教会本部の地下には、数多のアーティファクトが保管された宝物庫があった。

「……ここか」

 その宝物庫へと続く封印の扉に手を掛ける一人の男がいた。
 純白のマントを羽織り、腰には装飾の見事な剣を帯びている彼の名はダグマイア・メスト。
 聖地を襲撃し『ガイアの盾』を強奪した容疑で、大陸全土に指名手配中の元シトレイユ宰相ババルン・メストの実子だ。
 そして現在はババルン軍の要職に就いていた。教会本部を襲撃した部隊の指揮を執っていたのは彼だ。その目的は、封印の扉の先にあった。
 ダグマイアが扉に取り付けられた光る石板のようなものに手を置くと、ひとりでに扉が開き始める。

「父上の言うとおりだったな」

 開け放たれた扉から宝物庫へと足を踏み入れるダグマイア。
 目を奪われるような珍しい品々が陳列する中、ダグマイアは他の物に目もくれず真っ直ぐに通路の奧へと向かう。
 そして、

「やはり、ここへ来たか」

 目的のものを見つけたところで、教会のローブを纏った一人の老人がダグマイアの前に立ち塞がった。
 名も無き女神を信仰する教会のトップ。リチア・ポ・チーナの祖父、現在の教皇だ。

「ここに入れるのは、教会の前身でもある組織〈皇立研究所〉のメンバーの血を引くものだけ。教会の人間を除けば、ナウア卿の生家であるフラン家やシュメ家も嘗ては〈皇立研究所〉のメンバーだった。そして――」
「メスト家も〈皇立研究所〉のメンバーだった」

 ダグマイアの答えを聞き、やはりそのことを知っていたかと教皇は深い溜め息を漏らす。
 襲撃の報を受けた時から、ババルン軍の――メスト家の狙いが地下の宝物庫にあると言うことが教皇にはわかっていたのだ。だから、ここで待ち構えていた。
 現在はアーティファクトの保管庫として使われているが、ここは元々先史文明を支配した統一国家の〈皇立研究所〉があった場所だ。
 そのため、入り口の扉は研究所のメンバーにしか開くことは出来ず、現在はその子孫に権利が受け継がれていた。
 そして、

「〈ガイアの盾〉を設計した人物――ガルシア・メストこそ、我がメスト家の祖先」

 ガイアの盾を設計したのは、皇立研究所の元所長だった。
 名はガルシア・メスト。ババルンやダグマイアの祖先に当たる人物だ。
 だから生き残った研究員たちは〈ガイアの盾〉を生み出してしまった責任の一端を感じ、二度と同じような悲劇を繰り返さないために教会を作ったのだ。

「謂わば、ガイアの盾の所有権は教会などではなく、我が『メスト家』にあると言うことだ。教皇、あなたの後ろにある船も――」

 そして、ここにも『ガイアの盾』に匹敵、もしくは凌駕する先史文明の遺産が眠っていた。
 ――星の船。嘗て、統一国家の女皇が所有していたと伝えられている星の海を旅する船だ。
 ガイアの盾は、この船の技術を取り入れることで完成に至ったとも言われている。

「ガイアの盾を手に入れた今、星の船まで手中に収め、何を為すつもりだ?」
「知れたこと、俺の望みはただ一つ――」

 ――黄金の聖機人、正木太老に勝利することだけだ。
 それはダグマイアの生きる目的であり、ガイアの盾を設計したガルシアの――メスト家の大願でもあった。





異世界の伝道師 第315話『動きだす悪意』
作者 193






 教会の飛行船がハヴォニワへ避難してきたという報告を受けたマリアは従者を伴い、空港へと向かっていた。
 小型の飛空艇の中から外を眺めると、確かに教会のものと思しき船が二隻確認できる。
 空港へ到着したマリアは早速状況を確認するため、待ち構えていた役人の案内で船へと近付くが、

「これは……」

 致命的なダメージは負っていないようだが、船体には細かい傷が幾つも見受けられた。
 砲弾を受けた痕も確認できる。恐らくは追撃を振り切って命辛々逃げて来たと言ったところだろう。

