Release 0シルフェニアRiverside Hole

HOME HELP 新着記事 ツリー表示 スレッド表示 トピック表示 検索 過去ログ

0014889


■ ここはミニ小説掲載専用掲示板です。
■ 感想は 感想掲示板にお願いします。こちら⇒■
■ 24時間以内に作成されたスレッドは New で表示されます。
■ 24時間以内に更新されたスレッドは UpDate で表示されます。

記事リスト ( )内の数字はレス数
Nomal『黒と金と水色と』第1話@(46) | Nomal第一部「騎士の忠義・流れ者の意地」・序章(9) | Nomal交錯(改正版) 第一話(0) | Nomal傭兵の(7) | Nomal交錯(3) | Nomal戦いに呼ばれし者達(26) | Nomalオリジナル新作予告(0) | Nomal鉄都史論 01、崩壊からのエクソダス(6) | Nomal誓いの物語 ♯001(13) | Nomalツクラレシセカイ(前書き)(17) | Nomal愛の手を【レイヴァン・アレイヤ編】(3) | Nomal(削除)(3) | Nomal空の青『旅立ち』(19) | NomalLIGHT AND KNIGHT 一話(8) | Nomal双剣伝〜序章〜(6) | Nomal『魔』なりし者 第一話(4) | Nomal捜し、求めるもの(12) | Nomal白き牙と黒の翼、第一話(1) | Nomal赤と白の前奏曲(3) | NomalIrregular Engage 序、夜ヲ駆ケシ愚者供(16) | NomalThe world where it is dyed insanity-Chapter1-吟詠術士・第零節〜Epilogue〜(0) | Nomal赤き竜と鉄の都第1話(16) | NomalΑ Σμαλλ Ωιση(11) | Nomal悪魔の進出(2) | Nomal蒼天の始まり第十話(9) | Nomal[蒼天の始まり] 第一話(19) | Nomal〜天日星の暖房器具〜(26) | Nomalサム短編(2) | Nomal"紅い魔鋼"――◇予告◆(21) | Nomal外伝−白き牙の始まり(0) | Nomal少女の檻 序章 『 lost −雪−』(40) | Nomal★蒼天の紅い夜 外伝(1) | Nomal★公開開始"蒼天編"(14) | Nomal★先行公開 ◆予告編◇(0) | Nomalなんだか分からないSS(0) |



■記事リスト / ▼下のスレッド
■384 / 親記事)  [蒼天の始まり] 第一話
□投稿者/ マーク -(2006/10/11(Wed) 13:46:48)
    2006/10/11(Wed) 14:23:17 編集(管理者)


    〜手紙〜                                    



    背中が熱い
     
    「・・・・・・・・・・・・・・・!!」

    誰?

    「・・・・・・・・・・・・・・・!!」

    「・・・・・・・ん!!」

    知っている。あなたは、

    「・・・・・ちゃん!!」

    うるさいわね。


    「お姉ちゃん!!!」
    「うるさーい!!!!!!」

     キィィーーーーン

    「って、あれ?」
    「あう〜」
    「セリス、どうしたの?」

    目の前には、私の大切な妹、セリスが耳を抑えてうずくまっていた。
    え〜と、つまりそうゆうことなのね。

    「セリス、ごめん!!!」

    「大声ださないで〜〜」




    「うう〜」
    家へと帰る途中、セリスはまだ恨みがましく声を上げている。
    だめだ、完全にへそを曲げている。
    夕飯はセリスの好きなものにして機嫌とらなきゃだめね。
    それにしてもさっきの夢はなんだったのかしら?
    なんか懐かしい感じだったけど。




    「おいし〜」
    セリスは温かいシチューを飲みながら、とても幸せそうな顔をしていた。
    よかった。どうやら機嫌を直してくれたようだ。
    もっとも、私は極度の猫舌のため、皿の中身は殆ど減って無い。
    スノウライトの冬は早い、暦の上ではまだ秋だが、時々雪も降る。
    冬になれば、さらに冷え込むため堪らないらしい。
    さすがに雪はまだ降らないが、それでも十分に寒い。

    「そういえば、セリス。先生なんだって?」
    一緒に帰ろうと思ったらセリスが先生に呼ばれたから教室で待ってたら寝ちゃったのだ。
    「あっ!!」
    セリスも思い出したらしく、慌ててポケットから封筒を取り出し私に手渡した。
    「手紙?」
    いったいだれが?そう言って裏を向けて書かれた名前を見て固まった。


    ラウル・ハーネット


    「お父さん・・・」
    手紙の裏に書かれた名前は10年も前に死んでしまった父の名前、
    「お父さんが、もし自分が死んだら私が17歳になったら渡してって先生に
    頼んだんだって」

    「そう・・・。でもセリスの誕生日って2ヶ月も前よね?」
    確か2ヶ月前に親友のミコトと誕生日パーティをしてその時ミコトがお酒を持ってきた
    せいで、大騒ぎになったのだ。
    その翌日、わたしとセリスは二日酔いで全く動けなかった。あれはキツイ。

    「10年も前だもん先生も忘れたんだって」
    確かに10年も前に頼まれても覚えているかどうかなんて危うい。

    「封はまだ開けてないの?」
    「うん、ボクだけで見ちゃだめかな〜。って思って」
    「そっか、じゃあ明けよっか」
    そういって封をあけ慎重に中の手紙をとりだす。
    「どれどれ」
    セリスも手紙を覗き込む。





    エルリス、セリス。
    元気にしてるか。お前たちがこれを見ているということは
    俺はもう、そこにはいないのだろう。

    唐突な話だが、2人とも旅に出なさい。
    今すぐでなくて構わない。が、出来るだけ早くだ。
    これからお前たちには様々な危険が襲い掛かるだろう、
    まずは北の都市、レムリアの入り口付近にあるベアという店に行ってみるといい。
    ベアの店主に地下の倉庫にある手紙を渡してくれ、きっとよくしてくれる筈だ。
    あと、道中いろいろと危険だろうから家の地下倉庫に有るものは好きに持っていって
    構わない。そして、もう1つ。おそらくセリスの発作はまだ治まっていないだろう。
    既に分かっていると思うがその発作は魔力の暴走だ。
    魔法文明は魔法が全盛期だった時期で、似た症例もあるやもしれん。
    並大抵の道ではないが魔法文明の遺産や当時の書物を探せばもしかしたらなんらかの
    手がかりになるやも知れん。
    幸い、ベアは冒険者の店だ、話だけでも聞いておくといい。

    最後に、情けない父ですまない・・・。




    「お父さん・・・」
    「・・・セリス、どうする?」

    セリスの答えなんて分かってる。

    「・・・・・・いくよ。でも、お姉ちゃんは」
    「まった、当然、私もいくからね。お父さんも2人でって書いてあるし
    私にも無関係の話ではないもの」
    危険とはセリスの魔力のことだろう。セリスの魔力は制御できないのを無視すれば、
    おそらく、魔族や竜のような超越種にも及ぶだろう。
    それを知られれば教会の者や魔術師たちが放って置くとは思えない。
    この街自体は田舎だがこの街の先にある山には、教会の者や魔科学者たちがある物を
    調べに来るため、この街を通っていく際に見つかるかもしれない。

    お父さんは、理由がセリスの魔力の所為だというのを隠したかったのだろう、
    けど、セリスは自分が狙われるかもしれないのはうすうす勘付いていたらしいし、
    私自身も同じように異質だと理解している。狙われるかもしれないのは同じだ。
    それに、そんなことが無くても、セリスを1人になんて出来るはずがない。

    「お姉ちゃん・・・」
    「とりあえず、手紙に書いてあった地下倉庫を探すわよ」
    「うん!!」

引用返信/返信

▽[全レス19件(ResNo.15-19 表示)]
■400 / ResNo.15)  蒼天の始まり 第7話、A
□投稿者/ マーク -(2006/10/11(Wed) 14:15:34)
    『買い物』






    「ねえ、コレどうすればいいの?」
    遺跡から戻ってきた私たちは、ルスランたちと共に、ベアに見つけた道具を
    鑑定をして貰っていた。
    もっとも、三人はすでに終えて帰ってしまったが、
    問題は私が見つけた1冊の本。アーカイバだ。
    「ほう、アーカイバか。刻印が失われてるなら何とかなるぞ」
    「?売るんじゃないの?」
    「売る!?何バカなこと言ってんだ。昔のアーカイバなんて、
    宝箱みたいなもんじゃねえか。売ってどうする」
    あ、それもそうか。
    「でも、アーかイバって契約者以外は使えないんでしょ?」
    「普通はそうだ。だが、契約者が死んでるならやれんこともない。
    だが、ちゃんとした魔術師に頼まなきゃ駄目だがな」
    「ふーん。じゃあ、協団にでも持っていくの?」
    「それでもいいが、そうすると高くつく。かといってモグリのやつ等に任せりゃ
    中身を取られるかも知れんし・・・まあ、気に入らんが、お前さんたちの先生にでも
    渡せば上手くやってくれるだろう」
    「じゃあ、またスノウに行けばいいのね」
    「いや、そういうのは他のやつ等に頼め。
    お前たちをまたあの森に行かせるのは危なっかしい」
    うっ、確かに森で迷った挙句、油断してやられかけたことを話したら
    呆れられたことがあったが、今度はそんなことにはならない自信はある。
    「まあ、わざわざ自分で行かなくても、他のやつに依頼するのも1つの手と
    いうことだ。せっかくの休みにそんな面倒なことをするのは非効率的だろう?
    どうせ大した額じゃないんだ」
    言われてみればその通りかも知れないが、
    「でも、人づてというのは先生に失礼な気がするんだけど」
    「確かにそうも取れるかもしれん。だが、これは商売だ。
    知り合いだからといって贔屓するのは余りいいことではないぞ」
    「・・・わかった。言うとおりにするわ」
    「よし。なら、明日はチェチリアと一緒に街を回ったらどうだ?
    こっちに着てから忙しくてそんな機会が無かっただろ」
    ‘‘でも、そんな、お店を休むのは’’
    話を聞いていたチェチリアがノートを使って会話に参加してきた。
    もっとも、外出について、嫌がっているとか、そういう感じではなさそうだ。
    「俺や店を心配してるなら気にしんで良いぞ。
    最初の頃は1人でやってたんだ。お前もたまには羽を伸ばして来い」
    少しの間、思案し、
    ‘‘ありがとうございます’’
    と笑顔で文字の書かれたノートを見せた。
    「じゃあ、明日は買い物だね。楽しみだな〜」
    「セリス、ほどほどにね」
    って、どうせ、聞いてないわね。
    まあ、別にそれほどお金には困ってはいないんだけど。









    「じゃあ、いってきま〜す」
    「おう、楽しんで来い!!」
    ・・・・・・・・・・



    「ふう、1人だとやはり暇だな」
    ガチャッ!!キィー、ガチャン!!

    「ん、誰だ?っと、お前か」
    「久しぶり、デュナミス遺跡の守護者の退治。完了したわ」
    「ご苦労さん」
    「労いは良いからとっとと報酬を出しなさい」
    「ったく、せっかちだな。今回は長引いたが、またスノウに戻るのか?」
    「まあね、というか長引いた理由はこんな面倒な仕事押し付けた
    あんたの所為でしょ」
    「そうだったか?」
    「はあ、もういい。今回も収穫が無かったし、嫌になるわ。
    何か変化はあった?」
    「いや、最近の事件では協団の飛空艇が襲われたらしいが、公にはなってない。
    あとは無いな。
    お前さんの探し物も変化なしだ」
    「そっか、ならいいわ。それじゃ」
    「ちょっと待て、スノウに戻るならあそこの学校で先生をやってる、
    二十代半ばぐらいの魔術師がいるはずだ。
    そいつにコレを渡してくれ」
    「いいけど。
    その人って、細身で金髪のロングヘアーの女性?」
    「ああ、そうだ。よく知ってるな」
    「まあね。渡すだけでいいの?」
    「いや、出来れば往復で頼む」
    「はあ、わかった。でもコレって誰が見つけたの?
    あいつら?」
    「いや、一緒に向かわせた新入りだ。
    なかなか見所があるぞ。今度紹介してやる」
    「弱かったら組まないわよ」
    「ああ、分かってる。強ければいいんだろ」
    「えらく強気ね。まあ、いいや。
    チェチリアの料理もないし、
    もう用は無いわね。それじゃ」
    キィー、ガチャン!!

    「全く慌ただしいやつだ」






    「どれがいいかな〜」
    「どうせ、着る機会なんて滅多に無いんだから
    そんなに気にしなくてもいいじゃない」
    「駄目だよ、お姉ちゃん、そんなんじゃ!!
    ほら、これなんてお姉ちゃんによく似合いそう」
    ここはレムリアの大通りにある大きな洋服店だ。
    セリスが見つけて、一目散に入って行ったの追いかけたら、こうなった。
    確かにセリスの選ぶ服は可愛いと思うが、私はちょっと着たいとは思えない。
    はっきり言って、これを着て、街中を歩くとなると私にとっては拷問のようだ。
    無論、セリスは純粋に私に似合うと思って選んでいるのだろうが、
    ある程度なら良いが、私の性格的にここまでフリフリの服を着るのはちとツライ。
    チェチリアはお店の空気に当てられ、なんかオロオロしている。
    ・・・チェチリアなら、これ似合いそうだな。
    ―ニヤリッ

    「ねえ、チェチリア。これ着てみない?」
    口調は優しげだが、チェチリアを掴む腕の力は結構強く、
    必死に逃げようとしてるようだが、この程度ではビクともしない。
    「セリスも手伝って」
    「うん。分かった」
    セリスも極上の笑みでチェチリアを捕まえる。
    なんかもう、開き直って楽しんでしまおう。
    うん、そうしよう。



    「うん。チェチリア、良く似合ってるよ」
    お世辞でなく、本当に似合っている。
    同性の私から見ても、チェチリアは小さくて‘‘女の子’’という感じだ。
    言われたチェチリアは頬を赤く染めながら、はにかむ様な笑みを浮かべている。
    「さて、今度はお姉ちゃんだよ」
    「ヘッ!?」
    着替え終わったチェチリアとセリスに突如、腕を掴まれ、動きを封じられた。
    えっ!?ちょっと待って!?
    どうやら、チェチリアはさっきの復讐という意味が強いようだ。
    あ〜〜。
    まるで売られ行く子牛のような心境だ。
    こういうのも因果応報というのかな。
    もはや、私は半ばあきらめの境地だった。


    こうして、セリスと私とチェチリアはまるで着せ替え人形のように服を
    着せられあい、結局何着か買ってしまった。
    どうせ、結局着ないんだろうな・・・はあ。


引用返信/返信
■401 / ResNo.16)  蒼天の始まり 第7話、B
□投稿者/ マーク -(2006/10/11(Wed) 14:16:45)
    『白き牙』






    ―キィー、ガチャン!!
    「おお、早かったな。ってなんか機嫌が悪いな」
    「別に、ちょっと薄情な友達がいてね」
    「??よく分からんがちゃんと渡してくれたんだろうな」
    「当たり前でしょ。ハイッ、これ」
    「ああ、ありがとう。報酬は」
    「良いわよそんなの。ただのついでだし。
    それよりなんかいい仕事無い?
    ちょっとムシャクシャしてるのよ」
    「あいかわらず、物騒なやつだな。
    とりあえずお勧めはこの街に範囲を広げつつあるはぐれの吸血鬼。
    最近、犠牲者が増えてついに賞金首になった」
    「ああ、前から言われてたやつね。
    ちょうど良いわ3日もあれば片付くから。
    その後は当分、こっちにいるから」
    「気をつけろよ」



    「あれ、こんな時間にどうしたの?」
    「ああ、常連が来てな。ちょっと仕事を紹介してやったんだ」
    「常連ってルスランたち?」
    「いや、別のやつだ」
    他の人・・・
    「そしかして、シリウス?」
    「さあ、どうだろうな。
    それより、アーカイバが届いたからとっとと契約して開けてくれ」
    「あっ、ありがと。そっか、刻印つけなきゃ開かないんだよね」
    「そうだ」
    契約を終え、入っている中身を全て取り出してベアに渡す。
    ページはほとんど埋まっていて、全て出すだけで一苦労だ。
    そういえば、私が契約しちゃったけど良いよね。
    ・・・セリスが怒るかな。
    「こいつは・・・・バースト80、セイクリッド40発と
    いったところか。通常弾もかなりあるな。
    なんというか、運はいいが、間は悪いな」
    「それって銃弾だよね?そんなに珍しいの?」
    「ああ、特別な種類の銃弾で、アーティファクトといってもいい。
    しかし、こんなに早く見つけるとわな。
    まあ、運も実力のうちと言うしいいだろう、約束は約束だ。
    シリウスに会わせてやる」
    「えっ、本当!?」
    「嘘は言わん」
    嘘!?こんなに早く合えるなんて。
    つまり、これってそれほど、珍しいものなんだ。
    「とはいえ、アイツが来るのは数日後だな。
    それまでおとなしくしてろ」
    「分かったわ」
    楽しみだわ。どんな人だろう?





    ベアにシリウスを紹介して貰えると決まってから数日が経ち、
    私とセリスは本職(といってもまだ新米だが)であるはずの冒険者仕事をせず、
    チェチリアと共にベアの手伝いをしている。
    理由は私たちがいない間に来て、行き違いになるのは御免だし、
    なによりも、そんなことになったらシリウスに失礼だ。


    ―シリウス
    白き牙といわれる俊足の剣士、
    他の三人、蒼き空バルムンク、銀の月アルテ、赤き竜サラたちと
    同様に名前以外知られていない謎の英雄。
    白き牙というのも、そのあまりの速さに白い影としか映らず、
    抜かれた剣の煌きから、白き狼の牙と言われたらしい。
    というのも、まともに見たのは王城の一部の騎士と女王ディシール様と
    その娘の第一王女リリカルテ様のみだからそれほど詳しくは伝わっていないのだ。
    もはや、シンクレアは生きた伝説といってもいいだろう。
    そんな人物に会えるなんてほんと、夢のようだわ。


    「お姉ちゃん、早く帰らないと日が暮れちゃうんだけど」
    「えっ!?あっ、ゴメン」
    いけない、ベアに頼まれた買出しの帰りなんだった。
    しかも、もう日が暮れる間際だし、早く帰らなきゃ。
    「・・・なにあれ?」
    「えっ!?」
    沈みかけつつある太陽と反対側の空から、近づいてくる黒い影。
    「獣人かな?」
    「どうだろ・・・でも、いやな予感がするわね」
    黒い影が大きくなり、真っ直ぐ私たちの方へ進んでくる。
    念のため、アーカイバから剣を取り出す。こういうときアーカイバは凄く便利だ。
    影の形が判別出来るほど近づいてくるとそれは人の姿をした何かだと確認できた。
    だが、何か違う気もする。
    そうこう考えている内に影が勢い良く降りてきた。
    降りてきた影はわたし達の周りにいた1人の女性に襲い掛る。
    私は慌てて影に切りかかるが、黒い翼を広げて、再び空へと飛び上がって
    避けられた。
    襲われた女性を見ると血の気は無かったが、どうやら気を失っているだけだった。
    だが、眼を引くのは首筋から流れる血と噛まれた痕。
    つまりコイツは獣人なんかではなく、
    「吸血鬼!?」
    セリスが驚き、身構える。
    吸血鬼は、魔族の亜種だ。
    獣人以上の生命力と、人を超える魔力、魔族同様永遠に近い寿命を持ち、
    人を狩り血を欲する。それが吸血鬼という存在だ。
    しかし、この吸血鬼はボロボロだった。
    勝てるかどうかは分からないが、放っては置けないし、
    傷ついている今なら私でも、何とかなるかもしれない。
    剣を構え、いつ降りてきても対応できるようにする。
    だが、吸血鬼は降りてこず、あまつさえ魔術の詠唱を始めた。
    慌てて詠唱の邪魔をするべく氷を打ち出すが、届かずに地に落ちてしまう。
    いまから、大きな魔術を詠唱しようと相手のほうが先に完成する。
    しかも、私もセリスも飛んでいる敵に対する有効な手立ては無い。万事休すだ。
    目に見えて、吸血鬼の魔力が高まり、詠唱が完成しようとしたところで
    突如、吸血鬼の翼が消えた。いや、斬られたのだ。
    飛ぶ術を失った吸血鬼は、自然の法則に従い、地に落ちる。
    地面に叩きつけられた吸血鬼が顔を上げ、
    「鬼ごっこもここまでね」
    ―ザシュッ!!
    翼を斬ったと思われる人物に躊躇無く剣を突き刺され、灰となり消滅した。
    「ふぅ、取り逃がすなんて腕が鈍ってきたかしらね「ミコトだ〜〜!!」って、ええっ!?」
    セリスがその人物に勢い良く抱きつく。
    「セリス!?、にエルリス」
    そう、吸血鬼を倒したのは紛れも無く。
    私とセリスの親友である、ミヤセ・ミコト、その人だった。
    ・・・・わたしはついで?
    「ミコト・・・・どうしてこんなところに?」
    「それはこっちのセリフよ。一体なにしてんのよ、あんたたちは」
    「えっ!?一応、冒険者だけど」
    「そうじゃなくて、何であたしに何も言わずに出てったのかってことよ!!」
    「むう、だってミコトいなかったんだもん!!」
    「うっ、でも、挨拶も無いのは問題でしょ」
    「いや、だって早めに出なきゃいけなかったし」
    ・・・実際はスノウを出て少しして思い出したんだけど。
    わたしって結構薄情なのかな?
    「それでも、せめて置き手紙くらい・・・まあ、いいわ。
    どうせ会えたんだし、今回のことは許してあげる」
    「ありがと。そうだ、さっきの女性」
    「もしかして噛まれたの?」
    「・・・うん」
    私たちがもっと早く動ければこんなことには・・・
    「どれどれ・・・なんだ。ほとんど血も吸われてないし、大丈夫よ」
    「でも、噛まれたら、吸血鬼になるんじゃ」
    「それも大丈夫みたい。吸血って力を注いで自らの手下を作るためか、
    力を得るための手段だから、絶対になるわけじゃないの。
    私に追われてたから、ただの『食事』だったみたい」
    「そっか、じゃあ、大丈夫なんだね。良かった」
    「ところで二人とも宿は?」
    「ベアっていう冒険者の店でお世話になってるの」
    「ベアって、あのイカツイ熊みたいな店長の?」
    「うん、そうだけど」
    ボソッ
    「なんだ、ベアが言ってた新入りって、エルたちのことなんだ」
    「何か言った?」
    「ううん、なんでもないわ。私もベアには用があるし、一緒に行く?」
    「そうね」



    「にしても、二人とも妙にうれしそうね?」
    ベアは遅過ぎる私たちに痺れを切らし、探しにいったらしい。
    が、すれ違いになるのもゴメンなので、チェチリアの料理を食べながら久しぶりに
    三人で雑談に没頭している。
    にしても、やっぱり顔に出ちゃうかな?
    無論ミコトに会えたのもうれしいんだけど、
    「実はね、ベアにシリウスに会わしてもらえることになってるんだよ。
    ミコトも紹介して上げよっか?」
    「ブッ!!ゴホッ!!ゴホッ!?」
    ミコトはセリスの答えた言葉に驚き、口に含んでいた水を吹き出しかけた。
    「ちょっ!!ミコト!?」
    「ゴホッ!!ゴッ、ゴメン、ちょっと用を思い出した。じゃあ」
    「あっ、ミコト、お金!?」
    ドンッ!!
    「キャッ!!」
    「おいおい、王国の英雄ともあろうものが食い逃げか?」
    「ィッタ!!ってベア、あんた私を売ったわね!!」
    「売ったとは人聞きが悪いな。ただの仲介だぞ」
    「王国の英雄・・・って、えっ?ええっ!?」
    まっ、まさか!??
    「同じことじゃない!!第一、なんでこっちの方の名前出すのよ!!」
    「まあ、いいじゃねえか。どうやら知り合いだったみたいだし。
    こいつら、頼まれてた品を見つけてきたんだぞ。
    エルリス、もう分かったかもしれないがこいつが」
    「はははは、まっ、まさか」
    だってそんな!?行く何でも有り得な・・・
    「はあ、もういい。そうよ、私がシンクレアの白き牙、シリウスよ」
    うそ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!??
    硬直。私もセリスも凍りついた様に固まった。
    なんとか、意識を戻し、
    「私の憧れを返せ〜〜〜!!」
    「何の話よ!?」
    結局その後の記憶は無い。
    ベアの話によるとセリスと共に酒に逃避して潰れたらしい。
    なんかとんでもない一日だった。
    私の夢を、理想を、憧れを返せ〜!!!





引用返信/返信
■402 / ResNo.17)  蒼天の始まり 第7話、C
□投稿者/ マーク -(2006/10/11(Wed) 14:18:02)



    『番犬』





    頭痛い。えーと確か昨日はああ、そうだ。
    シリウスを紹介してもらったんだ。
    もう、悪い冗談か悪夢にしか思えない。
    ・・・夢。ああ、そうか。
    何も言わなかったミコトに対する罪悪感から見てしまった悪夢なんだわこれは。
    うん、良く考えればミコトが王国の英雄なんてそんなことあるはずがないもの。
    「全部口に出てるわよ。それで、あたしが何ですって?」
    ・・・どうやら現実逃避も許されないみたい。



    「おはよう・・・」
    「おはよう、シリウスに会わせてやったというのに昨日までとはえらい違いだな」
    間違いない、ベアは分かっててやっている。
    そりゃ、私もミコトが強いのは分かってはいるが、
    こんな身近なところにいたら憧れも理想もあったもんじゃないと思う。
    せめて、知り合いじゃなかったら・・・
    「エルリス。あなた、さっきからかなり失礼」
    「えっ!?ああ。ゴメン」
    「まいいけど、セリスは?」
    「ショックで寝込んでる」
    「・・・そう。姉妹そろって本当に失礼よね。で私に何のよう?」
    とりあえず、嘘ではないと思うがカマ掛けてみよう。
    いや、別に信じてないわけではないというか、信じたくないというか・・・
    「ねえ、バルムンクが精霊使いって本当?」
    「!?何でそのことを!?」
    本当、みたい。噂しか聞いてないならこんな反応は出来ないと思う。
    つまり、本当にバルムンクと一緒にいたのだ。
    にしても、ミコト・・・・・・
    「前に酔払って話してたよ」
    「・・・・・・・・やっちゃった」
    「ははは。で、その話本当なんだよね?」
    「ええ。まあ、そうだけど?」
    やった!!これで何とかなるかもしれない。
    「じゃあ、バルムンクに会わせてくれない?」
    「無理」
    ミコトが間髪いれず即答する。
    「なんでよ!?」
    「だって行方知らないもの」
    「・・・はあ!?」
    「いや、実はね。
    私が行方知ってるのはサラだけで、他の奴は行方を知らないの」
    「なんで?」
    やっぱり、偽者なんじゃ?
    「仕方ないでしょ。私たちお互いの名前さえ知らないんだから。
    私、全部終わったら疲労で倒れちゃってね。
    起きたら同じように倒れたサラ以外、もういなかったの」
    「名前を知らない?でも、バルムンクって」
    「それが本名だと思う?それに私の名前は?」
    「ミコト・・・つまり偽名?」
    ここまで謎だと確かにそうも考えられる。
    「まあ、間違ってないわね。
    名前が知られたくなかったから付けた名前で、
    偽名とは少し違うかな」
    「でも、なんで?ミコトもそうなの?」
    「うん、私もそうだけどあまり名前を知られなくなかったみたい。
    まあ、実際サラの正体なんかは有名だし知られたらいろいろ問題あるかも」
    「・・・わかった。なら、せめてサラの正体と居場所を教えてくれない?」
    それ以外に手がかりは無いんだ。仕方が無い。
    「そうね、私以外の三人には何か通じる物があったみたいだし、
    私はバルムンクのことはあまり分からないけど、良く考えてみれば
    サラなら手掛かりがあるかもしれないわね。
    分かったわ。でも、理由を話してくれなきゃ嫌よ。
    仲間外れっていうのは気に食わないから」
    「・・・・・・それもそうだね。うん実は・・・」









    「・・・・・確かにバルムンクは精霊を使えてたけど、う〜ん」
    「やっぱり、駄目かな?」
    「えっ!?ああ、いいわ。サラの正体よね!?」
    「そう」
    「サラは有名よ。なんたってあの『ユナ・アレイヤ』だから」
    ピキッ!!
    あははは、運命の女神とやらはずいぶん意地悪らしい。
    「どうかしたの?」
    「ちょっと前に会った」
    「あら、そりゃ間が悪いわね」
    ほんと、なんでこんなにも・・・


    「まあ、元気出しなさい。
    正確な居場所は私も知らないけど、多分何とかなるから」
    「・・・すっごい不安だけど、ありがとう。でも、何でミコトはスノウにいたの?
    やっぱり、あの山が関係?」
    「まあ、一応ね」
    なんか歯切れが悪いけど、それ以外に私には思いつかない。
    「ユナの居場所だけど、魔術都市に工房があるから、そこが一番可能性は高いわ。
    もし、いなくても置いてある使い魔に居場所を教えてもらえることになってるし。
    目的地は魔術都市。ついでだから、付き合ってあげる」
    「ついで?」
    「そっ、あんた達が見つけてきたものはユナの頼まれ物なの」
    「ああ、そっかだからあの時・・・。分かった。とりあえず行き先は魔術都市だね」
    「ええ。と言いたいところだけど、生憎直ぐには出ないわよ」
    「なんか他に用事があるの?」
    「そうじゃなくて、あんた達このままだと足手まといにしかならないから
    私がみっちり鍛えてあげるわ」
    「ええっ!?いっ、いいよ。そんなことしなくても!!」
    実はミコトってかなりスパルタなのよね。
    いつも、ミコトに鍛えてもらった後は筋肉痛でうまく動けなかったもの。
    もっとも、そのおかげで生きてこれたようなものだけど。
    「いっとくけど、拒否権は無いわよ。
    あんた達は気に入ってるけど、それとこれとは別。
    弱い人とは組むつもりはないから。
    セリスもどうにかしないといけないけど
    ・・・まあ、こっちは後で考えるわ。そんなわけで覚悟しなさい」
    鬼だ。悪魔だ。人でなしだ。
    「納得して無いみたいね。
    でも、考えて見なさい。
    教団や教会の者に何時狙われるか分からないんだから、
    あんた達は強くならなきゃならないでしょ?
    なら、むしろ喜ぶべきよ」
    ・・・・言われて見れば確かに言うとおりだ。
    私たちは強くならなきゃならない。
    だからこそお父さんがここで冒険者なんてやらせようとしたのだろうから。
    ならば、王国の英雄が直々に訓練してくれるなど願っても無いことだ。
    「・・・・・よろしくお願いします」
    「よろしい」





    「さて、そろそろセリスを起こしてこなくていいの?」
    「う〜ん、セリスが自分で起きるのを待ったほうが楽なんだけど」
    「そういえば、前にそんなこと言ってたわね」
    ・・・でも、そろそろ起こさないと不味いし、どうせ
    「ケルスに餌を上げなくちゃならないわね」
    いつもはセリスの仕事なんだけど、起きるのを待っていたらケルスが可哀想だ。
    何かやらかしてご飯抜きのときならともかく・・・・
    「ケルスって?」
    「えっ、ああ、最近飼いだした犬の名前。
    かなり強くて、頭もいいの。性格にちょっと難ありだけど」
    「犬?まさかね。・・・・毛の色と目の色、あと大きさは?」
    「えっ!?っと、真っ黒な毛で覆われてて、目は赤。
    大きさは普通より大きいから多分魔獣の一種だと思うけど」
    「・・・ちょっと見せてくれない?」
    「いっ、いいけど、どうかしたの?」
    なんか、ミコトの後ろの空気が揺らめいて見える。
    犬嫌い?ってそれなら、見せてなんていわないか。
    じゃあ、なんで?


