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■228 / 親記事)  愛の手を【レイヴァン・アレイヤ編】
□投稿者/ ルーン -(2005/10/18(Tue) 22:48:56)
     『愛の手を』は登場していない、もしくは余り出てきていないキャラを主役にしようという企画です。
     ですので、一編ごとに主役が違います。(タブン
     今回は、ある程度性格を掴んでいる『レイヴァン・アレイヤ』が主役です。(オソラク
     まあ、ユナも出てきますが。
     ちなみに、続くかは全くの不明。
     企画の意味あるのか? とかいう疑問は置いとくださいね。
     では、どうぞ。


     


     「では、本年度の我がクラスの学園祭の出し物は―――に決まりました。皆さん、きちんと恥ずかしがらずに準備しましょう。では、本日はこれまでです。また明日、お会いしましょう」
     ニッコリと微笑み、教師は教壇を後にする。
     教師が退出した後の教室には、出し物に頭を悩ます者、喜ぶ者などさまざまである。
     中には、今にも泣き崩れそうな者までいる。
     そして、レイヴァン・アレイヤの場合は―――
     「母さんとユナの、どっちのを借りよう……」
     結構前向きだった。



     「う〜ん、どちらを選ぶべきか……」
     腕を組み、首を可愛げにちょこんと傾げて、レイヴァン・アレイヤは悩んでいた。
     レイヴァンの視線の先には、ベットに広げられた二着の服が広げられており、その間を行ったり来たりしている。
     「う〜ん、本命はこっちかな〜? でも、意外性を狙うならこっちだよな〜」
     真剣な目つきで二つの衣装を見比べるレイヴァンだったが、いかんせん、下着の姿ではどこか間抜けである。
     しかしレイヴァンはそんなことを気にした様子もなく、目の前の服選びに没頭している。
     「よし、こっちの服にしよう!」
     散々悩んで決心が着いたのか、片方の服を手にとると、慣れない手つきでもたつきながら、その場で着替える。
     鏡の前でポーズをとり、クルリと回って違和感がないかをチェックする。
     「ふむ、さすが俺。我ながらよく似合っている」
     予想以上のできに、レイヴァンは満足気に頷いた。
     とその時、扉の開く音と共に、義妹のユナが部屋に入ってきた。
     「……お義兄ちゃん? いったい何してるの……?」
     ユナの表情は困惑し、少し声も震えていたが、その事にレイヴァンは気付かなかった。
     「ユナ、部屋に入るときにはノックをしないとダメだろう?」
     レイヴァンに注意されたユナはむっとなり、可愛らしく頬を膨らませる。
     「何言ってるのよ、義兄ちゃん! この部屋は私の部屋でしょう! 何で自分の部屋に入るときにノックをしなくちゃいけないのよ! って、そうじゃなくって、私は何でお義兄ちゃんが私の部屋にいて、あまつさえ私の服を着てるのって聞いてるの?!」
     ユナは自分の服を着られている事に対する羞恥心からか、それとも自分の服を着ているレイヴァン対する怒りからか、顔を真っ赤にしながら怒鳴る。
     「ユナ、何をそんなに怒ってるんだ? ……もしかして、似合ってないか?」
     ユナが何故怒っているか分からずに、レイヴァンは不安そうに眉根を寄せて、鏡に映る自分の姿を見つめる。
     レイヴァンの来ている服は、深紅のドレスに、白いフワフワしたレースが幾つもついている、所謂ゴスロリの服だった。
     「似合ってるとか似合っていないとかじゃなくって、あ゛あ゛もうっ! 私は・何で・私の服を・お義兄ちゃんが着てるのかって聞いてるのッ!!」
     ユナは地団駄を踏み鳴らし、一言一句を区切り、レイヴァンを睨み付ける。
     「ふむ、何故かだと? ……それは着てみたかったからだーーー!!」
     「アホかぁぁぁっ!?」
     胸をそらして偉そうに言ったレイヴァンに、ユナは叫び声と共にボディブローを放つ。
     ユナの拳は見事にレイヴァンの脇腹を捕らえ、レイヴァンは堪らず膝をついて呻き声を漏らす。
     「う゛ぅ゛、ちょっとしたお茶目だったのに……ユナ、酷いや」
     「お義兄ちゃん、お願いだから真面目に答えてね?」
     ズキズキと痛む眉間を抑え、レイヴァンに詰め寄る。
     流石に身の危険を感じたのか、レイヴァンはコクコクと何度も頷く。
     「ユナも知っていると思うけど、今度うちの学校で学園祭があるだろう?」
     確かに、とユナはレイヴァンが通う高等科の学園祭に誘われていたのを思い出した。
     しかしユナは首を捻り、ごくまともな疑問を口にする。
     「でも、それと私の服を着るのとどういう関係があるの?」
     「ああ、それはな、俺のクラスの出し物に関係があるんだ。今日クラスで何を出すかを話し合ってな。そこで一人の男子がふざけて、男装喫茶が良いって言ったんだ。そうしたら、次々に他の男子が盛り上がってな。男装喫茶で決まりそうになったんだが……何と言うか、当然と言うか、女子からは猛反発があってな。女子は意趣返しのつもりで、『なら女装喫茶でも良いんじゃない?』とか言い出したんだ。それからはまあ、話は当然平行線を辿る訳だ。っで、何時までも話が平行線を辿るから、俺も好い加減飽きてきてな。『なら男装女装喫茶にすれば良いだろ』と、言ったんだ。そうしたら、男女共に大喝采をあげてさ。満場一致でクラスの出し物が、男装女装喫茶になったんだ。っで、着る服を借りようと、ユナの服を試着させてもらっていたんだ」
     「なるほどね。そういう事情なら仕方が無いけど、でも、私に一言断ってからでも良いんじゃない? けどお義兄ちゃん、よく私の服着れたね。まあ、流石にサイズが小さいのか、ロングがミニになってるけど」
     ついっと、視線を脚に向ける。
     自分が着ている時は足首まである裾が、レイヴァンの場合は膝までしかない。
     「うん、母さんのじゃ大きすぎてさ。それでユナのを借りたんだ。ほら、俺って同年代の男と比べて小柄だしね」
     ドレスのリボンを弄りながら、苦笑する。
     「それで、そのドレスで良いの?」
     「ん? ああ、このドレスで良いよ。そっちの花柄のワンピースとどっちにしようか迷ったんだけど、こっちの方が受けそうだしね」
     満面の笑みを浮かべ、ちょこんと裾を持ち上げ、令嬢のように挨拶をする。
     その姿にユナは一瞬ドキンとし、続いて自分よりもさまになっている様子に、女としてのプライドが傷ついた。
     だから、ほんの悪戯心のつもりで言った。
     「ふ〜ん、ドレスまで着るなら、どうせなら下着も女の着れば? 良かったら私の貸すよ?」
     口元に小悪魔のような笑みを浮かべる。
     しかし、レイヴァンの言葉によって、その笑みも凍りつく事となった。
     「本当か!? いや〜、良かった。実はさ、もう借りてるんだ。どう言い出したものかと悩んでたから助かったよ」
     「―――…………は?」
     時間が凍りついたような間の後、ユナはやっとそんな間の抜けた声を出した。
     「いや、だからもう借りてるって言ったんだ。ほら」
     言って裾をめくる。
     そこには確かに見慣れた下着があった。
     見間違うはずもなく、ユナの下着だった。
     それも、アレはユナのお気に入りの一枚だった。
     「………………」
     長い、長い沈黙。
     レイヴァンは部屋の中にいるというのに、何故だか極寒の中にいるように感じられた。
     「……ユナ?」
     体が細かに震えているユナを見やり、今すぐこの部屋から逃げ出したい衝動を必死で抑え、レイヴァンは声をかける。
     「……ゃ…………ぃ」
     「何だって、ユナ?」
     ポツリと漏らした声に、耳を傾けようと、ユナに一歩近づく。
     「お義兄ちゃんの、変態ぃぃぃっ!!」
     レイヴァンの目に映ったのは、真っ赤に燃えるユナの小さな拳だった。
     それが吸い込まれように胸を捉える。
     さきほどのボディブローを遥かに超えた衝撃がレイヴァンを襲った。
     レイヴァンの体は衝撃で吹き飛ばされ、窓を突き破り、二階から地面へと叩きつけられる。
     あまりの衝撃に息が出来ないレイヴァン。
     そんな彼が意識を失う前に思ったことは、
     「ユナ、どうして怒ったんだ? 下着貸してくれるって言ったじゃないか。これだから女心は良く分からん」
     などといった、全く女心を理解していない考えだった。



     一方我に返ったユナは、慌てて窓から庭へと落ちたレイヴァンを見つけると、
     「お義母さ〜ん、大変!! お義兄ちゃんが窓から落ちた〜〜〜!!」
     義兄を助ける為に、義母に助けを求めに走った。



     予断だが、これがユナ・アレイヤが無意識だが、初めて炎の魔法を使った瞬間でもある。
引用返信/返信

▽[全レス3件(ResNo.1-3 表示)]
■231 / ResNo.1)  愛の手を【ユーリィ・マカロフ編】
□投稿者/ ルーン -(2005/11/18(Fri) 20:30:33)
     『愛の手を』は登場していない、もしくは余り出てきていないキャラを主役にしようという企画です。
     ですので、一編ごとに主役が違います。(タブン



     モキュウって感じです。
     ええ、それはもう。
     設定考えて、ストーリーもある程度考えて、いざ書くか! って時に……悪夢は訪れました。
     念の為に、設定を再確認したところ―――アレレ? 以前と設定違ってる?
     ってなことがありましたw
     どうやら、設定を変更しなくてはならない事態があったようですね〜。←他人事のように
     こんな事なら、初めからチェックしとけば良かったと後悔。
     初めからチェックしろよ、私。
     というか、最後に確認したの何時だよ……
     てなことで、使うキャラそのままに、ストーリーなどは急遽全変更w
     ではでは、そんな裏話がありますが、今回の主演は死神少女こと、『ユーリィ・マカロフ』です。
     では、どうぞ。



     「ねぇ〜、デクスター、暇だね〜」
     燦々と輝く太陽の下、少女はだら〜んと体を大の字にして、心底暇そうに声に出した。
     長い白銀の髪は地面に無造作に広がり、赤い目は雲一つ無い蒼穹を見つめている。
     少女がいるのは小高い丘の上なのか、少し離れたところに生えている木々が、小さく見える。
     「ユーリィ様、我々が暇なのは良いことです。それだけ、あちらからも、そして此方からも客人が来ぬ証なのですから」
     重厚で厳かな声は、ユーリィと呼ばれた少女の直ぐ下、つまりは少女が背にしている丘と思われたものから発せられた。
     「とはいってもねぇ、暇なんだからしょうがないでしょう。客もこの所来ないし」
     ぷぅっと頬を可愛らしく膨らませ、そっぽを向いた。
     「やれやれ、ユーリィ様にも困ったものだ。『暇』と仰ったのは、今月だけで実に19716回目ですよ。ちなみに客人が最後に来たのは、1313286時間54分47秒前ですな。おぅ、実に約152年間二人っきりと言う分けですな」
     クツクツとデクスターが笑う声と共に、ユーリィが背にしていた丘も揺れている。
     小高い丘と思っていたのは、デクスターの背中だったのだ。
     「むぅ、そんな事を一々数えているデクスターも暇なんじゃないか!」
     笑われたことが不服なのか、ユーリィは右手の拳を握ると、デクスターの背に振り下ろす。
     「っ! 痛いですよ、ユーリィ様」
     大きな体を震わせ、背の主に向かって文句を言う。
     デクスターは人の顔に獅子の体を持つ、スフィンクスと呼ばれる種族だ。
     何故そんな彼が、ただ一人ユーリィの側にいるかは誰も知らない。
     デクスター本人と、ユーリィを除けば、だが。
     「ふ〜んだ! あたしは悪くないも〜ん。ぜ〜んぶ、一々細かいデクスターが悪いんだも〜ん」
     ゴロリと身を転がして、まるまるユーリィ。
     そんなユーリィに、デクスターは苦笑して、蒼穹を見つめる。
     否、彼が、いや彼らが見つめるのはただ一点。
     蒼穹にただ一点、墨汁を流したように黒くなっている場所。
     まるで空が裂けているような、ポッカリと黒いその場所だけが異常だった。
     その裂け目こそが、彼らの守るべきもの。
     この世界『リリース・ゼロ』と、異界『ギヌンガプヌ』を繋ぐ門なのだ。
     そして二人は、異界からの侵入者や、異界を目指す者を排除するためにいる―――
     「そう。私たちこそは、ゲ〜ト、ゲ〜ト、ゲ〜ト〜、ゲ〜ト〜キ〜―――」
     「お止め下さい」
     ノリノリで歌うユーリィに、デクスターは待ったをかけた。
     「ぶぅ〜、なんでよ〜。人が折角ノリノリで歌ってたっていうのにさ〜」
     「それは危険なネタです。ご了承ください」
     不満全開なユーリィに、デクスターを真面目くさった顔と声で言った。
     「ちぇ、分かったわよ」
     表情は不満ですと言っているままだが、ユーリィは大人しくデクスターの言葉に従った。
     「そう言えばさ、此処に門が出来てどのくらいだっけ?」
     「またいきなりですな。まあ、暇だ暇だと騒がれるよりはマシですが」
     急に話を変えるユーリィに、デクスターは呆れたように混ぜっ返す。
     「いいから答える!」
     そんなデクスターの態度が癇に障ったのか、ユーリィはバシバシとデクスターの背を叩き、答えをせかす。
     「はいはい……確かユーリィ様が裂け目が出来る波動を感知したのは、1752311時間23分39秒前。つまりは約二百年ほど前だったと記憶しております」
     それがなにか? と目で尋ねるデクスターに、ユーリィは一瞬考え込む素振りを見せたが、
     「いや、今までの経験から言えばさ、そろそろ此処の門も閉じて、別の場所に門が開く時期だと思ってね」
     「……確かにそうですな。門が開いてから閉じる時間……まあ、世界からの修正による寿命とも言えますが、それは平均150〜250年ですからな。平均的に見れば、此処の門が閉じても不思議ではない時期ではありま―――」
     答えるデクスターは、ふとありえない出来事に遭遇し、あまりの驚愕に言葉を失った。
     あまり考えたくもないが、異界を結ぶ門の番人という大事な使命を、主人は『暇』の一言で門をほったらかしにして、どっかに遊びに行くような人物なのだ。
     その主人が門の寿命を気にするとは―――
     デクスターは胸にジ〜ンと、何かが熱く込み上げてくる感じがせずにはいられなかった。
     苦節千年以上。やっと、やっと自分の思いが通じたのだと天に感謝したくなった。
     初めて出会ったあの頃の主人。自分が強く惹かれ、万人が完璧だと認めた主人。
     あの頃の主人に戻ってくれるのか!? との期待がどんどんと膨れていった。
     だが、冷静な部分がそれを否定する。
     あの主人だぞ? 昔の主人ではなく、今の主人だぞ? そんなに簡単に昔の真面目な主人に戻るなんて、そんなに都合の良い話がありえるのか? 
     いや、ありえない。だとすると……考えられる可能性は一つだった。
     それを確かめるために、デクスターは震える声でユーリィに真意を問うことにした。
     「時に主よ、何故そんなことを聞かれるのですかな?」
     「いやだって、此処の門が消えてから、次に門が現れるまで約数十年かかるでしょう? その間は好きなところに遊びにいけるじゃない」
     その言葉を聞いて、デクスターはガックリと肩を下ろした。
     予想のうちの一つとて、当って欲しくなかった予想なのだ。
     デクスターは胸中でさめざめと泣いた。
     「どうせ主のことです。次に門が出現する場所が、大都市の近くなら良いなどと思ってらっしゃるのでしょうな」
     言葉裏に嫌味をたっぷりと乗せて、デクスターはやけくそ気味に言う。
     だがその言葉に、ユーリィは意外な返答を返す。
     「もう、何でそう決め付けるかなぁ〜? そりゃあ、あたしの普段の行いが悪いのは認めるけどさぁ〜。でも、決め付けるのはあんまりじゃない? あたしだってなるべくなら、大都市や都市付近には出現して欲しくないと思っているのに」
     怒ったような口調で言うユーリィは、ジロリとデクスターを睨み付ける。
     デクスターは内心、「そう思ってらっしゃるのなら、直してください!」と怒鳴りたいのをグッと堪え、
     「ほほーう、珍しい。……で、真意はいずこに?」
     「ふ〜んだ! デクスターの意地悪! 良いも〜ん。此処の門が消えたら、遊び倒してやるも〜んっだ!」
     睨み付ける二人の視線が、バチバチと二人の間に火花を散らす。
     だが、あまりの無意味さに嫌気が差したのか、それとも大人気ないと思ったのか。
     ユーリィはついっと視線を逸らすと、
     「だってほら、ちょっと前と言っても数百年も前の話だけど、大都市付近に門が出現したときにさ、面倒くさい連中に絡まれたじゃない」
     ユーリィは顔を顰めて、思い出したくも無いといった口調だった。
     ユーリィのその言葉にデクスターの思考は過去を遡り、ある事件を思い起こさせた。
     「そう言えば、そんな事もありましたな。教会と協会の連中が門を調べに来て、我々を一方的に犯人と決め付けたのでしたな。此方の言葉は聞かないので、おかげで何度不必要な戦闘を繰り返したことか……。おまけに最後の戦闘中には異界の者まで出現して……あれは本当に大変でしたな。門が閉じた後も、教会と協会の連中にしつこく追いまわされもしましたな」
     やれやれと首を振り、続いて溜息が出た。
     「あんな面倒な連中とは、二度と付き合いたくないと当時は思ったものですが……」
     「そう上手くいかないのが人生よね〜」
     その後も何度か対峙する事もあり、その度に大なり小なりの戦闘が起きた。
     時には国家の軍隊と戦闘になったこともある。
     そんな戦いの繰り返しでも、二人に恩賞や得があるわけではない。
     特に自分たちの利になる事も無い、無償で門番の仕事を二人がするのは―――
     「まあ、でもこの仕事は続けなきゃねぇ〜」
     「そのとおりですな」
     ユーリィの言葉に相槌を打つデクスター。
     「だってほら、異界からの連中にこの世界を好きにさせたくないし」
     「この世界のためですからな」
     ユーリィとデクスターは空を見やり、声を揃えて言った。
     『でもまあ、何よりこの世界が好きだから』



     ピシ、ピシピシ……
     何かが罅割れる音が聞こえる。
     ギギャアアアアアア……
     何かの悲鳴のような音が聞こえる。
     それは、世界が罅割れる音。
     それは、世界があげる悲鳴。
     罅割れた空から、この世界と異界を繋ぐ門から、侵入者が来訪する音。
     その音を耳にして、ユーリィとデクスターは立ち上がり戦闘態勢に移る。
     ユーリィは何処からとも無く鎌をとりだし、背には魔力による漆黒の羽を出現させる。
     一方デクスターは、その巨大な四肢に力を込め、何時でも襲いかかれるよう身構える。
     ズルリ……
     門から来訪する何か。
     それを目にし、ユーリィとデクスターは互いに頷きあう。
     「いくよ、デクスター! 久しぶりの客だからって、遠慮はいらないよ!」
     「承知! 主こそ、ゆめゆめ油断なされるな!」
     二人は久方ぶりの戦闘に高揚し、知らず口元を緩め、侵入者へと襲い掛かった。



     こんな感じでどうでしょうか?
     本当なら、異界の生物の描写も書きたかったのですが……
     どんな姿かたちなのか書いてなかったので、そこは省略しました。
     って、決まって無かったですよね? ←自信なし
     ちなみに、私が勝手に決め付けて書こうとした格好は、映画「エイリアン」に出てくる奴みたいなのだったりしますw
引用返信/返信
■314 / ResNo.2)  愛の手を【ミルキィ・マロングラッセ編】
□投稿者/ ルーン -(2006/07/18(Tue) 23:27:11)
     『愛の手を』は登場していない、もしくは余り出てきていないキャラを主役にしようという企画です。
     ですので、一編ごとに主役が違います。(タブン
     今回の主役は、獣人娘こと、獣ッ娘『ミルキィ・マロングラッセ』です
     ああ、けどなんだね。獣人娘(ジュウジンムスメ)ではなく、獣ッ娘(ケモノッコ)というと心に来るものがあるな〜(笑い
     ではでは、作者のアホな性質は置いといて、本編をどうぞ〜。


     サラサラサラ……
     風化した建造物の一部が、時の流れによって崩れていく。
     長年誰の手も入っていないのか、その建物は何時崩れ去ってもおかしくないほどボロボロだった。
     辺りは鬱葱と生い茂る木々に阻まれ、人の気配もない。
     聞こえるのは建物が崩れ去る音と、鳥や獣達の声のみ。
     その建物、それは外見の風化具合や施された装飾から、現代の物ではないのが窺い知れた。
     考古学者やある程度の古代の知識がある者が見れば、一目でわかるだろう。
     その建物が建てられたのは遥か昔。古の時代。世にいう古代魔法文明期の頃の建造物だということが。
     当時の魔法と科学は現代よりも遥かに発展しており、現在の技術では再現はおろか、解析すらできない品物も数多く存在する。
     そんな時代に建てられたのが、この遺跡である。
     通常、古代魔法文明期の遺跡などは、国家や各機関が修復などをして、保存に努めている。
     例外は重要度が低いものや、調査などが終了しているものである。
     中には遺跡荒らし、所謂トレジャーハンターと呼ばれる者達が、徹底的に漁った跡の遺跡も放置される場合が多い。
     考古学者などには忌み嫌われるトレジャーハンターだが、国家や研究員にとっては彼らが持ち込むお宝によって、各種技術の向上にも繋がる場合があるので、黙認している国家もあるどころか、トレジャーハンターと契約して遺跡の発掘などをさせる国家なども存在するのが現状だ。
     どうやらこの遺跡も、そういった理由で忘れ去られて久しい遺跡のようである。
     都市から比較的遠い位置ともあり、この遺跡に足を運ぶ者は此処数十年誰もいないのが現状だったのだが、数十年の月日を経て、そんな遺跡に近づく変わり者がいた。



     「う〜ん、地図だと目的の場所はそろそろのはずだよねぇ」
     まだ幼さの残る声が静かな森に響いた。
     フサフサした茶色の毛に覆われた耳が、ピョコピョコと可愛らしく動いた。
     耳の毛と同じ茶色の髪の毛が首筋あたりで縛ってあり、その髪の毛が膝あたりまで伸びていて、まるで尻尾のように少女が動くたびに左右に揺れる。
     少女の格好は赤を基調とした上着に、中にシャツを着ており、ズボンは黒のハーフパンツだった。
     背には薄汚れた背嚢を背負っており、少女が旅なれた者だということが窺える。
     少女は少し赤味のかかった茶色のクリクリとした大きな瞳で、キョロキョロとあたりと地図を見比べる。
     少女、ミルキィ・マロングラッセは、獣人族である。
     獣人の住む村は比較的閉鎖的な村が多く、また獣人が村の外へと出るのも稀な事である。
     そんな獣人の一人である、ミルキィが村の外へといるのには勿論訳がある。
     ミルキィは獣人にしては珍しく好奇心旺盛で、たまに村へと来る行商人の話を聞いては、外の世界へと思いを飛ばしていた。
     そんなミルキィが、村の外へと飛び出すのにさほど時間はかからなかった。
     ミルキィの好奇心と知識欲への欲求は留まることを知らず、遂にミルキィは獣人ながらトレジャーハンターとなった。
     ミルキィのトレジャーハンターとしての腕が確かな事もあり、また獣人がトレジャーハンターだという珍しさも手伝ってか、ミルキィの名はトレジャーハンターの中でも、そこそこ知られるぐらいにはなっていた。
     「うんっと、こっちかなぁ〜。それともあっちかなぁ〜。どっちかなぁ〜」
     声は悩んでいる風には聞こえず、またミルキィの足も一定の速度で動いている。
     勘、というか、森の中の風や音、不自然な雰囲気を森の中で生まれ育ったミルキィは敏感に感じ取り、目的地へと向かっているのだ。
     そして探していたモノが突如ミルキィの目へと飛び込んできた。
     「あ、アレかなぁ〜。……うん! 地図の位置とも合ってるし、この辺には他に遺跡はないはずだから、アレだねぇ」
     少し間延びした声を上げ、ミルキィは今にも崩れそうな遺跡の入り口へと、足早に駆けて行った。
     ミルキィはトレジャーハンター。
     そんなミルキィが遺跡に来るのは、当然トレジャーハントの為なのだが、この遺跡が数十年前に既に他のトレジャーハンター達などによって、発掘されつくした状況だという事をミルキィは知らなかった。
     いや、正確には此処の遺跡の情報を教えた情報屋も、既にめぼしい宝は発掘されつくしていたのを知っていたので、ミルキィへ情報はただで教えたし、その事実も教えようとしたのだが、ミルキィが情報屋の話を最後まで聞かずに飛び出したのだ。
     ようするに、此処へ無駄足と言ってもいい足を運んだのは、人の話を最後まできちんと聞かなかったミルキィ自身の責任なのだ。



     遺跡の内部は、外から見たよりも更に崩壊が進んでいた。
     壁は所々崩れ穴が開き、天上や床も其処かしこで抜け落ちている酷い状態だった。
     いつ遺跡自体が崩れ落ち、崩壊してもおかしくない状況の中、ミルキィは足を進める。
     遺跡の最上階は、見た限り祭壇のようだった。
     中央に何か祭ってあったのであろうか、その部分だけ床が一段高くなっていた。
     ミルキィは祭壇の上に登ると、何かお宝がないかと辺りに鋭い視線を走らせる。
     だが、何も発見できないと深いため息を吐き、続いて眉間に皺を寄せてミルキィは叫ぶ。
     「むぅ〜。何にも無いじゃないかぁー! あの情報屋のおじさん、ボクに嘘吐いたのかぁ!? むむむ、確かに情報料はただだったけどさぁ〜、酷いよっ! あんまりだっ! 何が凄いお宝が眠っていただっ!! ……って、あれ? 眠っていた? 何で過去形なのぉ〜!? ってまさか!? 此処、もう既に発掘が終わってる遺跡なのかぁ〜!? うわっ、酷いよおじさん。そんな大事なことを教えてくれないなんてインチキだ!!」
     クルクルと表情を変え、頬を可愛らしくプクーっと膨らませながら、手足をばたつかせる。
     まだ幼さを残す容姿で手足をばたつかせるさまは、子供が駄々を捏ねているようでもあった。
     まあミルキィの場合、そのさまも微笑ましいのだが。
     暫くそうしていて気が治まったのか、ミルキィはペタリとその場に座り込んでグルグルと考え事を始めた。
     (む〜、此処での収穫は無しかぁ〜。うぅ、今回は完璧に赤字だぁ〜)
     食料や最低限の旅をする為の装備品等、収穫の無いトレジャーハントは、即赤字へと繋がる。
     稼げる時はとてつもない金額を稼げるが、空振りだと赤字だけが嵩む。
     それがトレジャーハントの難しいところだった。
     (ん〜、これからどうしようかなぁ〜。この地方に別の遺跡なんて在ったかなぁ〜? むぅ、遺跡の情報を買うにもお金かかるしなぁ〜。食料とかもだけど……。そう言えば、食料も少し心許なくなってきたし……一回街に帰った方がいいかなぁ)
     このまま低い可能性に賭けて遺跡を発掘するか、それとも街へ帰って別の遺跡の情報を買うか。
     ミルキィは少し悩んだ末に、
     「……うん。此処ではもう目ぼしいお宝なんて無さそうだし、街へ帰ろうっと!」
     ミルキィは両足に力を込めると、手を使わずに立ち上がろうとする。
     その時だ―――
     本来なら込めた力に比例するように、床から返ってくる反動も強くなるのだが、今回は違った。
     何時もの地を蹴る反動ではない、虚空を蹴るような感じ―――
     元々崩壊が近かった遺跡の耐久力に、ミルキィが暴れたのも一役買ったのか。
     止めは先ほどの立ち上がろうとした時なのだろうが―――
     まあ何はともあれ、ミルキィの足は遺跡の床を踏み抜いていた。
     「……へ? あ、あぁ、嫌な感じだなぁ〜。この後どうなるか、容易に想像が付くなぁ〜」
     暢気に言うミルキィの声に合わさるように、ピシピシっと踏み抜いた床の亀裂が広がっていき、やがて―――
     ズボッ……
     「ああ、やっぱりねぇ〜。全く、何で今床が抜けるかなぁ〜? どうせ抜けるなら、私が来る前か去った後に抜けといてよぉ〜」
     ぽっかりと闇が口をあける穴へと落ちながら、余裕があるのかそれともアレなのか、
     ミルキィは自分本位な考えを口にしながら落ちていく。



