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■216 / 親記事)  The world where it is dyed insanity-Chapter1-吟詠術士・第零節〜Epilogue〜
□投稿者/ 詩葉 -(2005/06/06(Mon) 01:21:46)
http://fun.poosan.net/melty-megle/
    2005/06/06(Mon) 01:25:00 編集(投稿者)



    何時の事だろう。最後に母のぬくもりに触れたのは。
    何時の事だろう。最後に父の優しさに触れたのは。
    何時の事だろう。最後に母と共に笑いあったのは。
    何時の事だろう。最後に父と共に笑いあったのは。
    何時の事だろう。最後に家族として四人で過ごしたのは。



    あの楽しかった時がまるで走馬灯のように記憶に蘇って行く。
    色彩の無いモノクロの世界。それはまるで私の涙を映しているようで。
    音の無い静寂な世界。それはまるで私の叫びを映しているようで。
    ただ闇だけが広がる空っぽの世界。それはまるで私の心を映しているようで。
    これは私の起源。私というモノを創り出し世界へと生み出した私の全て。

    幾年分もの記憶が過ぎ去り目の前に映し出されていた映像が赤く染まる。
    炎の様な淡くも強い赤と、鉄の錆びた匂いがするどす黒い朱がまるで絵の具を溶かしたかのようにグニャリと歪んだ螺旋を描いて交じり合って行く。互いに侵食しあうそれはまるで二体で一対のウロボロス。相手の身を食し己が体へと変え食される、終わりの無い苦痛と快楽の永遠地獄。
    だが、それは私が手を翳すとあっけなく終わりを告げる。始めからそうであったと言うかのようにそれは黒く固まりひとつの宝玉となる。
    手に取ったそれを口に含み、舌の上でコロコロと転がしながら先ほどの映像に思いを寄せる。


    あれは何時の事だったろうか・・・・・・。
    先ほどのようにたとえ色が無かろうとも鮮明であった映像とは違い、それは幾重ものの亀裂が入った荒い映像だった。そこには4人の男女がいてとても楽しそうに語り合い、笑っている。一片の影もなくただただ楽しそうに。
    何も知らない私はただその時を流れていくことしか出来なかった。異常である筈なのに何も知らないことを盾に普通でありたいと願い、何にも抗うことなく、何にも変革することなく、その時を過ごしていたのだ。



    だからだろうか。
    あの日あの時あの場所で。
    私の脳裏に刻まれた、決して消えないあの忌まわしい記憶の中で。









    ――――私が壊れたのは。





    狂気。

    私を示すのにそれ以上に適切な言葉は無いだろう。
    復讐という名の見えない鎖に雁字搦めに縛られ、その為だけに生き、全てを費やす。
    この目に映るのは赤く染まった狂気の世界。そしてその世界と平穏な日常とを区切る一本の境界線。
    一度でもその境界線を越えて狂気の世界へと踏み出してしまえば、今までの平穏に戻ることは適わなくなるだろう。

    私は今、その境界線上に立っている。
    本当ならば私は既に向こう側・・・・・・狂気の世界へと足を踏み入れていただろう。
    でも、私はここにいる。私が向こう側に行かぬように引き止める人が傍にいるから。これ以上私が壊れないようにと、これ以上私が離れていかないようにと、そう願って。

    でも。
    やはり、私は止まれない。
    たとえあの人だろうと私を止める事は出来ない。
    狂気であるが故に私なのだから。
    狂った歯車の噛み合わせは決して戻ることは無いのだから・・・・・・。

    ガリッと音を立てて舌の上の宝玉を噛み砕き飲み込む。
    形容しがたいとてつもない味に吐きそうになるが、それすら今の私には―――







    ―――とても甘美な味に感じた。















    ▽エインフェリア王国南部ラナドリス領東部の街道



    既に日が暮れ始め、人がいなくなった街道を真っ赤な夕日が赤く染め上げる。
    通常ここまで人がいなくなるのは完全に日が落ちてからであろうが、ここが田舎であることや近くの村からやや距離があり、尚且つ元々の交通量が少ない事が起因しているのだろう。
    人の通りが少ないという事は、つまり何かあった時に助けを求める事が出来ない可能性が高いという事だ。その為か夜が近づくと、偶々この辺りを通りがかった旅人や商人等を襲う夜盗が急増するのだ。
    その事実を知っているため付近の町や村に住む人々がこの時間帯に外出したり街道を歩く姿はよほど急がねばならないことでもない限りはまず見ることは無い。好んで夜盗に襲われたいというのなら別だが。



    つまるところ最終的に何が言いたいのかというと。


    「〜♪」

    鼻歌交じりでこの時間帯の街道を闊歩している少女が極めて異質であるということである。
    赤く燃える様な長い髪が特徴な彼女はまさに美少女と言っても欠損ないくらいに整った容姿をしており、それこそ夜盗のいい獲物になりそうだった。

    少女の名はリリス。リリス=スナタシス=アレイヤ。
    最近になってこの辺りを訪れた旅人の一人である。
    近くの村で宿を取っているためこの辺りで夜盗が出ることは聞いているはずだが、その忠告を軽く無視して夕方の散歩へと赴いたのである。
    今は宿で待っているはずの彼女の相方の青年は「散歩に行きたい」と言った彼女に別段驚くわけでもなく、むしろ呆れた様にため息をついていた。彼女がそのような突拍子も無い事を言い出すのは日常茶飯事であり決して今に始まったことではないのだ。
    その相方の様子を見て何故か肯定であると取ったらしく、彼女は村を出てこうして街道を歩いているわけである。

    少しずつ村から離れるにつれて綺麗な赤であった空が徐々に赤黒く、闇へと変色していた。
    立ち止まって空を見上げる。
    瞬く間に空は闇に侵食されていき世界は夜に変わろうとしている。
    その場で踵を返し今来た道を引き返す。さすがにこれ以上進むのには気が引けたのだ。
    別に夜盗と遭遇する事が恐ろしいわけではないのだが、そろそろ戻らねば村にたどり着くころには深夜になってしまう。
    さすがにそれは勘弁願いたいのかやや急ぎ足で街道を戻って―――いこうとしてその足を止めた。


    まるで獣のような動作で首だけを自身の左側に広がる林へと向ける。
    当然といえば当然だがそこには誰も居らず、ただ闇で奥を見通すことが出来そうにも無い林が広がっているだけだ。音もしなければ人の気配も無い。
    だが、リリスは間違いなく何かを感じていた。

    声と言うよりは・・・意思と言うべきか。
    本来感じるはずの無いそれは必死に彼女に何かを訴えかけてきている。
    それは風前に晒された灯火の様にひどく儚く、とても弱い。
    そのために聞き取ることが出来ずこの場を動くことが出来ない。夜盗がこの様な手段を使うとは思えないが、だからと言って危険性が全く無いのかと問われれば間違ってもイエスとは言えない。そうである以上わざわざ危険を冒す訳にはいかないのだ。

    そうして慎重に考え込んでいたリリスだが、何の前触れもなく突然林の方へと走り出した。
    およそ常人ではありえない速度で入り組んだ木々の間を縫う様に、全く減速せずに疾駆する。
    既に林の内部に入っているため足元を照らすのは葉の間から漏れる微かな星の光だけ。視界が悪く相当走りにくいはずだが彼女の足は的確に最も走りやすい大地を選別し林のある一点を目指す。


    声が聞こえたのだ。
    先程の認識する事すら困難な意思ではなく、声と証するに値するハッキリとした意思が。
    当然その声は生物の喉を介して音として発せられたわけではない。俗に念話と呼ばれる離れた相手に自分の意思を伝える事が出来る一種の魔法だ。
    しかし魔法が構築された形跡は全く伺えなかった。
    このリリスという少女はそれなりに魔法の教養がある。そのため魔法を発動させずとも構築しようと試みるだけでもそれを察知することが――――無論それが知覚できる距離である必要があるが――――出来る。
    故に魔法は構築されずに放たれたと考えられる。
    ソレはその時点で魔法と呼ぶには語弊があるかもしれない。詠唱を短縮しようが何をしようが、式を用いて構築する限りそれは魔法なのだ。逆に構築という途中経過を無視し始めからソレとして起こりえたのならソレは既に魔法とは呼べないからだ。


    暫く走り続けると急に開けた場所に出る。
    そこには恐らくは親子であろう二人の女性が倒れていた。

    錆びた鉄の様な嫌な匂いが辺りに充満している。
    森の奥の方から点々と血の跡が残っており、親子が倒れている足元の地面には血溜まりが出来ている。

    匂いに顔をしかめながらリリスは二人に近づいていき目の前でしゃがみこむ。

    「・・・・・・・・・ご冥福をお祈りします」

    リリスはそう言うと母親の開いたままの目を閉じさせた。
    彼女は既に死んでいた。
    まだ体が若干温かい為、つい先程・・・ほんのちょっと前に力尽きたのだとわかる。

    血溜まりの殆どは彼女の血液だろう。それほどに彼女が負っていた傷は酷いものであった。
    腹に大穴が開いており中から内臓が覗いている。これでは数分も生きてはいられまい。
    対して少女の方は傷と言える傷は負っていなかった。右瞼の辺りから血が流れているがこの辺りの怪我は傷の程度の割りに出血が多いものだ。気を失っているだけで大したことは無い。

    それが分かると、リリスは血に汚れるのにも関わらず少女を抱き起こしその背に背負った。
    長くこの場にとどまれば、彼女達が怪我をした原因となるものが現れる可能性がある。
    母親には悪いが弔っている余裕は無い。少女を背負っている今ならば夜盗に遭遇するだけでも十分に脅威となりえる。
    そう考えると少女が気絶していて本当に良かった。
    泣き叫ばれたりでもしたらいらない時間が掛かってしまうから。


    「・・・・・・・・・」

    広場の端まで移動したリリスは母親の方を振り向き静かに一礼した。
    そして行きと比べるとやや遅い速度で村へと繋がる街道を目指して走り出した。










    ▽エインフェリア王国南部ラナドリス領東部の村エドニス



    ソレは『娘を・・・ユナを助けて!』と言った。
    ソレは魔法として構築されずに、魔法の念話として具現した。
    死体を見る限り母親には魔法の素質は伺えなかった。ごく普通の一般人だろう。
    それならばそもそもが念話などできないのである。
    だがソレは事実として具現したのだ。それだけは覆らない。

    つまりは。
    あの母親は魔法の基盤となるべき要素を覆したのだ。自分の娘を守るために。自分の身を省みずに。
    それはまさに奇跡と呼ぶもの。子を思う母がなした最後の力。


    「私は・・・・・・助けられなかったんですね」

    その強き母を助けることが出来なかった事にリリスは悲しんでいた。
    ここは街道の近くの村、エドニス。急ぎ村へと帰ってきた彼女は自分が宿泊している施設に駆け込み、少女の手当てをした。
    最初に見た通り少女の怪我は大したことは無かった。何箇所か痣が出来ているが死に至るようなものは見当たらない。
    少しだけ安心した。この上にこの少女まで死なせてしまったのならどうしようかと思ったのだ。

    実際のところ、あの母親を助けることはまずできない状況であったのは理解はしている。どれだけ急ごうと彼女が生きている間にあの場所に辿り着く事は出来なかっただろう。だが、それでも彼女は悔やんでいた。自分が彼女が息絶える前に辿り着く事が出来れば。もし出来たのならば自分は何かを変える事ができたのではないだろうかと。
    終わりの無い『もしも』の世界。彼女はその呪縛に囚われていた。


    「そのくらいにしておけ」

    突然背後から響いてきた声に、リリスの意識は思考の海から強制的に呼び戻される。
    振り向くとそこには青い髪の青年が立っていた。整った綺麗な顔のつくりをしているため一見女性に見えなくも無い。顔に眼帯代わりのように黒い包帯の様な布を巻いており右目を窺うことは出来ないが、それとは違いハッキリと見える赤い左目は冷たくリリスを睨んでいた。

    「それ以上深みにはまれば、でてこれなくなるぞ」
    「・・・・・・わかっています」
    「いやわかってないな。お前が何を悔やんだところで現状は何も変わりはしない。過去における『もしも』など考えたところでどうしようもない。そもそもお前の話を聞いた限り魔法が使えないようでありながら念話を発現させたらしいな。それも、魔法として構築せずに。そのような奇跡といえる芸当を行って本人に何も無いと思っているのか?」
    「ッそれは!」
    「まぁ・・・お前ならばわかるだろうな・・・・・・。魔法だろうが何だろうがその基本は等価交換だ。たとえ奇跡であろうとそれは変わるまい。だとすればその親は何を代償に奇跡を起こしたのか。考えれば簡単にわかることだ」
    「・・・自分の命。彼女が私に伝えた言葉は『娘を助けて』ですから。始めから自分が助かることは考えていなかった・・・・・・」
    「そうだな。傷の具合から助からないと考えることも容易だが決してそれだけではないだろう。そしてだからこそ奇跡は起こったと考えるべきだ」
    「でも、その前に私が気付けば・・・」
    「それは無理だろう。ソレが起こりえたからこそお前が気付いたのだから。お前が気付かなければ、向こうの部屋で寝ているあの娘まで死んでいた可能性が高い。それでもいいと言うのか?」

    青年は視線を寝室に繋がるドアへ移す。今その部屋には少女が寝かされている。

    「違いますっ!そんなことがいいはずはないでしょう!?」
    「ならばそれでいいだろう。それ以上を望んでもどうにもならん。自分で出来る限りの事をすればそれでいい。あまりに高望みをすると足元が崩れるぞ・・・・・・」

    青年の睨む様な厳しい視線は台詞が最後にいく連れて懇願に近い物になる。
    それに気付いたリリスは、青年は自分を責めているのではなく心配して突き放したような言葉を向けていたことを知った。
    この青年は決して冷徹な性格ではない。全体的に冷めてはいるものの自分が大切に思っているものに対してはそれが和らぐ。

    「ルゥ・・・・・・」

    ルゥ。それは青年を示す愛称。自分と共に旅をしている大切な相方の名前。

    「お前がそうそう割り切れるような性格でないことはわかっている。だが、それでも悩む暇があったら行動を起こすのがお前ではなかったのか?・・・・・・そう、たとえば―――」

    中途半端なところで言葉を切ったルゥは手を顎に当てて何やら考え込んでいる。やや口元が笑っているように見える。
    何故だろうか。ルゥのそのしぐさを見てリリスは妙に嫌な予感がした。

    「そう・・・・・・以前、国境警備の依頼を受けた時だ。あの時はちょうど夜間の警備だったな。お前が怪しい光を見たと言って一隊を連れてソレが通るであろうルートを封鎖、包囲したやつだ。で、よく見てみたら相手は何故か王国兵。国境付近の偵察に行った奴らだ。奴ら相当驚いていたぞ。どうしてこんなところまで迎えに来たんだ、と。実はお前がみた光は偵察隊が帰ってきたのを知らせるための照明だったというオチだ。一応初めの説明で照明のことは知らされていたはずではあったのだがな」
    「え、ええっと・・・・・・?」

    突然暴露される自分の失敗談に困惑するリリス。人がいないのは分かっているがついつい周囲に人がいないか確認してしまう。

    「あぁ、今のは違うか。今のは悩む暇があったらと言うよりはむしろ猪突猛進の例えだな」

    そんな彼女の行動には気づいた様な素振りは一切出さずにしれっと言ってのける。
    ルゥの猪突猛進発言に困惑から抜け出したリリスは顔を真っ赤にして抗議の声を上げる。

    「だ、誰が猪突猛進ですかっ!優雅で優美で可憐で気品があっておしとやかと謳われている私をよりにもよって猪突猛進とは!?いくらルゥといえども失礼だと思いますっ!」

    褒め言葉がだいたい同じ意味だったりするのはさておき、如何せん彼女の言葉には迫力が無いため怒っているようには感じない。元々の声質がやわらかすぎるのだ。
    それに加え言い終えたと同時に少し頬を膨らましたりしているために全く怖くない。むしろ可愛さの方が前面に出てしまっている。
    その天然でもないかぎりは芝居でしかない光景を見てルゥは腹部を押さえながら必死に笑いをかみ殺している。

    「何がおかしいのですか!」
    「クク・・・いや何と言われてもな・・・・・・」
    「ッ・・・ルゥ!」

    笑いが収まらないのかいまだ腹部を押さえたままのルゥ。若干前かがみになってるあたり相当にツボに入ったらしい。

    暫くの間そうしていたルゥだが笑いが収まると、打って変わって真剣な表情になる。

    「それで・・・・・・少しは気が紛れたか?」
    「・・・・・・え」
    「さっきも言ったが悩むくらいなら行動するのがお前だろう。なら何時までも落ち込んでないで助けてきた娘に挨拶のひとつでもしてきたら如何だ」

    決してルゥはリリスの失態を笑うために警備の時の話を持ち出したわけではない。それは不器用ではあるもののリリスを励ますために振った話題であり、彼女のネガティブな思考を一時中断させるためだ。

    またもルゥの親切心に気づくことが出来なかったリリスは己を恥じた。この青年は長い間自分の相方をしているというのに、と。

    「・・・・・・うん」
    「そうか」
    「・・・・・・ありがとう。あと心配させてばかりでごめん」
    「気にするな。どれだけ相方やってると思っている」
    「そう、だね・・・。あ。でも、挨拶してこい・・・と言いますけどあの娘まだ寝てるんじゃないですか?」
    「いや、起きてるぞ。元々は看病をしていたレイヴァンがあの娘が起きたと言うのでな。それを伝えにきたわけだ。だがあのままでは聞きそうに無かったからな」
    「むぅ・・・確かにそうですが・・・・・・」

    納得のいかないように唸るリリス。
    しかし自分でも自覚しているだけに何ともいえない。
    釈然としないものがあるが、それはそれ、これはこれだ。すぐに頭を切り替え、今まで座っていたイスから勢い良く立ち上がる。

    「わかりました。それじゃあ行きましょう」

    立ち上がったリリスは一度若干硬くなっている体を大きく伸ばしてから、寝室に向かって歩く。
    その後ろからまるで影のようにルゥが続く。
    そんなに広い建物ではない上にそもそも隣室なためすぐに寝室へ続くドアにたどり着く。

    「はいりますよ、レイ」

    ドアノブを回してドアを開き寝室へと入る。そしてそれとほぼ同時に中から少年の声が響いてきた。

    「母さんっ!来るのが遅いよ。それに父さんも。すぐに母さんを呼んでくるって言ったじゃないか」
    「すまない。こっちにも色々と事情があってな、少し遅れた」
    「ごめんなさいね、レイ。それよりどうかしたの?そんなに慌てて・・・・・・」

    少年の名はレイヴァン=アレイヤ。
    リリスのことを母と呼び、ルゥのことを父と呼ぶが、勿論本当に二人の子供というわけではない。
    この少年は現アレイヤ家の当主であるリリスの姉の子だ。リリスの姉の子供はこの少年しかいないため本来なら家で跡取りとしての教育を受けているはずだが、事情があってリリスとともに家を抜け出してきたのだ。
    それ以降リリスとルゥが少年の世話をしているうちに、気づけば少年は二人を実の親以上に親として見るようになっていた。そして今に至るわけだ。

    「あー・・・・・・。説明するより直接話した方が早いかな。こっちにきて」

    そう言うと二人を先導して部屋の奥に向かう。ちょうど部屋を二分するように仕切りがあり、ドア側からでは奥のほうを見ることができない造りになっているのだ。
    あまり意味は無いと思うのだが、この宿の主人が言うには防犯対策なのだそうだ。あの仕切りでいったい何を防げるのかは限り無く謎だが。


    少しばかり歩いて仕切りを越えると、そこにはベッドの上で上体を起こしている少女がいた。
    赤い髪に赤い瞳。リリスが林で助けて運んできた少女だ。

    「あ・・・・・・」

    リリスたちが仕切りを越えてきたのに気づいた彼女は怯えたようにビクリと体を震わせた。
    リリスがレイヴァンに向かって『何をしたの』といった視線を送るが、少年は勢い良く首を横にふり自分は何もしていないとアピールする。
    少し思案顔になるリリスだがすぐに納得した。
    少女からすれば目が覚めたら自分が全く知らない場所だったのだ。恐らくはレイヴァンだけでも怯える対象にはなっていたのだろうが、それに更に知らない人間が増えたのだ。
    同じ環境に追い込まれれば自分でも怯えるだろう。ならば、すぐにそのおびえを取らねばならない。
    そう思ったリリスはなるべく怖がらせないようにゆっくりとやわらかい口調で少女に話しかける。

    「ええっと・・・・・・大丈夫?あなたは怪我をして気を失っていたから私がここに運び込んできたのだけど・・・・・・」
    「・・・・・・・・・・・・」

    しかし少女はまるで何も聞こえていないようにリリスを眺めたまま動かない。

    「あの・・・・・・?ユナ・・・・・・ちゃん・・・?」

    念話で聞こえてきた声は娘の名をユナだと言っていた。あの状況なら普通この少女がそのユナのはずである。
    なんとなく名前で呼んだら反応するかもしれないと思いリリスはそう呼んでみたのだ。

    「・・・・・・ゆ・・・・・・な・・・?」
    「そう。あなたの名前はユナちゃん・・・・・・よね?」
    「・・・・・・・・・・・・」

    何故か疑問系で返してくる少女に困惑するリリス。まさか本当に人違いだったとでも言うのだろうか。
    彼女が確認するために口を開こうとするが、それよりも速く少女の声が放たれていた。

    「あた・・・しは・・・・・・あたし・・・・・・は?」

    しかし少女は何かを言いかけてそこでピタリと言葉を止める。
    それから何かに気づいたようにハッと驚きそれから顔を真っ青にして体を細かく震わせた。
    少女の様子に驚いたリリスが『どうしたの!?』の叫び彼女の肩をつかむが少女はそれすら気づかないようにうわ言を繰り返している。
    後ろに控えていたルゥとレイヴァンも少女の異変に気づき不審に思っている。


    「しっかりしなさいっ!!」

    リリスが少女の肩を掴んでいた手を更に力を込めて掴み、自分を彼女の顔の正面において少女が自分の顔を見るようにする。
    だがそれもさほど効果はなく、少女はうわ言を繰り返しながら自分の頭に手をやりイヤイヤをする様に頭を横にふる。

    それから正面にいるリリスをまるで懇願するような目で見ながら、恐怖で歯をカタカタと鳴らせながら、彼女は呻く様に言った。










    「あ、あたしは・・・・・・・・・だ・・・れ・・・・・・?」










    ――――――続く。




    あとがきとかそんな様なもの。

    何やら色々な設定をぶち壊してる気がしないでもないですが、まぁ・・・それは追々どうにかしていきます。

    で、今回はいくらか補足を。
    私の頭の中では、ラナドリス領とはリディスタから西に行った連邦との国境付近になります。エドニスの村は地図上にある山(あの茶色いの山ですよね・・・?)のふもとにあります。

    次にルゥの名前。これはあくまで愛称なので本名ではありません。そのうちだします。

    最後に、サブタイトルについて。
    意図して『Epilogue』とつけています。間違いじゃないですよー。

    追加。これは本編からして過去のお話になります。

    さて言いたいことも言いましたし、今回はコレで。では。
引用返信/返信



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■184 / 親記事)  赤き竜と鉄の都第1話
□投稿者/ マーク -(2005/04/12(Tue) 22:00:30)
    『鉄甲都市』









    ビフロスト連邦の小さな一国の街外れの館。
    私はそこで育った。
    もっとも、私が6歳の時には既にこの大陸の中央に位置する大陸中、
    最大規模の魔術学校、リュミエールゼロのある都市に学園都市にいたので
    実際に暮らした年数は今まで生きた都市の半分にも見たず、
    すごした記憶はほとんど無かった。
    魔術学園へはどんな簡単な魔術でもいいから魔術式を構築できれば
    何歳でも入学できることになっている。
    だが普通、入学するのは十歳前後。
    はっきり言って学園としても私は異例だったのだろう。
    私がそんな小さな頃に学園としに入学したのはひとえに兄と離れるのが
    嫌だったからだ。
    その頃兄は十歳。
    既に魔術を構築することは可能だったため、入学に問題は無かったのだが、
    私が駄々をこね一緒についていくと言い出したのだ。
    無論、兄も両親も困り果てた。
    そして、兄がコレが出来たらついてきてもいいと言って、簡単な炎を出したのだ。
    必死だった私は兄が構築した魔術式を真似て無我夢中で式を構築した。
    今思えばあの時兄が炎以外の魔術を使ってたら、私はここにいなかった。
    結果で言えば、私はその魔術式を完全に、いや兄以上の精度で発動させた。
    両親も兄も信じられないといった顔で私を眺め、
    もう一度やってみるように言った。
    既にコツをつかんでいた私はさらなる精度で発動させ、
    全員に学園都市の入学を認めさせた。
    もしかしたら。
    もしかしたらと何度も考えた。
    あの時に何かが違っていたら私も兄も両親と共に笑ってあの家で
    過ごしていただろう。
    焼け落ち、廃墟となった家を思い出し、いつも思う。













    ―チュンチュン

    「ん」

    朝か。
    久しぶりに昔の夢を見た。
    でも、泣いてなんていられない。
    ミコトも言っていた。
    後悔先に立たず、過ぎ去ったものは戻らない。
    昔を振り返ることも大事だが囚われてはならない。
    今これからどうするかを考えるべきだ。

    「行くわよ」

    軽い朝食を取り、見張りとして実体化させていた使い魔に飛び乗る。
    向かう先はアイゼンブルグ。
    王国の内部に存在する独立都市であり、その優れた技術力により発展し、
    他国からも注目される技術都市である。
    アイゼンブルグは出入りこそはある程度自由だが、都市全体が外壁に囲まれ、
    閉鎖的な部分もある。
    だがその結果、魔法文明時の技術が他の国に流れることもなくその内部でのみ
    受け継がれ、その知識と技術で街は発展し現在でも世界最高レベルの技術力を誇る
    鉄の都となっている。
    また、都市自体も王国の内部にありながら他種族を好意的に受け入れており
    王国から逃げ出したものはほとんどここで暮らしている。
    位置的にも近いため学園都市、協団とも関わり合いは深いが、
    私はここに来たのは初めてである。
    市場やメインストリートは遠目にも活気に溢れ、人ごみで溢れかえっている。
    商品も食料から銃器までありとあらゆる物が揃えられ、その分混沌としている。
    兄、レイヴァン=アレイヤを探しにここまで来ていた訳だが、
    昔から、ここアイゼンブルグにはいづれ来たいと思っていた。
    鉄鋼業が盛んであり、様々な武器、銃器も揃えられたこの街ならではの物も多く、
    ここにある銃器には大変、興味をそそられている。
    兄を探すついでに見物することが出来るためここに来たのは正解だったと思った。
    無論、仲間に頼まれたことも忘れていない。
    アイゼンブルグが王国に協力体制をとっているか、
    それともただの技術流出かの調査。
    そして、もう一つはある物の返却である。
    だが、たまには少しくらい羽を伸ばしてもいいだろう。
    そう自分の中で結論を出し、街に入ったユナは一目散に立ち並ぶ店へと
    入っていった。



    「高い!!
     ベネリがこれってどういうことよ!!」
    「高いってそれが相場だぞ・・・」
    「確かに普通ならコレぐらいでしょうけど、
     こんな状態の銃が相場の値段と一緒な筈無いでしょ。
     ふざけてるの!?」
    手に持ったショットガンはすでにかなり使い込まれておりボロボロだが、
    十分修理して使える物だ。
    だが、このような中古を通常と同じ値段で売るなど容認出来る筈が無い。

    「ああ、もう分かった。
     コレでどうだ」

    そういって、提示してきた値段は中古の相場よりも少々低いくらいだ。
    無論、その値段なら文句は無い。

    「商談成立ね」
    「畜生もってけドロボー」

    金を支払い、アーカイバに仕舞う。
    流石は鉄甲都市と呼ばれるだけあって種類も豊富で
    店の数も多し、何よりその完成度が高い。
    さて、次は何を探すかな。

    「おい、嬢ちゃん」
    「何よ?」
    「そいつを修理する気ならこの先の路地を抜けたところにある店の
     偏屈ジジイに頼むといいぞ。
     選り好みが激しいから受けてくれるかどうかは分からんし、
     性格も最悪だが、腕は確かだ。
     嬢ちゃんなら気に入るかもしれん」
    「ふ〜ん」

    そういって、男が親指で指した先の細い通路を覗き込む。
    どうせ、当てもないしデッド・アライブのメンテも予定していたので
    腕のいいジャンク屋などを探していたから都合はいい。
    男が示した先の路地に入り、少し歩き細い道を抜けると
    一軒の店がぽつんとあった。
    はっきり言ってお世辞にも大きいとも繁盛しているともいえない。
    が、こんな場所にあるならそれも仕方ないだろう。
    とりあえず、ドアを開け覗き込むと店のカウンターには店主と思わしき老人が
    座って新聞を読んでいた。
    男の言ったとおり確かに初老の老人で、気難しそうな顔をしている。

    「ここって、ジャンク屋?」
    「ああ、そうだ。嬢ちゃんなんか直して欲しいのか?」
    「・・・これと、あとコレのメンテナンス」

    名前を知らないのだから仕方ないとはいえ、さっきの男といい
    さんざん嬢ちゃんと子供扱いされてるのは気に食わないが、我慢しよう。
    そう自分に言い聞かせ先ほど店で買ったショットガンと
    愛用のデッド・アライブを老人に見せる。
    それを見た瞬間、老人が驚き目を見開いた。

    「これは凄い。こいつのメンテか?」
    「ええ。完璧に整備して欲しいの。
     あと、こっちは修理より、折角だから改良して欲しいけど出来る?」
    「ワシを誰だと思っている。
    クククッ、久しぶりにやりがいのある仕事じゃ。
     二日じゃ。二日後に取りに来い。
     それまでには両方とも完璧にしといてやる」

    そういって、老人は3丁の拳銃を持って奥に潜り込む。
    店の中を見ればかなりの量の銃や機械が棚や壁に置かれている。
    そのほとんどが使い込まれた物を修理した物だと分かった。
    手にとって念入りに見てみると、型自体はそこらで売っている様な
    ごく普通の物だが、内部にかなりの改良が加えられている。
    驚いくべきことはその改良が素晴らしい。
    なるほど、これを見た限り、確かに腕はいいだろう。
    だが、なんせ預ける物が物だ。
    疑うわけではないが、念のため使い魔を一匹、霊体化させて
    ここに見張らせて置くとしよう。
    さてと折角来たんだし、どうせだからここのやつも買っていくか。
    見渡して幾つか気になるのを見つけては手に取り、確かめる。
    手の大きさなんかも気にしないと使いづらいだけだ。
    候補に入れては除外し、やっと2つにまで絞り込んだが、

    「どうしよう?」

    迷う。凄く迷う。
    ここにあるのは中古とはいえ、かなりのカスタマイズがされた物ばかりだ。
    幾つかの候補は簡単に除外できたが今度のはどちらも捨てがたい。
    かといって、両方買うというのも無駄なだけだ。
    どちらにする?
    右手に持っているのはベレッタ・M92F。
    改良点は銃身などが強化されていて、実弾の代わりにE・Cで魔力弾を撃つ点。
    銃身の強化は実弾を撃つことを考慮に入れてないため、
    魔力を阻害しない素材で強化されている。
    左手にはコルト M1911A1 。
    こっちも銃身の強化が施されてあるがこっちは純粋にベレッタよりも強固に
    改良されている。
    理由は実弾をE・Cで魔力を通して強化する点の対処のためだろう。
    威力が高ければその分銃身の磨耗度も高いからこの対処しかない。
    そうすると連射するならベレッタだが、威力ならコルトガバメントとなる。
    他にも強化点はあるかも知れないが目に映ったのはその辺だ。
    ・・・・・決めた。ベレッタで行こう。
    威力は他のことでも補えるし、実際に使うこともほとんど無いだろうから
    これでいいだろう。
    あとは他のところで弾を仕入れておくか。
    店主を呼びだし、金を払ってアーカイバにしまう。
    名残惜しくコルトガバメントを見ながら、店を出た。



引用返信/返信

▽[全レス16件(ResNo.12-16 表示)]
■203 / ResNo.12)  赤き竜と鉄の都第13話
□投稿者/ マーク -(2005/04/29(Fri) 19:40:15)
    『霊眼』






    ―ガシャン!!

