狼姫<ROKI>
信義

――時は正子。
幼子は皆眠る真夜中であり、日の境目でもある時刻。

場所は西の双子館。
通常、一般の人間は決して立ち入らない片割れの一つ。
魔術協会によって管理されているこの建物に、此処に人影があることは即ち、その人物が裏の人間であることを語っている。

今宵、この館は聖杯戦争における決闘の場として利用されている。

その館の中にいるのは四人。
片や、二階の広間にて激しい剣戟を繰り広げる男女。
片や、一階の勝手口付近で銃撃戦を繰り広げる男女。

二階にはサーヴァントとサーヴァントが戦っていた。
剣の英霊、セイバーと、魔術の英霊、キャスターである。

一階ではマスターとマスターが戦っていた。
魔術師殺し、衛宮切嗣と、魔戒騎士、聖輪廻である。




――ガギンッ!――



鳴り響く剣戟の轟音。
それは黄金の西洋剣と黒白の中華刀によって弾きだされていた。

黄金の大剣の銘はエクスカリバー、黒白の双刀の銘は干将・莫耶。
力と直感で攻め込むセイバーに対し、技と経験で受け流すキャスター。

「キャスター。彼女は何故、この決闘を挑んだ?」
「前もって伝えたとおりだよ、セイバー」

激しさを増す剣戟の中、二人の口が声を発し合う。

「幾らホラーの動きを探る為とはいえ、今ここで刃を交える必要があるとは思えない」
「甘ったれた台詞だな、騎士王。例え輪廻の都合ではなくとも、この街は戦場だ。本来なら敵陣の者は問答無用で切り捨てるのが定石」
「では、輪廻の都合とはなんだ?」

会話の中、キャスターが零したワードをセイバーが拾い、口を滑らせた本人を問い詰めた。

「一々……しかも、この状況で答えると思うかね?」
「ならば、貴方を降して聞き出します!」
「いや、私に聞かずとも、答えは自ずと出てくるさ」

そうして、剣使いと魔術使いの常軌を逸した剣技は続く。
剛の剣が技の剣を砕くも、同じ物が瞬時に現れ、再びぶつかり合う。
これが何十回も繰り返されていった。





*****

一階の勝手口の内部。
そこで繰り広げられているのは英霊同士ではなく、人間同士の戦い。
尤も、

――ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッッ!!!!――

――ズバババババババババババババババババババババババババッッッッ!!!!――

軽機関銃(サブマシンガン)呪機関銃(フィンの一撃)の鬩ぎ合いという超絶的な弾幕戦でなければ、もう少し現実味のある戦いになっていただろう。
ただし、この聖杯戦争に現実味を要求することが如何に愚かな事かは言うまでもないが。

撃ち合いの最中で、衛宮切嗣は急遽として組み上げていた戦術理論を組み直していた。

戦闘対象、聖輪廻。
戦闘能力に対する推測、これまでのホラーとの戦闘情報から剣術を主軸としており、鎧を召喚している間の戦闘能力はサーヴァントに迫る。
また、つい先刻にて使用されたルーン、及び現在使用中のガンドから北欧系の魔術を得手としている模様。

対象が知り得る衛宮切嗣の戦闘データ。
これまで交戦した経験などはないが、一時的にこちらの陣営に身を寄せていたデューク・ブレイブより何らかの情報を受け取っている可能性あり。
ただし、デューク・ブレイブに此方の手段を一切関知させていないため、周知となっているモノ以外は知り得ていないモノとする。

よって『起源弾』の対処法も無し、と判断する。

切嗣の戦況分析後の行動は実に早かった。
片手でサブマシンガンの引き金に指を掛けつつ、もう一方の片手である物を取り出す。

トンプソン・コンテンダー。
魔術師殺しの為の弾丸、『起源弾』を放つための、この世でたった一つだけ存在する衛宮切嗣の専用の改造銃。
30.06スプリングフィールドの口径を誇る『起源弾』を撃つに当たり、無くてはならない対魔術師用の魔術礼装。
元々は競技用、狩猟用であるが故に装弾数は一発限り、排莢機構もなく、一発撃つ度に手動で薬莢を取り出して新たな弾丸を薬室に込めなくてはならない。
本来なら実戦向きではなく、競技向けの拳銃だが、強力なライフル弾を撃てる強力無比な火力を携行できる点を切嗣に買われ、こうして切り札として採用されたのだ。

そして、『起源弾』とは文字通り、衛宮切嗣の起源―――切って嗣ぐを被弾対象に具現化させる特殊な弾丸。
解り易く言うと、精密機械の基盤に水滴を垂らすとショートして壊れてしまうように、この弾丸に魔術で干渉すると、弾丸は雫となり、魔術回路という基盤を狂わせてしまうのだ。
使っている魔力の量が多ければ多いほど被害は大きく、被弾者は魔術師の魔術回路が一度壊され、そして出鱈目に繋がる結果、二つの意味で再起不能となってしまう。
魔術での防御が無理な以上、単純に物理的手段の防御が有効なのだが、コンテンダー・カステムで撃ち出されたこの弾丸を完全に防ぐためにはそれこそ近代兵器の戦車の装甲でも持ち出さねばならないだろう。

