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■229 / 親記事)  『黒と金と水色と』第1話@
□投稿者/ 昭和 -(2005/11/17(Thu) 00:31:58)
    2005/11/17(Thu) 00:34:36 編集(投稿者)

    第1話「御門兄妹と水色の姉妹」その@




    「ほら兄さん、見えてきましたよ」
    「ああ」

    艶やかな長い黒髪を持つ少女が、進行方向を指差す。
    並んで歩くのは、少女よりも10センチほど背の高い、同じく黒髪の少年が頷く。

    2人の行く先には、周囲を覆う木々の合間から、大規模な人造物が見える。
    町の城壁だ。

    魔物の襲撃から町を守るために、高い城壁で囲むのが普通である。

    「ふぅ。やっと着いたか」
    「良かった。日暮れ前に着くことが出来ましたね」

    さっぱりとしていそうな性格の少年と、非常に物腰の丁寧な少女。
    名前を、御門勇磨、環という。2人は双子の兄妹だ。

    遙か東方にある大陸の出身なのだが、とある事情があり、自由気ままな旅生活を送っている。
    今も次の街を求めて歩いていたところで、西に傾いていく太陽と戦っていたところだ。

    「今度の町はどんなところかな?」
    「何か、仕事にありつければいいのですが」
    「しなくちゃダメっぽい?」
    「ぽいも何も、そろそろ路銀が底を尽きそうです」
    「ダメか…」

    特に目的地を定めず、行き着いた町で仕事を探し、懐を暖めたらまた旅に出る。
    2人がそんな生活を送るようになってから、はや2年が経過しようとしていた。

    「しゃーない。今夜は宿を取って、明日の朝1番で、ギルドに行ってみよう」
    「はい」

    ハンターギルド。
    魔物関連の依頼が集まる場所で、ハンターは依頼を達成したときの褒賞金で生活している。

    もちろん、勇磨と環も、現役のハンターである。

    「割の良い仕事があるといいな」
    「そう上手くはいかないでしょうが、あったらいいですね」

    などと会話しつつ、2人は次なる町、ノーフルに到着した。





    「ようこそノーフルへ」
    「身分証をお願いします」
    「はい」

    城門で、衛兵に止められる。
    勇磨と環は、それぞれ懐からハンター認定証を取り出し、衛兵に渡す。

    これは2人が武器を携行しているための仕儀であり、義務なのだ。
    町側としては、武器を持った怪しい人物に入られては困るので、当たり前のこと。
    2人とも腰に刀を差しているので、衛兵に呼び止められたというわけだ。

    2人が取り出したハンター認定証は、各人の略歴とハンターランクが記載され、全国共通の身分証となってくれる。
    無論、ハンターであるという証明であり、コレがなければ、ハンター協会公認の依頼は受けられない。
    たまに認定証を持たない、モグリのハンターが存在するが、持っていたほうが良いのは当たり前だろう。

    「東方出身の御門勇磨さま、御門環さま。…確認いたしました。どうぞ」
    「ご苦労様です」

    無事、街の中へと入る。
    日の入り間近だというのに、町の活気はかなりのものがある。

    「随分にぎやかだな」
    「田舎の街だと思いましたけど、なかなか良い街じゃないですか」
    「そうだな。じゃあ早速、宿探しといこう」

    実に2週間ぶりの人里だ。
    やっとまともな寝床にありつけると、はりきって探したのだが…





    「なんで満室なのよ!?」
    「参りましたね…」

    数件の宿を回ったのだが、どこも満室だったのだ。
    かくして2人はとぼとぼと、街の中心である広場に戻り、力なくベンチに腰掛けていた。

    「マジかよ…。やっと、柔らかい布団で寝られると思ったのに」
    「運が悪かったと思って、諦めるしかありませんね。どうします?」
    「どうするかなぁ…」

    勇磨は未練たらたら。
    逆に、環のほうはすっぱりと諦めて、次にどうするかを尋ねる。

    考えていると

    「やめてくださいっ!」

    という、女性の悲鳴が聞こえてきた。

    「…ん?」
    「あちらのようですね」

    2人が目を向けると、そこでは

    「なー、いいじゃんかよー」
    「少しくらいならいいだろ」
    「よくない! 離してっ!」

    数人の柄の悪い男たちが、買いもの袋を提げた、自分たちと同年代くらいの女性を取り囲み、
    強引な態度で迫っていた。典型的な光景である。

    「やれやれ。どこにもいるもんだなぁ」
    「感心している場合ではありません」

    ため息をつく勇磨の横で、表情を険しくしてすっと立ち上がる環。
    その足はすぐさま彼らのもとに向かい、勇磨もあとを追う。

    「ちっ。下手に出ていれば付け上がりやがって」
    「身体でわからせる必要があるか?」
    「い、いや…」

    女性があくまで拒否するので、ついに痺れを切らせた男たち。
    悪い人相をさらに歪ませながら、さらに包囲網を狭めていく。

    「そこまでです」

    「…あん?」

    そこへ割って入る環。
    素早く女性の前に立ち、男たちを睨みつける。

    「なんだおまえは?」
    「彼女は明らかに嫌がっています。そこまでにしておくんですね」
    「なにぃ…?」

    生意気な物言いに、ムッとなる男たちだったが…
    よく見てみれば、このしゃしゃり出てきた正義の味方気取りの女、まだ子供だが良い女じゃないか。
    それも、見た目は細身でお嬢様風。充分、組み敷けると思ったようだ。

    足元から舐めるようにして環を見、下衆な笑みを浮かべる。
    それがわかった環はコメカミをひくつかせるが、まだ、理性があった。

    「早々に立ち去りなさい」

    厳しい口調で言う。
    だが、男たちは肩をすくめて

    「これだからかわいい子猫ちゃんは」
    「なんなら一緒に来るかい?」
    「天国を見せてやるぜぇお嬢ちゃん。ギャハハハハ!」

    「……」

    ピキッと、環の顔にさらに青筋が入る。
    いよいよ我慢の限界か。

    「いい加減にしておきな」
    「ぉ…」

    ちょうどそのとき、何者かによって、男の1人の喉下に刀が突きつけられた。
    言うまでも無く、勇磨である。

    「女性を誘うときは、もう少し上手くやるもんだ」
    「あ、ぅ…」

    刀を突きつけられているので、男は文字通り手が出ない。
    恐怖に身体が震えている。

    (大馬鹿はこれだから…)

    その光景に小さく嘆息する勇磨。
    自分より弱者には大いに強気であるくせに、立場が逆になると、途端に脆くなる。

    「そのへんを勉強しなおして、出直して来い」

    「お、覚えてろよ〜!」

    ヤツラは、お決まりのセリフを残して逃げていった。





    「まったく…」

    勇磨は刀を納めつつ、大げさにため息をついてみせる。

    「もっと気の利いたことを言えないもんかね? おもしろくもなんともない」
    「ああいう連中に期待するほうが酷というものでしょう」
    「まあ、そうだな」

    環も歩み寄って、一緒にため息。
    どこの町にも居るものだ。

    「ああところで、今夜の寝床はどうしよう?」
    「そうでしたね。宿が空いていない以上、野宿ですか?」
    「冗談じゃない。街中に居るというのに、何が悲しくて野宿せねばならんのだ」
    「宿が空いていないからですよ」

    いきなり話し合いを始める2人。
    そんな彼らに話しかける人物が居る。

    「あ、あの!」

    「…はい?」
    「ああ、さっきの」

    勇磨と環によって、助けられた女性だ。

    年の頃は2人と同じくらい。
    背は、環と同じか少し低いくらいで、背中まである水色の髪の毛が特徴的だ。
    充分、美形の範疇に入る。

    「どうしました?」
    「早く帰ったほうがいいよ。暗くなるし、またあんな連中に絡まれたらいけない」
    「その…」

    まったく気にかけていない2人に対し、彼女は少し怯んだが、
    それでも言わなきゃいけないと、口に出す。

    「ありがとうございました。助けてもらって」
    「ま、当然のことだよ」
    「貴女も災難でしたね。ああいうのは多いんですか?」
    「あ、うん…。最近、ゴロツキが増えて…」
    「それはいけませんね。当局は何をしているんです?」
    「それならなおさらだ。早く帰ったほうがいいよ」
    「あ、その…」

    勇磨などはしきりに早く帰るよう促すのだが、彼女はその場から動こうとしない。
    少しモジモジすると、こう切り出した。

    「私、エルリス=ハーネットといいます。何か、お礼でも…と、思うんだけど…」
    「お礼? いいよそんな」
    「恩賞目当てで助けたわけではありませんから」

    エルリスと名乗った彼女は、定番の提案をした。
    勇磨と環も心得たもので、こちらも定番の答えを返す。

    「でも……話を聞いてたら、あなたたち、宿の当てがないとか…」
    「そうなんだよ。どこも満室でさあ、やっと町に辿り着いたっていうのに」
    「だったらうちに来てください!」
    「へ?」

    これには、勇磨も環も目を丸くした。
    どういうことなのだろう?

    「あのね。うちは小さいけど、あなたたちを泊めるくらいのスペースはあるし。
     助けてくれたお礼に、ご馳走するから!」

    エルリスはそう言って、提げている袋を持ち上げた。
    買い物帰りだったのか、わかる範囲では野菜の類が見える。

    「ええと…」

    困った勇磨は、環に目を向ける。
    振られた環も困ったが、仕方ありませんね、と頷いた。

    「いいんですか?」
    「うん、是非!」
    「わかりました。ご厄介になります」
    「OK!」

    女性…いや、少女か。
    エルリスは満面の笑みを浮かべると、2人を引っ張っていった。

    「さあ、こっちよ!」

引用返信/返信

▽[全レス46件(ResNo.42-46 表示)]
■544 / ResNo.42)   『黒と金と水色と』第19話@
□投稿者/ 昭和 -(2006/12/02(Sat) 01:08:16)
    黒と金と水色と 第19話「最深部へ@」






    砕け散り、無数の塊となった氷が、空中を乱舞して。
    キラキラと光が反射して、見ようによっては、幻想的な光景だとも取れるだろう。
    大本が、凶悪なドラゴンだったことを除けば、だが。

    氷は次々と床へと落ちて音を立てるが、そこで生じた欠片は、
    召喚されたものが消え去るときのように、または、
    水蒸気へ戻っていったのか、痕跡を認めることは出来なくなった。

    「………」

    その様子を、微動だにせず見守っていたエルリス。

    「お、お姉ちゃん…?」
    「ふむ…」
    「え?」

    再び、おそるおそる声をかけるセリス。
    しかし、エルリスはひとつ、一人心地に頷いただけで、彼女には応えない。

    「そろそろ限界か…」
    「な、何を言ってるの?」
    「………」

    自らの手を見つめながら、独り言なのか、ぼそりと呟いて。
    セリスの再度の呼びかけにもまた応えず、直立不動の体勢のまま。

    「………」
    「わあっお姉ちゃん!?」

    次の瞬間には、まるで、糸を切られた操り人形の如く。
    突然に全身から力が抜けたような感じで、その場に崩れ落ちてしまった。

    大慌てでセリスが駆け寄り、助け起こすも。

    「お姉ちゃん? お姉ちゃんってば!」
    「……」

    完全に気を失っており、やはり応えない。

    「しっかりしてよ!」
    「気絶しているだけですね。心配には及びません」

    セリスの次に駆けつけたメディアが容態を診て、こうは言うが。
    続けて集まってきた面子は、それぞれ複雑な表情を浮かべている。

    「とりあえずドラゴンは倒せて、エルリスも大丈夫そうだが…」
    「先ほどの魔力と、変貌振りは…」
    「実に興味深いわね」

    勇磨、環、ユナの3人。
    顔を見合わせながら、意見を交わした。

    「あの魔力の波動は、エルリスさんのものではありませんでした。
     また、兄さんを一喝したときの、あの口調」
    「普段のエルリスなら、あんな言い方はしないしな。呼び捨てだったし」
    「あれは……おそらく……」
    「精霊”そのもの”」
    「……」

    ユナの言葉に、一瞬だけ言葉に詰まり。

    「そうでしょ?」
    「……ええ、たぶん」

    迷いながらも、環は頷いた。

    エルリスの中に眠る、氷の精霊。
    その精霊が力を貸しているおかげで、彼女は氷の魔法ならば、一般レベル以上のものを
    使えるわけだが、今回は…

    眠っていたはずの精霊が目を覚まし、意識と肉体まで、自分のものとして扱ったのだろうか。

    「そんなことがありえるのか?」
    「わかりません。ですが、そう考えると、説明はつきます」
    「む〜ん」

    波動の違う、強大な魔力を発揮したことも。
    口調や雰囲気が変わったことも、エルリスの人格から、
    精霊本人の人格に入れ替わったとすれば、一応、説明は出来る。

    「まあ、精霊が人間に憑いていること自体、前代未聞のことよ。
     完全に否定することは出来ないし、その逆もまた然りね」
    「うーん…」

    ユナの言うことがもっともだろうか。
    唸る勇磨である。

    「…ぅ……ん…?」
    「お姉ちゃん!」

    そのうち、エルリスが意識を取り戻したようだ。

    「あれ……私……?」
    「よかった気が付いて! わかる? セリスだよ!」
    「セリス……? っ!!」
    「わっ」

    エルリスは、寝ぼけているかのように、トロンとした目でセリスを見ていたが、
    あることを思い出して、急にガバッと飛び起きた。

    「あなた大丈夫なの? 怪我はっ? そうよ、ドラゴンは…!」
    「だ、大丈夫。わたしは怪我もしてないし、ドラゴンも、勇磨さんが倒したから」
    「そう…」

    オロオロとセリスの身体を確かめて、本人からも異常が無いことを聞かされ、
    ようやく安心したのか、ホッと息をついて弛緩する。

    そして、勇磨へと視線を向けると

    「勇磨君が助けてくれたのね。ありがとう」
    「あ、いや…うん。無事でよかった」

    感謝の言葉を述べたのだ。
    予想外のことで、勇磨は少し戸惑ったが、すぐに取り繕う。

    この様子だと、自分がやったことも、覚えていないのだろう。
    精霊に取って代わられているうちの記憶は、残らないのだろうか。

    「エルリスも怪我は無い? 何か異常は?」
    「え? …うん、無いみたいだわ。大丈夫よ」
    「そっか」

    どういう仕組みなのか、まるでわからないが。
    悪影響は無いようだ。

    「よっと」
    「お姉ちゃん、立っても平気なの?」
    「平気。って、何をそんなに心配してるのよ」
    「う、ううん。平気ならいいんだけど」

    すっくと立ち上がった姉に、セリスはハラハラしながら付き添おうとする。
    もちろん不審がられて、慌てて、身体を支えようと出していた手を引っ込めた。

    「本当に大丈夫そうですね」
    「まあ、それならそれでよし」

    セリスと談笑している様子を見て、周りもひと安心。

    「ここから先が重要なときだ。とりあえずは、秘密にしておくか」
    「それがいいでしょうね」
    「ふぅ、やれやれだわ」

    無駄に不安がらせることもない。

    とりあえず、エルリスに憑依している氷の精霊に害意敵意は無いようだし、
    味方として扱っても問題はあるまい。

    御門兄妹とユナの協議によって、先ほどの出来事は、
    エルリス自身には伝えないことに決めた。

    「さてそれじゃ、先へ進みましょ」
    「OK」

    ワイバーンを倒して、障害は無くなった。
    いざ進もう。





    ワイバーンと遭遇したホールを抜け、扉を開けて奥へと進む。

    そこにあったのは、中央が吹き抜けとなった螺旋階段。
    円筒状の空間が、ずっと下へと続いているようである。

    「ほえ〜高い…」
    「どれぐらいあるのかしら……光が届いてないわ」

    おそるおそる下を覗き込む水色姉妹。
    あまりの高さに怖気づいてしまい、立ったままでは見られなかった。
    四つん這いになっての行動である。

    ちなみに、覗き込んでも、底を見ることは出来ない。
    暗闇に消えているのみだ。

    「封印図書館の面目躍如か」
    「まだまだこんなものではないのかもしれませんよ」

    ふーむと唸る御門兄妹も、驚きを隠せない。
    まだまだ触りに過ぎないという予感も、その思いを助長させている。

    「ま、先に進みましょ」

    一方で、さしたる感慨も無さそうなユナ。
    そう言って、またもやさっさと下りて行ってしまう。

    「お姉ちゃん、行こう」
    「ええ」
    「……」

    続けて、水色姉妹がお互いに頷き合って下り始め。
    無言のままメディアが追随する。

    「私たちも行きましょう」
    「ああ」

    必然的に、御門兄妹が最後方となる。

    一般に、敵陣やダンジョンへ突入する場合、先頭を実力者にすることはもちろんだが、
    隊列の後方にも、それなりの力を持つ人物を配置することが鉄則とされる。

    突然のバックアタックや、退路を断たれることなどを避けるためだ。
    だから、自分から買って出ようとした役割だったが、自然に出来上がった。

    兄妹にとっては、一石二鳥だったと言える。

    「……環」
    「はい」

    前を行くメディアたちからは、付かず離れずの距離を置いて。
    勇磨は、彼女たちには聞こえないような小声で、環に話しかける。
    環も、意図を察して身体を寄せ、囁くように応じた。

    「警戒しておいたほうがいいかもしれん」
    「…はい」

    一石二鳥のもう一方、この会話をするためだった。
    すなわち、他人に聞かれてはまずい話。

    「氷の精霊の力…。とはいえ、エルリスさんは無意識であって、
     あの様子からして見ても、制御し切れているというわけではないようですが…」
    「急に出張られてくると、厄介なことになるかもな」
    「はい」

    頷く環の視線は厳しく、前を行くエルリスを捉えている。

    私たちの目的・・・・・・のためには…」
    「そうだな」

    聞かれたくないだけに、穏やかではない話のようだが…
    彼らの目的とは、いったいなんなのだろう?

    そもそも、2人はなぜ、旅をしているのか?

    「まあ、そう心配することも無いだろう。
     あれが全力だとも思えないが、もう少し割り増したとしても、
     何とかなるレベルだ」
    「はい。”そのとき”に”そうなった”としても、支障は無いと思います」

    引き続いて交わされる、兄妹の密談。
    注意を払っているおかげで、前を行く人間に聞かれている気配は無い。

    「頭の片隅に残しておく、ということでいいでしょうね」
    「おう」

    共に頷いて、共にエルリスを見る。

    螺旋階段だから、視界の片隅から受ける視線に気付いたのだろう。
    エルリスに「…?」とばかりに振り返られてしまうが、笑ってごまかした。

    人が2人並んで歩いても余裕があるくらい、幅2メートルほどの階段。
    10分ほど下り続けたとき、変化は起こった。



    ガコッ! ゴガンッ!!



    「っ!?」

    突然、頭上から襲ってきた大音。
    それも、なにやら嫌な予感のする音だった。

    「な、なに…?」
    「何か、大きなものが落っこちたような音だったけど…?」

    大きな不安、恐怖に駆られて、見上げたその先には。

    ――ガッガッガッガッガッ!!

    「!!」

    衝撃。
    直径2メートルはあろうかという大岩が、自分たちがつい先ほど通ってきたところを、
    こちらに向かって駆け下りてきているではないか!

    断続的なこの音は、その大岩が、階段の段差を通る際に生じているもの。
    吹き抜け側に手すりなどは無いから、そのまま落っこちてくれればいいのだが…
    大岩は小刻みに壁へと衝突を繰り返しながらも、器用に階段をトレースして、
    正確に階段を下りて来ているのだ。

    このままでは、たちまちのうちにあの大岩に追いつかれ、轢かれてしまう。

    「わ〜お。これはまたお約束な」
    「そ、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ勇磨君!」
    「に、逃げろ〜っ!」

    始まる追いかけっこ。
    追うのは大岩。逃げるは、封印図書館攻略を目指すご一行。

    だが、岩が転がってくるスピードのほうが、断然速い。

    「追いつかれる!」
    「もっと速く走って!」
    「無理よ!」
    「これが限界……わあっ危なぁっ!?」

    最後方の御門兄妹は、すぐ前を行く水色姉妹に促すが、
    彼女たちはいっぱいいっぱいのようだった。
    セリスなどは、今にも足を踏み外し、転んでしまいそうである。

    階段だから、かなりのスピードが出ているため、無理もない。

    さらに前のユナや、姉妹を追い抜いていったメディアは、まだ余裕があるのか、
    水色姉妹との距離は開いて行く一方。

    「あっ!?」
    「セリスッ!」

    ついに、セリスが転んでしまった。
    ズルッと滑って、したたかに腰を打ちつけてしまう。

    「いたた…」
    「大丈夫!?」
    「うん、なんとか。…痛ッ!」
    「セリス!?」

    すぐにエルリスが戻って助け起こそうとしたが、セリスの顔は苦痛に歪んだ。
    どうやら足に怪我をしてしまったらしい。
    おまけに、腰を打ったショックで、満足に立ち上がることすら厳しい情勢。

    「う、動けない…」
    「そんなっ! …はっ!?」

    当然、すぐ後ろにいた御門兄妹も足止めを受ける。
    エルリスがそんな2人の背後に見たのは、今まさに迫りくる、大岩の姿だった。

    (もう逃げられない!)

    咄嗟にそう感じて、エルリスは思わず、セリスを庇うようにして覆いかぶさる。

    「やれやれ。環」
    「仕方ありませんね」

    彼女たちの後ろで、真っ先に大岩の脅威を受けるはずの御門兄妹。
    ひとつ息をついて肩をすくめると、逃げるどころか、振り向いて大岩と向き合う。

    あのような岩の直撃を受けては、ましてや、このスピードでは、
    ひとたまりもないのだが…

    「「はあっ!!」」



    ドォンッ!!



    2人は気合一閃。
    彼らから風圧が生じるのと同時に、周囲には、黄金の輝きが溢れた。

    同時に…



    ドガァァアンッ!!



    砕け散る大岩。
    パラパラと破片が落ちてくる中。

    「…ふぅ」
    「除去完了です」

    ホッと息をつく御門兄妹。
    それから、溢れかえっていた黄金の輝きは、急速に収まっていった。


引用返信/返信
■551 / ResNo.43)  『黒と金と水色と』第19話A
□投稿者/ 昭和 -(2007/01/06(Sat) 11:42:16)
    黒と金と水色と 第19話「最深部へA」






    迫ってきていた大岩の姿は綺麗サッパリ消え去る。
    周囲には、サラサラの砂状と化した元大岩の破片が舞い、
    やがて周りに落ちて行く。

    それを見届けるかのようにして、黄金の輝きが消える。
    元の姿形に戻った御門兄妹は、微笑を浮かべて振り向いた。

    「もう大丈夫だよ」
    「えっ? あ……うん、ありがと……」
    「ほえー…」

    対する水色姉妹の反応は、共に呆然としたものだった。

    彼らが黄金化するのを見るのは、何もこれが初めてというわけではないが、
    改めて見てみると、ものすごいものだということを再認識する。

    あんな大岩を、一瞬で粉々にしてしまうとは。

    「い、今、何をしたの?」
    「霊力…魔力のようなものです。それを瞬間的に放出しまして、
     あの大岩にぶつけ、粉砕した次第です」
    「そ、そうなの」

    環から説明を聞いても、すぐには理解できない。
    それだけすごかった。

    「久しぶりに見たわね」
    「助かりました」

    と、健脚に物を言わせて、かなり先まで下りて行っていたユナとメディアが、
    そう口を開きつつ上がってきた。

    「相変わらずのすごいパワーだわね。正面から当たったら、私でもどうだか」
    「またまたご謙遜を」
    「謙遜じゃないわよ。正直な感想」

    ユナが「脱帽だ」とばかりに言ってくるが、苦笑する勇磨。
    とてもじゃないが、信じられるものではない。

    「何を仰いますやら」

    それは環も同感のようで、ジトッと睨みつける。

    「仮に、1番うしろにいたのが貴女だったとしても、
     同じように回避していたはずでしょう」
    「まあね」

    頷くユナ。
    しかし…、と補足を入れる。

    「でも、魔力だと、一瞬のうちに練られる量には限界がある。私でもね。
     だから、あなたたちみたいな爆発的なパワーは出ないのよ。
     破壊に成功したとしても、あそこまで木っ端微塵には出来ないわ。さすがよ」
    「それはどうも」

    無詠唱魔法というものもあり、もちろんユナも使いこなせるが、
    それなりに威力のあるものを使おうとすると、どうしても詠唱が必要になってくる。
    魔法、魔力の弱点と言ってもいいだろう。

    その点、御門兄妹の霊力というものは、一瞬でピークに近いパワーを取り出せる。
    あの黄金化が良い例だろう。

    ユナが御門兄妹を認めているのも、こういった面があるためだ。
    他人を滅多に褒めない彼女が、素直に感心しているということも、特筆物である。

    「しかし罠があったとは、いえ、むしろあって当然なんですが、
     ここで来るとは思いませんでしたね。油断でした」
    「本当に」

    メディアがこう言うと、全員がうんうんと頷いた。

    「まだ回避可能な罠だったから良かったけど、即死モノの罠なんかがあるかもしれない。
     というより、あるのが自然。もっと慎重に進まざるを得ないわね」
    「ええ…」
    「心臓に悪いよ〜…」

    特に、こういう非常事態に免疫の無い水色姉妹。
    ユナの言葉に、げんなりと息を吐き出すのだった。

    「っていうかユナさん!」
    「なによ?」

    ぐったりしていたセリスが、唐突に声を張り上げた。
    そしてユナを睨みつける。

    「自分たちだけさっさと逃げちゃって〜! 薄情者〜!」
    「あのね…」

    ふぅ、と今度はユナが息を吐き出す。

    「この程度の階段を下りるだけで、私に付いてこられないほうが悪い。
     体力面での強化、怠ってるわね?」
    「うっ」
    「エルリス。あなたもよ」
    「あ、あはは……ごめんなさい」

    確かに、ユナに付いていけなかったのは、根本的な体力の差だ。
    彼女と修行した際に、魔法だけではなく、体力も併せて鍛えなければダメだと
    言われていたのにもかかわらず、疎かにしていたこともまた事実。

    激昂していたセリスは言葉に詰まって勢いを失い、
    エルリスも、申し訳なさそうに苦笑するしかない。

    「メディアも、意外と足が速かったなあ」
    「まあ、エルフですから、私」
    「そんなものか」

    ユナに付いていっていたメディア。
    勇磨から指摘されて、照れくさそうに笑って見せる。

    人間とエルフでは、魔力だけでなく、体力にも違いがあるのだろうか。

    「う〜、事実なんだけど……なんか納得いかなーいっ!」
    「セリス。修行してなかったのは私たちなんだから…」
    「それでもだよ〜っ!」
    「あはは…」

    どうしたものか、と苦笑していたエルリスは、はたと気付く。

    「そういえば、セリスあなた」
    「え?」
    「ケガ、してたんじゃないの?」
    「へっ? ……あっ!」

    階段を踏み外し、盛大に転んでいたはず。
    直後は動けないほどの痛みがあったみたいだが、もういいのだろうか。

    「そ、そうだった! イタタっ、思い出したら痛くなってきたー!」
    「セ、セリス! 大丈夫!?」

    …忘れていただけだったようだ。
    言われて気付かされると、すぐに悶絶し始める。

    「ははは」
    「まったく…」

    苦笑するしかない勇磨。
    脱力してため息をつくしかない環。

    「環、治してやれよ」
    「仕方ありませんね…。セリスさん、見せてください」
    「あっ環さん。…んっきゃあ! 触らないで痛いー!」
    「触らないと見られないでしょう!」

    ヒーリングしようと、患部に触れようとするも。
    かすかに触れた瞬間、セリスは飛び上がって痛みを訴えた。

    治療するために見せて欲しい環と、痛いところに触れられたくないセリス。
    壮絶ないたちごっこの始まりだった。

    「セリス…」
    「本当に、あの子はどうにかならないものかしら…」
    「まあいいではないですか。楽しくて♪」

    恥ずかしすぎて、顔を覆ってしまうエルリス。
    ユナはそっぽを向いてしまう。
    メディアが1人楽しそうに笑っているが、それでいいのだろうか…





    延々と続く螺旋階段。
    いい加減、嫌になってきた。

    「どこまで続いてるの、この階段…」
    「う〜、帰りに登るの大変そうだなぁ」

    水色姉妹から愚痴が零れる。
    それもそのはずで、もう1時間近く、階段を下り続けているのだ。

    いったい、どれぐらいの深さまで降りて行くのだろう?
    いったい、この先はどうなっているのだろう?

    大いなる不安は渦巻く中、終わりは唐突にやってきた。

    「あっ」

    真っ先に声を上げたのは、やはりセリスだ。

    「階段が終わってる!」

    照明は魔科学によって、今いる付近のみを照らす仕組みになっているようだ。
    だから、先に行けば行くほど暗くなっており、判別するのは困難を極めたが。

    あとひと巻きくらい降りて行くと、そこで階段は終わり、
    平坦な床が広がっているように見える。
    その先は暗闇の中だが、それなりのスペースがあるのだろうか。

    「とりあえず、一息つけるか」
    「そうですね。行きましょう」

    止めていた足を再び動かし、螺旋階段の最後の部分を下りて行く。
    階段なので、さすがに少しは疲労が来ているが、
    終わりが見えているということで、その足取りは総じて軽い。

    程なく、階段を下り切った。
    螺旋階段最下層に照明が灯る。

    そこで見たものは…

    「扉がいっぱい!」

    悲鳴に近い、セリスの叫び。

    螺旋階段が納まっていた形状そのままの、円形のスペース。
    階段を下り切った先からの壁面には、2mくらいの間隔を置いて、
    扉が何ヶ所も設置してあるのだ。

    「ひい、ふう、みい………全部で15ヶ所」

    即座に数えた環がこう報告。
    扉の数は、実に15を数えた。

    「迂闊に近づかない開けない! 何が出てくるかわからないわ」
    「う、うん」

    ともすれば先走った行動に出かねない誰かさんに向けて、ユナが一喝。
    なぜか頷いたセリス。(自覚があるらしい)

    他のものは一切、何も存在しない…いや、ひとつだけあった。
    スペースの中央に、剣を斜めに持つ兵士の像が、寂しげにひとつだけ置かれている。

    「………」

    こんなところにオブジェ?
    周囲を観察しだしたユナは、そのように疑問に感じたが、それ以上のことはわからない。

    視線を、複数ある扉へと移した。

    「………」

    扉の数々を、それぞれジッと注視して行く。
    そして、こう呟いた。

    「どうやら、魔力的なトラップは無いようね」
    「そのようですね」

    メディアも同意する。

    「あと考えられる可能性としては、物理トラップですが」
    「そればっかりは、開けてみないとわからないわね。…ん?」

    ここで、ユナは何かに気付いた。
    ひとつ首を傾げ、慎重に、1番近くにある扉へ歩み寄って行く。

    「どうしました?」
    「何かが…」

    目の前に立ってみて、”何か”を見つめる。

    扉の中ほど、ちょうど目線くらいの高さ。
    長方形をした、周囲とは明らかに違った一角があった。

    「これは……プレートの跡だわ」
    「プレート?」
    「よく、部屋の前なんかに『〜室』とか書かれてるものが貼ってあるでしょ?
     それじゃないかと思うんだけど……あっちにもあるわね。あっちにも」

    よくよく確かめてみると、隣の扉にも、そのまた向こうの扉にも、
    同じようなものがあることがわかった。

    「…ダメですね。どれも煤けていて、読めません」

    しかし、いずれもが変色してしまい。
    あるいは、貼ってあったプレートは取り払われてしまったのか、
    表示されていた内容を窺い知ることは出来ない。

    「ということは、何か? この扉の先にはそれぞれなんらかの部屋があって、
     どんな部屋かを案内していたというわけか?」
    「たぶん、兄さんの仰るとおりでしょう」
    「ふーむ」
    「今となっては、悔やまれますね」
    「まあ、何十年、何百年と、管理する人間なんかいなかったんでしょうし、
     当然と言えば当然だわね」

    どんなに小さいものでもいいから、何か手がかりが欲しい一行にとっては、
    かなり残念なことであった。
    こんなところで、封印図書館の洗礼を浴びることになるとは。

    要するに、扉の向こう側に何があるかは、実際に扉を開けて、
    向こう側に入ってみるまではわからないということ。

    「さあて…」

    不敵に微笑んだユナが、皆を見回しながら、尋ねたこと。

    「どこから行く?」
    「……」

    即答する声は、上がらなかった。


引用返信/返信
■552 / ResNo.44)  『黒と金と水色と』第19話B
□投稿者/ 昭和 -(2007/01/13(Sat) 18:25:14)
    黒と金と水色と 第19話「最深部へB」






    「どこから行く?」

    とのユナからの問いに、答えられるものは皆無。
    しばらく、その場を沈黙が支配したのち。

    「順番……に、行くしかないんじゃないか?」

    と勇磨が発言。

    「そう、ね、それしか…」
    「うん。わたしは勇磨さんに賛成〜」
    「1番シンプルですが、無難でもあります」

    ポツポツと、賛成意見も出始める。
    エルリス、セリス、メディアは賛意を表した。

    最終的には、ユナも環も同意して、とりあえず、1番左、
    1番階段に近い扉から開けてみることにした。

    だが、トラップが無いとも、開けた瞬間に何か異常事態に見舞われないとも限らない。
    扉を開けるには、慎重に慎重を要する。

    「よし。扉を開ける役は、俺が引き受ける」

    唯一の男だしね、と名乗り出る勇磨。
    反対意見は出ない。

    「それではこうしましょう」

    それを受けて、メディアがこんなことを申し出る。

    「他の皆さんは、ここの中央部分にお集まりいただいて。
     万が一のときのために、私が魔力・衝撃緩衝の結界を張ります。
     これで、よほどのことが無い限り、私たちは安全です」

    「…俺は?」
    「がんばってください♪」
    「はいはい…」

    それだと、中央に集まっている女性陣は安全だが、
    ドアを開く係の勇磨は、モロに影響を被ることになる。

    しかし、自分が名乗り出たことであるし。
    他に方法が無いのだから、誰かがやらねばならない。
    罠があったときでも、それなりに回避できる自信もある。

    勇磨はメディアに笑顔で見送られ、最初に開ける扉へと歩み寄って行き。
    一方では、メディアが結界を展開させる。

    結界の展開を確認し、勇磨も、扉を開けるポジションへとついた。

    「…いいな? 開けるぞ」
    「兄さん、お気をつけて」
    「ああ。じゃあ……さーん、にーい、いーちっ、ゼロッ!」

    カウント0になった瞬間、勇磨はノブに手をかけて回し、思い切り押した。
    結界の中にいるとはいえ、女性陣も身体を強張らせる。

    …が。

    「あ、あれ?」
    「…は?」

    扉が開かない。開いていない。閉まったまま。
    目を丸くする一行。

    「お、おかしいな? あれー?」

    勇磨はガチャガチャとノブを弄ってみるが、開く気配は無い。

    偽物の扉なのか? はたまた、鍵でもかかっているのか?
    そんな懸念が、一行に広まりつつあるときだった。

    「もしかして、それも『引き扉』なのでは?」
    「………」

    メディアの冷静な一言。

    どこかで聞き覚えがあるような気がする。
    しかも、ごく最近のことだ。

    「……あ、あはは」

    指摘を受けた勇磨は、笑ってごまかす。

    「あ、さ〜って、押してもダメなら引いてみろ〜♪」

    「…兄さん。またですか」
    「い、一見しただけじゃわからないわよね? ねっ?」
    「勇磨さん…。わたしでもそんなボケ、2度もしないよ…」
    「やれやれ…」
    「ふふふ。いいんですよ勇磨。そんな、わざと場を和まそうとしてくれなくても♪」

    つまり、『押す』一辺倒だったと。
    封印図書館の入口扉のときの再来だと。

    あまりの単純思考に、環はビシッと青筋を立て。
    必死にフォローを試みるエルリスと、呆れを通り越し、げんなりしているセリス。
    肩をすくめるユナ。
    やはり1人だけ、メディアは面白そうに笑っていた。

    「で、では気を改めまして…」
    「緊張感が台無しですよ…」
    「う、うるさいな。開けるぞっ!」

    今度こそとノブを回す。
    ガチャッ、と音がして、扉は手前側へと開いた。

    手に汗握る一瞬。
    …だが、何も起こらなかった。

    「……セーフ?」
    「いいえ、まだわかりません。トラップは忘れた頃に――」

    「あ〜っ、なんだこりゃっ!」

    「――!?」

    安心しかけるエルリスに、環が油断大敵とたしなめようとするも。
    それを遮るように、勇磨の大声が轟いた。

    「兄さん?」
    「これ見てみろよ!」
    「え?」

    勇磨が憤慨しながら示した先は、扉が開いた、その先。
    一同の視線が集中して…

    「ええ〜っ!?」

    誰のものか、やはり大声が上がった。

    「壁じゃない!」

    それは当然。
    なにせ、扉が開いたその先は、壁。

    通路も、空間も、何も無い。
    周りと同じ、ただの壁だったのだから。





    「どうなってんだこりゃ!」

    うが〜、と勇磨が吠えている。

    その原因は、扉を開けた先が壁だったこと。
    それも、ヤケになった勇磨が次々と開けていった扉の先が、ことごとく壁だったことによる。

    「なにこれ?」
    「行き止まり…ってこと?」
    「そんなはず…」

    女性陣も、最初は勇磨の行動にポカ〜ンとしていたが、
    すべての扉が開け放たれた結果に、改めてポカ〜ンとしている。

    「これまで、分岐や他の扉などは無かったと思いましたが…。
     ここで行き止まりなはずがないのですが…」
    「確かにそうね」

    う〜むと考え込んだ環の言葉に、ユナが同意した。

    ここまでは一本道だった。
    もしかしたら、隠し扉や隠し通路などの仕掛けがあった可能性も否定できないが、
    あれほどの規模の螺旋階段の先が行き止まりなど、考えられない事態である。

    ここまで来て行き止まり。
    もしや、これが正規ルートではないのか?
    他に隠し通路があるのか?

