気合を入れた服装で披露宴に参加したミサトだが、テーブルに一人しかいなくて自分一人売れ残った気がして辛かった。
リツコがいればまだ良かったが急に欠席する事になり、ご祝儀だけをミサトが代わりで渡したのだ。

(はん、あんな使徒もどきを気にするなんて、リツコもどうかしてるわ)

気にくわない……親友のリツコが親の仇である使徒もどきと一緒にいる事が……。
その所為か、出された食事も美味しく感じられない。
結婚披露宴に出される料理は基本的に薄味でビールとはあまり相性が良くない。
出されているワインはミサトの好みではなく、更に不機嫌にさせていた。

「よう……どうした?」
「……ご飯が美味しくなくてね」

少し遅れてやってきた加持に答えながらミサトはビールを飲んでいた。
ワインは好みじゃなく、ビールの方しか飲んでいない。そしてそれが更に食事を不味くさせているとミサトは気付いてない。
加持はここに居る筈の人物が居ない事に気付いて尋ねる。

「リッちゃんはどうした?」
「仕事がトラブって……欠席なのよ」
「そうか……松代土産を渡そうと思ったんだが」

猫のキーホルダーを見せる加持にミサトは不機嫌に話す。

「あんたはそういうところはマメね」
「リッちゃんには世話になりっ放しだからな」

ミサトの嫌味をサラリと流す加持をジト目で睨む。
そんなミサトの様子を気にせずに加持はミサトに尋ねてみる。

「なあ、葛城」
「あによ」
「リッちゃんの妹分ってどう思う?」

加持からリンの事を問われてミサトはウンザリした顔になる。
お互いに嫌悪感を出しているから、思い出したくないのが本音だった。

「知らないわよ。あんな使徒もどきなんて」
「使徒もどき…ね……言い得て妙だな」
「はん、どうせ私は無神経な作戦部長よ」

リツコに叩かれた事を思い出してミサトは沈んだ顔をしている。
使徒戦が始まってからリツコと意見が衝突する事が増えていると自分でも思う。
リスクを最少にしようとするリツコの意見に逆らう気持ちはない。
だが、この戦いだけは誰にも譲れないという気持ちは捨てられないし、この為だけに生きてきたと言っても過言ではない。
この手で使徒を倒して父の仇を取るという目的を果たしたいのだ。

「またリッちゃんとケンカしたのか?」
「したくて、してんじゃないわよ」

困った顔で話す加持にミサトは虚勢を張った顔で言う。
ミサトが気にしている事は態度で明白だから、ヤレヤレと言った顔で加持はその様子を見て……苦笑していた。


RETURN to ANGEL
EPISODE:22 嘘と真実?
著 EFF


そこには墓標ばかりが立ち並んでいた。
セカンドインパクトの影響で混乱時の死者は多大な物があり、この墓地もその一つ。

――IKARI YUI 1977−2015――

その墓標をゲンドウは苛立つように見つめている。
彼女の最期は2004年になっていた筈なのに何者かが変更している。
まるで本当に死んでしまったと告げているように思えて声が出る。

「誰だ?」

ギリギリと歯軋りしながら墓石を睨む。
彼女はまだ生きていると叫びたかった……そして誰の仕業なんだと言いたかった。

「ユイ……必ず会いに行くぞ」
《死者は生き返らない……死者の眠りを妨げるな》

慌てて周囲を見渡すが……誰も居ない。
声ではなく、直接自分へと意志を向けてきた気がした。

《その女は既にお前が埋葬したのだ……それは死者に対する冒涜だ》
「黙れ」

ゲンドウは辺りに向かって告げる。

《お前が死なせたのに……何故生きていると思うのだ》
「死んではいない……眠っているだけだ」

あの実験の日を思い出させるように声は響く。
笑って初号機の中に消えていった日の事を思い出して、

《彼女は既に永遠の眠りについた……もう還って来ない》
「黙れ!!」

周囲に響くように叫んで黙らせようとするが、

《彼女は子供をよろしくと言いながら消えたのに……あなたは逃げて彼女の願いを裏切った》
「黙れ!」

別の人物の声が響き出す。

《そんなに怖いの……人が?》
《誰も信じられず逃げ続ける……彼女の願いさえも裏切って》

VTOLが降りてくる轟音で声が消えて行く。

「時間だ」

ゲンドウは逃げるように足早に歩き出す。

《彼女は死んだ……もういない》
《そしてあなたは利用されている。愛されているのか……考えなさい》
「黙れ!」

自分と彼女の関係さえ否定する声に堪らず叫ぶ。

《自分が疎まれている事は承知しているだろう……何故、彼女が受け入れたと勘違いする?》
《騙されているのよ……偽りの愛に。そして……女は魔物よ》
《嫌われ者が愛されていると勘違いしている……滑稽な話だ》

