「え? キャイアちゃんが家出した?」

 まさか、と言った表情を浮かべるイザベル。
 ゴールドの護衛として会議に参加するため指定されたホテルへ足を運ぶと、マリアからキャイアが書き置きを残してラシャラのもとを去ったと聞かされたのだ。
 決闘で負けた方が護衛機師を辞めるという賭けをしていたことは確かだ。
 しかしイザベルも本気で言った訳ではなかった。負けず嫌いなキャイアの性格なら、むしろ奮起するものと思っていたのだ。
 それがあっさりと護衛機師を辞め、ラシャラのもとを去るとは予想外も良いところだった。
 逆に言えば、それほどダグマイアの件を思い詰めていたのかもしれないとイザベルは考えるが、

「どうか、お気になさらず。悪いのは、そこのおバカさん≠ナすから」

 そんなイザベルの考えを否定するかのように、マリアはラシャラに視線を向けながらそう話す。
 元気のないラシャラを見て、イザベルも先程から気になっていたのだ。

「……どういうことでしょうか?」
「ご馳走してキャイアを元気づけようとしたのでしょうけど、慣れないことをするからイザベル様にチップを賭けたことがバレたのですわ」

 マリアの話を聞き、「ああ……」と納得した表情を見せるイザベル。
 忠誠を捧げた主が自分にではなく決闘の相手を応援していたのだ。
 精神的に追い詰められているところでそんな話を聞かされれば、自分は必要とされてないとキャイアが誤解するのも無理はない。
 どう言い繕ったところで賭け事に参加し、イザベルを応援していた事実は消えない。誤解を解くのは難しいだろう。

「そういう話を聞くと……やっぱりゴールド様の娘ね」
「うぐ……」

 ゴールドと一緒にされて不満げな表情を浮かべるも、今回ばかりは何も言い返せずに黙るラシャラ。
 キャイアが書き置きを残して去った理由の一端を自分が担っていると、少しは責任を感じているからだった。

「お話はわかりました。それで、あの子の行き先はわかっているのですか?」
「ええ、まあ……カリバーンにいます。いま彼女は独立部隊所属の聖機師でもありますから」

 マリアからキャイアがカリバーンに身を寄せていると聞いて、イザベルは安堵する。
 最悪のケースでは、このままキャイアがダグマイアのもとへ身を寄せることが考えられたからだ。
 しかしそんな真似をすれば、ラシャラの立場を悪くするだけだ。
 護衛機師を辞めたと言ったところで、教会や各国がそれで納得するとは思えない。
 むしろスパイ容疑を掛けられ、ラシャラが非難の目に晒されることは目に見えていた。

「このようにラシャラさんも反省はしているようなのですが、キャイアさんは真っ直ぐな方なので……」
「なるほど、それで私に……」

 真っ直ぐな性格と言えば聞こえは良いが、ようするに融通が利かず強情と言うことだ。
 話を聞いた感じでは、マリアが間に入ったところでキャイアの説得は難しいだろうとイザベルは考える。
 そもそも、どう言う経緯があるにせよ、ラシャラのもとを去ると決めたのはキャイア自身だ。
 第三者が間に入ったところで、状況が好転するとも思えない。
 むしろ、問題を拗らせる可能性の方が高い。
 なら――

「あの子の決めたことですから、このまま放って置いてください」

 成り行きに任せる。それがイザベルのだした答えだった。





異世界の伝道師 第324話『教会の使者』
作者 193






「いつまで落ち込んでいる気ですか? そんな覇気の無い顔で会議に出席したら、良い笑いものですわよ?」

 言っていることは厳しいが、どこか気遣う様子でラシャラに声を掛けるマリア。
 ラシャラとキャイアの関係が、ただの主人と護衛機師という枠を越えたものであることをマリアはよく知っていた。
 自分に置き換えて、マリアは考える。
 姉妹のいないマリアにとって、ユキネは幼い頃からずっと一緒だった家族。姉のような存在だ。
 だから、仮にユキネが護衛機師を辞めることになったら、冷静ではいられないだろう。
 どんなことをしてでも、ユキネを引き留めようとするに違いない。
 ラシャラにとってキャイアとは、そういう存在だ。
 そう考えれば、いつものようにラシャラのことをからかう気にはなれなかった。

「キャイア……」
「ラシャラさん……」

 イザベルは放って置けと言っていたが、元気のないラシャラを見て、やはり何か手を打つべきではとマリアは考える。
 こんなラシャラは、もう何年も見ていない。最後に見たのは、ゴールドがグウィンデルに亡命したという話を聞いた時以来だ。
 それほどラシャラにとって、キャイアは大切な存在だったのだろう。
 普段は言い争っていても、マリアにとってラシャラはありのままの自分をさらけだせる数少ない友人の一人だ。
 大切な友人の力になってあげたい。そう考えるのは、極当たり前のことだった。
 しかし、