この武器こそが37人の魔術師を奈落の底に突き落とし、切嗣が魔術協会と聖堂教会に悪辣な存在として名を轟かせた由来の一つである。

――ドバンッ!――


一切の無駄なく行われた装填。その所作に掛かった時間は2秒を切っていた。
全盛期に比べればまだ甘いが、それでも衰え切った頃よりは幾らかはマシになっていた。
引き金が引かれた瞬間と同時に派手な銃声を上げ、銃口から発射される『起源弾』は目にもとまらぬ速さで輪廻に向かって直進する。
魔術で防ぐこと叶わず、個人の持ち運び得る力で遮ることも叶わず。
撃った瞬間に罠として成立するこの凶弾に対し、輪廻が執った行動はたったの一つ。


――斬ッ!――


斬った。
襲い来る『起源弾』を真正面から、真っ二つに切断した。
それによって力を失くし、ただの鉄屑となった二つの物体は金属音を立てて床に転がって行った。

(何……?)

切嗣は内心、動揺していた。
コンテンダーで発砲された『起源弾』を斬撃で一刀両断するなど、人間業ではない。

確かに日本刀の切れ味ならば銃弾を向かってくる弾丸を切り裂くことが出来る。
しかし、それは刀と銃を固定し、確実に弾丸と刃が接触するようにセッティングした場合だ。無論、弾丸も一般的な拳銃によるものでだ。
実際、マシンガンで日本刀を滅多打ちにすれば、刀身が数発を切り裂いても、徐々に耐え切れなくなり折れてしまうのだ。
それを、ブレやすい手に持った状態で刀を振るい、弾丸のスピードによる圧倒的衝撃を捻じ伏せ、しかも刃毀れを起こすことなく精密な動きで『起源弾』を切り裂いたのだ。

(刀に魔術は使っていない筈……。となると、自身を強化したのか)

『起源弾』に魔術で干渉すれば効果が発動し、魔術回路は暴走する。
輪廻の体に異常が起きていない以上、魔術の効果が発揮されたのは弾に触れていない輪廻の肉体。
強化の魔術は極めてスタンダードな類だが、それ故に汎用性が高く、初歩的ながらも極めるのは至難の業と言われている。

だが、輪廻は戦闘を旨としている魔戒騎士。魔術師ではなく魔術使いとして分類されるやり方で術を行使する。
よって、戦いに使えそうな魔術は一通り学んでおり、その中でも彼女にとって最も”使える”と感じたのが強化の魔術なのだ。
まずは目を強化することで弾丸の軌道を目視し、次に体全体の筋肉(特に手足)を強化することで弾丸と刃を精密な位置で接触させ、一息の内に両断したのだろう。

(拙い……。近接戦では間違いなく向こうが上手。しかも『起源弾』を初見で攻略してきている。……ならば―――)

しかも、あのような方法で弾を潰されては、言峰戦で狙った令呪の消費による追い込みは狙えない。
切嗣は簡潔に戦況を整理すると、即座に口を動かした。

Time(固有時) alter(制御)――double(二倍) accel()!」

戦闘用に改造された時間操作の魔術が切嗣の時間を加速させる。
今、切嗣にとって自分以外の全てが1/2のスピードで動いているように見えている。
それだけの速さを得ていることの証明だが、既にそれは慣れきった光景だ。

急いで場所を移動し、隙をつける場所を―――死角を見つけなくてはならない。
真正面からの戦いなど、魔術師殺しのスタイルから程遠い――忌避すべき手法だ。

だから、今は逃げる。
確実に勝機を捻りだす方法を見出すために。

「……そう来るか」

輪廻は猛スピードで逃走する切嗣を眺めつつ、ぽつりと呟いた。

「それでは、此方のルーンも」

床にそっと切っ先を突きつけると、一筋の雫を垂らすように魔力を流し込み、呼び水の役目を果たす。
館中に刻んだルーンがそれに反応し、切嗣が今どのような経路で逃げ回っているのかを術者に伝達していく。

「あっちか」

輪廻は踵を返し、裏口から表口へと繋がる通路にいる切嗣のもとへと歩を進め始めた。
カランコロンという下駄の音を鳴らしつつ、彼女は立場を明確にした。

現時点において、狩人とは聖輪廻、獲物とは衛宮切嗣である、と。





*****

二階の広間。
およそ30回にも渡って得物を弾かれたキャスターだが、弾かれた傍から新たな剣を投影し、何事も無かったかのようにセイバーと打ち合っている。
一撃一撃ごとに込められた膂力と神秘は圧倒的にセイバーの聖剣が優位だ。しかし、機転や妙手ということに関してはキャスターの方が一枚上手らしい。
要するに、今繰り広げられているのはパワー対テクニックと形容しても大して差支えないものであった。

