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■550 / 7階層)  第一部・『騎士の忠義・流れ者の意地』・第7話
□投稿者/ 鍼法 -(2006/12/28(Thu) 07:40:04)


                  『リセリア』






    「うわぁ……」

     人でごったがえすリセリアを見て、エルリスが感嘆の呟きをもらす。

    「こういう町に来るのは初めてなのか?」

     訝しげにアルベルムが尋ねる。旅をする以上、このような中継都市は必ず通るはずだ。

    「いえ……何度かはあるんですけど、セリスのことで頭がいっぱいだったんで」

     協力者ができて、多少――町並みを観察する程度は――余裕ができたのだろう。

    「あ、そう」

     信頼されているのがうれしいのか、恥ずかしいのかは分からないが、顔を背けて頬をかくヴェルドレッド。

    「じゃ、俺達は情報屋にあってくるから、食料の買出し頼む」
    「分かった」

     言いながら、ノークウィスは必要な食料や薬品を書いた紙をヴェルドレッドに渡す。中を見てみると、干し肉や乾燥穀物を中心とした日持ちのする内容だ。ヴェルドレッドが買うものとはずいぶんと違う。どちらかというと、日持ちはしないが味のいい生の食料を大目に買うのだ。

    「待ち合わせは場所は中央広場の旅籠『旅人亭』で。日没までに部屋に集合だ」






     情報屋というのは敵が多い。優秀な情報屋ほど、理性やら勢力やらのしがらみに関係なく情報を売るからだ。当然、敵は増える。
     そして、優秀な情報屋ほど、ガードも固く用心深い。
     目の前にいる鎧姿の存在――ガーナード・プランテェルもそんな情報屋の一人だ。

    『おやおや……久しぶりだね。でこぼこ二人組み』
    「そういうお前こそ元気そうじゃないか。毎日毎日鎧姿じゃ蒸れるだろ? 少しは鎧を脱いで見たらどうだ?」

     鎧の中から響く笑声。

    『相変わらず皮肉がうまいよ、ノークウィス。三ヶ月前の港町は楽しかったか?』
    「ああ、暗殺者に囲まれるのはそりゃ楽しくて、嬉しい思い出だよ。つーかやっぱりテメェが情報売ったのか」
    『俺の信条は知ってるだろ?』
    「『求めるものには拒まず』だったか?」
    『そのとおりだ』
    「ところで本体はどうした? 今日も魂を鎧に貼り付けてお散歩か?」
    『ああ、人形の本体か……今頃リゾートで楽しくやってるんじゃないのかな?』

     鎧――『心持つ人形ガーナード』――から響く声。
     魔力によって、支持された行動をとる人形で応対する。これが、情報屋プランテェルの考え出した護身術だった。プランテェルの情報で死に掛けたとしても、プランテェルの店には人形しかいない。本人は転々と居住区を変えているので、全く分からない。何せ、この店を作ったときには、すでに店主はこの人形だったのだから、馴染みのノークウィス達ですら、プランテェルの素顔を知らないのだ。

    「もしお前の本体をどっかで見つけたら、丁重にお礼をしてやるよ。そりゃもう、血の涙を流すくらいの勢いでな」
    『それは嬉しいね。ところで、何しに来たんだ? まさかちょっと寄ったなんてことじゃないよな?』
    「調べてもらいたい事がある」
    『銀貨四枚これ以上は――』
    「まけないって言うんだろ?」

     ぼやきながら、財布の中から銀貨四枚を放り投げるノークウィス。簡単に投げているが、多少の贅沢を含めて、成人男性が二月暮らす事のできる大金だ。

    「調べてほしいのは、ここ三ヶ月の物流。特に、貴族が表ざたにしたくない賄賂の類だ。その中に、パラディナ付近のロクデナシどもにまかれたやつがある。それがダレのだか分かったら、そいつの発信源も調べてほしい」
    『分かった……ちょいと情報量多いから、調べるのに時間がかかるな。明日の朝、もう一度来て見ろ』

     言いながら、プランテェルは奥の棚に並べられた紙とマナ・クリスタルの山へと消えていった。プランテェルは純度の低いマナ・クリスタルを記憶媒体として利用していると聞いた事があるが、実際はどうなのか分からない。本人曰く『企業秘密』らしいのだ。

    「じゃ、頼んだぞ。明日の朝結果受け取りに来るから」

     言いながら、店を出る。
     太陽は沈みかけている。






    「アルヴィム様、エリファス様からの書状が届いています」

     数枚の書類を抱えたイーディスの言葉に、アルヴィムは振り向く。数日間、寝る間もないような執務を行っているというのに、その表情からは疲れを読み取る事は出来なかった。
     それまで処理していた書類を脇において、受け取った書状を開くと、アルヴィムは軽く目を通す。

    「……海燕が見つかったそうだよ」
    「そうですか」

     書類を分類しながら返事をする。
     海燕というものが、いったいどういうものなのかは知らされていない。アルヴィムの喋り方と名前から推測すると、東方諸国の剣である事と強力な力を備えているということしか分からない。
     内容を知らされていない物品について話題に出す理由は分からなかったが、アルヴィムの言う事に何の意味もないものがあるわけがないと判断し、一応記憶にとどめておく。

    「そういえばイーディス君、ハーネット姉妹について何か分かったかい?」

     首を横に振るイーディス。だが、仕方がないともいえる。町が滅んでいるのだから、彼女達の出生について知る人物などほとんど残っていないのだろう。

    「それと、もう一つ」
    「何かな?」
    「スタッドテイン卿が会談を求めています」






    『結論から言わせてもらう。この話からは手を引け』

     翌日、情報屋に入るなりの一言だった。

    「どういう意味だ? 何で手を引かなきゃならない」
    『相手が悪すぎる。はっきり言わせてもらうが、相手にしたら最後王国どころか大陸に居場所がなくなるぞ』
    「誰が相手だ? そんな真似できるのは王族かそれに近い……」

