秘密結社ゼーレの崩壊から世界は新たな秩序を再構築する所から始まり、世界に再建の足音が響き出していた。
ゼーレによる富の独占がなくなり、自由経済による問題も幾つか出ているが概ね世界は安定していた。

「ふーん……今の状況じゃ、そうそう強行策は出せないわね」

暖かい陽射しを浴びながらエリィ・シンスティーはテレビのニュースを見つめていた。
テレビの画面には様々な問題を抱えながらも国連主導による世界政府への移行を考えるべきという意見に大勢が決まりつつあるとの報道が盛んに行われていた。
世界のトップであろうとするアメリカ合衆国にすれば、受け入れがたい流れではあるが……セカンドインパクトのダメージが完全に癒えていない状況での強硬な 態度では世界から孤立するという現実が待っているだけに苦々しい思いでも受け入れるしかないみたいだった。
日本政府もアメリカとの協調関係を維持しつつ国連での発言権の強化を進め、常任理事国の席の一つに座っている。
既に日重が世界に発表した超電導システムを搭載し、昨年より正式な生産ラインに乗った電気自動車は需要に対して供給が追い着かないほど売れている。
特に環境破壊という分野に於いて、二酸化炭素を吐き出さない電気自動車の普及は地球温暖化に歯止めを掛けるだろうと環境問題の研究を行っている科学者から は絶賛されていた。
アメリカでの増産が始まり、現地の工場は地元住民を優先した雇用が行われてアメリカの景気復興にも一役を担っていた。
これによって化石燃料の重要性が若干薄れ、中東諸国での石油資源の奪い合いもほんの少し治まっている。
もっとも航空燃料や発電用の重油などはまだ必要とされているが。

「これからが正念場だろうね……人類にとっては」

エリィの向かいに座り、紅茶の香りを楽しんでいたシンジは一分の感情も表に見せずに話す。
スピリチュアル・インダストリー会長シンジ・シンスティーが今のシンジの名前であり、肩書きでもある。
成長著しい企業として、今アメリカ国内で最も注目を集めている。
様々な分野で自分達の想像を上回る技術力を持ち、主に環境改善にその技術を活用している。
南極海の水質改善も彼らの発表した技術によって齎され、徐々に元の生命溢れる海へと戻り始めている。
日系人ではあるが、彼の一挙手一投足でアメリカ経済だけではなく、世界経済と地球環境が大きく動き出すとまで言われ、経済アナリストと環境問題に取り組ん でいる学者からは注目されていた。
ちなみに現在の自動車の主流は超電導システムを導入した電気自動車が世界に席巻し、地球温暖化の歯止めに貢献していた。

「そうね。どういう選択を選ぶかは人類の自由だから……私達が口を出すのは筋違いだわね」
「そういう事だよ。それにこっちはこっちで忙しいからね」

そうエリィに告げるシンジの傍らには、綾波レイが赤ん坊の世話をしている姿がある。
綾波レイの姿は十四歳から三年が過ぎ、大人の女性としての柔らかさが徐々に見え始めていた。
スヤスヤと眠る赤ん坊のの頬の柔らかさを堪能しつつ突付いて……むずがる様子を見ながら、

「……良いわね。クセになりそうだわ」

ちょっとトリップ気味にイケない行為を楽しんでいた。

「レ、レイ……うちの可愛い息子で遊ばないで欲しいな」

シンジがちょっと引き気味に注意しているが、

「それ、私もリンの時にしてたのよ……なんかこう頬をプニプニするのって楽しいのよね」

隣で見ているエリィもレイの隣に座って自分の息子の頬をプニプニ突付き出したので……スルーされている様子だった。
むずがる息子を見ながら、シンジはこの子も女難の相があるのかもしれないなと思い……心の中で涙していた。
……決して、妻が怖いわけではないとも心の中で叫んでいたが。

「カヲル君、逃げるなんて……ひどいと思うよ」

この場に居ない渚カヲルに恨み言を呟きながらシンジは空を見上げている。

「リン達は元気でやっているかな?」
「大丈夫でしょ。リツコとルインがいるから、トラブルが起きる前、起きた後の両方で対応出来るわよ」
「アスカもいるわ。アスカも随分と落ち着いてきたからトラブルに首を突っ込む前に注意すると思う」