    「ケルスご飯よ」
    そういって、店で出したものの残りが入った皿を置く。
    待ってましたと言わんばかりにこちらを向くが
    その次の瞬間、凍りついたように固まった。
    「へ〜〜。やっぱりあんただったんだ。こんなところで何やってるの?」
    ミコトの纏う空気は先ほどとは比べ物にならないほど恐ろしい。
    これが殺気というものなんだと漠然と感じた。
    殺気を向けられている張本人(犬)であるケルスは怯えながらも、
    必死に意思疎通しようと頑張っている。
    「あんた馬鹿にして・・・・ってもしかして、また捕まったの?呆れたわ」
    とりあえず、ミコトの殺気が和らいだが完全には消えていない。
    でも、怒っていると言うよりは呆れてると言う感じだ。
    流れるような動きで、腰に下げた刀を抜き、
    「ミコト!?」
    突き出された刀は漆黒の毛をほんの少し刈り取って、
    私も気付いてなかった首に巻かれてた細い首輪を断ち斬った。
    「これで、喋れるでしょ?」
    床に落ちた細い首輪を拾いながら話しかけてくる。
    「喋れるって・・・・」
    「ふう〜、ミコト。ありがとな!!いや〜久しぶりに喋れるぜ」
    って・・・・ケルスが・・・・喋ってる!?
    「えぇ〜〜〜〜!!??」



    「分かった?」
    「何とか」
    ミコトの話によるとケルスは魔族の血を引く獣人で本名はクロアというらしい。
    2年前に魔族の所為で王都が荒れてたときに仲間と共に旅してて王都周辺で
    騒ぎを起こして、捕まってたところをシンクレアに助けられたそうだ。
    そして、ディシール王女を救う際に手伝ったらしい。
    けど、魔王との戦いには参加してない。
    その所為で王都の方ではシンクレアが6人だと言われてるが、
    スノウ・・・・つまり王城の戦いよりも魔王との戦いのほうが知られているところでは
    4人として伝わっている。ある意味シンクレアの一員なのだろうが、
    魔王殺しの勇者ではないというなんとも曖昧な人物だ。
    そして、先ほどまで喋れなかったのは詳しくは私には分からないけど、
    クロアは魔獣・・・というよりも、魔族の血を引いているためか私たちのように
    少々異常な存在、それゆえに余りいい言いかたではないが、非公式の魔科学研究所で研究材料として捕らえられたそうだ。
    もっとも、何かされる前に逃げてきたが、捕まった際に魔力封じの道具かなにかで
    人の姿にはなれなくなったらしい。
    それが自分たちにも起こりうることだと、思うと背筋が凍った。
    クロアの容姿は人の姿だと漆黒の髪、褐色の肌、赤い瞳で、かなりの長身。
    顔の作りも整っていて、黙っていれば2枚目といえる。
    ただ、性格はアウラの予想通り、ルスランと同じ類の存在で合っていた・・・。
    「む、失敬だな。見境なしというわけではないぞ」
    「嘘つきなさい!!会った瞬間、私とサラとアルテに口説いてきたじゃない!!
    しかも牢屋の中にいながら。いったい、どういう神経してんのかと思ったわ!!」
    「いや〜、やっぱり美しい女性に出会えのたら、その出会いに感謝し、
    称えなくては駄目だろ?」
    「・・・それでナンパ?」
    「おう!!」
    ―ピキッ!!
    ミコトの顔が引きつっている。怖っ!!
    「フィーアにしっかり伝えておいて上げるから」
    満面の笑みだが、これ以上ないほど恐ろしい。
    「いや、待て!!それはやめてくれ!!
    また、あること無いこと吹き込む気だろ!!
    そのたびに俺の命が消えかかるんだぞ!?」
    「何のこと?自業自得ってやつでしょ」
    多分ケルス・・・クロアが怯えているのは旅の仲間だった人のことだろう。
    ここまで怯えるとなるといったいどんな人なんだろう?
    やっぱり、ルスランとアウラたちみたいなのかな?
    ―コンコン
    「あれ、チェチリアにベア?どうしたの?」
    「そろそろ、手伝って欲しいから呼びにきたんだ。
    で、誰だそいつは?」
    ベアの視線の先にいるのはケルス・・・もといクロアだ。
    「う〜ん、話せば長くなるけどケルスみたい」
    「ケルスってあの犬か?」
    「うん」
    「・・・・獣人だったのか」
    「ああ、よろしくな」
    あらら、ずいぶんあっさりと納得したわね。
    ん、チェチリアの様子がなんか変。
    「チェチリア、どうしたの?」
    その言葉に我に返ったらしく、顔を真っ赤にしてそのまま回れ右して
    出てってしまった。
    「どうしたのかしら?クロア、あんた何かやらかした?」
    「いや、ああでもちょいと着替えを覗いたことがあったような・・・」
    「―ほう・・・・」
    まるで地獄のそこから響くよな重い声をベアが発する。
    ああ、先生を相手にしてたときよりも凄いプレッシャーだ。
    クロアもそれにいち早く気付いたらしく、一目散に窓を開け2階から逃げ出した。
    「さらば!!」
    「―フッ。逃がすかーーーーーーーーーーー!!!!!!」
    そう叫びながら階段を駆け下り、開いた窓から店に置いてあった武器を持って
    追い駆けていくのが見えた。
    「・・・・・親バカ?」
    まあ、『ロ』というよりはそんな感じかな。
    ・・・にしても王国の勇者か。もう、理想も憧れも、何もかも無くなったわ。
    「まあ、人の夢と書いて儚いと言うけど、本当なのよね」
    人事みたいに・・・その夢を壊した張本人のくせに〜〜!!








引用返信/返信
■403 / ResNo.18)  蒼天の始まり 第8話
□投稿者/ マーク -(2006/10/11(Wed) 14:19:19)
    『修行』






    「さてと、始めるわよ」
    そういって、ミコトが木の棒を構える。
    ミコトに修行をつけて貰うことになり、街の外まで来ている。
    セリスも同じように少し離れたところでクロアと訓練をしているはずだ。
    「口で言うより体で覚えさせる方が私は得意だから
    今まで通り私から一本・・・私に一撃加えられたらとりあえず合格ね」
    今までもそうだったとはいえ舐められてるのかと思ってしまう。
    まあ、実際それくらい力の差があるのだろう。
    「で、やっぱりその棒でやるの?」
    「ええ、こっちは木刀。そっちは真剣で、魔法を使っても良いから」
    すっごい自信。くっ、見てなさい。
    私だって進歩してるんだから!!
    さて、ミコトは接近戦メインだろうから、距離を置いて魔法を中心に行けば
    有利だろうが、それでは、何か卑怯だ。
    それに多少は進歩していることを見せたい。
    ならば、
    「接近戦ね」
    剣を強く握り、ミコトに向かって駆ける。
    ミコトに向かい勢い良く剣を振り下ろす。
    だが、ミコトは静かに私の剣を捌き、剣戟の隙に剣を走らせる。
    慌ててこれを防ぎ、また同じようにこれが繰り返される。
    分かりきっていたことだが、やはり単純な斬り合いでは勝ち目は薄い。
    にしても、ただの木の棒で何故真剣を捌けるんだろう。
    しかも、前に使っていた普通の剣ならともかく、この剣まで受けきるなんて
    ガンッ!!
    「イッツ〜」
    一瞬、別のこと考えてる間にミコトの一撃が頭に入った。
    「まったく、実戦だったらあんたは死んでるわよ。
    戦いの最中に他所事を考えるなんて自殺行為」
    「はい」
    まだ、少し痛むが剣を構える。
    くっ、今度こそ。
    先ほどと同じ様にミコトに斬りかかる。
    一応、修行と言うことだからかミコトから斬りかかる事は少ない。
    もっとも、私が間違った対応をすれば、容赦なくかかって来るし、
    隙を見つければ鋭い剣戟(といっても全然本気ではないらしいが)を振るってくる。
    何度か打ち合い、ミコトが私の剣を捌きながら間隔が空いたところで一気に後ろに下がる。
    追おうと一歩踏み込んだところで、ミコトが身を屈めて刀を腰に構えてたことに気付く。
    ―居合い。
    私が知りうるミコトの剣術の中で、最速、かつ必殺の一撃。
    このまま斬りかかるか下がって魔術で狙うか一瞬、躊躇する。
    すると、躊躇した一瞬のうちにミコトが膝のバネを利用して勢いよく
    地面をけり、懐に飛び込む。そして、剣が抜かれる。
    抜かれた剣は私の手に握られていた剣を弾き飛ばし、王手と言わんばかりに
    目の前に突きつけられた。
    「今、一瞬躊躇したでしょ。そのせいで対応が遅れて隙が出来たわ。
    迷いは捨てる。いいわね」








    何度か試したがやはり、喰らいつくのがやっとで一撃などとてもじゃないが無理だった。
    初めに比べ、ミコトから動くことも多くなったが私自身、これは私が攻撃に
    専念してる所為で隙が多くなったからと私が少しは上達してるからの半々だと思う。
    にしても、やっぱり、接近戦だけじゃ勝ち目はないか。
    分かってはいたことだ。
    少し悔しいが、仕方が無い。
    一歩後ろに下がり、剣を振るって氷の塊を撃ちだす。
    だが、それも木刀によってことごとく砕かれる。
    あの程度では効果なし。ならもっと大きいのなら。
    詠唱を始め、意識を集中させようとしたところで、
    今度はミコトのほうから突っ込んできた。
    慌てて、詠唱を止めてミコトの剣を防ぐが、何撃か打ち合いミコトの剣が私の
    のど元で止まる。
    「魔法を使おうとすれば、どうしても相手は詠唱の邪魔をするべく接近してくる。
    そして、詠唱なんかをするときは術者の集中が疎かになるわ。
    魔術を使う際は相手を足止め、もしくは距離を空けてから使うこと」
    「分かった」
    「じゃあ、続けるわよ」
    でも、ミコトのスピードじゃ距離を空けるといってもかなり下がらないと無理だ。
    つまり、やるとしたら足止めとなる。

    ミコトの剣の間合いより少し外側から魔術で牽制する。
    そして、ミコトが距離を詰めれば剣を受け止めて私も後ろに下がる。
    ミコトのスピードを考えれば距離を詰められば数回剣を打ち合うだけで負けてしまう。
    だから、私が最も力を発揮できる、剣と魔術両方が行使できるこの間合いで対応する。
    けど
    「甘い」
    氷はことごとく砕かれるし、剣でも勝ち目は無い。
    ああ!!もう、どうすればいいのよ!!
    結論から言えばとりあえず、負けはしないが勝てもしないといった感じだ。
    体力的には間違いなくミコトが上だし、やはり賭けに出るしか無いみたい。
    だが、どうすれば?
    足止め・・・氷を盾にして距離を詰める。
    これなら、足止めにもなるだろうし目くらましにもなる。
    それに、さすがのミコトでも斬った後なら隙が出来るだろう。
    よし!!
    今までいくつも出していた氷を一つに絞り、大きな塊にして撃ちだす。
    そして、その直ぐ後を追うようにして距離を詰める。
    それに対し、透明な氷の向こう側でミコトが居合いの構えを取った。
    一瞬、怯みかけたがたとえミコトの居合いでも、この距離なら私自身には届かない。
    むしろ、居合いの後は隙が大きくなるらしいからチャンスだ。
    「奥義『光牙』ッ!!」
    ミコトの剣が目にも止まらぬ速さで抜かれ、氷が砕け散る。
    ―今だ!!
    そう思って駆け出そうとしたとき、嫌な感じがした。
    とっさに、体を左に逸らし剣を盾にする。
    目に見えない何かが剣にぶつかり、弾かれぬよう耐えたが、
    その間に距離を詰めたミコトがその剣を再び喉元に突きつけた。
    「今のは悪くは無かったわ。けど、私が剣しか使えないからこの間合いなら大丈夫と考えたわね。
    それが敗因。私にだって多少は離れた敵に対する術はある。
    戦いとは斬り合いではなく、敵を知ること。
    敵の手を探り、自らの手を隠す。それこそが本当の戦いよ」
    「敵を知る・・・分かった。次は気を付けてみる」
    何度目かのミコトからのアドバイスを聞き、実践すべく構える。
    「よし。じゃあ、次行くわよ」




    「さてと、それじゃあ、始めるぞ」
    「何をやるの?」
    「鬼ごっこだ」
    「鬼ごっこ?」
    「おう、ただの鬼ごっこじゃないぞ。
    この森の中を俺が全力で逃げ回るから捕まえれば終わりだ。
    セリスは武器と魔法の使用もオッケー、俺は攻撃しない。
    では行くぞ!!」
    そういってクロアが地を蹴り、木に上って枝をつたい移動する。
    セリスがそれを眼で追うが、視界も悪く補足できるものではなかった。
    範囲が森の中だけと指定されてるとはいえかなり広い。
    第一、獣人相手に身体能力で勝てるものではない。
    つまり頭を使って勝つしかない。
    セリスはそう考え、仕掛けをほどこしてからクロアを追った。







    枝をつたい、森の中を縦横無尽に駆け回る黒い影は後ろを振り返り、気配を探る。
    と、今までほとんど動いていなかった気配が動き出し、こちらへと向かっていた。
    この特訓はまず、相手の隙、不意を如何にしてつくかが重要となる。
    チャンスの見極める力、いざと言うときに狙いを外さない正確さ、
    その隙を作り出す作戦がものをいう。
    ―さて、どんな手で来るか。
    少し経ってから動いたと言うことは初めの位置の辺りに何らかの仕掛けを
    施したのだろう。自分の特性、状況をしっかりと理解してるし、冷静だ。
    ただ、減点なのは仕掛けは場所が分かってしまえば効果が半減すること。
    そして、仕掛けといって想像できるのはあの先生に教わったらしい結界魔法だ。
    だが、ゆえに自ら進んで罠にとびこむ。
    セリスの結界魔法の実力を確かめるため、そして、何事にも例外が存在することを
    早いうちに教えておくべきであり、例外つまり結界魔法がつかえない、
    もしくは効果がないときに対応する術を持つ必要がある。
    なにより、今までもその高い身体能力を武器に闘ってきたクロアにとって
    隠れる、逃げ回るということは性に合わなかった。




    セリスへと方へと向かい、ある程度まで近づくと向こうもこちらを感知し、
    メビウスを投げてきた。
    ―気配感知は優秀、メビウスの操作は特訓の必要あり。
    メビウスの狙いはマオとの息がまだあってないからか、思ったほどではなく、
    十分避けられた。
    だが、セリスはすぐさま避けられたメビウスを操作し、直ぐ横の木を支点にして
    まるで振るわれたハンマーの如くメビウスが周りの木を倒しながらクロアに向かう。
    クロアもその機転には驚いたが、迫り来るメビウスを絶妙のタイミングで叩き落とし、
    セリスが落とされたメビウスを回収するよりも早く、後ろに回り
    「おりゃ」
    「うひゃっ!?」
    わき腹をつついた。
    セリスは予想外のことに驚き、つついた張本人を睨む。
    「攻撃しないって言ったのに〜」
    「ん、攻撃はしてないぞ?」
    「〜〜〜〜〜!!」
    確かに攻撃はしてはいない。
    それに完全に信じきって守りのことを考えずに隙だらけだった。
    そんなのが実戦で許される筈がないのだ。
    「まあ、さすがに隙だらけ過ぎだったからな。
    そうなんじゃ、悪い狼や人食い熊に食べらちまうぞ?
    嫌だったらもっと頑張れ。
    あと、メビウスの糸は出来るだけ使わないでくれ。
    いくら俺でもアレは危険だし、このままじゃ森が丸裸になっちまう」
    そういったクロアの視線は先ほどまで立っていた木の辺り、
    メビウスの糸によってある程度の高さから上を切り倒された何本もの木に注がれていた。
    斬られた木には葉がほとんどなく、真上から見ればこの辺りだけ緑が見えないことだろう。
    「わかった」
    「よし。んじゃ、再開」
    そういって初めと同じように木をつたって森を進んでいく。
    向かう先は初めの位置。仕掛けを施した辺りだ。
    セリスは薄く笑い、先ほどの仕返しをするべくクロアを追って行った。


    ―見えた。
    木をつたって逃げ周るクロアを視認した。
    クロアに全力で逃げられたら捕まえることはおろか追いつくことすら出来ない。
    それでは修行にはならないからか、離れすぎないよう時折スピードを緩めたり
    立ち止まったりしていた。
    だが姉のエルリスと違い、セリスはミコトの訓練なんかも受けてなく、
    遺跡でも後方支援や頭脳労働が専門だったため体力が低い。
    おかげで、もう息が切れかけていた。
    (む、体力づくりも必要か。妙にムラがあるな)
    と逃げながらセリスの力を分析し今後の方針を決める。
    エルリスとは正反対にムラが激しい。
    が、頭の回りも早く、後方支援としては優秀だ。
    あとは武器戦闘で持ち堪えられる程度には鍛えておけばいいだろう。
    セリスは再びこちらを捕らえるべく、メビウスを飛ばす。
    息が切れて集中が乱れたのか狙いが妙にあまい。
    が、クロアは途中で狙いが自分ではないことに気付いた。
    クロア自身を狙っても叩き落される。
    だから、それを支える枝に向けてメビウスが投げられたのだ。
    枝が折られる寸前に木から飛び降りるがさらに、着地の瞬間を狙って
    セリスがいつの間にか持っていた魔術式が彫られたナイフを投げる。
    ―ッ!?
    体を捻り、かろうじて避ける。
    避けられたナイフはそのまま木に突き刺さり
    「マオ!!」
    「了解!!アインス、ツヴァイ、フェンフ、ドライ、ゼクス、アハト、ノイン、基点接続」
    「第8結界、封印結界、『籠の鳥』!!」
    セリスとマオの流れるような詠唱と共に魔術式を彫りこんでおいた周りの木々が
    基点となり魔力の檻が作られる。
    予想以上のスピード、そして精度だった。
    生半可な攻撃では壊すことは出来ないだろう。
    「やるな〜」
    「えへへへ、こっちの勝ちだね」
    「さあ、どうかな?」
    と、もはや勝ったも同然のセリスがこの言葉に首をかしげる。
    「ここからどうする気なの?いくらクロアでも中からは壊せないよ」
    「まあ、待て。マーキングって知ってるか」
    「?」
    「知らんか。犬とかがよくやる匂いつけの事なんだが」
    「それってつまり」
    どうやら理解したらしいが、余分なことまで考えているらしく顔をしかめている。
    まあ、普段が普段なだけに仕方がない。
    「まあ、俺も犬みたいなもんだから似たことをやるんだが
    俺の場合は魔族の血の所為か魔力を使う。
    で、おかげで面白いことが出来るんだ。
    ―こんな風にな!!」
    ―バンッ!!
    と、何かが破裂したような小さな爆発音がし、結界が消える。
    セリスとクロアの間にあった壁が消失し、消した張本人は慌てているセリスの
    眼に前まで走り
    ―バシッ!!
    「いっ〜!!」
    デコピンを食らわした。
    「な、まだ終わりじゃなかっただろ?」
    「うう〜、どうやったの」
    「どうやったんだ〜」
    「じゃあ、種明かしといくか。
    さっきマーキングって言ったよな。
    これをすると俺の魔力をつけたところを任意で燃やしたり
    爆発させたり出来るんだ。
    んで、始まった時にセリスがこっちに来るのが遅かったから何か罠を張ってるだろうと
    分かったから探してみたら結界の基点があったからマーキングしといたんだ」
    「じゃあ、知ってて罠に飛び込んだの!?」
    「そういうことだ」
    「あ〜、完敗だな〜」
    「まあ、いい線いってたし、思った以上だったぞ」
    「よし、今度こそは!!」







    「いらっしゃいませ〜」
    「何で私まで・・・」
    「つべこべ言ってないで手を動かせ」
    「分かってるわよ。料理をお持ちしました〜」
    ああ、忙しい。
    まさか、ベアの店にこんなに客が来るなんて思いもしなかったわ。
    冒険者の店とはいえ、来る人全てが冒険者というわけでもなく、
    料理を食べに来たり、夜なんかはお酒を飲みに来る人だって多くいる。
    おかげで、最近ではベアの店はお昼時と夕方以降が妙に忙しい。
    確かにチェチリアの料理は美味しいし、もう少し流行っててもおかしくは無かった。
    けど、私たち3人が入ってから、いきなり客が増えたと思う。
    手伝いについてはセリスは気に入ってるけど、ミコトはかなり不満みたい。
    私たちの修行の所為で街を出られない上に、お金がそろそろヤバイらしいから渋々やっている。でも、その割にはなんか手馴れてると言うか動きに無駄が無い。
    ちなみに担当は私はチェチリアの手伝い。
    ミコトとセリスがウエイトレス。ついでにクロアも。
    忙しいと、ミコトもキッチンで手伝うが食文化の違いからかどうしても
    味が変わってしまうため、味付けなんかはチェチリアに任せてる。
    まあ、アレはアレで美味しいんだけど。
    普段の手伝いは正午と夕方で比較的余裕のある昼間は修行だ。
    今日みたいに昼にいっぱい客が来るときは修行の方もあるから結構ハード。
    「ハンバーグ3つにナポリタン1つ、あと、サンドイッチが1つ」
    「おね〜ちゃ〜ん、こっちも〜」
    「は〜い、っと」
    働かざるもの食うべからずとか言ってたけど、割に合わないと思う。


    ふう、お昼の時間が過ぎて、何とか落ち着いた。
    もっとも、夕方にでもなればまた忙しくなるだろう。
    「さてと、エルリスいくわよ」
    「ああ〜」
    今度は修行・・・このままじゃ絶対倒れると思う。
    「安心しなさい。そんなへまはしないから。
    こっちの国では弟子を鍛える際は生かさず殺さずって言われてるのよ」
    すっごい危険な言葉が聞こえた気がする。
    今はっきりと分かった。ミコトは人の皮をかぶったアクマだ・・・








    「ただいま〜ってあれ?」
    修行と言う名の拷問を終え、店に帰ってくると珍しい顔があった。
    ちょっと前にお世話になったルスランたちだ。
    「おお、エルリスにセリス、ミコトまでいるじゃなねーか。
    待ってた甲斐があったぜ」
    ルスランは相変わらずだ。これは無視するに限る。
    「久しぶり。もうどれくらい経つ?」
    「ざっと、半年弱だ」
    ああ、そうかミコトはルスランたちと組んでたことがあったんだっけ。
    「ねえ、ミコト。私とルスランたちとミコトじゃどれくらい実力に差があるの?」
    「ん〜、そうね。人としての最高を10としたら私は8、
    ルスランたちは5か6、エルたちはやっと3といったところね」
    「つまり、まだまだってこと?」
    「そういうこと、でも筋はいいしそれほどかからないと思うわ。
    無理すれば三ヶ月くらいで形にはなるわ」
    私とセリスの修行はルスランたちと同じぐらいになるまでが目標だった。
    が、無理をすればというのがとてつもなく不吉な予感がする。


    ―キュピーン!!
    「お前とはうまくやっていける気がする」
    「ああ、俺もだ。あんたとならきっと親友、いや心友になれるぜ」
    とミコトと話してたらクロアとルスランが妙に意気投合してる。
    ああ、なんか嫌な予感
    「あの女性は70点といったところか?」
    「なるほどな。3サイズは上から86-58-84てとこか」
    「うお〜、凄ーな。あんた」
    「ふっ、任せろ。この俺の眼にかかればこれぐらいわけないぜ!!」
    「ははっは!!ん、ああ畜生、彼氏持ちだ!!」
    「なっ、なんだと!?バカな!?」
    「だが事実だ。男の匂いがするうえ、悲しいかなもう手が付けられた後だ」
    「なっなんということだ」
    「だが悲しんでいても始まらない。あっちはどうだ?
    67点ってところだろ。しかも、手が付けられる前だ」
    「クックック、なるほど。
    だが、まだまだ甘いな。上から72-57-79だ」
    「なんと、ナイチチか?
    だが、あんた凄すぎるぜ。
    どうしてあのローブの上から分かるんだ」
    「まあ、慣れってやつだな。
    だが、それはお前もだろ。
    獣人ってそこまで分かるものなのか?」
    「ふっ、まさか。あんたと同じさ。この磨き上げられた嗅覚を持ってすれば
    女性に彼氏がいるかはもちろんすでに手を付けられた後かどうかも一発だぜ!!」
    「なんと!?」
    「ちなみに、こっちの6人は全員しょ「喋るな!!!」グバッ!!?」
    とミコトがクロアに踵落しを食らわせ、嫌な音と共にクロアの頭が
    テーブルにめり込んだ。おかげでテーブルはどす黒い液体で染まっている。
    ああ、もう買い替えきゃ。
    「友よ!?っく、何をす」
    「覚悟は出来た?」
    アウラの笑顔は仁王の憤怒する様を思わせた。
    「すいません。俺は無実です。どうかご慈悲を」
    「却下」
    グシャッ!!
    「ああ、こりゃ掃除が大変だな」
    そういって、成り行きを見守っていたベアが店の扉に張り紙を張って戻ってくる。
    ―本日諸事情により冒険者の店ベアは休業させていただきます。









    「ほんと、客がふえたわね〜」
    「でもなんでだろ?」
    「・・・分かってないの、セリス」
    「えっ、ミコトは分かるの?」
    多分分かってないのはセリスだけ・・・いや、チェチリアもか。
    「ねえ、以前からこんなにいた?」
    『いえ、今まではこんなに来てませんでした』
    やっぱりそうか。つまり、私たち3人がいい客寄せになったのだろう。
    まあ、別に店の雰囲気は悪くはないし、料理も美味しいから
    1度来れば何人かは再び訪れるだろう。
    ああ。でも、ベアが問題か。
    「おい、ミコト」
    「なによ」
    うわ〜、ミコトがかなり不機嫌。
    そのとばっちりが修行に来るからたまったもんじゃない。
    「なにか、芸はないか?」
    「・・・・・・・・いや。絶対にいや!!」
    すっごい拒絶してる。何か嫌な事でもあるのだろうか。
    「とゆうか、なんでそんなこと聞いてるの?」
    「何か演奏でもやれば客寄せになるかと思ったんだが」
    「絶っ対に嫌よ!!」
    「なんで、そんなに嫌がるの?」
    「・・・いろいろあったのよ。とにかく私は嫌よ!!」
    「はあ。じゃあ、私が何かやるわ」
    「おお、本当か?助かる」
    「お姉ちゃんが?」
    セリス、その不安げというか信じられないという感じの顔はなに?
    セリスって悪気はなくても結構、人を傷つけるのよね。
    「私だって芸といえるかどうかは分からないけど、1つぐらいあるわよ」
    「そうなんだ。何するの?」
    「まあ、見てなさい」
    さて、とは言ったものの芸といえるようなものなんてほとんどないし、
    客寄せになりそうなのなんてアレしかないわよね。
    テーブルを叩いて、リズムを取る。
    「〜〜〜〜〜〜〜〜♪」
    「あっ!!これって」
    お母さんから教えてもらった歌。
    まだ、幼かった私に教えてくれた大切な思い出、
    そして、私とセリスの絆。そんな歌だ。

    ―パチッパチッパチッ!!
    歌を終え、お辞儀をする。
    結構、好評のようだ。
    「凄いな」
    「まるで、教会の歌姫のようだ」
    「そういえば、歌姫って何処に行ったんだ?」
    「さあな、案外本物か?」
    「はっはっは、だったら凄いな」
    「まあ、そんなことはどうでもいいさ、嬢ちゃん一杯やらないか?」
    そんな、大袈裟な。
    というかお酒はちょっと勘弁して。

    ―ガタンッ!!
    物音のした方を向くと、チェチリアが立ち尽くしていた。
    「いったい、どうしたの?」
    慌てて駆け寄るが、私を振り切り2階へと行ってしまう。
    私が何かしたのだろうか?
    「気にするな。お前の所為じゃない」
    「でも」
    あんな辛そうなチェチリア、初めて見た。
    「これはあいつの問題だ」

    「・・・分かった」
    「はあ、教会の歌姫か。何時までも逃げて入られないな」
    一体何なのだろう?おそらく、その歌姫ってのがチェチリアに関係有るのだろう。
    私に何か力になれることはないだろうか。


    「ねえ、クロア」
    「なんだ、ミコト?」
    「ちょっと聞いてきてくれない」
    「チェチリアのことか?でも、一体誰に聞くんだ」
    「チェチリアの『お友達』にでも聞けば何かわかるかも知れないでしょ」
    こういうときぐらい、役に立ってもらわなきゃ。
    「ああ、なるほどな。じゃあ、そっちで適当に言い訳しといてくれよ」
    「オッケー」
    そうして、クロアが2階へと上がっていく。
    「あれ、クロアは?」
    「ナンパ」
    「また!?」
    「・・・ええ」
    「最悪・・・」
    「うわ〜」
    「最低だな」
    「・・・」
    ちょっと可哀想だったか。
    まあ、いっか。
    いつものことだ。



    「おい、こらミコト。どんな言い訳したんだ?」
    「言われたとおり、『適当』に答えただけよ」
    「・・・お前に頼んだ俺がバカだった」
    「で、どうだった?」
    「無視か?まあ、いいさ。聞いた話によると
    チェチリアは昔、教会に預かられてた孤児で当時、教会の聖歌隊に所属してたらしい。
    しかも、その中ではソロを任されるほどの実力だったそうだ。
    が、ある事件で声が出せなくなったらしく、歌えなくなった歌姫は周りの人からの視線に耐えられず、
    心をも閉ざした。その後、歌姫はとある冒険者に引き取られてその店の手伝いをしてるといったところだ」
    「歌えなくなった・・・・そっか。でも、そのある事件って何?」
    「それは分からんかった」
    「使えないわね」
    「お前が言うか?
    まあ、さっきのは多分客に歌姫だとばれて、奇異の目で見られるのが嫌だったんだろ」
    「・・・それだけかしら」
    そんな簡単なことではない。
    きっと、もっと複雑な・・・・ああ、そっか。
    それに怯えてるのか。
    そんなに複雑と言うわけではないが、本人にとっては切実なのかもしれない。
    さて、どうしたものか。












    ―コンッコンッ!!
    「チェチリア、いる?」
    ・・・・・コンッコンッ
    ノックが帰ってきた。中にはいるらしい。
    「・・・・入っていい?」
    ・・・・・・・・・・
    返事が無いのは構わないという事かそれとも・・・・
    いいや、どうせ入らなくちゃどうしようもないんだ。
    扉を開け、部屋に入る。
    「チェチリアちょっといい?」
    ―コクン
    チェチリアは無言でうなずき、こちらを向く。
    先程まで泣いてたのか、目の周りにはうっすらと涙の跡があった。
    「チェチリアの『お友達』から聞いたわ。歌姫について」
    チェチリアが怯えるような顔でこちらを見る。
    「怖い?歌姫と知られるのが、あの目で見られるのが」
    これがチェチリアのトラウマ。
    周りからの冷たく、無機質な視線。
    私も昔、あの目で見られたことがあるが、あれほどは辛く悲しいものはない。
    そんな目で見られてきたら、心を閉ざしても仕方が無いだろう。
    そして、チェチリアが最も恐れるのはおそらく、
    「・・・・私たちにそんな目で見られるのが怖い?」
    ―ピクンッ!
    チェチリアがかすかに反応した。
    全部思ったとおりだ。チェチリアはあの視線を、親しき者からの
    視線が変わってしまうのを恐れているのだ。
    今の私からすればそんなこと、とても些細な、そして無駄なこと。
    でも、本人にとってはあまりにも大きなことなのだ。
    「ねえ、チェチリア。私もあなたのことはそれほど詳しく知ってるわけじゃない。
    でも、私が知っているチェチリアは料理が上手で、可愛い服が良く似合って、
    動物が大好きなそんな女の子。
    エルリスもセリスも、クロアだって、きっとそう思っているわ。
    チェチリアが誰だろうと、何であろうと関係ない。
    私たちは変わったりはしないわ。違うかしら?」
    チェチリアが涙をこらえながら首を横に振る。
    「そうね、チェチリアの昔なんて関係ない。
    今ここにいるチェチリア・ミラ・ウィンディスこそが私たちの知るあなたなの。
    歌えなくても、声が出せなくてもそんなこと関係ない、
    今ここにいる貴方こそが私たちの知る貴方よ」
    ―ガバッ!!
    言い終わると同時にチェチリアが抱きつき、こらえてた涙が溢れ出す。
    よっぽど辛かったのだろう。黙って胸を貸してあげることにする。
    時間が経ち、チェチリアが泣き止むと、ジェスチャーを含め何かを聞いてくる。
    喋っていたときの名残か声は出てないが口は動いており、
    読唇術に覚えがあるおかげで、いいたいことは直ぐ分かった。
    ――ミコトさん、その『お友達』って誰ですか?
    ああ、それか。
    「『お友達』はチェチリアの飼っている動物たちよ」
    一瞬、驚いたように口を大きく開け、心配そうに見ていた後ろの動物たちに
    目を向ける。そして、何匹かの動物が気まずそうに目をそむけた。
    もっとも、チェチリアも自分のためを思ってやったことだと分かっているから、
    怒ってなどいないだ。でも、チェチリアが元気になって良かったわ。





















    「それじゃあ、行って来ます」
    「また、帰ってくるからね〜」
    「もう、帰ってこんでもいいぞ」
    やっと修行も終わって、ミコトからお墨付きをもらえた。
    最初の一ヶ月・・・・これはかわいい物だった。
    その後はセリスとの連携、そして4人で遺跡に潜って実戦訓練。
    最後なんて丸一ヶ月にわたるサバイバル訓練なんかをやらされた。
    眠いわ、お腹減ったわでかなり辛かった。
    挙句の果てに満月の日に団体さんが来たときにはセリスもあまり動けず、
    向こうにいたっては絶好調でマジでやばかった。
    まあ、おかげでかなり強くなれたと思う。
    でもあまり思い出したくない。
    屋敷に下に地下王国?
    今思えば良く生きて出られたものだ。
    「じゃあね。チェチリア、どうせまた直ぐに帰ってくるから」
    あれ?そういえば、ミコトとチェチリアって何時の間にあそこまで
    仲良くなったんだろう?
    まあ、いっか。
    いつの間にやらチェチリアも元気になってたし。
    気にするほどのことではないだろう。



引用返信/返信
■404 / ResNo.19)  蒼天の始まり (第9話)終
□投稿者/ マーク -(2006/10/11(Wed) 14:22:05)
    『出会い』



