―――記憶は………心の貯蔵庫である。
この言葉が正しいと仮定するならば、記憶がない人間は心がないのだろうか。
定期的に記憶を失う人間は、心を失っているのだろうか。
記憶を書き換えられるという事は、心を変えられるという事なのだろうか。
記憶が信じられないという事は、自分の心を信じられないという事なのだろうか。
だとすれば、それは酷く悲しく、腹立たしい事だろう。










SIDE:Interlude


離着陸場に特別機が降り立つ。
最初に出てきたのは、無数のSP達であった。
彼等は周囲の警備情況を確認し、そして暫くするとぽっかりと道が出来る。
機内から二つの人影が出て来た。
先日のレナード・エニアグラムと同じ騎士服は、二人が共にナイトオブラウンズである事を示している。

「う〜んっ、本国も久し振りね。
早く家に帰って休みたいわね〜。」

「その前にインバル宮。
ベアトリスが待ってる。」

「うわっ、嫌なこと思い出させないでよアーニャ。
唯でさえ面倒くさいんだから。」

「同感。」

「はぁ〜、報告、明日じゃ駄目かな?」

「駄目。ベアトリスは五月蝿い。」

正しい意見だけに、アーニャと呼ばれた少女の隣にいる女性、モニカ・クルシェフスキーは溜息をついた。
綺麗な金の髪が空に溶け込む。
ここに写真家や芸術家がいたら心奪われたかもしれないが、生憎と此処には無骨なSPと、芸術にさして関心のないアーニャしかいない。


インバル宮の奥にある執務室は、相変わらずの殺風景だった。
今そこには、見た目麗しい女性が三人いる。
女性が三人も集まれば、大抵は騒がしくなったりするものだが、彼女達に関してはそれはない。
いや、モニカが悪いのではなく、他の二人が余り喋らないタイプだというのが一番の理由だ。

「はいはい、報告書。
これでいいんでしょ。」

わりと投げやりな感じにモニカが報告書を手渡す。
続いて、こちらは無口で報告書を放った。

「ええ。総統は捕縛。
これで正式にエリア17が成立した。」

ベアトリスが目線を報告書に落としたまま言った。
対するモニカと、表情には出さないがアーニャも直ぐにこの部屋から出て行きたいと思っていた。
基本的にラウンズ達はこの女性、ベアトリス・ファランクスを苦手としている。
それは彼女の性格のせいもあるが、彼女の地位である特務総監が大きく関係している。
特務総監は皇帝の警護も担当している訳で、ようするに皇帝の騎士たるラウンズにとってベアトリスは、口うるさいマネージャーのような存在なのだ。

「それじゃじゃ、もう帰っていい。
折角、三月ぶりに帰国したんだし、家にも帰りたいし。」

「構わないわ、今回は報告書に問題はないようだし。
ああ、だけど二人にはお願いがあるわ。」

「お願い?」

アーニャが首を傾げた。
ベアトリスの事だ。
私事というのはない。
となると、何か厄介事だろうか。

「早速だけど、これ。
二人のうちのどちらかにやって貰いたいの。」





「しかし御前試合か〜。」

執務室から出て、一杯に伸びをしながら言った。
そこには漸く面倒事から解放された爽快感と、先程ベアトリスの口から告げられた『お願い』に対しての興味がある。

「確かレナードだっけ。レナード・エニアグラム。
そういえばノネットが騒いでたっけ。
弟がラウンズになったって。」

ちなみに、そのノネットは現在本国にはいない。
EUとの戦争が沈静化したのでモニカとアーニャは本国に帰還したが、ノネットは出来なかったのだ。

「EUの英雄、テオ・シードを一人で倒した。
そう聞いてる。」

「本当かな、それ?
あの場所の指揮官はコーネリア殿下だったんでしょ。
なら案外、ただ勝ち馬にのっただけかも。」

「分からない。でも油断は禁物。」

「はいはい。…………で、どっちがやるの?」

モニカが言っているのは当然、御前試合の相手の事である。
本国に居るラウンズはレナードを除いて三人。
しかし、その一人であるジノ・ヴァインベルグは休暇で帰郷している。
なので彼女達の内のどちらかが、相手をしなければならないのだ。