二週間ほど前、リン達は予定より遅れた形でアメリカ国内を見て回る社会勉強を兼ねた旅に出発した。
遅れた理由は、「弟の顔を見るまでは行かない」と言うリンの我が侭が主な原因だった。
実際に弟が生まれた日のリンはそれはもう……狂喜乱舞していた。
姉達のように今度は自分が生まれたばかりの命を見守って行くんだと考え、今よりも自分を磨き上げたいと考えていた。
そして自身の見識を広げる為に、一年の予定でまずアメリカ国内を見聞する事にした。
実際に旅に出る時は後ろ髪引かれる様な気持ちで居たみたいだが……弟にとって頼れる姉になる為に出立した。
ちなみに暇を持て余していたアスカが便乗し、ならば僕も行こうかなとカヲルが告げ、じゃあ私も参加するわねとリツコが順調に開発していた道具を用いて困っ た時のド○ミちゃんの役割をこなそうと目論み、ボディーガードは必要だねとちょっとリンに対して過保護気味の兄バカ?のルインが加わったメンバーが旅に出 ていた。
綾波レイは初めて間近で見る赤ん坊が気に入ったのか……同行せずに子供のお守りをしていた。
追記として、リン、ルイン、レイ、アスカ、カヲルの五人とリツコは既に飛び級でハイスクールまでの課程を終えている。
この旅が終わった後、大学に進む予定だった。

「きゃふぅ〜〜♪」

レイがシンジの息子に遊具を使って遊んでいる。
まだ物を掴めるほどの力はないが、レイが手に持つ玩具に手を伸ばして楽しそうに笑っている。

「……そう楽しいのね」
「あう〜〜ぶぅ〜〜」
「リンお姉ちゃんがいなくても、私がいるから大丈夫よ」
「う……だぁ〜〜きゃふ〜〜」

もしかしたら綾波レイはさりげなく……逆光源氏プロジェクトを進めているのかもしれなかった。


RETURN to ANGEL
EPISODE:45 再建される世界
著 EFF


量産機がネルフ本部を襲撃し、戦自が撃退した日より三年が過ぎていた。
秘密結社ゼーレの崩壊によって世界情勢は大きく様変わりしている。
まずゼーレのお膝元であったドイツ、そして最後まで協力体制にあった中国の両政府は崖っぷちに追い込まれていた。
両国の国連での発言力は大きく削がれただけではなく、国民からの突き上げも始まり……国内は混乱していた。
その結果、国連内ではイギリス、フランス、ロシア、日本の発言力が向上しているが、日本政府だけは相変わらずの駆け引き下手のおかげでせっかく向上した発 言力を上手く活かせずにいた。
政治力の向上が日本の課題だと今更ながらに気付かされ、世界のトップに躍り出るチャンスを逃したお粗末な顛末だった。

「結局、ファントムはATフィールド発生システムを搭載しない量産機が主流になりそうね」

UN軍で正式採用されたファントムの諸元表を入手した報告書に目を通しながらエリィがシンジに話す。

「これも予定通りに進んだわね。やっぱり予算というものは軍隊にとっては最大の敵かしら?」
「まあね。軍隊というのはどうしても予算がないと」
「使うだけで再利用の見込みのない無駄遣いの極致とリツコさんは言ってたわ」

この場にいないリツコの意見を話すレイに二人は同意して頷いている。
同族殺しの極致が戦争である事は歴史が証明している。
正義という大義を掲げて人を殺す――人類の滅ぶ一因になるだろうともシンジは密かに思っている。
何故なら主義主張の対立の果てに地球を数回破壊出来るような核兵器を作ってしまう人類は……本当は自滅したがっているのではないかと勘繰りたくなるのだ。