    ダルイ・・・
    3ヶ月にわたる修行を終え、レムリアを離れた私たちは南の街リディスタにいる。
    運悪く、魔術都市行きの列車は出た後で今日中にはもう出なかったため、
    この街の宿で休むことになった。
    しかし、最近運が悪い気がする。というか間が悪過ぎ。
    修行が終わった開放感からか、大切なこのことを忘れていた。
    しかも、いつもならもっとマシなのに、今回に限ってかなり症状が悪い。
    まあ、たぶん疲労の所為だろう。
    あっ、もう・・駄目・・・・
    「お姉ちゃん!?」
    「エルリス!?」
    ・・・・・・・・・・・・




    「エルはどうしたの?」
    「・・・いつものやつだと思うけど、今月は酷いみたい」
    「いつも?今月?」
    「もしかしてアレか?」
    「下ネタやめい!!」
    ズガッ!!
    「ハイ・・」
    「で、いったいなんなの?」
    「お姉ちゃんの事は聞いてるよね?」
    「ええ、精霊でしょ」
    「うん、今日は満月の日とは逆に魔力が最も減退する新月の日・・・
    精霊はお姉ちゃんの魔力で存在するからか、新月の日は魔力不足になっちゃうの」
    「なら、魔力を渡さなけりゃいいんじゃないのか?」
    「そうもいかないみたい。
    強制的に吸い取られてるからお姉ちゃんの意志じゃどうにもならないの」
    「う〜ん。まあ、つまりただの魔力不足ということ?」
    「うん、そう。でも魔力が極度に不足すると貧血みたいになっちゃうから
    お姉ちゃんいつも辛そうだったの。
    流石にここまでひどかったのは今まで無かったけど」
    「そっか。とりあえず、このままってわけのも行かないし宿まで運びましょ」
    ―そして、私たちはこの光景を見ていた何者かがいたことにそのときは
    気付けなかった。



    「さてと、セリスついてきて」
    「えっ、何処に?」
    「道具屋。魔力不足ならその類の薬があればどうにかなるんじゃない?」
    「あっ!!」
    「・・・気付いてなかったの?」
    「あう〜、ごめんなさい」
    「私に謝ってもしょうがないんだけど。
    で、私は魔法には詳しくないからついて来てくれない」
    「う〜ん、いいけど・・・」
    「安心しろ。エルリスは俺に任せて・・・」
    「あんたは薬草でも探してきなさい!!」
    「信用ね〜な」
    「当然でしょ。むしろ、そのまま朝まで帰って来ないほうがうれしいわ」
    「つまり朝帰りと。まあ、俺はそっちでも構わないが」
    「・・・・付き合いきれない。やっぱり、フィーアがいないと手の負えないわね」
    「えっと、良く分かんないけどお願いできる?」
    「おう、俺に任せとけ!!」
    「・・・単純」
    「あははは、じゃあ行ってくるから。
    ちょっと待っててね。お姉ちゃん」





    ―ムクリッ
    「あれ、ここは?」
    見覚えがない部屋だ。
    とりあえず、自分がどうなったのかは理解できた。
    たぶん、ここはミコトたちが運んでくれた宿だろう。
    きっと心配かけただろうな。
    ・・・私はかなり特殊な存在だ。
    氷の精霊をこの身体に宿し、共存している。
    精霊が宿ったのは2年前。セリスが暴走し、私が大怪我を負った時の事だ。
    セリスはその前後の記憶は無いみたいだが、私はそれでいいと思う。
    だって、思い出せばセリスが傷ついちゃうから。
    ただセリスの暴走、そして精霊が宿った時期が問題。実は魔王の戦いの時だったりする。しかも、街の郊外にお父さんたちのお墓参りに行ったときで結構山の近くまでいたのだ。だからこそ、ミコトから精霊使いの話を聞いたとき、この精霊を宿したのはバルムンクかもしれないと思ったし、セリスの暴走についても何か関係があるかもしれないとも思った。
    故に私はシンクレアに会えばセリスのこともどうにかなるかもしれないと思った。

    ただ、私が精霊を宿してから、今のような魔力不足を除けばあまり不自由は無い。
    私には魔術の才能はほとんどなかったが、おかげで氷の魔術だけなら使えるようになったし、魔術を使うのに私の魔力をほとんど使わずに済んでいる。
    実は、魔術を使う際に使う魔力は精霊が汲み上げる周囲のマナなのだ。
    精霊が私の魔力を必要とするのはわたしの中にいるために必要だからだと思う。
    そう、不自由は無い。
    けれど、この存在は私にとって恐怖なのだ。
    精霊が宿り数日が経ったある日、私は森で野生の魔獣に襲われた。
    そのとき、コイツは目覚めた。
    私が目を覚まして時に残ってたのは私以外、一つの命も存在しない氷の世界。
    それは私から見ても異様な状況だった。
    そして、セリスにはこの時に精霊が宿ったと嘘をついている。
    私はこの存在が恐ろしい。
    なによりも、いつまた自分が自分でなくなるのか、それが一番恐れることだ。
    ―キィィーー
    「誰!?」
    扉を開けて入ってきたのは2人のローブを纏った人物。
    慌てて動こうとしたが、思うように体は動かず、
    さしたる抵抗も出来ずにローブの人物によって私の意識は刈り取られた・・・





    「ただいま・・・」
    「どうしたのセリス」
    先に部屋へと入りベッドを見たままセリスが動かない。
    覗き込むとベッドはもぬけの空で本来、そこにいるはずの人物がいない。
    しかし、あの状態じゃ自力で動いたとは思えない。なら、何故?
    そして、思い至った。あまりにも迂闊過ぎた。
    あんな話をするからには周りの気配を探っておくべきだったのだ!!
    おそらく、先ほどの会話を偶然だろうが盗み聞きされたのだ。
    ならば、攫ったのは・・・
    「あっ、ミコト!?」

    一番可能性の高い目撃者は当然、店の主人だ。
    見ていても、気付かなかったかもしれないが聞くしかない。
    「ねえ!!誰か妙な人物が来なかった?」
    「妙?・・・そういえば、ローブを纏った二人組みが来たような」
    当たりだ。やはり攫ったのは魔術協団の人物。
    協団のローブには見た者に怪しくないと思わせる暗示が掛かっている筈だから
    店主がその時気付かなかったのも仕方ないだろう。
    だが、協団自体がこんな荒っぽい方法を取るはずはない。
    つまり、独自で動いた非公式の集団。なら、
    「この辺りで買い取られた遺跡ってある?」
    魔術師の工房は本来、自らで造る。
    だが、元からある遺跡の方が気付かれにくい物だ。
    だから、非合法の魔科学者の工房はほとんど、遺跡を改造したやつである。
    「ああ、ここから南に3時間も歩けば着く所に崖が見える。
    その内部にある遺跡はたしか、数年前に買い取られたはずだ」
    「ほかは?」
    「ない」
    「ありがと!!」

    「ミコト、どうした!?」
    「エルリスが攫われたわ!!」
    「!?―セリスは?」
    「セリスは無事。攫ったのは協団の者よ。
    工房に目星はついてる」
    「わかった。セリスはどうすんだ」
    「置いていくのは不味いでしょ、あんたが背負って行って」
    「了解!!」
    そういって、クロアが獣の姿に変わる。
    「乗れ、セリス」
    「うん!!ミコトは?」
    「大丈夫よ。シリウスの名を忘れたの?
    ・・・開放、俊」
    あまり使いたくはないが、そうもいってられる状況ではない。
    私の持つ宝刀の力を解放し、身体を『強化』する。
    「行くわよ!!」
    そして、私は風になる。
    宝刀『天狼』に蓄えてきた魔力を開放し、足へと回す。
    この状態なら、私の身体能力は獣人や魔獣を超える。
    「・・・凄い!!」
    「呆けてると振り落とされるぞ。
    しっかり掴まっていろ!!」
    「うっ、うん」
    ケルスがセリスを乗せながら私の横に並ぶ。
    さーて、待ってなさいよ!!











    暗い部屋、石の床、手首の手錠に鉄格子。
    どうみても、監獄という感じだ。
    どうして、こう運が悪いんだろう。
    どうもここ最近、不幸が続いている。
    まあ、せめてもの救いはセリスが一緒に連れて行かれてはいないことと、
    何かされたわけではないことだろう。
    「起きたか」
    声がした方を見ると、いたのは大柄の男だった。
    これが、さっきのローブの人物だということは流石に無いだろう。
    「気の毒だが、こっちも仕事だ。悪く思うなよ」
    「あっそ!!」
    仕事・・・ということは雇われた冒険者か傭兵かな。
    ただ、こっちだって自分の命が掛かってるんだ。
    やられたって文句は無いだろう。
    牢から去ろうとする男に向かって狙いを定める。
    私に魔力は残っていないが、精霊の力で魔術は使える。
    目が覚めたときから構成していた魔術を男に目掛けて放つ。
    が、何も起きない。
    「いい忘れたが、その鎖は魔力封じの品だそうだ。
    魔法は使えんぞ」
    そう言い残して男は牢屋から出て行った。
    良く考えれば、当たり前のことだった。
    もはや、打つ手なし。
    あとは、ミコトたちが助けにきてくれるかどうかだ。
    せめて、助けが来た時に動けるよう体力を温存しよう。
    ほんと、運命の女神さんとやらはよっぽど私が嫌いらしい。



    ―カツッ!カツッ!!
    誰だろう?さっきの男か、ローブの男か・・・
    ―キイィイ
    「ここは・・・牢屋か。何か罪でも犯したのか?」
    「へっ!?」
    部屋に来た男の言葉につい間抜けな返事をしてしまった。
    ・・・暗がりでしっかりとは見えないけど、かなり美形だ。
    紺に近い蒼い髪と対照的な赤い瞳。
    赤と言ってもクロアとは少し色が違うみたい。
    何故だろう何か懐かしい感じがする。
    けど、同時になんだかイライラする。
    「いったい誰?
    あなたこそ、ここで何をしてるの?
    というかここの関係者?」
    「質問は1つにして貰いたいのだが・・・
    とりあえずここの関係者かといったらノーだ。
    そして、俺が誰かといったら、そうだな観察者だ」
    「観察?どういう・・・まあいいや。部外者なら助けてくれない?」
    最早、藁にもすがる気持ちだ。
    何で部外者がいるのかなんて気にしてる余裕は無い。
    重要なのは目の前に助かる可能性があるということだ。
    せめて、この鎖さえなければ何とかなる。
    この男に頼ることになるのはなんか癇に障るがそれも我慢だ。
    「別に構わないが、俺の質問に答えてないぞ」
    「えっと、なんだっけ?」
    ここで機嫌を損ねられたら不味い。
    我慢しなきゃ。
    「罪を犯してここにいるのかと聞いたのだ」
    「ああ、そっか、そうだったわね。
    そんな理由で捕まったわけじゃないわ。
    でも、罪を犯したかといえば犯したと思う」
    少なくともセリスのためとはいえ、騙してきたのは間違いなく罪だろう。
    他にも、いっぱいある。なにより、
    「あいつにあんなこと言っちゃったんだもん」
    それ以来アイツとは会ってない。
    私の責任ではないと思うが私があんなこと言ったのは事実なのだから・・・
    「ククッ」
    「むっ、何笑ってんのよ!!」
    なんかこいつに笑われたのが凄く腹が立つ。
    今まで我慢してきたがこの男に頭を下げて頼み込むのは絶対に嫌だ。
    機嫌を損ねることなんて気にしてられないくらいに。
    「いや、失礼。どうやら、先程の質問は失言だったようだ」
    「そんなことは良いから助けてくれるならこの鎖と鉄格子をどうにかしてよ」
    「やれやれ」
    今だ笑いながら、男が手を振るう。
    ―ガランッガランッガランッ!!
    鉄格子が斬られ石の床に落ちる。
    何時の間に手にしたのかわからないがその手には剣が握られていた。
    全く見えなかった。
    もっとも、ミコトの剣も見えないからどっちが速いかは分からない。
    そして、手に掛かっていた手錠と鎖も斬って貰う。
    身体はまだダルイが、宿の時よりは十分動ける。
    「さて、こんなところさっさと出てしまったほうがいいぞ」
    「そうするわ」
    「なら・・」

    ―ズブシュッ!!

    突如、男の体から剣が生え、口から血を流した。
    そして、その後ろには先ほどの傭兵の男。
    傭兵が剣を引き抜き、大量の血が傷口から流れ出す。
    男は膝をつき、おびただしい量の血を吐く。
    「残念だが、そう簡単には逃がしてやれん」
    私は傭兵を睨みつけることしか出来ない。
    悔しいけど詠唱をしようにも、コイツの剣の方が絶対に早い。
    かといって、素手で戦うなんてあまりにも無謀だ。
    それに、戦う気力なんてあるはずが無い。
    自分の所為で人が死んだ。それはあまりにも重かった。
    「逃げるならもっと早くすれば良かったのに、詰めが甘かったな」
    「お前もな」
    「!?」
    傭兵の肩から腹の辺りまで、一直線に鋭い剣戟が走る。
    「安心しろ。動かなければとりあえず死にはしないだろう」
    「グッ!!きさま、その傷で何故動ける!?」
    信じられないけど、斬ったのは貫かれたはずの男だった。
    しかも、あんな重傷を負ったのにこんなに速く動けるなんて。
    とりあえず、目の前の男が死んでいないことに安堵しつつ、感心する。
    「こんな簡単に死ねるような体のつくりではないからな」
    「っち、クソがっ・・・」
    そして、傭兵は床に倒れこんだ。
    男は平然とし、傷のことなど気にせず・・・いや、良く見れば傷なんて無かった。
    服は血で真っ赤に染まってて分かりづらいがどう考えてもあんな重傷を負ったようには見えない。
    どうなってるんだろ。

    ――ザワザワザワ
    「不味いな。下にバレたらしい」
    「えっ!?」
    それは不味い。早く逃げなきゃ、また牢屋に逆戻りだ。
    「ふう、仕方が無い」
    そういって、溜息をつき、私でも分かるほど強大な魔力が男の手のひらに集まる。
    壁に手をかざし、集めた魔力を壁に叩きつける。
    ―ーズゴンッ!!
    たったの一撃で外壁は崩れ、外から光が差し込む。
    だが、どうもここは遺跡か何かの内部らしく、外は崖になっていた。
    ―さすがに、ここからじゃ出られないわよね。
    「行くぞ」
    「へっ!?」
    突然、抱きかかえられ素っ頓狂な声を上げる。
    「っちょっ、ちょっと待っ」
    「黙ってろ!舌を噛むぞ」
    ―まっ、まさか!?
    嫌な想像というのは当たるらしく、男は崖から勢い良く飛び降りた。
    ―うそでしょ〜〜〜〜〜!!???
    目をつぶって来るであろう衝撃に備える。がそんな私を嘲笑うかのように
    ほとんどなんの衝撃も無く、男は地面に降り立った。
    目を瞑ってたから分かんないが高位魔術である重力制御でも使ったのか、
    言い方が悪いが人外の存在。
    どちらでも、先ほどの傷の治りの速さは説明がつくがそんなこと、今はどうでも良かった。ただ、心臓に悪い・・・というか、いろんな意味でありえない。
    「ここからは1人でも大丈夫か」
    「多分・・・あなたはどうするの?」
    「まだ、後始末があるからそれを済ます」
    「そっか、それじゃ」
    「ああ」


    そして、男が見えなくなった辺りで足を止める。
    さて、ああは言ったもののここはどこだろう?
    とりあえず落ち着いたら、疲れが出てきたし実は結構不味い。
    そういえば、結局お礼言ってなかった気がする。
    いくら、余裕がなかったと言ってもこれは失礼だったかな。
    「・・・リス〜」
    ん?
    「エル〜」
    「お姉ちゃ〜ん」
    あっ、セリスたちだ。探しに来てくれたんだ。
    助かった〜。
    「お姉ちゃん!!」
    「エル!!大丈夫!?」
    「うん、何とか。探しに来てくれたんだよね。ありがと」
    「・・・はあ。なんだ、全然大丈夫じゃない。心配して損したわ」
    「でも、お姉ちゃんが無事でよかった」
    「だな。どうやって脱出したんだ?」
    「助けてもらったの」
    「誰に?」
    「…とりあえず変な人。観察・・・なんだっけ。
    とりあえず、そんな風に名乗ってたけど」
    「もしかして、観察員のことかしら」
    「違うような、そうだったような・・・」
    「もしそうだとすると地獄に仏と言うより、地獄で悪魔に助けられたような物ね」
    「どっ、どういう意味」
    「観察員と言うので1つ心当たりがあるわ。
    これは協団のある組織のことなの」
    「協団の!?」
    「そう。魔道士の非合法、非公式研究所の視察と警戒、取り締まりを行ってる調査組織のことで、独自の判断で殲滅まで許されてるらしいわ」
    「じゃあ、後始末って・・・」
    捕まってた山を見る。別段変わりは無いが中はどうなっているやら。
    なら、魔術師だったのかな。
    「まあ、早いとこ、ここから離れたほうがよさそうね」
    同感。


    「う〜、やっとついた〜」
    「まったく、あんなことがあったのに能天気ね。
    流石に学園都市の外周部なら安全だろうけど、気を付けなさいよ」
    「分かるってるって、もうコレで何度目?」
    「列車の中のを含めたら今日だけで、8回目だよ」
    「でも、実際に起きたことだし、エルリスも身を持って実感してるだろ?」
    「甘いわよ!!大体、こんな風に無事なことの方が奇跡なのよ!!
    もう少し緊張感を持ちなさい!!」
    「はいはい」
    あの事件からミコトはずっとこの調子だ。
    きっとそれだけ心配させてしまったのだから素直に聞いておく。
    でも、8回は流石に――
    「・・・今の」
    チラッとしか見えなかったが、あの顔はこの前の・・・
    「ちょっとゴメン!!」
    「あっ、こら、エルリス!!」


    「あっ、あの!!」
    「ん?」
    「えっと、この前はありがとう」
    「何の話だ?君とは初対面のはずだが」
    「えっ!?覚えてないの、5日前にリディスタで・・・」
    「リディスタ?ああ、王国の南の都市か。
    あいにく、俺は2ヶ月も前から学園都市の外に出ていない。
    何かの間違いではないか?」
    「だって、こんなに・・・」
    そこで、やっと気付いた。
    髪の色があの人より薄い。
    まあ、これは暗かったから見間違えたとも考えられるが瞳の色が明らかに違った。
    だって、あの人は目は赤かったが、目の前の人物の髪と同じ青色。
    つまり――
    「人・・・違い」
    「らしいな。そいつはそんなに俺に似ていたのか」
    「はい・・・髪の色が薄いか濃いかと、瞳の色以外全く同じだったんですけど
    兄弟ですか?」
    「さあ、どうだろうな。俺は記憶喪失と言うやつで家族のことは分からない」
    「!?ごめんなさい・・・」
    「別に謝る必要などないが」
    「記憶・・・戻ると良いですね」
    「ああ、ありがとう。
    そろそろ、連れが痺れを切らしそうだ。
    縁があったらまた合おう」
    「はい!!」



    「エルリス!!勝手にいなくならないでよ。心配したじゃない。
    しかも、あれって教会の人じゃない・・・」
    「えっ!?あれって、教会の人なの!?」
    「ええ。しかも、あの制服。もっとも厄介なクロイツのじゃない。
    まったく、前といい今回といい」
    「クロイツ?」
    「そう。教会の非公式対魔法及び対魔族部隊
    別名『業たる十字架』。教会の中でも最強の実戦部隊よ」
    確かに、それはまた関わり合いたくない相手だ。
    失礼かもしれないけどこれから先、縁は無いほうがいいかも。
    「で、知り合いだったの?」
    「ううん、人違いだった」
    「そう。じゃあ、とっととユナの工房に行くわよ」
    「わかった」









    「クライス。さっきの少女は誰だ?
    もしや、お前にも春が来たか」
    「勘違いするな、ただの人違いだ。
    大体俺にもって、リューフもそんなのいないだろ」
    「それはまた手厳しいな。
    てっきり、そうだと思ったのだがハズレか」
    「・・・・なあ、俺に兄弟はいるのか?」
    「いや、そんな話は聞いたことないぞ?」
    「そうか、ならいい。で、リューフは本当にこちらでよかったのか」
    「・・・ああ、今回の作戦ははっきり言ってただの虐殺だ。俺は納得していない。
    だから、防衛に回る。お前こそ、何でこっちに?」
    「相棒に付き合うのは当然だろ」
    「そうか。まあ、お前がそれで良いって言うなら構わない」



    「ねえ、教会と協団て仲悪いんだよね。どうしてなの?」
    私も両者の仲が悪いという話は聞いた事があるけど、理由は全然知らない。
    ってそういえば、さっきの人がこの前の人と兄弟だとすると記憶喪失の前は
    協団にいたのかな?
    「えーと。確か教会は異端は全て滅ぼすべしとか考えてて、
    魔術師には魔族の力を利用しようとしたりするやつがいるでしょ?
    そういう考えの違いから生まれた画してなんかが原因だし、
    いわゆる魔術師の造るホムンクルスやキメラなんかも原因の1つね」
    ホムンクルスとキメラ。
    どっちも魔術によって生み出される新しい存在のことだ。
    ややこしいことにキメラと混血種、つまりクロアみたいに自然に生まれてきた
    複数の種族の血が流れるものは別物で混血種はキマイラともいう。
    「まあ、ここまで仲が悪くなった理由は宝の取り合いなんだけどね。
    っと、着いたわ。ここよ」
    「これはまた・・・」
    目の前の家は以前の屋敷ほどではないがかなり大きい。
    工房ってこの大きさが普通なのかな。
    「・・・やっぱり、いないわね」
    「つまり、無駄足?」
    列車だけでも結構な額を払ったのに・・・
    「仕方ないでしょ。それに行き先は分かるんだから
    丸っきり、無駄足と言うわけではないわ」
    「でも・・・」
    「お姉ちゃん、抑えて」
    「・・・ゴメンね、セリス。で、どこなの?」
    「ちょっと待ってて。えーと、ああ、アイツだ」
    そういって、屋敷の上に止まっている一匹のカラスを指差す。
    「えーと、『白き牙より赤き竜へ、汝が主の居場所を示さん』」
    すると、カラスが翼を広げて屋根から離れ、庭にある池の淵に止まる。
    そして、その目が不気味に光り、池に地図が浮かび上がる。
    「フォルスね」
    地図の一点、王国の東の果ての街フォルスに当たる位置に赤い点が浮かんでいる。
    ここがユナ・アレイヤの現在地。
    にしても、やっぱり無駄足のようなもんじゃない。
    ああ、どんどんお金が飛んでいく・・・。



引用返信/返信

■記事リスト / レス記事表示 → [親記事-9] [10-19]



■記事リスト / ▼下のスレッド / ▲上のスレッド
■34 / 親記事)  〜天日星の暖房器具〜
□投稿者/ べんぞ〜 -(2004/11/09(Tue) 00:39:38)
    2005/02/03(Thu) 02:07:32 編集(投稿者)

    〜第一節〜
    <宿命の日>


    「果たし状は送ったわ・・・。」
     もうすぐ日が暮れようとしている頃、学校の屋上には、一人の少女姿があった。
    赤い髪に赤い目をした、特徴的な容姿で、少し幼さも見られる。
    その赤み帯びた髪は、乱雑とも思えるほどめいいっぱいに伸ばされていたが、
    周りに不快感を与えるようなものではなく、むしろ自然体で、景色に溶け込んでいる。
    彼女の名はユナ・アレイヤという。
    15歳の頃にすでに一般的な炎系統の魔法を全て習得し、学校でも1、2を争う実力の持ち主と云われている。


     ユナは、今朝方、彼女の友人であり宿命のライバルである、エルリスに果たし状を出している。
    差出方法は、古風にもエルリスの下駄箱に手紙を入れておくというものだった。

    『月が満ちる今宵、古より定められし運命のもと、
    どちらが、最強であるか決着をつけましょう。
    放課後、学校の屋上にて貴女をお待ちしています
                      ユナ    』

     エルリスは、ユナの家と因縁の深いハーネット家の娘で、学校でも少々問題視されるほど目立つ存在である。
    彼女はユナと対峙するように、水色の髪に青い瞳をしていて、意思のしっかりしてそうな聡明な顔立ちをしている。
    彼女もユナと同様に後ろに髪を伸ばしているが、ユナほどめいいっぱい伸ばす事はせず、きちんとまとめられている。
     

     アレイヤとハーネットの長子にあたる者は、500年に一度訪れる、満月の夜に命をかけた決闘を行うことが義務づけられている。
    8000年もの間、破られたことに無い取り決めではあるが、このことは公にはなっておらず、隠密のうちに行われている。

     
     屋上に一筋の風が吹く。
    風はユナの髪をたなびかせ、何事も無かったように過ぎ去って行った。
     ユナはもう一度つぶやく・・・
    「果たし状は送ったわ・・・。なのに・・・なのに(じわっ)、なんでエルリスは来てくれないの〜!(ぐすん)」
     季節は変わり、まもなく冬が到来しようとしている。
    再び屋上に一筋の風が吹く。彼女がここへ来てから一体どれだけの風が通過して行っただろうか。
    風はユナの髪をたなびかせ、何事も無かったように過ぎ去って行った。


     一方そのころ、エルリス邸にて・・・
    「う〜〜〜〜〜〜〜(ゴホゴホ)」
    「お姉ちゃん大丈夫?」
     エルリスは、風邪を引いて寝込んでいた。
    「うん・・・明日には直ると思うよ・・・私の独断と偏見がそう言ってるわ。」
    「独断と偏見・・・。」
    「そうよ。そして、明日にはきっと元気に登校してやる!(えっへん)」
    「もう・・・無理しないでよ・・・。」
    「分かってるわよ。」
     部屋は、セリスの愛情でいっぱいの暖かい空気で包まれていた。

引用返信/返信

▽[全レス26件(ResNo.22-26 表示)]
■127 / ResNo.22)  天日星の暖房器具〜外B
□投稿者/ べんぞ〜 -(2005/01/15(Sat) 02:46:06)
    〜外伝3〜


     8000年前のこと。
    現在のエインフェリア王国のある地の支配権を巡る抗争があり、
    血で血を洗う惨事を引き起こしていた。
    ラドル・ハーネットを筆頭とする王家と、クラーク・アレイヤを筆頭とする王家の2大王家の戦いであった。
     古代に位置する当時の魔法レベルは非常に高く、
    一般市民一人が持っていた魔力は、現在の国を代表する騎士の実力に等しいくらいであった。
    しかも、最も危険だったのは、血の突然変異で魔力が増大していた、2大王家と呼ばれる家系の長子にあたる者である。
    その魔力は、無尽蔵とまで言われており、人でありながらヴァンパイアの真祖やエルフの長老と対等に戦える力を持っていた。
    そして、エルフやヴァンパイアが持ち得なかった物、
    宝具といわれている強力な武器を所持していた両王家の長子は、
    世界を組織しているはずの精霊すら、自分の力と宝具で、作り出せてしまうなど、
    世界の構造全体にまで干渉できる存在であった。
     そのような者らが互いに戦争をしているのだから、その規模はすさまじく、
    人類が絶滅しないのが不思議なほどであった。
    この事態を重く見たのが、ラドル・ハーネットの娘で、次世代の長子にあたるルテイシア・ハーネットと、
    クラーク・アレイヤの息子で、次世代の長子にあたるアラン・アレイヤであった。
    二人は、戦いを終わらせることを約束し、二度と同じ過ちが起きないように対策を立てることにした。
    人工精霊を使った総力戦が控えていた事から、
    一刻を争うと考えていた二人は、宝具を用い、互いの父を暗殺し、
    王家を自己壊滅に置きこむ形で、速やかに戦争を終結させた。
    さらに、両家がけして戦争をしないように、自らの家系に向かって呪いをかけた。
    『500年に一度の周期現われる、両家の長子は、血が活性化し、膨大な成長を遂げる。
    したがって、成長しきる前に心中する本能を受け付ける。』
    心中という策に出たのは、片方の王家の長子が生き残ることを阻止するためである。
     そしてさらに、互いの全ての魔力を出し切って、一つの人工精霊を作り出した。
    二人はそれにミコトと名づけ、心中が成功するか監視する役目を与えた。
    ただし、争いごとを嫌った二人は、ミコトが人外との戦争の引き金にならないように役目と同時に制約をつけた。
    『人外の者に手を出してはならない』と。



     ミコトの頑張りもあり、両王家の血も薄れていき、
    今では直系以外で長子にあたる人物が現われることは無い。
    そして、その直系でさえ血が断絶しそうな状況である。
     


    『私は、私を創ってくれた人への恩に報いるため、あの人たちの願いをかなえ続ける。』




引用返信/返信
■142 / ResNo.23)  2月3日〜の大幅な編集について
□投稿者/ べんぞ〜 -(2005/02/03(Thu) 02:56:38)
    内容が分かりにくいので、分かりやすくなるように文章やシナリオを補完しています。
    前々から検討していた、サブタイトルをつける作業も同時に行っているので、
    サブタイトルが付いているものは、編集作業が終了したと思ってください。
    シナリオの本筋に変更点はありませんが、『ユナの義兄』と言い続けるのは、やはり困難であったため、『レイヴァン・アレイヤ』と仮称をつけています。
引用返信/返信
■143 / ResNo.24)  2月3日〜の大幅な編集について2
□投稿者/ べんぞ〜 -(2005/02/04(Fri) 12:58:07)
    2005/02/04(Fri) 14:00:12 編集(投稿者)

    第7節で氷の精霊に名前がないのが不便でしたので、『フリード』と名づけてあります。

引用返信/返信
■144 / ResNo.25)  〜第8節〜<長子の実力>
□投稿者/ べんぞ〜 -(2005/02/04(Fri) 13:52:45)
    2005/02/04(Fri) 20:43:48 編集(投稿者)

    〜第8節〜
    <長子の実力>


     闇が深くなり、満月がくっきり映る屋上で、エルリスとユナは対峙していた。
    ユナは魔法銃を構え、エルリスは宝剣を携えていた。
    8000年間続く仕来りに従い、死闘が行われようとしている・・・。

     両者は互いに一歩も動かない。
    先に動いた方がかなり不利な状況に追い込まれるからだ。
    そのまま、半刻が過ぎようとしていた。
    そんな時、いつまでも動かない2人にイライラした、今までは善良な観客のように見つめたいた月が、
    闇に包まれる屋上を照らし、あたりを一瞬だけ明かりに包んだ。
    静寂は一瞬にして消えた・・・。
    先に動いたのはユナだった。
    ユナは銃に弾を詰め、一気に火球を放った。
    エルリスは横に跳躍し、宝剣をかざし、凍てつく氷柱をユナに向けて放った。
    ユナはそれを小さな火球でなんなく相殺し、加えて追撃に魔法銃からの攻撃を加えた。
    エルリスは、これを宝剣で堪えたが、そのあまりの威力に宝剣はもたず崩れ散った。
    宝剣を失ったエルリスの周りから、急速に魔力が無くなっていく。
    勝敗は一瞬でついた。
    ユナは、自分の立っていた位置から一歩も動かず、汗も流していない。
    一方エルリスは、体中を火傷し、一歩も動けない状態に追い込まれた。
    でも、彼女にはまだ切り札があった。
    「氷の精霊よ。私に乗り移りなさい!」
     その言葉に反応するように、エルリスに氷の精霊が乗り移る。
    いや・・・乗り移らなかった。もはや朽ちるだけのエルリスなど見捨てて、精霊はどこぞへと消えていた。
    万策尽きた・・・。ユナは、静かにエルリスに余裕の表情で近づき、
    嫌味ったらしく、『フッ』と笑った。
    この少女がここまでいやなやつであっただろうか?
    すると、ユナの顔がグニャグニャに歪み、あの男の顔が出てきた。
    「ははははっっっ!!!エルリス。君では妹どころか、私にも勝てんのだよ。」
     もはや説明不要のこの男は、馬鹿笑いしていた。
    エルリスは悔しかった。この男の前だけでは絶対、地に手をつきたくなかったのに・・・



     
     エルリスは目を覚ました。
    「ここは・・・。」
     いや・・・場所よりも深刻なのは、目をあけた瞬間にさっきまで馬鹿笑いしていた男の顔が、
    目の前に飛び込んできたことだ。
    「おお〜気がついたか。」
     レイヴァンは笑って言った。
    「・・・・・・。なんで、あんたがここに居るのよ?」
     エルリスは怪訝そうに言う。
    「そう、トゲトゲするなよ。仲直りしよぜ。こうしてうなされる君に膝枕して看病してやってるわけだしね。」
     義兄は、屈託の無い笑顔で言った。本気のようだ。だが・・・
    「そのおかげで、もっと酷い夢を見たわよ!!!あんなのありえないわ。」
     やりかたには大きな問題があった。
    「私のさわやかな朝を返してよ!」
     エルリスは、数『多い』楽しみの一つを奪われたので、ご立腹である。
    「これでも夜の見張りだってしてやったんだぜ?どんな夢を見たかは知らないが、感謝されても怒られる筋合いは無いぜ。」
    「見張りはともかく・・・普通に怒るに決まってるでしょ!」
     エルリスの意見はもっともである。
    「私の神々しい寝姿をただで見れるわけ無いでしょ!!」
     言い回しはともかく。



