ゼーレ側の最後の悪足掻きが始まる。
UN軍が管理していたネルフ支部に対し、ゼーレは全ての戦力を投入して取り戻したかに見えた。
だが実際にはUN軍はゼーレの残存兵力を量産機奪還に使わせる為に空城に近い形で支部を管理して……待ち構えていた。
そして基地内には、この日の為に用意された無人迎撃システムで中で待機している人員の避難の安全を確保し、迅速に撤退を行えるように準備されていた。

「ふん……精々取り戻すのに戦力を使えばいいさ」

指揮車輌に備え付けのモニターを見つめながら、UN軍の士官が呟く。
モニターの映像には迎撃システムの防衛行動にゼーレの兵士達は苦戦する姿が映し出され、不謹慎だとは思うが必死に突入するサイボーグ兵の様子に嘲笑う兵士 達。
ゼーレの勝手な計画のおかげでどれだけの犠牲が出たか……そう考えると不謹慎ではあるが、暗い笑みが浮かんでしまう。

「部隊の撤退は?」
「人的被害はありません。全て予定通りに進んでます」
「結構、量産機を載せたジェットが出たら……起爆せよ」
「了解」

ネルフの解体は既に国連で決定し、支部も廃棄の方向で動いている。
必要な資料はネルフ支部を制圧後に確保して持ち出した……もはや支部をそのまま残す必要もない。
本当はエヴァも即座に処理したかったが、ゼーレの戦力を誘き出す為に必要だったので忌々しく思いながらも残して置いた。
自分達が骨身を削って出した金が、くだらない集団自殺まがいの道具へと変えられた。
苛立ちは最高潮に達し……そしてその苛立ちを解消する機会が訪れた。
量産機を載せたジェット機が発進した後、支部から撤退しようとしていたゼーレ部隊はN2地雷の放つ地獄の業火に……飲み込まれた。
基地周辺は跡形もなく消滅し、文字通りネルフ支部は消失した。

「……ゼーレの連中は一人も生かしてはおかんよ」

士官の憎しみが込められた声に同調する兵士が居ても、ゼーレの兵士を同情する兵士は存在しなかった。
ゼーレにとっては人類補完計画の最終章であり、人類にとっては世界に寄生した連中の終焉の幕開けでもあった。


RETURN to ANGEL
EPISODE:44 世界が解放される時
著 EFF


キール・ローレンツのモノリスに結果が届き、他の者達へと言葉が届いていく。

『現有戦力はほぼ消失した。だが、量産機は予定通り発進した』
『いよいよ約束の時を迎える』
『人は我らの持つ正義の下に新たな時代を迎える』
『旧き身体を捨てて、輝かしい未来の幕開けだ』

これで全て上手く行くと確信するゼーレのトップ達だが……既に自分達の計画の核になる初号機を失っている事を知らない。
そして、自分達が開発したダミープラグの四基はナオコの手によって汚染されている事も知らない。
確認する時間もなく、強引に推し進めるしかない状態での見切り発車。
第三新東京市で待ち構えている存在が単体でも量産機を打倒出来る事も知らなかった。
もっとも彼らにとってはこの儀式が上手く行かなくても構わないという気持ちもある。
失敗した時は自分達と一緒に人類が絶滅するだけなのだ。
上手く行けば、永遠の命を得て神の座へと辿り着く予定で、失敗しても道連れが人類全てだ。
どっちに転んでも後の事は預かり知らぬ事、と無責任に責任放棄するだけなのだ。
本来ゼーレという組織はそんな無責任な組織ではなかった筈だが、長い年月を掛けて澱み……腐っていた。
権力の悪用を諌めずに、好き放題に使って己の欲望を優先して行く。
其処には理念も誇りもなく……憐れなほどに臆病になっていた矮小な存在しか居なかった。




ネルフ本部内に設けられたブリーフィングルームにファントムのパイロットが集結する。
ネルフ支部がゼーレ残存部隊に強襲されて、予定通り量産機が発進したとの報告がUN軍から入った。
モニターに映る白いエヴァ――量産機――の説明がナオコによって行われている。