     そこまで言って、気がついた。もしかしたら、エルリスを狙っていたのは他ならないこの国を支配している者達――上級貴族や王族なのではないか。
     もしそうだとしたら、開発されたばかりの魔杖を使っていた野党のことも説明がつく。

    「冗談で言ってんなら、今すぐ叩き壊すぞ」
    『冗談で言うことじゃないよ。はっきりと言わせてもらうが、危険を通り越して、無謀だ』
    「無謀ね……」

     無謀。二文字を口の中で転がしながら、思う。無謀、不可能、理不尽……そんな代名詞がついた戦場は何度も体験している。別段、珍しい話でもない。そしてなにより――

    「傭兵はよ……信用が第一なんだよ」
    『あ?』
    「仕事をえり好みするのも、請けた仕事を投げ捨てるのも許されてねぇ。なによりも、依頼主を裏切るのは傭兵として最低だ」
    『……』
    「請けた仕事は地べた這い蹲ってでも、完遂するのが俺の――傭兵としての意地なんでね」
    『死んでもしらねぇからな』

     言いながら、プランテェルは数枚の紙を放り投げる。
     空中で受け取って、中身に目を通す。二枚目まで見た時点でノークウィスの表情が変わった。

    「ジャンクション・J・スタッドテイン……本当にこいつが、なのか?」
    『俺の調べた限りは、な。魔道兵器の他国流通を一手に取り仕切るスタッドテイン卿っていえば、そこいらの子供でも名前を知っているぜ』
    「オイオイオイ……何の冗談からこんな名前が出てくるんだよ。スタッドテイン卿っていえば、三大公家メルフィート家直系の家柄だぞ!? 何で片田舎の野党に武器なんか横流しして悪さをするんだよ!」
    『俺の知ったことじゃないね』

     肩をすくめるプランテェル。

    『ただ一言いえるのは、スタッドテイン卿はそこいらの貴族よりもずっとタチが悪いってことだよ』
    「くっそ……相手が悪いを通り越して、最悪じゃねぇか」

     ぼやきながら後頭部をポリポリとかくノークウィス。
     それを十秒ほど続けていただろうか、ため息を吐くと出口へときびすを返した。

    『本当に仕事を請けるのか?』

     背後からの声には、振り返らなかった。

    「やるしかねぇだろ」

     ただ、呟くだけだった。







    「久しぶりですな。スタッドテイン卿」
    「アルヴィム様もご壮健でなによりです」

     執務室に入ってきた男がアルヴィムを見るなり、こう言い放った。
     まだ年齢自体は老境に差し掛かる前といったところだろう。品のよい貴族服を身にまとって、白髪の比率がかなり多くなった髪を撫で付けてある。目じりには深いしわが刻まれて入るが、その瞳は炯炯とした光をたたえていた。
     男――ジャンクション・J・スタッドテインを見て、アルヴィムも微笑を浮かべながら軽く会釈をしながら、いすを勧める。

    「今日はいったいどのような用事で来たのですかな?」
    「ほう、どのような用事とは……アルヴィム様も存外、とぼけるのが下手ですな」
    「ハーネット姉妹のことですか」

     微笑を浮かべるスタッドテイン。その通りだということだろうか。

    「それにしても、なぜに卿はあの姉妹に刺客などを差し向けるのですかな?」
    「《ラザローン事変》……聞き覚えがありましょう?」

     アルヴィムの眉が跳ね上がる。
     ラザローンの災厄、八年前の国境都市ラザローン消滅前後に発生した魔物の異常発生を指す言葉だ。大陸各地で発生した災厄の死亡者は総数で数千万とも数億とも言われる。特に被害が大きかったヴィルフダリア共和国にいたっては、国としての機能が破綻しかけたというのだから、その凄まじさが伺えよう。

    「聞き覚えがあるも何も……あれは私たちにとっては忘れられない事件でしょう。『防城卿』の異名を授かったのも、あの事件では?」
    「恥ずかしい名前ですな」

     ジャンクション・J・スタッドテイン――通称『防城卿』。八年前の災厄において、流通都市の一つであったジェイスファンドを――スタッドテイン家の居城がある町を災厄から目立った死傷者なく守り抜いた名将として送られた名だ。当時、同程度の居城を持つ有力諸侯の八割が壊滅したというのだから、それがどれほど困難で稀有なことだったのかが、うかがい知れよう。

    「それが、どうして今回のことと関連があるのですかな?」
    「あの災厄がどうして起こったか……知らないわけではありますまい」

     スタッドテインの目がかすかに怒りに染まった。

    「忘れられないですな。先王の愚行なかでも最高の愚行ですよ」
    「ならばわかるはずだ!」

     執務机をたたく。

    「あの制御に失敗した精霊魔法が起こした消滅と、その後の《壁》の消滅を!」










    〜あとがき〜

    こんにちは、あるいはこんばんは。鍼法です。
    少しずつスタッドテイン卿が何を恐れ、何のために行動しているかがわかってきた第七話でございます。ヴェルドレッドと姉妹の会話が皆無な状況にちょっとびっくりしてしまった今日この頃。
    さて、第一部も中盤戦に突入です。もう逃げられないと覚悟を決めた傭兵とスタッドテインの目的意識を知ったアルヴィムはどう動くのか、楽しみにしていただけたら、至極幸いです。では、失礼します。

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