    「………」

    目を細めて、周囲を観察するユナ。
    彼女の目に留まるものは、何かあるのだろうか。

    「…とにかく」

    コホンと咳払いをし、結論を述べる。

    「調べるわよ。何か仕掛けがあるのかもしれないわ」
    「わかったわ」

    総出で、周囲をくまなく調べてみる。
    壁、床、扉…

    しかし、新たな発見はもたらされない。
    なにせ何も無いのだ。

    壁は普通の、何の変哲も無い壁だし、床も、なんら変わったところは無い。
    開けた扉も、もう1度調べてみたが、ただの木製の扉なのだ。

    他に、何かあるとすれば…

    「その剣士像」

    中央に鎮座している、剣を持った像。
    この場には似つかわしくないと思われる像が、怪しいということになってくる。

    ユナの発言で、自然と、像の周りに全員が集まった。

    像は、高さが2mほど。材質は石だろうか。
    鎧兜姿の剣士像で、右手に持った、斜めに突き出る剣が特徴的。

    「一見は、ただの彫像のように見えますが…」
    「何か仕掛けがあるのかなぁ? うーん?」

    唸りながら、像をぺたぺたと触って行くセリス。
    下から上まで観察し、前後左右360度、あらゆる角度から見てみるが。

    「う〜ん、なんにもないよ〜?」

    やはり、目新しい発見は無かった。
    しかしそれでも、セリスは像を回りながら、観察を続ける。

    そんなとき。

    「…わっ!?」

    像だけを見ていたため、足元が疎かになっていた。
    敷き詰められているレンガのちょっとした段差に躓き、転びそうになってしまう。

    「わわっ」
    「セリス!」

    体勢を崩しかけたセリスは、思わず手を伸ばし、像を掴む。

    ――ゴゴ…

    「…え?」
    「!!」

    転ぶまいと、像に手をかけた瞬間。
    なんと、低い音を立てて、像が動いたのだ。

    正確に言うと、場所がずれたわけではなく、像そのものが回転したのである。

    「今……動いた、よね?」
    「動いたわね…。回転したの…?」

    事実を確かめる間も無く。

    バンッバンッバンッバンッ!!

    「…!!」

    開け放ったままにしておいた扉が、次々と音を立て、勝手に閉まって行く。
    頭上は吹き抜けになっているので音が反響し、不気味なほどの余韻を残した。

    「これは間違いないわ」

    ふむ、と頷いたユナ。
    行き止まりの扉と、なんらかの関係があることは、もはや疑いようが無かった。

    「像を回して、扉のほうへ向けてみて」

    現状、像は、扉とは目を合わしていない。
    持っている剣が階段を指している状況だ。

    像ごと回転させて、扉と正対させてみよう。

    「よしわかった。ふぬっ」

    ――ゴ、ゴ、ゴ…

    勇磨が像を持って、力任せに回転させる。
    かなり重いのか、発せられる音は、やはり重低音である。

    「とりあえず、最初の扉へ合わせてみて」
    「うい」

    剣が扉を指すよう、向かい合わせるまで回す。
    すると…

    ピカッ!

    「あっ」

    剣の切っ先が発光。
    その光は瞬く間に強くなっていって、ビィっと一直線に伸びていった。
    もちろん、扉に向けてである。

    ギュゥゥゥウンッ…!!

    「な、なに? 何の音?」
    「何かが動いているような…」

    光線が扉に達した直後から、何かの機械音が響き渡る。
    何かが高速回転しているような音が、数秒間は続いて。

    やがて、それは徐々に静かになっていった。

    「………」

    一行は、その後もしばらく、様子を窺い。
    何も起こっていないことを確認する。

    …いや、それは間違いだ。
    確かに、”何か”は起こったのだから。

    「勇磨。もう1回、扉を開けてみてくれる?」
    「おし…」

    像からの光が当たっている扉を、再び開けてみる。
    今度こそ、開けた先には、壁以外の何かが見えることを期待して。

    「開けるぞ…。それっ!」

    一気に開ける。
    固唾を飲む瞬間。

    「部屋だ!」

    薄暗くて確かなことは言えないが、扉の先に、何らかのスペースがある。
    期待は、その通りになった。





    第20話に続く


引用返信/返信
■553 / ResNo.45)  『黒と金と水色と』第20話@
□投稿者/ 昭和 -(2007/02/03(Sat) 14:51:37)
    黒と金と水色と 第20話「時の眠る園@」






    「部屋だ!」

    向こう側を覗き込んだ勇磨が、叫び声を上げた。
    暗がりでよくは見えないが、確かに空間が存在するという。

    「え、本当!?」
    「やったぁ!」

    その声に反応し、続けて飛び込もうとする水色姉妹だが。

    「待ちなさい」
    「え?」

    ユナに止められた。

    「何か罠があるかもしれないわ。あなたたちは、安全が確認できるまで、
     こっちで待ってなさい」

    「う〜」
    「でもまあ、ユナの言うとおりね…」

    言うこと至極ごもっとも。

    もしなんらかのトラップがあった場合、自分たちでは、対処に困るであろう。
    下手をすると、取り返しのつかない事態にだって陥るかもしれない。

    セリスは残念そうに唸っているが、従うしかなさそうだ。

    「では私も、こちら側で待たせていただきます」
    「そうね、そうしなさい」

    メディアもそう申し出た。

    魔力の高いエルフ、しかもその女王だけあって、結界術や防護魔法には長けているようだが、
    直接戦闘においては、その実力は未知数である。
    先ほどの戦いでは、自ら後方に下がったくらいだから、攻撃力には自信がないのか。

    そういった事情を考慮し、ユナは頷いた。

    「それじゃ、私と勇磨、環で、様子を見てくる。
     そんなに時間はかからないと思うけど、ここでおとなしく待ってるのよ。いいわね」
    「うん」
    「いってらっしゃい」

    編成された威力偵察部隊。
    偵察とは名ばかりの主力部隊であるが、適任であろう。

    3人は、水色姉妹とメディアに見送られ、依然暗闇の中の、奥へと足を踏み入れる。
    扉を超え、暗闇の中へと入った瞬間だった。

    ぐにゃり

    「…!」

    一瞬だったが、妙な違和感に支配される。
    それも束の間のことで、気づいてみると

    「これは…」
    「へぇ…」

    ごく普通の空間にいたのである。

    地下とは思えないほどの明るさに照らし出された室内は、まるで、
    地上の図書館だと見間違うほどの様相。
    所狭しと並べられた背の高い本棚に、ぎっしりと本が詰まっている。

    しかも、だ。

    「とても、数百年はくだらない歳月を経ているとは、思えません…」

    勇磨とユナが感嘆の声を漏らしたのに続いて、環が呟いた言葉。

    そう。目の前に広がっている光景は、今まさに、きちんと管理の行き届いている、
    清潔な図書館の一室そのものだった。
    ゴミなどは一切見当たらないし、埃が溜まっている様子もまったく見受けられない。

    まるで、この地下空間が封鎖されたその瞬間から、微塵も時間が経過していない。
    当時そのままの風景が、ここだけ時間が止まってしまったかのように、
    そのまま取り残されたような印象を受ける。

    「なるほど………封印図書館、こういう意味だったのね」

    ふむ、と頷きつつ、ユナが言う。

    とても不可思議な現象だが、これが現実である以上、信じざるを得ず。
    ”封印”された図書館という意味が、所蔵した危険物を外に出さないためという意味のほかに、
    もうひとつ、別な意図があったということを理解した。

    ますます、言い得て妙な表現である。

    「とにかく、まず安全性を確かめないとな。
     うーん、魔物もいないし、特にコレといって、危険な感じは――うっ!?」

    そう言って、周りを注意深く見回しながら、勇磨がさらに奥へと歩を進める。
    ところが、彼の声は、途中で不自然に掻き消えてしまった。

    そして、上がる叫び。

    「勇磨!」
    「兄さん!」

    慌てて駆けつけるユナと環。

    「どうしたの?」
    「何か出ましたか!?」
    「…これだ」

    幸い、数メートルほどの距離だったため、ほんの一瞬で辿り着く。
    勇磨が固まりつつ視線を向けているのは、1番手前側にあった本棚と、
    そのひとつ向こう側にある本棚との間の通路。

    そこを示されて、同じように視線を向けた、ユナと環が見たもの。

    「「…!!」」

    2人とも、勇磨と同じように固まってしまった。
    そして、戦慄した。

    「どうしたの!?」
    「大丈夫!?」
    「2人とも、危ないわ!」

    外にも、勇磨の声が聞こえたのだろう。
    水色姉妹が、メディアの制止を振り切って、こちら側へと入ってきた。

    「来るな!!」

    「…!」

    そんな彼女たちに向けて、勇磨から怒声が放たれた。

    エルリスとセリスは、ビクッと身体を震わせる。
    初めて聞いた、本気での、否定の声。

    「君たちは……来ちゃいけない」

    一転して、勇磨の声は弱々しい、細々したものへと変わった。

    「ど、どういうこと…?」
    「そこに、何があるの…?」

    混乱状況の水色姉妹は、必死に事態を理解しようと試みるものの、無駄な努力である。
    本棚の間を覗き込んでいるという情報以外、何もわからないのだから。

    しかし、ただひとつ理解できるのは、只事ではないであろうことだ。
    それがわかるからこそ、2人は、その場から一歩も動けない。

    「…あなた方には、刺激が強すぎます」

    「………」
    「………」

    遅れて届いてきた環の声によって、それは増長された。

    「……」

    姉妹の後ろで話を聞いていたメディアも、無言だったが

    「メ、メディアさん!」
    「ダメだよ!」

    今度は逆に、エルリスセリスの声を無視し、スタスタと勇磨たちのもとへ歩み寄って行く。
    ものの数秒で辿り着いた彼女は、勇磨たちと同様、本棚の間を覗き込む。

    「……確かに」

    そして、メディアはこう呟いた。

    「エルリスとセリスは、見ないほうがいいわ」

    「………」
    「………」

    エルフである彼女をもってして、こう言わしめる光景とは…

    本棚と本棚の間の、幅1メートル、奥行きは5メートルほどの空間。
    その中ほどの地点にして、”それ”は起こっていた。

    まず目に飛び込んでくるのは、禍々しいばかりの『赤』。
    床の絨毯や、本棚、本を始めとして、天井にまで、激しく飛び散ったかのように付着する”それ”。
    絵の具や食紅といった雰囲気ではない。それはまさしく、”血液”である。

    それも、時間が経って乾いたというものではない。
    つい先ほど、流出したような生々しさを持つ、『鮮血』だった。

    その証拠として、血の海の中に倒れこんでいる、数人の遺体。
    いずれもが、見るのもためらわれるような痛々しい傷跡を残し、中には、
    身体の線が変わるくらいに抉られ、臓器が露出してしまっている者もいる。

    これだけの、血の飛び散りようだ。
    その凄まじさは、おわかりいただけると思う。

    「おそらく…」

    無言が貫かれる最中、メディアの声だけが響く。

    「どうやって入ってきたのかはわからないけれど、先客がいたということかしら。
     そして、これもどういう原理だかわからないけど、ここは、この部屋だけは、
     本来の時間の流れからは切り離されているようね」

    この凄惨な遺体群は、自分たちよりも先に入った、おそらくは盗賊。
    所蔵されているという一品を求めて忍び込み、仕掛けを見抜いたまでは良かったが、
    時間が流れないというこの部屋で、何者かに襲われ、惨殺された、と。

    何者かに襲われ・・・・・・・

    「…!」

    メディアがそこまで言ったとき、ほぼ全員が、その事実に気づいた。

    「脱出だ!」

    何が出てくるかわからない。
    少なくとも、ここには、彼らを殺した何かがいる。

    急いで部屋から出ようとするが。

    「あっ!」
    「し、閉まってる!」

    出入り口に1番近い位置にいた水色姉妹から、悲鳴が上がった。
    なんと、そこにあったはずの通路が、どこからか現れた壁によって、塞がれてしまっていたのだ。

    「閉じ込め……られた?」


引用返信/返信
■555 / ResNo.46)   『黒と金と水色と』第20話A
□投稿者/ 昭和 -(2007/03/03(Sat) 15:09:22)
    黒と金と水色と 第20話「時の眠る園A」






    「閉じ込め……られた?」

    「チィッ」

    誰のものか、舌打ちが上がる。
    部屋全体がトラップだったとは、完全な見落としである。

    「グゲゲゲ…」

    「!!」

    追い討ちをかける、”何者か”の不気味な声だ。
    全員が即座に、戦闘態勢へと映る。

    その直後。
    ヤツは、ゆっくりと姿を現した。

    「グッフフフ…」

    「…!」

    本棚を通り越して。
    皆が驚いたのは、その巨体よりも、本棚を通過・・してきたことによる。

    「な……通り越してきた!?」
    「でも、幻影……というわけでもなさそうね」

    「グッフフフ……その通り」

    「喋った!?」

    そこには確かに本棚があるのに、ヤツは奥から真っ直ぐ、その巨体を進めてきた。
    だがしかし、幻というわけではない。ヤツの肉体は、確かにそこに在る。

    さらには、こちらの言葉を理解して、自ら言葉を話した。
    知能の高いモンスターには初めて出くわしたセリスなどは、これにも仰天している。

    「またしても侵入者か…。人間には身の程知らずが多いものだな。
     まあ、オレ様にとって見れば、エサが来てくれてありがたいが。グッフフフ…」

    背丈は、天井につきそうなほど高い。
    横幅もでかい。ずんぐりむっくりした体型。
    そのわりに手足は細く、その先端には、鋭い鍵爪が存在していた。

    間違いなく、この部屋の”主”である。

    「ふん、なんだかわからないけど、やろうってんなら相手になってあげるわ」

    一瞥したユナが、素早く詠唱を終える。

    インフェルノ!!

    鬼火!!

    続けて環も妖術を展開。先制攻撃を仕掛けた。
    2つの巨大な火焔がヤツへと迫る。

    「グッフフフ…」

    ところが、ヤツは身じろぎひとつしない。
    正面から喰らう気のようだ。

    「避けない気?」
    「といっても、あの図体では、避けるにも避けられないでしょうが」

    横幅がありすぎる。
    本棚を通過できる特技があるにせよ、実体がある以上、直撃は避けられない。
    命中を確信した。

    が、しかし…

    「グッフフフ、こいつはありがたい」

    ヤツは、平然と構えたまま、余裕の表情で

    「いきなりご馳走してくれるっていうのか? では遠慮なく…」

    大口を開けた!

    「グオアー!」

    「な、なに!?」
    「炎を……食べた!?」

    ぱっくりと開けた口で、迫ってきた炎を、文字通り飲み込んでしまった。
    しかも、美味しそうに咀嚼までしているではないか。

    「…ふぅ。こいつは美味い」

    食べきってしまったヤツは、満足そうな表情を浮かべる。

    「ものすごく上質な魔力だ…。そっちのは少し違うようだが、変わっていて美味い。
     ほれ、もっとご馳走してくれぬのか? グッフフフ…」

    「魔力を、エネルギーを、食べるというのですか…」
    「く、なんて規格外なヤツ!」

    さすがに驚いて、呆然と呟く環。
    苛立ちげに叫ぶユナ。

    種類を問わず、エネルギーの類を、口から吸収する。
    ユナが言ったとおり、前代未聞の、とんでもない能力だった。

    「魔法や霊波攻撃の類は通用しないようです」
    「悔しいけど、私の出る幕は無いわね…」

    ユナの攻撃は、魔法がメイン。
    しかも、なまじ魔力が多く威力も高いだけに、ヤツにとっては、格好の獲物というだけだ。

    「任せるわ」

    本当に悔しそうに、ユナは後方に下がった。

    「とはいえ、任されたとはいっても…」
    「どうしたもんかねえ」

    前衛に留まる御門兄妹は困惑顔。

    ヤツを倒すには、それなりにエネルギーのチャージをしなければ不十分だと思われるが、
    その溜めたエネルギーを喰われてしまってはたまらない。

    「なんだ、来ないのか。では、こちらから行くぞ!」
    「…!」
    「ガァッ!!」

    再び大口を開けるヤツ。
    刹那、口の中が光り輝いて…

    閃光が瞬いた。

    それは一瞬にして室内を照らし出し、勇磨たちをも飲み込む。
    …かと思われた。

    「お任せを」
    「メディア!?」

    瞬時に前へと躍り出たメディア。
    驚く皆を尻目に、素早く術式を完成させる。

    『護』

    「ぬっ?」

    お得意の結界術を展開。
    危ういところで難を逃れた。

    「助かった」
    「いえ」

    勇磨から礼を言われると、メディアは再び後方へ下がる。
    その早業に苦笑しつつ、勇磨は前を見据えた。

    「…フン、まあよいわ。先ほど食ったエネルギーは膨大。
     これなら何発でも撃てるばかりか、向こう何十年は暮らせるぞ。グッフフフ」

    「ああそうかい」
    「…兄さん?」

    前では、ヤツが得意そうにほざいているが、それは気にしないとばかり、
    勇磨は颯爽と抜刀した。

    「何か手でも?」
    「手、ってほどでもないけどな」

    良い作戦を思いついたのかと環が尋ねるが、勇磨は苦笑を返すだけ。

    「ご武運を」
    「おう」

    だが、兄の実力には、全幅の信頼を寄せている環である。
    時にはどうしようもないバカをやることもあるにはあるが、基本的にそれは変わらない。
    微笑を浮かべて送り出した。

    「ちょっ、環! いいの!?」
    「そうだよ! みんなでかかったほうが…!」

    1人で前に出て行く勇磨の姿に、水色姉妹が声を荒げるものの。

    「大丈夫ですよ」

    環は一笑に付す。

    「兄さんはバカでは……時にはバカもやりますけど、大丈夫です」
    「なら、いいんだけど…」

    バカではないと言いかけて、数々の奇行馬鹿行を思い出し、コホンと訂正。
    何はともあれ、今は勇磨を信じるしかない。

    「…ほう? 1人で来るのか」
    「おまえを倒すくらい、俺1人で充分だよってね」
    「随分な自信だな」

    1人で向かってくる勇磨に、ヤツは小馬鹿にしたような声をかける。
    しかも、返ってきた返事が返事だから、ぐふふと笑って。

    「その自信、オレ様が叩き潰してやるわ!」

    両手の鎌を振り下ろす。

    「遅いね」

    それを、ひらりとかわした勇磨は。

    「はああっ!!」

    空中で霊力を解放。
    青白いオーラが、手にしている刀へと伝わって行く。

    「御門流奥義、迅雷ッ!!

    電撃を纏った一撃。
    バリバリと音を立てながら、ヤツへと炸裂させる。

    しかし…

    「グッフフフ……おお、ご馳走してくれるのか」

    やはり、ヤツはダメージを受けない。
    そればかりか、受け止めた腕先の鎌から、技のエネルギーを吸収している。

    「美味い……美味いぞ。これほどの美味は初めてだ!」
    「そうかよ」

    勇磨も顔色ひとつ変えず、技を継続させる。

    「貴様の力、残らず喰らい尽くしてくれるわ!」
    「出来るものならな」
    「なに?」

    このままではヤツの言うとおり、力をすべて吸い尽くされておしまいだろう。
    が、勇磨はニヤリと笑みを見せて。

    「ハアアッ!!」

    ドンッ!!

    さらに力を解放。
    黄金のオーラが荒れ狂った。

    「ご馳走してやるから、食えるものなら食ってみな!」
    「んむ…?」
    「食い切れるんならなっ!!」


    ドォンッ!!


    「んぐっ…!?」

    黄金の輝きが光度を増す。
    もう直視していられないくらいだ。

    やがて、ヤツの表情に変化が出た。
    相変わらず、エネルギーの吸収を続けているようだが、次第に苦しそうな顔になっていき。

    「ゴァァァァ……ッ!」

    刹那、ヤツの肉体が限りなく膨らんだ。
    次の瞬間には――


    パァァアンッ!!


    風船が破れたかのごとく、弾け飛ぶ。
    そこにはもう、ヤツの姿は見る影もない。

    「なるほど…」
    「考えたわね」

    「え…」
    「な、何が起こったの?」

    頷いている環とユナの横で、水色姉妹は首を傾げている。

    「ヤツの、食べられる許容量を超えたんですよ。
     空気を入れすぎた風船が、破裂してしまうのと同じことです」
    「あ…」
    「兄さんの、類稀なるパワーが成せる技。さすがは兄さん。
     あそこまでの瞬間的な最大値は、私には出せません」
    「決めるときは決めるわね、さすがに。
     やろうと思えば可能だけど、通用しなかったときのリスクを考えるとねえ。
     あれほどの思い切りの良さは、私には無いわ」

    環から説明を受けて、ようやく納得できた。
    ユナからもお褒めの言葉が出るあたり、見事な策だったのだろう。

    徐々に輝きを失っていく勇磨の背中を見ながら、改めて、彼の強さを実感した。




    第21話へ続く


引用返信/返信

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■28 / 親記事)  少女の檻 序章 『 lost −雪−』
□投稿者/ 翠霞。 -(2004/11/08(Mon) 22:10:48)
     雪が降っていた。
     それは、数多の夢のようにも思えるほどに、儚く降り注ぐ。
     消えるからこそ、叶わないからこそ夢なのだと。夢と言う理想に淡い期待を抱かなくなったのはいったい何時からだっただろうか……決まっている。全ての幸せが崩れた、炎のあの日からだ。
     窓から外を見ていたユナ・アレイヤは、そんな止め処ない思考を頭にめぐらせていた。
     別に考え事をするために外を眺めたわけでも無く、雪が降っているその情景が特に好きだから眺めたというわけでもない。そのような感情の全てを……楽しいとか、嬉しいとか、喜びとか、笑うという……全てを、彼女は過去に置いてきていた。
     彼女には今、なさなければならない事があった。
     魔法学園に在籍する彼女は、成績も優秀、主席をいつもキープしているどころのレベルではなく、既に博士号などを習得している。
     
     稀代の焔術師 ユナ・アレイヤ

     そんな、二つ名で呼ばれる事もあるくらいに、彼女は有名な存在だった。
     ふと。彼女が窓から少しだけ視線をそらす。その、わずかな視点移動で視界の端に収めたのは、室内を暖める暖炉の炎。薪を火種に煌々と燃え上がるそれは、薄暗い室内に在って、酷く明るかった。

    「炎は……私に何を見せるのか」

     既に、窓へと移した視線のまま、そんな呟きをユナはもらした。
     誰も、その問いに答えるものなど無く、きっと、その問いの答えを知る者は問いを発した自身である事を知りながら。それでも、もらさずには、いられなかったその問い。
     深く心に根付いた問い。

    「……兄さん」

     ユナは、また視線を外へと戻した。問いを答えてくれるであろう、人物の名前を呟いて。誰よりも今、寄りかかって、その温もりを感じたい人の名前を。

    「もう、暖炉の温もりは嫌い……」

     見つめていた外の景色から、人の影が消えた。もう夜も深い。誰も出歩くような人物がいないような、そんな時間帯だ。
     暗闇の中、それでも主張するその純白の雪は、精霊にも似て幻想的な雰囲気を醸し出している。雪に吸収されたのか、世界には音も消え去り、深々と、ただ、静謐な夜が広がっていた。
     そんな、儚い雪のように。
     部屋から、忽然とユナの姿は消えていた。
     部屋の扉は開け放たれたまま。暖炉に灯っていた炎はその勢いの影すら無く消え去っていて、ただ、無人となった室内には、一枚のメモが床の上に置かれていた。

    『 明日へ 雪のような 明日へ 目指すことは 罪なのでしょうか? 』

     その白い紙には、そんな問いかけが。



     翌日の街に一つの噂が流れていた。

     学園主席 ユナ・アレイヤ 失踪 


     物語は始まる。

引用返信/返信

▽[全レス40件(ResNo.36-40 表示)]
■527 / ResNo.36)  Unknown
□投稿者/ Adultnt -(2006/11/19(Sun) 17:59:04)
http://lesbian-sex-game-nsti.blogspot.com
引用返信/返信
■528 / ResNo.37)  Unknown
□投稿者/ Adultfs -(2006/11/20(Mon) 05:08:47)
http://world-sex-record-1ximj.blogspot.com
引用返信/返信
■529 / ResNo.38)  Unknown
□投稿者/ Adultdt -(2006/11/20(Mon) 11:46:16)
http://play-sex-game-cpxu.blogspot.com
引用返信/返信
■530 / ResNo.39)  Unknown
□投稿者/ Teendc -(2006/11/21(Tue) 07:37:53)
http://defloration2.pornzonehost.com/first-sex-teen-time-virgin.html
引用返信/返信
■531 / ResNo.40)  Unknown
□投稿者/ teensnd -(2006/11/21(Tue) 07:41:25)
http://teenporns.pornzonehost.com/nude-teen-pic.html
引用返信/返信

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■427 / 親記事)  戦いに呼ばれし者達
□投稿者/ パース -(2006/10/11(Wed) 21:59:28)
    2006/11/07(Tue) 06:23:26 編集(投稿者)
    2006/10/12(Thu) 13:53:55 編集(投稿者)
    11月7日タイトル変更
    (何で今さら・・・・)

    まえがき。

    ハイ、というわけで「前向きな死者と後ろ向きな生者」、昭和さんに頼まれて(←この辺責任のなすりつけ)続編を書くことにしましたが、ようやく世界観設定が完成しましたので本編というか続き、というかさらに前の話を書きました。

    モチーフは完全に北欧神話です。
    ゲルマン民族やヴァイキング達に伝わるあれです、散文エッダやニーゲルンゲンの指環やらで有名なあれです。
    が、武器ばかり登場していて有名どころの神サン(オーディンとかトールとかロキとか)は、名前だけしか出ません、そんでもって登場人物は最初に一気に書いちゃう以外はたぶん出しませんので(出ても精々ちょい役)覚悟してください(何の覚悟だよ)。

    ってか、本来がただの短編であったため、本編もさっさと終わらせましょうか、ってのが作者の考えなので、結構バタバタ人が死んじゃったりしますんでごめんなさい。

    ちなみにこの作品、戦乙女ことヴァルキリーがまんま悪役ですので、ヴァルキリープロファイルとか好きな人にはお奨めできないかも知れません、そのへんはご自分で判断下さいませませ。


    ロキパートでの主な登場人物

    千里塚 陽(せんりづか よう)18歳♂ 所持武器:レーヴァテイン(神剣)
    四ノ原 影美(しのはら えいみ)18歳♀ 所持武器:ロキの剣(魔剣)
    桐野 狼亜(きりの ろあ)15歳♀ 能力:フェンリル
    ゲイレルル 槍を持って進む者 能力:ヴァルキリー




引用返信/返信

▽[全レス26件(ResNo.22-26 表示)]
■538 / ResNo.22)  ロキ編 決戦
□投稿者/ パース -(2006/11/25(Sat) 22:33:31)
    「げほっ・・・・・・・・・げほげほっ・・・・・・・・!」


    目が覚めると同時、体中の痛みで思わず咳き込む。
    当たり前だ、影月の時にいくらか回復したものの、所詮「いくらか」だ、フェンリルにやられた傷全部が回復したわけじゃない。


    (・・・・・・・・・・・・・・・無銘刀・・・・・・・・・)


    頭の中で呼んでみるが、半ば予想通り返事はない。
    手元を見つめて武器を呼び出す、現れたのは最初の頃の黒い剣、『影月』ではない。


    (借りが出来ちゃったなぁ・・・・・・・・・・)


    あの時起こった出来事、それは、無銘刀が影美の魂の半分を吸い取り、そして無銘刀の中の誰かが影美の中に入り込み、ゲイレルルに連れて行かれる、ということだった。
    無銘刀に意識を集中する、その中に、影美の半身が入っている。
    そのせいかどうか知らないが、いつもよりも動きがよい気がする。


    「・・・・・・・・・よっ・・・・・・・っと・・・・・・・・・・・痛たた・・・・・・・・」


    体中が痛いが、何とか起きあがる。

    さっきから感じている、近づいてくる気配・・
    ゲイレルルが最後に言っていたことを思い出す。
    確か、「魂を返して欲しければ最後の神具の所持者を倒せ」だったか。


    「それって、持って行かれたのが私じゃなくても返してくれるのかな・・・・・・・・?」


    黒剣もとい無銘刀もとい魔剣ロキ、まぁ呼び名などどれでもいい、それを構える。
    そして、
    影美の対面に一人の少年が現れる。










    陽は、異空間の中を歩いている。
    足やら頭やら、フェンリルにやられたせいで体中が痛いが、歩けないほどではない。


    (これで、最後・・・・・・・・・次の相手さえ倒せば、ロアを助けることが出来る・・・・・・・・・)


    陽は、剣を握りしめた。
    それは、先ほど、フェンリルと戦っていたときの大剣ではない、戦いが終わって気がついたら元の普通の剣の形に戻っていた。


    どうやら、『炎神』になるためには何かしら条件があるらしい、その条件はわからない―――が、陽の気持ちは一つだった。


    (どんなことがあっても、必ず勝つ・・・・・・・・)


    それだけのために、陽は歩いている。
    最後の相手の気配・・も、段々と近くなっている。


    「待ってろ、ロア」


    見えた、最後の戦いの相手。
    自分と、同じくらいの背格好、年齢も同じくらいであろう少女。
    そして、決戦が始まった。










    二人とも、はっきり言って無茶苦茶にボロボロだった。
    服はあちこち破れ、体中傷だらけの血だらけ、そして泥まみれだった。


    「あたしは影美、四野原 影美、魔剣ロキの所持者・・・・・・・・あなたは?」


    影美が、まだ少し離れている相手に対して言った。


    「陽、千里塚 陽、神剣レヴァンテインの所持者だ」


    陽は、影美に声を返す。
    影美が剣を構えていることに気付き、陽も剣を構える。


    「へへ・・・・・・・・・最後が、君みたいなわりとまともそうな奴で良かったよ、あたしがこれまで相手にしてきたのってみんないきなり戦闘になったのばっかりだったから、変な狼にも襲われるし」
    「俺もまぁ、似たり寄ったりだな」


    二人の目に宿るモノ、それは決意。
    軽口を言いながらも、決して退かない、という意思の表れ。


    「あたしは、どうしてもヴァルキリーに取られた物を返してもらいたいから、だから戦う」
    「悪いけど、俺も命を賭けても手に入れなきゃなんない物だから、退くわけにはいかない」
    「同じだね・・・・・・・・なら、しかたないっか」
    「ああ」


    そして、会話がとぎれて、二人が同時に動いた。










    二人は同時に動いた。


    影美の姿が影の中に没し、陽の姿がかき消える。


    「!?」
    「!?」


    驚いたのは、二人一緒だった。
    陽は、先ほどまで影美がいた場所に出現する。
    一瞬で、影美との勝負を決めようとした陽だったが、そうはいかなかった。


    「そこっ!!」


    影美は、頭上に陽が現れた事に一瞬驚きを見せたものの、すぐさま攻撃を開始する。
    直後、陽の足下から、無数の影の茨が突き出し、陽にからみつこうとする。


    「くっ!!」


    陽は、思わず後ろに下がろうとしたが、その背後からも影の枝が突き出す。
    それを避けられないと踏んだ陽は、剣に力を込める。
    すると、剣が光を放ち、それによって枝はいともたやすく切り落とされる。
    さらに、数本の茨を切り飛ばしながら陽が地面、つまり影美が潜む影を貫こうとしたが、陽の剣が地面に突き立つのと、影から影美が脱出したのは、ほぼ同時だった。










    「っ!『影兵』、行きなさい!!」


    影美は、影から脱出するとすぐさまに、影兵を呼び出す、影美の周辺の影が動き出し、兵隊の姿を作り上げる、その数30ほど。
    そしてそれらは、一斉に陽目掛けて殺到した。


    (・・・・・・・・こいつ、強い)


    30ほどの影達はすぐさま陽に接近、攻撃を開始するが、一体が剣を振りかぶった瞬間に斬り裂かれ、別の一体がそれを横から切ろうとして真っ二つ、さらに別な一体が足払いで転ばされそこにさらに別の一体が、また別の一体がやられてゆく。
    どうやら影兵では勝負にならなそうだ。
    その上、先ほどの能力、飛んでもない移動能力、それから剣が光ったあとこちらの影をやすやすと切り飛ばしたあれ、どちらも強力ではっきり言ってこっちの方が分が悪い。
    影美の能力は小技中心だ、大技では向こうのが強い。


    (だったら・・・・・・・・)


    影美はある考えを持って影の中に自分を沈み込ませてゆく。










    (うっとおしい・・・・・・・・・!!)


    さらにまた一体、斬り裂きその黒い体が消滅してゆく。
    先ほどから、明らかな雑魚を相手にしていたが、それらを全て『力』を使うことなく倒していた。


    (だが・・・・・・・・次はどこから来る?)


    しかし、相手、影美の姿がどこにも見えないことには先ほどから気がついていた。
    兵隊の数は残り5体ほどだが、それらが動くたびに影が出来たり消えたりするため、影美の居場所が特定できない。


    (兵隊が全滅すると同時に出てくるか?別にいつでもいい、こっちはそれを突破するまでだ!)


