― 四月○日 ―

…私は今日起こった出来事を生涯誰にも口にしないことをここに宣言する。
一夏には、特に。一夏に知られたら、私は死ぬ。舌を噛み切って死ぬ。
それほどまでにこの事件は衝撃的で、一生の傷として私の心に刻み込まれたのだ。
しかし、それほどまでの事件だからこそ先ほどから鬱憤が溜まって仕方がない。
なのでここに書き散らかすことにする。

…見知らぬ男に、裸を見られた。
千冬さんに許可を貰いいち早く剣道場を使わせてもらったのが運の尽きだっだのだ。
稽古後に大浴場のお湯を頂いたのだが、そこに奴がいたのだ。
私の、裸を、まじまじと……。
まだ、一夏にも見せたことないのに……ううっ……。
後で千冬さんから聞いたが、奴はまだ世間に公表されていない世界で二人目の
『男の』IS操縦者らしい……本当なのか? 俄かには信じられないが…。
まあ、奴は木刀でボコボコにしておいたし、書いているうちにまたムカついてきたから
この辺りにしておこう。

それより三日後が楽しみで仕方がない。
ああ…一夏。早くお前に逢いたい。
テレビで見た限り昔の面影を残しつつ精悍な男の顔つきになっていたが、内面はどうだろう?
昔の優しい一夏のままだろうか?
すぐに私に気づいてくれるだろうか? 気になって今夜も眠れそうにない。
もう何年も心に仕舞い込んでいたこの想い…きっと、伝えてみせる!


― 四月△日 ―

今日は筆を取るのが少し遅れてしまった。
今は…もう夜の十時過ぎか…かれこれ一時間以上悶々してたわけか…ああもうっ!
せっかく一夏と同じ教室になれたのに、まさか奴も…シン・アスカも一緒とは!
しかも一週間の期限付きとはいえ同衾する羽目になるとは! 冗談にしても性質が悪すぎる!
私は一夏に逢いたい一心で……。あの人の…姉さんの妹だからという理由で入学するのだとしても…!
一夏に逢えるなら……再び止まった時を動かすことができるならと、楽しみにしていたのに!
なのに何故奴と関わる時間の方が多いのだ!?
結局一夏とゆっくり話ができたのなんて休み時間のあの時だけだ!
ま、まあ…私のことにちゃんと気づいてくれていたのは嬉しかったけれど…。

……まあいい。どうせ一週間の辛抱だ。それに耐えればこの同衾も終わるらしいし、今は我慢しよう。
しかしシン・アスカ……不思議な男だ。
全身が傷だらけなことといい、さっきまでのうなされ方といい、普通じゃないのは間違いないな。
昼間のセシリア・オルコットとの問答も素直に感心したし…何者なのだろうなこいつは。
おっと…またアスカがうなされ出した。今日はここで筆を置くことにする。
…流石に木刀でボコボコにしたのはやりすぎだっただろうか? 間接……キスは、あれは事故だったのだし。
……起きるまで、看病してやるか。私が原因だし…。
目を覚ましたら、それとなく謝っておこう……。


― 四月□日 ―

おのれ…おのれっ! 何なのだあのセシリアとかいう女は!?
知らないうちに一夏と和気藹藹と…しかもISの特訓まで一緒に行うそうじゃないか!!
一夏も一夏だ! たった一晩一緒に過ごしたくらいで…デレデレしおってからに!
ISの特訓は私と一緒にするんじゃないのか!? 幼馴染である私の役目ではないのか!?
何が悲しくて、アスカに稽古をつけてやらねばならんのだ! 無理やり誘ったのは私だが!
しかし、少し仕合ってみてわかったが存外筋がいいなアスカのやつ。
しごいていけばかなりの腕前になると見た! アスカはこれが試合で何の役に立つんだとか抜かしていたが!
これはセシリアとの試合までの一週間、徹底して面倒見てやる必要があるな!
あの生意気イギリス女をコテンパンにのして、一夏の目を覚まさせるためにも!

