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■241 / 親記事)  『魔』なりし者 第一話
□投稿者/ RX -(2005/12/02(Fri) 00:14:10)
    2005/12/02(Fri) 00:33:25 編集(投稿者)

    「セイヤァァァァ!!」

    男の叫び声が、森の中に響き渡る。

    グギャァァァァァァ!!

    男の剣がデーモンの腹部を切り裂き苦悶の叫びをあげる悶える。

    そんな事はお構いなしに、男は手に持っていた剣でデーモンの首を切り払った。

    ボトッ、と音がして首が転がっていく。

    数回転がった後その首は何かに当たってその場に止まった。

    その何か、それはまだ年端も行かない少年だった。

    「はぁ・・・はぁ・・・、っく!!」

    さっきまで戦っていた男は、数回息を整えるとその少年の下へ歩み寄った。

    「怪我は無かったか?坊主。」

    男は、剣についた血を振り払いながら今できる精一杯の優しい声でそう言った。

    「・・・・・・。」

    少年は、顔はしっかりと男のほうを向けたにもかかわらず何も喋らない。

    「ん?どうした、まさか言葉が喋れないわけではねぇだろ?」

    男は、剣を鞘に戻しながら少年に向けて言った。

    「・・・ん・・・。」

    少年はコクコクと頭を動かして男の問いに答えようとしている。

    その姿を勘違いした男は、

    「だろ?だったら喋ってくれよ、おっさん一人で喋って悲しいぞ?」

    そういいながら、大げさに肩を落す仕草をする

    それを見て少年は慌てたように精一杯何かを伝えようとする。

    「ん!・・アウ・・んんん!!」

    手足をばたつかせたり、ぴょんぴょん飛び跳ねたりしながら何かを伝えようとする

    ここまで来て、ようやく男は

    「・・・もしかして、マジで喋れねぇの?」

    「ん。」

    どうやら意味は伝わったようだ。

    男は、唖然としたがとにかくこの場所を離れようと思って辺りを見回した。

    そこには、デーモンの死体や何人かの男の死体が散乱していた。

    (なんだか厄介ごとに巻き込まれたような気がするぞ・・・。)

    男・・・いや、バニッシュはそう思いながら今から2時間前を思った。


    −−−−−2時間前−−−−−


    バニッシュは、アヴァロン帝国北部の港町パルセンに届け物の依頼を受け向かっていた。

    その途中、街道に壊れた馬車を発見した。

    何者かの襲撃を受けたらしく、辺りには血や馬の死骸が落ちていたりした。

    その後は森の中に続いているのを見つけてしまったので、このまま放置するのも

    後味が悪いと思ったのでその後をつけていくことにした。

    後をつけている途中、何人かの人間が死んでいるのを発見して

    大事になりかけているのを確信した。

    (こんな街に近い街道で、魔族・・・恐らくデーモンが襲ってくるなんて・・・。)

    一つの死体は、体に三本の切り傷が縦に走っておりその傷は深く肉体をえぐっていた。

    後の死体は、何か魔法を食らったのだろう肉がこげる匂いがしていた。

    (とりあえず、俺式で悪いが冥福を祈ってるぜ。)

    バニッシュは、死体に向かって胸に手を当てて祈った。

    この祈り方はとある部族の祈り方で、バニッシュが気に入っている祈りかただ。

    数秒祈ったあと、更に後をつけようと走り始めたら前方から男の悲鳴が聞こえてきた。

    バニッシュは、悲鳴を聞くとその方向へ向かって全速力で駆けて行った・・・。


    バニッシュがその場所にたどり着くと、そこには無数の人間の死体と

    傷つきながらも戦士風の男に止めを刺しているデーモンの姿があった。

    そのデーモンは、手が鉤爪のようになっており背中から羽が生えて

    顔は、醜悪にゆがんでおり頭には角が生えていた。

    (!!、デーモンの中位種だって!?)

    思わず、そう叫んでしまいそうになったバニッシュだった。

    それもそのはず、下位種のレッサーデーモンだって

    普通に勝つには数人でなければ難しい。

    中位種のデーモンに至っては達人に近いレベルの集団で戦って

    ようやく勝てるレベルである。

    バニッシュは、自分の力にそこそこの自信があったが、

    たった一人で中位種のデーモンに勝てると思うほど自惚れてはいない。

    死んでいる人には悪いがとっとと逃げようと思って回れ右をしようと思ったら

    自分の視界の端に、少年がいるのを見つけてしまった。

    (何故こんなところにガキが!?)

    少年は、ガクガク震えながらデーモンを見ている、目に涙を浮かべながら。

    あれでは、まともに動く事も出来ない。

    それにデーモンも少年を殺そうと歩み寄っていく、

    この時、すでにバニッシュの頭の中に逃げると言う言葉は無かった・・・・。

    「うおぉぉぉぉぉぉ!!」

    腰にさしてあった愛用のブロードソードを抜き雄叫びを上げながら突撃した。

    完璧に少年のほうに気を向けていたデーモンは回避するのが遅れてしまい

    上段からの一撃を太ももに受けてしまった。

    グギャァ!!

    叫びながらも、バニッシュに向かって鉤爪を振り回す。

    その一撃を、剣で受け流しながら傷つけた太ももに前蹴りを当てる。

    苦痛に気がそがれた瞬間に再度、大きく剣を振りかぶって斬り付けようとするが、

    「!!」

    何かを察知して、転がりながらその場を離れるその一瞬後

    ゴバァァァァ!!と、デーモンの口から炎が吹き荒れた!!

    あの炎をまともに食らっていれば楽に死ねるであろうことは間違いなしの一撃だった。

    グルルルルル・・・

    デーモンは低く唸り声を上げながらこちらを睨んでいる、

    (参ったねぇ、行動を抑えたのはいいがこれじゃあ迂闊に近づけねぇよ・・。)

    バニッシュは、剣を右手にもって左手で何かをいじりながら勝つ方法を考えている。

    デーモンの方は、傷から緑色の血が噴出している。

    かなりの激痛のはずだがバニッシュから注意はそらしてはいない。

    流れる時、バニッシュは腰を深く落してにじり寄っていく。

    そして、左手に持っていた転がった時に拾った石を顔に向かって投げつける!

    ヒュンっと音を立てて飛んでくる石を片手で振り払うデーモン。

    が、次の瞬間もう片方の足にダガーが突き刺さる!!

    グギャ!?

    何が起こったのか分からず痛みに気をそらしたその瞬間を逃さずに

    一気に間合いを詰めて、渾身の一撃を振るう!!

    「セイヤァァァァ!!」

    −−−−−−−−−−−−−

    (よくあんな方法で勝てたと思うよな自分・・・、

     まぁ、ずいぶんと弱ってたから助かったような物だな・・・。)

    ほんの数分前の出来事だったが本当に運が良かったとバニッシュは思っている。

    もし、あれが完全な状態だったら負けていたのは自分だと断言できる。

    そう思い返しながら、目の前の少年に話し掛ける。

    「あーーー、まぁしょうがねぇな、俺はバニッシュって言う冒険者だ。

     お前の名前は・・・ってわかんねぇよなぁ。喋れないんだし・・・。」

    そういって少年の頭をくしゃくしゃと撫でる、それをくすぐったそうにしている少年。

    「うーーん、親とか何でここにいたとか解るか?」

    そう問い掛けると、難しい顔になるが少し立つとなきそうな顔になってしまい

    「ア・・アウウ・・。」

    と、首を横に振る。

    それを見たバニッシュは、少し考えた後明るく振舞って

    「ああ、気にすんな。お前が悪いんじゃあなさそうだしな。

     それにガキは笑ってるもんだぞ!?・・・こんな風にな。」

    そういって、指で口の端をにっこりするように持ち上げる。

    「ああふひははひ。」

    少年が涙顔になりながら笑おうとする、が痛いようでじたばたし始める。

    「お、すまんな。」

    と言って、指を離し腰に手をそえながら

    「それじゃあ、お前は・・・・いや、お前って言うのもなんか嫌だな・・・。」

    何かしようと思ったようだが、少年の事をなんと呼ぶかで悩み始める。

    ああでもない、こうでもない・・・と四苦八苦しながらやがて・・・。

    「よし、お前は名前が無いからナナシと呼ぼう!!」

    と言って、少年・・・いやナナシを指差した・・・・・・・・・。



    この出会いが一つの幕開けとなる・・・・のかもしれない・・・。



引用返信/返信

▽[全レス4件(ResNo.1-4 表示)]
■246 / ResNo.1)  『魔』なりし者 第二話@
□投稿者/ RX -(2005/12/21(Wed) 23:45:34)
    2005/12/21(Wed) 23:46:24 編集(投稿者)
    2005/12/21(Wed) 23:46:19 編集(投稿者)

    第二話 パルセンにて@


    余り人気の無い街道をバニッシュは歩いていた、
    その後ろにはナナシが一生懸命追いつこうとがんばっている。
    そのことに気がついたバニッシュは、少しゆっくりと歩き

    「あぁ、すまねぇな。」

    と言って、ナナシの頭をクシャクシャと撫でる。

    「少し考え事をしていたんだ。」

    バニッシュの考えている事とは、昨日の事である。

    昨日・・・あの事件の後始末をしていた時に気がついたことがあった
    街が近いのにデーモンが単独で表れるのは稀である。
    しかも、馬車が壊されていたと言う事は中身に何か用が会ったのかもしれない。
    それを馬車の護衛達がもって森の中に逃げたが追いつかれ殺されたのは考えやすい。

    しかし、それではあのデーモンが求めていたような物が何も無い。

    気の毒なようだが、死体が何か持っているかも調べてみたが
    路銀や他愛の無い物ばかりだった。
    とすると、一体何が目的でデーモンは馬車を襲ったのだろう?
    あの場所でデーモンが求める物、それは・・・・・・

    「ナナシか?」

    思わずそう呟いてしまった、

    「ん?」

    ナナシがこっちを向いて何か用かと目で訴えてくる。

    「あぁ、いやなんでもない。」

    そういって、頭の中でまさかなと思う。

    きっと、何か用があって森の中へ入ってしまったんだろう。
    そして、あの事件に遭遇してしまったんだろう、
    と、かってに解釈をしておく事にした。

    (何しろ、男の子かと思ってたら女の子だったからな・・・。)

    そう思い、今日の朝方を思い出した。

    −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

    あの後、死体を埋葬していたら日がくれてしまったのでバニッシュは
    小川の近くで一晩野宿をした。
    その翌日、汚れたままだった自分の服や顔、ナナシを少しでも洗う事にした。

    「おい、ナナシ。川でちょっと洗うぞついて来い。」

    そう言って、川の側まできて顔を洗った。
    水は透き通り、晩夏の水は冷たくすがすがしい気分にしてくれる。
    隣にナナシがきて同じように洗おうとしている。
    その時バニッシュは、
    (服も結構ぼろぼろだし、体も泥が結構ついているな・・・、幸い浅いしな。)
    と思い、

    「ナナシ、泥が結構ついてるから洗って来いよ。」

    と言って、服を脱がせ始めた・・・。

    「ん?・・・・・・Oh!My God!!」

    −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

    (俺は悪くないさ、何しろよくわかんなかったんだからな・・・。)
    そう思い、自己弁護をしているバニッシュだった。
    (だいたい、ナナシも反発してくれればいいのになぁ。)
    とか何とか考えていると、ふと思ったことが有る。

    ナナシが、何か秘密を持っているのではないのだろうか?と。

    服を脱がせようとした時に反発しなかったのは慣れているか
    それとも、常識的なことを学ばされていないのではないか。

    ナナシが『何か』関係しているとしたら?
    あの馬車にはナナシが乗っていたのでは?
    護衛が守っていたのは物ではなくナナシなのではないか?
    デーモンは、ナナシを狙っていたのではないか?

    そういえば、普通人を殺す時は抵抗力の少ない者から殺すのが一般的だったような、
    中級デーモンにもなれば知能はかなり高く人間に擬態する事も可能である。
    そのデーモンが恐らくあの中で一番弱い存在であるナナシを先に殺さなかったのには
    何か分けがあるのではないだろうか?

    (・・・・まさかな・・・・)

    そう思い、ナナシを見る。
    ナナシは、まだ小さい。歳は10歳前後だろうか?と思う。
    そんな子が、『何か』に関わっているなどと考えたくは無い。
    子供は元気に笑ってるのが一番だと思う。
    (ナナシも普通の子供だろう、考えすぎか。)

    クシャクシャと頭をもう一度撫でる、

    「ん〜〜。」

    ナナシはうれしそうに目を細める、そしてニコニコと笑う。

    (ま、パルセンについたら教会か孤児院に預けるとするか。
     俺の仕事の報告ついでに、教会に掛け合って保護してもらおう。)

    そんな事を考えながら、小高い丘を登りきると海からであろういい風と潮の匂いがした。
    そして、大きな街が見え始めた。

    「お、ようやくついたな。あれがパルセンだぞ。」

    そういって、街に向かって歩いていった・・・。





引用返信/返信
■251 / ResNo.2)   『魔』なりし者 第二話A
□投稿者/ RX -(2006/01/10(Tue) 21:11:21)
    2006/01/10(Tue) 21:11:50 編集(投稿者)

    第二話 パルセンにてA

    |港町パルセンは、アヴァロン帝国北方に位置して第二の帝都と呼ばれるほど大きい街
    |だ。                                    
    |港からはヴァルフダリス共和国や東方諸国連合に行き来する大型商船や客船が   
    |ずらりと並んでいる。                            
    |また、冬になるとオーロラを見ることができ、南方からわざわざ見に来る人もいる。

    ガイガイワヤワヤ

    といった擬音が似合う大通りをバニッシュは歩いている。
    横ではナナシがバニッシュの袖をつかんではぐれないように必死になっている。
    そのまま歩いていき街の中央広場付近に着くとバニッシュは立ち止まった。
    (あーっと、教会はどこだ?)
    きょろきょろと見回しては見るが、それらしい建物は見当たらない。
    「教会なんてのは街のど真ん中にあると思ったんだがなぁ。・・・仕方ない。」
    そう言うと、ナナシを広場の花壇の側にあるベンチに座らせた。
    「ちょっと待っててくれよ?」
    と、ナナシに向かって言って自分は近くにいる人物に聞き込みに行った。


    「あの、すまないけど場所を教えてくれないか?」
    できるだけ綺麗な敬語を使ったつもりで俺は近くにいた人に聞いてみた。
    俺が話し掛けたのは現地民であろう恰幅のいいおばちゃんだ。
    「あら?結構いい男じゃない。何でも聞いとくれよ。」
    がはは、と威勢良く大きな声で笑っているおばちゃんだったが
    「有難う。教会を探してるんだが・・・?」
    俺が教会を探していると聞くと笑い声が止まった、そして、
    「・・・、あんたの探してる教会ってのは、どっちだい?」
    と俺の身なりや格好をじろじろ見ながら聞いてきた。
    「どっちって・・・、教会だよ。二つもあるのかいここの町は?」
    といって、俺は首をかしげた。
    (確か、依頼者の話では教会としか言わなかった、
             二つもあるなんて言って無かったよな?)
    仕方なく俺は、じろじろとこっちを見てくるおばちゃんに
    バックパックから依頼書を取り出して確認させる事にした。
    「ほら、この名前の人の方の教会だよ。
         ジェラルド=カスター神父って読むんだよな・・・、コレ?」
    自分で呼んどいてちょこっと不安になったりもしたが・・・。
    おばちゃんは名前を聞くとまたがははと笑い始めた。
    「ははは、すまなかったよ。カスター神父のほうだったのかい。」
    そう言って、背中をバンバンと叩いてきた。痛いんすけど・・・。
    「そうかぁ、カスター神父のほうかい・・・。よし、私が案内したげるから着いてきな!」
    そういうとくるっと背を向けて西のほうへ歩き始めた。
    「ちょっ、ちょっと待ってくれ!連れを呼んでくるから・・・っておお!?」
    そう言ってナナシを迎えに行こうとしたら後ろにナナシがいた。


    「なな、おおおお前何時から居たんだ?」
    俺がそういうと、先に行ってたおばちゃんが戻ってきて
    「何時からって、最初からあんたの後ろにいたよ?」
    と言って来た、はぁと溜息をつく俺
    「ちゃんと座ってろって言ったろ?」
    と、しゃがんで目線を合わせて少し怒った感じで言う。
    「あ・・、うう・・・」
    するとナナシは目に涙を浮かべて何度も頭を下げてくる、
    (参ったな、そこまで怒っちゃいないんだがな・・・。)
    「何いってんだい!あんたが悪いんだろうに!!」
    と、いきなりおばちゃんが怒ってきた。何故に?
    「知らない街で一人ぼっちにされちゃあ可哀想だし、不安に決まってるじゃないか!!」
    俺に向かって指を突きつけながら大きな声で怒鳴ってくるおばちゃん。
    (ああ、道行く人が何事かと俺を見ている・・・・。)
    「聞いてるのかい!!とにかくその子は何も悪くないよ!!」
    何故におばちゃんに怒られるのかはわからないが確かにナナシは悪くないと思い
    ナナシに向かって謝り始める俺。
    「そうだな、確かに俺が悪かった・・・。それに本当は全然怒ってなんかいないからな?」
    と言って、ナナシの頭をクシャクシャと撫でて、目じりに溜まった涙をふき取る俺。
    「な、悪いのは俺だから元気出せよ?」
    そう言って最後にぽんぽんと頭に手を乗せて立ち上がりおばちゃんに礼を言う。
    「なに、気にすることは無いさ。色々辛いんだろうけど子供に当たっちゃダメだよ。」
    と、またがははと笑うおばちゃん。
    確かにそうだなと思い深く頷く俺。
    「うんうん、こんなおばちゃんの言う事だけど・・・。」
    と言って、俺の背中をまたバンバンと叩いてくる。
    「頑張りなよ、お父さん。」

     ・・・・俺そんなに老けてますか?おばちゃん・・・・。




引用返信/返信
■265 / ResNo.3)   『魔』なりし者 第二話B
□投稿者/ RX -(2006/04/16(Sun) 22:37:02)
    そこは寂れた寂しい場所だった。
    教会らしい形にはなっているが壁や窓は朽ち果てている部分もある。
    しかし、そんな教会のすぐそばには真新しい建物が建っている。
    その新しい建物を指差しながらおばちゃんは

    「神父様は自分のところに孤児を集めてる人でねぇ。
         孤児院を作るために教会のお布施を使っちまってね・・・。
             ああ、お布施といっても大司教個人の物だよ?」

    そこまでおばちゃんは言うとはぁ、とため息をついている。
    ため息をついているが、その顔は晴れやかである。

    「ま、それが元で破門とまではいかないが
               あっちの教会には居られなくなってねぇ。
          それで、廃屋寸前のこの家を教会に改造して使ってるんだよ。」

    (そのほうが神父らしいんじゃあないのか?)

    俺がそう思ったとき、教会の扉が開いて中から子供たちが数人駆け出してきた。
    子供たちはみずぼらしい格好をしているが顔は生き生きと輝いている。

    「あ、おばちゃん!!今日もお菓子くれるのぉ?」

    と言っておばちゃんの周りを走り回っている。

    「ああ、すまないね、今日は違うんだよ。神父様は今いるかい?」

    子供の頭を撫でながら話をしているおばちゃん。


    ふと、自分の服の裾が引っ張られているのに気づく。

    「ん?」

    見れば、ナナシが俺の服を強く掴んでいる。
    ナナシは俺の服の裾を掴んで離さない。
    この孤児院においていこうかと考えていた俺だが、
    俺になついているナナシをこのままおいていくのはかわいそうに思えたてきた。


    「そうかい、ありがとうよ。
        ・・・ちょいと、お前さん?中に居るそうだから渡してきなよ。」

    子供たちとの会話が終わったおばちゃんが俺に話しかけてくる。
    その後、ナナシのほうに目をやり

    「この子はどうするんだい?一緒に連れて行くのかい?
               ・・・何なら私が見ててあげようか?」

    そういわれ少し考える。
    もしここにナナシを置いていくのであれば神父との交渉にナナシは連れて行かないほうがやりやすい、
    しかし一方的過ぎるような気もしてくる。
    そんなことを考えていると俺の服を掴むナナシの手がいっそう強く握られた。

    「・・・・・・。」

    ナナシは俺の目をじっと見つめている、

    「ナナシ・・・・。」

    黒い瞳は瞬きもせずにじっと俺を見続けている。
    その瞳は感情を映し出していないように見える。
    しかし、俺の服の裾を握っているナナシの手は感情を表している。

    「・・・一緒に連れて行きますよ。」

    俺はそう答えるとナナシの手を強く握った。

    「・・・そうかい。ま、この子を泣かせるような真似はするんじゃないよ?」

    そういっておばちゃん手をひらひらと振って去っていった。


    なかなかカッコいい去り方だと思った・・・。

引用返信/返信
■269 / ResNo.4)   『魔』なりし者 第二話C
□投稿者/ RX -(2006/05/13(Sat) 23:25:39)
    教会の中に入ると外見どおり中は寂れていた。
    古ぼけた机やオルガン
    ところどころ破けている絨毯
    しかし、そんな状態なのに一種の爽快感がある空間だった。

    その中央、大きな十字架の下で神父服を着た大柄な男性がひざまずいている。
    時折彼のつぶやく言葉が聞こえる。

    「偉大なる神々よ。われら許されざる子らに大いなる祝福を・・・」

    近づくと神に熱心に祈っているようだ。
    邪魔するのも悪いと思い終わるまで待つことにする。

    「おお、偉大なる母よ。
       恵まれぬ我等に祝福を。
        特に孤児たちに、いや主に孤児たちに、っていうか孤児たちに。
         金持ちには神の怒りを!!
          ついでに我が教会にもっと祝福を!!」

    (は?)

    思わず口が開いて目を大きく開いてしまう。
    ・・・こいつほんとに神父か?

    「おお、全能なる神よ!!
      私に髪とお金と嫁を下され!!」

    最後の方は涙ながらに絶叫している。

    (・・・どうやら入る場所を間違えたようだ。)

    くるりと反転しナナシを引き連れて出口めざしてGO!!

    「おや?なにかごようですか?」

    反転した俺の眼前にさっきの神父の分厚い胸板が飛び込み、

    「のわぁ!!いつの間に回りこみやがった!?」

    と、思わず大声で叫んでしまった。
    その俺の質問に神父はやけに高い笑い声で

    「HAHAHA、神への愛と歳の功かな?」

    と、のたまいやがった。

    (・・・いけないこいつは変人だ、
             それもとてつもなく!!)

    さっさと依頼を片付けてナナシとともにここから去ろうと思った
    (流石にこの変人にナナシを預ける気にはなれなかった。)

    「いやぁ、ここにカスター神父が居られると聞いて来たのですが・・・、
             どうやら不在のヨウデスネ?。」

    一縷の望みにかけてこの変人が神父ではないことに賭けて聞いてみる。
    が、

    「おや?カスターは私ですが?」

    にこにこ笑いながらそう問いかけてくる自称カスター、

    「神は死んだ・・・。」

    俺は思わずそうつぶやいてがっくりとひざを落とした。



    「失敬な!!髪は死んでませんぞ!!」


    ・・・・・・馬鹿め。



    〜後書きという名の文章〜
    今回から後書きを取り付けてみることにしました♪

    ようやくここまで書き上げれました。
    書き上げたといってもすごく短いです・・・(汗
    しかもまだ二話の途中・・・(汗汗
    ・・・とりあえず、待ってくれていた人有難う(居るのか?)

    まだまだ、仕事や新生活に慣れていないので更新が
    不定期でしかも遅くなってしまいます。
    ほんとに申し訳ないです。
    しかし、これからもがんばって逝きたいのでがんばらせてもらいます。

    以上RXでした。

引用返信/返信

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■14 / 親記事)  捜し、求めるもの
□投稿者/ ルーン -(2004/11/06(Sat) 23:57:59)
     パチパチ……
     火にくべた小枝がはじける音がする。
     空はもう夕闇に染まり、仕事をして外出していた人も家路に着く時刻である。
     そんな時刻に、まだ少女といって差し支えない年頃の少女が、ただ一人で森の開けた場所にいた。
     こんな時刻に、少女がこんな所に居る所を見れば、旅人か……それとも人には言えない事情の持ち主か。
     だがどちらにしろ、まだ幼い少女が一人で居ていい場所でも時刻でもない。
     近隣に都市が在るとは言え、旅人や商隊を狙う盗賊が何時現れても不思議ではないのだ。
     ただその少女には、そんな事を恐れている節は見当たらなかった。

     そんな少女は、歳の頃は十五六歳、真紅の髪に真紅の瞳を持つ美少女とも言っても過言ではない容姿だった。
     少女の名を『ユナ・アレイヤ』と言った。
     ある特定の人たちには、畏怖と羨望でもって名前を呼ばれる。
     曰く、15歳にして炎系統の全ての魔法を習得した天才少女。
     曰く、炎に愛された少女などなど、彼女を取り巻く評価は様々である。
     本来ならば魔法学園を卒業後は、王宮に仕官するのが当然であり、又、学園の者達も事実そう思っていた。
     だが彼女は、王宮からの仕官の話を謝絶し、故郷に帰った。
     だが故郷にいざ帰ってみれば、一つの問題が発生していた。
     その為にユナは、旅に出ることを決心したのである。

     パチパチ……
     「火は……嫌い……」
     焚き火の炎をじっと見つめていたユナが、突然ポツリと漏らした。
     「だって、私のお母さんとお父さんを殺したから……。でも……、炎は好き。だって、義兄ちゃんとの絆の証だから」
     相反したことを口にしながら、ユナは此処ではない何処かを見つめている様子だった。

     そんな時である。
     ガサガサ―――
     木々が擦れる音と共に、十数人の見るからに盗賊と言った格好をしている男たちがユナの前に姿を現したのは。
     「お、本当に女の一人旅じゃねぇか」
     盗賊の頭目らしき人物が傍らにいた手下にそう言った。
     「へへへ、だから言ったでしょう? 女で一人旅をしている絶好の得物がいるって」
     どうやら、この手下がユナを見かけて仲間達に報告したらしい。
     「ああ、しかもかなりの上玉だな。こりゃあ、売ればかなりの儲けになるな。お手柄だぜ」
     頭目の褒め言葉に手下は、低頭することで応えた。
     「ですがお頭、売っちまう前に、まずは俺達で楽しみませんか?」
     別の手下が、ユナを見ながら進言した。
     「あん? そうだな……売値は下がっちまうが、そん位の役得はあってもいいかもな」
     頭目はユナの全身を舐めるように見回すと、ゴクリと唾を飲み込みながら言った。
     まだ多少幼さは残るが、ユナは間違いなく美少女であり、体付きもそう悪くなかった。その為、盗賊達の欲情を掻き立てるには十分だった。
     その言葉を聞いた手下たちは、顔満面に喜色の表情を浮かべると、卑猥な笑い声を口々に上げた。
     そして盗賊達は、ユナに恐怖を与えるかのように、態とゆっくりと近づいてきた。
     そんな状況にも関わらず、ユナは依然として焚き火の炎を眺めていた。
     そんなユナの様子を盗賊達は、自分達に恐怖してまともに動けないのか、それとも現実を拒否していると都合のいいように解釈した。
     じりじりとユナに近づいた盗賊の一人が、もう我慢が出来ないとでも言うように、ユナに向かって飛び掛った。

     そして、それが起こった。
     ユナに飛び掛った盗賊が、突然何もない空中で弾かれたかと思った瞬間に、炎に包まれたのだ。
     炎に包まれた盗賊は、微かに焦げ臭い匂いを放ちながらも、ピクピクと動いている辺り、どうやらかろうじて生きてはいるらしい。
     「な、何だ!? 今のは!?」
     異常な事態を目撃した盗賊達は、突然な事に動揺をし始めた。
     「うろたえるなッ! バカが一人犠牲になっただけだ!!」
     流石は頭目と言ったところであろうか。たったそれだけの言葉で、仲間の動揺を押さえ込んでしまった。
     「そうか……てめぇ、魔法使いだな? ちっ、どおりで女が一人で旅なんかしているはずだ」
     目の前の異常な出来事を魔法によるものと即座に推測した頭目は、忌々しそうに口にした。
     その頭目の言葉によって新たに手下達に動揺が走るが、たったひと睨みしただけでそれも押さえ込んでしまった。
     「だがよ、聞いた事があるぜ? 魔法使いが使う魔法はよぉ、呪文を詠唱しなくちゃならねぇ。でもって、あんたがさっきから俺達の方も向かないのは、呪文の詠唱をしているからじゃねぇのか? ってことわだ、俺達が周りを取り囲んで、一斉に襲い掛かれば対処しきれねぇよな」
     ゛くっくっく"と最後に嘲りの笑みを浮かべる頭目。
     そんな頭目の余裕の態度を見て取ってか、手下達も再び喜色の笑みを浮かべながら、ユナを囲む為に散った。

     今度は一斉に飛び掛る為に、頭目の合図を待ちながら慎重に摺り足でユナへとにじり寄って行く。
     頭目はさっと手を挙げ、そして挙げた手を振り下ろした。
     頭目の合図に、手下達は一斉にユナへと襲い掛かった。
     そして頭目はこの先に起こる未来図を予測してか、口を嫌らしく歪めた。
     ユナにしてみれば、絶望的な全方位からの一斉攻撃に対抗手段はないかと思われた。
     事実、ユナの顔には緊張と恐怖の色が浮かんでいた。

     しかし―――

     どがぁぁぁぁ……ん

     耳を覆いたくなるような爆音が辺りに響いた。
     ユナへと襲い掛かった盗賊達は、またもや空中で壁が在るかのごとく阻まれ、その身に炎を纏いながら吹き飛ばされた。
     それは木に登り、木の上からユナを狙おうとしていた盗賊も例外ではなかった。
     ユナへと襲い掛かった全ての盗賊が吹き飛ばされ、焦げ臭い匂いを放ちながら、ピクピクと細かい痙攣を繰り返した。
     「な……に……?」
     あまりな出来事に唖然とした声を出すしかない頭目。
     盗賊達で五体満足で残っているのは、ユナへと襲い掛からなかった頭目ただ一人だけだった。
     そんな頭目へと、視線を向ける者がいた。
     ユナである。
     しかしユナの表情には、先程まで浮かんでいた緊張や恐怖の色はなかった。
    ただただ、冷ややかな視線だった。
     「教えてあげる」
     「何・・・・・・?」
     突然のユナの声に、訳が分からずに戸惑いの声を上げる。
     「何故、こんな結果になったか分からないのでしょう? だから教えてあげるって言ったの」
     いっそう晴れやかと言っても過言ではない顔をしながら、数歩頭目の方へと近づく。
     「答えは簡単なのよね。私が立っている爪先の地面をよく見てみなさい」
     その声に釣られるよにして、盗賊の頭目はユナの爪先がある地面を注意ぶかく探った。
     すると―――
     「何だ……それは……?」
     ユナが爪先で指し示した地面の先には、何やら文字らしきものが描かれていた。
     文字を目で追ってみれば、焚き火を中心として、半径2.5mの円形状にびっしりと書き込まれていた。
     「これはね、魔方陣って言うの。魔法には大きく分けて二種類の使い方があるの。一つ目は貴方が言ったとおりの、呪文を詠唱して発動するタイプの魔法。もう一つが、魔方陣によって発動する魔法。どちらも一長一短の特徴があるけどね。こういう野営時には効力が持続して、自動的に展開する魔法陣型の魔法が便利だけどね」
     まるで教師が生徒に教えるような態度で話すユナ。
     「なっ!」
     自分が知らなかった魔法の事実に、思わず驚きの声を上げる。
     それも無理はない。
     所詮は魔法を聞き齧った程度の素人と、炎限定とは言え、魔法を極めたエキスパートとの差である。
     「で、何で態々こんな事を一々説明してあげるかと言うと・・・・・・」
     そう言ってユナは、両方の手に炎を宿らせた。
     「これから死んで逝く、貴方達への冥土の土産ってやつね」
     ニッコリと笑いながら事も無げに簡単に言い放ったが、これは事実上の死刑宣告であった。
     ユナが笑顔で言って来た事も重なり、事態が上手く飲み込めなかった頭目だったが、漸くユナが言った言葉を理解したのか、その顔が紛れもない恐怖で歪んだ。
     「まっ・・・・・・」
     慌てて命乞いをしようとしたのも既に遅く、ユナが放った炎の魔法は、頭目と虫の息の手下達を無常にも飲み込んだ。
     「命乞いなんて無様だよ。貴方達は私を襲ったんだから、殺される覚悟ぐらいしておきなさいよね」
     消し炭の一欠けらも残さずに燃え尽きた盗賊達に、同情の一欠けらも見せないで言い切った。
     ユナはふと星が輝く夜空を見上げた。
     「義兄ちゃん、義兄ちゃんは今どこにいるの?」
     先程、盗賊達を無慈に焼き殺したユナの表情とは違い、その瞳は儚く憂いを帯びた瞳だった。

     ユナの義兄は、ユナの魔法学院の入学費や授業料、生活費などその他もろもろを稼ぐ為に、大都市へと出稼ぎに赴いたのだ。
     無事ユナが学院を卒業した事もあって、出稼ぎ先から生まれ故郷へと帰郷しようとした義兄が、一つのハプニングを起こしたのだ。
     故郷に行商へ来るはずの商隊に乗せて貰わずに、徒歩で帰ると言い出したのだ。
     何でも、景色を眺めながらのんびり歩いて帰りたいと言うのが理由らしかった。
     商隊の方も、直線距離で20kmと比較的近くだった為に、特に止めなかったらしい。
     義兄は剣の腕は確かだ。
     その為に、帰郷の途中で盗賊等に襲われて殺されたとはユナは微塵も思っていなかった。
     それなのに何を心配する必要があるかと言えば、ユナの義兄は方向音痴なのだ。
     それも、生まれてからずっと暮らしてきた筈の故郷で道に迷うほどの。
     ちなみに出稼ぎ先は、住み込みであった為に迷う事は殆どなかったらしい。
     そして帰郷してその事を知ったユナは、その日の内に今度は義兄探しの旅に出る羽目になり、現在の状況にいたったのである。
     「義兄ちゃん……」
     寂しさが混ざった声音でポツリとそう漏らすと、ユナは明日に備えて寝袋へと潜り込んだ。




     その頃の義兄はと言えば―――

     空さえも見えないほど木々が生い茂った森の中、一人の男がポツンと立っていた。
     「此処は……一体何処だ……?」
     義妹の心配の通り、確りと道に迷っていた。



     現在の義兄の位置―――
     故郷から直線距離で96km
     果たして義兄は、無事自力で帰郷できるのか!?



