コードギアス反逆のルルーシュR2
              Double  Rebellion














TURN-15 超合集国誕生(前編)


神聖ブリタニア帝国皇宮、ペンドラゴン宮殿。
天を衝くような本宮の周辺に、高層建築とブリタニア特有の貴族文化を融合させた建物が数多く立ち並ぶ。
そこから数百メートル、本宮には及ばないもののこちらも高く築かれた尖塔が、ブリタニア宰相府の建物であった。
その宰相府の最上階。
広々と帝都全体を見渡せる執務室で、ブリタニアの第二皇子にして帝国宰相シュナイゼル・エル・ブリタニアは、副官カノン・マルディーニ伯爵からの報告を聞 いている最中だった。

「では、今日の報告は以上です。この後は予定通り豪州大使との会談に……と申し上げたいところなのですが」

終わりのように見せかけてカノンがまだあるような含みのある言い方をした。

「正式な報告ではない。が、少し留意しておいてほしい情報がある」

カノンの続く言葉を引き継ぐようにして言ってから、シュナイゼルは閉じていた目を開けた。
口元には微笑が浮かんでいる。

「君の悪い癖だね、カノン。気になる事柄はいつも最後に口にする。おかげで、私は君の報告を聞いているとき、心休まることがないよ」

こちらも笑って、カノンが華奢な肩を小さくすくめてみせた。

「楽しみは最後に取っておくとも申しますでしょう?」

「私にとって、この宰相の椅子に座っている時に楽しい事など一つもないよ。すべては退屈な日常。それ以上でもそれ以下でもない」

「ですから、その退屈な日々を少しでもドラマティックに演出するのが、副官たる私の役目なのです」

「それは、もう少し宰相として真剣に仕事をしろという献言と受け取っていいのかな?」

「まあ、そういう意味もあるかもしれませんわね」

すましてカノンが答え、これにはさしものシュナイゼルも苦笑した。

「わかった。以後、気をつけよう」

答えてから、シュナイゼルはデスクに両肘をついて目の前の、優秀だが、少々茶目っ気も多い副官を見上げた。

「で、君の言うドラマティックな情報とは?」

「はい」

頷いてカノンが表情をあらためた。
男性とは思えない、その女性的に美しく整った顔に真剣なものが浮かぶ。

「ここ数週間のことなのですが……、例の黒の騎士団の動きにいささか異変が見受けられるのです」

シュナイゼルは平然としたままだった。

「異変、とは?」

シュナイゼルが尋ねると、カノンは答える前に、一歩前に出た。
その手が伸び、デスクに備えつけられていたリモートコントロールスイッチを押す。
そうすると、彼らの横に液晶パネルが浮かび上がった。
映し出されたのは世界地図。
大部分を占める海を除いて、陸地は現在の勢力図が色分けされる事によって、世界情勢が一目で分かるようになっている。

「現在、黒の騎士団の主力部隊は大宦官一派を打倒した黎星刻と結び、かつての中華連邦ペルシャ軍管区から中東方面にかけて進出しています」

「予想どおりだね」

シュナイゼルも映像に目をやって軽く顎を撫でた。

「ロシア、グルジア、カザフスタンの橋頭堡(きょうとうほ)を我がブリタニアが先んじて確保した以上、彼らがEUを脱退した反ブリタニア諸国とのラインを 確実に繋ぐために は、アラビア半島から地中海へ抜けるしかない。豪州はいまのところ日和見的な立場を崩していないし」

着々と勢力を拡大し続けるブリタニアに対し、それに対する黒の騎士団と中華連邦がとるべき策。
それはブリタニアに屈していない諸国との共同戦線以外にありえないというのは、なにも黒の騎士団のリーダー、ゼロの考えではなく、シュナイゼルやカノンに とっても予想の範疇にあったことだった。
一国で抗しえないのであれば、連合で。
ごく自然な戦略だ。
もちろん策が成就するかどうかとなると、また話は別であるが。

「本来であれば烏合の衆……ゼロや星刻としては連合内の結びつきを強化するためにも、中東はぜひとも勢力圏に収めておきたいところだろうな。旧EU組の国 々が飛び石状態では、その後の戦略の立て方も変わって来る訳だから」