    「出しやがれーーー!!」
    「全くだ。
     早く戻らないとユナが心配する。
     こんな悪趣味な真似はとっとと止めて、開放しろ」

    なにやら、巨大な鳥籠のように天井から吊り上げられた牢の中には二人の男が
    閉じ込められながら、30近くの女性に向けて叫び、あるいは言い聞かせていた。

    「それは出来ない相談ね。
     貴方がこの義手の製作者、つまり彼の義手のコピーに成功した青年でしょう?
     ぜひ我が社に欲しい人材だわ」

    女はギンから奪った義手を片手で抱き抱え、反対の手で弄りながら話す。

    「それなら、俺は関係ないのだろう」
    「いいえ、貴方は間違いなく普通の人間ではないわ。
     とても興味深い存在。
     是非とも我が社に協力して欲しいと思っているのよ」
    「ようは実験動物か」
    「さすがに、そこまではしないわ。
     ただ、ちょっと調べるのに協力してもらうだけ」


    全く、よく言う。
    もはや、何を言おうとこの女には意味がない。
    この女は我が社といっていた。
    つまり、今『金眼』を取り仕切る責任者がこの女なのだろう。
    それにしても悪趣味なものだ。

    「ふふふ、強情ね。
     あのままだったら確実に死ぬところを情けをかけて助けてあげたというのに
     随分と頑固な子供たちなのね」

    全く持っていい笑い種である。
    ユナが出した霧によって前が見えないところで偶然壁にあった
    罠に二人そろってかかってしまい、捕えられてしまった。
    あまりにも情けない。

    「そりゃ、30過ぎの女から見れば俺たちは子供だろうな」
    「!!??
     いっ、今なんていった?」
    「30過ぎのババアっていったんだよ」
    「!!!!!!!! ふっふふふふ、いいわ。
     あんたたちと一緒にいた小娘たちも連れてきてあげる。
     そうすれば、貴方たちの気も変わるでしょう。
     今、協力するといえばこの子達には情けをかけて命だけは
     助けてあげるわよ」
    「止めた方がいいぞ。
     アイツを怒らせるぐらいなら魔族に喧嘩売ったほうがマシだからな」
    「何とでもいいなさい。
     直ぐに二人ともつれてきてあげる。
     この小娘たちが泣き喚く様を特等席で見せてあげるわ。
     オーホッホッホ」


    そういって、女が下がっていく。
    ・・・・・不味いな。
    このままだと―

    「この建物が崩壊するぞ」


















    「お兄ちゃん、どこ〜?」

    全くどこ行ってしまったんだろう?
    あの道は一本道だったから兵たちが来た先に進んでみたのだが、
    結局、行き止まりだった。
    今は行き止まりにあった部屋にいるのだが、どうもこの部屋で兵は
    待ち伏せしていたらしいが、今はそんなことはどうでもいい。
    お兄ちゃんは・・・ついでにギンはどこに行ったのだろう?

    「いたぞ、1人だ!!」

    また、やられに来た。
    ドアからと顔を出してきた兵に手当たりしだい、銃を撃ちこむ。
    これではストレス解消にもならない。
    まったく、お兄ちゃんはどこに行ったの?


    「どうです、ユナ?」
    「あっ、リン。
     こっちは駄目。そっちも?」
    「はい。それにあの二人の痕跡はやはりあの廊下で途絶えています」
    「じゃあ、一体どこに・・・」
    「分かりません・・・・・でも、もしかしたら―」
    『ふふふ、我が城に迷い込んだ愚かな鼠たち』
    「「誰!?」」

    突如聞こえた声に身を固める。
    すると、部屋にあった水晶の壁に何者かの姿が浮かび上がり、
    そこから声がしている。

    「映像?」
    『ええ、そうよ。
     貴方達の大切な人はこの通り私が捕えているわ』

    そういって、画面が変わる。
    そこにいたのは奇妙な籠の中にいるギンとお兄ちゃんの姿。

    「お兄ちゃん!?」
    『ふふふ、助けたかったら、私の元までいらっしゃい。
     まあ、来れたらの話だけど、でも安心して殺したりはしないわ。
     その代わり死んだ方が楽という思いをするかもしれないわね。
     オーホッホッホッホ』

    と癇に障る笑い声と共に、画面が再び透明な水晶に戻る。

    「ふっ、ふふふふ」

    今まで感じたことがないほど強大な憎悪が心の中に渦巻いている。
    いいわ、今すぐ行ってあげるわ年増のババア。
    お兄ちゃんに手を出した罪、その身を持って償いなさい!!

    「リン」
    「任してください。
     私も少々怒ってますから」

    満面の、だが普通の者なら見るだけで萎縮し、ガタガタと震えだして
    しまいそうな笑みを浮かべている。
    そして、いつもは閉じている瞼を開き、辺りを見渡す。

    「ふふふ、隠れても無駄ですよ。
     この目にかかればギンがどこにいるかなんて一発ですからね」

    どうやら、リンも実は私と同じ人種だったらしい。
    しかし、あの目は一体?

    「気になりますか?この目が」
    「ちょっとね」

    嵐の前の静けさというべきか、先ほどの憎悪はひとまず静まり返っており、
    普段どおりの会話だ。もっとも、周囲の温度は已然、下がったままだ。
    はっきり言って、ここだけ極寒の世界か、もしくは逆に地獄の業火の中かという感じだ。
    そして、あくまで怒りをしまい込んでいるだけ。
    あの女を見つけたら再び爆発することだろう。

    「この目は魔力だけを見るという変った目なんです。
     空気中みたいに魔力の濃度が本当に僅かなものなら見えないですが、
     常人の魔力程度なら全て見通せまし、魔力の個人差なんかも
     手に取るように分かります。
     さて、ギンの魔力は・・・」

    そういって、周り見回しある一点で止まる。

    「真下?」
    「というより、もしかしたらこれは地下かもしれません。
     ここから真下に21、243メートルといった位置です」
    「ふーん、方向は合ってるのね?」
    「寸分の狂いもありません」
    「じゃあ」

    と、この怒りを元にして以前創った炎の剣や炎の竜をも上回る力を
    創りだし、それを形にする。
    限界まで圧縮した炎の槍。
    あらゆる障害を焼き尽くし、撃ち破る絶対的な破壊の炎。
    そして、その槍をリンが指差した床からほんの少し離れた位置の床へと
    垂直に突き降ろす。
    放たれた槍はその圧倒的な熱量で床を溶かし、焼き払いながら下へと落ちていく。
    そうして出来た穴にリンと共に大きさを人一人掴まるのにちょうどいいくらいの
    大きさに調整した竜の足に掴まり、穴の先へと下降する。
    ふふふ、待ってなさい。







    「なあ、すごく嫌な予感がするんだが?」
    「奇遇だな。俺もだ」

    そういって、二人そろって上を見る。

    「上か」
    「上だな」

    なにかとてつもなく危険なものが来る予感を察知し、
    この先に起こりうることを想像をする。
    答えは1つ。
    それが絶望的な答えだということはこの予感を感知したときから分かっている。
    だが、それでも僅かな希望にしがみつきたかった。

    「ふふふ、そろそろ気が変ったかい?」
    「ああ、あんたか。
     あまりこっちには近づかないほうがいいぞ。
     間違いなく危険だから」
    「危険?
     いったい、何がよ?」
    「直ぐに分かるさ」

    もう、音までしてきた。
    その音は不吉な想像を現実だと認めさせるものだ。

    「まあ、いいわ。
     あなたの妹さん。
     そろそろ捕まる頃じゃないかしら?」
    「ああ、それなら平和でいいだが」
    「そうも行かないか」

    そして、何メートルもある高さの天井を何かが突き破って落ちてきた。
    落ちてきた炎の槍が鳥かごの真横をかすめ、深々と地面に突き刺さり、沈んでいく。
    そして、天井に出来た穴から二人の少女が竜に捕まりながらゆっくり
    地面まで降りてきた。

    「助けに来ましたよ。
     感謝してください」
    「ああ、あろがとう。
     ただ、もう少し大人しく来てくれ」
    「大丈夫お兄ちゃん?」
    「あっ、ああ。大丈夫だ。
     もう少しずれてれば今ごろ蒸発していただろうが大丈夫だ」
    「良かった。
     さて、ちゃんと着たわよ。
     年増」

    突然のことにぽかんと口を開いたままで固まっていた女が
    私の言葉に気を取り戻し引きつった笑みで喋りだす。

    「ふっふふふふ、散々私をコケにしてくれるわね」
    「そんなことはどうでもいいわ。
     お兄ちゃんに手を出した罪、その身を持って味わいなさい。
     年増」
    「一度ならず、二度までも・・・・。
     いいでしょう。
     貴方たちを手放すのは惜しいですが、
     ここで共に死んでもらうことにしましょう」

    そういって、女が指を鳴らしまるで何かを封印するかのような分厚い、
    巨大な壁のような扉が開いていく。
    僅かにあいた隙間から巨大な腕の先が姿を見せ、扉をこじ開けていく。
    その大きさ、姿、威圧感。
    どれをとっても今まで見たことのあるそれとは大違いだ。
    あれは何万年もの歳月を過ごしたといわれる最高種たる竜の中でも
    最長寿、最強を誇る伝説の存在。

    ―エルダードラゴン―






引用返信/返信
■204 / ResNo.13)  赤き竜と鉄の都第14話
□投稿者/ マーク -(2005/04/29(Fri) 19:41:39)
    『金色の竜』








    「―嘘、なんでこんなのが」
    「厳しいな」

    ありえない。
    あの巨大な体。金色に輝く鱗。
    何よりその身に宿す魔力。
    全てがあの化け物に当てはまる。
    最高の種たる竜の中でも頂点に位置する最強の存在。
    エルダードラゴン、またはその身の輝きから黄金竜とも呼ばれる
    正真正銘の化け物だ。
    だが、あれは本当の姿ではない。
    翼はなく、なによりもその姿に違和感が付き纏う。

    「黄金竜の・・・テク・・・ノス?」

    いつの間にかあの女は既に姿を消していたが、そんなことに
    構っていられる余裕はない。

    『ホーホッホッホッ。
     どうやら驚いているようね。
     これこそが我らが英知の結晶よ』

    あの癇に障る笑い声が周りの壁から発せられ、
    この広大な空間に反響する。

    「ふざけんなよ。
     テクノスの技術も『腕』の技術も全て人から盗んでいったものじゃないか。
     それが英知の結晶だって?
     笑わせんな!!」
    『ッフフ、そうね。確かにこれは貴方たちのおかげで完成したものだわ。
     でも、これを生み出したのは他ならぬ私たち。
     捕獲した黄金竜を素体に限界まで改造を施した我々の最高傑作よ。
     ちょっとした都合で本物の竜と比べる機会がなかったけど、ちょうどいいわ。
     この最高傑作の力を調べる相手をして貰うわよ』
    「ちょっとした都合?」
    『折角だから教えてあげる。
     いかに我々の技術でもその機能を復元できなかった部位がある。
     その部位が問題となって王国は買い取らなかったけど、
     今となっては売らなくて正解だったわ。
     そして、その部位とは―』
    「翼か。
     今の技術では個人単位での飛行を可能とする翼を創ることは
     まだ不可能だからな。
     キメラみたいに他の翼を移植しても大きさや力が足りないから飛ぶことは
     出来ない」
    『察しがいいわね。ええ、その通りよ。
     でもそんなものは関係ないわ。
     翼があろうとなかろうとこの竜が最強なのは変わり無いのだから。
     さあ、その力を見せてみなさい。
     まずはそこの赤毛の小娘からよ!!』

    その言葉に従い、テクノスは私へと顔を向け、灼熱の息吹を吐き出す。
    後ろにはまだお兄ちゃんたちが捕ええられている。
    しかし、デッドアライブの障壁ではこの炎は防げない。
    瞬時にそう判断し、相殺するべく実体化させた使い魔をそのまま炎に変換、
    高熱のブレスへとぶつける。
    大きな爆発が生じ、爆風で体を持っていかれそうになるが耐える。
    なんとかギリギリで防げたがそう何度も出来る芸当ではない。
    もう一方の使い魔に乗り、黄金竜の周りを飛びながらちょっかいをかける。
    幸い、ここは広いから飛び回って撹乱し、様子を見るにはちょうどいい。

    「リン、早く!!」
    「そうは言っても私の力ではこれは無理です」

    どうやらご丁寧に特殊な金属だけでなく、結界まで張ってあるらしい。
    私ならやれないことも無いけど今の状況では余裕が無いから
    そこまで力を調節出来ないで、お兄ちゃんたちまで危なくなりかねない。

    「ユナ、右!!」
    「クッ」

    叩き落とすように振るわれた腕を紙一重で掻い潜り、顔の目前まで迫る。
    至近距離から銃弾の嵐を浴びせて怯んだ隙に後退し様子を窺う。
    煙が晴れ、竜は何も無かったかのように突っ立っている。

    「この程度じゃ駄目か」

    やはり、潰すにはサンダーボルトぐらいは必要だ。
    下手をすれば連続で使用するか、バーストと併用するぐらいは
    しないと落とせないかもしれない。
    だが、竜はそんな隙は与えてはくれない。
    お兄ちゃんたちが動ければ何とかなるんだが―

    『フフフ、そろそろ観念したら?
     命乞いすれば助けてあげてもいいわよ』
    「おあいにくさま。
     まだ、負けたわけじゃないわ」
    『そう、まあいいわ。
     では貴方がまず死にな―』

    ―ザッーーーーーーーーー

    突如、女の声が途絶え雑音だけが周りに響く。
    そして、竜の動きは止まり、硬直する。
    僅かな時間が経ち、右側にあった直ぐ近くのドアから、
    見覚えのある少年が縛られた女を捕まえたまま現れ、
    そのままこちらへと近づいてくる。

    「あんた今まで何をしてたのよ」
    「目ぼしいものは回収してついでだったから、
     この通り首謀者も捕まえた。
     『腕』もちゃんと回収してるし撤収してもいいよ?」
    「そう。
     でもこれを放って置ける?」

    何故かテクノスは完全にその動きを止めている。
    動かしていたものがいなくなったからなのか、それともこの女が
    止めたからなのかは分からない。

    「ああ、調べた時は冗談かと思ったが本当だったんだ。
     なるほど、これは凄い。
     で、ミスゴールドアイ。
     これは君が止めているのかい?」
    「まさか。これは私1人が止めようとしても大人しく止まるたまじゃないわ。
     今動いていないのはコントロールが離れて自分の状況が
     把握し切れていないから。
     きっと、このまま暴走するでしょうね。
     ざまあみなさい」

    言い終わるが否や、竜は今までよりもさらに激しい攻撃を繰り広げてきた。
    同時に何発も放たれる炎弾をかわし、レイスは女をいま出てきた扉の先に放り
    扉を閉め、空いた両手に木の棒を構える。
    その木の棒を剣の柄に見立て、構えを取り、まずは結界で守られた鳥篭へと
    あるはずの無い刃を神速と形容するに値するスピードで振るう。

    「『見えざる刃は見えざるを断つために在りき。
     故、見えざるを切るはこの刃の宿縁なりき』
     なんてね」

    すると鳥篭の格子は鋭利な刃物に切られた様にバラバラになって地面に落ち、
    張られた結界も砕け散り、牢獄から二人が出てくる。

    「ふー、やっと出られたぜ」
    「全くだ」

    なまった体をほぐすようにして体を伸ばし、武器を掴もうとして
    いまさらながら気付く。

    「やばい、武器を奪われたままだ」
    「これかい?」
    「そうそう、それだ。って何でお前が持ってんだ?」
    「いや、ちょっと色々探してたらついでに見つけてね。
     そんなことより、さっさとこれを片してしまおう」

    3冊のアーカイバを取り出し、その内二つを投げ渡し、
    最後の一冊から一本の剣と腕を取り出す。
    取り出した腕と剣を受け取り、三人は放たれた矢の如く竜へと突進する。
    と来れば、私に役目は―

    「リン。弱いところ分かる?」
    「急所と言えるところなら魔力の流れが多いでしょうから判別可能です」
    「オッケー」

    大きな長身の銃、サンダーボルトを取り出し三人が抑えている竜へと
    銃口を向ける。
    そして、リンの目によって教えられた魔力の高い場所、体中の魔力が
    集まる場所、つまり竜が持つ心臓へと狙いを絞り、竜の動きが止まるのを待つ。
    ちょうど、レイスとギンが竜の両腕を押さえ、がら空きになった中心へと
    大きく広がり、自らの身長よりも大きな大剣でほぼ垂直に切り下ろし、
    竜の胸元に一本の傷を残し、竜が咆哮を上げ動きが僅かに止まった。

    「いけ!!」

    放たれた弾丸は黄金竜で持ってしても捉えられず、真っ直ぐにリンの言った
    魔力の集まった心臓へと突き刺さり貫通・・・はしなかった。
    だが、心臓に風穴をあけられ、銃弾の衝撃までは受けきれず、
    その衝撃で後ろへと倒れかけながらも、その場に必死に踏みとどまるが
    そのおかげで大きな隙が出来た。
    最後の仕上げといわんばかりに右腕をあの義手に交換していたギンは
    正面が無防備になった瞬間、私の使い魔の背に乗って懐にもぐりこみ、
    その背中を踏み台にして飛び掛り、その腕を突き立てる。
    回転する矛は竜の表皮をえぐりながら突き進み、銃弾とは比べ物に
    ならないほどの風穴を身体のど真ん中に空け、
    そのままの勢いで背中まで貫通した。
    そして、そのまま地面へと叩きつけられるところを使い魔に拾わせる。
    見れば、ギンの義手はその使命を全うしたらしく、煙を上げゆっくりと
    回転数が減っていき、もう完全に動かなくなる。

    「お疲れさん。後でちゃんと直してやる」

    まあ、あの傷ではいくら竜とはいえ動くどころか生きているかさえ怪しい。
    ひとまず、これで一件落着―

    「ウォォォォォーーーーーーーーーー!!!!!」

    ―なっ!?

    体に巨大な風穴を開けられ、最早瀕死の重傷であるはずの竜は尚も
    立ち上がり、その咆哮を轟かせる。
    そして、見た。
    先ほどサンダーボルトで開けた筈の風穴もお兄ちゃんの剣で付いた傷跡も
    綺麗に消えている。
    そして、いまちょうどギンにあけられた風穴を埋めるようにして何かが
    傷口を覆っていく。

    「どう・・・なっているの?」
    「分かりません。ですが、このままでは・・・」
    「負けるな」

    どんな致命傷を与えても直るなど反則だ。
    一体何が傷口を覆ったのか?
    それが分からなければ対策の立てようも無い。
    まずは、正体を暴かなくては。

    「とりあえず、手当たり次第に攻撃して反応を見よう。
     もしかしたら、あそこだけかもしれない」

    それしかないだろう。
    だが、勝てる見込みはかなり低くなった。
    それでも、ここで諦めるわけには行かない。










    「はぁぁーーー!!」

    目前に迫り来る振り下ろされた竜の腕を紙一重で捌き、
    両手に持った見えざる刃でその腕を幾度と無く切りつける。
    そして、地面より引き抜かれた腕にまるで曲芸士の様に飛び乗り、
    その腕を駆け上がって竜の急所、逆鱗へと走る。
    腕を上りきり、首の真下にある鱗へと飛び剣を連続に振るう。
    だが、竜は激しい悲鳴をあげるだけで、次の瞬間にはその傷を何かが
    塞いでいく。
    空中で振るわれた腕を剣を盾にして防ぐが、勢いは殺せず壁へと吹き飛ばされる。

    「クッ、逆鱗も駄目か」

    金髪の双剣士、レイスはぶつかる瞬間、壁を蹴ることで衝撃を吸収し、
    地面へと降り立つ。
    その間にも、ギンが、ユナがそしてレイヴァンが攻撃を加えるが
    効果は無い。
    どこに攻撃を与えても傷口は全て、何かが覆い治癒している。
    試しに、金属の部分も攻撃してみたがそこもまた同じように
    何かが覆い、その内部は完全に修復されている。

    「はあ。もう、弾も少ないわね」

    もう、何発も撃った愛銃の一つサンダーボルトを構えながら、
    憂鬱にため息をつく。
    何で回復しているか分からないが、体力的にも明らかに
    こちらの方が不利である。
    今だって、全員既に息が上がりかけている。
    これでは全滅を待つだけだ。
    もう、目的は達成しているので逃げようと思えば逃げれるが、
    こんなものを見てしまっては放っていくことは出来ない。
    まあ、本当に危なくなったら撤退するつもりだ。
    しかし、何か引っ掛る。
    あの修復が何かに似ている。
    一体・・・・・・何に。
    !?
    まさか―

    「リン。お願いもう一度傷口を見てて」
    「ですが、もう何度も見てますよ。
     これ以上は私も・・・」

    リンも辛そうだ。
    直接攻撃こそ参加していないが、このからくりを紐解くために
    その人が見るにあらざる世界を何度も見ているのだ。
    疲労も大きい。
    だが、もしも私の想像が正しければ・・・

    「お願い。傷口の魔力を形に注意して」
    「魔力の形・・・ですか?」

    ちょうど、お兄ちゃんの剣が竜の胴をなぎ払ったところだ。
    だいぶ深く切れたが、またも、何かが覆って傷口が塞がっていく。

    「別に何も・・・」
    「その先!!」
    「え?」
    「覆った内部の魔力の形を見て」
    「なっ!?
     まさかこれは」

    灯台下暗しというべきか。
    目の前にそっくりの存在がいるというのにそれが特別だと考え
    除外してきたせいだ。
    最初はあの覆ったものが傷を治していると思った。
    でも違う。
    治しているのはあの竜自身だ。
    その覆っているのは金属でありながらも細胞のように自己増殖を
    持ちえる特殊な金属。
    それが人で言う瘡蓋の役割を果たし、今まさに竜が己の持つ魔力で
    仮初の肉を作り出し、自らの体を少しづつ修理しているのを
    隠し、保護していたのだ。
    その修復方法は私の使い魔や魔族、吸血鬼の治り方とよく似ている。
    魔族や魔獣、死した存在の魂と契約を結び、失くした腕にそれらを
    憑依させることで失った身体の変わりを果たさせる術は昔から存在する。
    もっとも、それらは当の昔に失われた技術だし、魔族や魔獣との
    契約などはあまりにも危険、死したものの魂の場合もそれらを従える力量が
    無ければ魔力と生命力を全て吸い尽くされ、死ぬことさえある。
    そして、全く異なる存在の魂を身体に埋め込むわけだから、拒否反応が
    おこり、様々な弊害が起こりうる。
    そんなわけで義手などの技術が発達した現在ではもはや無用となった術だ。
    全く、何故今まで気付かなかったのか。
    だが、これでからくりは解けた。
    仮初の身体はこの黄金竜の魔力か契約で構成されているのだろうが
    そうすると、まだまだ大量の魔力が残っているはずである。

    魔力が切れるまで攻撃する?

    ―こちらが先に動けなくなる。

    以前と同じように回復する前に全て吹き飛ばす?

    ―大きさが違いすぎる。

    魔力自体を奪う?

    ―どうやって?

    これからどうすれば・・・・

    「ぐぁぁぁーー」
    「お兄ちゃん!?」

    思考に行き詰ったところで竜に吹き飛ばされ、飛んで来た兄を身体を
    張って受け止める。
    流石に普段の力じゃ無理だったので、魔力で強化してなんとか止められた。

    「ぐっ、すまん。大丈夫か」
    「私は平気。それよりあの正体が分かったんだけど、
     アレを止めようと思ったら魔力を吸い取るしかないと思う」
    「魔力?
     あれは魔力で傷を塞いでいるのか」
    「多分」
    「・・・・・・・・・・・・・」
    「お兄ちゃん?」
    「魔力を奪うなら、一つ手がある」









引用返信/返信
■206 / ResNo.14)  赤き竜と鉄の都第15話
□投稿者/ マーク -(2005/05/01(Sun) 16:52:13)
    『禁呪』







    ギンとレイスが再び、竜へと襲い掛かる。
    だが、先ほどのように激しい攻撃はせず、僅かに距離を空けながら
    壁際へと追い込んでいる。
    私もデッドアライブの援護と使い魔で竜を誘導している。
    その間にもお兄ちゃんは用意を整えている。





    『一つだけ方法がある。
     だが、これは俺ではコントロールし切れんかも知れん。
     俺の用意が完了したら何があろうと遠くに離れろ』
    『奥の手ってこと?・・・・それって一体なんなの』
    『かつてこの身に宿りしあの存在の残滓、それが今なお
     この身に残されている。
     その力を使う』
    『あの力を・・・・・大丈夫なの?』
    『分からん。だが他に方法も無く、出し惜しみをしている余裕もない。
     頼む。信じてくれ』
    『・・・・分かった。お兄ちゃんを信じる。
     でも絶対戻ってきてね』
    『ああ』





    お兄ちゃんが信じられなくて何を信じろというのだ。
    ならば、私はお兄ちゃんに任された仕事をこなすだけ。

    「掛かってらっしゃい!!出来損ない」

    私とギンが竜の左右に、レイスが正面に向かい、竜の背中がお兄ちゃんに
    向く様にして竜の周りを囲って立ちはだかる。
    二匹の使い魔を黄金竜へと襲い掛からせ私は詠唱を綴る。
    出し惜しみなどしてられない。
    私が持ちうる全ての力を出しつくしてでも絶対に
    お兄ちゃんの邪魔はさせない。

    「離れて!!」

    私の注意に素直に従い、全員が黄金竜から大きく一歩離れる。
    それを確認して力を解き放つ。

    「災厄より生まれし、大いなる災いの焔。
     我が憎悪を受け、怒り狂え。
     『フレアスパイラル』」

    竜の足元から焔が吹き荒れ、螺旋を描いて竜の周りを覆い炎の渦が出来る。
    竜は焔の渦の中に閉じ込められるが、それも僅かな時間。
    もとより魔術、特に焔などに耐性がある竜族に対してアレが決定打に
    なりうるはずがない。
    あくまで囮。
    時間を稼ぐ意味で用いた。

    「赤き竜王の名において、世界を焼くつくせし業火の刃よ。
     その力、我が手に宿り、並み居るもの全てなぎ払い、
     焼き尽くせ!!
     『レーヴァティンッ』!!」

    手に生まれた極限の炎。それを圧縮、固定し剣を形に成す。
    投槍の要領で手に持った猛々しく燃える焔で創られた刃を撃ち出し、
    剣は一直線に竜の頭の付近を狙う。
    狙い違わず竜の額に突き刺さった剣は爆発的な燃焼を引き起こし、
    顔中に広がり燃え続ける。
    しかし、これもあまり効果は無い。
    今だって顔中が燃えているのに黄金竜は平然としている。
    やがて、竜が首を振るい顔中に燃え広がった炎を鬱陶しそうにふり払う。
    そしてお返しといわんばかりに私へと首を向け、炎を収束させる。

    ―今だ!!

    予想通りの反応に心の中で快哉をあげ、二匹の竜がその顔を
    目掛けて突っ込む。
    私と黄金竜の間に割って入ってきた邪魔な存在へと炎を吐く。
    いくら竜が炎に強いと言ってもこれでは無事ではすまないだろう。
    ―普通ならば。
    炎は先ほどまでに比べ明らかに小さく、使い魔は意にも介さずその炎に飛び込み
    その身体を少々焦がす程度でその炎を抜けて、黄金竜の目前まで迫る。
    先ほどから効く筈の無い炎を撃ちまくっていた理由はこれ。
    この密閉空間でこれだけ多くの炎を僅かな間にこれほど使えば
    一時的とはいえ酸素が不足する。
    その上、竜の身体は私たちの何倍もの高さで、高ければ高いほど
    空気中の酸素濃度は薄くなる。
    さすがに、もとより高山地帯にも住まう竜族にとってはこの程度の空気の
    気薄など気にならないだろうが、それが放つ炎は別だ。
    酸素の足りない炎など、弱弱しい炎にしかならない。
    そしてまさに目の前に迫った使い魔を払おうと腕を振るうが、近すぎる所為で
    うまくいかず軽く避けられる。
    二匹の竜は腕を回くぐり顔へと飛び込み、竜の両目に双方が腕を突き刺す。

    「グォォォォーーーーーーーーーーーー!!!!」

    流石にこれには堪えたらしく、無我夢中に腕を振るい見えない敵に対応する。
    目を貫かれた所為で竜にはこちらの様子は見えていない。
    しかも、あの金属の『瘡蓋』のおかげで直ぐには治っても目は開かない。
    そんな暴れ狂う竜にレイスが飛び込み、縦横無尽に振るわれる尾へ向け
    二本の柄を束ね、一本の剣に見立て大きく振るう。
    竜の図太い尾が見えざる巨剣により、二つに断ち切られ、
    竜がさらなる悲鳴を上げる。
    だが、やはりと言うべきか竜の尾はトカゲの尻尾の如く
    徐々に生えてきている。
    呆れるほどの生命力だ。

    「ユナ!!」

    お兄ちゃんの声に黙ってうなずく。
    準備は出来た。
    後はそこまでこいつを誘い込み、全員を連れて離脱する。
    使い魔の一方にレイスたちを回収させ、竜へとデッドアライブを撃ちこむ。
    これで私たちの方向が分かるだろう。
    目が見えない今の状態なら誘導も比較的容易い。
    目的の位置まで来たところで最後の一発に温存して置いたサンダーボルトを構え、
    竜のその片足を狙う。
    弾は見事に命中し、当然生じた痛みとその衝撃でバランスを崩し倒れこむが、
    両腕も使って這うようにしてなお進む。
    そんな黄金竜の様子を哀れに思い、今まさにすれ違うお兄ちゃんの顔に
    視線を移す。
    お兄ちゃんの顔にも深い悲しみと哀れみが現れている。
    やがてお兄ちゃんの詠唱によって浮かび上がった巨大な円を二匹の竜が抜け、
    円の内部に立ったお兄ちゃんがそのまま地面に剣を突き立てる。
    それと同時に円で囲まれた空間が光を出し、輝きだす。
    決して強い光ではない、穏やかな夜の光だ。

    「暴食の罪、七つの大罪。
     その魂を喰らい、糧とせよ。
     異界より来たれし魂の支配者。
     至高の王たる者の、
     その礎となるがいい」

    詠唱と共に徐々に輝く円を闇よりもなお暗い影が覆っていき、
    その輝きを奪っていく。
    それは月喰らい、月食の光景と似ていた。

    「 喰らいつくせ!!『エクリプス』」

    全ての輝きが闇に包まれ、異なる異界と化したその空間を覆っていた
    暗い影は獲物を見つけた言わんばかりに鎌首を上げ、竜に纏わりついていく。
    影は竜の身体を、補っていた仮初の肉体を魔力へと分解し、吸収していく。
    その痛みに、なにより最も原始的な感情である恐怖に声を上げる。
    陰から抜け出そうと暴れるが、底なし沼の如く竜はその場から抜け出せず、
    消えたはずの傷が蘇ってくる。
    ところどころの肉を失い、見るも無残な姿の竜にお兄ちゃんは
    静かなる終わりを告げる。

    「喰らえ」

    幾重もの影が一斉に立ち上り、お兄ちゃんごとその空間を覆って行き、
    ドーム状に覆われ完全に隔離される。
    ドームは徐々に収縮をはじめ、ついにお兄ちゃん1人が収縮した
    闇の中から現れ、消滅した。
    そこにはもはや竜のいた痕跡すら残されていない。

    「お兄ちゃん!?」
    「来る・・・・な」

    だが、闇から出てきた次の瞬間、お兄ちゃんが体を押さえ蹲る。
    体内に入ってきた異物の感触に身を震わせ、その存在を無理やり押さえつける。
    だが、押さえつければ押さえつけるほどその力は暴走を暴走し続け
    身体中を何かが這い回る。
    喰らった非常識な魂と魔力の強大さに翻弄されつづけ、なによりも
    異常な力を用いた代償が身体を侵していく。
    そして、さきほどまで黄金竜を蹂躙していた影がお兄ちゃんの身体から
    溢れ出て来る。

    「暴走?
     まさか・・・・魔王の・・・再臨?」
    「お兄ちゃん!!」

    いけない。
    今のままではお兄ちゃんが危ない!!
    あの時と同じだ。
    恐れていた事態になった。

    「待て!!
     暴走した王を止めるには1人では力不足だ」

    レイスが駆け出そうとした私を引きとめようと手を伸ばすが、
    それは後一歩で届かず私はお兄ちゃんの下へと駆け出した。

    『もしもの時はお前が・・・』

    お兄ちゃんが去り際に呟いた言葉。
    お兄ちゃんはこの力の異常性、そしえ危険性に気付いていたのだろう。
    だが、それでも私たちを守るために使った。
    そして、抑えきれなかった私に止めるよう頼んだのだ。
    それはつまり自分に引導を渡してくれという意味かもしれない。
    でも、私はおにいちゃんを信じる。
    お兄ちゃんならきっと約束を守って戻って来れる筈だ。
    絶対に諦めてたまるか。
    影は近づいてきた私に対して襲い掛かってくる。
    幾重もの影が私の身体を覆っていき動きを止められる。

    「お兄・・・ちゃん・・・・」
    「ユナ!!戻れ」

    もう、ギンたちの声もほとんど聞こえない。
    影が私の身体を覆いつくし、お兄ちゃんを中心とした闇の中へと
    引きずり込まれる。
    真っ暗な闇の中、まるで水の中いるようでまとわりつく影を押しのけながら
    この中にいるはずのお兄ちゃんの姿を探す。
    だが、一歩歩くごとに急激に力が抜けていき、そのまま意識が飛びそうになる。
    気を奮い立たせ何とかこの闇の中で耐えるが少しずつ意識が朦朧としてくる
    なおも影が私に群がり、その魔力を奪っていく。
    やがて、意識が落ち闇の中で倒れ付す。








引用返信/返信
■207 / ResNo.15)  赤き竜と鉄の都第16話
□投稿者/ マーク -(2005/05/01(Sun) 16:52:59)
    『始まりの日』













    「緊張してるのか?」

    ここは?
    どこか見覚えのある光景。

    「うん。ちょっとね」
    「7年、いやもう8年になるか。
     久しぶりの我が家だ。
     無理も無いな」
    「でも、今年の夏休みとかにも帰ってきてたからそんなに
     懐かしいわけではないん筈だけどね」

    ああ、そうか。
    今度はあの時の。
    学園を卒業して家に戻ってきたとき。
    あの運命の日だ。

    「まあ、気分的なものもあるだろうな。
     それに休みのときは戻ってきたと言う感じじゃなかったし
     これでやっと帰ってきたと言えるんだろうな」
    「そういうもの?」
    「そういうものだ」
    「そっか」









    ―コンコン

    「はーい、どなた?」

    そういって懐かしい声と共にドアが開かれる。

    「レイヴァン!!
     それにユナも!?」
    「ただいま、お母さん」
    「ええ、一体どうしたの?」
    「どうって、俺たちもう卒業したんだけど。
     ほら」