「流石はセイバー。これだけやっても息ひとつ乱さないか」
「当然です。寧ろ、魔術師の貴方が此処まで剣戟を重ねた事に驚きます」
「それは偏見だな。魔術師だろうと、必要とあらば武器くらい手に執る。私の場合、それが剣や弓だったというだけの話だ」

それはそれで奇妙な話だ。
魔術師とは基本的に身を隠し、己の領域にて探究に没している生き物だ。
キャスターが学者肌の人間でないにせよ、剣の英霊と打ち合えるほどの剣技を持つ生涯というのは興味が尽きない。
幾度となく共闘しているが、未だに目の前の英霊の謎は不透明なままだ。

「……キャスター。貴方と輪廻は、切嗣に何をする腹積もりだ?」
「ほお。漸く気付いたのか」

互いに僅かに剣を持つ手を下げ、言葉を交わし合う態勢となる。

「私やアイリスフィールには既に聖杯の有様は伝わっている。だが、切嗣はまだこの事を知らない。貴方方の情報を掴む力と、この状況を鑑みれば、私など単なる付属。本命は切嗣にあると読んだまでだ」
「……見事な推理だよ、セイバー。君の『直感』は伊達ではないな」
「そうでなくては、戦場でとうの昔に果てていた。キャスター、今一度問う。貴方と輪廻は、切嗣に如何なる用向きがあるというのだ?」
「強いて言うなら……そうだな、あの男の理想を干上がらせる、と言っておこうか」

セイバーはその返答を耳にして眉をひそめ、目付きを細くした。
キャスターはそれに構うことなく、もう一言追加する。

「理想を抱いて溺死する者など、これ以上は要らない」

過去の己に向けるべき言葉。
それをキャスターは今、口にした。
最早変えようのない事実。だが、こう言わざるを得なかった。

呪いを断ち切れる世界を創るために。

ご苦労(ゾスモル)だが、潮時だ(ガザチロゴシガ)
「「ッッ!?」」
ここで退場してもらう(ソソゲカリヂョルチケノマル)

次の瞬間、二人のサーヴァントはこの広間から、否、この館の中から忽然と消失していた。





*****

双子館・玄関前。
人払いの結界によって猫の子一匹すら消え失せた館の前に、突如としてセイバーとキャスターが出現した。
黒い霧のような物が地面から湧き出し、その中から出てくる、という形で。

「ここは……。私たちは、館の中にいた筈……!?」
「ッ――やられたな」

予想外の出来事に目を見開くセイバーとは裏腹に、キャスターは即座にこの状況を理解していた。
先程の声。そして、明らかに自分たちを邪魔者扱いする台詞。
そして何より、

――ガチャガチャ――

――ドンドンドン!――

「……結界……」

幾らドアノブを回そうと、扉を叩こうと、館の中へ今一度入ることは出来なくなっていた。

「キャスター。まさか……?」
「ああ。遂に彼奴等が動き出したらしい」

元よりホラーたちの動向を探る為、という建前でこの決闘を申し込んでいたが、まさか本当に連中が介入してきた上に自分たちがこの場面で追い出されるとは。
余りにも皮肉なこの有り様に、キャスターは思わず舌打ちをしたくなった。

「輪廻……」

キャスターは己が主の名を呟くと同時に、セイバーとの戦いを一時中断し今の自分にできることを探すことから始めることにした。





*****

所は戻り、双子館の一階。

「ん……キャスターたち、消えた?」

輪廻はゆっくりとした歩調で切嗣をおいかけていたが、その最中で従者たちの気配が忽然と消えてしまったのだ。
消えた、とはいっても館の中からいなくなった程度で、レイラインを通して存在そのものはまだ感じる。

「……奴さん、かな」

すぐさま建前の理由であった魔物たちの仕業であることを連想し、思考を切り替えた。

「となると、さっさとあちらと合流しといた方がいいか」

最早決闘などと言っている場合ではない。
敵はホラー、闇に潜む忌まわしき魔獣だ。
今だけはどのような関係性があろうと、手を組んでおくに限る。
例え、それが敵同士の間柄であろうと。