「これが量産機。性能的には今まで分析してきたエヴァとは変わらないけど……この槍が曲者なの」

ナオコの指摘する物体――ロンギヌスの槍の複製品――に全員の視線が集まる。

「ATフィールドを無力化する性質があり、判明しているだけで二つの形状があるわ」

次の映像で二種類の形が画面に映る。
一つはバスターソードのような大きく太目の刀身の姿を持った大剣。
もう一つは中間に二重螺旋を象りながら二つの穂先を持った槍の姿が映し出された。

「投擲された場合、回避行動が正解。
 ATフィールドで受け止めようとしても無駄よ。フィールドそのものが完全に無効化されるからね。
 常に量産機から視線を外さずに行動して、投擲する気配があれば阻止するように」

ナオコの説明にパイロット達は頷いている。
この日の為に訓練を重ねてきたので、その成果を見せてやると意気込んでいる。
その為には相手を知らなければならないと思い、ナオコの説明を一言も聞き漏らさないように集中していた。

「この槍にも欠点があるわ。所持する事で自身のATフィールドが意味を成さないの。
 よって装備中の量産機はいちいち中和しなくても攻撃が当たる……相手が所持している時こそ最大のチャンスでもあるのよ」
「最強の矛と最強の盾は両立出来ない……まず狙うのは所持している機体だ」

後を継ぐようにシンジが量産機の姿を提示して弱点を教えていく。

「量産機はダミープラグという擬似プラグで動く。
 既に四基のプラグはナオコさんの手で起動と同時に自壊するように設定されている。
 おそらく時間がなかった点からこの四基の最終チェックもおざなりで済ましている可能性がある」
「だから最悪の時は九機だけど、チェック出来ていなければ五機を相手に戦うわ」

最悪の時を想定して説明するシンジ。
本来は最悪の事態をきちんと考えて対策を練るのが指揮官の役割だと言わんばかりに説明していた。
……何処ぞの誰かさんはそういう事が出来ないからダメだと言っているみたいだと協力しているネルフスタッフは思っていた。

「この二箇所が量産機にとって弱点になる。
 まずはダミープラグ。エヴァにとっての頭脳に相当する箇所だ。これを破壊する事で動きを止められるだろう。
 次にコア。ここにあるS2機関が無限の再生力と活動時間を生み出す。これを破壊すれば、活動限界を迎えて動かなくなる」

他の部分を攻撃してもすぐに再生すると前置きして、シンジは作戦を提示する。

「砲撃支援で動きを止め、量産機にダメージを与え……攻撃力、機動力を削ぐ。
 そして再生するまでの時間を与えずに中枢機能を破壊して撃破するのが基本だ。
 後は確実に一機ずつ撃破して、次の機体を合同でまた撃破する。
 近代戦は相手の持つ戦力を上回る数を投入して優位に進めるのが当たり前の話だからな。
 こちらからの指示は以上だ……後は臨機応変に対応してくれて構わん。
 お前達はプロフェッショナルだ。何処かの作戦部長みたいに一々命令しなくても何をすれば良いかは理解しているだろう?」

シンジの問いにパイロット達は一斉に敬礼して答えている。
嫌味が混じっているが、うちの作戦部長と副官とは違うんだなと聞いていたネルフスタッフは思っていた。



量産機を搭載した輸送機は日本にまで辿り着けずに撃墜されていた。
現在は量産機が翼を展開して、UN空軍の戦闘機の攻撃を浴びながら第三新東京市へと進んでいた。
その数は既に五機。ダミープラグを起動させた瞬間、ナオコの仕込んだプログラム通りに四機の量産機は自壊した。
まるで自らの存在を否定するかのように地に堕ちて、その肉体を溶かして消えて行く。
老人達は送られてくるその映像が理解出来ずに喚いていた。

『何故、自壊した!?』
『もしやダミープラグは不完全だったのか!?』
『これでは儀式が!?』
『落ち着け! 確かに失ったが本部には予備が二機ある!』

零号機、弐号機の事を告げて、まだ対応出来る事をキールは叫んでいた。

『し、しかし、これではギリギリになるのでは?』
『帰還させても……次はない! 我らは表との繋がりが絶たれた以上は今回が最後の機会なのだ』

反論してくる同胞にはっきりと今のゼーレの状況を告げて……黙らせる。
ゼーレ関連の企業は既に各国の司法機関によって押さえられている。
政府に潜り込ませていた部下も、こちら側の関係者も拘束されている以上……再起など出来る訳がない。

