| 〜注意〜 この話は、『捜し、求めるもの』のユナの学生編です。 続きがあるかは、作者自身にも不明です。
「ユナ・アレイヤ! ユナ・アレイヤ! 至急学園長室まで来なさい!!」 今日一日の授業も終わり、魔法学園の寮の自室で、のんびりと読書をしていたユナの耳に、突然呼び出しの放送が飛び込んできた。 ユナの容姿は、特徴的なのが赤い髪に赤い瞳。そして、まだ幼さの残る顔立ちだろう。 それもその筈で、現在のユナの年齢は13歳である。 だが13歳という年齢は、この学園都市の中では決して幼い方ではない。 小さい方では、5〜6歳で入園するのも珍しくない。 「なぁ、ユナ。何だか呼び出されているが、私が知らないところでまた何かやったのか?」 そうユナに尋ねてきたのは、アルビノの為に雪のように白い肌と白い髪に、目が赤いのが特徴的なユナと同室の少女。 名はレン・オニキス。 喋り方は独特だが、レンもユナと同じ13歳の少女で、ユナとレンの二人が揃って歩けば、いろいろな意味で注目を集める存在だった。 そんなレンは、学園の中でユナと親しい数少ない親友の一人でもある。 そんなレンが不躾な態度でユナに接するのは、いつもの事である。 ユナに対して、こんな不躾な態度を取れる人物は、学園の生徒は勿論、教職員を併せてもそうはいない。 ユナが学園に入学してから3年ほど経つが、ユナの才能と性格は、良い意味でも悪い意味でも、学園内では有名だからだ。 そしてユナは、そんな気心知れる数少ない親友の言葉に対して、 「ん〜? 学園長に呼び出されるような事ねぇ……。禁呪が載っている禁書を勝手に呼んだことがばれたのかしら? それとも、立ち入り禁止区への無断侵入の件? それか、無断で持ち出したマジックアイテムを破壊したことかしら? それとも……」 何やらブツブツと考え込むユナだったが、 「う〜ん、一杯あり過ぎて分からないわ」 あっけらかんと答えるユナだが、もしどれか一件でもばれたら、学園を追放されかねない程の違反には間違いない。 そんなユナの言葉を聞いたレンは、 「でもソレらは、痕跡すら残さないように万全の注意を払っただろう? 第一、学園内でもマジックアイテム紛失の件しかばれていない。そのマジックアイテムの件も、結局は私達が犯人だってばれてない。完全犯罪成立だ。第一、それだったら私も呼び出される筈だ」 どうやらこのレンと言う少女も、ユナの犯罪の片棒を担いでいるようだ。 「それもそうね。けどそうすると、本当に何の用かしら?」 「さぁ? 行ってみれば分かるだろう」 「それもそうね」 本当に心当たりが無いのか、首を傾げていたユナだったが、レンの言葉に納得したのか椅子から立ち上がり、部屋のドアへと歩いていった。 「じゃあ、行って来るわ」 「行って来い。面白い土産話を期待しいる」 と言ってレンは、部屋を出て行くユナに気楽に手を振って見せた。
コッツ、コッツ、コッツ。 石畳の廊下に、ユナの足音が静かに響いている。 辺りはもう日が沈んでおり、廊下には魔科学の人工的な光が照らしている。 「さて、いったい何の用なのかしらね」 そう言ってユナは、重厚な木の扉の前で立ち止まった。 重厚な扉に嵌め込まれているプレートには、「学園長室」と書かれていた。 コンコン。 ユナはノックをしてから、 「ユナ・アレイヤ、呼び出しに従い、参りました」 と、中に居るだろう学園長に声をかけた。 「入りたまえ」 「失礼します」 返事が返ってきたのを確認したユナは、目の前の重厚な扉のドアノブに手を掛け、押し開いた。