「魔術師殺しさーん?ちょっといいかしらぁ?決闘は中止よ。状況は分かってるでしょ?」

若干間延びした口調で姿の見えない切嗣に語りかけつつ、着々と歩を進める輪廻。

「あんた一人じゃホラーには勝てないわ。ここは協力しましょ?……返事ぐらいしたらどう?」

いくら呼びかけても反応は無い。
立つ音は全て輪廻の肉声のみ。あとは虫の鳴き声と風の吹く音だけだ。

「……シカト決め込むつもりなら別に構わない―――ただし」

――チャリ――

――斬ッ!――

『がぁっ!?』
「命の保証は出来んぞ」

鍔から一際の音が聞こえた瞬間、間髪入れることなく背後に向けて放たれた居合切りが、一体の素体ホラーを滅した。

「どうする衛宮切嗣?私と共闘して生き残るか、単独行動して死に果てるか……好きにするといい」

彼女は言外に言っている。
私に従え、と。

既に死角を見つけ、闇に身を潜めていた切嗣は否応なく選択を迫られていた。
いや、命令されていた、というべきか。

「…………」

手には装填済みのコンテンダーと弾倉を交換したキャレコ。
懐にはナイフ一本と手榴弾が二つ。
はっきりと明言してしまうと、手詰まりだ。

勿論これは輪廻に対して、ではなく、ホラーに対してという意味でだ。
人間である輪廻相手ならば使い道で退けることができるだろう。
だが、ホラーは高度な神秘やソウルメタル、デスメタルでなくては満足なダメージを与えられない。

結論として、対魔術師に特化した切嗣の魔術では到底ホラーは倒せない。

「…………承知した」

そう悟り、切嗣は死角から身をさらけ出し、輪廻と目を合わせて提案を承諾した。

「では暫しの間、味方ということで」
「あぁ、それでいい……」

殆ど強制されたようなものだが、ここで死んでは元も子もない。
今はどのような手段を用いてでも生き延びることを優先すべきだ。

「ホラー達は現在、サーヴァント達を外部に転移させたうえで館全体に結界を張っている。つまり、私たちは外部から隔離されてしまったというわけだ」
「となると、僕たちは英霊の力抜きでホラーを撃退しつつ、脱出方法を探らなければならないのか」
「まあ、こういう手を使う奴は結界の中にいることが多い。身を隠す結界や魔導を妨害する結界も、主を守る為にある」
「……サーヴァントさえ除外すれば、人間二人など容易に始末できる、という考えか」

敵戦力の分断。それ自体は良い案だと切嗣は思った。
狩人として生きてきた彼にとって、猟場での獲物は一匹一匹仕留めた方が確実だ。
おまけに余計な横やりが入らないとなればよりベストである。

尤も、今回の遣り方は失敗としか言いようがない。
例え、英霊が介入してこなかったとしても、その程度で敗れるようなら魔戒騎士はホラーの天敵足り得てはいないだろう。
それが称号持ちとなれば尚更だ。

「後方は僕、前衛は君。ということでいいかな?」
「最初からそのつもりだ」

本来ならば聞くまでもないやりとりだが、万が一という事もある。
ほんの一時的に手を組んだ二人は、切嗣をマスター、輪廻をサーヴァントに見立ててこの館内での迎撃戦を展開する。
今は夜中、しかも照明の付いていない屋内。ホラーが出現するには絶好のポイントである。

故に油断するな、過信するな、不用意な安堵など以ての外。
奴らが牙を剥く時、それは人の心に傲慢が忍び寄る時である。

切嗣はコンテンダーを握る手の握力を強めつつ、何時でも、如何なる方向だろうと銃撃できるよう心に緊張の糸を括り付ける。
今でこそはホラー狩りの達人が前にいるが、その防御も鎧を纏う前ならば鉄壁とは言い難い。何より彼女の守備範囲に切嗣が入っていようと、絶対にカバーできるとは言えない。
恐らく切嗣が単独でホラーにダメージを与えられるのは修復不全を起こす『起源弾』のみだ。ここからは過去の仕事以上にこの弾の浪費を抑えなくてはならない。

(弾の数が僕の命そのものとは)

『起源弾』の残り弾数はおよそ30発。
しかし、実際にこの場に持ってきている数はその1/3以下だ。

(僕は回避と囮に専念しつつ、始末は全て騎士に任せるか)

衛宮切嗣は時として自らを一個のマシンとして認識して事に当たる男だ。
魔術師殺したる彼は、時として己を餌として目標を誘い、奇想天外な悪手で抹殺してきた。
今回も同じだ。この身命を籠の中のエサとし、食いついた害獣の背中を魔戒剣が切り裂くだろう。
なにより、こちらとしては無駄弾を撃ちたくはない。

「さて、館の中にいる主犯を何とかするにあたって今更ながら念入りな探索が必要なわけだが……壁や扉の向こうには間違いなくホラーたちが潜んでいる」
「敵は僕たちが疲弊するまで待っている可能性もあるというわけか」
「そうならない内に奴さんの居所を知っておきたいが、教えてくれるわけもない。こうなれば雑魚を一掃して出てこざるを得ないようにするしかない」

非効率的なやり方ではあるが、現状ではほかに手段は無い。
確かな手段を着実な順序で行うことしか、今の二人に出来ることは無い。



―――その筈だったが、



「こんばんわ。人殺しども」



―――聞き覚えのない一人の女の声が館中に響き、二人の鼓膜へと届いた。
その声は恨みに満ち、怒りに満ち、憎しみに満ち、そして悲しみに満ちていた。

「「…………」」

ホラーかと思った二人だが、いざかけられた言葉を思い返すと、何か歯車が食い違うことに気が付く。
人殺し、という言葉に。切嗣ならばこの表現も間違ってはいないが、輪廻に対して言うとどうあっても何かが引っかかるのだ。