「マリア様」

 船の状態を確認しているとユキネに声を掛けられてマリアは振り返る。
 すると振り返った先には、よく見知った人物の顔があった。
 リチアと、その従者のラピスだ。

「突然の訪問にも拘わらず、受け入れて頂き感謝します」
「いえ、ご無事で何よりですわ。教会本部が襲撃を受けたと聞いた時は心配しましたが……」

 頭を下げて御礼を口にするリチアの少しやつれた顔を見て、マリアは心配そうに声を掛ける。
 教会本部が襲撃を受けたという一報があったのは昨晩のことだ。
 偵察部隊を派遣するという話が今朝ようやく決まったばかりで、情報が錯綜していて正確なことはまだ掴めていなかった。
 そんな時に教会の飛行船が国境を越え、ハヴォニワへと避難してきたという報告が舞い込んだのだ。
 リチアが二隻の船の代表と聞いて、マリアは他の方々はどうしたのかと尋ねる。

「お祖父様は、私たちを逃がすために最後まで残って……」
「リチア様……」

 リチアの表情が暗い理由を察して、マリアは不躾な質問だったと少し後悔する。
 だが、事は急を要する。リチアには悪いと思うが、実情を把握しておく必要があった。
 詳しく話を聞くと、枢機卿を始めとした教会関係者は大半が逃げることが出来たという話だった。

「教皇様や枢機卿の方々を狙っていたと言うよりは、もっと別の目的があったように感じました」

 散り散りに逃走を図ったことも良かったのだろうが、元より教会の戦力を壊滅させることが目的ではなかったように思えるとラピスは説明する。
 そんなラピスの説明に思い当たることがあったのか、リチアはポツリと言葉を漏らす。

「もしかしたら教会に秘蔵されているアーティファクトを狙ってのことかもしれません」
「……教会には、まだババルン軍が危険を冒してまで求めるようなアーティファクトが秘蔵されているのですか?」

 まだガイアのようなものを隠し持っているのかと言った意図でマリアは尋ねる。
 ガイアの盾を秘匿していた件で、教会は様々な国に不信感を抱かれている。正木商会やマリアたちのお陰で人的被害は少なかったとはいえ、聖地が消滅するという壊滅的な被害を出したのだ。教会を信用して王侯貴族の子女や聖機師を預けていた各国からすれば、教会の対応に不満を持つのは当然のことだった。
 この上、ガイアの盾に相当する危険なものを秘匿していたとなれば、教会に不信感を持つ国との溝は益々深まるだろう。
 そうした状況もフローラなら喜びそうだが、余り教会を追い詰めすぎるのもよくないとマリアは思っていた。
 教会の上層部が一部腐っていることは確かだが、それは何も教会だけに言えることではないからだ。
 ハヴォニワとて、嘗て同じような状況を経験している。急速な変化についていけない者は、少なからずどの国・組織にもいるものだ。
 何より太老のもたらす改革は一種の劇薬と言っていい。余りに事を急ぎすぎれば、あとで大きな反発を招くことになるのではないかとマリアは危惧していた。
 しかし、

(こちらが配慮しようとしても、勝手に自爆していくのは困ったものですわね……)

 どう言う訳か、太老に関わった者――特に敵意や悪意を持つ者は、勝手に自爆していく傾向がある。
 そのことで改革が進むのは悪いことではないが、対応が追いつかなくなっているというのが正直なところだった。
 思うようにフローラと水穂の計画が進んでいないのも、こうした部分が深く関係していた。
 次から次へと舞い込んでくる対処すべき案件に対して、処理能力が追いついていないのだ。

「教会本部の地下には宝物庫があるのですが、どのようなアーティファクトが保管されているのかはわかりません。そこに続く封印の扉は歴代の教皇を輩出してきた四家の当主にしか開くことが出来ませんから……」
「リチアさんは、宝物庫のなかを見たことは?」
「ありません。お祖父様……教皇の許可なく立ち入ることは禁じられていますから……」

 リチアの話を聞き、マリアは少し困った顔を浮かべる。
 確かに彼女は知らないのだろう。しかし、教会本部が襲撃されたことは既に知れ渡っている。
 どうしてこのような事態になったのかと、各国は説明を求めるだろう。
 教会本部を奪還するための戦力や費用をだせと負担を強いたところで、明確な回答を得られなければ協力を取り付けるのも難しい。

(また、荒れそうですわね……)

 どう対処したものかと、これからのことを考えながらマリアは深い溜め息を漏らすのだった。


  ◆


『情報通り、教会本部は完全にババルン軍の手に落ちたようだよ』
「そう……」

 通信越しにランの報告を聞き、水穂は小さく溜め息を吐きながら逡巡する。
 ランには『冥土の試練』を潜り抜けた精鋭部隊を付け、襲撃の報告があった昨晩の内に偵察部隊を密かに派遣していたのだ。
 フローラと言えど、議会を無視して軍を動かすことは出来ない。
 ようやく偵察部隊の派遣が決まったのは今朝のことだったが、それでは対応が遅すぎると考えてのことだった。