     セリスとユナは仲良く朝食を調達していた。
    『全く・・・人の気を知らないんだから・・・。』
     仲の良い2人を見て、エルリスはうれしいような悲しいような表情をしていた。
    まぁ、二人はいいとして・・・エルリスにとって、レイヴァンと2人で見張りに徹している今の立場は悲しいものでしかなかった。
    『よもや・・・ご飯を作れないと言う欠点がこんな形で仇となろうとは。』
     自らの怠慢を深く反省していた。
     ユナとレイヴァンは、追っ手を振り払いエルフの住むという森へやってきた。
    普段はもっとも危険なところだが、義兄のシックスセンスによると一番安全な所だったらしい。
    そして、そのまま森を徘徊してたところ、衰弱したエルリスと気を失っているセリスに出会ったのだ。
    どうやらエルリスは、無意識にここへたどり着いたようだ。おそらく独断と偏見がここへ呼び寄せたのだろう。



    「「できたよぉ〜!!!」」
     ユナとセリスの合作の昼に食す朝食が出来上がった。
    ユナから大凡事情を聞いたセリスは、ユナのレイヴァンとエルリスの仲直り記念と言うことで、
    サニーサイドアップ〜セリスすぺしゃる〜を作っていた。もっとも、レイヴァンはともかくエルリスにその気は無い。
    サニーサイドアップ〜セリスすぺしゃる〜は、表面がどこもカラッとした目玉焼きである。
    両面焼きのターンオーバーでは無いのに、この芸当をやってのけているのは、まさに神技であった。
     セリスすぺしゃるが大絶賛されていることをエルリスは、まるで自分のことであるように喜んだ。



     朝食の後、ユナと義兄は2人で話していた。
    「なぁ、ユナ。本当にあいつらと行動を共にするのか?2人だけの方が動きやすいと思うぞ。」
     レイヴァンは、まじめな顔で言っている。
    「ん?だって、その方が心強いじゃない。エルリスがいた方が戦力的には助かる筈だよ。」
     ユナは屈託無い笑顔で言っている。
    そもそもレイヴァンには彼女と仲直りする気は無かった。
    仲直りはユナの提案で、レイヴァンもしぶしぶ形だけ仲直りしただけである。
    超出血大サービスとはいえ、あろうことかエルリスに膝枕をしてやるなんて、鳥肌が立つほどいやだった。
    しかし、そのくらいしないとダメだろうと義兄のシックスセンスがそう言いはったのだ。
     ユナは、エルリスの魔力の低さにはうすうす感づいている節があるが、
    相変わらずハーネット家の『長子』だと思っている。
    エルリスが戦力にならないことをユナに告げても良かったが、
    戦力と言う言葉は彼女にとって建前でしかない事は容易に理解できたし、
    ユナの望む、エルリスらと仲良く共に行動する事を実現させるには、不要な情報は伝えるべきではないとレイヴァンは判断した。
     それに自分といてもあまり見せることのない、朝食のときの明るい表情のユナを見てふと思う。
    『本当に戦いをしたくなかったのは、エルリスではなくユナだったのかもしれない・・・。』
     レイヴァンは、あの日戦いが起きなかったことは本当はすばらしいことだったのではないかと思いはじめていた。
    もし決闘をしていたら、元気で明るいユナは、幼い頃の悲しい瞳をしたユナに戻っていたかもしれない。
     



    「ところで、兄さん。」
    「ああ・・・分かっている。」
     周りは、明らかに何者かに囲まれていた。
    すぐにエルリスとセリスもここへやって来た。敵は強い・・・そう彼らには伝わった。
    おそらくエルリスやレイヴァンが8人に増えてもこれでは勝ち目が無かった。
    「セリス・・・私の後ろから離れないでね。」
     エルリスはセリスを庇うように、エレメンタルブレードを構える。エレメントクリスタルには冷気の魔力がすでにチャージされている。
    「まずいな・・・ユナ。場合によってはお前だけでも・・・」
     そこまで言って、レイヴァンは目を見開いた。
    的に、標的になるような位置へ移動し、ユナはこう言ったのだ。
    「すみません。私達はあなた達に敵対するつもりは無いです。でも・・・今すぐここを出て行くことは出来ません。
    自分達も追われている身です。迷惑かもしれませんが、もうしばらく置いてください。」
     レイヴァンは悪寒がした。口調、表情、共に幼い頃のユナのものであった。
    ユナの言葉に対し、すぐさま謎の相手から返事が返ってきた。
    「無駄だ。我々の地を踏んだ時点で貴様らは、消えてもらわなければならない。」
     そこに感情は無かった。それがあたりまえであるかのだった。 
    「分かりました。では、私も出来る限りの抵抗をさせて頂きます。もし、命を落としても運命だと思って諦めてください。
    慈悲を与えるほど・・・ゆとりがありませんから・・・」
     そう言うと、姿の見えなかった敵、数名のバンパイアとユナの戦いがはじまった。
    ユナはデッド・アライヴを使うことなく、自らの力だけで敵をなぎ倒していく。
    ユナは、宝具を使用しなくても古代魔法を放つことができていた。人間でこのような芸当ができる者はそうはいない。
    いや、ユナただ一人かもしれない。
    バンパイアはどれをとってもレイヴァンはもちろん、宝剣エレメンタルブレードを手にしたエルリスより強かった。
    だけど、それらはユナには手も足も出なかった。
    どんどん一箇所に積まれてゆく動けないバンパイア達。
    中には、もはや命は助からないだろうものも含まれていた。


     戦いは数分で終わった。ユナもけしてゆとりがあったわけでは無い。
    だが、結果は無傷での生還となった。
    エルリスは目の前の惨状を見て驚愕した。これは夢で想像していたユナよりも遥かに強い。
    彼女の全ての攻撃は、夢の中に出てきたユナのデッド・アライヴの威力を凌駕していた。
    レイヴァンも目を丸くしている。まさか、自分の義妹がここまで強いとは想像もしていなかったのだろう。
    それ以上に、過去の恐怖がよみがえっていた。
    あの夜、エルリスを影打ちするつもりでいたが、彼女の言うとおり、全く意味が無かったようだ。
     戦い終わったユナをこの中の誰もが向いいれることが出来なかった。足が震えていたのだ。
    戦う運命にある少女が、自分の空想を遥かに超える強大な存在であったこと、
    守るべき少女にとって、自分の力など赤子の手をひねるようなものだったこと、
    そして・・・目の前の惨劇。
    ユナはそんな彼らを見て少し寂しそうに見つめていた。
    『エルリスなら・・・』
    それは、同じ気持ちを共有できるであろうエルリスへの彼女の淡い叫びでもあった。
    レイヴァンにはそれが出来ない事はよく知っていた。むしろだから兄さんは信頼できるのだ。
    レイヴァンはけしてユナを特別な人として認めることはしない。
    昔、ユナとレイヴァンが二人だけの約束事をした時以来、
    ユナを自分と同じ普通の人間として見てくれていたのである。
    だから、今の今まで特別な力の存在を認めはしなかったし、ユナだって見せてこなかった。
     場の空気は、勝利の歓喜に沸くことも無く、時間が止まったように寒かった。


    「え?」
     セリスは彼女に近づいていて、ガシッと抱きついた。
    呆然としていたユナはセリスの動きを全く見ておらず、完全な不意打ちだった。
    思わず体が強張った。
    「ありがとうユナちゃん。助かったよ。」
     セリスの発した何気ない一言が、凍った氷柱のように冷たく堅かった場を春のように溶かした。
     いつの間にかレイヴァンとエルリスが
    「どうだ、俺様の最愛の妹の実力は。」
    「うるさい・・・。」
     などとやり取りを始めていた。ユナにはどこか微笑ましい情景に見えた。
     

引用返信/返信
■147 / ResNo.26)  〜第12節〜<氷の精霊と憑依>
□投稿者/ べんぞ〜 -(2005/02/06(Sun) 22:33:08)
    〜第12節〜
    <氷の精霊と憑依>



     その日の夕方、ロード・オブ・ヴァンパイアの神殿で、真祖の救出計画が練られた。
    出席者は、あの老いたヴァンパイアと数名の頭のよさそうなヴァンパイア、
    ユナ、レイヴァンだった。セリスは気分を悪くして今は眠っている。
    エルリスは、幸いギリギリの所で自我を回復させたのだったが、会議に出るほどの余力が無かった。



     戦争の多いこの世界では、死闘が行われるのは珍しくないないのであろう。
    エインフェリア王国とビフロスト連邦は数年前から戦争状態に陥っている。
    ただ・・・、エルリス達は戦いの無い世界で生きてきた。王国に住んでいる限りは戦わずに住む人が多い。
    それは、女王が極力王国民に被害が及ばないように気を使っているからだ。
    しかし、そうであっても人の死を知らないわけじゃない。
    ユナの両親は、ユナがまだ魔術学園に入学する前の、エルリスの近所に住んでいた時期に病気で死んでいる。
    病気が進行してくると、ユナの両親は魔術病院に入院し、最後まで生きようと努力していた。
    ユナは、毎日のようにレイヴァンに付き従って見舞いに来ていた。
    告別式のとき、死んだ両親は、きちんと正装され、
    丁寧に棺おけに入れられていたのをエルリスは覚えている。
    しかし、今回のルードの件は、エルリスにとってもショックな出来事であった。

    『結界魔法』

     老いたヴァンパイアによると、魔法が確立される前のおよそ9000年程前は、
    結界魔法が主流であって、特に一対多数の戦いにおいては主力だったらしい。
    今でこそ結界は、自分を守ったり、弱い相手を捕らえたり、保存することに使われるが、
    本来の結界魔法とは、結界を張った後、呪文を唱えることで魔法が放たれるというものだった。
    その詠唱の複雑さから、現代では滅んでしまった魔法体系だという。
    あの老ヴァンパイアでさえ、既に使えなくなっているほどだ。
    ただ、エルリスには、あの時の呪文は複雑ではなく・・・まるで自分の生き様を描いているように、
    さらに・・・自分に対する『ごめんなさい』という意思が込められているように感じられた。


    「お前が、気に病むことは無い。」
     考え事をしているエルリスの背後から、声が聞こえた。エルリスはこの声の主をよく知っている。
    「あら?あなたが表に出てくるなんて珍しいじゃない。」
     フンと、はなを鳴らすような態度でエルリスは背後の声に答えた。
    そこには、エルリスに取り付いている精霊フリードが立っていた。
    「まあな。あまり落ち込まれても、こちらとしてはいい気分はしないんでな。」
    「へぇ〜?心配してくれるなんてもっと珍しいわね。明日は大雪かしら?もしかして雷雨?」
     エルリスは皮肉をこめて言う。それを無視してフリードは続ける。
    「あの結界魔法の名は『氷縛結界』という。」
    「ふ〜ん。そう。それで?」
     エルリスは、あの結界の事に興味はあったが、あえて興味なさそうに返した。
    誰とも話したくない気分だったからだ。
    精霊に憑依されている事実がこんなにも不快にもったことは無い。
    セリスがルードの雷に打たれたと思った時、エルリスは本心状態になり隙だらけになっていた。
    あの時、フリードが出てこなければ、殺されていたのは自分だろうし、
    精霊に憑依され体を完全に奪われてしまっても文句は言えなかっただろう。
    「・・・。」
     精霊はエルリスの態度に圧されてしまうように言葉を詰まらせた。
    「それにしても、余計なことをしてくれたわね。あんなの私だけで勝てたわよ。
    それも、あんな後味の悪い戦いじゃなくて、もっとスマートな戦い方でね。」
     エルリスは、また皮肉をこめて言う。今度は精霊も反応した。
    「なるほど・・・。君が落ち込んでいる原因というのはルードの死か。」
    「!?」
    「理解できないな。殺そうとしてきたものを殺すことになんのためらいがあるだ?」
     精霊は、あたまを左右に振ってやれやれという仕草をしている。
    「別にあの人の死を私は悲しまない。だけど・・・やり方には限度ってものがあるわ。」
    「限度ね・・・。さてさて、どのような殺し方が限度内だったというのだ?
    結果的には、どれれも同じだったと思うが。」
    「・・・。」
    「俺も理解は出来ないが予想ならつく。ハッキリと相手の死を見せるなということだろう。
    葬式にしてもそうだ。人間は、死んだ人間を見ようとしない。直に棺おけに入れたがる。
    しかも、他人の死の間際を本当に見た人間なんて、そう多くは居ないだろう。
    道端に死体が置いてあったぐらいで取り乱すような輩だからな。
    普通は自分の見えないところでひっそりと死ぬものだと・・・。
    要するに、お前らにとって死というものはタブーであったのだろう?」
    「何が言いたいのかしら?」
     エルリスは精霊の言葉を無視した。
    それを精霊は肯定との意思と判断した。
    「なるほど・・・。まぁそういうことなら考えてやらんことも無い。以後は『スマート』に行うとしよう。
    だが、勘違いされては困るな。関与していないといわれれば嘘だが、あれは俺の技じゃない。」
    「何ですって?」
    「つまり、あれは別の者がお前の体を利用して発動したものだということだ。」
     エルリスは鳥肌が立った。
    この精霊以外にも自分の自由を奪う手段をもっているものがいるという事実は信じがたいが、
    どうも嘘を言っているようにも感じられなかった。
    「だれよ、それは?」
     エルリスは精霊の胸倉を掴んで問いただした。
    「やれやれ・・・、そこまで答える理由は無いな。」
     精霊は答える気が無いようだ。エルリスはさらに突っかかる。
    「どうしてよ。将来はあんたが乗っ取る筈の体でしょ?
    将来の自分の体をいいように使われて、ムカつかないの?」
     エルリスは口調を強くして叫んだ。それを静かな目で精霊は見て、
    「あまりいい気はしない。だが、俺にとってはあのまま死なれた方が困る。」
    「今回は、どちらにせよ殺すか殺されるかの戦いだったのだ。過ぎたことは忘れることだな。」
     エルリスはまだまだ言いたいことがあったが、精霊はそう言い残すと闇の中へと消えた。
      


     しばらくして、神妙な場を荒らすようにユナが泣きながら走ってきた。
    本当に間が悪いというか空気の読めない少女である。そこが魅力でもあるのだけれど。
    「エルリスぅ〜〜〜〜(涙)」
    「はぁ・・・。」
     どうせろくな事じゃないだろうと思い、エルリスはため息をついた。
    『また、何かにつき合わされるのか・・・。』
    「兄さんが、私じゃなくてエルリスと王都へ真祖を奪還しにいくとか言うんだよ!!」
    「はぁ?」
     いきなりそんなことを言われてもエルリスには意味が分からなかった。
    「つまりだ。戦力を割けないヴァンパイアの代わりに俺達が真祖様を奪還しに行く。」
    「それでだよ。私が私と兄さんで行く!って言ったのに・・・
    兄さんがエルリスと行くって勝手に約束しちゃったんだよ!!」
    「はぁ・・・」
     エルリスは考えた。そして・・・
    「ええ。その方がいいでしょ?」
     などと言った。
    「え〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」
     ユナの絶叫が響く。
    「だって、だって、強い人が行った方が確実だよ。」
     ユナは抵抗をする。
    「ええ、だから私とそこのやつで行くんじゃない。」
    「私のほうが・・・。」
    「じゃあ、私とユナで行くの?それじゃ疲弊しきったヴァンパイアの守りが乏しいわね。」
    「だから・・・エルリスが残って・・・。」
    「それはダメだな。エルリスとセリスでは疲弊しきったヴァンパイアの守りが乏しいな。」
    「う〜〜〜〜〜〜。」
    「「それに、私/俺の、独断と偏見/シックスセンスが、これが最善だと言い切っているわ/ぞ。」」
     連携の追い討ちについにユナはイヤイヤモードに突入した。
    「いやいや〜。やっぱ、兄さんはエルリスのことが好きなんだ。私なんかどうでもいいんだ(え〜ん)」
    「ちょっと待ってよ。そんな迷惑な解釈しないでよ。」
    「だってだって・・・兄さんエルリスに膝枕してたし!
    私だってしてもらったこと無いのに〜〜〜!!(プンぷん)」
     そう言えば、そんな迷惑な話もあった。
     ユナはイヤイヤモード第弐形態、だだっこモードに突入した。
    戦況を冷静に見極めたレイヴァンは、ここで最終決戦兵器を投入した。
    「ユナ・・・。外へユナを出してしまえば、命とか言うものが仕切る組織に狙われることになる。
    だが、俺ならまだ狙われる可能性は低い。だから、俺達が行くのだ。
    俺は、ユナの命のことを第一に想っている。」
     などと、ドラマ顔負けの笑顔で言ってきた。
    「ハイ・・・兄さん・・・・・・(じ〜〜ん)」
     よくよく考えれば、エルリスが外へ出ることも危険なのだが、
    ユナはレイヴァンの言葉に思考力がぶっとんで空想の世界へ突入したので、気がつけなかった。



     ユナが夢見状態で引き上げた後、エルリスはレイヴァンに尋ねた。
    「恩でも売りたいの?」
    「そのつもりは無い。」
     レイヴァンは何でもない口調で答えた。
    「ユナ、私とセリスのこと知らないみたいじゃない。」
    「ああ。教えてないからな。」
     レイヴァンは何でもない口調で答えた。
    「なぜ?」
    「ユナには知らせない方がいいと思うからだ。その方が、きっとあいつには幸せだ。」
    「妹思いなのね。」
     エルリスが、呆れていった。
    「そういうおまえも、その方が良かったのだろう?」
    「ええ・・・。これでセリスは安全だわ。外へ出すのは論外として、中にいても危険だわ。
    あのヴァンパイアだってどこまで信用していいか分からないし・・・。でも、ユナがいれば守れるわ。」
引用返信/返信

■記事リスト / レス記事表示 → [親記事-9] [10-19] [20-26]



■記事リスト / ▼下のスレッド / ▲上のスレッド
■133 / 親記事)  サム短編
□投稿者/ サム -(2005/01/24(Mon) 18:12:32)
    突然ですが,サムの短編掲載用の板を作らせていただきます。
    続くかどうかは自分次第ですが,気が向いたときにふらっと書き込みしつつ遊ぼうと思いますので,よろしくですー。
引用返信/返信

▽[全レス2件(ResNo.1-2 表示)]
■134 / ResNo.1)  蒼天と白い狼
□投稿者/ サム -(2005/01/24(Mon) 18:14:39)
    ◇ 蒼天と白い狼 ◆


    風吹かぬ静かな夜。

    降るは真白の綿埃のような雪。

    深々と降り落ちるそれは深く…そう,ただ深く。

    街を,道を,森を…

    世界を白に彩る。

    ただ一色の,真白に。


     ▼


    …夜空を見上げながら,人影は白い吐息をついた。
    街灯に照らされる道は暗く,しかしそれ故に降り積もる雪が映える。

    深々(しんしん)と降りつづける雪は,恐らく今夜一番でかなり積もるだろう。
    気象予報でもそう言っていたし,なにより止む気配を感じない。
    自分の属性と似た気配を全身で感じ,その感覚に目を瞑る。
    周囲には誰も居ない。既に夜も半ばを過ぎ,深夜に移行するような時間帯だ。今外に出ているのは自分くらいだろう。

    しばらく佇み,深く深呼吸する。
    ふう と,白い吐息を吐いて伏せた瞳を開いた。

    全身を軍の防寒装備で身を包んだ彼女は,降り積もった真新しい雪を踏みしめながらその歩みを進める。
    小さな街を通り過ぎ,足早に郊外の合流地点(ポイントα)へと向かった。

     ▼

    エルリス・ハーネット。
    彼女は軍に所属する数少ないEXの一人だ。
    戦闘に特化した能力故に彼女はたびたび軍や王国の闇の部分に関わる任務に携わることが多かった。
    そして今回もどうやらそれに当たるらしい。

    未確認生物(アンノウン)…」
    「詳細を表示する。」

    エルリスの言葉に,合流地点(ポイントα)で待っていた連絡員の男は端末を操作した。
    頭部装甲外殻(フェイスシェル)を駆動させていたエルリスのバイザーに情報が表示された。

    未確認生物(アンノウン)は建前だ。目標は軍の研究部から逃げ出した実験生命体(クリーチャー)の抹殺になる。」
    「対象の詳細な情報を求めます。」

    エルリスの冷静な声に,男は端末を操作する。

    「対象は中型の肉食獣。…王国北部に生息する狼の一種だ。今回研究所から脱走した実験生命体(クリーチャー)仮名称(コード)F(フォール)。」

    バイザーに表示される細かな特徴と戦闘能力や思考パターンを記憶する。
    任務に必要な情報は最大限入手せねばならない。

    「今回の任務は回収ではなく消去(デリート)なのですか」
    「その通りだ。Fに関するデータの収集は終了している。処分の段階で逃げ出したとの報告だ。」
    「…。」

    バイザーに隠された女の瞳は伺えず,閉ざされた小さな唇も,それ以上は問いを発しない。
    連絡員の男は目の前の女がEX(バケモノ)である事を知っている。
    それでいて敢えて事務的に接しているのは自身の持つ恐怖心を押さえつけるためだ。
    実力において遥かに勝る相手に下す命令は,何時もの事ながら心身に掛かる負担が大きい。が、そんな内面の動きは一切見せる事無く。

    「以上,質問は」
    「ありません。直ちに任務に掛かります。」

    エルリス・ハーネット(軍の飼い犬)は上官に対する礼を取った後,踵を返して冬山に向かって歩き出す。
    目標が逃げ込んだのは,アスターディン王国の北の境界線――国境付近の山脈の一つだった。


     ▼

    ――。
    大きな(意思)を一瞬だけ感じる。
    瞳を開き周囲を確認する。何も居ない――追っ手もこない。
    体の各所に刻まれた傷は早くも癒しの兆候を見せている。異常な光景だ。

    人間に捕われ,体の各所に金属を埋め込まれてから続く自分の体に起こる怪現象。
    心身の強化,知能の上昇,意識の瞳の発生。
    そして日に日に薄れ行く自分の意識。

    懐かしい雪に覆われた山脈。
    自分の居た所とは場所を違えても感じる空気は同じだ――懐かしい。
    懐旧の念の発生は,自分と言う生命の変容を認識したと言うことでもある。
    元々の"自己"から大きく逸脱した"自分"とは,一体何なんだろうと思考することがここの所多い。
    もう,昔の自分に戻れないと言う確信を抱きつつ,過去の光景に思いを馳せる。
    自分が自己であった,あの頃を。


     ▼


    軍の研究施設で行われていたと言う実験。
    それは魔鋼(ミスリル)による生体強化実験らしい。
    流石に詳しい情報は記載されている筈もなく,それは断片的な情報から構築した予測に過ぎない。
    しかし,今回の対象であるコードFの全容を見る限り,頭部,首,各関節部分の合計14箇所に用途不明の魔鋼(ミスリル)が埋め込まれている。
    よくよく意味不明の行動をする研究施設だと思いつつも,エルリスは速度を落とさず目標の潜伏すると思われる方向へ向かう。

    魔法駆動機関(ヴァルキリーヘルム)の情報バイザーに表示される地図――それと光点はこの山脈と目標の位置だ。
    発信機つきの目標に追いつく事は容易い。

    「…近い」

    先ほどの醒めた言動の彼女には似あわない,歳相応の(可愛らしい)呟きがエルリスの唇から零れる。
    今回の任務も,その最終目標は消去(デリート)
    一瞬だけ彼女の瞳に痛ましげな光が宿り――しかし瞬時にかき消された。

    徐々に速度を上げつつ――エルリスは決意だけを胸に秘める。


     ▼


    強い力はまっすぐにこちらを目指してくる。
    体に着けられていた傷はあらかた回復した。行動に支障は無い…。
    "彼"は体を起こし,しかしふらつく。
    長時間横たわっていた反動か――それとも"残り時間"が少ないのか。
    恐らく後者だろうと予測をつけ,しっかりと四本の足で大地を踏みしめる。
    "自分"の意思を瞳にともらせながら,しかし篭める度に埋め込まれた金属へとココロが吸い取られる感覚――最悪だ。
    しかしまだ屈するわけには行かない。

    死に際してここまで逃げてきたその目的を果たしていないのだから。
    自分の生まれた故郷へは,まだたどり着いていないのだから。

    死ぬわけには行かない

    その意思だけを支えに,彼はここに立つ。
    が,それも本当にここまでのようだ。
    命からがら脱出した人間の要塞での戦闘で疲弊したココロは,恐らく次の一戦で消えてしまうだろう。
    どうするか。

    ここで逃げても追っ手は必ずやってくる。
    ここで戦っても,近い将来"残り時間"は切れる。

    どちらを選んでも,自分の望みは達成されず行く先には"死"が待つのみ。
    瞑目し,瞳を開く。

    ならば戦う。

    "力"を使う度に消え行く自らの意識を感じながらも,それはそう決めた。


     ▼

     △  △


    一人と一匹の接触は一瞬。
    蒼は携えた両手のナイフを全力で振るい,周囲の景色に溶け込むような白い獣は牙にてそれを迎え撃つ。

    一撃目を相殺に終えた人外の二人は(・・・・・・)そのまま高速戦闘に縺れ込んだ。


     ◇


    雪で覆われた森を抜けた。
    二つの影が疾走した後には一組の線が残る。
    高速機動による疾駆の跡だ。


    深い雪に覆われた道無き山脈。
    蒼と白の高速の二迅は互いに弾き合いながら,しかし一切の油断も隙も見せる事無く攻撃の手を緩めない。


    "F"と呼ばれる巨躯の白狼は,完全に(エルリス)に視線を向けつつも両の瞳から彼女を外す事はない。
    狼独特の野生の勘が働いているのか障害物には一切気を配らず,しかし確実にそれを回避してもいる。
    更に"F"は,エルリスの戦闘機動(コンバットマニューバ)と確実に並走してもいた。
    その上での彼女との攻防は,もやは脅威以外のなにものでもない。

    エルリスは足元に展開している圧縮氷雪空間で高速機動を維持し,更に両手に持つ軍用ナイフ(コンバットナイフ)を駆使し白い獣に攻撃を加える。
    その刃が独特の蒼をしているのは,ナイフを作り出したのが彼女自身だからだ。

    氷のEX使い(蒼天の),エルリス。

    彼女を知るものは,皆そう呼ぶ。


     △

     
    "F"が先行した。
    エルリスは,消耗を避けるために速度を維持することを最優先にどんな行動もとれるように態勢を整える。

    前方で反転した巨躯の狼は,弾かれたかのような勢いで進路をこちらに取ってきた。
    それは予測範囲内の行動であって,エルリスはしかし瞳に力を篭める。

    (真正面からの迎撃はだめ)
    (目標とのスピードと重量の差を考えると,圧倒的に私が不利)
    (回避しかない。でも――)

    行動を開始する。

     △

    進路は変わらず,3秒以内には接触する。
    エルリスにとってそれは死を意味するのだが,不思議と心の中は落ち着いていた。

    氷雪結界"凍てつくココロ"(奥の手)は使用不可能。
    恐らく,自分の認識領域(結界)内に捉えきるよりも早く逃れてしまうからだ。
    敵の速度を鑑みるに,それは容易に予測できた。
    例え捉えられたとしても,敵の詳細情報(プロフィール)に書かれている一文が,それ(結界)との相性の悪さを物語っていた。

    実験生体コード"F":炎系の魔法反応有り

    脱走した施設の壁面も短時間に超高温に曝された後のような様相を呈しており,それが敵の能力の証明であり,自身の能力との相性が悪いと言う証明でもある。
    しかし,だからこそエルリスは負けられない。

    まだ,自分の見たい未来には全然届いて居ない。
    もしかすると,最初から間違っているのかもしれない,でも――

    (私はもう,歩き始めてるから…!)

    苦難は覚悟の上,茨の道であることは承知の上だ。
    しかし,必ず実現させると誓う。
    誓ったのだ,あの日に。


    斜めに傾ぐ,崖ぎりぎりの雪原を疾駆しながらエルリスは叫ぶ。

    エグゼ(EX使い)だからって差別される事の無い未来…そのために!」

    エルリス・ハーネットは,自分がどうしようもなく身勝手な事と知りつつ…しかし。
    今さら歩みを止めるわけには行かない。これまで斬捨てながら歩いてきた自分を否定しないために。
    斬捨ててきた者達を忘れないために。
    それ故に,敵として相対する"F"に直接立ち向かう。
    その姿を記憶に刻みながら。

    「あなたには,死んでもらう…!」

     △

    視界には常に入れている敵――その存在が彼の最後の意識を失わせていなかった。

    蒼の一筋。
    それの放つ殺気はすばらしく,しかし何処か悲壮さを感じるものでも有る。
    だが,それは自分に対する同情の念ではないことは確かだ。
    敵対するアレは,自分に泣いているのだから。

    急に意識がクリアになった事に気がついた。
    周囲の全てが解る。
    記憶も意識も…体各所の金属が熱を放っていることも把握する。

    今,"F"は戦士だった。
    群れの守り手であり,自分は掴まりながらも仲間を逃すことに成功したと言う誇りを持つ,狼だった。
    捉えられ,尊厳を汚されながらも得た"意識"。
    誇りを誇りとして捉えることのできた,その喜び。
    同時に,もう戻れないあの頃を思い…

    駆け巡る人生を想い,それを"力"に…炎に変える。

    かつて火を嫌った自己。
    今は火を操る自分。

    "F"は,そんな変わってしまった自分に内心苦笑しつつも最期(・・)戦士としての自分(・・・・・・・・)を喚起してくれたヒトの戦士に感謝し,そして――


     △

     ▲ ▲


    瞬間,追突コースを進んでいた両の光――蒼と白の色合いが変わる。

    片方は青,氷蒼,深蒼。
    片方は白,赤熱,白熱。

    ヒトの形を有する者は,己の力を刃に篭め。
    獣の形を有するモノは,己の意識を全身に篭めた。

    雪原を引き裂いた二つの力は,接触し…



    周囲の景観を,一瞬だけ無へと還えした。



     ▼ ▼

     ▽


    その日の早朝,国境を監視していた両国の観測係は大騒ぎだったという。
    アスターディン側の山脈の一角で大規模な崩落が起こったらしい。
    原因は今をもって不明だが,何らかの爆発が原因と見ている。
    しかし残留物は0。
    質量カウンターにも何ら引っかかるものはなく…かといって,魔法でそれを起こすならば第一級クラスの戦術魔法が必要になってしまう規模らしい。
    公式に発表されている軍事的な演習訓練の予定もなし。
    全ては雪の中にのみ,埋もれてしまったと言うことだろうか。


     ▼

    エルリスは,雪に埋もれながら夜空を見上げた。

    私…運良いなぁ

    などと上の空で思う。
    夜空は相変わらず雪を降らせつづけ――しかし吹雪にはならないみたいだ。それは助かる。
    何しろ,全ての力を費やして生き残ったばかりなのだ。
    もう3時間ほど埋まっているが,あと一時間は動きたくなかった。

    かと言って,眠るわけにも行かない。
    雪の中で寝たら…普通は死んでしまう。
    これでも私はか弱い乙女。
    若干15歳の少女に過ぎない。


    すっからかんになってしまった心。
    でも,それは涸れない泉の如くまた沸き出モノ。
    自分にとって,心とはそう言うものなのだ。

    それが――エルリスがEXであることの証。


     ▽

    降りつづける雪。

    積もり行く雪。

    真白に覆われて行くその下には,様々なモノが眠る。


    想い。

    願い。

    そして――


     ▽


    エルリスは,最後の一瞬崖側へと落ちていった狼に向かって呟いた。
    静かな印象の瞳を見,叶うことの無い願いを感じ…それを胸に刻んでただ一言。


    「…おやすみなさい」




    >>>END
引用返信/返信
■135 / ResNo.2)  後書き
□投稿者/ サム -(2005/01/24(Mon) 18:15:25)

     ◇後書き◇

    蒼天と白い狼。
    ずーっとまとまんなかったのですが,今日漸く纏まりました。
    クリスマス前に構想したんですけどね,なんか時間が――(あああぁあぁぁううぅぅぅ)
    と言うわけで,お送りしました。

    >つまりなんなのかって言うと
    滞りまくってる"紅い魔鋼"はミコト主役…でもエルリスも書きたい。
    と言う無理くりな状況をリンクさせるためのサイドストーリーなんです。多分。イヤ絶対。
    そんな感じで番外編は色々と練ったり練らなかったり(魔鋼どーにかせーよ)
    勢いで書いてますね,全部(爆

    >内容
    ですが,回答編は感想レスにてします。
    疑問に思ったことがありましたら感想でおねがいしますー。
    それ以外は脳内補完で(爆


    そんなこんなで"蒼天と白い狼"でした。
    ハリポタみたいな雰囲気のタイトルで何気に気に入ってます。でも,「ドラ○もん のび太と○○○○の〜」は却下!(爆

    以上でしたー
引用返信/返信

■記事リスト / レス記事表示 → [親記事-2]



■記事リスト / ▼下のスレッド / ▲上のスレッド
■51 / 親記事)  "紅い魔鋼"――◇予告◆
□投稿者/ サム -(2004/11/17(Wed) 23:46:15)
    2004/11/19(Fri) 21:01:30 編集(投稿者)

     ◇ "紅い魔鋼" 『予告編』 ◆



    人々は日々を重ねて歴史を作る。

    人々は技術を重ねて文明を造る。

    人々は思いを重ねて未来を創る。


    何時の日も,何時の時でもそれは変わらず――
    ささやかなでも小さな幸せと,最大多数の幸せを守る人々は何処にでもいた。

    文明が起ったときでも。
    1000年前であっても。
    現代でも。

    全く変わらない人の行い。
    これからも変わることのないだろう,その行い。

    それこそが人間の歴史()なのだろう。



     ▽  △



    魔導暦3022年。

    例年より冷えた冬も過ぎ,新しい年が明けた。
    学院の存在する都市――リディルにも春が訪れ,"私"も第三過程生に上がることになる。

    あの娘(エルリス)と出会ったのも一年前の丁度この時期。
    今はもうこの学院にはいない彼女だが,どこかできっと,目的に向かってがんばっている事だろう。

    でも,一人で全て背負うと言う考えはいささか好かない。そんな彼女に対して私は一つ意趣返しを考えている。
    今はその下準備を進めるだけ。

    待ってなさい,エルリス・ハーネット。

    とびっきりのプレゼントを持って貴方に会いに行くその日を,ね。


     ▽


     変わることのない"私"の目標。
     
       様々な出会い。
     
         沢山の出来事。
     
           楽しい日常の中で生まれる感情――。


       エルリスとの別れから半年。
       
       "私"は,とうとう自分の足で歩き始めた。

     △


    世の中には現象の発端――原因が存在する。
    それは過去の出来事の積み重ねであり,人の意志が絡まないのであれば全くの偶然でありそして必然。
    呼び方は様々…――だがそれは確かに"在る"

    原因が存在し,それ故に結果も生ずる。

    過去の遺物。
    歴史の闇。
    人々の思惑と野望。
    巻き込まれる者達。

    そして,それに気づく者もまたいる。

    自ら渦中に飛び込み,しかし何も成せなかった少女。

    彼女は直感が導くままに行動を始める。

    全ての原因が収束するそのとき,彼女は,そして彼女の周りに集まる者達は何を見ることになるのか。


                   しろいせかい

                 紅い魔鋼

               蒼いツルギ

             力の意味
          
           想いの強さ



    これらが鍵となる物語。





    過去が原点となり,1000年の時を超え野望の中で現在に蘇る紅い魔鋼(クリムゾンレッド)





    「確実に生き残る術なんてない…確かな未来なんて,何処にもない! だから,全部掴み取るまでよ!」





    叫びの意味は。




    そしてその結末は。




    △ 紅い魔鋼(クリムゾンレッド) ▽





    近日公開予定(coming Soon)



引用返信/返信

▽[全レス21件(ResNo.17-21 表示)]
■89 / ResNo.17)  "紅い魔鋼"――◇九話◆後
□投稿者/ サム -(2004/12/02(Thu) 22:02:36)
     ◇ 第九話 後編『或る真実の欠片・暗躍』◆


    錬金術。
    それは魔鋼(ミスリル)を作り出す技術の事を指している。
    遥か3000年近く昔にもたらされた魔法と言う異質な法則の元で行われる作業だ。

    魔鋼は魔法を増幅する。
    増幅しなければ魔法は魔法として認識される事のない程度の現象発生力しかなかった。
    そのための魔鋼。

    しかし,ここで一つの疑問が起こる。

    魔鋼は魔法を増幅する。
    魔法は魔鋼が無ければ意味を成さない。

    ならば――魔法によって収斂される筈の魔鋼は,一体誰が創り出したのだろうか?
    魔法とは,一体何がもたらしたものなのだろうか――?