    そういってお兄ちゃんと私は学園を卒業した証のペンダントを見せる。
    お母さんはさらに驚き、確かめるようにしてペンダントを食い入るように眺める

    「・・・本物ね。それにしてもユナも一緒に卒業してるなんて」

    私も最初は年齢的に普通のクラスとは異なるクラスに入れられた。
    ごく稀に親が高名な魔術師でその子供ということで入学させられたり、
    ここの教師の子供といった理由でいままだ式を構築できなくても
    異例として入学した者たちを集めたクラスだった。
    学園は既に魔術を構築することの出来る人間をさらに磨くことが目的で
    当然、普通の入学者はすでにそれを前提として教育を受ける。
    私たちの場合はそこからやらなければならないのでどうしても通常のクラスより遅れる。
    結果、1,2年もの間その辺りをみっちり教えられやっと普通のクラスに入った。
    そのころには同級生の年齢は私より僅かに上なだけでそう違和感は無くなっていた。
    兄弟ということで寮の部屋こそ一緒、というかルームメイトというやつだったが
    クラスが完全に違うというのははっきり言ってとても不満だった。
    だが、何年か経ってお兄ちゃんたちの後を追うように進められる授業に
    嫌気が差して来た頃、たまたま隣だった耳年増だった少女から
    『ユナちゃん頭良いから飛び級出来るかもね』
    と聞き、私は今まで以上に勉強し、次の年には晴れてお兄ちゃんと同じ学年まで
    僅か1年で上りつめた。
    その新学期で、お兄ちゃんがクラスに入ったら私がいたものだから、
    凄くうろたえていたのを良く覚えている。

    「夏にちゃんと伝えてくれてたら良かったのに」
    「ちょっと驚かせたかったんだ」
    「そう、まあいいわ。
     ちょっと前に二人の卒業祝いを用意してたんだけど
     早すぎるかなって思ったらちょうど良かったみたいね。
     今日は二人の卒業祝いにパーティーにしましょう」
    「お父さんは?」
    「まだ、仕事よ。
     夕方には帰ってくるでしょ」

    手先が凄く器用で父は街の方で機械の技術者をやっている。
    また、仕事ではないが壊れた機械や道具を買い取って
    修理したりもしている。
    だいたい、修理したら売ってしまうのだがそのおかげで
    家にはお父さんの修理した奇妙なものが僅かに残っている。

    「二人とも早く着替えてきなさい。
     部屋は夏休みのときのままにしてあるわ」
    「はーい」
    「分かった」

    懐かしの我が家。
    懐かしい私の部屋だ。
    お母さんの言うとおり部屋は昔のまま変ってない。
    手に持っていた大きなカバンをベッドに置き、その中から
    着替えを出す。
    部屋着というわけで薄手のシャツを着込み、下はショートパンツと
    いった感じだ。
    着替え終わったらカバンの中の荷物を部屋に仕舞っていく。

    ―コンコン

    「はーい?」
    「俺だ」
    「お兄ちゃん?
     どうしたの?」
    「入っていいか?」
    「ちょっ、ちょっと待って!!」

    慌ててカバンから取り出していた服や下着などをカバンに戻し、
    軽く部屋を片付ける。

    「もう、いいか?」
    「いっ、いいよ」

    そういってドアが開き、既に着替えたお兄ちゃんが部屋に入って来る。

    「いったい、どうしたの?」
    「んー、実はさっき母さんが言ってた卒業祝いって気にならないか?」
    「気にならないと言えば嘘になるけどそれが?」
    「多分、貰えるのは父さんが帰って来てからだろ?
     けど、帰ってくるくるまでまだ、だいぶ時間がある。
     というわけで、先に一目見ておかないか?」
    「えっ、でも」
    「まあ、無理にとは言わないし、ユナがいいって言うなら俺も止めとく。
     1人だけってのはずるいからな」
    「・・・どこにあるかは分かるの?」
    「夏に父さんが面白いものを買ってきたって言ってたから多分それだと思う。
     と来れば、あるのは父さんの部屋だろ?
     どうする?」
    「・・・・行く」
    「良し。母さんは料理に忙しいとはいえ静かにしろよ」
    「うん」





    ―キィィィ

    「また、色々増えてるね」
    「だな」

    部屋を見渡し、目的のものを探す。
    さすがにそんな簡単なところには置いてないか。

    「まあ、父さんのことだからこの物置だろうな」

    そういって、お兄ちゃんが部屋にあるクローゼットを開け、
    中を探る。

    「おっ、これか?」

    奥から二つの箱を発見し、それを抱えて物置から離れる。
    二つの箱の内、片方のふたを慎重に開け中を見る。
    あったのは二丁の拳銃。
    箱の中には他に簡単なメッセージカードが入っている。
    さすがに中身は読まないが、その中に私の名前が
    書かれていた。

    「これがユナのか。
     じゃあ、こっちが・・・・」

    今度はもう一方の箱をあけ、中身を見る。
    同じように簡単なカードが入っており、その下に
    妙な棒が入っている。

    「これが俺のか?」

    私は今でも珍しい銃が二丁。
    それに比べてわけの分からない棒が一本だけというのは
    さすがに不満に思うだろう。

    「うっ、こんな小さいくせに妙に重いな」

    そういって棒を両手で持ち上げ、食い入る様に眺め、いろいろ試す。
    そして、棒を持ったまま上下に手を振ると棒が延びた。

    「なんだ、これ?」

    同じような動作で棒を振るとさらに伸び、一本の棒になった。
    それを面白く思ったお兄ちゃんは今度はそれを槍に見立て、
    突き出すと棒がさらなる変化を起こす。
    棒の先が変化し、刃になり槍となった。
    その様子に思い至ることが合ったのか今度はそれを横に払うと
    剣になる。

    「なるほど。だが、重さは変らないのか」
    「なにそれ?」
    「よく分からないが俺の思った形に変化してくれるらしい。
     では、次は」

    私が手に持った箱の中にある二丁の拳銃を眺め、その形に
    それを変える。
    見事にそれは鎖で繋がれた二丁の拳銃と化し、お兄ちゃんの両手に納まる。

    「分離は出来ないか。なら弾も・・・・」

    ゆったりとした動作で銃口を上げ、壁に向け引き金をゆっくり絞る。

    「お兄ちゃん!?」
    「・・・・やっぱり駄目か。
     この様子だと矢なんかも不可能だろうな」

    二丁の銃を最初の棒へと戻し、箱に仕舞おうとしたところで
    刻まれた文字に気付く。

    「MOS。メモリーオブソウルか」

    それがこの武器の名前らしい。
    気になったので私も銃を手に取り眺める。

    「デッドアライブ01、02」

    名前からしてこの銃は姉妹銃なのだろう。
    だが、銃に対する知識などないのでそれ以上は分からない。
    でもこの銃から何かが感じられる。

    「そろそろ戻るぞ。
     ばれたら怒られる」
    「分かってる」

    慌てて銃を箱に仕舞い、物置の中へと戻して部屋を出て行く。







    「まあ、とにかく。
     二人の卒業を祝って」
    「「「「完パーイ」」」」

    ―カチャン!

    テーブルに所狭しと置かれた大量の料理を前に
    全員向かい合って、グラスを当てる。
    中身はワイン。
    無礼講と言うことでお父さんが許可してくれた。

    「しかし、この年で卒業してしまうとはな。
     天才って言うのはユナのことを言うだろうな」
    「そんな大げさだよ」
    「でも、レイヴァンも飛び級と言えば飛び級でしょ。
     これも凄いことなんじゃないの?」
    「俺の場合はユナほど凄くないからな。
     一年で一気に2,3年分飛ぶやつなんて滅多にいなかったな。
     しかもこんなに若く」
    「それでもお兄ちゃんも学年ではトップに近かったでしょ?」
    「お前もな」
    「ははは、そうだ。
     お前たちに卒業祝いをやらなくちゃな。
     ちょっと待ってろ」

    そういって席を立ち、二階にお父さんの自室へと向かう。
    きっと、デッドアライブとMOSだ。
    ふと、顔をお兄ちゃんに向けると笑いながらお母さんと話している。
    どうも、私の視線には気付いていないらしい。
    ふと、身体に生じた妙な違和感に気付く。

    「どうしたユナ?
     顔が赤いぞ」
    「あっ、ちょっと飲みすぎたかも・・・。
     少し風に当たって来る」
    「おい、ユナ」









    「アツイ」

    熱い。
    身体中が暑い。
    まるで自分の身体の中に炎が存在するみたいだ。
    苦しい・・・

    「ユナ?
     本当に大丈夫か」

    私を心配したお兄ちゃんが家から出てきた私を追ってきた。
    すると、お兄ちゃんの姿を確認した瞬間、私の身体の中の
    炎の熱さがさらに上昇した。
    駄目・・・来ないで・・・

    「ユナいったいどうし・・・・」

    抑え切れない。
    何かがわたしの中から現れてくる。

    「あ!?」

    それが現れた。
    夜の闇よりなお暗い漆黒の身体。
    赤く爛々と輝く真紅の瞳。
    蝙蝠を思わせる巨大な翼、太い丸太のような太い腕、
    あらゆる物を切り裂く鋭利な爪。
    そして悪魔のような大きな二本の角を頭から伸ばし、
    その口からは火の粉が吹き荒れる。

    「なっ―」

    突如現れた圧倒的な存在。
    お兄ちゃんもその威圧感にたじろぎ、あとずさる。
    だが、身体からほとんどの魔力が奪われ、力が入らずに
    倒れこんだ私を見た瞬間、恐怖も忘れて私に駆け寄って来る。

    「ユナーー!!」
    「来ちゃ・・・・駄目」

    残った力を振り絞り声を上げようとするが届かない。
    私へと近づこうとしたお兄ちゃんをその存在は太い縄のような尾で
    軽々と弾き飛ばす。
    吹き飛ばされたお兄ちゃんは家のドアを突き破り
    中まで転がされる。
    その物音を聞きつけたお父さんとお母さんが玄関まで現れ、
    私を竜、そしてお兄ちゃんの姿を見て硬直する。
    そして、竜の口に光が集まり―

    「グォォォーーーーーーゥ」

    炎が放たれる。
    炎は玄関へと着弾し、その爆風に当てられ二人も気絶する。

    「お父さん・・・お母さん」

    どんどん身体から魔力が奪われ、意識が飛びそうになるが必死に耐える。
    そして、燃え上がる玄関から一つの影が飛び出してくる。

    「うぉぉおーーーーーーーー!!」

    一本の槍を構え、竜を目掛けて一直線に突撃してきた。
    だが、竜の身体には刺さらず、その表皮に弾かれて止まったところで
    大きく振るわれた腕に弾かれる。

    「ぐあああっ」
    「お兄ちゃん逃げてーーー!!」

    力振り絞り、泣きながら叫ぶ。
    このままだとお兄ちゃんが!!

    「待っていろ・・・今助ける」

    だが、私の叫びを無視しなおも竜へと挑む。
    力の差は歴然で、もはや遊ばれているだけだ。
    満身創痍になりながらも、槍から剣へと変えたMOSを
    杖代わりにし、ふらふらと危なげに立ち上がる。

    「・・・神でも悪魔でもいい。
     力を貸しやがれ。
     あいつを守れる力を―」

    頭から血を流し、おぼつかない足取りで竜へと歩く。
    そんな様子に竜はもう飽きたのか特大の炎を吐き出す。
    炎がお兄ちゃんの元へと迫り、焼きつくさんとす。
    ―お兄ちゃん!!
    もはや、声も上げれず自らよりも大きな炎の向かう先を見る。

    「はぁぁーーーーーーーー!!」

    だが、何かが乗り移ったかのように今までとは明らかに異なる動きで
    炎を切り裂き、捉えきれぬほどのスピードを持ってして竜へと突っ込む。
    そして振るわれる特大の剣と化したMOSを竜へと突き立て、
    さらに水平に振りぬく。
    竜が叫びを上げ、それと同時に今まで以上の圧倒的な脱力感に
    意識を刈り取られる。
    最後に見えたのは全く別人のような顔で狂ったように笑うお兄ちゃんと
    無傷の竜の姿だった。










    「あの時・・・・」

    あの後目が覚めてみた光景は最早焼け落ちた我が家と
    全身にやけどを負った両親の死体。
    そして居間のあった場所に残された二丁の拳銃と
    部屋に燃えずに残っていた私にカバンだけで、
    お兄ちゃんの姿も竜の姿もどこにも無かった。
    そして、お兄ちゃんを探すために私は旅に出て、
    バルムンクたちに出会った。
    そしてこの力のことも知った。

    「お兄ちゃん。どこ?」

    再び暗闇の中で目を覚まし、お兄ちゃんの姿を探して進む。
    力が出ない。
    魔力を食い尽くされ、急激な疲労感がこの身を襲う。
    だが、それでも立ち止るわけには行かない。
    当ての無い闇の中を進んでいき、やがてポツンと闇さえも
    存在しない『無』としか形容できないよう妙な空間が見えてきた。
    そこにあったのは悲痛な顔を上げ、立ち尽くすお兄ちゃんの姿。

    「お兄ちゃん!!」

    慌てて駆け寄ろうとするが闇とその空間の間に見えない壁がある。
    その壁を叩き、お兄ちゃんを力の限り呼ぶ。
    その叫びに気付き、ゆっくりお兄ちゃんが生気の無い顔を振り返る。

    「ユナ、やっぱり駄目だったらしい。
     頼む、俺を殺してくれ」
    「なっ!?」

    心のどこかでその答えを予想していた。
    だが、信じたくなかった。
    そして認めたくなかった。

    「駄目なんだ。
     俺では僅かな残滓ですら抑えきれないらしい。
     頼む、まだ俺の意識が残っているうちに、
     コイツを抑えられる内にやってくれ」

    自嘲気味に笑い、覇気の無い声で喋る。
    そんなの嫌だ!!
    出来るはずが無い!!

    「いや!!
     絶対にいや!!」
    「ユナ、俺はあの時死ぬはずだった。
     そして今まで自己を持って生きてこれた。
     だから、もういいんだ」
    「死ぬはずだったから死んでも構わないなんて、
     そんなはずないじゃない!!」

    お兄ちゃんの瞳が僅かに揺らぐ。
    だが、それでもお兄ちゃんは言葉を続ける。

    「だが、俺がもたらした災厄は多くの人を悲しませた。
     父さんも母さんも俺が・・・。
     これは償いでもあるんだ」
    「死んで償うなんてそんなの償いなんかじゃない!!
     ただの逃げよ!!」
    「だが、最早俺は戻れない!!
     ならば、再び堕ちる前にお前の手で―」
    「ふざけないで!!」

    涙をこらえ、お兄ちゃんをきつく睨みつける。

    「私に!
     私に二度もお兄ちゃんを殺せって言うの!!」
    「ユナ・・・・・」
    「お願い・・・私を一人にしないで」
    「・・・お前はもう一人じゃないだろう。
     もう俺がいなくても・・・・」
    「駄目だよ。
     私にはお兄ちゃんがいなくちゃ駄目なの。
     だから、お兄ちゃんが道を間違えたら引き戻してあげる。
     もし、道から外れたら私も一緒についていく。
     だから!だからずっと一緒にいて!!」
    「・・・俺は・・・生きていいのか?」
    「うん」

    ゆっくりと、しかし確実にお兄ちゃんが私の元へと歩いてくる。

    「俺は許されないことをした」
    「私が許してあげる」
    「・・・ユナ。
     俺はお前の隣にいていいのか?」
    「うん。
     お兄ちゃん。
     うっうう」

    堪えきれずに涙があふれ出してくる。
    私とお兄ちゃんを隔てていた壁を抜け、泣き崩れる私を
    強く抱きしめる。

    「悪い、ユナ」
    「っく、お兄・・・ちゃん」
    「生きて償え、か・・・その通りだな。
     今まで、一人にしてすまなかったな」

    今までとは違う、重く凄みのある声で辺りを覆う影と闇に命ずる。

    「帰れ影よ。我が元へと。
     我が声に従え」

    闇がうごめき、お兄ちゃん元へと集まっていく。
    周囲を覆う闇が集い、上から徐々にこの空間が崩壊していく。
    闇が削られ穴が空き、上から光が差し込む。
    そして、全ての闇が消えうせた。

    「ユナ、レイヴァン!!」
    「二人とも大丈夫ですか?」
    「まさか、戻ってこれるとは。
     大した男だ。
     いや、大した兄妹だ」





引用返信/返信
■208 / ResNo.16)  赤き竜と鉄の都第17話
□投稿者/ マーク -(2005/05/01(Sun) 16:53:59)
    『脱出』








    「二人とも調子はどうだい?」
    「魔力不足で倒れそう」
    「魔力が多くて破裂しそうだ」

    あの影に魔力を奪われたおかげで足取りが危うい。
    そして吸われた先であるお兄ちゃんは逆に多くて
    飽和状態も陥っている。

    「なるほど、僕にはそんな経験は無いが協団のほうでは
     無理やり魔力を増やす方法は研究されている。
     その話によると身体が耐え切れず、制御も出来なくて
     総じて暴走するらしいね。
     ともかく、この状態では戦闘は無理だな。
     レイヴァン君の魔力をユナ嬢に上げれれば全て解決できるのだが」
    「そんな方法あるのか?」
    「簡単だよ。それは―」
    「「却下ーーーーーーーーー!!」」

    私とお兄ちゃんがそろって声を上げる。
    そっ、そんなの出来るはずが無いじゃない。
    その・・・お兄ちゃんが望めば構わないけど、
    やっぱりこんなところでってのはちょっと。
    しかも、そんな理由でだなんて絶対に嫌だ。
    って、私なに考えてるんだろ。

    「よく分からんが、嫌なら無理にやらせるにはいかないな」
    「そうかい?まあ、本人がどうしても嫌だと言うなら
     別にいいけど」
    「ですが、お二人が動けない状況では脱出も困難ですね」
    「そうね」

    この地下から一階まで上がるだけとはいえかなりの距離がある。
    しかも、誰もここまで来ないと言うことは入り口付近に
    待ち伏せしてる可能性が高い。
    残念だけど私もおにいちゃんも現状では唯のお荷物。
    そのうえ、残りの3人も疲労困憊だ。
    ああ、どうすれば。

    「あっ、そうだ」
    「何かいい考えでも思いついたの、お兄ちゃん?」
    「いや、そういうわけではない。
     あの黄金竜の再生の理由がな」
    「理由?」
    「そうだ。ほれ」

    そういって、小さな竜が出てくる。
    って、まさかこれって!?

    「多分お前のだろ?」
    「うん、魔族とかじゃなくて、こいつが傷を埋めてたんだ」

    三匹目の使い魔。
    あの魔王の戦いのときに不覚にもラインが途切れ逃げられた私の従者。
    こいつはニールと違って比較的大人しいがそれでもアルがもっとも従順だ。
    なにかに引かれて私から離れたところで捕まったのだろう。
    これに魔力を注いで実体化させることによって仮初の肉体を生み出し、
    それで傷口を埋めてたわけだ。
    普通ならただの使い魔ではあの規模の修復は出来ない。
    だが、私の使い魔ならそれこそ別だ。
    こいつらは普通の使い的は比べ物になられない力を持ち、
    その魂の規模も申し分ない。
    なにせ、その正体は本物の竜そのものなのだから。
    正確には死した幼竜の魂と契約を結んでいる。
    ただ、幼竜と言っても竜に変わりは無く、従わせるなどほぼ不可能なこと。
    当時、死した魂を使い魔にする術が生まれて直ぐは多くの魔術師たちが
    最強の使い魔を求めて、幻想種と呼ばれる今でも数の少なくなった
    超越種たちの魂を手に入れるためそれらが大量に虐殺された。
    だが、その魂を従わせられたものは一握りにもみたず、
    結局、この魔術もまた廃れていった。
    そんなわけで竜の魂と竜の身体ならば相性もとても良いので、
    拒否反応もまず起こらない。
    まあ、こんなところで思わぬ収穫だ。


    ―ダダダダッ

    「1,2,3・・・やれやれ、また増えたよ。
     完全に包囲するつもりだね」
    『オーホッホッホ、形勢逆転よ。
     黄金竜が落とされたのは誤算だったけど、
     最後に笑うのは私だったようね』

    あの時、扉の向こうに放り込んだあの女の笑い声が
    部屋中に響く。

    「そういえば先ほど外に放り出してましたね」
    「そうね、こいつを人質に脱出って手もあったのにね」
    「これは、ちょっと判断をしくじったかな。
     証拠は押さえたけど、ここから出られなければ意味が無いし」
    「まあ、あそこで放っておいて死なれても困ったし、
     ようは逃げ切れればいいさ」

    全員ボロボロで、その内二人は完全な足手まといだと言うのに
    随分と緊張感の無い会話が繰り広げられる。
    あの女の声はあれ以降聞こえないが、突入する気配も無い。
    多分、私たちの様子は把握できていないのだろう。
    でも、出口を固められている現状はかなり厄介だ。

    「ユナの魔力さえあれば天井の穴を通って逃げられないことも
     ないんだけどな」
    「あいにく、少しも残ってないわ」
    「はあ。仕方がありませんね」
    「リン?
     もしかして何かいい手あるの?」
    「ええ。
     レイスさん、『腕』を出してください」
    「いいけど、まさかこれを返すから見逃してくれ。
     なんていう訳じゃないよね」
    「当然です。ギン」

    受け取った腕を今度はギンへと放る。
    慌てて腕を掴み、なにか面白そうに笑う。

    「リン、もしかして許可取ってるのか?」
    「ええ。念のためにいざとなってら使えるように
     一度だけですが許可は取っておきました」
    「よし。
     久しぶりに使えるぜ」
    「何をする気?」
    「ようは相手の戦意を喪失させるか、
     ここから逃げ出せればいいんです。
     彼の技師が生んだ義手の力、良く見ててください」

    ギンが嬉々としてボロボロになった義手を外し、
    『銀の腕』をはめ込む。
    装着した『腕』の具合を確かめるようにして動かし、
    その機能を確かめる。

    「やっぱり、コイツは凄いな」
    「では、ギン。
     お願いしますよ?」
    「任せとけ!!」

    そういってギンが扉へと駆け出し、その丈夫そうな鋼鉄製の扉を
    義手で殴り飛ばす。
    その後ろに控えていたらしい兵を巻き込みながら拳の形に見事に
    凹んだ扉が吹き飛ばされる。
    そして、扉の横にいた兵がその様子に唖然としている間に
    一発ずつ拳を叩き込み全員、昏倒させる。

    「じゃあ、進みましょう」







    「うあああ、来るなーー!!」
    「効くか!!」

    後ろにいる私たちまで覆うほどの規模で展開した障壁を盾に
    銃を撃つ男たちに接近し、その拳をお見舞いする。
    だいたいその一発で兵は倒れ付している。
    今更ながら、なんというパワーだ。

    「さーて、いろいろ試させてもらうぜ」

    義手が変形し、筒状のものがせり出してくる。
    それを向かってくる兵たちに向け、放つ。
    巨大なエネルギーの塊が放出され、着弾点に強大な穴を開け
    その周りにいた兵を吹き飛ばす。
    次はその腕を振るい真空の刃を生み出し、切り刻む。
    特定の魔術式を道具に刻み込むことによって魔力を流すだけで
    その魔術を使用するということは魔術の発展の中でも
    重視され続けてきたものだ。
    魔術の最大の弱点である詠唱を短縮、もしくは不要とする、
    そのために考えられたものだが、複数の魔術式を一つのものに
    刻み込むというのはとても困難なのだ。
    お互いの魔術式が干渉し合い、まともに動かなくなったり
    することもよくある。
    そんなわけで、刻み込む魔術式の数は1から3が妥当。
    私のデッドアライブやノーザンが良い例だ。
    そして、それを超えれば、安定した機能は望めない。
    だが、この男はそれをやっている。
    正確にはその義手、魔法文明時に名を馳せた最高の義手。
    備えられた式はその常識を完膚なきまでに打ち破り、
    その数は今まで見ただけでも、10を超えている。
    しかも、あるのは身体能力拡大、重量変化、形状変化、物質操作に
    真空波、火炎弾、魔力障壁、雷撃、水刃、光剣etc,
    なるほど、ここまで問題になるわけだ。
    実際に目で見て、その評価を大きく修正した。
    しかし、このギンの暴れっぷりはどうもバカに刃物と言った感じで
    少々、敵に同情したくなる。
    が、それでも突っ込んでくる敵も敵なので好きにさせている。

    「ねえ」
    「はい、なんでしょう?」
    「なんでさっきはこれを使わなかったの?」
    「ああ、それはですね。
     校長に『腕』を使うのは一度だけと制約で決められてるんです。
     切り札はそれに合った場面で使わなければ切り札にはなりえませんので」
    「まあ、確かに1度しか使えないなら温存してて良かったとは思うけど」

    でも、あれば少しは楽だったんだろうな。
    喋りながらも走る速度は緩めない。
    ギンが作った道のおかげで何とか脱出できそうだ。

    「みんな出口だ」

    レイスが指し示す方向に向かって全員駆け出す。
    訂正、1人を除いて全員駆け出す。
    残っているのは最後まで暴れまわっているギンだ。


    「ギンのバカ!ユナ」
    「分かってる」

    ええーい、とっとと来なさい!!
    もはや、敵にしか目が向いてないギンをこちらの世界に
    呼び戻すため、なけなしに魔力で竜を出す。
    ギンはそれに気付かず、ゆっくりと竜が近づいていき。

    ―ガブッ!!

    「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!????」

    頭を押さえ、声にならぬ叫びを上げる。
    本当だったら三匹まとめて噛み付かせたいくらいだ。
    さすがに、これで私たちに気付き、腕の銃で追ってくる兵を
    牽制しながら向かってくる。

    「これを外せ!!」
    「暴走してたギンが悪いんです。
     しばらくそのままで反省してください」
    「ごめん、それは無理」
    「ええ!?」
    「もう魔力も無いから」

    そういって、ギンの頭に噛み付きながら引っ付いてきた竜が消える。
    とたん、ギンの頭から帯びたただしい血が流れてくる。

    「ぐお!?血が」
    「その程度ならどうせ、直ぐ治るんですから我慢してください」

    頭からだらだらと血を流しながら逃走する男とその仲間。
    はっきり言ってこの男の仲間とカウントされたくなくなってきた。
    ・・・・元から嫌だったけど。

    「この先だ・・・・ったんだけど」
    「凄い数だな」

    建物の周りを覆う壁の出口である門に群がった人、人、人。
    これを突破するのか。
    先ほどまでの狭い通路と違って何人もの敵を同時に相手しなきゃ
    ならないし、言いたくないが足手まといにしかならない私たちを
    守りながら戦うのはかなり厳しいだろう。
    ああ、魔力があれば竜の背に乗って空を跳んでとんずら出来るんだけど。

    「どうする?」
    「道が無いなら作るまでだ」

    そういって目に前の門とその隣の門のちょうど真ん中に当たる部分に
    向け駆け出す。
    道が無いなら作るまで?・・・まさか。

    「うおら!!」

    予想通りというべきか、周囲を覆っていた巨大な壁の一角を
    その拳で打ち貫き、外壁はガラガラと音を立てて崩れていく。
    さすがにその行動には門に待ち構えていた兵も唖然としている。
    私たちは慌ててギンの後を追い、崩れた塀から抜け出す。

    「まっ、待てえ!!」

    私たちが兵を抜ける様を呆然と見ていた兵がやっと再起動し、
    統率も何もない動きで追ってくる。

    「ユナ。仕上げにアレを」
    「分かってる。
     って今の私じゃ無理だから―」
    「貸して」

    レイスにノーザンを手渡し、その力が発動される。
    崩れた壁の周囲から広範囲に私たちには効果が及ばない範囲で
    霧を振りまき、足止めをする。
    統率の取れていない兵たちは物の見事に混乱し、
    ここまで追って来れなかった。











    「ああ、やっと終わった」

    心底疲れた声でギンが呟き、全員その場に座り込む。
    でも、本当にやっと終わった。
    あの女には結局、制裁を加えられなかったが
    無断での技術流出や王国との繋がりの証拠も押さえたし
    これであの女は捕まるだろう。
    腹の虫は収まらないが、ひとまずこれで我慢しよう。
    しかし、アルテの頼まれごとのおかげでまた、
    とんでもないことに巻き込まれたものだ。
    既に分かれて三ヶ月が経とうとしている。
    向こうはどうしているだろう?
    あの少女。
    セリスと言ったかはおそらく私たちと同じだ。
    ここまで多く集まると何かが起こる前触れなのかもしれない。
    っと、そういえば。

    「レイス」
    「なんだい?」
    「生き残ったら教えると言ったよね。
     貴方は何者?」

    あまり他人に教えるべきことではないのでギンたちが他の事に
    気が行ってるのを確認し、お兄ちゃんを呼んで声のトーンを
    落として聞く。

    「教会所属:アーティファクト専門部署第十三課
     『封ずる狗頭(シールパンドラ)』に所属。
     通称は『氣公子』」
    「そういうことじゃないことぐらい分かるでしょ」

    レイスのいった内容は少々驚きのことだったが、
    私が知りたいことの方が重要なので無視する。

    「王のこと?」
    「それ以外何があるのよ。
     それほど知っていると言うことは貴方も王でしょ?」
    「ふふふ、どうやら君はまだ使いこなせてないようだね」
    「えっ!?」
    「王なら相手が同じかどうかは分かるらしいよ」
    「らしいって・・・・お前は違うのか?」
    「ああ。
     僕がこのことを知っているのは何代か前のある王が僕の先祖にあたる人物で
     他の者たちの劣化を知り、自らも自身の使命を忘れることを防ぐため
     その知識を全て一冊の本に記し、子孫に残したんだ」
    「じゃあ、あんたは」
    「位置的には唯の協力者さ。
     アーティファクトの収集もその使命のため。
     納得してくれた?」
    「一応は・・・」
    「納得だが」
    「なら、っと連絡か」

    そういって懐に手を差し、何かの道具を取り出す。
    教会での通信機器か何かだろう。

    「なんだって?
     ・・・そうか分かった。
     だが、そちらはどうする?」

    何かあったのだろうか。
    教会からの通信。
    また王国に何か変化が?

