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■344 / 3階層)   第一部・『騎士の忠義・流れ者の意地』・第3話
□投稿者/ 鍼法 -(2006/09/10(Sun) 18:32:47)



               第三話『パラディナB』


    「アルヴィム様」

     背後から聞こえてきた声に、ゆったりとした服を着ている男は振り向く。歳は40を過ぎたといったところだろうか、撫で付けた髪には白髪が混ざっている。穏やかだが、その中に鋭い知性を感じさせる風貌は微笑みの形をとっていた。

    「スタッドテイン卿が動きました」
    「スタッドテイン卿が?」
    「恐らくは例の姉妹を狙ったものだと」
    「おやおや」

     アルヴィムと呼ばれた男――まだ幼い王弟の後見人であり、フェルト家の親戚、アフフィーメル家頭首である男は、背後に控えている男の言葉に、嘲笑交じりの苦笑を漏らした。

    「点数稼ぎに必死だね……スタッドテイン卿は」
    「そのようです」
    「だが、愚かな選択だよ」

     呟くと、目の前の執務机に置かれていた紅茶を一口飲む。

    「確かにスノウトワイライトの二の舞にならないという確証はない。だが、必ず起きると言う確証が無いのも事実だ」
    「国内の不安分子というわけではありませんし」

     男の言葉にうなずくアルヴィム。

    「その通りだよ。そして、スタッドテイン卿は大事なことを一つ忘れている――確かに彼はここ十年で権力を倍増して、勢いのある家の一つだろう。だが、彼のやり方に賛同する人物は少ないと言うことだ」

     唇を皮肉気に歪めると、アルヴィムは目の前に詰まれた書類を処理することに取り掛かった。









     街に出てみると、酷い血の臭いが立ち込めていることを否が応でも感じなければならなかった。
     視界は悪い。酷い黒煙で10メートルほど先を見ることは出来なかった。

    「叫び声は北からか……」

     耳を済ませて、ヴェルドレッドは呟く。北の方角から叫び声と悲鳴、さらには断末魔が聞こえてくる。
     そして、酷く泣きじゃくる女性の悲鳴が混じっていることに気付き。脳が沸騰するような、怒りが駆け巡った。
    ――暴行を受けている。

    「外道が……っ!」

     はき捨て、気付いた。足音が聞こえてくる。二人。
     急いで物陰に隠れると、少しして談笑しながら薄汚れた男が二人、歩いてくる。

    「――でよ、この先の診療所にいい女がいたんだって」
    「へぇ……もう楽しんじまったのか?」
    「まさか」

     男が笑う。

    「まぁ、逃げられないように切り付けておいたけどな」
    「はは、お前にしちゃ中々いい判断じゃないかよ。団長に何も言わずに手ぇつけてたら首が飛んでたぜ」

     聞いていて気分が悪くなる談笑。今すぐ飛び出したいところだが、まだ最適の距離とはいえない。飛び出すことに気付かれない程度の距離をとらなければ。

    「ま、ちょっとくらいつまみ食いしてもばれないよな?」
    「ああ、ちょっとくらい、な?」

     下卑た笑い。
     そして、殺すのには最適の距離になった。
     飛び出し、手に持った石で手前にいた男の頭を砕く。
     断末魔すらなく、地面に崩れ落ちる男。

    「なぁ……っ!?」

     悲鳴に近い声をあげ、もう一人が剣に手を掛ける。だが、剣を抜くよりも早くヴェルドレッドが背後に回って首をへし折る。
     鼻から夥しい血を噴出して崩れ落ちる男。その男の死体から剣を奪う。ちょうどいい、武器が無かったところだ。
     無言で悲鳴のする方角を見る。そして、駆け出した。









    「北の市街区から侵入したらしい」

     北門に大きな×印が付いた地図を指差しながら自警団団長は唸る。
     いつも自警団が集合場所として使っている酒場には、即席の司令室が設けられていた。街の南に位置するここならば、ちょうどいいという判断からだ。