もちろんシュナイゼルを中心としたブリタニア側はそれを牽制すべく、ウズベキスタン方面では陸戦部隊を中心にしたブリタニア軍第四師団がシュナイゼルの命 令で展開中である。
カノンが頷き、その瞳をパネルの世界地図に向けた。

「はい。ここまでの情勢は殿下がお読みになった通りです。ですが……」

「ですが?」

「つい先ほど、第四師団を率いるラチェット将軍から秘匿通信が入りました。確定情報ではありませんが、どうやら黒の騎士団および中華連邦軍は十日前からペ ルシャ湾の手前で進撃を停止しているようなのです」

その時初めてシュナイゼルの眉はピクリと動いた。
静かな瞳がカノンの横顔をとらえる。

「君の言い様からすると……それは彼らが私の圧力に屈したから、などという虫のいい話ではないようだね、カノン」

「おっしゃる通りです」

カノンもやや理解に苦しむと言いたげな表情を浮かべてみせた。

「南下する第四師団との間で戦闘状態に入ったならともかく……この期に及んで彼らがこの地点で進軍を止める理由が、私にはどうしても思いつけません。仮に ゼロの奇策と考えるにしてもその必要性が……。我が軍の第二師団が駐屯するアルジェリア周辺であればまだ理も通りますが、ここは黒の騎士団と中華連邦から すれば正攻法で十分に獲れる地のはずです」

「ふむ……。詳細を表示できるかな?」

「はい。こちらです」

カノンが直接パネルに手を触れ、それと同時に地図の一部が拡大された。
中華連邦の勢力下にあるインド軍区から問題のペルシャ湾にかけての区域。
さらに、地形その他の詳細な情報が加わり、インド軍区を出率した黒の騎士団主力部隊の進軍ルートが重なる。
曲線を描きながら伸びるルートは、なるほど、カノンの言った通りの奇跡を描いていた。
ペルシャ湾までの破竹の勢いで進んでいた黒の騎士団のマークが、突如としてそこで止まっている。
シュナイゼルはしばらくその拡大地図を眺めていたが、やがて眉をひそめてこう呟いた。

「これは……戦略的な配置に基づく停止ではないね」

「やはり、そう思われますか」

「まあ星刻と中華連邦はともかく、黒の騎士団には前々からこういうことがあったよ」

シュナイゼルは表情を戻した。

「あの組織は一見、合理的な選択ばかりするように見えて、ときどきこんな訳のわからない行動をすることがある。トップのカリスマ性と能力の比重が大きすぎ る軍の限界とでも言うべきなのかな。……ただ黒の騎士団が復活してからそういう行動は減ってきてはいたんだけどね」

「それは…どういう事でしょうか?」

「カノン、君は黒の騎士団の双璧は知っているかい?」

「もちろん、ご存知ですわ。ゼロの側近とも言われる紅と蒼の黒の騎士団の幹部。内1人は紅月カレン。しかし、紅月カレンは既に拘束されて捕虜となっていま すが……」

「この場合はもう一人の方だろうね」

シュナイゼルは続ける。
それがあの祝賀会の趣味の悪い仮面の護衛を指しているのは明白だった。

「黒の騎士団の中でゼロと同じく正体不明。武力はあのナイトオブラウンズに並ぶ、もしくはそれ以上の力を持つとされる、ゼロの片腕だ。だが、そんな彼にあ る 噂が流れていてね…」

ライが正体不明というのは、ブラックリベリオン以前、彼が眠りにつく前に黒の騎士団の彼に関するデータを抹消していたのが主な原因である。
だから、ブラックリベリオン後に黒の騎士団の構成員が調査、発表されたが、もちろん彼のデータはなく、また復活後もブリタニア側に対しては素顔や素性を露 にしていないため、未だにブリタニアでは、黒の騎士団の双璧であるライは正体不明のままだった。