    また一体を斬り倒す、残り4体、そいつらは陽を囲むように移動する。
    例えどれほど弱くとも、四方から一斉に攻撃されればどうしようもないことは確実なので、陽は右後ろに移動しようとしていた影に肉迫、これを斬る。
    残り3体、2体が同時に動き、それにわずかに遅れて1体が動いた。


    「邪魔だ!!」


    正面の2体を輪切りに、残る1体を斬ろうとして、


    (―――――!?)


    その姿を見失った。
    その姿を探す間もなく、


    (―――――後ろ!?)


    本能的に位置を察知、ほとんど何も考えずに切り払う。
    そして違和感。


    (本体はどこだ!?)


    さらに陽の背後、つまり先ほど敵の姿を見失った方角にまた一体の兵隊が現れる。


    (なんだ?いつでも背後に出せるなら初めからそれをやればいいのに・・・・・・・・・!?)


    それもまた一刀のもとに両断――――しようとして、それが罠だと気付いた。


    「残念!ハズレ!!」


    陽がその影を両断した直後、先ほど違和感を感じた影、それの中から影美が現れた。
    陽は影を斬るために腕を伸ばした状態、つまり隙だらけ、それに対し影美が剣を構えて突っ込もうとした。


    「レーヴァテイン!!」


    陽は『力』を解放、影美のさらに背後を取った。
    そして、










    (かかった!!)


    影美のすぐ後ろに陽が出現するのを、影美は影の中から・・・・・、見ていた。
    今、陽が背後を取った物、それは影美が影を操作できる限界まで似せて作り上げた偽物だったのだ。
    陽がどれだけ強くとも、『力』を使った直後ならば、確実な隙が出来る。
    陽が、影美そっくりの偽物を斬り裂いた、


    (―――――もらった!!!)


    瞬間、崩れ去った影美そっくりの影も含めた、影美が操作できる全ての影から、一斉に陽目掛けて刃が飛び出した。


    ―――ズドドッ!!


    「ぐうっ!!!」


    それらの刃は、確実に一瞬油断した陽の足を次々と貫いてゆく、これで陽は地面に縫いつけられた。
    影美が、確実に絶対のトドメを、さそうとしたその瞬間、陽が影の枝を掴んだ。


    「捕まえたぞ・・・・・・・・!」
    (・・・・・・ッ!しまっ!!)


    どれだけ、姿が見えなくとも、影美が操作している直後、その影の中には、影美自身がいる。
    陽が剣を地面に突き刺そうとし、影美が影から脱出しようとした、しかし今回は、陽の方がわずかに早かった。


    ―――ザシュッ!!


    初めて、影美の影から黒以外の色をした物が流れた、影美の血だった。


    「うぁっ!!!」


    影美は影から脱出しようとした直後を捕まり、右の肩に深々と剣を突きたてられた。
    影美は無理矢理陽と自分との間の影を操作し、壁を作り出し、それによって何とか距離を取った。
    十分な距離を取った直後、壁を解除すると、陽は動いていなかった。


    「・・・・・・・・ハァ・・・・・・・・ハァ・・・・・・・・痛ったいわね・・・・・!」
    「・・・・・・・・・・・・・・・・・クソッ・・・・・・・・・お互い様だ・・・・・・・!」


    影美はそれに向かって文句を言うと、陽は返事を返してきた。
    陽は両足を穴だらけにされ、影美は右腕、つまり利き手が使い物にならない。
    威力なら陽が上、しかしスピードは影美が勝る、『力』を使えば陽の方が早いが、その分反動で大きな隙が出来る、技の手数なら影美の方が圧倒的に多い。
    体格的な差はほとんど無い、陽は同年代に比べて少し背が低く筋力が無い、逆に影美は同年代女性よりは背もいくらか高く、筋力もある。


    どちらも、かなりの傷を負ってはいるが、ほぼ互角の戦いだった。


    「ったく・・・・・・・・・女に手を挙げるのに、全く躊躇しないなんて見上げた根性ね!」
    「足をズタズタにして動けなくするなんて、せこい手を使う奴に言われたくはないな」


    ついでに、口の言い合いも互角。
    しかし、どちらもここで止める気は、毛ほども無かった。


    「行くぞ!」
    「返り討ちにしてやるわ!」


    二人の激突が再度始まった。










    二人の激突は、既に5回を越えた。


    陽が突撃し、影美がこれを迎え撃ち、数回の交差の後、離れる。
    互いにもう手は出し尽くしていた。
    陽は単純に威力とスピードを瞬間的に上げるのみ、しかし反動が大きいため連続して出すことが出来ず、『力』で追いつめても能力が切れた瞬間手数で圧倒される。
    影美は手数こそあるものの、一発一発の威力は低い、そのため陽を極限まで追いつめてもその直前に『力』によって突破されてしまう。
    ようするに、どちらももはや『力』は決定打になっていなかった。


    残るは、双方共に、肉体と精神と技術。
    どちらがより長く、肉体を動かし続けていられるか。
    どちらがより強く、不屈の精神を持ち続けていられるか。
    どちらがより巧みに、相手の動きを読み、考えを看破し、相手より早く、一太刀でも多く傷付ける、その技術を持っているかどうか。
    これはもはや、そういう戦いだった。


    二人はどちらももうズタズタのボロボロ、その状態で対峙しているのはある意味滑稽ですらあった。
    これ以上、長く戦いが続けば、どのみち出血多量で二人とも死んでしまう。
    だからこそ、二人がそのとき考えたことは、全く同じものだった。
    すなわち、


    (次で・・・・・・・・!)
    (・・・・・・決める!)


    それは、決着の意志。










    そして二人は同時に動いた。
    影美は、これまでと違い、自分から陽目指し突き進む。
    陽は、これまた先ほどまでとは違い、不動のまま佇む。


    「はぁぁぁああああっ!!!」


    影美は、陽と自分との間に影の壁を作成、視界を塞ぐと同時、4つに分裂した。
    むろん、本体はただ一つである。


    そして、陽はそれでも動かないままだった。
    陽の剣は光っている、だがまだ『力』は使っていない。
    無行の位のまま、すぐ前に壁が出現したときも、さらに3つの影美がその壁の左右、上部から現れたときも、動かなかった。
    三体の影美、それらが左右と頭上から同時に剣を振り下ろす。
    それが当たる直前、ようやく陽は動いた。
    剣を前に突き出し、頭上からの一撃を受け止めると同時に半歩後ろに下がり、左右の攻撃を回避、力をわざと緩めると正面の影がたたらを踏んで前によろける、それを見送ってその後ろに蹴り、残りの2体に蹴りの体勢から回転斬り、3体まとめて斬り飛ばす、そしてその全てが偽物。
    それはわかっていた。


    陽の剣はいまだに光っている、いや、その輝きは先ほどからどんどん増していった。
    先ほどの壁が消失、その先にいた影美は剣をただ横に垂らしているだけ、ではない、こちらも剣に黒い影、それがどんどんと集まっていった。
    陽の剣は光を放ち、陽はそれと同時に駆け出す。
    影美の剣もまた黒い光、光を飲み込む闇が溢れ出し、それと同時に駆け出した。
    光がはじけ、闇が溢れ出す。
    二人の距離が狭まってゆく。


    ―――10メートル、
    ―――5メートル、
    ―――3メートル、
    ―――2メートル、
    ―――1メートル、


    「はぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!!!」
    「うぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!!!」


    二人の剣が正面からぶつかり合い、闇が爆ぜ、光が吹き荒れ、


    (――――――――――――――――――――――――――――!!!)
    (―――――――――――――――――――――――――――――ッ!)
    (―――――――――――――――――――――――――――――ァ!)




    ―――そして、何も見えなくなった。

引用返信/返信
■539 / ResNo.23)  ロキ編 幕間
□投稿者/ パース -(2006/11/25(Sat) 22:34:43)
    光で画面が一杯になった。


    明滅、暗転。
    光がないと、真っ暗で見えないように、光がありすぎても、物体を見ることは出来ない。
    画面には、何も映っていなかった。


    「・・・・・・・・・これは、また」
    「・・・・・・・・・何も見えん」


    ゲイレルル、ヘルフィヨトルは呟いた。


    「どうなったかわかるか?」
    「わかりません」


    光は、今も画面中に溢れかえり、動く物体を捉えることは出来ていなかった。


    「・・・・・・・・・まだか?」
    「もうそろそろかと・・・・・・・・来ました」


    ようやっと、光が薄れ始め、画面に何かが見え始めてくる。
    しばらく二人は、それをジーッと見ていたが、やがて、


    「・・・・・・・・・そんな・・・・・・・・・・・・・!」
    「・・・・・・・・・・・・・・失敗か・・・・・・・・・」


    光が薄れ、画面がクリアになり、そして見えた物、それは、


    二人の、陽と影美の体が剣を交えたままの状態で倒れ伏し、ピクリとも動かぬ場面であった。


    「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
    「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


    どちらも、全く動かず、一言も言葉を発しなかった。
    それは、まさに、ただの屍のようで。


    「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
    「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


    いつまで待っていても、二つの体は完全に停止したままだった。


    「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
    「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


    そして、10分が経過しても、全く二人の体が動かず、ただ時間のみが過ぎ去ったとき、ゲイレルルは首を横に振り。


    「終わりだ、今回の戦いに勝利者は無し、残った神具と今回の戦いで死んだ者の魂を持ち帰り、ヴァルハラへ帰還するぞ」
    「・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」


    ヘルフィヨトルは、悲しげに瞳を伏せたが、やがて諦めたように頷いた。


    「わかりました、神具の回収に入ります」
    「うむ」
    「とは言いましても、先ほどのフェンリスヴォルグが暴れたことにより、大部分の神具は破壊され、それ以外はもう既に回収しているので、残っていることはあそこ」


    そういって、ヘルフィヨトルは画面を指さした。


    「レーヴァテインとロキだけです、私が行って今から取ってきます」
    「いや、お前はここにある物資をまとめて、先にヴァルハラへ行ってくれ」
    「なぜですか?」
    「なぁに、最後くらい、ヴァルキリーとして仕事をしたいのでな」
    「そうですか、わかりました」


    そして、ヘルフィヨトルは、スタスタとどこかへ歩み去っていった。
    残された、ゲイレルルは、


    「神剣レヴァンテイン、魔剣ロキ・・・・・・・・どちらもいずれは真の神々に匹敵する能力者になったであろうに、惜しいことをした」


    そう呟き、ゲイレルルの姿も、どこかへ消えていった。










    「フン、実に呆気ないものだったな」


    ゲイレルルのこの傲慢な物言いは、彼女が人間にその姿をさらすとき特有のものである。
    だがしかし、今はその姿を見る者もいない。
    ゲイレルル足下には、二つの屍が転がっている。


    ゲイレルルの仕事は、この二つの屍が持つ武器を回収し、魂をヴァルハラに運ぶのみ。
    ほんの数分で終わる、簡単な仕事だ。
    ゲイレルルは、二人の体を見下ろしながら、ふと、ある疑問を持った。


    (そういえば、この二人、何が決定打となって死んだのだ?)


    二つの体を見下ろす、あちこちがボロボロの血だらけで、最後に剣を交えた瞬間、失血死した可能性もある。
    あるいは、光で何も見なくなったあの時、両者が相打ちになった可能性もなくはない。


    「どちらにせよ、魂に聞けばいいだけの話か」


    そして、ゲイレルルは、その手に持つ槍を、片方の屍に向けて、振り下ろし、


    ―――ザクッ!


    (―――――――ッ!!!!!!???)


    槍は、そのまま屍を通り抜け、地面に突き立った。


    「行くよ!」
    「ああ!」


    瞬間、ゲイレルルの背後に現れた二つの存在、陽と影美が、同時にゲイレルルに襲い掛かった。

引用返信/返信
■540 / ResNo.24)  ロキ編 The last battle
□投稿者/ パース -(2006/11/25(Sat) 22:40:27)
    二人の剣が交わり、全てが暗転し、光に包まれ、何も見えなくなったそのとき、
    二人の意識は別なところに存在した。


    『止めろ』


    その言葉が、二人の頭の中に響いた。


    (なに!?)
    (え!?)


    それと同時に、自分たちの周囲が、これまでいた異空間ともさらに違う場所、それまでいた場所ではない「どこか」にいることに気付き、また自分の体が全く動かない、それどころか自分の体そのものが無くなっていることに連続して気付く。


    (え?ここ、どこ!?)
    (なんだ、一体、これは?)


    陽と影美が思った疑問、それぞれに答える声があった。


    『ここは、神剣レーヴァテインの中、意識のみが存在する場所にいる、君たちは今、意識体としてその中に入り込んだのさ』


    声に、姿はない。
    また、陽と影美も、それぞれの声は聞こえているのに、それぞれもう一方の姿を捉えることは出来なかった。


    (あなた、誰??)
    (お前は・・・・・・・・・まさか)


    『陽、君ならわかるだろう、僕は君が使っていた神剣レーヴァテイン、それの中に存在する人格さ、一度だけ、君とは意識を通い合わせたことがあるね』


    (あんたは、あの時、力を貸してくれた・・・・・・・・)
    (何を言っているの・・・・・・・・・?)


    『影美、君も知っているはずだ、君が持つ魔剣ロキにも、内在する人格があったのだから』


    (・・・・・・・・・・・何で・・・・・・知って!!)


    『君たちにはこれ以上戦ってもらうわけにはいかなかった、これから、その理由も含めて君たちには聞いてもらいたいことがある、少し、長い話になるけど、ここは外とは時間の流れる速さが大きく違うから、外のことは気にせずに聞いて欲しい』


    そして「神剣レーヴァテイン」、それに内在する人格による、長い話が始まった。










    初めは、全ての創世から。

    原初の神、氷の大巨人、「ユミル」。
    彼の体から始まりの神「オーディン」は生まれた。
    「オーディン」はやがて兄弟である「ロキ」らと共に「ユミル」を滅ぼす。
    「ユミル」の体はやがて大地となった、これが神々の世界「アースガルズ」となる。

    そして神々の世界の完成。

    「アースガルズ」は、「ユグドラシル」と繋がり、九つの世界を一つとした。
    「アースガルズ」には、様々な神々が集まった。
    やがて神々は夫婦となり、子をなして、神々の数は増えていった。
    「オーディン」、「ロキ」もまた、数々の神々の親となる。

    しかし、いずれくる未来があった。

    「オーディン」は、ある一つの未来、「ラグナロク」の到来を予見していた。
    「ラグナロク」は、決定された、回避出来ぬ未来、全ての終末。

    その時、「ラグナロク」の中心となる、ある一人の神がいた。

    「ロキ」はいつの時も変わらず、奔放であり続けた。
    しかしある時、彼はその賢さゆえに気がついてしまう。
    神が、絶対ではないことに。
    神が、全てではないことに。
    神が、完全ではないことに。
    自分たちが作る、神々の世界が、所詮は偽りであることに。

    「ロキ」は、その事実を神々に見せつけるために、もっとも美しき神、「祝福されし者」、全ての者の寵愛を受けた神「バルドル」をその知略をもって殺す。
    そしてロキは、神々の宴の席で、幾体もの神々を相手に、神々の欠如を、秩序の消滅を、全ての神の無能さを、嘲笑い、非難し、罵倒した。

    それによって「ロキ」は永遠の地獄に捕らえられる。
    「ロキ」は永劫の苦痛にさいなまれながら、泣き叫んだ。
    どうして、自分はただ誤りを指摘しただけなのに。
    どうして、自分はただ過ちを正しただけなのに。
    どうして、自分はただ真実を知らせたかっただけなのに。

    永劫にも近い苦痛の中で、「ロキ」はある結論に達する。

    自分の考えを受け入れて貰えぬのなら、今ある秩序など無意味だ。
    それならば全ての秩序を破壊し、新たなる秩序を作り出せばよい。

    そしてついに、「神々の黄昏」、「世界の終末」、「ラグナロク」が訪れる。
    巨人族と、冥府の亡者達は「ロキ」を先頭に「アースガルズ」へ攻め上る。
    「オーディン」は「フェンリル」に飲み込まれ、「フェンリル」は「オーディン」の息子、「ヴィーザル」により殺される。
    「トール」は「ヨルムンガント」を殺すものの、毒液を浴びて死んでしまう。
    「ロキ」もまた「ヘイムダル」と相打ちになり死ぬ。
    そして、最強の炎の巨人「スルト」は「ロキ」から渡された「レーヴァテイン」をもって「フレイ」を殺すが、「スルト」は戦いの傷により死を覚悟、自らの命を持って世界を消滅させる。

    そして、「ユグドラシル」は消滅し、わずかの神と人とを残して、世界は滅んだ。
    それは、遥か昔の話。










    長い話が、ようやく一区切り迎えた。


    (それで、全てが終わったその後も、フレイヤ達は魂の収集を続けている、と?)


    『その通りだ、まず、君たちに知っておいて欲しいこと、その一つ目は、「神は絶対ではない」ということだ、もし神が絶対であるなら、そもそもこんな事は起こらなかっただろうし、むやみな戦いも起こらなかっただろう』


    (それは・・・・・・・・・確かにその通りね)


    『次に二つ目、「世界は一つではない」ということ』


    (・・・・・・・・・一つ、じゃないのか?)


    『そもそも考えてみてくれ、スルトが放った炎によって「世界は滅んだ」んだよ?それなのにここには君たちが普通に生活する世界が存在している、これはおかしな事ではないかい?』


    (なるほど・・・・・・・・・・)


    『フレイヤ達は「ユグドラシル」が消滅した際に出来た、「世界と世界の隙間」に入り込み、そこを伝ってこの世界に降り立ったんだよ、多数の神具と共にね』


    (はた迷惑な・・・・・・・・・・・・)


    『そして、君たちに知っておいて欲しいこと、その最後、戦いを止めさせた理由でもあり実はこれが一番重要なことなんだが―――――』



    ―――――『「もし、君たち二人のうち、どちらか一人でも今の状態で死ねば、この世界は完全に消滅する」』



    (!?)
    (!?)


    一瞬、沈黙が落ちた。


    (な、何を言ってるんだ!?)
    (そうよ、なんで世界が消滅とか・・・・・・・!)


    『残念だが、これはれっきとした事実だ、まずは影美、君だが、君は今魂の半分を「魔剣ロキ」の中に取られているね』


    (え、ええ、そうよ・・・・・・・・それが、なに?)


    『もし、今影美が死ねば、その「魔剣ロキ」の中に入っている魂も大きく壊れ、しまいには「魔剣ロキ」自体が完全に消滅するだろう、もしそうなったら、僕は自分の力を抑えることが出来なくなり、その力はやがて使役者である陽をも破壊して世界に漏れ出す、そうなったら世界はもはや完全に燃え尽きるまで永遠の炎に包まれるだろう』


    (は・・・・・・・・?)
    (なん、で・・・・・・・・・?)


    『僕こと、「神剣レーヴァテイン」と僕の兄である「魔剣ロキ」とは、同じロキによって作り出された神具だ、そして、「魔剣ロキ」は、あまりにも力が強すぎる「神剣レーヴァテイン」の力を抑え、封印する役割も持っているんだよ』


    (・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!)
    (・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!)


    もはや、言葉にもならない。


    『そして、今の状態で陽が死ねば、の話だが、それは簡単だ、スルトの時と同じ、「魔剣ロキ」が「神剣レーヴァテイン」を抑える力を失っている今、「神剣レーヴァテイン」の力は止められない、同じく世界を焼き尽くして全てが消滅する』


    (なんで、私の剣が、レーヴァテインを抑えられないってのは?)


    『僕の兄でもあり、君の剣の中に内在した人格、あれそのものが封印だったんだよ』


    (!!!!!)


    『もう一度言う、「もし、君たち二人のうち、どちらか一人でも今の状態で死ねば、この世界は完全に消滅する」、と』










    全ての真実が語られたあと、レーヴァテインは、静かに語り出した。


    『君たちに、お願いが二つある』


    (・・・・・・・・・)
    (・・・・・・・・・)


    『これは、こんな事は君たちに頼める立場じゃないことはわかっているんだが、フレイヤ達を止めてくれ、彼女達にはこんな、終わってしまった物語を続けるような真似をこれ以上させたくないんだ』


    返事は、無い。


    『・・・・・・・・・・・・・・・すまない、君たちに、そんな余裕はないのだったな・・・・・・・・・、君たちには自分の身を守る以上の事を、している暇は――――』


    (ああいいよ、やってやるよ)
    (いいわ、やったげましょう)


    返事は、同時だった。


    『なぜ?君たちにメリットなど何もないのに・・・・・・』


    (メリットならある、あんたの言葉が正しいなら、「ヴァルハラの館」そこには魂が集められているんだろう?俺の目的はそこにいる女の子の魂を連れ帰る事だ、そのついでにそいつ、フレイヤって奴を倒してやるよ)
    (同じく、その「ヴァルハラの館」には、私の剣の中身も、一緒に行ったはずでしょ、それを見つけて剣の中に戻せば、少なくともどっちかが死んだだけで世界が滅ぶなんて言うことは起こらないでしょ)


    『・・・・・・・・・・ありがとう、それから、もう一つだけ、最後のお願いがある』


    (何だ?)
    (何よ?)


    『全ての戦いが終わったら、僕を、「神剣レーヴァテイン」を「魔剣ロキ」と共に、完全な眠りにつかせて欲しい、本当のことを言えば、僕はもう何かを壊す事なんて嫌なんだ』


    (ああ、その程度のことなら)
    (わかったわ)


    『ありがとう、これから君たちを元の場所に戻す、そこにはもうすぐヴァルキリーがやってくるはずだ、まずはそいつを倒して、「ヴァルハラの館」の鍵を手に入れて欲しい』


    その言葉が終わるか終わらないかのうちに、
    二人の意識は元いた場所へと戻された。










    (わかる?)
    (・・・・・・・・・ああ)


    どんな理屈なのか、陽と影美は剣を触れ合わせた状態で、お互いの考えが互いに聞こえる状態になっていた。


    『それは、僕を媒介にして二人の意識体が共鳴しているからだよ』


    よくわからないことを、レーヴァテインが言う。
    なにはともかく、声を出すことが出来ない状況下で、お互いの声が聞こえるのはいいことだ。
    今現在、陽と影美の二人は、影美の力により偽物を地面の上に作り出し、本体はレーヴァテインの力により光をねじ曲げて外からは見えないようにしていた。
    この状態になって、既に数分が経っていた。


    それにしても、と陽は思う。


    (本当に、ヴァルキリーに勝てるのか?)


    しばらくして、影美から返事があった。


    (んー・・・・・・なんとかなるっしょ)
    (そんなアバウトな・・・・・・・・・)
    (なーに言ってんのよ、私と、あんたのコンビなのよ?楽勝らくしょ・・・・・・・・・・っとと)


    影美が、フラッと、急によろける。
    陽は、腕を掴んで、体を支えてやった。


    (・・・・・・ありがと)
    (どういたしまして、そんな状態じゃ先が思いやられるな)
    (何よ!?あんたがぶっ刺してくれたおかげでしょうが!あんただって似たような状態のくせに!!)
    (お前よりはまだマシだ)
    (うー・・・・・・・・!)


    『二人とも、仲がよろしいのは良いことだが、どっちも限界が近いだろう?』


    (実は・・・・・・・・まぁ・・・・・・・・)
    (仲がよろしいとか言うなっての・・・・・・・・・でもきついものはきついかも)


    そもそも、二人共がついさっき死闘を演じていたのだ、その傷は全く治っていない。
    血もずいぶんと流してしまった、このまま時間だけが過ぎていけば、どうなるものか。


    『・・・・・・・・こういう手は、あんまり使いたくないけど、二人とも、神具の力を解放するんだ、そうすれば、いくらか傷は治る』


    (いや、そんなこと言っても私の場合、この剣の中に入ってる人格がどっかいっちゃってるから・・・・・・・・・)


    『その代わりに、中に入っているのは君自身だよ、やろうとすればいつでも解放できるはずさ』


    (そうなの?やってみる・・・・・・・・・)


    そしてしばらくすると、影美の黒剣は、巨大な湾曲刀へと変化した。


    (やった、できた・・・・・・・・!)
    (・・・・・・・・俺の場合は、どうすれば?)


    『うん、君の場合も大丈夫、今は「魔剣ロキ」がすぐ側にあるから、ある程度なら僕が制御できるよ』


    (よし・・・・・・・・!)


    そして、陽も神具の能力を全解放。
    真っ赤な刀身と波打つ刃の『炎神』が現れた。


    (ねぇねぇ、その剣、名前なんての?)
    (『炎神』だよ、そっちは?)
    (『影月』なんかこの曲がり方が月っぽいじゃん)
    (なるほど・・・・・・・・ッ!)


    『・・・・・・・・・二人とも、来たよ、僕はこれからレーヴァテインの力の制御に集中するから、返事しないと思うけど、頑張って』


    レーヴァテインの声が、頭に響くと同時、ついに、空間を割ってヴァルキリーが現れた。
    その特徴的な槍をみればわかる、『槍を持って進むもの』、ゲイレルルである。










    ゲイレルルは、しばらく周囲を見回したあと、二人の偽物に近づいた。


    (・・・・・・・・・・・・・準備は?)
    (・・・・・・・いつでもどうぞ)
    (おっけー)


    ゲイレルルが、そこにある偽物の内の片方に近づき、槍を振り上げた。


    (それじゃあ・・・・・・・・・・)


    ゲイレルルは槍を振り下ろし、その槍は、影美の作り上げた偽物を貫通し、地面に突き立つ。
    ゲイレルルの表情が驚きに染まった直後。


    「行くよ!!」
    「ああ!!」


    二人は駆け出した。










    「はぁっ!!」
    「らあっ!!」


    ―――キィン!


    さすがと言うべきか、不意を打ったにも関わらずゲイレルルは、二人の一撃を槍一本で同時に受け止めた。


    「なぜ・・・・・・・・・お前達が生きている?」
    「へへ・・・・・・・・・・・!私達に死なれると、困る人がいるらしいんで、ね!」
    「理由は色々だ!ともかく、俺達はこれ以上あんたらの遊びに付き合うつもりはない!!」


    一瞬、ゲイレルルが力をゆるめるが、それと同時に陽と影美は後ろに下がった。
    次の瞬間、とてつもない速度で振り回された槍が先ほどまで二人がいた位置を薙ぎ払った。


    「影美!下がれ!!」


    さらに、影美から見て、ゲイレルルと陽の姿が視界から消えるのはほとんど同時だった。
    陽とゲイレルルが同時に超高速移動をしたのだ。
    陽は、ゆっくりと流れる時間の中で普通に動く、それと同じように、ゲイレルルもまた緩やかな時間で普通に動いて見せた。
    ゲイレルルの狙いは、影美だったらしい、ゲイレルルは槍の穂先を影美に向け突進しようとしていたが、それの前に陽は体を滑り込ませる。


    (ってか!『炎神』の状態でこの能力がどのくらい続くのか、今まで一度もやってないからわかんねーぞ!!)


    残念ながら、返事はなし、そして悠長に待っていられるだけの時間もない。
    どうやら、解放していない状態よりは長く高速移動を続けることが出来るらしく、既に10秒以上動けている、あとは自分の力を信じるしかない。
    ゲイレルルの槍が、陽の頭目掛けて突き付けられる、陽はそれに刃先を合わせて槍を受け流す、陽はそのままゲイレルルに斬り掛かろうとしたが、槍の柄で受け止められる、陽はそれに力を込め、つばぜり合いに持って行こうとしたが、それより早く、ゲイレルルは槍をクルリと回転させた。
    そして、クルリと回転した槍の刃先は、陽の足下を狙っていた。


    (しまっ!足払い!!!)


    思わず、足を浮かせてしまい、続けてきた石突きによる一撃で、陽は為す術無く後ろに吹き飛ばされた。


    (やばい・・・・・・・やられる・・・・・・・・!!)


    陽が顔を上げると、ゲイレルルは、槍を振り上げ、今にも降り下ろそうとしていた。


    (死――――!?)


    ゲイレルルが槍を振り下ろすその直前、陽の体を黒いものが包み込み、影の中へ引きずり込んだ。


    (なんだ!?)


    ゲイレルルの一撃は、結局やってこなかった、陽は何が起こっているのか、事態を把握できずに、黒い影の中で、じーっと待つ。


    ゴポリ、と、ようやく陽は影の中から解放された。


    「ゲホッ!ゲホッ!」


    よくわからないが何か気持ちの悪い物が口の中に入った気がして思わず咳き込んだ陽の視界に入ってきたのは。


    (シッ、静かに!)


    人差し指を唇の前で立てる、まさに「静かに」の動作をした影美だった。
    影美は、剣を陽の剣に触れさせていた。


    (うん、君が強いのはよーくわかったよ?でもねぇ・・・・・・・・・・)


    影美が、顔をずずい、と近づけてきたため、陽は思わずのけぞる。
    ここで初めて、陽は高速移動の力が切れていることに気付いた。


    (あのねぇ?私達はいま、仲間でしょ?だったら勝手に先走るな!!!)
    (え?・・・・・・・・ゲフッ!!!)


    とんでもなく痛いボディーブローが陽にクリーンヒットした。
    影美が容赦の無い一撃を陽に送ったのだ。


    (確かにね、君は強いよ、1対1ではもう絶対にやりたくないって思うくらい速いし、今の君なら私より強いよ、でもね、言っておくけど今私が助けなかったら君は死んでたよ?)


    陽は、さっきまで自分がいた場所、ゲイレルルの方角を見て、そして驚愕した。
    そこでは、何百、いや、何千体という数の影の兵団が一斉にゲイレルルに襲いかかっていた。
    しかし、もっと凄いのはゲイレルルの方だった、たった一人に対して、襲いかかってくる数千の兵団を全て、一太刀貰う間も与えずに斬り倒しているのだ。


    ―――ズシャッ!!
    ―――バシュッ!!
    ―――ズドゴシャ!!!


    ほんの数秒の間に、10体以上の影がボロ屑となって吹き飛ぶ。
    ゲイレルルを囲む数千の影は、瞬く間に数を減らしてゆく。


    (相手がむちゃんこ強いなら、こっちは数で攻めろってね、ただし足止めが精一杯だけど)
    (なんで、そこまで・・・・・・・・・・・・)


    影美は、気楽そうにしているが、操っているその数は数千体だ、簡単なわけがない。
    そんなことまでして陽を助けるのは、どうしてなのか、そう問うた。


    (だから、仲間だからに決まってるでしょ)
    (仲間・・・・・・・・・・・・・・・・)
    (そう、同じ目的のために一緒に戦うからこそ仲間って言うのよ、勝手に一人で突っ込んで、勝手に死なれちゃたまんないわ、しかもその命には世界が懸かってると来てる)


    影美は、さらにずずい、と陽に顔を近づけた、唇をチョイっと出せばキスが出来てしまいそうなほど、ほとんどもうゼロ距離だ。


    (いい、よく聞いて!あいつが、あのゲイレルルが言ったのよ、「もし、我に勝てる奴がいるとすれば、それは我と同じ力を持つレーヴァテインの使役者のみ」ってね、つまり!君なら勝てるって事よ!!)


    そして、ドンっと、影美は陽を突き飛ばした。


    (いい?私は君を信じるよ、だから!君も私を信じて、あいつには私がこれからとびっきりの隙を作ってやるから、君はその隙にアイツを倒す!いい!?)
    (・・・・・・・・・・わかった)
    (よし!)


    影美は剣を構えて立ち上がった。
    陽もそれに習い、剣を構えて立ち上がった。










    ゲイレルルは、今、とても高揚していた。


    (これほどの戦いは、ずいぶんと長い間縁がなかったからな・・・・・・・・・・・!!)


    これまでも、魂収集のための戦いの中で、ヴァルキリーに反旗を翻した者はいたが、そのどれもが大した力も得ぬうちにヴァルキリーに戦いを挑み、まさに瞬殺で終わるようなもばかりだった。
    しかし、今回は話が違う。
    神具を解放状態まで持っていく者も珍しければ、持っている武器も揃って凶悪な物と来ている、これほどの戦い、楽しまずにいられようか。


    「さぁ!人間達よ、我を倒せばここから出ることは出来るぞ!!いつまで隠れているつもりだ!!さっさと姿を現せ!!!」


    向こうは、どちらも神具を解放状態にある、つまり2対1だ、それならばこちらもそろそろ全力で解放するべきだろうか。
    そう思い、解放することにした。
    ゲイレルルの周りには、もう既に残り千体ほどしか影の兵隊は残っていなかった。


    「神具・『ガゼルリヨートス』!!!『千烈ちれつ』全能力解放!!!」


    そして、ゲイレルルが、一振り、槍を振った、それだけで、
    千体近くいた影の全てが、一撃で消し飛んだ。


    「さあ、どうした!出てこんのか!?ならばこちらから・・・・・・・・・・・」


    それ以上言い終わるよりも先に、敵、人間の女が姿を現した。


    「レーヴァテインの所持者はどうした?怖じ気づいたか!!」


    そう言って、言い終わると同時に加速する。
    ゲイレルルの能力、それは、先も行ったとおり、加速。
    ただ、陽と違うのは、いくらでも加速状態を持続でき、また連続での発動も可能なこと。
    そして、『千裂』の能力は、これまた単純。


    ゲイレルルは、人間の女に向けて、高速で槍を振るった。
    その瞬間、幾重もの槍撃が、女だけではなく、その周辺の地面までをも粉々にして、吹き飛ばした。
    『千裂』、その名の通り、一度振るだけで、千の裂撃を刻み込む。


    「フン、この程度か!!」


    しかし、すぐにも、また別の女が現れる、それは瞬く間に、ゲイレルルを取り囲んだ。


    「また、同じ事を繰り返すつもりか!!!」


    そう言って、槍を一度、振るう。
    たったそれだけで女が作り出した偽物の影が、まとめて千体近く消し飛ぶ。
    そうして、全てを吹き飛ばそうとしたところで、


    「なっ!!」


    影が、そこかしこから溢れ出し、ゲイレルルを含んだ、この空間全てを、闇が埋め尽くそうとしていた。
    それは瞬く間に、視界の全てを埋め尽くし、なにも見えなくなる。


    「ちっ!!厄介な!!」


    ゲイレルルは、ただ闇雲に、全方向へ向けて『千裂』を放ち、影を消し去ろうとするが、『千裂』では影を払うことは出来なかった。
    結局ゲイレルルは影を払うことを諦め、何が起こっても対処できるように、全方位に警戒して、ただ時が過ぎるのを待つ。


    「ッ!!」


    敵の攻撃が来た、それも、足下から。
    多数の影が触手状にうねり、ゲイレルルの足に絡みつこうとする。
    ゲイレルルは影の茨を槍で全て切り払うが、すぐに新たな茨がゲイレルルの足に絡みつこうとする。


    「チッ!!」


    ゲイレルルは、影を払うことを諦め、大きく跳躍し、上空へ逃れる。
    その瞬間、ゲイレルルを覆い隠していた影は、全て下方へ移動し地面を覆い尽くす、そしてそれらの影は一斉に刃となってゲイレルルに襲いかかった。


    「初めからこれが狙いか!?」


    上空では、いくら速く動けようとも、そもそも身動きが取れない。
    無数の影で出来た枝や茨や刃が、全てゲイレルル目掛けて殺到する。
    しかし、ゲイレルルは、冷静に、槍を構え。


    「なめるなっ!!!」


    裂帛の気合いと共に数千の槍撃を地面を覆い尽くす影にに向けて解き放った。
    いくつもの枝が、刃が、ゲイレルルの槍に打ち砕かれ、消し飛ぶ。
    ゲイレルルの槍に撃ち抜かれた影は、次々と霧散してゆき、ついには地面が見えるまでに、吹き飛ばされた。


    「フン!この程度で我を追いつめられると思うな!!」


    そう言って、ゲイレルルは、地面に着地しようとして、地面が丸ごとグニャリと歪み、


    ―――完全にバランスを崩した。


    「なっ!!!!」


    次の瞬間、影を突き破って陽が現れる。


    「今ッ!!!」
    「ああ!!!」


    陽は、完全に体勢を崩したゲイレルルを、深く、完全に斬り裂いた。










    影美がとった戦法、それは相手の目を騙すことにあった、要するに、地面全てを影で覆い尽くし、その上に影で偽物の地面を作ったのだ、そしてゲイレルルが降りようとした場所のみを着地の直前に消滅させ、地面に着地する体勢だったゲイレルルは、完全にバランスを崩した、そういうことだった。


    ―――ザシュッ!!!