    「では、僕もそうするとしよう。
     リューフとアンナにもよろしく言っておいてくれ
     では」
    「何かあったか?」
    「あまり良くない情報かな?
     王国が国内のレジスタンス狩りに乗り出す気らしい」
    「なっ!?」

    レジスタンス狩りって、まさかクロアたちがドジったんじゃ。

    「まあ、反乱の兆しありってことが王も気が立ってるみたいだしね」
    「反乱?
     なんのこと?」
    「知らないのかい?
     王女が城を抜け出して行方をくらましたらしい。
     しかも、噂では今の王国の方針に不満をもつ者を
     集めてクーデターを起こすつもりだとか」
    「えええ!?」

    リリカルテ様が行方不明!?
    一体何がどうなっているのやら。
    その上、クーデターなんていくらなんでも・・・・
    やらない・・・・か・・・な?
    どうだろう、余り会った事が無いとはいえ、
    印象に残っているのは芯が強い人だったという記憶しかない。
    あと、アルテから聞いた噂では結構無茶をする人らしい。
    駄目だ。
    本当のことに思えてきた。

    「で、興味深いのがさっきのは僕の同僚からの連絡だったんだけど
     王宮には魔族が住みついているらしい。
     それもかなり高位のが」
    「高位かどうかは知らないけど魔族とかかわりがあるのは
     私たちも知っているわ」
    「うん、でもね。
     それは魔族ではないかもしれない」
    「・・・何が言いたいの?」
    「それは」
    「それは何なんですか?」
    「・・・・・・」
    「・・・・・・・」
    「・・・・・・・・リン?」

    気がつけばリンが直ぐ近くまで来ていた。
    先ほどまでリンと話していたギンはうつぶせに倒れ、
    右腕についていた彼の義手はなくなっている。
    左手に血が付着していてその血で何か文字が書かれている気がするが
    気にしないでおこう。

    「少々大事な話のようでしたが、王国がまた大変なことになると
     聞こえてしまい、つい・・・すみません」
    「ああっと、いいのよ。
     リンの場合聞きたくて聞いたわけじゃないでしょ」
    「まあ、それはそうですが。
     それより、王国はレジスタンス、
     つまり獣人を襲うつもりでしょうか?」
    「多分ね。どうにか止めたいけど、どうにも・・・」
    「そうですね、頼んでみましょうか?」
    「へっ?」
    「いえ、今回の報告の時に校長に頼んでレジスタンスと
     クーデターの支援、を頼んでみましょうか?
     と尋ねたのですが」
    「そっ、そんなことして大丈夫なの?」
    「校長も今の王国の現状に不満をもっていますし、
     クーデターに成功すれば王国との関係も改善されるでしょう。
     支援についても、校長なら反対しないと思います。
     他の者にも王国とは既に小競り合いは起きているので
     正当防衛ということで言い含められると思いますよ」
    「でも、そうしたら王国の矛先がこっちにまで来るわよ」
    「もとより、王国がアイゼンブルグを放っておく筈はありません。
     それに意外と大変なんですよ。
     王国の異種族差別で逃げてきた獣人やエルフが年々増加していて
     アイゼンブルグの人口がここ数年で特に跳ね上がってます。
     おかげで仕事が無くて食うものに困り犯罪に手を染めるものも
     しばしばいて、治安が悪化していまし。
     もし、これで王国全土の異種族がアイゼンブルグに亡命してきたら
     とてもじゃないですが保護仕切れませんよ。
     それによって引き起こされかねない事態なんて考えたくもないです」
    「そっか、言われてみればそうね。
     アイゼンブルグもあくまで独立都市だから大きさ自体は
     そこまで大きいわけでもないもの」
    「ええ。
     だから、これは私たちの安全のためでもあるんです。
     貴方は貴方のすべきことをしてください。
     もう一度、王国を救ってください、赤き竜」
    「あっ、知ってたんだ・・・」
    「ええ、まあ。
     なんとなくですけど。
     では、また会える事を楽しみにしています。
     いきますよ、ギン」

    そういって、倒れているギンの左手を握り引きずっていく。
    さすがにその痛みに耐え切れずにギンが立ち上がり抗議しながら
    突如、こちらに振り向き私に向けて手を振って・・・
    違う。あいつがこんなことするがない。
    良く見れば、親指だけを伸ばして後の指で拳を握り、
    親指を下にして小さく振っている。
    訳せば『地獄に落ちろ』ということだろう。
    だが、私はそんなことはしない。
    黙って僅かに回復した魔力で魔力弾を数発顔面に撃ち込み、
    倒れたのを確認して仕舞う。
    最悪の別れだが私たちならこんなものだろう。
    リンのことはまあ、あまり期待せずに待っておくとしよう。
    ああは言っても、国の存続にすら関わることだ。
    そう簡単に頷くはずは無いだろう。
    ・・・・・多分。


    「仲がいいね」
    「どこが?」
    「ほら、喧嘩するほど仲が良いって言うじゃない」
    「じゃあ、それは激しく間違いなく、正しくないわね」
    「・・・・まあ、いいけど。
     それで、魔族らしい存在が確認できたから
     王国に対して教会も動くかもしれない。
     まあ、ほぼ確実に僕を含めた4人はお祭りには
     参加する予定さ」
    「ついに王にも裁きが下るわけだな。
     で、その魔族がどうしたの?」
    「うん、実はね。
     君たちの仇敵らしいよ」
    「・・・それって本当?」
    「まだ僕にも分からないさ。
     でもこれだけの力が動いているんだ。
     偶然とは考えにくい。
     僕はこれから教会に戻るが、出来れば他の王を連れて
     僕の元に訪れて欲しいんだが、頼めるかい?」
    「分かったわ」
    「では、また。
     レイヴァン君と仲良くやりたまえ」
    「なっ、何を!?」
    「ははははは。
     ではさらば、いやまた会おう」






    お兄ちゃんと私以外誰もいなくなり、急に寂しくなって来た。
    さてと。

    「みんな行っちゃったね」
    「俺たちも行くか」
    「うん」







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■94 / 親記事)  Α Σμαλλ Ωιση
□投稿者/ 犬 -(2004/12/10(Fri) 23:22:21)
    もそもそとやって参りました。犬です。前書きです。
    書き速度から考えて貯め書きが必要なのですが、とりあえず出して逃げ場をなくします。
    あと。いつになるか分かりませんが終わるまでここでは喋りませんので。それゆえの前書きです。
    ま、言い訳しときたいだけなんですけどねー♪
    では、のんびりとしてますがお付き合いを。

    ※注意書き。
    ・そこはかとなく学園モノです。
    ・激遅筆です。
    ・纏めるのとか苦手です。
    ・犬ですので人語とか分かりません。脳内補完機構最大稼動推奨。むしろ強制。
    ・人語分かんないので、三人称と一人称混じるというとっても意味不明モードでいきます。
    ・内容も色んな意味で微妙です。
    ・魔眼とか固有結界とかありません。
    ・エルリス達は出ます。学生さんです。
    ・設定が独走します。ついて来れるか。私自身が。
    ・オチとか燃えとか萌えとかありません。
    ・ナマ温かい目で見守ってやってください。

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▽[全レス11件(ResNo.7-11 表示)]
■125 / ResNo.7)  「Β 静かな日々」E
□投稿者/ 犬 -(2005/01/14(Fri) 23:10:39)
    2005/01/14(Fri) 23:11:22 編集(投稿者)





    「ったく………午前の講義で暴走するなって言ったばかりなんだがな………」

    ビフロスト中央魔法学院、その演習場の森の中、ジャレッド・マーカスは唾を吐き捨て、悪態ついた。
    眼前には轟々と立ち昇る炎の柱。
    天を焦がすようなその極熱の炎は、10メートル以上離れた場所にいても空気を焼き、皮膚を焦がそうと熱する。
    おそらくは。このまま不用意に近づけば炎に触れるまでもなく、肺を焼かれて死に絶えるだろう。

    「―――ハ。ブレイズ・ファイアの末裔か。あながち真実なのかもしれんな」

    炎に関する魔法構成式、その現存する全てを記してあるとされる「焔の書」の執筆者にして、英雄伝承においては赤い髪を靡かせ、その劫火は西の神々をすら悉く燃き尽くたと言われる焔の担い手ブレイズ・ファイアことジョセフ・アレイヤ。
    そして今、炎の中心で泣き叫んでいるのは同じ姓と赤い髪を持つ少女、ユナ・アレイヤ。
    加えて確かに、暴走しているとはいえ16歳でこの極熱の炎は見事。
    エーテルは申し分なく、おそらくは制御技術もかなりの域。
    今後も鍛錬を重ねれば、例え偽者であろうとブレイズ・ファイアの末裔を名乗るに恥じぬ力量となるだろう。
    ―――そして何より。

    「その者遍く炎を担いし焔の英雄、赤髪を靡かせ、炎を纏いて暁の野に降り立つ可し」

    焔の英雄の伝承の一節だ。
    そして今の状況、赤髪を靡かせたユナ・アレイヤは炎を纏い、火の粉舞い散る焼かれた森はまるで、火の穂立つ暁の野にも見える。
    伝承と一致する風景、その能力にその姓、あらゆる状況証拠が、彼女こそがブレイズ・ファイアが末裔だと訴えかける。

    「ブレイズ・ファイアの末裔か否か。その証明、10年後を楽しみにさせてもらおうか」

    マーカスは笑う。
    そして、今はその為にも自らの生徒の為にも、救出に集中しようと、思考を切り換える。

    「さて………4分経過か」

    マーカスは腕時計で時間を確認する。
    火柱が立ち昇ってより4分。
    現場に到着段階で2分、負傷者を確保し安全地帯に退避させ応急処置、動ける者に背負わせて帰還させるにさらに1分。
    そしてユナ・アレイヤを観察し続けること1分の計4分。
    だが未だ止まる事を知らず燃え続け、同時にユナも泣き叫び続けている。

    本来、暴走はエーテルを制御し切れずに魔力が暴走するという一時的なもの、放置しておけば勝手に止まる。
    だが、ユナ・アレイヤの炎は止まる事を知らない。
    余程大掛かりな魔法を使おうとしたのか、それとも余程心の制御が覚束ないのか。
    既に媒介の魔力切れを通り越して、エーテルが魔力の代替を担ってしまっている。
    最も稀で最も面倒なケースの暴走ではあるが、正直このエーテル量には感服せざるをえない。
    どれほどの才能だろうか。1000万人に1人の才能と言っても過言ではないやもしれない。

    「しかし、このままでは危険域に突入するな………」

    マーカスは眉をひそめる。
    暴走を続けるということは、エーテルも消費し続けるということ。それも、無意識のリミッターを外した真の最大出力で。
    本来ならば、これも放置しておけばエーテル不足で勝手に気絶してくれるのだが。
    ユナのトラウマとやらはかなり深刻なようだ、エーテル不足による本能の抑止力が働く兆しが見えない。
    ―――如何にエーテル量が多大であろうと、この炎ではそろそろ限界のはず。
    このままではエーテルが枯渇して生命維持が困難になる可能性がある。

    「教師って職業もこれで中々しんどいな。軍時代でもこんなド派手な暴走止めろなんてミッション無かったぞ」

    思わず苦笑する。
    だが、だからこそ遣り甲斐がある。
    将来世界に名を馳せるだろうビフロスト最高学府のガキ共に、師として物を教えるのだ。
    唯々軍の命に従って名も知らぬ誰か、名ばかりの誰かの命を助けるより、よほど具体的で自発的ではないか。
    それに、いくら有能だろうと1人が出来る事は高が知れている。実際過去に1人では救えぬ命は沢山在った。
    だがしかし、1人では救えぬ命も、育てた200人もいれば余裕で、むしろお釣りが来るではないか。
    素晴らしい事だ。

    「………5分経過。沈静化への動き見られず、か」

    マーカスは媒介より魔力を抽出しエーテルで練り上げ魔法を為す。
    それは直径3メートルに及ぶ巨大水球、一気に造り上げ、そのまま炎へと投げ付ける。

    「ァあぁあぁああ、ああ、あああ、ああぁぁぁっぁ」

    ユナ・アレイヤが頭を押さえて振り乱し、泣き叫ぶ。おそらくはこの暴走の炎は拒絶の炎、過去のトラウマによるもの。
    然るに炎はさらにその勢いを益し、降りかかった巨大水球を蒸発し尽くした。

    「―――ハ。やるな」

    濛々と立ちこめる水蒸気を風で吹き飛ばしながら、マーカスは笑った。
    ………それにしても、火と水が相対すれば水が有利などと誰が決めたのだろうか。
    これだけの熱量相手では水など何の利にもならない。あの質量の水を用意してもこのザマだ。
    有効ではあっても有利には成りえない。

    「さて。ならば―――」

    そもそも炎が燃える条件は3つ。
    物と、空気と、発火点の温度だ。
    そして魔法の場合の物とは、自然物ではない媒介内の魔力だ。だがこの場合の暴走は、エーテルによる暴走と化しているから、第一条件の解決を待っていては死んでしまう。
    また、第三条件は先刻失敗に終わっている。
    狙うならば第二条件。

    「ふぅ―――――っぉおぉっぉおぉおッ!!」

    マーカスはエーテル出力を臨界まで上昇。
    最大出力のエーテルを最大の技巧を以って御する。

    「ッ―――まだ足りんッ!! もっとだ!!」

    更に不足分のエーテルを継ぎ込んで行く。足らぬ魔力は周囲より、水を吸い上げる。
    大地が、空気が乾いてひび割れる。
    頭上には数十メートル規模の超巨大水球が浮かび、なおその質量を肥大化させていく。
    もっともっとどこまでも。

    「行けッ!!」

    出来上がった超巨大水球を手加減無く一気に投げ付ける。
    それは天を焦がす炎の柱を遮り、蒸発しながらも柱の中心にいるユナ・アレイヤと炎を包みこむ。

    「―――――」

    燃え盛る炎も空気がなければ燃えるはずもなく、巨大な炎が必要とする空気は一瞬にして潰え、同時に炎も消えた。
    マーカスは拳を握る。
    ………良し。
    少々手荒だったが已む無し。それに暴走しているとはいえ彼女自身のエーテルが彼女を害するはずもない。
    後は酸欠による生命維持本能から暴走停止か、最悪でも失神するのを待つだけで良いはずだ。
    だが。

    「―――暴走が止まらん。酸欠より蒸発が早いかッ!?」

    おそらくユナが携行する媒介内に風、つまりは空気の魔力が残存していたのだろう。
    通常炎を得意とする者は、どこにでもある空気より火種を媒介に封じるものだが、自らの教えを守って空気も封じていたようだ。
    それはとても偉い。いい子だ。でも今はすごく困る。
    ユナは息が出来ない筈なのにその暴走は止まらず、水球内にあっても再度火が灯り、次第に猛り始めている。
    暴れもがいている辺り酸欠は1分も掛からないだろうが、それより水球が蒸発してしまう方がおそらくは早い。

    「チィッ、俺も治療医行きかクソッタレがッ!!」

    マーカスは舌打ちしながら自身に水を纏い強化を施し、奔る。
    そして躊躇う事無く、既に薄くなり水膜と化した水球に飛び込み、極熱の炎を掻い潜っていく。
    纏った水は即座に蒸発し、エーテルの強化を突破した炎が皮膚を焼く。肉を焼く。焦げて黒ずんだ灰肉が爛れ落ちていく。
    だが止まらない、炎の壁をぶち抜いてユナ・アレイヤの元に辿り着く。

    「ア、ああ、ああああ、あ、ぁあぁぁぁあぁぁ!!」

    「やかましいッ!! 寝てろッ!!」

    「あ――――」

    マーカスはユナの首筋にやや手加減抜きで手刀を入れる。
    ユナは即座に気を失い、炎も忽ちに消え失せる。マーカスは倒れるユナを抱き留めると同時に、不要となった水球を崩す。
    水球は崩れて流れ、滝のように2人を洗う。

    「ぐぅッ―――!!」

    マーカスは苦悶の表情を見せる。
    火傷がキツイ。
    重要な眼部、口腔などの頭部を重点的に防御した分、胴体の防御がおろそかだった。
    降りかかる水が火傷に沁みる。

    「――――ッカァァァァ効くなぁクソォ!!」

    水が流れ切った後、マーカスはそう叫んで仰向けに倒れこんだ。
    そして2,3息をついた後、抱きかかえたままのユナ・アレイヤの状態を確認するため起き上がる。

    「おい、アレイヤ。生きてるか? おい?」

    頬をぺちぺちと叩きながら、呼びかける。
    それを数秒続けるとユナの口から、う、と声が洩れる。

    「よーしよーし。良い子だ。エーテルが枯渇寸前だが、血色良いし回復も早そうだな」

    マーカスは息をつき、だが一応ユナの身体を検査する。
    エーテルを注入しての身体走査だ。

    「外傷は無し―――軽く水を飲んでるだけだな。吸い出すか」

    マーカスはユナの口に指を突っ込み、肺の水をエーテルで誘導して吸い出す。
    これは起きてる相手にやると咳き込む上に吐き気を催し大変不評なので寝てる内にやるのがポイントだ。
    肺に入った水を吸い上げきった後、再度エーテル走査をして無事を確認し、マーカスはやっと安堵する。

    「良し。後は問題ないな」

    後は仕上げに、濡れた身体を乾かさないといけないので、着衣と皮膚表面上の水も吸収する。
    女は肌の潤いが大切で、それは油分と水分のバランスが鍵だそうなので、そこんとこは気をつける。
    それが終わると、今度は自分の方へ注意を向ける。
    そして、とりあえず、火傷の具合を確認する。

    「………あー。こいつはダメだな」

    ため息をつく。
    首から下の胴体の広範囲に渡って、かなり重度の火傷が広がっている。
    一応さっきから治療を行っているが、焼け死んだ細胞のせいだろう、治りが遅い。
    どうやら自分で治せる傷ではないようだ。これはやはり学院の治療医に治して貰った方が良い。

    「…………ふむ」

    ふと、マーカスはユナの顔を見た。
    その表情は苦悶の表情、眉をひそめ、歯を噛み締め、口元を引き攣らせ、何かに脅えるように身を震わせている。
    成程、とマーカスはうなずく。これはかなり重症だな、と。
    これは後で周りに居た連中に話を聞いて、トラウマ発露のきっかけを捜さねばならないだろう。

    「む?」

    気づくと、ユナの頬に水が伝っていた。
    先程全て吸い上げたはずなのに流れる水、これは何だろうか。
    マーカスはその水を吸い上げ、舐めてみる。

    「―――――まぁ当然、酸っぱいな」

    やれやれ、と思う。
    こういう涙は可愛いと思うより、居た堪れなさが先に出る。
    泣くならもっとこう、嬉しい時とか、楽しい時とか、気持ちイイ時とか、そういう時の方が良いに決まっているのに。
    ―――そうだ、恋人でも作ればいいのだ。
    何事をも共有出来る、共有したいと思える人がいるのは、幸いな事だ。
    うむ。思いつき臭いが、独りであーだこーだやるよりその方が良いのは事実だろう。
    名案かもしれない。後で勧めてみよう。

    だがこの場合は恋人をどうするかだが、さてどうするか。
    いきなり作れと言っても無理だろう。ならば恋人役のような奴が必要か。
    では。歳の差を考えて、高等部10〜11年生男子総勢200余名。
    近日中にリストを洗って適任を探さなければならないな。
    ―――まぁ該当する奴は既に思い当たっているのだが、奴は賢しい。
    無理矢理にしたって、ある程度は論破できるだけの材料を揃えないと相手にされないのだ。

    「さてと」

    マーカスはユナを背に担ぎ上げ、西の方角を見た。
    そこには、春先なのに雪が降っており、その雪を赤い狼煙が桜色に染めている。

    「やれやれ。バンデラス教授にご足労煩わせる破目になったか。今年は例年に増して活きが良いヤツが多いな」

    良い事だ、とマーカスは笑い、ユナを担いだまま演習場出口に向かって疾走を始めた。









    ◇ ◇ ◇ ◇








    「―――――む」

    レナードはエーテルの奔流を感じ、振り返る。
    彼が見据える先、少し離れた場所には、桜が舞っていた。
    ………いや、桜ではない。
    雲はないが、赤い狼煙に染まった雪が降っているのだ。

    「あれは氷のハーネット姉妹か。この感じは、姉の暴走だな」

    レナードはつぶやく。
    否、暴走という言葉は正しくないだろう。
    暴走にしてはエーテルに整然とした感覚を受ける。
    どちらかといえば、解放、という言葉の方が正しい気がする。
    何を、何故、という厳密な意味合いは分からないが。

    「さて――――どうするか」

    レナードは自動拳銃を左手に握り、考える。
    この距離ならば救援に向かえるが、どうしたものか。
    先刻、火柱が昇って赤い狼煙が見えた辺り、ジャレッド・マーカス教授はあちらの方で手一杯だろう。
    暴走したのはおそらくはユナ・アレイヤ、しかもあれは完全な暴走、抑えるのに10分程度はかかるはずだ。

    「行くべきか。行かざるべきか」

    しばし逡巡する。
    結論は、行く理由も行かぬ理由も無し。
    死にはしないだろうし、今現在の目的を果たすことを優先する。

    「レーーーーン!!」

    木々の向こう、遠くから声がした。
    レナードがその方向に目線を移すと、猛スピードで樹の上を飛び移って来る白と黒の影が1つ。

    「サンか」

    レナードが言い終わるや否や、サンが樹の影から現れ、樹の枝を踏んで跳躍し、勢いよくレナードに飛び込んで来る。
    レナードはサンに衝撃を伝えないよう、飛びつかれた勢いを殺さず、そのまま抱き留めて何歩かたたらを踏んで後ろに倒れこむ。
    サンはレナードの背に伝わる痛みを知らず、抱きついたまま嬉しそうに頬ずりする。

    「私、終わった! 19本取ってきた!」

    「そうか、早かったな。俺は今し方18本奪取し終わった所だ。………やけにご機嫌だな」

    「うん! 久々で楽しかった!」

    レナードはサンを抱えたまま起き上がり、サンを降ろす。
    レナードにとっては片腕で抱えられるほど軽い体重だ。

    「レン。私、さっきバンデラス教授に会った」

    サンは足を地に降ろすと、笑顔のまま、尻尾を左右に振りながらレナードにそう言った。

    「教授に? 珍しいな、演習場に来るなんて」

    「うん。それで教授、私にレンに手伝えって言伝してくれって」

    「ハーネット姉妹の暴走の鎮圧か?」

    「うん。まだ止まってない」

    サンは雪の降る方角を指差す。
    春風に揺られる雪は、赤い狼煙に染められ桜のようだ。

    「教授の頼みなら仕方ないか。合流までまだ時間もあるな」

    「うん。行く?」

    サンが微笑む。

    「行こう。サンはどうする?」

    サンは微笑から笑顔に表情を変え、当然と言うようにつぶやいた。

    「レンが行くなら私も行く。行こう」

    サンは振り返り、雪の方角へと走り出す。
    いや、走り出すというよりかは飛び出すといった感じだろうか。
    まさに突風の如く、人の身では有り得ない速度で倒木を飛び越え、木々の隙間を駆け抜け、枝を飛び移って飛ぶように進んでいく。
    レナードも視界の悪い森の中でサンに遅れまいと、その身に強化を施し、その後ろをぴったりと追っていく。

    「…………ん」

    木々の隙間を駆け抜けながら、レナードはふと気づいた。
    すぐ前を走るサンの艶のある黒髪が、肩を過ぎて、肩甲骨辺りにまで伸びている。
    風に靡く黒髪は綺麗ではあるが、しかしレナードは思う。

    「――――ずいぶんと髪、伸びたな」

    レナードはサンの後ろ髪に手で触れ、その手で軽く結う。
    レナードは前に切った時はやっと結えるくらいだったと憶えているが、今は余って垂れ下がっている。
    サンはこうされてるのに照れてるのか、顔を少し赤くして言った。

    「前髪は切ってるけど、後ろ髪はずっと切ってない。レンに切って貰ってから、ずっと」

    レナードがサンの髪を切ったのは年明け頃だ。
    そして今は4月、つまり切ってから約3ヶ月が経過している。
    だが、それにしては髪が伸びるのが早い。
    サンはあまり髪を伸ばすのを好まない傾向があり、実際、年明けにレナードが切った時も本人の意向でかなりざっくりと切ってしまっていた。
    だが今は、肩どころか肩甲骨にまで届いている。

    「でも、サンは伸びるのが早いな。3ヶ月でここまで伸びるなんて」

    「そ――――!」

    サンは一瞬抗議するような顔でレナードを見たが、急にそっぽを向いた。
    レナードは首をかしげ、後ろからは見えない表情を探ろうとする。
    そして、耳が赤いのに気づく。

    「サン………ルーシャに何か吹き込まれたのか?」

    サンは、うー、とうなりながら考え込む。
    基本的にサンは決して頭は悪くはないが、学校で学ばないことは全く分からない。
    つまり、一般教養や常識というものにかなり疎いのだ。
    サンは興味がないこと、知る必要がないと判断することには全く知ろうというしない傾向がある。
    そのため、独りでも社会の中で人並みの生活は出来るのだが、何か根本的な部分で知識が足らなくなっている。
    その決定的に欠けている知識の中の一つが、性知識。

    「え、えっと。そ、その、レン?」

    サンは赤くなった顔を隠すようにうつむきながら、言いにくそうにレナードの顔を見たり、見なかったり、見たりを繰り返す。
    そしてややあって、上目遣いでレナード見て小声で言った。

    「髪伸びるの早いと………え、えっちって、ほんと?」

    「ぷっ」

    レナードは思わず吹き出し、笑みを零す。

    「な、なんで!? レン、なんで笑う!?」

    「いや、なぜも何も――――コラコラ、噛みつくな」

    サンはレナードの肩に飛びつき、小さな口でがじがじと頭を噛む。

    「わふぁふぃ、ふぇっふぃふゃふぁい!」

    「分かった分かった。サンはえっちじゃないな。ああ、えっちじゃない」

    「ふー。フェッふぁふぃ、ふぁふぁっふぇふぁい!!」

    レナードは怒りながらも甘噛みするようにしか噛んでこないサンに苦笑する。
    いつも通りルーシャの与太話なのだろうが、その真偽の判断材料に乏しいサンは本当かどうか、絶対には分からない。
    だからいつも自分に尋ね、事の真偽を判断してもらおうとする。たとえ嘘だと思っていても。
    本当に、いつも通りのことだ。

    「分かってるさ。そもそも髪の伸びる早さとソレとの関係の確証は無いんだ。それに元々サンは新陳代謝が活発だし、伸びるのが早いからってそうとは限らないさ」

    サンは口を離し、どこか納得いかなそうな顔でレナードの後頭部を見つめる。

    「うー。なんか、論点逸らされた気がする………」

    確かに、とレナードは思う。サンがえっちがどうかの論点は逸らした。
    だがそう言いながらも、サンは自分を噛んだ所をぺろぺろと舐める。
    おそらくは消毒の真似事なのだろう。出血もしてないのだから意味はないが。
    そう思い、レナードは苦笑する。

    「気のせいだろう。それにしても、またルーシャの与太話か。最近はもう色々覚えたと思ったんだが」

    サンは一応はここ最近で、ビフロスト中央魔法学院ではなぜか無い、保健体育の授業で習う程度の性知識は知ったはずだった。
    レナードの肩に乗るサンは、レナードの頭をお腹に包むように抱きしめる。

    「覚えたけど。でもやっぱり知らないことがたくさんだ。バカの言うことは嘘だと思うけど、絶対嘘って私じゃ言い切れない」

    サンは自分の下腹部に手を当て、ゆっくりとさする。

    「たとえば、その。……………お、女の人は、血が出るとか」

    「はは。あの時は大騒ぎだったな。日も昇らない内に俺の家に泣きながら飛び込んできて、病気になった、死んじゃうって。なだめて説明するのに丸一日かかった」

    「だ、だって! 私、風邪以外の病気になったことなんてなくって! し、しかも血が出て………!」

    「いや、獣人の生態は人と少し違うことを忘れていた俺が悪かった。説明しておくべきだったな」

    レナードがそう言うと、サンは赤くなってレナードの頭に額を押し付ける。

    「あ、えと………それは、その、私が知らなかったから…………」

    「でも、その日は本当に色々あったな。サンをなだめる前にサンの実家に連絡取ったら、その日の内に1000km以上も離れた獣人領からご両親が来て。
    お母さんは赤飯炊いて祝ってくれたけど、お父さんには一日中追い回されて殺されそうになったな。ヘイムダルの土地勘の差が無ければ確実に死んでいたよ」

    ははは、とレナードは笑う。
    対してサンはうつむいたまま、レナードの頭をぎゅっと抱く。
    レナードのほぼ真白の銀髪に、サンの黒髪が混じる。

    「レン………迷惑、だった?」

    「いや、これっぽっちも。迷惑どころか楽しかったよ。大変だったけど、お母さんから色々と話を聞けたし、お父さんとはまだ少しわだかまりが残ってるけど、和解して仲良くやれた。それにサンは家族と居る時のサンだった。
    幸福だと思うよ、あの思い出は。久々に家族という感覚を思い知った」

    「……………」

    サンは抱く腕に、無意識にわずかに力を込める。
    それに気づき、レナードは目線を上げる。
    自分のものではない、黒色の髪が見えた。

    「サン?」

    「………私」

    「ん?」

    「……………ううん、なんでもない」

    レナードはうつむいたまま自分の頭を抱くサンを感じながら、目線を降ろす。
    そしてほんのわずかに、優しい笑顔でサンに言う。

    「サン。言い間違えた」

    「………え?」

    「久々に、を訂正しよう―――改めて、に」

    「―――――」

    「どうにも、いつも一緒に居ると感覚が鈍るらしい。改めて思い知った」

    「…………うん」

    サンは微笑む。やっぱり、と。
    レンは分かっていないようで分かっていて、でもやっぱり分かってなくて、でも分かっていて。
    普通分からないようなことを分かっていて、けど分かっていなくて、やっぱり分かっていて。
    だから。

    「レン」

    「ん?」

    「大好き」

    レナードは軽く目を伏せ、そして微笑んで言った。

    「―――俺も好きだ。幸福に思うよ」

    サンは苦笑混じりに、でも嬉しくって微笑む。
    やっぱり、分かってるけど分かってない、と。

    「レン」

    「ん?」

    「レンって、変に鈍くて変に鋭い」

    「それ、ミヤセにも言われたな。自覚していないというのは危険だと思うんだが、どこ辺りがそうなんだ?」

    「あえて言うなら、その辺り」

    「………分からん。自覚しようとする行為がか?」

    「秘密」

    レナードがわずかに首をかしげ、頭を抱くサンも一緒に身体を傾ける。
    レナードの頭の位置が元に戻ると、サンは顔を上げた。
    ハーネット姉妹の居場所に近づいてきたせいか、少し肌寒さを感じるようになってきた。
    距離は近いようだ。

    「サン」

    レナードが声をかける。
    桜色の雪がちらほらと降ってきた。
    サンは寒いのに強いし、強化もしていて大丈夫だろうが、素肌のままはよろしくない。
    レナードはマントを外し、肩に乗るサンにかける。

    「サンの背丈にすれば少々長いが、ある程度の防護機能を備えてあるわりと上等な品だ。ボロにするのは構わないが、なるべく脱がないようにな」

    「うん。………分かった」

    サンはうなずき、マントを羽織る。
    そしてほのかな温かさと、レナードの匂いを感じながら、サンは呼びかける。

    「レン」

    レナードは、ああ、と返事を返す。
    そして、レナードとサンは同時に言う。

    「行こうか」
    「行こう」







    ◇ ◇ ◇ ◇







    ビフロストはその国の位置柄、東の群島、西の大陸、南の大陸とを繋ぐ貿易拠点として栄えてきた。
    その国土は、王国との国境付近を連峰が走り、国の中央を長大な河川が通り、暖流が流れる海に面していて気候は温暖湿潤だ。
    そして世界で最も進んだ技術国家でありながら、自然は多く、森林が占める割合は多い。
    連峰から南の海側に突き出した主峰が抱く、深い山々には古より神々が住まうとされている。


    ―――ビフロストは変わった国である。
    元はたった一家族が興した小国の集まりであり、100年という時の間で最高の技術国家となった国。
    帝国から幾世紀にも渡る侵略を受けながらも、温和で何者をも受け入れる民族性を保ち続けたのんきな国。
    どのような人間をも、魔族や獣人などの他種族さえも、魔物であっても受け入れるお人好しな国。
    しかしながら芯は確固として存在し、折れるも曲がるも許可しない、変に頑固な国。
    自由の国。協調の国。頑固な国。温和な国。森と山の国。魔科学の火が灯る国。変な国。
    国が信じる神がいない国。しかしその実あらゆる神々が居る国。神々の国。

    ―――ビフロストに国教は無い。
    ビフロストで生まれ育った者は誰も神を信じず、しかし神の存在を信じる。
    意識体としての神自身を信じるのではなく、在りと凡ゆるものに神々は在ることを信じるのだ。
    これは獣人の精霊信仰に近い考え方であり、世界最大の宗教たるウンザンブル教の原初の世界を唯一母神とするものとは異なる。
    しかしその唯一母神すらも神々の1つとして考えるのがビフロストなのである。

    明確な神は何処にも居ない。
    しかし神は常に其処に在る。
    空も水も大地も樹も海も星も人も火も動物も物も夢も心も雷も何もかもが神なのである。

    そんな変な国が、ビフロスト連邦。
    四季は折々、春に花咲き夏に息吹き、秋に紅葉し冬に雪が降る。




    そんなビフロストの春に、桜の雪は降っていた。

    「バ、バンデラス教授!」

    「なんじゃ?」

    一面氷付けになった森の中、金髪オールバックのグレゴリー・アイザックスと老翁のマシュー・バンデラスはそこにいた。

    「どうされるおつもりですか!?」

    グレゴリーは叫び、氷の中心を指差す。
    そこには氷海色の髪の少女が2人いた。名はエルリス・ハーネットとセリス・ハーネット。双子の姉妹だ。
    桜色の雪降る氷の中、姉は気を失い倒れていて、妹は姉に寄り添って虚ろな瞳をして座っている。
    バンデラスは少女らを一瞥した後、つまらなそうにグレゴリーの問いに答える。

    「どうって言われてもの。儂も歳じゃから、この寒さは堪える。やる気など起きんわ」

    「お、起きんって………」

    グレゴリーは絶句する。
    自分のチームはフラッグ回収後の帰還中、彼女らと遭遇した。
    リーダーだった自分は、予てより少女らの能力を聞いていたため現状交戦するべきではないと即決し、牽制と目くらましをかけて離脱しようとした。
    この判断は悪くなかった。いや、おそらくは最良だったろう。
    だが、運が悪かった。
    初動を封じ追撃を逃れるための牽制が妹に当たり、当たり所が悪かったのか流血した。
    そしてそれに激怒した姉が意味不明なエーテルで意味不明な魔法を使い、一面この景色だ。
    ―――わけがわからない。
    姉の暴走はただ大寒波を引き起こしただけで、被害を被ったとはいえ敵対するこちらに向けた攻撃ではなかった。
    だがそれはおかしい。暴走で理性を失おうと、それなりの本能めいた志向性はある筈だ。
    それは例えば拒絶。排他。憎悪。憤怒。悲哀といった単純かつ純粋な感情。
    しかし、姉の行動は、おおよそ考えうるそれら行動理念に該当しない行動だった。何がしたかったのか見当もつかなかった。
    妹を守るにしたって、これではあまりに非効率的ではないか。
    守るなら徹底的に敵を排除すれば良いだけの話なのに。


    「ですが! まだ暴走を続けているのです、あまり悠長には!」

    グレゴリーは叫ぶ。
    大寒波が襲った後、暴走の代償のせいか姉が倒れ込むと、今度は妹がキレた。
    幸いにも攻撃行動は起こさなかったが、理性を失い近づく者全てを本能的に攻撃するようになってしまい今の状況だ。
    エーテルを消費を消費し続けない代わりに、意識を失うまで止まらない。

    「この寒さの中では死にますよ!?」

    樹氷と桜の雪と氷が辺りを覆う中、グレゴリーは寒さに耐えながら言う。
    グレゴリーの横には、応急処置が施されたグレゴリーのチームメイト達が並んで寝ていた。
    グレゴリーは姉の暴走に際しとっさの判断で地面を穿ち、穴に隠れたおかげで寒波の直撃を免れたが、指示に反応出来た1人以外はそれでやられ、残る1人も妹の暴走に不用意に近づいたせいでやられた。
    自分1人では対処し切れない事態だったので発煙筒を使うと、マシュー・バンデラス教授が来て、負傷者に手当てをした後それっきりだ。
    ―――今、氷付けとなったこの場所の気温はマイナスに突入し、体温を奪い続けている。
    自分は強化でまだ耐えられるが、このままでは意識のない負傷者とハーネット姉妹が凍傷にかかってしまう。
    下手すれば死だ。
    しかしバンデラスは、やはりつまらなそうに言う。

    「落ち着かんか。この程度では人は死なん。それに、そろそろの筈じゃから待っておれ」

    「そろそろ………? ジャレッド・マーカス教授ですか?」

    「いや、あやつはユナ・アレイヤの暴走に手一杯での。先程鎮火した辺りカタはついたろうが、すぐには無理じゃろう」

    「では、何ですか………!?」

    グレゴリーが焦れたように語調を強めて言う。
    その折、グレゴリーの後ろで誰かが着地した音が聞こえた。
    振り向くと、そこには長身の少年と、その肩に肩車のように乗った黒髪の少女がいた。