    「逃げてきた奴の話だと、四十人近い集団だったらしい。その中には軍用に開発された魔杖『言葉を紡ぐ者八型』を持っていた奴がいる」

     ノークウィスが大剣を手入れしながら言う。深刻そうな顔でうなずく自警団員。だが、ノークウィスとアルベルム、さらに情報に詳しい傭兵や冒険者などは別の意味で深刻そうな表情を浮かべていた。

    「気付いているか?」
    「ああ」

     アルベルムの言葉。生返事はノークウィスだ。

    「『言葉を紡ぐ者』系統で出回っているのは六型まで。七型は現在の騎士団標準装備。八型は――」
    「開発がすんだばかりで、騎士団にもおろされてないってことだろ?」
    「そうだ。武器自体逃げてきた者の証言からの推測だがな。もし本当に八型かどうかも怪しい」

     軍用の魔道武器というのは、間違えやすい。なにせ、新しい型番はマイナーチェンジのような場合にも与えられるのだから、専門家でなければ違いが分からないと言う場合もある。
     くだんの八型も七型の増幅率強化版という話を情報屋から仕入れているので、二人は眉唾というわけだ。
     だが、だが本当に八型だったのならどうするか。拙いというレベルの話ではない。
    ――この襲撃。武器製造にかかわる上級貴族が絡んできているということになる。

    「もし七型あわてて間違えたと言うだけの間抜け話。八型だったら、最悪相手は騎士団ってことになる」

     七型確かに公式には出回っていない。だが、魔物と騎士団が戦った際に紛失していたり、悪知恵が回る連中が裏で売りさばいていることもある。
     八型だというのならば、試作品を給与された騎士団が実験代わりに街を襲っていると言うことも考えられないでもないのだ。
    「どっちにしても、状況はあんま良くないな」

     自警団は人に対する実戦経験が少ないのだ。
     元々自警団は街に迷い込んだ低級の魔物を包囲して倒す訓練しかしていない。

    「第一――」

     地図の一点を指す。中央広場からすこし北に入ったあたりだ。

    「この診療所はどうする?けが人を運ぶ戦力を割くことはきついぞ」
    「ああ、それは俺も考えてた。自警団じゃ戦力不足だろ?かといって――」

     酒場を見回す。
     酒場には思い思いの場所に傭兵や冒険者が待機していた。

    「傭兵から誰か送るか?払う金はどうすんだよ?」
    「そうだな……」

     自分達が行けばいいという話しは出ない。当然ながら、ノークウィスたちも傭兵だ。金が払われなければ行動を起こそうと言う気にはならない。先ほどの慈善事業的な行動はあくまでノークウィスの気まぐれがあったからなのだから。

    「あ、あの……」
    「ん?」

     かけられた言葉に、ノークウィスは振り向く。
     そこにいたのは、エルリスと良く似た顔つきの少女が立っていた。右目が緑なのに対して、左目が蒼というのが印象的だ。

    「どうかしたか?」
    「その……雇いたいんですけど」
    「一応聞くけど報酬は?」

     出せるわけが無い。ノークウィスは確信に近いものを抱きながら返す。先ほど、エルリスが自由になるのは銀貨一枚が精一杯と言っているのだから。

    「これを……」

     言って、差し出したのは指輪だった。土色の宝石がはめられ、指輪の裏側にはびっしりと魔術の儀礼文字が刻み込まれている。

    「『悪食なる者ツァトゥグア』だな」

     横から覗いていたアルベルムが呟く。
     悪食なる者ツァツゥグア――確か、魔術師の犯罪者を無力化するときに使う魔道兵器のはずだ。これ自体が強力な魔力中和の能力を持つと共に、常に一定量の魔力を装着者から奪う拘束兵装。

    「何でこんなものをもっている?これは魔術師を拘束するのに使う装備だ」

     疑惑の視線を向けるアルベルム。
     その視線を少女は竦む。明らかな疑念と敵意を含んでいる。

    「どうしたんで――セリス!」

     視線に気付いたエルリスが近づくなり、セリスを怒鳴る。

    「何でその指輪を外すの!?」
    「だ、だって……この指輪ならきっとノークウィスさんたちを雇うことが出来るって……」
    「じゃぁ、それを外した貴方はどうなるの?」