「初めましてというべきかしらね。魔戒騎士に魔術師殺しさん」
「誰?」

間髪も遠慮もなく、輪廻は単刀直入に姿なき女に問いかけた。

「……そうね。私だけが一方的に貴方達を知っているなんて不公平だものね」

輪廻の問いかけに女は気が付いたように返答し、ゆっくりと暗闇の中から姿を見せた。
一般的な冬向きの装い、短くカットされた黒髪、ほんのりと施された化粧。どこから見ても一般的な人間の女性そのものだ。

「でも私はね、貴方達と違って普通の人間ですもの。迂闊に姿晒したらその瞬間に引き金に指をかけそうな奴もいたしね」
「…………」

自分の事を言われていることに切嗣は無言で聞き流した。
今更それを否定するつもりはない。そう言われて然るべき……小の虫を殺して大の虫を助けるやり方を選んできた。

「そう。確かに普通の人間みたいね」

輪廻は女の言葉に意など解さず、指先に金色の魔導火を灯し、ふっと吹いて女の眼前にまで飛ばす。
女の網膜は完全に魔導火を捉えているが、その目に魔導文字が浮かび上がることは無かった。

『間違いなく、只の人間だ』

と、左手の中指でヴァルンが言った。

「それで……何故ホラーでもない人間がここに居るのかしら?というか、どうやってここに来れたのかしら?」
「親切な人が連れてきてくれたのよ」
「へぇ……協力者がいるんだ」

女の答えに輪廻は静かな口調で応じていく。
そんな輪廻と、沈黙したままの切嗣に女が少しだけ口調を尖らせていく。

「こんな状況で随分と余裕そうねぇ。何人も殺ってきたから、私みたいな女一人ならどうにでもなる、とか思ってるの?」
「そうじゃないわ。貴女、ホラーを味方につけてるんでしょ?だったら尚更、冷静でいなければ足元を掬われてしまう。それだけよ」
「ふーん」

挑発的な女の言葉に輪廻は極めて穏やかな対応を取った。
だが、肝心の女は冷めた相槌を打つのみ。

「用件は?」
「二人に死んでもらうこと」

質問した直後、包み隠すことなく女は本音を語った。
そこには一切の戸惑いが見られなかった。

「貴方達みたいな殺し屋が存在してるのが我慢ならないのよね」
「殺し屋、ね。ホラーがどういう存在かを知ったうえで言っているの?」
「煩い。上から目線の言葉なんて要らないわ。私はただ、貴方たちに消えてもらえればそれで十分よ」
「…………」

何を言っても無駄か、と切嗣は思った。
この手のタイプは自分の目的以外に見えていないし、達成するまで他者の言葉で後ろを振り返ることはしないだろう。
しかし、輪廻は違った。

「もしかして、遺族?」
「…………」

彼女の確信的な推測に女は黙った。
そして輪廻はまた一つ確信した。
目の前にいる女は、かつて自分が斬ってきたホラーに憑依された人間に連なる者であると。

「……貴女がこの街に来る数日前のこと、覚えてる?」

女が唐突に話題にあげた時期について、輪廻は少し記憶の糸を辿り、思い出した。
番犬所にて浄化した邪気の結晶。十二本目として提出した短剣。その直後に神官から言い渡された指令。

「酒場にいたホラー……ベルゴルのことね」
「覚えていてくれたのなら、説明は要らないわよね。私がここへ来た理由」
「……復讐ってことか」
「そう、そうよ!私の弟を斬り殺したあんたへのね!」

目的が明らかとなり、女は般若のような形相で叫び散らした。
懐からあるものを取り出し、輪廻と切嗣に突きつけながら。

「それは?」
「あんたらを殺す為のモノよ!」

女が手にしているのは一丁の拳銃。
アメリカにおいて女性の護身用としても扱われているM36という小型のリボルバーである。
だが、今彼女が相対しているのは外道を以て魔術師を狩る男と、魂の剣を執って魔獣を斬る女だ。
単なる拳銃など、それこそ路傍の石ほどの価値しかもたないだろう。

「これの弾倉に入ってるヤツ、何だと思う?ホラーの魂と陰我が籠ってるんだって。当たれば、あんたらは人じゃなくなる。何時も殺してる、人間だったものになるの」
「……貴女にはわからないでしょうけど、ホラーを斬らねば無関係な人間が連中の胃袋に収まることになるのよ」
「じゃあッ、憑りつかれた人間はどうなってもいいってことッ?私みたいな家族がいても、仕方ないの一言で済ませる気ッ?諦めろって言うつもりッ?」
「決して、喰われる人間だけの為じゃないわ」