    「レナード・シュルツ………!」

    グレゴリーは歯軋りして言う。
    レナードはグレゴリーを含めて周囲を見回し、言った。

    「やはりハーネット姉妹の暴走だな。姉は失神、妹が暴走中。負傷者は回収済み」

    「相違無い」

    バンデラスが答える。

    「呼び出してすまんの、シュルツ。セリス・ハーネットの暴走を止めてくれんか?」

    「了解です。サン、下がっていてくれ」

    サンは、うん、と答えて肩から降りる。
    グレゴリーはバンデラスに抗議する。

    「教授! なぜシュルツが!?」

    「儂は実戦向きではないからの。あの暴走は止められん」

    「ですから、なぜシュルツなのですか!?」

    「見ておれば分かる。実は興味半分での。あー、お前は確か―――グレゴリオ・アイラブユー?」

    「グレゴリー・アイザックスです………! 後半ムリありますよ!?」

    「ふはは。そうじゃ、今日の授業で当てたの。お前は昨年からの転入じゃからレナード・シュルツのことはよく知らんのじゃろう?」

    グレゴリーは唇を噛む。
    レナード・シュルツを知らない? ―――知っているとも。
    昨年、嫌というほどその名を聞いた。
    ―――8年連続の主席、稀代の天才レナード・シュルツ。昨学年最後に発刊された学内誌の特集のタイトルだ。
    副題は、今年も表彰式辞退、孤高の8年連続ミスターC.M.A.。
    有り体に言えば学院のアイドル、という奴だろうか。長身で鍛え込まれた肉体、頭脳明晰で顔も良く、強い。
    完璧を地で行く上に、誰にも媚びない孤高性と、しかし気遣いある姿勢がさらに人気を博しているとかなんとか。
    ―――いや、そんなことはどうでもいい。
    多少は尾ひれが付いている誇張だろうし、しかし確かに事実ではあるだろうがそんなことは関係無い。
    問題は、奴がやった事だ。

    「―――知っていますよ。学内誌で読みました」

    若干15歳にして、魔科学最先端技術を駆使した巨大魔力炉、その2基目の建造に携わった天才。
    レナードが中等部で9年生だったときの冬、グレゴリーが学院に転入する直前の話だ。
    偶発的に組み上がった1基目の不安定性の補完として2基目を建造の予定が、サブからメインに入れ替わった。
    その裏には、レナード・シュルツの力添えがあった、と。
    ―――なんともムカツク話だ。

    「しかし、ならばこそ知らぬじゃろう。故によく見ておくが良い、面白いものが見れるぞ」

    バンデラスは、ふはは、と楽しそうに笑う。
    サンは静かにレナードの背中を見つめ、グレゴリーは忌々しそうにレナードを見つめる。

    「………ふぅ」

    レナードは、バンデラス教授にも困ったものだ、と思いため息をつく。
    そして正面のセリス・ハーネットを見据える。

    「………」

    そして無言で歩み寄り始める。
    手には何も持たず、ただ散歩するかのように歩んで行く。

    「―――ぅ、ぁ!」

    セリスの虚ろな瞳が、レナードの姿を捉える。
    セリスは左手を向ける。その手の先で、空間が歪む。

    「あれは!」

    グレゴリーが叫ぶ。
    あれは先刻見た、仲間を吹き飛ばした不可解な魔法だ。
    見た感じは風の魔法の一種のようだが、正体が掴めていない。

    「ふむ」

    バンデラスは真剣な表情でその魔法を見据え、ややあって声を出した。

    「シュルツ。実態は掴めておるか?」

    「はい」

    ゆっくりと、武器も持たず歩きながら、レナードは答える。

    「エーテルによる魔力収束」

    「然り」

    バンデラスは、ふはは、と楽しそうに笑った。
    対してグレゴリーは驚愕の表情で、バカな、とつぶやいた。

    「魔力収束………? ふざけるな。重力だとでも言うのか!? 空間に干渉しているんだぞ、有り得る筈が―――」

    「有り得る」

    レナードは断言する。

    「超大なエーテルで、その空間の全魔力を―――簡単に言えば、空間そのものを収束しているんだ、あれは。
    やっている勢いこそ比較にならないが、俺達が魔力を集めるのと同じだ」

    「そんなことは分かっている! だが、それは理論上の話だ! 出来る筈が無いだろう!?」

    「出来ているだろう。今、目の前で」

    「………ッ!」

    グレゴリーは歯軋りする。
    有り得る筈が無い。そんな、規格外なエーテルがあってたまるか。
    そんなのは人の範疇を越えている。伝説級の人物だってそんなことは出来やしない。
    そんなことは。

    「―――う。あッ!」

    その折、暴走するセリスの空間圧縮弾が放たれる。
    それはレナードの僅か横を掠り、樹を薙ぎ倒して進んでいく。

    「―――ほ。なんという威力か」

    バンデラスは笑う。
    視線の先、空間圧縮弾は1m以上にも及ぶ木々を薙ぎ倒し突き破り、圧縮弾が通った先に視界を遮る物はなかった。
    見た目の派手さはないが。その分集中された威力は、その結果を以って派手だ。
    禍しき凶弾。防ぐも逸らすも適わない絶対貫通弾。

    「―――うあ、は。ッ」

    セリスがまた手の先で空間を収束し始める。
    おそらくは、先程の攻撃は警告なのだろう。これ以上近づくと撃ち貫く、と。
    しかしレナードは歩いていく。暴走しながらも気遣いを遺す矛盾に微笑を零しながら、そして竜の瘡蓋を外しながら。

    「………バカな、なぜ外す?」

    グレゴリーはその目を疑う。
    チームの1人は竜の瘡蓋が一撃で砕け散るほどのダメージを負っている。
    それはつまり、竜の残存エーテルの存在によって威力を軽減する役目しか担っていないはずの竜の瘡蓋が、本来の囚人拘束具としての機能を発して砕け散ってまで防護し、それでなお防ぎきれなかったほどのダメージだ。

    「………なぜ、近づく?」

    グレゴリーはその行動を疑う。
    竜の瘡蓋を装着していれば、確かにエーテル制御の効率は落ちる。
    だが、あの威力を防護するものがなければ、それこそ確実に即死だ。
    遠距離から攻撃するなら分かる。全力で強化を施し距離を取れば、避けられない事も無いのだから。
    しかしレナードは武器も持たず、竜の瘡蓋も付けず、魔法さえ放つ素振りを見せず、歩いて行く。
    そしてレナードは言う。

    「安心しろ、セリス・ハーネット。君の優しい心には感謝するが――――君は俺を殺せない」

    「―――ぁ」

    セリスは怯えるように、身を震わし、そして、

    「―――だめ」

    と声を零す。
    そして空間圧縮弾はまるで弾自身が望むかのようにセリスの手を離れ、レナードに襲いかかった。








    ◇ ◇ ◇ ◇








    「………バカな」

    その日、何度目かになる言葉をグレゴリー・アイザックスは放った。
    視線の先、桜色の雪が降る氷の中心には、氷海色の髪のハーネット姉妹と、そこからやや離れて立っているほぼ真白の銀髪のレナード・シュルツがいる。

    「………バカな」

    グレゴリーはもう一度繰り返す。
    自らの理解の範疇外の超大なエーテルが可能とする、空間収束により全てを貫く禍しき凶弾。
    それを今確かに、レナード・シュルツは受けたはずだ。
    それなのに、なぜだ。
    なぜ、レナード・シュルツは平然として立っている。

    「―――ぁ」

    セリスはレナードの姿を見て、驚いたような、安心したような表情を見せる。
    しかし、また左手の先で空間収束が始まる。

    「成程。やはり混乱と暴走が入り混じっているのか」

    レナードはセリスを見てうなずき、そして考える。
    ………彼女には意識がある。
    暴走し朦朧として混濁しているだろうが、確実に意識はある。理性と呼ぶべき意識が。
    なぜならば、完全に暴走したならば自身が最も得意とする属性が発現するからだ。ユナ・アレイヤのように。
    しかし彼女は空間圧縮を行った。
    おそらくは最も安易で、最も安全で、最も低威力の魔法を。
    故に彼女には意識が、理性があるのだ。

    しかし彼女は近づく人を傷付けようとしている。
    それはなぜか?
    暴走しているからだ。
    おそらく―――これほどの超大なエーテルを有している以上、制御などまるで出来ないのだろう。
    だから彼女は、人を傷つけた事があるはずだ。それも深く。あるいは殺している可能性もある。
    だから彼女は、魔法というものを怖れている。

    だが、ならば魔法を使わなければいい、の一言で片付く話でもない。
    エーテルは精神に強く、あるいはそのままに影響する。
    そして人は人であるが故に、その精神は移ろい揺れる。それが例え歓喜であっても、悲哀であっても。
    どれほどの無情を装おうと、人である以上は精神は必ず揺れ動く。
    ふとしたきっかけで揺れて、抑え切れずに零れたエーテルが、人を傷付ける。
    それが制御不能を増幅させ、それがさらに怖れを深くし、悪循環を生んでいる。

    そして今、何かがきっかけで彼女が抑え切れないエーテルが溢れ出し、彼女自身は一応は平静であるのに、彼女を置いてエーテルだけが暴走してしまっている。
    それを怖れてしまった彼女は混乱し、暴走した。
    ―――つまり彼女の暴走は、通常と逆なのだ。
    エーテルだけが先に暴走し、追ってあまりの巨大な力に恐怖した彼女が暴走する。
    だから、僅かながら意識が、理性が残る。

    「………」

    レナードは息をつく。
    彼女は自身を失いながらも理性を残してしまい、忘れることもできず、現実逃避も出来ず、恐怖して怯えている。
    だが、それは自分には関係のない話だ。
    気にする必要は無い。助ける必要も無い。世話する必要などまるで無い。
    けれど、昔言われたのだ。
    ―――無理はしなくていいよ。でも、女の子には優しくね。と。

    (難しいな、アイリーン)

    レナードは笑う。
    そして言う。

    「もう一度言おう、セリス・ハーネット。―――君は俺を殺せない」

    レナードは微笑と共にそう言った。
    顔には何の苦痛も浮かばず、汗もかかず、ただ平然と、何事も無かったように。
    そして、一歩セリスに近づく。

    「―――ぅッ!」

    セリスの手から空間圧縮弾が放たれる。
    直径300ミリにも及ぶバケモノ弾丸は、それこそ竜すらも粉微塵に吹き飛ばす威力を以ってレナードに襲いかかる。
    だがレナードは何をするでもなく、ただ立っている。微動だにしない。
    そしてレナードに襲いかかった弾丸は、しかしレナードに直撃してもも何の効果も無かった。

    「三度目も言おう。君は俺を殺せない」

    レナードはまた一歩近づく。
    セリスは撃つ。
    直撃する。

    「何度でも言おう。君は俺を殺せない」

    また一歩近づく。
    セリスは撃つ。
    直撃する。

    「そうだ。君が殺せない人間は、今此処に」

    あと3歩の距離を、1歩詰める。
    セリスは撃つ。
    直撃する。

    「君が傷付けられない人間は、今此処に」

    あと2歩の距離を、1歩詰める。
    セリスは撃つ。
    直撃する。

    「君が暴走しても傷付けずに済む人間は、今此処に、確かに存在する」

    最後の一歩を詰める。
    セリスの眼前、一歩を踏み出せば触れられる距離で、セリスは撃つ。
    直撃する。
    また撃つ。撃つ。
    直撃する。
    また撃つ。何度も何度も撃つ。
    完全に、何度も何度も幾度となく確かに直撃する。
    けれど傷一つ付かない。微動だにもしない。

    「―――ぁ」

    セリスの頬に涙が伝う。
    レナードは右腕を真横に突き出す。

    「俺はレナード・シュルツ。君が傷付けずに済む人間だ。覚えておくといい」

    レナードが突き出した腕に、雷が纏う。
    大気を裂くような紫電が、レナードの右腕に絡まり、うねり、弾けるような音を奏でる。

    「おやすみ。セリス・ハーネット」

    レナードは右腕でセリスの頭を撫でる。
    セリスは一瞬ビクッと震えた後、気を失い、静かに倒れこんだ。





引用返信/返信
■157 / ResNo.8)  「Β 静かな日々」F
□投稿者/ 犬 -(2005/02/23(Wed) 23:24:40)






    「………………」

    雪が降りやみ、氷が融け始めた森の中、レナード・シュルツは無言で立っていた。
    見下ろすレナードの視線の先、レナードの足元では、氷海色の髪の姉妹が倒れている。

    ―――君は俺を殺せない。

    セリス・ハーネットに繰り返し告げたその言葉、よく言ったものだとレナードは自嘲する。
    まるで道化だ。
    殺せないなんて嘘八百、彼女が本気を出せば自分など一瞬で殺せる。
    彼女のエーテル量は、ヒトからすれば無限にして無尽、存在規格からして違う。
    それでもなおその言葉を吐くなんて、道化に他ならない。

    しかし、おそらく彼女にはそんな道化が必要だった。安堵が、救いが必要だった。
    トラウマは水に滴った血と同じだ。異物として混入したそれは、どれだけ希薄化しようと消えることは無い。
    そしてトラウマは、自身が立ち向かう以外にその対処法は無い。
    他の誰でもない彼女自身が、ああ大丈夫なのだと、そう思い知ってもらうしかない。

    では、それを成すにはどうすればいいのか。
    言葉だろうか。
    否、根拠の無い言葉はただの音だ。絶対的な力を持つ彼女に届くことはない。
    では、どうすればいいのか。
    見せ付ければいいのだ。
    竜をも消し飛ばせる絶対的な力を持つ君だが、俺には傷一つ付けることさえ出来ないのだと。

    「…………」

    レナードは小さく息をつく。
    この拙い道化芝居でも、幾許かでも彼女の救いになっていればと思いながら。
    そしてアイリーンの言った、優しく、という意味に准じていればと、そう思いながら。

    「さて」

    数瞬の思考の後、レナードは妹のセリスと、そのすぐ傍に倒れている姉のエルリスに視線を移す。
    そして、周囲を見渡す。
    この周囲100メートルほどだけ真冬になったかのように雪に覆われていて、今は多少マシにはなったが、まだ少し寒さを感じる。
    まるで、この周囲だけ別世界なようだ。

    「妹は超過エーテル、姉はコレか」

    成程な、とレナードはうなずき、サンの方へ視線を向ける。

    「サン。ここは寒い、彼女らを暖かい場所へ移そう。手伝ってくれ」

    サンは無言でうなずき、レナードの下に駆け寄って来る。
    レナードはエルリスを、サンはセリスを背に担ぐ。

    「担げるか?」

    レナードはエルリスを軽々と担ぎながら、隣にいるサンに訊く。
    サンは半ば上から覆い被さられるような格好でセリスを担ぎながら、うー、とうなる。

    「なんとか………たぶん、いける」

    「身長差がありすぎるか………」

    サンは、む、と頬を膨らませる。

    「そんなことない。私とこいつ、背丈の差は10センチちょっとだけだ。全く平気。平気ったら平気」

    「そう言うなら良いが。普通、10センチも違えば相当違うんだがな」

    レナードは微笑し、サンの頭を撫でる。

    「それにしても、サンはなかなか身長が伸びないな。初めて会った時は今ほど変わらなかったと思うが」

    「レンが伸び過ぎなんだ。………180なんて高すぎ」

    「サンは偏食過ぎるから伸びないんだ。だから150にも届かない」

    サンは、む、と眉をひそめる。

    「そんなことない。私、レンのご飯はちゃんと全部残さず食べてる」

    「ああ、それもそうだったな」

    レナードは微笑して、サンの頭を撫でる。
    そして振り返り、歩き出す。

    「行こう」

    「うん」

    サンはうなずき、追って歩き出す。
    しかし、ふと立ち止まって首をかしげる。

    「なんか………また、はぐらかされた………?」

    何かすっきりしない感覚を受けながら、サンはレナードを追いかけた。








    ◇ ◇ ◇ ◇








    雪原と化した森の一角からやや離れた場所、木洩れ日がよく当たる場所に、10人の人間がいた。
    レナード・シュルツとサンとハーネット姉妹、マシュー・バンデラス教授とグレゴリー・アイザックスと彼のチーム4人だ。
    ハーネット姉妹とグレゴリーのチームメイトは未だ横になって眠り続けている。

    「ご苦労じゃったな、シュルツ」

    バンデラスはレナードに労いの言葉をかける。
    それに対し、いえ、とレナードは首を振る。

    「それより、サンと俺はチームとの合流時刻が近いので帰らせて貰いますが。宜しいですか?」

    それを聞いてバンデラスは、ふむ、と考え込む。

    「ん〜。引き止める理由もないんじゃが………出来れば2つほど、ついでに頼まれてくれんかの?」

    「すぐ終わる内容ならば」

    「なら頼まれてもらおうかの。先ずは人手の問題での、ハーネット姉妹を連れ帰って貰いたいのじゃが」

    「帰るついでです、それは構いません」

    「良し良し。―――ああ、後でちゃんと全部成績に加点しとくから、そう怖い顔せんでくれんかの、サン」

    「フンだ」

    サンは露骨なまでに悪態ついて、顔をそむける。
    バンデラスは苦笑する。

    「嫌われたの。まぁ使われるのは信頼の証じゃ、名誉として受け取ってくれんか?」

    「やだ。名誉じゃお腹一杯にならない。美味しくもない」

    「ふはは! 確かに、名誉で腹膨れ酔い痴れるはずもないの!」

    バンデラスはおかしそうに笑った。笑い過ぎたせいか、急に背を折ってげほげほと咳き込んだ。
    今のは痛烈な皮肉だ。世の中の名誉を求める人間達への、獣人からのひどい皮肉だった。
    確かに彼女ら獣人から見れば、名誉を得る為に躍起となる人間は酷く滑稽に映るだろう。

    (人間は、獣人がこのような精神性を理解出来ないから知性に劣り野蛮なのだと称するが、はてさて、果たして本当に人間に劣るものかの?)

    ややあって、バンデラスは腹を抱えて顔を上げた。

    「あー苦し、笑い過ぎたの………で、もう1つは」

    バンデラスはある方向を促す。
    レナードがその方向に視線を移すと、ギラギラと目を光らせる金髪オールバックのグレゴリーが見えた。
    レナードは頭に降り積もった雪が融けてびしょ濡れになってるグレゴリーを見て、小さくうなずいた。

    「萎びたデコが見えますが。どうしろと?」

    「シュルツ貴様コラッ! 誰がデコで何が萎びてる!?」

    「訂正。元気なデコが」

    「この、貴様ッ!」

    「いやな、このでこっぱちが先刻お前がやったことがワケ分からんと」

    「誰がでこっぱちですか教授ッ!?」

    「お前だ、デコ」

    「うるさい! この………野生娘ッ!」

    「サン。念のために言っておくが、人の名前をあだ名で覚えないように。デコとか」

    「俺はデコじゃないッ!」

    「じゃあ凹」

    「いいのう、それ」

    「教授! 羨ましがらないでください!」

    グレゴリーはぜーぜーと肩で息をする。
    バンデラスは、やれやれ、といった感じで肩をすくめる。

    「で。まぁ見ての通り血圧の高い小童での。そのくせシャイで自分から聞けんときた」

    「思春期の女の子みたいだな」

    「うあ。ボコ、気持ち悪い」

    「そこッ! いい加減にしろッ!」

    目下血圧上昇中のグレゴリーに対し、レナードは、やれやれ、といった感じで息をつく。
    そしてややあって、つぶやいた。

    「時間が惜しいから簡潔に言うが―――俺にはさして特別とも言えるような能力は無い」

    レナードは肩をすくめ、続ける。

    「おそらくはグレゴリー、君の方が特別な能力を持っているだろうな」

    「嘘を吐けッ!」

    グレゴリーは掴みかからんばかりの形相で、レナードを睨みつける。

    「特別なものはないだと!? ならばなぜ貴様は、あの空間収束の弾丸を無効化出来る!?」

    グレゴリーは忌々しさを微塵も隠さず、叫ぶ。
    能力というのは、誰でも出来るような技術ではない、突出したほぼ個人限定の技術だ。
    それはユナ・アレイヤの極熱然り、ハーネット姉妹の極寒とエーテル然り、ルスラン・B・ゴールドマンの再生力然り、チェチリア・M・ウィンディスの武装隠匿能力然り。
    そして自分、グレゴリー・アイザックス然り。
    学院の学生のそれぞれだけが使えるだろう技術、それこそが能力と呼べるもの。
    誰もが使えるような技術は能力などとは到底呼べず、呼べばその者の底が知れる。
    ならばどうして、こいつは能力が無いなどと吐かすか。
    ―――ふざけている。こいつは。

    「なぜ雷を使う事が出来る!? 答えろ!」

    グレゴリーは彼が忌む者の名を、叫ぶ。

    「レナード・シュルツ!!」







    ◇ ◇ ◇ ◇






    ―――古の昔より、普遍的に存在する魔力の魔法が、最も発達してきた。
    なぜなら、魔法は魔力を必要とするからである。

    そう遠くない昔まで、魔力貯蔵庫たる媒介は、現在とはその意味合いが異なっていた。
    現在の媒介は、自然物として存在しているものから、素となる魔力のみを抽出し、圧縮して留めておくものだ。
    しかし過去の媒介とは、例えば炎ならば松明、水ならば水筒といった、自然物そのものとしての魔力を保持する物を意味していた。
    故に、最も普遍的に存在し、なおかつ利便性に富むものが発達して行くのは当然であった。

    古より変わらず最も存在する魔力は、空気と、土や石を含む鉱物と考えられていた。
    どこにでもあるが故に魔法として利用するには力強さに乏しかったが、どこにでもあるからこそ、その2つの魔法技術は高く発達していった。
    大気を動かし風を生み、火を猛らせ動力を生む技術。土や石を加工し動かし、土木建築に用いる技術。
    人の役に立つそれらは、エーテルの大小よりエーテル技術を糧とし、高く発展していった。

    しかし、約四半世紀前にマシュー・バンデラスはある疑問を投げかけた。
    それは、「本当に風と土こそが、世界に最も存在する魔力なのか?」という問いだった。
    すると世界中の魔科学者は肯定と疑問を以って答えた。「当然だ。それ以外に在ると言うのか?」と。
    マシュー・バンデラスは笑って答えた。「在る」と。
    「微弱ではあるが、世界中の全てに存在し、一度自然現象として猛威を揮えば即死の威力を持つもの」と。
    世界中の科学者は首をかしげた。それこそ地震や台風の類ではないのかと。
    それに、水は陸上においては空気中にしか存在せず、火は燃える物がなければ存在しない。
    あるとすれば光ではあるが、現在では未だ未知のもの過ぎるし、その例に洩れる。他に何があるのかと。
    マシュー・バンデラスは答えた。「それは雷だ」と。

    訝しむ魔科学者達を前にして、マシュー・バンデラスは幾つかの証拠や理論を持ち出した。
    雷といえば落雷と静電気しか知らない彼らに、彼は自身の理論を説明した。
    ”世界の全ての物質には正負に相反する電気が存在し、中和を保つことで安定している”のだと。
    それは例えば、静電気で痛みを感じるのは帯電していたものが放電するからであり、物質によっては簡単にその電気が引き剥がされ、雷となるのだと。
    大気中で落雷が生じるのはそれの気象レベルでの話であると。
    またその「世界の全ての物質に存在する」という事実が「現在より遥かに発達した技術を有していた統一王時代の遺産が、なぜ雷で動くのか?」の解であると。



    それは正解であった。
    認識しなければ無きに等しかったが、一度認識すれば確かに雷は極々微弱ながらどこにでも存在した。
    それはおそらくは、世界中のあらゆるものの中に確かに在ったのだ。
    それを知った魔科学者は驚嘆し、同時に歓喜を得た。
    永年不可解であった統一王文明の動力源の謎が解き明かされ、今こそ統一王文明再臨の時に至るのだと。
    雷を知った我々は、統一王と同じく神の域に至り、城さえも浮遊させることが出来るのだと。
    遥か1000年の時を経て雷を想起した我々は、あらゆる強化を突破し一撃で沈黙させる統一王が雷の御技を、今此処に復活させるのだと。
    魔科学者は統一王文明の再臨を信じ、夢を馳せた。
    しかしながら、雷を知る内に問題が生まれた。

    「雷は個人が扱えるような代物じゃないッ!」

    雷は何処にでも存在する。
    極論、何かが動くだけでも雷は発生するし、人の身体中をも雷が駆け巡っている。
    しかし。
    その雷は極々微弱でありながら、束ねればあまりに強大で至極扱い難かったのだ。
    さらに雷は、最早現代においては誰も知らない領域であった。

    「その通り。細分化すればキリがないほど存在する属性の中、雷だけは別物じゃ。
    魔法の技術は過去より現在に至るまで、数多の偉人の研鑽の積み重ねの上にあるもの。どれほど特異な能力であろうと、魔法であるが故に、等しく全てその上に成り立っておる。
    しかし、雷の技だけは、その基盤ごと完全に全て統一王時代の終焉と共に失われた。
    統一王文明が失われては、雷は個人で扱うにはじゃじゃ馬過ぎる上に何の役にも立たんかったろうからの。
    魔法はあくまで人を助ける技術じゃ。人助けにならん技術が1000年も存続する筈も無し。
    暴走や暴発の危険性を多大に孕んだ、安全性安定性に乏しい雷を扱う者が存在する筈も無し。
    故に、今や誰も扱う術たる構成式を知らず、その暴力的なまでの扱い難さから、近年でも魔科学でしか扱われん」

    マシュー・バンデラスは言う。

    「しかしその魔科学での雷すらも、各国屈指のエリートらが各国家機関で試行錯誤と多大な犠牲を払ってようやく落雷を呼び寄せているか、統一王時代の遺産である発電設備にて魔科学的に雷を発生させ媒介に封じているに過ぎん。
    それを個人で扱うなど、夢のまた夢、それこそやはり統一王が御技じゃ」

    バンデラスは笑う。
    統一王時代でも、効率のロスがあるにも関わらず別動力による発電施設があった。
    それは直接雷を扱うことはなかったという証明であり、故にやはり、よほど扱い難かったということだろう。
    なにせわずかな工程や制御のミスが暴発に繋がり、施術者自身をも蝕み、殺めかねない。
    しかし、それをあえて工程を無視して常時己が技量のみで御するレナード・シュルツのなんと凄まじい事か。

    「答えろ! 貴様はなぜ、雷を扱う事が出来る!?」

    「………ふぅ」

    レナードはため息をついた。そして思う。
    なぜ、と問われても答えに困る。
    自分には真実、特別とも思える能力は無い。
    ルーシャの不死身っぷりや、アデルの武装隠匿能力の方がよほど特別だと思える。
    それにミヤセのように武術を学んだこともないし、サンのように獣人であるわけでもない。
    唯一つというような特別な技巧もないし、セリスのようにエーテルが突き抜けているというわけでもない。
    エルリスやアレイヤのように何かの属性に突出しているわけでもない。
    強いて自分自身に人より優れていると思われることがあるのならば、それは唯一つだけだ。

    「エーテル制御だ」

    レナードはつぶやいた。
    グレゴリーが、なに、と訝しむ。

    「単純な話だ。エーテル制御で雷を操るだけ。他の魔法と何も変わらない。ただ、それだけだ」

    「ふざけるなッ!」

    グレゴリーが怒声を上げる。
    エーテル制御など基本中の基本、むしろ魔法における大前提だ。
    確かに究極的にはエーテル制御ではあるが、それだけで成立するなら個々の能力など存在しない。全ての魔法がその一言で片付けられる。
    グレゴリーが聞きたいのはそれ以外の要因だ。
    誰もその扱い方を知らない雷を、自由に行使できるその要因とは何なのか。
    得意などという漠然としたものではなく、必ず、確たる理由がある筈だ。

    しかしレナードは淡々と告げた。
    それが事実だ、と。

    「おそらく俺は人よりエーテル制御能力が高い。理由があるならそれだけだ。加えて言うなら」

    レナードはバンデラスに視線を送る。
    バンデラスはうなずき、指先に小さな火を発し、手で銃の形を作ってレナードに向けて撃つ。

    「もう1つの」

    レナードは飛んでくる火の方に右手を伸ばし、触れる前に空中でかき消した。

    「これも、エーテル制御によるものだ」

    レナードは伸ばしていた右手を、今度は正面のグレゴリーに向け、その掌を地面に向ける。
    すると、地面から像が、生えるように伸び上がってきた。
    それは羽を広げ膝を抱えて眠る女神像だった。
    さらにはその像の意匠の悉くは精密で、知らない女神ではあったが、博物館にあるような像と差異が無いほどに精巧だった。

    「これも単純な話」

    レナードはまた、淡々と告げる。

    「普通に、誰もがやるのと同じ様に魔力を操って」

    レナードがそう言うと、その像が、頂上から崩れていく。
    それはヒビ割れて崩れ落ちるのでもなく、砂となって崩れ落ちるのでもなく、消滅に近い形で霧散して行く。

    「魔力塊である魔法を破壊しただけだ」

    レナードが力強く、突き出していた掌を握る。
    ゆっくりと消えて行っていた像は、一瞬で、霧のように消え失せた。

    「だが所詮こんなものは曲芸だ、派手に映るかも知れないが実質それほど大したことじゃない」

    レナードは肩で息をつく。
    なぜか、その表情は哀しげだった。

    「以上だ。これ以上の解答は思い付かない。もう時間がギリギリだ、サン、行こう」

    レナードはエルリスを担ぎ、背を向ける。
    サンも同じようにして、セリスを担ぐ。

    「では、教授。失礼します」

    「うむ。気をつけてな」

    レナードはうなずき、サンと共に走り出す。
    それは速く、一瞬で遠くに。
    足場も悪い森の中を、時速40キロ以上という、ヒトの身体における最速機動を超えた速度で。

    「………」

    グレゴリーは眺めていた。
    樹の陰にちらちらと見え隠れし、遠くなって行く後ろ姿を、目を見開いて眺めていた。

    「………」

    何を言うでもなく、眺めていた。

    「………信じられんじゃろう?」

    バンデラスが、グレゴリーに声をかける。
    その視線はもう見えなくなったレナードに向いていた。

    「儂も信じられんかった。あれは軽んじておるが、雷を操り、瞬時に魔法を破壊するなど神憑り的なエーテル制御じゃ。
    儂はこの半世紀の間に多くの才能を見てきたが、それでも、御伽噺の統一王の転生、あるいは生き神かと思うた」

    「………」

    「お前は転入して間もない頃、儂に問うたの。なぜレナード・シュルツを後継に選ぶのかと」

    「………」

    「あれが答えじゃ。魔法の全五法も統括する世の理、天の城たる第六法に最も近い最兇の破壊者にして入神の創造手。考えうる限り、あれ以上の者は存在せん」

    グレゴリーは強く歯軋りする。
    眼は血走り、血管は猛り、鬼の如き表情を浮かべて。






    ―――グレゴリー・アイザックスは西方大陸の出自だった。
    西方大陸は統一王文明終焉の舞台とされており、統一王時代の遺産が数多く出土するが、そのほとんどは荒涼とした荒野と砂漠が続く、厳しい環境の大陸だ。
    統一王文明の終焉と共に焼き尽くされた西方大陸の現在の文明のレベルはお世辞にも立派とは言えず、栄華を極めた文明の名残は潰え、今や魔科学どころか魔法すら浸透していない。
    彼はそこの小さな村落の生まれだった。

    グレゴリーには才能があった。
    幼少の頃から、数少ない魔法を使える大人から魔法を学び、その能力は背丈が伸びるに伴って高く伸びた。
    14歳を越える頃には大陸随一とされる腕前になり、熟練の騎士と相対しても傷一つ負うことはなかった。
    グレゴリーは将来を嘱望され、自身もこの荒廃した大陸を復興させるため、自らを役立てようと望んでいた。

    しかし、そんなある日、グレゴリーは見た。

    それは10メートルにも及ぶ巨大なヒトの形をした金属の塊だった。
    グレゴリーはこんなものが自らの祖国、それも生まれ故郷のすぐ傍に埋まっていたことに驚愕し、同時に興味を持った。
    彼は発掘を行っていた中央大陸の技術者に、この巨大な金属は何なのだと尋ねると、統一王文明の自動機械だと教えられた。
    戦闘を行う為のヒト型の機械で、最盛期に数十機製造された内の、残存する数少ない内の一機なのだと。
    グレゴリーは驚いた。こんなものがこの世に存在していたのかと。
    そして、驚嘆に踊る彼はさらに驚いた。
    その機体が運ばれて行った先は、なぜか丘の上に停まっていた物凄く大きな船で、しかもそれが浮いていたのだから。
    グレゴリーは技術者に再度尋ねた。どうして船が飛ぶのかと。
    技術者は答えた。これは飛行艇と呼ばれるもので、統一王時代の中でも最後の艦船なのだと。

    正直な話、グレゴリーには技術者の言っている言葉の意味が、全く理解出来なかった。
    技術者達は、しかし基本的な理論や運用方法は解明されていても具体的な作動原理は全くと言っていいほど解明されていないと笑っていたが、けれどグレゴリーには簡潔に説明されたそれさえも理解出来なかった。
    グレゴリーは最後に尋ねた。貴方達はどこの国の技術者なのですかと。
    技術者達は誇らしげに答えた。世界最高の技術を保する新興技術国家、ビフロスト連邦の技術者だと。