「キャイアがいなくなったら、我はどうすれば良いのじゃ!? マーヤのことじゃ、ここぞとばかりにリチアのような頭でっかちで口うるさい護衛機師を用意するに違いない! そうなったら我は我は……」

 急激にやる気を削がれ、やれやれと言った様子でマリアは溜め息を吐く。
 心配して損をしたというのは、まさにこのような状況を指す言葉なのだろう。
 そもそもラシャラに護衛が必要とは思えない。いまもラシャラの頭の上には、太老が用意した護衛が乗っかっていた。
 皇家の樹〈祭〉の生体端末だ。

「悪かったですね。頭でっかちで口うるさくて……」
「ぬあッ!?」

 飛び退くように驚くラシャラ。無理もない。
 先程まで話題にでていた聖地学院の生徒会長、リチア・ポ・チーナの姿が視線の先にあった。
 彼女も今日の会議に出席する予定なのだ。ここにいても不思議ではない。

「いや、いまのは別にそなたのことを悪く言った訳ではなくてじゃな……」
「思いっきり生徒会長の名前をだしてましたけどね……」

 余計なことを言うな、と言った顔でマリアを睨み付けるラシャラ。
 しかし、そんな視線に晒されてもマリアは何食わぬ顔で受け流す。
 学院に居た頃と変わらない二人の態度に、もう半ば諦めた様子で小さな溜め息を漏らすリチア。
 そして、

「丁度良いところで、お会いしましたわ。会議の前に紹介しておきたい方がいるのですが、会って頂けますか?」

 畏まった様子でそう尋ねてくるリチアに、マリアとラシャラは揃って首を傾げる。
 現在、リチアは護衛機師のラピスと共にハヴォニワへ身を寄せている。
 教皇や枢機卿の多くが先の教会本部に対する襲撃で行方知れずとなっているため、教会の関係者として会議に出席することになっていた。
 そんな彼女が改まって紹介したい人物がいると言うことは、誰か教会の関係者が訪ねてきたのだろうかと考える。

「……ヴォルデ・ポ・チーナ。私のお母様です」

 目を丸くして驚くマリアとラシャラ。
 ヴォルデ・ポ・チーナ。それはリチアの生みの親にして、現教皇の娘。
 教会最強と噂される――聖機師だった。


  ◆


「ヴォルデ様の補佐を命じられている『ノゼ・アン・ラーズ』と申します。このような席を設けて頂いたこと、心より感謝しますわ」

 案内された貴賓室で最初にマリアとラシャラの二人を出迎えたのは、落ち着いた印象を持つ妙齢の女性だった。
 どことなく誰かに似た雰囲気を感じ取って、部屋の角に控えるラピスに視線を向けるマリアとラシャラ。
 すると、

「……母です」

 ラピスは恥ずかしそうに頬を染めて、そう答える。
 ノゼ・アン・ラーズ。彼女はヴォルデと同じく教会に所属する護衛機師の一人。教皇直属の僧兵部隊の副長を任させている人物だ。
 そして、リチアに弓を教えた師匠でもある。家庭的で、気配り上手。頭が良いだけでなく、武芸の腕も超一流という完璧な女性だった。
 ただ――

「約束もなく急に押し掛けてしまって本当にごめんなさいね。いつも行き当たりばったりで、人様への迷惑を考えない方だから」

 幼い頃から苦労をさせられてきた影響か、ヴォルデにだけは容赦がなかった。
 本当に困ったものね、と頬に手を当てながら溜め息を吐くノゼ・アン。

「座って頂戴。お茶を淹れるわね」
「母様、そういうことは私がやりますから……」
「いいのよ。私がやりたくてしてるんだから」

 あたふたとするラピスに対して、マイペースな返しをするノゼ・アン。一見すると、親子と言うよりは仲の良い姉妹のようだ。
 それに比べ――ヴォルデは寡黙で、リチアのように厳しい印象を持つ女性だった。
 向かいの席に腰掛けるとヴォルデに鋭い双眸を向けられ、ビクリと肩を震わせるマリアとラシャラ。
 こうして顔を合わせるのは初めてだが、ヴォルデの噂は二人も耳にしていた。
 教会最強の聖機師。現役時代のフローラに匹敵するほどの達人で、モルガと同じ二刀流の使い手。
 モルガは斧で、ヴォルデは剣と得意とする得物に違いはあるが、双方共に譲らないレベルの実力者だった。
 そんな人物から睨まれれば、マリアとラシャラが畏縮するのも無理はない。

「何を怖がらせてるんですか?」
「いや、別に怖がらせている訳では……」
「言い訳は結構です。それでなくとも、ヴォルデ様は目つき≠ェ悪くて誤解されがちなのですから気を付けてください」

 ノゼ・アンに窘められ「すまなかった」と頭を下げるヴォルデを見て、なんとなくマリアとラシャラは二人の力関係を察する。
 ある意味、リチアとラピスの関係のようなものだ。普段は大人しいラピスだが、怒らせると恐いという一面がある。
 特に病弱なのに無理をしがちなリチアに対しては、厳しく接することも少なくなかった。