「今の処は第三次世界大戦は先の話になりそうだけど……起きる可能性は高いと僕は思うよ」
「はぁ〜〜やっぱ人類はダメダメね」
「次の戦争で人類は生き残れるかしら?」

レイの質問にシンジは答えずに紅茶を飲んでいる。
その行為だけでレイもエリィも十分シンジの予測を理解している。



おそらく人類は次の戦争でほぼ死滅する可能性が高いという事に……。
戦争の管理を行っていたゼーレは滅んだ……次の戦争は人類の総意で行われ、途中で終わるかどうか分からないのだ。
その事を無意識のうちに気付いている者は国連主導による世界政府の発足とアメリカ独自の考えによる紛争介入ではなく、国連軍による中立的な形による紛争介 入を主流にしようと動いていた。

「まあ当面は大丈夫だね」
「そりゃあ……あれだけの事件の後だから」

シンジ達がテレビに目を向けると、久しぶりにネルフ解体後の職員の動向がニュースとして流れていた。
事情を知らない者が殆んどで、自身がまさかそんな怖ろしい事に荷担していたとは思っていなかった。
とりあえず国連預かりの形になり、組織の解体が進み……スタッフも一般職員から徐々に解雇されていった。
再就職に関しても、一応報道で事実を公表されていた作戦部の無責任極まりない作戦行動のおかげでままならない有様みたいだった。
ちなみにアメリカ第二支部のスタッフは死亡扱いで処理され、新たに作られた戸籍でスピリチュアル・インダストリーに無事に就職している(アメリカ政府の協 力があったのは言うまでもない)
そしてエリィの家族が居た施設も事前に避難させていたので最悪の事態は免れていた。
ただエリィが無事ではないと言われたのは、彼らも流石にショックみたいだった。
施設のスタッフ、他の子供達も悲しんでいたのを事情の説明を行ったシンジは見ていたのだ。
自身の事を説明して、迷惑を掛けるわけには行かない……それがエリィが悩んだ末に出した結論だった。

「殆んどの職員は事情を知らずに騙されていたという事で起訴には至ってないか」
「そうね。幹部職員はさすがに書類送検されているけど……一部を除いては執行猶予処分で片付きそうみたい」
「ヒゲと背後霊は死刑が確定したみたいね。
 それと、後はビヤ樽さんとエロ眼鏡君も軍には戻れずにいるわ」
「自業自得でしょ」
「そうだね。加持さんは最後の最後で協力したおかげで無事みたいだけど」

冬月は虚ろな顔で死刑を裁判官から宣告されて項垂れている。
一応冬月の友人らしい年配の弁護人も減刑を嘆願していたが、半ば諦めている様子だった。
世間では冬月は晩節を汚した愚か者という認識が周知となっている。
セカンドインパクト前は人格者で優れた学者だったのに、狂った夫婦との出会いが人生を大きく狂わせたと思われたり、老いらくの恋に狂ってしまった救いよう のない人物とも囁かれていた。
ニュースのコメンテーターなどは紳士の皮を被った似非紳士という痛烈な非難で締め括っていた。

「オドオドと無様な醜態を晒しているわね」

エリィが挙動不審な様子で裁判官が罪状を告げて死刑を宣告された碇ゲンドウの様子を見つめている。
映像では人の視線に怯えているようにも見える。
その様子に呆れたという感情より、無様な醜態を晒す光景に苛立ちのほうが大きくなっているみたいだ。
覚悟していた筈なのに、この期に及んでまだ開き直れないかと思っている。

「やっぱりサングラスがないと怖くて仕方ないのかしら?」
「間違いないね。あの人はあの女以外は誰もが敵に思えるんだろうね」

レイの意見をシンジが肯定する。

「よく自殺しないものね……てっきり後追い自殺でもしてしまうんじゃないかと思っていたのに」

テレビの画面を見ながらエリィが不思議そうに話す。
碇ユイの最期は知っているので絶望の果てに自殺すると予想していたのが外れて不審に思っているみたいだ。

「ドグマが完全に崩壊してなくてね。僅かながらLCLが残っていると聞かされて……諦めていないのさ」
「……そうなの?」
「そうだよ、レイ。ダミーの映像を見せてかすかに残った希望に縋らせているのさ」