ゲンドウは頭に響く声を無視するように……全てを拒絶するように背を向けて歩いて行く。



VTOLが飛び去って行くのを見ながら二人は話す。

「嫌がらせにはなったかな」
「ええ、結構面白かったわ」

シンジとエリィが冷ややかな視線で見つめている。
アラエルの力を使ってゲンドウに嫌がらせを行っていたのは二人だったようだ。

「さて、久しぶりに愛娘に逢いに行こうか?」
「そうね……結構鍛えたんだけど、やっぱり人との別れには弱かったわね」
「仕方ないさ、あの世界では死は縁のない物だからね」
「そうね。私達は人ではなくなり、永い時間を生きる事を定められたわ」
「病もなく、飢えもなく、殺しあう事もない……本当に家族と一緒にのんびりと生きて行く筈だった」
「この世界は死が溢れているわ。
 身近な死をあの子はこれから知って行くのね」
「そう、僕達は死を知っている。だけどあの子は知らない」
「ある意味不憫な事かもしれないわ」
「だから、今回は泣いているあの子を抱きしめてあげないと」
「甘やかすのも問題だけど……しょうがないか」

リツコから緊急の連絡を三島経由で受けて二人はリンに逢いに行く事にした。
一人目の綾波レイの事を知って泣いていると聞いた。

「あの子がこの世界で生きて行く上で最初の試練か……」

シンジの声にエリィは複雑な顔をしている。
前の世界は別れはなく、ずっと永い時間を過ごす事になるはずだった。
使徒へと変わった時点で死の概念は変わる。一定の時間で身体の成長は止まり……後は永い時間を生きていく。
シンジもエリィも既に永い時を生きて行く覚悟が出来ている。
リンにも話していたが……言葉では上手く伝わらなかったみたいだった。
ディラックの海を展開してリツコの部屋に入る。

「お久しぶりです」
「ええ、ごめんなさい……無理な事をお願いして」
「……碇君?」

突然現れた二人にリツコは自然に話し、レイは自分とは違う大人の姿のシンジに途惑う。
最後に会った時と違う姿に変わり、そこには自分の知らないシンジの姿があり……時間の流れの違いを思い知る。
リンに聞いた話では独り寂しく世界に取り残された……それは間違いなく自分の所為だと思い……胸に痛みを感じる。

「やあ、綾波。リンが世話になってるね」
「……ごめんなさい。私、碇君を苦しめた……」

レイはシンジに謝罪する。
シンジの願いを叶えたと思っていたが……苦しむ事になってしまったから謝るしかないとずっと思っていたのだ。

「結果オーライだよ。
 確かに辛かったけど……あの子が生まれて幸せだったんだよ
 そして彼女と出逢えたから……僕は幸せだよ」

昔と変わらない笑みを向けるシンジにレイは泣き出して抱きついている。

「ごめ…なさい……ごめんなさい」

ポロポロと涙を流すレイにシンジは困った顔でエリィを見る。

「ゴメン、先に逢ってやってくれる」
「了解……変なことしちゃお仕置きね」
「……しないよ」

泣きじゃくるレイを宥めるシンジをからかうように話してエリィはリンの部屋に入る。
ベッドに座り込んでシーツを被って塞ぎ込む娘の頭にエリィは拳骨を叩き込む。

「いったぁ―――っ!
 誰よ、いきなり……って、ママッ!?」
「ハ〜イ……泣き虫さん♪」

エリィの顔を見たリンはいきなり抱きついて肩を震わせている。
その様子に優しく微笑んで頭を撫でて慰めるとリンの小さな泣き声が聞こえてくる。

「いいのよ……別れは悲しい事だから、ちゃんと泣いて悲しんで……それから立ち上がりなさい」
「……ママ」

エリィは優しく抱きしめてリンが泣き止むまでその頭を撫でていた。



一応、デートなんだよなと相手の少年達は思う。
わざわざフリーパスのチケットを用意してくれた事は感謝するが、いきなり絶叫系の三連発は辛かった筈なのに相手の少女はビクともしていない様子だった。