全てを爆発させて叫ぶ女に対し、輪廻は飽くまで穏やかに説得しようとする。
だが、今の女にはどんな言葉も届かなかった。

「もういいわ。あんたら偽善者の建前なんて聞くだけ無駄ッ!」

激昂したまま一方的に会話を途絶えさせると、女は両手で銃を構えなおし、確実に魔弾が輪廻と切嗣に命中するよう意識を集中する。
意地でも殺す、という気迫が突きつけられている銃身を通して伝わってくる。

「―――私に任せて」

一方、輪廻は切嗣にそう告げた。
彼が懐に手を忍ばせ、何かをしようとした直後に、彼女は手ぶりで彼を制した。

輪廻は一歩前に出ると、刃が月光で煌めく魔戒剣を黒鞘へと納刀して女に歩み寄る。
それを見て切嗣は何のつもりかと目を見張る。自分のコンテンダー程ではないとはいえ、抜刀には僅かな隙がある。
居合切りという剣術を用いればその限りではないが、それは刀身の届く範囲での話だ。
敵が持つ銃という中距離・遠距離において無類の殺傷力を秘めた武器を前にそれは愚策としか思えなかった。

「あら、素直に殺されてくれるの?じゃあ、遠慮なくッ」

――パンパンパン!――

女は無防備な輪廻のみに的を絞り、戸惑うことなく引き金を引いた。
直後に乾いた音を立てて銃身から発射された三発の弾丸。
それは無慈悲な程に真っ直ぐ、輪廻の胴体へと命中し、血の華を咲かせる筈だった。

そう。筈だったのだ。

――シュン――

「ッ!?」
「……え?」

次の瞬間、紫色の粒子を残して輪廻の姿は消失していた。
結果、突き進んでいた弾丸はそのまま飛んでいき、誰もいない壁に埋まる。

「ど、何処よ!?」

女はあり得ない現象を前にして冷静さを失い、首を左右に動かして輪廻の姿を追う。

「此処よ」

間もなくして、輪廻の声と共に指先の感触が女の肩に伝わった。
振り向くとそこには先程まで真正面にいた筈の輪廻が背後に回っていたのだ。

(短距離とはいえ、空間転移だと……。しかも、魂と肉体ごと……)

空間転移。
それは文字通り瞬間移動を可能とする魔術のこと。
しかし、太古の時代に比べ、物理法則という常識によって神秘が薄まりつつある現代では精々術者の魂を遠方に飛ばす程度がやっと。
肉体ごと移動させ、本物の瞬間移動を実現できる者など、それこそ最上級の術者、あるいは神代の魔術師ぐらいの筈だ。

それを体現して見せた輪廻の魔法域の技量に、切嗣は顔にこそ出さないものの、内心では大いに驚愕していた。

しかし、それは魔術ではなく、法術であった。

魔戒騎士兼魔戒法師である輪廻は、魔戒法師に伝わる数々の法術を身に着けている。
先程見せた瞬間移動もその一つ。
その法術は未来において才気溢れる騎士と法師の双子、闇の騎士と幾度となく相対する西の二刀の騎士も用いることになるモノ。
近接戦という場面において敵の意表を突き、敵の攻撃を躱すに当たり極めて有効性の高い法術である。

「もう、やめなさい。これ以上は貴女の心が闇に堕ちるだけよ」
「…………なんでよ」

後ろをとられた以上、もうこの女に勝ち目はない。
切嗣はそう悟り、懐から空っぽの手を出した。

女はそんな戦況において、背後にいる輪廻に問いかけた。
既に決着の付いた勝負のことなど、二の次にして。

「なんで、私を殺さないの?あんたら、人殺しでしょ?弟の前に、100人以上も殺してきたんでしょ?だったら、私一人殺すくらい訳無いでしょ?」

確かに輪廻はこれまで100体を越えるの陰我を宿したホラーを討伐してきた。
そして切嗣も少年の頃から青年に至るまで、数十人の魔術師を暗殺してきた。
この来歴を見聞きすれば、両者共に命を奪うことに慣れきった輩なのだと思うだろう。

しかし、文字や映像だけでは読み切れないモノもあるのだ。

「それは……貴女が人間だからよ」

守りし者。
騎士にしろ法師にしろ、魔を戒める戦士たちはその言葉を胸に―――いや、魂に刻んで戦っている。
理由などそれで十分だった。
例え悪人であろうと、命尽きるその時まで悪人とは限らない。
人間の未来を信じ抜き、彼らの今を救う。それこそが使命であり誇りだと、輪廻は自らの意志でそれを唯一にして絶対の『信義』としているのだ。

だから、殺さない。人としての明日がある限り。

だから―――

「―――だから、後を追おうとは思わないで」
「―――ッ」

輪廻の言葉に女がたじろいだ。
輪廻は気づいていたのだ。先程の言葉に潜む彼女の本心を。
復讐という暗い情念の奥に、弟との再会を望む弱弱しい光を。

それだけを言い残し、輪廻は女の両腕に手を添えて、拳銃を下ろさせた。
女も仇が自分の体に触れているというのに抵抗らしい抵抗もせずなすがままにされ、遂には銃を手放し、床に重苦しい金属の音が沈む。