笑みを浮かべる訳でもなく、淡々と話すシンジ。

「でなければ、とうの昔に自殺してるんじゃないかな?」
「そっか……まあいいんじゃないの。自殺で終わるなんて世間も納得できないし」
「そうね」

シンジの意見にエリィもレイもあっさりと納得している。
世間のゲンドウに対する恨みは右肩上がりで下がる気配などないし、事情が明らかになるに連れて、まさに狂気の所業だと思われている。
妻に会いたいが為に世界を巻き込んだ自殺行為は到底受け入れられるわけがない。
そして、ゼーレに人類補完計画の企画書を出して、生き残る為に身を削っていた市民の思いを踏み躙った。
その真実が明らかになったので、碇ゲンドウは自身がかつて言ったように世界中から嫌われるというより……憎まれていた。

「脱獄も出来ない場所に幽閉されているけど、かすかな希望があるから耐えているんだろうね。
 何とか逃げ出して、アンチATフィールドの研究を完成させて、自身を分解して一つになろうと考えているのかも」
「ありえそうな話っていうか、可能だと思うの?」
「無理だね……だってLCLは全て蒸発して残ってない」
「つまり情報は偽物なのね」

レイがシンジに問うと、シンジはあっさりと頷いている。
碇ユイ自身はシンジとエリィが消滅させている事を知る者は限られていた。
当然ゲンドウは先のルインの説明を信じていないので、まだ可能性はあると思っているみたいで必死に自分に向けられる敵意に耐えている。

「いい気味ね。こっちとしても最期まで道化を演じてくれた方が楽しいわね。
 老人達の何人かは自分達の計画が破綻したと知ってショック死したから楽しみが半減したし」
「そうだね。元々何時死んでもおかしくない状態だったけど、絶望のまま絞首台に立つか、銃口の前に立って欲しかったよ」
「それでも絶望を抱えたまま亡くなったけど?」

レイの言う通り裁判は異例の速さで行われて刑が執行された。
公開処刑という異例の事態ではあったが、誰も異論を唱えずにテレビでもその瞬間を放映されて……世界が注目していた。
機械部品で生命維持を行っているので、時間を掛ければ自然死となるのは世界が認めていなかったのだ。
みっともなく死にたくないと足掻く姿もあったが、キール・ローレンツだけは最期の瞬間まで毅然とした態度でいた。
その姿に、流石は狂人達のトップだとある意味感心する者もいたが、世間からはふてぶてしい態度だとも言われていた。

「シンパパ〜〜♪」

三人が居るテーブルに向かって声を掛けながらまだ十歳程度の少女が駆け寄ってくる。
その表情はとても楽しげで父親に甘える女の子そのものだった。

「つっかまえた〜♪」
「ははは、カティは元気だね」

シンジの膝の上に座りご満悦な少女――カティ(マカティエル)――は笑みを浮かべながら話す。

「さっきまでトリィお姉ちゃんとお勉強してたの。
 それでね、お姉ちゃんがちゃんと真面目に勉強したからいい子、いい子って撫でてくれたんだよ♪」
「そっか。それじゃあお父さんも撫でてあげよう」

シンジがカティの頭に手を添えて優しく撫でると、カティは目を細めて嬉しそうにしている。

「……リンが猫系なら、カティは犬属性かしら?」
「そうね」

二人の様子を見ていたエリィがレイに聞くと、レイはどうでもいいような感じで返事をしている。

「エリィママ、テーブルのお菓子食べていい?」
「いいわよ」

きちんと許可を貰ってから手を伸ばすカティを見ながらエリィは思う。

(うちの娘は、もーらいっなんて言って勝手に食べるのよね……この点はトリィの教育の成果なのかしら)

きちんと礼儀正しい少女になっているカティと自身の娘であるリンとの差に教育の難しさを痛感しているみたいだった。
エリィは空を見上げると、目に沁みるほど真っ青に染まった青空があり……、

「この空も良いけど……あの紅い空も悪くなかったみたい」
「……そうだね」

今の青空とかつて自分達が暮らしていた紅い空を思い出して、ノスタルジックな気分で呟いたエリィにシンジが同意する。
二人には見慣れた空の違いに今も複雑な気持ちがあるのかもしれないとレイは思っていた。