「噂、ですか?」

「その人物は政治の手腕、文才にも長けていてゼロに次ぐ指揮能力、信頼を得ているというね」

「しかし、失礼ですが噂は噂にすぎないのでは?」

「だが、あながちそれが嘘とも言えない。事実彼の乗っていると思われるナイトメアが確認されてからというもの、黒の騎士団は事実上そういう行動は減ってい たからね」

「しかし、減っていたにも関わらず、今回それが起きた。ひょっとして首脳部、いえ、ゼロやその人物に何か変事が……」

いや、とシュナイゼルはかぶりを振った。

「事前の情報にもあったが、ゼロはこちらの方面には直接出張ってないと私は見ている。そして、彼も。おそらく彼はゼロの傍らに常にいると思われるからね。 ともかく、ゼロがいま踊るべきは戦場ではなく、外交の舞台だ」

ブリタニアに対抗するための合集国連合を築き上げるには、それに該当する各国の承諾を取り付けるのが必要不可欠。
一時空中分解しかけた旧中華連邦領とその近隣の地を平定するのは、星刻や部下達に任せて、ゼロの目線はそちらに向いているだろうというのがシュナイゼルの 予想だった。
実際、一ヶ月前までのゼロはその予想通りに動いていたのだから。
シュナイゼルの目は確かだったといえよう。
しかしである。

「状況が変わった……これはゼロの指示かな?」

呟くシュナイゼルはあいかわらずパネルの戦略図を見ていた。

「当初の予定を変更して、黒の騎士団の武力をどこか別のところに投入しなければならない理由でもあったのかもしれない」

「しかし、どこへ……。極東、東南アジア方面でそれらしい動きはありませんが」

「こればかりは相手の都合だから。あれこれ推測するよりも、ラチェットからの次の報告を待った方がいいだろう。少ない情報であやふやな想像を描くのは、愚 の骨頂というべきだよ」

だが、そう言う割にはシュナイゼルは液晶パネルに浮かんだ地図を見るままだった。
普段は迷いや焦りとは無縁のその顔も笑っていない。
少しの沈黙を挟んで、シュナイゼルは口を開いた。

「そういえば、父上、いや、皇帝陛下は二十日程前からペンドラゴンを留守にされていたね」

「え…あ、はい」

数瞬の戸惑いをすぐに立て直して、カノンが応じた。

「昨今、体調が優れないとのことで。静養をかねてセントダーウィンの離宮にご滞在中です」

「ふむ。離宮に、ね」

そして、その皇帝陛下が行方不明になった事を知らされるのはそれから間もなくしての事である。






















最初これに気づいたのはルルーシュだった。
ブリタニアの動き自体はそれほどおかしくはないように見えていた。
事実異変は些細なものであったし、個々の違和感はごく軽いものだ。
しかし、どんなに表向きは伏せられていようと、確かにブリタニアという広大な晩図を保持する国家全体に表れつつあったのだ。
そのことにルルーシュが気づいたのも必然と言えた。

「やった」

自室のパネルでライと共に世界地図の状勢と戦略パネルを見ていたルルーシュが呟いた。
その顔には歓喜にも似た表情が浮かんでいる。

「ブリタニアのこの動きは皇帝が不在だということ。あの時、向こうの世界に置き去りになったようだな」

そこでルルーシュはほっと肩の力を抜いた。
いや、実際、ここ数日の心労と緊張から一気に解放された気分だった。

「あいつが言っていた事は気になるが……今はナナリーの安全を喜ぶべきか」

「そうだな」

そこでライも肩の力を抜いた。
ルルーシュはあの空間での出来事でブラックリベリオン以前の記憶を取り戻し、黒の騎士団のリーダー『ゼロ』として蘇っている事を皇帝シャルルに知られてし まった。
そこで真っ先に案じていたのが、エリア11にいるナナリーの事だった。
ルルーシュに対してナナリーは有効な切り札なのだ。
いわゆるルルーシュのアキレス腱である。
ナナリーを人質に取られてしまえば、ルルーシュは皇帝に対して手も足も出せなくなる。
無論ライもこういう事態は避けたかった。
ナナリーはライにとっても大事な人であるし、彼女が危険に陥るのは嫌だ。
そこで2人でいかにして状況を打開するか。
ここ数日ほぼ徹夜状態で頭を悩ませていたところへ、この知らせであった。
安堵もすれば笑い出したくもなる。
と、そのときだった。

「あの…私は何をすれば……」

不意に2人は後ろから声をかけられた。
声の正体はC.C.だった。
適度な距離を保ってどこかおどおどしながら聞いてくる。
つい意識が外に向いていたのと、気分が良かったため、ルルーシュはいつもの調子で言葉を返してしまった。