…ああ、アスカのやつまたうなされ出した。
本当に毎晩うなされているのだな、とても苦しそうで……。
……とても、哀しそうだ。一体どんな夢を見ているのだこいつは?
聞いているとこちらまで気が滅入ってくる。

…不本意だが、今日も看病してやるか。
一応予備のミネラルウォーターも買ってあるし。
それにしても、うなされてしんどいのなら、素直に看病を頼めばいいものを。
こんな耳栓など渡して…俺のことは気にするなと言われてもな。
同室のよしみだ、せめて私が一緒にいるこの一週間くらい、見ておいてやるとしよう。


― 四月◎日 ―

…せっかく疲れているだろうと食事を持ってきてやったら、部屋にアスカがいない。
待てど暮らせど一向に戻ってこない、どこに行ったのだあいつは?
今日はあんなことがあったのだ、ゆっくりしていればいいものを……。

セシリアとの試合…なぜ途中で打鉄が停止したのだろうか?
ISの不具合など、よほどのことがないと起こらないはずなのに…。
だがそれより驚いたのはアスカが見慣れぬISを起動したことだ、何なのだあのISは?
装甲の至る所に傷がびっしりと刻まれて、血錆がこべりついていて…。
あんな異質なISなど見たことがない。
アスカの奴、あんなものを隠していたのか? 待機形態はアスカがいつも大事そうにしまっていた貝殻のネックレスだったし…。
だがその割にはアスカ自身も驚いていたし、千冬さんにそれを渡した後も様子がおかしかった。
何であんな嬉し泣きのような顔をするのか、理解できない。
結局今日までアスカのことは何も分からず仕舞いだったな……。

今日で、アスカとの同衾も終わりか…。長かったような短かったような……。
でも、私がいなくなって大丈夫なのだろうかアスカの奴……。
ただでさえこの一週間うなされてばかりで碌に眠れていなかったし…。
私がいなくなったらアスカは一人で……いや。きっと千冬さんのことだから誰かと同室にするだろう。
きっと大丈夫だ、そうに違いない。

…しかし、本当に遅いなアスカめ…。
ちょっと探しに行ってやろうか…どこかでふらついて倒れているやもしれんし。
全く、私がいないとどうしようもない奴だ……。仕方なく、仕方なくだからな! 全く……。


― 四月▽日 ―

これを書いている今の私はとても、とても混乱している。
今日は本当に、色々あって頭の中がぐちゃぐちゃな状態だ。
とにかく、今日あった出来事を箇条書きしていくことにする。

・アスカにまたしても裸を見られた。
・アスカが私の胸に顔を埋めてきた。
・アスカと再び同室になった(無期限)。
・昨日試合中にアスカの打鉄が不具合を起こしたのは、姉さん…篠ノ之 束の仕業だった。
・アスカの傷だらけのISは姉さんのこさえたものらしい。
・アスカの処遇について姉さんのぶっ飛んだ行動の数々。

…書けるだけでもこれだけある。今日はなんて濃密な日なんだろう。
アスカにされたセクハラの数々は、この際脇に置いておいていい。
木刀でメッタメタにしておいたからな。
でも、昨日アスカの身に起こった様々な出来事の元凶が、まさか姉さんだったなんて……!
アスカが打鉄の不具合で死にそうになったのも姉さんのせい!
アスカが各国から危険因子扱いされている今の状況も全て姉さんのせい!!
あの人は、私や家族だけでなくアスカにまで迷惑をかけて! どこまで自分勝手な人間なんだ!!

でも、アスカは私のことを咎めなかった。
姉さんが悪いのであって、私に責はないと…。
普通そうは思っても感情が先走るはずなのに…。
前々から思っていたが、あいつはどこかお人よしな所があるな…。それに救われた私が言うのもあれだが…。

…とにかく、これからは期限なしで同衾になったわけか…。
一応変なことはするなと釘は刺しておいたが、半ば冗談のつもりだった。
この一週間過ごして、事故でもない限り破廉恥なことはしない奴だと分かったから。

そろそろ、筆を置こう。
もうすぐ就寝時間だ、アスカがまたうなされる。
ベッドの間を隔てていた布も既にない。これからは何も遮るものもなく、看病をしてやれる。
一週間傍で見ていて分かった。今のアスカは誰かが横についていてやらなくては駄目だ。
不本意、ではあるが…。その役目を負うべきは同室たる私だろう。
これも運命というやつだ。仕方がないので、付き合ってやることにする。
仕方なく、仕方なくだ…。
アスカの奴毎日少しずつやせ細っていくから、それだけだ。