     「……ん? 明るい? 何で地下なのに明るいのかなぁ〜?」
     ミルキィは迫ってくる光に首を傾げたが、まぁいっかっと納得し、着地する為に身構える。
     クルクルと猫のように体を回転させ、足から着地する為に体制を整えるミルキィは、
     「……よいっしょっと」
     少しオジン臭いかなぁっと思いつつ、足から着地し、体全体を使って着地の衝撃を逃す。
     獣人ならではの身の軽さと、体のバネで着地の衝撃を最小限に留めた。
     「ん〜、此処から登るのは無理かなぁ」
     上を見上げてみれば、遥か上方に薄っすらと明かりが見て取れた。
     あそこから自分は落ちたのだろうと確認するも、戻るすべはなかった。
     「はぁ〜、別の道探すかぁ〜」
     どうせ此処も発掘されているだろうからっと、ミルキィはさっさと此処を出るために階段を探すことにした。
     体を一回転させて周囲を確認してみれば、どうやら落っこちてきた場所は行き止まりらしく、他に選択肢がないので道なりに進むことにした。
     念の為に魔物などの襲撃にそなえ、慎重に地下道を歩いて行く。
     神経を集中させていたためか、ミルキィの耳が何か物同士がぶつかり合う音を捉えた。
     ガチャガチャガチャ、カタカタカタ……
     音は一本道の奥の方から、どんどんミルキィの方へと近づいてくる。
     まるで金属の武具がぶつかり合うような音と、何か乾いた音。
     音の数や地下道に反響する音から推測される数は、精々が一人分。
     「この音、まさか人って事はないとするとぉ……」
     ある可能性に思い至り、途端にミルキィの表情が険しくなる。
     これでもミルキィは、トレジャーハンターとして名も売れていることもあり、戦闘力もかなりのものだ。
     そのミルキィがたった一人の何かに表情を険しくすることから、相手の正体に見当がついているのであろう。
     普段のミルキィなら身を隠すなりして隠れてやり過ごしたい相手だが、生憎と一本道のために隠れられる場所などない。
     ミルキィは大きく息を吸い込みゆっくりと吐き出すと、腰に提げていた『虎桜』を左手で抜き放つ。
     『虎桜』は『刀』と呼ばれる蓬莱が原産国の刀剣だ。
     刃はそれほど長くなく、『太刀』と『短刀』の丁度中間あたりの長さで、『小太刀』と呼ばれる『刀』に属している。
     その『虎桜』を油断なく構え、普段よりも幾分か眼光を鋭くし、近づいてくる何かに警戒する。
     そしてソレを見た瞬間に、ミルキィは自分の見当があたっていた事を確認した。
     ミルキィの視界に入ったソレは、動く人骨だった。
     世間一般的な名称はスケルトンという、結構ポヒュラーな魔物の一種である。
     ただし今ミルキィが対峙しているのは、スケルトンの中でも高位に位置するスケルトンウォーリアだった。
     普通スケルトンは人骨そのままなのだが、スケルトンウォーリアは武具を装備しており、なにより生前の戦闘技術を有している点が厄介な点である。
     スケルトンを倒すのは幾つか手段がある。
     まず一番簡単で効率が良いのが、祝福を受けた武器か神秘を宿した武器による攻撃か、聖なる魔法か浄化の魔法による攻撃。
     次が魔力を宿した武器か、魔法による攻撃。
     最後に、完膚なきまでに粉々に破壊すること。
     以上の三つが、スケルトンを倒せるもっとも知られている方法だ。
     そもそもミルキィがスケルトンを苦手とするのは、その三つの方法がミルキィはできないからだ。
     ミルキィが所持している武器には、祝福も神秘もないし、そもそも魔法は使えない。
     その上、スケルトンを粉々に出来るほどの腕力もない。
     これらの事情から、ミルキィにとってスケルトンは、天敵にも等しい敵だった。
     だが今回ばかりは戦闘を避けることはできないので、ミルキィも戦う覚悟を決めた。
     ミルキィは『虎桜』の刃を返し峰をスケルトンウォーリアへと向けると、ジリジリと間合いを詰める。
     峰を向けるのは、刃だと相手の武器を受けた時に、刃こぼれをする可能性があるためだ。
     一方スケルトンウォーリアもミルキィを敵と認識したのか、手にした剣を両手で正眼に構えた。
     滑るような足捌きでミルキィの間合いへと入り、鋭い突き技を放つ。
     いきなり突き技がくるのは予想外だったのか、「わっ?!」っと驚きの声を上げ、体を横へと反らす。
     だが、予想外の攻撃からの回避行動だった為に、少し、けれども相手にとっては恰好の隙を生んでしまう。
     スケルトンウォーリアは長剣を短く握り、態勢を戻そうとしているミルキィの胴を薙ぐように長剣を一閃する。
     態勢を戻すのは間に合わないと見て、ミルキィはそのまま背後に倒れこむ。
     今まで自分の胸が在った辺りを、銀光が走り抜けるを見たミルキィは冷や汗を流す。
     ドンっと背中が石畳と接触する衝撃を感じた瞬間には、スケルトンウォーリアから倒れた勢いを殺さないようにゴロゴロと転がり素早く離れる。
     そしてそのミルキィの後を追うように、ガッガッっと長剣が石畳と激しくぶつかり合う音が回廊に響き渡る。
     ミルキィは転がりながら拾っていた石を、礫として利用する。
     「ていっ!」
     ビュッ!
     礫が風を切る音がしたかと思うと、スケルトンウォーリアは避けずに長剣で礫を弾くき飛ばす。
     本来なら何の変哲もない礫などスケルトンウォーリアは効きもしないのだが、生前の技能が機械的に弾いてしまったのだ。
     あるいは礫を無視してミルキィへの攻撃の手を緩めなければ、この時点で勝負はついていたかもしてない。
     だがその稼いだ僅かな時間で、ミルキィは素早く立ち上がる。
     僅かに乱れた呼吸を整え、改めて敵を睨み据える。
     攻めあぐねているのか、対峙するスケルトンウォーリアも長剣を短く持ったままジッとしている。
     それを見てミルキィはふと、スケルトンウォーリアが長剣を短く持っている事に今更ながらに気が付く。
     そしてそれと同時に、スケルトンウォーリアが剣を短く持っている訳にも思い至る。
     このような限られたスペースしかない空間では、スケルトンウォーリアが持つ長剣の刃が壁等にぶつかる可能性があるために、柄を短く持ち、且つ、両手で持つことで対処しているのだろう。
     乾いた唇を舌で湿らせ、ミルキィは相手を倒す方法を考える。
     (……無理! あんなの倒せっこないよぉ! うぅ、せめて聖水でも有れば、一時的にせよ動きを止めてその隙に逃げられるのになぁ〜)」
     早々に諦めモードに突入するミルキィだったが、その後直ぐに自分がとんでもない思い違いをしている事に気がついた。
     (……ん? 倒す? ……って、バカかボクは!? 何でこんな事にも気が付かなかったんだぁ!?」
     何も無理にスケルトンウォーリアを倒す必要がない事に気がつき、思わず声に出して自分を罵った。
     (そう、何も無理して倒す必要はないんだ。要するに、行動不能にすれば良いんだからねぇ)
     にんまりと自然に笑みが浮かぶ。
     ミルキィは懐から一丁の銃を右手で取り出した。
     銃の名は『ストレイヤーヴォイト インフィニティ』
     オートマチック式の銃で特殊改造が施してあり、氣を操れる者なら刃等も作れる機能を持っている銃である。
     もっとも氣を自分の意思で操れないミルキィにとっては、ある意味宝の持ち腐れ的な銃だったりする。
     まあそれでも時々、何故か刃らしき物が出たりはするのは、ミルキィが無意識にでも氣を操っているのかもしれない。
     そんな少し他の銃とは違うけれども、他は至って普通の銃のセーフティを解除し、コックを上げる。
     「いっくよぉ〜!」
     息を吐き出す動作に合わせ、いきなりトップギアのスピードでスケルトンウォーリアへと間合いを詰める。
     加速をしないでのトップスピード、そして減速のないトップスピードからの急停止。
     これらの動作は、強靭な足腰と筋力とバネを持っている獣人ならではの動作である。
     一瞬にしてスケルトンウォーリアの間合いへと入ったミルキィは、刃を返した『虎桜』で袈裟懸けに切りつける。
     スケルトンウォーリアは長剣で斬撃を受け止めるが、これがミルキィの狙いだった。
     「貰い!」
     右足を半歩前へだし、その分スケルトンウォーリアへと近づいたミルキィは、『ストレイヤーヴォイト インフィニティ』の銃口をスケルトンウォーリアの腰骨の部分へと突きつける。
     ―――パンッ!
     一発の銃声が回廊に反響する。
     ゼロ距離から発射された弾丸の威力に、スケルトンウォーリアが数歩後ずさり、態勢が崩れる。
     しかしゼロ距離からの発砲にも関わらず、弾自体は半ばまで食い込んだ状態で止まっていた。
     通常の骨なら粉々に砕け散っているのだろうが、スケルトンの骨は魔術や怨念などによって、鉄のような硬さにまで飛躍的に硬度を増している。
     だがミルキィにとっては、それすらも計算のうちだった。
     ミルキィは態勢を崩しているスケルトンウォーリアの懐へと潜り込と、体を捻る。
     捻り、捻り、その極限まで捻った体は、スケルトンウォーリアに背中を見せるほどである。
     既に『ストレイヤーヴォイト インフィニティ』は懐のホルスターへとしまってあり、再び刃を返した『虎桜』を両手で握っている。
     ミシミシっと、極限まで捻った体が悲鳴をあげるが、ミルキィはジッと力を溜める。
     「―――……っ! やぁあああああっ!!」
     溜めに溜めた力を、裂帛の声と共に解放する。
     狙いはただ一点。
     次の瞬間、金属と金属がぶつかり合う音が回廊に響き渡った。
     ミルキィは『虎桜』を振り抜いた姿勢のままピクリとも動かず、一方のスケルトンウォーリアも不気味に沈黙を保っている。
     長い、長い静寂のあと、変化は起こった。
     静寂が支配する回廊に、何か微かな音がした。
     ピシリ、ピシリと徐々にだが、その音はハッキリと断続的に鳴り響く。
     そして―――グラリとスケルトンウォーリアの上体が揺れたかと思うと、上半身と下半身が二つに別れた。
     上半身は派手な音をたてて、石畳に散らばり、下半身の方はふらふらと二、三歩ふら付くと、支えを失ったかのように崩れ落ちる。
     「……ふぅ〜」
     息を吐き、体の力を抜くミルキィ。
     その顔には極度の集中力と体への負担の為か、薄っすらと汗が滲んでいた。
     「それにしても、作戦が成功して良かったぁ〜」
     チンッっと『虎桜』を鞘へ戻しながら、ミルキィは安堵の声を出す。
     では、ミルキィの作戦とは何か?
     答えは単純で、面の攻撃が駄目なら点の攻撃にすればいいだけの話だ。
     まずは『虎桜』での斬撃を囮に、スケルトンウォーリアの長剣を封じる。
     そして上半身と下半身を繋げる腰骨へと銃で攻撃する。
     この時点で腰骨が砕ければ御の字。もし砕けなくとも、弾さえめり込めば良かったのだ。
     もし弾がめり込まなければ、何度でもめり込むまでやり直す。
     そして弾がめり込んでいれば、その弾を『虎桜』の峰で力一杯ぶっ叩く。
     この場合、弾が楔となって線から面への攻撃となる。
     一点に集中された力は、破壊力が圧倒的に増す。
     そしてその結果、ミルキィの攻撃力がスケルトンウォーリアの防御力を上回り、腰骨を粉砕することに成功したのだった。
     「……けど、や〜っぱり倒すのは不可能なんだよねぇ〜」
     視線をスケルトンウォーリアへと向けてみれば、徐々にだが散らばった骨がまた元に戻ろうとしていた。
     この分では、砕いた腰骨が再生するのも時間の問題だろう。
     そして復活したスケルトンウォーリアが追って来るのを想像して、ミルキィはゲンナリとした。
     と、突然にんまりと笑ったミルキィは、倒れているスケルトンウォーリアへと近づく。
     ミルキィは無言でスケルトンウォーリアの頭蓋骨を両手で掴むと、
     「やぁあっ!」
     気合一閃、スケルトンウォーリアの頭蓋骨を捻り取った。
     「……ふと思ったんだけどさ、君、頭蓋骨と体の骨が別れたらどうなるんだろうねぇ〜?」
     にんまりと笑って言うミルキィに、心なしかスケルトンウォーリアの体が慌ててるようにも見える。
     頭蓋骨の方も表情が変わって見えるのは、きっと気のせいだろう。
     ミルキィは落ちていたスケルトンウォーリアの長剣を空いてる手で拾うと、ブンブンと素振りをしてみせる。
     そして今までで最高の笑顔を浮かべると一言、
     「試してみるぅ〜?」
     一瞬スケルトンウォーリアの動きがピシリと止まり、まるで止めてくれと言わんばかりに体をガチャカチャと鳴らし、顎をカタカタと鳴らす。
     体は手足をばたつかせ、まるで駄々っ子みたいだった。
     頭蓋骨は頭蓋骨で、骨100%の頭蓋骨に何故か哀願の表情が見て取れたから不思議だ。
     「……それじゃあいってみようかぁ〜」
     その仕草を繁々と興味深そうに観察していたミルキィは、無情にもスケルトンウォーリアの訴えを無視した。
     ますます激しく拒絶の意を表すスケルトンウォーリアを無視して、頭蓋骨を天上付近まで放り投げる。
     ミルキィは長剣を両手で握り、体を捻る。
     落下してくる頭蓋骨にタイミングを合わせて、長剣をフルスイング。
     長剣の横っ腹でぶっ叩かれた頭蓋骨は、地面と平行にすっ飛んで行き、やがてミルキィの視界から消えた。
     「……おぉ〜、飛んだ飛んだぁ〜」
     長剣を石畳の隙間に突き刺し、右肘を鍔に乗せならがらミルキィは満足気な声を出す。
     パンパンっと両手の埃を叩いて落とすと、ミルキィは奥へと足を向けた。
     ふと、静かになったスケルトンウォーリアが気になって視線を向けてみれば、スケルトンウォーリアはグッタリと力なく石畳にへたばりながら、イジイジと右手の人差し指で石畳にのの字を書いていた。
     ずいぶんとお茶目なスケルトンウォーリアもいるものだと困惑しつつ、ミルキィは今度こそ振り返らずに奥へと歩みを進めた。
     ちゃっかりと、「売れるかなぁ〜」とスケルトンウォーリアの長剣を手にとって。



     奥へ、奥へと続く一本道を進むこと数十分、遂に変化が訪れた。
     扉だ。一枚金属の扉がミルキィの行く手を阻むように閉まっている。
     しかもその扉にはとってもなく、それどころか僅かな窪すらない。
     目の前に立ち塞がる扉は、最早扉というよりも、巨大で分厚い鉄板が立ち塞がっているという表現の方が的を得ているかもしれない。
     とすれば、引くという開け方ではないのだろうと判断し、ミルキィは力一杯扉を蹴りつけた。
     ガンッという鈍い音とがするが、金属製の扉はびくともしなかった。
     それどころか、
     「―――っ!? いったぁ〜いぃ!!」
     悲鳴をあげ、逆に蹴りつけた足を抱える始末だった。
     暫く足を抱えて蹲っていたが、やがて痛みも治まったのかすくっと立ち上がる。
     「……押すでも引くでも無いってことは、何処かに扉を開ける仕掛けが在るはずだよねぇ〜」
     気分を一新して、扉を開ける仕掛けを探し始める。
     まずミルキィは目の前の扉を手でピタピタと触り、扉自体に仕掛けが無いかを探す。
     上の方は手が届かないので、この際は無視する。暫くて何も見つからなかったのか、首を傾げると次は壁をペタペタを触る。
     壁も扉付近を中心に手の届く範囲を調べたが、特に何も見つけられなかった。
     ならばと、ミルキィは地面に這い蹲り、眼を皿のようにして探す。
     すると一箇所だけ不自然にでっぱりが在る事に気がついた。
     そのでっぱりにそっと手を伸ばし掴むと、ミルキィはでっぱりを押そうと力を込める  が、ふと手を止め逆に上へと引っ張った。
     ―――カチリ
     すると何処かでスイッチが入ったような音がし、扉を見上げてみれば、何やら窪みらしきものが出来ているのが目についた。
     ミルキィは立ち上がると、パンパンと服についた汚れと埃を落とす。
     立ち上がったミルキィの視界のやや上、ミルキィが見上げて見える位置にやはり窪みが出来ていた。
     金属の扉の中央に出来た窪みは、何かを嵌め込む様な形をしていた。
     まるで―――
     「……剣、かなぁ〜? でも剣なんて―――!?」
     自分で口にした言葉に引っ掛かりを覚え、途中で戦利品として拾って来た長剣へと自然に視線が移った。
     「……丁度良い、かなぁ?」
     目を扉の窪みと長剣へと行ったり来たりさせ、ミルキィは窪みと長剣の形を見比べる。
     やがて確信が持てたのか、ミルキィは背伸びをしながら手をいっぱいに伸ばし、長剣を窪みへと嵌め込んだ。
     ―――カッ!!
     ゴゴ、ゴゴゴゴゴゴ―――
     長剣が窪みへと収まった瞬間仕掛けが動き出し、強烈な光を発する。
     それと共に金属の扉はゆっくりと天井へと収まっていく。
     「わっ!?」
     当然の強烈な光にミルキィはとっさに目を瞑るが、間に合わずに目を閃光に焼かれてしう。
     下手に動くと危ないので、視力が戻るまでその場でジッと佇む。
     ある程度視力が戻ったのか、目をゴシゴシと手で擦ると、閉じていた目蓋をゆっくりと開いた。
     徐々に視力が戻るにつれ、白くぼんやりとしか映らなかった視界に色と形が戻ってくる。
     そして、完全に視力が戻ったミルキィが目にしたのは、鈍く金色に輝き、珠玉を携えた一本の杖だった。
     ミルキィはまるで吸い寄せられるように杖へと近づくと、何の躊躇いも見せずに杖を手に取ってしまう。
     ジッと魅入られるように杖を見つめるミルキィの口から、「はふぅ〜」と溜息が漏る。
     「……綺麗だなぁ〜」
     ちなみにこの杖、『フェアリー・スタッフ』と呼ばれる物で、今までにたったの三本しか発見されていない超レアな杖である。
     現在の技術でも杖の複製は理論的には可能とされているが、ある理由により、この杖の複製は不可能とされている。
     理由はいたって簡単で、材料の一つである珠玉に封じられている、『幸運を呼ぶとされる蝶』が現代においては既に絶滅しているからである。
     と、そんな理由と価値は露とも知らないミルキィだが、一目見ただけで杖を気に入ってしまい、最早この杖を売るという考えすら思い浮かばなくなっていた。
     だが、当然の事ながら秘宝には罠がつきものであり、生憎と今回もその例に漏れることは無かった。
     微かな地鳴りの音と共に、パラパラと天井から粉塵が降ってくる。
     杖に意識の大半を奪われていたミルキィは気付くのが遅れるが、ふと、とんでもない事実に思い至り絶叫を上げた。
     「ちょ、ちょっと待って!? こ、此処、もしかしなくても崩れるの?! で、でも、確かボクが落ちた所から此処まで一本道だったし、道もこの部屋で見た所行き止まりだよね?! って事は、このまま遺跡が崩れ落ちたら、ぼ、ボク、生き埋めぇええええええっ!? あ、あわわわっ、な、何とかしないとぉ〜!!」
     慌てふためき、ミルキィは必死になって隠し扉やスイッチが無いか探す。
     そうこうしている間にも揺れは大きくなっていき、遂には天井の岩の一部が崩れ落ちてきた。
     ドスッ、ドスッっと岩が落ちるたびに、岩と岩がぶつかり合う音が鳴り響き、埃が舞い上がる。
     ミルキィの脳裏に、ふと岩に押し潰される自分の姿が浮かんだ。
     慌てて頭を振り、その嫌な映像を振り払う。
     その時、手にしていた杖が微かに光を放ったが、それどころではないミルキィは気付かなかった。
     慌てていた所為で足が縺れたのか、何も無いところで転倒してしまう。
     ふと嫌な予感がして上を見てみれば、崩れ落ちた岩が自分の真上から降ってくるのが見て取れた。
     避けるのも間に合わないと感じた瞬間、ミルキィの脳裏に、此れまでの数々の思い出が浮かんでは消えていった。
     「……ああ、此れが世に言う走馬灯かぁ〜」と、心の何処かで冷静な部分が分析するも、迫り来る岩に覚悟を決め、ギュッっと目蓋を閉じた。
     ミルキィが諦めて目蓋を閉じても、先ほど杖に宿った光が徐々に強さを増し、それとまるで呼応するかのように、床に何かの模様が浮かび上がり、光を放つ。
     一瞬、閃光が部屋を支配し、次の瞬間には完全に崩れ落ちた天井によって、部屋が埋め尽くされた。
     後に残ったのは、もうもうとたちこめる粉塵と、完全に倒壊した遺跡だけだった。



     そいつは空腹だった。
     そいつは自分の巨躯を維持するだけの餌を必要としていた。
     野山を巡るも、此処数日の得物は小物ばかりで、とても腹を満たしてはくれなかった。
     そいつは餌を求めて歩き回る。
     狙う獲物は腹を満たしてくれる大物。
     木々を掻き分け、一心に獲物を探す。
     獲物を求める口から、涎がツゥっと流れるが、そいつは気にも留めない。
     そいつには恥じも外聞もなく、ただ本能に従い、腹を満たす獲物を探すことだけが重要だからだ。
     ふと、そいつの鼻が何かの臭いを嗅ぎ取った。
     クンクンっと鼻を鳴らし、臭いを確かめる。
     鼻につく臭いは、獲物の臭い。
     そいつは嬉しそうに一声鳴くと、臭いの元へと走った。
     四肢で地面を蹴りつけ、立ち塞がる木々を、その巨躯からは信じられないほどの敏捷性で交わす。
     生い茂る藪は、避けもせずにそのままのスピードを維持して、強引に掻き分ける。
     その巨躯に見合うだけの筋肉と体を覆う毛皮で、藪程度ではかすり傷一つつけられないのを、そいつは理解していいるからだ。
     やがて徐々に獲物の臭いが強くなるに連れて、これから訪れる狩りへの興奮を増していった。
     やがて森の中、ぽっかりと開いた広場に出たそいつは、遂に獲物の姿を確認した。
     獲物を確認したそいつは、天へと向かって吼えた。



     覚悟を決め、目を瞑っていたが、訪れるはずの衝撃がいつまで経っても訪れないことを不信に思い、恐る恐る目を開ける。
     「―――はへ?」
     状況が飲み込めず、思わず間の抜けた声をだす。
     自分が置かれている状況が理解できず、一瞬夢かと思い頬を抓ってみる。
     「いつっ!!」
     痛みがあることから、どうやら夢ではないと判断する。
    では先ほどの遺跡のことが夢だったのかと思考が巡るが、それも手にしている杖が否定する。
     訳が分からなくなりパニックに陥りそうになるが、二度、三度と深呼吸をすることで幾分か落ち着く。
     冷静になったところで、改めて現状を確認するために辺りを見渡す。
     そして解った事といえば、どうやら森の中にある開けた場所という事と、朽ちかけた遺跡らしい場所に居るということだった。
     何故遺跡らしいという曖昧な表現かといえば、遺跡といってもミルキィを中心に、柱が数本立っているのと、石畳が敷かれているだけだからだ。
     屋根も壁もなく、その痕跡すらないこの場所を、果たして遺跡と呼んで良いのか迷ったのである。
     ミルキィは何故自分がこのような場所に居るのかと首を傾げたが、ふと思い至ることがあった。
     以前何処かで耳にしただけだが、古代魔法文明期の遺跡などには、時々転移機能を持つ部屋や罠が在るという話だった。
     もっともその機能も長い年月を経て、その大部分が機能停止をしているという話だったのだが、幸運にも岩に押し潰される前に、何故かその機能が働いたのだろうとミルキィは考えた。
     ……ぐぅ〜
     助かったことで安心したのか、お腹の虫が自己主張をした。
     ミルキィは僅かに頬を赤らめ、近くに誰もいないのに、思わずキョロキョロと辺りを窺ってしまった。
     ミルキィをよく知る人物からは、自由奔放、天衣無縫とか、はては唯我独尊、馬耳東風などなど、好き勝手に言われて入るが、ミルキィも年頃の娘な訳で、羞恥心なども持ち合わせているのだ、一応は。
     頬にまだ幾分か赤みを残したまま、ミルキィは背嚢の中に手を突っ込むと、いそいそと目当てのものを手探りで探る。
     「……ん」
     やがて手にしたのは、保存食だった。
     魔術師ならば、魔術をもって幾分か食料の保存はできる。
     またそうでない者は、魔科学の恩恵で新鮮な食料を確保できる。
     だが魔科学のソレは、家庭やキャラバンなどなら兎も角、個人が持って歩くには少々荷がかさ張るのが欠点だった。
     その為少人数で旅をする殆どの者が、未だに保存食の類を重宝しているのには、こういった背景があったのだ。
     水分が失われ、ぱさついた保存食を水で流し込む。
     「うぅ〜。こんなぱさついたお肉じゃなく、瑞々しいお肉が食べたいよぉ〜」
     此処最近保存食ばかりだったのが堪えたのか、ポロリと本音を漏らした。
    つい最近寄った街、つまりは此処の遺跡の情報を仕入れた街だが、そこでも食事を後回しにして、必要最低限な物資を補給をした後で例の情報を仕入れたので、保存食じゃない食事は食べていないのだ。
     こんなことなら食事を最初にとっておくんだったと後悔し、さめざめと涙を流す。
     とその時、
     「ガァアアアアアアアッ!!」
     天を突かんばかりの咆哮が辺りに鳴り響いた。
     ミルキィにとっては聞きなれた咆哮。
     その咆哮の発信源へと素早く視線を走らせる。
     するとそこには、ミルキィの思い描いたとおりの存在がいた。
     真っ黒な毛皮に身を包み、その巨躯はミルキィの倍近いだろう。
     重量にいたっては優に10倍近くはあろうかという熊が、ミルキィへと獲物を狙う血走った目を向けていた。
     その血走った目を向けられ、ミルキィは恐怖の表情を浮けべ―――ずに、それどころか逆に歓喜の表情を浮かべていた。
     理由は単純明快。
     ミルキィにとっては熊は恐ろしい捕食者ではなく、
     「―――新鮮なお肉が向こうからやってきたぁああああああっ!!」
     只の獲物に過ぎないのだから。
     ミルキィは腰のベルトに付けられている、一本の大型な包丁を手にする。
     包丁の銘は『ザ・包丁』
     熊などの大型な動物を捌く為の特注の包丁だ。
     特注だけあってその切れ味は鋭く、大型獣の骨をも切断できるほどだ。
     ミルキィは戦闘ではこの包丁を決して抜かない。
     何故ならこの包丁は、獲物である大型獣を捌くためだけに製造したものだからだ。
     つまり逆を言えば、この包丁を握るのは、ミルキィが獲物としたモノに対してのみ抜かれるということだ。
     そして今回の獲物といえば―――
     「熊かぁ〜、ちょっと臭みがあって生では食べられないけど……。何はともあれ、久々の新鮮なお肉。さあ、狩るぞぉ〜!!」
     獲物を前に野生の本能が目覚めたのか、獰猛な笑みを浮かべる。
     熊は熊で、その獰猛な笑みに本能的に己が身の危険を感じたのか、ビクリとその巨躯を震わせた。
     そして睨み合う事数秒、熊はクルリと身を翻すと、本能に従ってその場を逃げ出した。
     「あ、待てぇ〜!! 久々の熊肉、逃がさないよぉ〜」
     ミルキィも荷物をその場に放り投げ、包丁一本片手に、逃げた熊を追いかける。
     やがて「ボフゥウウウウウウッ!?」という、熊の断末魔の悲鳴が森に響き渡った。



     『ミルキィ・マロングラッセ』、元々の幸運に加え、『幸運を呼ぶ杖』を手にしたことにより、本人の与り知らぬところで更なる幸運に身を任せ、今日も今日とてトレジャーハントに勤しむのであった。
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■438 / ResNo.3)  愛の手を【ユーリィ・マカロフ編】2
□投稿者/ ルーン -(2006/10/14(Sat) 22:44:22)
     『愛の手を』は登場していない、もしくは余り出てきていないキャラを主役にしようという企画です。
     ですので、一編ごとに主役が違います。(タブン
     今回は、ユーリィ・マカロフの二編目です。
     今回はデクスターとの出会い編です。
     ユーリィは前回のと比べて、性格が180度違いますのでご注意を。



     雲一つない夜空に、月と星々の煌きが鮮明と目に付く。
     と、微かに星空の一部が歪む。
     微かに歪んだ星空から、夜よりも尚暗き漆黒の闇が滲み出る。
     徐々に、徐々に漆黒の闇は広がってゆく。
     ふと、その漆黒の闇に変化が訪れた。
     最初は陶磁器のような白い肌が現れた。
     続いて、血よりも鮮明な真紅の双眸が辺りを睨み据える。
     そして最後に、白銀の長い髪が夜風に靡き、柔らかな月明かりに輝いた。
     隠れる場所など在るはずもない夜空に、突如浮かび上がった少女。
     見た目まだ幼さを残す風貌からみて、年頃は十代半ばに見える。
     だがそれは、その身に纏う剣呑な雰囲気がなければの話だ。
     少女が纏う剣呑な雰囲気が、百戦錬磨の戦士を思わせ、見た目の年齢よりも遥かに上にも見せる。
     と、少女の鼻が、何かに反応するかのように微かに動いた。

     「…………血の臭い。それも大量の血の臭いと共に、死臭もしますね……」

     少女の剣呑な色を帯びた双眸が、臭いの源であろう風上へと向けられる。

     「…………………………」

     無表情のまま、何かを考え込むように暫くその場に佇んでいた少女だが、やがて漆黒の翼を羽ばたかせるとその場を飛び去った。
     少女が飛び去った方向は、血と死臭の源だろう風上だった。



     空を滑るように飛び、臭いの源に辿り着いた少女の目に映った光景は、少女が予想した通りのモノだった。
     眼下に広がる荒野に幾つもの骸が横たわり、その骸から流れ出る血が一面を血の海へと変えていた。
     眼下の惨状に気を動転させることも無く、少女はすーっと視線を巡らせ、息がある者が居るかを探す。
     淀みなく動いていた少女の眼が、ふいにその動きを止めた。
     そして少女は黒翼を音もなく羽ばたかせると、視線の先へと急降下する。
     ビューっと風を切る音と共に、地面が急速に近づいてくる。
     気が弱い者でなくとも絶叫を上げそうな光景だが、少女の表情は無表情のまま崩れない。
     漆黒の翼を一度羽ばたかせると、少女の体はフワリと空中でとまった。
     少女は目の前の小山の様な物体に視線を巡らせる。
     目に見える範囲でも、目の前への物体は至る所に傷を負っているのが見て取れた。
     切り傷に魔法によって焼かれたのか、焼け爛れた皮膚に凍傷等などなど。
     数え切れないほどの傷を負ってはいたが、どうやらまだ息が在るのは確かだった。
     もっとも、このまま数日間手当てもせずに放って置けば、死ぬだろうと少女は他人事のように考えていた。
     いや、事実少女にとっては他人事なのだろう。
     ふと目の前の物体が微かに身動ぎしたのを感じで、少女は改めて目の前の物体へと視線を向ける。

     「……おや、これは可愛らしい死神ですな。私の魂でも採りに来ましたか?」

     身に負う傷から重傷だろうに、やけにハッキリとした口調で話し掛けてきた。

     「私は死神ではありません。もっとも、他者の命を奪う存在が死神と言うのであれば、私は死神なのかもしれませんが」

     目の前の存在は、その言葉に小山の様な巨躯を微かに揺らして、クツクツと笑った。

     「―――なるほど、それは一理ありますな。……という事は、彼らの命を正当防衛とはいえ奪った私も、また死神と言う訳ですな」

     周囲に横たわる骸達に視線を巡らせると、少女は言葉を紡いだ。

     「貴方、スフィンクスですね? なら貴方を狙ったこの人間達の狙いは、貴方が守護する『何か』だったのでしょう。もっとも、貴方が何を守護するスフィンクスなのかまでは、私は存じませんが」

     少女の言葉に、スフィンクスは驚きに目を見開いた。

     「これは驚きですな。お嬢さんの様な方が、正確に我等スフィンクスの事を知っていようとは。人間はもとより、一部の魔族でさえも、我等スフィンクスを財宝の守護者かなにかと勘違いをしている者がいるというのに……」

     スフィンクス、魔獣の一種である彼らは総じて、『財宝の守護者』と勘違いしている場合が多い。
     だが、本来スフィンクスとは『財宝の守護者』などではなく、正確には『守護する者』という意味である。
     確かに中には財宝を守護する者もいるが、それはスフィンクス全体から見てもほんの一部の存在である。
     他にも王墓や遺跡などを守護する者や、形無きモノを守護する者もいる。
     このスフィンクスはどうやら、財宝を狙う人間達に襲われたのだろう。
     彼が何を守護する者かも知らずに。

     「……別に褒められる程のことではありません。第一、この知識は私ではなく、以前の私が得た知識なのですから」

     「……? っと、そう言えば自己紹介がまだでしたな。失礼を。私の名はデクスターと申します」

     少女の言葉に引っかかりを覚えたデクスターだったが、名前を名乗っていないのに気が付いて、自己紹介をする。
     此処で始めて、無表情だった少女の表情が崩れた。
     もっとも、崩れたといっても、微かに眉が動いた程度のものだったが。

     「…………残念ですが、私に名前などありません。それでも私という存在を表すのであれば、ユーリィ……それが私という存在を表す言葉になります。もっとも、ユーリィという言葉も、人間やスフィンクスなどと言った種族を表す言葉に過ぎないのですけれどもね」

     自ら名を無い存在と言ったユーリィの言葉に、デクスターは目を見開き、気が付いた時には驚きの声を上げていた。

     「なっ!? では貴方があの『ユーリィ』だと言うのですか!?」

     デクスターは頭を振り、信じられないと言った目つきでユーリィを見つめた。

     「ほぉぅ。私の……いえ、私達の存在を知っているのですか? 流石は『守護する者』といったところでしょうか……」

     僅かに驚きの声を響かせるユーリィ。

     「私達……? いえ、残念ながら私も詳しくは知りません。ただこの世界『リリース・ゼロ』と、異界『ギヌンガプヌ』を繋ぐ門を守護するゲートキーパーが存在し、それが『ユーリィ』と呼ばれる存在だと言う程度です」

     まさか実物に会えるとはと、デクスターは苦笑した。

     「……貴方が私を知っているということは、他のスフィンクスや他の知恵ある種族も、私のことを知っているのでしょうか? それとも…………」

     その身に真摯な雰囲気を纏わせながら、ユーリィは言葉を詰まらせる。
     その雰囲気に何かを感じとるが、ユーリィが何を尋ねたいのかを察し、

     「そうです。私が守護するモノは知識です。その一部に貴方の事も含まれおりました。
    ですが逆を申すならば、知識を守護する他のスフィンクス以外は、貴方のことを知らないでしょうな。また他の知恵ある者も、貴方の事を知っている者がいたとしても、私たちと大差はないでしょうな」

     その言葉にユーリィは、微かにせつなさを滲ませた。

     「…………さっき貴方は、自分を『知識を守護する者』と仰りましたが、それでしたら、私が私の事を貴方に話したならば、貴方はソレを知識とするのでしょうか? そして、その知識を後世の世に残すのでしょうか?」

     「そうですな……ゲートキーパーとしての貴方ならば、十分に守護する知識足る存在でしょうな。そうなれば無論、同じ『知識を守護する者』にも教え、その知識を後世に残す事になるでしょうな」

     その言葉に、微かにユーリィの顔に喜色の表情が浮かんだ。
     それは本当に微かで、注意して見なければ判らない程だったが。

     「では、語りましょう。私の事を。いえ、私達の事を…………」

     ユーリィはどこか遠くを見る眼で語りだした。



     「まず、ユーリィは名前ではなく種族と申しましたが、ユーリィはその時代時代において一人しかいないのです。ですので、個人を示す名と言っても過言ではないのかもしれません。そもそも私達ユーリィと呼ばれる者達は、産まれるのではなく創られるのです」

     「……創られる?」

     その言葉にデクスターは怪訝そうな表情をする。

     「はい、創られるのです。……そして、私達ユーリィを創った母なる存在は―――この世界、『リリース・ゼロ』です。……この世界『リリース・ゼロ』の意思が、異界『ギヌンガプヌ』からの侵入者を排除する為に創った存在が、私達ユーリィなのです。ですが創られたと申しましても、無から創られたのではありません。元々の素体は、知恵ある種族の中から選ばれ、その素体を『リリース・ゼロ』がユーリィへと創り変える、と申した方が正確ですね」

     「……では、貴方もユーリィに生まれ変わる前は、他の種族だったのですな? ちなみに、どの種族だったのでしょうか?」

     ユーリィの語る内容に驚きながらも、デクスターはふと気になった事を尋ねた。
     だが、尋ねられたユーリィは、その顔に何とも言えない表情を浮かべ、微笑した。

     「…………わかりません」

     「……わからない?」

     軽く首を振って言うユーリィに、デクスターは怪訝そうに問い返す。

    「はい、わからないのです。名前はもとより、私がどの種族だったのか。それどころか、ユーリィになる前の性別すらわからないのです。私は……いえ、以前の私達もでしょうが、ユーリィとなった際に以前の記憶は全て消されていますので……」

     その言葉にデクスターは絶句した。
     そんなデクスターに、ユーリィは「気にしないでください」と言って話を続ける。

     「そもそも、ユーリィとなる為の条件ってわかりますか?」

     その問い掛けにデクスターは首を振る。

     「ユーリィになる為の条件は、たった二つしかありません。一つは、知恵ある種族であること。もう一つが、この世界『リリース・ゼロ』を愛していることです。そんな私達にとって、ユーリィになれたという事は、私達が『リリース・ゼロ』を愛しているということを、他の誰でもない『リリース・ゼロ』自身が、私達の想いを認めてくれたということなのです。そのことは、私達にとっては何よりも得がたい幸福なのです」

     そう言うユーリィは、優しげな雰囲気に包まれ、その顔には笑みが浮かんでいた。

     「記憶は消されましたが、このたった一つの想いは残されている。いえ、ゲートキーパーとしての役割を考えるならば、残された想い。と申した方が正しいのでしょう。ですが、その残された想いこそが、私達がユーリィとして生きていく為に必要不可欠な糧となっているのです」

     その言葉を聞いたデクスターは、ある一つの言葉を飲み込んだ。
     「その想いも、作られたモノという可能性もあるのではないのですか?」という言葉を。
     たった一つ残された想いまでも否定されたのならば、目の前の少女にとって、どれほどの絶望が訪れるのであろうか?
     依るべき想いを失った少女は、はたしてどうなるのだろうか? とデクスターは考えを巡らす。
     だがもう一方で、目の前の少女もその可能性に気付いているとも確信していた。
     無意識にその可能性を、心の奥底に封じているのではないかと。
     そこまで考えたところで、陰湿な気持ちになったのを振り払う為に、先程から気になっていた部分を尋ねることにした。