部屋に入ってまず目に飛び込んで来たのは、重厚な木で出来た机に、革張りの椅子に腰掛けている50代の男性。 そして、その他にも二人の教職員の姿が在った。 椅子に腰掛けているのは、この魔法学園の学長であるキース・ベロニカ。 それとユナの学年の主任である、20代の男性教員デニス・アンダーソン。 もう一人が、ユナの二つ上の学年主任である、30代の女性教員リンス・ファラン 「(うーん、どの顔も怒ってるわね。本当に何の用かしら……)」 三人の表情から、怒っている事は分かるが、何に対してなのか分からない為に、ユナは内心あれこれと考えていた。 「学長、私をお呼びとの事でしたが、いったい何の御用でしょうか?」 「うむ。よく来たな、ユナ・アレイヤ。さて、本日は何故君が此処に呼ばれたか分かるかね?」 ユナは内心、「だから何の用だかと聞いてるんでしょうが!!」と思っていたが、 「いいえ。私には、何故呼ばれたのか分かりません」 そんな事はおくびにも出さずに聞き返した。 それに反応したのが、リンスだった。 「貴方、本当に分からないの? 貴方が昨晩何をしたか思い出してみなさい!」 リンスの強い口調に、ユナは昨晩の自分の行動を思い返す。 「(昨晩ね……。えぇっと、確か昨晩と言ったら……ん? もしかしてアレかしら。でも、アレはきちんと殲滅した筈だし……。流石に一晩で意識が戻るとは思えないけど……でも、アイツはゴキブリ並の生命力を持ってそうだし。確かアイツの親はバカ息子に相応しい、自尊心の塊のようなバカ親だったわね。とすると、やっぱりアノ件かしら……ね。でもアノ件なら、面倒事が起きないようにちゃんと手を打っておいた筈なんだけど……。うん、一応惚けてみよう)」 「いえ。特に思い当たる件はありません」 「貴方、本当にそう思っているの!」 ユナの言葉に頬を引き攣らせるリンス。 対してユナは、 「はい」 簡素にそう答えた。 「貴方って人は! 昨晩、私の受け持つ学年の生徒の「クロス・ハーレン」に重症を負わせたでしょう!?」 大声をあげるリンスだったが、ユナは内心やっぱりと思っていた。 「ああ、確かにそんな事もありましたね。でもそれが、どうして私が呼び出される事になるんでしょうか?」 そんなユナの言葉に、リンスは顔を真っ赤にして言い返そうとするが、キースがそれを手で制して、 「ふぅ。君は簡単に言うがね、彼の家は伯爵家だ。その伯爵家のご子息を傷付けたとあっては、色々と問題が生じるのは当然だろう。それにハーレン伯爵家は、我が学園に多額の寄付をして下さっている。そのご子息を傷付けたともなれば、我々も何かしらの罰を君に与えなくてはならない」 「(やれやれ。仮にも魔法学園の学長ともあろう人が、権力と金の力で膝を付いてどうするのよ)」 内心呆れ果てたユナだが、 「ですがあの決闘は、私と彼との間の問題です。父親が出て来たからと言って、私は謝る気は微塵もありません」 存外に謝って来いと言っているキースに、きっぱりと拒絶の意をあらわにした。 そんなユナの言葉に頭を抱えるキースだったが、 「だがな、ユナ・アレイヤ。彼は、息子を半殺しと言うか……虫の息にした君を連れて来いと言っている。そうしなければ、今後一切我が学園に資金を寄付しないと言ってきているのだよ」 「なぁ、アレイヤ。謝って来るぐらい良いじゃないか。それで、我が学園も救われる」 初めて口を開いたデニスからの言葉に、 「お言葉ですが、デニス学年主任教員。あの決闘の際に、私と彼との間で、後々面倒事が起こらない様にと念書を書いておきました。その念書の内容の一項目に、相手を殺しさえしなければ、どんな事になっても責任は問わないと言う項目もありますので、私に責はありません」 そのユナの一言で、学園長室は静まり返った。 念書を交わしていると言う事は、法的にも裁く事が出来ないからだ。 それどころか、念書を交わしているのにも拘らずに、その内容を一方的に破棄すれば、貴族だろうが王族だろうが裁かれる可能性すらある。 キースは声を掠れさせながら、 「そ、それは本当かね?」 「本当です。なんなら、今持って来ましょうか?」 「う、うむ。そうしてくれ」 「では」 そう言って学園長室を出て行こうとしたユナだったが、扉の前でくるりとキースに振り返ると、 「それと、レン・オニキスを連れて来て良いでしょうか? 彼女もあの時、見届け人として一緒にいましたし、それに念書にもサインをしていますから」 「ふむ、レン・オニキスも一緒だったのかね? 宜しい。そう言う事なら、連れて来なさい」 「ありがとうございます。では……」 そして今度こそユナは、振り返らずに部屋を後にした。