「最初の報告にあった〈青銅の聖機人〉と〈ガイアの盾〉は確認できた?」
『いや、残念ながら姿は確認できなかった。ただ――』

 兵士の他にも山賊と思しき荒くれ者の姿が目立つとランは話す。

(そう言えば、山賊の被害が減っているという報告が上がっていたわね)

 ハヴォニワが主導で行っている山賊狩りが一定の成果を上げているのは確かだろうが、ここ二ヶ月ほど山賊による被害件数が激減していることに水穂は以前から疑問を持っていた。
 林檎が山賊ギルドを支配下に収めていることは聞いたが、それでも完璧に纏め上げているわけではない。
 太老を恐れ、反感を持つ山賊たちも大勢いるからだ。
 そうした山賊をババルン軍が戦力として取り込んだからだと考えれば説明は付くが、

(ババルン軍のなかにも山賊に通じている者がいる? ありえない話ではないと思うけど……)

 どこか違和感が拭えないと水穂は感じるのだった。


  ◆


「相変わらず慎重というか、心配しすぎだと思うんだけどな……」

 通信を終え、ポリポリと頭を掻きながらそう呟くラン。
 兵士に山賊がまじっているのは目に付くが、所詮は金に目が眩んだだけだろうとランは思っていた。
 それに山賊にとって正木太老は天敵にして悪夢の象徴だ。
 いざとなれば、真っ先に逃げ出しかねない連中が戦力になるとは思えなかった。

「とはいえ、連中の戦力を正確に把握しておく必要はあるか」

 教会本部は四方を岩壁に囲まれた天然の要塞に建っている。建物へと続く道は一本で、本来であれば奇襲を仕掛けられるような構造ではないのだ。
 だが、それをババルン軍はどうやったのか? 高地越えをすることで背後からの奇襲を成功させた。
 その奇襲の先鋒となったのが〈青銅の聖機人〉と〈ガイアの盾〉だという情報がランたちのもとには入っていた。
 無事に脱出した関係者の話によると、教会本部に詰めていた戦力の大多数が、この一体の聖機人によって壊滅的な被害を受けたと言うのだ。
 それを為したのが〈ガイアの盾〉の力だとしても、その聖機人を操っていた聖機師の腕前も侮れない。
 太老には及ばないまでも、もしかしたら剣士やカレンに匹敵するほどの実力者である可能性は高いとランは考える。

「せめて〈青銅の聖機人〉か〈ガイアの盾〉の情報を確認しておかないと帰れないよな。じゃあ、早速――」

 侍従たちに声を掛け、行動を開始しようとしたところでランは何者かの気配を察して身構える。
 一斉に武器を構える侍従たち。全員が水穂やミツキの指導を受けた精鋭だ。山賊や一般兵士程度なら一蹴できるほどの実力がある。
 撤退を視野に入れ、場合によっては一戦を交える覚悟で意識を集中させるランと侍従たち。
 すると、森の奥から姿を見せたのはババルン軍の兵士や山賊などではなく――

「はあ?」

 着物を纏った一人の女性だった。
 落ち着いた物腰に柔らかな笑みを浮かべてはいるが、

(やばい! こいつミツキと同等……いや、下手をしたら水穂と――)

 ランは心の中で悲鳴を上げる。侍従たちも顔を青ざめ、身動き一つ取れなくなっていた。
 圧倒的な強者の気配を、目の前の着物の女性から感じ取ったからだ。
 動けば殺される。そんな錯覚すら感じさせる相手を前に、ランはどうやってこの場を凌ぐか考える。

(ダメだ。勝てる気も、逃げられる気もしない……)

 なんでこんな化け物がここに、と心の中で悪態を吐くラン。
 死をも覚悟した、その時だった。

「正木商会の方々ですね。ご安心下さい。私はババルン軍でも、あなた方の敵でもありませんから」

 そう言うと、戸惑いを見せるランたちに笑いかけ、

「――立木林檎と申します。以後、お見知りおきを」

 着物の女性は小さく頭を下げ、丁寧に自己紹介をするのだった。





 ……TO BE CONTINUED



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.