― 五月○日 ―

…今日、私は見てはいけないものを見てしまった。
部活が長引いて、帰ってきたのは六時前だ。
いつものように扉を開けて中に入ると、アスカがベッドに腰掛けていた。
いや、それ自体は何らいつもと変わりないが…。
アスカの格好…何故か三度笠を被って股旅に身を包んで、項垂れながら
スルメを咀嚼しつつミルクティーを飲んでいた。
アスカの奴…最近憔悴具合が目に余るほどに酷くなって心配していたが、まさか
こんな異常行動に走るほどに追い詰められていたなんて……。

正直私の看病だけでは追いつかない気がしてきた。
どれだけ頑張って看病しようにも夜うなされるのは止まらない。
むしろ日を追うほどに酷くなっていく。
同衾が再開されてからまだ数日だが、見ていられない。

千冬さんにもう一度相談した方がいいのだろうか…。
明日時間を見つけて声をかけるとしよう。

ああ…またアスカの奴うなされて…。
本当に苦しそうだ…。一体どんな悪夢を見ればこんな呻き声を上げられるのだろうか。
何とかしてやりたい…その苦しみを和らげてやりたい。
時間を見つけて、看病の仕方を勉強しようと思う。
アスカは私の友人だ、私が傍にいるうちは、できる限りのことをしてやろう。


― 五月△日 ―

今日はアスカのクラス代表就任パーティが行われた。
アスカが一夏とのジャンケンで負けたあの日から秘密裡に進められてきた企画が、
ようやく日の目を見たのだ。
しかしパーティが終わってからアスカの様子がおかしい。
何故か心ここにあらずといった様子でぼんやりしている。
私が声をかけてもまるで上の空だ。

パーティの途中までは普通だったのに…。
同じ教室の秋之桜さんと話をしてから、ずっとこうなのだ。
彼女と何かあったのだろうか? しかし端で見ている限りは普通だったし…。

とにかく今日はいつも以上に腰を据えてアスカのことを見ておくことにする。
アスカの奴、もう十時を回っているのに眠る気配がない。
さっきからずっと携帯電話をいじっている。
時折優しい表情になるのは気のせいだろうか?
一体何を見ているのだろう、気になる。

そういえば千冬さんに話をしたが、学園の医療施設で検査を受けるよう
アスカに言ってくれるそうだ。
私が言ったってアスカは大丈夫と言って聞きはしないから、とても心強い。
アスカ…少しでも早く普通の状態に戻ればいいのに…。


― 五月□日 ―

今日、一夏のセカンド幼馴染なる女が現れた。
凰 鈴音なる溌剌とした気持ちの良い女だ。
セカンド幼馴染などという立場でなければすぐにでも仲良くなれただろうが、
これも運命だろうか…。
あっちも私が一夏の幼馴染と知って目で威嚇してきたし…。
一夏の奴、あらゆる女性から好意を向けられるところは本当に変わらないな…。

そういえば凰は一夏のことを風来のシ○ンなどと呼んでいたが、何のことだったのだろうか?
聞いてもアスカの奴答えてくれないし、どれだけ私が心配してやってると思ってるのだ!
今日だっていつも以上にうなされて疲れているはずなのに医務室にさえ行かないし…。
千冬さんの忠告すら無視するつもりかアスカ…?

ずっと思っていたけど、アスカは自分の体について無頓着すぎる。
何故もっと危機感を抱かない? たった一つの体なのだぞ?
私からももっと強く医療施設に行くことを言わないといけないかもしれない。
取り返しのつかないことになってからでは遅いのだから…。


― 五月●日 ―

明日はいよいよIS学園に入学してから初のクラス対抗試合、クラス対抗戦が始まる。
私たち一組の代表であるアスカも放課後アリーナで特訓を続けてきた。
ミネラルウォーターを差し入れた時知ったのだが練習試合の相手は一夏だった。
確かに二人して授業が終わった後出ていくので気になってはいたけれど…。
しかし一夏にアスカの相手が務まるのだろうか?
ISの腕前は私や一夏よりもアスカの方が遥かに上のはずなのだが…。
まあ二人とも納得して特訓しているようだし、何も言わないことにする。