     「……ところで、先程からたびたび『私達』と仰ってますが、それはいったい何故でしょうか?」

     「ああ、そのことですか。そもそも私達ユーリィに寿命といった概念は存在しません。私達ユーリィにとっての死とは、異界『ギヌンガプヌ』からの侵入者との戦闘か、あるいは、他種族との戦闘によって殺される事によってしか訪れることはありません。所謂、『不老』ではありますが、『不死』ではない存在といったところでしょうか……そして『私達』と私が言うのは、例えば私が死んだとすると、次のユーリィを『リリース・ゼロ』が創ります。その際に、次のユーリィに私の記憶などもそのまま受け継がれるのです。私の記憶がそのまま受け継がれるのであれば、次のユーリィも私と言えるのではないでしょうか? そして以前のユーリィも、今のユーリィも、そして私の後のユーリィ達も、皆が同じ記憶と容姿を持つユーリィでしたら、いつの時代のユーリィも私と申せるのではないでしょうか? そういった意味で、私は以前のユーリィ達を含める時に、『私達』と申しているのです。ですが記憶などを完全に受け継ぎ、同じ容姿をする私達は、ある意味では『不老不死』といえるかもしれませんね」

     つまり、肉体というベースになる器は違くとも、記憶などが完全に受け継がれ、また容姿も同じであるのならば、何時のユーリィも同一な存在ではないのか? と言うことだろうか。
     デクスターは多少混乱しそうな情報を纏めると、そう結論付けた。
     だが此処でまた一つの疑問が生まれた。

     「先程、『不老』ではあるけれども『不死』ではない。けれども、記憶などと容姿が完全に受け継がれるために、『不老不死』に近い存在だと仰られましたが、それならば何故、『リリース・ゼロ』は最初から貴方方を完全な不老不死にしなかったのですか?」

     「……それは、そう……ですね。門に関係するお話になりますね」

     ユーリィは過去を思い出すような、遠くを見る目になる。

     「この世界『リリース・ゼロ』と、異界『ギヌンガプヌ』を繋ぐ門は常に一定の大きさではないのです。門が小さければ侵入者の数は少なく、強さも弱いのですが、逆に門が大きければ、侵入者の数は多くなり、また強大な力を持つ者が進入するようになるのです」

     「ほぅ、門の大きさですか……。具体的に、どれほどの大きさなのですかな?」

     門の大きさがまちまちと言う事実は始めて聞いたのか、デクスターは興味深気に尋ねる。

     「そうですね……。小さい時は、一メートル程でしょうか。大きい時には、十メートルに及ぶ時がありますね。それと、直径とは申さないのは、門と申しましても円状などではなく、…………空に出来た罅……そう表現した方が正しいからですね。それと勿論、門が小さければ小さいほど、逆に大きければ大きいほど、門の大きさに比例して、世界の修正力が大きくなります。つまりは、門が小さければ小さいほど門の寿命は長く、逆に門が大きければ大きいほど、門の寿命は短いということになる訳です。補足を申すならば、十メートル級の門は、数千年に一度といった低い割合でしか出現しません」

     「なるほど、門の大きさに対する世界の修正力。それによって、門の寿命も変化すると言うことですな」

     ふむふむと満足そうに頷く。
     そんなデクスターにユーリィは優しげな視線を向ける。

     「お話を戻しますが、ある程度の数と力の者でしたら、私一人でも事足ります。ですが、時に私一人の力ではどうにもならない場合もあります。それが先程申しました、十メートル級の門が出現した場合ですね。その十メートル級の門が出現し、そして万が一私の力が及ばなかった場合に…………その時に私の『死』が必要なのです」

     「…………『死』が……必要? それはいったい……」

     言葉に詰まるデクスターに、ユーリィは淡々と言葉を続ける。

     「私が……ユーリィが『リリース・ゼロ』に創られた者であると先程申しましたよね? それはつまり、ユーリィの身に『リリース・ゼロ』の力が凝縮されているという事なのです」

     「……まさか!?」

     ハッとある事実に気が付いて、デクスターはユーリィを凝視した。
     凝視するデクスターにユーリィは静かに頷く。

     「……そうです。ユーリィが死ぬという事は、ユーリィの身に凝縮されている『リリース・ゼロ』の力が解き放たれる。ということです。解き放たれた力は、『リリース・ゼロ』にとっての異分子たる、異界『ギヌンガプヌ』の者を消滅させ、門も消し去ります」

     その事実にデクスターは絶句する。
     死を持って『リリース・ゼロ』を救う。
     一瞬『聖女』という言葉が脳裏に浮かぶが、直ぐにその言葉を否定した。
     『聖女』といえば聞こえは良いが、それは『生贄』と同じではないだろうか?
     絶句するデクスターに、ユーリィは頭を振ってみせる。

     「勘違いしないでもらいたいのですが、これは私が万が一死んだ時の為のセーフティのようなモノです。私も命は惜しいですから、自ら命を絶つといった事は…………」

     「しません」と言おうとして、ユーリィは目をさまよわせる。

     目をさまよわせるユーリィに、デクスターは過去においてユーリィが自ら命を絶った事がある事を確信した。

     「…………馬鹿な、何故そのような大事な事を私などに!? ……もしもそのような事が知れ渡れば、門が街などの近くに出現した場合、皆が皆、貴方の命を狙う事になりかねないのですぞ?!」

     ユーリィの身を案じての非難。
     それ故に、ユーリィは胸が熱くなるのを感じた。

     「ですがデクスター、私が死んで全てが丸く収まる。という訳にもいかないのです。私を創る為に『リリース・ゼロ』は力を使います。そして力を使う分、また新たな門が出現する時期が早まるのです。私が死ね周期が早ければ早いほど、『リリース・ゼロ』は私を創る為にその力を失っていきます。そして、今は一箇所しか出現できない門も、やがては世界各地に出現し、最終的に『リリース・ゼロ』は、異界『ギヌンガプヌ』に完全に侵食されるでしょう。ですから、私は余程の事が無い限り死ぬ訳にはいかないのです」

     「ですが!! いや、でしたら、何故『リリース・ゼロ』は貴方方を複数創らないのですか!? 複数いれば、巨大な門の対応も楽になると言うのに!!」

     ユーリィの言葉に納得の出来ないデクスターは、声を荒げる。
     そんな自分の身を案じれくれるデクスターに、ユーリィは感謝の言葉を胸中に漏らした。

     「忘れたのですか? ユーリィを創るのに、『リリース・ゼロ』は力を使を使うのですよ? それなのに、複数のユーリィを創る為に『リリース・ゼロ』が力を失っては、それこそ本末転倒ではないですか。複数のユーリィを創る為に力を余計に失うのならば、次のユーリィを創る為に力を廻す。そちらの方が、結局は『リリース・ゼロ』の為でもあり、またユーリィの為でもあるのです」

     「…………聞いておいてなんですが、何故そのような事を私などに?」

     ギシリと歯を鳴らし、渋面で問い掛ける。
     ユーリィはふと空を見上げると、

     「…………そう、ですね。……証、証が欲しかったからでしょうか…………」

     ポツリと漏らしたその言葉に、デクスターは言葉にならない感情を感じ取っていた。

     「証、ですか……?」

     「えぇ、証です。私達ユーリィが確かに存在し、何の為に戦っているのかを誰かに知っていて欲しかったのでしょうね。私達にとっては、『リリース・ゼロ』の為に戦っているという事実だけでも心は満ちます。……ですが、心の何処かでは寂しいと思っていたのでしょう。誰にも知られずに、ただ一人、永久に戦っていくこと…………っ!?」

     ふと言葉をとぎらすと、ユーリィは何も無いはずの空間から、一本の鎌を取り出した。
     ソレは月光りを浴び、青白く輝く刃を持つ鎌だった。
     『影護月夜』、それがその鎌の銘である。
     『影護月夜』は月の祝福を受けた鎌で、契約者の望むままに月の魔力を行使させる能力がある。
     ユーリィはデクスターにクルリと背を向けると、視線をやや険しくした。

     「どうかしましたか?」

     「……どうやら、かなりの数の魔物が此方へと向かって来ているようです。迂闊でした。これほど死臭と血臭がするのならば、魔物が引き寄せられるのも無理はないというのに……私としたことが、ユーリィの話を聞いてくださった事に対して、多少浮かれていたのかも知れませんね」

     苦笑をもらしたユーリィは、手にした鎌を水平に構え、精神を集中させる。
     月に黒点が出現し、その数と範囲が徐々に広まっていく。
     死臭と血臭を嗅ぎつけた魔物の群れが、刻一刻とユーリィ達へと向かって来ているのだ。
     魔物の群れは、大量の屍と弱っている獲物を見つけると、一声上げ、速度をあげる。
     月光に反射し鈍く光る両手の鉤爪を打つ鳴らし、口からは奇声を上げ獲物を威嚇する。
     デクスターは傷ついた身では逃げられないのを悟ると、ユーリィへ逃げるようにと口を開く。

     「―――っ! 今ならばまだ間に合います。私に構わずに逃げてください!!」

     だがユーリィはデクスターの言葉が聞こえているのかいないのか、じっと空中に佇んだまま動かない。
     魔物の群れが近づく中、ユーリィの持つ『影護月夜』に変化がおきた。
     最初は水色の様な色彩だったのが、徐々に青く、藍く、蒼く、なによりも蒼い至高の蒼へと輝き出す。
     ユーリィは『影護月夜』を構えると、力ある言葉を紡ぐ。

     「『影護月夜』よ、汝の主が命ず。月光に照らされし彼の者等の身を封じよ」

     魔物の群れへと『影護月夜』を横へ一薙ぎする。

     「影よ、縛れ。『月影』」

     『影護月夜』が一際強く輝きを増す。
     月と『影護月夜』の光に照らされた魔物達の影が、意思を持って動き出す。
     影はその影の主へと向かい、その身に巻きつき動きを封じる。
     己の影に縛られ身動きが取れなくなった魔物たちは、力ずくで戒めを解こうと暴れるが、元が実体のない影の所為かビクリともしない。
     ユーリィは今度は『影護月夜』を頭上へ掲げ、更に力在る言葉を紡ぐ。

     「『影護月夜』よ、汝の主が命ず。その身を影に縛られし者たちへ裁きを下さん」

     掲げた『影護月夜』を振り下ろし、締めの言葉を発する。

     「影よ、喰らえ。『月蝕』」

     そして魔物の群れは悲鳴をあげる暇も無く、文字通り己の影に喰われた。
     影が捕らえていた部分が喰われたかの様に、ごっそりと魔物達の体から消失していた。
     何時からかは不明だが、たった一人で異界『ギヌンガプヌ』からの侵入者から『リリース・ゼロ』を守ってきたゲートキーパー。
     その実力にを目のあたりにし、デクスターは息をするのも忘れて見入っていた。
     ふとユーリィがデクスターの方へと振り返り、『影護月夜』の側面をデクスターへと構えた。

     「動かないでください。今、その傷を治しますので。『影護月夜』よ、汝の主が命ず。月の光よ、傷つきし者へ慈悲を与えん」

     『影護月夜』が柔らかな光を放ち始める。

     「光よ、癒せ。『月光』」

     『影護月夜』から放たれる柔らかな光が、デクスターへと降り注ぐ。
     デクスターの負った傷が、まるで時間が巻き戻っているのかのように癒えていく。
     出血は止まり、傷口が塞がる。
     火傷や凍傷などで変質した皮膚を、健全な皮膚へと治していく。
     十秒と経たずに、全ての傷が綺麗さっぱり消えていた。
     その事実に驚き目を見開くデクスター。
     確かに治療魔術も在るが、デクスターの知る限り、これほど短時間で癒える傷ではないはずだったからだ。
     デクスターの戸惑いを察してか、ユーリィが『影護月夜』について語った。
     曰く、『影護月夜』は文字通り月の出ている夜にこそ、真価を発揮する武器であると。
     逆にいえば、月夜の晩ではなかったら、これほどの力は発揮できなかったと。

     「さて、これ以上此処にいましても、また魔物達が引き寄せられて来るかもしれませんね」

     漆黒の翼が空を打ち、ふわりとユーリィの体が上昇する。
     クルリと身を翻したユーリィへとデクスターは声をかける。

     「これからどうするおつもりですか?」

     「……そうですね。まだ門が出現するまで時間はありますので、世界を見て回ろうかと思います」

     「では、その旅に私も連れて行っては貰えないでしょうか?」

     え!? っと驚いた声を出し、ユーリィはデクスターへと振り返った。

     「あなた方ユーリィの望みは、ユーリィの事を知って貰う事なのでしょう? 
     ならば共に行動した方が、よりいっそうユーリィの事を知ることができます。
     それに、『知識を守護する者』としても、貴方への興味がありますので……」

     その言葉にユーリィは微笑を浮かべる。

     「……ありがとうございます。では、共に参りましょう。私のことはユーリィと呼んでください」

     「はい。私のことはどうかデクスターと呼び捨てでお呼びください。貴方のことは、私の主として、ユーリィ様と呼ぶことをお許しください」

     その言葉にやや困惑した表情をしたユーリィだったが、デクスターの真剣な顔を見て黙って頷いた。

     「では、まいりましょうか。デクスター」

     「はい、ユーリィ様」

     ユーリィが彼方へと飛び立つと、デクスターも背から巨大な鷲の翼を生やし、後を追うために飛び立った。

     「まずは何処へまいりましょうか……」

     「それでしたら、是非私の故郷へ。他の『知識を守護する者』も、ユーリィ様の話を聞きたがるでしょうからな」

     ユーリィはデクスターの言葉に嬉しそうに頷くと、デクスターの案内の下、月夜の空を飛んでいった。



    〜あとがき〜
    書いた本人から言わせて貰えば、前回と性格違過ぎw
    ちなみにこのユーリィは、『私』と書いて『わたくし』と読みます。
    裏話をするなら、前回と性格が180度違うのは、前回と今回の話の間に、ユーリィの性格が変わる転機が訪れるからです。
    まあ、その話はいずれ書く……かも?
    ではでは、この辺で失礼します。
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■352 / 親記事)  (削除)
□投稿者/ -(2006/09/23(Sat) 01:13:08)
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■353 / ResNo.1)  (削除)
□投稿者/ -(2006/09/24(Sun) 21:39:08)
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□投稿者/ -(2006/10/01(Sun) 18:55:01)
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■365 / ResNo.3)  (削除)
□投稿者/ -(2006/10/02(Mon) 17:15:48)
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■54 / 親記事)  空の青『旅立ち』
□投稿者/ 黒い鳩 -(2004/11/18(Thu) 22:50:02)
    ガヤガヤとした周囲の喧騒の中で気付く…

    私は少し寝ていたらしい…

    日が傾きかけている…放課後の様だ…


    「ねえ! エルリス、この後テュロットに寄ってかない?」


    友人の声が私の耳朶を打つ…

    その声で少しボーっとしていた私は完全に目が覚め、言葉を返す。


    「ううん、今日は用事があるから…」

    「むぅ、最近何時もそれだね、そんなんじゃ彼氏の一人も出来ないよ?」

    「うっ…(汗)」


    友人は私の事を心配してくれている。

    でも、私は………

    その時、ふと幼い頃遊んだ少年の顔がよぎった気がした…

    私は思わず首を振り、友人に言葉を返す。


    「いいの! 私は一生独身で通すから!」

    「はぁ…なに勿体無い事言ってんのよ、学校の中でもより取り見取りの癖に!」

    「もう、その話はやめてよ…」


    この学校は時代遅れなことにミスコンをやっている、しかも強制参加の(汗)

    あの時、命怒ってたな…1票差だったし…

    そもそも、田舎の学校だから、人数が少ない、ミスコンとか言っても、強制なのに参加者20人を超えなかった…

    だって高校の女子が18人だから(汗)


    「いや、確かに参加者は少なかったけどさ、実際アンタと命は他の子達と全然レベルが違うよ、都会に行っても通用するんじゃない?」

    「まさか、あんまり夢みたいな事言ってたら駄目だよ」

    「う〜ん、まっいいけど…それじゃ」

    「うん、じゃね」


    鞄に筆記用具や本等を詰め、家路に着く、校門の前ですれ違った命の目が痛かった…

    まだ怒っているらしい…、命とは仲はいい方だと思う、でも何か勝負事になるとむきになる癖があった…

    実家の道場を継ぐという目標があるんだから、私と張り合う事ないのに…

    そんな事を考えながら歩く…


    町外れの一軒家…何代か前はこの町の領主を輩出した事がある館に私は住んでいる…

    もっとも、今や没落し、住んでいるのは私と妹の二人だけ…

    妹、セリスは外に出る事を極端に嫌うようになった…

    10年前の事件以来時折自分の魔力が高まるのを感じるらしく、人に近付けば傷付けてしまうのではないかと怯えるようになった…

    私は精一杯励ましているんだけど…まだ、外に出るのは怖いみたい…

    元々は私なんかよりずっと明るい子だっただけに何とかしたいと思う…だから、今日は話してみるつもりだった…

    館の扉を開け、中に入ると玄関先にセリスが来ていた…

    別に体が悪い訳ではないのだから当然だけど、異界の力を象徴するオッドアイが、悲しそうに揺れている…


    「ただいま、セリス」

    「うん、お帰り姉様」

    「どうかしたの?」


    何か、もじもじとして言い難そう…多分、今日の朝出て行くときにきちんと挨拶しなかったからね…

    そう察して私が謝りの言葉をかけようとした時…


    「ううん、姉様を待ってただけ」

    「え? ……あっ……ふふっ♪」


    セリスは子供みたいな所がある、私と同い年とは思えないくらい…

    その事が可笑しくて、つい声に出てしまった…

    見ると、セリスは頬を膨らましている…


    「ごめん、ごめん悪かったわ、お詫びに今日は晩御飯私が作るから」

    「駄目! もう作ってあるもん!」

    「え? もう?」

    「うん! 姉様に美味しい物食べさせてあげようと思って…」

    「???」


    不思議に思いつつも、私は促されるまま食堂に向かい、10人がけテーブルの一角に座る…

    そこには、私が見る中では初めての料理が並んでいた…


    「これ…どうやったの?」

    「うん、料理の本見て作った♪」


    セリスの料理の腕は一流といってもいいと思う、元々集中できる事が好きだから、覚えるのも早い…

    ヨーヨーなんかはその最たる物かも…

    でも、材料は?


    「食べてみて♪」

    「うっ、うん」


    そうして、セリスの料理を口に運ぶ…

    芳醇な味わい…テュロットのチェーン店の料理なんか目じゃないくらいに…


    「美味しい…」


    でも、だからこそ、不思議…どうやって材料を手に入れたのかしら?

    私の顔が疑問を表しているのが見て取れたのだろう、セリスはぽつりぽつりと話し始める…


    「今日ね…」

    「え?」

    「今日、私買い物に行ったの…」

    「!!」

    「大丈夫だった…別に何とも無かった…」


    セリスの顔が歪んでいる…怖かったのだろう…涙をためて…

    でも…


    「じゃあ…」

    「うん…ボク…行くよ、旅に…それで、本当に心配要らなくなったらここに帰って来るんだ♪」

    「セリス!」


    私はセリスに抱きつき、髪を撫でる…セリスは私のされるがままにしつつ、微笑んだ…


    翌日、私達は旅立ちの準備を整え、情報の集まる大都市リディスタに向け旅立った…
引用返信/返信

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■238 / ResNo.15)  空の青『学園都市編』そのA
□投稿者/ 黒い鳩 -(2005/11/25(Fri) 14:08:17)
    学園都市<リュミエール・ゼロ>この都市は北の大陸の南四つの大国の国境が重なる場所にある。
    正直この都市が成立した背景は微妙な部分が多く、非常に不安定といわざるを得ない。
    元々帝国の一都市だったここは、連邦と帝国による陣取り合戦と言うような形で戦場となる事が多かった。
    そこに、王国まで参戦してきたため一時は世界大戦の勃発もうわさされたほどだ。
    それらの国家に対し共和国側より永世中立国設立を働きかける文書が飛び交った。
    元々、地元であるこの都市は当初より賛成。
    当時の共和国外務大臣は辣腕だったらしく他の三国も最終的には合意、
    四国間で不可侵条約が結ばれたのが150年ほど前。

    もっとも、他国に侵略される事は無くなったものの、国家間で権益をめぐってその後も色々荒れたみたい。
    関税の措置とか、列車の通行規制とか。
    地理的に四つの大国と面しているため交通の要所であり、列車も真っ先に通った。
    しかし、国家間の謀略により何度か断線したため、トレインレイダーと呼ばれる列車警護隊を作って対応。
    もっとも、荒くれ者中心だったせいで働きは今一だったとも聞いてるけど。

    立場的に辛いこの都市は自己の防衛策として、自分の都市だけが持つ何かを用意するため動いた。
    元々、魔術学院と魔科学研究施設を持っていたこの都市は、教育施設の充実に力を注いだ。
    多数の施設を増改築し、各地から教師となりうる人材をスカウト。
    世界中に宣伝を打った。

    これは都市の発言力を増すという意味合いと同時に、国家間の緊張を緩和するためお互いを知ってもらうと言う事。
    そして、教育により学園都市たる<リュミエール・ゼロ>を攻撃させない事も目的としている。
    すなわち人質としての学生であり、同時に教育による洗脳効果での世論の操作。
    場合によってはこの都市を防衛する人員になってもらうと言う事も考えているだろう。

    でも、共和国側もただで済ませてくれたわけじゃなかったみたい。
    魔術士協会の総本山とも言えるエザロットの天空殿からのお達しで学園都市は魔術師協会に協力する事を約束されている。
    むしろ、魔術師協会としては天空殿よりもここに力を入れているといっても過言じゃないみたい。
    現に魔術師としての教育を施された人たちは魔術師協会に入る事を義務付けられている。
    もっとも、名簿上登録しただけっていう人も多いけど…

    こういった深いところはスノウにいた先生がちょっと変わった人だったから分かった部分だけどね。
    学校でこんな話を始めるものだからみんな引いてたけど…

    「でもまあ、これが、一般的に言われている学園都市の成り立ちね」
    「ふ〜ん、意外と殺伐とした理由なんだね」
    「まあ、ここが戦場になったのは知られているだけで8回、
     小競り合いとかも含めると何回戦場になったのか分からないくらいらしいし」
    「うん、大国に挟まれちゃってるもんね。大変なんだ…ここも」
    「そういう事、だから警備が厳しいのも当然と言えば当然ね」

    でも、封印図書館に入るには先ず学園都市の中心である『リュミエール・ゼロ』に入れないと話にならない。
    それは分かってるんだけど、強行突入をかければ先ず治安警察が動き出す。
    潜入するには詳しい地形や警備員の配置が分かってないと駄目だし…

    「やっぱり学生に化けるしかないんだろうけど…」
    「ふ〜ん、学生かぁ、ボク学校は小学校以来行ってないから行って見たいなぁ…」
    「俺ッチはー、学園パフェが食えればいいぞー」
    「あーまたボクを太らすつもりだ! マオは駄目だよ!
     ボクのパフェは分けてあげるけど、絶対勝手に食べちゃ駄目!」
    「食欲の秋なんだから別にちょっと太ったって大丈夫だぞー」
    「もう冬だし…」

    途中でマオとの漫才になったみたいだけど、セリスが学校に行って見たいっていうのは分からなくも無い。
    でも、どうやるべきかな…学生証にある種の認識魔法がかかってるらしいから…
    学生証を手に入れないと入れそうに無い…

    私たちは昨日宿を取ってすぐに休んだ、夜の行動が有利になるほどこの都市は甘いところではない。
    魔科学に関してもそうだけど、結界が十重二十重に張り巡らされているので、
    夜の方が進入困難なのだ、で結局朝になってからこうして
    <リュミエール・ゼロ>の周囲を屋台の店で買ったフランクフルトを食べながら歩いている次第である。

    「はぁ…広いけど…隙が無いわね…」
    「さっき通った、北側の森は?」
    「セリスは大丈夫だと思った?」
    「う〜ん、結界が強すぎて何にもわかんなかった(汗)」
    「多分結界内に侵入するのも一苦労だと思うけど、それが出来てもトラップの山よ…きっと」
    「じゃあやっぱり学生になるしかないんだよね?」
    「まあ、そうなるわね…」
    「う〜ん、じゃあさ、転校ってどうかな?」
    「私が? でも、私一人じゃ意味ないでしょ? それに、スノウの学校からだと推薦状が必要になるわ」
    「俺ッチがー学園にー入るんじゃダメかー?」
    「「え?」」

    マオの事は見落としていた、セリスとワンセットとしか考えてなかったせいだけど(汗)
    でも、進入できたとしてマオだけじゃ何も出来ないのよね…
    そう考えて<リュミエール・ゼロ>西部の繁華街を歩いていると、突然何かが疾風のように駆け抜けた。
    続けてドドドドっとちょっとケバ目の女性達が駆け抜ける。

    「待ちなさい! 今日こそはツケを払ってもらうわよ!!」
    「ルスランあたしと言うものがありながら! まーた女を引っ掛けて!」
    「ちょっと! そんな事より、この前かした金貨3枚返しなさいよ!!」
    「まさか、あの子に手を出しちゃいないよね? 純真なのよあの子は!!」
    「こりゃあ! うちで買っていった装備一式の支払いはいつになるんじゃあ!!」

    持てているのだろうか…っていうより借金返済の請求が多い気がする…
    女性だけでもないようだし(汗)

    「おぜうさんがた、このルスランを追いかけてきてくださるのは光栄の至り、ですが今日の僕は忙しいのです。
     新たな出会いの為に、今日はさらばです!」

    うわ〜変な台詞を残して走り抜けてった…
    あれはいわゆるダメ人間の典型みたいね。

    「セリス…ああいうのだけは関らないようにしましょうね」
    「うっ…うん」
    「それは少しつれないんじゃない? お嬢さん方」
    「え?」
    「ああ!」

    そう、私たちが振り向いた先にはむやみに格好つける遊び人風金髪男がたっていた…
    私たちはその姿を見てほほを引きつらせるのがやっとだった。
引用返信/返信
■249 / ResNo.16)  空の青『学園都市編』そのB
□投稿者/ 黒い鳩 -(2005/12/27(Tue) 12:18:41)
    2005/12/27(Tue) 15:20:00 編集(管理者)

    「君たちどこから来たの? あっ言わないでも分かる、そのイントネーションは王国の人間だね?
     王国の人間は割りと古風な言い回しする事が多いからさぁ、割と分かりやすいんだよ、知ってた?
     色白いねー、やっぱ北のほうの出なんでしょ? 妖精領とか近いんじゃない?
     見た感じ身長は二人とも164cmくらい、エルリスちゃんがB86W54H87セリスちゃんはB85w52H86って言うところかな?」
    「大正解よ!」

    ボゴ!

    ルスランはボディにいいのが入って悶絶中。
    もう、人が気にしてる事をさらりと言ってくれちゃって…
    あぁ、cmは十数年前から広がってきた単位の事。
    何でも光の速さを逆算して3億分の一を1mその百分の一を1cmという。
    連邦が単位の統一化をした関係で、長さは一本化しようという考えがまとまってきたみたい。

    で、私たちがなぜこの金髪軽薄男に捕まって喫茶店で訳の分からない話まで聞いていたかと言うと。
    この男は、学園に入りたいんだったらいい方法があると言ってきたからだ。
    私たちは激しく胡散臭いので警戒していたが他に何か知っている事があるわけじゃない、
    仕方ないので喫茶店まで付き合う事にした。
    少しおなかが減っていたのも事実だけどね(汗)

    それで、中に入って注文を済ませた直後にあんな事を言われたので、思わず私は肘を叩き込んだ。
    こうまで決まるとは思ってなかったけどね…
    このルスランって男は見た目とは裏腹に実力を秘めてそうに見えたんだけど…
    私も勘が鈍ったかしら?

    それは兎も角、事実としてよく発作に襲われるセリスは私より線が細い。
    とは言っても私も細い部類に入ると思う。
    私たちくらいだとウエストは58〜61くらいが丁度いいらしい…
    もっとも、体重は私とセリスでは随分違いがある、剣なんかを振り回している所為か少し筋肉で重い私と
    ハーネット家の屋敷の中から出られなかったセリス、この違いは大きい…
    はぁ、やっぱりそれでも気にはなるのよね…
    だって、バストサイズ、トップとアンダーの差で負けてるもの…(汗)

    「姉様?」
    「え? ああごめん…」

    セリスがスプーンを口に運びながら聞いてくる。
    セリスは入った途端にプリン・アラモードを頼んで食べ始めた…
    昼食をお菓子にしてどうするのよ、と心の中で突っ込みつつも
    幸せそうにしているセリスを見ると何もいえなくなってしまう。
    セリスも別にプリンとかを食べてなかったわけじゃない、私が買い込んできたことも多かったし。
    でも、外で食べるという行為自体がこの旅に出て初めてなのだ。
    だから、喫茶店の料理というのも結構珍しいのかもしれない。

    「それで? どうやって学園内に入ればいいっていうの?」
    「ははは…せっかちだなぁ、そういう事はもう少しお近づきになってから、グオ!」

    いつの間にか復活していたルスランに質問を投げかけたら、背中に手を回そうとしてきたので捻りあげる。
    何となく、こいつの性格が分かってきた…だとすると学園内に入る方法を知っているというのも怪しい…(汗)

    「本当に知ってるんでしょうね?」
    「アダダ!! 知ってるって! 男前嘘つかない! いやマジ! 離して! でないと死ぬ!!」

    大げさに痛がって見せるこの男を見ていると本気なのかどうなのか疑わしく見える。
    しかし、先ほどから私がしている行為は騒がしい物だと自覚しているんだけど…
    周りはルスランを見ると【あぁ、またか…っ】ていう顔をして無視を決め込んでいる。
    相当の有名人みたいね(汗)

    「姉様そのくらいにしてあげなよ、喫茶店の支払い持ってくれるんだし♪」

    私がルスランを見るとものすごい勢いで首を縦に振っていた。
    しかし、さっきツケを払えなかったこの軽薄男にそれが出来るのかは激しく疑問な気がする(汗)

    「ああ、金があるのか疑問なんだろ? 大丈夫、丁度今日は金があってさ、だから追いかけられてたんだよ」
    「それもどうかとは思うけど…」
    「とっとにかく、ここの支払いは心配要らないって、だからいい加減腕捻り上げるのはヤメテー(泣)」

    う〜ん、まあ普通のナンパな人間なのかな〜
    いや、あのツケや、変なのを見ればそう出ないことは分かる、それに私達に声をかけた時も異常な速度だったし…
    ただ、見た目はどこぞの貴族の坊ちゃん風なのよね…(汗)
    だから、よけい読みにくいんだけど…

    「わかったわ、でも次に同じことやってはぐらかしたら、帰るからね?」
    「うっ、分かったよ…せっかちだなぁ…
     でも、そんなに急いでもいい事無いぜ?
     学園都市ってのは、基本的に全ての国に対して軍隊を向けられ続けているんだ、
     学園内は四大国の首都並かそれ以上の防御手段が施されている。
     偽の学生証なんて役に立たないし、忍び込むなら東方のニンジャでも辛いだろう。
     そんな所に入り込んで何をしようって言うんだい?」
    「ふ〜ん、ただのナンパって訳でもないんだ…でも私達がそれを教えると思う?」

    急に真面目になったルスランに私は戸惑ったが表情には出さない。
    やはりただのナンパというわけでもないみたいね。
    でも、なぜ私達に接触してきたのかが見えない。

    「なかなかクールな娘だね、でもさ、名前も聞いてないんだけど?」
    「教えてもいいものならね、貴方に教えたら家まで来そうだし…」
    「うっ…(汗)」

    やっぱり…
    隣でプリンからスパゲティーに移るという不思議な食べ方をしているセリスを横目で見つつ、ため息をつく。

    「そろそろ、帰ろうかしら…」
    「えーまだ食べてないよー姉様もうちょっといようよ」
    「太ってもいいの?」
    「うっ」

    セリスは太る事を気にしているのに良く食べる、まあ家にいた時の反動ね。
    最近は体重の増加に悩んでいるようね…
    宿毎に体重計は微妙に違ったりするから信用できないんだけど…

    「わかった、分かったよ、さすがだね…君には完敗さ」
    「?」

    私達が帰る準備をはじめていると、ルスランはあわてて声をかけてくる。
    私たちを引き止める手段が無い事に気づいたのだろう…
    はぁ、やっと本題に入れそうね…

    「それで、どんな事を教えてくれるの?」
    「なぁに、簡単な事さ」

    そう言って、ルスランが見せたのは二枚のチケットだった…
    瞬間私は腰を浮かせかけるが、よく見ればそれは…

    「そう、これはリュミエール・ゼロの学園祭チケットさ。
     丁度一週間後から三日間、その間だけはこのチケットで学園内出入り自由っていう事」

    なるほど、確かに学園祭ならチケットさえあれば出入り自由ね…
    でも、ただでくれるわけも無いわね…

    「条件は何?」
    「俺とのデート…って言うのは嘘! 嘘だから! そのワキワキとした腕の動きをやめて!」
    「もう一度だけ聞くわ、条件は何?」
    「はぁ、じゃあ、学園祭中の武闘大会俺と組んで出てくれないか?」

    私もできる事ならやるつもりでいた、しかし、あまりに唐突な要請はなんだろうと考える。
    <武闘大会>とは、学園都市の学園祭三大大会の一つで、魔術士の魔法大会、戦士の剣闘士大会を一緒にした一大イベントである。
    人死にが出ないように結界や武器の鈍化など制限は多い物の、それでも毎年病院送りになる者が後を絶たない。
    そんなイベントに唐突に私たちを誘う理由が見えなかった。

    「いや〜、何か一つは俺も出なくちゃならないんだけどさ、残ってるのはこれくらいだし、数合わせでいいからさ?」
    「そうね、戦闘に積極的に参加しなくていいのならいいわ」

    私たちの目的を考えるなら下手に目立った行動は避けたいし、私もセリスも体質のことがばれたらちょっと不味いことになるしね。
    出きれば、そういうのには出たくなかったんだけど…

    「うんうん、じゃあチケットは渡しておくから、当日迎えに行くよ、宿はどこ?」
    「結構よ、当日の朝にここで待ってて」
    「えー? それじゃ、来るかどうか分からないじゃないか!」
    「私たちは約束は守るわよ。貴方と違ってね!」
    「グギャー!!」

    最後にとばかり腰の下に手を伸ばしてきたルスランの腕を捻りあげておいた。
    懲りないわね本当に…

    「それじゃ行きましょ」
    「うん姉様!」

    私はヒクヒクしているルスランを尻目にセリスと一緒に喫茶店を出て行った。
引用返信/返信
■278 / ResNo.17)  空の青『学園都市編』そのC
□投稿者/ 黒い鳩 -(2006/05/30(Tue) 15:33:21)
    学園祭当日の朝。
    私たちは装備に使えそうな買い物を一通り済ませた後、この前の喫茶店の前で待っていると。
    例の緊迫感の無い声が聞こえてくる。

    「やーエルリスちゃんにセリスちゃん、お待たせ〜♪」

    言っている事も軽いが、ついでに体をさわりに来たので、セリスと連携して両脇腹に肘を叩き込んだ。

    「何ていうか、凄いバイタリティだよね」
    「ええ、近づきたくは無いけどね」

    セリスと私はそろってため息をつく。
    しかし、喫茶店前は既に学園祭に詰め掛けた人々でごった返していた。
    私たちはあまり知らなったけど、リュミエール・ゼロの学園祭は学園都市全体のお祭りと化しているみたい、
    国外から沢山の人が詰め掛けて、学園内は元より、学園周辺でもさまざまなイベントが催されるため、
    この3日間、学園都市の人口が倍になるとルスランは言っている。

    それもこの喧騒を見れば頷ける。
    やっぱり、学園都市は凄いわね……
    だけど、そのお陰で警備が薄くなるのは事実だから色々な防護策もとられているみたい。
    チケットが無ければ私たちも危ういところだった。
    とはいえ、学園内に入り込めるだけで安心する事も出来ないけど。

    「さて、どこから回る? どんな店でも紹介しちゃうよ〜」
    「あのね……」

    ルスランはこりもせず私たちにちょっかいをかけてくる。
    一度本気でぶっ飛ばさないと駄目かしら?

