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■438 / 3階層)  愛の手を【ユーリィ・マカロフ編】2
□投稿者/ ルーン -(2006/10/14(Sat) 22:44:22)
     『愛の手を』は登場していない、もしくは余り出てきていないキャラを主役にしようという企画です。
     ですので、一編ごとに主役が違います。(タブン
     今回は、ユーリィ・マカロフの二編目です。
     今回はデクスターとの出会い編です。
     ユーリィは前回のと比べて、性格が180度違いますのでご注意を。



     雲一つない夜空に、月と星々の煌きが鮮明と目に付く。
     と、微かに星空の一部が歪む。
     微かに歪んだ星空から、夜よりも尚暗き漆黒の闇が滲み出る。
     徐々に、徐々に漆黒の闇は広がってゆく。
     ふと、その漆黒の闇に変化が訪れた。
     最初は陶磁器のような白い肌が現れた。
     続いて、血よりも鮮明な真紅の双眸が辺りを睨み据える。
     そして最後に、白銀の長い髪が夜風に靡き、柔らかな月明かりに輝いた。
     隠れる場所など在るはずもない夜空に、突如浮かび上がった少女。
     見た目まだ幼さを残す風貌からみて、年頃は十代半ばに見える。
     だがそれは、その身に纏う剣呑な雰囲気がなければの話だ。
     少女が纏う剣呑な雰囲気が、百戦錬磨の戦士を思わせ、見た目の年齢よりも遥かに上にも見せる。
     と、少女の鼻が、何かに反応するかのように微かに動いた。

     「…………血の臭い。それも大量の血の臭いと共に、死臭もしますね……」

     少女の剣呑な色を帯びた双眸が、臭いの源であろう風上へと向けられる。

     「…………………………」

     無表情のまま、何かを考え込むように暫くその場に佇んでいた少女だが、やがて漆黒の翼を羽ばたかせるとその場を飛び去った。
     少女が飛び去った方向は、血と死臭の源だろう風上だった。



     空を滑るように飛び、臭いの源に辿り着いた少女の目に映った光景は、少女が予想した通りのモノだった。
     眼下に広がる荒野に幾つもの骸が横たわり、その骸から流れ出る血が一面を血の海へと変えていた。
     眼下の惨状に気を動転させることも無く、少女はすーっと視線を巡らせ、息がある者が居るかを探す。
     淀みなく動いていた少女の眼が、ふいにその動きを止めた。
     そして少女は黒翼を音もなく羽ばたかせると、視線の先へと急降下する。
     ビューっと風を切る音と共に、地面が急速に近づいてくる。
     気が弱い者でなくとも絶叫を上げそうな光景だが、少女の表情は無表情のまま崩れない。
     漆黒の翼を一度羽ばたかせると、少女の体はフワリと空中でとまった。
     少女は目の前の小山の様な物体に視線を巡らせる。
     目に見える範囲でも、目の前への物体は至る所に傷を負っているのが見て取れた。
     切り傷に魔法によって焼かれたのか、焼け爛れた皮膚に凍傷等などなど。
     数え切れないほどの傷を負ってはいたが、どうやらまだ息が在るのは確かだった。
     もっとも、このまま数日間手当てもせずに放って置けば、死ぬだろうと少女は他人事のように考えていた。
     いや、事実少女にとっては他人事なのだろう。
     ふと目の前の物体が微かに身動ぎしたのを感じで、少女は改めて目の前の物体へと視線を向ける。

     「……おや、これは可愛らしい死神ですな。私の魂でも採りに来ましたか?」

     身に負う傷から重傷だろうに、やけにハッキリとした口調で話し掛けてきた。

     「私は死神ではありません。もっとも、他者の命を奪う存在が死神と言うのであれば、私は死神なのかもしれませんが」

     目の前の存在は、その言葉に小山の様な巨躯を微かに揺らして、クツクツと笑った。

     「―――なるほど、それは一理ありますな。……という事は、彼らの命を正当防衛とはいえ奪った私も、また死神と言う訳ですな」

     周囲に横たわる骸達に視線を巡らせると、少女は言葉を紡いだ。

     「貴方、スフィンクスですね? なら貴方を狙ったこの人間達の狙いは、貴方が守護する『何か』だったのでしょう。もっとも、貴方が何を守護するスフィンクスなのかまでは、私は存じませんが」

