「つまんない」
「はぁ?」

 いきなり目の前が真っ暗になったと思ったら、次の瞬間ドラマでよく見る警察署の取調室にあるような椅子に自分が座っていて、犯人を捕まえたときに自白するライトを当てられているという面白可笑しい事態に陥っていた。
 最初は、ライトの眩しさに目を細めていていたのだが、目の間にいう人物が自分にとってどのような人物であるのかを理解した瞬間、目を大きく見開いた。
 ……転生なんて事をこの身で体験したこともあり、余程の事で無ければ驚くことはないだろうと高をくくっていたのだが、さすがにこんなことが起こるとは予想してなかった。
 それに加えて、投げかけられた言葉である。このまま座ってればカツ丼でも出てきそうな場所で『つまらない』と言われて混乱しないやつがいると思うか?

 改めて周りを見渡してみるが、どこにもメルディアナ魔法学校らしき様相を見せるものは見あたらない。それに、俺の身に何か起きたら真っ先に駆け出してきそうな人たちの存在を近くに感じることもできない。
 ……ここは、本当にどこなのだろうか。

「もう、どこから突っ込めば良いのか分からないんですが……何が、つまらないんですか?」
「あら、突っ込んでくれるのかしら?」

 少しばかり目を細め、俺を見つめてくるその瞳の奥底には、紛れもなく欲が……三大欲求の中の一つが隠されることなくありありと見えていた。
 その視線は、上から下へと、全身を舐めるように──

「……変態、ですか」
「ちょっと、私は変態なんかじゃないわよ。私は貴方達が言うところの欲に忠実なだけ」

 それを世の中では変態と呼んでいることを、この人は納得したくないのだろう。なま暖かさを含む視線で見つめると、少しばかり気を悪くしたのかプイッと顔を背けてしまう。
 普段ならかわいらしいと思えるその行為は、今の俺にしてみれば微笑ましいものでしかない。……これは、俺の精神年齢が高いからなのだろうか?

「はぁ……ところで、今さっき貴女が口にした『貴方達』のニュアンスが、どこか違和感を感じるんですが」
「あら、思ってたより鋭いのね。……ところで、私を見て何か思い出さない?」

 このままでは話が先に進まないと思い、俺から切り口をつくることに。返事をしてくれるか不安な気持ちもあったが、思っていた以上にすぐ返答してくれた。
 少しばかり嬉しそうに、それでいてどこか期待するような目が俺を覗き込む。……こんなに綺麗な人に出会ったことがあるのなら少しぐらいは記憶に残っていても良いと思うのだが、何の手がかりも思い浮かべることはできなかった。
 こんなに、出会ってすぐに(シモ)を口にする女性は、そうそういないしな。

「会ったことありましたっけ?」
「そう、やっぱり覚えてなかったのね……でも良いわ。また貴方に覚えてもらえば良いんだからね。良い?よ〜く聞いておくのよ?私の名前は────よ」
「は?」

 思わず、疑問符が口から飛び出した。
 目の前にいる女性は、確かに日本語を話していたし、普通に会話をしていたはずなのに、なぜか一番重要な女性の名前を聞き取ることができなかった。
 それも、しっかりと口は動いているのに、まるで名前を聞き取られたくないかのように、そこだけがノイズに塗り潰されていた。

「すいません……今、何て言ったんですか?よく聞き取れなかったんですけど」
「……え?」

 このままでは女性の名前がわからないままなので、正直に聞き返すことにしたのだが、女性は、俺が聞き取れなかったという事にかなり驚いているようだ。
 どうしてこんなにも驚いているのか……今の俺ではわからない何か起きているのかとしか考えられないのだが、あまり面倒なことに関わろうとも思わないし、今はこの話題を流して次に進もう。

「今の俺には、貴女の名前がどうこうとか今関係無いんです。どうしてここに俺がいるのかが知りたいんです」

 そう、これが、今の俺が一番気になっている話題だ。決して、目の前にいる女性の名前じゃない。今度いつまた会えるかなんて知ることのできない女性の名前を聞いたところで、次にもし会う機会があったとしても、そのときまでに忘れている可能性が高い。
 ネギの記憶力には何度も驚かされているが、何度も会わない人の情報というものは、すぐに記憶の彼方へと追いやられてしまうのだからな。

「そ、そんな簡単に聞き取れなかったことを流してほしくないんだけど……でも、貴方の願いは聞いてあげるわ。何故貴方がここにいるのかだったわね」
「はい」
「貴方も分かってると思うけど、ここは取調室よ。それと、何故貴方がここにいるかだけど……さっきも私は言ったけど、つまらないから貴方をここに呼んだの」
「つまらない?」

 思った通り、取調室だったということが判明したが……どうして取調室なのだろうか。まあ、それは良いとして、この人にとって何がつまらなかったと言うのだろうか?

