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■474 / 6階層)   第一部・『騎士の忠義・流れ者の意地』・第6話
□投稿者/ 鍼法 -(2006/11/04(Sat) 00:25:13)


              『パラディナ〜リセリア』




    「……これは、また……驚いたね」

     水鏡に映し出された光景を呆然と見ていたアルヴィムが、最初に放った言葉だった。
     数十秒前まで酒場を睥睨していた魔物は、無事な箇所を見分けるほうが難しいというような状態で、地面に倒れている。

    「イーディス君、彼女が使った魔術、再現できるかね?」
    「……不可能ではないと思いますが」

     気味の悪いものを見た。といった表情で固まっているイーディスの言葉。
    「原理自体は簡単です。単に空気中の水分を結晶化して刃のようにして飛ばしただけですから……ですが、詠唱もなしに構成式を組むとなると、現象構成系魔法熟練者の中で単一特化型の魔術師で無い限りは……」
    「ふむ……では、構成補助の魔道兵装を使用すれば、どうかね?」
    「私では……」

     不可解だ。そんな表情を浮かべて、アルヴィムは俯く。
     イーディスは王国屈指の魔術師。こと補助魔法の類においては歴代王宮魔術師の中では最高であろう。そのイーディスですら再現が不可能な魔法となると……

    「古代魔法王朝には、精霊魔法を自在に操ることのできる【精霊魔術師】というものが存在したと聞いた事があるが――」

     その類なのかな?アルヴィムは視線で問いかける。
     だが、イーディスは首を縦に振らなかった。

    「本当に存在していたとしても、今の魔法技術では再現は不可能なはずです」
    「町を滅ぼすだけの魔力を持つ妹と、現在の魔法技術では再現不可能な高度魔術を軽々と扱ってみせる姉、か……だが、不可解だね」

     言って、アルヴィムは手元においてあったグラスを手でもてあそぶ。

    「スタッドテイン卿は少々乱暴なところこそあるが、政治の腕に関しては超一流だ。だというのに、自らの政治生命を冒してまであのような盗賊まがいの傭兵を送り込む必要があるとは思えない」
    「彼女達に撃退されるとわかっていながら、ですか?」
    「それもちがうね。おそらく、卿は何かを調べたかったんじゃないのかな?たとえば、姉妹の何かを」

     愉快そうに目を細めるアルヴィム。

    「彼女達は自らの何かに気付いていないんじゃないのかな?それに、あの魔術行使のタイミングはどうにも解せないね」
    「解せない……ですか?」
    「なぜ、妹が襲われる寸前になってから、攻撃をかけたのかな?最初から使えるのなら剣なんて使う必要も無い」
    「言われてみれば、そうですね。出し惜しみにしてもタイミングが悪すぎます」

     一歩間違えれば妹は死んでいたのですから。続けるイーディスの言葉にうなずくアルヴィム。

    「少し、監視してみようか……」
    「分かりました。すぐに手配します」

     言うのが早いか、イーディスは執務室から出て行く。
     足早に部屋を出て行くイーディスを横目にしながら、アルヴィムは何も映さなくなった水鏡を見つめていたが、唐突に――喉を震わせて笑う。
    「さてさて……退屈で眠たげな遊戯が断然と面白くなってくるね、スタッドテイン卿? あの不可解な盗賊が彼女の何を覗くためだったのか、せいぜい観察させてもらおうかな?時は近い。もう、我々には悠長に構える時間すら与えられていないのだからね」

     どこか虚ろで――それでいて圧倒的な存在感を持った笑声は薄暗い執務室に響き渡った。







     時が経つというのは早い。
     すでに、盗賊の襲撃から一週間が経っていた。一時的に混乱していた共用馬車も運行を再開して、現在ではパラディナで事件が起こっていたということすら、馬車の中では話題にすらならない。例外である――

    「それにしても、あの盗賊はなんだったんだろうな?」
    「俺に聞くなよ。つーか、ヴェルドレッド端によれ端に」
    「これ以上は無理だ」
    「狭いんだよ。よれ」
    「無理だ。お前が寄れ」