     ―――続く……のか?
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▽[全レス12件(ResNo.8-12 表示)]
■209 / ResNo.8)  捜し、求めるもの 第四幕
□投稿者/ ルーン -(2005/05/01(Sun) 22:07:27)
    2005/05/02(Mon) 22:41:47 編集(投稿者)
    2005/05/02(Mon) 22:40:44 編集(投稿者)

     「ここが、この屋敷の制御部ね」
     ユナがそう声に出したのは、他の部屋の扉と違う、鉛色をした頑丈そうな扉を見つけた時だった。
     そもそもユナが何故、屋敷の探索をしているのかと言えば、時は少し遡る―――



     「……う、ふわぁ〜」
     起き抜けで気の抜けた声を出しながら、ユナは上半身を起こし、体をほぐした。
     ベットの傍らでは、キリが蹲っている。
     昨夜ランスと戦闘を終えたユナは、キリを伴って風呂を探し入浴を済ませた後、数少ない変えの服に着替えていた。
     それと言うのも、屋敷に着くまでの戦闘や、ランスとの戦闘によって、今までユナが着ていた服には、ユナ自身の血や相手の返り血がこびり付いているうえに、幾多の激しい戦闘によって、服自体がボロボロになっていたからだ。
     風呂から上がったユナは、適当に部屋の扉を空けて、ベットの在ったこの部屋で一夜を過ごしたのである。
     ユナは疲れが完全には抜けきっていない体に鞭打ち、ベットから起き出すと、部屋に備え付けてあった洗面所へと向かうと、顔を洗った。
     そうして顔を洗い終える頃には、ユナの頭も完全に覚醒していた。
     「食事を終えたら、さっさとお義兄ちゃんを探しに戻るわよ」
     そう毛繕いをしていたキリに言うと、ユナは簡素な保存食をバックから取り出して、一人と一匹の簡素な朝食は始まった。
     だがしかし、一人と一匹の間には食事中には何も会話は無かった。
     それと言うのも、何も二人の間が仲が悪いと言うわけではない。
     ただ単に、二人とも食事中に会話をする意味を見出せなかっただけで、必要と在れば食事中にも会話はする。
     静かに食事が進み、
     「ふぅ〜。ご飯も食べた事だし、それじゃあ行きますか」
     そういって身繕いを終えたユナが立ち上がり部屋の外へ出ると、音も無く立ち上がったキリが無言でユナの後へと続いた。



     「……何これ? いったい何がどうなってるの?」
     唖然としたユナの声が玄関ホールに響いた。
     ユナの傍らに居るキリも、声には出してはいないが、その表情は驚愕に満ちていた。
     それと言うのも、昨日この場所で激しい戦闘を繰り広げた為に、玄関ホールは滅茶苦茶な状態だった。
     それが何故か、一晩経って再び玄関ホールに来てみれば、何故か奇麗になっていたのである。
     ただ奇麗になっていただけではない。
     ランスの放った衝撃波によって、粉々になった筈のシャンデリアは、何故か今はキラキラと傷一つ無い状態で、綺麗にユナの頭上で輝きを放っていた。
     それだけではなく、ユナが消滅させた床も何もかもが元通りになっており、まるで昨夜の戦闘が夢か幻だったかのように、玄関ホールには戦闘の痕跡がまるでなかった。
     仮に第三者に、この場所で昨夜激しい戦闘があったと言っても、誰も信じる者はいないだろう。
     それ程までに目の前の玄関ホールは、ユナが昨夜初めて目にした時と同じ奇麗な状態だった。
     暫く考え込んでいたユナだが、
     「お義兄ちゃんを探すのが一番重要だけど、魔法使いとしてはこの状況の原因を知りたいわね……」
     ユナもそうだが、総じて魔法使いと言うのは、科学者や考古学者と同じく、知的好奇心の固まりな者が多い。
     ただの古代遺跡としての屋敷なら、ユナも此処までは興味を持たなかった筈だが、一夜にしてあの戦闘跡が元通りになると言う、異常事態を目にしては、流石にユナの好奇心と興味を引かずにはいられなかった。
     そもそも、
     「まぁ、もしかしたら、お義兄ちゃんを探す便利なアイテムが在るかもしれないしね」
     と、何処までも義兄に関する行動を起こすユナだった。



     ユナが知る筈も無い事だが、故郷の人はそんなユナを見ては、極度のブラコン娘と思っているのは周知の事実であり、そんなユナが義兄に対して恋心を抱いているのも、それを感づきもしない義兄と自覚していないユナを除いては、公然の秘密であった。
     故郷の人曰く、「あの兄妹は頭は良いが、どこか抜けている天然系」と言うのが、二人に対する思いだった。



     まずユナは、昨夜行われた数箇所の戦闘箇所を、順次確認する事にした。
     これは、破壊された場所が修復されるのが、この玄関ホール一箇所だけなのか、それともこの屋敷全体に及ぶ現象なのかを確認するためである。
     ぐるりと昨日、ランスとの戦闘で通った廊下を歩いてみたが、結果は全て修復されていた。
     それも、床に散らばった壁などの破片も奇麗に片付けられており、調度品なども奇麗に修復されていた。
     コレには、流石のユナも頭を悩ませた。
     どんな職人だろうとも、たった一晩で、あの惨状を奇麗に片付けられるとは思えないからだ。
     と其処で、ユナはある一つの可能性に思い至った。
     「森の霧と言い、私を惑わすほどの幻術を常時発動させる機能があるなら、屋敷を復元する機能が在ってもおかしくないわね」
     其処まで考えたところでユナは、目を瞑り思考の海に潜った。
     時間にして5分も経ってはいないだろう。
     ユナは閉じていた瞼を開き、
     「やはり森充に満ちている魔力は、この屋敷を中心として、まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされてる……。と言う事は、それらの機能を制御する装置か何かが、この屋敷に設置されている可能性が高いわね。それを見付ける事が、この不可思議な現象を解決する一番の近道ね」
     そう言ってユナは、この屋敷の制御部を探す為に、屋敷の一部屋一部屋を確認する為に歩き出した。
     そして物語は、冒頭の場面へと進む。



     「う〜ん……、扉はあるけれど、ドアノブも取っ手もないんじゃ、いったいどうやって開けるのかしら?」
     うむむ……。と唸り、考え込むユナだったが、扉がある横の壁に、何やら溝があるのを見つけた。
     「ん? 何かしらこの溝……」
     身を屈め、溝を覗き込む。
     「何かを入れるのかしら? そうするとこの形……手を入れるのかしらね」
     ユナが覗き込んだ溝には、確かに手形のような窪みがあり、高さも丁度手を入れやすい高さだった。
     「あからさまに怪しいわね。……罠、という可能性も捨てきれないけど……。ええい! 悩んんでいても仕方が無い。罠だったら罠で、それを噛み千切るのみ!! 女は度胸! 前進よ、前進!!」
     そう言ってユナは、キリが唖然とした表情を浮かべているのを尻目に、無造作に右手を溝へと差し込んだ。
     すると溝が一瞬光った。
     「何!? 何なの!?」
     溝から素早く手を引っ込めて、ユナは辺りを警戒した。
     キリも油断無く辺りを警戒している。
     一分、二分と警戒していたが、特に異変は起こらなかったので、ユナたちは警戒を解いた。
     そして、まるでユナたちが警戒を解くのを待っていたかのようなタイミングで、どこからともなく声が響いた。
     「……現在状況確認開始……状況確認終了。現在とう屋敷のマスターは不在。種族、人間。性別、女。魔力測定値、規定値クリア。貴方を仮のマスターと承認します。ようこそいらっしゃいました。私はこの屋敷を司る人工精霊クロノです。詳しい事は目の前の扉を開け、階段を下りた先にある制御ルームでどうぞ……」
     そう言うと、人工精霊クロノは沈黙した。
     「ドウスルノダ、主ヨ?」
     ユナに聞くキリだったが、ユナは不敵な表情を浮かべ、
     「さっきも言ったでしょう? 女は度胸! 前進よ、前進! それに、よく言うでしょう。虎穴に入らずんば虎子を得ずって」
     ユナは呆れた表情のキリを引き摺るように、地下への階段を下りて行く。



     「これは……凄いわね」
     自然とユナの口から零れた言葉。
     だからこそ、ユナの衝撃度が窺い知れる。
     ユナが今いる部屋は、玄関ルームなどと比べたら素っ気のない小さな部屋だったが、ある意味で玄関ルームとは比較にならないほどの衝撃をユナは受けていた。
     見れば椅子が一脚あり、その目の前には、森の様子に屋敷の庭に、屋敷の内部の様子が映っていた。
     今ユナが目にしているのは、モニターとそれを操作する制御パネルである。
     どういった仕組みかはユナには理解できなかったが、遠見の魔法か、監視の魔法に近い効果をもったアーティファクトと推測した。
     もっとも、「性能と精度が桁違い」と思ってはいる。
     「っで、来たけど私はどうすればいいの?」
     ユナは虚空に向かって、正確には、今もユナを監視しているであろう人工精霊クロノに質問を投げかけた。
     「ようこそいらっしゃいました。まずはその椅子へ腰をおかけください」
     クロノの声に敵意を特に感じなかったユナは、躊躇せずに椅子へと腰掛けた。
     「それで? 詳しく説明してくれるんでしょうね?」
     「Yes,まず私は、マスターの言う古代魔法文明期に作られた人工精霊クロノです」
     「ちょっとまって、さっきも言ってたけど、人工精霊って……古代魔法文明は、人工的に精霊を作る事に成功していたの!?」
     「Yes,もっとも、自然界に存在する精霊とは、多少存在の仕方などが違いますが」
     驚愕の声を上げるユナだが、それも無理は無かった。
     精霊というのは、基本的に自然界が生む、自然の意思とも呼ばれる存在である。
     もともと精霊という存在を確認できたのは、最も精霊に近い種族の一つであるエルフが、精霊魔法と言うのを行使しているからだ。
     未だに精霊という存在の発祥や生態などは、神秘のヴェールという多くの謎に包まれている。
     それなのに、古代魔法文は人工的に精霊を作ったという。
     それは最早、神の領域と言っても過言ではない。
     そして、現在までにユナが知る限りでは、人工精霊などは発見されていない。
     今ユナが目にしているのは、世界的大発見。その言葉が当てはまる発見だ。
     研究機関に報告したら、多額の報酬を貰えるか、口封じをされるだろう。
     だが今はそんな事を考えても仕方は無い。
     ユナは他に気になる事を聞いてみる事にした。
     「私を仮のマスターと呼んだけど、私の前のマスターはあの吸血鬼のこと?」
     ユナは、昨夜滅殺した吸血鬼の顔を思い浮かべながら聞いた。
     「情報検索開始……検索終了。いいえ、違います。私の以前のマスターは、マスターの言う古代魔法文期の人物です」
     「じゃあ、あの吸血鬼は何なの? なんでアイツはマスターじゃなかったの?」
     「情報を整理したところ、マスターの言う吸血鬼は、私の機能が凍結している間に、勝手に住み着いていた人物です。また、私のマスターになるには、設定されている条件をクリアしている必要があります」
     その言葉にユナは眉を顰める。
     「じゃあアイツは、ただの不法侵入者ってこと? 私も人の事言えないけど……。それに、マスターになる条件ってなに?」
     「マスターになる条件は、大きく三つです。
     一つ目は、私のマスターが不在かどうかです。不在と言うのは、この場合、死亡ということをさしています。
     二つ目が、種族が人間であるかどうかです。例の吸血鬼は、純粋な人間ではなかったので、私のマスターになる資格が無かったのです。
     最後に三つ目ですが、魔力の強さがある一定の既定以上あるかどうかです。その点は、マスターは余裕でクリアしています」
     「なるほどね……。それじゃあ、今私は仮のマスターなのよね? 完全なマスターになる為に必要なことと、なった時の利点と欠点は?」
     「私の真のマスターになるには、貴方の血を少し貰います」
     その言葉と共に、ユナの目の前にある制御パネルの一部スライドし、受け皿のような物がせりあがった。
     「そこに貴方の血を一滴垂らして貰えれば、契約は完了します。それと、私と契約した事による利点と欠点ですが、利点の方は、屋敷にある全ての品が貴方の物となります。欠点と言うのは特にありませんが、しいてあげるなら、年に数度この屋敷に来て貰う事ですかね。来て貰う理由としては、マスターとなった者の生存の確認と、体の健康チェックが目的です。以上です」
     クロノの言葉に考える素振りをしながら、考えを纏める為に口に出して言う。
     「そうすると、私はマスターになるだけで、古代魔法文期の遺産を貰える上に、セカンドハウスも手に入るわけだ。それに欠点らしい欠点はないわね。しいてあげれば、何度もこの屋敷に来なければならない手間があるから、遠くの地方にはいけないことか……」
     考え込むユナに、クロノは意外な事を言った。
     「いいえ、それほど手間は掛かりません。マスターになれば、転移機能が使えます」
     「転移機能?」
     「はい。転移機能とは、マスターが一瞬で私の場所に戻って来る為の装置と、マスターが行きたい場所に行ける機能です。ですが後者は、以前―――つまりは古代魔法文期とは地形や都市の位置が違っている為に、現在は完全には使用できません。使用できるのは、マスターが行った事のある場所だけになります」
     「……それは、便利なんだか不便だかわからないわね。でも……貴方と契約した方が得るものが多いか。わかったわ、契約しましょう」
     ユナはリュックの中から小型のナイフを取り出すと、右の人差し指を軽く切り、血を一滴受け皿へと垂らした。
     傷その物は小さかったので、治癒魔法によって直ぐに治った。
     「……遺伝子解析……解析終了。続いてマスター登録準備開始……準備終了。貴方のお名前をお聞かせ下さい」
     「ユナ・アレイヤよ」
     「マスター名、ユナ・アレイヤ……認識完了。最終段階へ移行、マスター登録開始……登録終了。ユナ・アレイヤをマスターと承認」
     ガシャ……
     制御パネルの一部が開き、中からペンダントが現れた。
     「これは?」
     「このペンダントは、この屋敷のマスターの証です。他にも、先ほど言ったこの屋敷への転移機能も付いています。合言葉を言えば発動します。合言葉は、「我、我が屋敷へ帰還す」です。範囲は、マスターが手に触れているものです。ですが、石や木々や地面などは例え触れていても転移はしません。その場合、安全装置が働きます」
     「なるほどね。流石に便利にできてるわ。で、他に何か注意する事とかってある?」
     「いいえ、他にはありません。ですが、マスター不在時には、私はどのような行動を起こせば宜しいのでしょうか?」
     ユナは暫く考え込んで、
     「貴方は不法侵入者がいた場合、追い返すこととかってできるの?」
     「Yes,屋敷の内部に、様々な装置が設置されているので、それは可能です」
     「そう……では、まずは注意、それから警告を発して。警告に従わない場合は、二三度威嚇して。それでも駄目なら殲滅を許可します」
     「了解。他には、森に張り巡らせている迷いの霧と、屋敷周辺に展開している幻術はどうしますか?」
     その言葉に一瞬驚きの表情を浮かべるユナだったが、
     「ああ、アレも此処で制御していたわね。そうね……余計な侵入者はごめんだから、そのまま展開しておいて」
     「了解。霧、幻術とも、展開を継続します。以上でしょうか?」
     「ええ、以上よ。私たちはこれから屋敷を出て旅に戻るから、クロノは屋敷の管理をお願いね」
     「了解。マスター、お気をつけて」
     「ありがとう。じゃあね」
     ユナは椅子から立ち上がると、制御ルームを出て行った。



     「意外なところで古代魔法文期の遺産を手にしたわね。ふぅ、ここのところ戦闘続きだったから流石に疲れたわ。確か此処から少し行った所に、温泉宿が在ったわね。温泉にでも入って疲れをとりましょう。キリ、次の目的地は温泉宿よ」
     森を出たユナは、温泉宿に向かって歩き出した。
     そこでユナは、義兄の行方の手掛かりを得るのだが、今はそんな事は知るはずもなかった。



     その頃、義兄は―――

     「ん、アレは盗賊か? まずい、早く助けないと!!」
     義兄の眼に飛び込んで来たのは、盗賊に襲われている幌馬車の一行。
     恐らく商人か、町への移住者か何かだろう。
     護衛の傭兵の数は確認出来るだけで5人。それに比べて、盗賊たちは20人近くいる。
     義兄は護衛の傭兵達が、数的に圧倒的に不利なのを見て取って、急いで駆け出した。
     「E・Cセット、起動! ハァーーーッ!!」
     義兄は連接剣を袈裟斬りに振るった。
     衝撃波がE・Cの風を纏い、刃となって盗賊の一人を切り裂く。
     突然の乱入者に盗賊たちは慌てふためき、指揮系統が混乱に陥った。
     逆に護衛の傭兵たちは、圧力が弱まったのを感じて、盗賊たちを押し返す。
     義兄の助力を得た傭兵たちは、一人、また一人と盗賊を切り倒す。
     盗賊たちは、自分達の優位が無くなったと感じたのか、バラバラに逃げ出した。
     義兄は戦いが終わったのを見て取ると、剣を鞘へと戻し、死傷者を確認するために、馬車へと向かって足を向けた。



     現在の義兄の位置―――
     故郷から直線距離で71km
     果たして義兄は、無事自力で帰郷できるのか!?



     次回予告―――

     次回予告はまたまた俺っチ、マオ様がやるのだー!
     前回作者が言っていた温泉はー、次回になりそうだなー。
     全く、ダメダメな作者だなー。
     唯一褒められるのはー、俺っチを出す事くらいかー?
     ではー、いくぜぇー!
     次回、『捜し、求めるもの』
     温泉宿でー、ユナは二人の姉妹にであうー。
     その姉妹はー、普通の姉妹じゃないかもなー?
     予定は予定であって、未定なのだぁー!
     そこんところー、宜しく―!!
引用返信/返信
■219 / ResNo.9)  捜し、求めるもの 第五幕 前編
□投稿者/ ルーン -(2005/06/17(Fri) 21:51:24)
     「う〜ん、いったいどの宿に泊まろうかな〜。どうせなら、料理が美味しくて東方風の宿が良いな〜」
     旅館街をぶらぶらと歩き回りながら、ユナは泊まる宿を探していた。
     折角温泉が目当てで来たのだからと、ユナはどうせなら旅館も東方風の建物が良いと探し歩いているのだ。
     歩き回っている内に幾つか候補は見つけたのだが、なかなかこれだ! と気に入ったところが見つからなかった。
     そうこうしている内にいい加減疲れてきたので、諦めて妥協しようとしたその時―――
     「見つけた……」
     ポツリとユナが漏らした。
     ユナの視線の先には、これぞ東方風といいたげな木造の建物が在った。
     ユナは直感でこれ以上の宿はないと思い、
     「キリ、あの宿にするわ。行くわよ」
     ずっと傍らを歩き続けていた従者のキリに声をかけて、その宿へと足を向けた―――



     がらがらがら……
     「いらっしゃいませ〜」
     宿に入ったユナに、元気な声が掛けられた。
     声のしたほうを見れば、ここの従業員らしき女性がユナの方へ、小走りで向っていた。
     「お待たせしました。ようこそ風花へ。受付はこちらとなりますので、靴を脱いでこちらに履き替えてお上がりください」
     と其処まで言ったところで、仲居はキリに気がついたのか、一瞬その動きを止めた。
     「……えっと、少々お待ちください」
     顔を引き攣らせながらも、プロ根性なのか、何とか笑顔を浮かべて奥へと戻っていった。
     ”そう言えば東方の風習では、家に上がるときは靴を脱ぐんだっけ”などと考えていると、その手に布らしき物を持って、仲居が姿を現せた。
     「お待たせして、申し訳ありません。そちらの犬……ですか? そちらの方は、足を拭いてから上がってください」
     犬と言う言葉にキリは不満そうに鼻を鳴らし、ユナは苦笑を浮かべた。
     「この子は犬じゃなくて、一応狼よ」
     それを聞いた仲居は、何度も頭を下げたが、ユナは別に気にしていないと言って、キリの足を拭いて上がらせた。
     ユナ自身も靴を脱ぎ、スリッパに履き替えると、仲居の先導に従って後をついて行く。
     「ご宿泊ですか? それとも入浴のみですか?」
     カウンターに案内した仲居が宿帳片手にユナに尋ねてきた。
     「へ〜、入浴のみでもいいんだ。……でも折角だから、ゆっくり温泉に浸かりたいから、宿泊でお願い」
     「かしこ参りました〜、ご宿泊ですね。それとお部屋の方はいかが致しますか? そちらの方もいらっしゃいますと、相部屋ではなく個室か離れのどちらかになってしまいますが」
     「そうね……個室と離れの違いって何?」
     「そうですね〜……個室と離れの違いは、個室よりも離れの方が広いのと、最大の違いは離れには離れ専用の温泉が在る事でしょうか。それと、お値段の方が離れの方が非常にお高い事でしょうかね」
     「専用の温泉が在るの!? 高いってどのくらい……?」
     専用の温泉と聞いて、ユナは離れに興味を持ったのか、値段を尋ねる。
     そんなユナに仲居は眉を寄せ、「お高いでよ〜」っと言いながら、料金表をユナに見せた。
     一瞬眉を寄せた仲居を不審に思ったが、その料金表を見て納得した。
     とてもではないが、普通の二十歳未満の女の子には払えそうに無い金額だった。
     と言うか、一般家庭の人でも二の足を踏む値段だった。
     簡単に言えば、ゆうに四人家族の半月分の生活費に相当していた。
     だが幸いと言うべきか、ユナはあらゆる意味で普通ではないので、金銭的にも余裕があったので、専用の温泉に惹かれて離れを選んだ。
     「じゃあ、離れでお願いします」
     「え!? 離れですか!? ご宿泊金は前払いになりますが……」
     驚愕の表情を浮かべる仲居に、ユナは黙って宿泊費を差し出した。
     「ど、どうも……ではこちらにご記入をお願いします」
     今だ呆然としながらも、しっかり仕事をしている辺り、流石はプロだろう。
     「ではユナ・アレイヤ様、どうぞこちらへ。離れへとご案内させて頂きます」
     宿帳に名前を記入し終わったユナは、仲居の先導の後について、離れへと案内された。



     「どうぞ、こちらが離れになります。御用の祭は、カウンターか仲居に仰ってください。あとお食事の方は、時間になりましたら此方の方へと運ばせて頂きますので」
     深々とお辞儀をした仲居は、静かに戸を閉めると、自分の仕事へと帰って行った。
     「それにしても、広くて奇麗な部屋ね……。それに、この何だか不思議な匂い……これがレンの言っていた畳の匂いなのかしら?」
     学園での一番の親友であり、本人は否定していたが、東方贔屓な親友が語っていた東方の知識を思い返す。
     「そう言えば……一面畳だけの部屋を作るとか言っていたけど、結局作ったのかな? 今度遊びにでも行ってみようかな〜」
     学園を卒業してから、一度も会っていない事を思い出し、ふと親友の顔を見たくなったユナ。
     「あ! あと、東方の庭園もこちらと違った意味で、奇麗だとか言っていたわね。……そうね、温泉は取り敢えずは後回しにして、庭園を見てみますか」
     ユナは外の風景を遮っている障子を静かに開けた。
     そして―――
     目の前の風景に、思わず息を呑んだ。
     計算され尽くしたような、それでいて自然そのままの様に生い茂る木々の姿。
     アクセントにか岩も置かれているが、これも不自然な物ではなく、すんなりと受け入れられた。
     灯籠や池も不自然ではなく、そこに在る方が自然だと思わせる配置。
     そんな一種幻想的な庭に、ユナは目を見開き、息をするのも忘れて見入った。
     暫くして、「ほふぅー」と言う息を抜く音と共に、ユナは意識を取り戻した。
     「レンから聞いてはいたけど、まさかこれほどの物とはね……恐れ入ったわ」
     「確カニ、コレハ奇麗ダ。我カラ見テモ、不思議ト自然トノ調和ガ取レテイル。我ガ今マデ見テキタ人間ガ作ッタ庭園ノ中デモ、最モ美シイク自然ニ近イ物ヲ感ジル」
     キリの言葉にユナは一瞬驚いたような顔を見せたが、
     「そうね。確かレンが言っていたわ。東方の庭園は、こっちとは違って、自然との調和を目指して作られてるんですって。これを見れば、その話が本当の事だと納得できるわね」
     「ナルホドナ。ソレデ納得デキタ。我ガ今マデ見テキタ庭園ハ、人間ガ楽シム為ダケニ作ラレテイテ、自然トノ調和ナド無カッタカラナ」
     「以前レンが買った浮世絵もそうだけど、東方は独自の文化を築いていて、何か見ているこちらの心に何かを訴える感じがするのよね」
     そこまで言ったところで、ふと虚空を見上げるユナ。
     「そう言えば以前お義兄ちゃんが、『スシ〜、テンプラ〜、オンセン〜、ゲイシャガール』これが東方の基本だとか何とか言っていたような気が……」
     むむむと眉根をよせ、考え込む。
     「でも、スシ〜、テンプラ〜、オンセン〜は知ってるけど、最後のゲイシャガールはいったい何なのかしら? 前にレンに聞いた時には、レンは『あはははははっ、ゲイシャガールを基本って、ユナの義兄ちゃん最高だな!』とか言って何故か爆笑していたし。まあ、レンの爆笑なんて珍しい物が見れたのは良かったけど……」
     あのレンの反応からして、『ゲイシャガール』とはそんなに笑いを誘うものなのかと気になるユナだったが、誰かに聞くのも憚る為に、今まですっかり忘れていた。
     忘れていたのだが、一旦『ゲイシャガール』の事を思い出すと、非常に気になる。
     『ゲイシャガール』の事を仲居に聞こうか聞くまいか、腕を組み散々悩むユナ。
     と、その時―――
     「何、この魔力!?」
     声を荒げ、勢い良く顔を上げる。
     「コノ奇妙ナ魔力ニ、主モ気ガ付イタカ」
     「ええ、勿論よ。でも何かしら、この魔力……。人間の魔力のような気がするけど……そうじゃないような……」
     今まで感じた事の無い奇妙な魔力に、ユナは戸惑いを覚えた。
     それはどうやらキリも同じらしく、魔力の発生点であろう方角を険しい顔を向けている。
     「コノ感ジ……ダガ、ソンナ事ガアリ得ルノカ?」
     ポツリと漏らしたキリの声は、何やら考え込んでいるユナには聞こえず、
     「でも、それだけじゃない。……もう一つ、異常な魔力を感じるわ。でも、これって……」
     更なる異常な魔力を感じたユナは、唖然と漏らしたその声には、畏怖は滲んでいた。
     「(この異常な魔力……一つは唯の人間じゃないとしても、問題なのはもう一つの魔力の持ち主の方。この魔力の持ち主……間違いない、私よりも潜在的な魔力は圧倒的に上だわ)」
     ぶるりと体を震わせ、両の腕で体を抱きしめる。
     だがここで、一つの違和感を覚えた。
     「(でも変ね。何かしらこの違和感……まるで魔力を垂れ流してるみたい―――っ!! まさか!? もしかして魔力をコントロール出来ていない!? そんな……嘘でしょう?! こんな莫大な魔力をコントロール出来てないなんて!? これじゃあ、いつ暴走してもおかしくないじゃない!! もしかして本人は、この魔力に気付いていない? それとも、制御できないだけ? ……どちらにしても危険か。そうすると―――)」
     ある一つの可能性に思い至り、ユナは顔を強張らせた。
     こんな異常とも言える巨大な魔力が暴走したら、只では済まない。
     暴走した魔力の持ち主自身の命の危険は勿論、巻き込まれる周囲の被害は尋常ではないだろう。
     「ドウスル、主ヨ……」
     キリのその問い掛けに、ユナは数瞬考える素振りを見せたが、
     「確かめるわ。こんな異常な魔力、不確定要素以外の何モノでもないもの。本人は勿論の事、万が一にも暴走なんかされたら、周囲の被害が尋常じゃなくなるしね」
     どの様な人柄かは知らないが、どの道、この様な暴走の危険を孕んだ魔力の持ち主を放っては置けない。
     決意を秘めた目でキリを見据えると、ユナは離れを後にする。
     いったいどの様にして接触したものかと頭を悩ませながら、ユナはこの異常な魔力の持ち主達がいるであろう、風花のフロントへと向った。



     フロントが近づくにつれ、何か言い争いと言うか、悲痛な声が聞こえてきた。
     ユナは息を潜め、物陰からこっそりと声の主を窺う事にした。
     まず目に付いたのが、見覚えのある仲居。
     そして、同じ年頃の二人の少女の姿。
     「(……間違いない。あの異常な魔力の持ち主は、あの子達ね。直接見れば、あの違和感の正体もはっきりすると思ったんだけど……ダメね。直接見ても、普通の人間とは違う魔力だと言うのは分かるけど、何が違うのかが分からない。獣人や魔族の血を引いてる訳でも無さそうだし……。そうすると、私が知らないモノの血を引いてるのか、何かが憑いてるのか……。結局は、今の私では分からないか)」
     顔ははっきりとは見えないが、一人は水色に近い青い髪の女。
     もう一人は、緑と言うよりも、翠色の髪の女。
     年齢は後姿からでは判断しづらいが、二人の共通する雰囲気や仕種から、恐らくは姉妹ではないかとユナは判断した。
     さて……と、どうやってあの二人に接触したものかと、考え込むユナに、姉妹の声が聞こえてきた。

     「えぇー!! 本当に空き部屋が一つも無いの!?」
     「申し訳ありません。遂先ほど、満室になりまして……」
     悲痛な声をあげる客へと、申し訳無さそうに頭を下げる仲居。
     「るぅ〜。姉様、どうしよう? もう時間が時間だし、どこも満室っぽいよ?」
     「どうしようって……セリス、何暢気に言ってるの?! このままじゃ、折角温泉に浸かりに来たのに、野宿よ、野宿!!」
     「でも姉様、部屋が空いていないのなら、どうする事も出来ないよ?」
     「うっ、確かにそうだけど……。でも、何とかしようって気にならない?」
     セリスの現実的な答えに、一瞬言葉を詰まらせる姉。
     そんな姉を見かねてか、仲居が助け舟を出した。
     「それでは、他のお客様……女性客にですが、相部屋を頼んでみますか?」
     その仲居の言葉に姉妹は目を輝かせ、声を揃えて「お願いします」と頼んだ。

     「う〜ん、これぞ天の助けって奴かしら。兎も角、あの姉妹に接触する機会が巡って来た訳ね」
     物陰からこっそりと様子を窺っていたユナは、この偶然に興じる事にした。

     「仲居さん、騒がしいようですが、どうかしました?」
     ひょっこりと姿を現したユナとキリに驚きながらも、ユナ達が宿泊している場所と人数を思い出し、まずはユナに頼んでみる事にする仲居。
     「実はですね、こちらのお客様方が今晩泊まる所が無いと申されまして。ですが当館も生憎と満室でして……そこで出来ればアレイヤ様、この方々と相部屋……と言う事にはしては貰えないでしょうか?」
     ユナは事情を知っているにも拘らず、腕を組み、考える素振りを見せる。
     そんなユナに縋るような三組の視線が突き刺さり―――ユナは幾分か頬を引き攣らせた。
     「私は別に構いませんが……私はこの子と一緒ですが、そちらは大丈夫なの?」
     ちらりとキリに視線を向けるユナ。
     そんなユナの視線を追って、初めてキリの存在に気が付いたのか、ビクリと体を震わす姉妹。
     ユナは姉妹の反応から、怖がっているのかと思ったが、姉妹の反応はユナの想像を超えていた。
     突然セリスが目を輝かせ、
     「姉様、この子可愛い〜♪ この子の名前は何て言うの? 性別は? 雄? それとも雌? ねえねえ、触っても大丈夫?」
     いまにもキリに抱きつきそうな勢いで、ユナに矢継ぎ早に質問を浴びせる。
     そんな妹に態度に、姉はユナに恐縮なそうな顔を向けるが、キリに興味があるのは、ちらりちらりと視線をキリに送っている事から窺い知れた。
     「えっと、名前はキリって言うわ。性別は雄。噛み付いたりしないから、触っても大丈夫。ちなみに、犬じゃなくて狼だから」
     セリスの質問に答えながらも、ついでに狼だと付け加えて置く。
     「貴方キリって言うの? ボクはセリス。宜しく、キリ」
     セリスはキリの首に抱きつくと、頬をグリグリとキリに擦り付ける。
     キリはキリで、この行為は不快に感じなかったのか、特に嫌がる素振りも見せずに、大人しくしている。
     「すみません、何だかいろいろとご迷惑を掛けて。私はエルリス・ハーネットと言います。で、あっちのが双子の妹の『セリス・ハーネット!! 宜しく〜』……です」
     セリスの大声に、眉間をピクピクと痙攣させながらも、何とか笑顔のまま自己紹介を終えた。
     そんなエルリスに、姉妹でも兄妹でも、どっちかが苦労するんだな〜と考え深げに納得するユナ。
     「……っと、私はユナ。ユナ・アレイヤよ。こちらこそ宜しく。エルリス、セリス」
     そう返したユナの口元は、自然と微かに緩まっていた。
引用返信/返信
■220 / ResNo.10)  捜し、求めるもの 第五幕 中篇
□投稿者/ ルーン -(2005/07/20(Wed) 18:33:56)
     「うわ〜、広くて眺めもバッチリだよ、姉様!」
     部屋に着いた途端に、声を弾ませながら、ついでに体も弾ませるセリス。
     そんな妹に苦笑しながらも、確かに部屋は広いし、窓から見える風景も奇麗だと思うエルリス。
     一番後に部屋へと入って来たユナは、魔力の話をどう切り出したものかと迷いながならも、二人が落ち着くのを待つ事にした。
     ちなみにキリは、そんな主や姉妹の事には我関せずと、部屋に着くなり部屋の隅で丸くなっている。
     「こら、セリス! そんなに騒がないの!! ごめんねユナ、騒がしい妹で」
     本当に申し訳無さそうに謝るエルリスの姿に、ユナはこの姉妹が見た目通り悪い人物ではないと判断した。
     「別に気にしなくて良いわよ。幸い此処は離れだし、少し騒いだところで、隣に迷惑を掛けるって事も無いでしょうし」
     「そのことだけど、本当に良いの? 私たちはご飯代だけ良いなんて……」
     バツが悪そうに言うエルリスに、ふと気が付けば、セリスもバツが悪そうな顔でユナの顔を見ていた。
     宿帳に名前を明記したあとに、宿泊費のことを尋ねたエルリスは、ユナから部屋代は良いから、食事代のみで良いといわれていたのだ。
     ユナはそのことで、エルリスとセリスが引け目を感じているのを察する。
     どうしようかと考えを巡らしたユナは、二人に現実的問題を突きつける事にした。
     「そんなに言うなら、半分払う?」
     「うん。そうしてくれた方が私達も寛げるしね」
     そのエルリスの言葉に、ユナは意地悪な笑みを浮かべた。
     「でも……この離れって、半分でもこれだけの金額になるけど?」
     そう言ってユナは、紙にさらさらとこの離れ一泊分の半分の値段を書いて、エルリスに差し出した。
     ユナのその笑みに嫌な予感がしつつも、差し出された紙にこわごわと目を落とす。
     「……ふみゃっ!!」
     意味不明は言葉を残しつつ、パタリと倒れるエルリス。
     「ね、姉様!?」
     慌ててセリスが駆け寄り、エルリスの様子を診る。
     「……良かった〜。ただ気絶しているだけみたい。でも、気絶するほどの金額だったのかな?」
     止せば良いのに、好奇心旺盛なセリスは姉が気絶した原因の紙を拾い、目を通した。
     「……る、るぅ!?」
     驚きの声をあげ、やはり姉と同じく気絶するセリス。
     そんな二人をユナは、額に指を当てて、どうしたものかと考え込む。
     キリはそんな主を見て、自業自得だとも言いた気に、隠そうともせずに盛大な欠伸をした。
     「ギャン?!」
     そんなキリの態度が気に食わなかったのか、ユナの飛び蹴りが奇麗にキリの脇腹えと突き刺さり、キリは苦悶の声をあげた。