「お、お前らなんでそんなにタフなんや」
「そ、そうよ……」

フラフラと立っているクラスメイトの男女二人の問いに自分達も同じように思ってしまう。

「エヴァって、あれ以上に激しく機動するんだけど……」
「私も訓練で似たような物を操縦してるから♪」

アスカとマナはふらつく事なく歩いて、平然と話す。

「と、とりあえずお茶しない?」

フォロー役に徹してくれるおさげの髪の少女に二人は感謝していた。
このまま歩き回るのは正直辛かったのだ。

「え〜〜もう一回くらい乗りたかったんだけど」
「そうね。フリーフォール系のやつはもう一度乗りたいわね」

お目当ての二人の少女の不満気な声に相手の少年は胃の物が逆流しかけているのを必死で抑えていた。

「おのれら……ワイらは一般人じゃ!」

なぜかデートに黒ジャージで来た少年の声が福音に聞こえていた。
……この日、二人の少年は三半規管を、平衡感覚を極限まで酷使する事になったとさ。



「落ち着いた?」

リビングに現れたエリィとリンにシンジがお茶を差し出す。
自分用のカップから香り立つコーヒーの匂いを感じながらリンはゆっくりと飲んでいる(ちなみにカップはリツコ推奨の猫柄)

「不思議ね……私が淹れるより美味しいわ」

リツコが少し悔しそうに話す。
自分の好みにブレンドしているから自分の淹れ方が一番だと思っていたが……それ以上の美味しさだった。
コーヒー豆の挽き方から淹れる手順までそう変わりは無いが、香りたつ匂いには深みがあり……全く別物に感じられる。
今まで自分の飲んできたコーヒーがインスタントの不味い物と変わらないんじゃないかとリツコは悩む。

「そりゃそうよ。なんせ全人類の英知があるもの。
 コーヒーの淹れ方一つにも世界最高峰の知識があるのよ。
 還ってきてから日々実践しているから……ホント、マメよね」
「そう……そういう事なのね」

エリィの話した断片で納得するリツコ。
人類全体の知恵がシンジに結集したからコーヒーの淹れ方一つにも最高レベルの蓄積された経験があるのだと知る。

「その恩恵を一番味わっているのはママでしょ」

楽しそうに話すエリィにリンが頭を撫でながら不機嫌な顔で話す。

「可愛い一人娘に鉄拳制裁はないと思うな……愛が足りないと思うの」
「ピーピー泣いてる小娘にはそれで十分よ」

その一言でリンの泣き言は一刀両断される。

「出会いと別れは話したでしょう」
「だって……悲しい事には変わりはないよ」
「それが人生なのよ。私もシンジも経験したからこそ……強くなれたの」

経験者の重い言葉に反論出来ないリンだった。

「まあまあ、この子にとっては初めてなんだから」
「やっぱりお父さんは優しいね♪」
「こらこら……甘えんぼさんだな」

フォローするシンジに抱きつくリンにエリィはジト目で見つめる。

「ホント、甘いんだから」
「……なんか悔しい気がする……でも、どっちなの?」

シンジに嫉妬しているのか、リンに嫉妬しているのか……困惑するレイであった。

「失敗したよ。予備体を残しておけば問題は解決したんだ……これは僕のミスかな」

リンの頭を撫でながらシンジはこの失策にどうしたものかと悩んでいる。
予備体の身体を維持していた魂の欠片は既にレイに移し終えているから、足りない分を補う方法を考えなければいけない。

「一番成功率の高いのは今のレイの遺伝子からクローンを作って魂を移動させるくらいかしら?」
「後は綾波と同化させて一つにするくらいだね」
「私と同化させるの?」

シンジの意見にレイが不思議そうに聞く。

「成功率は一番高いけど……どっちかが消滅する可能性もあるし、別人になる可能性もあるから最終手段にするべきだね。
 二人とも別の生き方をしていたから同一人物じゃなくなっているから」
「……そう」

