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■379 / 5階層)  第一部・『騎士の忠義・流れ者の意地』・第5話
□投稿者/ 鍼法 -(2006/10/08(Sun) 11:04:09)

            『パラディナ5』



    「アルベルム、援護!」

     大剣を構えながら、叫ぶノークウィス。
     それだけで、アルベルムはもっていた黒塗りの弓――稀代の魔道武具匠『トリスタン』の最高傑作『万物を射抜く者トリスタン』を構える。
     矢を持たない右手が弓を引ききる動作。それと同時に、右手に光で形どられた矢が顕れる。そして――放つ。

    「うっとおしいんだよっ!」

     言いながら、杖を空中に掲げる少年。
     それから反瞬遅れて、アルベルムが放った【矢】が殺到する。連射される矢の数は実に二十発以上。全てが人間の急所を狙っている。
     だが、一発も少年には届かない。全てがあと数センチといったところで押しとめられている。

    「うっとおしいのはテメェだ!」

     叫びながら、大剣を振り下ろすノークウィス。だが、大剣が少年を捉えることは無かった。走るというよりも滑るような移動で、大剣の攻撃範囲を軽々と離脱している。

    「ははっ!コッチだよ!」

     左手を掲げる。手には順逆回転しながら明滅する二重の魔方陣。

    「雷槌よ!我命の元、剣となりて、眼前の敵に思い知らせろ!」
    ――ライトニング・ブレイド――

     高らかに叫ぶ少年。左手の延長線上に、紫電を纏った剣が顕れる。
     振り下ろすと言うよりも、突く。突くというよりも伸びるといった方がいい動作で、ノークウィスに襲い掛かる紫電。だが、ノークウィスは横へ転がって回避。
     続く追い討ち。剣の動作で言うならば袈裟斬りの機動を描く紫電。だが、ノークウィスに届く前に魔弓から放たれた矢が少年に殺到。干渉結界が無効化するが、非随意的なものなのだろう、紫電が霧散する。紫電に回していた魔力を干渉結界が奪い取ったのだ。
     それを見たアルベルムは目を細める。そして――

    「ノークウィス!」

     叫ぶ。
     叫びの意図は理解しかねたが、とりあえずは作戦か何かと思ったのだろう、出血で動けないヴェルドレッドを抱えて、アルベルムが陣取っているT字路付近まで走ってきた。

    「何だ?」
    「あの子供の装備……分かったか?」
    「あ?ああ……術者と関係無しに各種結界を張るってことは『無意たる護り手イージス』を持ってるんだろ?」
    「それが分かっているなら、話は早い」

     薄く笑う。人ならば、薄気味悪い笑みと例えるだろうか。

    「壊せ」
    「……は?」

     言っている意味が分かりません。といった表情のノークウィス。

    「壊せって……どうやってだ?相手は干渉結界張ってんだぞ!?」
    「お前の全力の一撃なら何とかなるだろう?あれが張る結界は術者のものに比べたら、弱い」
    「簡単に言ってくれるな……」

     言いながら、通路の奥を見る。打つ手が無いから逃げたと思っているのか、気軽な足取りで、悠々と距離を詰めているのが分かる。
    ――油断しているのだ。

    「……分かった。全力で援護しろよ」

     呟き、柄を握る手に力を込める。
     これ以上の会話は不要と考えたのか。手信号とアイ・コンタクトでタイミングを計り始めた。
     十秒後に出る。その合図に頷くアルベルム。
     そして十秒後――駆け出す。