「それで、結局呼び出しの理由はなんだったんだ?」 ユナが自分の部屋に帰ってきた早々に、レンが声を掛けてきた。 「ああ、昨晩のあのバカ息子との決闘の事だって」 「なるほど。あのバカ息子が父親に泣き付いたのか、それともバカ親父の方が、家名に泥を塗られたと騒ぎ立てているかのどちらかだな」 「でしょうね。それで、念書を持って行く事になったわ。あと、レンも一緒に来て欲しいんだけど」 「ふむ、私も見届け人としてあの場所にいたしな。それに、念書にも見届け人としてサインをしている事だし、別に構わんぞ」 そのレンの言葉に、口元に微かな笑みを浮かべるたユナは、 「ありがとう。では行きましょう」 そう言ってレンを伴って部屋を出て行った。
「これが先ほどお話致しました念書です」 学園長室にレンを伴って戻ってきたユナは、そう言って一枚の紙をキースに手渡した。 「うむ……」 ユナから念書を受け取ったキースは、念書の内容を確認していく。 一通り確認を終えたキースは、 「なんだね、この念書は?」 少し呆れた様にユナに聞いてきた。 「何……とは?」 キースの言いたい事は分かってはいるが、あえて聞き返すユナ。 「この決闘に勝ったら、ユナ・アレイヤはクロス・ハーレンの恋人になると言うのだよ」 その言葉を聞いたユナは、嫌そうに眉を顰めながら、 「ご覧の通りです。あまりにもクロス・ハーレンが、自分と付き合え付き合えと煩かったので、私との決闘に万が一でも勝てたら、恋人になってあげると言っただけです。逆に私が勝ったら、もう私の前に姿を現さないという条件を加えてですが。結果は……まあ、今までの鬱憤も織り交ぜて虫の息にしましたが」 「なるほど……ところで、念書はコレだけかね?」 「いいえ。私が一枚に、クロスが一枚。そして、見届け人のレンが一枚の計三枚あります」 「ふむ、レン・オニキス。君が持っている一枚も見せてくれんかね?」 キースのその言葉にレンは怪訝な表情を浮かべ、 「だが、内容はソレと同じだが?」 「何、念の為と思ってくれたまえ」 「……分かった。コレだ」 ユナが頷くのを見たレンは、念書を懐から取り出し、学園長の机の上へと置いた。 「ふむ、確かに同じ内容だな。サインもある。デニス学年主任教員、リンス学年主任教員、確認を」 「これは、まぁ……」 「これはこれは、確かにコレでは、謝りに行けとは言えませんね」 「ふむ、困った事にな。デニス学年主任教員、リンス学年主任教員」 そう言ってキースは二人の教員に目配らせをした。 キースの目配らせを受けた二人は、 「でもまぁ、その念書も……」 「燃えて無くなってしまえば、意味もありませんわね」 そう言って二人は、念書を炎の魔法で燃やしてしまった。 だが、念書を燃やされたにも拘らず、ユナとレンには慌てた様子は見当たらなかった。 唯二人の顔には、三人に対する軽蔑と嫌悪の表情が浮かんでいた。 「さて、厄介な念書も無くなった事だし、伯爵に謝りに行って貰おうか」 「まぁ、これも学園の為だ。すまんな」 「貴方達はまだ子供だから、伯爵もきっと優しくして下さるわ」 三人はユナとレンに対して、嫌らしく醜悪な顔で言う。 そんな三人に対して、ユナとレンは冷笑を浮かべた。 「何故私達が、伯爵なんかに謝らなければならないのかしら?」 「まぁ、予想通りと言えば、予想通りの展開だな」 完全に小ばかにした態度のユナと、呆れたように肩を竦めるレン。 キースはそんな二人の態度が気に入らないのか、 「念書が無ければ、如何する事も出来まい?」 そう言うと勝ち誇った笑みを浮かべた。 「はぁ、予想通りと言ったでしょう。念書を焼かれるのも、予想の内の一つでした」 「それなのに、念書が三枚だけだと思うか?」 「実は念書は三枚ではなく、五枚あったんですがね」 その言葉に凍りつく三人。 「な、何だと!? 何処だ!? 残りの二枚は何処にある!?」 声を荒げ、キースはユナに掴みかからんばかりの勢いで、詰め寄ってきた。 「バカですか貴方は? そんな事を言うと思いますか?」 