『後戻りは出来ぬ! 全てを失うか、全てを得るかのどちらかしか我々にはない!』
『そうでした。うろたえて申し訳ありませぬ』
『数は五分の筈です……同数ならば我らは負けませぬぞ』
『然様、我らの勝利は――な、何っぃぃ!?』

ジオフロントに入り込んだ量産機からの映像で彼らは驚愕している。
戦自の所有するファントムは五機の筈なのに……何故、三倍の十五機もある?と声を荒げたかったのかもしれない。
戦力差一対三の上に航空戦力で損傷している状態での戦いが始まろうとしていた。



ファントム1、ファントム2からの通信に残りのファントムはフォーメーションの変更を余儀なくされた。

『悪いけど……本気でやるから近寄らないでね』
『ふっ……手加減無用の戦いを始めるか』

『……こっちは四機掛かりプラスワンでフクロにするぞ』
『了解』×12

やる気満々の鬼教官の全力攻撃に決して近付かないようにしようとパイロット達は決意していた。



一応、警告の通信を送ったエリィとゼルの操縦するファントム二機は降下してくる量産機へと先行する。

「先にやるわ」
『では、任せる』
「再開発するのなら更地の方が便利でしょう」

その一言で他のパイロット達は先行するファントム1(エリィ機)の後方に待機して、これから起きる事態に備えた。

「……ジェノサイド――ウォ―――ルッ!!」

着地して翼を折り畳んでいる量産機を赤い壁の衝撃波が飲み込んで行く。
ロンギヌスの槍のコピーはATフィールドを確かに無力化したが……放たれた衝撃波の壁をかき消す能力は無かった。
衝撃波の壁を追うようにして、量産機へと突き進むファントム2(ゼル機)
剣を地面に突き立てて、ダメージを負いながらも吹き飛ばされないように踏ん張っていた量産機の一機に向けて……その手に持っていたウォーハンマーを叩きつ け、エリィの攻撃で罅が入っていた剣を砕いて空へと弾き飛ばす。
そして、追撃と言わんばかりに落下してくる量産機に、

「ボーリングブレイカ―――ッ!!」

ウォーハンマーの円錐状の切っ先に高密度に集束し、回転を加えたATフィールドを装甲で隠れているコアに叩きつけた。
爆散――その光景を見たものはまずそう感じた。
剣を失った量産機の展開したATフィールドを簡単に貫き、円錐状の切っ先が胸部装甲を破壊して突き刺さる。
そして、高密度に集束されていたATフィールドを量産機の内部で……解放した。
内側から解放された力が外へと荒れ狂うように飛び出そうとして、量産機の内部構造をズタズタに引き裂いて行った。
爆心地に当たる上半身は粉々に砕け散り、四肢のみを残して周囲にその残骸を撒き散らした。

……残る量産機は四機となった。


戦闘をモニターしているゼーレのメンバーは一撃で破壊された量産機の様子が信じられなかった。

『ば、馬鹿な! こんな簡単に破壊されるなど……』
『おかしいではないか!? 何故だっ!?』

声を失う者も居る中で状況は更に悪い方向へと進んで行く。
ゼーレの予想では九機対五機のはずだったのに蓋を開けてみれば、五機対十五機という戦力差に変わっている。
戦自がファントムを増産していたのは知っていたが……倍以上の三機くらいしか製作する時間がないと考えていただけに想定外の事態に発展していた。



「前衛各機散開! 足を止めずに攻撃せよ」
『了解』×6

エリィとゼルが単独での行動を開始したので、ファントム3のパイロットが急遽リーダー機となり指示を行う。
リニアボードを装着したファントムは地面を滑るように動きながら、一番損傷のなかった量産機を取り囲むように旋回する。

「撃てっ!」

パレットライフルと同質の銃器より放たれる弾丸がフィールドを持たない量産機にダメージを与えていく。
着実にダメージを蓄積させて、動きが鈍り始めた量産機に近接戦用の装備を持つファントムが襲い掛かる。
手に持つ剣で対抗しようとする量産機にファントム各機は正面には立たずに側面背後へと回り込む動きを見せる。