     「で、どうするの?」
     目が覚めた二人にユナが聞くと、二人は先ほどの金額を思い出してか顔色を悪くし、
     「うぅ、寛げなくても良いです」
     涙目の姉の言葉に、セリスも何度も頷く。
     どうやら心の問題よりも、お金という現実的問題の前に、双子の姉妹は敗北を喫したのだった。
     「そう。でも、別に寛いでも良いわよ。元々一人で支払う予定だったし」
     そんなユナの淡々とした物言いに、エルリスはふと疑問に思った事を口にした。
     「でもユナって、これほどのお金をぽんと出せるなんて、どこかの良い所のお嬢様だったりする?」
     「お嬢様って、私は別に良家の娘じゃないわよ。そりゃあ確かに、死んだ両親は生活するうえで困らないだけのお金は残してくれたけどね。今回使った分のお金はまた別よ。これは、私が自分で働いて稼いだお金だからね。誰に気兼ねする事無く、自由に使えるお金なの」
     ユナのその説明にエルリスは俯くと、小声で一言「ごめん」と謝った。
     いきなり謝られたユナは分けが分からずに、エルリスの妹のセリスの方を窺うが、セリスの方も居心地が悪そうにもじもじしていた。
     ますます分けが分からなくなり、混乱するユナだったが、自分が発した言葉を思い返してみる。
     あ、と何かに気が付いた顔をし、バツの悪い顔をした。
     二人の態度が急変した理由が、おそらくは自分が発した『両親の遺産』という言葉が原因だろうと、思い至ったからだ。
     どうしたものかと考え込むユナだったが、結局は重い空気を振り払うために、
     「ああ、別に気にすることないわ。もう五年以上も前の事だし、それに天涯孤独の身って分けでもないしね」
     ひらひらと手を振りながら、いたって軽い調子で言った。
     そのユナの気遣いに気が付いたのか、それともその軽い調子に騙されたのか、双子の姉妹は顔を上げた。
     「……そう? なら、いいんだけど……私達も両親を無くしているから、そう言う辛さは知ってるから」
     姉の言葉に両親のことを思い出したのか、セリスは寂しげな顔をする。
     「……そうなんだ、エルリスたちも両親を……。姉妹二人きりか……ますます私に似てるね。もっとも、私の場合はお義兄ちゃんだけどね」
     「お兄ちゃん? ユナにはお兄ちゃんがいるんだ〜」
     兄という言葉にセリスは反応し、きらきらと瞳を輝かせる。
     「そう、お義兄ちゃん。もっとも、今は何処で何をしているのやら……」
     「え? どういうこと?」
     「ちょ、ちょっとセリス!!」
     無邪気に尋ねるセリスに、エルリスが慌てて制止の声をあげる。
     「ああ、別に気にしなくてもいいわよ。ただ、ちょっと行方不明なだけだから」
     さらりと問題発言をするユナに、二人の動きが止まった。
     どれくらいそうしていたか、やっとの思いで再起動を果したエルリスが、震える声でユナに尋ねる。
     「ゆ、ユナ? そんなさらりと行方不明って……大事じゃないの!?」
     あたふたと他人事なのに慌てる二人に、ユナは顔を俯かせて暗い、暗い声で答える。
     「ふふ、ふふふふ、大丈夫よ。私のお義兄ちゃん強いから、絶対に生きてるわ。第一、お義兄ちゃんは超絶的な方向音痴なのよ。それなのに、それなのにお義兄ちゃんときたら……馬車で町まで帰らずに、徒歩で帰るなんて無謀にも言い出して……」
     ぷるぷると全身が細かく震えるユナ。
     そんなユナの様子に姉妹は数歩後ずさり、従順たる僕の筈のキリは部屋の隅まで退避していた。
     「結果はご覧の通り。見事に迷子になってくれちゃって、まあ!! うふふふふふ、見つけたらどうしてくれようかしら? 今度こそその身に自分が方向音痴だっていう自覚を刻み込むしかないわよね? ふふふ、楽しみに待ってねお義兄ちゃん。ふふ、うふふふふ、うふふふふふふふ……」
     顔を俯かせている為に、長い髪に隠れてユナの表情は見えなかったが、見えなくて良かったと姉妹は思った。
     おそらく今のユナの表情を見たら、一生もののトラウマになるだろう事は推測できた。
     それほど、今のユナの声と纏っている雰囲気は恐ろしいものだった。
     その一方で姉妹は、今だ見た事の無いユナの兄に対して、静かに黙祷を捧げていた。



     溜まっていた心のうちを漏らした事ですっきりしたのか、ユナは普段の落ち着きを取り戻していた。
     そんなユナにエルリスは恐る恐る声を掛ける。
     「ゆ、ユナ? もう大丈夫なの? っと言うか、話し掛けても大丈夫?」
     セリスは恐々といった様子で、姉の背に隠れながらユナの様子を窺う。
     ゆらりとユナがゆっくりと顔を上げ、姉妹の方を向いた。
     「……ええ、もう大丈夫。ごめんなさい。親友にも言われてたんだけど、どうも私ってお義兄ちゃんの事となると周りが見えなくなるみたいなのよね」
     そのユナの言葉に、姉妹はほっと胸を撫で下ろす。
     「まあ、私もセリスに何かあったら、いてもたってもいられなくなるから、ユナの気持ちも分かるわ」
     「うんうん。僕も姉様になにかあったら、平静じゃいられないよ。だから、ユナが気にする事無いよ!」
     その二人の励ましにユナは感謝を述べ、本題に入る事にした。
     「そう言えば、私も訊きたいことが在ったのよ」
     「訊きたいこと?」
     「僕たちに? 答えられる事だったら、答えるよ」
     「貴方たち、いったい何者?」
     この質問に姉妹は疑問符を顔に浮かべる。ユナの質問の意味が、いまいち分からなかったからだ。
     「何者って……どういう意味?」
     「姉様は姉様だし、僕は僕だよ?」
     怪訝そうに返答する姉妹に、ユナは質問の仕方が悪かったかと、顔を手で覆った。
     今度は慎重に言葉を選び口にしようとするが、結局は面倒くさくなって単刀直入に訊く事にした。
     「ごめん、言い方が悪かったわね。単刀直入に訊くわね。貴方たちの魔力、いったいなんなの? セリスの方は異常とまで言える莫大な魔力を感じるし。でもこれはまだ納得もできるし、理解もできる。問題はエルリスの方なのよ。何だか人間じゃない魔力を感じるのよね。魔族や獣人といった血が流れているとも思えないし、何よりも私が感じるには、人間に別の何かがとり憑いていると言うべきか……。それも少し違うかな……どちらかと言えば、エルリスと何かが融合しているって感じかな? ……兎も角、普通の人間じゃありえない魔力を感じるのよ。っで、もう一度訊くわね。貴女たちはいったい何者なの?」
     ユナの言葉の途中で身を硬くし、僅かにユナから身を遠ざける。
     姉妹の雰囲気は一変し、さきほどまでのどこか緩んだ雰囲気ではなく、顔を強張らせ、ユナの一挙一動を見逃すまいと警戒していた。
     「何故、それをユナが知ってるの?」
     言った覚えは無いと、エルリスは背後にセリスを庇いながら、固い口調でユナに問いただす。
     セリスは二人の様子におろおろとしながらも、厳しい目をユナに向けていた。
     そんな二人にユナは深い溜息を吐く。
     「あー、やっぱりこうなっちゃうか。まあ、二人の様子から気付いてないと思っていたけど、本当にそうだったとわね」
     天井を見上げ、やれやれと首を振る。
     そんな呆れたと言わんばかりのユナの態度に、どこからともなく奇麗な装飾を施された一本の剣を手にしていた。
     それを目にしたセリスは驚きに目を見開かせる。
     「ね、姉様!? いくらなんでも、エレメンタルブレードを持ち出すなんてやり過ぎだよ!!」
     慌てるセリスに、エルリスは目で黙っているようにと言うと、エレメンタルブレードの切っ先をユナへと向けた。
     「ユナ、私の質問に答えてないわよ? ユナは良い人だし、私もセリスもユナを好きだから、できる事なら貴女を傷付けたくない。だから、私の質問にちゃんと答えて!」
     辛そうに顔を歪め、剣の切っ先が細かく振るえているが、その目は真剣そのものだった。
     万が一、ユナが自分たちに仇名す存在だったら、容赦はしないとその目が語っていた。
     姉の決意に押されてか、セリスも手に魔力を集め、戦闘準備を整えていた。
     ユナはそんな二人の様子をどこか眩しそうに見つめる。
     「その前にこっちも質問というか、確認したい事があるんだけど……いいかしら?」
     僅かに身動きしたキリを手で制すと、エルリスの目を見据える。
     「なに? でも、答えたくない事なら答えないわよ」
     「ああ、そんなに身構えなくても大丈夫よ。簡単な事だから。いままで貴女たち姉妹の周囲の人間で、魔法使いと呼べる存在はいた? いえ、多分いたんだしょうけど、その魔法使いの実力は? 宮廷魔法使いに入れるほどの腕はあった? それだけ教えてくれれば、エルリスたちの疑問にも答えてあげるわ」
     エルリスはユナの質問の意味がいまいち掴めずに眉を潜めるが、素直に答える事にした。
     「魔法使いと呼ばれる人は確かにいたわ。その人に私もセリスも魔法の基礎知識を教わったの。でも、実力は宮廷魔法使いに入れるほどじゃないって本人が言ってた。でも、それがどうかした?」
     エルリスの言葉にユナはやっぱりと頷くと、二人に向って説明を始めた。
     「なら話は簡単ね。いままで二人の周囲に高位の魔法使いがいなかったんじゃ仕方が無いでしょうけど、高位の魔法使いは魔力に敏感なのよ。もちろん、低位の魔法使いも魔力は感じられるけど、高位の魔法使いほど詳細に感じられないの。せいぜい、魔力の有無と表面的に感じられる魔力の量だけ。私みたいに、内面の魔力量と魔力の詳細は感じられないの。もっとも、高位の魔法使いは自分の魔力を制御できるし、隠すことも上手いけどね。でも貴方たち二人は、全然魔力を隠そうとしていないでしょう? それだと私ぐらいの実力者となると、まず貴方たち双子の魔力に気付くのよ」
     姉妹はユナの説明に目を見開いた。
     つまりは、高位の魔法使いなら、隠してもいない自分たちの魔力の大きさと違和感に気付くということ。
     それは拙い。
     エルリスは舌打ちしたいのを我慢し、どうするべきかを考えようとした。
     だが、セリスがそれをぶち壊す。
     よりにもよって、敵か味方かもいまのところ判明していないユナへと、
     「それじゃあ魔力って隠せるものなんだ! それに、ユナの言葉からだと制御もできるってことだよね?! ねえ、僕に魔力の制御の仕方教えてよ! お願い!! あんな、あんな思いはもう二度としたくないんだ!!」
     哀願にも似た叫び。
     その叫びにエルリスは悲痛な顔をした。
     あの事件がセリスの心を酷く傷付けたことを知っているだけに、セリスへの忠告の声をだせずにいた。
     ユナはその悲痛の叫びから、過去においてセリスが魔力を暴走させた事を察した。
     「それはいいわよ。と言うか、もともと魔力を制御できてなかったら、制御させる方法を教えるために貴方達に接触したんだし」
     「それって話が上手すぎない? 何か裏があるとしか思えない……」
     喜ぶセリスを脇目に、未だに警戒心と解かないエルリス。
     そんなエルリスの姿に、ユナは感心した。
     「(どうやら、セリスは世間知らずみたいだけど、エルリスは自分たちの特異性を理解しているみたいね。でもそれだと、私の話も素直には信じてもらえないだろうし……。だとすれば……仕方ないわね)」
     ユナはすっとエルリスの耳元に口を近づけると、セリスに聞こえないように小さな声で囁いた。
     ユナの突然の接近に、ぎょっと一瞬体が硬直したエルリスは、ユナを突き放す事もできずにユナの囁きを訊かされた。
     「ねえ、あの様子からだとセリス―――過去に魔力を暴走させた事があるでしょう。私はそれを防ぎたいだけ。エルリスなら分かっているでしょうけど、セリスの魔力が暴走したら周囲の被害も甚大なものになるわ。また、それでセリスの心を傷付けてもいいの? それに、このまま魔力を隠さないでいたら、教会か協会に目をつけられるわよ。エルリスもあの二つの組織に目はつけられたくないでしょう?」
     その言葉に、エルリスの顔が引き攣って固まった。
     そんなエルリスを、セリスは不思議そうに眺めている。
     教会と協会。
     ある立場の者の間では、絶対に関わり合いたくない組織名。
     それが教会と協会。
     教会は魔に属する者や、異端なモノを抹殺する組織。
     協会は魔法の発展のためなら、何をしでかすか分からない組織。
     教会の方に目をつけられれば、まず間違いなくエルリスは抹殺されるか、その異端さを徹底的に調べ上げられる。
     それに、人道的などと言った言葉は無い。
     協会の方に目をつけられれば、エルリスとセリス、両名とも魔法の発展の名のもとに、徹底的に調べ上げられるだろう。
     こちらも人道や倫理などは期待できない。
     そんな二つの組織に目をつけられる。
     それは死刑宣告よりも性質が悪い。
     いや、既に目をつけられている可能性もある。
     ならば、それ以上の危険性を犯す訳にはいかない。
     思考は一瞬。決断も一瞬。
     幸い目の前のユナ・アレイヤという人物は、短い付き合いだが信じられると確信していた。
     「(だって、人見知りの激しいセリスが懐いているんだから。少なくとも、悪い人じゃない。それは私も分かってる)」
     先ほどまでの警戒が嘘のように、その顔に笑顔を浮かべるエルリス。
     エルリスにセリスも、自分たちの特異性は嫌と言うほど知っていたが為に、警戒した事に越した事はなかったからだ。
     エルリスはある程度相手を観察し、言葉を交える事で相手が信用できるかを判断する。
     逆にセリスは、直感で相手が信用できるかできないかを判断している。
     その辺りの違いが、さきほどまでの二人の態度の違いにも表れていた。
     エレメンタルブレードを何処えとも無く消し去り、改めてエルリスはユナへと向き直った。
     「それじゃあユナ、お願い……できる?」
     上目遣いで頼むエルリスに、ユナは黙って頷いてみせた。
引用返信/返信
■221 / ResNo.11)  捜し、求めるもの 第五幕 後編
□投稿者/ ルーン -(2005/07/30(Sat) 15:21:40)
     「んー、やっぱり直ぐには無理か……」
     エルリスとセリスに、魔力の隠蔽と制御の仕方とコツを教えたユナだったが、そんな事が簡単にできるはずも無く、当然思ったような成果はあがらなかった。
     「やっぱり直ぐには無理よね……」
     初めての試みに疲れたのか、肩で息を切らせながらエルリスは力なく声に出していた。
     そんな姉の弱気の声を聞いて、セリスは明るい声を出す。
     「姉様、諦めたらダメだよ! 諦めたら其処で終わりなんだよ!? ボクは絶対に諦めないからね!!」
     セリスは立ち上がり、握った拳を天に掲げた。
     そんな微妙に熱血している実の双子の妹を目にして、頬を軽く引き攣らせながらも、再びやる気が湧いてくるのを感じたエルリスは、声に出さずにセリスに感謝した。
     そんな二人の様子を黙って見ていたユナは、ふと眉を顰める。
     「あれ?」
     不思議そうな声を出したかと思うと、セリスの体が突然グラリと揺らぎ倒れ込む。
     それをある程度予期していたユナは、倒れ込むセリスの体を優しく抱きとめた。
     「セリス!?」
     突然倒れ込んだセリスに、エルリスは慌てて駆け寄った。
     ユナは支えていた体をそっと床に横たえると、セリスの状態をチェックする。
     「……大丈夫。慣れない事をしたから、疲れが体にでただけ。少し休めば直ぐに良くなるわ」
     その言葉にほっと胸を撫で下ろしたエルリスは、セリスの顔を覗き込んだ。
     「無理しちゃダメじゃない、セリス。無理して体でも壊したら、元も子もないでしょう?」
     「うん、ごめんなさい姉様。ユナも体を支えてくれてありがとう」
     「別に気にしなくても良いわ。私も少し無理をさせすぎたし。……そうね。セリスが立てる様になったら、温泉にでも入りましょうか。この離れには、専用の露天風呂が在るしね」
     エルリスとセリスはその言葉にパアっと顔を輝かせた。
     そにな二人の様子にユナは、二人の魔力の隠蔽と制御をどうしようかと考え込んだ。



     「うわぁー、これが露天風呂!? 岩だよ岩! 姉様、岩のお風呂だよ!! 景色もバッチリだよ!!」
     歓声をあげるセリスに、エルリスも目を見張った。
     だが一方で、室内ではなく室外というお風呂に戸惑ってもいた。
     (うーん、最低限の塀はあるけど……)
     グルリと周囲を見渡し、遮るものが心もとない塀だけとあって、
     「これって、周囲から覗かれないかしら?」
     ポツリと不安を口にした。
     それを耳にしたユナが、安心させるために声をかける。
     「大丈夫よ。一応周囲の土地はここの宿の物みたいだし、あの塀にも魔科学が使われているみたいだしね。効果は塀の外側と内側の歪曲。内側からだと分からないでしょうけど、外側からこっちを覗こうとしても空間が歪曲している為に、こっちの風景は覗けない仕組みね。あと……どうやら侵入者防止用のトラップと、警報機も設置されているわね。これだけあったら、普通なら誰も覗こうとしないわよ」
     ユナの言葉にホッと胸を撫で下ろすエルリスだったが、ふと気になった事をユナに訊いてみる事にした。
     「キャハハハハ♪」
     「でも、覗こうとする人が普通じゃなかったら?」
     「それも大丈夫。キリに撃滅してもらうし、念入りに私も魔法で抹殺するから」
     「わぁ〜い♪」
     「……それは心強いわね。でもユナって、魔法だけじゃなく魔科学にも詳しいのね。私達とあまり年齢は変わらないのに凄いわ」
     ユナの物騒な物言いを奇麗に聞き流し、魔科学にも精通しているユナの博識さに、エルリスは感嘆の息を漏らした。
     「うーん。まあ、私も魔科学の結晶を持っているし、魔科学の基本は魔法と科学の融合だからね。どちらか片方にでも精通していれば、そこそこ魔科学にも通用するのよ。もっとも、私の場合は魔科学にも興味を持っていたから、ある程度の知識は学んだんだけどね」
     「アハハハハハ♪」
     「………………」
     「………………」
     「それいけ〜♪」
     楽しそうにはしゃぐセリスの声に、シリアスな雰囲気をぶち壊され、思わず黙り込む二人。
     ギン! とセリスを睨みつけ、しばらく黙るように言おうと、セリスの方へ振り向くエルリスだったが、ピシリと石像のように固まった。
     ギギギっと戸が軋むような音を立てながら、そっとユナの方を振り向いてみれば、ユナは驚きに目を見開いていた。
     その事から、どうやらアレは幻像ではないのだと、諦めにも似た境地で納得したエルリスは、スーッと大きく息を吹き込んだ。
     「セーリースー!! お風呂で泳いだらダメでしょうがぁー!!」
     「るぅ!?」
     ビックリしたセリスが、乗っていたキリの背中からずれ落ちて、温泉へとダイブした。
     エルリスはジャバジャバと温泉をかき分け、セリスの首根っこを引っ掴むと、説教するために温泉からあがらせる。
     エルリスの説教が聞こえる中、ユナとキリの間には嫌な沈黙が下りていた。
     「キリ?」
     ビクリ! ユナの静かな呼び声に、キリは尻尾を力なく垂らしながらも、ユナの下へと近づいた。
     気のせいか微妙に視線を逸らしつつ、主であるユナの顔色を窺っている。
     「まあ、貴方が誰を背に乗せて泳ごうと勝手だけど、温泉で泳いじゃダメでしょう!!」
     怒鳴り声と共に、腰と捻りの入った豪快なアッパーカットが、キリの顎を捉えた。



     「ふぅ〜、やっぱり温泉はお風呂と違って、また格別に気持ちが良いわ」
     「まったくね。温泉に入るのは初めてだけど、こんなに気持ちが良いものなんて……はぁー、幸せだわ」
     「うぅぅ……」
     「………………」
     気持ち良さそうに声を出すユナとエルリスとは対照的に、セリスは涙目でキリに寄りかかり、キリは器用にセリスを支えながらも、前足でぶたれた顎を抑えていた。
     「全く、どうしようもない奴らだなー」
     「あら、貴方もそう思う……? って、貴方誰よ!?」
     突然の第三者の声に、ユナは警戒態勢をとった。
     「待ってユナ! 大丈夫、彼女はマオ。まあ、一応? セリスの使い魔よ」
     「そうだぞー、俺っチの名前はマオって言うんだー。宜しくなー」
     ひょこりとエルリスの背から飛び出てきたのは、瞳の色が金色の子猫で、毛色がセリスの髪の色と同じ水色などといった、自然界ではありえない生物だった。
     「使い魔? 魔力も碌に制御できていないのに? いえ、それよりもこの感じは何処かで―――」
     「マサカ、人工精霊トハナ。モットモ、主ガ知ッテイルアノ人工精霊トハ、マタ違う雰囲気ヲ感ジルガナ」
     考え込むユナに、キリは目の前の使い魔の正体を口にした。
     「人工精霊? ……言われていれば確かにそんな感じだけど……キリの言うとおり、アノ人工精霊とはまた違った雰囲気よね」
     人工精霊などといった希少な存在を目にして、少し困惑気味な声を出した。
     そして、以前とある事情で人工精霊と接触する機会があったのだが、その時の人工精霊とはまた違った雰囲気を感じるのだ。
     あの時の人工精霊よりも遥かに人間くさく、また、非生物から生物状の形態をとっている事も、ユナの興味を惹く一因となった。
     更に詳しい事を聞こうと、ユナはエルリスの方へと振り向いた。
     「? 二人ともどうしたの? そんなぽか〜んとて」
     ユナが振り替えてみれば、エルリスにセリスは、ぽか〜んと口を大きく開けて、目を見開いてキリを凝視していた。
     「ゆ、ゆゆゆゆゆ、ユナ?! 喋った?! 今、狼が喋ったわよね?! いったいなんで!?」
     「うわ〜姉様、凄いね。キリって喋れるんだよ。頭良いんだね!」
     混乱するエルリスとは対照的に、セリスは瞳をランランと輝かせ、熱い視線をキリへと送っている。
     「ちょっとセリス! なんで貴方って子はこう―――ああ、もう! ユナ、どういう事か説明してくれるんでしょうね?!」
     今にもキリへと飛び掛らんばかりのセリスの首根っこを抑え、エルリスはユナへと詰め寄った。
     そのエルリスの様子に、ふと考え込む様子を見せたユナは、ポンッと手を打って、
     「ああ、そう言えば、キリが喋れるって話してなかったわね」
     そんな暢気な発言に、エルリスはずるりとすべった。
     「うう、セリスだけでも手一杯なのに、ユナもどこか天然が入ってるのね」
     天然を相手にする苦労さを、嫌と言うほど身に染みて理解しているエルリスは、さめざめと泣いた。



     「―――っと言う訳で、キリと私は一緒に旅をしているのよ。それとキリが精霊の気配に敏感なのは、天狼族っていう種族が、精霊に最も近い種族の一つと言われているから、その事が関係しているんでしょうね。ちなみに、他に精霊に近い種族と言われているのが、森の精霊とも呼ばれているエルフ族と、大地の精霊と呼ばれるドワーフ族が有名ね。
    ああ、一応言っておくけど、キリにもエルリスに融合しちゃってる精霊をどうこうできないわよ」
     その言葉にエルリスはがっくりと肩を落とすが、精霊の事もある程度聞けたのでよしとすることにした。
     「天狼族ね……そんな種族がいたなんて世界は広いわね」
     「こっちも驚いてるんだけどね。まさか二度も人工精霊にお目にかかれるなんてね」
     「二度!? ユナ貴方、他にも人工精霊に会ったことがあるの!?」
     「……ええ、うん。まあ……ね」
     驚くエルリスに、ユナは言葉を濁して返した。
     こちらを依然と見つめるエルリスの視線から逃れるために、ユナはセリスの方へと視線を向ける。
     ユナにつられてセリスへと視線を向けたエルリスは、知らず笑みを浮かべていた。
     セリスは温泉にプカプカと浮いているキリに張り付いて、遊んでいる最中だった。
     マオは何が楽しいのか、キリの顔をその小さな手でペチペチと笑いながら叩いている。
     キリはそんな二人に対して、されるがままにのんびりと温泉を満喫していたが、セリスはともかく、マオの方を迷惑そうに睨んでいた。
     そんな一人と二匹? の様子を和やかな気持ちで見守っていたユナとエルリスだったが、事件はそんな時に起こった。



     いい加減我慢の限界が来たのか、目の前をちょろちょをするマオへと、キリは唸り声を上げる。
     しかしマオはそんなキリの様子を気にした素振りもみせずに、キリへと纏わりついている。
     そして再びキリの顔の直ぐ前を通過したその時―――
     キリが大きく口を開け、パクリと閉じた。
     ユナにエルリス、そしてセリスは、目にした光景に声をなくす。
     キリはそんな三人にはお構い無しに、口の中のモノをモグモグと咀嚼すると、ゴクリと飲み込んだ。
     「………………」
     「………………」
     「………………」
     シーンと静まり返る露天風呂。
     そんな中、セリスはプルプルと体を震わせ、
     「あ、あ゙あ゙、あ゙あ゙あ゙あ゙―――ま、マオが、マオが食べられちゃった〜〜〜?!」
     大声をあげたセリスは、頭が混乱しながらもマオを助けようと、キリの顎へと手を掛けると何とか開かせようと両の腕へと力を込める。
     だがしかし、いくらセリスが両腕に力を込めてもキリの顎はびくともしない。
     そしてついにセリスは力尽き、ふにゃふにゃとその場に力なく腰をおろした。
     「ね、姉様……」
     自分一人では無理だと悟ったセリスは、援軍を求めるべく姉へと振り返った。
     だがそこでセリスが見たものは―――
     「ユナ、夕日が奇麗ね」
     「ええ、とても奇麗な夕日ね」
     そう言って、どこか空ろな瞳で西の空を見つめる二人。
     「姉様! ユナ! 今は夕日なんて見えないよッ?!」
     まだ茜色にもなっていない空を目にしながら、セリスは現実逃避をしている二人に怒鳴った。
     「セリス、そんなに騒いでどうしたの?」
     「そうよ。別にそんなに騒ぐような出来事も起こってないし」
     あくまで無かったことにする二人。
     そんな二人の態度に、セリスは拳をぎゅっと強く握り締める。
     「ねぇユナ、今晩のご飯なんだろうね?」
     「さあ? でも、普段は食べられない東方の料理を食べたいわね」
     「東方の? ああ、それは興味あるわね。でも、こっちで東方の料理って食べられるの?」
     その言葉にユナは首を捻り、
     「さあ? こっちでは手に入らない食材や調味料もあるでしょうしね。……どうなんだろう?」
     「それは夕食のお楽しみって事ね」
     「……姉様、ユナ? いくらボクでもそろそろ怒るよ?」
     我慢の限界なのか、満面の笑顔でドスの効いた声をだすセリス。
     そんなセリスに流石に身の危険を感じたのか、二人は黙って見詰め合った。
     「う〜ん、もう夕飯の話は終わりかー? 俺っチとしても気になるところだからー、もっと続けて欲しいぞー」
     「マオもやっぱりそう思うわよね?」
     「うんうん、こっちの料理か東方の料理がでるかは、やっぱり一番の関心ごとよね」
     エルリスとユナは、突然の第三者の声にも特に気にした様子も無く、夕食のことに華を咲かせていた。
     一方取り残される形となったセリスは、口をパクパクとさせて、割り込んできた声の主を凝視していた。
     「な、なんでマオがそこにいるのーーーー!?」
     セリスが指差す先には、今ごろは肉片となってキリの胃袋に納まっているはずのマオの姿だった。
     しかもマオの姿には傷一つ無く、それどころか汚れも微塵すらない。
     「なんだー、俺っチがいたら悪いのかー?」
     暢気にそう返してくるマオに、セリスは深呼吸を繰り返して息を整える。
     「だ、だって! マオってば、さっき食べらちゃったはずじゃなかったの!?」
     「なんだ、そんなことかー。俺っチは不死身なのさー」
     「え? でも……確かに不死身でもないと説明がつかないけど……。姉様、ユナ、これってどういうこと?」
     「どういうことって……どういうこと?」
     セリスに振られたエルリスは、頭を捻ってユナへと振った。
     そんな姉妹にユナは苦笑を漏らしながらも、丁寧に説明する事にする。
     「簡単な話よ。人工精霊は、魔力によって形付けられて存在しているモノなの。だから、主人と人工精霊自身の魔力が空っぽにでもならない限り、死ぬ事はないのよ」
     「へ〜、そうなんだ」
     「ボク、初めて知ったよ」
     感心する二人だが、ユナは冷たい視線をエルリスに向ける。
     「私は当然その事を知っていて、エルリスは現実逃避のふりをしているんだとばかり思っていたんだけどね……」
     「え? あ、あは、あははははは」
     セリスにも冷たい目を向けられたエルリスは、乾いた笑いしかだせなかった―――
     「あれ? でも姉様はその事を知らなかったのに、どうしてマオが復活した時に驚かなかったの?」
     「ああ、そう言えばそうね。どうして?」
     不思議そうに自分を見つめる二人に、エルリスはキョトンと、
     「え? だって、『憎まれっ子世に憚る』って言うでしょう?」
     そんな事を真顔で言うエルリスに、セリスとユナは、頬が引き攣るのを感じた。



     「っで、温泉から出た後はこれよ!!」
     ユナは手にした物体を天に掲げる。
     温泉から出た三人は、バスタオルを体に巻き付けるというだけの艶やかな姿だった。
     そんな姿のまま、ユナは胸を張って手にした物をずずっと二人に見せる。
     「牛乳……?」
     「ちっがーうっ!! フルーツ牛乳よ!! 温泉から出た後は、これを飲むのが決まりなのよ!!」
     ポツリと漏らしたセリスに素早く訂正を入れつつも、熱く語るユナ。
     「いい? 温泉から出たらフルーツ牛乳。百歩譲ってコーヒー牛乳か、普通の牛乳を飲むのが東方の決まりごとなのよ!!」
     「へ〜、それも知らなかったわ。ユナ、それっていったい誰から聞いたの?」
     「お義兄ちゃんよ!」
     問うエルリスに、即答するユナ。
     「ねえねえ、飲み方にももしかして決まりってあるの?」
     その問いにユナは重々しく頷くと、
     「もちろんよ。私がお手本を見せてあげるわ」
     セリスに向って実演してみせる。
     ユナは左手を腰に当て、右手に持ったフルーツ牛乳を飲み始めた。
     「うぐ、んぐ、ごくごく………………ぷはーっ!! く〜、やっぱり温泉上がりのフルーツ牛乳は最高ね!」
     上機嫌のユナの様子を見て、見よう見まねでエルリスとセリスも腰に片手を当てて、フルーツ牛乳を飲み始める。
     「ん、ごくごく、んぐんぐ………………ぷはーっ!!」
     フルーツ牛乳を飲み終えたエルリスとセリスは黙って見詰め合うと、満面の笑顔で互いに親指を突きたてた。
     どうやら二人とも、温泉上がりの一杯が気に入ったようである。



     「ふぅ〜。美味しかったね、姉様」
     「ええ、もうお腹一杯よ」
     「東方の料理もなかなか」
     三者三様で、夕飯の感想を漏らす。
     「あ〜、そうそう。忘れるところだったわ」
     ユナは自分の荷物をごそごそと漁り、二つの品物を取り出した。
     「ユナ、それは?」
     エルリスがユナが取り出した品物をまじまじと観察する。
     一つは腕輪だが、細かな彫金が施されており、全体的には上品な仕上がりの物だった。
     もう一つはペンダントだが、こちらは中央に淡く赤く輝く宝石が嵌め込まれている。
     「簡単に言えば、魔力を封印する腕輪と、魔力を隠蔽するペンダントよ」
     「あげるわ」と言って、腕輪をセリスに、ペンダントをエルリスに放ってよこす。
     「でも……高価な物じゃないの?」
     「ああ、大丈夫大丈夫。それ二つとも、私と親友の手作りだから。そんなにお金掛かってないのよ。第一作った目的が、少し興味があったから実物をマネて作っただけだし」
     気にするなと手をひらひら振るユナに、エルリスは気になった事を尋ねた。
     「マネてってなに? オリジナルが在るって言うこと?」
     「まあ、ね。イメージは悪いけど、腕輪の方は罪人用の手錠を参考にしたものよ。ペンダントの方は、遺跡などに使われている技術の応用よ」
     「ざ、罪人……」
     腕輪を貰ったセリスは、不穏な言葉に頬を引き攣らせる。
     「そっ。魔法使いが犯人の時には、魔法を封じなければダメでしょう? その時に使用するのが、封印の魔方陣を書き込んだ手錠なんだけど、それだと見た目もアレだから。私と親友とでデザインを変えて作ったのが、その腕輪という訳よ。っで、ペンダントの方は、古代魔法文明期の遺跡では、魔力を隠蔽したトラップなどが結構あるのよ。その魔力を隠蔽する技術を解析して作ったのが、そのペンダントなんだけど……考えてみれば私も親友も、魔力を隠蔽するマジックアイテムなんて必要ないのよね。だからそれは、私が持っていても意味が無いのよ。ああ、それと二つとも私と親友が調子に乗って作った物だから、一般に出回っている同じ効力を持つマジックアイテムよりも、無駄に性能は良いから。その辺の心配は無用よ」
     そう言って欠伸を噛み殺したユナは、布団へと潜り込んだ。
     「じゃ、お休み」
     「ありがとう、ユナ」
     「ユナ、ありがとう。これで自分で魔力を制御できるまで、少しは安心できる」
     ユナは二人の感謝の声を耳にしながら、眠りへと落ちていった。



     「それじゃ、此処でお別れだね」
     「ええ、そうね。っと、後これも渡しておくわ」
     ユナは懐から一枚の折りたたまれた紙を取り出すと、エルリスへと渡す。
     「ユナ、これは?」
     エルリスが紙を開いてみれば、そこには文字と模様がびっしりと書き込まれていた。
     「それは、魔方陣よ。その紙に書かれたとおりに地面にでも書けば、エルリスたちの魔力なら問題なく、効力は発揮されるから。ちなみに効力は、外部との魔力の隠蔽と封印。それに、賊などを自動的に排除してくれるわ。制御法なども、そこに書いてあるから、よく目を通してから使ってね」
     「へ〜、そんな便利な魔法もあるんだ。姉様、でもこれで、魔法陣の中なら気にする事無く魔力の制御や隠蔽の訓練ができるね」
     セリスのその言葉にはっとしてユナを見れば、ユナは黙って頷いた。
     「ふぅ、本当にユナには世話になりっぱなしね。本当にありがとう」
     「ユナ、また今度会ったら、いろいろ教えてね?」
     「別に良いわよ。私も貴方たちと出会えて楽しかったしね」
     「それじゃあユナ、これ以上話していても別れが長引くだけだし、私たちは行くわね。貴方と出会えて良かったわ。ユナ、キリも元気でね」
     「じゃあね〜、ユナにキリ。今度会ったらまた遊ぼうね〜」
     「ええ、それじゃあまたね、二人とも。……あと、マオもね」
     忘れるなと言わんばかりに目の前に現れたマオに、苦笑する。
     「おうー! またなー」
     マオはその小さな手を元気にふり、歩き出していた二人の後を追った。
     ユナはそんな三人を見送ると、踵を返して宿へと向った。



     「あれ? アレイヤ様、何かお忘れ物ですか?」
     突然戻ってきたユナに、仲居は困惑の眼差しを向ける。
     そんな仲居にユナは首を振り、
     「ちょっと訊きたい事があるの。この人だけど、ここに来なかった?」
     ユナは懐から義兄の写真を取り出すと、仲居に見せる。
     仲居は暫く考え込んでいたが、突然その顔が引き攣ると、ユナに深々と頭を下げた。
     「ご、ごめんなさい! 確かにその人は此処に来ました! っで、道を尋ねられので答えたんですけど、全く逆の『フランペルッシュ』の方角を教えちゃったんです〜〜〜」
     その言葉にユナはガシッと仲居の手を掴む。
     「ひっ!」
     何らかの報復が来ると思い、目を硬く閉じる仲居の耳に、予想を裏切る声が聞こえた。
     「ありがとう! ナイスよ! よく反対の方角を教えてくれたわ! これは少ないけれど御礼よ!!」
     感謝の言葉と共に、手に何かを握らせられる感触に、おそるおそるそっと目を開けた仲居は、目を見開いた。
     手の中には、とてもチップとは思えない金額のお金が握らせられていた。



     「キリ、お義兄ちゃんの事だから、逆方向の『フランペルッシェ』に向っているはずよ! 急ぐわよ!!」
     ユナはキリの背に跨り、声を張り上げた。
     キリもユナの気迫に押されてか、何時も以上のスピードで大地を疾走する。
     本来なら例の屋敷の転送装置を使ってもよいのだが、義兄が途中で万が一にも方向転換をした場合を想定して、足取りを追いながら追跡する事にしたのだ。
     「お義兄ちゃん、今度こそ捕まえるからねー!」



     その頃、義兄は―――

     「あーる晴れた〜日の下がり〜荷馬車に揺られ〜っと」
     盗賊から助けた荷馬車に乗せてもらい、一路故郷へと向う義兄。
     「ユナは元気かな〜。早くユナに会いたいな……」
     懐から出したユナの写真を、義兄は優しい目で見る。
     だがこの時義兄は知らなかった。
     その義妹が、自分を探して町を出ている事を―――



     現在の義兄の位置―――
     故郷から直線距離で27km
     果たして義兄は、無事自力で帰郷できるのか!?



