ババルン軍によって、カルメンが捕らえられて三日。
 現在、彼女はババルン軍の拠点の一つと思しき場所に監禁されていた。

(捕まって三日。そろそろだと思うのだけど……)

 垂れ下がった瞳に、波打つブロンドのショートヘアー。十七になる子供がいるとは思えないほど、引き締まった抜群のプロポーション。武器になりそうなものや衣服は取り上げられ、現在は下着の代わりに服の下に着ていた聖機師のパイロットスーツ以外は何も身に付けていないのだが、恥じらうどころか牢屋のなかであぐらをかき、眠そうな表情でカルメンは大きな欠伸を漏らしていた。
 追撃部隊から教皇を逃がすために捕まったとされている彼女だが、その堂々とした態度には随分と余裕があった。
 ゴールド以上に性格に難があると言われているが、その実力はイザベルと互角とも評価されているカルメンだ。
 逃げようと思えば、逃げることも出来た。なのに敢えて捕まったのだから、その余裕も当然と言える。
 教皇を逃がす手伝いをしたのは、目的のついでに過ぎない。彼女の狙いは別にあった。
 そう――

「随分と遅い到着ね」

 そう言って、牢屋の外へ鋭い視線を向けるカルメン。
 その視線の先には、この三日間――ずっと現れるのを待っていた待ち人≠ェいた。
 元シトレイユの宰相にして、現在は教会に指名手配されている反逆者――ババルン・メストだ。

「よもや、一人で敵地へ飛び込んで来るとはな」
「あら? 私の性格は、あなたが一番良く知っているはずでしょう?」

 挑発するように言葉を返すカルメン。
 聖機師の婚姻は義務によるものが大半で、所謂『お見合い結婚』が多い。この結婚と言うのも形式的なもので、一般的な夫婦の関係とは程遠いものだ。
 カルメンとババルンもその例に漏れず、義務を果たすため、子供を儲けるためだけに結ばれた関係に過ぎなかった。
 だが、例え義務による関係だとしても懐妊が確認されるまでの間、数週間から数ヶ月――場合によっては共に生活し、顔を合わせるのだ。まったく情が湧かないかと言えば嘘になる。男女の関係と言うよりは、気の許せる友人と言った方が近いのかもしれないが、少なからずカルメンとババルンも互いのことを想っていた。あの日≠ワでは――

「それとも――もう、そんなことも忘れてしまったのかしら?」

 ユライトと同様に、若い頃のババルンは余り身体が丈夫な方ではなかった。
 なのに、ある日を境に健康的な肉体を取り戻しかと思えば、抑えつけていたものを解放するかのように強い野心を剥き出しにするようになっていったのだ。
 まるで、人が変わってしまったかのように――
 そのことをカルメンは、ずっと疑問に思っていた。
 そして、ババルンのなかに別の誰かがいるのではないか?
 そうした疑惑が確信へと変わったのは、七年前だった。

「何を企んでいる?」

 探るような視線をカルメンに向け、そう尋ねるババルン。
 ババルンもバカではない。カルメンが態と捕まったことに彼は気付いていた。
 だからこそ、その真意を確かめるために自らこうして出向いたのだ。
 そして、ババルンならそうするであろうと言うことを、カルメンもまた予測していた。

「あの人≠フ心が僅かにでも残っているのか? それとも完全に変わってしまったのか? 確かめておきたかったのよ」

 カルメンのその言葉に一瞬、呆気に取られた表情を見せるも、

「ククッ――アハハハハハッ!」

 さすがに想定外だったのか?
 大きな口を開けて、ババルンは笑う。

「今更だな。理解しているからこそ、あの女狐と共にシトレイユを去ったのであろう?」
「そう? なら、あなたは七年前、どうして秘密≠知る私たちを見逃したのかしら?」

 七年前には既にババルンは巨大な派閥を形成し、軍の実権を握りつつあった。
 傍から見れば大義名分はシトレイユにあるのだから、幾らシトレイユ皇の取りなしがあったとは言ってもグウィンデルに攻め込むことも出来たはずだ。
 なのに、そうしなかった。それはババルンのなかに人間らしい感情が残っていたからではないかとカルメンは考えていた。