『リニアレールキャノン発射っ!!』

量産機がそれらに注意を向けた瞬間、後方で足を止めて狙撃体勢に入っていたファントムがリニアレールキャノンの砲火を向けた。
電磁力を用いて、理論上は光速にまで到達するほどの射出速度を秘める兵器。
使用する弾丸や銃身がそこまでは耐え切らないので、今は光速までは出せないが弾頭の硬度次第では貫通力は最強とも考えられている。
電磁力の斥力を最大に効かした弾丸が三機の量産機の装甲を貫き、手足、胴体に穴を穿ち……機動力を削いで行く。

「抜剣! 右端の奴を始末する。ファントム5、6は前から牽制。7、8は後ろから仕掛けろ!
 残りの二機は俺と一緒に他の二機を牽制する! 後ろもだ!」
『了解』×12

動きを止めた量産機に近接戦装備に切り換えたファントム七機が強襲を仕掛ける。
手に持っているロンギヌスの槍が自分達の防御を台無しにしているが、捨てる事は許されていない。
正面から急速に向かってくる二機に対して攻撃しようとするが、その二機は囮だった。
鈍い動きでも迎撃しようとするが手持ちの武器の間合いに入る直前に左右に分かれて……攻撃目標を分散させる。
一瞬途惑う仕草を見せて動きを止める。そしてその行為が背後から襲い掛かるファントム二機には絶好の機会となった。
一機が頚椎部分からダミープラグを目掛けて剣を振り下ろすし、もう一機は機動力を完全に奪う為に膝裏から足を切り落とそうとする。
そして左右に展開した二機もその身を翻して正面からではなく、一機はサイドから回り込み、コアを目標にして剣を突き刺していた。
同じようにもう一機は攻撃力を奪う為に槍を持たない腕を狙って剣の一撃を加えていた。
火花を散らしながら、チェーンソーのように刃を回転させて切り裂こうとする剣が装甲の傷を深めて、素体へと向かう。
バチバチと火花を上げていた装甲から火花が消えると同時に血が吹き出している。
心臓と頭脳に相当するコアとダミープラグを同時に失った量産機は断末魔の咆哮を上げながら……地に伏した。
一機を袋叩きにする……汚いと叫ぶ連中は愚か者だろう。
例外もあるが、近代戦は数を揃えて戦う事が勝利の鍵となる。
戦自はその常識を守って、数を揃えて確実に勝つ為に弱点を徹底的に突いているのだ。

……残る量産機は三機。


暗い部屋で戦況を見つめている老人達は何処かから聞こえて来る滅びの歌を認められずに居た。

『何故だ!? これでは我らの願いが!!』
『閉塞した人類を救うという希望が……』

また一機破壊されてゼーレのメンバーは自分達の願いが叶わずに全てが台無しになると思い……心に暗い影を落とし始める。
老人達の希望が……徐々に絶望へと変わり始めていた。



はっきり言って発令所のネルフスタッフはファントム1と相対していた量産機を憐れんでいた。

「タコ殴りっスね」

青葉シゲルの呟くようにジェノサイドウォールでボロボロになった身体を回復する力よりも……怒涛の奔流のような破壊する力の前に翻弄されていた。
突く、払う、斬る、というハルバートの使用方法のお手本を見せるかのように洗練された攻撃を見せている。
量産機も手に持っている大剣で反撃や防御をしているが……全然相手にならない。

『――ったく、少しは歯応えのある所を見せなさいよね』

穂先を鳩尾より下に突き刺し、抱え上げて……地面に叩きつける。
この一撃でコアにダメージを受けたのか、量産機は身悶えてのたうち回るように身体を震わせている。
おそらく人間でも、背骨や肋骨が確実に砕けるようなダメージを受けても命令を忠実に守ろうとして立ち上がろうとする。
そんな量産機にファントム1は無情にも追撃を加える。
大きく振りかぶった一撃は量産機の頭部を砕き……返しの動きで剣を持つ腕を断ち切る。
宙に舞う剣を掴んで一言、

『……変わりなさい』

まるで剣に言い聞かせるような声が発令所に響くと同時に剣は赤い槍へと姿を変えた。

『あれが私の敵よ。何を望んでいるか……理解したわね?』

その声を発令所のネルフスタッフは不思議に思いながら聞いているが、次の瞬間……驚きの視線に変わった。
槍が脈動して自分達が聞いていた形態とは異なる武器へと姿を変えたのだ。
ファントム1の初期装備であるハルバートに近い形ではあるが斧の部分にあたる片刃が著しく様変わりする。
二つに開いて両刃の長柄の戦斧へと変わり、更に変化が続いて先端の穂先が内部へと収納された。
そして戦斧の穂先の中央部分にATフィールドが球体状に集束されて高速回転を始める。