     次回予告―――

     次回予告はまたまた俺っチ、マオ様がやるのだー!
     今回は、俺っチの魅力が全開だったなー。
     ではー、いくぜぇー!
     次回、『捜し、求めるもの』
     ユナは義兄の足取りを辿ってー、故郷に辿り着いたー。
     義兄は無事故郷に辿り着けたのかー?
     そしてユナはー、果して義兄との再会は適うのかー?
     予定は予定であって、未定なのだぁー!
     そこんところー、宜しく―!!
引用返信/返信
■226 / ResNo.12)  捜し、求めるもの 第六幕
□投稿者/ ルーン -(2005/09/27(Tue) 21:30:48)
     「またですかー!!?」
     驚きというよりも、嘆きに近い声が青空に響いた。
     嘆きの声を上げた男が率いる商隊は、つい先日も盗賊に襲われたばかりだった。
     その時は偶然にも腕の立つ旅人が窮地を救ってくれたが、そんな都合の良いことが二度も起こるとは思えない。
     そう思って護衛の数を増やしたのだが―――
     それが大失敗だった。
     町で新たに雇った傭兵は、傭兵のフリをした盗賊だったのだ。
     その所為で、場はいっきいに商隊側の不利となってしまった。
     こんな事になるのならばと、今更に商隊長は後悔した。
     「こんな……こんな事になるなら、護衛費ケチらないでちゃんとギルドに依頼するんだったーーー!!」
     そう、この商隊長、護衛費を節約、もといケチるために正式なギルドを通さずに、酒場にいた傭兵を雇ったのだ。
     盗賊たちは盗賊で、護衛費をケチる商人を狙うために、酒場に傭兵のフリをして潜んでいたのだ。
     まあこの場合、護衛費をケチってわざわざ本物の盗賊を招きこんだ、商隊長の自業自得である。
     「へへっ、黙って荷物を置いてきな。そうすりゃあ、命ばかりは見逃してやるぜ?」
     いかにも私は盗賊です。と言っているような風貌の男が、血の付いたカタールに舌を這わせながら姿を現した。
     その男の容貌よりも、血の付いたカタールに商隊長はひっと息を呑んだ。
     「さあ、積荷を大人しく渡すのか渡さねえか……はっきりしろ!! って、ん? 手前のその面、どっかでみたような……」
     カタールをで肩を叩きながら、商隊長の顔をじろじろとみる。
     「い、いえ、そんなはずは……」
     言葉を濁し、救いを求める為にキョロキョロと視線をさ迷わせるが、不意打ちということもあって、こちらの戦力が既に全滅しているのを見て取った商隊長は、未だに此方の顔を覗き込んでいる盗賊へと目を向けた。
     「ああ、どこだったか……確かアレは……っ! 思い出した!! 手前は確かこの前、俺たちが襲った奴じゃねえか?!」
     その言葉にギョッとなって、しげしげと目の前の盗賊の顔を眺める。
     すると確かに商隊長自身にも覚えがるというか、忘れたくとも忘れられない、前回襲ってきた盗賊の首領の顔だった。
     何故今まで思い出せなかったのか不思議だったが、そんな事は今はどうでも良かった。
     心配なのは、前回見事に仕事に失敗した彼らが、失敗した相手に対して、大人しく荷物だけですますどうかである。
     へたをすれば前回の恨みの分も重なって、命をとられる危険性があることである。
     「―――ってことはだ、もしかしてあいつもいるのか?!」
     さっきまでの強気の態度とは一変し、首領は顔色を変え、キョロキョロと辺りを見渡す。
     しばらくそうしていたが、どうやら目的の人物がいないとしると、ホッと胸を撫で下ろし、再び強気な態度に出た。
     「どうやら、前回邪魔してくれた兄ちゃんはいねぇみてぇだな〜。……となるとだ」
     ニヤリと悪党そのままの嫌な笑みを浮かべ、首領は告げた。
     「前回の分の借りもキッチリ返してもらお〜か〜? もちろん、手前たちの命でなー!!」
     「ひ、ひえ〜!! お助けをー!! どうか命ばかりは、命ばかりはお助けをーーー!!」
     カタールを突きつける首領に、商隊長は恥も外聞もなく命乞いをする。
     (くくくくっ、これだよこれ! この相手が命乞いをする時の顔がたまんねぇーんだよ。だから盗賊家業は辞められねぇ!!)
     恍惚の瞬間に身をブルリと震わる。
     さて、どうやってこの獲物を虐めてやろうかと考える首領の耳に、部下の慌てたような声が聞こえてきた。
     一瞬不機嫌になるが、もしかしてまたあの男か!? と思い、嫌な未来予想図が頭の中に浮かんできた。
     頭に浮かんだ嫌な未来予想図を振り払うために、頭を二三度振ると、
     「どうした!? 何があった!?」
     虚勢を張るかのように大声を上げていた。
     「頭! それが、遠くの方から何かが近づいて来ているみたいですぜ! 土煙上げてるから、馬か何かと思いやすが……どうしやす?」
     「どっちの方角から近づいて来ている!?」
     首領の言葉に部下は、商隊が来た方角とは反対の方角を指差した。
     はて? と首領は内心首を傾げながら部下が指差した方角を見ると、確かに土煙がどんどんとこちらに近づいて来ている。
     獲物を狙うために幾つかの町に部下を忍ばせているが、あの方向にある町からは、あと数日は商隊は巡業には来ないはずだ。
     忍ばしている部下が見落としたとも考えられなくもないが、自分の部下は獲物を見逃すほど間抜けではないと腕は信用している。
     となると―――騎士団か!?
     一瞬そんな考えが浮かんだが、騎士団の動きは監視させているし、騎士団が盗賊の討伐に乗り出したならば、監視させている部下が知らせに来るはずだ。
     そうなると、ますますあの土煙の正体がわからない。
     だが何故だかわからないが、あの土煙を見ていると、体がむずむずしてくる。
     首筋もピリピリしているし、嫌な感じもプンプンする。
     自分のこの手の勘はよく当たるんだ。
     現にこの前も嫌な予感はしていたが、それを無視して略奪行為に走っていたら、あの男に手痛い目にあわされた。
     自分のこれまでの経験と勘を頼りに決めた答えは、
     「こりゃあ逃げた方が良いな」
     迅速な撤収だった。
     首領は指笛を鳴らし、撤収の合図を部下に送った。
     だがその判断も少し遅かった。
     突然空から大量の炎の槍が降ってきたからだ。
     その光景を呆然と見詰めながら、
     「ああ、やっぱな。俺のわりぃ勘は良く当たんだよ。……こんちくしょうが!!」
     首領が吐き捨てた言葉は、槍が着弾する轟音の中にかき消された。



     「風の如く走れ! 大地を駆ける疾風となりなさい、キリ! 全速力で走れーーー!!」
     ユナはキリに跨りながら吼える。
     義兄の足取りを追っていたユナは、とうとう義兄に関する有力情報を手にしていた。
     義兄は間違った情報とその生来の方向音痴が幸いし、確実に故郷へと向かっていたのだ。
     ユナはその義兄の目撃情報が、徐々に新しいものとなっているのをその肌で感じていた。
     そしていま、情報を集めながらも、故郷へ最速のスピードで向かっていた。
     今も魔法で視力を強化しつつ、義兄の姿がないかを捜している。
     そんな強化したユナの視界に、なにやら大勢の人間が争うさまが飛び込んできた。
     キリの走るスピードを落とさぬまま、ユナは目を凝らす。
     すると互いが争っているというよりも、片方の勢力がもう片方の勢力を、一方的に蹂躙しているだけだと見て取れた。
     その上圧されている方が商隊の護衛で、盗賊側が一方的に圧している様子に、ユナは苛立った声を出した。
     「ったくもう、なんでこんな時に盗賊なんかが出てるのよ!? いちいち盗賊如きなんかにかまってたら、お義兄ちゃんを見失っちゃうかもしれないじゃない!! かといって、見て見ぬ振りもできないし―――……」
     苛立ちにギリっと歯を噛み締め、幾つかのパターンを脳内で組み立てる。
     そしてだした答えは―――
     「―――えぇい、いちいち考えるのも面倒くさい。滅殺あるのみ!!」
     何と言うか、実にユナらしい答えだった。
     「炎の精霊よ、そのあらぶる炎を形となせ! 幾千幾万の盾を刺し貫く焔の槍と化せ! 汝、焔を持ちて刺し貫きしモノを灰燼とせよ!! 豪雨の如く焔の槍よ、我が敵へと降り注げ!!」
     数十の焔の槍が空に突如出現し、商隊と盗賊がいる地点へと降り注いぐ。
     天から降り注ぐ焔の槍は、次々と盗賊を刺し貫き、その身を灰燼とす。
     だが一方で何もない場所に着弾し、地面に大穴を開けたり、地面に着弾した時の爆風が、荷馬車を横転させていたりもする。
     盗賊、商隊、両陣営に被害を与えた焔の槍は、当事者たちには随分と長時間に感じられたが、実際のところは一分も掛からずに終わっていた。
     そして、無残にも無数の穴が開けられた大地に、ポツンと一人の男だけが立っていた。
     男は虚ろな瞳で辺りを見渡し、突如顔を手で覆うと、ゲラゲラと狂ったように笑い出した。
     「ハハハッ、笑えるぜ!! なんだこりゃ? 俺たちの方がまだ可愛げがある破壊活動つーんだ! 第一これじゃあ、助けるはずの商隊にまで被害が出てるじゃねぇか!? 
    ハッ! どこのどいつだか知らねぇが、とんだイカレヤローだ…………ブバッ?!」
     一度この惨状を作り上げた人物の顔を見ようと思った首領は、振り向いた瞬間、
     目の前に迫っていた何かに思いっきり顔を強打され、吹き飛んだ。
     「―――誰がイカレヤローですって? 私はイカレてないし、第一私はヤローでもなく女よ!! この盗賊風情が!! 余計な手間を掛けさすんじゃないわよ!!」
     ゲシゲシと、顔面に飛び蹴りを決めたユナは、倒れてピクピクと体を痙攣させている首領に、更に追い討ちのように何度も蹴りを入れる。
     そんな鬼か悪魔のような事をしつつ、義兄のことで頭が一杯なユナは、一切の容赦も情けも首領にかける素振りも見せず、文句を言いながら尚も首領を蹴り蹴り続ける。
     ユナのその行為は結局、首領が口から血の泡を吐き出すまで続いた。
     ユナはそれで気がすんだのか、キリに再び跨ると、他の事には一切わき目も振らずに、一陣の風となってその場を後にした。



     ユナがその場を後にし、静けさが漂う中、むくりと一つ人影が身を起こした。
     地面に倒れながら、横目で戦々恐々とユナの行為を一部始終見ていたその人物は、辺りを見渡すと深い溜息をついた。
     「―――……これは酷い……」
     死屍累々とはまさにこの事だろうと、妙に納得した。
     見渡す限り、商隊の人員も、盗賊たちも死んだように地面に転がっている。
     未だ消えていない炎が、チロチロと真っ赤な舌のように地面を舐めている。
     荷馬車が横転していて、積んであった木箱が辺りに散乱し、更に木箱に詰め込んであった商品までが飛び出していた。
     この分では、売り物として売れる無傷の商品が如何ほどあるか。と心配になってくる。
     そうでなくとも、盗賊たちの所為で被害が在ったと言うのにと、商隊長は頭が痛くなってきた。
     間違いなく今回は赤字だろう。
     だが、いったい誰が悪かったと言うのだろう。
     護衛費をケチった自分か。はたまた、襲ってきた盗賊か。それとも、止めを刺したあの女魔法使いか―――
     考えるだけ無駄だと思い直し、商隊長は被害の確認を急ぐと共に、無事な人員を探すことにした。
     その前にと、念の為に、首領の息があるかを確かめることにした。
     商隊長は辺りを見渡すと、手頃な木の棒を拾い両手でしっかりと握り締める。
     そしてジリジリと、恐る恐るすり足で地面にうつ伏せに倒れている首領に近づく。
     首領の近くまで近づいた商隊長は、ゴクリと息を呑むと、震える木の棒で首領の体を突っつく。
     二度、三度と突っついても何の反応も示さない首領に、商隊長の行動はどんどんとエスカレートしていった。
     木の棒を放り投げると、今度は爪先で小突き、それにも反応を示さないと、首領の体を何度も踏みつけた。
     「―――……はは、はははは、あーはっはははははっ!! ざまーみろ! 悪は滅びるのだよ!!」
     それみたかと、首領の背に片足を乗せたまま、勝ち誇った笑い声を上げる。
     グラリ。
     「ん? なんだ、地震……か?」
     突如足元が揺れバランスを崩した商隊長は、疑問の声を出すが、最後の方は掠れるような引き攣った声だった。
     顔を強張らせ、首領の背から足をどけた商隊長は、恐る恐る下を向いた。
     そして見たくも無い光景を目の辺りにし、耳を劈く悲鳴を上げていた。
     「ひえ〜〜〜!! お許しを〜〜〜!! ほんの、ほんの出来心だったんですよ〜〜〜。金目の物は全て差し上げますから、どうか、どうか命ばかりはお助けを〜〜〜!!」
     体を震わせ、地面に額を擦り付けながら命乞いをするそのさまは、さっきまでの不遜な態度は一体なんだったんだ? 
     と疑問も出るが、力の無い人間など所詮こんなもんである。
     だが必死に命乞いをする商隊長に対して、不気味にも起き上がった首領は沈黙を保ったままだった。
     その沈黙の態度がかえって恐ろしく感じて、商隊長はそっと首領の顔を盗み見た。
     商隊長はまた、あの獲物を見つけた肉食動物みたいな笑みを見るのかと思ったが、それに反して首領の表情は、心此処に在らずといった呆けた顔だった。
     不思議に思った商隊長だったが、首領が何か小さく声にしたのを耳にすると、その場を飛ぶように後ず去った。
     「―――………………」
     ブツブツと虚ろな瞳で、空に向かって何事かを呟く首領に、商隊長は何を言っているのか興味を引かれ、耳をそばだてた。
     「―――……もうやだ、ボク。お家に帰りたい。ママの料理が食べたいよ〜。ボク良い子になるから、盗賊なんかもう辞める! お家の家業継ぐのー!! お馬さんと牛さんと暮らすのー!! 怖いのもうヤダーッ!! 女の子怖いよ〜。炎怖いよ〜。うえ〜ん、ママ〜……―――」
     「………………」
     強面の首領の突然の幼児退行に、商隊長は毒気が抜かれたように、ぽか〜んと間抜けな顔をさらした。
     一方首領は周りのことなどお構いにしに、「ママ〜!」と叫びながら、何処かえと走り去っていってしまった。
     余りの出来事に茫然自失となっていた商隊長は、もう一度辺りを見渡し、死屍累々の惨状を確認する。
     そして難しい顔で、「一件落着……なのか?」と首を捻った。



     その頃、義兄は―――

     「おお、これぞ手前の故郷。『フランペルッシェ』よ、手前は帰ってきたー!!」
     グッと拳を握り締め、天に向かって突き出す。
     なにやら一人称が、『俺』から『手前』になっているが、たいした理由は無い。
     さ迷い辿り着いた先の温泉宿で、蓬莱の物語を読んだときの主人公の一人称が、『手前』だったのだが、その言い方が気に入ったので使っているのだ。
     天に拳を掲げたまま、帰郷できた感慨に浸っていた義兄だったが、突如神妙な顔つきになると、重々しく口を開いた。
     「しかし……手前の家はどっちだ? 数年も帰郷しないとすっかり町並みも変わるから、さっぱりわからん!」
     なにやら偉そうに胸をそらしていうが、実際のところは、義兄が出稼ぎに出た頃から余り変わっては無い。
     ようするに、義兄がは数年間も暮らした町でさえ、道に迷うことなく目的地に辿り着けないのだ。
     さて、どうしたものかと腕を組んで悩む。
     「ん? もしかしてレイヴァンか?」
     呼ばれて振り返った義兄は、そこに懐かしい顔があって、思わずその顔が綻んだ。
     「ソーマさん、お久しぶりです。でも、なんで領主の貴方が護衛の一人も付けずに、出歩いてるんですか?」
     頭を下げて挨拶をする義兄だったが、仮にも領主のソーマが、護衛を一人も付けずに町に出歩いている事に顔を顰めた。
     「そう言うな。護衛を付けての散策など、肩がこっていかん」
     ニヤリと笑うソーマに、最後に会った数年前から、生前の両親の親友だったこの領主が変わっていないことに、少し嬉しくなった。
     「そう言えばレイヴァン、ユナの事で大事な話があるんだが……―――」
     義妹の事と聞いて、真剣な顔つきになる義兄だったが、話を聞くうちにその顔はどんどんと強張っていく。
     そして最後には「ユナーーーー!!」と絶叫を上げ、ソーマの前からあっと言う間に姿を消していた。
     一人取り残されたソーマは、
     「……ふむ、兄妹仲良きことは良きことかな」
     などと、のほほんと言ってのけた。

     現在の義兄の位置―――
     故郷から直線距離で0km
     やったね☆ 義兄は無事に帰郷できたよ☆



     次回予告―――

     次回予告はまたまた俺っチ、マオ様がやるのだー!
     遂に義兄は帰郷を果たしたな〜。
     ではー、いくぜぇー!
     次回、『捜し、求めるもの』最終幕。(多分)
     ユナは義兄の後を追い、故郷に帰ってきた〜。
     果たして妹と義兄はー、巡り合う事ができるのか〜?
     予定は予定であって、未定なのだぁー!
     そこんところー、宜しく―!!
引用返信/返信

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■223 / 親記事)  白き牙と黒の翼、第一話
□投稿者/ マーク -(2005/08/12(Fri) 21:54:29)
    2005/08/19(Fri) 16:25:04 編集(投稿者)


    『アキラ』






    「グハッ、はあはあはあ」

    ―なんだあいつらは?何故、俺を襲う?俺はただ。

    「ただ、血を吸っただけ、とでも言いたいわけかしら?」

    その男に立ち塞がったのは腰まで届く束ねられた茶のかかった黒髪の少女。
    その腰には一本の太刀が添えられている。

    「ああああ」
    「鬼ごっこはお終い。
     あんたはルールを破った、落とし前はつけさせてもらうわ」

    そういって、少女の身体が動く。
    次の瞬間には男の横を抜け、抜かれた刀には生々しい血が付着している。
    肩から斜めに大きく身体を切り裂かれ、男は呻き声を上げながら
    その身体が霧散していく。

    「ほんと、馬鹿ばかりね。
     あそこに残ってた方が平和だったのに」

    そういって、刀を払うと付着していた血は一滴も残らず
    元の美しい刀身を月光の元に晒す。
    それだけでもこの刀が特別な業物であることが分かる。
    少女が軽やかな動作で刀を鞘へと戻すと、図ったようにゆったりとした足取りで
    同じく腰から刀を下げた一人の整った顔立ちの少年、否、少女が
    無表情に歩いてきた。

    「そっちも終わったな。
     それにしても随分とあっけないものだな、ミコト」
    「そっちも終わった、サクヤ?」
    「ああ、教会のおかげでここらも荒れている」
    「ほんと、もう少し考えてやって欲しいわ。
     あれじゃあ、大人しかった吸血鬼までバロニスを出ていっちゃうじゃない」


    いるのはレムリアの街を出て僅かに南下した位置に当たる場所だ。
    少し前に起きた吸血鬼の国、バロニスに対する教会の大規模な攻撃の
    しわ寄せだ。
    バロニスに踏み込んできた教会の代行者たちに多くの吸血鬼が討伐され、
    恐怖に駆られてバロニスを離れたのだろうが、そこにいることで吸血衝動を
    抑えられいた多くの吸血鬼がその抑えられぬ衝動に身を任せ、各地で被害者を出して
    いる。しかも、中には配下まで作って、人々を襲っているものも多くない。
    今となっては教会もバロニスを離れた吸血鬼を優先的に討伐しているため、
    バロニスにいるほうが安全だ、というのにである。
    ならば、何故吸血鬼たちは戻らないのか?
    簡単である。
    吸血鬼にとって血は最高の美酒であり、一度でもその味を知った者ならば、
    その衝動には逆らえない。
    そして大量の僕を作り出し、その結果、さらなる血を求め各地で猛威を振るうのだ。

    「まっ、これでお仕事は終了。
     ベアのところに戻りましょ」









    「あー、暇だ」

    そういって、新聞を読みながら実につまらなそうに
    ため息をつく大柄の男。
    そして、店で出した料理の後片付けをしていた少女が
    その言葉に首を傾げる。
    何が?
    と、そう少女の顔には書いてあるかのようだ。

    「いやな、エルやアウラたちのおかげで随分と繁盛していたが、
     あいつらがいなくなったら、またこの調子だ、って思ったんだ」

    と、大柄な男、ベアはガラガラな店内を見回してそう言う。
    その言葉に少女、チェチリアは俯き、申し訳なさそうな顔をする。

    「ああっと、別にお前さんが悪いって言ってるわけではないぞ。
     むしろ、チェチリアのおかげで今の店が成り立っているようなもんだ。
     ただ、あの忙しさが嘘のようだって思ってな」

    バツが悪そうに頭をかきながら、まだ顔を俯かせているチェチリアに
    どう言ったものかと思案する。
    とつぜん、俯いていたチェチリアが顔を上げ、常備しているノートに
    スラスラと文字を書き込んでいく。

    『わかりました。皆さんに負けないようもっと頑張ります』

    どう取ったらそうなるのかは分からないが、ひとまず納得したような
    チェチリアにほっと、胸を撫で下ろす。

    「まあ、ほどほどにな」
    『はい。それで買い物に行きたいのですが』

    ノートに書かれた文字で会話するベアとチェチリア。
    後天的に言葉を話せなくなったチェチリアとの
    コミュニケーション手段の一つだ。

    「買い物?」
    『駄目ですか?』
    「いや、お前はあまり何かを欲しがるようなことはしなかったから
     ちょっと意表を突かれただけだ。
     服でも買いに行くのか」

    買い物と聞き、セリスたちと共に服を買ってきたときの様子を思い出す。
    表情も少々、困ったような顔だが、やはり嬉しそうだった。
    今まであまり物欲がなく、何かを欲しがる事など殆んど無かった為、
    少々意表を突かれた形になったが、チェチリアも年頃の娘、服ぐらい
    欲しがっても可笑しくは無いだろう、と思い微笑ましくなる。
    だが、それに対してチェチリア少々気まずそうな顔をする。

    『服とかではなく料理の材料なんです』
    「料理の材料?」

    と、さらに意表を突かれ、頭にハテナを浮かべて首を傾げる。
    その様子になにかバツの悪そうな顔でさらに文字を綴る。

    『お店の目玉になるような新しいレシピを考えようかと思って』
    「そっ、そうか。
     だが、服とかは欲しくないのか?」
    『いえ、あんまり欲しいとは・・・・・』
    「そうか・・・・まあ、お前がそれで良いならいいんだが」

    明らかにがっかりという顔で肩を落とし、ため息をつく。
    チェチリアの保護者として娘同然に今まで世話をしてきたが、
    贅沢な悩みであるが義理とはいえ親としてはもう少し、
    我侭を言われたり、頼られたりしたいものである。

    『すみません、では行って来ますね』
    「ああ、気をつけてな」














    「まいどあり」

    店から出て、他に必要なものはないかと確認する。
    かなり大量に買い込んだが、アーカイバのおかげで
    大した荷物にはなってない。

    ―ゴソゴソ

    突如、チェチリアの被った大き目の帽子が独りでに動く。
    その帽子に手で押さえつけて隠すようにし、
    周りに見られていないか確認する。
    どうやら、誰もそのことに気付いていないことに安堵し、
    帽子の中身を叱り付ける気持ちで帽子に載せた手で
    ポンポンと、軽く叩くようにする。

    ―キュゥ

    すると、帽子から奇妙な泣き声がかすかに聞こえた。
    チェチリア以外では聞こえないであろう小さな泣き声だ。
    その帽子の中にいるのはチェチリアが飼う動物の内の一匹だ。
    見た目は白い犬のような生き物。
    だが、犬とは明らかに違い、彼女が知る他の動物とも異なる。
    連れてきた理由はその動物の好みが知りたかったから。
    この動物、今まで読んだどの生物図鑑にも載っておらず、
    チェチリアと趣味を共有する物知りな無二の友人すらも
    その正体は分からないと言った謎の生物なのである。
    そのため、好みや苦手なものなど、その生態がサッパリ分からず
    困っていたのだ。
    特に苦手な食べ物はないようだが、犬にとってのネギ等のように
    人にはおよそ無害と思えるようなものでもこの動物にとっては
    有害となりえる可能性もある。
    そんなわけで、市場を回って好きな食べ物、嫌い、苦手な食べ物なら
    その匂いで反応するのではないかと思い、連れてきた。
    のはいいのだが店に動物を持ち込むのは迷惑だろうとは思い、かといって
    店の外に待たすの色々と問題があるため、帽子の中に隠して持ち込むという
    結論に達していた。
    少々、ずれた考え方だが、それもまたこの少女の個性であろう。
    狭い帽子の中で暴れようとしている動物を帽子ごと必死に抑え、
    小走りで道を歩く。
    ふと、目の前に何者かが立ちふさがった。
    目線を上げると全身に鎧を着た一人の騎士が目の前で仁王立ちしている。

    「帽子を取れ」

    突然いわれた言葉に驚きの表情を浮かべ、なぜ?と疑問符を浮かべ
    硬直する。

    「帽子を取らない、つまり取れない理由でもあるということか」

    突如、その腕をとてつもない力で押さえ付けられた。
    痛みに顔をしかめ、つかまれた腕の先、自分の腕を押さえる
    目の前の男の顔を見る。

    「帽子で誤魔化そうと思ったようだがそうは行かんぞ
     薄汚い獣人風情め」

    低く野太い男の声でそう言いながら、
    さらに強く腕を握り締める。
    痛みに顔をしかめ、何とか振りほどこうとするが、ビクともしない。

    「ふん、痛みで声も出せんか」

    男が腕の力を緩めるが、振り解ける様な力でもなかった。
    帽子が独りでに動いたので、帽子の中で獣人が頭に持つ
    獣人特有の獣ような耳が動いたからだと踏んだのだろう。
    だからこそ、帽子を取るように言い、取ろうとしなかったので、
    取れない理由、つまり獣人だと決めつけたのだ。
    突如、その腕をとてつもない力で押さえ付けられた。
    誤解を解こうと、チェチリアは帽子を取ろうとするが
    そこで動きが止まる。
    帽子の中にいるのは正体も何も分からない不思議な生物。
    そんな存在をこんな男に見せればどうなる?
    もしかしたら、金持ちの貴族に売られるかもしれない。
    下手をすれば、魔術師などの実験材料だ。
    この不思議な生物を見せるわけにはいかないと思い直し、
    無理やり、帽子の中の生き物を押さえ付けて
    勝手に出ないようにする。

    「いい訳をしないということは素直に捕まるという事か」

    男の下卑た笑いに身を震わせ、力いっぱいに首を横に
    何度も振るう。
    だが、そんなことは意に介さずチェチリアの腕を
    グッ、と強く引く。
    目を瞑り、力の限りで男の力に耐え、その場へと
    踏みとどまろうとする。
    だが、力の差は歴然でどんどん男に引っ張られていき、

    ―パンッ!!