    「やっと出てきましたか?ぼくちゃん、マチクタビレチャッタヨ」

     ゲラゲラと笑いながら杖を突き出す少年。今度は四重の魔方陣。いかにも準備万端といった風情だ。

    「死ねよ……踊り狂ってさぁ!」

     吐き出されたのは五つの火球。放物線を描きながら、ノークウィスへと迫る。
     一発目、そのまま直進してくる。避けるまでも無いといった感じで剣を振るノークウィス。簡単に断ち切れた。
     二発目、ややカーブしながら迫って来る。これも避ける必要はない。アルベルムの矢が撃ち落した。
     三発目、二発目の軌道をなぞるように迫る。だが、これもアルベルムが迎撃。
     四発目、二発目と三発目の軌道とは真逆の軌道を描く。だが、カーブが大きすぎる。ノークウィスを捉えきれずに地面に着弾。
     最後の五発目。一度上空に上がっての落下軌道。だが、これもノークウィスを捉えきれない。

    「あたらねぇんだよっ!」

     最上段からの唐竹割り。ノークウィスの胸程度の身長しかない少年ならば、直撃すれば確実に死ぬという勢い。
     だが、少年を切り倒すのにあと数十センチという地点で大剣が火花を散らす。物理干渉結界と大剣の破壊力が拮抗する。
     額に血管を浮かべるほどに力むノークウィス。同じように、少年も歯を食いしばっている。お互い、全力を出しているのだ。気を抜いた方が、負ける。

    「っ、らぁぁぁぁぁっ!」

     雄たけび。
     ノークウィスの大剣が、結界を突破。少年の頭に迫る。
     だが、少年は地面を滑るような――魔術による移動で回避。胸の辺りを少し切り裂いただけだ。
     すかさず、アルベルムが矢を放つ。少年は嘲笑。干渉結界を超えることが出来ない魔弓など怖くない。
     反撃してやろう。左手を突き出す少年。だが――

    「あれ……ボクの左手は?」

     突き出すはずの左手が無かった。アルベルムの放った矢がゴッソリと抉り取っていったのだ。

    「な……んで?」

     呆然とした表情で、左手の断面を見る少年。だが、みるみるうちに表情が青ざめ、脂汗を噴出し始める。

    「おいクソガキ」

     意地の悪い笑みを浮かべて、ノークウィスが胸を指さす。
     指差した方向を見て、少年は視線をずらし――固まった。先ほどまであったものが無い。そう、各種干渉結界を這っていた『無意たる護り手イージス』が無いのだ。

    「お探し物はこれか?」

     言って、今度は足元を指さす。
     その先には、赤いマナ・クリスタルを埋め込んだペンダントが落ちていた。

    「あ、ああ……っ!」

     駆け寄って取ろうとする。だが、駆け寄るよりもノークウィスが踏み壊す方が格段に速かった。

    「あ……」

     一瞬呆然とし、逃げた。
     背中を見せて走り出す少年。だが、アルベルムは見逃すほどお人よしではなかった。
     矢を放つ。心臓を貫くはずだったが、少し外れた。致命傷ではあるが、即死はしない。
     少年は走りを止めない。裏路地のさらに裏路地へと入ったところへ逃げ込み――悲鳴を上げた。





    「ち、畜生……あいつら…コロシテヤル」

     左腕の断面から夥しい血を垂れ流して、少年は走っていた。
     傭兵達はすぐに自分を殺したりはしないだろう。心臓を少しずれた矢は即死とはいかないが、致命傷には間違いない。急いで追う必要性はないのだ。じきに――死ぬ。

    「くそっ!クソッ!」

     叫びながら、目当てのものを探す。この依頼を受けたとき、身分も姿も明かさなかった男が残して言った『最新型の魔道兵器』だ。それさせ使えば、あんな蛆のような傭兵二人など、問題にならない。
     ほどなくして、目当て物を見つけた。胸に抱えるくらいの箱だ。

    「これで殺してやるからな……」

     憎悪に滴る声を上げて、箱を開けにかかる。
     箱は――開いた。そして同時に、少年の体を無数の靄が覆う。

    「な、何だよ!」

     なけなしの生命力を削ってもがく。だが、靄は晴れるどころか、少年の体を覆っていく。

    「い、痛い!」

     悲鳴を上げた。
     痛い熱い苦しい……それしか感想など思い浮かばない。いっそのこと殺してくれた方が幾分か楽だ。そう思えるほどの苦痛と――自分の体が変質していく、奇妙な快感が体中を駆け巡っていく。