アスカの一回戦の相手は二組の凰だ。中国の代表候補であるあの女にアスカが
どこまでやれるか…。
いや、同じ代表候補生であるセシリアとの戦闘を圧倒的優位で進めたアスカならば
凰にも後れを取ることはないと思う。それより私が心配しているのは別のこと。

言葉では上手く説明できないが、嫌な予感がする。
胸騒ぎがするというか…とにかくアスカのことが心配でたまらない。
セシリアとの試合では姉さんのせいで危うく死にかけたのだし、それが原因で
こんな心配をしているのだとは思うが…。

ああ、こんな事ばかり考えていると気が滅入ってくる。アスカの傍に戻ろう。
看病を続けてきて分かったが、うなされている間アスカの頭や頬を撫でてやると、
呼吸が多少なりとも落ち着く。
起きている間は恥ずかしがってそっぽを向くけれどな。
この対抗戦が終われば一度医療施設で検査を受けると約束してくれたし、それまでは
こうやって少しでも苦痛を和らげてやらねば。

そういえば本で歌を歌ってやれば精神が落ち着くと書いてあったな。
今度子守唄でも歌ってやろうかな。
アスカの奴、それで少しでも落ち着いてくれればいいのだけれどな…。


― 五月▲日 ―

……この日記を書くのも久しぶりだ。もう十日以上も筆を握る気力が湧かなかった。
昨日アスカはようやくICUから特別個室へ移った。
とりあえず危篤状態を脱することはできた…それは素直に良かったと思う。でも……。

ひとまず命の危険は脱したとドクターは言っていた。
でも、アスカは未だ目を覚まさない。ずっと眠ったままだ。
今まで私でも見たことのないほどに穏やかな顔で、眠ったままだ。
アスカはあれから一度たりともうなされてはいない……何故……。
……これ以上はやめておくことにする。

アスカ……私はお前が気だるそうにしているのは寝不足によるものだとばかり思っていた。
お前の体の傷にそんな経緯があったなんて想像もしなかったんだ…。
すまない…本当に、すまない……。私がもう少し気を付けていれば、お前の苦痛を
軽くしてあげることができたのに……。

神様……もし存在するのならばお願いです、アスカを助けて下さい。
私にはアスカが目覚めるまで見舞いに行くことしかできないのです。
それだけしか、できないのです。
お願い…神様……。アスカを……アスカを助けて……。
お願い………お願い……………。
お願いします……お願いします………。
アスカ……目を覚まして……お願いだから………。


― 五月■日 ―

神様、ありがとうございます……本当に、ありがとうございます……。
アスカが今日、目を覚ましました。
ドクターもしばらく入院することになるが、もう大丈夫だと仰ってくださいました。
本当に、良かった……。今も視界が滲んで、文字が上手く書けません…。
ありがとう……ありがとう………。

でも、神様…。とてもとても嬉しいはずなのに、同時にとても悲しいんです。
アスカが目を覚ました時、彼は……笑っていました。
涙を流しながら…涙にしてはとても紅い涙を流しながら、笑っていました。
その理由を聞いても、彼は何も答えてくれません。
「幸せな夢を見れたから、嬉し泣きだ」と言って、答えてくれません。
そんなはずないのに、あんなに哀しそうな顔をしているのに、何も話してくれないんです。
それが、とても悲しいんです。

彼が昏睡状態の時千冬さんから体の傷について聞かされた時も思いましたが、
私は、もう一か月彼と同じ部屋で一緒にいるのに、彼のことを何も知らないのです。
彼も私のことはよく知らないでしょう。でもそれ以上に、私は彼との間に距離を感じるのです。

…神様、私は今までアスカのことを心配して、できうる限りを持って看病してきました。
でもそれはアスカにとってそれは喜ばしいことだったのでしょうか?
今なおこうして深い亀裂のような溝が私とアスカの間に広がっている…。
それはつまり、今までの生活の中で、私たちの間は全く近づかなかったと、
そういうことなのではないでしょうか?
私のしてきたことは、本当に意味のあることだったのでしょうか…?
私は………アスカに、必要とされているのでしょうか……?