「そうだな。服を裏返しに着て、歌いながら片足で踊ってもらおうか」

「ちょっ…!ルルーシュ…!」

ライが気づいて止めようとしたが、遅かった。

「はい、ご主人様」

C.C.は素直に頷いて、いきなり言われたとおりその場で服を脱ぎ始める。
さすがにまずいので、ライはすぐに止めに入った。

「ちょっと待て!今のは冗談だから!」

「きゃっ」

ライはなるべく優しく言ったつもりだったのだが、C.C.はライの剣幕に驚いたのか、床にしゃがみこんだ。
両手で頭を抱えて、がたがたと震えている。

「ごめんなさい。だから酷いことしないで…!」

紛れもない恐怖と懇願の言葉。
ライはそれで思わず動きを止めてしまった。

(やっぱり完全に戻ってる…。ギアスに関わる前の…奴隷の少女に…)

正直なところ、ルルーシュには彼女が何故こうなってしまったのか全くわからなかったが、ライにはある程度の確信に近いものがあった。

(データ通りだとすると、やはり、あれが原因か…?)

だが、ライはそこで考えをやめた。
今はそんな事よりも優先すべき事がある。
表情を穏やかなものにして、ライはしゃがんで彼女の視線と同じ高さになると、言った。

「すまない。脅かしたりして。…大丈夫だ。僕もルルーシュも君に酷い事はしないから」

頭を抱えていた両手をやや下げて、C.C.がライに目を向ける。
そして、次にルルーシュを見た。
その瞳には怯えは消えていなかったため、ライは安心させるようにもう一度言う。

「約束する。本当だ」

「………」

C.C.は少しの間ライを見つめていたが、前の時のようにコクリと頷いてくれた。
その直後、通信のコール音が鳴った。
それにライとルルーシュが振り返った。
C.C.の方はコール音に驚いたのか、そそくさと椅子の陰に隠れる。

『ルルーシュ様』

「ジェレミアか。どうした?」

何でも極秘で重要な用との事でライとルルーシュはジェレミアの指定した部屋に向かった。
























ライとルルーシュはジェレミアに案内されて、入った部屋にいる人物を見て驚いた。
そこにいたのはブリタニア第二皇女コーネリア・リ・ブリタニアだったのだ。
今は手足を縛って拘束している。
最初は驚いていた2人だったが、すぐにどうやって連れ込んだのか思いついた。

「そうか…。サザーランドのコクピットに入れて……」

「お許しください、ルルーシュ様。ご命令は殲滅との事でしたが、ブリタニア皇族を手にかける事は…私には……」

ジェレミアが肩膝をついて、そう弁明した。
確かにこれは命令違反になるが、ルルーシュもライもその事については追求するつもりはなかった。
ライは言えた立場ではないし、ルルーシュはむしろ喜んでいる。

「よい。いや、むしろよくやってくれた」

単純にカードの一枚として使えるという事だろう。
何せ相手は行方不明だったとはいえ、ブリタニア皇女なのだ。

「ルルーシュ、おまえはその呪われた力で何を求める?」

「姉上、俺はただ妹を助けたいだけなんですよ」

不意に口を開いたコーネリアにルルーシュは淡々と答えた。

「何を今更……!」

(ギアスで何を求める……か)

ライはコーネリアの発した問いはルルーシュだけでなく自分にも当てはまる事はわかっていた。
無論彼女はルルーシュに問うただけで、ライがギアスを持っている事すら知らないからライに対して言った訳ではない。
だが、かつてこの力で母と妹を守りたいと思った自分は……。

(僕は…今この力で何を求めているんだろうか……)

正直、ギアスがもう一度暴走すれば自分の命はおそらくない。
そのため、ルルーシュにも止められていたし、自分も極力使わずに封印していた。
自分はほかにも持っている力がある。
だが、それを理由にごまかしてきていたのかもしれない。
今、自分が持つギアスにもう一度向き合う必要があるのかもしれない…。
ライはそう思い始めていた。
そして、コーネリアの処置はとりあえずこのまま拘束という事になり、部屋を退出したライは星刻が来ているという事で呼び出され、ルルーシュと別れ格納庫の 管制室に向かった。





