シンジから今の自分ではなくなると言われて、何とも言えない顔になるレイ。
今の自分ではなくなると言われても今一つピンとこない様子だった。

「零号機のコアさえ無事なら時間を掛ければ良い案も出るさ。
 諦めなければ……活路を開く事も出来るしね」

どんな時も諦めないとシンジは告げる。
その様子にレイは本当に碇君は変わったんだと実感していた。

「諦めるにはまだ早いよ……要は足りない部分を補う方法を探せば良いだけなんだ」
「そういう事。ウチの旦那を信じてもらうわよ」

落ち着いた様子で話すシンジに頼もしさを感じる三人だった。

「リツコさん、夕飯の準備ってまだですよね」
「ええ、これからする予定よ」
「じゃあ、今日は僕が作るんで楽しみにして下さい」

ディラックの海を展開してシンジが食材を出す様子にリツコは、

「便利なのね……四○元ポケット代わり?」

未来のネコ型ロボットを彷彿させる収納方法に感心する。

「コツ覚えると凄く便利ですよ」

ニッコリ笑うシンジにリツコはぜひ使徒になってみたいと決意していた。
これが出来れば、自分がド○ミちゃんになれるかもと考えている事をシンジは知らなかった。
……ナオコの娘のリツコもマッドの素質は十分にあったようだ。


見事な手際を見せながらシンジは調理を始めている。

「えっと、アスカの分も用意しておくよ」
「夕方には帰るって言ってたから」

リンが手伝うと言ってシンジにベッタリするのをレイは複雑な顔で見ている。
レイ自身、シンジに妬いているのか、リンに妬いているのか……判断できないみたいだった。

「リツコさん、コレ飲みます?」

シンジが見せたワインはセカンドインパクト前の年代物のヴィンテージ品だった。
思わず本物?と言いたくなったが、次の言葉で納得。

「ゼーレの爺様達が死蔵する前に頂いてきました」
「ぜひ……頂くわ」

ゼーレの爺様方が秘蔵していたワインを奪うという行為にリツコは笑みを浮かべるしかない。
そしてリツコの給料でも手がちょっと届きにくい一品を見て……即座に告げる。

「良かったら、何本か置いて行きましょうか?」
「その分、いい仕事をするから期待しても良いわよ」

ニヤリと笑う二人だった。
こうしてリツコの個人用のワインセラーに秘蔵の一品が多数増えた。
ミサト辺りがその総額を聞けば……驚愕するほどの額が付く事は間違いなかった(エビチュとは違うのだよ、エビチュとは)

「セカンドインパクトが起きる事を知っていましたから……百年物のブランデーとか隠し持っていたんですよ」
「意地汚い連中ね」

セカンドインパクトの影響で年代物のワインやブランデーの価格は高騰している。
特にインパクト前の製品は非常に高値が付く。
気象の変化で原材料の産地も変わって後の物が熟成されるのはこれからである。
酒呑みにとっては大打撃であった事は間違いなかった。