シンスティー夫妻が感慨深げに空を見上げていた頃、

「リ――――ン♪ お昼できたわよ」
「今行くよ――アスカ」

アスカの声を聞いて、リンは空を見るのを止めてみんなの元に歩いていた。

「やっぱり……雨降るかも」

キャンピングカーで移動中のみんなにリンは自分の見た雲の動きを告げる。

「困ったねぇ……雨で済めば良いけど、嵐に変わると厄介だよ」
「そうね。街に着くまでは降らないと良いけど」

移動に支障が出ると困るなというように渚カヲルとアスカ・ツェッペリンが表情を曇らせている。

「タイヤなら大丈夫よ。ちゃんと対策を講じてあるからね」
「非常時には僕が低出力のフィールドを展開するよ。車が壊れると大変だからね」

リツコ、ルインの二人が一応の対策らしきものを出して全員を安心させるようにしている。

「んじゃあさ、早めに食事を終わらせて次の街に入ろうか?」
「「「「賛成」」」」

リンが出した結論に全員が同意して食事を行い、ルインの運転で次の街に向かう。

「久しぶりに狭いベッドじゃなくて広めのベッドで寝たいわね」

子供っぽい言動が徐々になりを潜めて、母親から受け継いだ美しさに磨きが掛かり始めたアスカが楽しげに話す。
十四歳の頃より、更に目を惹くような美女の領域に差し掛かろうとしていた。
その対面に座っていたリンもまた母親譲りの美貌が出ると同時に父親の持つ穏やかな雰囲気も醸し出していた。
ただし中身は母親譲りなのか、黙っていれば深窓のご令嬢だが、口を開けば……敢えて言うまい。
その隣にはリン達よりも少し年上の理知的な雰囲気を持つ赤城リツコが座っていた。
金髪に染めていた髪を元の黒髪に戻し、純和風美人と感じのおしとやかな女性にも見えていた(実は中身はマッドかも?)

「アスカは寝相が悪「アンタは黙ってなさい!」……ふぅ、やれやれだよ」

この中で一番常識人っぽいカヲルの感想にアスカが真っ赤な顔で叫ぶ。
カヲルは時々アスカを起こしに行く役で寝相を悪さを知っていたのか……改善を願うように意見し、肩を竦めていた。
アスカとカヲルの関係は男と女とまでは行かずに仲の良い喧嘩友達というか、憎まれ口を叩き合うような感じで成立している。
ずっとエヴァに拘り続けた所為と、母親が無事に帰還した所為か、アスカの精神は若干成長が遅れていた。
ママが居れば良いというか、もう少しママに甘えたいという感情もあったのか、恋愛感情の方は停滞気味だった。

「まあ、これはこれで楽しいし、時間はタップリあるから特に急ぐ必要もないね」

などとカヲルのほうも暢気に構えていたので、当面は進展しない雰囲気だった。
実際にはシンジみたいに女性関係で苦労したくないというのが……本音ではないと思うが。

「一応仕事もあるけどね」

四人の中で一応年長者の立場であるリツコが二人を窘めつつ、次の目的地の情報を提示する。
ただ五人を送り出したわけではなく、ちゃっかりと仕事をシンジ達は与えていたのだ。
シンジは進路上の復興中の街に対して新しい工場を建設する計画を考え、表の調査とは別にリン達を派遣して別の視点から見るようにもしていたのだ。

「スピリチュアルの工場予定地の一つだから、治安レベルの確認もお願いね」
「任せなさいよ。アタシとカヲルの二人が東地区を見ておくわ」
「じゃあ私とルイン兄で西地区ね」
「そうね。最終報告書は私が書くから任せるわ」
「「「よろしく♪」」」

三人とも書類作成を苦手にしているようだった。

「まあ良いけど……そろそろ慣れないとミサトみたいになるわよ」
「「う゛」」

ミサトの名前を出されて嫌〜な顔をするリンとアスカだった。

「ミサトか……もうじき出所だっけ?」
「みたいね」

手元のノートパソコンに目を向けながらアスカの質問に答えるリン。
聞いているリツコは何の反応も示さずに普段のままで、

「リツコお姉ちゃんは気にならないの?」

逆に不思議そうにリンが聞いてくる。

「特に気にならないわね。加持君もいるみたいだし、一応反省しているみたいだから。
 まあ出所祝いくらいは加持君経由で贈るけど」
「そうなの?」
「ええ。加持君の食生活の為にね」
「確かにミサトの手料理を食べ続けたら……死ぬかもね」