「戯れ言だ」
「私はそうは思わないわ。でも、そうね。いまのあなたには届かないみたい……」

 少なくとも今のババルンからは人間らしさ≠感じない。
 だが、カルメンは何かを掴んだ様子で――

「まあいい。まだ貴様には利用価値がある」

 そう言って立ち去るババルンの背を見送るのだった。





異世界の伝道師 第325話『魔王と勇者』
作者 193






「ああ、イライラするのじゃ!」

 ホテルのラウンジで不機嫌さを少しも隠そうとせず、両手で頭を掻きむしりながら苛立ちを口にするラシャラ。
 事の原因は、つい先程まで開かれていた国際会議にあった。
 教会本部の奪還作戦の決行と、その作戦の責任者にリチアを推す案は当初の予定通りすんなりと決まったのだ。
 問題はハヴォニワで発掘されたブレインクリスタルの権利を巡って、教会とそれに味方する国々が口を挟んできたことにあった。
 ダンジョン周辺の土地を新たな聖地に認定し、教会が管理するべきだと彼等は主張してきたのだ。
 更にはダンジョンに入れるのが剣士だけであることから、再度――剣士の所有権を教会は求めてきた。
 そんな話をハヴォニワが受け入れるはずもない。〈剣のダンジョン〉はハヴォニワの領地で発見されたのだ。
 当然その管理はハヴォニワがするとマリアは反論したのだが、互いの主張は平行線を辿るばかりで、一度の会議で決着がつくことはなかった。

「まあ、確かに納得が行かないのはわかりますけど……」

 そもそもハヴォニワと教会の問題だ。
 当事者のマリアが怒るのならわかるが、ラシャラが口を挟むような話ではない。
 それだけに、

「……言って置きますが、幾ら同盟を結んでいるとはいえ、シトレイユと共同管理するつもりはありませんわよ?」

 自分が最初に目を付けたものを、教会が横から奪っていこうとするのが我慢ならなかったのではないかとマリアは考えたのだ。
 概ね、その予想は当たっていた。なんのことじゃ、と言いながらも目を泳がせるラシャラを見て、マリアは確信する。
 共同管理とまでは考えていなくとも、ブレインクリスタルを使って一儲けを企んでいたことは間違いない。

「まあ、ハヴォニワにそれを要求したところで、お兄様が帰還されたらすべて徒労≠ノ終わるのですけど」
「……どういうことじゃ?」

 教会を相手にダンジョンの管理はハヴォニワがすると、はっきりとマリアは宣言したのだ。
 ましてやダンジョン周辺の土地は、ハヴォニワの直轄地だ。教会が聖地の認定に拘る理由も、そこにある。
 先史文明の遺跡は教会に調査権があると各国との間で取り交わされているため、それを理由に教会はダンジョンの引き渡しを求めている。
 聖地学院があった場所も、嘗てはシトレイユの直轄領だった。
 過去の例に倣い、ハヴォニワも教会との盟約を守るべきだと彼等は主張しているわけだ。

「あそこはお兄様の領地になる予定ですから、既にその方向で調整が進んでいますもの」

 正式に連合が発足されると同時に、太老の領地はハヴォニワから独立することが決まっている。
 そうなれば、教会との盟約など関係無い。太老と教会の間に、そのような約束は取り交わされていないのだから――
 ハヴォニワにどんな要求を突きつけようと徒労に終わるというのは、そう言う意味だ。
 マリアがダンジョンの管理をハヴォニワですると主張したのは、そのための時間稼ぎに過ぎなかった。
 そもそも今はどうにか抑えられているが、ガイアの件が一段落つけば、教会は盟約を盾にダンジョンの確保に動くだろう。
 少なくともハヴォニワと教会の間にその盟約が存在する限り、大義名分は教会にある。客観的に見れば、ハヴォニワの方が分が悪い。
 だからマリアはフローラと相談して、ダンジョン周辺の土地を太老の造る新しい国に譲り渡すことを決めたのだ。

「そもそも、あれは私たちに扱いきれるものではありませんわ。結界工房ですら持て余しているのですから」

 ハヴォニワが独自に研究を進めたところで、成果が得られるまでにどれほどの時間を要するかわからない。
 結界工房の助けを借りても、ある程度の成果が出るのは数十年先の話だろう。
 どれだけ優れた素材も活用できなければ意味がない。なら目先の利益に拘るよりは、上手く扱える人間に管理を委ねた方が得られるものは多い。過去に教会がやって来たことと同じことだ。
 同じように任せるのであれば、正木商会と現在の教会。
 どちらの方が信用を置けるかと言えば、マリアの答えは決まっていた。

「その点は同意だ。いま、あれを教会に渡したとしても、良い結果にはならないだろうからね」

 突然割って入った声に驚き、ラシャラが振り返ると――出入り口に一人の男性が立っていた。
 男が身に纏っている服は、結界工房の制服だ。
 眼鏡を掛けた人当たりの良さそうなその人物に、ラシャラは見覚えがあった。

