが、まさかそれほどとは驚いた。
 基本装備を全部外して大体二十から三十くらいが、後付け装備(イコライザ)に使用できる拡張領域の限界だと言う話だ。
 それを考えるとシャルルの機体は、最低でも他のISの三倍以上の武器を使用できると言うことになる。まるで火薬庫だ。
 それは距離に縛られず、局面に応じた武器の取り替えが可能だということ。
 ラファール・リヴァイヴもカスタム次第では、操縦者や戦い方を選ばない汎用性の高い機体だが、これはそれ以上と言っていい。
 勿論、それらの装備すべてを使いこなせる知識と技術は必要だが、もしそれが可能だとすれば、これほど厄介なISはない。
 それに後方支援型と考えれば、その能力を使って支援攻撃や装備の補給が可能なこの機体はかなり便利だ。
 使い道は幾らでもある。戦術や戦略で、どんな風にも化ける可能性がある機体。
 これで欠陥機なんて嘘だろう……。近接攻撃特化の俺の白式とは正反対の万能性だ。

「でも、肝心の技術が未完成だからね」
「それって、前に話してくれた圧縮や解凍とかって奴か?」
「うん。正式には『書庫機能(アーカイバ・システム)』って言うんだけど、展開のウェイトが大きいからね。大型装備にしか使ってないんだ。それに――」
「それに?」
「これ以上は秘密。それに、まだ実戦では使えないものだしね……」

 まあ、手の内を晒したい奴なんていないしな。俺の場合は隠す物がないんだが。
 この白式は不器用な俺にあっているとはいえ、やはり武器が一つしかないというのは心許ない。
 シャルルのようにとまではいかなくても、射撃武器の一つくらい欲しい物だ。
 一応、前に要望してみたことはあるんだが、工房から返ってきた答えは――

 拡張領域が空いていない。白式が雪片弐型以外の量子変換(インストール)を拒絶している。仕様です。一夏の癖に生意気。

 と、滅多打ちに無理だから諦めろと告げられた。
 一応、太老さんに相談してくれると言う話だったが、あの人頼りになるのかならないのか、今一つよくわからないので不安だ。
 しかもマッドなので、頼む時は気をつけた方がいいとまで忠告された。
 白式に要らない機能を付けられる可能性を考えると、このままの方がマシかもしれない。
 いや、もしかして手後れ……ってことはないよな? うん、大丈夫だと思いたい。

「じゃあ、一夏はじめるよ」
「ああ、来い。遠慮なんてするなよ」
「当然、勝ちに行くよ!」

 アリーナの色が黄昏に染まっていく。
 俺達はその言葉を合図に、夕日で赤く染まった空へ飛び出した。





 ……TO BE CONTINUED



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