アスカが青い顔をして二人の会話にに加わる。

「味覚障害なのかい?」

アスカがそこまで嫌がる手料理というものを作り出す人物に些か興味を覚えたカヲルが尋ねる。

「そうみたいね。それとなく調べたけど……外科手術で身体のほうは治ったけど、気の流れが狂ったままなのよ」
「それじゃあ東洋医学か、私達じゃないと直せないかな?」

リンが治療方法を考えて告げる。
リン達の場合はアンチATフィールドで全身を分解して再構成する荒っぽいやり方で、東洋医学の場合は針や気功を用いたゆっくりと時間を掛けたやり方にな る。
一長一短ではあるが、リン達はミサトに係わる気はないので結論から言えば、治療方法はもう一つの方法しかないみたいだ。

「日本に居る人物で気功治療が出来る人のプロフィールを足がつかない方法でメールを送っておいたわ。
 信用するか、しないかは加持君しだいだけどね」
「自分の残りの人生が掛かっているのなら賭けても良いんじゃないかい?」
「「それもそうよね」」

リンとアスカの嘘偽りない心からのシンクロした返事でこの件は締め括られた。
リツコはやはりお人好しというか、かつての友人達には甘いみたいだった。


運転席で安全運転を心がけていたルインの元にリンがやって来る。
リンは隣に座って、地図を見ながら尋ねる。

「ルイン兄は今楽しい?」

自分の我が侭にルインを付き合わせているんじゃないかとリンは時折思う。
姉達みたいに年長者として庇護されたくないし、対等でありたいと常々考えていたのだ。

「楽しいね」
「お父さんの側にいなくて良いの?」

シンジを主と憚りなく話すルイン。自分の側に居るよりも父親であるシンジの側で力を発揮したくないのかと聞いてみる。
……もし、肯定されると怖いけど、兄以上の存在である人物に迷惑は掛けたくない。
側に居て欲しいけど、望んで側に居て欲しいとリンは不安な様子でルインからの返事を待っていた。

「今のマスターに僕はそれほど必要じゃないさ。
 マスターにはエリィさんが居るし、お払い箱というわけじゃないけど……ね」

苦笑いしながらルインは告げていく。
昔の流れていたシンジではなく、自分で決断して動くシンジには庇護など必要ない。

「リンが邪魔だって言わない限「邪魔じゃない! ルイン兄は必要なんだから!」……じゃあ必要とされる限りは離れないさ」

ハンドルを握っていた手を伸ばしてリンの頭を撫でる。

「前にも言ったと思うけど、僕はリンの事が好きだから、嫌われない限りは側に居るからね」
「……ずっと側に居てね」

ルインの肩に凭れかかる様に頭を傾けてリンは話す。
この三年間、公私に亘って姉達以上に自分のフォローをしてくれるパートナーがルインだった。
昔はどちらかと言えばLIKEという感情だったが、今は多分LOVEだと感じているからこそ……不安にもなる。
ママもこんなふうに不安になったのかなと思いつつ、こんな穏やかで楽しい時間がずっと続けば良いなと思うリンだった。