    陽の大剣が、完璧にゲイレルルを捉え、その胸を深々と斬り裂いた。


    「ガッ、ガフッ!!!」
    「やった!?」
    「まだだぁ!!!」
    「なっ!」


    ゲイレルルは確実な致命傷を負っていたが、その状態で動き、陽を吹き飛ばした。
    ゲイレルルは、槍を杖変わりにしながらも、なんとか立っていた。


    「ぐ、ゲホッ!まさか、まさかここまでやるとは!思いもしなかった!」
    「ここまでだ、ゲイレルル、諦めて「ヴァルハラの館」の鍵を寄越せ!そうすれば命までは取らない」
    「もう、これ以上、無意味な戦いは嫌でしょう?お願い、諦めて!」
    「ふ、ふふふふふ!我を倒すだけでなく、お前達はこれから「ヴァルハラの館」にまで攻め上ろうというのか?」


    ゲイレルルは、笑い、血を体中から噴き出しながらも、槍を構え直した。


    「ええ、その通りよ!だからこれ以上は止めて!!本当に死ぬわよ!?」


    しかし、ゲイレルルは、影美の静止など気にも止めず、言った。


    「ふふ、「ヴァルハラの館」には、我よりも強い者がまだまだいるぞ?それでもゆくか?」
    「ああ、返して貰わなきゃならない物があるからな」
    「ええ、ある人からの頼み事をかなえるためにも、絶対に」
    「そうか、よかろう、ならば我が全力を持って、貴様等がヴァルハラに行き着く資格があるのか、試してやろう」
    「!?」
    「!?」


    陽と影美は、ゲイレルルから放たれた、今まで感じたこともないほどの殺気に思わず、剣を構える。


    「ゆくぞ!我が最強奥義!!受けてみよ!!!」










    ゲイレルルは、体中から血を噴き出しながらも、槍を構え、大きく振りかぶった。
    陽と影美は、互いに、残る全ての力をそれぞれの剣に込め、待ち構えた。


    「『千裂』・『無閃槍技』!!!!!」


    ゲイレルルは、超加速化された状態で、一振りで千の槍撃を与える『千裂』を千回、全身全霊を賭けて解き放った。
    千かける千、百万の槍撃が、陽と影美目掛けて襲いかかる。
    陽と影美は、一瞬互いに見つめ合ったあと、


    「・・・・・・・・・」
    「・・・・・・・・・」


    ―――コクン。


    頷きあった。
    陽と影美は、剣を交差して、


    「「負けるかぁああああああああああ!!!!!!!!」」


    二つの力、陽の『炎神』に集う白い炎が、影美の『影月』に集う黒い影が、一つに集まっていく。
    そして、


    「「『炎神』、『影月』、『影炎双剣』!!!!!」」


    二つの力が、同時に、一つの巨大な力として、解き放たれた。
    百万の槍撃と、白と黒の炎と影とが、正面からぶつかり合った。


    「ハァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
    「おぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
    「やぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ!!!!!」


    炎と影が、無限にも近しい槍と、正面から、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    ぶつかって、
    そして、




    ―――――槍が、折れた。










    炎と影とが、槍を飲み込み、へし折り、その後ろのゲイレルルを消し飛ばして、そして、完全な静寂が訪れた。




    「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




    「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




    「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




    「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




    「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・勝った?」


    「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・たぶん」




    ――――やったぁ!!!!!!



    影美が、歓声と共に陽に抱きつき、陽はそれを支えることに失敗して、地面に倒れ込んだ。

引用返信/返信
■541 / ResNo.25)  ロキ編 それから
□投稿者/ パース -(2006/11/25(Sat) 22:41:32)
    そこは、某街の総合病院。
    とある集中治療室に一人の女の子がいた。


    ―――ピッ・・・・・・ピッ・・・・・・ピッ・・・・・・


    特有の連続した機械音が、その女の子の心臓がまだ動いていることを証明する。
    それを、二人の同年代の少年少女、兄と姉と言えば通じそうな二人が、じっと見つめていたが、やがて少女の方が病室の外へ出て行った。
    しばらくして、少年は女の子の側に歩み寄り、


    「ロア、待っていてくれ、必ず帰ってくるから」


    それだけ言って、軽く髪を撫でてやると、少年は病室をあとにした。
    病室の外には、先ほどの少女が、待っていた。


    「いいの?」
    「ああ、いいんだ・・・・・・・行こう」
    「そう」


    少年と少女が完全に立ち去り、病室には一定の機械音だけが残された。










    都市、連続破壊事件。


    これが、現在日本中を震撼させている謎の事件である。
    それは、いくつかの街で発生している完全に原因不明の建造物、建築物が次々と破壊している事件である。
    日本政府は、テロ攻撃の可能性を考慮し、国家非常事態宣言を達し、警察、自衛隊を常時配備してこの謎の破壊事件にあたらせるも、物的証拠や、原因の究明に繋がる物は発見できず、現在も原因の究明に全力を挙げている。

    また、某県某市においては、多数のビル群倒壊が発生し、死亡、重傷、行方不明、意識不明の重体等、多数の重軽傷者が出たため、その事件が起こる前日に行方不明となっていた10名の人間の安否はそれらの事件の陰に隠れ、世間的に有名になることはなかった。










    ―――ガチャリ。


    病院の屋上にあるドアを開ける、本来は飛び降り防止のために、鍵がかけられているはずなのだが、鍵は掛かっていなかった。
    むろん、偶然ではない。


    陽と影美が、そのドアを抜け、屋上の奥に進み出ると、そこには先客が二人いた。


    「もう、いいのかい?」
    「ああ、俺には元々別れを告げるような家族はいないんでな」
    「私は、家にちょっと書き置き残してきたから、たぶん大丈夫」
    「そっか・・・・・・・・一応、もう一回だけ確認させて貰うけど、本当に、いいんだね?これから先、戦いはもっと激しくなると思うよ」


    この男は、聖柄 罪(ひじりづか さい)、陽と影美の戦いが終わって数日後、二人に接触してきたのだった。


    (一緒に、戦ってくれる仲間を捜している、仲間になってくれないか?)


    と。


    「もちろん、とっくの昔に決意なら済ませたわ」
    「同じく、もう今さら、後には退けねぇよ」
    「そう、か、じゃあ、一緒に行こう、宰、来い」
    「・・・・・・・・・」


    もう一人の、やたらと無口な奴、こいつは終野 宰(おわりの つかさ)。
    察しているとは思うが、罪も、宰も、神具の所持者である。
    4人の目的は同じ、「フレイヤ達をこの世界から排除すること」そのために集った。


    「フレイヤを倒し、この世界から追い出すまで、私達の戦いは続く、それでも、きっと、一緒に戦ってくれる仲間はいるはずだから・・・・・・・・」


    影美が言った。


    「だから、行こう!!」


    4人の姿が消えて、屋上には風が一つ吹いた。

引用返信/返信
■542 / ResNo.26)  ロキ編 あとがき+いろいろ
□投稿者/ パース -(2006/11/25(Sat) 22:43:43)
    あとがき

    はい、どうもこんにちわ、こんばんわ、パースです。
    やっと終わったぜ!こんちくしょうめ!!(謎)
    最初に断っておきますが、この話の中で語られている「北欧神話をモチーフにした物語」、は所詮私、パース個人的な見解、様々な憶測や「こうだったらいいなぁ」的考えを加えた見方にすぎません。
    (例:「ロキがレーヴァテインを作り、それをスルトに渡した」という事柄に関しても、かなりの部分が人によって説、論が違うと思われます)
    これが「北欧神話」の全てだなんて語るつもりは全くありませんし、真実は全く違うかも知れませんので、その辺はご本人の判断に任せます。
    なお、「魔剣ロキ」に関しては、ロキが持っていた武器(剣)に特に名前が無いことから私が勝手に考えたものです。

    正直、「ロキ編 last battle」に関しては、ページ数無視ぶっちぎりで、今回の作品中は元より、今まで書いた全作品中でも一番長いんじゃねぇかと思います。
    でも書いてて楽しかったからまぁいいかな、と。

    うーん、そういえば、「『○○』全能力解放!」っていうセリフに関して、説明を入れたかったんだけど、いつの間にか忘れちゃってましたね、しょうがないのでこの場で説明しときます。
    『炎神』や、『影月』は、神具が、それの使役者の魂の形を具現化した物です、ナノで魂が強ければ強いほど、解放された剣も強くなると、そーいうことを言いたかったわけです。
    (元ネタがブリ○チなのは言うまでもなく・・・・・・・・orz)
    ってか、元ネタを上げだしたらキリがないかも知れない、フェンリルなんて「もの○け姫」の白い狼が元だし、『炎神』は、某都市シリーズの小説から、魂が強かったり弱かったりってのは漫画「ソ○ルイーター」から、etc,,,,
    でも、各キャラの性格や、名前に関してはオリジナルです。

    それにしても、ここ、リリースゼロで色々書き始めて半年以上経ちましたけど、初めてのシリーズ完結(いや、まだ続けるけど)もとい一区切り、いやはや、よくやったもんだ。
    私って性格上、戦闘シーンが大好きなんでしょうね、気がつけば作品の半分以上は誰かが殺し合ってます、しかも私の場合1対1が異常に長い、いつまで経っても決着が付かないというこの無茶苦茶な戦い・・・・・・・・・・・皆さんの反応はどうなんでしょ?
    さてと、とりあえず、私のひとりごとはこの辺で終わりとしますが、このページの下には色々と書きたかったりした物が放り込んでありますので、暇な方はついでに覗いていってください。



    小ネタ(ぇ


    「あなたが気にしているのは『レーヴァテイン』の事ですか?あなたが『こいつは凄い神具を持っているから説明も必要ないだろう』って適当なこと言っちゃった」
    「黙れ」
    「はい・・・・・・・・・」
    (ゲイレルルが陽に対して何の説明もしなかった理由。あまりにもシリアスな雰囲気だったため無かったことに)


    「そういえば、『ノートルダムの小箱』っていう神具が作中にあったよな?」
    「ありましたですね」
    「あれってどういう能力だったんだ?」
    「ただ敵の視界を奪って目を見え無くさせる力です」
    「・・・・・・・・・・・・しょぼ」
    (本当は、「相手に恐怖を与えて戦闘能力を奪う」という能力だったんですが、時間的都合上なかったことにしました)



    「無銘刀、あのさ、そもそもなんで北欧が話の元のハズなのにここ日本が舞台なの?」
    『むーん・・・・・・・・・それは・・・・・・・・・本当のことを言うとわしが作者に消されてしまうゆえ言うわけにはいかんな・・・・・・・・』
    「・・・・・・・・・(汗)」
    (何にも考えてないとかそんなこと言えません)



    「骨羅さん、骨羅さん」
    「なんだい、一端君?」
    「僕たち、一応二日目まで生き残ったんだよね、それなのに扱いがひどいのはどうしてなのかな」
    「それは作者が、私達をもっと活躍させようとしたものの時間がないからって消しちゃったからだよ」
    「・・・・・・・・・・」
    (もっと活躍させたかったこの二人)



    ロキ編の全登場人物
    +その他設定

    メイン

    千里塚 陽(せんりづか よう)♂ 所持武器:レーヴァテイン(神剣)『炎神』
    属性・炎 身長161cm 体重 46kg
    冷静沈着、というより誰に対しても警戒感を持っている。
    陰気、根暗、普通に育っていればただの引き籠もりになっていただけかも知れない。
    両親は、陽がまだ10才の頃に事故で他界。
    その後孤児を扱う施設に引き取られるものの、数年後、脱走。
    その後はバイトなどで食いぶちを稼ぎながら生活していた。
    幼少期のトラウマにより、人の死に対してひどく鈍感である、また人を殺すこと、さらに殺されることに対しても、それほどの抵抗、恐怖を感じていない。
    ただし、親しい者、ある程度以上に心を許せる者に対しては、普通以上の執着を持ち、それのためならば自己を犠牲にすることもためらわない。
    この戦いによって「桐野ロア」という大事な物をヴァルキリーに奪われる、それを取り返すために戦い続ける事を選んだ。


    レーヴァテイン
    そのあまりの威力の高さに「神の如き剣」、つまり神剣と呼ばれる。
    かつてのロキに作り出された神具のうちの一つ、「魔剣ロキ」とは兄弟分。
    いつもは、封印状態にあるため、使役者に対して何もしないのだが、魔剣ロキが(その中に存在する人格が)消滅、もしくはレーヴァテインに対して一切影響できなくなった場合、レーヴァテインに眠る人格が目覚め、「神の如き力」を使役者に与える。
    ただし、その本当の力は、「世界に終焉をもたらす力」であるため、今回の戦いにおいてはまだ全ての力を解放していない。
    かつてのラグナロクの折、炎の巨人スルトは、神剣レーヴァテインの真の力を引き出し、その命と引き替えに世界に終焉をもたらした。
    現在は、再び眠りについている。


    四ノ原 影美(しのはら えいみ)♀ 所持武器:ロキの剣(魔剣)『影月』
    属性・闇 身長160cm 体重 45kg
    明朗闊達、元気娘。
    活動的な服、ショートヘア、スタイルには全く自信が無い。
    母親とマンションで二人暮らし。
    子供の頃から天才的な運動能力を持つ、頭脳の方は・・・・・。
    ごく一般的、「善良」な市民、人が殺したり殺されたり、そんなことを認可できない日本人的考えを持ち、しかもそれを異常空間でやってのけるほどの精神力を併せ持つ。
    よく言えば善良であるが、悪く言えば子供的。
    自分が守りきれる者の幅をまだ知らない、例えそれを越えても、守りたいと思う、そんな存在。
    先天的、天才的戦闘の才能により、生還を果たす。
    「魔剣ロキ」の人格を返してもらうために、次なる戦いの場へおもむく。


    ロキ(魔剣)
    魔剣とは「何かと引き替えに莫大な力を与える剣」のこと、この魔剣ロキの代償は「魂」を任意に魔剣の中へ入れること。
    剣の中へ入れた魂は、剣が傷つくたびに代替してそれを受けるため、時間の経過と共に傷が多くなり、やがて消滅する。
    本来、かつてのラグナロクで魔剣ロキはロキと共に消滅したはずだったが、姿形を変えて、後の世に存在している。
    この剣の中に宿る人格は、比較的善良であり、わりかし何でも教えてくれる。
    この人格が一体何なのか、なぜ消滅せずに後の世に存在するのか、謎が多い。
    現在は、内部の人格のみがヴァルハラ(=神界)へ送られた、また剣の中には影美の魂があるため、影美にとってはもっとも扱いやすい武器となったが、しかしその分影美を傷付ける武器でもある。


    桐野 狼亜(きりの ろあ)♀ 所持神具:フェンリスヴォルグ
    無属性 身長150cm 体重38kg
    小柄、長髪、イメージとしてはゴスロリ・・・・・・・・・・(ぇ
    姉と叔父、叔母夫婦と一緒に住んでいる。
    純真無垢でもあり、思慮遠望でもある。
    陽を望んだことは事実であり、陽が強者であることを知ってもいた。
    どっちもほぼ勘であり、本能と呼べるものを持っていたのかも知れない。
    自分が生き残るために他者を犠牲に出来る人間であり、また自分以外の人間のために自分を犠牲にも出来る人間である。
    しかしそのことを知っている人は少ない。
    現在は、魂が存在しない肉体だけの状態で人間界のとある総合病院の集中治療室にいる。
    傷はほとんど完治したが、魂がないため、植物人間に近い状態となっている。


    フェンリル 『王狼』・蹂躙爪牙
    青っぽい狼。
    『ノートルダムの小箱』『風神スキンゲイル』『糸切刃ハーベリングス』『魔砕剣ダインスレイブ』を使った。
    かつて主神オーディンを飲み込んだ狼、とは別物。
    最初のフェンリルの息子、ハティのさらに息子、つまり最初の狼の孫に当たる。
    最初のフェンリルは「天と地とを飲み込む者」息子のスコールとハティはそれぞれ「太陽」と「月」を「飲み込む者」、であったため、全力でやって人一人を飲み込めなかったこのフェンリルは、実は大したことがなかったりする。
    陽と、解放状態のレーヴァテインにより焼かれ、この世界から完全に消滅した。



    その他

    頬屋 海瀬(ほおや うみせ)♂ 所持武器:グラナステッグ(氷刀)属性・氷
    最初に登場した兄弟の弟の方、「海」なのに弟、兄より強い。
    学校では兄弟共に野球部に所属、エースピッチャーとキャッチャーだった。
    氷の神具を使い、手数で陽を圧倒したが、レーヴァテインの能力を解放した陽により、斃される。

    頬屋 山瀬(ほおや やませ)♂ 所持武器:スキンゲイル(風刃)属性・風
    ちなみに、兄弟で野球を観戦しようと球場に行き、そこでほぼ同時に二個の神具を発見する。
    同じく最初に登場した兄弟の兄の方、風を操る神具を持ち、本当なら結構強くなれたのだが、最初の相手がいかんせんフェンリル、秒殺されてしまった。

    竿裏目 糸目(さおらめ いとめ)♂ 所持武器:ハーベリングス(糸切刃)
    ヤンキーというか不良というか。
    街の裏側でヤクザ絡みの危ない仕事を手掛け、この街におけるクスリ売りの元締め的存在だったが、仕事の最中に本人もジャンキーとなってしまう。
    影美と戦闘になり敗北、その後フェンリルに殺される。

    骨羅 鳴忌瑠(こつら めきる)♀ 所持武器:スカノボルグ(神骨)『死骨鳥』
    かつて、ガールスカウトに在籍していたことがある。
    サバイバル知識や、超基本的な戦闘知識を持っていたが、残念ながらほとんど活用できなかったようだ。
    陽との戦闘により死亡。

    三尾堂 一端(みおどう いったん)♂ 所持武器:ダインスレイブ(魔剣)
    本人は、現在売れっ子のアイドル。
    たまたま休みの日に、神具を見つけてしまったのが運の尽き、全てを失う。
    一人だけ相手を殺しており、色々と吹っ切れていた。
    フェンリルに喰われる。

    名も無き人1
    神具『ノートルダムの小箱』の所持者、戦いが始まってすぐにフェンリルに喰われた。

    名も無き人2
    もはや神具すら決めてない人、初日に御御堂一端によって殺される。

    聖柄 罪(ひじりづか さい)♂
    不明。

    終野 宰(おわりの つかさ)♂
    不明。



    ヴァルキリー

    ゲイレルル [Geirolul(Geirolul)]
    槍を持って進む者の意を持つ。
    神具『ガゼルリヨートス』の使い手。
    ヴァルキリーにおける「第三階位」、つまり全ヴァルキリーの中で3番目に偉い人。
    偉いわりに頭はそれほど良くない、戦闘が専門だったから。
    強さはヴァルキリーの中でも群を抜く。
    人間に対しては冷徹だが、同じヴァルキリー、特に自分と同期のヘルフィヨトルに対しては結構甘い。
    最後は、ガゼルリヨートスの力を全解放するものの、陽と影美の前に敗北する。


    ヘルフィヨトル [Herfiotur(herfiotur)] 
    軍勢の戒めの意を持つ。
    神具『ディアグノーシス』の所持者。
    神具『ディアグノーシス』は、作中まだ出てきていない。
    頭が良く、切れ者。
    落ち着いた雰囲気があり、物腰は丁寧。
    今回の魂を回収するために用意された戦いに疑問を持つ。
    比較的人間に対しても友好的。
    今は戦士の魂が集められる場所、「ヴァルハラ」にいる。

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■34 / 親記事)  〜天日星の暖房器具〜
□投稿者/ べんぞ〜 -(2004/11/09(Tue) 00:39:38)
    2005/02/03(Thu) 02:07:32 編集(投稿者)

    〜第一節〜
    <宿命の日>


    「果たし状は送ったわ・・・。」
     もうすぐ日が暮れようとしている頃、学校の屋上には、一人の少女姿があった。
    赤い髪に赤い目をした、特徴的な容姿で、少し幼さも見られる。
    その赤み帯びた髪は、乱雑とも思えるほどめいいっぱいに伸ばされていたが、
    周りに不快感を与えるようなものではなく、むしろ自然体で、景色に溶け込んでいる。
    彼女の名はユナ・アレイヤという。
    15歳の頃にすでに一般的な炎系統の魔法を全て習得し、学校でも1、2を争う実力の持ち主と云われている。


     ユナは、今朝方、彼女の友人であり宿命のライバルである、エルリスに果たし状を出している。
    差出方法は、古風にもエルリスの下駄箱に手紙を入れておくというものだった。

    『月が満ちる今宵、古より定められし運命のもと、
    どちらが、最強であるか決着をつけましょう。
    放課後、学校の屋上にて貴女をお待ちしています
                      ユナ    』

     エルリスは、ユナの家と因縁の深いハーネット家の娘で、学校でも少々問題視されるほど目立つ存在である。
    彼女はユナと対峙するように、水色の髪に青い瞳をしていて、意思のしっかりしてそうな聡明な顔立ちをしている。
    彼女もユナと同様に後ろに髪を伸ばしているが、ユナほどめいいっぱい伸ばす事はせず、きちんとまとめられている。
     

     アレイヤとハーネットの長子にあたる者は、500年に一度訪れる、満月の夜に命をかけた決闘を行うことが義務づけられている。
    8000年もの間、破られたことに無い取り決めではあるが、このことは公にはなっておらず、隠密のうちに行われている。

     
     屋上に一筋の風が吹く。
    風はユナの髪をたなびかせ、何事も無かったように過ぎ去って行った。
     ユナはもう一度つぶやく・・・
    「果たし状は送ったわ・・・。なのに・・・なのに(じわっ)、なんでエルリスは来てくれないの〜!(ぐすん)」
     季節は変わり、まもなく冬が到来しようとしている。
    再び屋上に一筋の風が吹く。彼女がここへ来てから一体どれだけの風が通過して行っただろうか。
    風はユナの髪をたなびかせ、何事も無かったように過ぎ去って行った。


     一方そのころ、エルリス邸にて・・・
    「う〜〜〜〜〜〜〜(ゴホゴホ)」
    「お姉ちゃん大丈夫?」
     エルリスは、風邪を引いて寝込んでいた。
    「うん・・・明日には直ると思うよ・・・私の独断と偏見がそう言ってるわ。」
    「独断と偏見・・・。」
    「そうよ。そして、明日にはきっと元気に登校してやる!(えっへん)」
    「もう・・・無理しないでよ・・・。」
    「分かってるわよ。」
     部屋は、セリスの愛情でいっぱいの暖かい空気で包まれていた。

引用返信/返信

▽[全レス26件(ResNo.22-26 表示)]
■127 / ResNo.22)  天日星の暖房器具〜外B
□投稿者/ べんぞ〜 -(2005/01/15(Sat) 02:46:06)
    〜外伝3〜


     8000年前のこと。
    現在のエインフェリア王国のある地の支配権を巡る抗争があり、
    血で血を洗う惨事を引き起こしていた。
    ラドル・ハーネットを筆頭とする王家と、クラーク・アレイヤを筆頭とする王家の2大王家の戦いであった。
     古代に位置する当時の魔法レベルは非常に高く、
    一般市民一人が持っていた魔力は、現在の国を代表する騎士の実力に等しいくらいであった。
    しかも、最も危険だったのは、血の突然変異で魔力が増大していた、2大王家と呼ばれる家系の長子にあたる者である。
    その魔力は、無尽蔵とまで言われており、人でありながらヴァンパイアの真祖やエルフの長老と対等に戦える力を持っていた。
    そして、エルフやヴァンパイアが持ち得なかった物、
    宝具といわれている強力な武器を所持していた両王家の長子は、
    世界を組織しているはずの精霊すら、自分の力と宝具で、作り出せてしまうなど、
    世界の構造全体にまで干渉できる存在であった。
     そのような者らが互いに戦争をしているのだから、その規模はすさまじく、
    人類が絶滅しないのが不思議なほどであった。
    この事態を重く見たのが、ラドル・ハーネットの娘で、次世代の長子にあたるルテイシア・ハーネットと、
    クラーク・アレイヤの息子で、次世代の長子にあたるアラン・アレイヤであった。
    二人は、戦いを終わらせることを約束し、二度と同じ過ちが起きないように対策を立てることにした。
    人工精霊を使った総力戦が控えていた事から、
    一刻を争うと考えていた二人は、宝具を用い、互いの父を暗殺し、
    王家を自己壊滅に置きこむ形で、速やかに戦争を終結させた。
    さらに、両家がけして戦争をしないように、自らの家系に向かって呪いをかけた。
    『500年に一度の周期現われる、両家の長子は、血が活性化し、膨大な成長を遂げる。
    したがって、成長しきる前に心中する本能を受け付ける。』
    心中という策に出たのは、片方の王家の長子が生き残ることを阻止するためである。
     そしてさらに、互いの全ての魔力を出し切って、一つの人工精霊を作り出した。
    二人はそれにミコトと名づけ、心中が成功するか監視する役目を与えた。
    ただし、争いごとを嫌った二人は、ミコトが人外との戦争の引き金にならないように役目と同時に制約をつけた。
    『人外の者に手を出してはならない』と。



     ミコトの頑張りもあり、両王家の血も薄れていき、
    今では直系以外で長子にあたる人物が現われることは無い。
    そして、その直系でさえ血が断絶しそうな状況である。
     


    『私は、私を創ってくれた人への恩に報いるため、あの人たちの願いをかなえ続ける。』




引用返信/返信
■142 / ResNo.23)  2月3日〜の大幅な編集について
□投稿者/ べんぞ〜 -(2005/02/03(Thu) 02:56:38)
    内容が分かりにくいので、分かりやすくなるように文章やシナリオを補完しています。
    前々から検討していた、サブタイトルをつける作業も同時に行っているので、
    サブタイトルが付いているものは、編集作業が終了したと思ってください。
    シナリオの本筋に変更点はありませんが、『ユナの義兄』と言い続けるのは、やはり困難であったため、『レイヴァン・アレイヤ』と仮称をつけています。
引用返信/返信
■143 / ResNo.24)  2月3日〜の大幅な編集について2
□投稿者/ べんぞ〜 -(2005/02/04(Fri) 12:58:07)
    2005/02/04(Fri) 14:00:12 編集(投稿者)

    第7節で氷の精霊に名前がないのが不便でしたので、『フリード』と名づけてあります。

引用返信/返信
■144 / ResNo.25)  〜第8節〜<長子の実力>
□投稿者/ べんぞ〜 -(2005/02/04(Fri) 13:52:45)
    2005/02/04(Fri) 20:43:48 編集(投稿者)

    〜第8節〜
    <長子の実力>


     闇が深くなり、満月がくっきり映る屋上で、エルリスとユナは対峙していた。
    ユナは魔法銃を構え、エルリスは宝剣を携えていた。
    8000年間続く仕来りに従い、死闘が行われようとしている・・・。

     両者は互いに一歩も動かない。
    先に動いた方がかなり不利な状況に追い込まれるからだ。
    そのまま、半刻が過ぎようとしていた。
    そんな時、いつまでも動かない2人にイライラした、今までは善良な観客のように見つめたいた月が、
    闇に包まれる屋上を照らし、あたりを一瞬だけ明かりに包んだ。
    静寂は一瞬にして消えた・・・。
    先に動いたのはユナだった。
    ユナは銃に弾を詰め、一気に火球を放った。
    エルリスは横に跳躍し、宝剣をかざし、凍てつく氷柱をユナに向けて放った。
    ユナはそれを小さな火球でなんなく相殺し、加えて追撃に魔法銃からの攻撃を加えた。
    エルリスは、これを宝剣で堪えたが、そのあまりの威力に宝剣はもたず崩れ散った。
    宝剣を失ったエルリスの周りから、急速に魔力が無くなっていく。
    勝敗は一瞬でついた。
    ユナは、自分の立っていた位置から一歩も動かず、汗も流していない。
    一方エルリスは、体中を火傷し、一歩も動けない状態に追い込まれた。
    でも、彼女にはまだ切り札があった。
    「氷の精霊よ。私に乗り移りなさい!」
     その言葉に反応するように、エルリスに氷の精霊が乗り移る。
    いや・・・乗り移らなかった。もはや朽ちるだけのエルリスなど見捨てて、精霊はどこぞへと消えていた。
    万策尽きた・・・。ユナは、静かにエルリスに余裕の表情で近づき、
    嫌味ったらしく、『フッ』と笑った。
    この少女がここまでいやなやつであっただろうか?
    すると、ユナの顔がグニャグニャに歪み、あの男の顔が出てきた。
    「ははははっっっ!!!エルリス。君では妹どころか、私にも勝てんのだよ。」
     もはや説明不要のこの男は、馬鹿笑いしていた。
    エルリスは悔しかった。この男の前だけでは絶対、地に手をつきたくなかったのに・・・



     
     エルリスは目を覚ました。
    「ここは・・・。」
     いや・・・場所よりも深刻なのは、目をあけた瞬間にさっきまで馬鹿笑いしていた男の顔が、
    目の前に飛び込んできたことだ。
    「おお〜気がついたか。」
     レイヴァンは笑って言った。
    「・・・・・・。なんで、あんたがここに居るのよ?」
     エルリスは怪訝そうに言う。
    「そう、トゲトゲするなよ。仲直りしよぜ。こうしてうなされる君に膝枕して看病してやってるわけだしね。」
     義兄は、屈託の無い笑顔で言った。本気のようだ。だが・・・
    「そのおかげで、もっと酷い夢を見たわよ!!!あんなのありえないわ。」
     やりかたには大きな問題があった。
    「私のさわやかな朝を返してよ!」
     エルリスは、数『多い』楽しみの一つを奪われたので、ご立腹である。
    「これでも夜の見張りだってしてやったんだぜ?どんな夢を見たかは知らないが、感謝されても怒られる筋合いは無いぜ。」
    「見張りはともかく・・・普通に怒るに決まってるでしょ!」
     エルリスの意見はもっともである。
    「私の神々しい寝姿をただで見れるわけ無いでしょ!!」
     言い回しはともかく。



     セリスとユナは仲良く朝食を調達していた。
    『全く・・・人の気を知らないんだから・・・。』
     仲の良い2人を見て、エルリスはうれしいような悲しいような表情をしていた。
    まぁ、二人はいいとして・・・エルリスにとって、レイヴァンと2人で見張りに徹している今の立場は悲しいものでしかなかった。
    『よもや・・・ご飯を作れないと言う欠点がこんな形で仇となろうとは。』
     自らの怠慢を深く反省していた。
     ユナとレイヴァンは、追っ手を振り払いエルフの住むという森へやってきた。
    普段はもっとも危険なところだが、義兄のシックスセンスによると一番安全な所だったらしい。
    そして、そのまま森を徘徊してたところ、衰弱したエルリスと気を失っているセリスに出会ったのだ。
    どうやらエルリスは、無意識にここへたどり着いたようだ。おそらく独断と偏見がここへ呼び寄せたのだろう。



    「「できたよぉ〜!!!」」
     ユナとセリスの合作の昼に食す朝食が出来上がった。
    ユナから大凡事情を聞いたセリスは、ユナのレイヴァンとエルリスの仲直り記念と言うことで、
    サニーサイドアップ〜セリスすぺしゃる〜を作っていた。もっとも、レイヴァンはともかくエルリスにその気は無い。
    サニーサイドアップ〜セリスすぺしゃる〜は、表面がどこもカラッとした目玉焼きである。
    両面焼きのターンオーバーでは無いのに、この芸当をやってのけているのは、まさに神技であった。
     セリスすぺしゃるが大絶賛されていることをエルリスは、まるで自分のことであるように喜んだ。



     朝食の後、ユナと義兄は2人で話していた。
    「なぁ、ユナ。本当にあいつらと行動を共にするのか?2人だけの方が動きやすいと思うぞ。」
     レイヴァンは、まじめな顔で言っている。
    「ん?だって、その方が心強いじゃない。エルリスがいた方が戦力的には助かる筈だよ。」
     ユナは屈託無い笑顔で言っている。
    そもそもレイヴァンには彼女と仲直りする気は無かった。
    仲直りはユナの提案で、レイヴァンもしぶしぶ形だけ仲直りしただけである。
    超出血大サービスとはいえ、あろうことかエルリスに膝枕をしてやるなんて、鳥肌が立つほどいやだった。
    しかし、そのくらいしないとダメだろうと義兄のシックスセンスがそう言いはったのだ。
     ユナは、エルリスの魔力の低さにはうすうす感づいている節があるが、
    相変わらずハーネット家の『長子』だと思っている。
    エルリスが戦力にならないことをユナに告げても良かったが、
    戦力と言う言葉は彼女にとって建前でしかない事は容易に理解できたし、
    ユナの望む、エルリスらと仲良く共に行動する事を実現させるには、不要な情報は伝えるべきではないとレイヴァンは判断した。
     それに自分といてもあまり見せることのない、朝食のときの明るい表情のユナを見てふと思う。
    『本当に戦いをしたくなかったのは、エルリスではなくユナだったのかもしれない・・・。』
     レイヴァンは、あの日戦いが起きなかったことは本当はすばらしいことだったのではないかと思いはじめていた。
    もし決闘をしていたら、元気で明るいユナは、幼い頃の悲しい瞳をしたユナに戻っていたかもしれない。
     



    「ところで、兄さん。」
    「ああ・・・分かっている。」
     周りは、明らかに何者かに囲まれていた。
    すぐにエルリスとセリスもここへやって来た。敵は強い・・・そう彼らには伝わった。
    おそらくエルリスやレイヴァンが8人に増えてもこれでは勝ち目が無かった。
    「セリス・・・私の後ろから離れないでね。」
     エルリスはセリスを庇うように、エレメンタルブレードを構える。エレメントクリスタルには冷気の魔力がすでにチャージされている。
    「まずいな・・・ユナ。場合によってはお前だけでも・・・」
     そこまで言って、レイヴァンは目を見開いた。
    的に、標的になるような位置へ移動し、ユナはこう言ったのだ。
    「すみません。私達はあなた達に敵対するつもりは無いです。でも・・・今すぐここを出て行くことは出来ません。
    自分達も追われている身です。迷惑かもしれませんが、もうしばらく置いてください。」
     レイヴァンは悪寒がした。口調、表情、共に幼い頃のユナのものであった。
    ユナの言葉に対し、すぐさま謎の相手から返事が返ってきた。
    「無駄だ。我々の地を踏んだ時点で貴様らは、消えてもらわなければならない。」
     そこに感情は無かった。それがあたりまえであるかのだった。 
    「分かりました。では、私も出来る限りの抵抗をさせて頂きます。もし、命を落としても運命だと思って諦めてください。
    慈悲を与えるほど・・・ゆとりがありませんから・・・」
     そう言うと、姿の見えなかった敵、数名のバンパイアとユナの戦いがはじまった。
    ユナはデッド・アライヴを使うことなく、自らの力だけで敵をなぎ倒していく。
    ユナは、宝具を使用しなくても古代魔法を放つことができていた。人間でこのような芸当ができる者はそうはいない。
    いや、ユナただ一人かもしれない。
    バンパイアはどれをとってもレイヴァンはもちろん、宝剣エレメンタルブレードを手にしたエルリスより強かった。
    だけど、それらはユナには手も足も出なかった。
    どんどん一箇所に積まれてゆく動けないバンパイア達。
    中には、もはや命は助からないだろうものも含まれていた。