    突如、男の力が無くなり、その腕が離される。
    そして、突然の出来事に対応できず、
    そのまま勢いあまって尻餅をつく形で倒れる。
    倒れた際の衝撃で帽子がずれて犬のような生き物が
    顔を出した。
    その犬(?)は目の前に立つ人影に目を向けている。

    「だいじょうーぶ?」

    発せられた幼い声は元は倒れたチェチリアの顔を覗き込む
    1人の少女。
    肩辺りまで伸ばされた耳を完全に覆うピンク色の髪、
    大きな真紅の瞳、声に違わぬ幼い顔つき。
    身長もそれほど高くなく、チェチリアと同じか下手すれば
    それより小さいぐらいだ。

    「ねえ、もしかして怪我したの?」

    と、少女の心配そうな顔に慌ててチェチリアは首を
    横に振るって答える。

    「そう、良かった。
     それにしてもオジサン。
     女の子に力ずくってのは良くないよ。
     この子も嫌がってたし」
    「何をする貴様!!」

    少女の声など全く聞いていない様子の男は、今まで
    チェチリアの腕を押さえていた方の手の甲をおさえながら、
    大きな声で叫ぶ。
    だが、少女の姿を確認した瞬間、呆けたような顔をし
    次の瞬間には、笑みを浮かべていた。

    「その髪と耳、貴様エルフ、いやハーフ、混血か。
     人以外の種族の主要都市への進入を禁ず。
     まさか、これを知らぬわけではあるまい」
    「だから?」
    「これを破りしもの、すなわち違反者とし、
     王命をもって連行する」
    「お好きにどうぞー。
     出来るならね」

    少女を捕まえれんと男が手を伸ばしその身体を掴もうとする。
    が、その手をかいくぐり、少女は男の額に奇妙な紙を
    貼り付けた。

    「ほう、早いな。
     だが、この程度で―」

    そこで、男の声が止まった。
    その顔にはありありと困惑の色が浮かんでいる。

    「かっ身体が動かん!?」
    「塔馬流陰陽符、
     封縛の符。なり」

    そういって、悪戯が成功した子供のように舌を出し、
    得意げな顔で男へと振り返る。

    「きっ貴様、何をした?」
    「ちょっと、術をかけただけだよ。
     その符の呪力が消えるまでは首より下は
     指一本動かせないよ。
     あっ、でも心臓とかは大丈夫だから安心してねー」
    「隊長!?
     どうしました」
    「クッ、この紙をはがせ!!」
    「はっ、はい!!」

    この騒動に誘われた男の部下らしき二人の騎士が現れ、
    男の命令に従い張られた呪符をはがそうと
    手を伸ばし、符に触れる。

    「言い忘れたけどー」
    「なっなんだこれは?」
    「動けない!?」
    「その札や、札の呪力下にいる者に触れると
     その人も動けなくなっちゃうからね。
     そんなわけで、通行人の皆さんもこれに触ると
     このオブジェの一部になっちゃうため
     気をつけてくださいね〜」

    目立った動きこそ無いが、往来のど真ん中に突っ立った
    騎士三人で構成されたオブジェから全員が距離をとって歩き、
    この通りだけ通行人の数が減っていく。

    「ありゃりゃ、ここの辺りのお店に悪いことしたかな?」

    バツが悪そうに頭をかきながら少女は辺りを見渡す。
    先ほどから、喧しい奇妙なオブジェは完全にスルーしている。
    見渡していると、少し離れた一軒の店の中から招くように手を
    振って呼んでいる者がいる。

    「立てる?」

    と、先ほどの騒動で呆然として尻餅をついたままだった
    チェチリアは慌てて、立ち上がり深々と頭を下げる。

    「そんなにしなくてもいいよ。
     それより、ちょっと呼んでるみたいだから僕は行くね。
     これからは気をつけて・・・・」

    と、そこでチェチリアからのすがる様な視線に口篭る。
    そして、その視線に耐え切れなくなったのか、困りながらも
    チェチリアに尋ねる。

    「せっかくだし、ついてくる?」

    ―コクン。




    「いや〜、スッキリしたぜ。
     良くやってくれた!!」
    「ったく、獣人狩りだの異端狩りだの
     言ってすき放題やりやがって!!」
    「だが、これで少しは懲りたろ。
     はっはっはっは!!」
    「嬢ちゃんも無事で何よりだったな」

    少女を向かいいれた先は何人もの男たちが
    席に座った酒場だった。
    そして、少女は男たちに誘われるがままに、
    真昼間から注がれる酒を飲んでいる。
    その状況をオドオドとした様子で眺めるチェチリア。
    男たちはチェチリアにも酒を進めるが、それらを
    丁重に、ジェスチャーで断っている。
    そして、ちょうど半刻ほど時間が過ぎたところで
    少女が立ち上がる。

    「さてっと。
     それじゃ、ご馳走様。
     ボクは帰らせてもらうからー」
    「おいおい、もう帰るのか?
     まあ、何時でも来いよ、歓迎するからな」
    「ありがとねー」

    店の扉を抜け、大通りに出る。
    あのオブジェは今だ残っているが、
    散々騒いでたため、息切れしてぐったりしている。
    しかも、一人か二人分、その体積を増しているように
    見える。

    「じゃ、これからは気をつけてね〜」

    ―グッ。

    立ち去ろうとする少女の動きが再び止まる。
    その服の裾をチェチリアにしっかりと掴まれていた。

    「・・・・まだ、何か用があるの?」

    少々、驚いたような、呆れたような、そして僅かに引きつったような
    笑みで少女が尋ねる。
    そして、チェチリアが逃がさないよう服を掴んだまま、
    服を掴む前に書いて置いたノートを見せる。

    『是非!!お礼をさせてください。
     腕によりをかけた料理をご馳走しますから!!』

    珍しく、強気なチェチリアとその熱の入った文章に先程より
    いっそう引きつった笑みのまま、さらに尋ねる。

    「・・・・お礼を受けなきゃ、離す気は無い。よね〜」

    ―コクン。

    「は〜あ、忙しいんだけどな〜。
     まあ、いっか。
     御礼は受けなきゃ失礼だもんね。
     君、名前は?」
    『チェチリアです』
    「ふーん、もしかして話せないの?」

    ―コクン

    「そっか。ボクの名前はアキラ。
     アマツ・アキラだよん」


引用返信/返信

▽[全レス1件(ResNo.1-1 表示)]
■225 / ResNo.1)  白き牙と黒の翼、第二話
□投稿者/ マーク -(2005/09/13(Tue) 00:30:21)
    『ツクヨ』








    ―パチッ

    「ムッ」
    「ふふふ」

    ―パチッ
    ―パチッ

    「ムムム」
    「ふっふっふっ」

    ―パチッ

    ―パチンッ

    「王手」
    「まっ待った!?」
    「これで待ったしても意味ないでしょ。
     いい加減にしたら?」
    「しかし、なかなかえげつない事をするな。
     どう打ってももう積みだろうこれでは」
    「まあね」

    一つのテーブルを境に向き合うベアとミコト。
    そして、ミコトの横からそのテーブルに置かれた木の板を眺めるサクヤ。
    二人がやっているのは蓬莱に伝わるゲームの一つ、
    将棋と呼ばれるものだ。
    何故二人がこのようなものをやっているかというと
    それらちょうど一刻ほど前に遡る。









    『何やってるんだ二人とも?』
    『ああ、我々の国に伝わる物で
     知略を競いあう遊びだ』
    『こっちで言うチェスと似た感じね』
    『ほう、面白そうだな』
    『やってみる?』
    『ああ、チェスなら自信はあるぞ』
    『そう簡単には行かないわよ』







    「しかし、遅いな」
    「何が?」

    ベアに目線を向けずに、将棋版に駒を並べていく。
    ベアを虐めて楽しんでいたが、やはり実力の同じものとやったほうが
    こういうゲームは楽しいものだ。
    結局、ベアは負けっぱなしでサクヤと
    交代することになった。

    「そろそろ、チェチリアが帰ってきてもいい頃なんだが」
    「そういえばチェチリアともう一人をさっきから見てないけど」
    「あの嬢ちゃんはなにやら用事があると言ってどっか行っちまったが、
     すぐ戻ってくるとチェチリアに言ってたぞ」
    「チェチリアは?
     まさか・・・・・家出?」
    「馬鹿を言うな!?
     あいつがそんなことをするか!!??」
    「・・・・・必死ね」
    「だな」
    「喧しい!!
     とにかく、アイツがそんなことするはずがない!!・・・・・多分」
    「じゃあ、チェチリアもお年頃だし、道端で出会った素敵な男性に一目惚れ。
     しかし、それを過保護で親馬鹿な養父が許すはずも無く彼女は愛の逃避行に」
    「駆け落ちというやつか」
    「・・・・・・・・・・・・早まるなーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!
     チェーーーチリアーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

    錯乱してチェチリアの名を叫びながら、通りへと飛び出そうとする。
    このままベアを外に出したらこの店の評判はがた落ちだろう。
    それはミコトたちにも都合が悪いので、
    慌ててベアを引きとめようとする。
    と、そこへ。

    ―ガランッガランッ

    いつの間にかドアにつけてあった来客を知らせるための鐘が
    店内に鳴り響き、扉が開く。
    その扉の先には都合よく、チェチリアが、そして見慣れぬ、
    いや、見覚えはあるのだろうがもう軽く2、3年は
    その顔を見てなかった筈の少女がミコトたちの眼に映る。

    「へ〜、なかなか綺麗だね〜。
     ってミコちゃん?」
    「・・・・・・・その喋り方はアキラの方よね」
    「そうだよん」
    「まさかと思うが、その格好で歩いてきたのか?」
    「当然だよー、ボクはツクヨみたいに化けれないからね」
    「カツラとか、髪を染めるとかあるでしょ?」
    「かつらなんて持ってないし、お母さんから貰った
     この髪を染めるなんて出来るはずが無いでしょ」
    「じゃ、帽子は?」
    「はっ、と。なるほど」
    「座布団一枚」
    「なんでやねん!!」

    ミコトは現れた少女、アキラの言葉とサクヤの対応に対して
    反射的にツッコミを入れる。
    だが、その次の瞬間にはとても疲れた顔でテーブルに
    突っ伏していた。

    「まったく、あんたの相手は心底疲れるわね。
     って、良く見ればツクヨがいないじゃない。
     どうしたのよ?」
    「分かんない。途中ではぐれちゃった。
     探してる途中でこの子が変な男に絡まれてたから
     助けてあげたら是非お礼に、って誘われたの」
    「ほほう、家の娘に手を出すとはよほど死にたいらしいな、
     そいつは」
    「安心してね、未遂だから。
     それに相手は騎士だったからを出すのは不味いと思うよ?」
    「国が怖くて冒険者をやれるか!」
    「もう、引退してるじゃない」
    「揚げ足を取るな!」

    若干、涙目にも見えなくも無いが気のせいだと思ったほうが
    ベアのためだろう。

    「ま、そんな事するのは正規の騎士じゃないとは思うけど、
     やるなら証拠は残さずやってよね」
    「当たり前だ。
     痛覚を持って生まれたことを死ぬほど後悔させてやる」

    そういって、黒い笑みを浮かべながらカウンターの下から
    愛用の戦斧を取り出し、手入れをする。
    ちなみに、当の本人はいまいちよく分かってないらしく、
    首をかしげながらその様子を眺めている。
    そして、アキラを連れてきた理由を思い出して、
    キッチンへと入り、買ってきた材料を取り出す。
    買ってきた材料から作る物を幾つか選び、作る物が
    決まったところで、それらの食材を調理していく。
    手馴れた動きで野菜を刻み、鍋に火をかけ順に食材を入れていく。
    僅かな時間でそれらの食材は実においしそうな料理へと
    変貌し、皿に盛り付けられ、テーブルへと運ばれる。

    「うわ〜、おいしそう〜」
    「結構、凝ってるわね。
     ねえねえ、私も一口いい?」

    ミコトがチェチリアに頼み込むが、チェチリアは
    困った顔をしながらも、胸の前でバツを作る。

    「はあ、駄目か」
    「いふぃふぃふぁふぁいふぉー」
    「口の中、無くなってから喋りなさいよ」
    「っん、ぷはっ。意地汚いよ〜、ミコちゃん」
    「・・・ねえ、それ止めてくれないって私、前に言わなかった?」
    「それ?」
    「その呼び方、ミコトで良いでしょ?」
    「可愛くないじゃん、これ嫌い?」
    「すっごく、嫌い。母さんと、そしてあの事を思い出させるじゃない」
    「アレの事か?」
    「そうよ」
    「え〜、なんで〜。ミコちゃん、上手だし綺麗じゃない」
    「私は剣の方が性にあってるのよ。
     剣を取った以上、あれをやるのは気が引けてね。
     神聖な儀式にこんな心境で望んじゃ不順でしょ?」
    「まあな。
     だが、宮瀬に生まれたのだから諦めろ」
    「はーあ、此花のほうが性に合ってるわ」
    「・・・・本気で言ってるのか」
    「冗談よ、あんたの苦労は分かっているつもりだもの。
     宮瀬だけだもんね、女が優遇されるのなんて。
     そういう意味では幸運なんだろうけど。
     おかげで三人の中じゃ、正式な跡取りは私だけだし」
    「そうだよね。ボクも大変だけど、サクヤちゃんはもっと大変だもんね」
    「・・・・・・・・ちゃんは止めろ」
    「ぶ〜〜」

    アキラが止まっていた腕を動かし、皿の残りを片付けていく。
    瞬く間に皿は空になり、満足そうにお腹を押さえる。
    注がれた水を飲もうとコップに手を伸ばし、それが空になると
    胸の前で手を当てて満足そうにご馳走様とチェチリアに言う。

    「で、ツクヨも一緒に来てるらしいけどわざわざ
     あんたまでここに来たのはどういった用件?」
    「ちょっと、アレについて気になることを見つけたから、
     2人にも教えようと思ったんだけど」
    「あんたまでついて来るなんて何かあったの?」
    「・・・・・・」
    「何なのよ?」
    「ちょっと遊びに来ちゃった、てへ」
    「てへっ、じゃなーい!!
     あんたがここに来ると面倒にしかならないって
     あれほど言ったじゃない。
     なのに遊びに来たですって!?
     一体なに考えてるのよ!!」
    「落ち着けミコト、コイツに何を言っても無駄だ」
    「そうそう」
    「自分で言うなーー!!」
    「それよりも、ツクヨを探さなくて良いのか?」
    「ん〜、探しに行こうにもどこにいるかさっぱりだし、
     目的地で待ってた方が賢明だと思うよ。
     それに」
    「それに?」
    「そろそろ来ると思うよ」

    ―バタンッ

    勢いよく開かれた扉の向こうに息を切らせて飛び込んできたのは
    アキラと同じ色の長い髪、同じ色の瞳を持ち、アキラよりも
    幾分か大人びた顔立ちと身体の少女だった。

    「ミコトよ、居るか!?アキラが!!
     っと・・・・・・アキラ?
     何故そなたがここに居る!!」
    「遅かったね〜、ツクヨ」
    「お疲れさん」
    「大変そうだな」








    「ね〜、機嫌なおしてよ〜」
    「別に妾は怒ってなどいないぞ」
    「そんなこと言うけど、言葉が刺々しいよ〜」
    「ふん、ならば何か後ろめたいことがあるからであろう」
    「ご〜め〜ん〜。誤るからさ〜、機嫌なおしてよ〜」
    「いったい、どうなってるんだ?」
    「2人ともそろったし、紹介するわ。
     2人とも私とサクヤの親類でこっちの小さいのがアマツ・アキラ、
     もう片方がアマツ・ツクヨ。
     いちおう、姉妹ということになってるわ」
    「・・・・・・お前たちの親族はいったい何人いるんだ?
     サクヤ以外、毎回違うやつらが訪れるが」
    「この四人だけだ。
     ツクヨにとっては2人とも初対面ではないはずだ」
    「だが、こんな個性的な者、忘れる筈は無いんだが?」
    「当然よ、顔が違ったもの」

    その言葉に2人がさらに首を傾げる。
    そんな噂の人物の片方は必死にもう一方の機嫌を伺っている。

    「ツクヨ、ちょっと解いてくれない?」
    「むっ、何か忘れている気がするが・・・・・・
     まあ、良かろう。
     確かに言うより実際に見せた方が早い」

    言い終わるが否や、ツクヨの姿が一瞬のうちに変貌した。
    身体中を金色の毛で覆い、ふさふさとした一本の尾をなびかせ、
    四本の足で床に立つ金色の狐。
    そして、その姿を見た瞬間、チェチリアが目にも止まらぬ速さで
    その金色の狐に力いっぱい抱きつく。

    「ぬお、離せチェチリア!?」

    金色の狐から発せられる切羽詰った声に反し、腕の力をさらに
    強めて抱きつく。
    無二の動物好きである彼女の前でこの姿になったのは失策であった。

    「ええーい。
     首が絞まっておると言うとおるのじゃ、離さんか!!」

    その言葉に驚き、慌てて力を緩めるが決して手は離していない。
    呼吸は出来るようになったが、あまり良い気分ではないため、
    抱きついた状態のままどうあっても離そうとしないチェチリアの腕を
    振り切ろうともがくが、どこにそれ程の力があるのかチェチリアは
    一向にツクヨを離さない。
    そして、無駄と悟ったのか抵抗が徐々に止んだいく。

    「ははは。その辺で妥協してあげなさい、ツクヨ」
    「くっ、人事だと思いおって!!」
    「そうは言ったって、実際に人っていうか狐事?」
    「で、それは何だ?
     獣人なのか?」
    「ふん、そのようなものと一緒にされるとは非常に不愉快だ」
    「たしかに、この存在はそのような可愛い存在ではない」
    「・・・・・・少なくとも獣人ではないんだな」
    「ええ、コイツは私たちの国、蓬莱に住まう妖魔、
     『金毛白面九尾の妖弧』と呼ばれる存在よ。
     本当なら高位魔族くらいの力は軽くあるらしいけど、
     今は弱ってるからそれ程の力は出せないらしいの。
     まあ、化け狐程度に捉えてくれれば良いわ」
    「なるほどな、化け狐か。
     こっちでも竜なんかが人に化けることがあるし、
     力ある者ならそれぐらいは出来てもおかしくは無いな」
    「そういうことだ。
     それでツクヨ。 
     アレについて何か進展があったらしいが?」
    「うむ、少々興味深いことを見つけた。
     あの二刀の過去にまつわるであろうことじゃ」
    「うん。それで、もしかしたら、アレを強奪した目的の手がかりに
     なるかもしれないと思ったんだけど・・・・」
    「続けてくれ」
    「え〜と」
    「うーむ」
    「どうしたの?」

    そこで言葉を止めてしまい、何か言いづらそうにしている。
    他人にはおいそれと言えない様な事なのか、それとも―

    「実は〜、詳しい内容を忘れちゃった」
    「・・・・・・・なっ」
    「な?」
    「なにやってんのよ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
    「あう〜、おふぉんないでよ〜」

    頬っぺたを引っ張られながら、謝るアキラとその頬を尚も引っ張るミコト。
    そして、その2人を放ってサクヤは申し分け無さそうに顔をしかめている
    ツクヨに話しかける。

    「忘れたとはどういうことだ」
    「アキラが学園都市の図書館でそれについて発見したらしいのだが
     それをうっかり妾に言おうとしてな」
    「忘却の呪か」
    「うむ、知識が流出するのを防ぐために生み出された呪いだ。
     特定の場所以外でその内容を他者に伝えようとすると
     その知識を忘れさせ、記録されていた場合もそれを強制的に破棄させる
     強力な暗示が籠められている。おかげで妾もその内容を知らぬのだ」
    「特定の場所がどこかは判らんが、少なくともその図書館内ならば
     大丈夫だろう。
     が、だとすると共に向かわねば、また忘れることになるな」
    「うむ、そうするが良かろう。
     全く面倒なものを仕掛けおってからに」
    「全くだ」

    「いひゃい。いひゃい」
    「反省しなさーーーい!!」

    そういって騒がしい二人の少女へと目を向け、二人は同時に深くため息をついた。









    「と、いうわけでみんなで調査に行くことになりました・・・・・・」
    「よろしい」
    「うう〜、僕のせいで忘れたわけじゃないのに〜」
    「確かに、忘れてしまったこと自体は仕方が無いことだな」
    「だよね、だよね」

    その様子に哀れみを感じたのかサクヤが庇う様にアキラの言い訳に同調する。
    仲間を得たアキラがミコトへ向け、責めるような視線を向けるが、その対象である
    ミコトはそんな視線を意に介さず、むしろ更に怒りをはらんだ視線で睨み返し、
    その視線にアキラは再び縮こまる。
    まさしく、その様は蛇に睨まれた蛙その物である。

    「忘れたことは良いわ。怒っているのはあんたがここにいることよ。
     その上、既に一悶着おこしているし」
    「うっ」

    痛いところを突かれアキラが言葉に詰まる。

    「けっ、けど、僕がいなかったらチェチリアがどうなっていたか」
    「それは結果論でしょ?
     それとも、まさかチェチリア助けるためにこっちに来た訳?
     そもそも、騎士がそんな強引なことをしたのも、実はあんたやツクヨの所為じゃないの?」
    「えっ」
    「ツクヨ、あんたアキラとはぐれる前に絡まれた?」
    「うむ」
    「絡んできたやつはどうしたの?」
    「さほど強引だったわけではないが、とにかくしつこかったからな。一人残らず黙らせた。
     しょせん女、子供と高をくくってたので容易だったぞ。
     ついでに言えばそのときアキラとはぐれてしまったな。
     なるほど、その教訓を生かして多少強引にでも連れて行こうとしたのか」
    「ア〜キ〜ラ〜」
    「あう〜、ごめんなさい」
    「・・・・・・・・・そういえば、ミコト」
    「なに?」
    「噂なのだが・・・昨夜あたりに南東の方角から巨大な怪鳥が現れたという話があったのだが」
    「・・・・・・・・・・・それ・・・・・・・・・ツクヨ・・・・・?」

    ツクヨの今の姿も変化の術でとっているのだから同じように鳥なり獣なりに化けることなど
    用意なはずである。
    もはや、隠しても仕方が無いとばかりにあっさりとツクヨは答える。

    「すまぬ。アキラには逆らえなくてな」

    結局、妖狐だとか言われてても身内には、義妹には甘いということだ。
    それは仕方が無い。なぜならそんな我侭を言ったのはおそらく。

    「わわっ!?ツクヨ、ミコトに言っちゃダメだっていったのに!!」

    この我侭な娘に違いないのだ。

    「ふふふふふふふふ」
    「ミッ、ミコちゃん?
     おっ落ち着いて。ね?」
    「私は落ち着いてるわよ。
     こんの大馬鹿者がーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」







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■186 / 親記事)  赤と白の前奏曲
□投稿者/ ルーン -(2005/04/17(Sun) 18:32:19)
     〜注意〜
     この話は、『捜し、求めるもの』のユナの学生編です。
     続きがあるかは、作者自身にも不明です。



     「ユナ・アレイヤ! ユナ・アレイヤ! 至急学園長室まで来なさい!!」
     今日一日の授業も終わり、魔法学園の寮の自室で、のんびりと読書をしていたユナの耳に、突然呼び出しの放送が飛び込んできた。
     ユナの容姿は、特徴的なのが赤い髪に赤い瞳。そして、まだ幼さの残る顔立ちだろう。
     それもその筈で、現在のユナの年齢は13歳である。
     だが13歳という年齢は、この学園都市の中では決して幼い方ではない。
     小さい方では、5〜6歳で入園するのも珍しくない。
     「なぁ、ユナ。何だか呼び出されているが、私が知らないところでまた何かやったのか?」
     そうユナに尋ねてきたのは、アルビノの為に雪のように白い肌と白い髪に、目が赤いのが特徴的なユナと同室の少女。
     名はレン・オニキス。
     喋り方は独特だが、レンもユナと同じ13歳の少女で、ユナとレンの二人が揃って歩けば、いろいろな意味で注目を集める存在だった。
     そんなレンは、学園の中でユナと親しい数少ない親友の一人でもある。
     そんなレンが不躾な態度でユナに接するのは、いつもの事である。
     ユナに対して、こんな不躾な態度を取れる人物は、学園の生徒は勿論、教職員を併せてもそうはいない。
     ユナが学園に入学してから3年ほど経つが、ユナの才能と性格は、良い意味でも悪い意味でも、学園内では有名だからだ。
     そしてユナは、そんな気心知れる数少ない親友の言葉に対して、
     「ん〜? 学園長に呼び出されるような事ねぇ……。禁呪が載っている禁書を勝手に呼んだことがばれたのかしら? それとも、立ち入り禁止区への無断侵入の件? それか、無断で持ち出したマジックアイテムを破壊したことかしら? それとも……」
     何やらブツブツと考え込むユナだったが、
     「う〜ん、一杯あり過ぎて分からないわ」
     あっけらかんと答えるユナだが、もしどれか一件でもばれたら、学園を追放されかねない程の違反には間違いない。
     そんなユナの言葉を聞いたレンは、
     「でもソレらは、痕跡すら残さないように万全の注意を払っただろう? 第一、学園内でもマジックアイテム紛失の件しかばれていない。そのマジックアイテムの件も、結局は私達が犯人だってばれてない。完全犯罪成立だ。第一、それだったら私も呼び出される筈だ」
     どうやらこのレンと言う少女も、ユナの犯罪の片棒を担いでいるようだ。
     「それもそうね。けどそうすると、本当に何の用かしら?」
     「さぁ? 行ってみれば分かるだろう」
     「それもそうね」
     本当に心当たりが無いのか、首を傾げていたユナだったが、レンの言葉に納得したのか椅子から立ち上がり、部屋のドアへと歩いていった。
     「じゃあ、行って来るわ」
     「行って来い。面白い土産話を期待しいる」
     と言ってレンは、部屋を出て行くユナに気楽に手を振って見せた。



     コッツ、コッツ、コッツ。
     石畳の廊下に、ユナの足音が静かに響いている。
     辺りはもう日が沈んでおり、廊下には魔科学の人工的な光が照らしている。
     「さて、いったい何の用なのかしらね」
     そう言ってユナは、重厚な木の扉の前で立ち止まった。
     重厚な扉に嵌め込まれているプレートには、「学園長室」と書かれていた。
     コンコン。
     ユナはノックをしてから、
     「ユナ・アレイヤ、呼び出しに従い、参りました」
     と、中に居るだろう学園長に声をかけた。
     「入りたまえ」
     「失礼します」
     返事が返ってきたのを確認したユナは、目の前の重厚な扉のドアノブに手を掛け、押し開いた。

     部屋に入ってまず目に飛び込んで来たのは、重厚な木で出来た机に、革張りの椅子に腰掛けている50代の男性。
     そして、その他にも二人の教職員の姿が在った。
     椅子に腰掛けているのは、この魔法学園の学長であるキース・ベロニカ。
     それとユナの学年の主任である、20代の男性教員デニス・アンダーソン。
     もう一人が、ユナの二つ上の学年主任である、30代の女性教員リンス・ファラン
     「(うーん、どの顔も怒ってるわね。本当に何の用かしら……)」
     三人の表情から、怒っている事は分かるが、何に対してなのか分からない為に、ユナは内心あれこれと考えていた。
     「学長、私をお呼びとの事でしたが、いったい何の御用でしょうか?」
     「うむ。よく来たな、ユナ・アレイヤ。さて、本日は何故君が此処に呼ばれたか分かるかね?」
     ユナは内心、「だから何の用だかと聞いてるんでしょうが!!」と思っていたが、
     「いいえ。私には、何故呼ばれたのか分かりません」
     そんな事はおくびにも出さずに聞き返した。
     それに反応したのが、リンスだった。
     「貴方、本当に分からないの? 貴方が昨晩何をしたか思い出してみなさい!」
     リンスの強い口調に、ユナは昨晩の自分の行動を思い返す。
     「(昨晩ね……。えぇっと、確か昨晩と言ったら……ん? もしかしてアレかしら。でも、アレはきちんと殲滅した筈だし……。流石に一晩で意識が戻るとは思えないけど……でも、アイツはゴキブリ並の生命力を持ってそうだし。確かアイツの親はバカ息子に相応しい、自尊心の塊のようなバカ親だったわね。とすると、やっぱりアノ件かしら……ね。でもアノ件なら、面倒事が起きないようにちゃんと手を打っておいた筈なんだけど……。うん、一応惚けてみよう)」
     「いえ。特に思い当たる件はありません」
     「貴方、本当にそう思っているの!」
     ユナの言葉に頬を引き攣らせるリンス。
     対してユナは、
     「はい」
     簡素にそう答えた。
     「貴方って人は! 昨晩、私の受け持つ学年の生徒の「クロス・ハーレン」に重症を負わせたでしょう!?」
     大声をあげるリンスだったが、ユナは内心やっぱりと思っていた。
     「ああ、確かにそんな事もありましたね。でもそれが、どうして私が呼び出される事になるんでしょうか?」
     そんなユナの言葉に、リンスは顔を真っ赤にして言い返そうとするが、キースがそれを手で制して、
     「ふぅ。君は簡単に言うがね、彼の家は伯爵家だ。その伯爵家のご子息を傷付けたとあっては、色々と問題が生じるのは当然だろう。それにハーレン伯爵家は、我が学園に多額の寄付をして下さっている。そのご子息を傷付けたともなれば、我々も何かしらの罰を君に与えなくてはならない」
     「(やれやれ。仮にも魔法学園の学長ともあろう人が、権力と金の力で膝を付いてどうするのよ)」
     内心呆れ果てたユナだが、
     「ですがあの決闘は、私と彼との間の問題です。父親が出て来たからと言って、私は謝る気は微塵もありません」
     存外に謝って来いと言っているキースに、きっぱりと拒絶の意をあらわにした。
     そんなユナの言葉に頭を抱えるキースだったが、
     「だがな、ユナ・アレイヤ。彼は、息子を半殺しと言うか……虫の息にした君を連れて来いと言っている。そうしなければ、今後一切我が学園に資金を寄付しないと言ってきているのだよ」
     「なぁ、アレイヤ。謝って来るぐらい良いじゃないか。それで、我が学園も救われる」
     初めて口を開いたデニスからの言葉に、
     「お言葉ですが、デニス学年主任教員。あの決闘の際に、私と彼との間で、後々面倒事が起こらない様にと念書を書いておきました。その念書の内容の一項目に、相手を殺しさえしなければ、どんな事になっても責任は問わないと言う項目もありますので、私に責はありません」
     そのユナの一言で、学園長室は静まり返った。
     念書を交わしていると言う事は、法的にも裁く事が出来ないからだ。
     それどころか、念書を交わしているのにも拘らずに、その内容を一方的に破棄すれば、貴族だろうが王族だろうが裁かれる可能性すらある。
     キースは声を掠れさせながら、
     「そ、それは本当かね?」
     「本当です。なんなら、今持って来ましょうか?」
     「う、うむ。そうしてくれ」
     「では」
     そう言って学園長室を出て行こうとしたユナだったが、扉の前でくるりとキースに振り返ると、
     「それと、レン・オニキスを連れて来て良いでしょうか? 彼女もあの時、見届け人として一緒にいましたし、それに念書にもサインをしていますから」
     「ふむ、レン・オニキスも一緒だったのかね? 宜しい。そう言う事なら、連れて来なさい」
     「ありがとうございます。では……」
     そして今度こそユナは、振り返らずに部屋を後にした。



     「それで、結局呼び出しの理由はなんだったんだ?」
     ユナが自分の部屋に帰ってきた早々に、レンが声を掛けてきた。
     「ああ、昨晩のあのバカ息子との決闘の事だって」
     「なるほど。あのバカ息子が父親に泣き付いたのか、それともバカ親父の方が、家名に泥を塗られたと騒ぎ立てているかのどちらかだな」
     「でしょうね。それで、念書を持って行く事になったわ。あと、レンも一緒に来て欲しいんだけど」
     「ふむ、私も見届け人としてあの場所にいたしな。それに、念書にも見届け人としてサインをしている事だし、別に構わんぞ」
     そのレンの言葉に、口元に微かな笑みを浮かべるたユナは、
     「ありがとう。では行きましょう」
     そう言ってレンを伴って部屋を出て行った。



     「これが先ほどお話致しました念書です」
     学園長室にレンを伴って戻ってきたユナは、そう言って一枚の紙をキースに手渡した。
     「うむ……」
     ユナから念書を受け取ったキースは、念書の内容を確認していく。
     一通り確認を終えたキースは、
     「なんだね、この念書は?」
     少し呆れた様にユナに聞いてきた。
     「何……とは?」
     キースの言いたい事は分かってはいるが、あえて聞き返すユナ。
     「この決闘に勝ったら、ユナ・アレイヤはクロス・ハーレンの恋人になると言うのだよ」
     その言葉を聞いたユナは、嫌そうに眉を顰めながら、
     「ご覧の通りです。あまりにもクロス・ハーレンが、自分と付き合え付き合えと煩かったので、私との決闘に万が一でも勝てたら、恋人になってあげると言っただけです。逆に私が勝ったら、もう私の前に姿を現さないという条件を加えてですが。結果は……まあ、今までの鬱憤も織り交ぜて虫の息にしましたが」
     「なるほど……ところで、念書はコレだけかね?」
     「いいえ。私が一枚に、クロスが一枚。そして、見届け人のレンが一枚の計三枚あります」
     「ふむ、レン・オニキス。君が持っている一枚も見せてくれんかね?」
     キースのその言葉にレンは怪訝な表情を浮かべ、
     「だが、内容はソレと同じだが?」
     「何、念の為と思ってくれたまえ」
     「……分かった。コレだ」
     ユナが頷くのを見たレンは、念書を懐から取り出し、学園長の机の上へと置いた。
     「ふむ、確かに同じ内容だな。サインもある。デニス学年主任教員、リンス学年主任教員、確認を」
     「これは、まぁ……」
     「これはこれは、確かにコレでは、謝りに行けとは言えませんね」
     「ふむ、困った事にな。デニス学年主任教員、リンス学年主任教員」
     そう言ってキースは二人の教員に目配らせをした。
     キースの目配らせを受けた二人は、
     「でもまぁ、その念書も……」
     「燃えて無くなってしまえば、意味もありませんわね」
     そう言って二人は、念書を炎の魔法で燃やしてしまった。
     だが、念書を燃やされたにも拘らず、ユナとレンには慌てた様子は見当たらなかった。
     唯二人の顔には、三人に対する軽蔑と嫌悪の表情が浮かんでいた。
     「さて、厄介な念書も無くなった事だし、伯爵に謝りに行って貰おうか」
     「まぁ、これも学園の為だ。すまんな」
     「貴方達はまだ子供だから、伯爵もきっと優しくして下さるわ」
     三人はユナとレンに対して、嫌らしく醜悪な顔で言う。
     そんな三人に対して、ユナとレンは冷笑を浮かべた。
     「何故私達が、伯爵なんかに謝らなければならないのかしら?」
     「まぁ、予想通りと言えば、予想通りの展開だな」
     完全に小ばかにした態度のユナと、呆れたように肩を竦めるレン。
     キースはそんな二人の態度が気に入らないのか、
     「念書が無ければ、如何する事も出来まい?」
     そう言うと勝ち誇った笑みを浮かべた。
     「はぁ、予想通りと言ったでしょう。念書を焼かれるのも、予想の内の一つでした」
     「それなのに、念書が三枚だけだと思うか?」
     「実は念書は三枚ではなく、五枚あったんですがね」
     その言葉に凍りつく三人。
     「な、何だと!? 何処だ!? 残りの二枚は何処にある!?」
     声を荒げ、キースはユナに掴みかからんばかりの勢いで、詰め寄ってきた。
     「バカですか貴方は? そんな事を言うと思いますか?」
     「全く、由緒正しい魔法学園の学園長に学年主任教員の二人が、此処まで腐っているとはな。呆れてモノも言えん」
     ユナとレンの言葉に、デニスとリンスは怒りの表情を浮かべるが、
     「そう言えば学園長、先月の27日の午後9時30分頃、いったい何処で何をしていました?」
     「突然なんだ?」
     怪訝な表情を浮かべるキースに、レンはニヤニヤしながら、
     「いいから答えてみろよ」
     「先月の27日の午後9時30分頃だと? あの日のその時間は確か……!!」
     何かに思い至ったのか、キースは驚愕の表情を浮かべ、そしてその顔色は真っ青になった。
     「どうしたのですか学園長!?」
     そんなデニスの声も聞こえないのか、
     「な、何の事だかさっぱり思い至らんね……」
     そう言うキースだったが、その表情は優れなかった。
     「そうですか? では、ちょっとお耳を拝借―――」
     そう言ってユナは、キースの耳元に口を近づけると、何事かを小声でキースに囁いた。
     「なっ!!」
     ユナの言葉を聞いた瞬間、真っ青だったキースの顔色は、最早土気色にまでなっていた。
     「そう言えば、デニス学年主任教員。貴方は今月の3日の午後8時頃、何処で誰と一緒だった?」
     レンの嘲りを含んだ口調に、デニスは怒鳴ろうとしたが、レンの言った日時を思い浮かべ、キースと同じように顔色を悪くした。
     「ふん。思い当たる節があるようだな。では、耳を貸して貰おうか」
     そう言うレンの言葉に、デニスは逆らえずに耳を貸すと、やはりデニスの顔色も土気色になった。
     「ふ、二人とも如何したって言うのよ!」
     怯えるリンスにユナは、そっと口を耳元に近づけ―――
     やはりリンスも顔色を悪くし、カタカタと震え出した。
     暫くそんな三人の様子を見ていたユナとレンだったが、
     「それで? 私達はハーレン伯爵に謝りに行かなくてはならないの?」
     そう問うユナに、
     「い、いや。それは……」
     「ハッキリしたらどうだ!?」
     口ごもるキースに、レンが怒気を含んだ口調で言った。
     「う、いや、あの、それは……」
     「良いわ。ハーレン伯爵家には行きましょう。私達を手篭めにしようなんて考えている、エロ親父にはお仕置きが必要だしね」
     「それもそうだな。きっちりと後始末はしないとな」
     そう言って二人は学園長室をでて行こうとするが、
     「あ、そうそう。コレをばらされたくなかったら、私達の機嫌を損ねない事ね」
     「万が一にも、私達に危害を与えよう等と考えてみろ。その時は……分かっているよな?」
     そのレンの言葉が止めとなったのか、室内に取り残された三人は、うな垂れたまま顔を上げようとしなかった。
     そしてこの瞬間に、表はどうであれ、裏の学園内でのヒエラルキーは決まった。