「回転が更に加速します! え? これってもしかして……」
「シュバルツシルト半径を超えてようとしているのよ」
「……マ、マイクロブラックホールを地上に、む、向けたら……ジオフロントは消滅するんじゃ?」

状況を理解したマヤは蒼白を通し越して、血の気の失せた白い失神寸前の色に染まっている。
もし地上に向けて加速して圧縮した重力場を解放すれば……解放された力が軽く音速を超える衝撃波となって周囲への拡散されるのは間違いない。
更に重度の放射線と熱量でジオフロントは壊滅なんて言葉では済まされずに……死の大地になる。
そして、マヤの被害予測を聞いたスタッフ一同はナオコに視線を集中させる。

「そんなヘマするようなドシロウトじゃないわよ」
「し、信じて良いんですよね?」
「私、マッド嘘吐かない……なんちゃって…………外したかしら?」

マッドというキーワードに全員が頭を抱えている。
普通マッドサイエンティストというのは自爆装置とか、後先考えずに危険な兵器や道具を開発に喜びを見出す傍迷惑な人物なのだから……ナオコの発言には説得 力ではなく、更なる不安を煽るだけでしかなかった。

「いつの世も科学者って理解されないものなのね」

よ、よよよっと泣き崩れるような仕草でナオコが無理解なスタッフに悲しむ演技をしている。

「わ、私は信じてますから! 先生と一緒なら何処までもお供します」
「……いや、まあそこまで本気に取られると困るけど……本部は防御してあるから大丈夫だけどね」
「そ、そんなぁ〜」

フォロー失敗みたいな雰囲気になってマヤは涙目でナオコを見つめている。

「ああ、もうリッちゃんもこんな良い子を侍らすなんて隅に置けないわね。
 どう? 私の元に来る? 手取り足取り愛でてあげるから……マッドへの道を歩まない?」

童顔のマヤの涙目を見て、お持ち帰りしたくなったナオコはマッドへの勧誘を行う。

「え、ええと……」

目を白黒させてマヤはどう返事をするべきか……悩んでいる。

(マッドはちょっと怖いけど……先輩も向こうに居そうだし…………ナオコさんも素敵だし……)

憧れの先輩であるリツコの母親のナオコも居るというのが、マヤにとって最高の職場になりそうな気がしてならない。
マギシステムの開発だけではなく、多岐に渡って様々な結果を残している雲の上の人物が其処には居る。
ネルフ制圧後から数日ではあるが師事を受けて……楽しかったのも事実だ。
科学者としては自分よりも遥かに高みに立ち、目から鱗が落ちるような刺激的な毎日が続くと思うと……マッドも良いかな〜なんて思ってしまう。

(マ、マヤちゃん。頼むから……危ない道に進まないでくれよ)

二人の会話を近くで聞いていた青葉シゲルは焦りを感じていた。
どうも百合っぽい嗜好の持ち主であるマヤはナオコに靡きそうな気がしてならない。
おそらくリツコが居て、更にナオコも居るのなら其処はマヤにとって理想の職場になる可能性が高い。
マッド云々は多分大丈夫だと思うが、このまま行けば自分はただの友人で終わってしまう気がしてならなかった。
苦い物を口に含んだような表情でシゲルは自身の恋模様の行方が気懸かりだった。



発令所では一つの恋の行方に悩む青年が焦るように、意味合いこそ違うが老人達も焦燥していた。

『おかしいではないか!?』
『然様! 死海文書にはこのような顛末は記されてはいない!』

死海文書の解読は全て終わってはいなかったが、少なくとも第三使徒戦までは多少の誤差はあったもののほぼ書き記された通りだったから……疑ってはいなかっ た。
多少の食い違いは自分達で修正して此処まで羅針盤として指標にして信じていた。
何が起きるか、大体の事を事前に知っていたので自分達の利益になるように手配して富を得てきた。
だが……最後の最後で自分達から掌を返すかのように次々と記述にはない出来事が起き、裏切られて行く。
老人達にとっての最後の拠り処が崩壊し始めていた。