     戦いは数分で終わった。ユナもけしてゆとりがあったわけでは無い。
    だが、結果は無傷での生還となった。
    エルリスは目の前の惨状を見て驚愕した。これは夢で想像していたユナよりも遥かに強い。
    彼女の全ての攻撃は、夢の中に出てきたユナのデッド・アライヴの威力を凌駕していた。
    レイヴァンも目を丸くしている。まさか、自分の義妹がここまで強いとは想像もしていなかったのだろう。
    それ以上に、過去の恐怖がよみがえっていた。
    あの夜、エルリスを影打ちするつもりでいたが、彼女の言うとおり、全く意味が無かったようだ。
     戦い終わったユナをこの中の誰もが向いいれることが出来なかった。足が震えていたのだ。
    戦う運命にある少女が、自分の空想を遥かに超える強大な存在であったこと、
    守るべき少女にとって、自分の力など赤子の手をひねるようなものだったこと、
    そして・・・目の前の惨劇。
    ユナはそんな彼らを見て少し寂しそうに見つめていた。
    『エルリスなら・・・』
    それは、同じ気持ちを共有できるであろうエルリスへの彼女の淡い叫びでもあった。
    レイヴァンにはそれが出来ない事はよく知っていた。むしろだから兄さんは信頼できるのだ。
    レイヴァンはけしてユナを特別な人として認めることはしない。
    昔、ユナとレイヴァンが二人だけの約束事をした時以来、
    ユナを自分と同じ普通の人間として見てくれていたのである。
    だから、今の今まで特別な力の存在を認めはしなかったし、ユナだって見せてこなかった。
     場の空気は、勝利の歓喜に沸くことも無く、時間が止まったように寒かった。


    「え?」
     セリスは彼女に近づいていて、ガシッと抱きついた。
    呆然としていたユナはセリスの動きを全く見ておらず、完全な不意打ちだった。
    思わず体が強張った。
    「ありがとうユナちゃん。助かったよ。」
     セリスの発した何気ない一言が、凍った氷柱のように冷たく堅かった場を春のように溶かした。
     いつの間にかレイヴァンとエルリスが
    「どうだ、俺様の最愛の妹の実力は。」
    「うるさい・・・。」
     などとやり取りを始めていた。ユナにはどこか微笑ましい情景に見えた。
     

引用返信/返信
■147 / ResNo.26)  〜第12節〜<氷の精霊と憑依>
□投稿者/ べんぞ〜 -(2005/02/06(Sun) 22:33:08)
    〜第12節〜
    <氷の精霊と憑依>



     その日の夕方、ロード・オブ・ヴァンパイアの神殿で、真祖の救出計画が練られた。
    出席者は、あの老いたヴァンパイアと数名の頭のよさそうなヴァンパイア、
    ユナ、レイヴァンだった。セリスは気分を悪くして今は眠っている。
    エルリスは、幸いギリギリの所で自我を回復させたのだったが、会議に出るほどの余力が無かった。



     戦争の多いこの世界では、死闘が行われるのは珍しくないないのであろう。
    エインフェリア王国とビフロスト連邦は数年前から戦争状態に陥っている。
    ただ・・・、エルリス達は戦いの無い世界で生きてきた。王国に住んでいる限りは戦わずに住む人が多い。
    それは、女王が極力王国民に被害が及ばないように気を使っているからだ。
    しかし、そうであっても人の死を知らないわけじゃない。
    ユナの両親は、ユナがまだ魔術学園に入学する前の、エルリスの近所に住んでいた時期に病気で死んでいる。
    病気が進行してくると、ユナの両親は魔術病院に入院し、最後まで生きようと努力していた。
    ユナは、毎日のようにレイヴァンに付き従って見舞いに来ていた。
    告別式のとき、死んだ両親は、きちんと正装され、
    丁寧に棺おけに入れられていたのをエルリスは覚えている。
    しかし、今回のルードの件は、エルリスにとってもショックな出来事であった。

    『結界魔法』

     老いたヴァンパイアによると、魔法が確立される前のおよそ9000年程前は、
    結界魔法が主流であって、特に一対多数の戦いにおいては主力だったらしい。
    今でこそ結界は、自分を守ったり、弱い相手を捕らえたり、保存することに使われるが、
    本来の結界魔法とは、結界を張った後、呪文を唱えることで魔法が放たれるというものだった。
    その詠唱の複雑さから、現代では滅んでしまった魔法体系だという。
    あの老ヴァンパイアでさえ、既に使えなくなっているほどだ。
    ただ、エルリスには、あの時の呪文は複雑ではなく・・・まるで自分の生き様を描いているように、
    さらに・・・自分に対する『ごめんなさい』という意思が込められているように感じられた。


    「お前が、気に病むことは無い。」
     考え事をしているエルリスの背後から、声が聞こえた。エルリスはこの声の主をよく知っている。
    「あら?あなたが表に出てくるなんて珍しいじゃない。」
     フンと、はなを鳴らすような態度でエルリスは背後の声に答えた。
    そこには、エルリスに取り付いている精霊フリードが立っていた。
    「まあな。あまり落ち込まれても、こちらとしてはいい気分はしないんでな。」
    「へぇ〜?心配してくれるなんてもっと珍しいわね。明日は大雪かしら?もしかして雷雨?」
     エルリスは皮肉をこめて言う。それを無視してフリードは続ける。
    「あの結界魔法の名は『氷縛結界』という。」
    「ふ〜ん。そう。それで?」
     エルリスは、あの結界の事に興味はあったが、あえて興味なさそうに返した。
    誰とも話したくない気分だったからだ。
    精霊に憑依されている事実がこんなにも不快にもったことは無い。
    セリスがルードの雷に打たれたと思った時、エルリスは本心状態になり隙だらけになっていた。
    あの時、フリードが出てこなければ、殺されていたのは自分だろうし、
    精霊に憑依され体を完全に奪われてしまっても文句は言えなかっただろう。
    「・・・。」
     精霊はエルリスの態度に圧されてしまうように言葉を詰まらせた。
    「それにしても、余計なことをしてくれたわね。あんなの私だけで勝てたわよ。
    それも、あんな後味の悪い戦いじゃなくて、もっとスマートな戦い方でね。」
     エルリスは、また皮肉をこめて言う。今度は精霊も反応した。
    「なるほど・・・。君が落ち込んでいる原因というのはルードの死か。」
    「!?」
    「理解できないな。殺そうとしてきたものを殺すことになんのためらいがあるだ?」
     精霊は、あたまを左右に振ってやれやれという仕草をしている。
    「別にあの人の死を私は悲しまない。だけど・・・やり方には限度ってものがあるわ。」
    「限度ね・・・。さてさて、どのような殺し方が限度内だったというのだ?
    結果的には、どれれも同じだったと思うが。」
    「・・・。」
    「俺も理解は出来ないが予想ならつく。ハッキリと相手の死を見せるなということだろう。
    葬式にしてもそうだ。人間は、死んだ人間を見ようとしない。直に棺おけに入れたがる。
    しかも、他人の死の間際を本当に見た人間なんて、そう多くは居ないだろう。
    道端に死体が置いてあったぐらいで取り乱すような輩だからな。
    普通は自分の見えないところでひっそりと死ぬものだと・・・。
    要するに、お前らにとって死というものはタブーであったのだろう?」
    「何が言いたいのかしら?」
     エルリスは精霊の言葉を無視した。
    それを精霊は肯定との意思と判断した。
    「なるほど・・・。まぁそういうことなら考えてやらんことも無い。以後は『スマート』に行うとしよう。
    だが、勘違いされては困るな。関与していないといわれれば嘘だが、あれは俺の技じゃない。」
    「何ですって?」
    「つまり、あれは別の者がお前の体を利用して発動したものだということだ。」
     エルリスは鳥肌が立った。
    この精霊以外にも自分の自由を奪う手段をもっているものがいるという事実は信じがたいが、
    どうも嘘を言っているようにも感じられなかった。
    「だれよ、それは?」
     エルリスは精霊の胸倉を掴んで問いただした。
    「やれやれ・・・、そこまで答える理由は無いな。」
     精霊は答える気が無いようだ。エルリスはさらに突っかかる。
    「どうしてよ。将来はあんたが乗っ取る筈の体でしょ?
    将来の自分の体をいいように使われて、ムカつかないの?」
     エルリスは口調を強くして叫んだ。それを静かな目で精霊は見て、
    「あまりいい気はしない。だが、俺にとってはあのまま死なれた方が困る。」
    「今回は、どちらにせよ殺すか殺されるかの戦いだったのだ。過ぎたことは忘れることだな。」
     エルリスはまだまだ言いたいことがあったが、精霊はそう言い残すと闇の中へと消えた。
      


     しばらくして、神妙な場を荒らすようにユナが泣きながら走ってきた。
    本当に間が悪いというか空気の読めない少女である。そこが魅力でもあるのだけれど。
    「エルリスぅ〜〜〜〜(涙)」
    「はぁ・・・。」
     どうせろくな事じゃないだろうと思い、エルリスはため息をついた。
    『また、何かにつき合わされるのか・・・。』
    「兄さんが、私じゃなくてエルリスと王都へ真祖を奪還しにいくとか言うんだよ!!」
    「はぁ?」
     いきなりそんなことを言われてもエルリスには意味が分からなかった。
    「つまりだ。戦力を割けないヴァンパイアの代わりに俺達が真祖様を奪還しに行く。」
    「それでだよ。私が私と兄さんで行く!って言ったのに・・・
    兄さんがエルリスと行くって勝手に約束しちゃったんだよ!!」
    「はぁ・・・」
     エルリスは考えた。そして・・・
    「ええ。その方がいいでしょ?」
     などと言った。
    「え〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」
     ユナの絶叫が響く。
    「だって、だって、強い人が行った方が確実だよ。」
     ユナは抵抗をする。
    「ええ、だから私とそこのやつで行くんじゃない。」
    「私のほうが・・・。」
    「じゃあ、私とユナで行くの?それじゃ疲弊しきったヴァンパイアの守りが乏しいわね。」
    「だから・・・エルリスが残って・・・。」
    「それはダメだな。エルリスとセリスでは疲弊しきったヴァンパイアの守りが乏しいな。」
    「う〜〜〜〜〜〜。」
    「「それに、私/俺の、独断と偏見/シックスセンスが、これが最善だと言い切っているわ/ぞ。」」
     連携の追い討ちについにユナはイヤイヤモードに突入した。
    「いやいや〜。やっぱ、兄さんはエルリスのことが好きなんだ。私なんかどうでもいいんだ(え〜ん)」
    「ちょっと待ってよ。そんな迷惑な解釈しないでよ。」
    「だってだって・・・兄さんエルリスに膝枕してたし!
    私だってしてもらったこと無いのに〜〜〜!!(プンぷん)」
     そう言えば、そんな迷惑な話もあった。
     ユナはイヤイヤモード第弐形態、だだっこモードに突入した。
    戦況を冷静に見極めたレイヴァンは、ここで最終決戦兵器を投入した。
    「ユナ・・・。外へユナを出してしまえば、命とか言うものが仕切る組織に狙われることになる。
    だが、俺ならまだ狙われる可能性は低い。だから、俺達が行くのだ。
    俺は、ユナの命のことを第一に想っている。」
     などと、ドラマ顔負けの笑顔で言ってきた。
    「ハイ・・・兄さん・・・・・・(じ〜〜ん)」
     よくよく考えれば、エルリスが外へ出ることも危険なのだが、
    ユナはレイヴァンの言葉に思考力がぶっとんで空想の世界へ突入したので、気がつけなかった。



     ユナが夢見状態で引き上げた後、エルリスはレイヴァンに尋ねた。
    「恩でも売りたいの?」
    「そのつもりは無い。」
     レイヴァンは何でもない口調で答えた。
    「ユナ、私とセリスのこと知らないみたいじゃない。」
    「ああ。教えてないからな。」
     レイヴァンは何でもない口調で答えた。
    「なぜ?」
    「ユナには知らせない方がいいと思うからだ。その方が、きっとあいつには幸せだ。」
    「妹思いなのね。」
     エルリスが、呆れていった。
    「そういうおまえも、その方が良かったのだろう?」
    「ええ・・・。これでセリスは安全だわ。外へ出すのは論外として、中にいても危険だわ。
    あのヴァンパイアだってどこまで信用していいか分からないし・・・。でも、ユナがいれば守れるわ。」
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■51 / 親記事)  "紅い魔鋼"――◇予告◆
□投稿者/ サム -(2004/11/17(Wed) 23:46:15)
    2004/11/19(Fri) 21:01:30 編集(投稿者)

     ◇ "紅い魔鋼" 『予告編』 ◆



    人々は日々を重ねて歴史を作る。

    人々は技術を重ねて文明を造る。

    人々は思いを重ねて未来を創る。


    何時の日も,何時の時でもそれは変わらず――
    ささやかなでも小さな幸せと,最大多数の幸せを守る人々は何処にでもいた。

    文明が起ったときでも。
    1000年前であっても。
    現代でも。

    全く変わらない人の行い。
    これからも変わることのないだろう,その行い。

    それこそが人間の歴史()なのだろう。



     ▽  △



    魔導暦3022年。

    例年より冷えた冬も過ぎ,新しい年が明けた。
    学院の存在する都市――リディルにも春が訪れ,"私"も第三過程生に上がることになる。

    あの娘(エルリス)と出会ったのも一年前の丁度この時期。
    今はもうこの学院にはいない彼女だが,どこかできっと,目的に向かってがんばっている事だろう。

    でも,一人で全て背負うと言う考えはいささか好かない。そんな彼女に対して私は一つ意趣返しを考えている。
    今はその下準備を進めるだけ。

    待ってなさい,エルリス・ハーネット。

    とびっきりのプレゼントを持って貴方に会いに行くその日を,ね。


     ▽


     変わることのない"私"の目標。
     
       様々な出会い。
     
         沢山の出来事。
     
           楽しい日常の中で生まれる感情――。


       エルリスとの別れから半年。
       
       "私"は,とうとう自分の足で歩き始めた。

     △


    世の中には現象の発端――原因が存在する。
    それは過去の出来事の積み重ねであり,人の意志が絡まないのであれば全くの偶然でありそして必然。
    呼び方は様々…――だがそれは確かに"在る"

    原因が存在し,それ故に結果も生ずる。

    過去の遺物。
    歴史の闇。
    人々の思惑と野望。
    巻き込まれる者達。

    そして,それに気づく者もまたいる。

    自ら渦中に飛び込み,しかし何も成せなかった少女。

    彼女は直感が導くままに行動を始める。

    全ての原因が収束するそのとき,彼女は,そして彼女の周りに集まる者達は何を見ることになるのか。


                   しろいせかい

                 紅い魔鋼

               蒼いツルギ

             力の意味
          
           想いの強さ



    これらが鍵となる物語。





    過去が原点となり,1000年の時を超え野望の中で現在に蘇る紅い魔鋼(クリムゾンレッド)





    「確実に生き残る術なんてない…確かな未来なんて,何処にもない! だから,全部掴み取るまでよ!」





    叫びの意味は。




    そしてその結末は。




    △ 紅い魔鋼(クリムゾンレッド) ▽





    近日公開予定(coming Soon)



引用返信/返信

▽[全レス21件(ResNo.17-21 表示)]
■89 / ResNo.17)  "紅い魔鋼"――◇九話◆後
□投稿者/ サム -(2004/12/02(Thu) 22:02:36)
     ◇ 第九話 後編『或る真実の欠片・暗躍』◆


    錬金術。
    それは魔鋼(ミスリル)を作り出す技術の事を指している。
    遥か3000年近く昔にもたらされた魔法と言う異質な法則の元で行われる作業だ。

    魔鋼は魔法を増幅する。
    増幅しなければ魔法は魔法として認識される事のない程度の現象発生力しかなかった。
    そのための魔鋼。

    しかし,ここで一つの疑問が起こる。

    魔鋼は魔法を増幅する。
    魔法は魔鋼が無ければ意味を成さない。

    ならば――魔法によって収斂される筈の魔鋼は,一体誰が創り出したのだろうか?
    魔法とは,一体何がもたらしたものなのだろうか――?


     ▽  △


    私の人生は"問うこと"を端にしている。
    疑問を投げかけ,その答えを探す事こそが人生だ。この思考法は自然と私を魔導技術の習得――つまり魔法を学ばせる方向へといざなった。

    しかし,私には欲と言うものが少なかったらしい。
    必要なものは疑問と答えのみ。他には何も――まぁ生きていくのに必要な最低限の糧は欲しいが,それ以外は大して必要なものではなかった。
    最高学府たる学院を卒業するも,私は技術の高みへ至る道への興味は薄く…ただただ自分を満足させるためだけの"問い"を探しつづける道を選んだ。
    それは研究者としての道ではなく,探求者としての道だった。

    ある日。
    私の下へ届いた1通の書簡。
    それは王国史上悪名高い"魔鋼錬金協会"からの誘いの手紙だった。
    私はその書簡が届くまで何をするでもなく,ただ学院の研究室に身を置き,学生相手に講座を開きつつ日々を生きるための糧を稼いでいた。
    たしか――20半ばを少し過ぎたくらいだっただろうか。

    書面には,私を誘うに当たっての理由と報酬が書かれていた。
    報酬はどうでも良い。
    毎日三食取れるならばそれ以上のものは要らない。
    理由はありきたりな物だった。
    私の業績と功績を褒めるだけの詰まらないもの。まぁその程度だったら気にも留めずにごみ箱へ直行する運命だったのだろう。が――

    『…旧文明の遺跡…?』

    最後の行に書かれたその一言が,私を動かす。
    彼等"魔鋼錬金協会(フリーメーソン)"は当時の都市ファルナの地下5.7kmの地点から、広大な都市跡を発掘したらしい。
    それに当たって,各地に居る引退した学者や研究室に引きこもっている私のような有能な研究者に極秘に打診しているのだと言う。

    新たなる問い,それを見つけれるかも知れない…

    私はそう感じてその週のうちに学院を辞め,ファルナへと向かった。
    それが,今から約60年前の事だった。


     ▽


    彼等魔鋼錬金協会の連中は思ったよりも気安い人間達だった。
    王国に監視されている状況からだろうか,歴史に残っているような無謀な実験をしているわけでもなく,ただ趣味人達の集まりとしてその組織運営が行われていた。
    恐らく世には知られていない真実の一つだろう。

    彼等――私の友人達はそれを敢えて(・・・)世間に公表しようとはしていなかった。

    …1000年と言う歴史が培ってきたその風評は覆し難いし出来るとも思えない。逆に――そういった秘密結社っぽいのが実在しているかもしれない,と言うのも面白くないか?

    実態は全然違うんだけどな,と我が友ディルレートは頻りにそう言って笑っていた。
    私もその世間を暗に欺くと言う状況を純粋に楽しく思い,彼と共に笑った。
    世界中の誰とも変わらず,その場に集まった友人達と共に笑い,泣き,喧嘩をし,恋をした。
    懐かしい。本当に,懐かしく楽しかった日々だ。


    私達は誰とも変わらない人間だった。
    違ったのは,1000年前の王国騒乱以降は国に対して何も隠し事をしていなかったのだが,私達のその代に限ってのみ…唯一それを破った。
    60年前の都市ファルナの地下から見つかった古代都市の隠匿。
    それは今もって私が管理している。

    発見されたものは,今までにない設備だ。何かを量産するための大型の機構(システム)
    日夜時間を惜しまず解析した結果,そこは金属の生産工場跡だと言う事が判る。

    当時の我々は,10年という歳月をかけて古代都市の一端を秘密裏に解析し終えていた。
    工場のシステムは大まかに把握し,何時でも応用できる体制にもあった。

    だが,薄々ながら私達を取り巻く状況が傾いてきていた事も事実だった。
    元々資源採掘用にファルナ地下に掘られた探査坑。
    流石に放りっぱなしにしていたわけでもないが,監査の手が伸びてこないとも限らない。
    この事がばれたら――正直全ての遺跡跡が没収の上に私達は拘束される事は必至だ。
    どうするか,と対策を練っているその時,我々にとって都合の良い事態が発生した。


    第一時世界恐慌。
    経済恐慌が起こり、世界中が未曾有の緊急事態を発令した。
    各国政府は頻りに事態の収拾を図ろうとしたが,余り効果を表さなかった。

    我が王国も似たような状況だったらしい。
    それまでの主産業が僅かな魔鋼製品の加工,残りは自国で行われている第一次産業が経済の全て。
    恐慌を乗り切るのは極めて難しい状況にあった。

    これはチャンスだ,と我が友ディルレートが言った。
    "私達の思い出の残るこの古代都市跡を残すための術が,ここにあるじゃないか"と彼は言った。

    金属の量産システム。
    これで魔鋼(ミスリル)の量産体制を整えて,それを持って王国に俺達の公的機関化を求める,と言う案だった。

    結果は歴史が証明している。
    ディルレートの行ったこの賭けは我々が勝ち,王国の公的機関となる事で遺跡を完全に隠匿した。
    魔鋼の量産体制の管理も私達が行う事になり,多少のごたごたはあったものの予想より遥かにスムーズに全てが行われた。

    以来,50年。
    私の友は一人,また一人と死んでいった。
    親友も,悪友も,愛した人もみな死んでいった。

    当時から残っている協会設立メンバーは私で最後だ。

    私――探求者ルアニク・ドートンが。


     △


    現工業都市ファルナの地下に眠る古代都市。
    未だに王国からは秘匿とされ,日夜我々協会の研究員が解析作業を行っている。
    次々と明らかになる古代のシステム。
    惑星軌道上に配置された種々の観測システムや,天空に浮かぶ月にあると言われる別の古代都市。
    その彼方に広がる深淵――宇宙と言うらしい――の更に遠くへと旅立っていった,古代人達の船。

    太古の人々は,そのほぼ全てが例外なく星を飛び立つ事を選んだ。

    なぜ、とそれを問うには時が経ちすぎ,明確な答えは期待できない。
    しかし私は,システムを解析する傍らでその答えを探しつづけた。
    古代人類が星を飛び立つ理由を。
    そして――その過程で"それ"をみつけた。

    "それ"は,古代人が星を飛び立つと言った遠すぎる疑問ではなく,私が生きてきた中で唯一判らなかった疑問の答えを示すかもしれない――現象。

    どちらを優先するかは,その時に変わった。


     ▽  △


    私は現代に生きる人間だ。
    魔法を技術として使い,日々を生きる。

    魔法は魔鋼により増幅され,様々な現象を起す。
    魔鋼は魔法により収斂される。素材は様々な鉱石を元にしているが,自然に存在するもので希少な金属は少ない。
    収斂する上で必要なのは,その複数の金属に付加させる膨大な魔力だ。
    勿論ただの魔力ではありえない。

    現代人が収斂する魔鋼,その過程で必要な魔力は,魔鋼と同じ魔力相を持っていなければならない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

    現代では魔鋼は然程珍しいものではない。
    鍛冶師たちは,魔鋼を収斂する際に整える最適の魔力相の値を把握しているし,また知らずとも手元にある魔鋼をサンプルにして魔力相を整えれば言いだけの話だ。
    が。
    魔鋼を作るには,元にするもう一つの魔鋼が必須になると言うこの条件。
    これは一つの簡単な疑問を内包している。

    "起源"に関する疑問だ。
    起源――レジーナ・オルド(O-riginal)と言う名の女性がもたらした魔法(駆動式)という技術と,その媒体――魔鋼(ミスリル)
    そもそもソレは,どこからきたのか?(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

    それが,私の最初の疑問だった。


     △


    以来数十年。
    片時も忘れた事の無かったこの疑問は,しかし誰にも相談した事も無かった。

    私だけの疑問。
    私だけが考えつづけた疑問だったからだ。

    その――答えを見つけれるかもしれない,切っ掛けがあった。
    都市群の管理する,人工衛生による地表観測システムに記録されていた王国の過去の地表エネルギーの変動データだ。


     ▲


    私が在籍するこの魔鋼錬金協会。
    1000年以上の歴史を持ち,それ以前は風評通りの組織だったらしい。
    倫理観の薄い研究者達,極めてシステム的な真理の追究。
    その成果は1000年前の王国動乱の際に失われた――かのように思われてきた。

    だが事実は違う。
    これらは過去から現代まで連綿と受け継がれてきた。資料は全て駆動式のとして魔鋼に刻まれ,それは一つの証として伝わってきた。
    魔鋼錬金協会の長が持つ,錫杖型の魔法駆動媒体(ARMS)
    これには,それまでの非道な研究成果が刻み込まれていた。

    親しい友が次々とこの世界を去り,私は次第にまた研究に没頭するようになった。
    新しい問を求め,終ぞ行われる事の無かった錫杖の駆動式を解放し,協会の行ってきた非道な歴史をも全て見た。

    ――その内の一つ。
    それは1000年前に行われた一つの実験で,映像資料としてのみ残されていた。文献は消失してしまったのだろう。
    魔鋼と人体との融合をテーマにしたもの。
    時間経過毎の記録を見る限り,魔鋼は人体を侵食し――恐らく意識を取りこんだ。
    魔力干渉線(マナライン)にも応答しないところを見ると,一つの封印のようだと感じる。

    そして――3週間後。
    "それ"は起った。

     ▲

    邪龍。
    突然襲ったその"災害"は,映像に残されていた 胸の"紅い魔鋼"から発生した膨大な魔力(思念)が肉体を変容させた,一人の少年(被献体)だった。

    "それ"は研究所を破壊し,街を壊滅させ,何かを求めるように北へと飛び去っていった。
    そこまでを記録したこの映像は,恐らく,辛うじて生き残った研究員がこの杖に"成果"として封印したのだろう。

     △

    話は戻る。
    古代都市群の管理している地表観測衛星の残した,惑星全域の中の,この王国周辺のエネルギー変動を記録したデータ。
    これは過去数千年と言う年月で記録され続けていた。
    当然1000年前の(・・・・・・・)ものも欠けることなく残っている。

    観測された事実は驚愕に値するものだった。

    その事実から私は全てを思考する。
    長年の疑問と魔法。なぜ、このような力がこの世界に存在するのか。

    それは――もしかすると。

    "それ"をもう一度起したとき。
    私の推論が正しければ――恐らく一つの答えとなる。

    故に,私は――。


     ▽


    ある小高い丘の上。

    不自然な窪み(クレーター)と.そこを端に発する巨大な亀裂を見渡せる場所で,年齢の行った老人は眼光を鋭く光らせる。
    眼下の光景は,史跡跡で動く多くの人影。彼等は魔鋼錬金協会。
    彼等は協会長の命令で、指定された機材と資材を各所に配置しているところだ。

    それは――ただ一つの疑問を解くためだけに。

    魔鋼錬金協会(フリーメーソン)の長にして孤高の探求者,ルアニク・ドートンは,強い意志の光をともしたその瞳で,着々と進められる実験準備の状況を見守っていた。


     ▽
     
    夜を徹して行われた作業は殆ど終わった。
    数年を掛けて密かに行ってきた事前調査も完了している。
    近辺の状況もこれから起す(・・・・・・)事態への(時間稼ぎ)も全て計算済みだ。

    後は,時が満ちるのを待つだけ。
    観測データから導き出したす最良のタイミングで"実験"を開始すれば,あとはもう何が起ろうとも止まらない。
    リスクの分散化も配慮している。不確定要素の介入に関しても対処する策は考えてある。

    全ては整った。
    私の一生では観つける事が出来ないと半ば諦めていた問いに関する答えが,すぐそこに。

    さて。
    残りの時間はゆっくりと待つ事にしよう…。

    結果は,もう時が運んでくれるのだから。



     ▽  △

     ▽



    ――学術都市リディル:学院・教務課――


    「ですから,教務課(私ども)の管理する演習用武器保管庫は,学院に所属するものならば使用許可を取れば誰にでも貸し出しているんです。勿論データとして管理してありますが,数は膨大ですよ」

    何せ戦技科の教官や生徒が出入りするたびに使用許可を出しているのですから,と窓口の女性は少年に言った。
    少年はそうですか,と少々肩をすくめる。

    「…では,持ち出された演習用ARMSの種類の特定は可能でしょうか」

    先程から物静かに食い下がる少年に負けたのか,事務員の女性は大げさに溜息をつくと,カタカタと端末を操作し始めた。
    恨みがましく少年を見,諦めたようにもう一度溜息をつく。

    「…しょうがないですね。学院生で無い貴方に教える義務はないのですけど」

    私どもは門戸が狭いわけではありませんし、と散々渋っておきながらそう言う。
    少年は苦笑し,「ありがとうございます、助かります」と誠実に答えた。
    女性事務員も苦笑する。

    「それで,何の魔法駆動媒体(ARMS)を探しているの?」

    多少フランクに問う彼女は20代半ばだろうか。
    少年はまだ20にも満たない本当の少年だ。年齢的にも彼女にとっては弟のような感じでもあるのだろう。
    無論この場合は聞き分けの無い我侭な弟,であるだろうが。

    「…剣です。刃に特殊発動型の駆動式が刻印されているものなのですが。」
    剣型(ソードタイプ),…と。」

    検索条項を打ちこみ,すぐに結果がでた。

    「剣型でその刻印タイプのARMSは教務課の武器保管庫にはありませんわね。」

    ニコリ,と微笑んでそう言う。少年は露骨にがっかりしたようだ。
    が。

    「でも,短剣型ならばあったみたいよ」
    「…本当ですかっ!?」
    「ええ、1ヶ月ほど前に貸し出されてるみたいよ。名前は――」

    その名前を聞いて,少年――ジャック・ジンは驚愕に目を見開いた。

    まさか。"彼女"が"それ"を持っているなんて。
    これは何かの符合とでも言うのか。
    先生と俺が探し出せなかったものを…偶然みつけているとでも…

    そんな様子の少年に気づいた女性事務員は,気遣わしげに声をかける。

    「まぁ,こればっかりはね。武器保管庫においてあるものは早い者勝ちだし…でも、君はその前にちゃんと学院に入りなさいよ?」

    最後はにやり,と笑う女性。
    まぁここに入らなければ貸しだし許可は出ないわけだが…

    ――早く先生と連絡を取らなければ。

    少年の思考は,事実の認識と共に既に次の行動へと移っていた。
    手間を取らせてしまった女性に向き直る。

    「手間をかけてしまい申し訳ありませんでした。」
    「いいのよ、実は私も暇だったから」

    声を潜めて苦笑する彼女に「では,失礼します」と頭を下げて教務課を退出した。


     ▽

     
    ジャック・ジン,17歳。
    ミコトの後輩にしてEXのミスティカ・レンと同じく,マーシェル探偵事務所でバイトをする少年だ。

    彼は先生(エステラルド)の指示に従い王国中の古い施設を回り,英雄ランディールの"神器"とよばれるARMSを捜索していた。
    王国の西半分はジン。残りはエステラルド・マーシェル自身が捜索している。

    雷帝の神器。
    伝承として伝えられていた,蒼白い片刃の剣と言う形状と刃に刻印された二つの駆動式と言う事のみが今に伝わる手がかりだ。
    それすらも王国――王宮に封印されていた事実。一般にはまるで知られていない。
    彼等の探偵事務所がそれを知る事ができるのにはとある理由があるのだが,それは今は割愛する。


    先生と連絡を取らなければ。
    彼はそう考え,内ポケットからタイムコードが記入された紙を取り出す。

    ――今この時間なら…王都から真西に700km行った所にある国境付近の都市,メティナの軍の旧施設に居る,か。

    国境付近の都市はその土地柄上軍施設が多くなり,メティナは軍事都市として名高い。
    王国陸軍の本部もこの都市にある。いわば軍の中枢地だ。

    「向かうのは構わないけど,時間が掛かりすぎるな…」

    故あって,彼には魔導技術式(・・・・・)携帯意端末は使えない(・・・・)
    ジンがエステラルド(先生)と連絡を取るとなると実際に会うか言伝を頼むか手紙しか方法がない。
    事態の流動性と秘匿性から後者2択は却下。加えて時間ももう無い。
    事務所に戻れば"あの女性(ヒト)"が居るには居るが,先生(エステラルド)から極力知らせないように言われている。

    ならば――
    ジンは溜息をついた。

    「直で行かなきゃならないか…」

    王都から700km。
    しかしここ(リディル)から王都までは約230km。
    直線距離のみの計算だが,そこは問題無い(・・・・・・・)

    全1000km弱の工程だが…

    「移動に掛かる時間と先生のこれからの移動先から逆算すると――」

    今夜中には何とかなる。
    そう見切りをつけた。どうしても時間が掛かりそうな場合は――"あの女性(ヒト)"に頼むしかない。
    最終手段だ。


     ▽

    ―― 一時間後。

    黒系のフライトジャケット,レザーパンツ。ゴツイ安全靴に厳ついゴーグル。
    先日のミスティカ・レン(MAD・SPEED・LADY)と大体同じ格好に身を包み,ジャック・ジンはリディルの一番西側に位置する高層ビルの屋上に立っていた。
    吹き荒れる風が冷たい――。


    思考を停止。


    見るは虚空の彼方の彼方。
    それはイメージを収斂する一つの作業で、儀式。

    少々体を屈め――足を踏み出す。


    たたっ


    2歩。それだけの助走の後――――



    ドンッ!