     「やれやれ、三年掛けて集めた情報が、こんなところで役に立つとはな」
     「全くね。私は、違う場所で役に立つと思っていたんだけどね」
     自分達の部屋に戻ってきた二人は、そんな事を話し合っていた。
     この二人、入学当初から同じ部屋になってからと言うものの、こうして学園に関係している人物の人間関係などを中心に情報収集をしていたのだ。
     その主な理由は、悪事を働いた時に、万が一にもでばれた時の保険として情報を集めていたのである。
     それが今回、こんな形で役立ったのだ。
     「それにしても、キース学園長は年下の女性と不倫……。婿養子なのによくやるわ」
     呆れたように言うユナに、
     「それだったら、デニス教員は道徳的にも拙いだろう? 何せ、教え子に手を出しているんだからな。それも複数」
     怒りを滲ませながら言うレン。
     そんなレンにユナは肩を竦め、
     「でもまぁ、三人の中では、リンス教員が一番まともかしらね。ロマンチストで乙女チックなだけだし……」
     「ああ、だが、あの歳で白馬の王子様はないとは思うがな」
     二人は顔を見合わせ、肩を竦めあった。



     後日、ハーレン伯爵家に出向いた二人をニヤニヤしながら出迎えた伯爵だったが、二人が客間を後にした頃には、10歳は老け込んだ様子だったと言う。
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■212 / ResNo.1)  赤と白の前奏曲Act1
□投稿者/ ルーン -(2005/05/15(Sun) 15:44:03)
     〜注意〜
     この話は、『捜し、求めるもの』のユナの学生編です。
     又、この話の時空列は滅茶苦茶です。



     真っ暗な空間が支配する中、微かな明かりが一点灯っていた。
     明かりに照らされるのは、二人の横顔だった。
     一人は赤い髪に赤い瞳が印象的な少女。
     もう一人は、白い髪に赤い瞳の少女。
     「ユナ、そっちはどうだ?」
     白い髪の少女は、男っぽい喋り方で、隣で作業をしているユナへと尋ねた。
     「こっちは……ん、あと少し。レンそっちはどう?」
     ユナと呼ばれた少女は、両方の掌を淡く魔力で輝かせながら、白い髪の少女に向かって尋ね返した。
     「ああ、こっちもあと少しだ。……この術式を変更してっと。……おっと、この術式はトラップだな」
     レンの両方の掌も、淡く魔力で輝いて見えた。
     二人は暗闇が支配する中、石畳の地面に這いつくばって、石畳に刻み込まれている魔方陣の解読、書き換えをしていた。
     二人の魔方陣に対する解読に書き換えは、止まる事を知らないかのように、一定のスピードを保ちながら進んでいた。
     二人はあまりにも簡単に魔方陣に対する解読に書き換えをしているが、本来ならかなりの時間と労力に知識が必要な作業である。



     なぜならば、まずは魔方陣を構成するのに使われている文字を解読する必要がある。
     その次に、構成している文字の書き換えにも魔力を消費する。
     魔方陣を構成する文字は、連動するものもあるので、それの書き換えや構成するところの意味も把握しなければならない。
     魔方陣はその構成する文字によって、性能や発揮する効力などが千差万別する。
     その全てを把握しなければ、魔方陣の書き換えなど不可能なのだ。
     もし、半端な知識で書き換えなどしようものなら、その者を待っているのは死だ。
     それほどまでに、危険で知識と膨大な魔力を必要とする作業を、12歳の少女が成し遂げているのだ。
     それだけでも二人の少女の非凡さが伺えるが、二人の少女はその作業を楽々こなしているのだから、最早驚愕するしかない。
     二人は魔法学園に通ってはいるが、断じて生徒ではこのような真似は出来ない。
     それどころか、教職員でさえ、ここまでスムーズに出来るか怪しいものだ。
     何より信じがたいのは、二人はまだ魔法学園に入園してからまだ二年しか経っていないことだ。



     「えっと、この文字はこっちの構成にも影響しているのね。と言う事は……やっぱり、警報がなるようになってるわね。でも、こっちの構成を弄くれば……、よし! これでこの構成は死んだも同然ね」
     「ん、ユナの方も順調のようだな。それだったら、私も負けていられないな。ふむ、この構成は少し厄介だな。だが、こことあそこの構成を弄くり、あっちの構成と連動させれば……」
     二人はまるでこの構成の解き方を予め知っているように、迷いなく解いていく。
     そして―――



     「これで最後だな。……よっし、こっちは終わったぞ、ユナ! そっちはどうだ?」
     「私もコレでラストよ! ……ここの文字をこの文字に書き換えれば……これでどう!?」
     ユナがそう叫んだ瞬間―――
     カッ!!
     魔方陣が勢いよく輝きだし、真っ暗だった部屋を照らす。
     光りは徐々に光力を落とすと、ふっと消え去った。
     魔方陣の輝きが収まるのと同時に―――
     ズゴゴゴゴゴ……
     突然前方の壁が、重々しい音と共に、真っ二つに割れていった。
     ガゴン……
     壁が左右に完全に割れると、そこには地下へと下りる階段が姿を現した。
     「どうやら成功したみたいね」
     「ああ。まあ、当然の結果だがな」
     レンの言葉にユナは苦笑をもらした。
     一見ただの自信家とも見える彼女だが、ユナは彼女がどれほど自分の技術と知識に磨きをかけているのかを知っている。
     もっともそれはユナにも言える事ではあるが。
     「なんだ? 笑っている暇があったら、さっさと行くぞ」
     ぶっきらぼうにそう言って階段を降りて行くレンに肩を竦めると、ユナもレンの後を追った。



     石畳の階段を降ること数十分経つが、未だに階段の終わりは見えてこない。
     その事に多少飽きてきた二人は、ここに来る事になった原因を思い返す事にした。



     「なあユナ、こんな本が手に入ったんだが、どう思う?」
     そのレンの言葉に、レンが手にしている本に眼を向けたユナは、眉を顰めた。
     レンが手にしている本は、いかにも古本といった古びた本なのだが、古代書というにはなんの魔力も感じなかったからだ。
     古代魔法文明期の魔道書や重要な事が記された書物には、劣化を防ぐための魔法が施されており、その為、現代でも多くの書物がほぼ当時の状態のまま発見されている。
     中には魔法の効果が切れてボロボロになった書物も発見されるが、その殆どが重要価値の低いものだった。
     それでも魔力の残滓を感じる事はできるのだが、目の前の本からはなんの魔力の残滓も感じられない事から、古代魔法文明期後の本だと思われた。
     そんな本を手に入れたからと言って、あのレンがユナに意見を求める事は無い為に、レンの意図が読めずにユナは眉を顰めたのだ。
     そんなユナを知ってか知らずか、いや、わかってはいるのだろうが、レンはそんな事にはお構いなく続ける。
     「実はな、これは私の親父殿が送ってきた物なんだ」
     「レンのお父さんが?」
     レンの言葉にますます眉を顰めるユナ。
     レンの”本名”を知っているユナは、当然レンの父親の仕事も知っている。
     だからこそ、その父親が送ってきた物が、ただの古本だとは思えなかった。
     そのユナの疑問に答えるかのように、レンは話を続ける。
     「ああ。本と一緒に送られてきた親父殿の手紙を読んだら、この本の重要性が分かるぞ」
     レンは上着のポケットから手紙を取り出すと、ユナに向けて放り投げた。
     それをユナは空中でキャッチすると、手紙を素早く読み始めた。
     手紙を読み進めるうちに、だんだんとユナの表情に険しさが増していく。
     「これ……本当なの?」
     手紙を読み終えたユナは、険しい表情のままレンに問い掛けた。
     「ああ、本当だとも。そうでなければ、あの親父殿が手紙まで添えて私に送ってくるはずがあるまい?」
     「ええ、それもそうだったわね。ごめんなさい。それで、この手紙は燃やした方が良いのかしら?」
     「いや、気にするな。そうだな……手紙は万が一の事を考えて、燃やしてしまった方が良いだろう」
     レンの言葉を聞いたユナは、手に持っていた手紙を炎の魔法で灰にした。
     「それにしても……まさか禁書の在りかを記した本ととわね。流石に驚いたわ」
     「だな。おまけに、禁書の在り処はこの学園の敷地ときてる。親父殿が私に送ってくる訳だ」
     そう言って肩を竦める。
     レンが手にしている本は、この学園の何代前かは分からないが、学園長が封印した禁書の在り処を記した本だった。
     ユナたちには、この本がオリジナルかコピーかは判断できなかったが、レンの父親が送ってきた事から、この本に書かれている事は真実だと判断した。
     「それで、どうする?」
     そのレンの言葉に、
     「当然、決まってるでしょう?」
     にやりと邪悪な笑みを浮かべた。



     そんな事を思い返しているうちに、階段の終わりが見えてきた。
     二人は互いの顔を見合わせ頷くと、勢いよく階段を降り始めた。
     階段を降りた先にあったのは、一本道の石畳の通路だった。
     高さは3mほど。横幅は2mほどと、やや狭い。
     このような場所で戦闘になっては、ユナの実力は十分には発揮されない。
     何故なら、ユナの得意な魔法が炎術系な為に、狭い場所だと使いかってが悪いからだ。
     だが逆に、レンにとってはこの程度は苦にもならない。
     レンの魔法は、場所を選ばない強みがある。



     くねくねと曲がる通路を、二人は罠に気を付けながら進む。
     カチ……
     その音を聞いて、左足を出したまま固まるユナ。
     隣を恐る恐る見てみれば、レンが睨んでいた。
     「……ユナ」
     「……ごめん」
     ユナはレンの声に頬を引き攣らせた。
     ユナは、このルームメートが本気で怒った時の事を知っている。
     周りから恐れられているユナが言うのもなんだが、本気で怒ったレンは洒落にならないものがある。
     ハッキリ言って、レンの激怒モードに対峙するぐらいなら、魔物の群れの中に飛び込んだ方が気楽だ。
     今回は自分に非があるし、レンも激怒モードではないようなので、ユナは素直に謝った。
     もしも激怒モードに突入していたら、一目散に逃げるに限る。
     ガチャン。
     そんな音がした壁を見れば、なにやら弓や石弓が壁一面からせり出し、ユナ達の方へ向けられていた。
     「魔法ではなく、こんな原始的な罠に引っ掛かるなんて……」
     「まあ魔法じゃなく、こんな罠だからこそ引っ掛かったのかもしれんがな……」
     落ち込むユナに、レンは淡々と言った。
     だが、レンの言う事にも一理あった。
     ユナやレンが注意していたのは、魔法による罠のみで、こんな物理的な罠は想定外だった。
     第一、魔法学園の学園長が隠した禁書なら、魔法的な罠が在る事は予想できても、このような物理的な罠は、どうしてもイメージが結びつかない。
     今の二人は、その事に関しての盲点を突かれた格好だ。
     しかし、無数の矢が放たれようとしている割には、二人は落ち着いていた。
     仕掛けられた矢がひとたび放たれれば、二人は針鼠どころか、肉片すら残るか危うい状態だと言うのに。
     ……ビュッ!!
     風を切り、一斉に矢が放たれた。
     前方を埋め尽くす程の無数の矢。
     矢は獲物を求め、一直線に二人へと襲い掛かる。
     無数の矢が二人に突き刺さる―――
     そう思われた直前、突然暴風が吹き荒れた。
     暴風は飛んで来た無数の矢を弾き飛ばし、あるいはへし折る。
     遂に無数の矢は、二人に一本も突き刺さる事も無く、暴風に全て阻まれた。
     飛んで来る矢が無くなるのと共に、吹き荒れていた暴風も幻のように掻き消えた。
     暴風が消え去った地に残ったのは、地面を覆い尽くすへし折れた矢と、無傷の二人だけだった。
     「ご苦労様、レン」
     「気にするな。この程度なら、大した手間でもない」
     これがレンの力。
     先ほどの暴風は、レンが魔法によって生み出したもの。
     ユナが炎術系の魔法が得意なように、レンは風術系の魔法を得意としていた。
     その力はご覧の通り。
     「やれやれだ。次からは、魔法以外の罠にも気を付けながら進むとするか」
     「ええ、そうね」
     二人は頷きあい、通路の奥へと足を踏み出した。



     あのトラップの後にも、幾多ものトラップが仕掛けられていたが、注意深く通路を進んでいた二人は、その全てを回避、あるいは解除しながら進んでいった。
     そして遂に二人は、目的の禁書がある部屋へと辿り着いた。



     「ねえ、アレって、いかにもって感じなんだけど……。レンはどう思う?」
     「ああ、確かにいかにもって感じだな。禁書の守護者か……。材質はなんだと思う?」
     二人の視線の先には、禁書が祭られている祭壇―――
     その横に鎮座する、二体の像に注がれていた。
     今のところ、その二体の像からは、魔力は感じられなかったが、おそらく後数歩祭壇に近づけば、禁書を守る守護者として目覚めるだろう。
     そして今二人が気にしているのは、その二体の守護者……つまりは、ゴーレムの材質だった。
     ゴーレム、あるいはガーゴイルなどは、遺跡などの宝を守る守護者や番人として有名だが、その力と能力は込められている魔力と材質に左右される。
     今まで発見されたゴーレムで最も強かったのは、オリハルコン製のゴーレムである。
     オリハルコンはその特性から、耐魔力が強く、また強度も最高峰の金属とされている。
     もっともオリハルコンは希少金属の為に、古代魔法文明期以後のゴーレムの作成には使われていない。
     「オリハルコンって事は無いと思うから……、ミスリルってところかな?」
     「ミスリルか……。妥当なところか。だが、オリハルコンよりは多少はマシと言えるが、ミスリルも十分耐魔力や、強度が高い。厄介と言えば厄介に変わりは無いな」
     レンの言葉に頷く。
     「ええ。それに、通路とよりは広いと言っても、私は全開で戦えないわね」
     「だな。私の魔法でも決定打に欠けるか。となれば……」
     ユナへと視線を視線を向ければ、
     「分かってる。後はタイミングが問題ね」
     「その辺は臨機応変に。戦いながら作り出すしかないな」
     二人は頷き合う。
     そして、一斉に互いが互いの相手へと向かって、先制攻撃を仕掛けた。



     爆炎。
     起動したばかりのゴーレムに、問答無用に火炎系の魔法を叩き込んだ。
     もっとも、ユナはこの程度でゴーレムを倒せるとは思ってもいない。
     あるていど傷でも付いていれば儲けもん。その程度に考えてはいた。
     だが……
     「いくら力をセーブしているからって、まさか傷一つ付かないなんて……。まいったわね」
     ポリポリと頬を掻き、衝撃で体勢を崩したゴーレムを呆れた表情で見た。
     ゆっくりと重々しく体勢を立て直したゴーレムは、ユナを敵と認識し、突進する。



     「……やれやれだ。スパっと斬り飛ばせるとは思ってもいなかったが、せめて装甲ぐらいは凹んでくれても良さそうなものを……」
     風の刃を放ったレンは、装甲に凹んだ跡すらも見えない事に、今後の戦闘の展開を思考した。
     レンの風の刃は、鋼程度なら豆腐のように切断できる威力を持っている。
     となりの様子を窺えば、ユナはゴーレムに追い掛け回されていた。
     まあ、ユナは此処では本気を出せないし、ゴーレム相手に効きそうな武器も生憎持ち合わせていないので、逃げ回るのも仕方が無い。
     そうは思うのだが、あのユナ・アレイヤが逃げ回っている姿を学園の者達が見たら、一体どういった反応を見せるかと思うと、レンは知らず笑いが込みあがってきた。
     「くっ、いかんいかん。私の方の敵も健在だったな」
     そう言って吹き飛ばしたゴーレムの方を見てみれば―――
     「うォ?!」
     目の前に迫るのはゴーレムの拳。
     レンは反射的に仰け反り、拳を交わす。
     「ちっ! どうりゃー!!」
     目の前を通り過ぎる腕を両手で抱き付く様に掴み取り、レンはゴーレムを投げ飛ばそうとする。
     レンとゴーレムの体重差は、十数倍以上。
     例え筋力を魔力で増幅したところで、とても投げ飛ばせる相手ではない。



     ―――だが、目を疑う光景が繰り広げられた。
     ふわりとゴーレムの巨体が浮かび上がり、次の瞬間―――
     轟音と共にゴーレムが石畳へと叩きつけられた。
     絶対に不可能な出来事。
     それを可能にしたのは、レンの格闘センスと風の魔法。
     風の魔法でゴーレムの足をかり、増幅した筋力と技でゴーレム自身の力を利用し、投げる下準備は完了。
     その上で、風の魔法でバランスを崩したゴーレムを押し上げて投げ飛ばす。
     どれか一つでも欠けていたら出来ない技。
     ゴーレム自身の力に体重、投げ飛ばされるスピードに加えて、石畳の硬度。
     それらが相乗し、その威力は計り知れない。
     だが、それでもゴーレムに致命的な損傷は与えていない。
     外側からの攻撃には、桁違いの耐久性を誇る。
     ならばと、レンは倒れているゴーレムから離れ、ユナを見る。
     逃げ回りながらもゴーレムに攻撃を加えていたユナも、レンと同じ結論に至ったのか、レンと視線が混じった。
     一瞬のアイコンタクトによるやり取り……それだけで互いの考えを見抜き、行動に移す。
     レンは起き上がったゴーレムに、風の魔法で挑発しつつ、静かに計画を進めていく……。



     無数の爆音。
     連続して、ゴーレムに火球を叩き込む。
     流石にこれは効いたのか、壁へと勢い良く叩きつけられる。
     少し余裕ができたユナは、レンの方へと目を向けた。
     そして其処で見たものは―――
     (相変わらず、無茶苦茶な奴……)
     それが、ゴーレムを投げ飛ばしたレンに対してユナが思った事だった。
     レンの格闘センスは天性のモノがあるし、風の魔法の使い手としても天才的だ。
     しかし―――
     「レンとだけは喧嘩したくないわ。接近戦に持ち込まれたら、洒落にもならない……」
     あのゴーレムを豪快に、しかし奇麗に投げ飛ばした親友に、ちょっぴり頬が引き攣った。
     だが、石畳が凹む程の衝撃を受けたにも関わらず、ゴーレムに然したる損傷は見当たらない。
     今のところ互角だが、こっちは生身の人間で、相手はゴーレム。
     何時かは、スタミナと集中力が切れて負ける―――となれば、あの方法しかない。
     そう思い至ったところで、レンと視線が絡み合った。
     どうやらレンもユナと同じ考えに至ったようだ。
     二人はアイコンタクトで意思を疎通しあい、行動に移した。
     ユナは自分が相手をしていたゴーレムに、火球で挑発しながら、ある地点へとゴーレムを誘いこんだ。



     「レン!」
     「ユナ!」
     互いにゴーレムに対して攻撃を加えながら、二人は合流した。
     二人は互いに背を合わせ、ゴーレムを待ち受ける。
     「ユナ、残りの魔法力は足りるか?」
     「ええ、なんとかね。あの二体を倒す分には問題ないわ」
     合流した二人は、まず互いの状態を確認しあった。
     これから二人がやる手段には、失敗は許されない。
     「レンの方は?」
     「私も似たようなモノだな……。さて、お喋りは此処までのようだ。ヘマはするなよ?」
     「ハッ! 誰に向かって言っているのよ? そっちこそ失敗しないでよね」
     「それこそ、だ。来たぞ!」
     二人を追ってきたゴーレムは、重々しい地響きを鳴らしながら、二人へと向かってきた。
     10m、9m、8m、7mと徐々に近づき、そして……残り1m。
     二体のゴーレムは、合わせ鏡のように向かい合い、振り上げた拳を勢い良く振り落とす。
     二つの拳が二人の少女を肉片に変える―――
     その瞬間、二人は横へと身を投げ出した。
     突然目標を見失った二体のゴーレムの拳は、石畳へと突き刺さり、その巨体が仇となり、互いの体がぶつかり合った。
     損傷こそ無いものの、二体のゴーレムは大きく体勢を崩した。
     その瞬間―――
     「今よ!」
     ユナの声が部屋に響き、片膝を地面に付いた状態のままレンが詠唱を始める。
     「風よ、我が望むは戒めの鎖! 我が敵をその身を鎖となして、その動きを封じよ!!」
     レンの呼び声に応じて、風が戒めの鎖となって、二体のゴーレムの動きを封じる。
     「頼んだぞユナ! そんなに長くは持たない!」
     レンの言葉に頷いたユナは、詠唱を始める。
     「炎よ、その身を幾多の業火の剣と化し、我敵を射殺し、焼き滅ぼせ! 汝には、如何なる距離も障害も無し!!」
     ユナが最も多用する空間設定型魔法。
     それが動きを封じられた二体のゴーレムの周囲に、数十本にも及ぶ炎の剣を呼び出した。
     だが、出現場所には偏りがあった。
     多くの剣が現れたのは、関節部分。
     なまじ人型なゴーレムなだけに、関節部分が一番脆い。
     それを狙い易くする為にレンの魔法でゴーレムの動きを封じ、数十本の炎の剣にものを言わせて間接部を破壊する。
     これが二人があの一瞬のアイコンタクトでたてた作戦。
     炎の剣は、数にものを言わせて次々と関節部分に突き刺さる。
     一本一本では僅かなダメージしか与えられないが、それが数回、数十回と重なるうちに、徐々に致命的なダメージへと変わる。
     高まる一方の高温で、ゴーレムの関節部分が悲鳴を上げ、遂には間接に突き刺さる。
     突き刺さった炎の剣は、内部へと炎を迸らせ、内部からゴーレムを破壊する。
     いくらミスリル製のゴーレムとは言え、内部も全てミスリルで出来ている訳ではない。
     全ての炎の剣が突き刺さり終わる頃には、ゴーレムは致命的なダメージを受けていた。
     瀕死のゴーレムに対して、二人は止めを刺すべく呪文を詠唱する。
     「炎と同調せよ! 炎と合わされ! 炎と交じり合え!! 風よ、大いなる渦となれ! 全てのモノを薙ぎ払い、捻じり切れ!!」
     「風と同調せよ! 風と合わされ! 風と交じり合え!! 我が放つは火竜の息! 炎よ、全てを焼き尽くす火炎の息吹となれ!!」



     二人が唱えたのは、合体魔法。
     二人以上の術者が、互いの魔法を合成する高難易度の魔法。
     必要なのは、術者同士のタイミングと信頼。
     そして、対等の実力と同レベルの魔法。
     どれか一つでも欠ければ、単発の威力と変わらなくなってしまう。
     だが、合体魔法を完璧に放てれば、単発で撃つ時よりも、威力は最高で5倍近くにまで跳ね上がる。
     合成する魔法同士のレベルが高ければ高いほど難易度も高くなるが、威力も高まる。
     基本は中級以上のレベルの魔法の合成。
     低級の魔法では、合成する意味がさほどない。
     単発で連続で放った方が、よほど効率的だ。
     そして今回二人が放った魔法は、高位に位置する魔法。
     その威力は、単発で放ったときの比ではない。



     ユナの炎の魔法ととレンの風の魔法が混ざり合い、紅蓮の炎の渦となる。
     紅蓮の炎の渦は二体のゴーレムを飲み込み、その猛威を振るう。
     炎の刃が装甲を削り、砕く。
     猛威は止まる事を知らずに、あまりの高熱に、ミスリル製の装甲が遂に溶け出した。
     紅蓮の炎の渦の内部はまさに灼熱地獄。
     石畳さえ溶け出し、ありとあらゆるモノが溶け出し、混ざりあう。
     だがそれは、紅蓮の炎の渦の内部のみ。
     不思議な事に、紅蓮の炎の渦の外部には、その熱は伝わらなかった。
     それは二人が、熱を遮断するために魔法を使用していたから。
     でなければ、とっくに二人とも蒸し焼きになっていただろう。
     そして遂に、終焉を迎えた。
     紅蓮の炎の渦が消え去った跡に残ったものは、ゴポゴポと沸き立つ灼熱のマグマ。
     二人はそんな様子には目もくれずに、禁書へと向かう。



     「……これか」
     レンが祭壇上に在った禁書を手にとり、パラパラと捲った。
     ユナはレンの後ろから、覗き込む。
     「へ〜、結構いろいろな禁呪が載ってるじゃない」
     「ああ、そうだな。だが、こんな所ではじっくり解読もできんな。……部屋に持ち帰るか?」
     「う〜ん……そうね。見たところ、ここ数年は立ち入った形跡も無かったし、それも良いかな?」
     少し考える素振りを見せたが、結局持ち帰ることに決めたユナ。
     「では行くか。しかし、守護者であるゴーレムは破壊してしまったしな……。ばれた時どうする?」
     その問いかけにユナは肩を竦め、
     「その時の為に、教職員の弱みを調べたんでしょう?」
     「それもそうだな。後は、ばれない様に凶悪なトラップを仕掛けながら帰還するか……」
     「あ、それいいわね。私も何個か試したいトラップ在ったし。実験がてら仕掛けましょう」
     そう言って二人は、本当に凶悪なトラップを随所に仕掛けながら帰還した。
     そして禁書の様子を見に来た学園長が、以前来た時には存在しなかったその数々の罠に、絶叫を上げたのは言うまでも無い。



     その後、読み終わった禁書がどうなったか言えば―――



     「あれ? これなんだったっけ?」
     一冊の本を手にしたユナが、不思議そうに言った。
     「あん? 確か……禁書じゃなかったか?」
     「……ああ! 確かに在ったわね、そんな物が……」
     思い出すように言うレンに、すっかりその存在を忘れていたユナは、納得したと言うように何度も頷く。
     すっかり二人に忘れ去られた禁書は、本棚の片隅で埃を被っていた。
引用返信/返信
■215 / ResNo.2)  赤と白の前奏曲Act2
□投稿者/ ルーン -(2005/06/05(Sun) 12:37:44)
     〜注意〜
     この話は、『捜し、求めるもの』のユナの学生編です。
     又、この話の時空列は滅茶苦茶です。



     今日の学園都市は活気に溢れていた。
     その主な理由は、今日から数日間に渡って『武道祭』が開催されるからであろう。
     魔法使いの学園都市なのに、何故『武道祭』と呼ばれるのか謎だが、初めて『武道祭』を開いた学園長が、『魔法祭』よりも何となく『武道祭』と言う呼び名の方がかっこ良いから決めた。などと言ったふざけた理由と言う説が、最有力候補として実しやかに囁かれている。
     だが『武道祭』などと銘打っているが、その実態はかなり混沌としたモノになっている。
     確かに魔法使いとしての技量を競う試合もあるにはあるが、学園の規模と生徒の人数が半端ではなく多いので、必然的に各クラスの代表選手のみが参加する形式になってしまう。
     しかしそうなると、手の空いた生徒が大勢発生してしまうので、その他の生徒たちもクラスや仲間内で好き勝手に出し物を出して、お祭り騒ぎに拍車をかけている。
     まあ早い話が、学園都市と言う閉鎖空間に閉じ込められて溜まったストレスを、お祭り騒ぎをして発散しようと言うのが主な目的なのだ。



     そして現在ユナとレンは、学年無差別級タッグ戦の会場を後にした。
     数ヶ月前に学園長を始め、複数の教師に焼き入れをし、学園内の風通しをスッキリさせた為に、ユナとレンは特にストレスを感じていなかったので、大会に出場する気はさらさら無かった。
     無かったのだが、担任の教師が泣いて縋って頼むものだから、渋々ながらも出場する事を引き受る事にした。
     担任の教師としても、自分の受け持つクラスの代表が優勝すれば、高評価を貰えるので、恥じも醜聞をかなぐり捨てて二人に頼み込んだのだ。
     その結果二人は渋々ながらも大会の出場を引き受けたのだが、その二人が大会に出るのを渋った理由は、ストレスが溜まっていなかった事と、大会が白ける事請け合いだったからだ。
     そして予想道理と言うか何と言うか、学年無差別級タッグ戦はユナとレンが優勝で幕を閉じた。
     これで学年無差別級タッグ戦は、三年連続で優勝と言う栄冠を手にした事になるのだが、ユナとレンは特に嬉しそうでもなかった。
     そして不思議な事に、ユナとレンの格好は大会出場時から着替えてもいないのに、汚れ一つ無い奇麗なままだった。
     それもその筈で、ユナとレンは一回戦から優勝するまで、一回も戦っていない。その全てが不戦勝で優勝を果したのだ。
     その所為で、ユナたちの試合は酷く盛り上がりに欠けた。
     密かにトトカルチョもされているのだが、当然ユナたちが出場すると判明した時点で、一位予想ではなく、二位三位の予想で賭けはされると言う異常な事態だった。
     そして何よりも、二人が全試合不戦勝で優勝した原因も二人には分かっている。
     直接的な原因は、去年の武道大開が原因だろう。
     入学してから始めての武道大会出場は、二人を快く思わない当時の担任の教師が、無理矢理出場させた。
     結果、かなりの苦戦を強いられながらも、ぎりぎりで優勝を手にした。
     二年目の武道大会は、前回二人に敗北を喫した先輩達からの要請で、またしても半ば強制的に出場させられた。
     先輩達からしてみれば、前回の敗北は屈辱以外の何者でもなく、この一年間特訓に特訓を重ねて強くなったつもりだった。
     だが、忘れてはいけない。その敗北を与えた二人は、その当時は入学してから半年にも満たない子供だったのだ。
     その殆どが、才能だけで勝ち進んで優勝を手にしたと言ってもいい。
     その才能だけで優勝をてにした二人が、一年間みっちりと魔法の勉強に励んだのだ。
     その結果―――
     「本気で向かって来る相手に手加減をするのは失礼だ。こちらも本気で行くぞ、ユナ!」
     「OK、レン。派手に暴れるわよ♪」
     などと言った、非常に心温まる会話が二人の間でされ、対戦相手の全てが血祭りに挙げられた。
     そしてその容赦の無い悲惨さに恐れをなした対戦相手が、今回不戦敗を選んだのだろう。
     そして現在二人は一途の空しさを覚えながら、自由気ままにお祭りを楽しむ為に、出店などが在る場所へと歩いていた。



     この武道際には、外部からの行商人も大勢訪れる。
     必然的にいろいろな珍しい物も見かけるし、手に入る。
     そんな屋台の一角をユナとレンは歩いていた。
     「むぅ……」
     レンは突然立ち止まって唸った。
     「どうしたの? レン」
     「ん? ああ、これなんだが、独特な雰囲気が気に入ってな。買うか買うまいか迷っているのだが……決めた。買う事にする」
     レンは手を伸ばし、屋台で売られていた一枚の絵を購入した。
     気になってその絵を覗き込んだユナは、その何とも言えない不思議な画風に眉を潜めた。
     「この絵……東方の物?」
     「ああ、確か浮世絵とか言ったと思うが……。おい、他に浮世絵は無いのか? あるんだったら、買いたいのだが」
     「すまんな、それだけしか無いんだ。そもそもその一枚も、俺の知り合いの行商人から買った物なんでな」
     「そうか、それは残念だが仕方があるまい」
     残念そうな顔をしながら、レンは他の絵にも視線を向けるが、他に気を引くような絵は無かったのか、その屋台を後にした。



     「レンって、東方の絵に興味があったの?」
     暫く歩いて屋台から離れた頃を見計らって、ユナはレンに尋ねてみた。
     「……いや、興味が有ると言うよりは、たまたまこの絵が気に入ったんだ。気に入った物が在れば大抵は買うしな」
     肩を竦めるレンに、
     「ふ〜ん。そう言う所が、レンはお父さん似なのかもね」
     その言葉を聞いたレンは頬を引き攣らせ、
     「ユナ、頼むからそれだけは言わないでくれ。私も多少自覚はしているだ。だが、親父殿のような好事家ではないぞ?! 断じて違う!!」
     父親に似ていると言われたのがショックなのか、それとも別の何かか、レンは強い口調で否定した。
     「まあ、レンが好事家だろうとなかろうと、私は別にどうでもいいんだけどね。けど、確かにその……浮世絵だっけ? それを見ていると、心が落ち着くというか何と言うか……不思議な気分になるのは確かよね……」
     「むぅ……いまいち納得がいかない答えだが、確かにこの浮世絵には不思議な何かを感じるな。もっとも、それをはっきりとこれだと言えないのがもどかしいがな」
     ジロリとユナを睨みつけながらも、ユナの言いたい事は分かるのか、レンも頷いて見せた。
     「そうなのよね〜。心が洗われると言うか、こっちの絵とはまた別の何かを感じさせてくれるのよね〜」
     「そうだな……こちらの絵とは画風も絵具も違うのにな。いや、違うからこそか? 兎に角不思議なモノだな……」
     そう言って二人は暫くの間、浮世絵について語り合った。