「全く、由緒正しい魔法学園の学園長に学年主任教員の二人が、此処まで腐っているとはな。呆れてモノも言えん」 ユナとレンの言葉に、デニスとリンスは怒りの表情を浮かべるが、 「そう言えば学園長、先月の27日の午後9時30分頃、いったい何処で何をしていました?」 「突然なんだ?」 怪訝な表情を浮かべるキースに、レンはニヤニヤしながら、 「いいから答えてみろよ」 「先月の27日の午後9時30分頃だと? あの日のその時間は確か……!!」 何かに思い至ったのか、キースは驚愕の表情を浮かべ、そしてその顔色は真っ青になった。 「どうしたのですか学園長!?」 そんなデニスの声も聞こえないのか、 「な、何の事だかさっぱり思い至らんね……」 そう言うキースだったが、その表情は優れなかった。 「そうですか? では、ちょっとお耳を拝借―――」 そう言ってユナは、キースの耳元に口を近づけると、何事かを小声でキースに囁いた。 「なっ!!」 ユナの言葉を聞いた瞬間、真っ青だったキースの顔色は、最早土気色にまでなっていた。 「そう言えば、デニス学年主任教員。貴方は今月の3日の午後8時頃、何処で誰と一緒だった?」 レンの嘲りを含んだ口調に、デニスは怒鳴ろうとしたが、レンの言った日時を思い浮かべ、キースと同じように顔色を悪くした。 「ふん。思い当たる節があるようだな。では、耳を貸して貰おうか」 そう言うレンの言葉に、デニスは逆らえずに耳を貸すと、やはりデニスの顔色も土気色になった。 「ふ、二人とも如何したって言うのよ!」 怯えるリンスにユナは、そっと口を耳元に近づけ――― やはりリンスも顔色を悪くし、カタカタと震え出した。 暫くそんな三人の様子を見ていたユナとレンだったが、 「それで? 私達はハーレン伯爵に謝りに行かなくてはならないの?」 そう問うユナに、 「い、いや。それは……」 「ハッキリしたらどうだ!?」 口ごもるキースに、レンが怒気を含んだ口調で言った。 「う、いや、あの、それは……」 「良いわ。ハーレン伯爵家には行きましょう。私達を手篭めにしようなんて考えている、エロ親父にはお仕置きが必要だしね」 「それもそうだな。きっちりと後始末はしないとな」 そう言って二人は学園長室をでて行こうとするが、 「あ、そうそう。コレをばらされたくなかったら、私達の機嫌を損ねない事ね」 「万が一にも、私達に危害を与えよう等と考えてみろ。その時は……分かっているよな?」 そのレンの言葉が止めとなったのか、室内に取り残された三人は、うな垂れたまま顔を上げようとしなかった。 そしてこの瞬間に、表はどうであれ、裏の学園内でのヒエラルキーは決まった。
「やれやれ、三年掛けて集めた情報が、こんなところで役に立つとはな」 「全くね。私は、違う場所で役に立つと思っていたんだけどね」 自分達の部屋に戻ってきた二人は、そんな事を話し合っていた。 この二人、入学当初から同じ部屋になってからと言うものの、こうして学園に関係している人物の人間関係などを中心に情報収集をしていたのだ。 その主な理由は、悪事を働いた時に、万が一にもでばれた時の保険として情報を集めていたのである。 それが今回、こんな形で役立ったのだ。 「それにしても、キース学園長は年下の女性と不倫……。婿養子なのによくやるわ」 呆れたように言うユナに、 「それだったら、デニス教員は道徳的にも拙いだろう? 何せ、教え子に手を出しているんだからな。それも複数」 怒りを滲ませながら言うレン。 そんなレンにユナは肩を竦め、 「でもまぁ、三人の中では、リンス教員が一番まともかしらね。ロマンチストで乙女チックなだけだし……」 「ああ、だが、あの歳で白馬の王子様はないとは思うがな」 二人は顔を見合わせ、肩を竦めあった。
後日、ハーレン伯爵家に出向いた二人をニヤニヤしながら出迎えた伯爵だったが、二人が客間を後にした頃には、10歳は老け込んだ様子だったと言う。
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