    空気を殴りつけるような乱暴な音と共に,ジャック・ジン――マッドスピードレディ(狂速の淑女)の片割れ,爆発に特化したEX・凶速の渡り鳥(エクスプロージョン)は上空へと飛び出し,遥か西へ向けて飛び去った。


    屋上は魔力騒乱で気流の乱れが生じ暴風が吹き荒れたが,一瞬後にはすぐに元に戻る。




    そして舞台は,全てが集うランディール広原(英雄の丘)へ――。



    >>>NEXT
引用返信/返信
■98 / ResNo.18)  "紅い魔鋼"――◇十話◆前編
□投稿者/ サム -(2004/12/18(Sat) 08:57:36)
    2004/12/18(Sat) 08:58:37 編集(投稿者)

     ◇ 第十話 『嵐の前の静けさ』前編◆
     

     △


    「ありがとう,助かります。」
    「なに、どうってことねぇよお嬢ちゃん。しかしまぁなんだ。変な事には極力関わらん方がいいんじゃないのか?」

    ランディール広原の少し手前のサービスステーション。
    ミコトは既知の情報屋と会っていた。

    目的は勿論情報の収集。彼とは1週間ほど前に連絡をとり,ランディール広原での魔鋼錬金協会の動きを追跡してもらっていた。
    ひょんな事から知合った彼は現在40ちょいのおじさんで,王国軍の密偵をしていたと言う。自称だが。
    腕は確かなので問題はないけど。

    「好奇心はネコをも殺す…ですか?」

    にこっと笑いながらミコトは返す。
    彼も苦笑した。

    「お嬢ちゃんの本性はネコじゃなかったな。…ま、止めても無駄な性格は猪突猛進な猪って所か」

    ははっと笑う彼。
    ミコトも特に怒るわけでもなく苦笑。

    「――口は災いの元,ですよね」
    「冗談だ。」

    ぼそっと呟いた彼女(ミコト)の目は笑っていなかったが。
    そんな二十歳前の気の強い女の子(・・・)に彼はもう一度苦笑する。

    「気ィ付けてな。今回は(・・・)お前さん一人じゃないみたいだしなぁ。――前みたいに巻き込むつもりはないんだろ?」
    「……。」
    「友達か。何にしても――嬢ちゃんは鋭すぎるからな。余計なことに首を突っ込みすぎる事が多いだろ?」
    「…そうね。でも」

    ニヤっと笑う。

    「あいつ等は,私から巻き込んだ方だし。これからもずっと手放すつもりはないわよ?」
    「――ほう。」

    それは予想外だ,とばかりに彼は驚いた。
    自分の事には極力絡ませない性格だったこの少女――いや,女が巻き込む事を自認すると言う事は――

    「仲間を集め始めたのか。」
    「――ご名答。あれ以来貴方にはお世話になりっぱなしだけど,これから(・・・・)もよろしくお願いしますね」
    「おいおい,俺ぁいいかげん身を引っ込めたいんだがなぁ」
    「ご謙遜を。――あんたほど狡賢くて便利な情報屋も中々居ないわ。あんたも(・・・・)幾らもしないうちに呼び出すから,覚悟しといてね」

    そう言って笑った。
    やっぱり彼は苦笑。

    「考えとくよ。それより今は目の前の事にまずは集中しとけ。俺には判らんかったが,連中(魔鋼錬金協会)の敷設した魔導陣,かなり複雑だったぞ。――正直何が起こるかはさっぱりだ。」
    「わかった。あの二人――」

    そう言ってちらりと視線を飛ばす先には,こちらを伺っている男女一組。
    ケインとウィリティアだ。

    ――並んでいると絵になっているのが気に食わない。

    少し眉を顰めつつもミコトは言う。

    「あの二人,あれでも学院の逸材だから連中(魔鋼錬金協会)が何をしているのか,についての解析は大丈夫だと思う。」
    「お前さんと同じか。」

    笑いながら言う彼に,ミコトは苦笑。
    私はそんなんじゃないよ,と告げた。

    「自分が思ってるよりお前さんは優秀だ。…まぁ精々がんばってくれ。何も無いってのが最良なんだろうが――」
    「この様子じゃ,何もなさそうってのはちょっと希望的観測――かしら」

    男は深く頷いた。
    ミコトの携帯端末に映し出された映像を見る限り,決して楽観は出来ない。

    「まさか,魔鋼(ミスリル)を運んでたトラックが1台じゃなかったなんて」
    「それ以外にもスパコンが数台,移動式の衛星通信設備,発電機まで持ちこんでる。何も無いって楽観できる状況じゃないな。」

    うん、と頷く。
    彼はそんなミコトを見て肩をすくめた。

    「まぁ,俺からもこの情報は王国軍に回しとく。警告も含めてな。」
    「うん、そっちは任せた。…じゃぁそろそろ行くね」
    「がんばれよ,お嬢ちゃん」

    軽くてを振ってケイン達の待つ(ミニバン)へと向かう――ミコトの背中に彼の声が掛かった。

    「――まぁ,男取り合う仲ってのもありかもなぁ。彼氏も大変だろうに」
    「な――!?」

    ガバっと後ろを振り返ったが,既に大型二輪にまたがった(おっさん)は手を振りつつミコト達とは反対方向に走り出していた。

    「そ,そんなんじゃないわよ――!」
    「まーたなー」



     ▽  △

     ▽


    合同演習訓練。

    これは一年を通して開かれる講座だ。
    学院の戦技科を中心に主催されているもので,学内にとどまらず学外にも広く開講されている講座でもある。
    学院の戦技科を中心として第一,ニ,三,研究過程生から希望者を募る。
    学外からは軍への就職を希望する者,各地方都市の軍準拠の養成学校,退役軍人の暇つぶし,ミリタリーオタクなどなど底辺は果てしない。
    今回集まった人数は,ミコトによると全895名。
    かなり多いと感じるが,毎回この位の参加者は居るとの事だ。

    ランディール広原についた俺達は,軍から派遣されてくる一部隊が管理するゲートを事前に受け取っていたIDでパスしてくぐりようやくキャンプ入りを果たした。


    俺達3人の車中の雰囲気は―――,アレだ。
    思い出したくない。

    穏やかな言葉の暴力の応酬*2時間,とだけ言っておこう。

    ――どうしてお前等二人はそんなに仲が悪いんだ…!?


     ▽  △


    1000人弱の人数がこの広原の一角に集まっていた。
    直ぐ北にはちょっとした森林が広がり,その向こうには巨大な亀裂がその姿を現している。
    国境も近いこの周辺は,他国の密偵が出入りしたりしているらしい。
    数年前にも何度かこの辺りでそれらしき戦闘があったとかなかったとか。軍の公式発表には勿論載っていない。

    ともかく。
    北側に森,南側には広大な平原。
    東側は中央キャンプ。今回軍が敷設した合同演習本部で,西側は少し行くと亀裂の本筋が地平の彼方まで広がっている。
    北側森奥の亀裂は,本筋から枝分かれした部分だ。…それでも底が見えないが。


     ▽


    登録した班ごとに別れて学院出資の補給物資を受け取り,それぞれ1日半のサバイバルへの準備を整える。
    それがこれからの予定で,今すべき事だ。

    俺とミコトは学院で行っていたとおりチームとして登録するつもりだった。
    が,ここで"も"一つ問題が発生した。


     ▽


    「ウィリティアはどうするんだ?」
    「わたくしはまだ班は決めてませんの」

    ちょっと困ったように笑う彼女。
    これから班を決めると言うには――いささか心苦しいものがあるのだろう。
    話によれば,ウィリティアもミコトと同様に過去数回参加しているみたいだが,結構班編成には苦労していたみたいだ。
    学院でもそうなのだから,現地で班を組もうとなるとやはり大変だろう。
    なら――

    俺はフム,と唸り

    「ミコト」
    「…む、なによ」

    知らん顔しようとしても無駄だぞ。俺の目からは逃れられんのだ。
    …と言うか,知り合いなんだろおまえら。仲も良さそうだし。

    「ウィリティアも入れないか?」
    「ん〜〜…」

    途端眉をしかめる。
    こいつにしては珍しい反応だ。
    …ウィリティアも似たような表情だ,何でだろ?

    「…問題でもあるのか?」
    「問題は無いんだけど…」
    「問題はありませんのですが…」

    ちらちらと御互いを伺いながら俺の問いに二人は同時に答える。
    やっぱり仲良いんじゃないか?

    「なんかあるって感じだよな…」

    俺の呟きに,何故か二人は探るようにこちらを見つめ――同時に溜息。

    「そんなに大した事じゃないわ」
    「そんなに大した事じゃありませんのよ」

    同じタイミングが気に入らないのか,むぅーーと睨み合う。
    やめぃ。

    「んじゃ俺達は3人で登録,と。」

    本部に置いてあった登録用紙に書き込み,これで完了だ。
    不備が無いかを一通りざっと確かめ,OK。大丈夫だ。
    書類は受理され,俺達は正式なチームとして登録された。

    二人を振り向く。

    「まぁ,なんだ。これからよろしく頼む」

    改めて言うのはなんだか照れくさいが,恐らくこのなかで一番足を引張りそうだから一応精神防衛の為に一言言っておこう。
    俺の言葉に二人は笑顔で――

    「こっちこそ宜しくね,ウィリティアが足を引張らなければ良いけど――」
    「こちらこそそ宜しくお願いします。ミコトが自爆しなければ良いのですが――」


    ギッ!


    笑顔反転すさまじいにらみ合い。
    だからやめぃ。

    恐らく――これは限りない確信だが。
    倒れるとしたら心労が原因だと思うぞ,俺は。

    別のチームに入れば良かったかな…などと,言ったら殺されそうな考えが頭を掠めた。


     ▽  △


    今回の訓練の趣旨は"慣れる事"。これに限る。
    と言うのは,この講座は1年を通して続けられるもので、後半に移るほど訓練内容は厳しくなっていくらしい。
    前半――とりわけ初期は,これからの訓練について来れるかどうかを篩い分ける為の意味もあるという。

    今回のこの講座は,今年始まって3回目。
    一回目,二回目は基本的な道具の取り扱い方と多数対多数のゲーム形式の戦闘訓練,それと山岳地帯への登山とキャンプと言うものだったらしい。
    聞く分には楽そうにも思えるが――実態は全く違うとの事。軍から派遣されてきた教官が教官だからだろうか。
    説明するミコトは少々困った顔で笑っていた。その時参加していたらしいウィリティアもだ。


     ▽


    今回はサバイバル(生き残り)訓練。
    何がどう生き残ればいいのかと言うと,話は簡単だ。

    これから各自班毎の準備を整えた後,一度解散。そのまま自分達が思う方向へと散って身を潜める。
    ランディール広原全域に各チーム毎に"潜伏"し,遭遇した敵チームを潰す。
    ルールはこれだけだ。

    完全な遭遇戦。

    勿論積極的に戦わなくても良い。
    各地を転々としつつ明日正午まで逃げ回るのも一つの手段だ。しかし――
    その場合は教官の部隊,正規部隊から数人が"襲撃"に掛かるとの事。
    どちらにしても戦わなければならなくなる。

    遭遇戦,待ち伏せ,逃げ回って勝ちを取る。
    どれを選んでも構わない。どれも戦うというリスクを負うには変わりが無い。


    さて,俺達はと言えば――


     ▽
     
     
    「私達は,選択肢その3ね。」

    逃げまわる,とミコトは宣言した。
    それには理由がある。先日俺とミコトが話し合っていた"あの"件がらみだ。

    「何故です? 逃げ回らずに戦いを挑む,と言うのも一つの手ではありません?」

    第4の選択肢か。それは思いつかなかったなぁ…平和主義者の俺としては。
    決して避けてたわけじゃないぞ。

    「確かにこっちからの襲撃はありだとは思うんだけど…今回はパス。ちょっと気にかかる事があって,そっちを調べる方を優先したいから」

    だから気に入らなければ抜けてくださっても構わないんですよ,ウィリティアさん? とか言いやがった。
    ウィリティアは当然眉を顰める。

    「何をするかも言わずにチームを抜けるなんて出来ませんわ。―― 一体何を企んでいらっしゃるの?」

    それはそうだ。
    俺はミコトを見るとアイツも肩をすくめて見せた。

    「…ランディール広原(ここ)には今日…と言うか,ここ1週間くらい前から別のグループも入りこんでて,好き勝手に史跡周辺でなにかしてるのよ。それがどうしても気になるの。」
    「そんな連中放っておけば良いじゃないありませんか。」

    呆れたように言うウィリティア。俺もミコトもそう思ってはいるんだが,無視できない要素ってやつもある。

    「…その連中な,魔鋼錬金協会(フリーメーソン)らしいんだよ」

    俺の言葉にウィリティアは驚いた表情を作る。

    魔鋼錬金協会。
    一般には魔鋼(ミスリル)の製造を担う王国の公的機関だが,その前身は秘密結社(フリーメーソン)
    1000年前の旧ファルナ崩壊と王国動乱の原因を作ったとされる元凶で,凶科学者(マッド・サイエンティスト)達の集団だった。
    現代では何ら活動をしていない,ほとんど無害な連中なのだが――

    「彼等,今回の史跡調査に限って変な機材・資材を持ちこんでて,大規模魔導陣を作ってるみたいなのよ」
    「大規模魔導陣って…一体何をするつもりなんでしょう?」

    激しく困惑しているウィリティア。さもあらん。俺もミコトも混乱している。
    奴等なにを思ったのか,邪龍と英雄ランディールの決戦場となったクレーター跡地にスパコンと何かの通信設備,それに大量の駆動式を刻印したミスリルを持ちこんで装置を作っていやがった。
    ミコトが自分の代行で監視を頼んでいた情報屋から受け取った最終報告の映像――先程受け取ったものだ――にはその作業光景が映されていた。

    「意図がわからないし,本当だったら近づかないのが得策なんだろうけど。」

    ミコトは溜息一つ。

    「もう知っちゃったし,私の性格上――放っておく事って無理みたいなのよね」

    納得するまで私は動くよ,と苦笑。

    「俺もコイツに付き合うさ。一月前から色々と聞いてるし――まぁ誘われた手前こいつが居ないとここに来た意味が無いしな」

    実は気になる事実も多いのだが,直接関係するとは限らないし思えない。
    …それにもし,そっちの監視の法が楽ならばそれに越した事は無い。
    変な敵チームに狙われて喧嘩するよか遥かに安全だ。…教官の部隊から狙われることはあるかもしれないが。

    「…魔鋼錬金協会,と仰いましたよね?」
    「ええ。」

    何かを確かめるように言うウィリティア。
    ミコトが肯定すると,ウィリティアは うん、と一つ頷き,答える。

    「ならわたくしも同席させていただきますわ。」
    「良いのか? あんまり意味無いと思うけどな」

    俺の言葉に苦笑。それはそうでしょうけど,と前置きする。

    「魔鋼錬金協会は魔鋼(ミスリル)を誰よりもよく知る知能集団(シンクタンク)ですもの。わたくしも彼等が組み立てていると言う装置が気になりますわ」

    ふむ。さすが魔法科の天才だ。いつでも好奇心に富んでいる。
    俺はそれで納得したが,何故かミコトとウィリティアは――微笑みあっている?

    「あらあら。別に無理する事はないんですよ?ウィリティアさん。これは元々私とケイの(・・・・・)問題ですし,部外者(・・・)を付き合わせるわけにはいきませんよ」
    ケイとは半年以上の付き合いですから,と邪笑(わら)う。

    「いえいえ、お気になさらないで下さいな。わたくしが居た方が色々と助かるのではなくて? 装置の効果や特徴,何をしようとしているのか等は私とケイン(・・・・・)が一緒に考えた方が早いですわよ?」
    なんたって同じ研究班ですし,と邪微笑(ほほえ)む。

    ニコニコニコニコ。

    静かな――しかし確かな物理的な圧力を持った笑顔の恫喝。
    どちらも等しく――怖い。

    つか。


    「俺をダシにするのは止めてくれ…」


    限りない本音で俺はそうそう呟くのが精一杯だった。


     ▽  △


    「うわー,先輩コワ〜」

    学院の主催する演習訓練――そのベースキャンプを見下ろせる小高い丘の上に,ジャケットとレザーパンツ,安全靴で身を包んだ少女が双眼鏡を使ってキャンプの一角を楽しそうに見ていた。

    彼女はミスティカ・レン――夜の(リディル)の覇者の片割れ。
    EX(異端者)狂速の淑女(マッド・スピード・レディ)だ。
    カレンは,自分の住むマーシェル探偵事務所の所長――エステラルド・マーシェルからの任務で彼女(ミコト)をマークしている。
    最初はミコトの助けになることが出来ずにぶーぶー言っていたが,次第にこの状況を楽しんで――いや、受け入れていた。

    (リディル)からここ(英雄の丘)までの道中,それはそれは興味深い光景を目にする事が出来た。
    車中にはミコトと名も知らない男女一人ずつの計3人。
    まぁ大体予想はつくが,男を取り合ってミコト(先輩)と金髪の美人さんが争っていると言うのだから見物だ。
    音声までは聞こえなかったのが残念でならない。
    しかし,その戦闘は今もどうやら継続中らしい。激しく聞きたい。何を言い争っているのか聞きたくてたまらない――!

    「あーもう! こんな楽しそうな機会(イベント)なんて滅多にないのにっ! ジンのバカ,早く来て交代してよ―!」

    地団太踏んで悔しがるカレンの意志は本物だ。
    如何に夜の街を統べるEXの覇者(マッド・スピード・レディ)といえど――彼女はまだまだ17歳。年相応の少女に過ぎなかった。

    カレンの罵る同僚にして相棒のジン(凶速の渡り鳥)は,今現在王国最西部の軍事都市メティナに向かって移動中。
    ここからだと数百km遥か彼方の座標を彼の能力(EX)で吹っ飛んでいる。彼女の願いを聞き届けるものは――居ないと言う事だった。



     ▽  △


    さて。
    突然ではあるが,場面を少し変える事にする。

    都市リディル――1000年前に起こった王国動乱を乗り越えリディル砦を核として再建されたこの都市は王命により最優先で再建された。
    王の友,ランディールの願いでもあったという逸話も残っている。

    それはさて置き――都市の建設に当たって王命が発せられたとは言えど,王が直接再建の指揮を取ったわけではない。
    賢王は,動乱を機に王国全土にわたる抜本的な体制の見なおしを検討しており,そちらの方が重要な件だった。
    が,かと言ってリディルを放り出せるわけでもなく――その頃一番信の厚かった伯爵へと一任する事になる。

    アリュースト伯爵。
    賢王の友ランディールと同じく王国の英雄として名高い武人。
    剣を取れば一騎当千,それを振るえば必勝確実と言われるほどの豪傑だ。
    また王国への忠誠も確かで,普段は温厚な人柄。知に溢れると言う点でも彼は完璧だった。
    故に,彼は国王から授かったそのリディル再建を見事に成し遂げ,リディル伯と名乗ることを許される。

    以来1000年。
    体制は時代の必要とする形態へと臨機応変に変わりながら,今に至る。

    現在都市リディルは民主制を取っている。
    都市は市長が治め,都市議会が運営を担っている。

    だが,リディル伯と言う影響力はそれとは別に未だ色濃く残っていた。
    王国自体がまだ王制を採っていることもあるが,貴族の影響力は保有財源と言う面で発言権を大きく持つ。
    資本主義体系に移行している王国にしてもそれは変わらず,そしてリディルではそれが顕著に表れてもいる。

    現在の都市リディルは市長が治めている。それは確かだ。
    が,実際の形態はリディル伯が居て,その下に市長,都市議会があるというのが現状だったりもする。
    また,リディル伯は都市リディルの防衛機構――警察機構や軍の統括者でもある。
    それは,この街で絶対普遍の事実だった。

    もう一つある。
    現在のリディル伯は,ジェディオール・アリュースト伯爵と言う60過ぎの老紳士(爺さま)なのだが,彼は現在王国南東部の温泉地に高飛び――もとい調査及び実地検分している。
    その間の代行を務めるのは,彼の孫娘。

    彼女は8年ほど前の最年少学院次席にして,そして現在こそ引退をしているものの元宮廷師団戦師(ウォーマスター)
    "絶対殲滅"の異名を持つ,ディルレイラ・アリューストという女性だった。


     △

     
    リディルの北部には貴族の館が多く建つ高級住宅街がある。
    ウィリティアの住む館もこの辺りに建っている。
    そこから更に北へ数分ほど上ったところにある一軒の大邸宅。
    それがディルレイラの住む執務用仮設住宅だ。本宅は王都にある。1000年前から。

    彼女は現在24歳,栗色のショートカットに服装を黒系に纏めた美人。
    先日マーシェル探偵事務所にいた麗人こそ彼女だった。


     △


    ディルレイラは不機嫌だった。
    不機嫌の原因は一つ。
    いつもの事ながら,事務所の連中(主にエストのバカ)からよってたかって仲間はずれにされているのが気に食わないからだ。

    ――私だって,やれる事あるのに。

    ぶすーっとお茶を飲む図は,まぁそれはそれで可愛らしいものがなくはない。
    傍についている侍女が微笑ましく見ている。

    いつもいつもいつもいつも―――エストは私を仲間はずれにして自分達だけ楽しんでさ。学院の頃からいっつもだったわよね。まったく――

    思考は止めど無く。
    ぐちぐちぐちぐちと頭の中だけでエステラルド(想い人)を罵る。
    無論顔には若干しか出さない。滲み出るのは,まぁしょうがないだろう。

    「お嬢さま」
    「なに?」

    思考を中断,傍に控えていたメイドのサラが呼んでいる。

    「駐留軍より連絡員がいらっしゃいました。」
    「通しなさい」

    一礼して下がるサラ。
    その間にディルレイラは姿勢をただし,服装を整える。
    今ここに居ないジェディオール(爺さま)の代わりとして王都から呼び戻されてはや5年。
    宮廷師団を止めてまで戻ってきたと言うのに,ついた職は閑職。まぁ待遇は結構どうでも良い。
    当時は色々な事情が重なって,それでなくても戻るつもりではあったのだ。彼女にとって最重要な事は――エストと共に在る事なのだから。
    まさかリディル伯代行(厄介事)を請け負わされるとは思わなかったが。


    凛とした雰囲気――を無理やり纏う。

    上司たる者,部下に対しては一切の動揺を見せるべからず。

    彼女の持つ言葉の一つであり,今まで破った事のない決まり事の一つだ。
    責任ある者の努め。力ある者の義務。
    これはディルレイラにとって当たり前のことだ。

    「リディル駐留軍から派遣されたレイド・アーディルスであります!」
    「入室を許可する…入りなさい。」

     △

    「大規模魔導陣…」
    「は。今朝10時49分に王国所有の惑星監視衛星(古代遺産)で確認した所,ランディール広原にて確かにそのような布陣が成されておりました」

    先日のアレがらみだろう,とディルレイラは見当をつけた。
    それに関してはエストもカレンもジンも動いている。が――

    ニヤリ

    「し、司令官殿?」

    その雰囲気の変容を感じ取ったのか,レイドと名乗った兵士は若干冷や汗をかく。
    が,しかしそのおかしな雰囲気は瞬間で消えた。もとの冷静で落ち着いた気配が辺りを覆い尽くす。

    「…状況はわかりました。駐留軍にはコードG-HWPFIを発令。出撃体制で現状維持を。」
    「は。了解しました!」
    「私は直接現地に向かいます。…それ以降は追って指示する」
    「Yes,Mam!」

    有無を言わさぬ言で閉める。
    レイド青年は命令を伝えるべく急ぎ足で退出した。

    「やれやれ…」

    ディルレイラはふぅと溜息をつく。
    いつもながら軍の堅苦しい雰囲気は苦手だ。なんで通信でやり取りできないんだろう、と愚痴る。

    これはしょうがない。
    通信技術は便利なものには違いないのだが,送信する相手が貴族ともなると階級と身分制が枷となる。
    王国において階級制は別にあってもなくても構わなくなってきているのが現状なのだが,2400年も続いていると言う慣習からいまだに貴族に対する扱いは代わらない。

    身分差による対面は,実のところ上下関係が如実に現れている。
    通信で言うならば,貴族から平民にはモニター越しでも構わないが,平民から貴族へとなると,モニターや通話口越しではすまない。
    無論,これは公的な面会における場合だ,いつもいつもそうと言うわけではないのだが――

    「不便過ぎるシステムだわ」

    ディルレイラにしてみれば,これは改革に値すべき事なのかもしれない。
    情報が価値を主張するこの時代,何時までも旧式の儀礼に従うのもばかばかしい。後で国王に進言すべき事項にしておくと心に留める。

    それはともかく――

    「何かと,こう言う事には首を突っ込む口実に事欠かない職ではあるのよね…これも。」

    そう言ってにんまりと笑った。
    彼女(ディルレイラ)にとってリディル伯代行兼周辺防衛機構司令官代行は,その程度の価値しかなかった。


    そして彼女も一路ランディール広原へと足を向ける。



    >>>NEXT
引用返信/返信
■100 / ResNo.19)  "紅い魔鋼"――◇十話◆中
□投稿者/ サム -(2004/12/20(Mon) 16:59:28)
     ◇ 第十話 『嵐の前の静けさ』中編◆



    完璧だと思われた襲撃は,相棒が仕掛けられた罠にかかってしまったときには既に崩されていた。


     ▽


    今回の演習訓練のために編成された(ファング)小隊,その2番チーム。
    構成メンバーは自分――クレイと相棒のロディの二人。
    任務は,サバイバル訓練の"追い込み"。
    逃げ回る訓練生たちを戦いに引きずり込むのが任務だ。巧みに逃げ回る彼らを捜索し,襲撃をかけるのが託された使命。

    数チーム撃破し終え,二人は次のターゲットを発見した。
    夜に差し掛かる時間。月は出ているが三日月と光源には乏しい。
    しかし襲撃をかけるには持って来いの状況だ。

    二人は実行することにした。

     ▽

    二手に分かれての襲撃。
    一方は囮,その隙にもう一方が敵チームを背後から襲うと言う常套手段。
    初撃で慌てた訓練生を制圧することは容易いだろうと楽観している。今までがそうだったのだからしょうがない。

    ロディとわかれ,クレイは既に目標(ターゲット)を視界に収めて高速且つ迅速,ほぼ無音で接近している所だった。


    途端,向こうで一瞬の光爆。
    次いで響き渡るロディの悲鳴。


    何が起こった…!?

    瞬間の混乱と同時にクレイは前方を移動する二つの影(・・・・)に向い攻撃を仕掛ける。
    本来ならば,襲撃が失敗した時点で行動を停止し状況をみることのほうが重要なのだろうが,クレイは聊か冷静さに欠けていた。

    二人くらいならば――!

    ソレがいけなかった。


    残り数mまで接近,影の二人はこちらには気づいていない。
    ここまで接近すれば,スピード差でこちらの攻撃のほうが魔法駆動よりも速く敵に届く。

    もらった――,!?


    衝撃・反転。
    視界が180度回転し,さらにもう反転――つまりは一回点した。

    攻撃に繰り出した抜き手――それを捕まれ,手首を支点に投げられたのだとわかった時には,地面に投げ出された。


    衝撃。
    詰まる息。
    地面に投げ出され,そのまま数m転がる事で衝撃を逃がす。


    おかしい、こちらに反応できる筈がないのに――!?

    体を起こし,早急に呼吸を整える。

    が。


    闇に佇む二つの影。

    三日月の晩。
    その光源が乏しいせいか,逆光になっているせいか――二つの影の顔は見えない。
    が,それが女性だと言うことはシルエットから伺えた。
    その二つの影は,軍人である自分達の襲撃を察知し迎撃して見せた…そして今。
    ゆっくり、ゆっくりとこちらへ向かって歩いてくる。
    二つの気配が,ニコリと嘲笑し(わらっ)た。
    確かに感じた。

    そして――
    自分がここで終わりだということを直感的に悟る。


    ロディは無事だろうか――それがクレイの最後の意識になった。



     ▽  △



    『索敵どうなってる!?』
    『わからん,何処から攻撃して来るんだ…うあっ!』
    『どうした,α2,α3応答しろ!』
    『敵,敵が後ろに!もうだめだ…!』
    『こちらα5,囲まれてる! 援軍は,援軍まだか!?』


    通信を傍受して聴く限りでは周囲は混乱しまくっているらしい。
    辺りは日が落ち、夜の闇が覆いつつある。
    北側森近辺に近いこの周辺,辺りは合同演習訓練のサバイバル(生き残り)戦が繰り広げられ,阿鼻叫喚の地獄と化していた。
    時折飛び交う火の玉や雷撃,緑光は魔法の残光だ。
    戦闘も起こっているらしい。
    戦闘の勝利条件は相手のIDを奪うこと。

    つまりは争奪戦だった。


     △


    「…東区仮座標AGFE2547ポイントで負傷者発生。救護班は急行せよ」
    『救護班T424了解(ラジャー)。これより急行する』

    運営本部は結構な賑わいを見せていた。
    通信装置から響く救援コールは結構多い。模擬訓練とは言っても戦闘には代わりないのだ。
    加えて夜が迫る現在の時間帯は景観の変化がかなり大きい。一番怪我人の増える時間帯域だ。
    今も救護班が現場へと向かった。ここ30分で4回目,結構な回数になる。

    全参加者900名弱。
    その全員が班を組んだと仮定するならば,最低でも前衛,後衛,支援の3人。数名で1チーム辺りの人数は平均で4〜5名。
    仮に5名で1チームを構成しているとするならば,900÷5=180。180近くのチームが戦闘をしている事になる。

    IDを奪われたチームは一度本部に帰投し若干の休憩と手当ての後,仮IDをつけて再出撃になる。
    つまるところ終わりはない(・・・・・・)


    また,教官の連れてきた部隊からも数チーム潜入している。
    彼等は新兵で,この時期に行われる訓練としては良い下地にもなる。
    無論本部で応答している後方支援要員たちも皆軍に入隊したばかりの新兵達だ。
    ここで実戦同様の応答をする事で経験を補い,次の訓練への足がかりにして行く。
    もしくは,負傷などで戦線を遠ざかっていた連中が勘を取り戻すのには良い機会になっていた。



    『本部,こちら(ファング)2…応答願う』
    「こちら本部,どうした?」

    通信士の青年は訝しく思いながらも答える。(ファング)は潜入中の軍側のチームだ。
    1チーム2名で構成されており,今回の訓練では"戦いを避けて逃げ回っているチーム"を検討して"追いこみ"を掛けているはずだ。

    (ファング)2、行動不能。至急救援を頼む』
    「…なに、事故か?」
    『いや。トラップに引っかかった。…こんな性悪なトラップなんて気づくかよ』

    何やら無線越しに吐き捨てる牙2のメンバー。
    彼らは新兵とは言ってもそれなりに訓練を積んでいるはずだ。その彼らがトラップに引っかかったということは――

    「熟練組みか?」
    『…いや。俺たちと大して変わらん位だった。恐らく――あれは学院の奴らだ』

    納得した。
    学院の生徒――恐らく戦技科の学生たちの部隊だろう。
    彼らは王国全土でもトップクラスのエリート集団、こちらの新兵の追跡を感知し迎撃するすべを考案していたとしても不思議ではない。

    「人数と構成、および装備などで報告すべき点は。」

    聞かねばならないのは、次につなげるための情報だ。これはいかなる場合でも適用される。
    軍事教練でならう初歩中の初歩。情報をより多く持っている者が戦闘を支配する。

    『人数は3,影から推測するに男女比は1:2。装備は不明。報告すべき点は――』

    口篭もる。
    何か言い辛いことがあるのだろうか――。そう言えばトラップに引っかかったと言っていたが,チーム二人が同時にかかるわけもない。
    なら,後一人は…?

    「おい,そう言えばもう一人はどうした?」
    『……。トラップで行動不能になったのは俺だけだ。クレイは――』

    クレイとは相方の名前なのだろう。
    …いやな予感がする。

    『――迎撃されて吊るされた(・・・・・・・・・)。奴らはヤバイ…救援を頼む。通信終了(オーヴァー)

    それを最後に牙2からの通信は切れた。
    いつのまにか静まり返っていた本部が――


    その雰囲気が。


    熱く,燃え始めた。



     ▽  △
     
     ▼ ▽


    日が落ちる前に食事をとった私達三人は,目的地――ランディ―ル広原の一角にある英雄と邪竜の決戦場――史跡を目指す事にした。

    史跡。
    クレーターを中心として,そのほぼ円周上に点在する5つの鉄柱。表面は短時間のうちに高温に曝されたのか,内側を向いている方向だけが溶解し滑らかになっている。
    鉄柱は5つ――しかし,本来は6本で完成系を見るはずだというのが通説だ。
    5本の鉄柱は,最後の一本が在れば正六角刑を形作るように配置されているからだ。
    失われた最後の一本の場所には,代わりに巨大な亀裂がその姿を見せている。鉄柱の用途は不明。大規模魔導陣の可能性もなくはないが,それを形成する主要物質である魔鋼(ミスリル)の存在したという痕跡は残っていない。
    つまり鉄柱の用途は不明。1000年前にこの場で散った英雄ランディ―ルのみが知る事実。
    クレーターを中心として配置された5本の鉄柱,そして巨大な亀裂。

    これらをすべて含めて"史跡"と呼ばれている。


     △


    現在史跡周辺に展開している組織がある。

    彼らは魔鋼錬金協会。

    その前身は古くから存在する秘密結社(フリーメーソン)であり、現在は王国経済の主要生産品魔鋼(ミスリル)管理する公的機関だ。
    魔鋼に精通しており,その生成法,物質特性,及ぼす効果,影響に関する洞察は深い。
    それと刻印技術においては右に出るものはいない。
    彼ら…魔鋼を扱うファルナの魔法使いたちは,皆等しく優秀な錬金術士(アルケミスト)達なのだ。

    その中でも学院と並ぶほどの知能集団(シンクタンク)が,彼ら魔鋼錬金協会の現在の実態だ。
    1000年前の組織と何が違うかというと――意識が違った。
    現在の彼ら(魔鋼錬金協会)は,倫理を無視するようなことは一切していない。
    以降1000年。
    彼らは王国に益することはしても,決して損をなすような結果を出したことはない。

    その最たる例が,50年前の第一次世界恐慌の際に提供した魔鋼生産技術。
    これによって王国の国際的な地位は一気に向上し,世界の主要国として世界政治に参加する王国として名を広める結果になった。
    それゆえの魔鋼錬金協会の公的機関化。

    少なくとも,疑うべきところはないように思える。
    この1000年,彼らはひたすらに研究し,国益になる研究を多数発表してきた。
    しかし――

    今回は,何かしら違う気がしてならなかった。
    歴史にのこる数々の魔鋼錬金協会の研究成果…それとは違った雰囲気を"ここ"では感じる。
    はっきりとした実感には至らずとも,不穏な空気を感じてならない。
    それを、"私の直感"が感じ取っている。


    何かが起こる。と。


     ▼ ▽
     

    「敵部隊接近中…,左右からフォーメーションC-3。装備はA-3DTR(最新ARMS)だ…しかしあれは欠陥品だったな。」
    『詳細は?』

    俺はA-3DTR…最近市場に出回り始めた銃型ARMS(魔法駆動媒体)のスペックと欠陥点を思い出す。
    あれは――

    「性能的には問題ないんだが,いささか攻撃が直線的になりすぎてる。後,防御概念が紙だから突破は易いはずだ」
    『了解』
    『承知しましたわ』

    俺――ケイン・アーノルドはここ一ヶ月で自作強化した複合魔法駆動機関(コンポジット・ドライブエンジン)の装備,多目的総合情報バイザーの暗視ゴーグルを通して周囲の状況を確認していた。
    前衛と後衛のミコトとウィリティアは前線だ。遭遇した敵の排除を行ってる。

    今遭遇した敵は,どうやらミリタリーオタク…リディルにある数多くの軍事戦闘同好会(コンバットマニア)のひとつだ。
    装備ばっかり最新のものが揃えられていて,まぁ見る分には俺は飽きないのだが。

    「身体強化を確認。タイミングを合わせて仕掛けてくるぞ」

    銃型ARMSの特性を考えると,自然とヤツラのとる行動が読めてくるのは修理工の俺としては当然の事だ。
    あれは攻撃特化の魔法駆動媒体(ARMS)
    確かに威力としては申し分ない一品では在るが,所詮1アクションしか保たない。防御魔法を展開するには概念が足りない。
    ゆえに―――

    「ご、ごほぅ!」
    「ぎゃああ!おたすけーー」
    「こ、ころさないでしにたくないしにたくない・・」


    こうなるわけだ。


     ▼


    周囲を包囲したつもりのオタク共が攻撃を開始した。
    ケイの言ったとおり,ヤツラの攻撃はマニュアル一辺倒の面白みのない物で,3対2という状況を有利に使えていない。
    一人は囮,残りの二人で一人を確実につぶす戦法でかかってきた。
    無難といえば無難だけど,これが通用するのは実力的に差がない場合のみ。

    「オタクと戦技科をいっしょにするな!」

    叫び,分断しようと接近してきた一人――私の方が強そうに見えたのかな…――を迎撃。
    やつは手前3mから発砲・同時に攻撃魔法駆動。炎性弾の投射。

    二回首を左右に捻って避けた。
    認識強化してるのだ,銃弾では当たらない。遅い魔法駆動でも当たるはずがない。

    「へ?」

    間抜けな声が聞こえる。
    しかし私はかまわず――腰の短剣を逆手に持ち,接敵・短剣の柄で鳩尾にきつい一撃を見舞う。

    それで敵は倒れた。


     ▼


    敵は二人。
    どちらも高速で迫ってきた。
    装備は充実しているらしく,恐らく暗視ゴーグルのみを格納した魔法駆動機関(ドライブエンジン)を装備していると予測する。

    ウィリティアはゆったりと体術の型を構え,とりあえず待つ。
    攻撃が直線的過ぎる。"銃"という攻撃属性がそうであるとは言っても,こちらも最低限の認識強化の補助魔法はかけている。
    銃弾など当たるわけがない。
    ちらっとみたミコトの戦闘のように首を捻れば交わせる程度でしかない。

    ――なんで銃なんて使い勝手の悪い武器を使うんでしょう?