ライは呼び出された管制室に着くと、そのまま入った。
そこには既に現在の中華連邦大司馬、星刻が来ていた。

「待たせてしまったようですいません、星刻さん」

ライが部屋に入った事に気づいた星刻が振り返る。

「いや、私も今着いた所だ。気にしないでくれ」

社交辞令を終えた所で星刻は視線を元に戻した。
ライが気になって彼の隣に並んで視線を追うと、そこには朝比奈、ロロ、木下がいた。
雰囲気が良くない。
見るからに朝比奈とロロが対立し、木下は僅かだが震えている。
おそらく先のゼロの作戦に参加した木下に朝比奈が内容を聞いたのだろう。
内容は口外無用にされていたため、答えに窮した木下の代わりにロロが断ったといったところか。
ただ、その断り方が問題だったようだ。

「……よくないな」

それまでの事態を見ていたのだろう、星刻が不意に呟いた。
一方、ライはそれを聞いても黙ったままだった。
その横顔をちらりと見て星刻は言葉を続けた。

「止めなくていいのか?」

星刻は中華連邦においては総司令官といっていい地位にあるが、であるがゆえに、ここ黒の騎士団の本部では賓客扱いの人物である。
朝比奈ら3人を統率する立場にはない。
その立場にあるのは黒の騎士団のリーダーであるゼロか、ここにいるライ、それと藤堂のはずだった。
ライは司令補佐という地位ではあるが、黒の騎士団の立場でいえば、組織のNo.2と言ってもいい。
事実上は副司令である扇がそうなのだが、ライが今まで培った功績や信頼、そして能力から見るとライがそれに当たると見てもおかしくなかった。

「と言っても僕は今来たばかりで詳しくは知りませんから。口を挟むのは良くないでしょう」

ライの謙虚な態度に星刻は小さく肩をすくめた。

「まあ、確かに君達黒の騎士団の内部問題。私が口を挟む事ではないがな。少なくとも今は」

付け加えてから星刻はライに目配せをした。
ライは言われずとも相手の意図はすぐに分かった。

そうして、2人は管制室を出て、とある部屋に向かった。
そこはライがこの黒の騎士団の本部で私室として使っている場所だった。
全体としてはあまり物はないのだが、ところどころC.C.が以前に持ち込んでいた私物があった。
だが、綺麗に整頓されており、ライの気質を表しているようでもあった。
ライによって室内に案内された星刻はソファに腰を落ち着けると、藪から棒にこう述べた。

「正直なところ、私はゼロに関してはいささか失望している」

鋭い星刻の眼光が前に座ったライに向けられる。

「優れた戦略見識、他者を引きつける信義。その二つがゼロにあると信じたからこそ、私も中華連邦も君達黒の騎士団との共闘を約した。しかし、ライ。君の部 下とはまた別の立場において、私は今回のゼロの作戦行動に納得をしていない」

ルルーシュが先に行った作戦で 嚮団の殲滅には成功した。
だが、一方でこの星刻と藤堂が協力して進めていた中東攻略には支障が出る形となってしまった。
無論作戦が失敗したというわけではなかったが、当初の予定より平定が進んでいないのである。

「無論、不測の事態というものはいつでも起こりうる。しかしながら、それについてもの説明が我が中華連邦にも一切ないのはいかがなものか。我々は黒の騎士 団の属国になったわけでも、ゼロの走狗に堕したわけでもないぞ、ライ。しかも、中東の攻略については、わが国の内政問題というわけではなく、反ブリタニア 連合に向けた共同作戦だったはず。そして、私は同盟国を代表する者として君達に協力したつもりだ。信義によって援助を約束した友邦に対して、信義に欠けた 行動をとるというのであれば、私としても君達との共闘について、今一度、思案をしなければならなくなるのだが?」

歯に着せぬ星刻の物言いではあったが、それは正論だった。
予定していた作戦を、言ってしまえば、ゼロ=ルルーシュの私情で無理やり捻じ曲げ、貴重な武力を別の地点、 嚮団の殲滅に投入したのだ。
無論あの時シャーリーが巻き込まれた事でライも私情がなかったと言えば、嘘になる。
だが、はっきり言ってルルーシュはやりすぎたのだ。
ルルーシュは今回の作戦に関して完全黙秘を貫いていた。
さらにライやロロ達のように、作戦に参加した者にまで厳重な緘口令をしいている。
だからライも今回の作戦に関しては、作戦に参加する部下達のように説明できるはずもなく、結果黙秘という状態になってしまっていた。
だが、黒の騎士団に対してはそれでも許される部分はあるだろうが、あくまでも同盟者である星刻と中華連邦に対してはそれでは済まなかった。