     咎めると同時に、心配の色を出すエルリス。
     その視線の意味にいち早く気付いたのは、アルベルムだった。

    「魔力の暴走を恐れているのか?」
    「っ!」

     アルベルムから飛びのき、警戒の視線を送るエルリス。

    「安心しろ。そんな指輪を自分でつけるとしたら、魔術師であることを知られたくない者か、魔力の暴走を恐れる者だけだ」

     言って、踵を返すアルベルム。その行き先は――出口。

    「お、おい!アルベル――」
    「行くぞ」

     行くぞ。この人の意味を理解して、歓喜と――同時に疑問を浮かべるセリス。

    「どうしてですか?」
    「その指輪は大事なものなのだろう?」

     うなずくセリス。
     背中を向けたままだが、うなずくのを気配で悟ったのか、アルベルムは立ち止まって、肩越しにセリスを見る。

    「大事なものを他人のために捨てる者は少ない。ましてや、それがあったこと無い人物ならば尚更だ」

     心意気を買う――そう言っているのだ。

    「けど、お金は……」
    「どちらにしろ、打って出なければ殺されるんだ。ならば、頼み事の一つくらいはこなしても、変わらん」









    「ぐ……はぁっ」

     うめき声のような断末魔を上げながら、対魔術甲冑『受け流す者四型』を着込んだ男が、地面に倒れこむ。
     倒れこんで、動かなくなるのを確認すると、ヴェルドレッドは半ばから折れた剣を捨てて、死体となった男の手から剣を奪う。銘を確認すると、笑う。今度の剣は先ほどのなまくらに比べれば、雲泥の差がある。

    「『平穏の監視者ラグエル』か……」

     それは、教会所属の騎士が帯剣することが許された剣だった。量産品だが、強度強化、軽量化などの魔術が籠められた品。武器としては出回っておらず、教会所属の騎士から奪うしか入手する方法はない。中には秘密裏に複製されているものもあるらしいが、ごく少数しかない。
     今まで使っていた粗悪品全ての金を集めても、柄すら買えないほどの高級品だ。

    「おい、用を足すのに一体どれだけ時間が掛かってんだ!」

     通路の奥から叫び声。二人一組で行動しているらしい。
     気配が近づいてくる。

    「今回はただ街を襲うんじゃねぇって事くらい分かってんじゃ――」

     通路から顔を出した男。その表情が一瞬で凍りつく。通路の奥で、仲間が血まみれで倒れているのだから、無理も無い。

    「お、おい!」

     慌てて駆け寄ろうとする男。だが――

    「ハッ!」

     タイミングを見計らって気合一つとともに飛び出したヴェルドレッドの剣が一閃!驚愕に染まった男の首を切り飛ばす。
     鼓動に合わせて斬られた首から間欠泉のように血を噴出す死体には一瞥もくれずに、五感を研ぎ澄ます。小さな音、僅かな臭いすらも逃さないほどに研ぎ澄ました感覚は一つの音を聞きつけた。
    ――数人の、下卑た笑い声を
    その笑いの意味を理解したときには、既に冷静な判断は下せなくなっていた。
     分かっている。この直情的な性格はこの戦場において死を伴う隙になる。だが、たとえこれが隙になるとしても、自分の正義感はこれを許しはしない。
     理性は止めようとする。だが、感情はそれを遥かに凌駕する強さで、命令を出していた。






    「ひっ……ひっ……っ!」

     喉からは引きつった声しか出なかった。
     既に顔を何度殴られたのかなどと言うことは覚えてはいない。ただ、殴られた腫れ上がった部分がじくじくとした痛みと熱さを伝えてくる。

    「おとなしくしてりゃ良いんだよ」
    「おいおい、上玉を傷物にしたら、おかしらに殺されるぜ」
    「いいんだよ。それに、全部お頭のもんにするのも可笑しいだろ?」
    「そうだよなぁ……ま、少しくらいはいいだろ」