    それだったら杖型の方がよっぽど趣と実用性が在りますのに――と場違いなことを考えつつ。

    敵が二人,夜の上空へと飛翔するのを確認。
    上空からの急襲は襲撃の基本。だが,この場合は襲撃とは言えない。
    むしろこちらの迎撃の機会だ。

    それをただただ見届けて――

    譲り受けた指輪型ドライブエンジンに魔力が伝わり,一瞬だけ手首部分の装甲外殻――篭手の外観を構成する魔力格子のみを仮想駆動(エミュレート)


    「駆動:簡易式:中範囲:風撃」


    魔法稼動。


    それで終わった。


    高速で魔法が駆動する。
    ウィリティアを中心とする半径10mで暴風が吹き荒れた。
    飛び上がった二人は攻撃に意識を集中していたせいか,吹き荒れる風に体を攫われ派手に地面に叩きつけられた。

    うめく二人組みに殊更ゆっくりと近づくウィリティア。
    その表情には微笑を浮かべつつ――

    「もう,おわりですの?」


     ▼


    「やれやれ…」

    俺は一息ついた。
    先ほど軍の追い込み部隊の二人を撃退してからやけに攻撃の度合いが増している気がする。
    奪い取った軍人のIDを見て,もう一度ため息。

    とりあえず今回の戦闘も無難に乗り切った。
    下ではミコトとウィリティアが掃討にかかっている。
    ミリタリーオタクの後方支援(バックアップ)も容易に方がついたようだ。
    意気揚揚とこちらへ向かってくる。

    「お疲れさん」

    ねぎらいの言葉を掛けるくらいは俺だってする。
    まぁ何もしてないしな。

    「どうって事ないわよ」
    「手応えがありませんわね」

    しれっと答える二人。
    しかしやはり,その手際はいい。
    意外だと思ったのはウィリティアの戦闘力の高さだ。これほどとは。

    「ウィリティアがここまで強いなんてなぁ」

    俺の言葉に,彼女は あら,と微笑む。

    「わたくし,まだ全然本気を出してはいませんわよ?」
    「…なんですと?」

    耳を疑う。
    あれで本気ではないと。

    先程の風系範囲魔法はかなりの高速駆動だ。俺の全力に匹敵する制御だとおもった。
    それを苦もなくこなしたウィリティアには,確かに余裕は見て取れたが――

    「本気のウィリティアは,私と同じ位強いわよ?」
    「…なぬ。」

    ミコトの何気ない一言に俺はフリーズ。
    ウィリティアは変わらぬ笑みを絶やさない。コメントもしないと言うことは,それが事実だということか。

    「果たして,ここに俺がいる意味ってあるのかね?」
    「あるわよ」
    「当然ですわ」

    思わず自分の不甲斐なさに呟いた一言に,ミコトとウィリティアは即座に返してきた。
    が,どうにも信じられん。

    「ケイがいなかったら,さっきの軍の二人の接近に気づかなかったし,結構危なかったわ。」
    「それに,ケインの設置したトラップが功を奏して楽に彼らを排除することができたのですし」

    そうなのだろうか。
    うーむ。

    「悩むことなんてないよ。…その,私が選んだんだし,ケイは必要なの」
    「悩むことなんてありませんわ,ケインはすばらしい成果を上げてます。…わたくしが見込んだだけの事はありますわ」

    もじもじと。
    だが,お互いの言葉に反応して即座に睨み合いを開始する。

    いや,いい加減それはいいから。
    それに,そんなに俺を買かぶらなくてもいいんだが。

    「とりあえず」

    俺の一言に,二人の意識がそれた。

    「これからどうする?」
    「そうね。なんか襲撃が頻繁になってきてる気がするし…」
    「そうですね。」

    実はミリオタの襲撃は,前回の遭遇戦からまだそれほど経っていない。
    気づかれないようにと極力光学系の魔法は使っていないのだが,先ほどの炎性弾の魔法でこちらで動きがあった事はばれているだろう。
    この後襲撃,もしくは遭遇戦になる確率は結構高い。
    となると,これに対処する最適の策は――


    「罠かな」
    「罠だね」
    「罠ですわね」


    そう言うことだった。



     ▽  △



    数分後。
    三人の学院生との交戦があった区域に"後続部隊"が到着する。
    すでに"敵三名"はその場を去った後であり,向かう先を特定するために付近の探索が始まった。

    周辺はちょっとした丘の下。
    上空には三日月が出ているが,光源としては乏しい。
    本来ならば暗視装置をつけ姿を晒すことなく痕跡を捜索をしたいのだが,今回は訓練だ。

    "お前等を捜しているぞ?"

    と言う威圧を篭める意味で,光源をつかった探索が行われることになっていた。
    が,それは失敗だった。

    しかも結構致命的な。


     △


    ――光爆。

    丘を二つほど戻った地点で"仕掛けた罠"が作動した。

    「おー」

    光学系の設置駆動式。
    地面に書いた駆動式に魔力反応流体金属(エーテル)を垂らし,駆動式として効果を持たせる。
    発動のための魔力は魔力誘導結線(マナライン)を少々細工し,"周囲の状況変化"にあわせて魔力を供給すると言う駆動式を編んでおいた。

    "周囲の状況"の初期設定値は"暗闇"と"熱量"。
    明るくなったり,人数が増えて設定した領域の熱量が一定を超えたりすると設置した"複数の"駆動式が連鎖反応。
    先程の光爆につながるわけだ。


    と言っても,さすがに殺傷能力を持つものではない。
    精々目くらまし程度の効果しかもたらすことはないのだが…

    「しかし,あの連鎖光爆だと」
    「うん、確実に前後不覚になるね」

    その程度ですめばいいが,と言うのが正直なところだ。
    多少汗をたらしながら半眼でその光の影を見る俺とミコト。
    コメントは的確だが,どこか棒読みなのはしょうがない。

    強いストロボ光を目の前で瞬時に複数回たかれてみればわかる。
    光と闇の点滅は,情報の7割を取り入れる機関――視覚にダイレクトに伝わる。
    連鎖する光と闇の切り替えは眩暈・吐き気・失神をもたらす要素となりうる。
    それを狙っていたとは言っても――


    「ちょっと…やりすぎたでしょうか?」


    何故か光爆を見つつ微笑むウィリティア。
    効果の発案者は然程気にしていないみたいだ。


     △


    「うわわ,やるねー」

    三人の進む丘からちょっと離れた地点。
    ミスティカ・レン(マッド・スピード・レディは)はその光景を見ていた。
    すさまじい光が瞬間で8回瞬いた。付近に居たとしたらダメージは大きそうだ。

    「先輩もとことん容赦なくなってきたっぽい…昔の反動かな」

    ちょっと冷や汗を垂らす。
    おもしろ半分でからかうと痛い目にあいそうな感じ。気をつけよう。

    カレンのEX特性は加速力。
    その性能は夜間という状況と相俟ってこの周辺一帯を彼女の領域に仕立て上げている。
    どこに居ても気づかれずに高速で移動可能な彼女の力は,隠密行動に特化していた。

    それ故に,朝から気づかれずにずーーっと3人をマークしつづけている。
    無論ご飯などの携帯食も完備していて抜かりはない。

    「これはこれで寂しいけど…」

    レーションを齧りながら呟く。
    暗視ゴーグルの先に居る三人の影は、遠回りながらも着実に"史跡"に近づいている。


    「さてさて。何が待っていますやら…」


    カレンも行動を再開した。



     △


     ▽  ▼



    「実験開始。」

    史跡に設置されている魔鋼錬金協会の仮設本部で命令がくだされた。
    指揮を取るのは長身痩躯の老人。その瞳は鋭い眼光を放っている。

    彼は探求者ルアニク・ドートン。
    現魔鋼錬金協会長であり,公的機関として立ち上がった初期のメンバーの最後の一人。
    そして――また,彼は最後の錬金術師(フリーメーソン)でもある。


    「実験開始します」
    「電力供給開始」
    「古代都市との情報接続(リンク)開始」
    「衛星通信網,開きます。」

    オペレータの確認と同時に作業開始。
    発電機の回る低い駆動音が周辺を覆う。
    同時に,仮設移動式本部に設置されているスーパーコンピュータに光が灯った。

    次々に灯るモニター。

    セットアップされるOSと,起動する各プログラム。
    これらはすべて過去の古代都市から復元された科学技術の一端だ。

    外部に設置されているアンテナから,虚空へ向けてコマンドが発信される。
    衛星で受信したコマンドはそのまま反転し地表へ向けて再送信。
    ファルナ郊外の魔鋼錬金協会管理の各種施設の中に極秘に設置されている衛星アンテナで受信し,実線を持って地下に埋もれる都市のメインコンピュータに送られる。
    コマンドを受け取った古代都市のメインコンピュータは,そのコマンドにしたがってデータを検索・再送信。
    逆の経路をたどってこのランディ―ル広原の仮設本部のスーパーコンピュータで処理するまでにかかった時間は,ほんのナノセカンド(10の9乗分の1秒)

    「データ受信完了。モニターに表示開始」

    応答と同時にモニターに映し出されたのは,遺産がもたらす科学技術――現在のこの周辺のエネルギー変位を示す数値を画像化したものだ。

    「第二段階,開始」
    「第二段階開始します。」

    クレーターの内円部にソーラーパネルのように設置された魔鋼(ミスリル)
    それら一つ一つに導通している魔力線(マナライン)を介し,中央制御装置に設置された"杖"から魔力が供給され始める(・・・・・・・・・・)
    膨大な魔力は一瞬ですべての魔鋼を活性化。刻印された駆動式を稼動させ始めた。

    「第二段階成功。」
    「よろしい」

    ルアニクはその光景を見ながら,しかし瞳の眼光を緩めない。
    衛星からの状況観測値を報告させる。

    「エネルギー場に変動は」
    「現在,初期値にて安定しています」

    魔力のみの反応では周辺のエネルギーへの直接への干渉はない。
    それはわかっている。
    駆動式を稼動させ,事象への干渉――現象として発生させなければ意味がないことは。

    「第三段階,開始」
    「…第三段階,開始します」


    オペレーターの手元が忙しくなり始めた。
    さまざまな各種コマンドを打ち込み始める。それは衛星へのコマンドではなく――

    「魔鋼活性化開始。」
    「駆動式展開開始。」
    「状況シミュレート開始。」
    「魔導陣と衛星との通信回線の接続(リンク)開始。」

    周辺の状況に変化を起こす(・・・)ための各種操作。
    それは――


    「情報統合開始,魔導陣中央制御装置と衛星へのリンクを試行。」


    惑星監視衛星の蓄えてきた過去1000年のエネルギー変動の状況を,展開した駆動式を通し現象としてシミュレートする魔導陣だった。




    ―――・試行開始 ・・・・・成功(ヒット)




    「試行成功。…限定領域情報再現機構(シミュレート・ドライバ),作動開始します。」




    その言葉に,ルアニク(錬金術師)は深く頷いた。



    >>>NEXT
引用返信/返信
■102 / ResNo.20)  "紅い魔鋼"――◇十話◆後
□投稿者/ サム -(2004/12/23(Thu) 14:08:28)
     ◇ 第十話 『嵐の前の静けさ』後編◆
     
     
    ――光。

    駆動式を構成する光が,そこに起こった。
    それは空中で絡み合い,複雑に接続し―――ひとつの光の文字で構成された球となる。


    儀式。

    大規模魔導陣――。


     ▽


    過去数度行われた魔導陣の研究と実践は,そのいずれも失敗に終わっている。

    理由は単純。
    それを制御しきるモノがなかったと言うだけの話だ。
    数千の魔導機関――数多の基礎駆動式の構成状態をすべてに管理しきる程の知能(処理能力)を持つモノは,そのときは居なかった。
    が。

    ――古代遺産。
    これの応用は盲点と言えただろう。
    そして,実際に応用に漕ぎ着けるとするならば――それだけの知能知識知恵をもつ団体は数少ない。

    ひとつは王国工房。
    れっきとした王国直属の研究機関で,ドライブエンジンのブラックボックス,閉鎖式循環回廊を完成させたところだ。

    ひとつは王国工房と提携する,各ドライブエンジンメーカー。
    最近では工房に匹敵するかと言われるほどの先端技術を独自に開発,応用・実用化しつつあるとも言われている。

    そしてもうひとつ。
    王国に属する公的機関,魔鋼錬金協会。
    魔鋼(ミスリル)の量産体制を整えた唯一の機関であり,その技術の一切は不明とされていた。
    彼らは知者であり,それゆえの錬金術師(アルケミスト)
    構成メンバーの一人一人が膨大な知識を有し,総称してこう呼ばれている。

    ――頭脳集団(シンクタンク),と。

    今の魔鋼錬金協会を治める人物は,それを公的機関として立ち上げたときから参加していたメンバー,"探求者"ルアニク・ドートン。


    その彼が,動き始めた瞬間だった。


     ▽

    光の文字で描かれた球形魔導陣が突如進行先の上空に出現した。

    それを見た瞬間,三人はそれぞれの魔法駆動機関(ドライブエンジン)を稼動させていた。
    もうなりふりなんか構っていられない。
    三人は頷き言葉を交わす事無く同じ動作に入る。

    「駆動:開放:増設脚部ユニット」
    「駆動:仮駆動:"隠者(ハルミート)":脚部ユニット"疾風"」
    「準駆動:"精霊(スピーティア)"」

    三者三様のドライブエンジン。
    それぞれの状態に合わせ,ドライブエンジンを開放した。

    ケインはデバイスに格納した追加ユニットを多重起動。
    ミコトは"おばあちゃん"から譲り受けた腕輪のドライブエンジンを部分駆動。
    ウィリティアも母から譲り受けた指輪のドライブエンジンを制限駆動。

    三人とも高速機動ユニットを展開した。
    転じて疾駆開始。
    今までとは打って変わって魔法駆動による重力変化・一定方向への連続加速制御による巡航機動(クルーズマニューバ)に移る。
    脚部ユニットの下部――足の裏面に展開した仮想力場で三人の体は銃弾のようにすっ飛んでいく。


    「ケイ、ウィリティア! あれ読み取れる!?」


    展開した大規模魔導陣を睨みながらミコトが叫んだ。
    みるみるうちに巨大化するアレは,各所に投射された式がそれぞれ独立に展開を開始し始める。
    いったい何で制御していると言うのか。

    「式が込み入りすぎてわかんねぇ!」
    「もう少し近づかなくては…!」

    距離が遠すぎて如何せん魔導陣の構成の大部分の魔導機構(駆動式群)が読めない。
    イコール,陣の効果がわからない。
    直感は,"アレは危険だ"と叫んでいるのだが,何がどう危険なのかがわからないと逃げようにもどこまで逃げれば良いのわからない。
    ならばやはり,直接近付いて確かめるしか道は残されていないと言うことか。

    く、と歯噛みする。
    状況は始まってしまったらしい。どうにもこうにもいやな予感がしてならない。
    それは勘ではなく,たしかな確信に変わりつつある。
    近づかない方がきっと得策なんだろう。でも――

    「ごめん、わがままだろうけど…あれを止めないとヤバイことになる気がする!」
    「具体性がありませんが,膨大な魔力の流れと式の展開の速度を見るからに…人が制御しているわけではないようですね」
    「持ち込んだスパコンを使ってるんだとしても,いったい何をしようってんだか」

    何も言わずに私のわがままに付き合ってくれるケインとウィリティアに感謝する。
    正直うれしい――が,素直に言うには照れくさい。

    「埋め合わせは後でするね」

    だからそう言ってごまかして見せる。

    「あら。楽しみにしていますわ」
    「精々期待しないで待ってることにするよ…」

    三人で同時に苦笑。
    ひとまずそれは置いて置く事にしよう。
    今は――

    「急ごう」

    私の言葉に二人が頷く。

    「ええ。」
    「おう。」


    一路,魔導陣へ。


     ▽


    「ちょっと,なにあれ…」

    カレンも現状は把握していた。
    しかし,状況はわかっていない。

    わかっている事は,史跡上空に現れた魔導陣が信じられないくらいの(・・・・・・・・・・)魔力を発生させ,それを元に形作っている"式"を駆動させようとしている事,くらいだ。
    状況はわからない。
    これからどうなるかも想像できない。
    駆動式ははっきりと見えるのに,彼女にはそれを理解するだけのキャパシティがないからだ。

    彼女――ミスティカ・レンはExclusive。
    EXは生体魔力変換炉と単一駆動式しか持たず,それのみを使うことができる。
    それゆえの無制限魔力量と,限定効果魔法駆動と言う両極端な能力を持つ。

    突出した一つの才能。
    しかし,逆に言えばそれ以外のすべての魔法が使用不可能。

    彼らEXは汎用駆動式の稼動すらできない。
    自分のもつ単一駆動式以外は理解不能だからだ。これは才能でも何でもない。生まれつきそうだ,と言うだけだった。

    それ故に,カレンには空中に浮かぶ巨大な魔導陣の示す効果が何なのかはわからない。
    しかし――

    「あーもう! 先輩達行っちゃった…私も行かなきゃだめ!?」

    叫びつつも行動態勢に入る。
    無自覚で力場展開・加速準備。

    それは無意識の"魔法行使"に他ならない。

    精密精工な駆動式が一瞬だけ彼女を包み,瞬間。
    彼女の姿はその場から消え去っていた。


     ▽


    「高速接近するドライブエンジンを感知,数は3」
    「モニター廻せ」
    「北東部より接近中…S95監視区域に入る。」
    「確認。映像解析開始・照合開始」

    一連の報告が数秒で上がる。
    発令以降モニタリングしていたルアニクは,その報告をその場で聞いていた。

    接近する三名のDエンジン使いは,恐らく北部で演習訓練をしている軍がこちらの状況の変化を感知し偵察に向かわせた兵だろう。
    偵察,情報の収集,撤退の三拍子ですぐさま帰投するはずだ。

    ルアニクはそう予測した。
    が。

    「照合完了,北部地域で行われている演習訓練に参加していると思われる学院関係者です。」

    ――なに。

    「映像,出ます。」

    巨大なメインモニターの一角に縮小表示される三人の男女。
    三人はそれぞれが別々のドライブエンジンを展開し,広野を高速で移動していた。

    「――ほう」

    内二人の女性が身に纏っているドライブエンジン――その装甲外殻(アーマード・シェル)に興味を惹かれる。

    一人はドライブエンジン内に格納してある装甲外殻(アーマードシェル)の脚部のみを顕現,装着稼動している。
    もう一人は,装甲外殻の格子部分のみを魔力線(マナライン)で構築し,全身に仮想展開している。

    どちらもまだまだドライブエンジンを使いこなせていない証拠だ。
    魔力不足と言う理由もあるのだろうが――

    「まだ,未熟だな」

    85歳とは思えない張りのある声で呟く。

    ――しかし,当初の想定よりも早く反応する者が現れるとは…

    まるでこの事態を予測していたような迅速な行動。
    "強力な"魔法駆動機関(ドライブエンジン)の準備。
    自分の予測を超える行動を見せた彼らこそが,予測しうる最大の不確定要素のだろうか,と思考する。

    もし,そうであるならば。


    「私が向かおう」
    「先生?」

    ルアニクの言葉に,オペレーターを含む全員が振り返る。
    魔鋼錬金協会の長である彼――ルアニクは,ここに居る全員にとっての教師でもあった。

    「なに,無理はせん…いち早く事に気づいた者にはそれなりの講義を開くのが私のポリシーでね」
    「そう言えば,そうでしたね」

    この場に居るルアニクに次ぐ責任者,ディヌティスが苦笑する。
    彼はルアニクの側近にして次期魔鋼錬金協会長とも噂される人物。
    錬金術士にありがちなアンバランスな性格ではなく,知識知恵,精神のバランスのとれた人格者だ。
    人脈も広く,また同僚達からの信頼も厚い。

    「ディヌティス,状況に予定外の変化が見られるようだったら君の判断で――」

    ルアニクは中央制御装置の核として膨大な魔力を放出している,魔鋼錬金協会に伝わるうす紅い杖を一瞥した。

    「アレを持って退避したまえ。どのみち,私が予定している状況が発動してしまえばそうなることではあるが。」
    「わかっています。先生は気兼ねなく,ご自分の研究を完成させてください…それが,私達の願いでもあります。」
    「すまんな…。こんな老人の我侭に付き合わせてしまって」

    いえ、と言うと,そろって彼らは苦笑する。

    「このような二大技術の粋の実地検分に立ち会えるのは,むしろ光栄の極みです。――後は,お任せを。」
    「頼む。」



    そして,ルアニクはその場を後にした。



     ▽  △


    疾駆する三機のドライブエンジン。
    わずか数分で魔導陣の広がる上空の真下――史跡へと接近しつつある。
    ミコトの限定駆動状態(ハーフ・ドライブ)された疾風(ハヤテ),ウィリティアの仮想全展開駆動(エミュレート・ドライブ)された精霊(スピーティア),そしてケインの複合魔法駆動機関(コンポジットドライブエンジン)に追加された高機動ユニットは,それぞれ同一の高速機動魔法を稼動させながら最後の丘へと差し掛かった。


     △


    「ウィリティア,人工精霊の電子解析は使えない!?」

    ミコトの叫びにウィリティアは首を横に振った。
    ケインが隣から叫びながら答える。

    「魔導陣の構成駆動式全部が電子解析不能に細工(暗号処理)されててデジタル(科学技術)じゃ見れない,しかもこの距離だと俺達の主観にも望遠暗示効果が掛かってて式の認識が阻害されてる,もっと接近して肉眼(アナログ)で確かめないとハッキリわからん…!」
    「ち,やっぱそうか…」

    ミコトは先ほどからの自己解析不能の原因を理解した。
    どうにも人口精霊ロンからの回答が"解析不能"と提示されるわけだ。
    つまり,あれは最低限の機密保持処理と言うこと。
    しかし――

    「この丘をジャンプ台にして一気に接近するよ!」

    ここで一気に距離を詰める。
    陣の解析と対処はウィリティアとケインに任せたほうが良いだろう,その方面に関しては素人の自分がでしゃばるよりも遥かにましだ。
    そして,それ以外の雑事は私が請け負わねばならない。

    「これだけ大規模な陣を展開するくらいだから,妨害はあるって考えてて!すでにもう気づかれてると見ても良いかもしれない,もし迎撃されたら私が引きうけるわ!」

    これが最善だ。
    意図を察したのか,二人は反論なく頷く。

    「わかりましたわ!」
    「…わかった,情報を収集した後できるなら陣の停止,無理なら撤退か?」
    「そ! 多分そんなに時間はないから,ベースキャンプに戻って早めに再出撃になるけどね…!」

    そう言いつつも丘の上りに差し掛かった。
    助走距離は十分。
    三機のスピードは一気に上昇し,丘を踏み切った…,…!?


    三日月の浮かぶ虚空に飛び出した三機のドライブエンジン。
    そして―――正反対側から同じく猛スピードで迫りくる一つの影。

    認識できたのは――



    「二人とも,先行よろしく!」



    ミコトだった。


     ▽  △


    ほぼ同等のスピード。
    正反対のベクトルで交差した二つの影は,その接触の瞬間に発生した膨大なエネルギーを余剰魔力に変換して虚空に散らせた。


    接触の瞬間,ミコトは意識下で発動させた己の型――円舞(システマティック・オートカウンター)での迎撃が,相手――徒手空拳だった老人の拳をいなした。
    しかし――
    直感に従って(・・・・・・)展開部位を肩から両腕にかけての胸部装甲外殻展開(ブレスト・アーマーモード)に切り替え,更に魔力を集中していなければそれも危うかった,と衝撃に痺れる腕が証明していた。

    「つぅっ!」

    口の端に上る苦痛を無理やり押し込め,一瞬前に踏み切った丘の頂上部分へと降り立つ。
    無論,衝撃はすべて無効化(キャンセル)済みだ。
    それは相手も変わらない。

    痩躯の老人が一人。
    三日月と,その下で展開されている魔導陣を背にこちらを見つめていた。

    「…あなたはどなた?」
    「君こそ何者だね?」


     ▽  △


    最後の丘をジャンプ台に,俺は虚空へと飛翔する。

    ――駆動:重力中和:飛翔

    駆動式の稼動(ドライブ)と同時に地面を踏み切る。
    タイミングは,今回の演習のために改造した俺の両手の複合魔法駆動機関 (コンポジット・ドライブエンジン)を制御する補助電子AIが実行している。問題なし。


    虚空――夜の闇が覆った三日月が綺麗な空間。その眼下に広がる光景――巨大な魔導陣。
    今まで見てきたどの実験のスケールをも圧倒するその巨大さ。まさに異様だ。

    上空から見てわかった事がある。
    球形の魔導陣の直径は,その真下にある史跡――クレーターとその外周にある5本の鉄柱を含むほどの大きさ,つまり直径300mほどはあると言うことだ。
    近付くことで望遠意識妨害が弱まり,陣の概要が大まかにつかめてきた。これは――

    と、ミコトが突然突出。次いで言葉が俺達に届く。

    「二人とも,先行よろしく!」

    ハッして前方を認識・確認。
    次の瞬間には激突による魔力の放出現象が起こり,一瞬だけ空中を緑光が満たした。


    ――迎撃。
    なら,先ほどの予定通り俺達は陣の稼動を阻止するために先行しなければならない。


    墜落した二つの影は,しかし何事もなかったかのように今踏み切ったばかりの丘の上に着地・相対していた。
    ミコトが請け負ったのは,敵の迎撃の足止め。


    俺達は俺達の出来ることをしなければならない。しかし――

    アイツ一人に戦いを押し付ける苦しさ(・・・・・・・・・・・・・・・・・)
    軋む心。

    「…くっ」

    意識を無理やりに切り替えた。

    まずはやれる事をやる。
    そしてやらねばならない事をやる。
    それが迎撃を請け負ったミコトへの援護にもなるはずだ…!

    視線を隣――ウィリティアへ。
    彼女も似たような表情をしている。考えることは同じか,でも今は――

    「先を急ぎましょう」
    「わかってる…!」


     ▽  △


    「情報統合完了。接続状況(リンク)安定。システム順調に作動中」
    「連動実験に移行する。各設定値(ステータス)の確認後,予定されたデータと魔導陣の接続状態を報告。」
    「了解,設定値確認」
    「格納データ確認」
    「接続状態良好」
    「衛星監視システム順調に作動中」

    ディヌティスの命令に,周りのオペレータの復唱が続く。
    いよいよ連動実験。これからが,いよいよ本番だ。
    本来ならば,先生がこの場で指揮を取るはずなのだが――と渋面を作るが,それは先生(あの方)自身の選んだ選択であって,それが間違っているはずがない。
    今までがそうなのだったのだから,託されたこの場の指揮に間違いはない。

    ディヌティス――だけではなく,魔鋼錬金協会の協会員は,皆,会長であるルアニク老を信頼し尊敬している。
    類稀なる知識,知性,穏やかな性格,そしていつでも何かを求める飽くなき探求心。
    90に近い年齢だと言うのに,それを感じさせないほどの健康体。
    教えを請えば厭う事無く知識を分け与え,些細な疑問にも何らかの提示を残す。
    しかし決して答えは教えない。
    曰く

    『答えとは…いつもここにある』

    そう言いつつ穏やかに自らの胸を片手で押さえるのが師・ルアニク・ドートンの癖だ。
    その仕草の真意はいまだにわからないが――いつかわかるときが来るのだろうか,とディヌティスは思っていた。
    決して答えを提示しない師は,いつも何らかの切っ掛け(ヒント)を残してきた。
    その仕草,その言葉の意味。
    それを考えるのが――今後の私達の最大の課題なのかもしれないな…そうも思い苦笑する。

    「全設定値(ステータス)確認作業終了。」
    「…よろしい。それでは連動実験に移る…データリンク,開始。」
    「データリンク開始します。設定値入力開始」



    実験工程最終段階,開始。



     ▽  △


    自分は近接攻撃メインの格闘タイプ。
    戦闘において戦闘方式(スタイル)を認識することは重要な要素だ。
    それは自らの長所と短所を把握することにつながるのだから。それは局地的な戦闘においては勝敗を左右する重要な要素に成り得る。

    私は半年前――自分の魔法の稚拙さを"実戦"によって痛感した。
    別に使えないと言うわけじゃない。
    しかし,彼女――EXの魔法行使はそれほどの高みにあった。

    それだけではない。
    戦闘における瞬時の判断、決断、実行力。
    伴う魔法の選択,威力。
    どれを取っても自分を遥かに凌駕する実力。
    戦闘訓練で見せていた武器の扱いを初期設定に魔法と言う変動値(パラメータ)を与えることによって数倍にも数十倍にも飛躍する戦闘能力。
    しかし,天性のものだと思っていた圧倒的な力の正体とは,実は全てがその"基礎力"に集約されていた事に気づいたのはここ数ヶ月だ。


    『魔法とは付加要素に過ぎない。しかし、局面を打破するには重要な要素でもある。』


    言葉の意味はわかっていても,実感を伴わねば意味がない。
    自分は実は何もわかっていない。それが現状での最大の理解。精一杯の認識。

     △

    そしてそれを再確認させる状況が――今このときに他ならない。

    目の前の老人。
    彼は先ほど私達三人を迎撃し,しかし私が留まることで二人を逃すことは出来た。


    ミコトは冷静に状況を把握する。


    ――実力の差は圧倒的。
    まともに戦っても負ける、奇策は通じない。手は今の所ない――これからもない。


    圧倒的な実力差の前には,魔法と言う変動値も意味をなさない。
    現実は数学や計算では成り立たないが――しかし、覆り得ない現実があるということもまた事実。


    場の停滞とは,圧倒的な実力差のある者の余裕により成り立つ。


    一つの真理だ。
    拮抗した力を持つ相手以外で膠着する状況を考えるならば,圧倒的な実力差における敵の驕りが擬似的な膠着状態を作ることはある。が――
    目の前の老人には,恐らくそのような驕りも油断もない。
    しかし勝負を決め,先行した二人を追わないということは――

    「…わたしに何か御用でも?」
    「状況の認識と判断力にも富んでいる…優秀な生徒だな」

    静かに微笑む老人。

    そして――
    その背後の魔導陣が淡く光り,輝き始めた。


     ▽   △
     

    「稼動し始めた…!」

    光を発しながら直径300mの巨大な球形魔導陣の駆動式群が構成する軌道を回転し始めた。
    それ以外の部分でも,周りの式に合わせて式の形態を変えつつ効果を発揮するための態勢を整えつつある。

    広がる眼下の光景――魔導陣が,突如意味を発した。
    それはすなわち――

    「遠隔主観妨害が切れましたね。"スティン",解析開始(アナライズ・スタート)
    『Yes』

    応答したのはウィリティアの魔法駆動機関(ドライブエンジン)の人工精霊スティン。
    すぐさま仮想駆動(エミュレート・ドライブ )中の仮想外殻装甲頭部に組み込まれている解析装置を起動・解析開始。
    結果はすぐにでもわかるはずだ。

    「ざっと見た感じ…あれはシミュレータか?」
    「ですわね…それでも規模が大きすぎる気はしますけど」

    高速で接近しているはずなのに,依然として距離感がつかめないほどの異様さを誇る巨大な魔導陣。
    認識妨害の効果範囲外に入り込んだ事で式の意味を読み取った二人は,同一の結論を出した。

    解析完了(コンプリート)
    「共有領域に公開表示」
    『Yes』

    視界を覆う半透明のバイザーに表示される解析結果は,チームをつなぐネットワークを介し全員で共有される。
    全員が同じ情報を共有すると言う事は,戦場において有利な状況を作り出すことが出来る。
    電子制御を導入されている魔法駆動機関(ドライブエンジン)だからこそ出来る特徴でもある。

    と,解析結果を見たケインが疑問の声を上げた。

    「これ,ちゃんと稼動するのか?」
    「,…これは」

    ウィリティアも"その部分"に気づいた。
    巨大だけれど緻密で精巧な,一つの芸術とも言えるこの魔導陣。
    しかし,解析した結果からとんでもない欠陥を見つけた。というか一目瞭然だ。

    「空白の式がある…?」
    「いや。…どうやら何かの設定式が代入される感じだ。」

    効果発生時刻の設定式のつもりだろうか? と頭をよぎったが,それはすぐ消した。
    世界そのものに干渉する"魔法"は刹那のものだ。
    式を維持する魔力によって多少の継続は可能になるが,それは"時間"とはまた別の要素に過ぎない。
    そもそも,"時間"がヒトの生み出した概念に過ぎない以上それを"世界"に適用する事は筋違いだ。
    しかし,これはどうみても――

    「…考えても埒があかない,とりあえず制御装置を捜そう」
    「…そうですね」

    釈然としない思いを抱きながら,二人は異様を誇る魔導陣へと最後の加速に入った。


     ▽   △


    「まずは何が疑問聞く事からからはじめよう。聞きたい事はあるかね?」

    老人は,まるで講義をするかのような口調でそう切り出した。
    見た目60代くらいのその男は,まるでこちらを試しているような雰囲気も感じられる。
    ミコトは数瞬考え,即座に疑問を提示した。

    「あなたは誰ですか。」
    「ルアニク・ドートン。アスターディン王国の公的機関,魔鋼錬金協会の会長職にある。」
    「あなたは何をしているのですか」
    「研究の実地検証,と言ったところか。」
    「内容は」
    「真実の究明。」
    「具体的な方法は」
    「アレを見てわからんかね?」

    ルアニクの背後――その夜空に輝く巨大な魔導陣。
    ここからでは光り輝く帯が何本も重なり複雑な模様を編み上げている事しかわからないが,その一筋一筋が自分の纏う魔法駆動機関(ドライブエンジン)と同等の駆動式を有している事くらいはなんとなくわかる。
    それだけの制御を必要とする,実験と称するその行為。一体何をしようとしているのかはわからない。
    が――

    「今すぐ止めてください,アレは危険です」
    「…ほう。なぜ危険だと感じるのかね?」
    「それは――」

    彼――ルアニクの瞳はひたむきに真摯である事を見て,息を呑む。
    正直に告げるべきか――?