「アメリカとロシアの代表を排除した時、ついでに貰ってきたのよ。
 老い先短い連中に飲ませるなんて冒涜だからね」
「グッジョブ♪」

エリィの仕事を褒め称えるリツコであった。

「ただの火事場泥棒じゃないの」
「ふ〜ん……もう一度鍛えなおそうかしら?」
「ゴメンなさい……ママ」
「よろしい」

エリィに弱々のリンであった。


調理が終わり、いよいよ食事となった時にアスカが帰ってきた。

「たっだいま〜〜今回は全制覇して…………」
「やあ、久しぶり」
「シ、シンジィ〜〜!?」

誰か客でも来たのかと思い……目を向けると自分達とは違う大人のシンジがいて吃驚している。
身長は180は有にあるので、加持さんみたいと思って焦る。

「ア、ア、アンタ、何でそんなにでっかくなってんのよ!?」

半狂乱というか、自分との違いに驚いて問う。

「アスカも綾波も成長せずに眠っていたからね。
 僕は成長して、大人になると後はそのままだったから」

あっさりと違いを話されて、その意味に……シンジを独り世界に取り残した事に気付いて気まずい顔をする。

「悪かったわ……ゴメン」
「気にしなくていいよ。
 僕は愛する妻と娘がいるからね」
「そ、そう……(なんか、昔と違って……格好良いわね)」

昔以上に深みのある優しい笑顔にドキドキするアスカにジト目のリンが告げる。

「言っとくけど……お父さんはあげないから」
「な、なに言ってんのよ!?」

真っ赤な顔で動揺するアスカだった。

「ママ……アスカも敵になるみたいね」
「安心しなさい。簡単に負ける気はないし、存分に叩き潰すから」

背後から聞こえた声に振り向けない……振り向いたら、死が待っている気がした。

「二人して、アスカをからかわない」
「「はいはい」」

シンジの取り成しで背後からの重圧が消え、アスカは安堵の吐息が出て振り向く。

「やっぱり……いたのね」
「当然、娘が泣いているって聞いたから来るわよ」
「鉄拳で泣き止ます鬼だけどね」

リンがシンジの背中から顔を出してポツリと呟くが、ギンッ!という視線に晒されて完全にシンジの背に消える。
この後、シンジの料理をみんなで仲良く食べる事になる。
元々才能があったのか、それとも全人類の料理の知識を得た成果なのか……シンジの作る料理は美味しかった。

「ア、アンタ……ホントにウデ上げたわね」
「……美味しい」
「自信を失うわね。シンジ君、三ツ星クラスじゃ太刀打ちできないわよ」
「お父さんのご飯好き♪」
「ホント、マメなんだから」

「そりゃ、どうも」

嬉しそうに褒めてくれるみんなにシンジが笑っていた。
和やかな空気の中で夕食は進んでいった。

「それじゃあ、帰るね」
「……もう帰るの?」

食器の後片付けを終えたシンジの服を掴んでリンが寂しそうな顔をする。
久しぶりに会えて、もっと甘えたい様子だった。

「ゴメンよ……忙しいお父さんで」

優しく頭を撫でてシンジが詫びると、

「ううん……自分がするって言ったから」
「コ〜ラ、ママには一言ないのかな?」

背後からリンを抱きしめるようにして、エリィが話してくる。

「あなたは私の誇りなんだから頑張れ」
「うん、ママの娘だから頑張る」
「しっかりやんなさい……生きる事は戦いよ。どんな時も諦めずに困難に立ち向かいなさい」
「……うん」

シンジの腕にエリィは自分の腕を絡めて三人に告げる。

「次に会う時はネルフ制圧か……量産機戦でね」
「流されることはないようにしっかりと自分を持って頑張れ」

二人は笑みを浮かべてディラックの海に消えて行った。

「私、頑張るから」

消えた二人に向かってリンは告げた。
そんなリンの頭を撫でながらリツコが話す。

「偶には四人で一緒に寝ましょうか……そんな日があっても良いでしょう?」
「仕方ないわね……ジェリコの壁は不要だし、良いわよ」
「問題ないわ」
「うん♪」

自分を気遣ってくれる三人にリンは笑みを返していた。



「久しぶりの休暇だろ……奢ってやるよ」

披露宴が終わった後で加持はミサトを誘って河岸を変えて酒を飲む。

「リツコって……私のこと嫌いになったのかな」
「そんな事はないさ」

飲み過ぎてダウンしかけたミサトを加持が肩を貸して歩いて行く。
終電もタクシーも通らない道を二人で歩く。

「リツコって、なんか楽しそうに生きてんのよね。
 あの子が来てから……重荷がなくなったみたいでさ〜〜ちょっと羨ましい……」
「そうか……」
「あたしってさ、ずっとお父さんの事から逃げらんないのよ……」

酒が入った所為か、いつもより本音が出ているなと加持は思う。
寂しがり屋のクセに人との係わり合いを苦手とする不器用な葛城ミサト。
明るくフレンドリーなイメージを出しているが上辺だけだと思うし、寂しがり屋ところは嫌いじゃない。
仲間と弟を失ってからどこか虚ろだった自分が惚れた女だから……重荷を取り除きたかったし、真実を知りたい気持ちも心の中にあった。

「真実……か」

真実を知るために、ここまでやって来たが……急に怖くなってきた。

(真実が俺の望むものじゃなければ……どうするか……だが、知らない事が幸せとは思えないんだが)

知る事で一歩を踏み出せる事もある。知らないままで有耶無耶にする事が正しいか、加持には分からなかった。
特に葛城にはその一歩が必要だと思うが、その真実が酷く重いようにも感じるし……今更戻れないという気持ちもある。