    「ねぇねぇ、あれ面白そうだよ?」
    「おっ、流石セリスちゃんお目が高い! あれは、学園内でも屈指の実力を持つ光の魔術師ランバルトによる光アートだ」 
    「へぇ〜」

    セリスに調子よく説明を始めているルスランには呆れるが、確かに光アートというのは凄い。
    虹をいくつも組み合わせて城を表現しているみたい。
    幻想的な背景も光で表現しているから、そこだけまるで別世界のように見える。
    基本的に魔法だから時間がたつと消えてしまうのだろうけど、誰も触れる事の出来ない芸術というのは凄いと思う。

    「入り口には歓迎の意味もあるからね。ああいったアーチの飾りつけの仕方が最近では増えているのさ」
    「流石に学園生だけあってよく知っているわね……ってあれ?」
    「どうしたのエルリスちゃん?」
    「セリスがいない……(汗)」
    「あははは……(汗)」

    私とルスランは思わず固まってしまった、まだアーチを抜けたばかりなのに、もういなくなっているなんて。

    「セリスー!?」
    「セリスちゃーん!?」

    二人して駆け回りながら探す。
    しかし、全く影も形も無い……。
    私は少し嫌な予感が走る。
    セリス……まさか、魔力の事が……。

    「ちょっとルスラン、変な能力でセリスを見つけられないの?」
    「えっと……美人センサーは、今沢山美人がいるんでそこらじゅうに反応アリなのさ」
    「使えない!!」

    仕方ない、ここは少し格好悪いけど、校内アナウンスか何かに頼んでみようかな……
    そう私が思い始めたとき、視界の隅に水色の髪の毛が映った。

    「セリス!?」

    そう、セリスは校門から少し離れたところにある飴細工の店の前で飴が出来上がる所を熱心に見ていた。
    よく見れば、もう一人熱心に見ている人がいる、その女性と二人して飴の事を語り合っているようね。

    「でも、こんな事を魔法も使わずに出来るなんて凄いねー」
    「うんうん、魔法もいいけど手作りよね〜♪」

    その女性は20代半ばくらいに見えるけど、セリスとは馬が合うようだ……。
    ソバージュにした黒髪が人目を引く容姿を引き立てている。
    一見して白人だと分かる白い肌と青い瞳、少しおでこが広い感じがしないでもないけど、美人だと思う。
    でも、雰囲気のせいかあまり緊張すると言うわけでもなく、落ち着いて忍び寄る事が出来た。

    「こら! セリス……勝手に動き回っちゃ駄目って言ったでしょ!!」
    「あ!? 姉様! るぅ……ごめんなさい」

    セリスは一瞬何か言おうとしたようだけど、私の方を見て口をづぐんだ。
    そんなに怖かったろうか?(汗)

    「あらあら、あまりその娘を責めないであげて」
    「えっ……はっ……はぁ……」

    その女性はぽややんとした感じで私たちに話しかけてくる。
    気が抜けるというか何というか、そこまで笑顔を振りまかれると気力がなえる。

    「えっと、そういえばセリス、この方は?」
    「え? ボクは知らないよ、いつの間にか隣で飴細工の解説をしてくれてたの」
    「……(汗)」

    たぶん親切心なのだと思うけど、二人の天然ぷりには頭が下がる。
    正直私は背中を向けてさようならって言おうかと一瞬思った。

    「あの、妹がお世話になりました」
    「いえいえ、困った時はお互い様ですし♪」

    そういって女性と話し始めたその時、別の場所を探していたルスランがこちらに気付き、走ってやってきた。

    「おお、見目麗しき女性が三人っ……って、あり?」
    「あら、ルスラン君、おはようございます」
    「おはようございますって、メグミ先生!?」
    「ふふふ、私が私以外の誰かに見えたんですか? ルスラン君も面白い事を言いますね」
    「いえ、あの……その!?」
    「あの時はあんなに情熱的だったのに、私ちょっと残念♪」
    「いや、あの、そうではなくて!?」

    ルスランが振り回されてる、これは……メグミっていいう先生凄いかも?
    更に少し話して、学園祭入場チケットを使って中に入る。
    ようやく、ここまで来たわね……ていっても、これからのほうが問題なんだけどね。
    私たちは田舎者っぽさが出ていないかちょっと不安。
    言っているそばからセリスははぐれそうになるし。

    「もう、勝手に動き回っちゃ駄目よ?」
    「うん、ごめん姉様。ボクちょっとはしゃぎすぎてたみたい」

    素直に謝るセリスに少しだけ暖かい気持ちになりながら、私たちのリュミエール・ゼロ潜入は開始された。
引用返信/返信
■315 / ResNo.18)  空の青『学園都市編』そのD
□投稿者/ 黒い鳩 -(2006/07/19(Wed) 16:40:08)
    2006/07/19(Wed) 23:34:15 編集(管理者)

    リュミエール・ゼロ内は凄い賑わいで、足の踏み場もないような有様だった。
    私達はあまりの人ごみに呆然としながらも、ざっと学園を見て回る事にした。
    メグミ先生がついてきてくれたので比較的楽に回る事が出来るのは行幸ね。
    でも、リュミエール・ゼロの敷地は広大で一日では回りきれそうに無い。
    さて、どうしようかしら?

    「で、次はどこにいたいの?」
    「そういえば図書館ってここいくつあるんですか?」
    「図書館ね、確か5つほどあったと思うけど」
    「5つですか?」
    「ええ、一般書籍と、歴史書、魔術書、科学及び魔科学書籍、後は……立ち入り禁止区画だから関係ないでしょうけど」
    「噂の禁書図書館ですか?」
    「噂って……まあ、デマの類が飛び交っているのは事実ね。あそこには、学園でもごく一部の人しか立ち入れないのよ」
    「そうなんですか」
    「まあ立ち入れないとは思うけど、入れても入らないほうが身のためだと思うわ。
     何せ、本自体に呪いがかかっている書籍も多いから、魅入られれば死ぬわよ?」
    「それは、怖いですね(汗)」
    「中にはくだらないゴシップで国から禁止されたとか、残酷な描写が過ぎた小説だとか、その……女性には言えない本もあるらしいわ」
    「おお! それは伝説の!!」

    ボスッ!!・・・ドテ

    何か鈍い音とともにルスランが沈没する。
    メグミ先生の額には血管が浮いている。
    それだけで本の内容が分かってしまった(汗)
    でも、つまり禁書図書館は公開できない本の集積所の意味もあるらしい。
    禁呪の図書館なのかと思っていたけど、確かにそれ以外にも禁書はあるわよね。

    「じゃあ、次は……」
    『学園主催武闘大会第一回戦を行います。試合会場は……』
    「あっ」
    「そろそろ時間か」
    「もっと見たかったよー」
    「また明日も見れるじゃない、それよりルスラン。試合会場はどこなの?」
    「え? エルリスさん達も出るんですか?」
    「はい、少し約束しちゃって」
    「ルスラン君、また学園祭に無理やり連れ込みましたね?(怒)」
    「えっ、いや、そんなわけ無いじゃないですか! お嬢さん方が来たいって言うから、ちょっとお願いしただけですって!」
    「本当でしょうね?」

    ルスランはまたメグミ先生にヤキを入れられそうになっていた。
    ルスランは私たちに必死でアイコンタクトを送ってきている。
    無視しても良かったんだけど、それも可哀相なので少しだけ助け舟を出すことにした。

    「メグミ先生、一応彼が試合をして私は数合わせという事になっているので、試合前にダメージを負わせるのはどうかと」
    「あら、そうなの? じゃあルスランには盾になってもらわないとね、じゃあ、今回は許してあげます」
    「ふぅ助かった。ってでも、俺盾っすか?(汗)」
    「うん、そうだよールスラン君盾ー」

    セリスも楽しそうにルスランをいじめている……もしかしてルスランってばいじめて君なのかしら?
    考えてみればそういう行動が節々に見られる気もするわね(汗)

    私達はメグミ先生と分かれて、試合会場の一つにやってきた。
    何でも第一試合は16試合あるそうなので、8つの試合会場で2回ずつ行うらしい。
    そして、今日はベストエイトまでを決めるので、計3試合をする事になる。
    学園祭的には二日目で準決勝まで、三日目で決勝という形式になっているようね。
    ただし、一人で参加する個人戦と2〜6人の団体戦をするので結局倍の試合数になるみたい。

    「ふう、どうにか間に合ったみたいね」
    「ああ、早速試合だけど大丈夫か?」
    「大丈夫っていうか、試合するのはルスランだけだし」
    「えー!? ちょっと、俺だけ?」
    「最初にそういったじゃない」
    「でも、さー、少しくらいは協力しようって気は……」
    「ないよ」
    「ないね」
    「うわーん、訴えてやるー」

    そんなこんなで、団体戦になったわけだけど、私達は基本的に自分を守っているだけだった。
    ルスランは思っていたよりも強いらしく、闘技会場の広さを一杯に逃げ回り、相手をかく乱しながらしとめていった。

    「意外に強いね、ルスラン」
    「うん、まともにやったらもっと強いかもね」
    「でも、相手もあんなんじゃどうって事ないだろうけど」

    そう、私達は5人のチームを相手にしていたわりには健闘していた。
    とはいっても、うち3人はルスランが相手にしていたわけだけど、私達も一人ずつしとめたわけだから結構な物ね。
    ただまあ、学生相手なんだから自慢が出来るのか微妙だけど。
    相手は魔法も使っていたけど、ルスランは上手い事避けていた、正直魔法って避けられる物なんだと感心した(汗)

    「ふぅ、ふぅ、どうにか……勝ったな……」
    「ご苦労様、3人相手によくやったわよね」
    「うんうん、凄い凄い」
    「少しくらい手伝って……」

    まるで事切れるように、倒れこむルスラン、だけどその軌道は明らかに、私の胸に向かっていた。
    私はカウンターでヒザを叩き込んであげる事にした。

    「ぐえ!? もう少し、労わってくれても……」
    「調子に乗らない、元々私達は無関係なんだから。出てあげているだけでも感謝なさい」
    「うおおーん、エルリスがいじめる−ぐほ!?」
    「だからって、ボクに抱きつかないでね」

    セリスの肘も見事に命中、っていうかこういうとき避けない辺り、本気なんだか何なんだか、分からない奴ね……。
    そんな風に闘技会場の近くでじゃれあっていると、一瞬で凍りつくような緊張感が覆った。
    それは、一人の少女、炎のように赤い髪を背中に無造作にたらし、赤いオーラをまとった炎の化身の様な姿。
    周りが息を呑む、少女は美しかったが、それ以上に近寄りがたいほどの鬼気をまとわせていた。

    「ねぇ、ルスラン。あの少女は誰?」
    「え? 彼女か、多分学園都市では一番有名なんじゃないか」
    「一番有名……まさか……」
    「ユナ・アレイヤ、彼女のスリーサイズを知った者はってグギャ!?」

    ルスランの頭が一瞬燃え上がった、すぐに消えたけど、あれは魔法?
    ユナは試合会場にいる、既に試合開始の合図を待つばかりのよう。
    でも、一瞬私達のほうに目を向けていた。無詠唱で魔法を発動した?
    聞いたことは有る、脳内に呪文を焼き付けておく事で、声に出さずに魔法を発動する技術。
    だけど、そんな事をすれば発狂する人間のほうが多いって聞いている。
    狂気じみた事を平気でやっているなんて……。

    そんな中、試合が始まった。
    団体戦のはずなのに、彼女は一人。それも魔術的な武装はしていない。
    それどころか、普通の服装、それも貴金属すらつけていない以上、増幅器すら付けていない事になる。
    しかし、試合が始まった瞬間、決着はついていた。

    「アサルト・ボム」

    その一言が終わると同時に会場が爆発。
    ユナ以外は吹き飛んで、会場には彼女が一人悠然と立つのみ。
    それも、死傷者が出ないよう、何重にも結界が張られているにも拘らず、会場の外にまで振動が響いてきている。
    それが、私達が最初に見たユナ・アレイヤという少女だった……。
引用返信/返信
■337 / ResNo.19)  空の青『学園都市編』そのE
□投稿者/ 黒い鳩 -(2006/08/22(Tue) 20:26:05)
    2006/08/22(Tue) 21:00:12 編集(管理者)

    私達は追い詰められていた……って、いきなり言っても分からないわよね。
    何ていうか、二回戦に突入してしまったんだけど、その相手は……
    あのユナ・アレイヤとかいう少女だった。

    元々私達は無関係だし、
    一回戦で義理は果たしたんだから封印図書館を探すために、とりあえず禁書図書館を訪ねたかった所だけど。
    どうにも、面倒な事に2試合目から試合放棄は出来ないみたい。
    さっさと負けて立ち去りたい所なんだけど、あのユナという少女は手加減してくれそうにない。
    正直、病院送りにされたら封印図書館探しどころではないわね(汗)
    そんな訳で必死で逃げ回っているわけだけど、例のアサルトボムとかいう魔法、連発出切るみたいで……。
    一発で会場にダメージを与えるほどの威力をまともに食らうわけにも行かず、
    私とセリスで二重に結界を張って何とかしのいでいる現状なの。

    とはいえ、セリスはヨーヨーで結界の魔術を形成しているから魔力さえ流し続ければいいんだけど、
    私は氷縛結界を周囲に展開しているので、吹き飛ばされるたびに再構成しないといけない。
    正直息が上がってきているのが分かる。
    隣でのびているルスランにちらっと目をやってみたけど、あれはもう駄目ね。
    穏便に負ける方法って無いのかしら?

    「姉様! どうしよう、結界につかってるヨーヨーの糸が溶け始めてるよ!」
    「ええ!?」

    本格的にマズイみたいね……。
    せりスの持っているヨーヨーの糸は魔科学兵器なので、魔力伝達物質で出来ている。
    つまり、細いミスリルで出来たものをより合わせて作られたミスリルワイヤーのはず。
    ミスリルの融点は鉄なんかと同じで三千度にもなる。
    私の氷縛結界は分厚い氷に敵を包んで動きを取れなくするものだけど、その氷を壁代わりに作り出して熱を防いでいるにもかかわらず、
    瞬間的に三千度を超える熱を氷の壁のこちら側まで届けているらしい。
    正直、こんなのくらったら生き残れない。

    因みに、私達には出場前に結界発生装置を渡されている、致命的な攻撃にさらされた場合に発動し、
    攻撃を防いでくれる事になっている(発動時点で敗北確定)んだけど、ユナの攻撃はそれを貫通しかねない。
    ユナと一回戦を戦った人たちは病院送りになっているんだから正直役に立っているのか疑わしい。
    いえ、それでも死なないだけマシなのかも?

    「あなた達には何か感じたのだけど、使いこなせていないの? まあいいわ。
     茶番を長々と続ける気もないし、そろそろ終わらせてあげる」

    まずい……あの目は本気ね!?
    ユナの周りに赤い陽炎が立つ……
    魔力があふれ返っているの?
    私達は総毛立ちながらその姿を見守る。
    このままじゃ、殺される?

    「舞おう、さあ、足をあげ、さあ、舞おう、大地を巡るものよ。
     舞は全てを平らげ、全てを蹂躙する。
     さあ、激しく、強く、舞い踊れ! インティグレート!」

    呪文が終わると同時に舞台が割れて、地面からマグマが吹き上げる。
    正直度肝を抜かれて声も出ない。
    だって、活火山の上でもないのに、マグマを呼び寄せるなんて無茶苦茶もいい所よ(汗)
    彼女の魔法には限度がないの!?
    周辺温度が一気に上がる……。
    炎によって私の氷縛結界は跡形もなく消えうせ、再度呼び出そうにも私の魔力は限界……。

    「姉様……私」
    「駄目よ」
    「でも……」
    「これで死ぬことはないけど、あれを使ったらどうなるか分からないわよ」

    セリスは自分が魔法を使ったらどうか?
    と聞いているみたいだけど……セリスの魔力量は予測が出来ない。
    発火の呪文で山を全焼させる位の魔力量があるといっていい。
    その代わり、セリスが使う魔法は不安定で、調節も出来ない。
    暴発すれば全てを巻き込んでしまう。
    使用出来るようになるには、並大抵の努力では無理な事はほぼ間違いない。

    でも、だったらどうすれば……。
    そう考えているうちにも、セリスの結界がたわんで来ている。
    結界が破られる!?
    セリスの魔法が破られるなんて……。
    そう考えた次の瞬間、パンッという情けない破裂音とともに1000度内外の温度を持つ溶岩が結界を破って進入してきた。
    結界魔法が起動する……でも、その魔法すらすぐに焼き切れて、とうとう炎に直接さらされそうに……。

    「キャア!?」

    セリスが悲鳴を上げる、私より一瞬早く結界が燃え尽きたよう。
    私は必死に手を伸ばす。
    だけど、手は届かなくて……。

    「セリス!?」
    「おねぇちゃ……」

    炎に飲まれていくセリスを見ている事しか出来ないなんて……。
    そんな……そんな……。
    私はその時、自分の中で何かが切れる音を聞いた……。

    転瞬、視界が切り替わる。
    何が変わったのか自分でも分からない、でもその力は己の中に存在する事が分かる。
    同じはずで違う自分、私の中の私、それは自覚できているのか自分でも自信がない……。
    でも、セリスの周辺は既に凍りつき、炎は完全に鎮火されている。

    我(わらわ)は一息ついて、正面にいる小娘を見る。

    「今のはなかなか面白かったぞ、お主よもや炎をそこまで使うとはな」
    「ふん、本性というわけ? いえ、違うわね。のっとられたのか、憑き物のようね」
    「なかなか鋭いのう、だが、我はのっとっている訳ではない」
    「似たようなものじゃない。でも、これで少しは本気になれるかしら?」

    小娘は赤い髪を掻き揚げて挑発しつつ、新たな呪文を唱え始めている。
    しかし、完成までには数秒かかるのは間違いない。

    「それにしても、暑いな。少しすずしくしようか?」
    「え?」

    我はため息をつくように息を吐いた。
    炎が燃え盛り、溶岩が噴出していた舞台やその周辺に霜が降りる。
    霜は、それらを凍結し、綺麗に白く染め上げてくれた。

    「なっ……1000度を超える溶岩流が一瞬で凍りつくなんて……」
    「何を驚く?」
    「ふふっそうね、かなり本気じゃないと貴方を仕留められないことが分かってうれしいわ」
    「それは楽しみじゃ、中途半端な攻撃で失望させないようにな」
    「きっと気に入るわよ、それはもう、燃え上がるほどにね」

    その言葉とともに、火球を十発単位で投げつけてくる。
    時間稼ぎのようだの、その間に間合いを取った小娘は、特殊な呪文を唱え始める。

    「我、今くびきを開放し、呼び出さん。先に唱える者よ、後を唱える者よ、続けて唱える者よ、我が呼びかけに答えよ」

    小娘は自らの周りに小妖精を呼び出す。
    妖精は、己の自我があるのかないのか、召喚された途端に何かの呪文を口にし始める。
    なるほど、あれらは外部の口というわけじゃな。
    複雑な呪文を唱える場合、一つの口では足りないので、変わりに唱える者を使う場合がある。
    それは、あらかじめ決めておいた呪文を復唱する事しか出来ないが、それでも、複雑な形式の呪文を唱える場合は有効な手段じゃな。

    しばらくして、舞台を覆い隠すように巨大な積層型の魔方陣が作り出されていく。
    本来はこのような呪文を使うのは馬鹿のする事だ。
    時間がかかりすぎる、集中力を乱されただけで失敗するような精密作業を続けねばならない。
    しかし、4つの口で唱える呪文は早々に完成されていくように見えた。
    多分、通常の4倍というだけでなく、ディレイによって更に短縮効果をあげているのだろう。
    だが、それでもまだ余裕はあった。
    流石に1分かからず唱えられる呪文ではないようだからな。
    しかし、我は待つ事にした。
    興味があたからだ。

    その間に、会場にあるものは、全て外に出しておく程度のサービスをしておいてやったが、
    頭に血が上っているように見える小娘に分かったかどうか。

    「さあ、この呪文。とめられる物なら止めてみなさい!」
    「ふん、生意気じゃな。かかって来るがよい」
    「現れい出よ、天空の聖剣!」

    小娘は、我の言葉を聞く間もなく、呪文を開放した。
    それは、天空から飛来する焦点温度二百万度に達するレーザーの光。
    下手な核攻撃100発分にも等しい大熱量だった。
    学園全体が真っ白に光る。
    焦点が絞られているため、熱量は拡散していないようだが、それでも発動時の暴風で会場は吹き飛んでしまったようだ。
    我は積層魔方陣の結界にとらわれている為、逃げる事も、防御魔法の展開も出来ないようになっている。
    絶体絶命のようじゃな。
    光が魔方陣の中に満ちる。二百万度のレーザー光は、内部で衝突を繰り返し、更に温度を上げて魔方陣を満たす。
    そのエネルギーによって、更に焦点温度を上げつつ、魔方陣の内部のエネルギーごと異次元へと飛ばした。
    これによって、強大なエネルギーを余すところなく使い外部に漏らさないという形をとっているようだ。

    「どう? 消し炭も残らなかったでしょうから、答えようもないでしょうけど」
    「ふむ、なかなかの攻撃じゃ、だが小娘、まだまだ甘いな」
    「何!?」

    我は小娘の背後に立っていた。
    氷による光の幻術を複合してユナをだましたのだ。
    もちろん、魔力は大部分その場に残し、自らは魔力を遮蔽する呪文をまとってもいる。
    上位の術者のようだからかなり用心をしたが、今回は上手くいった様じゃ。
    二度使える自信はないがな。

    「あんな長い呪文を唱えさせておく馬鹿はおらぬよ。火球で作れる隙は数秒、唱えるものどもを呼び出したころには終わりじゃ」
    「……でも、魔方陣の内部にいる限り脱出は……」
    「そうじゃ、あれの強力なところはそこにある。火球で作った隙に第一の結界を作ってしまえばじゃがな」
    「ふん、そんなタイムラグをつけるのはあんたくらいよ。1〜2秒じゃない」
    「まあな」

    我はニヤリと笑う。
    小娘も少し口元をゆがめたようだ。
    しかし、どうやら時間じゃな。意識が暗くなってきた。
    そろそろ、体を返さねば……。
引用返信/返信

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■233 / 親記事)  LIGHT AND KNIGHT 一話
□投稿者/ マーク -(2005/11/19(Sat) 00:54:20)




    ―チュンチュンチュン

    「ふあー」

    まだ眠たそうにあくびをしつつ、外から聞こえてくる小鳥の鳴き声に誘われ、
    少女がベッドから起き上がる。
    髪は乱れ、瞳は眠たそうにふせられているが、それでも少女の美しさは
    損なわれていなかった。

    「ん」

    ―パンッ

    自らのほうを両手で軽く打ち、意識をはっきりさせる。
    そして、ベッドを出て、部屋の隅にあるタンスから実用的といえば聞こえはいいが、質素そうな衣服を取り出し、それに着替えて、扉を開ける。

    「さてと、今日も一日がんばりますか」





    ―ジュー

    「ほい、次」

    火にかけられたフライパンの中にあるきっちりと形の整えられた三人分の
    目玉焼きを切り分けて皿に移し、そのまま卵を割って、フライパンへと落とす。
    周りには既に6つの皿が置かれており、これで既に12個目。
    しばらくし、卵が半熟で焼きあがったところでフライパンを火から外し、皿に盛る。

    「おはようございます、ヒカル姉さん」

    声をかけたのは10才ほどの少女、そして、その後ろにはそれより幾ばか幼い、
    少女が3人立っていた。

    「あっ、アリス。全員、起きた?」
    「いえ、私たちは起きましたが・・・・・」
    「いつもどおりね、まったく、あなた達をもう少し見習って欲しいものだわ。
     まあ、いいわ。これ持っていって」
    「はい」

    4人の少女が目玉焼きを盛り付けた皿を持って居間の最も大きく古い、机へと並べていく。
    そして、その間に仕舞ってあったパンを二斤取り出し、それぞれ6つに切り分け、皿へと乗せる。

    (バターはないし、チーズも確かなくなったはずだ。
     そういえば、サキが蜂蜜をとってきたから、ビンに入れとくとか言ってたっけ)

    手を止めて、キッチンを見渡す。

    ―狭いキッチンだ。
     だが、私と、私がいないとき以外にはアリス以外、誰も使わない場所だ。
     狭いからといって不都合は無いし、大きくしようと思ったらお金がかかる。
     今はアストのお陰で、少しはましになったが、やはりこんなことにお金はかけら れない。しかし―

    「蜂蜜ってどこよ?」
    「何の話?」

    突如、真横から声をかけて来たものに対し、慌てた様子もなく首だけ横に向けて、
    その声の主と向き合う。

    「セイは早いわね」
    「ヒカル姉さんやアリスたちには負けてるよ?」

    声の主はセイと呼ばれたとがった耳が目を引く、17、8才ほどのエルフの青年。
    青と紫の中間といったぐらいの髪を肩辺りまで伸ばし、線が細く、見るからに優男の青年だ。
    セイは穏やかな笑みを少し崩し、苦笑といった顔を作っている。

    「それもそうね。
     で、話が変わるけど、昨日、サキが取ってきたって言う蜂蜜知らない?」
    「逆に聞くけど、知ってると思う?」
    「・・・・・ゴメン。
     そういえば、あんたは昨日、部屋にずっとこもってたものね」
    「まあね。
     蜂蜜だっけ?
     それについては本人に聞くのが一番早いよ」
    「じゃあ、起こしてきて」
    「僕が?」

    ヒカルがにっこりと、そう言うとセイはその穏やかな笑みのまま、冷や汗を流して、問い返す。
    それもこれも、サキという人物を起こすということがどれほど、大変、否、危険かということを如実に物語っている。

    「お願いね。
     私はちびどもを起こすから」







    ―コンコン

    とある一室の前に立ち、扉をノックする。
    まず、必要無いのだが、けじめの問題だろう。
    少し待つが返答が帰ってくることはなく、いつもどおり、軽く息を継ぎ、
    勢い良く扉を開けて中に入る。

    「起っきろーーーーーー」

    入ってきた少女の声に従い、部屋の中にある5つのベッドから十才足らずの
    少年たちが一人づつ起き上がり、顔を出して挨拶をする。

    「ヒカル姉ちゃん、おはよー」
    「はい、おはよう。
     全員、とっとと着替えて居間に来なさい。
     あなたたちが最後よ」
    「んーー」

    少年たちの中にはいまだ、寝ぼけたままのものもいた。
    そんな少年の耳元までヒカルは歩いていき、少年に言葉をかける。

    「早く来ないとなくなっちゃうわよ?」
    「直ぐ行く!!」

    その言葉を聞き、条件反射のごとく、飛び起き、居間へと向かい、走り出す。

    「こらー、先に着替えなさーい!!」









    「「「「「「ごちそうーさまでした」」」」」」
    「おつかれ、ヒカル姉さん」
    「あっ、ありがと。あなたもお疲れ、セイ」

    セイから、カップを受け取り、お礼を言って、そのまま、口をつける。
    中身は紅茶。
    葉はそこらで売っている様な市販の、それもかなり安いものだが、
    入れた者が上手なので、そうとは感じさせない。

    「さてと、洗濯物と洗物とそれから―」
    「姉さん、いいよ、そんなの。
     今日から出るんでしょ?
     私たちがやっとくよ」

    そういって、口を挟んできたのはセイと同じほどの年頃であろう、獣人の少女。
    栗色の髪を短く切り、やや、黒く焼けた肌や、引き締まった身体は見るからに
    活発そうな印象を他者へと与えている。

    「ねえ、サキ」
    「なに、セイ?」
    「私たちっていうけど、自分はやらないんでしょ?」
    「やらないんじゃないわよ、やれないだけ」
    「なお、悪いよ。
     まあ、いつものことだけど」
    「そう、いつものことね。
     ならいいじゃない」

    ガックリと、セイは深くため息をつき、うな垂れる。
    そんなセイには意に介さず、サキはヒカル同様、セイが入れた紅茶に口をつけている。

    「うん、セイが入れたお茶はいつもおいしいわね。
     でも、忙しいなら無理はしなくていいから。
     いま、作品を描いてる最中でしょ」

    セイはいちおう、絵描きである。
    といっても、素晴らしい作品を描き、高い評価を受けた、なんてことは無い。
    それでも、評価はよく、時には街の方でなかなかいい値で買って貰える時もある。

    「大丈夫だよ、ヒカル姉さん。
     少し行き詰ってるから、気を紛らすのに丁度いいよ。
     でも―」

    そういって、一度言葉を区切り、セイはサキに向き合う。

    「サキも少しは手伝うんだよ?」
    「ええ!?
     私が手伝ったほうが遅くなるわよ!?」
    「構わないよ。
     それで、君が少しでも手伝えるようになるなら安いものだ」
    「そうね。サキ、家事全般、壊滅的に酷いものね。
     このままじゃ、嫁の貰い手がなくなるわよ?」
    「うう、いいわよ、そんなの。
     いざとなったらセイを嫁にもらうから」
    「馬鹿なことを言わないでよ」

    心底、呆れたという様子で溜息をつき、先の言葉を否定する。

    「サキ、いい?
     僕は男だから、君が嫁になるんでしょ?」
    「いや、二人ともなんか、論点が違うする気するだけど。
     でも、セイなら確かに直ぐにでも嫁にいけるわね」
    「まあ、この家にいたら必然的にそうなったんだけどね。
     ヒカル姉さんもそうでしょ」
    「ふん、どうせ私は家事なんて何一つこなせない女よ。
     でも、姉さんもセイも家事得意よね。
     種族的なもの?
     まさか、エルフの血には潜在的に家事スキルが備わっているとか!?」
    「個人差、性格、努力の結果。
     獣人だから、だなんていい訳にはならないよ?」
    「うう、分かってるわよ。
     ちょっとしたお茶目じゃない」

    いじけるサキを微笑ましく眺めつつ、思い出した様にヒカルが勢い良く、
    椅子から立つ。

    「いけない」
    「どっどうしたの?」
    「依頼主のとこに顔出す前に、寄るところがあったわ。
     そろそろ出ないと、不味いわ」

    そういって慌てて、懐からアーカイバを取り出し、仕舞われた装備をチェックしていく。

    「食料よし、装備よし。
     あとは―」
    「はい、これ」

    手渡されたのはおそらく手彫りであろう、複雑な文様が描かれた木製の板。
    セイから渡された板を懐に入れて礼を言う。

    「ありがと、でも護符を彫ってる暇なんてあったの?」

    手渡された板は魔を払うという魔避けの護符の一種。
    普通は紙に書いたり、服に縫ったりするのが多いが、木の板、
    つまり札に彫ったものも有効である。

    「うん、実は昨日はそれを彫ってて出てこなかったんだ。
     絵はあと二週間はかかるし姉さんが帰ってきた時には完成させとくよ」
    「そう、期待してるわ」















    「ふっ!!せやっ!!」

    振り下ろされる棍棒を横に動いて、よけ、そのままの勢いでその棍棒の主である
    異形の化け物へと鋭い蹴りを放つ。
    勢いをつけたとはいえ、この体重差とその生命力では一発では仕留めきれない。
    しかし、その一撃で化け物はたたらを踏み、大きな隙ができる

    「―カルテット」

    衝撃によろめき、倒れそうな身体を踏みとどまらせるそれに追い討ちをかける。
    左右の足から繰り出される俊足の4連撃。
    その4撃目の飛び蹴りが化け物の顔を打ち抜き、化け物は仰向けに倒れ、
    その動きを止める。
    その化け物を一人で打ち倒した少女、ヒカルはそれが息絶えているのを確認し、
    ようやく一息つく。

    「あと、少しだっていうのに捉まるなんてついてないわ。
     二、三部屋先には厄介なのがいるから、体力は温存しておきたかったのに、はあ」

    ため息をつきつつも部屋を見渡す。
    依頼自体は帝国アヴァロンの主要都市の一つ、神木と呼ばれる世界最大規模の大樹の存在するエルトラーゼに住むという依頼主の親族に品物を届けてほしいというものだった。
    そして、今いる場所はエルトラーゼから少し離れたところにある、以前、訪れた遺跡の内部。
    部屋といっても通路の途中にある動き回れる程度の広さのスペースがあるだけで、
    おそらく侵入者を撃退するための部屋である。
    見回しても特に何も無いのを確認し、部屋を出て通路を進む。
    ある程度進み、通路の途中であるものを見てヒカルは立ち止まる。
    それは、前に来たときにヒカルが印した傷だ。
    そう、ここだ。
    この先に、目的の者はいる。
    伺うようにして直角に曲がった通路の角から、広い部屋を覗き込む。
    そこには、巨大な亀の様な、しかし、明らかに異なるものがいる。
    ―はずだった。

    「えっ!?」

    覗き込んだ先、そこにはアノ存在はいない。
    代わりにあったのはその存在が着ていた強固な甲羅と、壁にもたれ掛かり、
    眠っているように動かない、一人の少年。
    何故こんなところで倒れているか、ヒカルには直ぐに見当がついた。
    ここを守っていた存在は一見、亀のような生き物だった。
    亀ならば硬い甲羅は厄介だが、攻撃のためには必ず、手足を、そしてこちらを確認するために頭を出す必要があるため、そのときを討てばいい。
    そう思いヒカルはその存在へと突っ込んだ。
    動きは大して素早くなく、難なく懐まで飛び込み、その自慢の蹴りで甲羅から出した頭を、粉砕した。
    だが、そこからが問題だった。
    突如、ヒカルが粉砕した頭が、否、甲羅から出した四肢までもが、溶けるようにして形を失い、不定形の身体に変化した。
    もともと、その不定形の身体をあえて、決まった形を取ることで、そして甲羅をかぶることでその姿に擬態していたのであった。
    つまり、ここにいたのは亀に擬態し、鎧を纏ったスライムのようなものだった。
    厄介なのは、スライムは生命力が高いという点。
    もっとも、普通のスライムは弱点があるがはっきりとしていてさほど苦労しない。
    しかし、これはその弱点であるコアを鎧で隠し、その生命力のお陰で、その触手を潰してもダメージにもならない。
    その上、触手に毒があり、油断した敵を捕まえ、その毒で動けなくするのだ。
    現に、ヒカルは前回、その通りに敗れ、敗走した。
    ヒカルが持つ『力』がなければ、今、彼女はここにいない。
    おそらく、少年もそいつの毒で動けないのだろう。

    ―どうしようかな?