     「ぶぎゃっ!!」
     「熱いぃぃぃ!!」
     顔面を回し蹴りで、しかも踵で鼻を潰された男は、鼻血で顔中を真っ赤に染めながら仰向けに倒れた。
     もう一人の男は、こんがりと程よく炎で焼かれて、地面を転げ回っている。
     それを冷たい目で見下すのは、ユナとレン。
     愚かというか、命知らずにもこの二人の男、よりにもよってこの二人をナンパしたのだ。
     最初の内は外来からの客ともあり、二人とも控えめに断っていたのだが、あまりにもしつこかった為に、遂に実力行使に打って出たのだ。
     周りの学園関係者は、よりにもよってあの二人にと頭を抱え、二人の怒りが頂点に向う頃には既に避難を終えて、外来から来ていた他の一般客を避難させていた。
     迅速な行動である。この二人に対して、いったいどのような認識が広まっているかが窺い知れた。
     「全く、人が下手に出てれば、いい気になるんじゃないわよ。あんたなんて片手でちょいなんだからね」
     「全くだな。このような下種な輩は、直接素手では触れたくも無い」
     ユナに同意するように、何度も頷く。
     「そうよね。他人の迷惑も考えなさいよ。第一、貴方達なんかお呼びじゃないのよ」
     「全くその通りだ。他人の迷惑を考えろ。そして、もう少し頭を使え」
     その言葉を遠巻きに見ていた学園関係者の一部は、「その台詞をどの口が言うか?!」と思いっきり心の中で二人に対して突っ込んだ。
     勿論声には出さない。出したら最後、どの様な目に合わされるかは、日を見るよりも明らかだからだ。
     「全く、反省してるの?」
     「おい、ちゃんと聞いてるのか?」
     ゲシゲシゲシ、二人は既にピクピクと痙攣している男二人に、容赦の無い蹴りを見舞う。
     暫く蹴り続けて、漸く気が治まったのか、二人は何事も無かったようにその場を後にした。
     二つの災害が過ぎ去り、大分時間が過ぎた後に、瀕死の男二人は我に帰った一般客の手によって医務室に運び込まれた。
     対して学園関係者にとっては、ある意味あの二人が巻き起こす災害は、日常と言っても良いので、何事も無かったかのように二人の男を無視して祭りに戻っている辺り、神経の図太さが窺い知れる。



     「あ、レン、このフライドポテト結構いけるわよ。レンも食べる?」
     「ふむ、では貰おうか。代わりと言っては何だが、このフライドチキンを食べるか?」
     「うん。貰う貰う」
     フライドポテトを手渡したユナは、代わりにレンから受け取ったフライドチキンをぱくついた。
     現在二人は小腹が空いた為に、飲食関係が多く出張っている一角に食べ歩きに来ていた。
     「結構脂っこい物を食べたわね……」
     「……そうだな。次は何かサッパリした物を食べたいな」
     「う〜ん、サッパリした物も良いけど、何か甘い物と紅茶なんてどう?」
     「ああ、それも良いな。そうすると……あっちに紅茶とケーキを出している処が在るな。其処に行くか?」
     パンフレットで店舗を確認するレン。
     それにユナが頷いたのを確認して、レンは店の在る方へと歩き出した。



     「むむ、このパイかなり手が込んでるな……。文句無しに美味い」
     「こっちのチーズケーキも美味しいわよ。それに紅茶も美味しいし、このまま本当にお店が開ける味だわ」
     「ああ。それなのに何故これほどまでのモノが作れて、この学園に入学したのだろな……。いや、それは本人の自由か……」
     文句無しに美味しいケーキと紅茶のセットに、満足な二人。
     まさか学園祭の手作りケーキが、ここまでの味を出せるとは思ってもいなかったので、良い意味で裏切られた二人は、満足気な顔で店を後にした。
     もっとも、もし不興だったらいったいどうしようかと、舞台裏でケーキ担当と紅茶担当の生徒は、ガタガタブルブルと震えながら、神に祈っていたりした。
     結果満足して店を出て行った二人の後姿を見て、ほっと胸を撫で下ろしていた。



     その後も『武道祭』を楽しんだ二人は、大小様々な問題を起こしつつも、満足して寮の自室へと帰った。



     〜後日談〜

     初日に瀕死の重症を負わせた二人の男が、『武道祭』最終日に仲間を大勢連れて学園に再び乗り込んで来て、ユナとレンに復讐を果そうとしたが―――
     ―――結果は言わぬが花であろう。
     唯一つ言える事は、乗り込んで来た男たち全員が、女性恐怖症になった事でけは記して置く。
     特に赤い髪と白い髪の少女を見たとたんに、泣き叫びながら逃げ出すのだが、原因は不明とされている。
引用返信/返信
■224 / ResNo.3)  赤と白の前奏曲Act3
□投稿者/ ルーン -(2005/08/21(Sun) 19:37:24)
    〜注意〜
     この話は、『捜し、求めるもの』のユナの学生編です。
     又、この話の時空列は滅茶苦茶です。



     「弓兵部隊前へ! 構え! 敵を充分引き付けるまで放つなよ?!」
     部隊の前方に出た弓兵部隊は、一糸乱れぬ統率された動きで命令に従う。
     キリキリ……数十の弓を引く音が闇夜に響く。
     視界は、星と月明かりのお陰で闇夜にしては明るい。
     弓兵の一人一人が、狙いを定めて息を殺し、次の命令を待つ。
     「魔法部隊詠唱始め!! 属性は風に炎に限定!!」
     二十人ほどの魔法使いが、命令に従い詠唱を始める。
     その声は朗々と戦場と言う闇夜に響き渡る。
     歌うような、けれども力強い声。
     その声に後押しされるように、部隊の指揮官は声を張り上げた。
     「来たぞ!! 敵は前方約100m地点!! ゴブリンやオーク共だからと言って侮るなよ?! 弓兵部隊……てっーーー!!」
     その言葉と共に、限界まで引き絞られていた矢が一斉に放たれた。
     放たれた矢は、迫り来る魔物の部隊へと降り注ぎ、次々と突き刺さる。
     矢に刺され倒れる者もいるが、それ以上に多くの敵が倒れこむ仲間を踏みつけらながらも突撃して来る。
     「ち、奴らに仲間意識など無いか……魔法部隊、奴らに魔法を叩き込んでやれ!!」
     指揮官の言葉に、呪文の詠唱を終えた魔法部隊は、展開した魔法を放つ。
     爆炎が大地を焦がし、風が死の刃となって荒れ狂う。
     「弓兵部隊に魔法部隊は後退! 騎士団前へ!!」
     指揮官の命に従い、後退する二つの部隊。
     代わりに、盾と剣と鎧で武装した騎士団が前へと出た。
     「騎士団抜剣! 構え! ……陣形を乱すなよ?! 騎士団切り込めーーー!!」
     『うおおお!!』
     声を張り上げ、陣形を乱す事無く魔物の群れへと突撃する。
     その様は正に勇猛果敢。
     敵の数は、自軍の戦力よりも遥かに上。
     騎士団だけでは圧倒的不利にも拘らず、騎士たちは一寸の躊躇いも見せずに敵に相対する。
     剣で敵を切り、あるいは盾で敵の攻撃を弾き打ち据える。
     盾は強力な鈍器となり、敵の足を止める。その隙に切り捨て、次の敵へと相対する。
     傷つき倒れし仲間は、直ぐに後ろへと下がらせ、魔法使いによる治療を施す。
     仲間が抜けた穴は、別の騎士がすぐさま埋める。
     そして傷が癒えた騎士は、直ぐに戦場へと舞い戻り、仲間を助ける。
     これの繰り返しで徐々に敵部隊を駆逐していく。
     単純だが、有能な指揮官も優れた知性を持たず、ただ単純に力押しで向ってくる魔物が相手では、この単純さが逆に効果的なのだ。
     最も、指揮官に相応しい知性を持った魔物や魔族もいるにはいるのだが、その絶対数が少ない為に、大群で襲って来る魔物相手でも、数で下回っている場合でも優位に交戦できるのだ。
     第一、この混戦の最中では、下手に魔法や弓で援護しても同士討ちの恐れが出て来るために、弓や魔法は敵部隊後方や、騎士団を迂回して本陣を襲おうとしている者達にしか効果が発揮され難いのだ。
     その本陣を狙おうとする敵も、部隊として統一された行動ではなく、個人個人でバラバラでの全く統一感の無い攻撃の為、殲滅する事など容易かった。
     そんな事情も相まって、騎士団は徐々に魔物の群れに楔を打ち込んでいき、敵部隊を押し始めていた。
     圧倒的な物量差にもかかわらず善戦している部下たちを見ながらも、指揮官の表情は厳しかった。
     「くそ! 銃撃部隊がいたらもっと戦闘も楽になるんだがな……」
     忌々しそうに言葉を吐き捨てる。
     銃や魔装銃が充分な数さえあれば、計り知れないほどの戦力になる。
     尚且つ遠距離武器な為、騎士団の被害も最小限ですむ。
     そうすれば、仲間や部下を失わずにすむのだが―――と指揮官は胸中で呟く。
     だが銃や魔装銃は、未だに高価な代物なのだ。
     それを戦闘に使えるほど大量に所持するのには、購入する資金を揃えるのは地方では難しい。
     唯一部隊が組めるほど銃や魔装銃を所持しているのは、王都の銃撃騎士団ぐらいなものなのだ。
     あとは裕福な家庭や、冒険者や傭兵などといった特殊な者達が持つのみ。
     地方の騎士団では、高官ぐらいしか銃や魔装銃は持てないのが現状だった。
     「魔法部隊! 負傷した騎士の治療!! 並びに、身体能力向上系の魔法をかけろ!! 急げよ!? 敵は待ってはくれんぞ!!」
     無いものを強請っても仕方がないと、指揮官は今ある戦力での最善の策を模索する。



     「見事に統制された部隊ね。あの大群を相手に、徐々にだけど押し始めてるわ」
     赤い髪の少女が、隣にいる白い髪の少女へと向って言った。
     「まぁ……な。だが、ただ単純に敵が莫迦というだけでもあるがな」
     感心した赤い髪の少女の評価に対して、白い髪の少女は、敵を莫迦の一言で切って捨てた。
     その評価に、赤い髪の少女は苦笑を漏らした。
     苦笑した赤い髪の少女を見ても、白い髪の少女はジッと戦場を眺めていたが、ポツリと言葉を漏らした。
     「だがまぁ、確かに統制は取れているな。王国の近衛騎士団クラスとまでは流石にいかないが、それでも地方の領主の軍勢にしては充分過ぎる」
     何だかんだ言っても、きちんと目下の騎士団の統制を評価している辺り、この白い髪の少女も唯の少女ではないだろう。
     そんな白い少女の態度にも慣れているのか、赤い髪の少女はただ苦笑を深めただけだった。
     「ユナ殿〜、レン殿〜」
     戦場を見下ろしていた二人の少女の背後から、そんな呼ぶ声が聞こえた。
     「呼ばれているな、ユナ」
     「そうね、レン。でも何かしら? 今の状況なら、私たち二人の力は必要ないはずだけど……」
     ユナと呼ばれた赤い髪の少女は、指を顎に当て、考える素振りをした。
     「さあな。だが、行ってみれば分かるだろう」
     白い髪の少女―――レンはその白い髪を輪ゴムで無造作に纏めると、身を翻し、声のした方へと歩いていった。
     「それもそうね。……って、少しぐらい待ってくれても良いんじゃない?!」
     ユナの返事も待たずに歩いていくレンに、頬を軽く膨らませ、レンの後を追った。



     「失礼します」
     「失礼する」
     二人が入った天幕は、戦場から少し離れた場所に立てられていた。
     周囲は武装した騎士が油断無く見張っている。
     天幕に入った二人が感じた雰囲気は、ピンっと張り詰めた空気だった。
     その空気で、二人は何か不測の事態が起こった事を察した。
     天幕内を見渡せば、中には机と数脚の椅子があり、机に置かれたこの周辺の地図を、険しい目付きで数人の男たちが取り囲んでいた。
     「総隊長殿、お呼びと聞きましたが、どのようなご用件でしょうか?」
     「ユナ殿、レン殿、ご足労ありがとうございます。まずは、あなた方が連れて来てくださった魔法学園の生徒達のおかげで、我が騎士団の被害が最小限で抑えられている事にお礼を申し上げます」
     「いえ、お気になさらずに。これも授業の一環ですし、正式に学園に依頼なされた事ですから、当然の事です」
     ユナとレンがこの様な戦場にいる訳は、ユナが総隊長に言ったように、これが魔法学園の授業の一環だからである。
     魔法学園と戦場。
     一件無関係と思われるが、実際はそうではない。
     治療に攻撃にと、魔法使いは戦場では立派な戦力になるのである。
     そこで魔法学園は実戦の実習を兼ねて、魔物退治の依頼を各所から受け持っているのだ。
     勿論地方にも魔法協会があるし、騎士団にも魔法使いはいるが、魔法使いの全てが戦闘に向いている訳でもない。
     だが魔法使いは戦場では何かと便利な存在なのも確かなのだ。
     そう言った理由から、十分な魔法使いがいない地方の騎士団などでは、魔法学園に魔法使いの派遣を依頼するケースが多い。
     勿論危険を伴うし、依頼という形を取っているため、依頼料はとる。
     学園から派遣される対象となる生徒は、主に五期生と四期生達である。
     これは実戦に耐えうる実力を持っているのが、四期生からだからだ。
     学園の生徒たちは、魔物退治の依頼を最低一回受ける事が課題となっている。
     例外は実力や性格上に問題がある生徒たちだが、それらの生徒には別な課題が設けられる仕組みとなっている。
     もちろん、魔物退治を受ける生徒たちにもメリットはある。
     まず、学園に支払われる依頼料から、生徒個人にもお金が手渡されること。
     そして、実戦で魔法が使えることだ。
     実戦からでしか得られない経験を得ることができる。
     その他にも、実戦を経験していた方が、仕官する時に有利などといった点がある。
     その為に危険を伴う実習にも関わらず、志願する生徒たちも多いのだ。
     ユナやレンはそんな事には興味はないのだが、その戦闘力の高さから、学園側から指名される事が多い。
     既に実戦の経験回数は、四期生にも関わらずに、学園内でもトップクラスになっている。
     そう言った理由から今回も指名されたのだが、役職的には他の生徒たちの引率の先生といった感じだった。
     「それで? 総隊長殿が険しい顔つきをしているということは、何か問題が起こったんだろう? 私たちにできる事なら、協力は惜しまないつもりだ」
     単刀直入に、しかも無愛想に言うレンに、ユナは頭を抱えたくなった。
     せめてこう云う時ぐらいは、もう少し丁寧な言葉使いをするとか、態度を少しは柔らかくして欲しいとか思うのは、自分の我侭なのだろうか? と考え込む。
     第一、私自身も猫を被って慣れない言葉を使っていると言うのに、不公平ではないか? と思うのだが、そんな事を隣の親友に言っても、「だったらユナも猫を被らずに、素のままでいけば良いだろう」とか言うに決まってるのだ。
     意識しないと自然と漏れそうな溜息を堪えつつ、ユナは総隊長に謝る事にした。
     「すみません、総隊長殿。こういう娘なので、大目に見てくれると助かります」
     頭を下げて謝るユナに、
     「いや、気にすることは無い。こちらとしても、単刀直入の方が時間を省略できるのでな」
     総隊長は苦笑をしながらも快く許した。
     その言葉にユナはホッと胸を撫で下ろし、隣に立つ親友を軽く睨む。
     もっともレンはそんなユナの視線に気が付きながらも、特に悪びれた様子も無く口を開いた。
     「それで、いったい何があったというのだ?」
     「ああ、実は厄介なことが起こってな。今襲撃してきている魔物どもの他にも、もう一つ魔物の群れが近づいてきているようなのだ」
     「嘘でしょう?! それって上位魔族か、それに近い力を持った魔物がいたってこと?!」
     苦りきった口調で言う総隊長に、思わずユナは声を荒げた。
     今現在の状態は、小康状態をやっと保っているような戦況なのだ。
     それなのに他の魔族の群れに加えて、上級魔族でも来られた日には、一応の予備戦力は在るものの、戦況がひっくり返りかねない。
     「いや、どうやらそうではないらしい。幸か不幸か、ただもう一つの魔物の群れが近づいて来ているだけであって、偵察部隊からの報告からでは、上級魔族などの姿は見当たらなかったそうだ」
     「なるほどな。だが、厄介な事には変わりないな。で、いったいどうするつもりだ?」
     総隊長は顎鬚を擦りながら、思案するように目を瞑った。
     総隊長が思案している間にも、引っ切り無しに戦場の様子や近づいて来る魔物の情報が届けられているが、それらは総隊長の部下たちが受け持ち、総隊長の思考を邪魔しないようにしている。
     「……ところで、ユナ殿とレン殿が使える一番威力が強い魔法で、どのくらいの魔物が葬れる? ああ、今近づいて来ている魔物の群れの数は、今騎士団が戦っている数よりも少ないそうだ」
     それなら全部です。と言いたいのをユナはグッと堪え、視線を周囲へと走らせた。
     確かに自分とレンが禁呪を使うのなら、あの魔物の群れよりも少ないのならば、全部を葬れると思う。
     もっとも、それは協会関係者がいなければ―――の話しだ。
     下手に禁呪が使えると協会に知れ渡ると、後々厄介な事になるのは分かりきっている事だ。
     それはもう、協会から熱烈な勧誘が来るだろう。それこそ、断れば命の危険があるような熱烈な勧誘が。
     そして、今現在この場に協会の関係者がいるために禁呪は使えない。
     となれば、禁呪よりもワンランク下の呪文になるのだが―――
     「そう、ですね……相手の魔法防御力や陣形にもよりますが、三分の一か半分くらいはいけるかと思いますが……」
     「では三分の一と考えよう。とすると、残しておいた予備戦力で残りの三分の二を叩くになるが……さて、どうしたものか……」
     総隊長は決断を下せない不安が二つほどあった。
     一つ目が、戦力の問題。今残してある予備戦力は、あくまで予備なのだ。敵に対して圧倒的に人数が少ないのだ。
     二つ目の方がより重要なのだが、戦闘能力はともかくとして、指揮官が不足していることが一番の問題だった。
     予備戦力の大部分が、緊急時に際して外部から雇い入れた傭兵によって構成されている。
     小規模な傭兵団と幾つも契約したために、指揮系統がはっきりととれないのだ。
     基本的に傭兵達は雇い主に対しては従順なため、傭兵たちを雇った者が指揮を取ればいいのだが、雇い主がこの場にいないのが問題だった。
     雇ったのはこの地を治める領主なのだが、その領主は戦闘にはとても向いているタイプではなかったので、町に残っていた。
     となると、傭兵たちを指揮できそうなのは立場上総隊長ぐらいなのだが、その総隊長は全体を指揮するためにこの場から離れられない。
     そんな訳で、傭兵たちを指揮できる指揮官がいないのが現状だった。
     そんな現状に頭を掻き毟って喚きたくなる総隊長だったが、上に立つ者がそんな無様な姿を見せられるはずもなく、表面上は冷静なように繕ってみせていた。
     「指揮官がいないのであれば、私が指揮をとりましょうか?」
     テント内で唯一一人離れた位置で、静かに事の経緯を見ていた男が、すっと前に出て言った。
     その言葉に、この場にいた殆どの者が驚きに目を見開く。
     ユナとレンは面白そうな目で男の動向を見ている。
     ユナとレンにしても、この男が介入してくるのは予想外のことだったので、内心面白そうな事になりそうだと喜んでいた。
     「ほ、本当ですか!? レオン殿!!」
     総隊長は驚きと喜色の混じった顔で男―――レオンへと詰め寄った。
     「ええ、本当です。非常事態ですし、この場合は陛下も許してくださるでしょう」
     レオンは朗らかな笑みを浮かべ、頷いた。
     この言葉に、テント内は喝采で包まれた。
     『レオン・ディスカ』は王国近衛騎士団に所属しており、そんな彼がこの場にいるのは、軍監として事の経緯を見守り、国王へと報告するためにいるのだ。
     はっきり言ってしまえば、領主や騎士団の民や魔物に対する行動が、適切かどうかを見張りにきているのだ。
     そんな彼が指揮をとることは異例の事態と言ってよいのだが、予想外の出来事が起こっている今、民の安否を守るためには、自分が指揮をとったほうが最善だと判断したのだろう。
     総隊長としても優先すべきことは、民や土地を守ることであり、自分のプライドなどではない事は判りきっている。
     総隊長は頭を下げて、予備戦力の指揮をレオンへと託した。
     レンはそっとユナの耳元へと顔を近づけると、
     「面白い展開になったな。予想外の出来事だが、王国近衛騎士団の実力見るいい機会だな」
     小声で囁いて来たレンに、
     「そうね。王国近衛騎士団の実力って気になってたし、丁度いいわ」
     瞳を細めて楽しそうに口にした。
     レンとユナはこの非常事態にこれ幸いにと、王国近衛騎士団の実力を測ることにしていた。



     「ではユナ殿にレン殿、あの集団に思う存分に魔法を叩き込んでください」
     ニコリと笑って、レオンは眼下に迫りくる魔物の群れを指差して言った。
     二人は黙って頷くと、呪文の詠唱を始める。
     「風と同調せよ! 風と合わされ! 風と交じり合え!! 炎の精霊よ、爆ぜよ! 大地より爆ぜよ! 天空へと爆ぜよ! その紅蓮の業火を爆ぜよ! その業火にて、我が眼前に立ち塞がる愚かな脆弱なモノどもを焼き滅ぼせ!!」
     「炎と同調せよ! 炎と合わされ! 炎と交じり合え!! 風の精霊よ、駆けよ! 大地を疾駆せよ! 大いなる天空を走破せよ! 天空よりの裁きを下せ! その大いなる息吹を持って、全てのモノを薙ぎ払い駆逐する暴風となれ!!」
     ユナとレンの目が合い、頷き合う。
     ユナは手を振り下ろし、レンは手を振り上げ、最後の説を唱えた。
     「「汝には、如何なる距離も障害も無し!!」」
     魔物の群れの丁度中央で、突如爆炎が大地から吹き上げ、幾多の魔物をその業火で焼き、爆風で吹き飛ばした。
     天空からは大気の断裂から生まれた刃が降り注ぎ、魔物の群れを襲う。
     爆音と轟音が響き渡る中、呪文の効果はまだ続く。
     大地から立ち上った爆炎と、天空から降り注ぐ大気の刃が混ざり合い、膨れ上がる。
     目の眩む閃光と轟音が大地を揺るがし、交じり合った炎と風が炎の刃となり、大地を縦横無尽に疾駆する。
     魔物へと荒れ狂う死神の刃と化した炎の刃は、魔物と一緒に平原にも当然のように被害をもたらし、草木を燃やしている。
     さすがにこれほどの威力とは思っていなかったレオンは、呆然としていたが、何とか自分を取り戻すとユナたちへと顔を向けた。
     「……確かに思う存分と言いましたが、これはさすがに……」
     頬を引き攣らせながら言うレオンに、
     「……いや、まさかこれほどの威力とは、私たちも思ってなかった。……しかし、これは凄いな」
     「……ええ、あのレベルの呪文での『合体魔法』と、『空間設定型魔法』の『融合魔法』なんて初めてだったものね。実験には丁度いいから使ってみたけど……」
     これは禁呪レベルの威力だわ、と言葉を飲み込む。
     予想外の威力に驚くユナだったが、一方で、禁呪同士を『融合魔法』させたら面白そうなどと、危険極まりないことを考えていた。
     まあレンも同じ事を考えていたから、似た者同士の二人だろう。
     「? ってまさか!? 使った事もない魔法を使ったんですか!?」
     二人の言葉の意味することを知り、思わず驚きの声を上げるレオン。
     「ん。まあ、な。実験には丁度よかったしな」
     「そうよね。隠れてこっそり試し撃ち……なんて、できないしね。大っぴらに実験できるいい機会なのよね、この魔物の討伐って」
     答えた二人は、なにやら手帳をとりだして、威力やら改良点やらを書き込んでいる。
     そんな二人の様子に、レオンが思わず頭を抱え込んだとしても、誰も攻められないだろう。
     しばらく頭を抱え込んでいたレオンだったが、魔法の効果がなくなると気持ちを取り直して、自ら先頭に立ちながら魔物の残存部隊へと突撃していった。
     指揮官が自ら先頭に立ち、戦闘を行う行為は賛否両論だが、部隊の士気を上げるのにはこれほど効果的なものも少ない。
     実際その効果は覿面で、数では未だに劣っている自軍だが、その士気は天にも届かんばかりの勢いだった。
     もっとも、先ほど魔法が引き起こした光景も一役たっているんであろうが……



     結局二箇所で行われた戦闘は、犠牲は出しながらも魔物を追い払うことに成功した。
     そしてユナたち学園からの救援者は、戦闘終了後もけが人の手当てなどに数日間町で過ごし、本日学園への帰路へとついた。
     「それにしても、王国近衛騎士団の実力を直に見れたのは業績だったな」
     「そうね。もっとも私としては、何故ごく普通の剣の一振りで、魔物が一度に十匹以上も吹き飛ぶのかが知りたいけど」
     ユナの言葉に、レンは何か思い出すそぶりをしながら、
     「ああ、アレか。確かに、魔法もE・Cも使わずにあの威力は驚いたが、たぶん、剣の振りで衝撃破でも放ってるんだろうな」
     「……私が言うのもなんだけど、王国近衛騎士団も滅茶苦茶ね。しかも、本気には程遠かったっぽいし」
     呆れたと言わんばかりの口調に、レンは苦笑した。
     「まあ、な。だが、これだから世界は面白い。そうは思わないか、ユナ?」
     「そう、ね。確かにレンの言うとおりだわ。これだから世界は面白い!」



     「やれやれ。アレが噂の『ユナ・アレイヤ』に、ヴァーデン侯爵家の跡取娘、『レン・オニキス・ヴァーデン』ですか……それにしても、噂以上の滅茶苦茶ぶりですね。……まあもっとも、陛下はお喜びになるかもしれませんがね」
     遠ざかっていくユナとレンの後姿を見ながら、レオンは溜息を吐いた。
     噂には聞いていたが、噂以上の滅茶苦茶ぶりに、さしもの王国近衛騎士団のレオンも疲れていた。
     そもそも今回の任務は、王宮でも噂になっている、ユナとレンが魔物の討伐隊に参加をすることを知った国王の命により、ユナとレンの性格や考え方や、魔法使いとしての実力を見極めることがレオンに与えられた主な任務だったのだ。
     言ってみれば、軍監としての任務は、二人を観察するためのついでなような任務だったのだ。
     噂以上の滅茶苦茶ぶりに呆れかえりながらも、自分が仕える主の性格を思い返し、絶対に二人を気に入るだろうと確信したレオンは、もう一度溜息を吐き、報告を心待ちにして いるであろう、己の主の下へと帰還を急ぐべく、馬に鞭を入れた。
     心中で、今後あの二人には関わらないでいたいと願いながら。



     もっとも、その願いは適わぬ願いだったのだが。
     これが縁どうかはともかくとして、こののちあの二人と王国近衛騎士団の中で、一番付き合いが濃く、長くなるとは、幸か不幸か神ならざるレオンには知る由もなかった。
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■124 / 親記事)  Irregular Engage 序、夜ヲ駆ケシ愚者供
□投稿者/ カムナビ -(2005/01/14(Fri) 14:52:58)
    2005/01/14(Fri) 14:54:29 編集(投稿者)

    <こちら、≪マスター≫。現在≪お客様≫は、ルート147にて逃亡中。≪ホスト≫各員は、そのまま予定通り≪借金取り≫の場所へと誘導せよ。無銭飲食の代価はたっぷり払わせてやれ!!>
    ≪了解!!≫
    寝静まった街に人の耳には聞こえぬ音でそんな応答をする者達がいた。彼らはすでに今日の仕事を終え、とうに眠りについた街の通りを疾走する。
    なぜか?その答えは彼らの前方にいた。
    こうもりのような羽。羊の角に、更にまるで馬のような顔を持った黒い肌の生物。まさに悪魔そのものだ。
    彼らはそれを追っていた。それを滅ぼすために。

    男が一人、周りを緑で囲まれた噴水の脇にあるベンチに座っている。そこに先ほどの人の耳には聞こえない声が響く。
    <こちら、≪マスター≫。≪借金取りの頭≫聞こえるか?>
    「聞こえている・・・・・状況は?」
    <≪お客様≫は予定通り、レーベンスボルン中央広場を通り、外へと向かう模様。>
    「予定通りか・・・・・。しかしずいぶんと単純な奴だな。下水を通って逃げた方が安全だろうに・・・・。」
    <我々としては好都合だ。しかし、侮るな?≪お客様≫はこのごろとしてはかなりの間、この街で食べてきたんだ。能力は高いぞ。>
    「問題ないさ・・・・。そうだろう?」
    <ええ、問題ありませんわ。お兄様>
    ≪マスター≫と≪頭≫と呼ばれたものの会話に別の声−女性の声だろう−が響く。そして、更に別の女性の声が響く
    <こちら、≪借金取り1≫・・・一応作戦中なんですから、符丁を使ってください。≪借金取り2≫>
    <あら、本来は私の場所であるお兄様の側近の≪借金取り1≫を職権使って奪った、泥棒猫の貴方にそんな台詞がいえまして?>
    <当たり前です。元々≪頭≫さんの相方は私なんです。だから、作戦中では、側近なのは当たり前です>
    <あら?それなら普段は私がお兄様と一緒にいてもいいわけね。>
    <な、何でそうゆうことになるんですか!?第一、卑怯なのは・・・>
    <あら、やりますの・・・?>
    完全に私情を持ち出した会話に≪頭≫とよばれた男が口を挟む。
    <騒々しい・・・・今は作戦行動中だ。多少は行動を慎め。馬鹿娘供>
    <あ・・・はい。>
    <お兄様がそういうのでらっしゃたら・・・・。>
    そういって、二人はシュンとなり、私情丸出しの会話は終る。そこにまた≪マスター≫の声が入る。
    <お取り込み中すまんがね・・・・来るぞ。>
    その言葉が発せられた瞬間、彼らの雰囲気が変わる。<人>のものから得物を目の前に見付けた<狼>のものへ。

    目の前の開けた場所に出た瞬間彼は、ここのところよく馴染んだものの臭いに感ずいた。見ると、そこには一人の男が立っている。
    後ろからは先ほどから彼をつけてきた同じ臭いのする者達がせまってくるのを彼は感じていた。つまり、この男を突破すればここから出られるのだろう。
    たやすい、と彼は感じた。さっきから彼をつけてきたものたちはいくつもの武器を身につけていた。目の前の男は見た感じ一人で、せいぜい先ほど彼らをつけてきた者たちと同じような耳につける黒いアクセサリーをつけているだけだ。
    だが、なんであろうか、この心のなかにある、妙な感覚は。この男を相手にするなと、心のどこかで彼の理性が警鐘を鳴らしている。そんな感じだ。
    だが、彼はそれを無視する事に決めた。先ほどの数が多い奴らを相手にするよりはたやすいと判断できるからだ。
    一気に突破する、とかれは心に決め、翼へと最大限にまでの力を蓄える。

    「・・・・≪お客様≫は食い逃げの気満々ですか。」
    <それならば・・・・>
    <・・・容赦はいらないわね>
    「ああ、全力で歓迎するとしようか・・・・。」
    彼は今まで、腰のベルトに下げていた二つの箱から、手の甲の部分に白色の結晶石がついたガントレットを取り出し、左右の腕にはめる。すると一瞬にして結晶石の色が鮮血の赤と夜の黒が明暗を繰り返す色へと変わっていく。
    向かい合う悪魔もそれに気づいて、一瞬躊躇したように見えたが、すぐに体勢を立て直し、両者は対峙する。
    そして、動いた。
    男が、ゆっくりと、言葉をつむぎながら。
    「さて・・・・・ちゃんと料金は払ってもらうぞ?」
    そして、悪魔も動く。その翼に溜め込んだ力を一気に吐き出しつつ。
    互いの意志と力の激突の開始であった。

    ただ、その噴水のある広場の直上を通る月だけがその様子を見ていた。

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■200 / ResNo.12)   Irregular Engage 参、インターセプト(W)
□投稿者/ カムナビ -(2005/04/26(Tue) 16:14:15)
    2005/04/26(Tue) 16:16:51 編集(投稿者)

    ダダダッと連続した射撃音が響き、目の前の人影が倒れる。いやそれは正しくないそれを人と認めることは人の尊厳への大いなる侮辱であろう。
    それはたしかに人の形をしていた、だがそれ以上はまったく違っている。顔にはまるで福笑いの失敗作のように口や目などの物体がバラバラについている。手などの造形も明らかに未熟で、足の長さも異常なほど長かった。
    「まだ死んでないぞ!!火炎放射器もってこい!!」
    「魔術班は<フリージング>の連続詠唱で敵の足を止めろ!!支援砲撃は!?」
    「工作の連中をさがらせろ!!<パンサー>の砲撃が来るぞ!!」
    怒号と轟音が響きながら、戦闘が始まっていた。

    「あっちは騒がしいな・・・」
    『ストラスブール分隊を護衛しているアルファとガンマの分隊が<レギオン>の連中とぶつかったようです。』
    「ふむ・・・T分隊とベータ分隊は?」
    『今回りこんで、挟撃しようとしているみたいですね。』
    「そうか・・・そんでもってこっちの相手は?」
    『まだ<アークデーモン>級の反応はありません。<レギオン>の方は・・』
    「言わなくてもわかる、今やりあってるからな。」
    彼ことグレッグはそうマイクに言いながらガントレッドに包まれた両腕を振るう。
    その一撃で左右にいた<レギオン>の頭がトマトがつぶれるごとくにはじけ飛び、紫の鮮血があたりにとびちる。
    「・・・俺はやつらの中では<レギオン>が一番嫌いだ。手ごたえのないくせに数ばかり多い。アブラム後処分頼む。」
    「心得た。業火の治世、席巻せよ。<フレイムオブジャッジメント>」
    アブラムと呼ばれたターバンを頭に巻いた茶褐色の肌の男が一言つぶやいたとたん虚空から大量の炎のハンマーが落ちてきて、それに触れたいくつもの<レギオン>の残骸があっというまに燃え尽きていく。
    「サンキュ」
    「気になさるな。ところで、ついていなくてよいのか?」
    「何が?」
    取り出した鉈のような先端が幅広の片手剣(というより大型のナイフ)にぼそぼそと呟きそれが赤熱化したのを確認すると、アブラムは近づいてきた<レギオン>の一体に切りかかり、それを燃やしながらグレッグに尋ねる。
    「あなたの連れてきた少女のことだ。ゼム閣下より預かりを命じられておるのだろう?」
    「単なる素人なら、こんなバイトに連れてこないさ・・・元M12だ。実力はたしかだ、と」
    また一体<レギオン>を葬りながらグレッグ
    「いや、私が言いたいのはだな、初めてであの<狂おしき青(マッドブルー)>アリスの進撃についていけるのか?」
    「あ。」