「「…………」」

意気消沈とする女と静かにその場を立ち去ろうとする輪廻。
切嗣もその後に続いていこうとするが、顔を部屋の出口に向けようとした瞬間、視界の端で女が再び懐から何かを取り出そうとしているが入り、即座に身体と顔の向きを直した。
輪廻も切嗣の引き締め直された気配を察したのか、同じように女を再び凝視する。

女の手に握られているのは一本の短剣。それも禍々しい氣を凝縮したような歪な短剣だ。

『あれは……!』

ヴァルンがここで声を出す。
無論、輪廻もその短剣に覚えがあった。

それは紛れもなく、冬木に来る前……最後に番犬所で浄化し結晶化したベルゴルの邪気の短剣。

「何で貴女が!?」
「あの神父さんが、ここに来る前に教えてくれたのよ。弟がどういう末路を辿ったのか。この街でやってる戦争の事。そして、貴女たちの事もね」

神父。
その単語で今思いつくのは聖堂教会から監督役を仰せつかっている璃正神父と、その息子にして元マスターということになっている綺礼神父の二人。
しかし、この場合は璃正神父を真っ先に容疑者から外すべきだ。
その根拠は単純。もう片方の容疑者には動機と呼べるものが腐る程あるからである。

「……言峰綺礼……」

いずれ自分と相対するであろう天敵の名を苦々しく呟く切嗣。
まさか奴がここまで闇に染まっていたとは思わなかったのだろう。

尤も、そんな切嗣のことなど構わず、女が短剣を撫でながら言い放つ。

「これを手にしてると、貴女に斬り殺された弟の、哀しそうな声が…………伝わってくるのよッ」
「バカッ!」

止めに入った怒声も虚しく、女は自分の身に短剣を突き刺してしまった。
すると、みるみる内に女の身は邪気で覆い尽くされていき、怠惰なるホラー・ベルゴルへと変貌を遂げてしまったのだ。
背後にいる輪廻を振り払い、彼女はこう告げた。

『ほら……これなら、私のことも容赦なく、殺せるでしょ……?』

かつての弟と同じ姿に成り果て、人を捨てた女。
その結末は、

――ブチッ、ブシュ!――

どこまでも憐れなものだった。

『グゥ……アァ…………!!』

ベルゴルの体表から黒い液体―――呪詛に満ちた血が噴き出したのだ。
通常、ホラーは自らの陰我と同じ性質を持つ人間を選別し憑依することで活動する。
理由は簡単。性質の合わない陰我では活動に支障をきたし、挙句の果てに拒絶反応が起こるからだ。
今、ベルゴルに起こっているのがそれである。

『い……が……骨が、軋む……肉が、裂ける……!』

最早立っていることすらままならず、無様に床に倒れ伏し、痛々しい声をあげるベルゴル。

『こ、れ……は……。貴女は、この苦しみから……弟を、助けて……くれた、の……?』

漸くの事で言葉を紡ぐも、次の瞬間には再び血飛沫が悲鳴と共に飛び出す。
彼女は今自分が感じるものと共に理解したのだ。弟と輪廻の本当の心のことを。

「…………」

輪廻は何一つ言うことなく、静かに魔戒剣を抜刀し、ゆっくりとした動きで切っ先を天に掲げ、門を描いた。

降り注ぐ光。
一瞬にして紅蓮の鎧を纏いロキとなった彼女は、歯牙を隠すように巻かれた黒いマフラーを地に向けて垂らし、一歩一歩とベルゴルに近づいていく。
ガシャ、ガシャ、というソウルメタル特有の金属音を足音に換え、ロキは目と鼻の先にいるベルゴルを見下ろした。

「…………」
『は、早く……断ち斬って……。ワ、私ノ……イ、陰我ヲ……』

身を削る激痛。魂を犯す恐怖。
ベルゴルは全てを振り絞って上体を起こし、両腕を広げて一秒でも早い救済を懇願する。

「――――――」

ロキは決して言葉で応えない。
今の彼女に必要な救いの手はたった一つなのだから。

両手で断罪剣の柄を握り、緩やかな動きで上段に構え、そして―――



――斬ッ!――



――……キンッ――



その一刀を振り下ろし、流れるような動作で魂の剣は鞘へと納められた。
直後、ベルゴルの体からは邪気が一瞬にして消え去り、元の人間の姿がそこにあった。
しかし、今度こそ完全に彼女は……力尽きていた。