「レナード………。」

「どうしたの?
新入りの名前呟いたりして。」

アーニャはモニカの問いには答えなかった。
ただ静かに自分の携帯に視線を落としている。

「これも、レナード?」

画面には、幼少の頃のブリタニア帝国第11皇子ルルーシュにじゃれ付く様に、子供のレナード・エニアグラムその人がいた。

「……私がやる。」

「ふぅ〜ん。
まあ、ならいいけど。」

御前試合に特に興味のないモニカは、内心で面倒事が避けられたことを喜びつつ、言った。
しかしアーニャの視線は、未だに携帯を見たままであった。



首都郊外の一角にある闘技場。
その広さは大きく、普通の陸上競技場なら二つ三つは入るだろう。
中央にいけばいくほど、座る人間の"格"は上がっていき、真ん中には皇帝を始めとした皇族達の専用席となっている。

闘技場の中央には既に一機のナイトメアが立っていた。
機体名はグロースター。
現在ブリタニアが採用している第五世代KMFサザーランドを改良した機体だ。
その機体のパイロットはレナード・エニアグラム。

「ただの、量産機?」

「そうよ、ナイトオブシックス。」

後ろから、すっとベアトリスが来た。
少しだけ眉を潜めたアーニャだが、直ぐに戻る。

「ナイトオブツーは着任して二日。
機体を改良する間すらなかったの。」

「そう。」

「といっても貴女のグロースターも砲撃戦に改良されたとはいえ、今回はあくまでも試合。
砲撃兵装は認められない。
よって貴女の機体も量産型とさして性能も変わらないわ。」

「知ってる。それで。」

「年は貴女が下とはいえ、ラウンズに入ったのは貴女が先。
無様な仕合はしないことね。」

いつも通りの冷淡さで言うとベアトリスは言ってしまった。
首席秘書官でもある彼女だ。
恐らくは皇帝の傍へ行ったのだろう。

「言われなくても分かってる。」


ナイトメアによる騎士同士の馬上試合というのは、大抵の武装が許可されているような模擬戦とは違い厳密なるルールが、定められている。
先ず一つには、使用可能な武装は二種類だけ。
一つ、武器は実戦仕様ではなく耐衝撃コートが施された試合用のものを選ぶこと。
一つ、アサルトライフルなど、射程四百メートルを超える飛び道具の使用禁止。
一つ、勝敗はポイント制。機体の各部位に取り付けられた反応パッチに一定以上の衝撃を与えられたら一ポイントとする。
一つ、ポイントは五ポイントを先取したものが勝者。
時間内に両者が五ポイントをあげられず、ポイントが互角だった場合は、審判員の判断により優勢勝ちなどを認める等。

アーニャは自分の武器にシールドとハーケンを選んだ。
ジノ辺りは、当たらなければどうという事はない、を地でいく性格なのでシールドを選ばないかもしれないが、アーニャは防御を疎かにするような性格ではない。
そして相手、レナードが選んだのはアーニャと同じハーケンと、こちらも同じシールドだった。

両者の準備が整った事を確認すると、審判員がお決まりの口上を述べた。

「これより!神聖ブリタニア帝国第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニア陛下ご主催による『卓上の相克』、ナイトオブラウンズによる宮中御前試合を開催する!
右、ナイトオブシックス、騎士公アーニャ・アールストレイム卿!
使用ナイトメア、グロースター。」

湧き上がる歓声。
最年少のラウンズであり、またこの試合を見に来た貴族には、それなりの年の者が多い。
アーニャの愛らしい容姿もあって、彼女はブリタニアでも人気がある。

「左、ナイトオブツー、騎士公レナード・エニアグラム卿!
使用ナイトメア、同じくグロースター。」

歓声がやや沈静化する。
観客達の殆どの者は、彼の姉、ノネット・エニアグラムの機動を見ている。
ようするに彼等は、その弟の実力はどの程度のものなのか考えを膨らませているのだ。

「両者、コックピットに出て礼を。」

審判員の指示に従い、グロースターから一人の男が現れる。
年は確か16、7と聞いているが、見た目はそれよりも年上に見えた。
細すぎず、さりとて大きすぎることのない。
兵士としては理想的な体型ともいえた。
観客の視線を一身に受けながらも緊張した様子は全く見られない。
寧ろ、あれは…………。

(余裕?)