    「ひぇーーー!!アイリスさん待ってくださいーーー!!」
    全力疾走しながら彼女は遥か先を疾走する彼女の走ることになった原因に呼びかけた!!
    「ひゃはーーー!?死ね死ね死ね死ねェーーー!!クソッタレな下級魔族供ーーー!!」
    アイリスと呼ばれた女性は片手に握られた青い刀身をもつ刀をめちゃくちゃに振っているように見えながら破竹の勢いで<レギオン>を葬っていく。
    もちろん、彼女も魔法と<オラトリオ>を駆使しながら<レギオン>を葬っていくのだが、さすがにあんな速度では走りながら殲滅することは不可能だ。
    「というか何なんですかーー!?あれーー!!」
    「あー、それについては僕の方から説明します。」
    「え?」
    いつの間にか隣に併走していた自分より年下に思える少年がいた。
    「え、えっと・・・」
    「劉です。劉英といいます。よろしくお願いします。」
    ペコリと頭を下げる劉。
    「あ、はい・・よろしくって、そんなことしてるばあいじゃなくて・・・」
    「アイリスさんのことですね。あれはあの<蒼皇>の意思に体を貸しているんですよ。あれは一種の剣に宿らせた使い魔らしくて・・・。」
    「って、そんなもの取り付かせて大丈夫なんですか!?かなりやばそうに見えますけど!?」
    「無問題(モウマンタイ)ですよ。本人も列強各国に恐れられた傭兵<皆殺しのアリス>ですから。と・・・。」
    そこでいきなり止まる劉。
    「な、って、いきなりなんで・・・・!?」
    「囲まれましたね・・ああなるとアイリスさん、まっすぐに進むしか能がありませんから、横にいた残党が包囲しにきたんでしょう。」
    周りを<レギオン>に囲まれつつ仄かに彼女への苦情をこめながら彼は嘆息をついた。そうしてる間にも<レギオン>たちは様々な場所につけられた口にいやらしい笑みとよだれを浮かべながら包囲を狭めてくる。
    「そんなのんきなこと言ってないで、何とかしないと・・・!!」
    「シールド系何か使えます?」
    「え?ええ、一応一通りは。」
    「じゃ、しばらくそれの中に入ってかがんでいてください。危ないですから。」
    え?と返そうとしたときどんと重い音が二つ響いた。
    ふと上を見上げる・・・・なぜ彼の横に先ほどまでなかったガトリング砲がすえられているんだろう?しかも左右あわせて二門。
    「張りましたか?張りましたよね?じゃあ、<夏祭(カーニバル・オーガスタ)>&<食人鬼(カリバニズム・オーガ)>ロックンロール♪」
    轟音と共に状況は逆転し虐殺が始まった。

    数分後・・・
    「おー、派手にやったなー。劉よ。」
    「ふむ、さすがだ。」
    「どーも。いやーいい汗かいたっすねー。」
    赤熱した銃身を冷ましつつ、彼は再びガトリング砲に12.7ミリ高初速徹甲弾をこめていく。
    「ただいまー。」
    「お、元に戻ったか?」
    「うん、<蒼皇>もずいぶんと満足したみたい。まだ腹八分目らしいけど。」
    「頼もしいな・・・・。これからも頼むと言っといてくれ。」
    「了解ー、というかフェリスちゃん。どうしたの?」
    「あ?・・ああ、いろいろあったんですよ。」
    4人の見つめる先には、かがんでなにやら地面にぶつぶついっているフェリスが・・・。
    「うつ状態のようだな。」
    「何か深い悩み事があったのねぇ。」
    「若いのに大変っすねー。」
    「ふむ・・・」
    グレッグはフェリスの肩の上に手を載せる。
    「あとでいい病院を紹介してやろう。だからファイト、オー!!」
    「・・・い、いいたいことはそれだけかーー!!この無責任管理人ーーー!!」
    「ぐはァ・・・い、いいパンチだ。」
    フェリスのストレートの直撃を腹に受け悶絶するグレッグ。そのまま襲い掛かるように前に倒れる。
    「へ?・・って、きゃ!?」
    体重差・身長差で圧倒的に劣っているフェリスはもちろんよけられるはずもなく・・・そのまま倒されてしまう。
    「あらあら、大丈夫・・・ってまあまあ。」
    「・・・大胆だな。」
    「ちちち、狙ってたんすよ。」

    (・・・・えと、あたし今なにされてます?)
    フェリスの顔とグレッグの顔は奇跡的に倒れたとき重なった。
    (き、キスされた!?あ、あわわわ・・・・)
    「は、離れてください!!」
    どすっとそのままグレッグを弾き飛ばすフェリス。
    「てて・・・何すんだ。キスの一つや二つ・・・・減るもんじゃあるまいし。」
    「わ、私の大切なものが減りました!!」
    「は?」
    「馬鹿ねー、彼女にとっていまのはファー・・」
    そのときみなの耳につけられた通信機がなった。そして同時に今までのふざけていた雰囲気が変わる。
    『じゃれあってるとこわるいですが・・・・来ましたよ。』
    「ああ、今こっちも気づいた。でかい邪気が上ってきやがる。こいつは<アークデーモン>級なんてもんじゃんえぞ!!照合急がせろ!!」
    しばらくして再び連絡があった。
    『<アポカリプス>COCCより入電!!HOYシステムにより予言が先ほど更新され、敵は<アークデーモン>級1にあらず!!<べへモス>級1と認識されました!!』
    戦局は終盤を迎えようとしていた。予想外の強敵を迎えて。

    どうもー、約束どおり火曜に更新できましたー。今回は自分的には出来がいいと思いますねー。やっぱりフェリスは活躍してませんけどw
    ところで劉の名前を調べていたとき中国人名に爆弾ってとんでもない名前がw
    次はできれば土日ですね。ではマークさんに更新遅くなったといわれないように(根に持つなよw)次回もがんばりましょう。

引用返信/返信
■211 / ResNo.13)   Irregular Engage 参、インターセプト(X)A−part
□投稿者/ カムナビ -(2005/05/15(Sun) 14:50:21)
    べへモス
    大地獣ともよばれる4足歩行型の大型魔族である。
    その名の通り、大地の属性をつかさどる彼らは己のその巨体を駆使した攻撃と高い防御力を持つ。
    魔力は同位にいる大海獣などにくらべ弱いとされているものの中級魔族でも強力な部類にあることは間違いないものであった。

    連装型の長い砲身をもつ数台の無限軌道車両がそのべへモスに対して何度も何度も
    発砲する。155ミリ高初速滑空砲から発射される、火属性ECの粉末が炸薬に使われている徹甲弾は地上に現存するほとんどの兵器の装甲を破れるだけの威力があるはずだが、もとより異界のもので桁並外れた防御力をもつべへモスにはさほど効いているようには思えない。
    「クソッタレ!!なんて硬さだ!!」
    外部監視用ののぞき穴から彼は圧倒的な大きさを誇るその物体を見る。
    大きい・・・圧倒的な大きさだ。まさに大地獣と呼ばれるのにふさわしいのであろう。普段で、そしてその敵意がこちらにむいていなければ場所しだいでかなり雄大な光景となっていただろう。もっとも今の場合彼のいらいら増徴させただけだったが。
    「魔術反応!!地系魔術来ます!!」
    下にいる部下が読み取られた魔術反応を報告してくるとかれはすぐにそのイライラから解き放たれ本能的に指令をくだす
    「最大後進!!キャタピラに食らったら最後だぞ!!嬲殺しだ!!避けてみせろ!!」
    「ヤー!!避けてみせます!!」
    そのとたん後ろに重力がかかり、動力機関が爆音を上げる。
    「く!?避けたか!?」
    後進の衝撃に堪えながら、彼は再び尋ねる。
    「!?これは・・・ホーミングです!!追尾してきます!!」
    「くそ!?避けてて工夫してきやがったな!!対衝撃防御!!」
    「弾着3、2,1・・・来ます!!」
    ずどんという音と共に強い衝撃が彼の車体を襲う。
    「っ!!損害報告!!」
    「キャタピラ・・損壊なし!!しかし動力輪の一部破損!!最大速度出せません!!これではべへモスに追いつかれます!!」
    「畜生が・・・・」
    「・・・再度魔術反応感知。どうやらとどめを刺すつもりのようです。」
    重苦しい空気が車内を支配する。
    「・・・・・すまんな、どうやらわれわれはここまでのようだ。」
    地の魔術がその瞬間発動され、彼の車体を貫くと思われた瞬間・・・何かがそれを破壊した。
    その様子をのぞき穴から見ていた彼は気づいた。
    「こいつは・・特化の連中か!?」
    『その通りだ・・・・あとはこちらに任せて、撤退しろ。殿は俺らが勤める。』
    無線を通してそれだけが伝えられると、その瞬間べへモスの本体が炎に包まれる。
    「・・・・歩兵と工兵の連中の撤退状況は!?」
    「ほぼ完了済みです!!」
    「・・・後は頼む!!」
    『心得た。』
    そういうと無線は完全に途切れた。
    「車長・・・彼らは。」
    「問題ないさ・・やつ等ならまかせても大丈夫だ。何せエキスパートだからな。」

    すいません、非常に中途半端ですが今日はここまで。感想はB−partができてからお願いします。ちょいと長くなりすぎると集中力が途切れるんで。

引用返信/返信
■213 / ResNo.14)  Irregular Engage 参、インターセプト(X)B−part
□投稿者/ カムナビ -(2005/05/22(Sun) 02:29:11)
    2005/05/23(Mon) 20:33:36 編集(投稿者)

    『最終車両の離脱を確認・・・・無事おとりとしての役割は果たせたようです。少佐。』
    「そうしてくれないと困るがね・・・目標との距離は?」
    『約2000、魔術の範囲から考えると4分で攻撃されますな』
    「了解・・・みんな聞いたな。まもなく戦闘が始まる。狙うのはベヘモスの首。この装備だとけっこうつらいができないわけではない・・・。作戦は説明どおり。各員のより一層の努力と健闘を期待する。合戦用意!!」
    「「「「「「「「おう!!」」」」」」」」」
    戦闘は今まさに始まろうとしていた。

    「あの・・・・。」
    「何だ?今は忙しいってわかってるだろう?フィリス。」
    「でも、何でわたしがこんな重要な役目を・・・。」
    「俺らだってさほど戦闘でベヘモス級と戦ったことがあるわけではない・・・。対魔族戦のプロに重要な役目を与えるのは兵法では当たり前のことだろ。」
    「そ、それでもなんで、皆さん、実力を確かめたことのない私のような人間に信頼を置くんですか!!」
    「心配するな・・・今の君だったら遅かれ早かれ信頼を失ってここを追いだされる。」
    「え・・・?」
    「ここの人間はたいていは各地の紛争で問題起こした傭兵や異民族ゆえに迫害された連中がほとんどだ。アイゼンブルクは彼らを暖かくとはいかんがすくなくとも生活の自由を保障した上でそうゆうものから庇っている。だがここでこのベヘモスを逃がせばどうなる?間違いなくアイゼンブルクは蹂躙されるだろうよ。だから少なくとも守ってくれているこの町を守る・・・・それだけではないやつもいるだろうがね・・・という使命を感じてるということさ。だが君には今それを、もしくはそれに変わるものを持っていない。そうゆうものを持たないものにはこの街はその排除性を作用させる。」
    「そ、そんな・・・・。」
    「・・・すぐに変えろとは言わない。君のトラウマについて聞いているからな。だがな、すこしでもこの場所が心地よいと感じたのならばここで信頼を勝ち取って見せろ。それに必要な舞台と道具はすべて用意した・・・。あとは君の覚悟しだいだ。成果を見せろ、俺が言いたいのはそれだけだ。」
    「・・・・・・。」
    彼女は無言でその場にたたずんでいた。

    『いいんですか?あんな突き放すような発破をかけて・・・下手すりゃ二度と立ち上がれませんよ。』
    「それで駄目になるならその程度の人材ってことだ。」
    『本心ですか?』
    「・・・さてね?くだらんこと気にしてる暇あったらさっさと戦の準備することだ。」
    『へいへい、とこんでもし彼女が復活しなかったらどうするんです?彼女が一応キーでしょ?』
    「いわなくともわかるだろう?<天無双>の機動封印を解除する・・・それだけだ。」
    『了解・・・。』

    「・・・目標到達まであと30!!」
    「各員配備についたか!!」
    「ほぼ完了済みです!!敵性体、テトラポットまであと20!!カウントダウン開始します!!」
    「各魔術要員詠唱を開始!!近接戦闘員は影響範囲より退避ののちカウンターマジックの展開を開始!!」
    「残り10秒!!9、8、7、6。」
    「・・・・さぁ、はじめようか。」
    彼は目線を先に向ける・・巨大な茶褐色の移動する岩山。だがそれはけして岩ではない・・岩は敵意をむけたりはしないからだ。
    「すごい殺気だ・・・・だが我らに迎撃の用意あり!!」
    「5,4,3,2,1・・・。」
    「オペレーション<スネーク・バイト>発動!!」
    戦闘は第二幕を迎えた。

    どうもカムナビです・・・今回のは戦闘開始までの流れを描きました。
    フィリスの葛藤がメインですね。彼女の葛藤の原因となるのはとある事件です。
    そのうち都合がつけばこの中で駄目なら外伝的に書こうと思っています。では今日はこれにて。
引用返信/返信
■214 / ResNo.15)   Irregular Engage 参、インターセプト(X)C−part
□投稿者/ カムナビ -(2005/06/05(Sun) 06:16:29)
    オペレーション<スネークバイト>の骨子はこうだ。
    ひたすら小さな迎撃を繰り返して、こちらへとベヘモスを誘導。
    そののち、テトラポットとなづけられた地点で退路を断ち、そこで控えている要員の手で目標を撃破する。
    その奇襲を主体とした姿からまるで草むらからのど元へと向かってくる、パイソンコブラのごとく思えたことからスネークバイトという作戦名が取られた。
    だが、どのようにして劇はするというのだろうか?それは今から明らかになる。

    『テトラポット発動!!』
    進入してきたベヘモスに対して地面が紫の光を放ち、巨大な展開型DEこと魔方陣から黒い実態をもつようにはみえない触手がベヘモスの足を絡めとり、離さない。
    「対大型敵性体用拘束魔術<黒き陵辱者>、正常に駆動開始!!ベヘモスを捕らえました!!」
    「よし・・・総員戦闘開始!!」
    グレッグの言い放った言葉と同時に幾つかの七色の光の弾丸が着弾し、幾つかの岩が破壊される。
    「一応魔術開放弾は効果があるな・・・・オブライエン!!とにかく撃ちまくれ!!」
    『無茶をいってくれますね。まあ、撃ちますが。』
    ずんっとにぶい振動音とともに現れるのはキャタピラ駆動の戦闘車両。見れば上に大型の砲塔がついている以外は、先ほどの<Dブリット>と同じものだ。
    つまりは収納可能な砲塔がついていたのだろう。
    その砲塔からは何度も衝撃波とともに砲弾が飛び出しそれが空中で虹色の光へと変わる。つまり今までの攻撃はこれによるものだということだ。
    「おう、そのまま撃ち続けてくれ・・・・俺も行ってくる。」
    『少佐、お気をつけて。』
    「誰にものいってやがる・・・・。」
    苦笑と共に彼は風となり、戦場へと向かっていく。

    どぶずっと生々しい音に混じって硬いものと硬いものがふれあう音も響く。
    「きりが、ねえな・・と!!」
    「まぁ、硬いのが取り柄ですから、ね!!」
    大きな連続した発射音が響き、アイリスの上に迫った岩塊が劉のガトリング砲で破壊される。
    「ありがとな・・。」
    「構いませんよ・・・とりあえず口調をもどしてはいかがっすか?」
    「そうだな・・・・・ふぅ、やっぱり決定打に欠けるねー。」
    「んー・・・時間稼ぎましょうか?そうすれば<蒼皇>の技使えるっすよね?」
    「でも、これに有効打あたえるのなら・・結構時間かかるよ?」
    そこにまた岩塊が迫るが、それが白い炎で焼き滅ぼされる。
    「何をしている?私も援護するからさっさと気を錬るがいい・・・。」
    「相変わらずにくい登場の仕方ですねえ・・・・。了解、さっさとお願いしますっすよー!!アリスさん!!」
    「んー・・・なら期待にこたえちゃおうかなぁ。」
    彼女が目を閉じた瞬間、莫大な気の流れが彼女に直結し、それが<蒼皇>の中で適した形に変換され、純度を増していく。
    それにベヘモスも気づき、いくつもの岩塊、岩槍がせまるが、それらは炎に絡み取られ、12.7ミリ炸裂弾に咀嚼され、近づくことができない。
    そして稼がれた時間で、<蒼皇>は作業を完成させ、マスターたる彼女の命令を待つ。
    そして彼女は命じた。敵を撃破せよと。
    瞬間、<蒼皇>の刀身にいくつもの力の奔流が絡みつき、交わり、一つとなる。
    「蹂躙し、食い破れ・・・螺旋蒼覇烈!!」
    一つとなった力が放たれ、岩の壁に阻まれた肉体を食い破り、そのまま貫通する。

    「駄目ね・・・決定打には届かないわ。」
    「あらら・・・怒らせただけっすかー。」
    「ならば、やることは一つしかないな・・・・時間も十分稼いだ。戦略的撤退だ。」
    彼らが光速の速さで去った後には、目を攻撃色に光らせて天に響く怒りの轟音を口から響かせるベヘモスだけが残っていた。

    「・・・・・。」
    そして、ここにたたずむ一人の少女あり。我らがヒロインのフェリス嬢である。
    もっとも最近は何か落ち込んでばかりでアレなかんじだが、それもまた矛盾してて萌えると・・・
    「・・・・・そこうるさいです。」
    はい、すいませんでした。
    (・・・・・私はどうしたいの?ここにいたいの?それとも・・・)
    (でもいるためには力を使わなくてはいけない・・・・。)
    (あれは・・・怖い。)
    『マイマスター、いつまで落ち込んでおられるのですか?』
    「え・・・?誰?」
    周りを見渡すが誰もいない。
    『こちらです、マイマスター』
    「え・・・・まさか<オラトリオ>?」
    『こんにちわ、はじめましてマイマスター・・・・アイゼンブルグ中央技術工廠
    謹製精霊回路のオーキスFB82の・・・。』
    「え?え?」
    『説明が先のようですね・・・私は<オラトリオ>の新能力の制御のために埋め込まれた精霊回路内の制御頭脳です。精霊回路とは極めて魔術武装への適応性を高めた回路の総称で・・・・。まぁとりあえず、よろしくおねがいします。』
    「あ、えと、こちらこそよろしくって・・・・ど、どうしてそれならば誰もあなたのこと教えてくれないんですか!?」
    『仕様です。』
    「はぁ〜〜〜!?」
    『まぁ、まぁ怒らずに・・・・グレッグ少佐からの伝言です。彼が駆動しているのならばそろそろ決戦ってところだろう。彼を信じて前へ進むか、それとも己の殻に閉じこまるか・・・二つに一つだ。先へ進む気があるのなら来い。俺らの場所へ。以上です。どうなさいますか、マスター。』
    「・・・・行きます、さっき散々馬鹿にした挙句、土壇場で私に優しい言葉をかけようなんてするあんまりにもお決まりなあの人の鼻の面をあかしてあげます!!」
    『やる気が出たようですね・・・。では参りましょう。あなたの出番はモウすぐです。』
    「はい!!・・・・えっと、名前は?」
    『今はありませんが・・・・。』
    「なら、ノアです・・・あなたにノアという名前を与えます。洪水ごとき光の奔流で敵を共に滅ぼしましょう。」
    『イエス、マイマスター。』
    力強い意思と共に復活した少女は、窓へとかけていき、そこから飛び出した。

    「ジリ貧か・・・・・。」
    状況はあまり変わっていない。いやむしろ悪化している傾向がある。
    元々ベヘモス級をしとめるにはあらかじめ準備された儀式型魔術を使うのがもっとも手っ取り早い。
    ただ今回の場合は予言の間違いという予定外のファクターもあり、それは果たせていない。
    「だから俺らみたいなイレギュラーを投入するんだが・・・・決定打までは制限が解除されていないか。」
    彼はとりあえず、何か手を捜しながら準備する。
    (完全開放するか?・・アレを。駄目だな・・・あとがおなざりすぎだ。倒せなかったらそれで終わりだ。)
    (やはり彼女の力か・・・・時間ではそろそろのはずだが)
    そのとき彼の横を心地よい風が駆け抜ける・・・。ふとそれにつられて空を見上げ、彼はおもわず口に苦笑を浮かべ、言った。
    「遅いぞ・・・だがよく来た。この戦場は君のものだ。」

    下から飛んでくる岩塊や岩槍を避け、肉薄し、打撃を加え、離脱する。
    彼女は飛んでいた、あまりにも異常な速度で。
    『前方下方4時方向!!』
    「突破します!!天翼を!!」
    『イエス、マスター。速度上昇!!』
    自分の周りを覆う空気の壁が一気に赤熱化し、体感速度もすこしだけ上昇する。だがそれだけで迫っていた岩塊を避け、再びベヘモスへと接近し、攻撃を放つ。
    「今度こそ!!フォース・ブリット!!」
    光球が幾つか着弾し、ベヘモスの装甲を削り取るもののやはり決定打にはいたらない。もっと貫通力の高い一撃が必要なのだ。
    ならば、アレしかない。
    「アレを使います!!ノア、心臓の場所を!!」
    『了解、アレですね・・・・。』
    彼女はそのまま急上昇し、敵の攻撃を避ける。
    そして十分な高度をとって彼女は空中に停止する。背中の後ろの光の羽から虹色の粒子を出しながら。
    「天は我らを見放せり・・・・魔は地へとはびこめり。ならば人の手において魔を砕く力を・・・・。」
    彼女はすっと<オラトリオ>の矛先をベヘモスへと向ける。
    『標的を確認、そのままです。マスター。』
    そのノアの言葉に軽く頷きながら彼女は詠唱を続ける。
    「打ち砕け・・・そしてわたしを相手にしたことを栄光に刻みながら光へと消えなさい!!グロース・シュトラール!!」
    莫大な光の光柱が、ベヘモスへとむかって殺到していく。
    もちろん彼も手をこまねいていたわけではない。今までにない数の岩塊、岩槍を彼女へと放っていた。
    だがそれでさえも、その光に喰われた。そして光は減衰することなく、着弾し、ベヘモスの体内組織を食い破って、心臓に触れ、そしてそれを溶かし、貫通した。
    そしてそのとき下でも変化が起こっていた。

    グレッグはその光が放たれた瞬間、駆け出した。
    そしてこちらに意識の向いていないベヘモスにみるからに肉薄する。
    「<天無双>限定駆動解除・・・」
    彼がそう呟いたとたん、幾つかの金具がはじけとびシリンダーのごとき銀棒が二つ飛び出て、それに沿って、天無双の形がより攻撃的な形へと変化していく。それは龍の形。まさしく天空を支配する龍王の形だ。
    そして彼は彼の中に眠る普通の人とは異なる起源の力を開放する。
    それに気づいたのかベヘモスがこちらに顔を向ける。それはまるで絶望の果てに希望を見出したように見えたのは気のせいではあるまい。これはそうゆう力なのだから。
    彼はその顔の前でいきなり止まる。そして、無慈悲に言い放つ。
    「すまんな・・・・俺はこっち側の人間なんだ。お前さんも・・・・せめて安らかにかの地へと帰ってくれ。」
    光が着弾し、ベヘモスが警戒色へと目を変えている瞬間、彼は拳を構え、思い切り振りかぶり打撃する。
    「震天滅掌!!」
    その瞬間、ベヘモスの体に亀裂が入り、そして砕けた。塵といえるほどまで。
    彼はふと悲しげな目線をそちらに送るがすぐに前をみて、言い放つ。
    「討滅完了・・・。」

    彼女は、それを見ていた。
    「すごい・・・。」
    『確かに心臓だけ破壊してもベヘモスは再生が地に足をつけている限り可能ですからね。それを防ぐためには、ああするしかない。しかし見事なものです。』
    「私は・・・あの人の仲間になれるのでしょうか?」
    『それはあなたしだいですよ。行きましょう、彼の鼻をあかしてやるのでしょう?』
    「・・・・ええ!!」
    彼女は彼へとむかって翼をはばたかせた。

    彼は空を見て彼女がこちらに来るのがわかった。
    「はじめてにしては上出来だったな・・・・。」
    彼は苦笑を漏らしながら彼女のほうを見る。まぁとりあえず、すべては終わったのだ。彼女も言いたいことは色々あるだろう。とにかく愚痴くらいは聞いてやろうと思う。それくらいしないと彼女も気がすまないだろう。
    とにかく今は・・・・
    「お帰り・・・・。」
    彼女がこちらにくるのを受け止めてやるべきだろう。

    彼が彼女を抱きとめたとき、彼はふとベヘモスがいなくなったそこに一つの石柱がたっているのいるのを見つけた。それはまるで、彼らの墓標のように立っているのだった。

    一応、1〜3までを始まりのお話としていますこのイレギュラー・エンゲージ(以後イレエン)も残すは次回への伏線を含むエピローグで終了です。とりあえず、一つの話を区切りとして完結させるのは初めてなので、なんとなく朝6時ということもあいまってハイですw
    とりあえず、黒い鳩さんいつもどおり感想おねがいします。
    ああ、飯でも買いに行くか。
    PS:できればこの作品がここの再活性化につながってくれるとうれしいものです


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■217 / ResNo.16)   Irregular Engage 第一幕エピローグ及びに次回予告みたいなモノローグ
□投稿者/ カムナビ -(2005/06/06(Mon) 08:06:13)
    2005/06/06(Mon) 08:12:17 編集(投稿者)

    心地よい春の風が吹く・・・・。アイゼンブルグでも旧市街の高い丘の上にあるグレッグの家はそんな風をここちよく感じる程度で感じられる。立地条件はかなりよいので、家賃はかなり高いらしいが、一応は表でも結構な地位をもつ彼には、極めて安くこの宿舎たる家は提供されたらしい。とまぁ説明はこんなもので・・

    その日、彼の家の庭をテリトリーとしながらのほほんと春の陽気に戯れていた魔氷狼族の出身のべオウルフ君は、突如現れた莫大な魔力の波動を感じて飛び起きたが、いつもどおりのことだと思うと再び心地よい春の風を実感するために寝込むことにした。
    何故なら、この波動は彼の主をある意味もっともよく知る人物の波動だからだ。
    (コレデマタ騒ガシクナルナ・・・・。)
    だが、とりあえずは主の用意する食事があれば満足なべオ君であった。

    「どうして、グレッグさんは、いつもそうなんですかーー!!」
    「どうしてって・・・作者の都合だろ?」
    「それはNGです!!とりあえず、現状の説明を要求します!!」
    「見ての通り、お前さんが風呂はいっているようなので、俺も入ろうかなと」
    そう、彼らの会話はほとんど二人とも生まれたままの状況で行われていたのだ。
    「な、なんで、そんなことになるんですかーー!?普通は遠慮するのが・・。」
    「いまさら、その程度のことは気にするな。第一お互いもうすべて見た関係で・・・。」
    「わーーー!?二人しかいませんけど、何か衆人環境におかれてる感じですのでいわないでください!!あれは、間違いです。単なるお酒の勢いです!!誤解なんです!!最初が3人なんていやーーー!!」
    ふるふるとイヤイヤといった感じで顔を左右に激しく振るフェリス。それと同時にタオルの下でなにか顔に見合わず立派な二つのものも激しく自己主張しながら揺れていたが
    「そこまで言われると逆に傷つくよなぁ・・・。」
    数日前、ベヘモスとの決戦を終えた彼らは、上の状況把握に間違いがあったことから、その謝罪か、おごりで大宴会が催され、その席で龍族用の強い癖っ気のある酒を飲み干したフェリスは悪酔いし、グレッグに絡んでしまい、こちらも強い酒の入って気分がよくなっていたグレッグも売った喧嘩、買う喧嘩といった感じで、そのまま・・・・なんというかしてしまったのだ。
    普通にそれだったらよかったのだろうが、グレッグが出ておいくのをここぞとばかりに追いすがった、先に彼との夜を約束していた某整備班長のM・A嬢も交えたすえの大悶着となり、とりあえず、朝気づいてみたら二人が彼の腕を枕として寝ていたという状況になっていた。
    「確かに羽目ははずしすぎた気がするが、そこまで怒るなって・・・一応できたら責任は取る程度に大人だぞ?」
    「え?あ、そ、それはうれしいですけど・・ってとりあえず、こことは関係ないです!!出てってください!!」
    「へいへい・・・・・。というと思ったら大間違いさーー!!」
    「へ!?ちょ、ちょっと・・あ、そこは!!」
    かの異世界の大泥棒の三代目の名のついたダイブをかまして、彼は彼女の元へと殺到する。
    今日もグレッグ邸は多少桃色の空気をまといながらも平和のようだった。

    「報告書ですわ。」
    「すまんな・・・・。やはり、故障ではなかったかね?」
    ところ変わってアイゼンブルグの中心部にそびえる、リディスタのかの剣の公爵邸や王城すら上回るとも劣らない巨大な城塞である<フューラー城>の執務室の一つでその城の主たる『公爵』は浅蓬色の私服に40代と思われる女性から報告書を受け取っていた。
    「内部に工作の形跡も、故障の形跡もみられませんでした。プログラム上のバグと普通は見るところですけれども・・・・違うでしょうね。」
    「やはり、彼ら側の何者かが細工したと見るべきか・・・憂慮すべき事態だな。」
    「組織は巨大に成る程、末端までは管理が行き届かなくなりますわ。我々にはこの程度がいいほうでしょう。組織を大きくなったことに喜んで、それ以上のことをやらないのは所詮三流。もっとも大切なのは適材適所で徹底した相互監視を行わせることで離反者を即座に特定し、抑えることができるのが組織の内部からの崩壊を防ぐこと。もちろん外に対するパワーディレクションが有効に発動できる程度の見せ付ける力は必要ですけれども。」
    「まぁ、こちらが損害を被ったんだ。せいぜいこちらからの要求も厳しくするさ。」
    「交渉はよろしくお願いしますね。あなた♪」
    「・・・・公的な場でそれはやめて欲しいのだが?ミュリエル情報部統括部長殿?」
    「あら、つれませんこと。」
    おほほほと見かけは上品に振舞うその女性だが、こうみえても幾多のアイゼンブルグ内外の情報の中で必要なものを取捨選択し、処理できる有能な女性だ。なにせ笑顔で離反者の粛清を命じることもある。見た目では判断はできない。普段は単なるお茶目な女性なのだが。
    「あ、そうそう。この騒ぎの処分の間にユナ・アレイヤがこの街を訪れて騒ぎを起こしてましたわね?あの三流相手に。」
    「そうだったな・・・まぁ民間人に被害がでなかったらいいものの大したことをしてくれるな。行動力自体はまったくたいしたものだ。賞賛に値する。・・・一人でも民間人が殺されでもしたら生きてこのまちから出さなかったがな。うちの醜聞を消してくれたのはありがたかったが。」
    「手ごわいですわよ?」
    「手はいくらでもある。難攻不落の要塞なら内部からの崩壊を誘えばいいこと。」
    「兵法は奇なり・・・。常識ですわね。」
    「まぁ、とりあえずは彼らとの交渉に挑むことにしよう。このアイゼンブルグが高くつくことを再び教えるために。」
    「ええ・・・。」
    史上最強の独立都市国家、その誇りをもつからこそ彼らはこの地にはびこる敵対者の存在を許す気はない。それがかつて国土を踏みにじられたことのあるこの街の指導者達代々の思想であった。

    「ふぅ・・・・。いい運動になったな。」
    朝からあんなことをかましておいてずいぶんと余裕シャクシャクだね、主人公。
    「ふ・・・基本的にあんたの著作の主人公ってみんなこんな感じじゃないか?」
    ナレーションにツッコミいれんな!!と話を続けますと、彼は気絶した彼女を寝室に送った後、お茶でも入れようとリビングへと向かっているわけです。
    「へいへい・・・主人公は時間の暇にやる雑用が多くて困るね。」
    彼が何か目に見えない存在(笑)とボケツッコミをかましているうちにリビングについた彼はその中に誰かがいるのに気づいた。
    「・・・・・。」
    無意識に身構える彼。そしてドアノブに手をかけ、開け放とうとしたとき、それはあちら側から開かれた。
    「あら、お兄様。ご無沙汰振りです。お邪魔してますわ。」
    「・・・・・。」
    「あら、あにいとかの方が多少トレンドに乗っていて好きでしたかしら?」
    「・・・ってとりあえず、なんでお前がここにいる。リリス・E・ハインマン。」
    季節はまもなく春の風が止み、夏のすがすがしさを含んだ陽光が垣間見れる前の洗濯にとっては苦難の季節。大陸の短い梅雨を迎えようとする季節。
    それに応じているわけでもないが、彼を覆う状況もまた刻一刻と変化しつつあった。それがよい方向か悪い方向かは・・・・今はまだ断定できない。

    どうもー、今日はなぜか5時に起きてしまい、学校の講義も10時半からなのでせっかくだからエピローグかいちまおうということで異例の速さで執筆完了のかむなびです。
    はい、今回は前半お色気(内容は各自想像補完するように)、中盤は中年たちの策謀、後半は妹襲来(何)でお送りしましたー。
    途中でマークさまのユナ話を出演させていただきましたー。許可はとってないのでできれば事後承諾ですが。もし無理なら修正しますので、できれば感想と共にご連絡をー。黒い鳩さん以外の感想がつかなくて悲しいのですよー。私は。
    すいません、朝ですのでテンションが幾分高めです。調子に乗りすぎですね。
    ちなみにリリスはもっとあとに出てくることになってたんですが、新登校作家の詩葉さまのキャラの名称に影響され、さっさとださいないとという危機感に駆られ、登場です。そのためとある人物の登場が遅れることになりますが問題はないでしょう。誰も某福音のK・N氏っぽい病弱グレッグ兄なんてみたくないですしー。
    失礼またテンションが高く、とりあえずこれで終わりです。
    第二幕の展開をお楽しみに。では感想よろしくお願いします。
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