    「い、いやだ!助けてよ!」

     悲鳴を上げる。誰も助けてくれない。当たり前だ。とっくのとうに残っていた部下は逃げてしまったのだから。

    「何でボクが!助けて!助けてよ!パパァ!ママァ!」

     そこまで叫んで――少年の意識は消滅した。





    「オイオイ……冗談ってのは笑えることだけにしてくれよ」

     少年の悲鳴を聞いて、裏路地に駆け込んできたノークウィスの第一声だった。
     そこにいたのは少年では――人間ではなかった。
     爬虫類の羽、悪臭を放つ灰色の体毛、山羊の角――極めつけは胸板に生えている少年の顔だ。少年の顔は正気を保っていない。目の焦点は合わず、涎と鼻水と涙を垂れ流して、ゲラゲラと笑っている。とてもではないが、正視できない。

    「たすぅけぇてぇ……たすぅけぇてぇ」

     助けて……ゲラゲラと笑いながら少年の顔はそれしか言っていない。 ――狂っている。
     目を背けたくなるような情景だが、アルベルムとノークウィスの行動は早かった。

    「閃光よ!増え、分かれ、驟雨となりて、我が眼前の者に襲い掛かれ」

     詠唱。
     空中に浮かんだ三重の魔方陣は魔弓『万物を貫く者トリスタン』のマナ・クリスタルへと吸い込まれて、発光する。
     次に放った矢は、散弾だった。
     一本の弓が四本に四本が十六本に十六が六十四にと別れていく。矢は百本を軽く越える大群となって、少年だったものに――魔物に襲い掛かる。
     体中に矢が刺さり、のた打ち回る魔物。だが、どれも致命傷にはならない。
     すかさず、ノークウィスの一撃。右腕を切り飛ばす。だが、致命傷にはならない。
     咆哮を上げる魔物。背中の羽を広げて、大きく羽ばたく。
     地面に吹き荒れる風。ノークウィスの身長よりも大きく、体重も一回り以上は重いであろう魔物の体が空中へと浮かぶ。
     飛べるのか。小さく舌打ちしながら、アルベルムが魔弓を構える。羽に穴を開けてさえしまえば、飛べなくなる。
     だが、アルベルムが矢を放つ半瞬前に魔物は高速で移動を開始。ノークウィスへと飛び掛る。

    「ぉぉぉおおぉっ!」

     雄たけびを上げて、大剣を横薙ぎに振るノークウィス。風を唸らせながら、大剣は魔物を切り――とばせなかった。
     魔物の振るった腕が、大剣を弾き飛ばしたのだ。

    「ぐぅ……っ!」

     うめき声を上げるノークウィス。すかさず、魔物は空中で一回転。回し蹴りに近い軌道の蹴りをノークウィスの顔面に叩き付ける。
     きりもみしながら吹き飛ばされるノークウィス。追撃しようとするが、アルベルムの攻撃で妨害。アルベルムが妨害している間に、ノークウィスは立ち上がる。
     血の混じった唾を地面に吐き捨てながら、大剣を構えるノークウィス。
     魔物は空を縦横無尽に飛びまわりながら、アルベルムの攻撃をよけてはいるが、命中するのは時間の問題だろう。あれだけの質量を持ったものが空中を長時間飛べるわけがないのだから。
     事実、魔物のわき腹をアルベルムの矢が貫いた。
     苦悶の雄たけびを上げる魔物。反撃してくる。そう思ってノークウィス達は身構えるが――反撃はなかった。
     戦っても勝てないと思ったのか、魔物は空中で方向転換し、飛び立った。方角は――南だ。