そうレナードには、余裕のようなものが垣間見えた。
慢心か或いは自分の実力に対する自負か。
しかし舐められたものだとアーニャは思う。
ラウンズに入る前には、その見た目もあって舐められたりする事は多々あった。
だがラウンズだと知って尚も舐められたのは、初めての経験だった。
尤もそんな事はどうでもいい。
気になる事はもっと他にある。

アーニャが形式通りの礼をした後、向き直る。
機体性能は互角。
いや、敢えて言うならばアーニャのグロースターの方が多少上だ。
そんな中、アーニャの思考は試合とは別のことに向けられていた。

(レナード…確かめる。)

アーニャの記憶は、曖昧だ。
知らない筈の事を記憶していたり、知っている筈の事を忘れていたり、
そんな彼女が信用するのは記憶ではなく、記録である。
そして記録に残っていたのは、紛れもなくレナード。
だが自分はそれを記憶していない。
ならばその記録は保管しなければならない。


「お気楽なことだ……」

レナードがコックピット内で欠伸を噛み殺してそっと呟く。
実は、書類やら申請書などを書いていて、昨日は一睡もしていないのだ。
本音を言えば、今日の試合も別の日に変えて貰うように出来ないかとすら考えてもいた。
ちなみに、レナードは別にアーニャ本人を舐めていた訳ではない。
舐めている、というよりやる気の出ない理由は―――――――これが"試合"であるということだ。
幾ら武装を用意し実戦に近づけようと、所詮それはルールに守られたスポーツ。
実戦の何が起こるか分からない緊張感、命を圧迫されるような重圧が、スポーツにはない。
別に負けたからといって死ぬ訳でもない……。

「だからといって負けてやるほど、お人よしでもないけどな。」

操縦桿を握る手に力を込める。
そう御前試合と思うんじゃない。
模擬戦だと考えれば、少しはモチベーションも上がるし、他のラウンズの実力を知る良い機会だ。



銃弾のように奔ったハーケンがシールドに容易く受け流される。
流石、とレナードはラウンズの力量に素直に感嘆した。
改良しただけあって、アーニャの騎乗するグロースターはあらゆる面で僅かに、自分の乗るグロースターを上回っている。
ただ、この程度の差は技量の差でどうとにもなるものだ。
レナードが真に意味で感嘆したのはグロースターの性能ではなく、アーニャの力量である。
こちらがハーケンを放ってもシールドで容易く受け流され、逆にハーケンをお見舞いされる。
シールドを使い撹乱しようとしても、それに乗ることもない。
これ程、自分の戦術の全てを外す相手は、自分の姉や、あのベアトリス、コーネリア以外には知らなかった。

「これが……ナイトオブラウンズ。
だけど、やっぱり負けるのもな。」

レナードの負けず嫌いな性格に火が付いた。
直ぐに戦術を考え、実行する。
手始めにハーケンを地面に向けて発射。
地面がハーケンの威力に耐え切れず吹き飛び、そしてほんの刹那、アーニャの視界を眩ます。
無論、攻撃を加えられるような隙ではないが、それでも隙は出来た。
そこですかさず、グロースターを突進させた。
アーニャがハーケンでグロースターを止めようとするが、シールドで防ぐ。
攻撃を防いだ代償にシールドがなくなったが気にしない。

「おおおおおおおおおおおッ!」

グロースターの七tの巨体がアーニャの乗る機体を盾ごと吹き飛ばす。
自分のシールドも、アーニャの攻撃を防ぐのに使ってしまったが、アーニャも同じようにシールドを失った。
これで、こちらが三ポイント。
アーニャの四ポイントと一ポイント差。

「まあ、それでもこっちが不利か。
なんたって、あっちはリーチ。
こっちはリーチにリーチだ。」

呟いた時だった。
アーニャのグロースターが、パンチを繰り出した。
距離をとってハーケンを使ってくると予想していたレナードは、少し面食らう、が動きを止めるようなことはしない。
逆にカウンターで相手の頭部をぶん殴った。