「加持ってさ……お父さんに似てるの」
「親父さんにか?」
「そう、自分の仕事に夢中で私や母さんを放り出した人よ。
 嫌いだったけど……最期はあたしを助けてくれたわ」

泣きそうな顔でミサトは話す。
南極で自分をカプセルに入れて、逃がす瞬間の顔は何処かホッとした様子で笑っていた。

「嫌いなのか、好きだったのか……わかんなくなって、それでもあの時の顔は忘れられなくて……」

今の自分の感情が不確かで上手く言えず……。

「結局、使徒に復讐するしかなくて……そんな部分を使徒もどきに見透かされているのよ。
 エヴァが人造使徒って分かっていても使うしかない……まるでピエロみたい」
「そんな事はないさ。生き残るために使える物は何でも使うのは間違いじゃない」
「アダム……真っ白な光の巨人の姿が忘れられない。
 あたしから、何もかも奪った存在……でも、もう一体の使徒の姿が思い出せない」

脳裏に浮かぶアダムの姿と、その後の悲劇が自分を動かしている。
だが、それさえも間違っているように感じる時がある。
使徒同士の接触でインパクトが起こった筈なのに……一体しか見ていない。
何かピースが足りなくて……何も見えない。

「葛城……」
「仕方ないで済ますなってリツコが言うのよ!
 リツコに言われると、あたしのしている事が酷く浅ましく思えて惨めなの!
 あたしのしている事って、ただの復讐に他人を巻き込んでいるだけなのよ!!」
「落ち着けって」

ミサトの肩を掴んで話す。正面からミサトの顔を見ると……泣いていた。

「自分が男に……父親の姿を求めていた。それに気がついたとき……恐かった。
 加持くんと一緒にいることも、自分が女だということも、すべてが恐かった。
 父を憎んでいた私が、父とよく似た人を好きになる。
 すべてを吹っ切るつもりでネルフを選んだけど、でもそれも父のいた組織」

自分を嘲るようにミサトは言う。
逃げていた先が父の係わった場所である事が恨めしい。
どんなに足掻いても父の影から逃れられない自分がいる事がどうにも我慢できない。

「結局、何も変わっていない。怖くなって逃げて……その先にも父の影があって逃げられない」
「もういいさ」
「加持の気持ちを知って逃げ出した臆病者でまた縋ろうとする……ずるい女」
「もうやめろ」
「自分に絶望するわよ!」
「やめろ!」

加持に唇を塞がれてミサトは黙り込む……それは八年ぶりの恋人同士のキスだった。




翌日、加持はセントラルドグマのさらに2000メートル下の深々度設備、ターミナルドグマの最深部の扉の前に立つ。
最重要管理区域のパスワードを入力する。
セキュリティカードを押し当てたところで動きが止まった。

「やあ、二日酔いの調子はどうだ?」

両手をあげる加持。
背後から拳銃を突きつけていたのはミサトだった。

「おかげさまで眼が覚めたわ」
「それはよかった」
「特務機関ネルフ特殊監察部所属、加持リョウジ。同時に日本政府内務省調査部所属、加持リョウジでもあるわけね」
「バレバレか」

ミサトの口からまだ内調に所属している事を言われて苦笑する。
内調からは既に切り捨てられた事をまだネルフは知らないらしいから適当に誤魔化す事にする。

「ネルフを甘く見ないで」
「碇司令の命令か?」
「私の独断よ。これ以上バイトを続けると……死ぬわ」

心配するように告げるミサトに加持は言う。

「碇司令はもう少し俺を利用するつもりだ。まだいけるさ。ただ、葛城に隠し事をしていたことは謝る」
「昨日のお礼にちゃらにしてあげるわ」

言葉とは裏腹に険しい表情のミサト。
そこに第三者の声が背後から響く。

「私は二人とも生きて帰す気はないけどね」

二人が振り向くとそこにはサードダッシュ赤木リンが立っていた。
周囲の空気と同化しているように気配を感じさせずに二人を冷ややかな目で見つめている。

「答えを聞かせてもらうわ、加持一尉。
 その扉を開ける事はあなたにとって戻れぬ道に入る事になるわ。
 おそらくあなたは真実を知る事で葛城ミサトを怨む事になるかもしれない……その覚悟が出来たのなら真実をあげるわ」