    「オイオイオイ!」

     叫ぶ。あの方角はマズイ。あの方角には――

    「ノークウィス、ヴェルドレッドを!」

     アルベルムが走り出す。あの方角には――
     あの方角には、エルリス達がいる酒場があるはずだ――






     いきなり屋根を破壊して入ってきた魔物で、酒場の中は騒然となった。
     避難していた市民を酒場の奥に追いやりながら自警団は剣を抜き――魔物を取り囲んで切ろうとする。そこまではいつも進入してくる魔物の倒し方と同じだ。だが、この魔物は違った。
     その背中に生えた羽を一回転させて、取り囲んだ自警団員達を全員吹き飛ばしたのだ。

    「ぐううっ!」「う、腕、が……」「い、痛い……痛い…」

     口々に苦痛の呻きをあげる自警団員。そんな自警団員には一瞥もくれずに、魔物はセリスへと近づく。
     セリスを背中にかばって、エルリスは護身用の剣を抜く。ノークウィス達に比べるのも馬鹿馬鹿しい実力ではあるが、それでも剣は使える。
     気合声一発。剣を袈裟切りに振り下ろすエルリス。剣は一直線に魔物へと吸い込まれるが、皮膚を浅く裂くだけだった。
     鬱陶しいといった言葉が似合うような動作で、腕を振るう魔物。
     悲鳴を上げる暇もなく、エルリスは壁まで吹き飛ばされる。

    「っ!いやぁぁぁぁぁぁぁっっ!」

     呆然と吹き飛ばされるエルリスを見ていたセリスが金切り声を上げる。近づいてきた魔物に片腕をつかまれて、持ち上げられたのだ。
     魔物の表情には間違いない――嗜虐が浮かんでいた。どうしてやろうか?足から食らおうか?かわいらしい顔からか?それとも――楽しむか?それを決めるのは自分自身なのだ。そう、魔物の顔は語っていた。

    「……ぃゃ」

     恐怖にすくんだ体からはそんな小さな声しか出なかった。

    「ぃや……いや……いや……」

     少しずつ声が大きくなっていく。そして、セリスの周りを魔力が込められた風が渦巻いていく。

    「いや……嫌っ!」

     その叫びとともに、強大な魔力の塊が魔物の顔面を打ち据えた。
     痛みにひるみ、魔物はセリスを手放す。
     地面に落ちると同時に、セリスは一心不乱に逃げる。少しでも離れたい。近くにいれば、必ず、自分は目も当てられないほどの嗜虐を受けることになる。
     だが、魔物の目には嗜虐などという光は宿っていない。怒りと――それに伴う殺意だけだった。
     腕を振り上げ、セリスを叩き潰そうとする魔物。アルベルムが酒場の入り口に入ってきたのは、その時だった。
     間に合うか。アルベルムは魔弓を構える。
     だが魔物は腕を振り上げた姿勢のまま動こうとしない。それどころか、瘧のように震え始めた。何かに恐怖しているのだ。そして、アルベルムは何に恐怖しているのかを、すぐに理解した。

    「――セリスに触れるな」

     エルリスに恐怖しているのだ。だが、本当にエルリスなのだろうか。声も、姿かたちもエルリスだ。だが、何かが決定的に違う。

    「貴様、魔物ではないな?」

     口調も違う。圧倒的な威圧感をまとっている。

    「まぁ、いい」

      パチンと指を一度鳴らす。それだけで勝負はついた。

    「貴様は、死ね」








    〜あとがき〜
     こんにちは、あるいはこんばんは。鍼法です。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
    ……長かった。おそらく、戦闘シーンだけでは最長かもしれません。当初はサクサク倒しちまいましょうと考えたのですが、どうしても『私の君』を出したかったというのがありまして……
    とりあえず、パラディナ編はあと二話、長くても三話で完結です。次はどのような町へどのように進んでいくのかは、また別のあとがきにて……では、失礼します。

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