…今日はこのあたりで筆を置きます。
神様、柄にもなく弱ってしまった私の愚痴に付き合っていただき、ありがとうございました。
ドクターによるとアスカは少なくとも三か月は入院しないといけないそうです。
だから私はその間、なるべくアスカの傍にいようと思います。
思うんです、例えどれだけ溝が深かろうと、アスカを看病できるのは私しかいないと。
私だけが苦しむ彼の姿を知っている。私だけがそれを毎晩支えてきたのですから。
だから、私はできるだけ彼に近づこうと努力してみようと思います。
何故でしょう、私は心から、それをしたいのです。


― 六月○日 ―

今日、アスカの病室に新しい着替えを持って行った。
あと清潔なタオルも何枚か。
アスカの奴あと数日で退院だからか頻繁に外を出歩くようになった。
もちろん看護師の介助付きでだ。本当ならまだ入院していなければならないほど
衰弱しているんだ。
無理なんてしてほしくないけれど、アスカはリハビリだと言ってやめてくれない。
何故あんなに焦っているのか、今の私には分からない。

ともあれもうすぐ退院なんだ、これからは私が今まで以上に付きっきりで傍に
いてやらねばならない。
アスカは日常生活を送ることすら困難な状態だ。
同室の私がしっかりせねば。アスカがこれ以上苦しむことのないように…。
まるで獣のように呻き、末期症状の患者のようにもだえ苦しみながらうなされる
お前を、私は放ってはおけない。
女の直感だが、思う。理由も分からないけれど、思う。
お前は悲しすぎる。悲しい夢が、多すぎる。
誰かが傍にいないと、お前は本当に壊れてしまう。駄目になってしまう。
……いや、仕方がないなんて、そんな義務感なんかじゃない。
もう三か月近くお前と一緒にいて、ずっとお前を見てきて、決めた。
私はお前の傍にいる。いつからだろうか、そう心から誓ったのだから。

話は変わるが今日アスカが驚いたことにに私に今までのことに感謝を述べてきた。
私の看病のおかげでとても助かっていたと、今までの苦痛に耐えてこれたのは
私が傍にいたおかげだと、そう、言ってくれた。
嬉しかった…今も心が舞い上がっているようだ。
アスカから…彼から必要とされていた。
彼の真摯で真っ直ぐな言葉は、私の中にくすぶっていた疑念を簡単に晴らしてくれた。
私とアスカの間の溝は、思ったよりも遥かに狭かったのだと、確信できた。
心がポカポカする……何故こんなに嬉しいんだろう?
アスカが私を必要としてくれている、たったそれだけのことが、とても嬉しい。
涙が出そうになる。

今日は久しぶりに気持ちよく眠れそうだ。
…そういえばアスカ、妙なことを言っていたな。
「俺が退院する頃に私にビッグなプレゼントを渡す」って。
ビッグなプレゼント……何だろう?
ふふっ、誰かからの贈り物なんていつ以来だろう?
楽しみだなぁ………ふふふっ。

さあ、もう寝よう。
明日は休日だ。朝からアスカのところへ行かないと。
お休み、アスカ………。
夢の中で、逢えますように……。


― 六月△日 ―

……さっき千冬さんと山田先生が来た。
私とアスカとの同室が、今日の二十二時…つまり現時点をもって解除される。
次のルームメイトは、一夏だ。

でも、それは偶然じゃなかった。
アスカが…以前から今日同室が解除されるのを聞いていて、私と一夏が同室に
なるよう取り計ってくれていたらしい。
私が一夏のことを好きだから…一夏とより仲良くなれるようにと…。
私の恋の方が大切だと……自分の体のことよりも……。

アスカが数日前に言っていた「ビッグなプレゼント」とは、このことだったらしい。
千冬さんは言っていた。アスカは私にずっとずっと感謝していたと。
私が一夏と過ごす時間を削ってまで看病していることに、感謝しながらも罪悪感を
抱いていたこと。
自分の体のことは一番よく分かっているはずなのに、それを度外視してまで、私の
ことを考えてくれていたこと。

……最初に同室解除を聞かされた時、私は今一度アスカとの間にある溝の深さを呪った。
その近視眼で浅はかな自分の考えが、情けない。
私とアスカの間には、いつの間にか絆があったんだ。
目には見えないけれど、とても確かな、絆が。
私はアスカを信じようとしていたくせに、その実全く信じられていなかったんだ。