いわゆる軍事協定などというものは、星刻が口にする信義こそが結びつきを保障するものであり、一方の当事者が己の都合だけで共同作戦を放棄するような事が あると、同盟関係そのものにヒビが入ってしまう。
しかも、その放棄行為について釈明の一つもないとなれば、これは相手側からは同盟を破棄したと見なされても文句は言えない。
事情は言えないけど、ごめんなさい、などと学校のクラブ活動のような論理が通用するほど甘い世界ではないのである。

ライにもその事はわかっていた。
そして、わかっているだけに、この件については星刻に返す言葉もない。
作戦の詳細を知っているとはいえ、話す事ができない以上どうしようもないのだ。
ゆえに長い沈黙の後、星刻の正面のソファに座ったライがいささか苦しげに口にしたのは別の件だった。

「しかし…、反ブリタニアに向けた合集国連合の準備そのものはうまくいっています。すでに多くの国の内諾を取り付け、発足は間近。この点に関して、外交面 で尽力したゼロの功績は大きいと思いますが」

「そうだな」

星刻は存外あっさりと認めた。

「だからこそ、私も面と向かってゼロに対する非難は行っていないし、公式の場で君達黒の騎士団の行為を咎めることもしていない。せいぜい、こうしてゼロの 左腕である君に愚痴をこぼすくらいだ」

「……僕にゼロへの諫言を内々で行えという意味ですか?」

「ゼロの対して影響力の強そうな、あのC.C.という女性以外には君しかいないからな」

そこで星刻もかすかに息を洩らした。

「正直なところ、私としても心苦しい。ライ、君とはもうかれこれ長い付き合いだからな。君に面倒事を押し付けるのは本意ではないのだが、これは個人の情を 超え た問題だ」

「……そうですね」

ライはそれだけ答える。
星刻はちらっとその顔を見やってから、ソファから立ち上がった。

「君にしても、ゼロが正道を踏み外すことなど望んでいまい?ライ。ゆえにあえてここではっきり伝えておく。一度目は私も我が中華連邦も許容した。しかし、 二度三度と続くようであれば、私はこれまでと違った意見を天子様に言上しなければならなくなる。その事だけは覚えていてもらいたい」

「…肝に銘じておきます」

星刻の声音こそ穏やかではあったが、それは紛れもない警告であった。
実際のところ、ここにいる星刻と中華連邦に関しては、ライ達以外の作戦を知らない黒の騎士団メンバーのように、必要以上にゼロに譲歩する必要はない。
大体、戦力でいえば、黒の騎士団より、膨大な資源と人民を抱える中華連邦の方が上なのである。
例の合衆国発足に向け、星刻はその中心的存在として、自分や中華連邦よりもゼロのことを立ててきた。
ライはそれに関しては感謝している。
しかし、それはあくまでもゼロのカリスマ性および戦略立案能力に対する期待と、以前の天子をめぐる一件について恩義を感じるせいであった。
しかし、その配慮も限度を超えれば失われてしまうだろう。
そういう意味においては、以前ライが見たとおり油断できない人物なのである。
こうして、ライと星刻の会談は終わり、ライも星刻もそれぞれのすべき事をするため部屋を出ると、そのまま別れた。


















あれから一週間程経った。
今ライはゼロ=ルルーシュの部屋でC.C.と共に部屋で留守番をしていた。
というのも、ゼロはライが部屋に来てしばらくしてから各国の代表達に合集国連合案を説明、さらには説得をしに行ったからだった。
もちろんそこには黒の騎士団の幹部も参加する事になっており、ライもそれに参加するように言われた。
しかし、ライはそれを断ったのだ。
ルルーシュが不思議に思って問いかけると、ライはこう答えた。