    さすがに、こんな少年といっても十分な年頃の子を見捨てるのは心苦しい。
    けれど、あまり、この力を使いたくは無かった。
    しかし、ヒカルの判断は早かった。
    壁にもたれ掛かった少年へと近寄り、容態を見る。
    予想通り、毒を受けて倒れたようである。
    意識を右手に集中させて、その力を望む。
    右手の手のひらが淡く輝き、光が灯る。
    太陽の光のような激しいものとは明らかに異なる穏やかな光だ。
    光の灯る右手の手のひらを少年の胸元へと、当てて目を閉じ、集中する。
    右手の光は吸い込まれる様にして輝きを失い、それとは対照的に少年の呼吸が
    穏やかになっていく。
    そして、光が完全に失われることには、少年は穏やかな寝顔になっていた。

    「ふう、成功ね」

    成功したことに、安堵しほっと、息を吐く。
    そして、そこになってようやく、ここを守っていた者の亡骸へと目を向けた。

    「え?」

    その亡骸であろう、強固な甲羅。
    その背中に当たるところにはそれほど大きくは無い穴が開いていた。
    亡骸である以上、この少年に倒せれたということは分かる。
    だが、その甲羅の強固さを身を持って知っているヒカルとしてはその穴が一瞬、
    信じられなかった。
    てっきり、内部にあったコアを魔法攻撃か何かで潰したのであろう思っていた。
    が、その穴は狭く、何らかの、おそらく剣のような得物で貫かれたものだ。
    当然というべきか、ヒカルの視線は少年の手に握られた剣へと注がれる。
    両手に握られた何の変哲も無い一対の双剣。
    これがあの甲羅を貫くほどの剣だろうか?
    とてもそうは見えない。
    他人の得物を勝手に見るのはあまり、いい事ではない。
    が、しかし、好奇心がそれを勝り、ヒカルはスッと少年へと手を伸ばし―

    「う・・」

    タイミング良く、少年が目を覚ました。
    結果、少年へと、正確には少年の剣へと中途半端に手を伸ばした形でヒカルは
    硬直し、その状態で少年と視線を合わすことになる。

    「っ!!」

    次の瞬間、ヒカルの視界から少年が消える。
    そして、首筋にひやりとした冷たい感触を感じつつ、平静を装って、
    首筋に剣を突きつけながら、こちらを睨みつける少年を睨み返す。

    「取ったものを返せ」
    「・・・・・」

    一瞬、言っている意味を理解できなかった。
    が、直ぐにその意味を察し、怒りがこみ上げてくる。
    首筋に突きつけられた冷たい感触のことも忘れ、早口で捲くし立てる。

    「あのね、いきなり人を盗人扱い?
     持ち物が盗まれてるの確認した?
     今まで毒に苦しんでたのを助けたのは誰だと思う?
     そして、倒れてるあんたを介抱してたのは一体誰?」

    刃を突きつけられてるというのに物怖じないヒカルの行動に驚き、少年は少しばかり唖然とする。
    そこでようやく、今まで自分を苦しめていた毒が綺麗さっぱり消えているのに気づいたらしく、軽く自分の装備などを確認すると少年は突きつけていた剣を収めた。

    「君が治療してくれたのか?」
    「ええ、そうよ。感謝しなさ―」
    「それはすまない」

    妙に殊勝な態度に、言葉をさえぎられ今度はヒカルのほうが呆気に取られる。
    そこでようやく、ヒカルは目の前の少年の顔を見た。
    薄い金の髪に、どこか中世的な容姿。
    おそらく同業者なのだろうが、何か違和感がある。
    そして、その違和感に気づく。
    気品だ。
    立ち振る舞いや、仕草、醸し出す雰囲気に気品が感じられる。

    「どうかしたのかい?」
    「べっ、別になんでもない」

    そういって、不覚にも見とれてしまった自分を恥じるようにして少年から視線を逸らし、そっぽを向く。
    少年はといえば、いきなりそっぽを向かれたというのに、平然とし、まるで、どうしてそんな反応をしたのか全て分かっているようにも思え、それが癪に障った。

    「あらためて礼を言おう。
     ありがとう」
    「んー、といっても大したことじゃないし」
    「いやいや、もし、君が解毒剤を持っていなかったら僕はここにはいない。
     ぜひ、何か礼をしたい。
     そういえば、君はここは二度目かい?」
    「・・・・なんで、そう思うの?」

    そんなことは一言も言ってない。
    だと、言うのに何故、そう判断したのか。
    ヒカルは警戒しつつ、そう尋ねた。
    が、少年こそむしろ、何を言っているんだ、とでも言いたそうな顔でヒカルを見る。

    「解毒剤があるんだから、この亀?とは、一度戦って、その際の毒から解毒剤を
     用意したんじゃないのかい?」
    「――そうね。
     その通りよ」

    ヒカルは自分の馬鹿さ加減を呪った。
    たしかに、少年がそう判断するのは当然だ。
    だというのに、これでは自分が普通ではないと教えるようなものではないか。
    幸い、少年はそれに気づいている様子は無く、これ以上の詮索を受けないよう、
    当たり障りの無い答えを返していく。

    「そこで、だ。
     君もこの先の物に用があるのだろう?
     ここで、会ったのも何かの縁。
     礼の意味も込めて―」

    そこで、一拍置き続きを紡ぐ。

    「一緒に進まないか?」
    「はあ?」
    「っと、まだ、名を名乗っていなかったね。
     僕はレイスと呼んでくれ」




引用返信/返信

▽[全レス8件(ResNo.4-8 表示)]
■288 / ResNo.4)  LIGHT AND KNIGHT 五話
□投稿者/ マーク -(2006/06/14(Wed) 01:55:14)


    ある場所を目指して森の中を一直線に駆ける。
    レイスと分かれてから半刻ほど、深い森の中を走り続けている。
    途中幾度か振り返り、尾行されて無いか用心深く探りながら、進む。
    その様を見れば何か、やましいことがあるか、もしくは隠すべきものがあるかと
    判断するやも知れない。
    それはある意味、ヒカルにとっては正しく、他の人にとってはこれ以上ないほどの
    勘違いとなるだろう。
    森を抜けて、その場所に着く。
    そこには森の中にぽつんと建つ木造の一軒の家。
    中からは子供たちの騒ぐ音が聞こえてくる。
    ―そう、これこそが彼女にとってのもっとも大切な『家族』という名の宝である。

    なんとなく、息を落ち着かせドアノブに手をかける。
    そしてノブをひねり、ドアを押す。

    「ただいまー」

    勢い良く扉を開くと、それには反応してダイニングの先にある廊下から、
    十歳足らずの少年少女が元気良く飛び出し、その内の元気のいい男の子などは
    文字通り飛んで来る。
    それを両手で受けても地面に下ろし、周りを囲むようにそばによってきた子供たちの頭を撫で、一人一人、見ていく。
    周りにいる数は5人。とするといないのは8人。
    しかも、いないのは男5人に女の子が三人。
    男女の比率は男のほうが多い。
    とすれば―

    「他の子は外?」
    「うん、あと、サキねえが何人か連れて買い物にいってるよ」
    「えっ、うそ。 
     あちゃー、どっかで入れ違いになったかな」

    多分、あいつに追われて普段の道とはぜんぜん異なる道を通ったからであろう。
    この広い森の中ではお互い決まった道を通るのでもなければ、逢う事もあるまい。

    「まあ、いっか。
     ただいま、みんな元気にしてた?」





    「ぬっ、このスープの味付けはアリスね。
     隠し味には・・・・駄目ね、何か植物をつかってるみたいだけど」
    「すごい、良く分かるね。
     山に咲いてた葉っぱを使ったの。
     香りがよかったから使ってみたんだけど、どうかな?」
    「おいしいわよ、私もうかうかしてると追い抜けれちゃうわね」

    そう笑って、首を回す。
    子供たちはほとんど、自分たちの部屋へと戻っていってしまった。
    いるのはセイやサキを除いた年少組みの中で一番年上でしっかりとしたアリスと、
    彼女とよくいるセトナだけ。
    サキは今だ帰ってくる気配はないっと。

    「そういえば、セイは?」
    「部屋にこもってます。忙しいらしくて昨日からご飯も睡眠をとってないみたいで す」
    「ああ。まだ、終わってなかったんだ。
     にしても、一日二日は良くても、あまり続くと危ないわね。
     以前は5日間も出てこなかったし。
     まったく、あの時は良く途中で倒れなかったわね」
    「その分、完成したら糸が切れたみたいにぷっつりと倒れこんじゃって大慌てしま したね」
    「そうだったわね。
     ふう、ご馳走様。
     ちょっと様子を見てくるわ」
    「あっ、それなら一緒にご飯も持っていってください」
    「了解」

    アリスが多分、私の分と一緒に用意したであろう食事を持ってやって来る。
    それを受け取り、ダイニングの奥の廊下を歩き、三つ目の部屋で立ち止まる。

    ―コンコンッ
    「セイ?」

    予想通りだったが返事が無い。
    ノックに気付かないほど集中しているのだ。
    まあ、勝手に入っても大丈夫だろう。
    何か言われてもノックはしたといえば、いい。
    気付かないセイが悪いのだから。
    そんな言い訳じみたことを考えながらドアノブをひねり扉を前へ。
    音を立てぬよう静かに開くと、キャンバスに向き合うセイの背中が見えた。
    その背中が邪魔をして残念ながら肝心の絵のほうは見えなかった。
    そして、突然キャンバスに走っていた筆が止み、セイが振り返る。

    「ヒカル姉さん、何時からそこに?」
    「丸一日」
    「えっ、本当?
     うわー気付かなかった」
    「いや、冗談よ」

    この反応がジョークかそれとも本気なのかは分からない。
    本人は気付いてないが、セイは絵を描いているとき異様に集中力が高く、外界からの刺激に酷く無反応となる。
    そのくせ自分の領域、つまり自室に入る異物に関しては異様に鋭敏に反応する。
    最初にセイに冗談で一時間後ろで立ってたといったら普通に信じられてしまった。
    セイも自身の外界への反応の低さは自覚していたから、そうであってもおかしくないと、思ってしまったのだろう。

    「絵、まだ、かかるの?」
    「うん、まだ、ちょっとかかるね。
     帰ってきたら、見せるって言ってたけど無理みたいだ。
     ごめん」
    「そうね・・・・少し残念かな」

    そういって少し残念そうに溜息をつくと、セイはなにやら真剣な面持ちでこちらを見ていた。
    何か言いたげだったが、とりあえず、自分の話しを先にしてしまおうと、話を切り出す。

    「それで、セイ。
     悪いんだけど、又明日から出ることになると思うの。
     みんなのことお願いね」
    「・・・・姉さん」

    そう言って辛そうにセイがこちらの顔を見上げてくる。
    セイは頭もいいし、勘もいい。
    おそらく、私の様子が違うことに気付いたのだろう。
    もっとも、セイにだけは多少伝えておくつもりではあったが。

    「帰ってくるのは何時?」
    「ごめんね、分からない。
     早ければ数日だけど、もしかしたら帰ってこれないかも」

    セイと視線を合わしているのに辛くなり、僅かに顔を背け、そう言う。
    帰ってこれないというのは、つまり―

    「死ぬ気なの?」
    「―ううん。
     死ぬ気は無い。けれど死なないとは言い切れないかな」
    「死ぬかもしれないのに行くの?」
    「うん、それでも私は行かなきゃならない。
     だから、ゴメン」
    「そっか」

    そういって、セイは視線を窓に向け、何処か遠くを眺める。
    やがて、意を決し、口を開く

    「分かった、みんなには適当に伝えておく」
    「・・・・・引き止めないのね」

    ちょっとだけ、残念だったので不満気味にそういうとセイがクスクスと
    笑い声をもらす。

    「言って、聞く人じゃないのはもうとっくに分かっているからね。
     だから、引き止めないけど、かわりに約束。
     ちゃんとここに帰ってくること」
    「話、聞いてた?
     帰ってこれるかどうか分からないのに―」
    「だから」

    途中、私の言葉を切って、笑いながら言葉をつむぐ。

    「帰ってこれないかもしれないなんて考えないべきさ。
     姉さんはちゃんとこの喧しい家に帰ってくること。
     約束だよ」
    「うう、努力するわ」
    「ははは、約束を破るのが嫌いな姉さんらしい答えだね。
     そうれでいいよ。
     努力することは約したからね。
     こうすれば、途中で諦めるなんてことはないからね。
     気をつけて」
    「うん、明日みんなが起きてるころにはもう出てると思うから」

    入ってきた扉へと歩き、ノブをひねりドアを開けたところで、言っておくべき
    言葉を思い出す。

    「それじゃ。
     絵、楽しみにしてるから」









    ―ザザザッ

    森の中に草のこすれる音だけが響く。
    空は今だ薄暗く、時刻は後、半刻ほどで日の出というところであろう。
    そんな薄暗い森の中、道なき道を駆ける。
    やがて目的地が近づき、周囲を探りながらそこに出る。
    目の前には山の傾斜の中に続く、洞窟の入り口。
    亡き両親から教ええられたとある場所へと入るための裏道だ。
    本来ならここには見張りが何人かいるはずなのだが―

    「やっぱ、既に事切れてるわね」

    あるのは既に物言わぬ亡骸になった二人の鎧を着込んだ門番。
    その鎧には深々と、切られた後がある。
    けれど―

    「出血が少ない?」

    死因はその傷だと思ったのに、出血が異様に少ない。
    鋭利な傷口と、あまりに少ない出血。
    これが意味するのはどちらだろう?

    「悩んでもしょうがないか。
     虎穴に入らずんば虎児を得ず。
     行くしかないわね」

    思考を止め、周囲を警戒しながら洞窟の中へと入る。
    かなり、長くて道も多く非常に迷いやすい、というより迷わせるために
    ここまで複雑に掘られたのだが、その道順は完全に覚えている。
    自分の記憶に従い、いくつもの分かれ道の中から迷いなく進むべき道を選ぶ。

    ―――――

    歩き出して半刻、唐突に音が聞こえた。
    かすかだが、金属音だ。
    おそらく、洞窟の前の門番を倒した者のものだろう。
    途中、障害となるものがいなかったがそれも前を行く者がことごとく
    打ち倒していたからだろう。さらに、そのお陰で追いつくことも出来た。
    用心しながら、音のする方へと足音を消しながら進む。
    そこは、正しい道順から外れた道だが、それでも音の聞こえるほうに進む。
    そして、すぐに金属音は止んだ。
    おそらく、戦闘が終わったのだろう。
    一応、前を行く者の正体には見当がついている。
    きっと、今までの出来事は偶然ではなく―

    「必然だったって訳ね」

    通路の先、人形のようなあの式神が巨体を横たえ、その輪郭を崩しながら無へと帰っていく。
    そして、その前に立ちふさがる双剣を構えた少年の後姿。
    少年はまるで初めからわかっていたかのように驚きもなく、こちらへと向く。

    「やはり、来たね」
    「ええ、あなたもね」

    お互いに口調は穏やかだが、気を緩めはしない。
    たとえ目的は同じかもしれない。
    でも、分かり合えるとは限らない。

    「でも悪いけど、その真意を聞かせてもらうわ。
     これはあなた達、教会の仕業なの?」
    「へえ」

    ここで、ようやく、レイスは驚きという表情を作る。
    いや、驚きというよりどちらかといえば感心という表情だ。

    「何故、僕がそうだと思うの?」
    「まず、最初に会ったときの戦闘の痕跡から。
     あの強固な甲羅にあった独特の傷。
     そして、その周囲の壁や床にあった妙な感覚で開いた真新しい足跡。
     とくに甲羅にあった傷はそこだけ抉り取られたように周囲にヒビをいれることな く貫通していた。
     あれは教会独自が編み出した対異族用の戦闘術、その一つの痕跡だわ」

    加えて言えば、その技の名は螺旋。
    独自の歩法からの急激な加速による突進。
    そして、ゼロ距離においての全身の捻りから繰り出す刺突。
    さらに、その突きに高速での回転を加え対象を撃つ技だ。
    この技を真に扱った場合、対象には罅一ついれず、綺麗な正円の傷だけが開く。

    「そして、もう一つ」

    そういって、道具入れに手をいれて、小さなものを取り出す。

    「これはいくらなんでも不注意だと思うわよ?」

    そういって、苦笑しながら取り出したのは金で出来た十字架だった。
    それも、シンプルながらも刻まれた小さな文様や言葉はそれがただの代物で
    無いことを物語っていた

    「教会の使者である証たる特殊紋様の施された十字架。
     名を語るだけにしても大げさすぎるわ。
     この紋様は普通じゃ真似できないし」

    そういって言葉を切って、顔は手の十字架にむけレイスの反応を横目でうかがう。
    レイスの反応は相も変わらず、薄い笑みを浮かべたままだ。

    「どうかしら?」
    「やれやえ、降参さ。
     でも、君はこれをどう思ってるんだい?」
    「・・・・・教会の人間、一部か全体かは分からないけど、それらの者による
     アレの制圧―」
    「ふうん、それなら」
    「もしくは」

    レイスの言葉を途中で切る。

    「逆に、国の―帝国側の暴走か全くの第三者によるものか」
    「なるほど、どれかは分かってじゃいないわけだ」
    「残念だけどね、どれも怪しすぎるもんで。
     さあ、教えてあなたは何しに来たの」
    「僕を疑っているわけ?」

    なおもレイスの笑みは消えない。
    おそらく、分かっててやっていることだろう。

    「いいえ、教会が犯人だとしても、あなたが敵対してるということはあなたは
     この暴走を止めにきたということ。
     だったら、手を取り合うべきじゃない?」
    「僕一人でも、どうにかなると思うよ?
     君と組みメリットは?」

    レイスの試すような物言いは続く。
    いや、ようなではなく本当に試しているのだろう。

    「ここはアレに通じる裏の道。
     正しい道は教会と国のごく僅かな人しか知らない。
     あなたも知らないはずよ。
     でなければ、こんな道にはこないわ」

    私は知っている。
    この先は行き止まりで、しかも罠まで仕掛けられた危険な道だ。
    今までの道にも罠の道を選び、そしてその罠をことごとく抜け出た跡があった。

    「私はアレに通じる道を知り尽くしてる。
     私の代価は道案内、悪くは無いと思うわ」

    その言葉にしばらく考え込み、やがて―

    「分かった、その代価でいいだろう。
     もはや分かりきったことだけど、確認しておく。
     この先、この道の通じる先にあるもの。
     それは」
    「ええ、帝国アヴァロンが誇る、神なる木。
     人の世より隔離され、人が立ち入ることを禁忌とされし場。
     神木エルトラーゼに通じる道よ!」


引用返信/返信
■292 / ResNo.5)  LIGHT AND KNIGHT 六話
□投稿者/ マーク -(2006/06/18(Sun) 04:06:05)
    2006/06/18(Sun) 17:24:33 編集(投稿者)


    ―神木エルトラーゼ。

    それは帝国北部に存在する帝国のシンボルの一つ
    神木のそもそもの始まりはおよそ二千年前、魔法王国崩壊期にまでさかのぼる。
    かつての魔法王国崩壊の原因は謎に包まれている。
    しかし、崩壊時、大陸の中央に存在した大陸全てを掌握した魔法王国を中心に
    大規模な破壊が起きた。その大破壊により魔法王国は完全に破壊され、その周辺地域すらも大規模な破壊の爪あとを残した。

    そして、事態はそれにとどまらなかった。
    大破壊による影響か、大陸のおよそ6割に渡って、瘴気という本来の魔族の
    住処たる地の空気というべき毒素が撒き散らされた。
    それらは人にとっても、他の異族たちにとっても非常に有害であり、もっとも瘴気の濃厚な魔法王国のあった地は大破壊を抜きにしても人の踏み入ることの出来ぬ異界と化していた。
    また、濃度は薄くとも、大破壊の影響を免れた地域でも瘴気の影響は大きかった。
    毒素による奇病、異常気象や不安の蔓延、魔族の活性化。
    これら全てが瘴気の影響といわれている。
    しかし、この瘴気の影響が無い地域があることが少しして判明した。
    現王国エインフィリアの北東部やヴァルフダリス共和国とビフロスト連邦の南部、それらは地域だけ瘴気の影響が軽かった。
    理由は無論存在する。
    王国はその北東部に存在するエルフの集落に存在する大樹が瘴気が浄化したため。
    連邦は始まりの三人の聖女の存在。
    共和国は伝承でだが、二振りの刀を持った女性が瘴気を払い、海の向こうへと
    消えていったという。
    この海の向こうが、女性の持っていた得物から蓬莱ではないかと考察されている。しかし、蓬莱では生憎そのような存在は確認されていない。

    まあ、このように瘴気の影響より逃れた地域を元に発展し、現四大国なったといわれている。
    そう、四大国だ。
    ここに含まれなかった私たちの住む帝国、アヴァロンにはそれらを払う手段は存在しなかった。
    故に、他の地域と同じを方法を取るべく、行動した。
    とはいっても、既に聖女は連邦内の正教会―と、正教会とは旧教会とも言われ、現在、異族狩りなどをする新教会とは異なる、古くから存在する由緒正しい教会だ―に保護され接触できず、共和国の救世者の存在は闇に消え、残った手段は一つしかなった。ゆえに、現在では帝都となっている地域に住まう者たちはエルフと接触し、助けを求めた。そして、彼らより、二つのものを授けられる。
    それこそが、大樹と同じく瘴気を浄化する力を持った木。
    神木エルトラーゼと、そしてかつて存在した神木イルヘイムの苗だった。
    神木イルヘイムは現在の帝都に、エルトラーゼはエルフと人の友好の証として帝国北部の瘴気の影響が薄く無事だったエルフのもう一つの集落との間に植えられた。

    そして、それは千年あまり続くが、ある日、終わりが来た。
    その最初の原因は神木の誇る力。
    あらゆる傷を癒し、あらゆる病を治し、あらゆる呪いを祓い、あらゆる魔を退けるその力。そして、神木を得しものには神たる不死の祝福を、王たる最強の力を。
    そんな話までもが、市民に知られるようになったことだ。
    実際に言えば、後半は嘘といっていい。
    確かに神木には高い癒しや退魔能力、肉体を活性化させ、さらなる身体能力を与えたり、精神や魔力を高める傾向はあるが、不死や最強の力など与えるはずが無い。
    そんな嘘でも市民は信じた。
    そして、それが悲劇に繋がる。
    ある日を境に何百何千もの人が帝都の神木に押しかけた。
    ―あるものは病気の娘のために。
    ―あるものは復讐の力を得る為に。
    ―あるものは死を恐れるが為に。
    ―あるものは魔族の恐怖から逃れるために。
    ―あるものは富を得るが為に。
    当然、皇帝の臣は神木を守るため市民を払った。

    そして、それは第二の避けられぬ悲劇に連なる。
    皇帝の臣たる騎士たちの手により、神木の周囲は完全に守られていた。
    しかし、それでも進入するものたちは存在する。
    そして、神木の周囲には神木の力を独占する皇帝への不満や怒りを露にした
    市民の姿が常に見られた。
    それでも、神木を守るために侵入者を討ち、市民の不満の高まる中、一ヶ月が過ぎそこで事件は起きた。
    もはや、帝都より出ようとその姿を確認できるほど大きく、高く育ったイルヘイムが痛ましい音を立てながら倒れたのだ。
    木の内部は腐り、穴だらけ。
    枝も自重を支えきれず折れたものが多く、葉には水分がなく乾ききっていた。
    なぜ、このような事態になったのか、すぐに調べられ原因は解明された。
    それはある意味、神木の小さな欠陥だった。
    神木は負の力を吸収し、瘴気を浄化する作用を持つ。
    ここで問題なのが、浄化できるのが瘴気だけという点だ。
    負の力とは瘴気だけを指すわけでなく、不安や怒り、憎しみや殺意という負の感情すら含まれていた。
    神木は浄化できないそれらの力までも溜め込み、そして内部から腐らせることになった。

    イルヘイム倒木の報せはエルフにもすぐさま伝わった。
    エルフにとって神木や大樹とは宝といっていいものだ。
    それがこのようなことになったという事実はこれ異常ないほど動揺させた。
    そして、当然だが、彼らの思いはもう一つの神木へと向かった。
    神木エルトラーゼまでもが彼らに倒されるのではないか、そんな思いが誰の胸にも渦巻いた。
    そして、同じく皇帝もまた、悩んでいた。
    神木が彼らにとって宝だということは彼も知っていた。
    そして、彼にもこのままではエルトラーゼが同じよう倒れるのではないかという思いも持ち、ならば、エルフに全てを任すべきかも知れぬとも考えていた。
    しかし、それ以上に神木を失い瘴気に晒される恐怖を持っていた。
    そんな危ういバランスを取っていた天秤を傾けるもの、いや倒すものがいた。
    それは新教会における最高権力者にして教会で最も反異族思想の高い人物だった。
    彼の言葉に惑わされ、皇帝とその臣は教会のものと共にエルトラーゼに向かい、神木を制圧した。
    それにはエルフも猛烈な抗議の声を上げた。
    しかし、それらは残さず教会が弾圧し、生き延びた者は王国北部のエルフの集落へと向かった。
    その際、教会のものは現在の王国と帝国の境界でその足を止めることになる。
    そこに住まう竜族の干渉によってだ。
    そして以降、この千年弱は教会と帝国の者によって神木は管理されている。
    その際に、負の力が不用意に流れ込まぬよう、そして誰にも侵入されぬよう、皇帝は神木の周囲に結界をはり、守護し続けている。
    これが神木をめぐる二千年の歴史である。

    「これが私が知る限り最も詳しい神木の歴史よ。
     何か問題はあるかしら」
    「いや、僕が知る以上に詳しい解説だ。
     だが、何故、それだけのことを君は知っている?
     この道とて、そうだ。
     この通路の存在は教会も帝国も知っているが詳しい道は、皇帝や教皇ぐらいしか
     知らない筈」
    「それこそ簡単でしょ。
     教会でも帝国でも知られて無いなら他から教えられたに決まってるでしょ。
     忘れた私が何者か?」

    そこで、突如、息を呑みレイスはこちらの顔を凝視してくる。

    「いや、忘れていた。なるほど。
     確かに、そうだ。
     帝国でも強化でも知られていないなら、他の―つまりエルフに伝わる記憶という こ とか」
    「そういうこと。
     私の母は神木の監視者だったの。
     そして、その役目は私に引き継がれている。
     だから、神木に起きている全てを見届け、神木に害なすものを排除する義務がある」

    人により奪われた神木が再び折れるようなことが無いよう、神木を見守ること。
    それこそが私の役割たる神木の監視者。
    亡き母より、継いだ大切な仕事だ。

    「・・・・・ひとつ聞きたい」
    「何?」
    「何故君は自分の正体をこうも簡単に晒した?
     僕が教会の者と知ってて」
    「そのこと?
     うーん、あえていうなら、なんとくというか・・・・・」

    少々、答えに詰まった。
    本音を言えば、とある疑惑を種族を明かすことで晴らすのが目的だったが、
    それを告げては意味が無い。

    「あなたが変り種だから―かな?」
    「変り種?」
    「そう、あなたが持つ十字架」

    そういって、現在レイスの首から下げられている十字架を指差す。

    「普通、教会の十字架は銀だったはずなのよね。
     けれども、あなたのものは金。
     それって、教会内で異端を意味する符号よね。
     魔術を扱うものとか薄いけど異族の血を引くものとか。
     監視しやすよう、派手な色した」
    「そして、僕が魔術師だったから、かい?」
    「ええ、まあそうゆうこと。
     それに、実はあなた気付いてたんじゃない、最初から」
    「む、何故そう思う?」
    「まあ、勘ね。
     あなた勘が良さそうだし、どうしても異族の者って纏ってる空気が違うのよね」
    「まあ、確かに疑ってはいたかな」
    「だったら、明かしちゃったほうが安全かなって。
     問答無用で襲い掛かってくるようにも見えなかったし。
     っと、そろそろ気をつけて。
     あとはこの一本道。
     仕掛けがあるとしたらこの先よ」
    「了解」

    そういって、レイスは双剣を両手で抜き、足音を立てず進む。
    こちらは、足に付けれる鋼鉄のアーマーの所為で無理なので空気の干渉して
    足音を消して進む。
    しかし、何も問題も無く一本道を抜け、薄暗い洞窟を抜け、そして―

    「侵入者ですか、珍しい」
    「そして残念ですがここまできた以上帰すわけにも行きませぬ」

    二人の男が目の前に突き抜けるような青空の下、突如、立ちふさがった。


引用返信/返信
■295 / ResNo.6)  LIGHT AND KNIGHT 七話
□投稿者/ マーク -(2006/06/25(Sun) 01:32:49)





    目の前に現れた二つの人影。
    その二人の纏う特徴的な服を見て、何者かを悟る。
    いや、この一連の事件を起こしているのがどんな者なのか、私はある程度分かっていたし、レイスの話でその予想は十中八九正解だと分かっていた。
    ただ、それでもそれを認めたくなかった。
    神木が母との絆ならば、こちらは父だ。
    彼らの纏う衣服は白い生地を主に袖や裾が妙に長い独特の服。
    そして、犯人の用いた式神と言う独特の呪術。
    そう、これらは亡き父の故郷たる蓬莱に伝わる文化であり、それらがどのような
    目的であれ、神木の力を得るために悪用されているとは思いたくなかった。
    だが、もはや、これらは疑いようの無い真実である。
    だからこそ、私は神木の監視者として、そしておこがましいかもしれないが、
    正しき力の担い手として、彼らを止めねばならない。

    「何が目的か知らないけど、力ずくで止めるわ」

    思考が一瞬で切り替わり、それに連れて身体の節々が戦うために切り替わる。
    隣を見れば、既にレイスも双剣を構え、いつでも飛びかかれる姿勢だ。
    そんな私たちの動きに対し、一人の男は一枚の紙切れと何らかの金属板を懐より
    取り出し、もう一人はただ左手を掲げる。

    「「お行きなさい」」

    二人が言うと同時に紙片と金属板を当時、掲げた左手を前に払う。
    そして、それらの動きはそれぞれ一つの変化を生んだ。
    紙片と金属弁は妙な光沢を持つ式神に、払った手の先にはいくつかの生物の特徴を
    持ちながらもどれとも異なる奇怪な生き物が姿を現していく。
    ―式神とキメラの使い魔。
    これらも、レイスのいった情報と一緒だ。
    この事件の犯人として考えられたのは数人の元学園都市所属の研究員。
    数ヶ月前、学園都市から研究資料として保管されていた神木の枝が
    ある研究員たちによって盗み出されたという。
    その研究員は全て蓬莱から渡って来た呪術師で、彼らの研究内容は最強の使い魔を
    生み出すことだったらしい。
    前に訪れ、この神木の枝を見つけた遺跡も彼らの研究の一部の可能性が高い。
    そして、今目の前に立ちふさがる使い魔はその過程で生み出されたものだろう。

    「式神か、おそらく、これについては君のほうが詳しいだろう。
     キメラは僕が、君は式神を」
    「そのほうが良さそうね」

    敵は二体でこちらも二人。
    一対一同士に持ち込み、各個撃破ということだ。
    式神は蓬莱出身の私が、キメラの使い魔は元魔術師のレイスが適任だ。
    お互いに相手を打つべき敵を見据え、同時に駆ける。

    しかし、そうは言ったものの、目の前の二体の相手は共に一筋縄ではいくまい。
    それでも、式神という呪法の性質上、弱点は一つ知っている。
    本体の符をどうにかすれば自然と崩壊するのだ。
    それを知ってる分、キメラよりは幾分か楽だろう。
    普通なら。