雲一つない快晴とまでは行かなかったが、その日は陽気な陽射しになるだろうと思われる一日を予感させた。

「よぉ……元気そうで何よりだ」

分厚い門から出てきた葛城ミサトに加持リョウジは労いの声を掛ける。
戦自によるネルフ制圧後、主だった幹部は事情が事情なだけに一般とは違う場所に収監されていた。
殆んどの職員はゼーレの事を知らないままに世界を救う目的のために戦ってきたので罪に問われる事はなかった。
しかし、幹部職員の場合は立場上司令であるゲンドウに不信感はあっても追従していた形だったので禁固刑三年から五年という軽めではあったが実刑判決が下さ れたのだ(さすがに執行猶予で誤魔化す真似は出来なかった)
ちなみにゼーレ側に従っていた支部の幹部職員は死刑判決が下りていた。
そして本部内の幹部職員のうち、技術部長の赤木リツコだけは生死不明、消息不明の状況であり、また技術部一同が戦自に協力的だったので一時的な拘束はあっ たが重い罪には問われなかった。
これに関しては賛否両論があったが、赤木リツコの消息が不明な点を考え……口封じで殺されたのではないかという意見が出た事で反対意見が下火になってい る。
赤木リツコは幹部職員でネルフのナンバー3という立場であったが、出来得る限り予算を使わずに無駄なく活用する事を優先していた点も考慮し、彼女は事実を 知った上で被害を最少にしようと努力していたのだと言わざるを得なかったのだ。
作戦部の葛城ミサトは赤木リツコとは対照的にネルフ内の内部文書を見る限り、予算や被害を考慮しない作戦案ばかり出していた。
勝てばいい、予算など気にしないやり方という点には関係者も顔を顰めるだけに留まらずに苛立ちも感じていた。
セカンドインパクトの真相に関しては、ミサトは何も知らされておらずに実験に参加させられた経緯があり……葛城教授達も既に死亡している。その点を考慮し てミサトに責任を押し付けるのはどうかという意見もあり……一部不満な点もあったが不問という形で処理されていた。
その結果、ミサトの場合は幹部内では最大の五年の禁固刑だったが、加持の嘆願と本人が反省し、異議を申し立てずに真面目に服役していたので減刑が下り本日 出所という日を迎えていたのだ。
もっとも再就職の目処は立たないし、戦自からの出向という形ではあったが復帰など許可されるわけが無い。
A−17の一件は特に政府、企業にとって腹立ちを覚えさせられ……ミサトに対する感情は最悪なものであり、加持との婚約が無ければ、おそらく路頭に迷って いただろうと関係者は判断していた。
また副官であった日向マコトも諫言一つもなく、イエスマンであった点からその評価は最悪なものとなり四年の禁固刑に処せられていた。副官の役目を碌に果た していないというのが軍に疎い世間一般の人から見たものだった。

「ただいまで良いのかな?」
「おかえり、葛城」
「……うん」

加持の返事に安堵したのか、ミサトは泣きそうな顔で頷いている。
そんなミサトに苦笑しながらも加持は手を取って車まで歩いて行く。

「とりあえず飯食ってから……治療だな」
「どこもおかしくないわよ」
「リッちゃんがな、葛城の味覚異常の治療法方を教えてくれたんだよ」
「リツコが?」

車を発進させながら加持は今後の予定を話す。
その中でリツコの名前を出して加持は説明していた。

「葛城の身体は気の流れがおかしいかもしれないから……味覚異常があるかもしれないから治療したらってな。
 リッちゃんらしい、素っ気ないメールだったよ」

リツコらしいというところで加持は苦笑いしながら話す。
メールには幾つかの気功治療の出来る人物の名と住所が記載されていた。
説明を聞いたミサトは項垂れて静かに泣き出している。
リツコとは、喧嘩別れみたいなままでもう会えないと思っていたからだ。
加持は車を停車させてミサトを抱き寄せて慰めている。

「……またいつか会える時が来るかもな」

泣き続けるミサトは何度も頷いて返事としていた。

「ちょっと田舎なんだが、家も用意したし……治療が終わったら、急がずのんびりと生きて行こうな」
「……うん」

加持は諜報からの引退を決意して、都市部ではなく、山間の田舎のような地域で静かに暮らそうと考えていた。

「切った張ったの世界には懲り懲りなんで、畑でも耕していくさ」

スピリッツから前金で貰った分と一応の成功報酬も受け取ったので数年は遊んで暮らせるだけの資産を得ている。
これからは何かを作る仕事に従事して、葛城ミサトと生きて行こうと思っていたのだ。
先行きはまだ完全に見えていないが、二人に幸多かりし事を……。











―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
どうもEFFです。

いよいよエピローグとなります。
次回は使徒のメンバーの話が入る予定です。
週一話のペースで40話を超えるのはストックがないと絶対に無理だと今更ながらに思いました。
次回作を期待してくれている方には申し訳ないですが……書くとしても先の話になると思います。

それでは次回もサービス、サービス♪



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m

<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.