     ▽  △


    私の人生は"問うこと"を端にしている。
    疑問を投げかけ,その答えを探す事こそが人生だ。この思考法は自然と私を魔導技術の習得――つまり魔法を学ばせる方向へといざなった。

    しかし,私には欲と言うものが少なかったらしい。
    必要なものは疑問と答えのみ。他には何も――まぁ生きていくのに必要な最低限の糧は欲しいが,それ以外は大して必要なものではなかった。
    最高学府たる学院を卒業するも,私は技術の高みへ至る道への興味は薄く…ただただ自分を満足させるためだけの"問い"を探しつづける道を選んだ。
    それは研究者としての道ではなく,探求者としての道だった。

    ある日。
    私の下へ届いた1通の書簡。
    それは王国史上悪名高い"魔鋼錬金協会"からの誘いの手紙だった。
    私はその書簡が届くまで何をするでもなく,ただ学院の研究室に身を置き,学生相手に講座を開きつつ日々を生きるための糧を稼いでいた。
    たしか――20半ばを少し過ぎたくらいだっただろうか。

    書面には,私を誘うに当たっての理由と報酬が書かれていた。
    報酬はどうでも良い。
    毎日三食取れるならばそれ以上のものは要らない。
    理由はありきたりな物だった。
    私の業績と功績を褒めるだけの詰まらないもの。まぁその程度だったら気にも留めずにごみ箱へ直行する運命だったのだろう。が――

    『…旧文明の遺跡…?』

    最後の行に書かれたその一言が,私を動かす。
    彼等"魔鋼錬金協会(フリーメーソン)"は当時の都市ファルナの地下5.7kmの地点から、広大な都市跡を発掘したらしい。
    それに当たって,各地に居る引退した学者や研究室に引きこもっている私のような有能な研究者に極秘に打診しているのだと言う。

    新たなる問い,それを見つけれるかも知れない…

    私はそう感じてその週のうちに学院を辞め,ファルナへと向かった。
    それが,今から約60年前の事だった。


     ▽


    彼等魔鋼錬金協会の連中は思ったよりも気安い人間達だった。
    王国に監視されている状況からだろうか,歴史に残っているような無謀な実験をしているわけでもなく,ただ趣味人達の集まりとしてその組織運営が行われていた。
    恐らく世には知られていない真実の一つだろう。

    彼等――私の友人達はそれを敢えて(・・・)世間に公表しようとはしていなかった。

    …1000年と言う歴史が培ってきたその風評は覆し難いし出来るとも思えない。逆に――そういった秘密結社っぽいのが実在しているかもしれない,と言うのも面白くないか?

    実態は全然違うんだけどな,と我が友ディルレートは頻りにそう言って笑っていた。
    私もその世間を暗に欺くと言う状況を純粋に楽しく思い,彼と共に笑った。
    世界中の誰とも変わらず,その場に集まった友人達と共に笑い,泣き,喧嘩をし,恋をした。
    懐かしい。本当に,懐かしく楽しかった日々だ。


    私達は誰とも変わらない人間だった。
    違ったのは,1000年前の王国騒乱以降は国に対して何も隠し事をしていなかったのだが,私達のその代に限ってのみ…唯一それを破った。
    60年前の都市ファルナの地下から見つかった古代都市の隠匿。
    それは今もって私が管理している。

    発見されたものは,今までにない設備だ。何かを量産するための大型の機構(システム)
    日夜時間を惜しまず解析した結果,そこは金属の生産工場跡だと言う事が判る。

    当時の我々は,10年という歳月をかけて古代都市の一端を秘密裏に解析し終えていた。
    工場のシステムは大まかに把握し,何時でも応用できる体制にもあった。

    だが,薄々ながら私達を取り巻く状況が傾いてきていた事も事実だった。
    元々資源採掘用にファルナ地下に掘られた探査坑。
    流石に放りっぱなしにしていたわけでもないが,監査の手が伸びてこないとも限らない。
    この事がばれたら――正直全ての遺跡跡が没収の上に私達は拘束される事は必至だ。
    どうするか,と対策を練っているその時,我々にとって都合の良い事態が発生した。


    第一時世界恐慌。
    経済恐慌が起こり、世界中が未曾有の緊急事態を発令した。
    各国政府は頻りに事態の収拾を図ろうとしたが,余り効果を表さなかった。

    我が王国も似たような状況だったらしい。
    それまでの主産業が僅かな魔鋼製品の加工,残りは自国で行われている第一次産業が経済の全て。
    恐慌を乗り切るのは極めて難しい状況にあった。

    これはチャンスだ,と我が友ディルレートが言った。
    "私達の思い出の残るこの古代都市跡を残すための術が,ここにあるじゃないか"と彼は言った。

    金属の量産システム。
    これで魔鋼(ミスリル)の量産体制を整えて,それを持って王国に俺達の公的機関化を求める,と言う案だった。

    結果は歴史が証明している。
    ディルレートの行ったこの賭けは我々が勝ち,王国の公的機関となる事で遺跡を完全に隠匿した。
    魔鋼の量産体制の管理も私達が行う事になり,多少のごたごたはあったものの予想より遥かにスムーズに全てが行われた。

    以来,50年。
    私の友は一人,また一人と死んでいった。
    親友も,悪友も,愛した人もみな死んでいった。

    当時から残っている協会設立メンバーは私で最後だ。

    私――探求者ルアニク・ドートンが。


     △


    現工業都市ファルナの地下に眠る古代都市。
    未だに王国からは秘匿とされ,日夜我々協会の研究員が解析作業を行っている。
    次々と明らかになる古代のシステム。
    惑星軌道上に配置された種々の観測システムや,天空に浮かぶ月にあると言われる別の古代都市。
    その彼方に広がる深淵――宇宙と言うらしい――の更に遠くへと旅立っていった,古代人達の船。

    太古の人々は,そのほぼ全てが例外なく星を飛び立つ事を選んだ。

    なぜ、とそれを問うには時が経ちすぎ,明確な答えは期待できない。
    しかし私は,システムを解析する傍らでその答えを探しつづけた。
    古代人類が星を飛び立つ理由を。
    そして――その過程で"それ"をみつけた。

    "それ"は,古代人が星を飛び立つと言った遠すぎる疑問ではなく,私が生きてきた中で唯一判らなかった疑問の答えを示すかもしれない――現象。

    どちらを優先するかは,その時に変わった。


     ▽  △


    私は現代に生きる人間だ。
    魔法を技術として使い,日々を生きる。

    魔法は魔鋼により増幅され,様々な現象を起す。
    魔鋼は魔法により収斂される。素材は様々な鉱石を元にしているが,自然に存在するもので希少な金属は少ない。
    収斂する上で必要なのは,その複数の金属に付加させる膨大な魔力だ。
    勿論ただの魔力ではありえない。

    現代人が収斂する魔鋼,その過程で必要な魔力は,魔鋼と同じ魔力相を持っていなければならない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

    現代では魔鋼は然程珍しいものではない。
    鍛冶師たちは,魔鋼を収斂する際に整える最適の魔力相の値を把握しているし,また知らずとも手元にある魔鋼をサンプルにして魔力相を整えれば言いだけの話だ。
    が。
    魔鋼を作るには,元にするもう一つの魔鋼が必須になると言うこの条件。
    これは一つの簡単な疑問を内包している。

    "起源"に関する疑問だ。
    起源――レジーナ・オルド(O-riginal)と言う名の女性がもたらした魔法(駆動式)という技術と,その媒体――魔鋼(ミスリル)
    そもそもソレは,どこからきたのか?(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

    それが,私の最初の疑問だった。


     △


    以来数十年。
    片時も忘れた事の無かったこの疑問は,しかし誰にも相談した事も無かった。

    私だけの疑問。
    私だけが考えつづけた疑問だったからだ。

    その――答えを見つけれるかもしれない,切っ掛けがあった。
    都市群の管理する,人工衛生による地表観測システムに記録されていた王国の過去の地表エネルギーの変動データだ。


     ▲


    私が在籍するこの魔鋼錬金協会。
    1000年以上の歴史を持ち,それ以前は風評通りの組織だったらしい。
    倫理観の薄い研究者達,極めてシステム的な真理の追究。
    その成果は1000年前の王国動乱の際に失われた――かのように思われてきた。

    だが事実は違う。
    これらは過去から現代まで連綿と受け継がれてきた。資料は全て駆動式のとして魔鋼に刻まれ,それは一つの証として伝わってきた。
    魔鋼錬金協会の長が持つ,錫杖型の魔法駆動媒体(ARMS)
    これには,それまでの非道な研究成果が刻み込まれていた。

    親しい友が次々とこの世界を去り,私は次第にまた研究に没頭するようになった。
    新しい問を求め,終ぞ行われる事の無かった錫杖の駆動式を解放し,協会の行ってきた非道な歴史をも全て見た。

    ――その内の一つ。
    それは1000年前に行われた一つの実験で,映像資料としてのみ残されていた。文献は消失してしまったのだろう。
    魔鋼と人体との融合をテーマにしたもの。
    時間経過毎の記録を見る限り,魔鋼は人体を侵食し――恐らく意識を取りこんだ。
    魔力干渉線(マナライン)にも応答しないところを見ると,一つの封印のようだと感じる。

    そして――3週間後。
    "それ"は起った。

     ▲

    邪龍。
    突然襲ったその"災害"は,映像に残されていた 胸の"紅い魔鋼"から発生した膨大な魔力(思念)が肉体を変容させた,一人の少年(被献体)だった。

    "それ"は研究所を破壊し,街を壊滅させ,何かを求めるように北へと飛び去っていった。
    そこまでを記録したこの映像は,恐らく,辛うじて生き残った研究員がこの杖に"成果"として封印したのだろう。

     △

    話は戻る。
    古代都市群の管理している地表観測衛星の残した,惑星全域の中の,この王国周辺のエネルギー変動を記録したデータ。
    これは過去数千年と言う年月で記録され続けていた。
    当然1000年前の(・・・・・・・)ものも欠けることなく残っている。

    観測された事実は驚愕に値するものだった。

    その事実から私は全てを思考する。
    長年の疑問と魔法。なぜ、このような力がこの世界に存在するのか。

    それは――もしかすると。

    "それ"をもう一度起したとき。
    私の推論が正しければ――恐らく一つの答えとなる。

    故に,私は――。


     ▽


    ある小高い丘の上。

    不自然な窪み(クレーター)と.そこを端に発する巨大な亀裂を見渡せる場所で,年齢の行った老人は眼光を鋭く光らせる。
    眼下の光景は,史跡跡で動く多くの人影。彼等は魔鋼錬金協会。
    彼等は協会長の命令で、指定された機材と資材を各所に配置しているところだ。

    それは――ただ一つの疑問を解くためだけに。

    魔鋼錬金協会(フリーメーソン)の長にして孤高の探求者,ルアニク・ドートンは,強い意志の光をともしたその瞳で,着々と進められる実験準備の状況を見守っていた。


     ▽
     
    夜を徹して行われた作業は殆ど終わった。
    数年を掛けて密かに行ってきた事前調査も完了している。
    近辺の状況もこれから起す(・・・・・・)事態への(時間稼ぎ)も全て計算済みだ。

    後は,時が満ちるのを待つだけ。
    観測データから導き出したす最良のタイミングで"実験"を開始すれば,あとはもう何が起ろうとも止まらない。
    リスクの分散化も配慮している。不確定要素の介入に関しても対処する策は考えてある。

    全ては整った。
    私の一生では観つける事が出来ないと半ば諦めていた問いに関する答えが,すぐそこに。

    さて。
    残りの時間はゆっくりと待つ事にしよう…。

    結果は,もう時が運んでくれるのだから。



     ▽  △

     ▽



    ――学術都市リディル:学院・教務課――


    「ですから,教務課(私ども)の管理する演習用武器保管庫は,学院に所属するものならば使用許可を取れば誰にでも貸し出しているんです。勿論データとして管理してありますが,数は膨大ですよ」

    何せ戦技科の教官や生徒が出入りするたびに使用許可を出しているのですから,と窓口の女性は少年に言った。
    少年はそうですか,と少々肩をすくめる。

    「…では,持ち出された演習用ARMSの種類の特定は可能でしょうか」

    先程から物静かに食い下がる少年に負けたのか,事務員の女性は大げさに溜息をつくと,カタカタと端末を操作し始めた。
    恨みがましく少年を見,諦めたようにもう一度溜息をつく。

    「…しょうがないですね。学院生で無い貴方に教える義務はないのですけど」

    私どもは門戸が狭いわけではありませんし、と散々渋っておきながらそう言う。
    少年は苦笑し,「ありがとうございます、助かります」と誠実に答えた。
    女性事務員も苦笑する。

    「それで,何の魔法駆動媒体(ARMS)を探しているの?」

    多少フランクに問う彼女は20代半ばだろうか。
    少年はまだ20にも満たない本当の少年だ。年齢的にも彼女にとっては弟のような感じでもあるのだろう。
    無論この場合は聞き分けの無い我侭な弟,であるだろうが。

    「…剣です。刃に特殊発動型の駆動式が刻印されているものなのですが。」
    剣型(ソードタイプ),…と。」

    検索条項を打ちこみ,すぐに結果がでた。

    「剣型でその刻印タイプのARMSは教務課の武器保管庫にはありませんわね。」

    ニコリ,と微笑んでそう言う。少年は露骨にがっかりしたようだ。
    が。

    「でも,短剣型ならばあったみたいよ」
    「…本当ですかっ!?」
    「ええ、1ヶ月ほど前に貸し出されてるみたいよ。名前は――」

    その名前を聞いて,少年――ジャック・ジンは驚愕に目を見開いた。

    まさか。"彼女"が"それ"を持っているなんて。
    これは何かの符合とでも言うのか。
    先生と俺が探し出せなかったものを…偶然みつけているとでも…

    そんな様子の少年に気づいた女性事務員は,気遣わしげに声をかける。

    「まぁ,こればっかりはね。武器保管庫においてあるものは早い者勝ちだし…でも、君はその前にちゃんと学院に入りなさいよ?」

    最後はにやり,と笑う女性。
    まぁここに入らなければ貸しだし許可は出ないわけだが…

    ――早く先生と連絡を取らなければ。

    少年の思考は,事実の認識と共に既に次の行動へと移っていた。
    手間を取らせてしまった女性に向き直る。

    「手間をかけてしまい申し訳ありませんでした。」
    「いいのよ、実は私も暇だったから」

    声を潜めて苦笑する彼女に「では,失礼します」と頭を下げて教務課を退出した。


     ▽

     
    ジャック・ジン,17歳。
    ミコトの後輩にしてEXのミスティカ・レンと同じく,マーシェル探偵事務所でバイトをする少年だ。

    彼は先生(エステラルド)の指示に従い王国中の古い施設を回り,英雄ランディールの"神器"とよばれるARMSを捜索していた。
    王国の西半分はジン。残りはエステラルド・マーシェル自身が捜索している。

    雷帝の神器。
    伝承として伝えられていた,蒼白い片刃の剣と言う形状と刃に刻印された二つの駆動式と言う事のみが今に伝わる手がかりだ。
    それすらも王国――王宮に封印されていた事実。一般にはまるで知られていない。
    彼等の探偵事務所がそれを知る事ができるのにはとある理由があるのだが,それは今は割愛する。


    先生と連絡を取らなければ。
    彼はそう考え,内ポケットからタイムコードが記入された紙を取り出す。

    ――今この時間なら…王都から真西に700km行った所にある国境付近の都市,メティナの軍の旧施設に居る,か。

    国境付近の都市はその土地柄上軍施設が多くなり,メティナは軍事都市として名高い。
    王国陸軍の本部もこの都市にある。いわば軍の中枢地だ。

    「向かうのは構わないけど,時間が掛かりすぎるな…」

    故あって,彼には魔導技術式(・・・・・)携帯意端末は使えない(・・・・)
    ジンがエステラルド(先生)と連絡を取るとなると実際に会うか言伝を頼むか手紙しか方法がない。
    事態の流動性と秘匿性から後者2択は却下。加えて時間ももう無い。
    事務所に戻れば"あの女性(ヒト)"が居るには居るが,先生(エステラルド)から極力知らせないように言われている。

    ならば――
    ジンは溜息をついた。

    「直で行かなきゃならないか…」

    王都から700km。
    しかしここ(リディル)から王都までは約230km。
    直線距離のみの計算だが,そこは問題無い(・・・・・・・)

    全1000km弱の工程だが…

    「移動に掛かる時間と先生のこれからの移動先から逆算すると――」

    今夜中には何とかなる。
    そう見切りをつけた。どうしても時間が掛かりそうな場合は――"あの女性(ヒト)"に頼むしかない。
    最終手段だ。


     ▽

    ―― 一時間後。

    黒系のフライトジャケット,レザーパンツ。ゴツイ安全靴に厳ついゴーグル。
    先日のミスティカ・レン(MAD・SPEED・LADY)と大体同じ格好に身を包み,ジャック・ジンはリディルの一番西側に位置する高層ビルの屋上に立っていた。
    吹き荒れる風が冷たい――。


    思考を停止。


    見るは虚空の彼方の彼方。
    それはイメージを収斂する一つの作業で、儀式。

    少々体を屈め――足を踏み出す。


    たたっ


    2歩。それだけの助走の後――――



    ドンッ!



    空気を殴りつけるような乱暴な音と共に,ジャック・ジン――マッドスピードレディ(狂速の淑女)の片割れ,爆発に特化したEX・凶速の渡り鳥(エクスプロージョン)は上空へと飛び出し,遥か西へ向けて飛び去った。


    屋上は魔力騒乱で気流の乱れが生じ暴風が吹き荒れたが,一瞬後にはすぐに元に戻る。




    そして舞台は,全てが集うランディール広原(英雄の丘)へ――。



    >>>NEXT
引用返信/返信
■98 / ResNo.18)  "紅い魔鋼"――◇十話◆前編
□投稿者/ サム -(2004/12/18(Sat) 08:57:36)
    2004/12/18(Sat) 08:58:37 編集(投稿者)

     ◇ 第十話 『嵐の前の静けさ』前編◆
     

     △


    「ありがとう,助かります。」
    「なに、どうってことねぇよお嬢ちゃん。しかしまぁなんだ。変な事には極力関わらん方がいいんじゃないのか?」

    ランディール広原の少し手前のサービスステーション。
    ミコトは既知の情報屋と会っていた。

    目的は勿論情報の収集。彼とは1週間ほど前に連絡をとり,ランディール広原での魔鋼錬金協会の動きを追跡してもらっていた。
    ひょんな事から知合った彼は現在40ちょいのおじさんで,王国軍の密偵をしていたと言う。自称だが。
    腕は確かなので問題はないけど。

    「好奇心はネコをも殺す…ですか?」

    にこっと笑いながらミコトは返す。
    彼も苦笑した。

    「お嬢ちゃんの本性はネコじゃなかったな。…ま、止めても無駄な性格は猪突猛進な猪って所か」

    ははっと笑う彼。
    ミコトも特に怒るわけでもなく苦笑。

    「――口は災いの元,ですよね」
    「冗談だ。」

    ぼそっと呟いた彼女(ミコト)の目は笑っていなかったが。
    そんな二十歳前の気の強い女の子(・・・)に彼はもう一度苦笑する。

    「気ィ付けてな。今回は(・・・)お前さん一人じゃないみたいだしなぁ。――前みたいに巻き込むつもりはないんだろ?」
    「……。」
    「友達か。何にしても――嬢ちゃんは鋭すぎるからな。余計なことに首を突っ込みすぎる事が多いだろ?」
    「…そうね。でも」

    ニヤっと笑う。

    「あいつ等は,私から巻き込んだ方だし。これからもずっと手放すつもりはないわよ?」
    「――ほう。」

    それは予想外だ,とばかりに彼は驚いた。
    自分の事には極力絡ませない性格だったこの少女――いや,女が巻き込む事を自認すると言う事は――

    「仲間を集め始めたのか。」
    「――ご名答。あれ以来貴方にはお世話になりっぱなしだけど,これから(・・・・)もよろしくお願いしますね」
    「おいおい,俺ぁいいかげん身を引っ込めたいんだがなぁ」
    「ご謙遜を。――あんたほど狡賢くて便利な情報屋も中々居ないわ。あんたも(・・・・)幾らもしないうちに呼び出すから,覚悟しといてね」

    そう言って笑った。
    やっぱり彼は苦笑。

    「考えとくよ。それより今は目の前の事にまずは集中しとけ。俺には判らんかったが,連中(魔鋼錬金協会)の敷設した魔導陣,かなり複雑だったぞ。――正直何が起こるかはさっぱりだ。」
    「わかった。あの二人――」

    そう言ってちらりと視線を飛ばす先には,こちらを伺っている男女一組。
    ケインとウィリティアだ。

    ――並んでいると絵になっているのが気に食わない。

    少し眉を顰めつつもミコトは言う。

    「あの二人,あれでも学院の逸材だから連中(魔鋼錬金協会)が何をしているのか,についての解析は大丈夫だと思う。」
    「お前さんと同じか。」

    笑いながら言う彼に,ミコトは苦笑。
    私はそんなんじゃないよ,と告げた。

    「自分が思ってるよりお前さんは優秀だ。…まぁ精々がんばってくれ。何も無いってのが最良なんだろうが――」
    「この様子じゃ,何もなさそうってのはちょっと希望的観測――かしら」

    男は深く頷いた。
    ミコトの携帯端末に映し出された映像を見る限り,決して楽観は出来ない。

    「まさか,魔鋼(ミスリル)を運んでたトラックが1台じゃなかったなんて」
    「それ以外にもスパコンが数台,移動式の衛星通信設備,発電機まで持ちこんでる。何も無いって楽観できる状況じゃないな。」

    うん、と頷く。
    彼はそんなミコトを見て肩をすくめた。

    「まぁ,俺からもこの情報は王国軍に回しとく。警告も含めてな。」
    「うん、そっちは任せた。…じゃぁそろそろ行くね」
    「がんばれよ,お嬢ちゃん」

    軽くてを振ってケイン達の待つ(ミニバン)へと向かう――ミコトの背中に彼の声が掛かった。

    「――まぁ,男取り合う仲ってのもありかもなぁ。彼氏も大変だろうに」
    「な――!?」

    ガバっと後ろを振り返ったが,既に大型二輪にまたがった(おっさん)は手を振りつつミコト達とは反対方向に走り出していた。

    「そ,そんなんじゃないわよ――!」
    「まーたなー」



     ▽  △

     ▽


    合同演習訓練。

    これは一年を通して開かれる講座だ。
    学院の戦技科を中心に主催されているもので,学内にとどまらず学外にも広く開講されている講座でもある。
    学院の戦技科を中心として第一,ニ,三,研究過程生から希望者を募る。
    学外からは軍への就職を希望する者,各地方都市の軍準拠の養成学校,退役軍人の暇つぶし,ミリタリーオタクなどなど底辺は果てしない。
    今回集まった人数は,ミコトによると全895名。
    かなり多いと感じるが,毎回この位の参加者は居るとの事だ。

    ランディール広原についた俺達は,軍から派遣されてくる一部隊が管理するゲートを事前に受け取っていたIDでパスしてくぐりようやくキャンプ入りを果たした。


    俺達3人の車中の雰囲気は―――,アレだ。
    思い出したくない。

    穏やかな言葉の暴力の応酬*2時間,とだけ言っておこう。

    ――どうしてお前等二人はそんなに仲が悪いんだ…!?


     ▽  △


    1000人弱の人数がこの広原の一角に集まっていた。
    直ぐ北にはちょっとした森林が広がり,その向こうには巨大な亀裂がその姿を現している。
    国境も近いこの周辺は,他国の密偵が出入りしたりしているらしい。
    数年前にも何度かこの辺りでそれらしき戦闘があったとかなかったとか。軍の公式発表には勿論載っていない。

    ともかく。
    北側に森,南側には広大な平原。
    東側は中央キャンプ。今回軍が敷設した合同演習本部で,西側は少し行くと亀裂の本筋が地平の彼方まで広がっている。
    北側森奥の亀裂は,本筋から枝分かれした部分だ。…それでも底が見えないが。


     ▽


    登録した班ごとに別れて学院出資の補給物資を受け取り,それぞれ1日半のサバイバルへの準備を整える。
    それがこれからの予定で,今すべき事だ。

    俺とミコトは学院で行っていたとおりチームとして登録するつもりだった。
    が,ここで"も"一つ問題が発生した。


     ▽


    「ウィリティアはどうするんだ?」
    「わたくしはまだ班は決めてませんの」

    ちょっと困ったように笑う彼女。
    これから班を決めると言うには――いささか心苦しいものがあるのだろう。
    話によれば,ウィリティアもミコトと同様に過去数回参加しているみたいだが,結構班編成には苦労していたみたいだ。
    学院でもそうなのだから,現地で班を組もうとなるとやはり大変だろう。
    なら――

    俺はフム,と唸り

    「ミコト」
    「…む、なによ」

    知らん顔しようとしても無駄だぞ。俺の目からは逃れられんのだ。
    …と言うか,知り合いなんだろおまえら。仲も良さそうだし。

    「ウィリティアも入れないか?」
    「ん〜〜…」

    途端眉をしかめる。
    こいつにしては珍しい反応だ。
    …ウィリティアも似たような表情だ,何でだろ?

    「…問題でもあるのか?」
    「問題は無いんだけど…」
    「問題はありませんのですが…」

    ちらちらと御互いを伺いながら俺の問いに二人は同時に答える。
    やっぱり仲良いんじゃないか?

    「なんかあるって感じだよな…」

    俺の呟きに,何故か二人は探るようにこちらを見つめ――同時に溜息。

    「そんなに大した事じゃないわ」
    「そんなに大した事じゃありませんのよ」

    同じタイミングが気に入らないのか,むぅーーと睨み合う。
    やめぃ。

    「んじゃ俺達は3人で登録,と。」

    本部に置いてあった登録用紙に書き込み,これで完了だ。
    不備が無いかを一通りざっと確かめ,OK。大丈夫だ。
    書類は受理され,俺達は正式なチームとして登録された。

    二人を振り向く。

    「まぁ,なんだ。これからよろしく頼む」

    改めて言うのはなんだか照れくさいが,恐らくこのなかで一番足を引張りそうだから一応精神防衛の為に一言言っておこう。
    俺の言葉に二人は笑顔で――

    「こっちこそ宜しくね,ウィリティアが足を引張らなければ良いけど――」
    「こちらこそそ宜しくお願いします。ミコトが自爆しなければ良いのですが――」


    ギッ!