     少女の言葉に、スフィンクスは驚きに目を見開いた。

     「これは驚きですな。お嬢さんの様な方が、正確に我等スフィンクスの事を知っていようとは。人間はもとより、一部の魔族でさえも、我等スフィンクスを財宝の守護者かなにかと勘違いをしている者がいるというのに……」

     スフィンクス、魔獣の一種である彼らは総じて、『財宝の守護者』と勘違いしている場合が多い。
     だが、本来スフィンクスとは『財宝の守護者』などではなく、正確には『守護する者』という意味である。
     確かに中には財宝を守護する者もいるが、それはスフィンクス全体から見てもほんの一部の存在である。
     他にも王墓や遺跡などを守護する者や、形無きモノを守護する者もいる。
     このスフィンクスはどうやら、財宝を狙う人間達に襲われたのだろう。
     彼が何を守護する者かも知らずに。

     「……別に褒められる程のことではありません。第一、この知識は私ではなく、以前の私が得た知識なのですから」

     「……? っと、そう言えば自己紹介がまだでしたな。失礼を。私の名はデクスターと申します」

     少女の言葉に引っかかりを覚えたデクスターだったが、名前を名乗っていないのに気が付いて、自己紹介をする。
     此処で始めて、無表情だった少女の表情が崩れた。
     もっとも、崩れたといっても、微かに眉が動いた程度のものだったが。

     「…………残念ですが、私に名前などありません。それでも私という存在を表すのであれば、ユーリィ……それが私という存在を表す言葉になります。もっとも、ユーリィという言葉も、人間やスフィンクスなどと言った種族を表す言葉に過ぎないのですけれどもね」

     自ら名を無い存在と言ったユーリィの言葉に、デクスターは目を見開き、気が付いた時には驚きの声を上げていた。

     「なっ!? では貴方があの『ユーリィ』だと言うのですか!?」

     デクスターは頭を振り、信じられないと言った目つきでユーリィを見つめた。

     「ほぉぅ。私の……いえ、私達の存在を知っているのですか? 流石は『守護する者』といったところでしょうか……」

     僅かに驚きの声を響かせるユーリィ。

     「私達……? いえ、残念ながら私も詳しくは知りません。ただこの世界『リリース・ゼロ』と、異界『ギヌンガプヌ』を繋ぐ門を守護するゲートキーパーが存在し、それが『ユーリィ』と呼ばれる存在だと言う程度です」

     まさか実物に会えるとはと、デクスターは苦笑した。

     「……貴方が私を知っているということは、他のスフィンクスや他の知恵ある種族も、私のことを知っているのでしょうか? それとも…………」

     その身に真摯な雰囲気を纏わせながら、ユーリィは言葉を詰まらせる。
     その雰囲気に何かを感じとるが、ユーリィが何を尋ねたいのかを察し、

     「そうです。私が守護するモノは知識です。その一部に貴方の事も含まれおりました。
    ですが逆を申すならば、知識を守護する他のスフィンクス以外は、貴方のことを知らないでしょうな。また他の知恵ある者も、貴方の事を知っている者がいたとしても、私たちと大差はないでしょうな」

     その言葉にユーリィは、微かにせつなさを滲ませた。

     「…………さっき貴方は、自分を『知識を守護する者』と仰りましたが、それでしたら、私が私の事を貴方に話したならば、貴方はソレを知識とするのでしょうか? そして、その知識を後世の世に残すのでしょうか?」

     「そうですな……ゲートキーパーとしての貴方ならば、十分に守護する知識足る存在でしょうな。そうなれば無論、同じ『知識を守護する者』にも教え、その知識を後世に残す事になるでしょうな」

     その言葉に、微かにユーリィの顔に喜色の表情が浮かんだ。
     それは本当に微かで、注意して見なければ判らない程だったが。

     「では、語りましょう。私の事を。いえ、私達の事を…………」

     ユーリィはどこか遠くを見る眼で語りだした。



     「まず、ユーリィは名前ではなく種族と申しましたが、ユーリィはその時代時代において一人しかいないのです。ですので、個人を示す名と言っても過言ではないのかもしれません。そもそも私達ユーリィと呼ばれる者達は、産まれるのではなく創られるのです」