「それより、呼んだってどういうことだ?確か俺は学校でルヴィアたちと話をしてて、攻撃してきた馬鹿がいたから、これから灸を据えてやろうと思ってたんだけど……」
「それよっ!!……ああ、私は精神を呼んだだけだから貴方は死んでないわよ」
「あ、いや……死んでないのはいいんだが」

 いきなり死んでいないと言ってほしくなかった。が、自分でも死んでいないのだろうという感覚はあったため、そこまで驚くことでも、安堵することでもなかった。
 しかし、死んだか死んでないかが分かるってことなのだろうと考えるなら、この人がどういう存在なのかってこともある程度は理解できる。……まあ、その輪郭はいまだにぼんやりとしているが。

「どうせ貴方の事だからまた幻覚魔法を使うんでしょ?」
「……どうして、貴女が俺の得意な魔法を知ってるんですか?」
「得意ぃ?好きの間違いでしょ」
「ぬ……」

 まぁ、確かに俺の得意な魔法の属性は他にもあるから、その表現の方があっている。だが、これは、俺の得意属性を調べてみないとわからないことだし、いくらネギの得意魔法が違うものだったとしてもここまで断言できるものではない。

「……もしかして、俺があの世界にいるのは貴女が関わっているのか?」
「そうよ!よく分かったわね!」

 うわぁ、目に分かるほどありありと顔が喜びに染まってるよ。ここまで嬉しそうな表情をしている人も久しぶりに見るなぁ……あの学校の生徒たちも魔法ができた時は嬉しそうにしてるけど、この人ほどではない。
 皆、教師が説明する"正義の魔法使い"の考え方にどことなく強いられてるような気がして、素直に喜べて無いんじゃないかと思う。

「関わってるって言うか、私が貴方の事をあの世界に送り込んだんだし。謝罪換わりに貴方に才能やら能力やらをあげたのも私なんだから、それぐらい知っててもおかしくないでしょ?」
「……あんたかっ!俺をあの訳のわからんような世界に送ったのは!」
「わ、わけのわからない?」
「嗚呼!どれだけ俺があの世界で身の危険を、否、貞操の危険を感じて過ごしてきたことか……近くに居を構えてる人はさり気無く俺に寄り添ってきてはズボンの中に手を突っ込もうとするし!普通に道を歩いてても油断すると後ろから尻を触られるし!従姉妹のネカネに至っちゃぁ夜寝てると夜這いをかけようとするし!……なんであの世界の女性はああも妙な方向で積極的なんだよっ!!」
「は、はは……貴方も、結構苦労してるのね」

 まったくだ!
 FFの世界の魔法はネギまの世界観には合わない魔法体系を展開しているし、あらゆるものを『創造』できる能力も理屈が分からないから訳の分からないものの中に含まれる。
 それでも、あの世界でいずれ対峙することになるだろう『完全なる世界』の事を考えると嬉しい能力なのだが。

「もぅ……折角貴方を呼んだのに、このままじゃ貴方の愚痴を聞くだけになりそうね」
「ぬぅ」
「だから、今から私が貴方をここに呼んだ理由を言うから、それを聞いたら即刻帰らせます!てか、強制的に送り返します!」

 と、言われたので、それから彼女に話された話の内容をまとめて言おう。
 まず、俺がここに来てすぐに"つまらない"と言われたのは俺の戦い方のことなんだとか。折角魔力があるのにナギのように大魔法を使わないし、かといって"体術"の才能があるのにラカンのように素手で戦おうとしない。幻覚の世界に引き摺り込んでしまっているから、見た目的に超地味だと言われてしまったのだ。
 だが、どんな戦術を採ろうが俺の自由だ。その場その時によって相手は違うし、地形も数も違う。それに、ラカンみたいに素手でと言っていたが、自分に"体術"なんて才能があったことも知らなかった。

「じゃぁ、もう貴方をここから向こうに返すわ」
「そんな簡単に言うけど、どうするんだあああぁぁぁぁぁぁっ!?」
「じゃぁねぇ〜〜…………」

 すごい勢いで取調室が遠ざかっていく。
 ……いや、今の自分の状況を鑑みるに、取調室ではなく俺がかなりの速度で後ろへと飛ばされている。気づいたときにはここにいたというのに、その逆もまた然り。そう思っていた俺をあざ笑うかのような所業としか言えん。
 いくらここにいるのが精神だけで肉体に対しての影響が一切無いものだとしても、これほどまでの速度を生身(・・)で体験することになるとは思ってもみなかった。……もしかしたら、高度な戦いの中でこんな経験をすることがあるかもしれないが、それはあくまで可能性にすぎない。
 だからこそ、今ここであの女性を恨んでやると、最大限の気持ちを込めて叫びをあげる。

「馬鹿野郎ぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 声の速度と今の自分。どちらが速いか競えるレベルのなか、木霊が返ってくることもなく、この身でドップラー現象を再現しているようなものだなと考えているうちに、意識が薄れてくる。
 これで元の世界に戻れるのだとしたら、変わらない景色を飽きるほど通り過ぎてきた俺にとって、これほど嬉しいことはない。
 元々薄れていた方向感覚だが、それに加えて平行感覚もあやふやになってきた。今なお飛んでいる状況で、軽い浮遊感も感じられる。俺は、素直にその感覚に身を委ね、目を閉じるのだった。


「…………は?」


 そして、次に目を開けたとき、自分は元の世界に戻ってこれたのだと周りの景色を見渡そうとして納得したのだが、ちょうど目の前の光景に、目を見開いた。

「……ずヴぃあヴぇんべひふぁ」
「それで私が許すはずないでしょ?」

 元の顔がどんな顔だったのか判別することができないぐらい腫れ上がっている顔。よく見てみると、至る所から出血していて、それだけでも痛々しいというのに、そんな状態で、女性に四つん這いにされ、頭を踏みつけられているという状況になっていることが、更に痛々しさを醸し出していた。
 こんな状況を作り出した人物は、おそらく男を踏みつけている女性なのだろうが……

「どう見ても、ネカネさん、だな」

 こちらに背を向けていて少々分かり辛いが、腰ぐらいまであるブロンドの髪と、彼女が身に纏っている瘴気。それは、紛れもなくネカネさんのものだった。


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