普段の明るい雰囲気ではないリンに加持は問う。

「そりゃどういう意味だい?」
「そうよ、どうしてあたしが加持に怨まれるの?」

ミサトもリンに向かって問う。

「あなたは忘れる事で今の自分を作った。
 思い出せば間違いなく後悔するわ。
 そして忘れた部分に加持一尉にとって辛く悔やむ真実があるのよ」

まっすぐに二人を見つめて話すリンにミサトは一歩引き下がる。

「加持一尉……覚悟がないのなら帰りなさい。今なら引き返して葛城ミサトと幸せになれるわ」
「それはありがとう。でも、葛城は真実を知って一歩を踏み出さないと幸せになれないと思うんだよ」

警告してくれるリンに礼を述べて、加持はカードをスリットに通した。
ピッという機械音がして扉が開いていく。

「これは……」

驚きのあまり声も出ないミサト、そこは余りに広く、そして無造作にLCLの海があった。
扉の奥には巨大な十字架があり、白い巨人が張り付けられている。
むせかえる様な血の匂いに圧倒されながら、二人は巨人を見つめる。

「……アダム「違うわ、あれはリリス。アダムと協力して最初の人類……リリンを生み出した母なるのものよ」」

ミサトの呟く声にリンは言葉を重ねて告げた。

「どういう事だ?」
「あれはアダムが発見された時からここに眠っていた第二使徒」
「じゃあ、あれがインパクトを起こした片割れなの!?」

ミサトが恨みの篭った声で叫ぶ。

「いいえ、セカンドインパクトはアダムと第十八使徒リリンである葛城ミサトとの接触で起こったわ」
「か、葛城!」

リンの言葉にミサトは呆然としていたが、言葉の意味を知り崩れ落ちかける。
加持が慌てて支えなければ床に激突してかもしれなかった。

「エヴァに用いられたシンクロシステムの雛形で当時十四歳だった葛城ミサトがアダムに接触」

ミサトの身体がビクッと震え、ガタガタと震え始める。

「アダムの精神に接触した葛城ミサトはアダムの持つ虚無感に恐慌状態になり……アダムを覚醒させた。
 葛城博士は非常事態に対処するべく、あそこにあるロンギヌスの槍を用いてアダムを抑えようとした。
 そして、その行為がセカンドインパクトに繋がった」

リンの指先にある赤い槍に加持は目を向ける。

「シンクロ中の葛城ミサトはその槍のダメージを受けて昏倒……今もその傷を身体に残している。
 後は知っての通り、葛城ミサトは一人爆心地から生き残ったわ。
 アダムが葛城ミサトだけをATフィールドで守ってね」

ミサトの身体の傷が出来た理由と生存した理由を知って加持は愕然とする。

「あなたの家族や仲間を死なせる一因はその女にあるけど……愛せるの?
 私は警告したわよ……知らないほうが救われるって」

ガタガタと震えるミサトに加持は目を向ける。
セカンドインパクトの真相が知りたかったのは事実だが……その内容は加持にとって重すぎた。

「そしてセカンドインパクトが起こる事を知っていながら、黙認したのが加持一尉が所属している秘密結社ゼーレ」
「なんだって?」
「葛城博士にアダムの制御方法と偽って教えた方法こそゼーレが望んだアダムの還元方法。
 見たでしょう……小さくなったアダムを。
 巨人だったアダムを胎児までのサイズにする為に世界の住民を生け贄に捧げたのよ……サードインパクトを起こす為にね」

淡々と自分の知らなかった真実を告げるリンに加持は言葉が無かった。

「葛城ミサト」

リンの声にミサトは怯えた顔を見せる。

「あなたのお父さんを……家族を失う要因を作った組織に加持一尉は所属しているわ。
 内調、ネルフを隠れ蓑にしてね。
 でも、それはあなたを救いたかったみたいだけどね」