    笑顔反転すさまじいにらみ合い。
    だからやめぃ。

    恐らく――これは限りない確信だが。
    倒れるとしたら心労が原因だと思うぞ,俺は。

    別のチームに入れば良かったかな…などと,言ったら殺されそうな考えが頭を掠めた。


     ▽  △


    今回の訓練の趣旨は"慣れる事"。これに限る。
    と言うのは,この講座は1年を通して続けられるもので、後半に移るほど訓練内容は厳しくなっていくらしい。
    前半――とりわけ初期は,これからの訓練について来れるかどうかを篩い分ける為の意味もあるという。

    今回のこの講座は,今年始まって3回目。
    一回目,二回目は基本的な道具の取り扱い方と多数対多数のゲーム形式の戦闘訓練,それと山岳地帯への登山とキャンプと言うものだったらしい。
    聞く分には楽そうにも思えるが――実態は全く違うとの事。軍から派遣されてきた教官が教官だからだろうか。
    説明するミコトは少々困った顔で笑っていた。その時参加していたらしいウィリティアもだ。


     ▽


    今回はサバイバル(生き残り)訓練。
    何がどう生き残ればいいのかと言うと,話は簡単だ。

    これから各自班毎の準備を整えた後,一度解散。そのまま自分達が思う方向へと散って身を潜める。
    ランディール広原全域に各チーム毎に"潜伏"し,遭遇した敵チームを潰す。
    ルールはこれだけだ。

    完全な遭遇戦。

    勿論積極的に戦わなくても良い。
    各地を転々としつつ明日正午まで逃げ回るのも一つの手段だ。しかし――
    その場合は教官の部隊,正規部隊から数人が"襲撃"に掛かるとの事。
    どちらにしても戦わなければならなくなる。

    遭遇戦,待ち伏せ,逃げ回って勝ちを取る。
    どれを選んでも構わない。どれも戦うというリスクを負うには変わりが無い。


    さて,俺達はと言えば――


     ▽
     
     
    「私達は,選択肢その3ね。」

    逃げまわる,とミコトは宣言した。
    それには理由がある。先日俺とミコトが話し合っていた"あの"件がらみだ。

    「何故です? 逃げ回らずに戦いを挑む,と言うのも一つの手ではありません?」

    第4の選択肢か。それは思いつかなかったなぁ…平和主義者の俺としては。
    決して避けてたわけじゃないぞ。

    「確かにこっちからの襲撃はありだとは思うんだけど…今回はパス。ちょっと気にかかる事があって,そっちを調べる方を優先したいから」

    だから気に入らなければ抜けてくださっても構わないんですよ,ウィリティアさん? とか言いやがった。
    ウィリティアは当然眉を顰める。

    「何をするかも言わずにチームを抜けるなんて出来ませんわ。―― 一体何を企んでいらっしゃるの?」

    それはそうだ。
    俺はミコトを見るとアイツも肩をすくめて見せた。

    「…ランディール広原(ここ)には今日…と言うか,ここ1週間くらい前から別のグループも入りこんでて,好き勝手に史跡周辺でなにかしてるのよ。それがどうしても気になるの。」
    「そんな連中放っておけば良いじゃないありませんか。」

    呆れたように言うウィリティア。俺もミコトもそう思ってはいるんだが,無視できない要素ってやつもある。

    「…その連中な,魔鋼錬金協会(フリーメーソン)らしいんだよ」

    俺の言葉にウィリティアは驚いた表情を作る。

    魔鋼錬金協会。
    一般には魔鋼(ミスリル)の製造を担う王国の公的機関だが,その前身は秘密結社(フリーメーソン)
    1000年前の旧ファルナ崩壊と王国動乱の原因を作ったとされる元凶で,凶科学者(マッド・サイエンティスト)達の集団だった。
    現代では何ら活動をしていない,ほとんど無害な連中なのだが――

    「彼等,今回の史跡調査に限って変な機材・資材を持ちこんでて,大規模魔導陣を作ってるみたいなのよ」
    「大規模魔導陣って…一体何をするつもりなんでしょう?」

    激しく困惑しているウィリティア。さもあらん。俺もミコトも混乱している。
    奴等なにを思ったのか,邪龍と英雄ランディールの決戦場となったクレーター跡地にスパコンと何かの通信設備,それに大量の駆動式を刻印したミスリルを持ちこんで装置を作っていやがった。
    ミコトが自分の代行で監視を頼んでいた情報屋から受け取った最終報告の映像――先程受け取ったものだ――にはその作業光景が映されていた。

    「意図がわからないし,本当だったら近づかないのが得策なんだろうけど。」

    ミコトは溜息一つ。

    「もう知っちゃったし,私の性格上――放っておく事って無理みたいなのよね」

    納得するまで私は動くよ,と苦笑。

    「俺もコイツに付き合うさ。一月前から色々と聞いてるし――まぁ誘われた手前こいつが居ないとここに来た意味が無いしな」

    実は気になる事実も多いのだが,直接関係するとは限らないし思えない。
    …それにもし,そっちの監視の法が楽ならばそれに越した事は無い。
    変な敵チームに狙われて喧嘩するよか遥かに安全だ。…教官の部隊から狙われることはあるかもしれないが。

    「…魔鋼錬金協会,と仰いましたよね?」
    「ええ。」

    何かを確かめるように言うウィリティア。
    ミコトが肯定すると,ウィリティアは うん、と一つ頷き,答える。

    「ならわたくしも同席させていただきますわ。」
    「良いのか? あんまり意味無いと思うけどな」

    俺の言葉に苦笑。それはそうでしょうけど,と前置きする。

    「魔鋼錬金協会は魔鋼(ミスリル)を誰よりもよく知る知能集団(シンクタンク)ですもの。わたくしも彼等が組み立てていると言う装置が気になりますわ」

    ふむ。さすが魔法科の天才だ。いつでも好奇心に富んでいる。
    俺はそれで納得したが,何故かミコトとウィリティアは――微笑みあっている?

    「あらあら。別に無理する事はないんですよ?ウィリティアさん。これは元々私とケイの(・・・・・)問題ですし,部外者(・・・)を付き合わせるわけにはいきませんよ」
    ケイとは半年以上の付き合いですから,と邪笑(わら)う。

    「いえいえ、お気になさらないで下さいな。わたくしが居た方が色々と助かるのではなくて? 装置の効果や特徴,何をしようとしているのか等は私とケイン(・・・・・)が一緒に考えた方が早いですわよ?」
    なんたって同じ研究班ですし,と邪微笑(ほほえ)む。

    ニコニコニコニコ。

    静かな――しかし確かな物理的な圧力を持った笑顔の恫喝。
    どちらも等しく――怖い。

    つか。


    「俺をダシにするのは止めてくれ…」


    限りない本音で俺はそうそう呟くのが精一杯だった。


     ▽  △


    「うわー,先輩コワ〜」

    学院の主催する演習訓練――そのベースキャンプを見下ろせる小高い丘の上に,ジャケットとレザーパンツ,安全靴で身を包んだ少女が双眼鏡を使ってキャンプの一角を楽しそうに見ていた。

    彼女はミスティカ・レン――夜の(リディル)の覇者の片割れ。
    EX(異端者)狂速の淑女(マッド・スピード・レディ)だ。
    カレンは,自分の住むマーシェル探偵事務所の所長――エステラルド・マーシェルからの任務で彼女(ミコト)をマークしている。
    最初はミコトの助けになることが出来ずにぶーぶー言っていたが,次第にこの状況を楽しんで――いや、受け入れていた。

    (リディル)からここ(英雄の丘)までの道中,それはそれは興味深い光景を目にする事が出来た。
    車中にはミコトと名も知らない男女一人ずつの計3人。
    まぁ大体予想はつくが,男を取り合ってミコト(先輩)と金髪の美人さんが争っていると言うのだから見物だ。
    音声までは聞こえなかったのが残念でならない。
    しかし,その戦闘は今もどうやら継続中らしい。激しく聞きたい。何を言い争っているのか聞きたくてたまらない――!

    「あーもう! こんな楽しそうな機会(イベント)なんて滅多にないのにっ! ジンのバカ,早く来て交代してよ―!」

    地団太踏んで悔しがるカレンの意志は本物だ。
    如何に夜の街を統べるEXの覇者(マッド・スピード・レディ)といえど――彼女はまだまだ17歳。年相応の少女に過ぎなかった。

    カレンの罵る同僚にして相棒のジン(凶速の渡り鳥)は,今現在王国最西部の軍事都市メティナに向かって移動中。
    ここからだと数百km遥か彼方の座標を彼の能力(EX)で吹っ飛んでいる。彼女の願いを聞き届けるものは――居ないと言う事だった。



     ▽  △


    さて。
    突然ではあるが,場面を少し変える事にする。

    都市リディル――1000年前に起こった王国動乱を乗り越えリディル砦を核として再建されたこの都市は王命により最優先で再建された。
    王の友,ランディールの願いでもあったという逸話も残っている。

    それはさて置き――都市の建設に当たって王命が発せられたとは言えど,王が直接再建の指揮を取ったわけではない。
    賢王は,動乱を機に王国全土にわたる抜本的な体制の見なおしを検討しており,そちらの方が重要な件だった。
    が,かと言ってリディルを放り出せるわけでもなく――その頃一番信の厚かった伯爵へと一任する事になる。

    アリュースト伯爵。
    賢王の友ランディールと同じく王国の英雄として名高い武人。
    剣を取れば一騎当千,それを振るえば必勝確実と言われるほどの豪傑だ。
    また王国への忠誠も確かで,普段は温厚な人柄。知に溢れると言う点でも彼は完璧だった。
    故に,彼は国王から授かったそのリディル再建を見事に成し遂げ,リディル伯と名乗ることを許される。

    以来1000年。
    体制は時代の必要とする形態へと臨機応変に変わりながら,今に至る。

    現在都市リディルは民主制を取っている。
    都市は市長が治め,都市議会が運営を担っている。

    だが,リディル伯と言う影響力はそれとは別に未だ色濃く残っていた。
    王国自体がまだ王制を採っていることもあるが,貴族の影響力は保有財源と言う面で発言権を大きく持つ。
    資本主義体系に移行している王国にしてもそれは変わらず,そしてリディルではそれが顕著に表れてもいる。

    現在の都市リディルは市長が治めている。それは確かだ。
    が,実際の形態はリディル伯が居て,その下に市長,都市議会があるというのが現状だったりもする。
    また,リディル伯は都市リディルの防衛機構――警察機構や軍の統括者でもある。
    それは,この街で絶対普遍の事実だった。

    もう一つある。
    現在のリディル伯は,ジェディオール・アリュースト伯爵と言う60過ぎの老紳士(爺さま)なのだが,彼は現在王国南東部の温泉地に高飛び――もとい調査及び実地検分している。
    その間の代行を務めるのは,彼の孫娘。

    彼女は8年ほど前の最年少学院次席にして,そして現在こそ引退をしているものの元宮廷師団戦師(ウォーマスター)
    "絶対殲滅"の異名を持つ,ディルレイラ・アリューストという女性だった。


     △

     
    リディルの北部には貴族の館が多く建つ高級住宅街がある。
    ウィリティアの住む館もこの辺りに建っている。
    そこから更に北へ数分ほど上ったところにある一軒の大邸宅。
    それがディルレイラの住む執務用仮設住宅だ。本宅は王都にある。1000年前から。

    彼女は現在24歳,栗色のショートカットに服装を黒系に纏めた美人。
    先日マーシェル探偵事務所にいた麗人こそ彼女だった。


     △


    ディルレイラは不機嫌だった。
    不機嫌の原因は一つ。
    いつもの事ながら,事務所の連中(主にエストのバカ)からよってたかって仲間はずれにされているのが気に食わないからだ。

    ――私だって,やれる事あるのに。

    ぶすーっとお茶を飲む図は,まぁそれはそれで可愛らしいものがなくはない。
    傍についている侍女が微笑ましく見ている。

    いつもいつもいつもいつも―――エストは私を仲間はずれにして自分達だけ楽しんでさ。学院の頃からいっつもだったわよね。まったく――

    思考は止めど無く。
    ぐちぐちぐちぐちと頭の中だけでエステラルド(想い人)を罵る。
    無論顔には若干しか出さない。滲み出るのは,まぁしょうがないだろう。

    「お嬢さま」
    「なに?」

    思考を中断,傍に控えていたメイドのサラが呼んでいる。

    「駐留軍より連絡員がいらっしゃいました。」
    「通しなさい」

    一礼して下がるサラ。
    その間にディルレイラは姿勢をただし,服装を整える。
    今ここに居ないジェディオール(爺さま)の代わりとして王都から呼び戻されてはや5年。
    宮廷師団を止めてまで戻ってきたと言うのに,ついた職は閑職。まぁ待遇は結構どうでも良い。
    当時は色々な事情が重なって,それでなくても戻るつもりではあったのだ。彼女にとって最重要な事は――エストと共に在る事なのだから。
    まさかリディル伯代行(厄介事)を請け負わされるとは思わなかったが。


    凛とした雰囲気――を無理やり纏う。

    上司たる者,部下に対しては一切の動揺を見せるべからず。

    彼女の持つ言葉の一つであり,今まで破った事のない決まり事の一つだ。
    責任ある者の努め。力ある者の義務。
    これはディルレイラにとって当たり前のことだ。

    「リディル駐留軍から派遣されたレイド・アーディルスであります!」
    「入室を許可する…入りなさい。」

     △

    「大規模魔導陣…」
    「は。今朝10時49分に王国所有の惑星監視衛星(古代遺産)で確認した所,ランディール広原にて確かにそのような布陣が成されておりました」

    先日のアレがらみだろう,とディルレイラは見当をつけた。
    それに関してはエストもカレンもジンも動いている。が――

    ニヤリ

    「し、司令官殿?」

    その雰囲気の変容を感じ取ったのか,レイドと名乗った兵士は若干冷や汗をかく。
    が,しかしそのおかしな雰囲気は瞬間で消えた。もとの冷静で落ち着いた気配が辺りを覆い尽くす。

    「…状況はわかりました。駐留軍にはコードG-HWPFIを発令。出撃体制で現状維持を。」
    「は。了解しました!」
    「私は直接現地に向かいます。…それ以降は追って指示する」
    「Yes,Mam!」

    有無を言わさぬ言で閉める。
    レイド青年は命令を伝えるべく急ぎ足で退出した。

    「やれやれ…」

    ディルレイラはふぅと溜息をつく。
    いつもながら軍の堅苦しい雰囲気は苦手だ。なんで通信でやり取りできないんだろう、と愚痴る。

    これはしょうがない。
    通信技術は便利なものには違いないのだが,送信する相手が貴族ともなると階級と身分制が枷となる。
    王国において階級制は別にあってもなくても構わなくなってきているのが現状なのだが,2400年も続いていると言う慣習からいまだに貴族に対する扱いは代わらない。

    身分差による対面は,実のところ上下関係が如実に現れている。
    通信で言うならば,貴族から平民にはモニター越しでも構わないが,平民から貴族へとなると,モニターや通話口越しではすまない。
    無論,これは公的な面会における場合だ,いつもいつもそうと言うわけではないのだが――

    「不便過ぎるシステムだわ」

    ディルレイラにしてみれば,これは改革に値すべき事なのかもしれない。
    情報が価値を主張するこの時代,何時までも旧式の儀礼に従うのもばかばかしい。後で国王に進言すべき事項にしておくと心に留める。

    それはともかく――

    「何かと,こう言う事には首を突っ込む口実に事欠かない職ではあるのよね…これも。」

    そう言ってにんまりと笑った。
    彼女(ディルレイラ)にとってリディル伯代行兼周辺防衛機構司令官代行は,その程度の価値しかなかった。


    そして彼女も一路ランディール広原へと足を向ける。



    >>>NEXT
引用返信/返信
■100 / ResNo.19)  "紅い魔鋼"――◇十話◆中
□投稿者/ サム -(2004/12/20(Mon) 16:59:28)
     ◇ 第十話 『嵐の前の静けさ』中編◆



    完璧だと思われた襲撃は,相棒が仕掛けられた罠にかかってしまったときには既に崩されていた。


     ▽


    今回の演習訓練のために編成された(ファング)小隊,その2番チーム。
    構成メンバーは自分――クレイと相棒のロディの二人。
    任務は,サバイバル訓練の"追い込み"。
    逃げ回る訓練生たちを戦いに引きずり込むのが任務だ。巧みに逃げ回る彼らを捜索し,襲撃をかけるのが託された使命。

    数チーム撃破し終え,二人は次のターゲットを発見した。
    夜に差し掛かる時間。月は出ているが三日月と光源には乏しい。
    しかし襲撃をかけるには持って来いの状況だ。

    二人は実行することにした。

     ▽

    二手に分かれての襲撃。
    一方は囮,その隙にもう一方が敵チームを背後から襲うと言う常套手段。
    初撃で慌てた訓練生を制圧することは容易いだろうと楽観している。今までがそうだったのだからしょうがない。

    ロディとわかれ,クレイは既に目標(ターゲット)を視界に収めて高速且つ迅速,ほぼ無音で接近している所だった。


    途端,向こうで一瞬の光爆。
    次いで響き渡るロディの悲鳴。


    何が起こった…!?

    瞬間の混乱と同時にクレイは前方を移動する二つの影(・・・・)に向い攻撃を仕掛ける。
    本来ならば,襲撃が失敗した時点で行動を停止し状況をみることのほうが重要なのだろうが,クレイは聊か冷静さに欠けていた。

    二人くらいならば――!

    ソレがいけなかった。


    残り数mまで接近,影の二人はこちらには気づいていない。
    ここまで接近すれば,スピード差でこちらの攻撃のほうが魔法駆動よりも速く敵に届く。

    もらった――,!?


    衝撃・反転。
    視界が180度回転し,さらにもう反転――つまりは一回点した。

    攻撃に繰り出した抜き手――それを捕まれ,手首を支点に投げられたのだとわかった時には,地面に投げ出された。


    衝撃。
    詰まる息。
    地面に投げ出され,そのまま数m転がる事で衝撃を逃がす。


    おかしい、こちらに反応できる筈がないのに――!?

    体を起こし,早急に呼吸を整える。

    が。


    闇に佇む二つの影。

    三日月の晩。
    その光源が乏しいせいか,逆光になっているせいか――二つの影の顔は見えない。
    が,それが女性だと言うことはシルエットから伺えた。
    その二つの影は,軍人である自分達の襲撃を察知し迎撃して見せた…そして今。
    ゆっくり、ゆっくりとこちらへ向かって歩いてくる。
    二つの気配が,ニコリと嘲笑し(わらっ)た。
    確かに感じた。

    そして――
    自分がここで終わりだということを直感的に悟る。


    ロディは無事だろうか――それがクレイの最後の意識になった。



     ▽  △



    『索敵どうなってる!?』
    『わからん,何処から攻撃して来るんだ…うあっ!』
    『どうした,α2,α3応答しろ!』
    『敵,敵が後ろに!もうだめだ…!』
    『こちらα5,囲まれてる! 援軍は,援軍まだか!?』


    通信を傍受して聴く限りでは周囲は混乱しまくっているらしい。
    辺りは日が落ち、夜の闇が覆いつつある。
    北側森近辺に近いこの周辺,辺りは合同演習訓練のサバイバル(生き残り)戦が繰り広げられ,阿鼻叫喚の地獄と化していた。
    時折飛び交う火の玉や雷撃,緑光は魔法の残光だ。
    戦闘も起こっているらしい。
    戦闘の勝利条件は相手のIDを奪うこと。

    つまりは争奪戦だった。


     △


    「…東区仮座標AGFE2547ポイントで負傷者発生。救護班は急行せよ」
    『救護班T424了解(ラジャー)。これより急行する』

    運営本部は結構な賑わいを見せていた。
    通信装置から響く救援コールは結構多い。模擬訓練とは言っても戦闘には代わりないのだ。
    加えて夜が迫る現在の時間帯は景観の変化がかなり大きい。一番怪我人の増える時間帯域だ。
    今も救護班が現場へと向かった。ここ30分で4回目,結構な回数になる。

    全参加者900名弱。
    その全員が班を組んだと仮定するならば,最低でも前衛,後衛,支援の3人。数名で1チーム辺りの人数は平均で4〜5名。
    仮に5名で1チームを構成しているとするならば,900÷5=180。180近くのチームが戦闘をしている事になる。

    IDを奪われたチームは一度本部に帰投し若干の休憩と手当ての後,仮IDをつけて再出撃になる。
    つまるところ終わりはない(・・・・・・)


    また,教官の連れてきた部隊からも数チーム潜入している。
    彼等は新兵で,この時期に行われる訓練としては良い下地にもなる。
    無論本部で応答している後方支援要員たちも皆軍に入隊したばかりの新兵達だ。
    ここで実戦同様の応答をする事で経験を補い,次の訓練への足がかりにして行く。
    もしくは,負傷などで戦線を遠ざかっていた連中が勘を取り戻すのには良い機会になっていた。



    『本部,こちら(ファング)2…応答願う』
    「こちら本部,どうした?」

    通信士の青年は訝しく思いながらも答える。(ファング)は潜入中の軍側のチームだ。
    1チーム2名で構成されており,今回の訓練では"戦いを避けて逃げ回っているチーム"を検討して"追いこみ"を掛けているはずだ。

    (ファング)2、行動不能。至急救援を頼む』
    「…なに、事故か?」
    『いや。トラップに引っかかった。…こんな性悪なトラップなんて気づくかよ』

    何やら無線越しに吐き捨てる牙2のメンバー。
    彼らは新兵とは言ってもそれなりに訓練を積んでいるはずだ。その彼らがトラップに引っかかったということは――

    「熟練組みか?」
    『…いや。俺たちと大して変わらん位だった。恐らく――あれは学院の奴らだ』

    納得した。
    学院の生徒――恐らく戦技科の学生たちの部隊だろう。
    彼らは王国全土でもトップクラスのエリート集団、こちらの新兵の追跡を感知し迎撃するすべを考案していたとしても不思議ではない。

    「人数と構成、および装備などで報告すべき点は。」

    聞かねばならないのは、次につなげるための情報だ。これはいかなる場合でも適用される。
    軍事教練でならう初歩中の初歩。情報をより多く持っている者が戦闘を支配する。

    『人数は3,影から推測するに男女比は1:2。装備は不明。報告すべき点は――』

    口篭もる。
    何か言い辛いことがあるのだろうか――。そう言えばトラップに引っかかったと言っていたが,チーム二人が同時にかかるわけもない。
    なら,後一人は…?

    「おい,そう言えばもう一人はどうした?」
    『……。トラップで行動不能になったのは俺だけだ。クレイは――』

    クレイとは相方の名前なのだろう。
    …いやな予感がする。

    『――迎撃されて吊るされた(・・・・・・・・・)。奴らはヤバイ…救援を頼む。通信終了(オーヴァー)

    それを最後に牙2からの通信は切れた。
    いつのまにか静まり返っていた本部が――


    その雰囲気が。


    熱く,燃え始めた。



     ▽  △
     
     ▼ ▽


    日が落ちる前に食事をとった私達三人は,目的地――ランディ―ル広原の一角にある英雄と邪竜の決戦場――史跡を目指す事にした。

    史跡。
    クレーターを中心として,そのほぼ円周上に点在する5つの鉄柱。表面は短時間のうちに高温に曝されたのか,内側を向いている方向だけが溶解し滑らかになっている。
    鉄柱は5つ――しかし,本来は6本で完成系を見るはずだというのが通説だ。
    5本の鉄柱は,最後の一本が在れば正六角刑を形作るように配置されているからだ。
    失われた最後の一本の場所には,代わりに巨大な亀裂がその姿を見せている。鉄柱の用途は不明。大規模魔導陣の可能性もなくはないが,それを形成する主要物質である魔鋼(ミスリル)の存在したという痕跡は残っていない。
    つまり鉄柱の用途は不明。1000年前にこの場で散った英雄ランディ―ルのみが知る事実。
    クレーターを中心として配置された5本の鉄柱,そして巨大な亀裂。

    これらをすべて含めて"史跡"と呼ばれている。


     △


    現在史跡周辺に展開している組織がある。

    彼らは魔鋼錬金協会。

    その前身は古くから存在する秘密結社(フリーメーソン)であり、現在は王国経済の主要生産品魔鋼(ミスリル)管理する公的機関だ。
    魔鋼に精通しており,その生成法,物質特性,及ぼす効果,影響に関する洞察は深い。
    それと刻印技術においては右に出るものはいない。
    彼ら…魔鋼を扱うファルナの魔法使いたちは,皆等しく優秀な錬金術士(アルケミスト)達なのだ。

    その中でも学院と並ぶほどの知能集団(シンクタンク)が,彼ら魔鋼錬金協会の現在の実態だ。
    1000年前の組織と何が違うかというと――意識が違った。
    現在の彼ら(魔鋼錬金協会)は,倫理を無視するようなことは一切していない。
    以降1000年。
    彼らは王国に益することはしても,決して損をなすような結果を出したことはない。

    その最たる例が,50年前の第一次世界恐慌の際に提供した魔鋼生産技術。
    これによって王国の国際的な地位は一気に向上し,世界の主要国として世界政治に参加する王国として名を広める結果になった。
    それゆえの魔鋼錬金協会の公的機関化。

    少なくとも,疑うべきところはないように思える。
    この1000年,彼らはひたすらに研究し,国益になる研究を多数発表してきた。
    しかし――

    今回は,何かしら違う気がしてならなかった。
    歴史にのこる数々の魔鋼錬金協会の研究成果…それとは違った雰囲気を"ここ"では感じる。
    はっきりとした実感には至らずとも,不穏な空気を感じてならない。
    それを、"私の直感"が感じ取っている。


    何かが起こる。と。


     ▼ ▽
     

    「敵部隊接近中…,左右からフォーメーションC-3。装備はA-3DTR(最新ARMS)だ…しかしあれは欠陥品だったな。」
    『詳細は?』

    俺はA-3DTR…最近市場に出回り始めた銃型ARMS(魔法駆動媒体)のスペックと欠陥点を思い出す。
    あれは――

    「性能的には問題ないんだが,いささか攻撃が直線的になりすぎてる。後,防御概念が紙だから突破は易いはずだ」
    『了解』
    『承知しましたわ』

    俺――ケイン・アーノルドはここ一ヶ月で自作強化した複合魔法駆動機関(コンポジット・ドライブエンジン)の装備,多目的総合情報バイザーの暗視ゴーグルを通して周囲の状況を確認していた。
    前衛と後衛のミコトとウィリティアは前線だ。遭遇した敵の排除を行ってる。

    今遭遇した敵は,どうやらミリタリーオタク…リディルにある数多くの軍事戦闘同好会(コンバットマニア)のひとつだ。
    装備ばっかり最新のものが揃えられていて,まぁ見る分には俺は飽きないのだが。

    「身体強化を確認。タイミングを合わせて仕掛けてくるぞ」

    銃型ARMSの特性を考えると,自然とヤツラのとる行動が読めてくるのは修理工の俺としては当然の事だ。
    あれは攻撃特化の魔法駆動媒体(ARMS)
    確かに威力としては申し分ない一品では在るが,所詮1アクションしか保たない。防御魔法を展開するには概念が足りない。
    ゆえに―――

    「ご、ごほぅ!」
    「ぎゃああ!おたすけーー」
    「こ、ころさないでしにたくないしにたくない・・」


    こうなるわけだ。


     ▼


    周囲を包囲したつもりのオタク共が攻撃を開始した。
    ケイの言ったとおり,ヤツラの攻撃はマニュアル一辺倒の面白みのない物で,3対2という状況を有利に使えていない。
    一人は囮,残りの二人で一人を確実につぶす戦法でかかってきた。
    無難といえば無難だけど,これが通用するのは実力的に差がない場合のみ。

    「オタクと戦技科をいっしょにするな!」

    叫び,分断しようと接近してきた一人――私の方が強そうに見えたのかな…――を迎撃。
    やつは手前3mから発砲・同時に攻撃魔法駆動。炎性弾の投射。

    二回首を左右に捻って避けた。
    認識強化してるのだ,銃弾では当たらない。遅い魔法駆動でも当たるはずがない。

    「へ?」

    間抜けな声が聞こえる。
    しかし私はかまわず――腰の短剣を逆手に持ち,接敵・短剣の柄で鳩尾にきつい一撃を見舞う。

    それで敵は倒れた。


     ▼


    敵は二人。
    どちらも高速で迫ってきた。
    装備は充実しているらしく,恐らく暗視ゴーグルのみを格納した魔法駆動機関(ドライブエンジン)を装備していると予測する。

    ウィリティアはゆったりと体術の型を構え,とりあえず待つ。
    攻撃が直線的過ぎる。"銃"という攻撃属性がそうであるとは言っても,こちらも最低限の認識強化の補助魔法はかけている。
    銃弾など当たるわけがない。
    ちらっとみたミコトの戦闘のように首を捻れば交わせる程度でしかない。

    ――なんで銃なんて使い勝手の悪い武器を使うんでしょう?

    それだったら杖型の方がよっぽど趣と実用性が在りますのに――と場違いなことを考えつつ。

    敵が二人,夜の上空へと飛翔するのを確認。
    上空からの急襲は襲撃の基本。だが,この場合は襲撃とは言えない。
    むしろこちらの迎撃の機会だ。

    それをただただ見届けて――

    譲り受けた指輪型ドライブエンジンに魔力が伝わり,一瞬だけ手首部分の装甲外殻――篭手の外観を構成する魔力格子のみを仮想駆動(エミュレート)


    「駆動:簡易式:中範囲:風撃」


    魔法稼動。


    それで終わった。


    高速で魔法が駆動する。
    ウィリティアを中心とする半径10mで暴風が吹き荒れた。
    飛び上がった二人は攻撃に意識を集中していたせいか,吹き荒れる風に体を攫われ派手に地面に叩きつけられた。

    うめく二人組みに殊更ゆっくりと近づくウィリティア。
    その表情には微笑を浮かべつつ――

    「もう,おわりですの?」


     ▼


    「やれやれ…」

    俺は一息ついた。
    先ほど軍の追い込み部隊の二人を撃退してからやけに攻撃の度合いが増している気がする。
    奪い取った軍人のIDを見て,もう一度ため息。

    とりあえず今回の戦闘も無難に乗り切った。
    下ではミコトとウィリティアが掃討にかかっている。
    ミリタリーオタクの後方支援(バックアップ)も容易に方がついたようだ。
    意気揚揚とこちらへ向かってくる。

    「お疲れさん」

    ねぎらいの言葉を掛けるくらいは俺だってする。
    まぁ何もしてないしな。

    「どうって事ないわよ」
    「手応えがありませんわね」

    しれっと答える二人。
    しかしやはり,その手際はいい。
    意外だと思ったのはウィリティアの戦闘力の高さだ。これほどとは。

    「ウィリティアがここまで強いなんてなぁ」

    俺の言葉に,彼女は あら,と微笑む。

    「わたくし,まだ全然本気を出してはいませんわよ?」
    「…なんですと?」

    耳を疑う。
    あれで本気ではないと。

    先程の風系範囲魔法はかなりの高速駆動だ。俺の全力に匹敵する制御だとおもった。
    それを苦もなくこなしたウィリティアには,確かに余裕は見て取れたが――

    「本気のウィリティアは,私と同じ位強いわよ?」
    「…なぬ。」

    ミコトの何気ない一言に俺はフリーズ。
    ウィリティアは変わらぬ笑みを絶やさない。コメントもしないと言うことは,それが事実だということか。

    「果たして,ここに俺がいる意味ってあるのかね?」
    「あるわよ」
    「当然ですわ」

    思わず自分の不甲斐なさに呟いた一言に,ミコトとウィリティアは即座に返してきた。
    が,どうにも信じられん。

    「ケイがいなかったら,さっきの軍の二人の接近に気づかなかったし,結構危なかったわ。」
    「それに,ケインの設置したトラップが功を奏して楽に彼らを排除することができたのですし」

    そうなのだろうか。
    うーむ。

    「悩むことなんてないよ。…その,私が選んだんだし,ケイは必要なの」
    「悩むことなんてありませんわ,ケインはすばらしい成果を上げてます。…わたくしが見込んだだけの事はありますわ」

    もじもじと。
    だが,お互いの言葉に反応して即座に睨み合いを開始する。

    いや,いい加減それはいいから。
    それに,そんなに俺を買かぶらなくてもいいんだが。

    「とりあえず」

    俺の一言に,二人の意識がそれた。

    「これからどうする?」
    「そうね。なんか襲撃が頻繁になってきてる気がするし…」
    「そうですね。」

    実はミリオタの襲撃は,前回の遭遇戦からまだそれほど経っていない。
    気づかれないようにと極力光学系の魔法は使っていないのだが,先ほどの炎性弾の魔法でこちらで動きがあった事はばれているだろう。
    この後襲撃,もしくは遭遇戦になる確率は結構高い。
    となると,これに対処する最適の策は――


    「罠かな」
    「罠だね」
    「罠ですわね」


    そう言うことだった。



     ▽  △



    数分後。
    三人の学院生との交戦があった区域に"後続部隊"が到着する。
    すでに"敵三名"はその場を去った後であり,向かう先を特定するために付近の探索が始まった。

    周辺はちょっとした丘の下。
    上空には三日月が出ているが,光源としては乏しい。
    本来ならば暗視装置をつけ姿を晒すことなく痕跡を捜索をしたいのだが,今回は訓練だ。

    "お前等を捜しているぞ?"