     下卑た笑声をあげる。周りで見ていた男達は忌々しそうに唾を地面に向けて吐くか、同じように下卑た笑いを上げていた。

    「あ……ぁぁぁっ……ぶ、ブリジット様……お、お護りを……っ!」

     普段から持ち歩いている聖女を模ったペンダントを握って搾り出すような悲鳴を上げる。
     その声を聞いて、男達は一瞬戸惑うように固まり、そして笑い声を上げた。

    「おいおいおいおい……聖女様だってよ!聞いたか?」
    「聖女にすがろうが何しようが、今更状況は変わらねぇって!」

     口々に罵りの言葉を放つ男達。
     泣きたくなった。幾ら祈ろうが望もうが、決して助けてくれない。誰もいない。家にいた父や弟は『使い道が無い』ということで、殺されてしまった。母は隣町に出ていて家にいない。このままこの男達の慰み者にされてしまうのか?そんなことのために、この二十年足らずの人生を歩んできたのか?

    「いや……」
    「つれないこと言うなってなぁ……」
    「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!」

     叫び、目を閉じる。
     数秒の沈黙。恐る恐る目を開ける。
     そこには――

    「外道が……っ!」

     そこには、一人の男が立っていた。
     体中に裂傷を負っているのか、上半身に巻かれている包帯は所々血がにじんでいる。
     だが、精悍な顔つきからは衰えや疲れ、痛みといった『負』は見当たらない。気力が充実しているのだろう。
     自分に手をかけようとしていた男は、首から勢いよく噴出す血を呆けた表情を見ながら、鈍い音を立てて、倒れた。

    「……テメェ!」

     すぐ右にいた男が、柄に手をかける。だが、剣を抜くよりも早く男の剣が一閃。両腕を切り飛ばす。

    「え……」

     状況が飲みこみ切れない。一体何が起こっているのだ。
     考えている間に、自分に乱暴を働こうとした男達は地面に倒れ伏していた。
     血溜まりとなった地面で、包帯を巻いた男がこちらを向く。先ほどの鬼気を纏った顔でなく、真剣だが優しさを湛えた表情で。

    「走れるか?」
    「……」
    「はしれるか?」
    「あ……はい」

     何とか返事を返す。
     すると、男は軽くうなずいて南の方向を顎で指した。

    「南はまだ被害を受けていない。急いで逃げるんだ」
    「え……?」
    「急げ!」

     いきなりの叫び声に驚きながら走り出す。
     そして、走りながら気付いた。先程までいた場所に向かって慌しそうに何十人もの人が走ってくるようだった。

    「騒ぎを聞きつけて……」

     どうしようか。
     このまま逃げてしまおう。そう思うが、先ほど助けてくれた男が気になる。だが、いま戻ってしまえば足でまといなるのは確実だろう。

    「どうしよう……」
    「って、オイ!危ねぇって!」

     叫び声。
     次の瞬間には誰かにぶつかってしまった。俯いて走っていたものだから、何処に何があるのかわからなかった。

    「何かあったのか?」

     ぶつかった男の後ろに立っていた男――ローブに全身を包んだ奇妙な男だ――が尋ねてくる。

    「あ、あの……私、襲われて……」
    「落ち着いて喋れ」
    「そ、その……もう少しで乱暴されそうになったら、包帯を体に巻いた人が」

     顔を見合わせる二人。

    「あのキャラバンの傭兵か?」
    「……十中八九そうだろうな」

     どうやら知り合いらしい。
     それを知ったとたん、急に眠くなってしまった。極度の緊張が緩和されて、気絶しようとしているのかもしれない。と、頭の隅で考えながら、地面に倒れた。


    〜あとがき〜
    こんばんは、あるいはこんにちは。鍼法です。
    第三話をここまで読んでいただき、ありがとうございます。
    さて、第三話ですが……ヴェルドレッドを活躍させてみようと、四苦八苦。結局は半分近くをノークウィスたちに出番取られてしまいました。
    さらには傭兵たちの物語で結構重要な立場のキャラ、アルヴィム登場です。まぁ、第一部は全く活躍の場所は無いのですが……
    ここまで読んでいただき、ありがとうございました。では、第四話でお会いしましょう。ではっ!

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