    グレゴリー・アイザックスは今も思う。
    その日、自分は導に出会ったのだと。

    その後、単身グレゴリーはビフロストへ渡った。
    アレほどのものを見ながら、火が灯らない筈もなく、祖国を想うなら目指さなければならない世界があると知りながら、そのままでいられた筈も無かった。
    彼はビフロストの最高学府である中央魔法学院を目指した。
    彼は祖国では優秀だったが、魔科学の進むビフロストでは幼稚園児にすら劣る事実に愕然としながらも、しかし持ち前の優秀さと勤勉さで2年の歳月をかけてビフロストを学び、中央魔法学院への入学を果たした。
    その入学試験において、彼は次席だった。
    グレゴリーは負けたことに、しかし当時は逆に感嘆を覚えた。
    2年の歳月をかけてひたすらに学び、完璧と思える成果を出したのに、それを上回る者がいた。何とも素晴らしい事だと。
    そして彼は探した。自らを上回る主席、レナード・シュルツを。羨望と期待を込めて。

    ―――そして彼は見つけた。
    その背中を。




    「なぜだ?」

    グレゴリーはつぶやく。

    「なぜ、貴様は………」

    もう姿が見えなくなったレナードを見つめながら、つぶやく。

    「なぜ………」






    ◇ ◇ ◇ ◇








    演習場の森の木陰の下で、マシュー・バンデラスは、青臭いことをのたまっている生徒の後ろ姿を眺めていた。
    彼は眼前の生徒のことを覚えていた。

    1年前に、遥か遠き西方の大陸より転入してきたグレゴリー・アイザックスだ。
    男にしては細身で小柄、金の髪に女のように可愛らしい顔つき、それを隠す為かオールバックというおよそ10代らしからぬ髪型、そして翠の瞳。
    文武に長け、性格は実直で勤勉、真面目すぎる嫌いがあるが向上心と自立心は高い。
    魔法にも優れ、エーテル、制御能力共にかなり上位であり、尚且つ心の芯が揺らがない。
    少々常識外の事態に弱く、ペースを握られると途端に情けなくなるためカリスマ的資質には乏しいが、総評として、優秀、の一言に尽きる。
    2年でここまで這い上がってきた才能を鑑みれば、天才とも呼べるだろう。

    マシュー・バンデラスは、彼、グレゴリー・アイザックスを知っていた。
    けれど知っている素振りを見せなかった。

    「グレゴリー・アイザックス」

    しかし今、彼はその名を呼んだ。
    名を呼ばれたグレゴリーは驚きに眼を見開いて振り返り、呆然とバンデラスの顔を眺めた。

    「なにを間の抜けた顔をしておる?」

    「い、いえ。しかし、今、教授俺の名を………?」

    「何を言っとる、当然覚えておるぞ。グレゴリー・アイザックス。11年生7組出席番号7番」

    バンデラスは、ぽかんと口を開けているグレゴリーを見て苦笑する。

    「まぁ、その辺のことはどうでも良い。………さて、グレゴリー・アイザックス」

    バンデラスは再びその名を呼ぶ。
    呼ばれたグレゴリーは、眼前の老翁を真剣な表情で見据え、その言葉を待つ。

    「魔科学に執心しておるお前は、レナード・シュルツを忌々しく思っておるな?」

    グレゴリーは少し眼を伏せた後、ややあって顔を上げ、静かにうなずいた。

    「しかしお前は、レナード・シュルツに未だ及ばんことを悔やんでおるな?」

    グレゴリーはうなずいた。
    バンデラスは、少しの間考える素振りを見せ、ややあって重々しくうなずき、告げた。

    「では、あえて言おう。レナード・シュルツがおらねば、儂は後継としてグレゴリー・アイザックスを選ぶと」

    グレゴリーは発言の意図を掴めず、眉をひそめて睨むようにバンデラスを見つめる。

    「それは………どういう、意味ですか………ッ!」

    怒声のこもる声を押し殺しながら、平静を装って、しかし猛々しく言う。

    「俺がシュルツに劣るという宣言ですか? それとも勝ちたければ奴を殺してでも排除しろという殺人教唆ですか?」

    バンデラスは、苦笑混じりに笑う。

    「それはちょいと穿ち過ぎじゃの。儂は単に、レナードに見せ付けられたお前があんまり情けなかったから事実を伝えただけじゃ。儂はお前にも注目しとると」

    「………ですが。この場合、意味が無いですよ」

    「拗ねるな、仕方あるまい。レナード・シュルツは特別じゃ。どうあってもあれに勝てる筈も無い」

    グレゴリーは、悔しそうに歯を噛みしめる。
    その様子を見て、バンデラスは尋ねる。

    「ふむ? あれほどのものを見せられても、やはりそれは不満か」

    「当然ですッ………!」

    「くく、諦めの悪い小童じゃのう」

    バンデラスは苦笑し、ゆっくりと空を見上げ、瞼を閉じる。
    折れるも曲がるも知らぬというのは刃の如く、何とも素晴らしきかなと思いながら。

    「バンデラス教授」

    声がして、バンデラスは瞼を開ける。
    綺麗な青空と白雲が見えた。森の中でも感じる風は、春一番だろうか。

    「教授は、エーテル制御は努力に因る割合が高い、と常々仰られています」

    「如何にも」

    バンデラスは空を見たまま答える。
    今は顔を見ず、声だけを聞こうとして。

    「では、シュルツのあれは何だと言うのですか。エーテルは上位にあるというのに、それに反比例どころか累乗したようなあの制御能力。あれは才能ですか? それとも努力の結果ですか?」

    「どちらも否」

    グレゴリーの語気に、強い勢いが付く。

    「では何ですか。才能でも努力でもないのなら、奴が禁忌に触れたからとでもッ!?」

    「………禁忌、か………ふむ」

    バンデラスは苦笑する。

    「面白い事を言う。そうじゃの。禁忌といえば禁忌なのかも知れん」

    「なら教えてください。なぜ、奴はあれほどの制御能力を身に付けられたのか」

    「ほう、禁忌に触れようというのか」

    「それが最終的に最善と判断出来たのならば」

    「踏み止まるつもりはあるわけか」

    「当然です。最終的な目的を見誤っては意味が無いですから」

    「祖国の為か。愛国心じゃの」

    バンデラスは楽しそうに笑う。
    ひたむきなクセに、おそらくは道を違える事は無いグレゴリーを好ましく思う。
    同時に、だからこそあれと相容れないのだろうと思いながら。

    「気が変わった。お前がお前の言うその禁忌とやらに気づいたならば、お前を儂の後継として選ぼう」

    「…………え」

    グレゴリーは言葉の意味が理解出来ず、ぽかんと口を開ける。
    バンデラスはその顔を見て苦笑する。どこか憂愁の色を浮かべながら。

    「前々から考えてはおったのじゃ。確かに、能力から見ればレナードに勝る者はおらん。が、しかし、同時にあれは最も不適格でもあるのじゃ。お前の言う、禁忌とやらのせいでな」

    しかし自身は既に今年で齢75。
    余命幾許かも無く、自身が積み重ねたものを新たに託せる時間は極僅か。
    次第に動かなくなっていく身体、朽ちていく思考、老いていく精神。
    今さら別の者に新たに託そうなどというのはひどく困難な話だ。
    だが、気が変わった。
    今目の前に、ちゃんと才能があるのだから。

    「再度宣して確約すると誓おう。その禁忌に気づいたならば、お前を儂の後継に選ぶと。
    そして問おう、グレゴリー・アイザックス。お前は、レナード・シュルツの禁忌とは何だと考える?」

    バンデラスは告げる。

    「解答から考えた儂と違い、疑問からの推測になるがグレゴリー・アイザックス。お前はおそらく先刻既に、解に繋がる疑問を幾つか得ておる筈。それらを想起し、その疑問を得たのは何故かと考えよ。
    ………さぁグレゴリー・アイザックス。時間は掛かっても構わん。お前は、それは何と考える。
    儂が死ぬまでの間に答えられたならば、儂は儂の人生における最後の誓約を果たそう」

    バンデラスは瞼を閉じ、そして、時を待った。







引用返信/返信
■163 / ResNo.9)  「Β 静かな日々」G
□投稿者/ 犬 -(2005/03/13(Sun) 17:53:40)
    2005/03/13(Sun) 17:54:15 編集(投稿者)





    演習場の森の中、少しだけ木々が開けた広場に、サンとレナードはいた。
    ここはレナード達チーム5人が決めている合流ポイントだ。
    レナード達はその単独行動力の高さからチーム行動を取らない事があるが、それでもチームとして組んでいる以上、一応はチームとして出発・帰還しなくてはならない。
    そのため、出発・帰還ポイントの近く、誰も近寄らなさそうな位置で合流してから帰ることにしている。
    これはレナードやサン、ミコトにとってはずっと前から、アデルやルスランにとっては昨年からの決まりだ。


    「意外とみんな、時間を食っているみたいだな」

    切り株に腰かけたレナードは言った。
    サンとレナードは一度ハーネット姉妹を帰還ポイントまで運んで、それから戻ってきていた。
    そのため、今し方合流時間を回ったばかりではあるが、待つ事になるとは思っていなかった。

    「もう集まっていると思ったんだが」

    それを聞いて、サンが顔を上げる。
    サンはレナードの右膝の上に横向きに座り、彼に左肩を見せている。

    「ミコトは探すのヘタだし、アデルは甘いし、バカは選り好みするから」

    「はは………そうだな」

    レナードは思わず苦笑する。
    サンの言うことは的を得ていた。
    3人とも強いが、やはり個々で短所があるのだ。
    それは勿論、サンもレナードもではあるのだが、こういう訓練では彼らの短所は目立たない。

    「まぁ心配は要らないだろう。それより、今日はどうするんだ? 来るか?」

    「うん。行く」

    サンはレナードの方を向いて、顔をほころばせる。

    「一ヶ月振りだから。一緒にいたい」

    「そうか。分かった、なら今日は豪勢に行くか」

    サンは尻尾を振りながら笑顔を見せる。
    と、何かに気づいたかのように視線を別方向に向ける。
    レナードもそれに気づいてサンの視線の先を追うと、何かが近づいてくる感覚を得た。

    「1人か」

    「うん。バカが来た」

    2人してずっと森を見つめていると、次第に金髪と茶色の服の姿が見えてきた。
    ルスランだった。ルスランは大振りに手を振って駆けて来た。

    「おおお! 流石はオレ! サンちゃんドンピシャじゃねーか!?」

    ルスランは腕を広げてサンの元に走って来る。

    「サンちゃ〜〜ん! 年明けから3センチも増量したその乳にオレの顔をうずめさぐぶッ!?」

    奔って来るルスランの顔面に、サンのカウンターのドロップキックがめり込む。

    「ぎゃぁぁぁぁああ!? オレの美顔が平面化ッ!?」

    「う、うるさいッ! なんで私の胸のコト知ってるッ!?」

    赤面するサンに向かって、ルスランは鼻血を垂らしながら、フッ、と笑った。

    「そりゃあ、オレの脳にインプットされたサンちゃんのバストサイズ・形からの測定結果からに決まってるだろー? オレがサンちゃんの乳に関して分からないのは揉み具合のみだぜ?」

    わきわきと空中で何かを揉みつつ、ルスランはサンに近寄る。

    「〜〜〜〜〜ッ!?」

    サンは顔を真っ赤にして、両腕で胸を隠しながら後ずさりする。
    ルスランはバカ丸出しで誇らしげに言う。

    「ふ。オレの審乳眼をナメんなよー!
    ちなみにサンちゃんは高等部に入ってから加速度的に発育中! 形良し色良しで将来への期待大ッ!!
    アデルちゃんは最近ようやく膨らんできたけど、多分このままペッタンコロリっ子路線まっしぐら!!
    ミコちゃんは既にあのデカさなせいか、ほぼ成長停止中! むしろ冬休みより1センチ減ったねアレは!!」

    うんうんとルスランはうなずく。
    サンはレナードの後ろに隠れて、赤面涙目でバカを睨んでいる。
    ルスランは仰々しい身振りで、レナードに向かって言った。

    「さぁレナード! お前も聞きたいことがあったら聞いてくれたまへ! 少なくともクラスの女子のバストサイズなら完璧網羅中! サイズだってセンチ単位なら誤差ゼロだぜ!?」

    「そんな信憑性のない話に付き合っていられるか」

    「ナニィ!? 信憑性が無いだとぅ!? じゃーサンちゃんの胸のコトどう説明するよ!?」

    ルスランは仰々しい仕草でサンとレナードの背後に回り、後ろから2人の肩に手を乗せる。

    「触るな、ばか」

    「へっへっへー」

    サンが嫌そうに眉をひそめる。
    それに対してルスランは笑みを浮かべ、サンの耳元に顔を寄せて小声で囁く。

    「胸がこんだけ急成長したの、去年の夏からレナードと乳繰り合いまくってるせいだろ?」

    サンの頬が火が灯った様に紅潮し、口をパクパクさせながらルスランを見上げる。

    「なっ、なっ、なっ………!?」

    「なんで知ってるかって、んなの訊いちゃダメだぜサンちゃん? オレからしたら、誰も気付いてない方がビックリだ。いやー、ビフロストって性は進んでねーのなー?」

    「いや、単にサンと俺とがそういう関係だと結び付けられないだけだろう」

    レナードがぽつっとつぶやく。
    ルスランは首をかしげる。

    「何でだよ? ビフロストじゃ異種間の結婚ってタブーじゃねーだろ?」

    「け、けっこンッ!?」

    「サンちゃんが獣人ったって、尻尾生えてるぐらいだし」

    ルスランはちらりとサンのお尻辺りに視線を移す。
    形の良いお尻のやや上から、白いふさふさの毛の生えた尻尾が勢いよく振れていた。

    「いや、サンが獣人だからではなく、おそらく以前と態度が変わらないから気づかないんだと思うが」

    「そうか? まぁ、確かにお前とサンちゃんの仲ってずっと変わってないけどさ、オレは分かったぜ? アレだろ、9月4日だろ?」

    「な、な何がっ!?」

    いつになく取り乱して吃りまくるサンに対し、ルスランはわざとらしく厭らしい笑みを浮かべ、分かりやすい発音で言った。

    「初エッチ」

    「なっ、待っ、違ッ!」

    「そうだ」

    「レンッ!?」

    サンの赤面は度を超し、耳まで赤みを帯びていく。

    「やっぱりかー。ちなみにどーゆー経緯で?」

    「俺は夏休み中ずっと出かけてたんだが、帰って来て見れば不法侵入したサンが寝室で半泣きになって拗ねててな。慰めてる内にサンが」

    「あー! あー! ダメー! 言っちゃダメー!」

    サンはレナードの正面に回り、発言を止めようと飛び上がる。
    それをルスランが羽交い締めにして持ちあげ、拘束する。

    「―――慰めてる内にサンちゃんが?」

    「唐突にキスしてきて、しかも舌を」

    「あああああーーーー!!」

    サンがバタバタと手足を振り動かして暴れながら、レナードの声を打ち消そうと大声で叫び立てる。

    「―――舌を?」

    「なんというか、唾液と一緒に捻り込むように」

    「ひあっ………?」

    レナードはサンの頬に手を当て、顔を上げさせ、顔を近づける。

    「あ………う、あ」

    「サンは初めてだった筈なんだが、それはもう積極的というか情熱的というか」

    レナードはルスランからサンを受け取り、抱え上げて胸に抱く。
    サンはホッとしたような、残念そうな表情を浮かべて息をつく。

    「10分近くそのまま、ひたすらディープキスを」

    「ち、違ッ!?」

    「10分もか」

    「10分もだ」

    「ちーーがーーうーーー!!」

    抱き上げられたまま、サンが頭を左右に振りたてまくる。

    「で?」

    「思考回路が蕩けたサンが―――真夏で暑かったからか下着上下とも着けてなくてな」

    「下着ナシ!? マジかよ上下ともッ!?」

    「着けてた着けてた着けてたーーー!!」

    サンはじたばたと暴れて、レナードの胸を叩く。

    「キスに満足したらしく嬉しそうに擦り寄ってきて、俺の胸に頬ずりしながら」

    「ダメェェェ――――ッ!!」

    「む―――」

    サンが両手でレナードの口を押さえる。
    そして肩を揺らして息をしながら、真っ赤な顔で振り返る。

    「今の嘘。全部嘘。嘘ったら嘘でとにかく嘘で嘘」

    ルスランは楽しそうに笑いながら、サンの頭を撫でる。

    「別にいいじゃん。サンちゃん、寂しかったんだろ?」

    「寂しくなんかないっ! 獣人領に帰ってたり妖精とか魔族の土地にも行ったりして忙しかったから別にっ!」

    「で。ビフロストに戻って、気づけばレナードが隣に居ないと」

    「寂しくないったらないっ!」

    急にサンの瞳が潤み始める。
    ルスランは苦笑する。
    昨年の夏の事を聞いてるのになぜか現在形で否定する、ある意味素直な混乱っぷりを微笑ましく思いながら。
    ルスランは皮肉げにレナードを見る。

    「寂しさを頭で理解出来ないのは、獣人の性か、サンちゃんの性なのか、どっちかねぇ?」

    「――――」

    口を押さえられているレナードは答えず、ただ微笑だけを零す。
    ルスランは、そっか、と頷いて、乾いた笑みを浮かべてレナードを見据える。

    「それなら寂しさを理解出来ないのって、不幸なことか、それとも幸せなことなのか。どっちだと思うよ?」

    レナードはサンを降ろす。
    自然、背が届かないサンの手はレナードの口元から離れる。

    「その寂しさが後に報われるか、報われないか。それにも因る」

    「…………」

    ルスランは無言で息をついて、サンの頭を撫でる。

    「この春休みも置いてけぼりだったんだろ? 可愛がってもらいなよ」

    「う、うるさい、ばかっ。触るなっ。撫でるなっ」

    嫌そうにしながらも取り立てて抵抗しないサンに、ルスランはからかうように笑う。
    そして、立ち上がり、後ろを振り返る。

    「2人も到着だな」

    3人それぞれ、森の奥を見つめる。
    緑の森の中、2つの人影が走って来る。
    その2人はこの小さな広場の端に着くと走るのを止め、肩を落として歩いてきた。

    「あー。つ・か・れ・たー………」

    「そうですね………」

    その2人は、ミコトとアデルだった。

    「遅かったが、何かあったのか?」

    2人の様子を見て、レナードが尋ねる。

    「んー。途中でさぁ、敵と間違えてデルとやり合っちゃってね………」

    「なんで? アデルちゃんの方はエーテルの感知得意だろ?」

    ルスランが首をかしげるが、アデルは首を振る。

    「あたしは位置情報の把握が得意なだけで、個人の特定は不得手ですから。それに、ミコトちゃんのは判りにくいじゃないですか?」

    「あー。確かに、ミコちゃんのは何かモヤモヤしてて動物なんだか人間なんだか判りにくいもんなー」

    「何よそれ。わたし、それなりにはエーテルある方よ?」

    「いや、大小とかじゃなくってさ。なんつーか………って、その前に帰らねーか? 時間も圧してるし」

    「んー、それもそうね。待たしちゃったし、帰りますか」

    ミコトは背伸びをして、帰還ポイントへ向かって歩き始める。
    追って、ルスランやアデルも歩き始める。
    続いてサンも歩き出し、しかしふと立ち止まって別の方に視線を向ける。

    「レン」

    呼ぶと、レナードがサンの傍に立った。
    レナードも同じ方向を見ている。

    「分かるか?」

    「ううん。でも、嫌な感じ」

    「そうだな」

    レナードは銃を抜き、撃鉄を起こして、森の奥の方に銃口を向ける。
    引き鉄を引くと、空気を貫いて弾丸が森を飛びぬけていった。

    「消えた」

    サンがそうつぶやくと、レナードはうなずき、銃を収める。

    「留意しておく必要があるな。今後もあるようなら――――」

    「おーい、レナードー! サンー!」

    遠くからミコトが2人を呼ぶ。

    「どうしたのー? 置いてくよー?」

    サンとレナードは一度互いの顔を見合わせ、早足でミコトの後を追った。









    ◇ ◇ ◇ ◇







    レナード達5人が集まっていた広場から数km離れた場所、森全体を見下ろせる小高い丘の上に、3人の人間がいた。
    石をイス代わりに座っている1人は、青い髪を全て真後ろに靡かせた無骨な感じの男。おそらく20代後半といった若さながら、感じる雰囲気は酷く堅く剣呑としている。肩にかけた長槍の穂先の両側には三日月状の刃が付いており、使い込まれた鋭い刃は傷だらけで鈍い光を放っている。
    腕を組んで立っている1人は、長くストレートな赤い髪を腰まで下ろした、妖艶な雰囲気を漂わせる美女。薄く笑みを浮かべている彼女の両の腕に備えられたナックルガードには、茶色い染みがこびり付いている。
    膝と尻を地につけず両膝を立てて座っているもう1人は金髪の青年で、少年のような柔らかい表情を浮かべたその腰のベルトには、木製の剣の柄だけが2つ差されていた。
    3人とも腰から下が大きく開いた蒼色のコートを羽織っており、青髪と赤髪の2人のコートの縁には金の刺繍がされてあった。

    「何mあった? あの子達からアンタの使い魔まで」

    赤髪の女性が、前に座っている金髪の青年に尋ねる。

    「40ちょいかな。銃ってあんなに射程距離あるもんだったっけ?」

    「まさか。普通は20が良いトコよ、40なんてありえない。最新型にしたっておかしいわ」

    「ふーん。ま、どっちにしたってあの射撃手は凄いね」

    金髪の青年は子どものような、屈託のない笑みを浮かべる。

    「あ、ちなみに。僕のアレは使い魔じゃないよ。使い魔の定義自体が広義的で混同されやすいけど、本当の使い魔って統一王時代に生み出された擬似生命体で、魔族の法体系を取り入れた信じられないくらい高度な技術で創造されたんだ。有名なのが人型のホムンクルスっていうさらにケタ違いの技術力の―――」

    「あーハイハイ。その辺どうでもいいわ。私達は魔法使わないから」

    赤髪の女性は手をひらひらとさせながら、興味なさそうに言った。

    「そう? それは残念。色々と便利なのに」

    「私達クロイツに小手先の魔法は不要よ。自らを高めるだけの純戦闘力しか要らないから」

    「逆でしょ。だからこそのクロイツなんじゃない」

    言われた赤髪の女性は笑みを浮かべ、数歩前に歩き出し、森を見下ろした。

    「それにしても粒揃いね、ここの子達は。本当に16歳かしら?」

    「確かに。10人以上即戦力になるレベルがいたね」

    「ええ。特に、さっきやり合ってた茶髪の子達の片方………私と同じスタイルだったわ。見たことのない流派だったけど、とても洗練された実戦闘用の武術」

    「蓬莱の武術だ」

    石に座ったまま黙っていた青髪の男が、つぶやくように言う。

    「如何なる武器・魔法をも使用する相手に対し己が肉体のみで立ち向かうが当然という理念の元に編み出された対武器・魔法格闘武術、と聞いている」

    「へぇ。それはますます好みね。あの子可愛い顔してたし、是非欲しいわ」

    赤髪の女性は楽しそうに笑う。

    「ま、それは置いとくとして。アンタはいいの、ティベリオス?」

    赤髪の女性に呼ばれた青髪の男は、訝しげに視線を上げる。

    「何がだ?」

    「アンタ、子どもとか相手すんの嫌がるでしょ? 抜けるのは構わないんだけど、途中でってのは困るから」

    「………後でも先でも、抜けるのは問題なんだけどなぁ」

    金髪の青年は苦笑しながらぼそっとつぶやいた。

    「別に抜けるつもりは無い」

    ティベリオスと呼ばれた、青髪の男は立ち上がる。

    「相手は魔族だ。それも、危険度は群を抜いている。そんな相手に子どもも何も無い」

    「ならいいけど」

    つと、森の中から猫が現れた。
    その猫はゆったりと歩きながら、赤髪の女の足元に歩み寄り、そのまま女のすぐ傍に座った。
    赤髪の女は屈んで、優しく猫の頭を撫でる。

    「アイルルスちゃんは、優しいものね?」

    ティベリオスは眉をひそめる。

    「前々から何度も訊いているが、アンナ。アイルルス、とは何だ?」

    アンナと呼ばれた赤髪の女性は、少しいじ悪く笑って口元に指を当てた。

    「前々から何度も訊かれてるけど。教えてあげない」

    「………アンナ」

    「いいじゃない。愛称みたいなもんなんだから気にしないの」

    「せめて、ちゃん付けは止めて欲しいが」

    「やーよ。ちゃん付けないと可愛くないもの」

    渋面するティベリオスをよそに、アンナは猫を抱えて立ち上がる。

    「アンナさんって、猫に好かれるんだ?」

    金髪の青年はアンナの胸元でじゃれる猫を眺める。

    「ええ。でも、ティベリオスも好かれるわよ」

    「へぇー。それは意外」

    「でしょう? あ、でもね、私が動物に好かれるのって生まれつきじゃないのよ。10年くらい前だったかな、なぜか急に好かれだしたの。ふふ、教会じゃ悪女って呼ばれてるのにね?」

    「血濡れの狂拳アンナ・ベルゼルグ、駆ける孤狼ティベリオス・リューフ、だったっけ。
    確かにそんな物々しい渾名が付いてるから、正直もっとイカレた人だと思ってたよ」

    「実際会って見て、どう?」

    「美人で優しいお姉さんと、寡黙だけど実直なお兄さん、かな?」

    「あはは、嬉しい事言ってくれるわね。私達の戦いっぷりを見てもそんなこと言えたら、焼肉奢ってあげるわ」

    青年の微笑が少し、引き攣る。

    「………あー。やっぱり、その。か、過激?」

    「首が変な方向に曲がって頭蓋骨が粉砕する音がする、腕とか脚とか頭が飛ぶ、胴体に風穴開く、くらいは覚悟しといた方がいいかもね」

    「噂って、わりと当たってるものなんだね………」

    乾いた笑みを浮かべる青年をよそに、アンナは胸の猫の頭の上で指をフラフラさせて、猫とじゃれていた。

    「まぁ、ともかく。作戦の再確認をしようか」

    青年が話を仕切り直す。

    「教会の非公式の対魔法犯罪及び対異種族部隊である業の十字架、通称クロイツ所属のティベリオス・リューフ、アンナ・ベルゼルグの2名は3日前に指令を受け―――」

    「かっ飛ばしていいわよ、レイスくん。そんな堅苦しい面倒な建前」

    「いや、一応ね? 僕、監査役でもあるわけだしさ」

    「それもかっ飛ばさない?」

    レイスと呼ばれた青年は頭をポリポリと掻いて、少し考えて、小さく息をついた。

    「………えーっと。色々かっ飛ばして、作戦内容。”ビフロスト中央魔法学院に魔族潜入の疑いアリ。諸君ら3名はこれを判別、完全に滅せよ”」

    アンナは気難しそうな顔をしながら、頭をかく。

    「随分アバウトよね。疑いアリ、判別して滅ぼせか」

    「しかも危険度のランクは最上級だ。それに、この学院で嗅ぎ回るのも難しい」

    ティベリオスが言うとアンナは、そうね、と相槌を打った。

    「獣人の子はともかく、普通の人間の子にも何人か違和感持たれちゃってたものね。最後には気づかれてやられちゃったし。レベル高いわ、ここの子達」

    「どうする? そもそも教会の者がこの国にいることはかなり拙い」

    「気づかれると野宿と逃避行は覚悟ね。………というか、さっき宿で魔族同士がチェスやってたりしてたけど無視って良かったの、アレ?」

    「任務最優先、だよ」

    レイスはぼやくように言う。

    「それにアレは国柄なんだって。信じられないけど、この国じゃ魔族は”ちょっと珍しい外人さん”程度の認識みたいだから」

    「………他の国じゃ、殺傷事件とかなんてザラで関係最悪なのにね」

    アンナは肩をすくめる。

    「お互いのことを知り合えば、共存は可能だという考え方らしいな。………甘いことだ」

    「私もティベリオスと同感ね。絶対に無理って事はないのかも知れないけど、別の生き物である以上、相容れないことは必ずあるわ。何でもかんでも受け入れていると、後で絶対に痛い目を見る」

    「そうだね」

    レイスはうなずく。

    「20年前にビフロストと袂を別った教会としては、本心言うとこの国がどうなろうと彼らの責任だからどうでも良いんだけど。
    危険な魔族が蔓延ってるとなれば話は別だ、看過するわけにはいかない。下手をすれば、この国を乗っ取って世界中に影響を与える可能性もある」

    「………で、それを防ぐ為に私達が来てるんだけど」

    アンナは髪をかき上げる。

    「八方手詰まりだな。中央魔法学院の16歳と言ったところで、200人を超える。男か女かも不明だ」

    「しかも潜入している以上は外見的な特徴は皆無、簡単ラクチンな判別方法は無し」

    「何らかの”人間では有り得ない反応”を見せる以外にその判別は不可能だ」

    「200人全員ストーキングしてそんなワケ分かんない反応するまで待ってみる?」

    「その前にこちらが捕まるな。しかも人数的にも時間的にも非現実的だ」

    唸りながら考え込む2人を眺めながら、レイスはぼやく。

    「2人共、掛け合いの息が合ってるなぁ………」

    レイスは気を取り直して、咳払いする。

    「ごほん。あのさ、2人とも。なんで魔法を使わないクロイツに、魔法を使う僕が派遣されてきたと思ってるの?」

    「監査役でしょ? 純粋な戦闘力じゃ私達の手綱を握れ切れない、だから魔法に特化したアンタが、でしょ?」

    「半分はそうだけど。………まぁ単刀直入に言うと、僕に考えがあるんだ」

    レイスは少し得意げに胸を張る。
    しかし、アンナは眉を上げる。

    「考えあるんだったら、どうして早く言わないの?」

    「いや、だって。2人してずばずばと考えだすから………」

    「アンタね、そういうのは良くないわよ。言う時にきちっと言わないと、彼女出来ないんだから」

    「え、いや、………ともかく。作戦がありますので聞いてください」

    「ずっと聞いている。御託はいいから早く言え」

    「いや、だって。こういう仕切りはちゃんとするもので………」

    「自分のものではない考え方に頼るのは愚鈍で怠慢だ。常識という言葉で論ずる男は情けないぞ」

    「え、いや、………はい。………え?なにこの扱われ方?僕、監査役なん―――」

    「「いいから早く」」

    「―――はーい」











    「俺は正直、気乗りしないな」

    考えを説明された後、ティベリオスはそう言い放った。

    「それに、事を荒立て過ぎると問題になるぞ」

    「それは大丈夫。元々この国と教会の仲は最悪、これ以上悪くなるわけはないし、証拠が無ければどうしようもないよ」

    レイスの言い草に、アンナはムッと眉をひそめる。

    「捕まらなければそれで良し、っていうの?」

    「大と小を天秤にかける、っていうことだよ。まさか、今さら理想論なんて持ち出さないよね?」

    「それはしないけど。私も気乗りしないわ。確かにそんな判別法があるのなら、全員一気に篩いにかけるその作戦が一番有効だとは思うけど」

    釈然としないのか、アンナは苛立たしげに悪態をつく。

    「まったく………危険度最高のクセになんで3人だけなんだか」

    「一応は応援が来る手筈だけど、アテにはしない方がいいよ。世界は広くて教会の人員は少ないから」

    「仕方が無いわね。私は乗るけど、ティベリオス、アンタはどうするの?」

    アンナは説明されてからこっち、ずっと渋面を続けているティベリオスに尋ねる。
    ティベリオスはさらに渋面して、しかしうなずく。

    「………一度に何個もの林檎は掴めん。他に方法が無いなら仕方あるまい」

    「途中でヤメは無しよ?」

    「当然だ。やるからにはやり遂げる」

    「あら頼もしい。………で、作戦開始の日時は?」

    レイスはメモを取り出し、読み上げる。

    「明後日の水曜日、今日彼らがやった訓練を北の断崖の麓の森で行うらしいよ。開始は1000。作戦の開始はその同時にしよう」

    「新学年早々、悪いことしちゃうわね」

    「仕方ないよ。って、さっきからコレばっかり言ってるなぁ………」

    レイスは苦々しい顔をしながら頬をかく。

    「世界は俺達人間など見てはいない。だからこそ世の中は不条理だ。割り切るしかないだろう」

    「辛味があるから甘味もあるってコト?」

    「なら、私は甘党だから甘いのばっかりでいいわ」

    そう言い切るアンナに対し、レイスは苦笑する。

    「みんな甘党だよ。だから辛いのがダメなんだ」

    ティベリオスは、小さくつぶやいた。

    「………世知辛い世の中、か」







    ◇ ◇ ◇ ◇






    ヘイムダル市街区、その小高い丘の上に学院の学生御用達のカフェがあった。
    マスターが趣味でやってる店で、なかなか洒落た店で味が良いながら値段が破格の安さであり、下手に家で自炊するより安く上がるほどである。
    カフェの入り口にはリンチ・カフェという看板が掲げられており、内装は円状のカウンターを中心としてホールが左右に別れている。
    左側はアンティーク調の落ち着いた雰囲気、右側は色とりどりの色彩を散らせた学生用の明るい雰囲気の内装となっている。

    その右側のホールの店外のテラス部分に設置された1番見晴らしの良い席にレナード達は陣取り、飲み物を飲んでいた。

    「いや、なんつーかさ。誤認しやすいんだよ。感覚的なもんだから言いにくいんだけど」

    レナード達は演習場の森の、合流ポイントの広場での話の続きをしていた。
    ミコトのエーテルがモヤモヤとしていて感知しにくいという話だ。

    「波長っつーのか、それがふわふわと変わるんだよ、ミコちゃんのは」

    「そうですね、そんな感じです。判る時は判るんですけど、別のモノだって先入観入っちゃうと、後はもう視認しないとダメです」

    「………ふーん?」

    ミコトはルスランとアデルの説明がよく分からないのか、曖昧に相槌を打つ。
    エーテル感知能力というのは後天的な、訓練などで身に付く歴とした技能だ。
    あらゆる生命から洩れ出すエーテルを感知し、死角にいる生命体の察知から相対距離の把握、個人の特定やある程度の相手の情報の取得などを行える。
    また、相手の挙動や魔法の察知に関してもこの技能が使われるが、この5人の中でその感知が出来るのはルスランとアデルだけである。