    「ハッ」

    気合を込めた一声と共に、蹴りを振りぬき、真空の刃を打ち出す。
    が―

    「ッ、予想通りね。
     仕込んだ金属片はそのためか」

    目の前の式神の身体は全てが金属で構成されたものだった。
    おそらく、錬金術や東方独自の五行思想を組み込んだものだろう。
    そして、非常に問題なのは―

    「蹴りも風も効いたもんじゃ無いわね」

    相手をするなら五行に則り、火剋金、つまり鉄には炎を持って対抗すべきなのだ。
    風や木の力は圧倒的に不利である。

    「火なんて私使えないのよね、っと」

    真っ直ぐ伸びた鉄の手はさながら巨大な剣であり、振るわれた腕は大気を断つ。
    それを脚の動きでかわし、距離をあける。
    大体動きはつかめた。

    「終わりにしましょう」

    言うと同時に、腰に掛けた特殊な革で出来たポーチを開く。
    手を入れ、手の平いっぱいにつかんだのは氷の粒。
    ポーチ自体は一応、C級無いしB級のアーティファクトだ。
    効果は内部温度を氷点下以下に保ち、尚且つ周囲の水分から氷を
    自動生成するもの。
    とはいっても、使い道はほとんどない。
    もっと大きければ貴族が食材の保存用に使ったりするが、この大きさでは大した物を入れられない。
    しかし、私の場合は全く別の使い道として使われる。
    いや、正確には使うのはこれ自体ではなく、精製される氷だ。
    手に掴んだ氷の粒を式神の右手へとばら撒き、ついでもう一度氷を掴み、今度は
    反対側へ。
    そして、ばら撒くと同時にその周囲の風を動かす。
    動きは円、思いに答え、その周囲の風は螺旋を描いて渦巻き始める。
    そして小さな竜巻はばら撒かれた氷を拾い、その内で回しだす。
    渦の中、氷はお互いにぶつかり合い、擦れ、砕け、散っていく。
    そして、周囲の異変に式神がようやく気付くが遅い。
    既に、渦の周囲では氷がぶつかり合い、それによって生まれた一つの現象が生じている。
    それは雷だ。
    氷の摩擦による放電現象。
    それは渦巻くごとに肥大化し、今にも放たれんとす。
    式神が動く。
    渦から逃れる動きだ。
    だが無駄だ。
    雷が臨界を超え、渦から離れ、向かうべき場所へと向かう。
    そこは鉄で生み出された異形の元。
    皮肉にも鉄ゆえに雷は流れる場所をそこに選び、内部全てに流れ込む。
    電流が流れ込み、式神が動きを止め数秒、突如式神がその姿を失いだす。
    それは本体である符を失い、自己を構成できなくなったがゆえの崩壊だ。
    残ったのは符の燃えカスと焦げた金属片だけ。
    そして、式神を倒されうろたえた男まで走り、新たな式神を出すよりも
    速く一撃を放ち無力化する。

    「っ、そうだ。
     向こうは?」

    倒れた術者から視線を外し、レイスを探す。
    そして、彼とキメラの戦闘を見やり、息を呑む。
    振り下ろされるキメラの太い腕を抜け、双剣が踊る。
    さながらその動きは演舞のよう。
    キメラはまるで虫のように何本もの腕を付けられた異形のものだった。
    しかし、その腕も半分以上が断ち切られている。
    そして、その中でも一際大きく、攻撃的な腕を断ち、
    続く一閃で巨大な胴を一閃する。
    上半身と下半身が分かたれ、そのまま倒れこみ、徐々にその輪郭を失う。
    ―アレ?
    ふと違和感があった。
    遠目だが、断ち切った胴は太く、巨大でその直径は短いところでも
    彼の剣以上あったように見えた。
    しかし、現実にキメラの胴は両断されている。
    勘違い、かな?
    そうこう考えている間に、レイスが術者を昏倒させ、こちらに
    歩み寄っていた。

    「さあ、行こう。
     おそらく、この先に待ち受ける者こそが全ての発端だ」

    レイスの言葉にうなづき、前を見やる。
    先に見えるは緑に生い茂る巨大な木。
    決着の場だ。




引用返信/返信
■311 / ResNo.7)  LIGHT AND KNIGHT 八話
□投稿者/ マーク -(2006/07/17(Mon) 06:22:29)




    「招かれざる客、ですか。
     よもや、ここまで来るとは」

    そういって、神木に片手をつきこちらに背を向けていた男は身を翻し
    こちらに向かい合う。
    男は三、四十歳ほどの先ほどの二人と同じ、蓬莱の服を纏った呪術師だ。
    纏う空気は穏やかながらもスキが無い。
    そんな男を前に軽口を叩く。

    「神木にとってはあなたこそ招かれざる客じゃないかしら?」
    「確かに、そうかもしれませんね」

    こちらの軽口に対して感情を表さず、むしろ余裕を持って返答する。
    年の功というべきか、この辺りは向こうのほうが数枚上手のようだ。
    ゆえに、遠まわしに言うのではなく、あえて正面から言葉をぶつける。
    それはレイスも同じ考えだったらしい。
    私が頭の中でまとめていた思考を代弁するように、レイスが言葉をつむぐ。

    「あなたが神木を占拠したのあなた達の願いである最強の使い魔を生み出すため。
     そのために神木の一部を手に入れたかった。違いますか?」
    「ええ、正しいですよ」
    「ならば、それは既に果たされた筈。
     ここから出ていくことは出来ませんか?」
    「残念ながら。
     まだ、その力は最強にはあらず。
     そして、神木を手放すことはできません。
     約束のためにも」

    そういって閉じていた目を開き、こちらを見やる。
    その目には強い意志が見える。
    退く気はなさそうだ。

    「約束とは?」
    「それを口に出すわけにはいきません。
     わが師との約束にして、もはや遺言ですので」

    亡き師とやらを思い出したのだろう、一瞬だが男の目が弱くなる。
    が、それは一瞬すぐにまた、力強い視線となる。

    「どうすれば、諦めるのかしら?」

    故に、レイスの言葉を継いで口を開く。
    やや考えるようなそぶりを見せ、こちらに視線を合わせてくる。

    「我が願いが果たされるか、もしくは―」

    そういって、笑みを浮かべ― 

    「我が最強が砕かれるか」

    つまり、結局は力ずくで止めてみろと言うことか。
    正直、神木の付近でドンパチやるのは正直避けたい。
    神木に被害がいく可能性があるというのは当然だが、『戦い』というもの事態、
    それが神木には毒の可能性がある。
    とはいえ、放っておけば神木がどうなるか分かったもんじゃない。
    実を言えば、来る途中の遺跡の中、そこまでこの神木の根はのびている。
    そして、その根を見た限り、神木は徐々にだが弱っている。
    原因は明白だ。

    「最後に一つ、何故、『最強』を?」
    「わが祖国のため、そして約束のため」
    「祖国の?」
    「そう、我が祖国、蓬莱を守る力として」

    国を守る力をか。
    それ自体を批判することなど出来ない。
    けど―

    「いいわ。
     その最強、砕かせてもらうわ。
     半分であれど同じく蓬莱の民の血を引く者として」
    「ほう」

    こちらの顔をじっと見て、ふと、男の顔が微笑を作る。
    それは奇異なる縁を楽しむような笑みだ。

    「蓬莱のものか。
     ならば、名を名乗られよ。
     勝者であろうと、敗者であろうと相手の名ぐらい知っておきたかろう。
     我が名はカケイ・クウカイ。
     汝らの名は」

    『汝ら』とそう告げた男の言葉に答え、レイスが名を言う。

    「レイス・クロフォード」

    ここで、ようやく彼のフルネームを今更ながらに知ることとなった。
    そしてレイスが告げた言葉に一泊、間をおきしっかりと答える。

    「姓は橘、名は光、その意は輝き」

    そう告げた途端、男の顔が変わった。
    信じられないものを見るように。

    「そうですか、あなたが―
     よろしい、あなたに敗れるならば、それも正しき運命でしょう。
     では、始めましょう」

    懐に手を入れ、何かを取り出す。
    それは木を削り取って出来た人の形をしたもの、いわゆるヒトガタだ。
    そして、それの元となった木は考えるまでも無い。、
    男がそれを投じ、周囲の魔力が脈動する。
    人形から奔る大量な魔力は急速に巨大なある形を取り始める。
    時間にして一秒にも見たず、それは現れた。
    木で出来たような肌を持ち、屈んだ身で人の5倍はあろう体躯。
    背や腹、腕や首など体中のいたるところに棘のような物が生え、頭にはそれとは
    明らかに異なる大きな角をもつ。

    「我が最強、名は華鬼。
     鬼を模りし我が最強の式神です」

    男の声に答え、鬼は目を覚ましたかのように顔を上げ天に向かって咆哮をあげる。
    その咆哮だけで、気力が奪われかねないほどの力を感じる。
    それを正面から受け止め、鬼を見やる。
    やがて、鬼が再び顔を下ろし、こちらを見やる。
    ―来る。
    次の瞬間、鬼が腕を振りかぶり、拳を突き出す。
    受けることはおろか、掠るだけで身を砕きかねない圧倒的な暴力。
    それを大きく後退して避ける。
    しかし、後退した私とは異なり、レイスは前に駆けていた。
    体格差は大きいが逆に言えば、懐にもぐりこめば、思うようにこちらを
    攻撃できないとの判断だろう。
    大振りに振るわれる拳は彼にとっては当たるようなものではない。
    両手に剣を持ち、最速の速さで駆ける。
    速い、見る間もなく、レイスは拳の振るうに適さぬ近距離まで進む。
    だが、近づいてきたレイスをあざ笑うように鬼に変化が訪れる。
    鬼の体表に会った無数の棘、それらが、突如伸びレイスに向かう。
    慌てて、剣でそれらを打ち払うが、後退を余儀なくされ即座に拳が振るわれる。
    また、伸びた棘は意思を持つかのようにうねり、追撃する。
    慌てて、レイスを援護すべく風を放ち、棘を打つ。

    「げっ」

    本来、切る攻撃の風は棘からはえたツルを切るには及ばず、打つだけで終わる。
    予測していたが、この式神は神木の一部を核とした影響で木の特性を持つらしい。
    しかし、そうなると私の風の技はほとんど、効果が無いということだ。

    ――ヒュンヒュンヒュン

    鞭のようにしなるツルがこちらを狙い、伸びてくる。
    それらを避け、弾き、蹴り飛ばす。
    レイスも際限なく殺到するツルを切りとばすが防戦一方といった様子だ。
    幸い、こちらを脅威と見てないのかツルはほとんどが、レイスに殺到している。
    流れを変えるには今か。
    風の力は、エルフとしての力は使えない。
    ならば、もう一つの側面を引き出すだけ。
    私の中に半分だけ流れる蓬莱の民の血と名を意識する。
    自身の中で何かが組み変わるような錯覚を感じる。
    だが、それで準備は万全だ。

    「光は―」

    迫るツルを前に見据え、駆ける。
    はっきりとした意思を込めて、言葉をつむぐ。

    「光は目にも移らぬ速さなり―」

    瞬時、目標を失ったツルが立ち止まる。
    そして、その遥か後方、鬼の真後ろに突如として姿を現す。
    地面を削りながら、急激な加速による慣性力を片足でこらえ、鬼の背中へと向く。
    地を削る音で、気付いたのか、鬼が身体をひねり、首を回してこちらを見やる。
    だが、遅い。
    先ほどと出だしは同じ、しかし、後半部の異なる言葉を継げる。

    「光は前に突き進む―」

    言うと同時に片足で地面を蹴り跳躍。
    身体は先ほど継げた言葉どおり、真っ直ぐ、重力さえもないかのように
    鬼の胸辺りに向かって真の意味で直進する。
    これが私の持つ、もう一つの、そして私独自の戦闘スタイルだ。
    これはエルフの精霊魔術や、蓬莱の言霊に近しいものだ。
    そもそも魔術は現実の世界に詠唱を持ってあり得ざる架空を持ち込むことだ。
    ゆえに、架空の事象である以上、世界の理屈に合わず、修正力が働き、
    時間と共に行使された魔術は消える。
    では、精霊魔法とは何か?
    精霊魔法はその名の通り精霊を介する魔術だが、精霊を介すという事が
    ここでは重要だ。
    精霊は世界―ここでいう世界は隣り合う七の世界のいずれかでなく、全てを含め、
    あらゆる事象、概念をひっくるめた『世界』いう概念―に介入する力を有する。
    精霊の自然を左右する力はこれによるもので、精霊魔法は精霊に術者の魔力を
    代償にして、この奇跡を起こさせることだ。
    また、何らかの形で精霊の意思と干渉できるものは思うだけで、初級の簡易な
    魔術程度を無詠唱で発動できる。
    故に、精霊魔法は、他の魔術とは一線をきす。
    例えば、精霊魔法の魔術はキャンセルが出来ない。
    それは魔法の結果が現実の事象だからだ。
    精霊魔法の実態は精霊を解してこの世界に特定の事象を引き起こさせることに
    他ならない。これはそもそも、『魔法』とはいえ無いのかもしれない。
    私が用いたのはこれの考えにやや近い。
    私が用いたのは世界に介入できる力を持って特定の事象、概念に自身を同化させ、
    その恩恵を得ること。
    そして、その概念を僅かに改竄し、現実を書き換えることだ。
    世界に介入できる力というのは、例えば精霊の力や、時たま存在するこの世界の
    概念にとらわれない異能力者の力。
    私はハーフで生まれ育ったのも霊地とは程遠い森だったため、私と共にいる精霊は
    正直、意識をこちらに伝えることも出来ないくらい弱く、小さな精霊だ。
    というより、本人には悪いがこの程度の規模では精霊とは呼ばれない。
    共にある精霊はエルフの血が強ければ強いほど、そして住まう森の魔力が強いほど、力が強い。
    おそらく、ハイエルフとその精霊なら私と同じことも出来るだろう。
    私の干渉できる概念は私の名の意味である『光』。
    それによって、光の持つ概念を―光の持つ力を現実に起こす。

    「光とは熱を持ちて穿つもの―」
    「光は先に集うもの―」

    二つの言葉を続けざまに放つ。
    そして、地を蹴った足とは反対の足を身をひねって前に突き出す。
    突き出した爪先には光が集まり、光槍が生まれ、光槍は鬼の胸を穿つ。
    同時、穿つ槍が熱を持って傷口を焼く。
    しかし、致命傷ではない。
    当てずっぽうで核に当てられる訳ではない。
    槍と化して突き刺さる私を潰さんと両の拳が同時に迫る。

    「光は塵ゆく―」

    短い言葉を持って光槍を破棄。
    重力に従い、身体は落下を始め、拳を避ける。
    懐にもぐりこんだ私によって撹乱され、ツルの動きが稚拙になった隙を突き、
    私と入れ替わりにレイスが飛び込む。
    鬼の身体に二つの刀身が舞う。
    『金剋木』―木を切るの鉄の刃。
    その概念が生きてる以上、その刃を止められはしない。
    だが―

    ―ガギンッーー!
    「なっ」

    甲高い、金属と金属のぶつかる音が響く。
    鬼は鉄と化した自身の手でレイスの剣を受け止めていた。
    これも五行の思想を取り入れたものなのだろう。
    しかし、まさか戦闘中にしかも一部だけを変化させるとは。
    動きを止めた剣を同じく鉄と化したツルが絡め、封じる。

    「くっ」

    更に四肢を封じんとツルが更に迫る。
    判断は一瞬、剣の握りを操作し、拘束から逃れる。
    ―刀身を残して!
    刃の無い、握りだけの剣を握り構える姿は滑稽というほか無い。
    そんな武器ともいえない棒を握り締めるレイスに尚もツルが追う。
    迫り来るツルを前に、剣の柄を振るい、一閃。
    次の瞬間、見えない何かにとって鉄のツルは断ち切られる。

    「これが種ね」

    あの硬い甲羅を貫くには『螺旋』の力だけでは足りない。
    そして、結界を割った一撃に、さきほどの届かなかったはずの一撃。
    これが答えか。

    「見えない刀身、いえ、形なき刃というわけね」

    不可視にして不現の刃、それは架空も現実も問わず断ち切る力。
    それがあの剣の力かそれとも、彼本人の力かは知らないが、
    鉄さえ斬るその力には、あの鬼でさえも対抗はできない。
    なら、勝敗を分けるのは、懐にもぐりこめるか。
    そして、あの巨体に一太刀でどれだけ傷を与えられるかだ。
    鬼が動き、自身の全てのツルを私に向かって殺到させる。

    「光は捉えられるものではない」

    言葉どおり、光を捉えることはかなわず、ツルは空振りに終わる。

    「まず、邪魔なツルを!」

    光の灯った右足を真上に向かって振りぬく。
    爪先の光はそのまま鬼の遥か頭上へと飛び―

    「光は降り注ぐ―」

    言葉を持って拡散、光の散弾と化して鬼の頭上に降り注ぐ。
    光は鬼の身体に容赦なく降り注ぎ、ツルを穿ち、焼き、削ぎ、貫く。
    一瞬にして、身体にあったツルの元となる棘の8割が潰される。
    残った二割の棘からツルを生やし、駆けるレイスに奔る。
    それを阻止せんと最速を無理矢理超え、神速、光速をもってツルを砕き、
    鬼を撹乱、レイスを支援する。

    ―ギシッ
    レイスの前を塞ぐ、ツルを砕き、全ての棘を一時的に沈黙させたところで、
    自身に走る鈍い痛みを自覚する。
    このような無茶な速さや動きをした代償として、特に足にかかる負担が激しい。
    しかも、本来、緊急回避などの一瞬で使うこれを連続で使い続けたことが大きい。
    あと一、二度で走ることも出来なくなりかねない。
    気付かれないよう、レイスと鬼の死角となる位置を探す。
    鬼の後ろだ。

    「光は見ることもかなわぬこと」

    再び、目に映る速さを超え、先ほどとは異なり、音も立てぬように停止する。
    ―痛い。
    自分の身体が崩れゆく様な錯覚を感じ、座り込む。
    足に手をあて、呼吸を整え、『力』を使うために精神を集中させる。
    だが、そこで地面に走る異常に気付く。
    ―暖かい?
    それになにやら、何かが動くような振動も感じ取れる。
    視界を上げれば、レイスがツルが消え、手薄になった鬼へと文字通り
    飛び掛っているのが見えた。
    ―まさか。
    地面の暖かさに何かが流れるような感覚、飛んだレイスに後ろから
    見える鬼の足の地面の様子。
    それらが繋がり、危険を察知する

    「―――」

    だが、言葉が出ない。
    言葉を出せば、鬼は自分に気付く。
    そうすれば、振り返った鬼の一撃で無防備に座り込み、満足に走れない私は死ぬ。
    そんな可能性が鎌首を擡げ、言葉を躊躇わせる。
    そんな一瞬のためらいが、絶望的なまでに結果を分けた
    鬼が両の拳をレイスではなく、地面に勢い良く振り下ろす。
    一撃で地面が揺れ、大地の亀裂から水が噴出した。
    それもただの水ではなく、熱湯、まるで間欠泉のごとく勢い良く噴出した熱湯は
    レイスに直撃し、その身体を吹き飛ばす。

    「レイス!!」

    もはや、叫びは悲鳴のようだった。
    吹き飛び無防備なその身体を狙う鬼の腕に声を上げる。
    自分の死すらも一瞬、忘れ、愚かにも自分の存在を知らせてしまった。

    「あっ」

    鬼がレイスから視線を外し、ゆっくり振り向き、こちらを見下ろす。
    刈る者と刈られる者、もはや絶対的な死を予感した。
    弓を引き絞るようにして後ろに引かれ行く鬼の右の拳。
    引き絞られた拳が限界まで行き、次の瞬間、振りぬかれる。
    時間の流れがまるで遅くなったような感覚。
    思考を放棄し、目を瞑って心のなかで、家族にそしてレイスに謝る。
    そのとき空気が動いた。
    身体が凄まじい勢いで吹き飛ばされ、背中から地面に激突。
    衝撃と激痛、しかし生きている。
    身体に痛みと同時に何かが覆いかぶさっている。
    それは鬼の木でも鉄でもない感触と暖かさ。
    そして、その暖かさは徐々に失われつつある。
    それに気付き、信じたくない一心で痛みをこらえ、瞼を開く。

    「―――――あ」

    自身に覆いかぶさり、急速に熱を失いつつあるソレ。
    それは彼だった。

    「レイ・・・ス」

    ―何故、こんなこと?
    ―何故自分なんかの盾に?

    レイスの手には盾にしたのであろう砕けた剣の柄が握られていた。
    柄を握る手も指も砕け、折れ、指が一本も欠けてないのが不思議なぐらいだ。
    血で紅に染まった胸部は痛々しく、肋骨も砕け、内臓も確実に幾つか死んでいる。
    正しく、絶望的な状態だ。
    それでも生きている。
    生きて何かを伝えんとする。

    「・・・逃・・・げ・・ろ」

    血を吐きながら継げる言葉は尚もこちらを案じる言葉。
    死ぬかもしれないのに、何で私を?
    嫌だった、どうしても嫌だった。
    何より嫌だったのは自分を庇って死のうとしているこいつが気力を振り絞って
    笑みを浮かべ、逃がそうとすること。
    こぼれる涙を堪え、レイスの顔に触れる。

    「さあ・・・早く」

    尚も逃がそうとするレイスに向き合い、涙を堪えながら見やる。

    「・・・・答えて。
     あなたは生きたい?」

    だれもが、答えるであろう、あまりにも簡単な問い。
    それを投げかける。
    しかし、それは今のレイスには十分すぎる。
    その言葉にレイスの笑みが、虚勢が崩れ、弱弱しい顔に変わる。

    「生き・・・・・たい」
    「そう」

    泣く様に弱弱しくもはっきりとそう答えたレイスに向き合い、黙って頷き、
    仰向けに倒れふしているその身体に跨ってもっとも重症な胸部に両手を当てるに
    丁度いい位置を確保する。
    時間が無い。
    たぶん自分は愚かなのだろう。
    目の前の少年が何者か知ってるくせに私の最大の秘密を教え、
    全てを任せようというのだから。
    でも、それでも、いいと思ってしまった。
    彼を失うくらいなら。
    ナイフを取り出し刃を逆手に持って振り下ろす。

    「グッ」

    ナイフの突き刺さった左手の甲を見ながらナイフを引き抜く。
    ナイフで貫かれた左手から体力の血が流れレイスの胸へとこぼれていく。
    そして、自分の血で真っ赤にぬれた両手をレイスの両手にそれぞれ当て、
    自分の血を塗りつけるようにする。
    傷口は傷むがどうせすぐ塞がる。
    それよりも目の前の命を救ううのが先だ。

    「陽光は癒しを、月光は救いを」

    自分の力を限界まで引き出し、本来の形で行使するための詠唱。

    「天より振りし幾多の輝きは浄化を」
    「地に在りし煌きは力を」

    手に光が集い、辺りをまばゆく照らしていく。

    「ここに我、代償を手に、光を持って奇跡を願う」

    穏やかな光の中、両手に伝わる目の前の鼓動だけが全て。

    「穏やかなる光、願いを持ってここに降りん」
    「清らかなる光、思いを持ってここに来らん」
    「全てを許そう。傷も痛みも穢れも全てを」

    そして、光が急速広まり散ってゆく。
    消えたか輝きの中、そこには焦点の合わぬ目でこちらを見上げ、
    横たわるレイスの姿。腕も、胸の傷も全てが消え、治癒している。
    成功だ。
    それを確認し、一気に脱力感が来る。
    けれど、ここで倒れることは出来ない。
    まだ、一つだけすることがある。
    手握ったのは神木の護符。
    徐々に暗闇へと落ち行く意識の中、思いを持て言葉をつむぐ。

    「光は剣と化す」

    それに私に残った全ての『力』を注ぐ。
    そして、それが終わると同時、暗闇へと落ちていく。




引用返信/返信
■319 / ResNo.8)  LIGHT AND KNIGHT 九話
□投稿者/ マーク -(2006/07/23(Sun) 06:31:40)




    ―トサッ
    崩れるようにして倒れ行く少女の身体を起き上がって支える。
    呼吸ははっきりしており、力尽きて気絶しただけだと分かる。
    初め会った時こそ疑っていたが、彼女の素性を聞いてあり得ないと、
    打ち消した、一つの疑惑。
    それが今、証明された。
    ―聖女の奇跡―
    もはや、間違いはあるまい。
    自分を死の淵から救った彼女の力はそれ以外なんだというのか。
    だが、しかし、ならばこそ彼女の存在は異質だろう。
    史上初の異族の『聖女』
    それが知れ渡れば、何が起きるか考えたくも無い。
    何より彼女が危険だ。
    教会が彼女を知れば間違いなく、排除するだろう。
    なのに、教会のものである自分を救った意図は分からない。
    けれど、救われたこの命ですべきことは分かる。
    彼女の手に握られた護符を受け取り、両手で構え、横に振るう。
    そして、刀身が現れる。
    自分の身長の二倍はあろうかという光で出来た刀身の大剣。
    光の刀身ゆえに重量は無いに等しい。
    更に自身の力を込め、刀身に纏わせる。
    神木の柄に光の刀身、切断力の刃。
    それを両手で振るい、腰を落とす。
    距離にしておよそ五十歩先、鬼は動かず、良く見れば自己を修復させている。
    そして修復が終わったのか顔を上げ、咆哮する。
    そして、それを合図に両者が動く。
    重さを持たぬ光剣を両手で握ったまま、一直線にかける。
    身体が軽い。傷は全快どころか、初めよりも調子が良い。
    おそらく、彼女の奇跡が肉体を活性化させているのだろう。
    鬼はその進路を阻むよう何十本もの鉄のツルを奔らせる。

    「でえええいっ!!」

    疾走をやめることなく、号砲とともに、一閃、二閃、三閃!
    一太刀ごとに、ツルを十本単位で砕き、三閃で全てのツルを破砕する。
    砕けたツルが実体を失い、光の浄化能力によって魔素に還っていく小さな
    煌きの中を突っ切り、更に速度を上げる。
    再び、鬼はツルを奔らせる。
    が今度のツルは鉄ではなく、水。
    水のツルは数十本を一つにまとめ、巨大な水の矛と化す。
    巨大な水槍は先ほどの間欠泉同様、その質量と勢いでこちらを吹き飛ばすだろう。
    それに対して剣を上段に両手で構え、目前に迫った水槍に真上から叩きつける。
    衝撃を持って槍は破砕、飛沫と化して散り行く。
    衝撃にやや、速度が奪われるがそれを取り戻すように尚も加速、前へと進軍する。
    既に、距離は二十歩をきっている。
    もはや、数歩先は決着の間合いだ。
    それを向こうも分かっているのだろう。
    今までよりもさらに熾烈な攻めを繰り出す。
    全てのツルをお互いを結ぶ最短距離に走らせる。
    それを高速で振り回す大剣を持って道を切り開く。
    しかし、その物量ゆえに加速は見るも明らかに殺される。
    そこに鬼はツルを走らせながら、その顎を開く。
    そこに生まれる色彩は赤。
    赤き焔が口内に生まれ、吐き出される。
    一度にて三連射。
    自身よりも一回り大きい灼熱の炎弾が続けて吐き出される。
    それを今まで同様、剣の間合いにて打ち砕く。
    ―だが、それは今までと違った。
    切った炎弾は砕き、散ることはなく火の粉と熱を持って刀身とレイスに纏わりつく。
    それは、剣が炎弾を浄化できなったということ。
    そに理由は剣の核となる神木の刀身。
    木と火の関係は生成の関係。
    木は火を生み出すものであり、たとえ、浄化のが念とはいえ、火を消すという事象とはあまりにも矛盾する。
    結果、剣に宿る魔力、魔術の浄化能力が働かなかったのだ。
    それを鬼もまた気付く。
    鬼はその顎から先ほどより小型な、されど無視できぬ規模の火を幾重も生み出し、
    吐き出し続ける。
    繰り出される炎弾を両断しながらも、その熱と火の粉に身体を焼かれ、
    ついに、レイスが徐々に後退していく。
    繰り出される炎弾はバラつきがあるもののレイスの立つ位置とその前方にのみ
    集中している。
    かわすのはおそらく簡単だ。
    それをしないのは単に彼の後ろに眠る存在。
    彼が炎弾を対処せず、そこから離れれば炎弾は全て後ろの彼女に向かうだろう。
    故に、彼女を守るためにもそれは出来ない。
    しかし、このままでは自分が倒れるということも分かっている。
    故に、強引にでも突破する必要がある。
    そして、彼はじりじりと後ずさりながらもそのときを待つ。
    そして、幾ばもなく、そのときは訪れる。
    鬼の火球が止む。
    それも一瞬、鬼は巨大な一撃のためのタメに一瞬、息を吸うために炎弾が途切れる。途切れると同時に、レイスもまた構える。
    剣は右手に、身を屈め、走り出す走者のように、引き絞られた弓のごとく、
    自身の体に力を込める。
    一瞬の硬直、それを破るようにして、鬼が顎に溜まった灼熱を吐き出す。
    繰り出されるは正確無比、一点の狂いもなく直後に続く、高速の焔の五連弾。
    対するレイスは放たれた矢のごとく、地を蹴り、飛ぶ。
    向かうは鬼の顔、炎弾の進む進路を逆より進む。
    衝突―接触した火球を右手より突き出した剣を持って突貫する。
    剣に纏わせた刃を自身のイメージにおいて加工する。
    描くは螺旋、渦巻く刃。

    「あああーーーーー!!!」

    咆哮、叫びを持って、続く焔を一つづつ貫通していく。
    貫かれた火球はその場で飛散し、消えていく。
    しかし、焔の中に飛び込んだレイスは灼熱によりて皮膚を焼いていく。
    それでも、剣も意思も手放さず、炎の中を抜けていく。
    時間にして数秒にもみたず、五つの炎を貫通する。
    そして、その勢いのまま身体を、全身のひねりを持って鬼の胸に剣を突き刺す。
    深々と刺さった剣の先は背を抜け、貫く。
    そこからさらに、剣を引き、その身を両断せんとす。
    しかし、突き刺さった剣はどれだけ力を込めようと微動だにしない。
    剣を縫いとめられその隙に、鬼の両手が動く。
    両の拳で潰そうという動きだ。
    しかし―

    「いや、終わりだ」

    微動だにしない、剣の柄を両手で握り、彼女の名を叫ぶ。
    言葉と共に、柄の先から刀身が消えていく。
    だが、刀身の光は消滅ではない。
    刀身から離れた光は行き場を求め、鬼の身体に進入する。
    されど、その光は浄化の光。
    流れ込む光は鬼の身体を駆け巡り、浄化する。
    しかし、自身が崩壊する中、鬼はその力を振り絞り、拳を振るう。
    浄化の速度よりも振るわれる拳のほうが遥かに速い。
    しかし、それに対する術は無い。
    故に、レイスは自身の手にある剣に全ての力を注ぐ。

    「ーーーーーー!!」

    もはや、これにならぬ、咆哮。
    拳が届く寸前、神木が砕け、光の本流が鬼の身体を吹き飛ばした。




    ッタ―

    「っ!」

    光の本流が止み、支えをうしない地面に叩きつけられる寸でのところで
    着地する。
    と、同時に身体に急激な脱力感が発生する。
    剣を失い、彼女の加護が消えたためであろう。
    今にも崩れそうな足に力をいれ立ち上がり、前を見る。
    視線の先には式神を失うも、顔色一つ変えずたつ男の姿。

    「どうやら、勝負あったようですね」

    そういって微笑し、こちらを見やる。
    確かにもはやこちらに戦う力は残っていない。
    だが、それ絵でもここで負けを認めることは出来なかった。
    闘志をあらわにし、身構え、戦闘続行の意思を見せる。
    しかし、その姿に男は顔を背け笑いを堪える。

    「何が可笑しい」

    分かっている。
    自分でも馬鹿なことをやっていることぐらい。
    しかし、彼の言葉をその思いを斜め上に行くものだった。

    「勘違いしているようですが、勝負あったというのは私の負けだということです」
    「・・・・・・・・えっ?」

    意味を理解するのを数秒かかり、理解したと同時に気の抜けた声が出る。

    「ご安心を、これ以上、光様に危害を加えるつもりはございません」

    とりあえず、敵意は感じられず、手足の力を抜く。
    そして、男の言った言葉の違和感に気付く。

    「光様?」
    「ええ、先ほど、わが師との約束と申しましたが、
     その師とは光様のお父上なのです」
    「なっ!?」
    「驚くのも無理は無いでしょう。
     ですが橘はわが師、ソウゲン様の姓。
     そしてその娘の名は光と名付けられたそうです」
    「では、彼女のことを知ってて戦ったのか。
     何故?」
    「約束です」

    まただ、この男と彼女を結ぶ鍵は、どうもその約束が重要らしい。

    「その約束とは?」
    「私たちとソウゲン様はあるものを求め、この地にやってきました。
     一つは祖国の守りの力を、そしてもう一つは浄化の力。
     蓬莱には元々、瘴気といった魔を払う力を持った者がいました。
     しかし、時代を経てその力は弱まり、今では形だけの存在です。
     故に、いづれ来るやも知れぬ危機のために祓いが必要となったのです」
    「祓い、それはつまり聖女やこの神木の力か」
    「ええ、我らは力を、ソウゲンは祓いを得ることを約束し、この地に
     訪れました。それが約束です。しかし―」

    そこで一度切り、沈痛な面向きで言葉を続ける。

    「およそ十数年前を境にソウゲン様から便りが途絶えました。
     最後にあった連絡は妻と娘が出来たこと。
     そして、あとは娘の名についてだけでした。
     その後の、足取りは掴めず、最近になってようやくソウゲン様の
     死を知りました。
     ゆえに、心半ばで死したソウゲン様の無念を晴らすべく、神木の元へと
     来ましたが、どうやら不要だったようですね」

    そういって、目を向けた先に釣られて目をやる。
    そこには穏やかに寝入り、舟をこぐヒカルの姿がある。

    「聖女の奇跡、ソウゲン様の死もそのためなのでしょう」
    「―どういいうことだ?」
    「ソウゲン様は、教会の手により亡くなられました」
    「―!」

    予想など出来たはずなのに、その言葉に打ちのめされる。
    自分が彼女の父の仇と同じだということに。
    そんな思いに気付かず、男は尚も言葉を続ける。

    「ソウゲン様は既に祓いを得ていた。
     そして、その祓い手により私の最強が砕かれた以上、もはや約束は終わりです」
    「そうか。
     ・・・なぜ、僕に話した?」
    「あなたが、光様に選ばれた故に。
     どうか、光様の下へ」

    そういって、深々と頭を下げてくる。
    言われるまでも無く、背を向け、ヒカルの元へ歩く。
    穏やかな寝顔を彼女を抱えて、歩く。
    歩く先は天に届くかという巨大な木の下。
    彼女を下ろして、その幹に持たれかけさせ、自分も神木にもたれ掛かる。
    ―疲れた。
    一息つくと、直ぐに眠気がやってくる。
    そして、いつしか穏やかに眠りについていた。















    「ううううう」
    「はいはい、唸らない唸らない」

    唸る私とそれをなだめるレイスの姿。
    二人がいるのは木で出来た小屋の中。

    「何で、神木を守った私が軟禁なんかされなきゃならないの!?」
    「まあ、神木周辺への不法侵入は罪に問われるからね。
     軟禁ですんでるだけマシだよ」

    そう、今私はこの小屋にて軟禁されている。
    というのも、神木の付近で派手にやった挙句、レイスが最後に私の光を
    暴走させた所為で大量の光が生じ、それが外から観測されて内部の異常に
    気付いたそうだ。
    丁度の時には私とレイスは戦いの疲れから逃走も出来ず、そのまま捕縛。
    一応、犯人の術者の自供と、捕縛者が教会には珍しい良心的だったのと、
    そして、連れが教会の人間だったということで私のひとまず軟禁という
    処置に落ち着いている。
    そう、一緒にいるレイスはつまり見張りなのだ。

    「ああ、もう。
     まだ、出ちゃ駄目なわけ!?」
    「というか、処置に困ってるんだよね。
     神木を守ったのはいいけど、あいにく君は混血だし。
     一部はそんなのとっとと始末しろといってるけど、他の人には
     無罪放免を唱えている人もいるみたいだし」
    「いつになったらでれるのよ〜〜〜」

    毎日、同じようなことを言ってるため新鮮味が失せたのかレイスの対応が
    おざなりになってきたのを感じる。
    そうこうしてると、何やら外が騒がしい。
    気になって耳をそばだたせると足音と途切れ途切れに声が聞こえてくる。

    『だか・・・・・・っと開・・・・・ら』
    『で・・・・が・・・・・・・・・の・・・定・・・は』
    『これが・・・・・・・の・・・・・・だ。
     とっとと・・・・・よ』

    話し声は三つ。
    会話から判断するに、外の見張りと客が二人といったところか。
    やがて足音が止み、扉の前に何者かが着く。
    そして、勢い良く扉が開き―

    「ヒカルーー!!」

    小さな人影が一直線に猛スピードで突っ込んでくる。
    避けることもかなわず、その猛烈な体当たりを身体で受けることになる。
    もっとも、元々小柄な身体では大した威力にはならなかった。

    「ったた、アスト?」
    「そうだよ〜〜〜」

    そういって胸に顔をうずめ頬ずりしてくるのは数年前まで共に暮らしてた
    妹分の獣人の少女、アスト・テアトリクスだ。
    ―だが、彼女が引き取られた先は・・・
    それを思い出した瞬間、全身の血が引き、慌てて今だ開いたままのドアを見やる。
    そこには想像通りの人影が見える。
    燃えるようなドレスを身に纏った美しき女性。
    まさしく、女傑という言葉が似合いそうなその女性を自分は知っていた。 

    「イッ、イーリス様!?」
    「ふむ、息災な様だなヒカルよ」

    そう、目の前に立つその女性こそが私たちの住まう帝国アヴァロンを治める
    女傑、皇女イーリス・ヴェルヌ・アヴァロン様なのだ!
    そんな大人物と知り合いなのも単に彼女に引き取られたアストのお陰。
    今、思い出しても、知らなかったとはいえ、あのような物言いをして良く首が
    飛ばなかったというものだ。
    正直、もはや、二度と顔を合わすことも無いと思っていたのだが!!