    と言う威圧を篭める意味で,光源をつかった探索が行われることになっていた。
    が,それは失敗だった。

    しかも結構致命的な。


     △


    ――光爆。

    丘を二つほど戻った地点で"仕掛けた罠"が作動した。

    「おー」

    光学系の設置駆動式。
    地面に書いた駆動式に魔力反応流体金属(エーテル)を垂らし,駆動式として効果を持たせる。
    発動のための魔力は魔力誘導結線(マナライン)を少々細工し,"周囲の状況変化"にあわせて魔力を供給すると言う駆動式を編んでおいた。

    "周囲の状況"の初期設定値は"暗闇"と"熱量"。
    明るくなったり,人数が増えて設定した領域の熱量が一定を超えたりすると設置した"複数の"駆動式が連鎖反応。
    先程の光爆につながるわけだ。


    と言っても,さすがに殺傷能力を持つものではない。
    精々目くらまし程度の効果しかもたらすことはないのだが…

    「しかし,あの連鎖光爆だと」
    「うん、確実に前後不覚になるね」

    その程度ですめばいいが,と言うのが正直なところだ。
    多少汗をたらしながら半眼でその光の影を見る俺とミコト。
    コメントは的確だが,どこか棒読みなのはしょうがない。

    強いストロボ光を目の前で瞬時に複数回たかれてみればわかる。
    光と闇の点滅は,情報の7割を取り入れる機関――視覚にダイレクトに伝わる。
    連鎖する光と闇の切り替えは眩暈・吐き気・失神をもたらす要素となりうる。
    それを狙っていたとは言っても――


    「ちょっと…やりすぎたでしょうか?」


    何故か光爆を見つつ微笑むウィリティア。
    効果の発案者は然程気にしていないみたいだ。


     △


    「うわわ,やるねー」

    三人の進む丘からちょっと離れた地点。
    ミスティカ・レン(マッド・スピード・レディは)はその光景を見ていた。
    すさまじい光が瞬間で8回瞬いた。付近に居たとしたらダメージは大きそうだ。

    「先輩もとことん容赦なくなってきたっぽい…昔の反動かな」

    ちょっと冷や汗を垂らす。
    おもしろ半分でからかうと痛い目にあいそうな感じ。気をつけよう。

    カレンのEX特性は加速力。
    その性能は夜間という状況と相俟ってこの周辺一帯を彼女の領域に仕立て上げている。
    どこに居ても気づかれずに高速で移動可能な彼女の力は,隠密行動に特化していた。

    それ故に,朝から気づかれずにずーーっと3人をマークしつづけている。
    無論ご飯などの携帯食も完備していて抜かりはない。

    「これはこれで寂しいけど…」

    レーションを齧りながら呟く。
    暗視ゴーグルの先に居る三人の影は、遠回りながらも着実に"史跡"に近づいている。


    「さてさて。何が待っていますやら…」


    カレンも行動を再開した。



     △


     ▽  ▼



    「実験開始。」

    史跡に設置されている魔鋼錬金協会の仮設本部で命令がくだされた。
    指揮を取るのは長身痩躯の老人。その瞳は鋭い眼光を放っている。

    彼は探求者ルアニク・ドートン。
    現魔鋼錬金協会長であり,公的機関として立ち上がった初期のメンバーの最後の一人。
    そして――また,彼は最後の錬金術師(フリーメーソン)でもある。


    「実験開始します」
    「電力供給開始」
    「古代都市との情報接続(リンク)開始」
    「衛星通信網,開きます。」

    オペレータの確認と同時に作業開始。
    発電機の回る低い駆動音が周辺を覆う。
    同時に,仮設移動式本部に設置されているスーパーコンピュータに光が灯った。

    次々に灯るモニター。

    セットアップされるOSと,起動する各プログラム。
    これらはすべて過去の古代都市から復元された科学技術の一端だ。

    外部に設置されているアンテナから,虚空へ向けてコマンドが発信される。
    衛星で受信したコマンドはそのまま反転し地表へ向けて再送信。
    ファルナ郊外の魔鋼錬金協会管理の各種施設の中に極秘に設置されている衛星アンテナで受信し,実線を持って地下に埋もれる都市のメインコンピュータに送られる。
    コマンドを受け取った古代都市のメインコンピュータは,そのコマンドにしたがってデータを検索・再送信。
    逆の経路をたどってこのランディ―ル広原の仮設本部のスーパーコンピュータで処理するまでにかかった時間は,ほんのナノセカンド(10の9乗分の1秒)

    「データ受信完了。モニターに表示開始」

    応答と同時にモニターに映し出されたのは,遺産がもたらす科学技術――現在のこの周辺のエネルギー変位を示す数値を画像化したものだ。

    「第二段階,開始」
    「第二段階開始します。」

    クレーターの内円部にソーラーパネルのように設置された魔鋼(ミスリル)
    それら一つ一つに導通している魔力線(マナライン)を介し,中央制御装置に設置された"杖"から魔力が供給され始める(・・・・・・・・・・)
    膨大な魔力は一瞬ですべての魔鋼を活性化。刻印された駆動式を稼動させ始めた。

    「第二段階成功。」
    「よろしい」

    ルアニクはその光景を見ながら,しかし瞳の眼光を緩めない。
    衛星からの状況観測値を報告させる。

    「エネルギー場に変動は」
    「現在,初期値にて安定しています」

    魔力のみの反応では周辺のエネルギーへの直接への干渉はない。
    それはわかっている。
    駆動式を稼動させ,事象への干渉――現象として発生させなければ意味がないことは。

    「第三段階,開始」
    「…第三段階,開始します」


    オペレーターの手元が忙しくなり始めた。
    さまざまな各種コマンドを打ち込み始める。それは衛星へのコマンドではなく――

    「魔鋼活性化開始。」
    「駆動式展開開始。」
    「状況シミュレート開始。」
    「魔導陣と衛星との通信回線の接続(リンク)開始。」

    周辺の状況に変化を起こす(・・・)ための各種操作。
    それは――


    「情報統合開始,魔導陣中央制御装置と衛星へのリンクを試行。」


    惑星監視衛星の蓄えてきた過去1000年のエネルギー変動の状況を,展開した駆動式を通し現象としてシミュレートする魔導陣だった。




    ―――・試行開始 ・・・・・成功(ヒット)




    「試行成功。…限定領域情報再現機構(シミュレート・ドライバ),作動開始します。」




    その言葉に,ルアニク(錬金術師)は深く頷いた。



    >>>NEXT
引用返信/返信
■102 / ResNo.20)  "紅い魔鋼"――◇十話◆後
□投稿者/ サム -(2004/12/23(Thu) 14:08:28)
     ◇ 第十話 『嵐の前の静けさ』後編◆
     
     
    ――光。

    駆動式を構成する光が,そこに起こった。
    それは空中で絡み合い,複雑に接続し―――ひとつの光の文字で構成された球となる。


    儀式。

    大規模魔導陣――。


     ▽


    過去数度行われた魔導陣の研究と実践は,そのいずれも失敗に終わっている。

    理由は単純。
    それを制御しきるモノがなかったと言うだけの話だ。
    数千の魔導機関――数多の基礎駆動式の構成状態をすべてに管理しきる程の知能(処理能力)を持つモノは,そのときは居なかった。
    が。

    ――古代遺産。
    これの応用は盲点と言えただろう。
    そして,実際に応用に漕ぎ着けるとするならば――それだけの知能知識知恵をもつ団体は数少ない。

    ひとつは王国工房。
    れっきとした王国直属の研究機関で,ドライブエンジンのブラックボックス,閉鎖式循環回廊を完成させたところだ。

    ひとつは王国工房と提携する,各ドライブエンジンメーカー。
    最近では工房に匹敵するかと言われるほどの先端技術を独自に開発,応用・実用化しつつあるとも言われている。

    そしてもうひとつ。
    王国に属する公的機関,魔鋼錬金協会。
    魔鋼(ミスリル)の量産体制を整えた唯一の機関であり,その技術の一切は不明とされていた。
    彼らは知者であり,それゆえの錬金術師(アルケミスト)
    構成メンバーの一人一人が膨大な知識を有し,総称してこう呼ばれている。

    ――頭脳集団(シンクタンク),と。

    今の魔鋼錬金協会を治める人物は,それを公的機関として立ち上げたときから参加していたメンバー,"探求者"ルアニク・ドートン。


    その彼が,動き始めた瞬間だった。


     ▽

    光の文字で描かれた球形魔導陣が突如進行先の上空に出現した。

    それを見た瞬間,三人はそれぞれの魔法駆動機関(ドライブエンジン)を稼動させていた。
    もうなりふりなんか構っていられない。
    三人は頷き言葉を交わす事無く同じ動作に入る。

    「駆動:開放:増設脚部ユニット」
    「駆動:仮駆動:"隠者(ハルミート)":脚部ユニット"疾風"」
    「準駆動:"精霊(スピーティア)"」

    三者三様のドライブエンジン。
    それぞれの状態に合わせ,ドライブエンジンを開放した。

    ケインはデバイスに格納した追加ユニットを多重起動。
    ミコトは"おばあちゃん"から譲り受けた腕輪のドライブエンジンを部分駆動。
    ウィリティアも母から譲り受けた指輪のドライブエンジンを制限駆動。

    三人とも高速機動ユニットを展開した。
    転じて疾駆開始。
    今までとは打って変わって魔法駆動による重力変化・一定方向への連続加速制御による巡航機動(クルーズマニューバ)に移る。
    脚部ユニットの下部――足の裏面に展開した仮想力場で三人の体は銃弾のようにすっ飛んでいく。


    「ケイ、ウィリティア! あれ読み取れる!?」


    展開した大規模魔導陣を睨みながらミコトが叫んだ。
    みるみるうちに巨大化するアレは,各所に投射された式がそれぞれ独立に展開を開始し始める。
    いったい何で制御していると言うのか。

    「式が込み入りすぎてわかんねぇ!」
    「もう少し近づかなくては…!」

    距離が遠すぎて如何せん魔導陣の構成の大部分の魔導機構(駆動式群)が読めない。
    イコール,陣の効果がわからない。
    直感は,"アレは危険だ"と叫んでいるのだが,何がどう危険なのかがわからないと逃げようにもどこまで逃げれば良いのわからない。
    ならばやはり,直接近付いて確かめるしか道は残されていないと言うことか。

    く、と歯噛みする。
    状況は始まってしまったらしい。どうにもこうにもいやな予感がしてならない。
    それは勘ではなく,たしかな確信に変わりつつある。
    近づかない方がきっと得策なんだろう。でも――

    「ごめん、わがままだろうけど…あれを止めないとヤバイことになる気がする!」
    「具体性がありませんが,膨大な魔力の流れと式の展開の速度を見るからに…人が制御しているわけではないようですね」
    「持ち込んだスパコンを使ってるんだとしても,いったい何をしようってんだか」

    何も言わずに私のわがままに付き合ってくれるケインとウィリティアに感謝する。
    正直うれしい――が,素直に言うには照れくさい。

    「埋め合わせは後でするね」

    だからそう言ってごまかして見せる。

    「あら。楽しみにしていますわ」
    「精々期待しないで待ってることにするよ…」

    三人で同時に苦笑。
    ひとまずそれは置いて置く事にしよう。
    今は――

    「急ごう」

    私の言葉に二人が頷く。

    「ええ。」
    「おう。」


    一路,魔導陣へ。


     ▽


    「ちょっと,なにあれ…」

    カレンも現状は把握していた。
    しかし,状況はわかっていない。

    わかっている事は,史跡上空に現れた魔導陣が信じられないくらいの(・・・・・・・・・・)魔力を発生させ,それを元に形作っている"式"を駆動させようとしている事,くらいだ。
    状況はわからない。
    これからどうなるかも想像できない。
    駆動式ははっきりと見えるのに,彼女にはそれを理解するだけのキャパシティがないからだ。

    彼女――ミスティカ・レンはExclusive。
    EXは生体魔力変換炉と単一駆動式しか持たず,それのみを使うことができる。
    それゆえの無制限魔力量と,限定効果魔法駆動と言う両極端な能力を持つ。

    突出した一つの才能。
    しかし,逆に言えばそれ以外のすべての魔法が使用不可能。

    彼らEXは汎用駆動式の稼動すらできない。
    自分のもつ単一駆動式以外は理解不能だからだ。これは才能でも何でもない。生まれつきそうだ,と言うだけだった。

    それ故に,カレンには空中に浮かぶ巨大な魔導陣の示す効果が何なのかはわからない。
    しかし――

    「あーもう! 先輩達行っちゃった…私も行かなきゃだめ!?」

    叫びつつも行動態勢に入る。
    無自覚で力場展開・加速準備。

    それは無意識の"魔法行使"に他ならない。

    精密精工な駆動式が一瞬だけ彼女を包み,瞬間。
    彼女の姿はその場から消え去っていた。


     ▽


    「高速接近するドライブエンジンを感知,数は3」
    「モニター廻せ」
    「北東部より接近中…S95監視区域に入る。」
    「確認。映像解析開始・照合開始」

    一連の報告が数秒で上がる。
    発令以降モニタリングしていたルアニクは,その報告をその場で聞いていた。

    接近する三名のDエンジン使いは,恐らく北部で演習訓練をしている軍がこちらの状況の変化を感知し偵察に向かわせた兵だろう。
    偵察,情報の収集,撤退の三拍子ですぐさま帰投するはずだ。

    ルアニクはそう予測した。
    が。

    「照合完了,北部地域で行われている演習訓練に参加していると思われる学院関係者です。」

    ――なに。

    「映像,出ます。」

    巨大なメインモニターの一角に縮小表示される三人の男女。
    三人はそれぞれが別々のドライブエンジンを展開し,広野を高速で移動していた。

    「――ほう」

    内二人の女性が身に纏っているドライブエンジン――その装甲外殻(アーマード・シェル)に興味を惹かれる。

    一人はドライブエンジン内に格納してある装甲外殻(アーマードシェル)の脚部のみを顕現,装着稼動している。
    もう一人は,装甲外殻の格子部分のみを魔力線(マナライン)で構築し,全身に仮想展開している。

    どちらもまだまだドライブエンジンを使いこなせていない証拠だ。
    魔力不足と言う理由もあるのだろうが――

    「まだ,未熟だな」

    85歳とは思えない張りのある声で呟く。

    ――しかし,当初の想定よりも早く反応する者が現れるとは…

    まるでこの事態を予測していたような迅速な行動。
    "強力な"魔法駆動機関(ドライブエンジン)の準備。
    自分の予測を超える行動を見せた彼らこそが,予測しうる最大の不確定要素のだろうか,と思考する。

    もし,そうであるならば。


    「私が向かおう」
    「先生?」

    ルアニクの言葉に,オペレーターを含む全員が振り返る。
    魔鋼錬金協会の長である彼――ルアニクは,ここに居る全員にとっての教師でもあった。

    「なに,無理はせん…いち早く事に気づいた者にはそれなりの講義を開くのが私のポリシーでね」
    「そう言えば,そうでしたね」

    この場に居るルアニクに次ぐ責任者,ディヌティスが苦笑する。
    彼はルアニクの側近にして次期魔鋼錬金協会長とも噂される人物。
    錬金術士にありがちなアンバランスな性格ではなく,知識知恵,精神のバランスのとれた人格者だ。
    人脈も広く,また同僚達からの信頼も厚い。

    「ディヌティス,状況に予定外の変化が見られるようだったら君の判断で――」

    ルアニクは中央制御装置の核として膨大な魔力を放出している,魔鋼錬金協会に伝わるうす紅い杖を一瞥した。

    「アレを持って退避したまえ。どのみち,私が予定している状況が発動してしまえばそうなることではあるが。」
    「わかっています。先生は気兼ねなく,ご自分の研究を完成させてください…それが,私達の願いでもあります。」
    「すまんな…。こんな老人の我侭に付き合わせてしまって」

    いえ、と言うと,そろって彼らは苦笑する。

    「このような二大技術の粋の実地検分に立ち会えるのは,むしろ光栄の極みです。――後は,お任せを。」
    「頼む。」



    そして,ルアニクはその場を後にした。



     ▽  △


    疾駆する三機のドライブエンジン。
    わずか数分で魔導陣の広がる上空の真下――史跡へと接近しつつある。
    ミコトの限定駆動状態(ハーフ・ドライブ)された疾風(ハヤテ),ウィリティアの仮想全展開駆動(エミュレート・ドライブ)された精霊(スピーティア),そしてケインの複合魔法駆動機関(コンポジットドライブエンジン)に追加された高機動ユニットは,それぞれ同一の高速機動魔法を稼動させながら最後の丘へと差し掛かった。


     △


    「ウィリティア,人工精霊の電子解析は使えない!?」

    ミコトの叫びにウィリティアは首を横に振った。
    ケインが隣から叫びながら答える。

    「魔導陣の構成駆動式全部が電子解析不能に細工(暗号処理)されててデジタル(科学技術)じゃ見れない,しかもこの距離だと俺達の主観にも望遠暗示効果が掛かってて式の認識が阻害されてる,もっと接近して肉眼(アナログ)で確かめないとハッキリわからん…!」
    「ち,やっぱそうか…」

    ミコトは先ほどからの自己解析不能の原因を理解した。
    どうにも人口精霊ロンからの回答が"解析不能"と提示されるわけだ。
    つまり,あれは最低限の機密保持処理と言うこと。
    しかし――

    「この丘をジャンプ台にして一気に接近するよ!」

    ここで一気に距離を詰める。
    陣の解析と対処はウィリティアとケインに任せたほうが良いだろう,その方面に関しては素人の自分がでしゃばるよりも遥かにましだ。
    そして,それ以外の雑事は私が請け負わねばならない。

    「これだけ大規模な陣を展開するくらいだから,妨害はあるって考えてて!すでにもう気づかれてると見ても良いかもしれない,もし迎撃されたら私が引きうけるわ!」

    これが最善だ。
    意図を察したのか,二人は反論なく頷く。

    「わかりましたわ!」
    「…わかった,情報を収集した後できるなら陣の停止,無理なら撤退か?」
    「そ! 多分そんなに時間はないから,ベースキャンプに戻って早めに再出撃になるけどね…!」

    そう言いつつも丘の上りに差し掛かった。
    助走距離は十分。
    三機のスピードは一気に上昇し,丘を踏み切った…,…!?


    三日月の浮かぶ虚空に飛び出した三機のドライブエンジン。
    そして―――正反対側から同じく猛スピードで迫りくる一つの影。

    認識できたのは――



    「二人とも,先行よろしく!」



    ミコトだった。


     ▽  △


    ほぼ同等のスピード。
    正反対のベクトルで交差した二つの影は,その接触の瞬間に発生した膨大なエネルギーを余剰魔力に変換して虚空に散らせた。


    接触の瞬間,ミコトは意識下で発動させた己の型――円舞(システマティック・オートカウンター)での迎撃が,相手――徒手空拳だった老人の拳をいなした。
    しかし――
    直感に従って(・・・・・・)展開部位を肩から両腕にかけての胸部装甲外殻展開(ブレスト・アーマーモード)に切り替え,更に魔力を集中していなければそれも危うかった,と衝撃に痺れる腕が証明していた。

    「つぅっ!」

    口の端に上る苦痛を無理やり押し込め,一瞬前に踏み切った丘の頂上部分へと降り立つ。
    無論,衝撃はすべて無効化(キャンセル)済みだ。
    それは相手も変わらない。

    痩躯の老人が一人。
    三日月と,その下で展開されている魔導陣を背にこちらを見つめていた。

    「…あなたはどなた?」
    「君こそ何者だね?」


     ▽  △


    最後の丘をジャンプ台に,俺は虚空へと飛翔する。

    ――駆動:重力中和:飛翔

    駆動式の稼動(ドライブ)と同時に地面を踏み切る。
    タイミングは,今回の演習のために改造した俺の両手の複合魔法駆動機関 (コンポジット・ドライブエンジン)を制御する補助電子AIが実行している。問題なし。


    虚空――夜の闇が覆った三日月が綺麗な空間。その眼下に広がる光景――巨大な魔導陣。
    今まで見てきたどの実験のスケールをも圧倒するその巨大さ。まさに異様だ。

    上空から見てわかった事がある。
    球形の魔導陣の直径は,その真下にある史跡――クレーターとその外周にある5本の鉄柱を含むほどの大きさ,つまり直径300mほどはあると言うことだ。
    近付くことで望遠意識妨害が弱まり,陣の概要が大まかにつかめてきた。これは――

    と、ミコトが突然突出。次いで言葉が俺達に届く。

    「二人とも,先行よろしく!」

    ハッして前方を認識・確認。
    次の瞬間には激突による魔力の放出現象が起こり,一瞬だけ空中を緑光が満たした。


    ――迎撃。
    なら,先ほどの予定通り俺達は陣の稼動を阻止するために先行しなければならない。


    墜落した二つの影は,しかし何事もなかったかのように今踏み切ったばかりの丘の上に着地・相対していた。
    ミコトが請け負ったのは,敵の迎撃の足止め。


    俺達は俺達の出来ることをしなければならない。しかし――

    アイツ一人に戦いを押し付ける苦しさ(・・・・・・・・・・・・・・・・・)
    軋む心。

    「…くっ」

    意識を無理やりに切り替えた。

    まずはやれる事をやる。
    そしてやらねばならない事をやる。
    それが迎撃を請け負ったミコトへの援護にもなるはずだ…!

    視線を隣――ウィリティアへ。
    彼女も似たような表情をしている。考えることは同じか,でも今は――

    「先を急ぎましょう」
    「わかってる…!」


     ▽  △


    「情報統合完了。接続状況(リンク)安定。システム順調に作動中」
    「連動実験に移行する。各設定値(ステータス)の確認後,予定されたデータと魔導陣の接続状態を報告。」
    「了解,設定値確認」
    「格納データ確認」
    「接続状態良好」
    「衛星監視システム順調に作動中」

    ディヌティスの命令に,周りのオペレータの復唱が続く。
    いよいよ連動実験。これからが,いよいよ本番だ。
    本来ならば,先生がこの場で指揮を取るはずなのだが――と渋面を作るが,それは先生(あの方)自身の選んだ選択であって,それが間違っているはずがない。
    今までがそうなのだったのだから,託されたこの場の指揮に間違いはない。

    ディヌティス――だけではなく,魔鋼錬金協会の協会員は,皆,会長であるルアニク老を信頼し尊敬している。
    類稀なる知識,知性,穏やかな性格,そしていつでも何かを求める飽くなき探求心。
    90に近い年齢だと言うのに,それを感じさせないほどの健康体。
    教えを請えば厭う事無く知識を分け与え,些細な疑問にも何らかの提示を残す。
    しかし決して答えは教えない。
    曰く

    『答えとは…いつもここにある』

    そう言いつつ穏やかに自らの胸を片手で押さえるのが師・ルアニク・ドートンの癖だ。
    その仕草の真意はいまだにわからないが――いつかわかるときが来るのだろうか,とディヌティスは思っていた。
    決して答えを提示しない師は,いつも何らかの切っ掛け(ヒント)を残してきた。
    その仕草,その言葉の意味。
    それを考えるのが――今後の私達の最大の課題なのかもしれないな…そうも思い苦笑する。

    「全設定値(ステータス)確認作業終了。」
    「…よろしい。それでは連動実験に移る…データリンク,開始。」
    「データリンク開始します。設定値入力開始」



    実験工程最終段階,開始。



     ▽  △


    自分は近接攻撃メインの格闘タイプ。
    戦闘において戦闘方式(スタイル)を認識することは重要な要素だ。
    それは自らの長所と短所を把握することにつながるのだから。それは局地的な戦闘においては勝敗を左右する重要な要素に成り得る。

    私は半年前――自分の魔法の稚拙さを"実戦"によって痛感した。
    別に使えないと言うわけじゃない。
    しかし,彼女――EXの魔法行使はそれほどの高みにあった。

    それだけではない。
    戦闘における瞬時の判断、決断、実行力。
    伴う魔法の選択,威力。
    どれを取っても自分を遥かに凌駕する実力。
    戦闘訓練で見せていた武器の扱いを初期設定に魔法と言う変動値(パラメータ)を与えることによって数倍にも数十倍にも飛躍する戦闘能力。
    しかし,天性のものだと思っていた圧倒的な力の正体とは,実は全てがその"基礎力"に集約されていた事に気づいたのはここ数ヶ月だ。


    『魔法とは付加要素に過ぎない。しかし、局面を打破するには重要な要素でもある。』


    言葉の意味はわかっていても,実感を伴わねば意味がない。
    自分は実は何もわかっていない。それが現状での最大の理解。精一杯の認識。

     △

    そしてそれを再確認させる状況が――今このときに他ならない。

    目の前の老人。
    彼は先ほど私達三人を迎撃し,しかし私が留まることで二人を逃すことは出来た。


    ミコトは冷静に状況を把握する。


    ――実力の差は圧倒的。
    まともに戦っても負ける、奇策は通じない。手は今の所ない――これからもない。


    圧倒的な実力差の前には,魔法と言う変動値も意味をなさない。
    現実は数学や計算では成り立たないが――しかし、覆り得ない現実があるということもまた事実。


    場の停滞とは,圧倒的な実力差のある者の余裕により成り立つ。


    一つの真理だ。
    拮抗した力を持つ相手以外で膠着する状況を考えるならば,圧倒的な実力差における敵の驕りが擬似的な膠着状態を作ることはある。が――
    目の前の老人には,恐らくそのような驕りも油断もない。
    しかし勝負を決め,先行した二人を追わないということは――

    「…わたしに何か御用でも?」
    「状況の認識と判断力にも富んでいる…優秀な生徒だな」

    静かに微笑む老人。

    そして――
    その背後の魔導陣が淡く光り,輝き始めた。


     ▽   △
     

    「稼動し始めた…!」

    光を発しながら直径300mの巨大な球形魔導陣の駆動式群が構成する軌道を回転し始めた。
    それ以外の部分でも,周りの式に合わせて式の形態を変えつつ効果を発揮するための態勢を整えつつある。

    広がる眼下の光景――魔導陣が,突如意味を発した。
    それはすなわち――

    「遠隔主観妨害が切れましたね。"スティン",解析開始(アナライズ・スタート)
    『Yes』

    応答したのはウィリティアの魔法駆動機関(ドライブエンジン)の人工精霊スティン。
    すぐさま仮想駆動(エミュレート・ドライブ )中の仮想外殻装甲頭部に組み込まれている解析装置を起動・解析開始。
    結果はすぐにでもわかるはずだ。

    「ざっと見た感じ…あれはシミュレータか?」
    「ですわね…それでも規模が大きすぎる気はしますけど」

    高速で接近しているはずなのに,依然として距離感がつかめないほどの異様さを誇る巨大な魔導陣。
    認識妨害の効果範囲外に入り込んだ事で式の意味を読み取った二人は,同一の結論を出した。

    解析完了(コンプリート)
    「共有領域に公開表示」
    『Yes』

    視界を覆う半透明のバイザーに表示される解析結果は,チームをつなぐネットワークを介し全員で共有される。
    全員が同じ情報を共有すると言う事は,戦場において有利な状況を作り出すことが出来る。
    電子制御を導入されている魔法駆動機関(ドライブエンジン)だからこそ出来る特徴でもある。

    と,解析結果を見たケインが疑問の声を上げた。

    「これ,ちゃんと稼動するのか?」
    「,…これは」

    ウィリティアも"その部分"に気づいた。
    巨大だけれど緻密で精巧な,一つの芸術とも言えるこの魔導陣。
    しかし,解析した結果からとんでもない欠陥を見つけた。というか一目瞭然だ。

    「空白の式がある…?」
    「いや。…どうやら何かの設定式が代入される感じだ。」

    効果発生時刻の設定式のつもりだろうか? と頭をよぎったが,それはすぐ消した。
    世界そのものに干渉する"魔法"は刹那のものだ。
    式を維持する魔力によって多少の継続は可能になるが,それは"時間"とはまた別の要素に過ぎない。
    そもそも,"時間"がヒトの生み出した概念に過ぎない以上それを"世界"に適用する事は筋違いだ。
    しかし,これはどうみても――

    「…考えても埒があかない,とりあえず制御装置を捜そう」
    「…そうですね」

    釈然としない思いを抱きながら,二人は異様を誇る魔導陣へと最後の加速に入った。


     ▽   △


    「まずは何が疑問聞く事からからはじめよう。聞きたい事はあるかね?」

    老人は,まるで講義をするかのような口調でそう切り出した。
    見た目60代くらいのその男は,まるでこちらを試しているような雰囲気も感じられる。
    ミコトは数瞬考え,即座に疑問を提示した。

    「あなたは誰ですか。」
    「ルアニク・ドートン。アスターディン王国の公的機関,魔鋼錬金協会の会長職にある。」
    「あなたは何をしているのですか」
    「研究の実地検証,と言ったところか。」
    「内容は」
    「真実の究明。」
    「具体的な方法は」
    「アレを見てわからんかね?」

    ルアニクの背後――その夜空に輝く巨大な魔導陣。
    ここからでは光り輝く帯が何本も重なり複雑な模様を編み上げている事しかわからないが,その一筋一筋が自分の纏う魔法駆動機関(ドライブエンジン)と同等の駆動式を有している事くらいはなんとなくわかる。
    それだけの制御を必要とする,実験と称するその行為。一体何をしようとしているのかはわからない。
    が――

    「今すぐ止めてください,アレは危険です」
    「…ほう。なぜ危険だと感じるのかね?」
    「それは――」

    彼――ルアニクの瞳はひたむきに真摯である事を見て,息を呑む。
    正直に告げるべきか――?

    「…勘,かね?」
    「…!」

    唐突に告げられたミコトの真実。
    初めて会うルアニクという魔鋼錬金協会(フリーメーソン)の会長の言葉でミコトは何も言えなくなってしまう。
    それとは関係ないように,彼は話しつづけた。

    「そういった人間は,いつどの時代にも世代にも居るものだ。力のバランスを取るとでも言うのか。片方のバランスが崩れそうになったら,それと対を成すもう片方でバランスを取ろうとする均衡制御作用。ヒトの体系に必ずついてまわる関係だな」

    彼はミコトを見つめる。
    微笑みと共に。

    「君の言う危険…それは私も承知している。アレを行う事でこれから引き起こされる事態――それこそが私の求める目的の足がかりとなるものだ。」
    「…なら,なぜ――?」
    「私にとっての答えがそこにあるからだ。魔法の根源,世界との関わり。起源(レジーナ・オルド)のもたらした技術の真実が,ね。」

    わからない。
    ミコトには何を言っているのか理解する事は出来ない。

    「――まぁ,疑問に思わないのもしょうがないだろう。しかしこう考えてみた事は無いかね? なぜ私達の使う魔法は"魔法"と呼ばれているのか?とは」
    「なに,を…?」
    「これは技術だ,と言われている。人が使う事の出来る技術だと。しかし一般に呼ばれている名称は"魔法"だ。ここに小さな矛盾が生じているだろう?」

    技術とは人が作り上げてきた自分たちの力だ。
    しかし,ルアニクは"魔導技術はそうではないのではないか?"と言っている。
    そしてそれは――確かにその通りだ。

    「偏在する事実を見てみるといい。そこには常に根源的な違和感と矛盾点を数多く内包している。しかし誰もそれを疑問とも思わない…まぁどうでも良い事だからだろうが――私は性格上"どうでも良い事"とは思えなくてね」

    長年ずっと考えつづけてきた事なんだよ,と苦笑する。
    だからと言って,それをそのまま見過ごす事は出来ない。
    危険を危険と承知したまま放置するわけには行かない。

    「…つまり,貴方の長年求めてきた答えを今ここで出そうと,そう言う事でしょうか。」
    「そう在りたいと願ってはいる。生涯を掛けた私の研究の成果が出るか出無いか…正直五分五分ではあるがね。」
    「そうですか。――それが"貴方の夢"と,そう言うわけね」
    「…そうなるか。」

    対峙する二つの影。
    丘の頂上で向き合う二人は,戦闘の構えを解いてはいたが――
    再びミコトは構えた。

    「…何のつもりだね?」

    ルアニクは疑問を提示しながらも,瞳の穏やかさは変わらず。
    逆に"やはりそうなるか"と言った感想を抱いていた。

    「…貴方にとっては最終的な目的かもしれない。でも,私にとっちゃここは通過点なのよ(・・・・・・・・・・・・・・・ )! 私は私の目指すところを目指す。ここで立ち止まっている暇なんて無い!」
    「…やれやれ。随分と我侭なお嬢さんだ」

    おもいっきり苦笑し,ルアニクは笑った。
    ならば,と身を翻す。

    「ならば来るが良い,少女よ。すでに魔導陣は稼動している,君の言う危険が"具象"するまでそう間もない。システム的なリスクの分散は考慮済み,妨害の介入も想定して全工程のスケジュールを組んだ。一度発動してしまえば最終的な結果を出すまでシステムの停止はありえないが――それでも。」

    こちらを振り向いた。

    「それでも,私の行動を止めたいのならば止めはしない。だが,急ぐ事だ。君の友二人は既に危機に隣接した所にるのだから。」
    「…!」

    彼はミコトへ背を向けた。
    最後に一言,彼は穏やかな声で告げる。

    「我が探求の最終地点に現れた少女の進む道に,幸多からん事を。…ここで倒れるつもりはあるまい?」

    軽く跳躍すると同時に,彼の周囲に高密度な複合駆動式が展開。彼の各関節部分が光り,魔力が渦巻く。
    重力開放・加速・ベクトルを完全に制御した高速飛行。
    彼は魔導陣の元へと帰っていった。


    しばし呆然とその光景を見ていたミコトは我に返る。
    初めて見る,第一階級印(ランクA)保持者の魔法駆動。
    アレはまるで――

    「"行使"…?」

    人の身でたどり着ける一つの頂点。
    彼は魔法を極めながらも常にその力に疑問を抱いていたと言うのだろうか。
    その力を習得しつつも,根源的な疑問を常に抱いたまま生きると言う事。
    常に何かを求めつづけるその信念。

    彼は自分の認識の外の存在だ。
    しかし,彼は現実に存在する。

    新しい認識は古い壁を一つ取り払ったに等しい改変でもある。
    この出会いが,ミコトに何を齎すのか。

    「…散々言いたい事言ってとっとと帰っちゃうなんて,結構貴方も我侭じゃない。」

    苦笑,次いで瞳をギラリと光らせた。
    いつものミコトの挑戦的な笑顔で宣言する。

    「当然。やりたい事をやりたいようにやらせてもらう,貴方にとっての最終地点は私にとっての通過点に過ぎないわ。精々私の糧にさせてもらうわね…!」

    そして駆け出す。
    向かう先は当然――

    「絶対に魔導陣を,止めて見せる――!」


    ルアニクの後を追うように,彼女もまた飛び立った。


     ◆


    彼女(ミコト)の腰の後ろに装備された短剣の柄が,一度だけ青く明滅した。
    それに気づくものはこの場には誰も存在せず…また短剣それ以降は何も変化を示さない。
    何かを予期させるその一度だけの点滅(シグナル)は,しかしそれっきりだった。


    そして舞台は嵐の中へと移って行く。


    >>>NEXT
引用返信/返信
■130 / ResNo.21)  "紅い魔鋼"――◇十一話◆
□投稿者/ サム -(2005/01/18(Tue) 18:42:09)
    2005/01/18(Tue) 18:44:45 編集(投稿者)