『顔を……』

淡々と、されど恨みが篭った呟き声が漏れる。

「あれ、もしかして勘にさわったか?」

『倍返しにする。
あと、貴方に聞きたい事がある。』

「聞きたい事?」

『この試合に勝ったら答えて。』

「まあ、いいけど。」

なんだろう、と思いながらも了承する。
ただそれがいけなかったのかもしれない。
次の瞬間、アーニャは見違えるような動きで迫ってきた。

「うおっ!」

繰り出される拳をすれすれで避ける。
明らかに試合での動きじゃない。

「負けられない、ってか。」

レナードに最後のスイッチが入る。
思考が完全にスポーツから、戦い用へと切り替わった。
ぶつかり合う両者。
戦いはもはや完全に騎士の戦いから、殴り合いへと切り替わっていた。
優美さなど欠片もなく、あるのは実戦さながらの無骨な戦い。
時にはハーケンを使い空を舞い、殴り落とす。


―――――――勝負は、我に返った審判員が二人に引き分けの合図を出すまで続いた。




SIDE:レナード


「引き分けか、なんだか微妙だな。」

引き分けの場合は、再試合になる事もあるのだが、今回はそうはならなかった。
理由は互いの機体だ。
俺とナイトオブシックスのグロースターは殴りあいにより所々が凹んでおり、パイロットの安全の為にと再試合はなしとなった………というのが建前で、これ以上暴走されると観客が危ないと踏んだのかもしれない。

「レナード卿。」

苛立ちを含んだ声色。
振り返ると主任がいた。

「悪かったよ。
最初はこんな機動する気はなかったんだけど………悪い。
熱くなり過ぎた。」

主任は溜息をついて言った。

「分かりました。
ですが、余り無茶な機動をするのは止めて頂けると幸いです。
修理代も無料ではないのですから。」

「分かった、分かった!
今回は全面的に俺が悪かった。」

俺もこんなに本気でやる気はなかったのだ。
しかし、言い訳もない。
ようするに相手が強かったから、自分も全力を出したくなってしまった。
ただそれだけのこと。

「レナード。」

声の主は主任でも、ましてや俺自身でもなかった。
背後。
そこにさっきまで戦っていた少女、アーニャ・アールストレイムがいる。

「引き分けの時の条件を決めてなかった。だから、今決める。」

「はっ、条件?」

はてな。
なんの事だったか…。

「聞きたい事がある。」

「ああ、あれか。」

そういえば、試合中そんな事を言われた気がする。
その後のアーニャの機動が凄くて、頭から吹っ飛んでしまったが。

「それなら別に構わない。
変な重労働させられるなら兎も角、質問に答えるだけだろ?」

「そう、ならこれ。」

携帯を見せてくる。
その画像。
なんと驚くべき事に、子供の頃のルルーシュと俺が映っていた。

「これは、貴方?」

「そ、そうだけど……この写真、どこで?」

「分からない。だから教えて欲しい。」

いや、教えて欲しいって言われても。
もしかしてアーニャと俺って、どこかで会った事があるのか?
しかし子供の頃の記憶なんて、あんまり覚えてないし。

「アーニャご苦労様。」

思わず、停止する。
そこには………アーニャとは違う女性がいた。
見覚えがある。
名前はモニカ・クルシェフスキー・
ナイトオブラウンズの一人、だったはず。
ラウンズ専用の騎士服も着てるし間違いない。

「それと始めましてレナード。
私はモニカ・クルシェフスキー。」

「あ、宜しく。」

突発的な事態に思わず呆然となったが、思いなおし差し出された手を握る。

「それよりも、聞かせて。」

「いや、だから………」

「あーーーーーっ!それってもしかしてレナードの写真?」

アーニャの写真を見て、大声を上げるナイトオブトゥエルブ。

「ああ、そうだけど………。」

「もしかして二人って幼馴染なの?」

「いや、そういう記憶はないけど……。」

「それより記録。」

「いや、だからね……。」

「運命の再会?」

「そういう事実は………」

「面白い、記録。」

「盗撮!?」

「ここは………運命の出会い、とか。」

「なんで!?」

「記録。」

プチ。
俺の中で何かが弾けた。

「ええぃ!もう知るかーーーーーーーーーーーーーッ!」

何故か猛烈に眠たかった。
アーニャとモニカの二人組みを無視して、俺は自室のベッドへ向けて逃走した。



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