    「あっ、あの、こちらへは何様で?」

    自分でも笑ってしまうぐらい下手に出てるが、これは申し方が無い。
    正直、最も私の中では恐ろしく、苦手な人物として君臨しているのだ。

    「くく、そう怯えずとも良い。
     貴様が神木の事件を解決し、軟禁されてると聞いてな。
     アストたっての頼みで、教会に開放するよう要求したのだ。
     そして、アストがお主に会いたいというが、一人で行かせる訳にもいかずな。
     私もここまでついて来たと言うわけだ」

    なんちゅうことを。
    まあ、イーリス様はそこいらのものより数倍、それこそ私やレイスでもおそらく
    手も足も出ずに負けるような超凄腕の魔法剣士だ。
    誰かに遅れをとるなどということはあるまい。
    弱点といえばアストがそうといえばそうだが、この場合アストは弱点は弱点でも、
    竜の逆鱗だ。
    何かすれば、おそらく生きてきたことを後悔するような目にあうだろう。

    「とにかく、話はついた。
     このような狭い山小屋からとっとと出るがいい」
    「っは、はい」

    慌てて返事をし、早々に小屋を出る。
    数日振りの太陽の光に目が繰らぬがそれさえも心地よい。
    そのまま、歩こうとし、気付く。

    「レイス。どうしたの?」

    そこで立ち止まって進まないレイスに振りかえり、言葉を投げかける。

    「君が解放された以上、もうここに僕がいる意味は無い」
    「え、そうね、だから―」
    「ここってのは、この国にいる意味は無いってことさ」
    「―えっ?」

    一瞬、言ってる意味が分からない。
    この国にいる意味が無いって。

    「もともと、僕はいろんな国を回っていてね。
     そろそろ、別の国を回るとするよ」
    「えっ、あっ、そうなんだ・・・」

    行かないで・・・なんて言えるはずも無かった。
    彼を縛る理由も意味も私には無い。
    その上、彼は私の最大の秘密を黙っていてくれている。
    迷惑をかけるのは嫌だった。

    「このまま行っちゃうの?」
    「いや、準備に丸二日はかかるからね。
     出るのは明々後日の正午の列車になるかな。
     気が向いたらで良いから、見送りに来て欲しい。
     じゃあ」
    「あっ」

    そういって、声をかけるまもなく、レイスは行ってしまう。
    私に何かできることは無いかな?
    ・・・・・・そうだ。

    「あの、イーリス様、少しお願いが―」








    ―シュー

    目の前に蒸気を吐いて鉄の車が止まる。
    この列車が出るまであと五分。
    やっぱり彼女は来なかったか。
    少し、未練だ。
    やがてその未練を振り払うように、列車に乗り込む。
    が、そこに―

    「レイスーーーーー!!」

    名を呼ばれ、振り返る。
    そこには駅まで走ってくる、少女の姿。
    少女は動き出した列車に向けてその手に持った紙の袋を大きく
    振りかぶって投げる。
    投じられた袋を慌てて掴み確保する。
    その様子を見て、袋がしっかり自分の手に掴まれたのを見て
    大きく息を吸い―

    「またねーーーー!」

    大声でそう言った。
    彼女は最後に別れではない再会の言葉を言った。
    それは―

    「期待して良いってことかな」

    そう笑いながら、渡された袋を見る。
    その中にはやや硬い二つの物が入っていた。

    「ははは」

    笑いがこみ上げてきた。
    彼女はこれを作っていて遅れたらしい。
    手に掴まれたのは二つの木の棒。
    柄の形の綺麗に切り揃えられた神木の枝だ。
    その柄には唯一の装飾として彼女の名が加護として彫られている。
    その名を見ながら、彼女の覚えていない彼女との最初の出会いを思い出す。
    それは数年前、自分が学園都市で魔術師を目指したころ。
    瀕死の自分を救った金の髪の聖女の姿。
    それが自分の全てを変えた。
    彼女と共にありたく、彼女の役に立ちたく、彼女を守るために力を望み、
    魔術を捨てて剣の腕を磨いた。
    彼女に会いたく、教会へと入った。
    しかし、教会の聖女は彼女ではなかった。
    諦めていた、しかし、やっと彼女を見つけた。
    両手の剣に誓いを立てる。
    強くなろう、彼女と共にあるために。
    強くなろう、彼女の横に立つために。
    強くなろう、彼女を守れるように。
    強くなろう、彼女の件に誇れるように。






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■136 / 親記事)  双剣伝〜序章〜
□投稿者/ 黒い鳩 -(2005/01/26(Wed) 11:21:11)
    2005/01/26(Wed) 20:18:04 編集(管理者)

    ズギャ!


    ドシュ!



    斃れ逝く人々…

    むせ返るほどの血臭…

    戦場の匂い…

    破滅の匂い…

    だが、俺はそれに慣れてしまって不思議と感じる事ができない…

    戦場こそが俺の生活の場であり、

    死と破滅は常に隣にあった…

    だが無数の屍が転がる中、俺は何時も一人だった…

    俺の名はクライス・クライン…だがこの名は俺にとって無価値なものだ…
    戦場で名乗りを上げる趣味はないし、騎士と言うわけじゃない、
    それに名乗らなくても俺の事は誰もが知っていた…
    蒼の双剣士…俺の使う武器からとって、皆がそう呼ぶ…

    一度の戦場で百人の敵を屠った事もある。
    以来その二つ名は戦場では恐怖の代名詞として語られるようになった…
    それは17の男には過ぎた名だとは思っていたが否定する必要も無いので放って置いた。
    その所為で俺に突っかかってくる奴も多かったが、数回相手にしてやると大抵おとなしくなった…

    俺の持つ二本目の剣、それを抜かせる事のできる人間が一人もいなかったのだ…
    そういった、パフォーマンスによる売名は、
    フリーランスの傭兵である俺が自分を高く売りつける事ができる武器なので重宝してはいた。

    だが、七年前ラザローンに引越しさえしなければ、そう思う事がある…
    その前に住んでいた町…村と言った方がいいのかもしれないが、
    スノウトワイライト…不気味なネーミングだが町自体は素朴な所だった…

    ラザローンに移り住み、最初のうちは何事も無かった…
    しかし、そこはビフロスト連邦との国境線に位置する町だったのだ…
    その年までは平穏な町だったのだが、俺が引っ越して半年後から、殆ど毎年のようにラザローンは戦場となった…
    それまでの町長が外交手腕を発揮して上手く取りまとめていたのだが、突然暗殺されたのだ。
    それ以来、次の町長が決まっても、とても外交など出来る状況でもなくラザローンは何度も国を変える羽目になった…
    戦争だったり、外交のコマとしてだったりしたが、僅か二年の内に5回もエインフェリアとビフロストの間で取り合われた。

    最初は比較的理性的だった(ただ酒や女を犯すと言った部分はあったものの)兵士達もやがて野盗と変わらないほどに荒んだ者たちとなり。
    最後は両軍が町そのものを戦場にした…
    何でも大規模な戦略級魔法の実験に使われたらしい…これによってラザローンは壊滅した。
    俺の両親も、ラザローンで出来た友人も、学校も、商店街の人達も全て…
    生き残ったのは俺を含めて十人に満たない数だったらしい…
    使ったビフロストもあまりの威力にこの戦略級魔法を禁呪に認定して二度と使わない事を決めたらしい。
    しかし、恐怖の対象としてすべとの人々の心に刻まれる事となった…

    何故それほどまでにラザローンが狙われたのか、当時は分からなかったが、今では分かるようになった。
    ビフロスト連邦は歴史の浅い国なので、多数民族の議会制度をとっている…
    中でも、元エインフェリア貴族だった者たちは元の王国内の所領を自らの物であると唱える物が多い。
    没落した物も多くいるが、大抵ビフロストと通じていたと判断されて王国を追い出された貴族なので、資金もそれなりに持っていることが多い。
    ビフロストはその性質上どうしても政治献金に弱い一面があるため、そういった名目の金を受け取る政治家も多い…

    また、王国北方にある妖精族との国境線がのどから手が出るほど欲しいという一面もある。
    魔科学を行う為のミスリルを買いあさるにも現状ではエインフェリア王国を通さねばならず、軍事面での情報が筒抜けになりがちだ…
    だから、元貴族の所領であり、妖精族の領地までの距離を縮め安いラザローンの位置は一番攻めやすい土地だったのだ。

    俺は、その時ビフロストの傭兵に拾われた…
    憎い兵士達ではあったが、生き残るために媚びへつらった。
    そして、復讐をする為、寝る間も惜しんで剣術を覚えた。
    重労働、体罰、は当たり前だったが、俺にとっては肉体の痛みなどたいした事ではなくなっていた…

    戦場にも出た、最初にやったのは戦場泥棒だった…
    死体から、武器、防具、財布、服、(時には金歯等も)等を拾ってくる最も卑しい仕事だ…
    だが、俺にとってもチャンスだったのは確かだ。
    俺は拾った中で最もいいものは決して表には出さず隠し持っていた。
    出せば取り上げられる事は分かりきっていたので、何度も場所を変え必死で隠した。

    そして、とうとう戦場で戦いをするようになった。
    最初は戦場に出るたび吐いた。
    死体の匂いは慣れていたが、鮮血の匂いは又違った物だった。
    だが、それよりも、相手の必死さとそれを打ち殺す自分の異常さに胸が悪くなった。

    しかし、二年もすると殺人そのものに何も感じなくなった…
    戦場と言う場所柄の所為かそれが普通になってしまった。
    そして、俺の十五の誕生日、それは起こった…

    俺の寝ている天幕に、一人の傭兵が入ってきた。
    その男は俺にこう言った、「お前を一晩、団長から買った」
    俺は目の前が真っ暗になるのを覚えた。
    俺は怒りのあまりその男を隠し持っていた剣で突き殺した。
    俺が天幕に隠していた二本の剣、それこそ、かつては巨人に打ち鍛えられたとする伝説の剣オーディンスォウド。
    この二本一対の剣だけは常に自分のボロ天幕の中に隠すようにしていたのだ…
    そして、俺の復讐の宴が始まった…

    気が付いた時は既に傭兵団は壊滅しており。団長の頭に剣を突き入れた後だった…
    もちろん気を失っていたわけでも、ましてや操られていたわけでもない。
    この傭兵団が、俺の両親を殺した事を知っていただけの事だ。
    狂乱していた、唯それだけの事…

    それ以来俺はビフロストと戦える戦場を中心にフリーランスの傭兵をやるようになった…
    傭兵団の壊滅について何か言われたことはない、魔物によって傭兵団が壊滅した事になっているからだ。
    ある意味間違ってはいないがな…

    もちろん、ビフロストと同じようにエインフェリアも嫌いだが、例の禁呪を使った者たちをこの手で潰してやりたい、
    そういう思いが募っている所為だ。

    だが、これで良いのかと思う時がある。
    この二本の剣は俺を生かし続けている…
    しかし、俺は何の為に生きているのか…
    復讐の為? 確かにそうだ…だが、俺はその為に一体何人犠牲にしてきたのか…
    俺は間違いなく千人近い人間をこの手で殺している。
    それは、禁呪を使った奴らとどんな違いがあるのか…
    今更良心が疼く等と気取るつもりは無い。
    だが、俺は…

    いかんな、目の前の戦場に集中しなくては…
    俺は残敵の掃討を始める…
    そして、この戦場での決着がついた…また生き残ることが出来たらしい…

    戦局はこちらが不利だが、この局面においては盛り返している…
    傭兵達が死体を漁りながら次の戦場へと移動する中、俺は異常な気配に気付いた…
    その気配は徐々に近づいてくる…
    俺は立ち止まり、死屍累々とした、戦場後を見る…
    そこに、突然声がかけられた…

    「随分殺すんだな、この戦争の決着は既についている様に見えるが…」

    無数の屍を超えて、俺の目の前に銀髪をなびかせた少女が立った…
    その少女はどう見ても十代前半、ほっそりとした体格から、かなり幼くも見えるが、味方にこんな兵士がいない事は良く知っている…
    今回の敵国である、エインフェリアの兵士だろう…
    少女の見た目からは兵士には見えないが、その飄々とした表情、戦場での動揺なのなさ、そして何よりその気配から強敵である事が分かる…

    「貴様、何者だ?」
    「人に尋ねるときは先ず自分からって…まあいいか、シルヴィス・エアハート…長いからヴィズでもいいよ」
    「…」
    「…礼儀を知らない人だね、自分は名乗らないつもりかい?」
    「シッ!」

    俺はシルヴィスと名乗った少女に向かって突撃をかけた、少女は構えを見せない…
    無防備な体勢できょとんとした表情のままだが、隙を見つけることが出来ない…
    一刀目を上段から打ち込むシルヴィスはそれを身を捻りつつ避ける…
    俺は左の二刀目を跳ね上げ足元から切り裂こうとしたが、シルヴィスは飛びずさって距離をとった…

    「さすが、『蒼の双剣士』我流の剣でそこまで使えるとはね…オーディンスォウドだけ持って帰ろうと思っていたけど気が変わったよ」
    「何!? 貴様この剣の事を知っているのか!?」
    「多分君よりもね…でも、その力は凄いね…君にも興味が沸いてきたよ」
    「…貴様!」

    俺は不利を自覚していた、二刀を使ってかする事もできない人間が存在するとは…
    しかも、シルヴィスはまだ余裕を持っている事が表情からも見て取れた…
    俺は二刀を右の肩に背負うように構えなおす…この状態では相手の知らない、それでいて強力な技でなければ対抗出来ないだろう…
    だから、俺は自分に出来る最高の技で行く事にした…

    「目つきが変わったね、それでこそ『蒼の双剣士』冷静な判断だ、でも私は君を逃すつもりはないからね…使わせてもらうよ」

    シルヴィスはどこからともなく、そう明らかに無かった筈の剣を取り出す…
    そして、その剣を正眼に構えた…
    その剣の鍔には見覚えのある紋章が刻まれている…
    王冠の周りで二匹の竜が絡み合う紋章そして、紋章の中央にUのマークが…
    あれは…あの剣は…

    「セイブ・ザ・クイーン…まさか王国宮廷騎士団(テンプルナイツ)か!」
    「よく知っているね」
    「だが、ナンバーツーは、剣の公爵ランディス・V・エンローディアの筈…」
    「そうだね、でもVは略語、VはヴァネットのV…」
    「まさか…」
    「そう、父方の呼び名はシルヴィア・ヴァネット・エンローディアという事になる」
    「なるほどな」

    剣の公爵の娘は僅か13にして公爵の力を超えたと噂になったことがある…そして公爵の剣を既に受け継いでいるとも…
    しかし、Vが何の略であるのか知る物は少ない、少なくとも将軍クラスの実力者にしか知らされていないのだ…その名を知ることは非常な名誉とされている。
    つまり、彼女は一介の兵士ではありえないという事…もちろん、嘘である可能性もあるが、実力は本物だ…
    王国でもトップクラスの実力の持ち主であるシルヴィアと敵対するという事は死を意味する…だが、俺はまだ死ぬわけには行かない…

    「どう、怖気づいた?」
    「ああ、そうだな!」

    俺は、シルヴィスに向かい二刀を一気に振りぬく、シルヴィスはそれを無視して突っ込んでくる…
    振り下ろされる二刀に彼女は体を巻き込みながら剣で受ける、ガキン!と激しい金属音が鳴り、俺の剣が弾き上げられる…
    シルヴィスは体を回転させながら吹き飛ぶが器用に着地、そのまま再度突撃をかけてくる…
    俺は振りぬいた体勢のまま、彼女の突撃を待った…
    だが、シルヴィスは一瞬硬直して飛びずさる…その先には一本の剣が突き刺さっていた…

    「まいったな、まさか弾き上げられたのにあわせ、一本剣を空中に投げ上げているなんて…」
    「それで、終わりだと思うか」

    俺は、突き刺さった剣に向けて突撃する、もちろんその向こうにはシルヴィスがいるが、俺はそのまま剣に向かって突き進んだ…

    「剣を取らせると思う?」

    そういい、シルヴィスもこちらに走りこんでくる、だが、俺の方が一瞬早くたどり着いた…
    だが、剣を引き抜いている暇は無い…俺は、剣の鍔を足場にしてシルヴィスに向かって跳んだ!

    「なっ!?」

    彼女は驚愕するが、直ぐに自らもジャンプし俺に向かって飛び込んでくる…
    俺は剣を振り下ろし彼女に叩きつけようとするが、彼女の一閃は俺よりも早かった…

    キィィィン!!

    俺の剣は弾き飛ばされ体制が崩れる…
    そのまま落下を開始した…
    そかし、その先には剣を振りぬいたばかりのシルヴィスがいた…
    俺は体勢を立て直しひざを叩き込もうとするが、シルヴィスに蹴り飛ばされ頭が下になる…
    シルヴィス自身も体勢を崩したらしい…
    俺達は揉み合うようにしながら地面に激突した…

    「…!!」
    「…?」

    俺は、一瞬どうなっているのか分からなかったが、どうやら自分が下敷きにされているらしいこと、絡み合うように落ちた所為で密着している事。
    そして、唇にやわらかい物が触れていることがわかった…

    「わっ…」
    「わ?」
    「私のファーストキスー!!?」

    俺はその言葉と共にマウントポジションからの攻撃を加えられ、全身打撲になるほど殴られてしまった(汗)
    気が遠くなる俺に、遠くから『バカ』というような声が聞こえた気がした…
引用返信/返信

▽[全レス6件(ResNo.2-6 表示)]
■183 / ResNo.2)  双剣伝〜第二章〜『家』
□投稿者/ 黒い鳩 -(2005/04/12(Tue) 11:44:56)
    エンローディア公ランディスに仕事の内容を聞き、俺は引き受ける事を決めた。
    元々俺に選択肢があった訳でもないが、報酬が本当に支払われるのなら魅力的な話だ。
    俺はどの道この国では戦犯に近い存在だ、断れば投獄されても文句は言えなかったろうしな…
    どちらにしても、俺に選択肢など無かっただろう…

    仕事の内容は魔族の討伐。
    ただ、普通の意味ではない…魔族がどこに現れたから討伐するとかそういう意味ではなく魔族の幹部格である、爵位を持つものを狩るという事だ。
    王国内では現在爵位を持つ魔族が8体確認されている。
    アイゼンブルグ内にはあと幾つかいるらしいが、領域侵犯になる為確認が取れていない。
    内、王国に協力的な魔族を引いて、5体の殲滅対象がある。
    脅威度は様々だが、場合によっては王国内に独立区を打ちたて王を名乗っている輩もいる。
    討伐対象とはそれらの事だ、俺自身そんな輩とまともに戦って勝てるとは思えないが、オーディンスォウドにはそれらに対する切り札となりうるらしい。
    本来なら騎士団を向かわせて討伐と行く所だが世情が不安定で国内に軍を派遣するのが難しい現状にある。
    いや、正確にはそういう現状にあるからこそ、そんな輩が跋扈する結果になったというべきか。

    報酬は基本的に金塊で支払われる。情報は5体全ての殲滅後という事になっている。
    討伐は三ヵ月後から始める事になる、それまでにシルヴィスが俺を鍛えなおすと言っているが…

    シルヴィスは俺を連れて町の一角に向かう、要件を告げずに連れ出したのは何か理由があるのだろうか。

    「クライス…君もわかっていると思うけど王国内では君はあまり良い印象をもたれていない。理由はわかる?」
    「ああ…俺が雇われていた所は小国や反政府グループを含め中央四大国の敵ばかりだ。名前も知れ渡っているしな…」
    「君は戦犯に近い人間とみなされている。だから今は名を変えないといけない」
    「名を…な」
    「そう、その為と君の衣食住の確保のためにこれから君の住む家を案内しようと思ってね」
    「なるほどな、分かった」

    俺はシルヴィスに連れられてリディスタの南、列車の駅の近くにある屋敷の前まで来る。
    そこでは既に事情を聞かされていたらしい男が門前に立っていた。
    男は使用人という風ではない、そもそも屋敷といってもそれほど大きなものではなく、一般の家より一回り大きいという程度。
    小金もちといった風情だ。だが、目の前に立つ男はやり手らしさが伺える。
    しかも、魔法使いらしき雰囲気を纏い、威圧すらしている。
    家は兎も角、この男は只者ではないのだろう。
    その男は様子を伺っている俺に気付き、シルヴィスへの挨拶を済ますと、俺に話しかけて来た。

    「はじめまして。私はこの屋敷の主でディオールという。君のような若者で安心したよ。それくらいなら私の子供でも問題ないだろう。これからよろしく」
    「あっ…ああ」
    「どうしたのかね? はじめてで緊張しているのかな? ははは、緊張することはない。私は魔術師としては下っ端だ、君には敵わんよ」
    「詳しいんだな」
    「昨日のうちにシルヴィス嬢から連絡を受けている。君の二つ名も聞き及んでいるよ」
    「そうか…名を知っても俺をおくというんだな?」
    「ああ、その事を気にしていたのかい。この町はランディス閣下の庇護の下かなりの自治が認められているからね。
     この町でランディス閣下に逆らうものなどいないよ。そでに今日から君の名はレイヴァンだ。クライスと言う名の人間はいない」
    「ああ、そうだったな…」
    「よろしくお願いするよ。それでは早速…」
    「ディオールさん、申し訳ないけどまだやることがあるんです。後ほどまた伺いますので」
    「そうかね、残念だよ。明日には娘も帰ってくるから今日のうちに一通り家のことや周辺の地理を教えておこうと思ったのだが」
    「ごめんなさい、でも」
    「ああ、分かっているよ君達も若いんだし楽しんでおいで」
    「あ、はい…って違います!」
    「…」

    妙なコントが始まりそうな気がしたので俺はさっさと屋敷を離れた。
    シルヴィスは、俺がいなくなったのに気付いて勢い込んで追ってくる。
    何か怒っているようだが、気にする気にもなれない、まあそのうちおさまるだろう…

    リディスタを出、ある程度人里から離れて森の中にはいる、そして森の中を進んでいく…
    ある程度奥まった所に入り込んだ後、シルヴィスが俺に向き直る。
    その先を見た俺はなるほどとひとりごちる。
    その先にあったのは円形に切り取られたように存在する、広場のような場所だった。

    「ここが私たちの修練場。雨が降ったら使いにくいのが難点だけど、まあ戦場を選んでもいられなかったでしょう?」
    「まあな、しかしわざわざ森の中まで来るとは、秘密特訓とでも言うつもりか?」
    「近い…かな? 君にこれから教えるのは剣術だけじゃない。正直見ても覚えられる人間がそういるとは思えないけど、
     呼吸法から剣の発動に至るまであらゆる戦闘の知識を教え込むからね、特に剣の発動については危険だし、一般の人に簡単にやってもらっても困る」
    「危険か…いったいどうなるんだ?」
    「下手をすると使った本人は魔力を全て吸い取られて灰になるし、発動したらどんな被害が出るか…」
    「…そんなに危険なものなのか、この剣は」
    「まあね、でも持ち主を選ぶ剣だから普通の人では持ち上げることも出来ないけれど」
    「? どういう意味だ?」
    「その剣は持ち主と定めた者以外が持ち上げようとした場合100倍の重さになって持つ人間を拒む、そういう剣なんだよそれは」
    「なるほどな」

    納得して剣を見る、刃の所に浮き出ている文様は何か意味があると思っていたが…
    かなり魔術的な要素を持つ剣の様だ…俺にとっては切れ味の鋭い剣という以上の事はなかったのだが…
    シルヴィスたちが欲しがった理由もそこにあるのだろう、使い手などと俺を評したのもこの剣を使うことが出来ているという意味だとすると、つじつまが合う。

    「じゃあ、早速はじめるか、先ずはおさらいからかな?」
    「つまり模擬線か、俺は全力でかかってもいいんだな?」
    「ああ、がんばって私を傷つけてみてくれ。もっともこの間は私も全力じゃなかったから、覚悟しておいてよ」

    そう言うと、お互いに広場の両端まで移動する。そして構えを取り、ジリジリと動き出す。
    俺は先手を打って出ることにした、そもそもこの女の手を読めるほど戦ったわけではないし、傭兵の戦いに二度はない…
    敵を知らずに戦うのだ、相応の戦い方と言うものがある。突撃をするように見せかけ地面をすべるように下段の払いで一刀を降りぬく。
    もう一刀はその動きの終わりきる前に突き出されていた。

    「流石にいい動きをするね…」
    「避わしてから言う言葉じゃないな」
    「なら今度は私が行くよ」

    シルヴィスは腰を捻って避わしざまひねりを使ってすべる様に回転、俺の背後に一刀を落とす。
    俺は転がりながら剣を避わす、しかし、シルヴィスは既に追撃の体勢を整えていた、地を這うような突きが繰り出される…

    「ほらほら、その程度なら死ぬことになるよ!」
    「ガッ」

    突きを飛び起きながら避けた所に今度はつま先が叩き込まれる。
    俺は胃液がこみ上げてくるのを感じたが、どうにか飲み込むと体勢を整えようとするが、
    その動きすら予測されていたらしい、俺ののど元に剣が突きつけられていた。

    「う〜ん、悪くは無いけどやっぱり無駄な動きが多いね…相手を読んで動ければ更に動きは早くなれるし、雑な動きをやめれば私とほぼ五分に戦えると思うけど…」
    「難題だな…」
    「まあ、ゆっくりやっていこう。徐々に身につくさきっと」

    無責任な台詞だな…彼女の年齢を考えれば人に教えたこともないだろう、大体彼女の剣術そのものは一種の特殊能力なのだから教えることが出来るのか?
    だが、そんな事を考えても仕方ない、俺は強くならなければならない理由がある。
    そのためなら、無理を押し通すぐらいのことはやらないとな…

    「それじゃ、今回は呼吸法から教えることにするからよく聞いて」
    「ああ」
    「まず、呼吸法には何パターンかその職業にあったものがある」
    「聞いたことが無いな」
    「そりゃね、普通は意識してそういったことを調整する人はいないから。でも、必要なことなんだ人外と戦うには」
    「そうなのか?」
    「うん、中には呼吸法息吹(いぶき)だけで消えてしまうのもいるしね、そうでなくてもある程度力を減退させる効果がある」
    「…」
    「疑ってる? まあ仕方がないか…でも事実だから覚えてもらうよ」
    「わかった」
    「効果に関しては兎も角、この呼吸法には体を上手く動かす為のプロセスでもある。多分からだが今までより軽くなると思う」
    「わかった、やってみよう…どうすればいい?」
    「ある意味簡単、一回吸い込んで三回細かく息を吐く、これを繰り返すだけ」
    「分かった」

    俺は言われたとおりにその呼吸を繰り返す。
    しかし、特別何かが変わった気はしない、どういう事なんだ?

    「効果が無いようだが?」
    「勘違いしないで、そんなに直ぐに効果が出るものじゃないよ」
    「効果が出るまでどれくらいかかる?」
    「正確にはわからないけど、肉体がその呼吸に順応すれば体は軽くなってるはずだよ」
    「それまでどれくらいかかる」
    「一週間かな? 寝てる間も出来るようにならないと順応とはいえないけどね」
    「それはまた気の長い話だな」
    「まあ、直ぐに出来るようになるとは思えないけど出来るだけその呼吸を続けるようにしてみて」
    「わかった」

    俺としては強くなれるならどんな方法でも試すつもりだ。
    復讐を果たす為にも強くなければならないのだから…

    シルヴィスとの訓練を終え、これから寝泊りすることになる家にもう一度戻ることになった。
    もっとも、初対面の人間を信用するというのは無理な話だからいざと言う時は野宿でも何でもするつもりでいる。
    シルヴィスには勝てないため仕方ないが、他の奴に殺されてやるつもりもない。
    俺は、そんな事を考えながら、玄関前に立つ。
    そして、玄関の前で庭の花に水をやっている女性に声をかけた。
    女性は白い帽子をかぶっているため顔は良く見えないが、30代後半といった所か。
    女性は嬉しそうに庭の花を見ている。

    「この家の方ですか?」
    「あ、貴方はクライスちゃんね?」
    「ええ、そうですが」
    「はじめまして、私はマリーアといいます。お話は主人から伺ってますわ。今日からよろしくね?」
    「はっ、はい」
    「あ〜ん、もう可愛い♪」

    俺は、いきなり抱き付かれる羽目になった。
    本人は抱きすくめているつもりのようだが、背が低い為俺がしゃがみこまない限りどうしてもそう見えてしまうだろう…
    しかし…どういう事なんだ?