     ◇ 第11話 『空隙』◆

    ―ランディール広原・合同演習訓練仮本営―

    学院主催の合同演習訓練は中止された。
    既に参加者達は全員がここからさらに数km後方に後退し,そこで待機している。

    リディル伯代行兼周辺防衛機構司令官代行ディルレイラ・アリューストは,その本営の作戦室を徴発し,リディルの軍駐屯地に駐在していた三人の魔法駆動機関(ドライブエンジン)使いと共に居た。
    既に事態は進行しつつあり,史跡から2km程離れたこの場所でも巨大魔導陣の展開状況を認識する事ができる。
    3人はこの状況に対処するために派遣された――と言うか,ディルレイラに呼び出されたドライブエンジン使い達だった。

    三人の持つドライブエンジンはヴァルキリータイプで通称VAと呼称されている。
    ヴァルキリーヘルム(戦乙女)は女性軍人に貸与されるドライブエンジンで,防性半自立機動と言う歩兵用の個人装備だ。
    扱うには最低でも第3階級の魔力誘導印(シンボル)が必要とされている。実力の在る軍人か,年齢制限のある国家試験を通らなければ資格取得は困難な壁だ。

    彼女達3人――それにディルレイラはその難関を乗り越えた者たち。
    それぞれが右手の甲に刻印(・・)された第3階級印を持っている。ディルレイラは元宮廷師団員だったこともあり,もう一段階上の第2階級印(ランクB)を有する数少ない国家公務員でもある。
    無論,宮廷師団を辞めた今でも(シンボル)は有効だ。
    有事の際には先頭に立って事に当たる義務を持つ事になるが。
    そして,現在がその状況でもある。

     
     ▽
     
     
    「状況は説明した通り。それぞれが配置についたら最大出力で結界を形成,指示があるまで状態を維持する事。」
    「「「了解」」」

    既にヴァルキリーヘルム(ドライブエンジン)の外装を纏っている三人は,声を揃えてディルレイラ(総司令)に応えた。
    標準装備のVA5シリーズは,王国でも最新バージョンのものだ。ちなみにVA9タイプは試験(テスト)タイプになる。
    主に防御を担当とするヴァルキリータイプでも特に防御に特化した性能を持つVA5シリーズの最大の特徴は,その全開駆動形態(オーバードライブ)にある。
    それは魔法駆動機関(ドライブエンジン)の全状態を式化・魔力展開(マナライズ)し,全出力を持って結界を形成する形態を指す。
    自分自身の外装を全てはずすことになるが,絶対に突破不可能な防壁を形成することが出きると言う一種の最終手段だ。
    もともと護衛部隊として行動するヴァルキリー部隊(彼女達)にとってはそれは手段のみならず,意識としても重要な意味を持っている。自分たちは護り手なのだと言う意味を。
    自らの役割を認識する手段でもある,と言う事だ。

    そんな彼女等3人の今回の任務は,現在展開中の大規模魔導陣を結界で包み込む事。
    一人では限界がある局所防御結界も,3人で領域を分担することで可能なことは実践済みだ。
    もっとも相性の良い3人を選び,今回の任務に抜擢した。
    無論選んだのはこの場の総責任者であるディルレイラだ。

    「事態は依然として全容が知れない。情報は少ないけど,協会(シンクタンク)の創る魔導陣である事はわかっている。彼らは天才ではあるけど同時に研究者でもある。そこが今回のもっとも難しい点だわ。」
    「それはどう言う事でしょうか?」

    呼称ヴァルキリーA512の保持者(ドライバー)リアがディルレイラに質問する。
    研究者である事の難点の意味が良くわからない。

    「彼らは天才で研究者。疑問には答えを求める事は当然の事…でも答えを求める手段は最も直接的なものを選択する傾向が強い…それが何を意味するかと言うと――」

    彼女は夜空に輝く魔導陣に視線を移し,戻す。

    「ああなると言うわけ。遠目からでは意識妨害がかけられていて陣の解析は出来ないけど,アレだけ大規模なものともなると周囲になにも影響が無いはずが無い…と言うより必ず何らかの作用を及ぼすはず。魔法とはそういうものでしょ?」

    なるほど,とリアは頷く。
    魔法は局所的な世界干渉(限定現象)だ,アレが魔法である以上何らかの状態で世界に干渉する事は自明だった。

    「対処に関しての貴方達の作戦内容は以上。質問は?」
    「先輩――いえ,総司令のこれからの行動内容はどのようになっているのでしょうか?」

    3人の中で最も冷静なミーディが問う。
    リアが先頭たってチームを引っ張るリーダーならばミーディはその参謀的な役割をこなす。
    最後の一人,ディルレイラを含めた自分以外の3人をニコニコと見守るランはムードメーカーだ。無論実力は折り紙付き。

    この場の3人は,実はディルレイラの2年ほど後輩に当たる。
    学院時代を共にすごした仲間でもあり,無論ディルレイラと同期のエステラルドとも面識を持ってもいる。
    この場の四人とエステラルド,その他数名は戦技科に学ぶ同じ部隊(チーム)だった事から,彼女(ディルレイラ)の行動にはいつも無茶や無謀の二文字がついてまわっていた事を良く認識しているのも道理。
    そして久しく呼び出されて見ればこの事態。
    ミーディが『先輩はまた何か無茶をしでかすんじゃないのか?』と不審に思わないはずが無い。

    「私は避難し遅れた3人の保護(・・・・・・・・・・・ )に向かうわ。」
    「お一人で,ですか?」

    やっぱり,といった表情でミーディが聞き返す。が,それにニコリと笑ってディルレイラは答えた。

    「一人じゃないわ,私には"サラ"がいるから――」

    そういって魔法駆動機関(ドライブエンジン)を稼動・展開。
    腕輪(ブレスレット)が淡く光り,収束する。
    一瞬後,隣に一人のメイドが佇んでいた。
    深々と一礼し,瞼を閉じた笑みのまま顔を上げる。

    「…完全自立機動歩兵ユニット・装甲外装制御人工精霊No.02"サラ"全開駆動展開完了(オーバードライブ)。おはようございます,お嬢様(マスター)。」
    「今は夜よ」
    「起きたときの挨拶はおはよう,と仰ったのはお嬢様ですが」
    「…まぁ良いわ。作戦内容は追って教えるから今はとりあえずいっしょにきて。」
    はい,お嬢様(イエス・マスター)

    出現したメイドに3人は驚いていたが,最も驚いていたのはやはり知恵袋のミーディだった。
    ナンバーの呼称が許される人工精霊は初期に自然発生した三体にのみ許される始祖認識番号(オールドナンバー)と聞いた事がある。
    つまりは――

    「始祖の人工精霊,ですか?」
    「そう言う事。思考共有している分,頼りになる相棒(パートナー)ってわけ。…もう昔みたいな無茶はしないわよ,ミーディは心配しないで自分の仕事をこなしなさい」
    「了解しました」

    ディルレイラは頷き,3人に質問が無いかもう一度確かめた。沈黙を肯定として受け止める。
    ならば,言っておく事は後一つ。

    「3人とも,このような地点防御の任務に当たる上で必要な事は自己の判断。もし限界を感じたりした場合は3人同時に離脱しなさい。貴方達が最後の盾である以上,判断は貴方達で下さなければならない。もし前線の部隊に配属されたらそれが一層要求される事になることを念頭に置く事。よろしくて?」
    「「「YES,Mam!」」」
    「よろしい。では,作戦発動。行動開始!」

    同時に3人は外へ掛けだし,一瞬でその場から高機動魔法を駆動した。
    駆け去る3人を見ながら,彼女は一息つく。

    「さて…3人のうち一人はミヤセ・ミコト。残り二人はチームメイトか…手早く合流するとしましょうか――サラ」
    「はい。」
    稼動率降下・通常駆動モード(ヒートダウン)・外装展開」
    Yes(はい)外装展開(ドライブスタート)

    音声言語から思念へと伝達媒体が変わる。
    サラの外観が魔力線(マナライン)に分解され,光の筋となったそれらがディルレイラに絡み付いた。
    一瞬後,漆黒の鎧を纏うディルレイラがそこに居た。
    サラ自身は元々の形態である外殻装甲に戻り,人工精霊としての本来の姿に戻る。即ち――保持者(ドライバー)の意識領域のみの存在へと。
    ディルレイラは通常駆動状態では頭部外装(フェイスシェル)は付けない。

    栗色の髪が風に揺れた。

    「じゃぁ,私達も行きましょうか」
    Yes,Master(はい,お嬢様)

    そして彼女の姿も風の中に消えた。


     ▽   ▽

    先行したケインとウィリティアは制御装置の一つにたどり着いた。
    直上の魔導陣はその回転を徐々に早めつつ,そして構成する駆動式の展開状況はさらに激しくなってきている。
    もはや人間の思考では処理が追いつかないほどの速度だ。スーパーコンピュータ(古代遺産)を使うと言う発想は実に実用的であるとほとほと感心してしまう。

    「だめだ,ここを止めても残りの制御装置で処理が分担されるようになってる…停止は無理だ」
    「みたいですね,しかし――」

    ここに到達するまで一切の妨害は無かった。
    途中幾つもの監視装置を見かけたことからこちらの事は当にばれていると言うのに――

    「妨害する必要が無い,と言う事でしょうか」
    「手は無いのか…?」

    ミコトの言う危機がすぐそこで稼動している。
    この場に居るのは自分たちだけ,しかし制御装置を前にしても何も出来ない,したとしてもどうにもならない。
    く,と歯噛みする。
    しかしやるだけやらなければ――!

    「ウィリティア,その制御装置から中枢に侵入して情報を集めれるだけ集めてくれ」
    「現状ではそれが最善のようですね…ケインは?」
    「俺はアレを遅らせれるだけ遅らせてみる」

    ウィリティアは目を見開いた。
    人知を超える魔導陣と真っ向からぶつかろうと言うのだろうか。

    「無茶ですわ!あなた何を言って――」
    「そりゃわかってるよ。大丈夫,危ないと思ったらすぐ止める――だから,」
    「危険なんて言う生易しい言葉じゃ言えないくらいのモノですわよ,あれは!ヒトが直接介入するには処理能力が足りなさ過ぎです!」
    「だからってほっとけってのか!?」

    ケインにはそんな事はわかっていた。
    だが何も出来ずにここで突っ立っているわけにも行かない。
    これでは事前に予期していた意味が全く無いじゃないか――!


    「冷静におなりなさいな,ケイン。」


    さっきまで怒鳴り合っていたはずウィリティアの静かな声に,ケインはハっと我に返る。
    唐突に冷める思考。

    「無茶をして壊れてしまってもダメです。ヒトには出来る事と出来ない事がある。それを認識していなければ自滅するだけですわよ」
    「そう…だな,悪い。熱くなりすぎてたか」
    「現状で出来る事は情報の収集です。そしてポイントEでミコトと合流して一度帰還。これが最初に決めた手順でしたでしょう?」
    「ああ,そうだった。」

    よくよく考えてみれば介入不可能な場合の行動内容も決めてあった。
    それを忘れるほど熱くなったってのか――自分はこんな切羽詰った状況には向いてないみたいだ。

    苦笑。
    ちょっとは心に余裕が出来た。

    「冷静さを取り戻したみたいですわね。」

    心なしかウィリティアの声も緊張が解けた感じがする。

    「悪い,熱くなりすぎてたみたいだ」
    「構いませんわ――こういった状況ではしょうがない事ですもの」

    そう言いつつ制御装置のシステムに介入(ハック)
    人工精霊の処理能力でもってデータを収集を開始する。

    ケインはもう一度上空の魔導陣を見上げた――,!?

    「な,アレは――!?」


     △   ▽


    「第3制御装置への侵入を確認。」
    「監視モニタで確認せよ。」
    「状況確認,先の学院生二名。…驚いたな,まさか学生にハックされるとはね」
    「第3制御装置隔離。リンク切断。最高学府だからな,優秀な人材なんだろう」
    「切断確認,状況に遅滞なし。動作基準を保っています。」

    口々にそう言いながらも対処を実行している。
    ディヌティスはその状況を見ながら,ようやく全ての準備が整った事を確認した。

    「さて諸君,いよいよ全ての準備は整った。」

    静まる管制室。
    モニタの中央に映されているのは魔導陣,その左下に1/4サイズで映されている,膨大な魔力を単体で発生させている錫杖型魔法駆動媒体(杖型ARMS)
    反対側にはファルナの本部地下に隠匿されている古代遺跡からのデータリンク状況。

    全て準備完了(オールグリーン)

    「ではこれから,過去の再現をはじめる。…これはドートン先生の生涯を掛けた成果の粋だ,心に刻み込んでおこう。」

    頷く気配。
    皆わかっている。これを発動させればもう2度と(ルアニク・ドートン)と会うことはないと言うことを。
    今まで彼らがルアニク・ドートンと共に歩んできた道を思い出し――それも今だけは見ない振りをしよう。

    限定領域情報再現機構(シミュレート・ドライバ)完全展開駆動…開始。」
    「各変動値(パラメータ)の入力開始。」
    「空列駆動式への代入開始。」
    「仮想時系列設定の初期化完了・再起動…成功(ヒット)。状況安定,現実空間とのリンク開始」

    魔導陣が更に輝き出した。
    周回軌道を回る魔法文字(マナグラフ)の速度が上がり,魔導陣を球形に形作っている全個所の魔導機構が激しく展開し始める。
    緑色の魔力の光を撒き散らしながら――それは徐々に輝きを増してゆく。
    球の表面を,まるで波紋のように駆動式が伝播し,適応する形に収まり,次々に波のように押し寄せる情報に適合するように状態を変化させる。

    全てが事前のシミュレート通り。
    収束する状況も恐らく寸分違わず予測通りのものになるだろう。
    最後の命令を下す。

    「…データ開放。仮想時系列への入力開始。」
    「仮想時系列への展開・状況設定・全シミュレート開始します…!」

    オペレータの操作で,その全てが始まった。


     ▽   △


    「……」

    史跡を見下ろせる小高い丘の上に佇む老人が,現状を見て静かに頷いた。

    上空に展開している魔導陣は,その緑色の輝きを限界近くまで高めている。
    史跡の周辺を囲むように並べられた2×3m程の長方形の魔鋼(ミスリル)板に刻まれた増幅用基礎魔法言語(マナグラフ)からの援護(バックアップ)を受けて,揺るぐ事無く確実な駆動を続ける巨大な魔法駆動陣(シミュレータ)
    その所々に見られる空列に,変動する数列(現代文字)が入力されはじめた。
    ルアニクはそれを見て確信する。

    "時は近い"と。

    ようやく訪れた解を得る瞬間。
    長年求め続けてきた,自分の根源たる問いへの正しい答えがもう少しで手に入れる事が出きる。
    その位置に居る事を確実に感じる。

    「…だが,現実はなかなかうまく行かないものでもあるのだな。この歳になって実感したくないとは思っていたのだが…まだ危険値(リスク)を排除しきれていなかったか」
    「それはご愁傷様でしたわね。…さて,魔鋼錬金協会長。この事態,どうご説明なさるつもりですか?」

    背後に佇む漆黒の装甲外殻を纏う女性。
    口調は優しくとも瞳に浮かべる色は厳しい。

    「私のことは調査済みか。…君は王国軍の者かね?」

    問いつつもルアニクは近接格闘術の構えを取る。
    対する彼女も構えを取りつつ返答する。

    「私はディルレイラ・アリュースト。リディル伯代行兼周辺防衛機構司令官代行ですわ」


     ▽   △
     
    「二人とも,位置に付いた?」

    ヴァルキリーヘルムを装着し,ポイントについたリアは残る二人のミーディとランに問う。
    3人は人工精霊を介した意識共有(ネットワーク)で繋がっていた。

    『準備完了,いつでもどうぞ』
    『私もおーけーで〜す!』

    二人の返答に よし! とリアは気合を入れなおす。
    何せヴァルキリーヘルム(戦乙女)を貸与されてからはじめての任務だ,否応無く戦意が高まる。
    それも滅多に使われる事のない全展開駆動状態(オーバードライブ)まで使った,文字通り全力を費やすという要求。加えてミーディとランとの連携プレーだ。
    ディー先輩(ディルレイラ)から呼び出されたときはまた何か無茶をやらされるんだと思っていたが,やっぱりその予測は間違っていなかった。

    胸が踊る。
    ディー先輩とエスト先輩達が宮廷師団に行ってからは正直平凡な日々が続いていた。
    軍に入隊してもイマイチで,それまでの生活が刺激的過ぎたせいか張り合いがないと感じていたことも事実。
    任務に関しては真剣に取り組んでいたものの,感想はそんなものだった。
    だからリアは,いつかまたディルレイラ(先輩)達と共に心踊る冒険をしたいとか思っていたものだ。
    それがなんか知らないけど今日突然実現した。

    『リアはよろしい?』
    『ぼーっとしちゃダメだよ?』

    ここ数年ずっと組んできたユニットのメンバー,ミーディとランの意識(こえ)で我に返る。
    タイミングを計って結界(シールド)を発動する合図をだすのは自分だ,忘れちゃいない。

    「うん,だいじょぶ! じゃあ行くよ…3!」
    (トゥー)
    『…いち()!』

    『『「ヴァルキリーヘルム(戦乙女)全開駆動開始(オーバードライブ)!!」』』

    3人の纏う装甲外殻が式化・魔力展開(マナライズ)し,その魔法駆動機関(ドライブエンジン)構想概念である本来の意味の通り(・・・・・・・・・・・・・・・)強固な結界(シールド)を形成する。
    それぞれの立つ位置を頂点とした正三角形,そこから空へ投射された結界の壁は一箇所で交わり,球形巨大魔導陣を包み込む正四面体の封印を成す。

    『状態良好・出力安定。』

    人工精霊ティアの報告にひとまずホッと一息。とりあえず結界の形成には成功したようだ。
    そこでリアはいつも通りミーディとランに一言。

    「よし,いっちょ頑張りましょーか!」

    応える意識(こえ)が二つ。これまたいつも通りに変わらないいつも通りのこえだ。

    『いつも通りにね』
    『リラックスリラックス〜』

    漣のように伝わる意識は微笑みの感。
    思わず零れる笑みに力んでいた意識も緩和される。
    どのくらい長くなるかはわからないが――

    「ディー先輩,がんばです!」


     ▽   △


    最後の丘を下り,ミコトは点在する林の一つを高速で駆けぬける。
    とは言っても足裏に展開した仮想斥力場で地面から数センチのところに浮上し,重力・加速制御を施した高速平行移動――ホバリングしているのと変わらない状態。
    極度の前傾姿勢で自身の出しうる最高速度を維持・制御している。

    すぐ上空では魔導陣が完全展開稼動し始めていた。
    目まぐるしく変化する構成駆動式は,文字群と言うよりまるで万華鏡を見ているような激しい動きを見せ,その球の衛星軌道を幾重にも囲んでいる帯状の魔導機構は交差するように回転している。
    しかし先ほどと全く異なった要素が絡み始めた。

    ――数字だ。
    駆動式はそれ自体が魔法文字(マナグラフ)と言う魔導形成言語から成り立っている。
    これは原子における素粒子のような関系,つまりこれ以上分けられる事のない最小単位のようなものだ。
    魔法における魔法文字(マナグラフ)は,魔導技術の最小単位。これに記述されていない(・・・・・・・・)文体系は駆導式に組み込んだところで意味はない。

    全くの無意味なのだ(・・・・・・・・・)

    それは,この世界の人間ならば誰でも知っている事。
    魔法を学ぶもの達にとっては常識以前の当たり前の事実でしかない。
    にもかかわらず,それが組み込まれている――!?

    「何が起こるって言うの…!?」

    疾風を全開駆動させ,ケインとウィリティアを目指して地上数センチを飛翔するミコトは下唇を噛む。

    と。
    たった今通りすぎた地点を緑光の直線が空間を切断した。

    「なっ!」
    「あわっ!」

    いきなりの空間隔離と,自分以外の声に驚いて即座に声のした左方を確認。
    そこには並走するゴーグルにレザ―ジャケットの少女。
    彼女は――

    「ミスティ!」
    「先輩,どうもー」

    思わず昔の呼び名で彼女を叫んだ。
    やははーなどと気軽に手を振っているのはミスティカ・レン(マッドスピードレディ)だ。

    「なんでこんな所に!?」
    「あー,やっぱ気づいてなかったですね。私今朝からずーっと先輩達3人をマークしてたんですよ,これが。」
    「…な!」
    「色々言いたい事あるのはわかってます,報告に関しても事情があって教えれなくて済みません…。でもま,今は――」

    彼女(ミスティカ・レン)が前方上空に目を向ける。つられて視線を向ける先には,いよいよその魔力の輝きが臨界に達そうかと言う魔導陣。
    そうだ,今はひとまずミスティは置いて置く事にして…

    「そう,ね。とりあえず今は急がないと…」
    「…私,ぎりぎりで滑り込んでよかったのかなぁ」

    ぼやくミスティに苦笑する。
    しかし退路は遮断された。行き場が前方にしかないのは自分も彼女も同じ。
    ミコト自身はもとより引くつもりは無かったが。

    それよりも今気になる要素は二つ。
    一つは魔導陣の直下に居るケインとウィリティアの安否。予定通りならば情報収集を行っている最中のはずだ。
    もう一つは,退路を遮断した結界だ。
    半年前見たモノに似ている(・・・・・・・・・・・・)と言うことは――

    「ミスティ,あの結界に心当たりある? 多分――ううん,絶対に軍のVA部隊(ヴァルキリー)が出張ってきてると思うんだけど…数は――」

    その形成された結界の規模,展開状態を考慮すると――。

    「恐らく4人以下,その内一人はアサルトタイプ(攻性型)かもしれない…」
    「うわ,もうそこまで読んじゃいますか…ほとんど正解です,多分。」
    「てことは,王国軍はもう対処し始めてるって事?」

    そこでミスティカは諦めた笑顔を浮かべた。
    その顔に妙にイヤな予感を感じる。

    「多分いち早く対処したのは駐留軍と周辺防衛機構の決定権・指揮権を持つリディル伯代行――ディルレイラ・アリュースト元宮廷師団戦師(ウォーマスター)だと思います。」

    その言葉に固まる。
    いや,その名前にミコトは固まった。リディルに住む――いや,このアスターディン王国に住むものならば一度は聞いた事のある恐怖の象徴。

    「あ,やっぱり知ってます? レイラさん有名ですね。」

    にこにこと。
    ミスティカはミコトに微笑みディルレイラの名前を親しげに口にする。
    それが意味する所はミスティカ・レンと彼女(リディル伯代行)が知り合いである事を指しているのだが――
    今のミコトにはそこまで頭が回らない。
    なぜならば。

    「ぜ…"絶対殲滅"ですって…!?」
    「やっぱ,そこですよねネックは。まぁでも…」

    ミスティカは変動する二つの魔力の方向に一瞬だけ視線を移し。

    「先輩の心配するような事態にはならないと思いますよ。レイラさんも大人になりましたから…」

    と,どこか遠い目をしつつ呟いた。


     ▽   △


    数列(現代文字)の代行入力だって!?」

    駆動式の空列に入力され始めた数字を見てケインは叫んだ。
    その言葉に作業をしていたウィリティアも唖然と魔導陣を見上げる。
    二人とも我を忘れてしばしその光景に見入る。
    それほどにも常識からかけ離れた自体――ナンセンスな出来事だった。

    魔導機構は駆導式からなる。
    駆動式は魔法言語(マナグラフ)によって成り立つ。
    魔法の最小単位であるマナグラフには現代文字の数字は記載されていない(・・・・・・・・・・・・・・・・)
    詰まり,駆動式内には数字の介入する余地はない。
    故に,魔導機構には数列は適用されない。
    それが意味する事は詰まり。

    現代文字には魔力と関われる要素は無い事を証明しているのだが――

    「…なんで,なんで構成式が崩れないんだ…!?」

    唇を震わせながら呟くケインの表情は青ざめている。
    ウィリティアも似たようなものだ,まるで幽霊と視線をあわせたような顔色になっている。
    ぎりぎりの世界干渉である魔法は,些細な記述ミスや歪な駆動式,不要な魔法文字(マナグラフ)の付加で容易に崩れてしまう。
    そんな繊細な魔導機構――引いては魔導陣のはずなのに,完全な異分子である現代文字が混じった形態を取って尚且つ全く魔力色相に崩壊の兆しが見えない。
    詰まりこれは,異分子が異分子として認識されてない――?

    「こんな事が可能なのか――?」
    「現実に,起こっています…私達の目の前で」

    既に自分を取り戻したのか,情報収集を切り上げたウィリティアが厳しい視線を魔導陣に飛ばしている。
    ケインももう一度その光景を見る。
    目まぐるしく変動する数値が,魔導陣の数カ所で展開している。
    悪夢だ。

    「…2種類」
    「…ん?どした?」

    ポツリと呟くウィリティアの小さな言葉を聞き取れなかったケインが聞き返した。

    「代入された数列は全8箇所。でも2種類の数列でしかありません…一つは0からのプラスカウント,もう一つは11桁の数列のマイナスカウント…恐らく時系列ですわね」
    「となると…,! まてよ,上の構成だとシミュレートされる指定空間座標は魔導陣円周直下――つまりこの周辺域約7万u。そこから上空150mまでの半球のドーム形状…そうか,上の魔導陣は影か!」
    「やられましたわ…しかもただの影だけじゃありません,あれは(ミラー)ですわ。」

    ウィリティアは悔しそうに呟く。

    「鏡…って,あ!」
    「結界の投射位置にはここからまた離れたところにあると言う事です,恐らくここを一望できるどこかの丘。この場の制御装置は保険でしょう」
    「そこのそれは増幅も兼ねているってわけか,手の込んだ事を…!」
    「上空の魔導陣は,本来ならばこの場で起こっている陣の展開現象を意図的に上空へずらしてその注意を釘付けにする。合わせ鏡の下の部分は周辺に敷き詰められた魔鋼(ミスリル)が代行。上空の展開している魔導陣の核には――恐らく本命からの魔力を直接受け取りつつ最も防御概念の高い純正の魔鋼(ミスリル)球を使用していると思います」

    瞬時にそこまで読んでみせるウィリティアの洞察力にケインは言葉も出ない。
    しかし,目の前の現実を見る限りそれだけの常識外の仮定が無ければ成り立たない事は,いっぱしの技術者であるケインにもわかる。わかってしまう。

    「式の細部を確認するだけでなく,全容を晒す事で陽動も兼ねているとして…それだけ魔鋼錬金協会も本気でこの実験を成功させようとしているんでしょう,しかし,一体何をしようと…」

    ひとまず,とウィリティアは先ほどの制御装置に向き直る。
    一通りデータは収集した。途中で中断したのは妨害が入ったからだ。
    ケインには伏せたが,この制御装置もとんでもない技術が使われている。

    同調動作機構(シンクロニシティ)
    一体のオリジナルの中枢制御装置が魔鋼製なのだろう。
    全く同じ型ならば,物理的に何も接触が無くても,オリジナルが起動している限りそれに共鳴(・・)して全く同じ動作を行う,完全な保険だ。
    電源は別になり,それ自体はこの周辺のどこかに設営されている魔鋼錬金協会の本部で管理しているのだろうが――今はそれを直してまで得るほどの情報はないとウィリティアは読んだ。
    恐らく事後の解析で手一杯のはずだ,こんなオーバーテクノロジーは。

    自分の知りうる知識の十数年先を行く技術。
    ケインが知ったらそれこそパニックに成りかねない。
    解析した自分でさえ動転しそうになるのをやっとの事で押さえているのだから。
    単にケインの前で無様は晒せない,という意地に関わる部分ではあっても。

    ともかく。
    展開されている魔導陣は異常だと言う事はわかる。
    ミコトがこの全容を知っていたとは思えないが止めたがっていた理由も今となっては頷く事は出きる。
    事前にどうしてそれを知る事が出来たのか,ときにかかる事はそれだけだが,今はそれを問う時ではない事も理解している。
    最低限必要な情報を得られた今,私達が成すべき事は――


    「あれは結界…王国軍か!?」

    突然のケインの言葉に,内に向いていた意識を外に向ける。

    そこには緑光の壁。
    この場を,いや魔導陣を取り囲むように三方向からこの場の上空の一点へ向けて投射される強力な空間隔離は――!

    ヴァルキリーヘルム(防性半自立機動歩兵ユニット)完全展開駆動形態(オーバードライブ)ですわ!」



     ▽   △
     
     ▽ ▼







    ドクン





    反転したような色彩が支配する無色のセカイ。


    真白な広がり。


    その中で唯一色付く紅。


    ソレは,長き眠りから醒め…
      
      
    意識の瞳を開けた(・・・)





     
     ▼ ▽


    不意に全身を貫いた悪寒に,エステラルドは微かに身じろぎした。
    何かが胎動している,そんな感触だ。

    (間に合うか…?)

    数日前に予期した事態。
    とある学生が入手したらしいと言う手記から自分達が導かれた一つの結末が,すぐ始まろうとしている。

    このような事は初めてだ。
    最初から最後までほとんど何も関わらず,そのくせ全ての後始末だけが自分に回ってくるなんて。
    きっとこの物語の主人公は僕じゃなかったんだろうな,などと思いながらもエステラルド・マ―シェルは隣を飛ぶジャック・(ジン)と並びつつ思考をめぐらせる。

    この物語の主人公は,きっとまだ力が足りないのだろう。
    身の丈に合わない物語(事件)と関わりを持ってしまう理由は,"その誰か"がそれだけの力を欲するからだ。
    そして運良く生き抜いた暁には,"その誰か"はきっと望みの結末を手に入れる事が出きるのかもしれない。
    そして"その誰か"は,自分の教え子と知り合いだった。

    エストは,今回の自分の役回りをきちんと把握していた。
    自分はもう大人になった。
    今まで見守られながら自分の物語を紡いできたが,これからは見知らぬ誰かの物語を見守る立場にある。
    それは隣を飛ぶジンであり,教え子のカレン(ミスティカ・レン)かも知れない。
    無論自分の物語を終える事もない。
    死ぬまでが,もしかすると死んでからも自分の物語は終わらないかもしれない――。
    …今関わっている英雄がそうであるように。

    とにもかくにも,その"誰かの物語"を終わらせないためにはもう少し急いだほうが良いかもしれない。


    エストは更に飛翔魔法の速度を上げた。



    >>>NEXT
引用返信/返信

■記事リスト / レス記事表示 → [親記事-9] [10-19] [20-21]



■記事リスト / ▲上のスレッド
■62 / 親記事)  外伝−白き牙の始まり
□投稿者/ マーク -(2004/11/20(Sat) 19:11:14)



    ヒュッ ヒュッ
    広い道場で手に持った竹刀が風を切る音だけが聞こえる。
    この広い道場には今、私しかいない。こんな時間に練習する人
    もいないし、私自身、他の門下生と打ち合う気はない。
    私は強い。私に勝てる人物はこの道場では父上だけだ。
    他の者は、私と満足に打ち合うこともできない。
    だから、私は父以外の者とは、戦わず父がいなければ一人で練
    習している。



    素振りを終えて部屋に戻ろうと外の出ると風に乗ってかすかに
    悲鳴と血の臭いが漂ってきた。私は護身用の太刀を握りしめ、
    血の臭いのする方へ向かった。


    館よりすこし離れた所に建っている蔵の前、そこに惨劇が
    広がっていた。
    5人ばかりの門下生と思われる者たちの死体の中央に立った、
    真っ黒なローブをまとった男が悠然と立っていた。
    私はすぐさまその男に切りかかった。
    男は所詮女子供と思ったのだろう特に身構えずに
    私の剣を受けた。しかし、勢いを殺せずに肩のあたりを切り裂
    かれた。
    そして、私を睨みつけ剣を構えた。それを見て私も刀を構え、
    一気に切りかかる。



    何度も剣が交差するなか、私は少しずつ焦りはじめていた。
    私は、女でまだ子供だこの男より体力は無いだろう。
    このままでは・・、いや、弱気になるな。自分に言い聞かせる
    が、



    「ガッ!!」




    私の集中が乱れたところを男の蹴りが私にすいこまれるように
    入り私の体を思いっきり吹き飛ばした。







    ズザザザザーッ



    立ち上がろうと力を入れるが立ち上がれない。いや、
    それどころか声も上げることもできない、
    内臓は大丈夫だろうが、アバラが数本折れているかもしれない。
    男は私を見て動けないと分かると蔵の中へと入っていった。
    蔵に狙われるようなものなど・・そう考えてハッと思い当たり
    男を見ると男は小さな声で呟いた。

    「海燕・・・」


    男が呟き蔵に有った刀を握り締め、蔵から出たところで。


     「何事だ!!」


    聞きなれた声が聞こえてきた。父だ。男は舌打ちをして駆け出
    した。そろそろ意識が朦朧としてきた。そんな私を見つけ父が
    あわてて駆けつけてきた。


    私の・・ことよりも・・海燕を・・・


    私の意識はそのまま闇に沈んでいった。








    めをさますとそこは私が良く利用する宿だった。傷なんてない。
    当然だ。あれはもう5年も前のことなのだから。
    幾度となく見てきた夢。
    盗まれた「海燕」と対となる刀「天狼」を握り締め、部屋を出た。


    強くなる。ただそれだけを思って。


引用返信/返信






Pass/

HOME HELP 新着記事 ツリー表示 スレッド表示 トピック表示 検索 過去ログ

- Child Tree -