それでも……、

「あり、が、とう。……私……これで、良かった……」

それでも、散り際の一言を告げた時の顔は、安らかとは言い難かったが、本当に後悔はなかった。

「…………」

光の泡粒となって消え去った一人の人間の最期を、鎧を解いた輪廻が静かに見送った。

『マスター』

左の中指で、ヴァルンが厳粛な声音で話しかけてきた。

『彼女は、彼の許に逝った』

その言葉にどれだけの意味と価値があったのか、それは誰にもわからない。

「行きましょう」

ただ輪廻は、一度瞼を閉じ、再び開くと同時にそう呟き、館を後にすべく部屋を出ることにした。
先の瞬間を境に既に結界が解除されているのを感じ取ったのか、それとも戦い自体が有耶無耶になったからか、切嗣も魔弾を回収すると沈黙したまま輪廻と共に部屋の出口に向かう。

『堕ちることで初めて分かる苦痛と恐怖がある。―――憐れながら、それが彼女が今際の際に得た答えだったのだろう』

そして二人は、扉を開け、外へと歩みを進めた。
己が従者との再会のために。






*****

「…………」
「綺礼。今宵の演目の感想、聞くまでもないようだな」
「あぁ……実に面白くない。精々、あの慟哭と悲鳴だけが見せ場だったな」

此処が何処かなど、今となってはどうでもいい。
ただ一つだけ言えることは、この場にはギルガメッシュと言峰綺礼がいることだ。

「ふん。その言葉には(オレ)も頷いてやる。これでは酒の肴にもならんな」

復讐者に情報と短剣と舞台を与えた二人の黒幕。
その表情は御世辞にもご機嫌とは言い難い。
尤も、彼らにとってこの復讐劇自体が茶番でしかない為、まあ仕方ない、という程度の感じである。

「……このワインも、無駄になったな」

綺礼はグラスに満たされた赤ワインをぞんざいに飲み干した。

「ギルガメッシュ。遊びの時間もこれまでだ」
「言われるまでもない。いよいよアレが―――貴様の求める者が見られるだろうよ」
「……あれがどのような存在であれ、自らの誕生を望んでいるのは確かだ。ならば、それを祝福するのが私の務めだ」

彼らは何処とも知れぬ闇の中で歩き出していく。
王と神父。愉悦の求道者と黄金の英雄王。
その道の末路にて待ち受ける存在に、形容し難い未来を思い描きながら。





*****

南の番犬所。
異空間の通路である魔戒道の先にあるここに、三人の騎士が押しかけていた。

「ヴァナル!どういうことは説明しなさい!」

ゐの一番に声を張り上げたのはやはり輪廻。
その後ろには突いてくる形で雷火とデュークが随伴していた。

三人がここへ来た用件はただ一つ。
ベルゴルの短剣が何故、件の女が持っていたかを問いただす為である。

「あの短剣、魔界に送り返したんじゃなかったの?」

しかし、いくら呼びかけてもヴァナルの姿は見当たらず、姿を見せてくる様子もない。
番犬所はいつも通りの静けさと殺風景さを保っている。まるで誰もいないかのようだ。

「ヴァナル、出てきなさい!ヴァナル!」

輪廻がどれだけ声を張り上げても狐の仮面を着けた神官は現れない。
ことがことだけに輪廻も今回の番犬所の失態には怒っていた。
どうあってでも真相を聞きださなくてはいけない。本来なら有り得ない悲劇のあらましを知らなくてはいけない。

「輪廻。少し、静かにしてください」
「姉さん……」

そのタイミングで雷火が輪廻の前に出た。
静粛な状況を求めるからして、常人では感じ取れない何かを、吸血鬼の発達した五感で知ろうとしているのだろう。
輪廻はそれを察し、素直に雷火に任せることにした。

「くんくん……くんくん……」

わざとらしく声を僅かに出しながら鼻腔に空気を吸い込ませていく雷火。
時間にして十数秒ほどその動作を繰り返していると、漸く普段とは違う何かに気が付いたらしい。

「……血の匂い」

それは吸血鬼の嗅覚が最も捉えやすいモノ―――命の水、血液特有の鉄分の生臭い匂いである。
そこから彼女の行動は実に早かった。匂いの続く方向へと足早に進み、普段騎士との会合に用いられる間を抜け、番犬所の奥へ奥へと入り込んでいく。

辿り着いた場所は雷火にとって懐かしい部屋であった。
その部屋はかつて自分が死体から死徒に生まれ変わった運命の場所。
闇の道へと自分を導いた第二の始まりの場所であった。

しかし、その懐かしい想いはすぐに掻き消された。

「おい、神官!おいッ、しっかりしろよ!おいッ!」

デュークは急いで床で横になっていた神官ヴァナルを抱き起し、必死になって呼びかける。
暗い床一面を血潮で濡らしていた彼に。

この事件は聖杯戦争が最早、瓦解したも同然の有り様と化したことを告げるプレリュードであった、と生還したマスターたちは後々に語ったという。




次回予告

ヴァルン
『どんな時代でも、特に戦いで変わらないことがある。
 それは何かって?無論、共通の敵が現れた時だ。
 次回”疾走”―――今、英雄たちが轡を並べる……!』



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