    ちなみにこのエーテル感知の対極にして昇華された先天的なものが、いわゆる直感である。
    これはほぼ完璧に才能によるもので、一切の情報無しに、未来視を行うかのように事前に知覚する。
    感知能力と異なり正確性と恒常性に欠けるが、事前察知と知覚外の知覚という面で絶対性を誇る。

    「でも、ミコトちゃんも判り辛いですけど、サンとレナードさんはON・OFFハッキリと切り換える点で判り辛いですよね?」

    「そーだな。つーかどうやってんだ、レナードとサンちゃん? あのパッとエーテル消せる、すっげー技」

    「どう、って言われても困る。私は普通に気配を殺しているだけだから」

    「俺もだ。別段、特別なことは何も」

    場の空気が、一瞬停止する。

    「………さいですか。でもま、元がかな〜り変わった感覚だからある意味で判りやすいのが救いだな」

    「ん? ナニ、どーゆー意味ソレ?」

    「んー。サンちゃんは獣人だからかな、俺らより綺麗な感じがする。逆にレナードは異質な感じがするな」

    「そーなの?」

    「はい。あたしは位置情報に特化してますからルスランさんほど判りませんけど、そんな感じです」

    「ふーん、そういうもんなんだ?」

    ミコトが興味深そうにうなずく。
    そして、笑いながらレナードを肘でつつく。

    「異質だってさ?」

    「俺はそういうのはよく分からないんだがな」

    「パーペキ超人にも欠陥あるんだねぇ、レナード君?」

    「自覚出来ない欠陥は対処に困る………」

    レナードは首をかしげて眉をひそめる。

    「ま、テストで悩まないんだから、少しくらいは悩みなさい♪」

    ミコトは楽しそうに笑う。
    そしてサンの方に視線を向ける。

    「サンは綺麗なんだってさ?」

    「私もよく分からないけど。それなら多分、獣人はみんなそうだと思う」

    「え? なに、じゃあやっぱり種族差なの?」

    ミコトがそう尋ねると、ルスランとアデルは互いの顔を見合わせた後、同じように首をかしげる。

    「んー? どうだろ、他の獣人のを意識して感知したことねぇからなー」

    「でも、私はそうだと思う。獣人は世界に愛されているんだって、母さまが言ってた」

    「それはエーテルは世界の祝福っていう説? 世界への局所変異を許すエーテルは、純然かつ巨大であるほど、世界に愛され祝福されている証明だっていう」

    「デル、何それ?」

    ミコトが尋ねる。

    「え。いえ、あたしもよく知らないんですけど、えーっと」

    アデルがレナードに目配せする。
    レナードは頷き、言う。

    「魔導暦1627年に発表された、ベロニカ・ハントの説だ。
    ”エーテルにより成される魔法には法体系が存在し魔法の全てはその法則を守っているが、この魔の法則は世界根源の法則を無視している。
    しかし世界がその矛盾を許し、またその為の力さえ与えるのは、我々世界の子らが愛され祝福されているからだ”」

    「はぁ〜。そんなのあったんだ。でも、それって前に言ってたナントカ教と」

    「ああ。ウンザンブル教と真っ向から対立している。
    しかもベロニカ・ハントの唱えたこの説の理念は、獣人、妖精、魔族を擁護するものだからな。
    ちなみに、ウンザンブル教はこう教えている。
    ”原初において唯一母神の御許にて一つだった我々は、異界の力に穢れて別たれた。
    故に我々は、母の御許に還らねばならないのである。しかし我々は忌まわしき、穢れた子らである”」

    「”我ら母の子らよ、生苦味わうを躊躇うなかれ、死を恐るるなかれ。死は、穢れを清め、母へと還る導きである。”
    ―――要するに、穢れたオレらは頑張って生きて、苦しんで、死んで、やっと許されて天国行けますよって話だな」

    ルスランがレナードの言葉に続く。

    「ふーん。あんたも知ってたんだ、そのウンザブル教」

    「ウンザンブル教な。ま、オレは教会の庇護下の国の生まれだから。別に信仰心厚いわけでもなかったんだけどな」

    「そうなんだ。あ、じゃあ、デルは知ってる?」

    「はい、一応は。孤児院にもよく牧師さまがいらしてましたし、聖歌もよく歌ってましたから」

    「あー、なるほど。じゃあサンは?」

    「私は知らない。私達には私達の信じることがあるから」

    「ふむふむ、そして蓬莱には蓬莱の、ビフロストにはビフロストの信じることがある、か」

    感慨深そうにミコトはうなずく。

    「世界は広いような狭いような、ね。わたしもサンもレナードもデルもルスランも、み〜んな出身バラバラなんだから」

    「さらに学院の中には南方や西方の大陸出身の者もいる。これだけの人間が集まるのはこの国ならではの事だな」

    レナードが言う。

    「ま、運命論者じゃねーけど、この5人がここで出会って一緒にチーム組んでるってのは一つの縁だよな」

    ルスランが後頭部で手を組む。
    その言葉を受けて、アデルがうなずく。

    「そうですね。翼々考えたら不思議です。あの時もしああなっていなければ今ここには、っていうのありますから」

    「ワケアリが多いもんね、この国に来る人達。そーいえば10年前にわたしが初めてこの国に来た時、竜と魔物と妖精と獣人と魔族と人間とが杯を交わして大爆笑してたもんだから、かなり驚いたっけ」

    「それ、多分父さま達だと思う。親善訪問が終わってから、真昼間からあちこちお酒飲み歩いて大騒ぎしてたから」

    サンが少し恥ずかしそうに頭を抱えながら言う。
    アデルはくすくすと楽しそうに笑う。

    「ほんと、この国って変わってますよね。あたしも大分驚かされました。他の国じゃ、他種族はほとんど敵扱いですから」

    「変わってると言えば、大統領も変わってるよなー。もう何期目だっけ? あんなはっちゃけた人がよくもまぁ信任されるよ」

    「近代稀に見る政治的な手腕もあるが、信じられないくらい大っぴらな人だからな」

    「あれだろ、20年前の”ゴメン、俺もう教会とケンカしそうだ。やっちまって良いか?”発言だろ?」

    「………そんなこと言ったの? 一国の大統領が?」

    「そうらしいな。しかも国民の9割近くがアンケートでこう答えたそうだ。”やって良し。ぶん殴れ”」

    「………マジ?」

    「大マジ。まぁ多少は誇張っつーか情報操作入ってんのかもしんねーけど、世論としてそういう風潮があったのは確かだろうな。
    なんせ20年前までは、庇護を拒み続けるビフロストに対する教会の圧力が凄まじかったらしくてさ。実際に殴ったかどうかはわかんねーけど、本気で追い返したらしいぜ」

    「無茶苦茶ね………」

    「でもまぁ、確かに一見ムチャクチャだけど、ビフロストって国が存在する意味の是非を問われてたわけだから、その判断は間違ってはいなかったんじゃねーか?
    この世界の全種族の共存と教会に追われた人間を背負っちまった国なんだからさ」

    「それに、その後処理も上手かった。ビフロストの貿易拠点としての東南西大陸・諸島諸国との窓口的役割をさらに強くすることで、中央大陸内での完全交易封鎖を阻止した。
    実際に教会を追い返した行為自体の是非はともかく、追い返した後の問題の処理は他国でも高く評価されている」

    「もしかして20年前からの教会との関係断絶って、その時からですか?」

    「ああ。当時は帝国との戦争で勝利した時以上のお祭り騒ぎだったそうだ」

    「………はー。わたしの知らないこと一杯ね」

    ミコトは頬をかいて苦笑する。

    「そういう考え方さえ持っていれば差し支えないと思うぞ。全知を謳う者ほどその蘊蓄は浅く狭量だ」

    「無知の知ってヤツか。レナードが言うとなんだかなーって気もするな」

    「なぜだ?」

    「レナードさん、何でも知ってるって感じがしますから」

    「私もそう思う」

    「………それは確実に誤解だな」

    「こーゆー時は期待に応えるもんだ、がんばっとけ」

    「まったく………」











    「いやしかし、ビビったなアレは」

    暫くの後、話題は変わって、紅茶を飲みながらルスランはしみじみとつぶやいた。

    「帰還ポイント手前で待伏せしてた奴ら。レナードが発見するなり、こう――――」

    ルスランは手を銃の形にし、宙に狙いを定める。

    「バンバンバンってよ。3秒で5人沈めちまった」

    「ほんとにねー。わたしなんて気づかなくって、急にレナードが撃ちだしたの意味分かんなかったもん」

    「銃、ですか。あんな飛び道具があるんですね………」

    「今現在ある銃はあれほどの性能は無いがな」

    飛び道具ということで興味津々らしいアデルに、レナードがコーヒーを口にしながら言う。

    「俺の持っていた銃はバンデラス教授の作品だ。先の時代の代物と考えた方が良い」

    「先の時代ねー。そんなのアリかよって気もするけど。実は教授、未来から来たんだったりして」

    ミコトは緑茶をすすりながら苦笑する。

    「言い得て妙だな。俺も時折、そういう風に思う事がある」

    「あのジーサンが未来から、ねぇ。あんまし冗談だろーって笑い飛ばせねーあたりがスゲェよなー」


    ルスランはケタケタと可笑しそうに笑う。
    アデルは、そうですね、と相槌を打ちながら自分のココアに砂糖を、大さじで5杯ほど投下する。

    「そういえば、バンデラス教授の先見の明は未来視並だって聞いたことあります」

    アデルの手元を見ていたミコトは口元を引き攣らせるが、いつものことだと気にしないことにする。

    「ま、まぁ、妖怪ジジイだもんねぇ」

    「ミコト、ヨーカイって何?」

    サンがホットミルクに息を吹きかけて冷ましながら尋ねる。

    「お化けって意味よ、サン」

    「お化けだったんだ、あの人」

    「いや、例えだってば。蓬莱ではそういう世離れした人のことを妖怪って言ったりするの」

    「ふーん」

    お化けじゃない、ということで興味を削がれたのか、サンはホットミルクを冷ます作業に集中する。

    「そういえば、前々から思っていたんだが」

    レナードはミコトに視線を向ける。

    「ミヤセは度々蓬莱の文化、と言っているが本当に本当なのか?」

    「本当に本当よ。なによ、蓬莱の文化バカにしてんの?」

    「いや。ミヤセが単純にズレてるだけなんじゃないかという気がしてな」

    「………ハッキリ言うわね。あとでちょっと個人的に訓練する?」

    「遠慮しておく」

    「あら、遠慮しなくて良いわよ? 蓬莱の関節技、みっちり教えてあげるから」

    「じゃあオレ行くゾ。出来ればベッドの上で裸になってを希望」

    「ルーシャさん、下品です」

    アデルが軽蔑し切った目でルスランを見る。
    しかしそれでめげる様なルスランではなく、余裕綽々で笑い返す。

    「ふーむ下品と来たか。ならアデルちゃんが身体のどこに飛び道具隠してるか、余す所無くみっちり身体検査するとか」

    「う………さ、刺しますよ!?」

    アデルは顔を赤くしながら、どこからともなくナイフを取り出す。

    「お? 赤くなった? ってことはまさかッ!?」

    「ちちちちがいますッ! ルーシャさんがあんまり下品だからつい、その………あ、あたしそんな所に隠してません!」

    慌ててナイフを振り回す危なっかしいアデルを、ルスランはにやにやと、街を歩けば確実に職務質問されそうなやらしい笑みを浮かべる。

    「ん〜? そんな所ぉ〜? そんなトコロって、アデルちゃんナニ想像してんだろォなぁ〜?」

    「え………え? えっと、だってその………う」

    アデルの目尻から涙が零れだす。

    「なーる。アデルちゃんはその童顔に似合わずエロいと――――あーごめんごめん! 悪かったいじめすぎた! お願いだから泣かないで〜!」

    「あ〜っ! ルスランのバカがデル泣かした〜ッ!!」

    ミコトはルスランの脇腹を肘で抉っておいてから、アデルを慰めに動いた。

    「ルーシャ………バカでセクハラばかりするが、女の子を泣かすような奴ではないと思っていたんだが………」

    「最悪だ、バカ」

    レナードとサンはため息をつきながら、三白眼でルスランを睨んでいた。

    「お、おーいなんですかその失望した目はッ!? ちょ、アデルちゃん泣くなって〜!」

    「………な、泣いへなんはないれすよぅ………」

    「………デル。そんなぽろぽろ涙零して言ってどーすんの」

    「らって………らってぇルーヒャひゃんはぁ………」

    「ルーシャ。くたばれ」

    「死ね。ばか」

    「うわぁ、すげー辛辣だぁ…………アデルちゃん悪かった! ごめん! 頼むから泣き止んでくれホラこの通り! な? なんか埋め合わせするから〜!」

    ルスランは手を合わせたり頭下げたり土下座たりしてなんとか取り繕うとする。
    何やらとてつもなく憐れで情けない姿が功を奏したのか、アデルはぐすぐすしながらも涙を止めた。

    「泣いてないったらないんですってばぁ………」

    「おーよしよし。デルは泣いてなんかないもんね、よしよし」

    ミコトはあやす様にアデルを抱きしめて頭を撫でる。
    その甲斐あってか、アデルは何とか泣き止まる。

    「あぁ、よかった………泣き止んだ」

    ホッとするルスランに、情容赦無くレナードとサンは言葉を叩きこむ。

    「では埋め合わせに地獄に落ちろ、ルーシャ」

    「落ちろ、ばか」

    「ハイそこ! いい加減止めてくれ、挫けそうだ」




    とりあえずアデルが落ち着くまでまた談話が続き、埋め合わせは貸し1つということになった。
    何気にアデルが喜んでいた辺り、ルスランのこと嫌いなんだかそうでないんだか、とミコトは一人思った。





    「そういえばレンの銃、壊れたけど直るの?」

    ややあって、サンが銃の話を再開した。
    レナードがバンデラス教授からテスト用に渡された銃2丁は、その最後の射撃で銃身が破砕し、使い物にならなくなっていた。

    「いや、もう使えないな。それに銃身の耐久性に問題があった」

    「問題、ですか?」

    「そうだ。発射の瞬間に銃身が多少なりとも魔法の効果を受ける。だから劣化速度が速く、壊れやすい」

    「じゃあ、竜の瘡蓋なりもっと硬いの使うなりすりゃいーんじゃねーの?」

    「ああ。だが弾丸が媒介である以上、どうしても弾速が遅く威力に乏しいという問題もある」

    「柔いもんね媒介。つーかさ、普通に金属飛ばしゃいいんじゃないの?」

    「いえ、それがダメなんです」

    アデルが首を振る。

    「エーテルを内包する生命体には、特にエーテルによる強化を施されると、純然な単一の魔力の塊で攻撃した方が効果が高いんです。
    ですから、自然物より魔法の方が有効なんです」

    「ふーん? じゃあ強化されるとデルのナイフとかわたしの武術とか、物理攻撃は効きにくいの?」

    「いえ、そうでもないです。ほら、ドノヴァンの定理ですよ」

    「あー。施術者の手から何段階離れるか、ってヤツだっけ?」

    「ミコちゃんはまんまぶん殴るから1段階、オレやレナード、サンちゃんは自分の武器使うから2段階」

    ルスランが指を立てながら言い上げる。

    「一応、あたしの飛び道具は2段階です。飛び道具使いとしては異例なんですけど」

    アデルは自分のナイフを見せながら言う。
    横にいたルスランが、手品みたいだなー、と聞こえないようにつぶやいた。

    「で、普通に投げナイフとかは3段階。普通に金属飛ばすような銃だと4段階だな」

    「1段階を100%として、段階が1つ上がるごとに10%程度威力が落ちると考える。暴論で例外が多いから目安にしか用いられない定理だが」

    レナードはルスランと逆に、五指をゆっくりと一本ずつ折っていく。

    「つーわけで、銃弾そのものを魔法にすることで1〜2段階くらいにしよーって話だったんだよな、レナードの銃は」

    「ああ」

    「なーるほどね〜」

    ミコトは納得いったようにイスに背を預ける。

    「まぁ、どのみちあの魔法銃の再製造は難しい。実現は素材系の開発や製造技術の発達を待つしかないな」

    「そうなんですか………残念です」

    飛び道具に興味があるからか、アデルは心底残念そうにつぶやく。

    「ま、初日からかなり色々あったけどある意味毎度のことで、何はともあれ11年生最初の演習にしちゃ上出来だったよなー!」

    ルスランが笑いながら言う。
    みんなうなずいて同意する。

    「そうね。一応は全員30分以内に15本フラッグ集めたんだし。上々よね」

    「そうですね。明後日の実地訓練もこの調子で行きましょう」

    「そうだな」

    「うん」

    「―――おし。それじゃ、そーゆーわけで!」

    ルスランは勢いよく立ち上がる。

    「そろそろ日が傾いてきたし、お開きにしますか!」

    「―――わ。ほんとだ、もう5時過ぎじゃない」

    ミコトがカフェの入り口横にかけられている柱時計を見てつぶやく。

    「オレとしてはレナード以外とならこのまま夜を共にしたいんだが、暗くなる前に買出ししなくちゃなんねーからなー」

    「あたしもです。晩ご飯の材料買わないと」

    「なぬッ!? あたしもって、アデルちゃんもオレと夜を共にしたいとッ!?」

    「違います」

    「下宿組はタイヘンね。ま、わたしも寮で自炊だけど。―――あ、ところでさ」

    ミコトはサンとアデルの方を見る。

    「サンとデル、今夜わたしの部屋に来ない?」

    「あ、オレ絶対イキマス」

    「あんたじゃないって。デルとサンと、ここんとこ一緒に寝泊まりしてないしさ、どう?」

    「あ、あたしは………えっと」

    アデルは何やら意味ありげに苦笑をする。

    「デルは大丈夫よねー?」

    「え? や、その………」

    「ハイ決定ー! あ、ちなみに半強制参加だからね。拒否権ないよ?」

    ミコトは満面の笑みを浮かべながら、アデルの袖を凄まじい握力で握りしめて確保する。

    「サン〜?」

    そして、ミコトは次の標的サンに微笑みかける。
    サンは露骨に嫌そうに目線を逸らす。

    「いいよね〜?」

    「…………ヤダ」

    ミコトは目をぱちくりさせる。

    「えー? どうしてよ?」

    「うー。だって、その…………」

    サンはうつむき、赤面しながら言う。

    「………ミコト。お風呂一緒に入ろうとするし」

    「まじっすカーーーーーッ!?」

    黙々と帰り支度をしていたルスランが突如吼える。

    「ナニその魅惑の花園ッ!? 狭い風呂に女体盛り!? オレも入りてェェェェサンちゃんマジか!?」

    サンは小さく、こくんとうなずく。

    「サンはそれの何がダメなの? わたしの故郷じゃそーゆーの当然よ?」

    「またそんな怪しいことを」

    「ほんとだってば。レナードは銭湯とか温泉とか知らないの? 裸の付き合いとか言ってさ、でっかいお風呂にみんな裸で入るんだよ? 混浴だと男女一緒なんだから」

    「ミコちゃんの出身地、蓬莱………なんという魅惑の国なんだ。夏休みに絶対行こう………」

    「ルーシャさん下劣です」

    「うわぁ。下品と同じ意味でも下劣って何やらキツイなー」

    「ともかく、私はヤダ」

    「なんでよー? だいたいサンっていつも薄着だし、下着見られても平気じゃない。別に女同士裸くらい――――」

    「ダメなものはダメェッ!!」

    サンが顔を真っ赤にして叫ぶ。

    「ハダカは別! 女同士でもダメ!!」

    ミコトはサンの勢いに気圧され、身を退く。

    「………し、仕方ないなー。じゃあお風呂は入らないからさ。それならいいでしょ?」

    「ヤダ。ミコト絶対お風呂入ってくる」

    「入らないってば」

    「怪しい。信用出来ない」

    「も〜。仕方ないなぁ。じゃあサンは今度にね? いいでしょ?」

    「………うー」

    サンが承諾しかねる様子でうめく。
    その折、ルスランがレナードの袖を引っ張った。

    「なんだ?」

    「サンちゃんのあの純情っぷりはサイッコーだと思わないか?」

    「同意を求められても困る」

    「でもアデルちゃんの純情っぷりも素晴らしいよな?」

    「だから困ると言っている。ついに脳がイカレたか」

    「ちぇー。ったく、連れねーなー」

    ルスランは何やらほんわかとした表情でミコトとサンのやり取りを眺めている。

    「もう、強情なんだから―――じゃ、今日はデルだけウチに来るってコトで」

    「え!?」

    アデルが驚愕の表情を見せる。

    「で、でもサンは泊まらないんですから、あたしも――――」

    「なんでよ?」

    「―――なん、でって…………それは」

    アデルはどうしようもなく、うつむく。
    暴君ミコトを論破しようと思うのが間違いだと気づいたらしい。

    「サ、サン? サンも一緒に泊まろう?」

    アデルは道連れが欲しいらしく、サンに呼びかける。

    「ヤ」

    だが一文字で断られた。

    「―――い、一緒に泊まろうよ。きっと楽しいよ?」

    「アデルだけ楽しむといい」

    「…………ね、サン。お願いだから。ね?」

    「ヤダったらヤダ。絶対」

    「…………〜〜〜〜ッ!!」

    アデルは抱きつくような形で、そっぽを向き続けるサンの胴に腕を回す。

    「ア、アデル!? 何してッ………!?」

    「サンも一緒に行くの! じゃないとあたし1人だけミコトちゃんの餌食になっちゃうんだから!!」

    「や、やだ!! 離せぇ〜〜ッ!! 死んじゃう〜〜ッ!!」

    「あたしだって死にたくないもんッ!!」

    「――――ちょっと、何だかすごい言い草なんだけど?」

    「「え? ふわっ…………ああああぁあぁぁッ!?」」

    襲いかかる暴君。

    「お仕置きしちゃうぞ〜〜!」

    「やぁぁぁああぁぁぁッ!?」

    「ア、アデル、へんなとこ………ふあッ!?」

    「おー。サンのホントに成長してる………」

    「サン、そこは………あッ!」

    「は、離せミコ………あ」

    「サンもアデルもか〜わい〜」

    「フオオオオオオオオオオッ!!!」

    女子チームが組んず解れつ仲良く引っ付き合ってる傍で、ルスランはが突然叫びだす。

    「こ、これが彼の収攬なる箱庭の一斑かッ!? 遍く世の万人が庶幾し続けてきた理想郷だと言うのかッ!?」

    ルスランは興奮すると語彙が豊富になるらしい。

    「マァァスタァァァーーーーッ!!!」

    ルスランはカフェの店内に向かって叫ぶ。
    すると店内からカメラが飛んできた。
    ルスランはそれを受け取り、カフェ店内に向かって親指と人差し指、小指を立てる。

    「グッジョブッ!!」

    店内からも、同じ形をした手だけが出てくる。
    そしてマスターの渋い声が響く。

    「バンデラス大先生より賜った高価なカラー写真機だッ!!」

    「カラー写真機ッ!?」

    「如何にもッ!! 遥か100年は飛び越した技術により色付きを可能とし、百万単位の画素は乳首の色まで鮮明に映し出すッ!!」

    「そんな、信じられない………乳首の色をッ!?」

    「然るが故にッ!! 壊しても構わんが写真は必ず撮れッ!! そしてネガは死んでも守り抜けッ!!」

    「Sir! Yes,sir!」

    「さぁ行きたまえッ!! 桃色の空間が君を待ち侘びているぞッ!!」

    「Sir!! Yes,sir!!」

    ルスランは涙を流しながら敬礼を返す。
    その横で、レナードはひどく顔を歪ませて心底呆れたような顔で見ていた。

    「さぁさぁさぁッ!! 行くぜあらゆる世界の男子諸君ッ!! オレはまさに今、理想郷を収めようッ!!」

    ルスランがこれだけ騒いでも、女子は女子で騒いでるので気づいていなかった。
    周りに客や人がいないのが救いだな、とレナードは思った

    「きゃー! デルの下着かわい〜!」

    「あーサンちゃんその表情サイコー! アデルちゃんもっと着衣乱してー! ミコちゃん胸揺らせー!」

    「ミ、ミコ、やめッ!」

    「脱げー! もっと脱げー! 脱ーげ♪ 脱ーげ♪ 脱ーげ♪」

    「サ、サン………去年までは変わらなかったのに………なんで」

    「ああッ、あと数センチだというのに何故ッ!? 絶対領域かッ!? 上からのアングルがあれば突破できるというのに………神よあなたは何故私に浮遊魔法の適性を与えなかったのですかッ!?」

    ふと、嘆き悲しむルスランの身体が浮く。
    見ると、店内からガラス越しに、マスターが双眼鏡で覗き見ながら魔法を使っていた。
    遮蔽物越しかつこの距離で人を浮かせる技量に、レナードは独り感心していた。

    「ああああああ神よ!! やはりあなたの奇蹟は確かにあるッ!! 私は生涯この奇蹟を忘れませんッ!!」

    「きゃー!」

    「おおおおおおおッ!?」

    「やー!」

    「おっしゃーーーー!!」

    「あー!」

    「完璧だぁぁぁあぁあぁッ!!」

    「………ああ、今日は夕日が綺麗だな」

    喧騒の中、レナードは独りぼけっと暮れる夕日を眺めていた。








引用返信/返信
■188 / ResNo.10)  「Γ 廻る国の夜@」
□投稿者/ 犬 -(2005/04/20(Wed) 00:19:39)
    2005/04/20(Wed) 00:21:10 編集(投稿者)



    ◇――宮瀬 命――◇



     世界で一番変わっている国はどこか。そう尋ねられて最も多く答えられるのがビフロスト連邦だと思う。
     四大国家の一翼、魔科学の都、森と山の国、神を信じない国、他大陸への窓口。ビフロストを評する言葉は数多いけれど、その”変わっている”という言葉が指している意味はいつも決まっている。”あらゆる種族の人達が廻る国”だ。
     世界中見渡したって、全種族がその人権を認められている国はビフロスト以外にはない。一応は人間が規範になっているけど、ビフロストではどんな種族だろうと働くのも家に住むのも買い物するのも食事するのも全て自由。誰にも咎められないし奇異の眼で見られることもない。こんなの”人間に非ざるモノ全て異端なり”が常識になっている隣国のエインフェリア王国、いや、世界ほとんどの人達から見れば気が違っているとしか思えないだろう。けれど、このビフロストという国では、建前ではなく本気であらゆる種族が手を取り合って暮らしている。
     例えば、夕方のバーを覗いてみるとする。カウンターではイケメンのヴァンパイアが傍らの人間の女性に”毎日キミの血を飲ませてくれないか”なんて言って口説いている。女性はまんざらでもない様子で”見えるとこからは吸わないでね”と顔を赤くして微笑んでいる。異形の魔族のマスターはそれを眺めながら、静かにグラスを磨いている。その後ろでは人間の女性が二尾の白狼の魔物にご飯をあげている。テーブルでは仕事帰りらしい牛のような筋骨隆々の魔族が上司らしい人間の女性に怒られていて、妖精の若い男性が苦笑してなだめている。中央奥の小さな舞台には3人の人がいて、獣人の少年と少女がギターとピアノを見事な腕前で奏で、妖精の女性がまさしく人間のものとは思えない歌声を披露している。日が暮れるに従って客は増えていき、いつしか年若く人型に変化しきれず翼や尻尾が出たままの竜の青年が現れ、ワインボトルを何本か口に突っ込んでラッパ飲みし、周りの客から拍手を浴びて賑やかになっていく。
     果たして、この光景を世界の人達はどう思うだろうか。”バカなことだ”と思うかもしれない。でも、わたしはそうは思わない。
     ここは、理想郷ではないのだろうか。誰もが子どもの時に夢見て描いた、みんなが仲良く笑い合える場所。誰もが手を繋いで踊れるダンスホール。流れる音楽に合わせて情熱的なダンス、誰が誰にでも、愛を語らえる。
     確かに、問題はある。理想の為に犠牲にしてきたものはたくさんある。人間ではない人達の為に、同じ人間に刃を向けることもある。取り合う手は、触れれば本当に傷ついてしまうことだってある。自分と違うモノに生理的嫌悪感を抱き合うのはどうしようもなく、文化どころか生態さえも違う種族が共に生きるのには、果てが無いほどの問題がある。
     けれど、たった1家族が興したこの国は、夢物語を実現しようと駆け抜ける国民性を得た。遥か幾百年の昔、家族は森に暮らす獣人を夕食に招き、酒を飲み交わした。妖精と畑を耕し植物を植え、芽を付けるたびに、花が咲くたびに、実がなるたびに歓び踊った。迫害された魔族を受け入れ、共に神々と呼ばれるまでに成長した魔物と話し合い、追っ手が掛かれば協力して撃退し、侵略者が襲ってこれば協力して追い払い、三者お互いボロボロになった姿を見て腹を抱えて笑い合った。
     理想を求めてたった1家族、ただの森と山だけのこの土地を理想郷とするために生きた。噂を聞きつけて共存を望んだ者達が自発的に、あるいは誘われて集まりだし、いつしか理想は夢に、そして夢は限りなく現実に近いものとなり、そして約100年前。幾百年の年月を経てもなお家族の想いは絶えることなく受け継がれ、想いを同じくする者同士その胸に想いを抱き、”我らは理想を求め続ける国の民である”との宣言と共にビフロスト連邦はその旗を掲げた。
     
     
     


    ◇ ◇ ◇ ◇

     
     
      

     ビフロスト市街区の南東、純木製で建てられた家がわたしの実家だ。わりと広い敷地をぐるっと高い塀が囲んでいて、正面の大きな門には分厚い木の板に”宮瀬流蓬莱武術道場”と筆で書かれた看板が立てかけられている。
     蓬莱のあらゆる格闘技は、ある点で武道と武術の2つに大別される。武道は”道”を重んじ精神の修練を主な目的としたものであり、武術は実戦志向の”技術”で、人体破壊を主な目的としたものだ。
     うちの道場でやってるのは看板通り武術で、わたしのお父さんが立ち上げた新興流派だ。近年の魔科学の進歩に伴う戦術の変化に合わせてあり、その国情のせいで他国と全く戦術が異なるビフロストでもなかなか評価は高い。………と言ってみても、門下生として通っているのは小等部の子どもばかりだ。道場自体への人の往来は頻繁で活気はあるんだけど、小等部より上で道場に在籍してるのは娘のわたし1人だけだ。
     これは、ビフロストの異常なまでの教育体制のおかげで誰もが魔法の教育を受けられるせいだと思う。さすがに武術は魔法の利便性・汎用性には敵わない。成長するに従って多くのことを可能としていく魔法に一心になるのは仕方のないことだと思う。それに実際、ここの門下生の子達も精神の修練のために親御さんに入れられたというのが大半で、武術に心血注ごうなんて本気で考えてる子はいないんじゃないかって思う。まぁお父さんとしても武術の心を学んでもらうのが一番の目的らしいので、それも良しとしているみたいだけど。

     わたしは5つの時に、家族みんなで蓬莱から移住してきた。その移住の理由は大したものではなく、蓬莱の武術を世に広めよう、なーんていうお父さんの一言だ。わたしのお父さんは、見た感じちょっと友達にも自慢出来そうなくらいカッコ良かったりするナイスミドルなんだけど、その実若い頃は武人として武名を轟かせた豪傑だったらしい。わたしは幼い頃からそんなお父さんに鍛えられてきたけど、今まで一撃たりとも――わたしの胸に視線が移った時以外は――入れることは出来ていない。きっとお父さんが殺されるとしたら、スタイル抜群の美女に誘惑されて謀殺される時だろう。
     ちなみに、わたしが寮で生活しているのは単に学院まで遠いからだ。毎朝何キロも走るの自体は幼い頃からの習慣で慣れてるし、実際に寮でも修練の一環でやってるからいいんだけど、学生としての利便性を考えるとやっぱり寮の方が断然良い。超格安で自分の部屋が手に入る、というのも理由の一つ。好きな人の写真を気兼ねなく飾れる、というのも理由の一つ。わたしのお父さんは武人だけれど、同時に親であり、しかも重度の親バカなのだ。
     でもまぁ、寮暮らしとはいえやっぱりそれなりに家が近いもんだから、実はかなり頻繁に帰ってたりする。特に週末には必ずと言って良いほど。今も、リンチ・カフェでみんなと別れてから、寮に持っていき忘れた服とかを思い出して取りに帰ってきている。

    「ミコトー。今日は晩ご飯はー?」

     制服から私服に着替えて玄関で靴を履いていると、台所からお母さんの声がした。実際こんな感じだ。のん気なお母さんは放任主義で、娘の一人暮らしなど断固嫌だと自分の主張丸出しで駄々をこねるお父さんをなんとか諌めてくれた理解ある人なんだけど。

    「それともレナードくんちで食べられちゃうのー?」

     こんなノリの人だ。お母さんなら大丈夫と信用して寮の部屋に入れて、レナードとのツーショット見られたのは大失敗だった。

    「ちょっとお母さん!?わたしとレナードは付き合ってないって何度言ったら―――」

    「なにィ!?あの白髪小僧が我が愛娘に陵辱の限りだとォッ!?」

     道場からお父さんが勢いよく顔を出してくる。お父さんはわたしの事となると脳の配線がズレてかなり飛躍的な言い方をする。困ったものだ。

    「お父さん!門下生がいる前でンなこと言わないのっ!」

    「えー?ミコトお姉ちゃん食べられちゃうのー?」

    「つーかドコまでイったんすか姐さん?」

    「ミコト姉さまー、あの人紹介してくださいよー」

     門下生も顔を出してくる。小学生のクセにノってくるもんだから始末に負えない。

    「うっさい!いいから組み手でも何でもやってなさい!」

    「えー?ミコトお姉ちゃんはー?」

    「バカだな、姐さんはこれからある人と組み手するんだ。組んず解れつの寝技の応酬だぞ」

    「きゃー!あたしも混ぜて欲しいー!」

     しかもお父さんの影響を受けてる気配がある。正直、頭が痛い。

    「ああもう!いいから―――って、お父さん!もう日が暮れてるんだから帰さなきゃダメじゃない!」

    「うむ。みんなそろそろ帰りなさい」

     はーい、とみんな揃って手を挙げる。こういうのを見てると、若干情操教育に関して不安を覚えるけど、いい子達だ。

    「ああ、そうそう。最近、痴漢が出るそうだから、多少遠回りでも大通りを歩くように。もし出くわしたら大声上げて逃げなさい。でも、もし逃げれそうになかったら、過剰防衛が適用されない程度に抵抗して良いからね」

    「「「はーい!」」」

     若干、最後の言葉への反応の良さが気になるけど。いい子達だと思う。

    「む?ミコト、どこに行くんだい?」

     わたしが外出の用意をしているのに気づいたらしく、お父さんが声をかける。

    「ちょっと買い物。すぐ戻るから。晩ご飯は家で食べる」

    「そうかい。ああ、今子ども達にも言ったが、最近痴漢が出るらしいから気をつけなさい」

    「誰の娘に言ってるのよ、それ」

     わたしが苦笑すると、お父さんは優しい笑みを浮かべる。

    「それもそうだがね。我が娘だからこそ、言うんだよ」

    「はーい。気をつけます、お父さん」

     思わず笑みを零しながら、道場を背にして門をくぐる。両親共たまに突拍子も無いことを言うけど、良い親だ。面と向かっては言えないけど、尊敬出来るし、偉大だとさえ思う。

    「さてと」

     門をくぐり、わたしは歩き出す。
     ビフロストの市街区は変わった街並みをしている。街は網の目状、部分的に円環と放射線状に走る大きな通りで整然と区画分けされているのに、そこに建ち並ぶ家々は世界あらゆる種族や国の様式で建てられていて雑多も雑多、統一感とは程遠い。よその国じゃずっと同じ街並みな上に迷路みたいで迷うらしいけれど、この国じゃどこ行っても混沌とした街並みだけど道だけは秩序だっている。
     ビフロストのそれぞれの大通りには番号ではなく名前が付けられていて、住所や地図、標識なども全て通りの名前を使って書かれる。だから通りの名前をたくさん覚えないといけないから面倒なんだけど、それさえ覚えればほぼ絶対に迷わないってメリットもある。ちなみに我が家の住所は”地命・方天通り1番”。地図的に言えば、地命通りと方天通りに面する右下の区画の1番地だ。数少ない蓬莱由来の漢字入りの通りに面しているのはなんとなく嬉しい。
    わたしが目指すのはフレイザー通り、通称は商店街。名前そのまま、商店が立ち並ぶ通りだ。








     わたしはグレン通りを曲がり、レンガ作りの家の傍を通って商店街通りに向けて歩いて行く。確かこの家はバイロンさんの家だ。バイロンさんは人間と牛を足して2で割ったみたいな感じの容姿の魔族で、かなりの力持ちだ。手先も器用で、わりと大きな工事とか建築現場とかでよく姿を見かける。

    「そーいえば、明後日には演習だっけ。なんか休み明けだと調子狂うな」

     近くに誰もいないのを確認して、わたしは独り言をつぶやく。
    年々キツくなってく演習は悩みのタネだ。マーカス先生は個人ごとにキッチリ分相応の課題を与えてくるから楽が出来ない。というかキツ過ぎる気がする。そりゃあまぁ課題をこなせなかったことは今までなかったけど、毎週毎週やられてはやっぱりキツい。それに、うちのメンバーは手を抜くことをしないからさらにキツい。まったく、しっかり治療してもらってはいるけど、いつ肌荒れ起こすことやら心配―――――。

    「……………はぁ」

     わたしは大きくため息をつく。どうやら考え事が過ぎたらしい。いつの間にか、誰かに尾行されてる。

    (お父さんが言ってた、痴漢かな………?)