     「……創られる?」

     その言葉にデクスターは怪訝そうな表情をする。

     「はい、創られるのです。……そして、私達ユーリィを創った母なる存在は―――この世界、『リリース・ゼロ』です。……この世界『リリース・ゼロ』の意思が、異界『ギヌンガプヌ』からの侵入者を排除する為に創った存在が、私達ユーリィなのです。ですが創られたと申しましても、無から創られたのではありません。元々の素体は、知恵ある種族の中から選ばれ、その素体を『リリース・ゼロ』がユーリィへと創り変える、と申した方が正確ですね」

     「……では、貴方もユーリィに生まれ変わる前は、他の種族だったのですな? ちなみに、どの種族だったのでしょうか?」

     ユーリィの語る内容に驚きながらも、デクスターはふと気になった事を尋ねた。
     だが、尋ねられたユーリィは、その顔に何とも言えない表情を浮かべ、微笑した。

     「…………わかりません」

     「……わからない?」

     軽く首を振って言うユーリィに、デクスターは怪訝そうに問い返す。

    「はい、わからないのです。名前はもとより、私がどの種族だったのか。それどころか、ユーリィになる前の性別すらわからないのです。私は……いえ、以前の私達もでしょうが、ユーリィとなった際に以前の記憶は全て消されていますので……」

     その言葉にデクスターは絶句した。
     そんなデクスターに、ユーリィは「気にしないでください」と言って話を続ける。

     「そもそも、ユーリィとなる為の条件ってわかりますか?」

     その問い掛けにデクスターは首を振る。

     「ユーリィになる為の条件は、たった二つしかありません。一つは、知恵ある種族であること。もう一つが、この世界『リリース・ゼロ』を愛していることです。そんな私達にとって、ユーリィになれたという事は、私達が『リリース・ゼロ』を愛しているということを、他の誰でもない『リリース・ゼロ』自身が、私達の想いを認めてくれたということなのです。そのことは、私達にとっては何よりも得がたい幸福なのです」

     そう言うユーリィは、優しげな雰囲気に包まれ、その顔には笑みが浮かんでいた。

     「記憶は消されましたが、このたった一つの想いは残されている。いえ、ゲートキーパーとしての役割を考えるならば、残された想い。と申した方が正しいのでしょう。ですが、その残された想いこそが、私達がユーリィとして生きていく為に必要不可欠な糧となっているのです」

     その言葉を聞いたデクスターは、ある一つの言葉を飲み込んだ。
     「その想いも、作られたモノという可能性もあるのではないのですか?」という言葉を。
     たった一つ残された想いまでも否定されたのならば、目の前の少女にとって、どれほどの絶望が訪れるのであろうか?
     依るべき想いを失った少女は、はたしてどうなるのだろうか? とデクスターは考えを巡らす。
     だがもう一方で、目の前の少女もその可能性に気付いているとも確信していた。
     無意識にその可能性を、心の奥底に封じているのではないかと。
     そこまで考えたところで、陰湿な気持ちになったのを振り払う為に、先程から気になっていた部分を尋ねることにした。

     「……ところで、先程からたびたび『私達』と仰ってますが、それはいったい何故でしょうか?」

     「ああ、そのことですか。そもそも私達ユーリィに寿命といった概念は存在しません。私達ユーリィにとっての死とは、異界『ギヌンガプヌ』からの侵入者との戦闘か、あるいは、他種族との戦闘によって殺される事によってしか訪れることはありません。所謂、『不老』ではありますが、『不死』ではない存在といったところでしょうか……そして『私達』と私が言うのは、例えば私が死んだとすると、次のユーリィを『リリース・ゼロ』が創ります。その際に、次のユーリィに私の記憶などもそのまま受け継がれるのです。私の記憶がそのまま受け継がれるのであれば、次のユーリィも私と言えるのではないでしょうか? そして以前のユーリィも、今のユーリィも、そして私の後のユーリィ達も、皆が同じ記憶と容姿を持つユーリィでしたら、いつの時代のユーリィも私と申せるのではないでしょうか? そういった意味で、私は以前のユーリィ達を含める時に、『私達』と申しているのです。ですが記憶などを完全に受け継ぎ、同じ容姿をする私達は、ある意味では『不老不死』といえるかもしれませんね」

     つまり、肉体というベースになる器は違くとも、記憶などが完全に受け継がれ、また容姿も同じであるのならば、何時のユーリィも同一な存在ではないのか? と言うことだろうか。
     デクスターは多少混乱しそうな情報を纏めると、そう結論付けた。
     だが此処でまた一つの疑問が生まれた。