    「…勘,かね?」
    「…!」

    唐突に告げられたミコトの真実。
    初めて会うルアニクという魔鋼錬金協会(フリーメーソン)の会長の言葉でミコトは何も言えなくなってしまう。
    それとは関係ないように,彼は話しつづけた。

    「そういった人間は,いつどの時代にも世代にも居るものだ。力のバランスを取るとでも言うのか。片方のバランスが崩れそうになったら,それと対を成すもう片方でバランスを取ろうとする均衡制御作用。ヒトの体系に必ずついてまわる関係だな」

    彼はミコトを見つめる。
    微笑みと共に。

    「君の言う危険…それは私も承知している。アレを行う事でこれから引き起こされる事態――それこそが私の求める目的の足がかりとなるものだ。」
    「…なら,なぜ――?」
    「私にとっての答えがそこにあるからだ。魔法の根源,世界との関わり。起源(レジーナ・オルド)のもたらした技術の真実が,ね。」

    わからない。
    ミコトには何を言っているのか理解する事は出来ない。

    「――まぁ,疑問に思わないのもしょうがないだろう。しかしこう考えてみた事は無いかね? なぜ私達の使う魔法は"魔法"と呼ばれているのか?とは」
    「なに,を…?」
    「これは技術だ,と言われている。人が使う事の出来る技術だと。しかし一般に呼ばれている名称は"魔法"だ。ここに小さな矛盾が生じているだろう?」

    技術とは人が作り上げてきた自分たちの力だ。
    しかし,ルアニクは"魔導技術はそうではないのではないか?"と言っている。
    そしてそれは――確かにその通りだ。

    「偏在する事実を見てみるといい。そこには常に根源的な違和感と矛盾点を数多く内包している。しかし誰もそれを疑問とも思わない…まぁどうでも良い事だからだろうが――私は性格上"どうでも良い事"とは思えなくてね」

    長年ずっと考えつづけてきた事なんだよ,と苦笑する。
    だからと言って,それをそのまま見過ごす事は出来ない。
    危険を危険と承知したまま放置するわけには行かない。

    「…つまり,貴方の長年求めてきた答えを今ここで出そうと,そう言う事でしょうか。」
    「そう在りたいと願ってはいる。生涯を掛けた私の研究の成果が出るか出無いか…正直五分五分ではあるがね。」
    「そうですか。――それが"貴方の夢"と,そう言うわけね」
    「…そうなるか。」

    対峙する二つの影。
    丘の頂上で向き合う二人は,戦闘の構えを解いてはいたが――
    再びミコトは構えた。

    「…何のつもりだね?」

    ルアニクは疑問を提示しながらも,瞳の穏やかさは変わらず。
    逆に"やはりそうなるか"と言った感想を抱いていた。

    「…貴方にとっては最終的な目的かもしれない。でも,私にとっちゃここは通過点なのよ(・・・・・・・・・・・・・・・ )! 私は私の目指すところを目指す。ここで立ち止まっている暇なんて無い!」
    「…やれやれ。随分と我侭なお嬢さんだ」

    おもいっきり苦笑し,ルアニクは笑った。
    ならば,と身を翻す。

    「ならば来るが良い,少女よ。すでに魔導陣は稼動している,君の言う危険が"具象"するまでそう間もない。システム的なリスクの分散は考慮済み,妨害の介入も想定して全工程のスケジュールを組んだ。一度発動してしまえば最終的な結果を出すまでシステムの停止はありえないが――それでも。」

    こちらを振り向いた。

    「それでも,私の行動を止めたいのならば止めはしない。だが,急ぐ事だ。君の友二人は既に危機に隣接した所にるのだから。」
    「…!」

    彼はミコトへ背を向けた。
    最後に一言,彼は穏やかな声で告げる。

    「我が探求の最終地点に現れた少女の進む道に,幸多からん事を。…ここで倒れるつもりはあるまい?」

    軽く跳躍すると同時に,彼の周囲に高密度な複合駆動式が展開。彼の各関節部分が光り,魔力が渦巻く。
    重力開放・加速・ベクトルを完全に制御した高速飛行。
    彼は魔導陣の元へと帰っていった。


    しばし呆然とその光景を見ていたミコトは我に返る。
    初めて見る,第一階級印(ランクA)保持者の魔法駆動。
    アレはまるで――

    「"行使"…?」

    人の身でたどり着ける一つの頂点。
    彼は魔法を極めながらも常にその力に疑問を抱いていたと言うのだろうか。
    その力を習得しつつも,根源的な疑問を常に抱いたまま生きると言う事。
    常に何かを求めつづけるその信念。

    彼は自分の認識の外の存在だ。
    しかし,彼は現実に存在する。

    新しい認識は古い壁を一つ取り払ったに等しい改変でもある。
    この出会いが,ミコトに何を齎すのか。

    「…散々言いたい事言ってとっとと帰っちゃうなんて,結構貴方も我侭じゃない。」

    苦笑,次いで瞳をギラリと光らせた。
    いつものミコトの挑戦的な笑顔で宣言する。

    「当然。やりたい事をやりたいようにやらせてもらう,貴方にとっての最終地点は私にとっての通過点に過ぎないわ。精々私の糧にさせてもらうわね…!」

    そして駆け出す。
    向かう先は当然――

    「絶対に魔導陣を,止めて見せる――!」


    ルアニクの後を追うように,彼女もまた飛び立った。


     ◆


    彼女(ミコト)の腰の後ろに装備された短剣の柄が,一度だけ青く明滅した。
    それに気づくものはこの場には誰も存在せず…また短剣それ以降は何も変化を示さない。
    何かを予期させるその一度だけの点滅(シグナル)は,しかしそれっきりだった。


    そして舞台は嵐の中へと移って行く。


    >>>NEXT
引用返信/返信
■130 / ResNo.21)  "紅い魔鋼"――◇十一話◆
□投稿者/ サム -(2005/01/18(Tue) 18:42:09)
    2005/01/18(Tue) 18:44:45 編集(投稿者)

     ◇ 第11話 『空隙』◆

    ―ランディール広原・合同演習訓練仮本営―

    学院主催の合同演習訓練は中止された。
    既に参加者達は全員がここからさらに数km後方に後退し,そこで待機している。

    リディル伯代行兼周辺防衛機構司令官代行ディルレイラ・アリューストは,その本営の作戦室を徴発し,リディルの軍駐屯地に駐在していた三人の魔法駆動機関(ドライブエンジン)使いと共に居た。
    既に事態は進行しつつあり,史跡から2km程離れたこの場所でも巨大魔導陣の展開状況を認識する事ができる。
    3人はこの状況に対処するために派遣された――と言うか,ディルレイラに呼び出されたドライブエンジン使い達だった。

    三人の持つドライブエンジンはヴァルキリータイプで通称VAと呼称されている。
    ヴァルキリーヘルム(戦乙女)は女性軍人に貸与されるドライブエンジンで,防性半自立機動と言う歩兵用の個人装備だ。
    扱うには最低でも第3階級の魔力誘導印(シンボル)が必要とされている。実力の在る軍人か,年齢制限のある国家試験を通らなければ資格取得は困難な壁だ。

    彼女達3人――それにディルレイラはその難関を乗り越えた者たち。
    それぞれが右手の甲に刻印(・・)された第3階級印を持っている。ディルレイラは元宮廷師団員だったこともあり,もう一段階上の第2階級印(ランクB)を有する数少ない国家公務員でもある。
    無論,宮廷師団を辞めた今でも(シンボル)は有効だ。
    有事の際には先頭に立って事に当たる義務を持つ事になるが。
    そして,現在がその状況でもある。

     
     ▽
     
     
    「状況は説明した通り。それぞれが配置についたら最大出力で結界を形成,指示があるまで状態を維持する事。」
    「「「了解」」」

    既にヴァルキリーヘルム(ドライブエンジン)の外装を纏っている三人は,声を揃えてディルレイラ(総司令)に応えた。
    標準装備のVA5シリーズは,王国でも最新バージョンのものだ。ちなみにVA9タイプは試験(テスト)タイプになる。
    主に防御を担当とするヴァルキリータイプでも特に防御に特化した性能を持つVA5シリーズの最大の特徴は,その全開駆動形態(オーバードライブ)にある。
    それは魔法駆動機関(ドライブエンジン)の全状態を式化・魔力展開(マナライズ)し,全出力を持って結界を形成する形態を指す。
    自分自身の外装を全てはずすことになるが,絶対に突破不可能な防壁を形成することが出きると言う一種の最終手段だ。
    もともと護衛部隊として行動するヴァルキリー部隊(彼女達)にとってはそれは手段のみならず,意識としても重要な意味を持っている。自分たちは護り手なのだと言う意味を。
    自らの役割を認識する手段でもある,と言う事だ。

    そんな彼女等3人の今回の任務は,現在展開中の大規模魔導陣を結界で包み込む事。
    一人では限界がある局所防御結界も,3人で領域を分担することで可能なことは実践済みだ。
    もっとも相性の良い3人を選び,今回の任務に抜擢した。
    無論選んだのはこの場の総責任者であるディルレイラだ。

    「事態は依然として全容が知れない。情報は少ないけど,協会(シンクタンク)の創る魔導陣である事はわかっている。彼らは天才ではあるけど同時に研究者でもある。そこが今回のもっとも難しい点だわ。」
    「それはどう言う事でしょうか?」

    呼称ヴァルキリーA512の保持者(ドライバー)リアがディルレイラに質問する。
    研究者である事の難点の意味が良くわからない。

    「彼らは天才で研究者。疑問には答えを求める事は当然の事…でも答えを求める手段は最も直接的なものを選択する傾向が強い…それが何を意味するかと言うと――」

    彼女は夜空に輝く魔導陣に視線を移し,戻す。

    「ああなると言うわけ。遠目からでは意識妨害がかけられていて陣の解析は出来ないけど,アレだけ大規模なものともなると周囲になにも影響が無いはずが無い…と言うより必ず何らかの作用を及ぼすはず。魔法とはそういうものでしょ?」

    なるほど,とリアは頷く。
    魔法は局所的な世界干渉(限定現象)だ,アレが魔法である以上何らかの状態で世界に干渉する事は自明だった。

    「対処に関しての貴方達の作戦内容は以上。質問は?」
    「先輩――いえ,総司令のこれからの行動内容はどのようになっているのでしょうか?」

    3人の中で最も冷静なミーディが問う。
    リアが先頭たってチームを引っ張るリーダーならばミーディはその参謀的な役割をこなす。
    最後の一人,ディルレイラを含めた自分以外の3人をニコニコと見守るランはムードメーカーだ。無論実力は折り紙付き。

    この場の3人は,実はディルレイラの2年ほど後輩に当たる。
    学院時代を共にすごした仲間でもあり,無論ディルレイラと同期のエステラルドとも面識を持ってもいる。
    この場の四人とエステラルド,その他数名は戦技科に学ぶ同じ部隊(チーム)だった事から,彼女(ディルレイラ)の行動にはいつも無茶や無謀の二文字がついてまわっていた事を良く認識しているのも道理。
    そして久しく呼び出されて見ればこの事態。
    ミーディが『先輩はまた何か無茶をしでかすんじゃないのか?』と不審に思わないはずが無い。

    「私は避難し遅れた3人の保護(・・・・・・・・・・・ )に向かうわ。」
    「お一人で,ですか?」

    やっぱり,といった表情でミーディが聞き返す。が,それにニコリと笑ってディルレイラは答えた。

    「一人じゃないわ,私には"サラ"がいるから――」

    そういって魔法駆動機関(ドライブエンジン)を稼動・展開。
    腕輪(ブレスレット)が淡く光り,収束する。
    一瞬後,隣に一人のメイドが佇んでいた。
    深々と一礼し,瞼を閉じた笑みのまま顔を上げる。

    「…完全自立機動歩兵ユニット・装甲外装制御人工精霊No.02"サラ"全開駆動展開完了(オーバードライブ)。おはようございます,お嬢様(マスター)。」
    「今は夜よ」
    「起きたときの挨拶はおはよう,と仰ったのはお嬢様ですが」
    「…まぁ良いわ。作戦内容は追って教えるから今はとりあえずいっしょにきて。」
    はい,お嬢様(イエス・マスター)

    出現したメイドに3人は驚いていたが,最も驚いていたのはやはり知恵袋のミーディだった。
    ナンバーの呼称が許される人工精霊は初期に自然発生した三体にのみ許される始祖認識番号(オールドナンバー)と聞いた事がある。
    つまりは――

    「始祖の人工精霊,ですか?」
    「そう言う事。思考共有している分,頼りになる相棒(パートナー)ってわけ。…もう昔みたいな無茶はしないわよ,ミーディは心配しないで自分の仕事をこなしなさい」
    「了解しました」

    ディルレイラは頷き,3人に質問が無いかもう一度確かめた。沈黙を肯定として受け止める。
    ならば,言っておく事は後一つ。

    「3人とも,このような地点防御の任務に当たる上で必要な事は自己の判断。もし限界を感じたりした場合は3人同時に離脱しなさい。貴方達が最後の盾である以上,判断は貴方達で下さなければならない。もし前線の部隊に配属されたらそれが一層要求される事になることを念頭に置く事。よろしくて?」
    「「「YES,Mam!」」」
    「よろしい。では,作戦発動。行動開始!」

    同時に3人は外へ掛けだし,一瞬でその場から高機動魔法を駆動した。
    駆け去る3人を見ながら,彼女は一息つく。

    「さて…3人のうち一人はミヤセ・ミコト。残り二人はチームメイトか…手早く合流するとしましょうか――サラ」
    「はい。」
    稼動率降下・通常駆動モード(ヒートダウン)・外装展開」
    Yes(はい)外装展開(ドライブスタート)

    音声言語から思念へと伝達媒体が変わる。
    サラの外観が魔力線(マナライン)に分解され,光の筋となったそれらがディルレイラに絡み付いた。
    一瞬後,漆黒の鎧を纏うディルレイラがそこに居た。
    サラ自身は元々の形態である外殻装甲に戻り,人工精霊としての本来の姿に戻る。即ち――保持者(ドライバー)の意識領域のみの存在へと。
    ディルレイラは通常駆動状態では頭部外装(フェイスシェル)は付けない。

    栗色の髪が風に揺れた。

    「じゃぁ,私達も行きましょうか」
    Yes,Master(はい,お嬢様)

    そして彼女の姿も風の中に消えた。


     ▽   ▽

    先行したケインとウィリティアは制御装置の一つにたどり着いた。
    直上の魔導陣はその回転を徐々に早めつつ,そして構成する駆動式の展開状況はさらに激しくなってきている。
    もはや人間の思考では処理が追いつかないほどの速度だ。スーパーコンピュータ(古代遺産)を使うと言う発想は実に実用的であるとほとほと感心してしまう。

    「だめだ,ここを止めても残りの制御装置で処理が分担されるようになってる…停止は無理だ」
    「みたいですね,しかし――」

    ここに到達するまで一切の妨害は無かった。
    途中幾つもの監視装置を見かけたことからこちらの事は当にばれていると言うのに――

    「妨害する必要が無い,と言う事でしょうか」
    「手は無いのか…?」

    ミコトの言う危機がすぐそこで稼動している。
    この場に居るのは自分たちだけ,しかし制御装置を前にしても何も出来ない,したとしてもどうにもならない。
    く,と歯噛みする。
    しかしやるだけやらなければ――!

    「ウィリティア,その制御装置から中枢に侵入して情報を集めれるだけ集めてくれ」
    「現状ではそれが最善のようですね…ケインは?」
    「俺はアレを遅らせれるだけ遅らせてみる」

    ウィリティアは目を見開いた。
    人知を超える魔導陣と真っ向からぶつかろうと言うのだろうか。

    「無茶ですわ!あなた何を言って――」
    「そりゃわかってるよ。大丈夫,危ないと思ったらすぐ止める――だから,」
    「危険なんて言う生易しい言葉じゃ言えないくらいのモノですわよ,あれは!ヒトが直接介入するには処理能力が足りなさ過ぎです!」
    「だからってほっとけってのか!?」

    ケインにはそんな事はわかっていた。
    だが何も出来ずにここで突っ立っているわけにも行かない。
    これでは事前に予期していた意味が全く無いじゃないか――!


    「冷静におなりなさいな,ケイン。」


    さっきまで怒鳴り合っていたはずウィリティアの静かな声に,ケインはハっと我に返る。
    唐突に冷める思考。

    「無茶をして壊れてしまってもダメです。ヒトには出来る事と出来ない事がある。それを認識していなければ自滅するだけですわよ」
    「そう…だな,悪い。熱くなりすぎてたか」
    「現状で出来る事は情報の収集です。そしてポイントEでミコトと合流して一度帰還。これが最初に決めた手順でしたでしょう?」
    「ああ,そうだった。」

    よくよく考えてみれば介入不可能な場合の行動内容も決めてあった。
    それを忘れるほど熱くなったってのか――自分はこんな切羽詰った状況には向いてないみたいだ。

    苦笑。
    ちょっとは心に余裕が出来た。

    「冷静さを取り戻したみたいですわね。」

    心なしかウィリティアの声も緊張が解けた感じがする。

    「悪い,熱くなりすぎてたみたいだ」
    「構いませんわ――こういった状況ではしょうがない事ですもの」

    そう言いつつ制御装置のシステムに介入(ハック)
    人工精霊の処理能力でもってデータを収集を開始する。

    ケインはもう一度上空の魔導陣を見上げた――,!?

    「な,アレは――!?」


     △   ▽


    「第3制御装置への侵入を確認。」
    「監視モニタで確認せよ。」
    「状況確認,先の学院生二名。…驚いたな,まさか学生にハックされるとはね」
    「第3制御装置隔離。リンク切断。最高学府だからな,優秀な人材なんだろう」
    「切断確認,状況に遅滞なし。動作基準を保っています。」

    口々にそう言いながらも対処を実行している。
    ディヌティスはその状況を見ながら,ようやく全ての準備が整った事を確認した。

    「さて諸君,いよいよ全ての準備は整った。」

    静まる管制室。
    モニタの中央に映されているのは魔導陣,その左下に1/4サイズで映されている,膨大な魔力を単体で発生させている錫杖型魔法駆動媒体(杖型ARMS)
    反対側にはファルナの本部地下に隠匿されている古代遺跡からのデータリンク状況。

    全て準備完了(オールグリーン)

    「ではこれから,過去の再現をはじめる。…これはドートン先生の生涯を掛けた成果の粋だ,心に刻み込んでおこう。」

    頷く気配。
    皆わかっている。これを発動させればもう2度と(ルアニク・ドートン)と会うことはないと言うことを。
    今まで彼らがルアニク・ドートンと共に歩んできた道を思い出し――それも今だけは見ない振りをしよう。

    限定領域情報再現機構(シミュレート・ドライバ)完全展開駆動…開始。」
    「各変動値(パラメータ)の入力開始。」
    「空列駆動式への代入開始。」
    「仮想時系列設定の初期化完了・再起動…成功(ヒット)。状況安定,現実空間とのリンク開始」

    魔導陣が更に輝き出した。
    周回軌道を回る魔法文字(マナグラフ)の速度が上がり,魔導陣を球形に形作っている全個所の魔導機構が激しく展開し始める。
    緑色の魔力の光を撒き散らしながら――それは徐々に輝きを増してゆく。
    球の表面を,まるで波紋のように駆動式が伝播し,適応する形に収まり,次々に波のように押し寄せる情報に適合するように状態を変化させる。

    全てが事前のシミュレート通り。
    収束する状況も恐らく寸分違わず予測通りのものになるだろう。
    最後の命令を下す。

    「…データ開放。仮想時系列への入力開始。」
    「仮想時系列への展開・状況設定・全シミュレート開始します…!」

    オペレータの操作で,その全てが始まった。


     ▽   △


    「……」

    史跡を見下ろせる小高い丘の上に佇む老人が,現状を見て静かに頷いた。

    上空に展開している魔導陣は,その緑色の輝きを限界近くまで高めている。
    史跡の周辺を囲むように並べられた2×3m程の長方形の魔鋼(ミスリル)板に刻まれた増幅用基礎魔法言語(マナグラフ)からの援護(バックアップ)を受けて,揺るぐ事無く確実な駆動を続ける巨大な魔法駆動陣(シミュレータ)
    その所々に見られる空列に,変動する数列(現代文字)が入力されはじめた。
    ルアニクはそれを見て確信する。

    "時は近い"と。

    ようやく訪れた解を得る瞬間。
    長年求め続けてきた,自分の根源たる問いへの正しい答えがもう少しで手に入れる事が出きる。
    その位置に居る事を確実に感じる。

    「…だが,現実はなかなかうまく行かないものでもあるのだな。この歳になって実感したくないとは思っていたのだが…まだ危険値(リスク)を排除しきれていなかったか」
    「それはご愁傷様でしたわね。…さて,魔鋼錬金協会長。この事態,どうご説明なさるつもりですか?」

    背後に佇む漆黒の装甲外殻を纏う女性。
    口調は優しくとも瞳に浮かべる色は厳しい。

    「私のことは調査済みか。…君は王国軍の者かね?」

    問いつつもルアニクは近接格闘術の構えを取る。
    対する彼女も構えを取りつつ返答する。

    「私はディルレイラ・アリュースト。リディル伯代行兼周辺防衛機構司令官代行ですわ」


     ▽   △
     
    「二人とも,位置に付いた?」

    ヴァルキリーヘルムを装着し,ポイントについたリアは残る二人のミーディとランに問う。
    3人は人工精霊を介した意識共有(ネットワーク)で繋がっていた。

    『準備完了,いつでもどうぞ』
    『私もおーけーで〜す!』

    二人の返答に よし! とリアは気合を入れなおす。
    何せヴァルキリーヘルム(戦乙女)を貸与されてからはじめての任務だ,否応無く戦意が高まる。
    それも滅多に使われる事のない全展開駆動状態(オーバードライブ)まで使った,文字通り全力を費やすという要求。加えてミーディとランとの連携プレーだ。
    ディー先輩(ディルレイラ)から呼び出されたときはまた何か無茶をやらされるんだと思っていたが,やっぱりその予測は間違っていなかった。

    胸が踊る。
    ディー先輩とエスト先輩達が宮廷師団に行ってからは正直平凡な日々が続いていた。
    軍に入隊してもイマイチで,それまでの生活が刺激的過ぎたせいか張り合いがないと感じていたことも事実。
    任務に関しては真剣に取り組んでいたものの,感想はそんなものだった。
    だからリアは,いつかまたディルレイラ(先輩)達と共に心踊る冒険をしたいとか思っていたものだ。
    それがなんか知らないけど今日突然実現した。

    『リアはよろしい?』
    『ぼーっとしちゃダメだよ?』

    ここ数年ずっと組んできたユニットのメンバー,ミーディとランの意識(こえ)で我に返る。
    タイミングを計って結界(シールド)を発動する合図をだすのは自分だ,忘れちゃいない。

    「うん,だいじょぶ! じゃあ行くよ…3!」
    (トゥー)
    『…いち()!』

    『『「ヴァルキリーヘルム(戦乙女)全開駆動開始(オーバードライブ)!!」』』

    3人の纏う装甲外殻が式化・魔力展開(マナライズ)し,その魔法駆動機関(ドライブエンジン)構想概念である本来の意味の通り(・・・・・・・・・・・・・・・)強固な結界(シールド)を形成する。
    それぞれの立つ位置を頂点とした正三角形,そこから空へ投射された結界の壁は一箇所で交わり,球形巨大魔導陣を包み込む正四面体の封印を成す。

    『状態良好・出力安定。』

    人工精霊ティアの報告にひとまずホッと一息。とりあえず結界の形成には成功したようだ。
    そこでリアはいつも通りミーディとランに一言。

    「よし,いっちょ頑張りましょーか!」

    応える意識(こえ)が二つ。これまたいつも通りに変わらないいつも通りのこえだ。

    『いつも通りにね』
    『リラックスリラックス〜』

    漣のように伝わる意識は微笑みの感。
    思わず零れる笑みに力んでいた意識も緩和される。
    どのくらい長くなるかはわからないが――

    「ディー先輩,がんばです!」


     ▽   △


    最後の丘を下り,ミコトは点在する林の一つを高速で駆けぬける。
    とは言っても足裏に展開した仮想斥力場で地面から数センチのところに浮上し,重力・加速制御を施した高速平行移動――ホバリングしているのと変わらない状態。
    極度の前傾姿勢で自身の出しうる最高速度を維持・制御している。

    すぐ上空では魔導陣が完全展開稼動し始めていた。
    目まぐるしく変化する構成駆動式は,文字群と言うよりまるで万華鏡を見ているような激しい動きを見せ,その球の衛星軌道を幾重にも囲んでいる帯状の魔導機構は交差するように回転している。
    しかし先ほどと全く異なった要素が絡み始めた。

    ――数字だ。
    駆動式はそれ自体が魔法文字(マナグラフ)と言う魔導形成言語から成り立っている。
    これは原子における素粒子のような関系,つまりこれ以上分けられる事のない最小単位のようなものだ。
    魔法における魔法文字(マナグラフ)は,魔導技術の最小単位。これに記述されていない(・・・・・・・・)文体系は駆導式に組み込んだところで意味はない。

    全くの無意味なのだ(・・・・・・・・・)

    それは,この世界の人間ならば誰でも知っている事。
    魔法を学ぶもの達にとっては常識以前の当たり前の事実でしかない。
    にもかかわらず,それが組み込まれている――!?

    「何が起こるって言うの…!?」

    疾風を全開駆動させ,ケインとウィリティアを目指して地上数センチを飛翔するミコトは下唇を噛む。

    と。
    たった今通りすぎた地点を緑光の直線が空間を切断した。

    「なっ!」
    「あわっ!」

    いきなりの空間隔離と,自分以外の声に驚いて即座に声のした左方を確認。
    そこには並走するゴーグルにレザ―ジャケットの少女。
    彼女は――

    「ミスティ!」
    「先輩,どうもー」

    思わず昔の呼び名で彼女を叫んだ。
    やははーなどと気軽に手を振っているのはミスティカ・レン(マッドスピードレディ)だ。

    「なんでこんな所に!?」
    「あー,やっぱ気づいてなかったですね。私今朝からずーっと先輩達3人をマークしてたんですよ,これが。」
    「…な!」
    「色々言いたい事あるのはわかってます,報告に関しても事情があって教えれなくて済みません…。でもま,今は――」

    彼女(ミスティカ・レン)が前方上空に目を向ける。つられて視線を向ける先には,いよいよその魔力の輝きが臨界に達そうかと言う魔導陣。
    そうだ,今はひとまずミスティは置いて置く事にして…

    「そう,ね。とりあえず今は急がないと…」
    「…私,ぎりぎりで滑り込んでよかったのかなぁ」

    ぼやくミスティに苦笑する。
    しかし退路は遮断された。行き場が前方にしかないのは自分も彼女も同じ。
    ミコト自身はもとより引くつもりは無かったが。

    それよりも今気になる要素は二つ。
    一つは魔導陣の直下に居るケインとウィリティアの安否。予定通りならば情報収集を行っている最中のはずだ。
    もう一つは,退路を遮断した結界だ。
    半年前見たモノに似ている(・・・・・・・・・・・・)と言うことは――

    「ミスティ,あの結界に心当たりある? 多分――ううん,絶対に軍のVA部隊(ヴァルキリー)が出張ってきてると思うんだけど…数は――」

    その形成された結界の規模,展開状態を考慮すると――。

    「恐らく4人以下,その内一人はアサルトタイプ(攻性型)かもしれない…」
    「うわ,もうそこまで読んじゃいますか…ほとんど正解です,多分。」
    「てことは,王国軍はもう対処し始めてるって事?」

    そこでミスティカは諦めた笑顔を浮かべた。
    その顔に妙にイヤな予感を感じる。

    「多分いち早く対処したのは駐留軍と周辺防衛機構の決定権・指揮権を持つリディル伯代行――ディルレイラ・アリュースト元宮廷師団戦師(ウォーマスター)だと思います。」

    その言葉に固まる。
    いや,その名前にミコトは固まった。リディルに住む――いや,このアスターディン王国に住むものならば一度は聞いた事のある恐怖の象徴。

    「あ,やっぱり知ってます? レイラさん有名ですね。」

    にこにこと。
    ミスティカはミコトに微笑みディルレイラの名前を親しげに口にする。
    それが意味する所はミスティカ・レンと彼女(リディル伯代行)が知り合いである事を指しているのだが――
    今のミコトにはそこまで頭が回らない。
    なぜならば。

    「ぜ…"絶対殲滅"ですって…!?」
    「やっぱ,そこですよねネックは。まぁでも…」

    ミスティカは変動する二つの魔力の方向に一瞬だけ視線を移し。

    「先輩の心配するような事態にはならないと思いますよ。レイラさんも大人になりましたから…」

    と,どこか遠い目をしつつ呟いた。


     ▽   △


    数列(現代文字)の代行入力だって!?」

    駆動式の空列に入力され始めた数字を見てケインは叫んだ。
    その言葉に作業をしていたウィリティアも唖然と魔導陣を見上げる。
    二人とも我を忘れてしばしその光景に見入る。
    それほどにも常識からかけ離れた自体――ナンセンスな出来事だった。

    魔導機構は駆導式からなる。
    駆動式は魔法言語(マナグラフ)によって成り立つ。
    魔法の最小単位であるマナグラフには現代文字の数字は記載されていない(・・・・・・・・・・・・・・・・)
    詰まり,駆動式内には数字の介入する余地はない。
    故に,魔導機構には数列は適用されない。
    それが意味する事は詰まり。

    現代文字には魔力と関われる要素は無い事を証明しているのだが――

    「…なんで,なんで構成式が崩れないんだ…!?」

    唇を震わせながら呟くケインの表情は青ざめている。
    ウィリティアも似たようなものだ,まるで幽霊と視線をあわせたような顔色になっている。
    ぎりぎりの世界干渉である魔法は,些細な記述ミスや歪な駆動式,不要な魔法文字(マナグラフ)の付加で容易に崩れてしまう。
    そんな繊細な魔導機構――引いては魔導陣のはずなのに,完全な異分子である現代文字が混じった形態を取って尚且つ全く魔力色相に崩壊の兆しが見えない。
    詰まりこれは,異分子が異分子として認識されてない――?

    「こんな事が可能なのか――?」
    「現実に,起こっています…私達の目の前で」

    既に自分を取り戻したのか,情報収集を切り上げたウィリティアが厳しい視線を魔導陣に飛ばしている。
    ケインももう一度その光景を見る。
    目まぐるしく変動する数値が,魔導陣の数カ所で展開している。
    悪夢だ。

    「…2種類」
    「…ん?どした?」

    ポツリと呟くウィリティアの小さな言葉を聞き取れなかったケインが聞き返した。

    「代入された数列は全8箇所。でも2種類の数列でしかありません…一つは0からのプラスカウント,もう一つは11桁の数列のマイナスカウント…恐らく時系列ですわね」
    「となると…,! まてよ,上の構成だとシミュレートされる指定空間座標は魔導陣円周直下――つまりこの周辺域約7万u。そこから上空150mまでの半球のドーム形状…そうか,上の魔導陣は影か!」
    「やられましたわ…しかもただの影だけじゃありません,あれは(ミラー)ですわ。」

    ウィリティアは悔しそうに呟く。

    「鏡…って,あ!」
    「結界の投射位置にはここからまた離れたところにあると言う事です,恐らくここを一望できるどこかの丘。この場の制御装置は保険でしょう」
    「そこのそれは増幅も兼ねているってわけか,手の込んだ事を…!」
    「上空の魔導陣は,本来ならばこの場で起こっている陣の展開現象を意図的に上空へずらしてその注意を釘付けにする。合わせ鏡の下の部分は周辺に敷き詰められた魔鋼(ミスリル)が代行。上空の展開している魔導陣の核には――恐らく本命からの魔力を直接受け取りつつ最も防御概念の高い純正の魔鋼(ミスリル)球を使用していると思います」

    瞬時にそこまで読んでみせるウィリティアの洞察力にケインは言葉も出ない。
    しかし,目の前の現実を見る限りそれだけの常識外の仮定が無ければ成り立たない事は,いっぱしの技術者であるケインにもわかる。わかってしまう。

    「式の細部を確認するだけでなく,全容を晒す事で陽動も兼ねているとして…それだけ魔鋼錬金協会も本気でこの実験を成功させようとしているんでしょう,しかし,一体何をしようと…」

    ひとまず,とウィリティアは先ほどの制御装置に向き直る。
    一通りデータは収集した。途中で中断したのは妨害が入ったからだ。
    ケインには伏せたが,この制御装置もとんでもない技術が使われている。

    同調動作機構(シンクロニシティ)
    一体のオリジナルの中枢制御装置が魔鋼製なのだろう。
    全く同じ型ならば,物理的に何も接触が無くても,オリジナルが起動している限りそれに共鳴(・・)して全く同じ動作を行う,完全な保険だ。
    電源は別になり,それ自体はこの周辺のどこかに設営されている魔鋼錬金協会の本部で管理しているのだろうが――今はそれを直してまで得るほどの情報はないとウィリティアは読んだ。
    恐らく事後の解析で手一杯のはずだ,こんなオーバーテクノロジーは。

    自分の知りうる知識の十数年先を行く技術。
    ケインが知ったらそれこそパニックに成りかねない。
    解析した自分でさえ動転しそうになるのをやっとの事で押さえているのだから。
    単にケインの前で無様は晒せない,という意地に関わる部分ではあっても。

    ともかく。
    展開されている魔導陣は異常だと言う事はわかる。
    ミコトがこの全容を知っていたとは思えないが止めたがっていた理由も今となっては頷く事は出きる。
    事前にどうしてそれを知る事が出来たのか,ときにかかる事はそれだけだが,今はそれを問う時ではない事も理解している。
    最低限必要な情報を得られた今,私達が成すべき事は――


    「あれは結界…王国軍か!?」

    突然のケインの言葉に,内に向いていた意識を外に向ける。

    そこには緑光の壁。
    この場を,いや魔導陣を取り囲むように三方向からこの場の上空の一点へ向けて投射される強力な空間隔離は――!

    ヴァルキリーヘルム(防性半自立機動歩兵ユニット)完全展開駆動形態(オーバードライブ)ですわ!」



     ▽   △
     
     ▽ ▼







    ドクン





    反転したような色彩が支配する無色のセカイ。


    真白な広がり。


    その中で唯一色付く紅。


    ソレは,長き眠りから醒め…
      
      
    意識の瞳を開けた(・・・)





     
     ▼ ▽


    不意に全身を貫いた悪寒に,エステラルドは微かに身じろぎした。
    何かが胎動している,そんな感触だ。

    (間に合うか…?)

    数日前に予期した事態。
    とある学生が入手したらしいと言う手記から自分達が導かれた一つの結末が,すぐ始まろうとしている。

    このような事は初めてだ。
    最初から最後までほとんど何も関わらず,そのくせ全ての後始末だけが自分に回ってくるなんて。
    きっとこの物語の主人公は僕じゃなかったんだろうな,などと思いながらもエステラルド・マ―シェルは隣を飛ぶジャック・(ジン)と並びつつ思考をめぐらせる。

    この物語の主人公は,きっとまだ力が足りないのだろう。
    身の丈に合わない物語(事件)と関わりを持ってしまう理由は,"その誰か"がそれだけの力を欲するからだ。
    そして運良く生き抜いた暁には,"その誰か"はきっと望みの結末を手に入れる事が出きるのかもしれない。
    そして"その誰か"は,自分の教え子と知り合いだった。

    エストは,今回の自分の役回りをきちんと把握していた。
    自分はもう大人になった。
    今まで見守られながら自分の物語を紡いできたが,これからは見知らぬ誰かの物語を見守る立場にある。
    それは隣を飛ぶジンであり,教え子のカレン(ミスティカ・レン)かも知れない。
    無論自分の物語を終える事もない。
    死ぬまでが,もしかすると死んでからも自分の物語は終わらないかもしれない――。
    …今関わっている英雄がそうであるように。

    とにもかくにも,その"誰かの物語"を終わらせないためにはもう少し急いだほうが良いかもしれない。


    エストは更に飛翔魔法の速度を上げた。



    >>>NEXT
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