     事件解決の要となった人物を除いては、だ。

    「二人とも落ち着いてください。周りの人に迷惑ですよ」

     どこか不機嫌そうに窓の外を見やる二人に苦笑しながら、エルリスが言う。
     あの時のことを――エルリスが魔物を倒したということを、本人は覚えていなかった。魔物を氷の刃で膾切りにしたかと思えば、そのまま床に倒れ付してしまったのだ。
     気がついたときには、全くといっていいほど魔物にはなった魔術についての記憶が無かった。スッポリときれいに抜け落ちてしまっていたと断言してもいい。

    「少しは静かにしろ」

     車内の端で黙々と短剣を磨いていたアルベルムが呟く。人が五人も乗れば狭くなる車内だ。今、車内は巡回商人を含めて七人の人間が乗っている。そんな中で、大の男二人が言い争えばうるさいと感じるのも無理は無い。
     正論なので反論できなかったのだろう。黙り込むヴェルドレッドとノークウィス。その姿が滑稽だったのか、セリスが小さく笑う。

    「そういえば、ノークウィスさんは次の中継都市に着いたらどうするんですか?」
    「あ? 俺たちか?」

     話を振られたノークウィスはエルリスを一瞥すると、ばつが悪そうに頭をかく。考えてはいないといったところだろう。隣にいるヴェルドレッドも同じような動作だ。

    「あ〜……とりあえずはリセリアにいる馴染みの情報屋から新しい情報を仕入れるかな。それから、王都方面かノーフル方面かどっちかに進むってところか」
    「俺も同じようなもんだよ」

     情報収集は酒場でだけどね。と続けるヴェルドレッド。

    「じゃぁ、今のところ依頼は入っていないんですね?」

     どこか期待の光を帯びたエルリスの表情。それを見て、何を言いたいのかを察したのだろうか、ノークウィスは眉をしかめる。表情が、「タダ働きはしないぞ」と語っていた。

    「お、お金はあります。パラディナでお礼をたくさんもらいましたし」
    「……なら、良いけどな」
    「話は聞こうか」

     短剣の手入れが終わったのか、アルベルムがエルリスに視線を向ける。

    「その……セリスの魔力を制御する方法を一緒に探してほしいんです」
    「その『悪食なる者ツァトゥグア』では駄目なのか?」

     首を振るエルリス。これだけでは無理という事なのだろう。

    「普段は大丈夫みたいなんですけど、何かの弾みで暴走してしまう事があるんです。今までは、暴走が小規模なうちに止まってくれていたんですけど……」

     これからもそうとは限らない。続けるエルリスを尻目にノークウィスはアルベルムに視線を向ける。
     どうするかという視線に対して、アルベルムも決めかねるという視線で返す。はっきりいえば、エルリスたちの台所事情で自分達の給料をどこまで払いきれるかも分からないし、第一そんな方法があるのかどうかも分からない。あの指輪は相当なものだ。少なくとも、現在流通している魔道兵装の中では随一の封印作用があると考えていい。それを超えるものがあるのかどうかすら、怪しいのだ。

    「……おれは構わないけど」

     話を隣で聞いていたヴェルドレッドが言う。

    「本当ですか!」
    「べ、別に次の予定が決まってるわけじゃ無いし」

     飛びつかんばかりの勢いで迫るエルリスに少々気おされながらも、ヴェルドレッドが返す。
     その姿を見ながら、ノークウィスとアルベルムは軽く嘆息した。正直でお人よしというのはよくいるが、傭兵をしている奴は始めてみた。傭兵は生き汚くなくては続いていかない商売だ。お人よしで正義感溢れる奴から死んでいくのはこの世界では常識といってもいい。

    「……ま、俺達も予定が決まってないからな。リセリアの情報屋から情報を仕入れてみてから決めるとするか」

     場合によっては協力する。そう言えばいいのだが、ひねくれているのか素直でないのか。

    「ありがとうございます!」

     勢いよく頭を下げるエルリスに苦笑しながら、ふと窓の外を見やる。
     すでに、流通都市として栄えるリセリアが見え始めていた。









    〜あとがき〜

    こんばんはあるいはこんにちは。鍼法です。
    アルヴィムがエルリスの『私の君』に興味を持つ話と次の舞台リセリアに向かう話となりました。話の流れ上、少々シーンを省いてしまった事をお許しください。
    次の話の舞台であるリセリアですが、何事も無く終わります(断言)ここはあくまで情報収集のための舞台というだけですので。
    ここまで読んでいただきありがとうございました。次のあとがきで会う事ができれば、幸いでございます。では、失礼します。

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