     「先程、『不老』ではあるけれども『不死』ではない。けれども、記憶などと容姿が完全に受け継がれるために、『不老不死』に近い存在だと仰られましたが、それならば何故、『リリース・ゼロ』は最初から貴方方を完全な不老不死にしなかったのですか?」

     「……それは、そう……ですね。門に関係するお話になりますね」

     ユーリィは過去を思い出すような、遠くを見る目になる。

     「この世界『リリース・ゼロ』と、異界『ギヌンガプヌ』を繋ぐ門は常に一定の大きさではないのです。門が小さければ侵入者の数は少なく、強さも弱いのですが、逆に門が大きければ、侵入者の数は多くなり、また強大な力を持つ者が進入するようになるのです」

     「ほぅ、門の大きさですか……。具体的に、どれほどの大きさなのですかな?」

     門の大きさがまちまちと言う事実は始めて聞いたのか、デクスターは興味深気に尋ねる。

     「そうですね……。小さい時は、一メートル程でしょうか。大きい時には、十メートルに及ぶ時がありますね。それと、直径とは申さないのは、門と申しましても円状などではなく、…………空に出来た罅……そう表現した方が正しいからですね。それと勿論、門が小さければ小さいほど、逆に大きければ大きいほど、門の大きさに比例して、世界の修正力が大きくなります。つまりは、門が小さければ小さいほど門の寿命は長く、逆に門が大きければ大きいほど、門の寿命は短いということになる訳です。補足を申すならば、十メートル級の門は、数千年に一度といった低い割合でしか出現しません」

     「なるほど、門の大きさに対する世界の修正力。それによって、門の寿命も変化すると言うことですな」

     ふむふむと満足そうに頷く。
     そんなデクスターにユーリィは優しげな視線を向ける。

     「お話を戻しますが、ある程度の数と力の者でしたら、私一人でも事足ります。ですが、時に私一人の力ではどうにもならない場合もあります。それが先程申しました、十メートル級の門が出現した場合ですね。その十メートル級の門が出現し、そして万が一私の力が及ばなかった場合に…………その時に私の『死』が必要なのです」

     「…………『死』が……必要? それはいったい……」

     言葉に詰まるデクスターに、ユーリィは淡々と言葉を続ける。

     「私が……ユーリィが『リリース・ゼロ』に創られた者であると先程申しましたよね? それはつまり、ユーリィの身に『リリース・ゼロ』の力が凝縮されているという事なのです」

     「……まさか!?」

     ハッとある事実に気が付いて、デクスターはユーリィを凝視した。
     凝視するデクスターにユーリィは静かに頷く。

     「……そうです。ユーリィが死ぬという事は、ユーリィの身に凝縮されている『リリース・ゼロ』の力が解き放たれる。ということです。解き放たれた力は、『リリース・ゼロ』にとっての異分子たる、異界『ギヌンガプヌ』の者を消滅させ、門も消し去ります」

     その事実にデクスターは絶句する。
     死を持って『リリース・ゼロ』を救う。
     一瞬『聖女』という言葉が脳裏に浮かぶが、直ぐにその言葉を否定した。
     『聖女』といえば聞こえは良いが、それは『生贄』と同じではないだろうか?
     絶句するデクスターに、ユーリィは頭を振ってみせる。

     「勘違いしないでもらいたいのですが、これは私が万が一死んだ時の為のセーフティのようなモノです。私も命は惜しいですから、自ら命を絶つといった事は…………」

     「しません」と言おうとして、ユーリィは目をさまよわせる。

     目をさまよわせるユーリィに、デクスターは過去においてユーリィが自ら命を絶った事がある事を確信した。

     「…………馬鹿な、何故そのような大事な事を私などに!? ……もしもそのような事が知れ渡れば、門が街などの近くに出現した場合、皆が皆、貴方の命を狙う事になりかねないのですぞ?!」

     ユーリィの身を案じての非難。
     それ故に、ユーリィは胸が熱くなるのを感じた。

     「ですがデクスター、私が死んで全てが丸く収まる。という訳にもいかないのです。私を創る為に『リリース・ゼロ』は力を使います。そして力を使う分、また新たな門が出現する時期が早まるのです。私が死ね周期が早ければ早いほど、『リリース・ゼロ』は私を創る為にその力を失っていきます。そして、今は一箇所しか出現できない門も、やがては世界各地に出現し、最終的に『リリース・ゼロ』は、異界『ギヌンガプヌ』に完全に侵食されるでしょう。ですから、私は余程の事が無い限り死ぬ訳にはいかないのです」