ロングライフルに近い形状のリニアレールキャノンが量産機の装甲を易々と貫いていく。
穿たれた装甲の痕からは血が流れ出し、白い姿の量産機の身体を赤く染めている。
胸部装甲にも弾痕があり、コアにもダメージがあるのか……量産機の再生力は著しく低下しているように見える。

「流石アンタのママが鍛えただけあって良い動きしているじゃない」
「まあね、私やアスカよりは下だけど十分使えるところまで鍛えたみたい」

戦場より離れた場所でこの戦いを観戦していたアスカのコメントにリンが同じように評価している。
はっきり言ってお茶会みたいにテーブルがあり、ケーキと紅茶が用意されて、戦場には場違いな雰囲気を醸し出している。
右から順にリン、レイ、アスカ、カヲル、ルイン、そして……

「……見事ね。小型のブラックホールを作り出せるなんて」

染めていた金髪を元に戻し、黒髪黒目でしかも……十七歳くらいにまで若返っていたリツコが感心するように呟いていた。

「戦闘力ではゼルエルと同等か、それ以上だよ。いやはや……なんとも凄い女性だねぇ」
「要は敵にならないように気を付ければ良いだけ……備えがあれば更に良いわね」

レイがカヲルの感心する声の後にスタンスの取り方について考察を述べていた。

「リンも大変ね。この後、一年間の成果を見せるんでしょ……頑張りなさいよ」

アスカが楽しげにこの後に起きるリンの試練を鼻歌混じりで話しているが、

「アスカも混じりそうだけどね……ゼル姉が虎視眈々とアスカを狙っているみたいだし♪」
「ちょ、ちょっと!? 聞いてないわよ!?」

リンのコメントに慌てて立ち上がって問うていた。

「……リベンジと言ったところだな」
「え、ええと……あれはママがした事であって」

お茶を楽しんでいたルインがポツリと呟くと、アスカが焦るように言い訳めいた意見を述べている。

「だ、だからね、アタシよりもママに言って欲しいわけよ」
「私もそのセリフを返すわよ。文句はゼル姉に言ってよね」
「…………理不尽だわ」
「それは私も感じているわよ」

どことなく黄昏ているアスカとリン。
アスカにすれば、今戦っても勝てる自信など全くない。ファントムに搭乗して、あれだけの力を見せ付ける相手とやりあうのは時期尚早というか……勘弁して欲 しいと言いたい。
リンにしても、独自の訓練を行って鍛える事を怠った気はしないが……まだ勝てるほどのレベルに到達した気がしない。
何よりも、あの母が手加減する気はないし、内容次第ではゼル姉も交えての再訓練という名の……シゴキが待っている。

「……そんなに厳しいのかい?」

この後の一戦を考えてブルーになっている二人を見ながらカヲルはこの場に居るもう一人の男性――ルイン――に尋ねる。

「否定はしないよ。彼女なりの愛情表現でもあるけどね。
 いつも自分が側で守ってやれるわけじゃない。自分の身は自分で守れるだけの強さを持って欲しいと思っているのさ」

口元に優しい笑みを浮かべて話すルイン。
リンも口では文句を言っているが、多分その事は理解している筈だからこそ頑張っているのだとルインは思っている。

「守られる立場から共に戦える立場に変わりたいなら……逃げちゃダメだ」
「……なるほど、母の愛情というわけだ。いつまでも庇護しないから、さっさと自分の足で歩きなさいなんだね」
「そういう事だよ」

会話だけを聞いていたなら微笑ましいシーンになるが彼らの背後では蜂の巣のように無数の弾頭で撃ち抜かれていた量産機が自身の血で作り上げた血の海に沈 み、ファントムの二機がコアとダミープラグに向けて剣を突き刺す姿があった。

……残る量産機は二機。


発令所内がマイクロブラックホールの脅威を感じた頃、

『ゼル、万が一の為のバックアップよろしく』
『承知した』

ファントム1の要請にファントム2がファントム1の地表部分に展開したATフィールドの強化を行う。
量産機を中心して大地が真紅に輝き、闘技場のように周囲にも壁が浮かび上がる。
既に蓄積したダメージで半死半生の様相を見せる量産機。
立ち上がり攻撃の意思を見せているが、その動きは緩慢で命令によって無理矢理立ち上がったふうにしか見えない。
ファントム1は加速して一気に量産機の頭上へと舞い上がる。