「あの時、あの空間で僕はC.C.にあんな事を言ってしまったからな。言ってしまった以上はそれを守りたいんだ。例え彼女が記憶を失くしてしまったとして も。それに黒の騎士団の幹部とはいえ、僕は君の司令補佐だ。君が表なら僕は裏。いわば影だ。この会談に僕が出る必要はないよ」

「そうか……。しかし、その謙虚さがお前の悪い所でもある」

「はは、そうだな」

軽く笑ったライにルルーシュもフッと笑うとそれ以上何も言わず、ゼロの仮面を被って部屋を出て行ったのだった。

そして、それからずっとライは読書に耽っている。
その隣では若干居心地悪そうにしながらも、ちょこんと座っているC.C.がいた。
最初彼女はライから距離を取っていたのだが、ライがここに来てもいいと言った事でここにいた。
あれからしばらく経つが、彼女もライの言う事を素直に聞いてくれるようになっていた。
ライが怖い人ではなく、優しい人だとわかったからなのだろう。
そんな彼女にライは微笑ましさを感じつつ、普段のC.C.もこうなら楽なんだけどな…と苦笑していた。

それから少しして、机の上にあったテレビのリモコンに気づいたのだろう。
C.C.がそれのボタンを恐る恐る押した。
すると、テレビの電源がつき、ミレイさんの担当している番組がちょうど流れた。
急に音が出た事でライがハッとすると、同時にC.C.が「ごめんなさい!」と言いながら椅子の陰に隠れた。

(何だ、テレビか……)

ライはそれで軽く息をはくと、椅子の陰に隠れているC.C.に視線を向ける。
ライが声をかけようとしたところで、扉の開く音がしたので、ライはそちらに視線を移した。
入ってきたのはもちろんゼロだった。
彼の前には何やら蓋がしかれた食事らしき物があり、それを乗せたカートのような物を手で押している。

「おかえり、ルルーシュ」

「ああ。ところで、食事を持ってきた」

そう言いながら部屋の端にカートを止める。
そんな彼にC.C.は怯えたように椅子の陰に隠れていた。

(そういえば、ルルーシュのゼロの格好を見る機会は今のC.C.にとっては少なかったな……)

それもルルーシュはわかったのだろう。
ゼロの仮面を取る。

「俺だよ」

顔を見せて言ったルルーシュにC.C.は少しほっとしたようだ。
そして、ルルーシュが蓋を取った中にはできたてのピザが乗せられていた。
その証拠にいい具合に湯気を立てている。
香ばしい香りにC.C.も興味深そうにピザを見ている。

「これはピザって言うんだ。ライとおまえにあげようと思ってな。杉山に用意させたんだ」

そう言いながらルルーシュは皿をこちらに持ってきた。
相変わらずC.C.は興味深そうに見ていたが、それだけだった。
おそらくライとルルーシュに遠慮しているのだろう。
それに覚えていない事がピザを得体の知れない物と彼女に認識させているのかもしれない。
ライとルルーシュは視線を合わせると、実演として先に2人で切ったピザを一つずつ取って頬張った。
淡々と食べつつルルーシュが皿をC.C.の前に出した。
その時彼女のお腹が鳴る。
お腹がすいていたのだろう。

「ほら、お前も」

ルルーシュが言い、皿を机の上に置いた。
それを聞いた彼女は机に駆け寄り、覗き込む。
まだ食べるのを躊躇しているようだ。

「食べてもいいんだよ」

「はい!」

ライが言った事でC.C.はようやく取ってピザを食べ始めた。
一口食べた所でやはりおいしかったらしく、喜々として次々とピザを食べていく。

「おいしいか?」

「はい!すごくすごく!」

「それは良かった」

C.C.が食べる様子を見てライは微笑んだ。
ルルーシュはそんな彼女を見てからテレビのリモコンを取る。

「会長……キャラの作り方間違ってますよ…」

呟いたルルーシュの言葉を聞いてライもテレビ画面に視線を移す。

「はは…確かにな……」

見てすぐに同意するライだった。
そして、テレビの電源を切るルルーシュ。
すると、それにC.C.がビクリと反応した。
それを見たライとルルーシュは顔を見合わせた後、視線をリモコンに移した。
そうだ、彼女はこれも知らないのだ……。


























あとがき

今回のあとがきは後編でまとめてします。



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