「ううっ……だから嫌だったのですわ……」

 俯きながら、顔を真っ赤にして小声でそう呟くリチア。
 学院の教師や職員と言う訳ではないので別に不思議なことではないが、噂を聞くだけで実際にヴォルデと会ったことのある学院の生徒は少ない。
 それはリチアが自分の在籍中にヴォルデが学院を訪れないようにと、裏から手を回していたからでもあった。
 ヴォルデは武芸に関しては教会で並ぶ者がいないと噂されるほどの達人だが、修行に没頭すると公務を忘れるほどの朴念仁だ。
 特に数学が苦手で、二桁の計算もおぼつかない。ノゼ・アンがいなかったら僧兵部隊の長など決して務まらないほどの脳筋≠セった。
 そのことがわかっているヴォルデは、ノゼ・アンに頭が上がらない。リチアとしても、そんな母親の姿を知り合いに見せたくはなかったのだろう。

「あの……それで、私たちに話と言うのは?」

 なんとも言えない場の雰囲気を払拭しようと、マリアはノゼ・アンに用向きを尋ねる。
 ヴォルデではなくノゼ・アンに尋ねたのは、会話の主導権を彼女が握っていると察したからだった。
 普通なら先にヴォルデに話を聞くべきだが、ノゼ・アンも気にした様子は無くマリアの問いに答える。

「良い報せと悪い報せがあります。まずは良い報せの方から……教皇様と枢機卿の方々の安否ですが、無事に保護されたとお伝えしておきます」

 ヴォルデとノゼ・アンの二人がこうして訪ねてきた時点で、なんとなく察してはいたがマリアは複雑な表情を見せる。
 リチアを次期教皇に推すシトレイユとハヴォニワにとって、余り良い報せとは言えなかったからだ。
 教皇の無事が確認された以上、ハヴォニワが次期教皇にリチアを推したところで教会の反発は必至だ。
 枢機卿たちは絶対に認めようとはしないだろう。
 そんなマリアの心配を察してか、

「誤解の無いように言っておきますが、シトレイユとハヴォニワがリチア様を次期教皇に推すというのであれば、私個人として反対するつもりはありません。ガイアの件にせよ、教会本部が襲撃された件にせよ、誰かが責任を負う必要があると言うのは教皇様も理解しておいですから。この状況では後継者の擁立は避けられないでしょう」

 ノゼ・アンは自身の考えを述べる。

「となれば、現状で最も次期教皇に近い実績を持つのは、ヴォルデ様ですが……この通りの脳筋≠ネので」

 ノゼ・アンの歯に衣着せぬ物言いに、マリアとラシャラは頬を引き攣る。
 さすがに本人を前に笑えるほど、二人は剛胆ではなかった。

「枢機卿の方々は反対するでしょうが、誰が教皇となっても不満はでます。それにヴォルデ様や、あの方々の誰かが教皇になるよりかは、まだリチア様が教皇となられた方が希望が持てますので」

 それは本心からの言葉だった。
 このままでは、教会は衰退の一途を辿るばかりだ。
 この先も教会を存続させていくには、ハヴォニワやシトレイユと言った大国との関係修復が必要だとノゼ・アンは考えていた。
 そのためにも正木商会とも上手くやっていく必要がある。そんな舵取りが、いまの枢機卿たちに出来るとは思えない。
 一方で、生徒会の会長と副会長という関係を上手く築き上げ、太老のことをよく知るリチアならという期待があった。

「では、悪い報せと言うのは?」

 少なくとも味方がいるとわかっただけでも朗報だ。
 教皇やノゼ・アンたちの協力が得られるのであれば、リチアを次期教皇の候補に擁立することは難しくないだろう。
 あとは誰からも文句がでないほどの実績を用意すれば、話の片はつく。
 教会本部の奪還作戦。その責任者に、マリアはリチアを推すつもりでいた。
 そうすれば、少なくとも教会の顔を立てることが出来る。少なくとも反対はし難いだろうという打算があっての考えだった。
 しかし、そうなると悪い報せというのが気に掛かり、マリアはノゼ・アンに尋ねる。

「ある方の協力を得て、教皇様を無事に保護することが出来たのですが、代わりにその方が敵に捕まってしまったのです」

 なるほど、とマリアは話の流れを察する。
 こういう言い方をするということは、少なくともその捕まった人物というのは教会の護衛機師ではないのだろう。
 マリアとラシャラに話を持ってきたと言う時点で、候補者は絞られる。
 ハヴォニワもしくはシトレイユ。或いは、正木商会に関係している人物が濃厚だった。
 一体誰が捕まったのかと、ノゼ・アンに尋ねるマリア。すると、

「カルメン・カルーザ」

 思いもしない人物の名前が返ってくるのだった。





 ……TO BE CONTINUED



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