『砕き、原子の塵へと還りなさい!!』

マイクロブラックホールが量産機に触れる。
高密度の重力が量産機を押し潰し、強固な装甲だったボディーが原子レベルで破壊されて光の粒子へと変換され……消滅して行く。

「……綺麗」

発令所内の誰かの呟きに全員がその光景に目を奪われている。
凶悪なほどの破壊力なのだが……儚い蛍が乱舞しているような美しさがある。
一つ一つの光点が天へと還るように空へ舞い上がり……消えて行く。

『ご苦労さま……』

量産機が完全に消滅した後、ファントム1からの通信を聞いて見つめる。
形状を変えた槍の複製品が、その役目を全うしたように砕けて……消えて行く。
通信機越しでも判る感謝と労う声を聞いて、自分達の安全を理解して……安堵する。

……残る量産機は一機。


塵へと変わる量産機を見ながら老人達は叫ぶ。

『何故だ!? 何故、我らの願いを阻む!』
『世界から貧困や老いによる苦しみ、諍いをなくそうとする行為の邪魔をする!』

絶望が彼らの心にあった希望を砕く。
永久に生きる願いは打ち砕かれ、最悪の時は全ての人類を巻き込んだ自殺さえも出来なくなる。
自分達が表舞台に戻る事は出来ずに……暗闇に潜んで最期の時まで責任追及を掲げる追手の影に怯え続けるなど認められない。

『何故なのだ? 我らの崇高な意思を認めぬというのか?』
『認めないわね』

自分達の知らない女性の声がモノリスの鎮座する場所に響く。

『だ、誰だ!?』
『誰でもいいわよ。あなた達の所在地は突き止めたから……楽には死なせないから楽しみに待っていなさい』
『貴様、誰に対してそのような発言をしていると思っている!』
『世界に寄生する寄生虫に敬意を払う必要なんてないでしょう。
 それより、さっさと逃げ支度でもしたら? でも逃げる場所なんてもう無いでしょうけど』

自分達以外は知らない筈の拠点を発見された事実を指摘されて、老人達の心に動揺の波が押し寄せてきた。

『生命維持装置が無ければ生きられない身体でも銃殺や電気椅子に座る事は出来るでしょう
 次の世界に生きる者達の怨みを一身に背負って償いの気持ちを持って死になさい』
『ま、待て!』

死の宣告を行った声はそれ以上は言うべき事が無いと判断したのか……老人達の声に反応しなかった。


そして最後の一機もまたファントムの連携攻撃によって大地へと沈んでいく映像が画面に映し出されていた。

……全ての量産機がファントムによって沈黙し、老人達の願いは完全に打ち砕かれた。

『わ、我らの願いが……』
『何故だ!? 死海文書の記述の解読は正しくなかったとでも言うのか?』
『……希望が潰えたとでも言うのか?』
『新世界の創世は……夢幻へと還るのだな』

希望を砕かれて、老人達は肩を落とし……項垂れている。
そして……徐々に背後から滅びの足音が響き始める。
彼らの潜伏先をスピリッツから聞いた各国の諜報機関と軍人達が部隊を展開させて強襲を掛けてきたのだ。
潜伏先に待機していた護衛の部隊は必死に抵抗したが……保有する戦力差の前に次々と倒れていった。
生命維持装置によって命を永らえてきた老人達は逃走しようにも装置を迂闊に外せない状態だったので……厳重な監視下の元に確保されて国連へと収監された。


秘密結社ゼーレ――神の座に辿り着こうという妄想を夢見た愚か者達の集団として歴史家達の評価となり、一般市民からは狂信的な妄想で世界を壊そうとした悪 意に塗れた集団として歴史に名を遺す。

……この日、世界を裏から支配し、寄生していた組織が終焉の時を迎えた。












―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
どうもEFFです。

量産機戦が終わり、いよいよ事後処理へと移行します。
一応舞台は国連へと移る予定ですね。
まあシンジ達の出番はなく、政治的な話も説明だけに留めますけど(大核爆)
長ったらしい説明なんて……書くの大変ですし、基本的に読み易さが売りだと思ってますから(多分)

それでは次回もサービス、サービス♪



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