     「ですが!! いや、でしたら、何故『リリース・ゼロ』は貴方方を複数創らないのですか!? 複数いれば、巨大な門の対応も楽になると言うのに!!」

     ユーリィの言葉に納得の出来ないデクスターは、声を荒げる。
     そんな自分の身を案じれくれるデクスターに、ユーリィは感謝の言葉を胸中に漏らした。

     「忘れたのですか? ユーリィを創るのに、『リリース・ゼロ』は力を使を使うのですよ? それなのに、複数のユーリィを創る為に『リリース・ゼロ』が力を失っては、それこそ本末転倒ではないですか。複数のユーリィを創る為に力を余計に失うのならば、次のユーリィを創る為に力を廻す。そちらの方が、結局は『リリース・ゼロ』の為でもあり、またユーリィの為でもあるのです」

     「…………聞いておいてなんですが、何故そのような事を私などに?」

     ギシリと歯を鳴らし、渋面で問い掛ける。
     ユーリィはふと空を見上げると、

     「…………そう、ですね。……証、証が欲しかったからでしょうか…………」

     ポツリと漏らしたその言葉に、デクスターは言葉にならない感情を感じ取っていた。

     「証、ですか……?」

     「えぇ、証です。私達ユーリィが確かに存在し、何の為に戦っているのかを誰かに知っていて欲しかったのでしょうね。私達にとっては、『リリース・ゼロ』の為に戦っているという事実だけでも心は満ちます。……ですが、心の何処かでは寂しいと思っていたのでしょう。誰にも知られずに、ただ一人、永久に戦っていくこと…………っ!?」

     ふと言葉をとぎらすと、ユーリィは何も無いはずの空間から、一本の鎌を取り出した。
     ソレは月光りを浴び、青白く輝く刃を持つ鎌だった。
     『影護月夜』、それがその鎌の銘である。
     『影護月夜』は月の祝福を受けた鎌で、契約者の望むままに月の魔力を行使させる能力がある。
     ユーリィはデクスターにクルリと背を向けると、視線をやや険しくした。

     「どうかしましたか?」

     「……どうやら、かなりの数の魔物が此方へと向かって来ているようです。迂闊でした。これほど死臭と血臭がするのならば、魔物が引き寄せられるのも無理はないというのに……私としたことが、ユーリィの話を聞いてくださった事に対して、多少浮かれていたのかも知れませんね」

     苦笑をもらしたユーリィは、手にした鎌を水平に構え、精神を集中させる。
     月に黒点が出現し、その数と範囲が徐々に広まっていく。
     死臭と血臭を嗅ぎつけた魔物の群れが、刻一刻とユーリィ達へと向かって来ているのだ。
     魔物の群れは、大量の屍と弱っている獲物を見つけると、一声上げ、速度をあげる。
     月光に反射し鈍く光る両手の鉤爪を打つ鳴らし、口からは奇声を上げ獲物を威嚇する。
     デクスターは傷ついた身では逃げられないのを悟ると、ユーリィへ逃げるようにと口を開く。

     「―――っ! 今ならばまだ間に合います。私に構わずに逃げてください!!」

     だがユーリィはデクスターの言葉が聞こえているのかいないのか、じっと空中に佇んだまま動かない。
     魔物の群れが近づく中、ユーリィの持つ『影護月夜』に変化がおきた。
     最初は水色の様な色彩だったのが、徐々に青く、藍く、蒼く、なによりも蒼い至高の蒼へと輝き出す。
     ユーリィは『影護月夜』を構えると、力ある言葉を紡ぐ。

     「『影護月夜』よ、汝の主が命ず。月光に照らされし彼の者等の身を封じよ」

     魔物の群れへと『影護月夜』を横へ一薙ぎする。

     「影よ、縛れ。『月影』」

     『影護月夜』が一際強く輝きを増す。
     月と『影護月夜』の光に照らされた魔物達の影が、意思を持って動き出す。
     影はその影の主へと向かい、その身に巻きつき動きを封じる。
     己の影に縛られ身動きが取れなくなった魔物たちは、力ずくで戒めを解こうと暴れるが、元が実体のない影の所為かビクリともしない。
     ユーリィは今度は『影護月夜』を頭上へ掲げ、更に力在る言葉を紡ぐ。