「ナウア卿ではないか!? どうして、ここに――」

 そう、キャイアの父親にして、結界工房の研究者――ナウア・フランだ。

「ノゼ・アン殿に教会のアドバイザーとして呼ばれてね。先程、到着したばかりだ」

 彼は結界工房の研究者の一人であると同時に、教会にも籍を置いている。
 いまは教会と距離を置いているが、聖地学院の設立にも関わった人物だ。
 ましてや彼はワウアンリーの師にして、聖機人の研究において第一人者と言ってもいい。
 今回の件で、教会にアドバイザーとして呼ばれるだけの実績と理由を持っていた。

「ナウア卿、お待ちしていました」
「……知っておったのか?」
「ええ。教会のアドバイザーとして会議に参加すると、事前に連絡を頂いていましたから」

 彼を呼び出したのがノゼ・アン・ラーズだというのは知らなかったが、いまなら納得できるとマリアは話す。
 教会がナウア卿を呼び出してまで聞きたいこと。それは恐らく――

「青銅の聖機人について、何かわかったのですね?」

 マリアの問いに、ナウアは無言で頷く。
 教会本部の奪還作戦で一番の障害となるのは、間違いなく青銅の聖機人とガイアの盾だ。
 ガイアの盾についてはある程度のことが判明しているが、青銅の聖機人については不明な点が多かった。
 青銅の聖機人の聖機師がダグマイア・メストであると言うことくらいしかわかっていないのだ。
 詳しい情報を得るために、ノゼ・アンがナウアを頼ったのもわからない話ではなかった。

「女神には三つの顔があるという話は覚えているかね?」
「ワウアンリーが伝えるのを忘れておったアレじゃな……」

 その時のことを思い出しながら若干呆れた様子で話すラシャラに、苦い笑みを浮かべるナウア。
 実のところ、あれはワウアンリーだけの責任とは言えなかった。
 以前からずっと調査を進めていた資料がようやく解読できたことから軽い興奮状態にあって、ワウアンリーの状態をナウアも確認していなかったからだ。
 寝ぼけて話をちゃんと聞いていなかったワウアンリーも悪いが、きちんと確認をせずに伝言を頼んだナウアにも責任がないとは言えなかった。
 そのことで、研究助手を務めている女性にナウアもこってりと絞られていた。

「なら、話は早い。あれから教会の資料も取り寄せて調べていたら、新たな発見があってね。黄金が別名〈魔王〉と称されているのに対して、白銀は〈勇者〉の称号を持つ者の証だとわかった」
「……魔王と勇者ですか?」
「過去には、それなりの数がいたらしい。女神に認められ、ダンジョンに挑む資格を持つ者たちを人々は尊敬の念を込めて『勇者』と呼んだと文献には記されていた。魔王によって一度は国が滅ぼされかけたものの彼等がダンジョンより持ち帰ったブレインクリスタルで危機を脱し、以前にも増して文明が大きく栄えたそうだ」
「……え? それじゃあ、カレンさんは……」

 剣士と同じようにダンジョンに入れるということになる。
 これにはマリアだけでなくラシャラも驚きを隠せない顔を浮かべる。
 そんなことは一言も、カレンは言っていなかったからだ。

「彼女が嘘を吐いていると言っている訳ではない。もしかしたら〈勇者〉の称号以外にも、ダンジョンに入るには特殊な条件が必要なのかもしれないからね」

 ダンジョンに入れることを黙っていたのではなく、他に条件が必要なのかもしれないとナウアは語る。
 そもそも白銀の聖機人が〈勇者〉の証なら、どうして剣士がダンジョンに入れるのか説明がつかない。
 そうしたことから、白銀の聖機人とは適性を見極めるためのもので、重要なのは女神に認められることの方ではないかとナウアは考えていた。
 これを証明する術は一つだ。カレンに洗礼を受けさせてみればはっきりとする、とナウアは話す。

「なるほど……ですが、そのためには教会本部を奪還する必要がありますわね」

 女神の洗礼は、教会本部でしか行えない。
 となれば、教会本部を奪還するまでは、ナウアの推察が正しいかどうかを確かめようがないと言うことだ。
 だが、

(もう一度、カレンさんには確認をする必要がありますけど……)

 カレンが本当にダンジョンに入れないのか確かめる必要があるとマリアは考える。
 カレンはゴールドの従者だ。ひょっとしたら、ゴールドと口裏を合わせている可能性があると疑ったからだった。

「そして、青銅についてだが……」

 先の話と違い、難しい顔で言葉を溜めるナウア。
 瞼を閉じ、逡巡するかのように間を置いた後、意を決して口を開く。

「――反亜法によって進化を遂げた聖機人。それが、青銅の聖機人の正体だ」





 ……TO BE CONTINUED



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