…心が満たされるとは、こういう事を言うのだろうか。
さっきから、私の中のすべてに、アスカがいる。
頭にも、心にも、私を構成するすべてがアスカに、その優しくて、暖かい想いに、
包まれている。
胸の鼓動が、ドキドキが止まらない。
一夏のことを想っていた時よりも大きく、暖かく、なぜか苦しくて、切ない。
今すぐアスカに逢いたい、そんな衝動が抑えられなくなってくる。

私は今までアスカに一方的に与えるばかりだと思っていた。
でも、違ったんだ。
いつの間にか、気付かないうちに、私はアスカに、沢山のものを貰っていたのだと知った。
こんな感情を持ったことは、今までなかった。

明日、アスカは退院する。
もう私と同室ではないアスカは、たった一人で長い夜を過ごさなければならない。
あの慟哭とも取れるほどの雄たけびを上げながら、悪夢にうなされながら。
でもアスカはそれを受け入れるだろう。私が一夏と同室になったことに満足して。
自分にかかる負担など算段にも入れずに。

……だったら私にも考えがある。
この繋がりに…絆に気付いた今ならもう、躊躇いはしない。
アスカは私のことを慮って一夏との同室をセッティングしてくれた。
もちろんその思いを無下にするような真似はしない。
でも、だからって何もできないわけじゃない。
明日千冬さんに話をしてみようと思う。
確か各部屋にはマスターキーの他に合鍵もあったはずだ。それがあれば……。

さあ、今日はもう寝よう。
明日は朝一番にアスカを迎えに行かないと。
同室のこともそれとなく聞いてみよう。
アスカの口から直接、今回のことをどう思っているのかを。
それを聞いたら、多分私は……。高鳴り続けている私の心は……。
心を支配しているこの想いが……きっと………。

一人で眠るのがこんなに寂しいと思うのも初めてかもしれない。
アスカが昏睡状態の時からずっと感じていたことだけど、こんなに人肌が
恋しくなるなんて……。
でも、それも今日で終わりだ。明日から傍には、アスカがいる。
アスカが傍にいれば、それだけで暖かくなる。心も……体も。

…お休み、アスカ。
今まで知らなかった感情を、ありがとう………。





          ・





          ・





          ・





          ・





          ・






午前七時三十分。
まだ登校するには早すぎる時間だが、アスカの歩行速度を考え早め早めに到着する。
目の前にある扉、これを開ければそこにアスカがいる。
この時間に迎えに来ることは伝えてあるから、もう用意は済んでいるだろう。

最初はどう声をかけようか? どういう表情をすればいいだろうか?
おかしなものだな…昨日も、一昨日も、そのまた前の日もずっと会っていたのに
こうも緊張するなんて…。
でも、それも仕方ないことだと思う。
私は昨日、生まれ変わったんだ。この想いに気付いたことで、新しい自分になったのだから。

すうっと息を吸って、ゆっくりと吐く。
胸に手をやって、高鳴る鼓動を落ち着かせる。
さあ、篠ノ之 箒。早く行かないとアスカが待ちくたびれてしまうぞ。
アスカは私が迎えに来るのを待ってくれているのだから。
勇気を出すんだ、篠ノ之 箒! ファイトだ!

ゆっくりと取っ手を掴んで、扉を開ける。
そこには実に一か月半ぶりに制服に袖を通し、忘れ物がないか荷物をチェックしている
アスカの姿があった。
その姿を見た瞬間、さっきまでの鼓動が静まる。
心も落ち着きを取り戻し、私はその後ろ姿に、自然と声をかけていた。
そう、いつも通りに。
穏やかな心のまま、見えない確かな繋がりを感じながら。
そしてアスカも、いつものように優しい笑みを湛えたまま振り向いてくれた。
それは私たちの間でのみ感じられる、世界でただ一つの絆だった。



「……それじゃあ、そろそろいい時間だし……。
 行くか、アスカ」

「……ああ、迎えに来てくれて、ありがとな篠ノ之」



ここから、始まるんだ。
新しく生まれ変わった私と、アスカとの、新しい物語が。
それはきっと、素敵な物語なんだと思う。
いや、そうしてみせる。
私が傍にいる限り、そうなるようにしてみせる。
それが、傍でずっと支え続けるっていうことなのだと思うから。

改めて、よろしくな。
私の大切な、アスカ……。



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