様々な感情がミサトの胸に湧き上がり……どんな顔をすれば良いのか分からずに呆然とする。

「真実って辛いものなのよ。
 此処は二人にとって地獄よ」

リンは二人に背を向けて最後に一言告げる。

「今回は見逃すわ……二人とも此処から逃げ出して……生きなさい」

触れる事もなく閉まっていく扉にさえ気付かずに二人はリンの背中を見つめる。

「待って!」
「なに?」
「じゃあ、あたしの復讐って無意味なの!?」
「そうよ、見当違いの復讐劇ね。
 あなたが本当に戦う相手は加持一尉が所属している秘密結社ゼーレよ。
 アダムは……全ての使徒の父なる存在はセカンドインパクトからあなたを救った恩人ね」

振り向かずに話すリンにミサトは言う。

「使徒を怨むなって事なの?」
「使徒が目覚めたのはセカンドインパクトの所為よ。
 アダムの還元された力が近しい存在である使徒に向かうのは当然でしょ。
 あなたが目覚めさせた原因なんだから逆恨みなのよね。
 ずっと眠り続ける使徒にとってはいい迷惑なんだから……使徒が目覚めるのは人類が死滅してからの予定だったの。
 全てのリリンが死滅すれば……その魂の循環は止まり、全てのリリンの魂はアダムに還るわ。
 そしてアダムはリリンの知識を得て新しい種を作る……十九番目の使徒をね。
 全ての使徒はアダムの意志に従い、新たな種が育つ環境を創って眠るのよ。
 そして……その種が新たな星を目指して飛び立つのを願ってね」

半分以上は嘘でもあるが、可能性としてはありえる。
群体として進化した人類は様々な知識を持って自分達の世界を作っている。
この星が狭くなれば……宇宙に進出するしかないのは事実だから。
大体、使徒の名前だって誰が付けたのか……分からない。
裏死海文書の記述に書いてあったのを、そのまま流用しているだけの胡散臭い話なのだ。
アダムとリリスがいなくなった以上、事実は誰も知らないのだ。

(いっそ、お父さんに相談して木星を太陽に変えて、その衛星群を惑星改造しようかしら?
 お父さんなら木星を爆縮させて太陽に出来るし、2010年だっけ……あの映画みたいに出来るかな)

自分達なら地球−木星間ならディラックの海を使えば一瞬で行ける。
地球で生活しながら、惑星改造をして移住するのもありだと思う。
少なくとも今の人類が宇宙に進出するには百年は優に掛かるとリンは考える。

(どうせ暇になるんだから退屈しのぎにはなると思うな)

人類にとっては壮大なスケールの話だが、退屈しのぎの一言で片付けるリンの器は大きいのかもしれなかった。


歩き去ったリンの背を見ていた加持はこれからどうするべきか……悩んでいる。
加持にとって真実の一端が分かった事はありがたい事だが、

「加持……ゼーレって何よ?」

ミサトの復讐は終わらずに危険な方向に進んだ事は確かなので困っている。

「いや、俺も全容は知らないんだよ。
 世界規模の組織で、ネルフの上位組織らしいって事くらいしか掴んでないんだ」
「いいから……知ってるだけ話しなさいよ!
 このまま、ピエロのままでで終わって堪るもんか!!」
「わ、分かったから……落ち着けよ(恨むぞ……リンちゃん)」

襟元を掴まれて、シェイクされながら加持はどうしたもんかと苦慮していた。
ゼーレ――ミサトにとって真の仇である存在を知られた。
ミサトの復讐の舞台は明らかにゼーレに向かうだろう……その先は暗い物しかないと分かっていながらミサトは進む。
加持としてはここで終わらせたい気もするが、ミサトのフォローを命懸けでしなくてはとも考えている。
謀り事などミサトに出来る訳がなく……自滅する事は間違いなく分かってしまうのだ。

(マジで新しい所属先を探さないとな……いっそリンちゃんの下に就こうかな。
 この分じゃ、俺の知らない事を一杯知ってそうだからな)

ミサトに揺さぶれて加持は意識が遠のきながら新たな所属先を考えていた。
「おじさんなんて要らない」とリンから言われそうで困りそうだが、加持はゼーレとの決別を決めていた。











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どうもEFFです。

ミサトが真実の一端に辿り着きました。
そして加持はこれから苦労する予定です……一気に所属先を二つ失いネルフにも居場所をなくしそうですから。
特に給与面では寒くなりそうです(加持に明日はあるのか♪……それとも男のロマンである……ヒモ?)

それでは次回もサービス、サービス♪



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