    「ああ、ごめんなさい。でもやっぱり男の子っていいわ。うちの娘も気に入るんじゃないかしら?」
    「?」
    「いえ、いっそのこと本当の子供になってもらえばいいな〜って」

    どこをどう考えれば、そういう結論になるのか…
    多分この人は天然なのだろうな。
    出来るだけ関わらないようにしよう、やり込められるだけだ。

    思えば、この先上手くやっていけるのか不安になってくる一日だった。
    しかし、俺を恐れない人々にどこか安らぎを感じてもいたのかもしれない…
引用返信/返信
■187 / ResNo.3)  双剣伝〜第三章〜『少女』
□投稿者/ 黒い鳩 -(2005/04/19(Tue) 23:56:32)
    2005/04/20(Wed) 00:48:46 編集(管理者)

    「クライスちゃん朝御飯できたわよ〜♪」
    「ありがとう。だが、俺の名はレイヴァンです。クライスという人間はいません」
    「え〜絶対クライスちゃんの方が可愛いのに〜。でもそうね〜内緒のほうがいいかもね、秘密の共有って何だかいいし〜♪」
    「…」
    「母さん、あんまり茶化してやるものじゃないよ。レイヴァン君も困っているじゃないか。
     それに名が知れてはレイヴァン君が狙われるかも知れない。母さんも注意するように」
    「もう、パパったら、硬いんだから〜。大丈夫よ! このコ強いんでしょう?」
    「それはそうだが、そうなるとこの場にいられなくなるかもしれないよ?」
    「それは駄目! せっかくかっこよくて可愛い子なんだから、うちの子になってもらわないと♪」
    「なら注意するように」
    「はぁ〜い」
    「…」

    朝から無駄にテンションが高いなマーリアさんは…
    しかし、家族か…俺には家族なんていないのに…

    スクランブルエッグとベーコンを乗せたトーストをかじりながら思う。
    俺にはこういう場にはそぐわない、戦場にいるほうが落ち着く。
    たった一人生き残ってしまった俺に、出来ることは復讐だけ。
    他のすべては、そのための布石。
    そう、俺にとってそれ以外の事は必要ない。
    復讐のためなら…何者であろうと切る!
    それだけだ、俺はただただそれだけの存在なのだから…
    忘れぬよう、その思いを胸に刻み付ける。
    心の傷こそその証。決して見失ってはいけないもの。
    だから俺は…

    「…ちゃん! レイヴァンちゃん! レイヴァンちゃん!! もう、クライスちゃん!!」
    「ん!?」
    「ん!? じゃ無いわよもう! 何度呼んでも返事しないんだから!」
    「すまない」
    「もう! 今日はね、私達の娘が帰ってくるの。そのために買出しとお掃除とお迎えをやるんだけど。分担でやることにしたの。手伝ってくれる?」
    「そうだな、今日は特に予定はない。別に構わないが?」
    「それじゃあね、お迎え行ってくれる?」
    「は? 俺はマーリアさんの娘の顔は知らないからな。迎えに行く意味がないだろう」
    「そんな事無いわよ! だって娘ほど分かりやすい容姿の人間はそういないわよ?」
    「だとしても、向こうが認識できなければ俺は誘拐犯と同じだ」
    「う〜ん。それも大丈夫だとおもうんだけとね〜」
    「兎に角、別の役を振ってくれ。迎えはディオールさんに任せたほうが良い」
    「まあいいわ。じゃあ買い物をお願いね? 町の案内は必要?」
    「いや、この前シルヴィスに教えてもらった」
    「そう、じゃあこのメモにあるものを買ってきてね」
    「わかった」
    「それと、マーリアさんなんて他人行儀で呼ばないでね♪ これからはママって呼んで♪」
    「…」

    俺は、マーリアさんの無茶な要求には従えそうに無かったので、そそくさと屋敷を出た。
    買い物リストに書かれているものは、基本的に夕食の買い物と俺が生活するための日用品だ。
    昨夜は客室に泊めさせてもらったが、これからもそういうふうにするわけにも行かない。
    幸い俺は手持ちの金があったのでそれを使うことにした。

    リディスタの町の構造は、北の砦と南の鉄道駅をつなぐ形で存在している。
    因みにリディスタの駅はアイゼンブルグ経由帝国方面、ビフロスト連邦方面、沿岸諸国方面、王都方面の四方に向かう交通の中心地であり、
    リディスタを大都市としているゆえんである。
    基本的にこの都市自体は織物産業が盛んである為、都市西部には染色工場が立ち並び噴煙を上げている。
    西部には大陸を貫くディローニュの大河が流れている為、染色をするのに適していたのだ。
    そして、その織物を買い付けに来る為に鉄道駅がいち早く出来、それと共に大都市化した。
    今や王国内最大の商業都市といってもいいのかもしれない。
    だが、当然海外からの人間の受け入れは治安の悪化を伴う、つまりこの町は国内でも指折りの治安の悪い都市であることは間違いない。
    しかし、大都市化したことでの国内のメリットもある、それは情報流通の早さだ。
    いち早く海外情勢や穀物、鉱物等の価格の高騰、下落を知ることが出来る。さらには表に出ない情報屋により、普通では得にくい情報も得られるようになっている。
    その流通速度から、人によっては王国の情報都市と呼ばれることもあるほどだ。

    そのような要所であるリディスタも、鉄道から軍を送り込まれれば都市を守りきることは難しいだろう。
    そこで、この都市に砦を設け迎撃にあたることになっているのである。
    ランディスがここの領主であるのもその辺りに理由があるのだろう。

    因みに東には住宅街が林立している、丁度ベッドタウンという感じだ。
    朝になると、町の東から西の工場に出勤していく人々を見かける事が多い。
    そして、俺が今から行く商店街は町の中央に位置する。
    駅の近辺に屋敷があるので、どうせなら駅近辺の店に行ってもいいのだが、夕食の買い物は兎も角、生活必需品は商店街にある。

    俺は頼まれた物と、自分の生活の為の物を購入すると帰途についた…
    その帰途の途中、不思議な光景と出くわした。

    「いやー!! 来ないでー!!」
    「そんなぁ! お姉様。私の愛を受け入れてください!」
    「私まだ12なんだから! そんなの知らない!」
    「12なら十分ですよー! 私は11です!」


    ばかばかしい台詞をのたまいながら、二人の少女が町の中央、つまり俺のいる方向に向かって突撃してくる。
    俺は係らないよう道の隅に寄ろうとするが…前を走る赤毛の少女が俺にめがけて方向転換してきた…

    「私は男が好きなの! このお兄さんみたいなカッコいい人がいいの!」
    「ええ〜!? やめてくださいユナ先輩! 男なんて不潔です!」
    「女同士の方がもっと不潔よ! いい!? シャロア! 金輪際私に付きまとわないで! …じゃないと燃やすわよ」 
    「私! ユナ先輩になら燃やされてもいいです!」
    「イヤー!! 助けてそこのお兄さん!!」
    「俺か?」
    「他にいないでしょ!」
    「出来れば係りたくないんだが…」
    「そうしてください! 私と先輩の愛の前に立ちふさがるなら潰しますから!」
    「こんなに可愛い少女が頼んでいるのに係りたくないなんて…貴方不能ね!?」
    「…」

    元気のいい子供達だな…
    赤毛の少女は、俺にすがるような目を送っている。
    もう一人のブロンドをカールさせた少女は俺を殺すような視線を送っている。
    町には変なのが居るから気をつけねばならないと言う事だな。
    そう思って俺が通り過ぎようとすると、赤毛の少女は俺の腕を取って無理やり腕を組んできた。

    「まさか、見捨てるつもりじゃないでしょうね?」
    「お姉様を放しなさい!!」
    「…頼むからよそでやってくれ…」
    「嘘でもいいから話し合わせなさいよ!」

    赤毛の少女が身体を俺に押し付けるようにして抗議してきた。
    それを見て、ブロンドをカールさせた少女は切れたらしい…

    「お姉様になんて事を!!」

    転瞬、何らかの呪文が発動したらしい。
    地面を抉り出しながら、岩の桐が出現する。

    ドシュ!

    「大丈夫か?」
    「あっ、ありがと…」

    俺は赤毛の少女を抱え上げながら槍の様に突き立つ岩の桐を回避する。
    その後も、二本三本と桐は出現したが、飛びずさって避ける。
    あの少女は魔術師のようだな。それも中級の魔術を使う…年齢にそぐわない高レベルな術者と言うことになる。

    「さて、一体どうしたものかな…」
    「シャロア…あんまりおいたが過ぎると、流石に私も我慢できないんだけど…」
    「何のことだ?」
    「お兄さん、さっきはありがと。ちょっとあの子を黙らせてくるね」
    「…」

    俺は止めるべきか迷ったがやめておいた、彼女達の服は同じ学園都市リュミエール・ゼロの制服だが、一つだけブロンドの少女と赤毛の少女の違いがあった。
    それは、制服の襟章だ。ブロンドの少女は学生の襟章なのに対し、赤毛の少女は院生の襟章をつけているのだ…
    あの年齢で院生…院生は上級魔道をある程度修めたものにしか入る事を許されない、エリート集団だ。
    もちろん魔科学科の院生はその限りでは無いが、彼女達は明らかに魔術学科の制服を着ている。
    それはつまり…

    「ネクトフォロウ」
    「あっ…! …!? …!! …」

    赤毛の少女が呪文唱えた瞬間、ブロンド少女が一瞬陽炎の様に揺らいだかと思うと、暫くして気絶した。
    あれは…かなり独特な呪文に見えたが…どういう事だ?

    「何?」
    「あの呪文はオリジナルか?」
    「うん、まあそうだけど似たようなのは結構あるよ。周囲の空気を瞬間的に熱して酸素を二酸化炭素に変えただけだから…
     これがお兄さんみたいな戦士だったら通用しないけど、あの子は魔術師だから逃げるのはどうしても遅いしね」
    「周囲の空気を燃やしたのか?」
    「まあ少し違うんだけど似たような物ね、化学反応とか結合とかはまだ学院内でも研究中な部分だし…でも一度見つけておけば応用はしやすいのよ」
    「…流石にわからんな」
    「ああ、ごめんなさい…つい学園内の人たちと同じ様に対応しちゃった。でもお兄さん結構鋭いから学園でもやっていけるかもね」
    「考えておく」
    「あの子の事は気にしないでいいから、生命力はゴキブリ並だし、直ぐに復活するでしょ。それより荷物大丈夫?」
    「ああ、場所が悪かったらさっきの岩に貫かれていたかもしれないが、幸いな」
    「あはは…(汗) ごめんね、今度ちゃんとお礼するから! 私の名前はユナ、ユナ・アレイヤよ! よろしくね♪」
    「俺はレイヴァン…レイヴァン・アレイヤ…ん?」
    「あれ?」
    「そういえば、マーリアさんに娘がいると言われていたが…」
    「うん、それあたし」

    気まずい空気が漂う…
    俺としてもこういう空気が好きな訳ではないので一つ聞いてみることにした。

    「確かディオールさんが迎えに行った筈なのだが…」
    「父さん? いたかも知んないけど…アレ」

    そう言ってユナは気絶している金髪の少女を指差す。
    それだけで言いたい事が伝わった。

    「分った、兎も角、ディオールさんの屋敷にもどろう」
    「うん、いいけど…お父さんが引き取ったって言う事は義兄さんになる訳ね?」
    「…いや、性格には名義を借りさせてもらって住まわせてもらっているだけだ」
    「そういうのを養子にとったっていうのよ!」
    「そうなのか?」
    「ふう…結構変なのね貴方…」
     
    酷い言われようだが、不思議とユナの表情は柔らかかった。
    俺たちは、金髪の少女…聞いたところによるとシャロア・レルフェイというらしいのだが…をそのままにして屋敷へと戻るのだった。
    後で聞いたところによると、シャロアはその日、魔法で騒乱を起こした咎で一日拘留されたらしい…

    屋敷に戻った後、ユナのおかえりなさいパーティと俺にいらっしゃいパーティとかいうのが開かれ一日中ドンちゃん騒ぎになっていた。
    正直俺は疲れ果てたが、アレイヤ家の人々は無駄にエネルギーが余っているらしい。
    次の日にはけろっとして朝食を食べていたのには驚いた…(汗)
引用返信/返信
■210 / ResNo.4)  双剣伝〜第四章〜『日常』
□投稿者/ 黒い鳩 -(2005/05/03(Tue) 13:04:52)
    2005/05/03(Tue) 13:06:18 編集(管理者)

    「お兄ちゃん! 起きて! お兄ちゃん!」
    「んっ…」
    「んふふっぅ〜起きないなら、脇の下くすぐっちゃうぞ〜!!」
    「ん!!」

    俺は一瞬背筋が寒くなるような気配に、目を覚ます。
    転瞬、剣をつかむ為腕が跳ね上がる…
    しかし、俺がつかんだのは剣ではなかった…
    何と言うか、すべすべした感触…

    「ほっぺたか?」
    「んなわけ無いでしょ! お兄ちゃんのバカー!!」

    俺に向かって何かが放たれる、
    これは、魔術か!
    俺はベッドから転がり落ちると体勢を整え立ち上がった。
    そこに更に衝撃波が幾つも飛来する。
    俺はそれを回避しつつ相手に話しかける。
    相手はどうやら赤毛の少女…ユナだったか…

    「悪かった、どこを触ったのか知らんが謝るから。魔術を止めてくれ!」
    「分らないの? 分らないんだ…」

    今度はユナは酷く落ち込んでいる…
    俺が触った所を判別できなかったくらいで何故それほど落ち込む? 

    「私も結構育ってきたと思うんだけどな…」
    「育って…ああ、胸か」
    「分るの遅すぎ!!」
    「そうはいってもな…」
    「何か言った?」
    「いや…」

    どうやらユナは胸の事を気にしているらしい、
    だが育ち始めているとは言っても12の少女、それほど大きくないのはむしろ当然。
    その年で巨乳だった日には逆に異常だろう…

    「じろじろ見ないでよ! お兄ちゃんのバカー!!」

    今度は俺の枕を投げつけてきた、まあ難しい年頃なんだろうな。
    正直、俺にはどうでもいいことだったので、別の質問に切り替えてみる。

    「所で、そのお兄ちゃんというのは一体なんだ?」
    「え? ああ、これから家族になるんだもん、昨日みたいにお兄さんや、レイヴァンさんじゃ変だから、お兄ちゃんって呼ぶ事にしたの」
    「いや、レイヴァンでいいんだが…」
    「駄目?」
    「いや、駄目というわけじゃ無いが…何故だ?」
    「私一人っ子だったから、お兄ちゃん欲しかったんだ。お兄さん結構格好良いし、特別にお兄ちゃんにしてあげる!」
    「はぁ、それは光栄だな」
    「ぶぅ! 何よその言い回し! 私のお兄ちゃんになるのが嫌なの!?」

    ユナは俺のベッドの上に座り込み、不満そうな目を向けてくる…
    戦場で暮らし続けてきた俺…それを当たり前だと感じていたのだが…
    目の前の少女にとってそういった事は想定外なのだろう、彼女は平和の象徴とでも言えばいいのか、
    何もかもが彼女にとっては普通の事なのだろう、だから知らない男の部屋に来てお兄ちゃん等とのたまえるのだ…
    彼女が魔術の才能を持っていようと、警戒心はまた別の問題だ、彼女はまだ警戒する必要のある世界に居ないと言う事なのだろう。

    「で、一体い何のようなんだ?」
    「あっ、うん朝食出来たから迎えに来たんだけど…」
    「分った、支度をするから先に行っていてくれ」
    「じゃあ先に行ってるねお兄ちゃん!」
    「…」

    俺はどうしていいのか分からず、渋い顔になっていただろう…
    ユナが扉を閉めるとき、寂しげな表情をしていた事に気付かなかった。

    俺は直ぐに支度を済ませ、朝食をとる。
    アレイヤ家の面々は相変わらず賑やかだ…
    ユナは飛び級で院生まで上り詰めてしまったので、半年の休暇を申請したらしい。
    冬まではここにいるとの事だった。
    よって、基本的にこの騒がしさから逃れる為には、さっさと依頼を実行するしかない訳だ。
    そのためにも。シルヴィスとの訓練を早く終わらせなければな…

    俺はいつもの森に向かいシルヴィスと訓練をする、
    爵位の魔族による被害はそれぞれ町ひとつの中でとどまってくれているので、今の内に最後までやってしまうとシルヴィスは言っていた。
    俺としても、急いで基本的な動きをマスターしたかったので丁度良かったとも言える。
    最近は、シルヴィスの動きにかなりついていけるようになっている、まだ戦えば十本に一本取れるかどうかといった所ではあるが…

    「流石青の双剣士、私の動きについて来れるようになった人は初めてだよ。でも、まだまだ甘い!」
    「クッ!」

    ガキィと言う音と共に俺が手に持っていた剣がはじかれる、こと剣による戦闘においてはほぼ勝ち目が無い。
    だが、俺に取っても好都合、剣をはじきあげられたその勢いで後方に向け回転(バク宙)しながら足を繰り出す。
    俺の脚がシルヴィスを掠める。互いに体勢を立て直す暇が出来た…

    「そう来るか…見切りはもう、ほぼ完璧だね…なら、私も本気でいくよ」
    「本気?」
    「肉体を強化する方法は色々ある、魔術による強化、機械的なサポート、属性効果の付与、補助によるスピードの加速、そして気による身体能力の向上…
     中でも魔術による強化は副作用は大きいものの、一時的に魔族と変わらない肉体になることも出来る。
     でも、反動が大きいしそればかり利用していると本来の戦い方が出来なくなる、頼り切ってしまうからね。
     それでは、魔族と変わらなくなる、意味が無い。それに剣士は基本的に魔術は得意じゃない。
     だから、気による戦闘力の向上を行う訳なんだ」
    「なるほどな、ではどれくらいの能力上昇が見られるのか見せてもらおう」
    「後悔しないことだ」
    「何を今更」
    「では、行く」

    シルヴィスは言った瞬間視界から消えた…
    そして、ゾクリとした感覚が俺を襲う、次の瞬間には腹部に拳がめり込んでいた…
    俺は何とか体勢を立て直そうと距離をとるが、シルヴィスは消えたと思うと既に背後に出現しており首筋に一撃お見舞いしてくれた。
    俺はそのまま倒れた、意識は何とか繋ぎとめている物のもう動けそうに無い。

    「反応が出来ただけでも凄いとは思うけどね、まあ秘伝とでも言うかな、実際これについて来れた人間はいないんだ…」
    「…」
    「君がこれをマスターすれば、訓練は終了。実戦に入る…て?」

    シルヴィスは言い終わった直後飛びずさる。
    直前までシルヴィスが居た場所を高速で火球が通り抜けた。
    シルヴィスはそれに対し舞うように離れていくが、その後をまるで追尾するように火球が追いかけてくる…
    シルヴィスは、一定の距離が開くと何かを引き抜く仕草をする、するとそこに無かった筈の剣がセイブ・ザ・クイーンが現れる。
    そして、火球とすれすれで交錯しすり抜ける。
    シルヴィスを通り抜けた火球は真っ二つになり、爆発四散した。

    「つけられたね?」
    「…?」
    「出てきなさい」

    シルヴィスが剣を突きつけた先の茂みから赤い髪の少女が顔を出す。
    まさか…

    「どうやって…」
    「お兄ちゃんゴメン…悪いとは思ったけど、魔術でマーキングさせてもらってたの…でも、その人は私が倒すからね!」
    「どういうことだ?」
    「ははは…勘違いされてるみたいだね私は…」
    「?」
    「そのの人! 私のお兄ちゃんをよくもいたぶってくれたわね! 敵は私が取る!」

    ユナはビシッという音が聞こえてきそうなくらい、シルヴィスに指を突きつける。
    シルヴィスも苦笑いしている、もっとも、笑っていられる状況でもないと思うのだが…
    なぜなら、ユナは仮にも学園都市魔術科の院生、それも炎系を得意としている。
    上級魔道でも連発された日にはこんな森直ぐに焼け野原になってしまうだろう…

    「別にそんな必要は無い」
    「でも、お兄ちゃん…まさか…脅されてるの!?」
    「なんだか、想像力の豊かな子だね…にしても…」
    「何だ?」
    「お兄ちゃん? 凄いね君は…いつの間に彼女を引っ掛けたんだい?」

    シルヴィスの心の琴線に触れるものが合ったらしい彼女は俺を見て眉間をヒクヒクさせている。
    不可思議なオーラも立ち込めているように感じるだが…

    「何を言っている、アレイヤ家を紹介したのはお前だろう?」
    「お兄ちゃん、今その人のことお前って呼んだ?」

    いつの間にか、ユナも俺に近づいてきている…こちらは、背後が赤く染まっている…魔力が漏れ出しているらしい。
    何か不穏な雰囲気になりつつあるな…

    「…一体どうしたんだ」
    「ふふふ…」
    「えへへへ…」

    二人の放つ巨大なプレッシャーの前に俺はようやく動くようになった身体を後じさりさせる。
    彼女等はジリジリと近づいてくる。

    「まさか…お前等…」
    「ねえ、お兄ちゃんこれからは危ないから私が護衛してあげる…」
    「こんど訓練を全力でやってみないか?」
    「…知るか!!」

    そう言って俺はヤツラに背を向け全力で逃げ出した…
    思えば、これも平和の一場面なのかも知れない…
    死に掛けたけど(汗
引用返信/返信
■287 / ResNo.5)  双剣伝〜第五章〜『平穏の終わり』
□投稿者/ 黒い鳩 -(2006/06/13(Tue) 11:51:37)
    鳥形の魔物が空中から襲い掛かる、
    10匹以上の魔物は連続して地面に衝突しかねない速度でつっこんでくる。
    その先には一人の男がいた、黒髪が青みがかって見える長身の男である。
    男は双眸に鋭い光を湛えている、落ち着いて、しかしその激情がにじみ出るような目が、
    俯瞰するように迫る魔物達を睨みすえる。

    しかし、魔物がその程度で怯むはずもなく、10匹を超える魔物は空中から激突する。
    その衝撃で、地面に穴が開き、土煙が上がり、爆発すら発生し、中心を破砕する。
    男はもう跡形も残っていないだろう、人が魔物に敵うという考えさえ愚かしく思える。
    もうもうとした煙が晴れた後には数mのクレーターが発生していた。
    男が消滅したと思った魔物たちはそれぞれの鳴き声で凱歌をあげる……。

    しかしその魔物たちは一瞬で沈黙した。
    鳴き声をあげていた魔物の顔の上半分がずり落ち、下あごから血が飛び散る。
    次の獲物を探すためにまた飛び立とうとしていた魔物の翼が両方ぼとぼとと落ちたと思うと、両手両足も一緒に分離した。
    リーダーらしき魔物が驚いて振り向こうとすると、体が斜めに二つに割れた。
    その場にいる魔物は、数秒のうちに全て切り裂かれ自らの血の海に沈んだ。
    そして、それらから少し離れた場所で剣を鞘に収めるチンッという音が聞こえた。

    「流石じゃないか、気による身体強化もほぼマスターしたみたいだね」
    「まだ80%といったところだ、安定感が微妙だな」

    まるで浮かび上がるように気配を現した少女に、長身の男は何気なく答える。
    少女は不満そうな風もなく、口元で少し微笑むと、男の肩を叩きながら言う。

    「私も100%マスターしているとはいえないよ。
     兎に角、これで免許皆伝、既に目的地にいるわけだから、頼りにしているよ?」
    「……。まあ、足手まといにならない程度に頑張るさ」

    二人の影は、妖気漂う山間の村へと消えていった。










    時は数日前に遡る。

    相変わらず俺はシルヴィスの訓練をうけ、気による強化を身に着けようとしていた。
    時折、義妹になったユナが乱入してくるものの、それなりに成果を出しつつある。

    「ねーねー、お兄ちゃん。買い物行こうよ〜」
    「……」
    「そっちのお姉さん十分強いんだし、いざとなったら私も力を貸すからさ。たまにはいいでしょ?」
    「……」

    お陰で俺の戦闘力は格段に上がっている、しかし、まだ安定して気を使えている実感はない。
    俺は復讐のためにも、こんな所で留まっているわけにはいかない。
    いかないのだが……。

    「ねーねー、年増より〜」
    「誰が年増か!! 私は15歳だ! もうちょっとで16になるけど……っていうか、まだ大人にすらなってない!」
    「えー、でも12の私から見たら、ねー」
    「そんなの自分が小娘なだけでしょ?」
    「……#」
    「……#」

    シルヴィスもそんな子供のいう事を真に受けなくてもいいだろうに……。
    とはいえ、訓練もひと段落ついたので、ご機嫌を取っておくか。
    この二人の戦闘は半径数キロを焦土に変えかねない。

    「少し喫茶店でも寄っていくか」
    「あっそれいいね〜」
    「ちょ、クラ……っとレイヴァン。課題の方は?」
    「気の放出の課題なら……」

    俺が指差した先、自然石の巨大な岩は崩れ落ちていた。
    剣戟の衝撃ではなく、手で触っただけの状態から気の放出によって石を破砕する方法だ。
    これは、常に気を発する呼吸が出来ていないと上手くいかないため、ここ一ヶ月近くこの訓練のみだった。
    今日やっと終わったのだが、二人は自分達の戦いに忙しかったため気がつかなかったというわけだ。

    「なるほどね、確かに出来たみたいね」
    「へぇー、凄いね。魔法も使わずにこんな事が出来るなんて」
    「気といっても体内のマナを使ったものである事は間違いない。魔法と源泉は同じだがな」
    「なるほど〜、じゃ喫」
    「じゃあ、気による身体能力の強化やってみる?」

    ユナが喫茶店に俺を連れて行こうとしたのを遮って、シルヴィスが訓練の続きを促そうとしている。
    確かに、俺はそのために訓練を受けているんだから当然なのだが。

    「ちょっと!」
    「はいはい、喫茶店には行ってあげるわよ。でも普通に行ってもつまらないでしょ?」
    「?」

    そう言って、シルヴィスは少し口元をゆがめる。
    何をさせるつもりなのか知らないが……あまりこういう表情の彼女の相手をしたいとは思えない。

    「じゃ、ユナちゃん。レイヴァンの肩に乗って」
    「?」

    不思議そうな顔をしながらもユナは俺にしゃがむ様に言って、首に手を回し、右肩に腰掛ける。

    「こんな感じ?」
    「それでいいよ……じゃ、はいっと」

    次はシルヴィスが左肩にぽんと、体重を感じさせない軽やかさで飛び上がりながら腰掛ける。

    「……」
    「じゃあ、これで3分以内で喫茶店に行って?」
    「何!?」

    喫茶店までは俺が全力で走っても10分はかかる。
    まして、両肩に女性とはいえ人間を乗せているのだ……。

    「!」
    「そういうこと、気で強化しないと3分以内なんて無理だよ」
    「やりかたは?」
    「岩を砕いたときは気を岩の中で爆発させたでしょ? その時の経路に気を流し循環させていればいい」

    俺は言われたとおり、気を循環させる事を考える。
    破砕に使った経路が少しづつ馴染み、また意識を傾ける事で体の活性化を促す事が出来る事がわかった。
    徐々に経路に流す気を増やし、体内を循環させて元の場所に戻す。
    繰り返す事で、どんどん気が高まるのを感じる。
    すでに、両肩の二人の体重は羽根の様なものに思えた。

    「なるほどな……」

    俺は軽く走り出した、時間がゆっくり流れているのが分かる。
    もどかしいが、同時にこの状態は凄まじい速度の上にあることが分かった。
    走る一歩が10m近くも浮いたままだった。
    軽く走っているにも拘らずである。
    これなら3分どころか2分もかかるまい。

    「凄い凄いー!」
    「流石ね、こんなに早く身に着けるなんて。これならそろそろ……」

    そう、俺は爵位の魔族を狩る為に雇われた身だ、いつまでも遊んでいるわけにも行かないだろう。
    だが、不思議と不安はなかった。

    「所で、どうやって元の状態に戻るんだ?」
    「え?」
    「いや、気を流しっぱなしにしていると。力が上がりすぎて止まれないんだが……」
    「ああ! そういや、沈め方。放出する方法しか教えてなかったっけ!?」
    「えええ?! ない考えていんのよ、この年増!! 先に止め方から教えるのが普通でしょうが!!」
    「だって、こんなに早くマスターするなんて思ってなかったから……」
    「って、喫茶店! 喫茶店がぁ!?」 

    その日喫茶店が一軒リディスタの街から消えた……(汗)
    全壊した建物や内部の物品は俺の報酬から差っぴきらしい。
    もとから多かったものだから文句をいう気はないが……。

    その日の夜、俺達は初めて魔族討伐へと向かう事になった。
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■289 / ResNo.6)  双剣伝〜第六章〜『初戦』
□投稿者/ 黒い鳩 -(2006/06/16(Fri) 11:08:05)
    2006/06/16(Fri) 11:17:17 編集(管理者)

    「これは……」

    俺が最初につぶやいたのは、驚きだった。
    もちろん、覚悟はしていたつもりだ、魔族に支配された地区。
    連邦には魔族が普通に生活しているところもあると聞いた事があるが、これは明らかに違っている。

    空間が歪んでいる。
    終わり無き諦観の地『ギヌンガプヌ』魔界の住人は自らの世界をそう呼ぶと言うが。
    歪んだ空間の中には正に何もかもが終わってしまったかのような、白い灰が固まって出来たような世界。
    ここに町があった事すら感じさせないほど、ただただ白い。
    寒さを感じるわけではないが、空漠とした寂寥感が心の中に募っていくようだった。

    俺は思考を切り替える。
    魔族等所詮世界に巣食う害虫、現在の世界を『ギヌンガプヌ』と同じにするために動いているに過ぎない。
    そして、俺はただそれを刈り取るだけ、それ以上でも以下でもない。

    「どうしたの? 初めてだから怖い?」
    「……さあな、少なくとも今のところは問題ない」
    「ふーん、では行こうか。ここを占拠しているのはプロギッシャウ男爵。細かい戦闘法は不明だけど空間を操るらしい」

    なるほどな、それで町の中が万華鏡のようになっているのか。
    中に入ってみて分かったのは、この空漠な世界が途中で途切れて切り替わる、そんな場所が至るところに存在しているという事だ。

    しかし、問題なのはどこを目的地として動けばいいのか分からないという事か。

    「シルヴィス、敵を探し出すにはどうすればいい?」
    「さあ、私もこんなところに来るのは初めてだしね。君が背負ったその剣がなければ私も遠慮したい所さ」
    「そういえば、この剣の事をまだ聞いていないな」
    「そうだね……教えたいところだけど、お客さんだよ」
    「この場合、出迎えの方が正しくないか?」
    「ふふ、この状況で冗談がいえるなら大丈夫だね、右翼を頼むよ」
    「了解」

    不思議な空間を歩いていて出くわしたのは怪物の集団だった。
    巨大なもの、不定形なもの、小さいもの、空を飛ぶもの、地を這うもの、色々ある。
    その数軽く100以上。
    例え簡単に倒せても、スタミナにはかなり響きそうだ。
    そう考えている間にもシルヴィスは敵陣に突っ込んでいく。

    「さて、俺も行くか」

    気による身体強化を軽めに発動。
    空に飛び上がり、先ず空中の敵に向かい飛びかかる。

    最初に向かってきた鳥風のモンスター数匹に向かい手に持っていたつぶてを放つ。
    ただの石ころだが、羽を痛めれば飛べなくなる。
    鳥風のモンスターは羽を打ち抜かれて墜落していった。

    続いて向かってきた蝙蝠の羽を持つ悪魔風の敵にもつぶてをぶつけるが、
    魔力で飛んでいるのだろう、羽が破れても関係なく向かってきた。
    俺は迫ってくる悪魔風のモンスターの蹴り足をつかみ、背中をよじ登って一気に首の骨を折った。

    俺が悪魔風のモンスターを屠っていると、巨大な鷲を思わせるシルエットが俺の上から急襲してくる。
    俺は、体勢をくるりと変えてモンスターを上にした。
    すると、巨大鷲はモンスターを引っつかみ上昇していった。

    引っつかんだ悪魔風のモンスターを俺に向けて放り出し、巨大鷲がもう一度突入をかけてきた。
    俺は、右の剣を抜き放ち地面に着地、再度飛び上がり巨大鷲と交錯する。
    俺にツメが少しかすったが巨大鷲は羽を真っ二つにされて地面に激突した。
    ついでにモンスターを何十匹か巻き込んでくれたのは行幸だろう。

    地面の敵も殆どは敵ではなかった。
    速度で数倍勝っているため、モンスターどもは止まって見えた。
    瞬く間に数十匹を屠り、シルヴィスと合流する。

    「はぁ……はぁ、少し息が上がってきたが楽勝だな」
    「そうだね、君なら相棒にしてもよさそうだ」
    「ふ、まだ息が上がっていないとは。流石だな」
    「クライスはまだ完全に気を制御できていないからね。制御次第では気を刃に乗せて放つ事も出来るらしいよ。
     東方の剣士はその能力に優れているとか」
    「飛び道具か……」

    一瞬昔の事が脳裏によぎった。
    誰か知り合いに東方の剣士の関係者がいたような気がする……。
    しかし、曖昧模糊としたその記憶は、すぐにまた記憶の底に沈んで行った。

    「しかし、あれはどうする?」
    「ああ、あれね」

    目の前にいるのは巨大なスライム。
    この先の空間へと続く道を完全にふさいでいた。
    10数メートルにも及ぶその巨体は剣で切り裂こうが、気を流して爆砕しようがすぐに再生する。
    消耗戦を仕掛ければそのうち魔力が尽きて再生できなくなるだろうが、こいつを倒せば終わりというわけじゃない。
    ザコで体力が尽きていてはボスまで行けない。流石にこんな所で野宿する気にもなれないしな。
    その間に再度モンスターを召喚されればそれまでだ。

    「さて、どうしたものか」
    「うーん、切り札は伏せておきたかった所だけど……」
    「何か考えがあるのか?」
    「それはね、君の剣の……」

    ドッゴーン!!

    いきなり、スライムが爆発した。
    木っ端微塵な爆発ぶりから自爆かとも思ったが、その後かけられた声に敵の攻撃ではないと悟る。

    「ふふーどう、お兄ちゃん? 私その早いだけの女より役に立つよ〜♪」
    「ぶっ、早いだけってどういう事だ!!?」
    「他に取りえないじゃない? 私は色々できるよ?」
    「あーのーね!」
    「それとも、他に何かできるの?」
    「ふーん、試してみるかい?」
    「そうねー」

    登場した途端にユナはシルヴィスに噛み付き、舌戦を繰り広げている。
    付けられていた、という事だろう。
    普通なら気配をさらしている人間に気付かない事などありえないが天才魔道士たる彼女なら朝飯前か。
    だが、そのお陰でさっきまでの緊張感はどこにも残っていなかった……。
    しかし、ある意味一触即発の状況も問題がある、というか趣旨から外れすぎだ。
    俺は二人を無視して先に進み始めた。

    「あ、ちょっと待ってよ、お兄ちゃん!」
    「コラ! 私を置いていこうとするな! 一人で突っ込んでも勝てないぞ!」

    緊張感は戻る事が無かったが、ここは懐かしい戦場だ。
    ほんの数ヶ月離れていただけだが、どこか懐かしい。
    それが人だろうが魔族だろうが、俺には同じだった。

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