     「『影護月夜』よ、汝の主が命ず。その身を影に縛られし者たちへ裁きを下さん」

     掲げた『影護月夜』を振り下ろし、締めの言葉を発する。

     「影よ、喰らえ。『月蝕』」

     そして魔物の群れは悲鳴をあげる暇も無く、文字通り己の影に喰われた。
     影が捕らえていた部分が喰われたかの様に、ごっそりと魔物達の体から消失していた。
     何時からかは不明だが、たった一人で異界『ギヌンガプヌ』からの侵入者から『リリース・ゼロ』を守ってきたゲートキーパー。
     その実力にを目のあたりにし、デクスターは息をするのも忘れて見入っていた。
     ふとユーリィがデクスターの方へと振り返り、『影護月夜』の側面をデクスターへと構えた。

     「動かないでください。今、その傷を治しますので。『影護月夜』よ、汝の主が命ず。月の光よ、傷つきし者へ慈悲を与えん」

     『影護月夜』が柔らかな光を放ち始める。

     「光よ、癒せ。『月光』」

     『影護月夜』から放たれる柔らかな光が、デクスターへと降り注ぐ。
     デクスターの負った傷が、まるで時間が巻き戻っているのかのように癒えていく。
     出血は止まり、傷口が塞がる。
     火傷や凍傷などで変質した皮膚を、健全な皮膚へと治していく。
     十秒と経たずに、全ての傷が綺麗さっぱり消えていた。
     その事実に驚き目を見開くデクスター。
     確かに治療魔術も在るが、デクスターの知る限り、これほど短時間で癒える傷ではないはずだったからだ。
     デクスターの戸惑いを察してか、ユーリィが『影護月夜』について語った。
     曰く、『影護月夜』は文字通り月の出ている夜にこそ、真価を発揮する武器であると。
     逆にいえば、月夜の晩ではなかったら、これほどの力は発揮できなかったと。

     「さて、これ以上此処にいましても、また魔物達が引き寄せられて来るかもしれませんね」

     漆黒の翼が空を打ち、ふわりとユーリィの体が上昇する。
     クルリと身を翻したユーリィへとデクスターは声をかける。

     「これからどうするおつもりですか?」

     「……そうですね。まだ門が出現するまで時間はありますので、世界を見て回ろうかと思います」

     「では、その旅に私も連れて行っては貰えないでしょうか?」

     え!? っと驚いた声を出し、ユーリィはデクスターへと振り返った。

     「あなた方ユーリィの望みは、ユーリィの事を知って貰う事なのでしょう? 
     ならば共に行動した方が、よりいっそうユーリィの事を知ることができます。
     それに、『知識を守護する者』としても、貴方への興味がありますので……」

     その言葉にユーリィは微笑を浮かべる。

     「……ありがとうございます。では、共に参りましょう。私のことはユーリィと呼んでください」

     「はい。私のことはどうかデクスターと呼び捨てでお呼びください。貴方のことは、私の主として、ユーリィ様と呼ぶことをお許しください」

     その言葉にやや困惑した表情をしたユーリィだったが、デクスターの真剣な顔を見て黙って頷いた。

     「では、まいりましょうか。デクスター」

     「はい、ユーリィ様」

     ユーリィが彼方へと飛び立つと、デクスターも背から巨大な鷲の翼を生やし、後を追うために飛び立った。

     「まずは何処へまいりましょうか……」

     「それでしたら、是非私の故郷へ。他の『知識を守護する者』も、ユーリィ様の話を聞きたがるでしょうからな」

     ユーリィはデクスターの言葉に嬉しそうに頷くと、デクスターの案内の下、月夜の空を飛んでいった。



    〜あとがき〜
    書いた本人から言わせて貰えば、前回と性格違過ぎw
    ちなみにこのユーリィは、『私』と書いて『わたくし』と読みます。
    裏話をするなら、前回と性格が180度違うのは、前回と今回の話の間に、ユーリィの性格が変わる転機が訪れるからです。
    まあ、その話はいずれ書く……かも?
    ではでは、この辺で失礼します。
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