     気配やらエーテルやらを探るのが苦手なわたしに気づかれてるんだから、大したヤツじゃない。あるいは、存在をちらつかせることで怯えさせるつもりなのか。
     でも、相手が悪い。学院の生徒がこの程度でビビるものか。だって、もっと怖いものなんていくらでも見てきたんだから。
     例えば、2年前に魔族が異様なまでの超乗り気で作ったお化け屋敷だ。怖がらせる為という名目の元、スキンシップという名のセクハラが容認されたために魔族がこぞって参加したアレは最悪以外の何物でもなかった。なにせキャストは魔族の中でも特に異形の部類に入る精鋭達だ、地でも既に怖い。それが闇魔法のあらゆる技を以って怖がらせに来たんだからもう、恐怖としか言い様がない。女の子はもちろんのこと、男の子も大半は泣いて出てきたり失神して連れ出されていた。………レナードは平然として、サンはあくびして、ルスランは逆にセクハラしてボコられて出てきたけど。
     ま、それはともかく。

    (………速度を上げてきたわね。気が早いな、もう行為に及ぶつもり?)

     ちょっと露出度高めのカッコがまずかったのかもしれない。下はロングスカートだけど、上は肩と胸元出してるし。むむ、商店街通り行くからって気張りすぎたかも。
     けど、何はともあれ、痴漢なら捕まえるべきだろう。か弱い女の子ばかり狙う変態野郎はぶっ飛ばすに限るのだ。
     そう考えてる内に、人気のない通りに入ったからか痴漢はさらに歩みを速めてきた。対してこちらは歩幅は狭めのまま歩みだけを少しだけ早め、いかにもか弱い女の子が怯えて逃げてるように見せかける。相対距離がみるみる内に縮まっていき、痴漢が真後ろにまで迫ってきた。そして、痴漢がわたしの肩に触れた瞬間―――――。

    「人誅ーーッ!!」

    と、”天に代わってわたしが貴様を粛清する”的意味の蓬莱の言葉を叫びながら振り向きざまに左の裏拳を放った。
    しかし痴漢は軽くスウェーバックし、裏拳は空を切った。

    「シッ!」

     さらに回転の勢いを乗せて右の正拳を撃つ。痴漢は今度は身をひねってそれもかわす。――回避は防御より遥かに高等な技術だ。それを不意討ちされて、しかもわたし相手にあっさりやってのけるなんて。意外にもかなりの実力者だ。
     わたしは驚きながらも、次の攻撃の為に踏み込もうとして、しかし足を絡めてしまった。どうやらヒール履いて全力の足運びをしようなんてのが間違いだったらしい。わたしは成す術なく態勢を崩し、痴漢を巻き込んで勢いよく転倒した。






引用返信/返信
■196 / ResNo.11)  「Γ 廻る国の夜A」
□投稿者/ 犬 -(2005/04/26(Tue) 00:00:45)
    2005/04/26(Tue) 00:02:41 編集(投稿者)



     おかしな言い方だけど、激しい沈黙がその場を支配していた。

    「…………………」

    「…………………」

     痴漢を巻き込んで転んだわたしは慌てて顔を上げたんだけど、その視線の先には意外にも金髪と翠の瞳の男の子の顔があった。でも男のクセに線は細くて、レナードやルスランとはまた違った方向性の、ともすれば女の子に見られかねない美形の顔立ち。わたしが抱き付いている状態で、しかも胸に手を置かれているせいか彼の顔は赤く、それなのにきゅっと結んだ口元と眉は逆に可愛らしさをアピールしているとしか思えない。
     わたしのクラスメイトで委員長、グレゴリー・アイザックスだ。

    「…………………」

    「…………………」

     色々な想いが脳内を駆け巡っているが故に激しく、しかし言い出し難いので沈黙が場を支配していた。

    (痴漢ってコイツだったの。ふーん、真面目な奴ほど堕ちやすいって言うけどホントだったんだ。あ、でもそうだとすると、ううん、そうだとしなくてもこの押し倒した感じで抱き付いてる状態ってヤバイなぁ。胸に手を置いたりしてて、かなり危ない。誘ってるって勘違いされたらどうしよう。つーかむしろ逆セクハラが適用されかねない気がするし。そう言えばいつもオールバックだから気づかなかったけど、髪下ろしてると可愛いなぁコイツ)

     そんな脈絡無いことを考えていると、彼が何か言い出そうとして、でも何か恥ずかしいのか口をつぐんで目を逸らしてしまった。

    (うっわ〜っ! かっわいい〜〜ッ♪)

     サンやデルとはまた異なるけど、これはこれで直撃な可愛らしさだ。17にもなってヒゲもニキビもないアンタ本当に男か的な美肌にちょっと頬ずりしたくなる。
     でも仲が良いわけでもないのにそれをするとセクハラ確定なので抑えといて、とりあえず何か喋らなきゃと思ってわたしは口を開いた。

    「ん〜? な〜に照れてるのよ〜?」

     気づけばわたしは、こんな台詞を吐いてしまっていた。さらに彼の頬をつんつん指先で突ついてて、しかも顔はにやけてしまっている。……どうしてこう、わたしというやつは思考と行動が一致しないようでいて、一致し過ぎるのだろうか。

    「て、照れてない! 誰が照れるかばかっ!」

     ここでレナードみたく冷静に、あるいはルスランみたく巧妙に返してくれればよかったものを、彼はお決まりなまでに可愛らしい返答をくれた。可愛すぎてバカという罵倒が、全然罵倒になっていない。

    「なによー? 顔真っ赤にして言っても説得力ないよ〜?」

     なにか引き返せなくなってしまい、わたしは衝き動かされるままに身体を這わして顔を近づけた。どうやらそれが効果てきめんだったらしく、身体同士が擦れたり顔や胸元が近づいたりによって、彼はさらに目を逸らしてしまい身体を硬直させてしまった。これは下手に動いてセクハラ扱いされたくないのか、それともこれ以上身体が触れるのが恥ずかしいのか。見たところ女の子慣れしてないというより女の子自体が苦手らしい彼なら、おそらく後者だろう。
     正直、不動レナードと巧妙ルスランに慣れたわたしにとってはこの容姿とこの性格にこの反応は可愛過ぎてどーしよーもない。胸元に1度も視線が泳いでないところもポイントだ。珍しいことに17になっても純情一直線、胸より顔近づけられる方が気になるらしい。

    (でも。さて、どうしようかな)

     このままいじり倒すのも楽しそうだけど、人気がないとはいえこんな道の真ん前でこの状況はよろしくない。というか、時間稼ぎもそろそろ限界だろう。どう切り出せばいいものか。
     そんなことを考えていると、予想外の出来事が助けてくれた。

    「きゃぁぁぁぁーーーー!!」

     耳に届いたのは、かなり近くから響いた甲高い女性の悲鳴。感謝するべきではないけれど、現状最も優先して為すべきことが変動したことを理解したわたしと彼の視線は一瞬だけ交差、ほぼ同時に反射的に跳ね起き、声の方へと走り出した。








     10秒と掛からず辿り着いた裏道で、妙齢の女性がへたり込んでいた。怯えた表情で、わたし達が駆け寄るのを見つけるとある方向を指差した。その方向を注視すると、屋根の上を疾走する黒い影が見えた。

    「俺が追う! お前はその人に異常ないか診ていろ!」

    「え? ちょ、ちょっと待ってよ!」

     彼は影を見据えたまま、わたしを見ずにそう言い捨てて一足飛びで屋根まで跳び上がった。それだけでかなりの強化能力を身に付けていると見て取れてわたしは驚いたけど、その一瞬の躊躇の間に彼はその姿をわたしの視界から消してしまった。
     わたしは追おうかとも考えたけど、頼まれた以上役割はこなさなければならないので追跡は彼に任せ、わたしは彼女に声をかけようとした。だが彼女はその前に首を振った。

    「だ、だいじょうぶです。わ、私は血を吸うのを見ただけで、私にはなにも………」

     背筋に冷たいものが走る。

    「血を吸っていたんですか!?」

     彼女は恐る恐るうなずいた。彼が追っていったのは、おそらくそれが理由だろう。多分血を吸われた人が見えていたのだ。

    「すみません! 声が出なくってっ……私は大丈夫ですから、さっきの子を!」

     わたしはうなずき、一応病院で検査を受けておく旨を早口で伝え、彼を追った。









     蓬莱よりかは少し明るい夜空の下、わたしは屋根の上を疾走していた。屋根が途切れれば道路を飛び越えて渡り、なかば飛ぶように進んでいく。既にヒールは脱ぎ捨てていて裸足、ロングスカートは膝上まで捲り上がり、旗のように後ろに靡いている。
     ――なんとも面倒な事態、相手は魔族だ。しかも、ヴァンパイアの可能性が高い。
     ヴァンパイは魂や精神、知覚といった不可知のモノにまで働きかけられる魔族特有の魔法体系、闇魔法に最も通じた魔族の一だ。彼らは吸血することで有名だけど、彼らにとって血液は一応人間のタバコや酒と同じ嗜好品の部類らしいので、生きるのに必ずしも必須のモノというわけじゃない。だからビフロストでは吸血行動は法的に禁止されているし、生血パックだって販売されているけど。

    (たまーにいるのよね、直に血を啜りたいってバカが――――!)

     生体吸血はヴァンパイアが犯す唯一と言っても良い犯罪行為だ。それもそのはず、ヴァンパイアにとって睡眠欲や食欲、性欲といった三大欲求より吸血衝動の方が圧倒的に強いらしい。さらに、食物連鎖の桎梏か、彼らにとっては人間の血液こそが最高級の美酒らしい。さらに悪いことに、酒と違って新鮮であればあるほど、つまり生体吸血の方がその味は美味であるらしい。
     だから彼らは吸血衝動が呻くまま、生体吸血を望む。でも、やはり生きるのに必要なわけじゃない。値は張るが生血パックだって市販されている。衝動が抑えられずに吸血行為、つまるところ傷害ないし殺人行為を犯せば罰せられて然りとヴァンパイアどころか魔族全体が公認している。

    (でも、手を出しちゃダメ―――!)

     魔族、特にヴァンパイアは桁外れに強い。身体能力も然ることながら、何より闇魔法を使う。人間の脆い精神に直接攻撃する闇魔法は、人間からすれば反則技以外の何物でもなく、また絶対数で圧倒的に劣りながら人間に滅せられる事無く永らえてきた理由だ。闇魔法に対抗するにはそれなりの準備が要る。

    (見えた!)

     遠く視線の先に、屋根の上を飛び交っている2つの影が見えた。けれど何かおかしい。片方の、おそらく彼に追われている影は逃げ遂するつもりがないのか、まるで鬼ごっこをしているかのように一定の範囲から出ずに逃げ回っている。
     けれど、ふと、追われる影はやや高い屋根の上で立ち止まった。彼も足を止める。わたしはその間に追いつき、彼の横に付く。

    「あの女の人は?」

     彼は影を見据えたままわたしに尋ねてきた。

    「無事だったよ、一応病院には行ってもらったけど」

    「分かった」

     彼の相槌を受けながら、わたしも影を注視する。見据える影は、まるで本当の影のような夜の闇に溶け込むような黒いコートを纏っていた。唯一肌が露出している顔さえも、ほとんど黒いヴェールに覆われていて口元だけが覗いている。さらにその覗く口元もわずかだけで、分かるのは白い肌、それに見合った薄いピンク色のふっくらとした唇、そして金色の髪だけだ。

    (………女の人)

     性別は間違いない、女性だ。年齢はよく分からないけど、かなり若い気がする。

    (それに、多分………とてつもなく美人)

     目も眉も、顔の輪郭さえも定かじゃないのに、ふとわたしはそう思った。
     世界で最も美しい顔というのは全世界の人間の顔を平均化したものと言われてるけど、彼女に感じるのは、それとはまた違う感じだ。なんというか、外見の美しさだけじゃない、彼女という存在そのものが持つ何かが―――。
     そこまで考えて、わたしは脳をシェイクするように頭を振った。相手は精神を扱える魔族なのだ、幻惑の闇魔法に引っ掛かりかけた可能性があった。わたしは雑念を捨て、ただ相手を見据えて取るべき対応を取った。

    「ねぇ。ここは退かない?」

     わたしは彼に小声で言った。そして、どうやら彼はその言葉だけで理解してくれたらしい。わたしには経緯は分からないが吸血相手を攫っている様子はないし、これ以上の深追いは危険なだけとの判断に至ったのだろう。彼は少しの沈黙の後、小さくうなずいた。
     けど、その会話による僅かな集中力の分散が失敗だったらしい。静止していた影はそれを見逃さず動いた。でも不意を突かれるほどの油断をするわたし達ではなく、即座に身を構える。
     けれど、不意を突かれていた。影がわたし達から2メートルほど離れたところに降りたと思ったら、気づけばわたし達は半球状のガラスのようなものに閉じ込められていた。

    (しまった、捕縛結界―――!)

     そう思った頃には、影は元来た道の方に向けて駈け出した。待て、の声をかけることすら出来ず、影は結界に阻められて動けないわたし達を置いて、夜の闇に消えていった。

    「………くそ」

     わたしが成す術なく見送っていると、彼は小声で悪態ついて、座りこんだ。

    「ちょ、ちょっと。なにしてるのよ?」

     わたしがそう尋ねると、彼は落ち着き払った様子でわたしを見上げた。

    「この手の結界は破れない。足掻いてもどうしようもない」

    「それは、そうだけど………」

     人間が使う魔法にも結界魔法はあるけど、闇魔法のそれとは方向性が異なる。簡潔に言うと、人間の結界は物理障壁であるのに対し、闇魔法の結界は精神障壁なのだ。そして人間の結界は物理的な力を加えれば破壊可能だけど、魔族の結界は破れない。なぜなら”ここに壁があって、この壁は絶対に破れない”という事実を頭に刷り込ませるからだ。これは自分自身がそう思い込んでるわけだから、そもそも結界を破ろうなんて思考自体が湧かないという厄介なものなのだ。

    「でも、大声とか出したりさ。助けを呼べば」

     ただ、この結界は声が通り姿が見え、外からの介入に弱い。音を遮断するのもあるらしいけど、叫ぼうと思える時点でこの結界では大丈夫なはずだ。破ることは出来ないけど、誰かが来れば出られるだろう。

    「物理的に防音ぐらいするだろ。普通」

     彼はぼやくように言った。確かに、精神結界の上に物理結界を施さないわけがない。魔族は人間が使う魔法も使えるし、防音だけならそう難しくはない。さすがに視覚までは難しいから遮断してないようだけど、見えても屋根の上なんて誰も気づかない。
     わたしは他にも幾つかの案を考えたが、すぐに結論に至った。

    「………つまり、お手上げ?」

     彼は誤魔化さずハッキリとうなずいた。









     どうしようもない事が分かってから、どれほど時間が経ったろうか。実質には10分も経ってないんだろうけど、体感的にはその10倍ほどに感じられた。と言うのも、わたしは屋根の上に座っているわけなんだけど、そのすぐそばで彼が座っているからだ。それも、結界がそう広くない上にやはり春先の夜、じっとしてると寒いのでそれこそ肩を寄せてという表現を使えるくらい、すぐそばに。

    「…………………」

    「…………………」

     よくよく考えれば、痴漢騒動から押し倒してそれっきりなのだ。気まずいったらない。それに今は魔族に捕縛されている状態だし、何を話せばいいものか、とっても困る。

    「………あ、あのさ」

     それでも、ひたすら縮こまって春風に吹かれているのは精神的に疲れるから、わたしは意を決して口を開いた。

    「キミって、痴漢?」

     話題の振り方には、ちょっとわたし的にも一杯一杯だったので見逃して欲しいと思う。

    「誰が痴漢だ」

     わたしは何言われるか内心不安だったけど、彼は目線だけをこっちにくれて、意外にもいつもの調子で返事をくれた。わたしはすこし安心して、言葉を続ける。

    「だってさ、キミってほら、わたしをつけてたでしょ?」

    「つけてない。俺はただ、痴漢が出る通りにそんな格好で入ろうとしたクラスメイトを呼び止めようと思っただけだ」
     なら声をかければいいのに、と思ったけど女の子が苦手な様子の彼は気恥ずかしかったのだろう。不器用なヤツだ。可愛い。

    「なによー、そんなカッコって。こんなの普通じゃない」

    「痴漢にとって普通かどうかって話だ」

    「いや、そうだけどさ………ま、いいや。心配してくれたんだし」

     こう言えば彼の性格からして”心配なんてしてない”と言うかと思ったけど、彼は口をつぐんだ。どうしたのかなと思って顔を見ていると、彼は顔を赤くして言った。

    「その………ごめん」

    「え? なによ、唐突に?」

    「いや、ほら………なんていうか、全般的に、ごめん」

    「ちょ、ちょっと。なんで謝るの?」

     わたしはそう言いながら、今日一連のことを思い出す。そして彼が何に対して謝っているのか考える。でも、分からない。特に彼が謝るべきポイントが見つからない。むしろ、わたしが謝らなきゃいけない事が沢山ある。そもそも唐突過ぎる。どうして今、謝るんだろうか。

    「だって、俺がその、痴漢に間違われるようなことしたせいで………あーなって」

     ハキハキと物を言う彼には珍しく、彼は言葉を濁した。どうやら考えるに、押し倒したあたりの話な気がする。でも、それこそ彼の親切心を勘違いしたわたしが突然裏拳と正拳の連撃をかました挙句に足絡ませ、わたしから押し倒したんであって、彼に責められる非はあっても謝られるようなことは全くない。

    「それで結局、今この状態だ」

     彼はわたしの足をちらりと見て言った。どうやら裸足で走ってきたのも気にしているらしい。

    「だから、ごめん」

     彼は座ったまま、深く頭を下げた。思い詰めた表情を見るに、とりあえずで取り繕うようなつもりではなく、本気で申し訳なく思っているらしい。

    「…………はぁ」

     わたしは深くため息をついた。彼はそれを嘆息と思ったらしく、ますます表情が思い詰めたものになっていく。
     ――たまにいるんだ、こういう女の子に気を遣い過ぎるヤツ。女の子をちょっと触れるだけで傷ついて壊れてしまうように思っていて、何気ないことでもひどく不安になってしまう。マジメで誠実で、優しすぎるヤツが陥る症状。
     これは、ともすれば女の子をナメてる上に加害妄想過剰とも言えるけど、コイツの場合はどうなんだろう。演習とかでも女の子相手に手を抜くような素振りは見せなかったし、今までこんなことを気にするヤツだなんて思った事もなかった。むしろ、本気で女の子を殴れるタイプだと思っていたのに。

    (んー? もしかして、こいつ意外と………)

     色々と考えていると、わたしはあることに思い当たった。そして彼の顔を眺めながらわずかに腰を浮かせ、元々すぐ近くだった距離をさらに詰め、肩が密着するほど彼の真横まで移動する。そしてそのまま座り、わたしは彼の頭をぐいっと引っ張ってわたしの肩に押し付けた。

    「な、なに?」

     そういえばこいつ動揺すると語調が変わるんだなーと思いつつ、わたしは彼の戸惑いを無視し、彼の頭を撫でる。男の子は頭を撫でられるのを嫌がるというのはホントらしく――こういう場合、身体を預けるのは普通女の子の方だから気恥ずかしいのもあると思うけど――彼は抵抗しようとする素振りを見せたが、やっぱりというかなんというか、力を込めれば簡単に振り解けるはずなのに、彼は弱々しい力でしか抵抗しなかった。それこそ、うちの門下生の子達にも劣るような、気持ち程度の力だった。

    「あ、あの………これ、どういう………?」

     彼は体重を預けまいとしていたのでかかる重みはほとんどなく、異様に軽かった。わたしと背丈がほとんど同じな上に、線が細すぎるせいもあるのかもしれない。

    「まぁ、いいからいいから」

    「………いや、良くは、ないん、だけど……」

     言葉を選んでいるのか、彼は変に片言だった。さらにその表情はひどく不安そうで、いつものきゅっと結ばれた目元や口元は見る影もなく垂れ下がっていて、それがどことなくサンに似ている。尻尾があれば多分、へたりと垂れているだろう。
     わたしはサンにするのと同じように首をくすぐってあげたい衝動に駆られたけど、さすがにそれは自尊心を傷つける気がしたので――サンは犬か猫っぽい気質が混じってるから喜ぶけど――止めておいた。

    「で、どう?」

     わたしは彼の髪を梳きながら話し始めた。思った以上に柔らかい髪質だったからすこし驚いた。

    「………どうって、何が………」

    「もたれ心地」

     彼は無言を返してきた。顔は見ないようしたけど、おそらく、今とても困っていることだろう。

    「もしかして、不快?」

    「い、いや。そんなことは………ない、けど」

     彼はまた断定せず、言葉を濁した。どうやら面白いくらいに困っているらしい。なかなか良い反応だ。いつもとの性格とのギャップがたまらなく可愛い。

    「じゃあ、いい気持ちする?」

    「ぁぁ……いや!えっ…と、あー、その、た、たぶん?」

     気を抜いて本音を出してしまったらしく、彼は慌ててもごもごと言葉を並べ立てる。露出した肩に彼の頬が触れているせいで熱がこもっているのがよく分かってしまい、顔がヤバイくらいにやけてしまう。

    「………あ、あの。ミヤセさん?」

     彼はおずおずと、上目遣いに尋ねてきた。彼はあまり親しくない相手には年下であっても姓の方で、さらにさんを付けで呼ぶ。蓬莱でならともかく、中央大陸では珍しいのでちょっとくすぐったい響きだ。

    「なぁに?」

    「え、っと。………コレはどういうことだ、で?」

     言葉を選んでいるのがホント、おかしい。慌てて修正するのもホント、かわいい。

    「べっつに?ちょっと寒いから」

    「暖をとるなら、魔法遣えば――」

    「人肌のが温かいでしょ?」

     離れる光明を見出し、けどすぐに打ち砕かれて表情がくるくる変わっていく。思ったより表情は多彩らしい。いつものきゅっと結んだ口元や目元を思い出すと、ヘンな独占感が芽生えてくる。

    「細かいこと気にしないの。どーせ結界が壊れるまで待つしかないんだしさ、ずっと魔法なんて使ってたらへばっちゃうよ?」

    「……それは」

    「そうでしょ?」

    「…………」

     有無を言わせないようにそう言うと、彼は観念したらしく小さく”うん”とつぶやいた。普段の彼から見ればあまりにもしおらしく、ちょっとどうにかなってしまいそうだった。

    「ま、まぁアレよ。幸い1人で待ちぼうけはせずに済んだんだしさ」

     わたしは内心彼をいじり倒したくなるのを必死に堪え、外面では彼に微笑んで言った。

    「なにかお話しない?よくよく考えれば、あんまりキミとお話したことなかったしさ。時間も沢山あるし、いい機会よね?」

     彼はすこし、何かを迷うような素振りも見せたけれど、意外にも素直にうなずいた。






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■149 / 親記事)  悪魔の進出
□投稿者/ 雷鳴 -(2005/02/09(Wed) 03:13:47)
     何もない朝。いつもの変わらぬ朝の日差し。
    いつもとかわらない時計の針の位地。いつもと変わらない自分の居場所。冷たい壁に囲まれているような不思議な気持ちになる。そう学校だ。
    「又やってしまった。」
    遅刻。三日連続。きっと立たされるんだ。
    もっと早く起きればよかったのに・・・
    毎日思う俺。親もなんで起こしてくれないんだ。まぁ仕方ないか。自分で選んだ道だ。こんなふうに自分を説得している間にも時間は過ぎてゆく。もう学活には間に合わないな。
    まだ俺中学一年になった所なのにな。勉強もわからないし、このまま休んじまうか。
    こういう風に思考を回した少年は布団に潜り
    深い眠りについた。
    「少年よ・・・・学校を休んだ少年よ。起きなさい。」声が聞こえた。
    どうして?家の中には誰もいないのに・・・・どうして?こんなに胸に響いて聞こえるのは?
    少年はふっと体を起こし周りを見た。
    誰もいない。
    気味が悪い。
    「誰かいるんだろ。でてきやがれ!」
    「誰もいませんよ」
    又だ。胸に強く突き刺さるような声。その声は冷たく、尖っていた。
    「何故学校に行かないのですか?」
    グサリ。まるで物が刺さったかのように少年は立つ。そう、理由なんてないから。面どくさいだなんてとんでもないが声に出してはいえない。
    「ぇーっと・・・・頭がいたかったから。」
    思いつきの嘘。見えきっている。
    「隠しても無駄です。どうせめんどくさかったかなんかでしょう。とてもじゃないですけれども頭が痛いようには見えません。神の罰です。」
    ・・・・・・
    静寂が訪れた。
    何もおきなかったかのように思える状況でさえあった。しかし、在ったのだ。頭の痛みという罰が。ズル休みをしたという罪悪感が。
    「あぁ俺はズル休みをしてしまった。ところで俺の心に話し掛けている貴方は誰?」
    口には出さず胸の中でこう呟く。
    「私は神です。いえ、神の下部というべきでしょうか。」
    ・・・・・・何故だ。何故だか解らない。ただただ苛立ちがこみ上げてくる。
    「信じていないでしょう?当然です。私の姿も見えていない私を信じれる方が不思議です。
    私の姿を貴方のみにお見せしましょう。その代わり私のことを一切口にしてはいけません。私に喋りかける時は心の中で話すのです。よいですか?解りました。私は貴方に心を移しましょう。」
    迷惑な。こんな気持ちも思い浮かばず。馬鹿らしいとただただ思うのであった。そんな時急に頭に激しい頭痛を感じ、そのまま布団に入ってしまったのであった。
     おきたのは次の日の朝であった。
    (遅刻していない)
    そう思うと同時に変な虫を一匹見つける。これは虫というべきものなのか。それとも妖精というべきなのかを考えると急に胸が熱くなる。
    「私妖精ですからね」
    怒ったように言うと少年はぽんと手を叩き
    「そういやお前いたんだ。」
    といい、ヘラヘラしているのであった。
    「そういやお互い自己紹介してなかったっけかな?まぁいい俺の名は正平。いい名前だろ?」
    胸を張りドンとこぶしで叩く。
    これはガキ大将タイプ。かな?と妖精は思う。
    「私の名はセラ。因みに女ですので・・・・」
    見たらわかるっつーのというかのような顔をしセラを見る。それをみたセラは頬を紅く染め逃げた。時計の針は登校時間を指したので慌てて家を出て行く正平であった。
    「どうして昨日は学校へ行かなかったんですか?いじめられてるんですか?」
    セラが尋ねた。もっともの意見だと思うが結構厳しい質問だ。いじめられているわけではない。寧ろその逆囲まれる方。昨日は面どくさかっただけ…だなんてほかの人には言えない。
    しかし今日学校へ行くとみんなの様子が違った。
    相手がいない。
    避けられている。
    こんなこと今まで一度もなかったのに。
    どうして?
    面白くない。
    勉強も出来ない。
    運動も出来ない。
    絵もうまくかけない。
    テストはいつも赤点。


    そして・・・何より一番苦しかったのが・・・
    友達と一言も話せなかったこと。


    「助けてよ。セラ・・・」
    帰り道正平は言った。学校へ行く時はあんなに元気だったのに・・・
    セラは正平が気の毒でならなかった。
    しかしセラは何も言えなかった。
    「もうしにたいよ・・・」
    正平は尚も続ける。
    「こんな僕が・・・生きていたって・・・どうにもならないんだよ・・・。」
    セラの目が青く染まる。
    そして輝きを放ち、冷気を漂わせた。
    「愚かな少年・・・」
    冷たく言い放ち目に宿る青さを増した。
    「生きていても・・・意味がない人間。それは・・・お前の事。
    私はお前を殺す。お前を術師として生き返らせる。この世界ではお前はもう死ぬ。
    けれど魔界では新しいお前が生まれる。術者として。私ができるのはこれだけ・・・じゃあ逝け!!」
    セラの小さな手から青さが放たれ正平を包む。
    その光は静かに正平の中に入っていった。
    「ううぅぅ・・・」
    正平は小さくうめき倒れた。
    「術者。製造成功。ボス出来ました。これで人手不足は・・・」
    すると急に黒い影が現れ人間の型をつくっていく。
    セラは少し微笑んだ。
    しかし、
    「まだあいつが使えるかどうかはお前次第だ・・・」
    と言い放ちその黒い影は消えていった。
    「そうですね。ボス。」
    セラは悲しげに顔をクシャめ静かに言った。
    ふと目を覚ますとそこには自分の町があった。
    しかしなんだか視界が曇っているような気がする・・・
    しかもいつも人通りの多いこの町に人が一人もいない。
    店はシャッターが下ろされ営業停止とかかれていた。

    今まで生きてきた自分の街じゃない!



    この掲示板では初めまして。
    雷鳴と申します。
    どうぞ宜しくです^^
    なんといっていいのか私の文(あえて小説とは言わず)は解りませんね・・・
    解読不能といったところでしょうか?
    もう少しまとまった方が良かったでしょうか?
    意見ください。

引用返信/返信

▽[全レス2件(ResNo.1-2 表示)]
■154 / ResNo.1)  Re[1]: 悪魔の進出
□投稿者/ 雷鳴 -(2005/02/17(Thu) 03:03:54)
    2005/04/23(Sat) 22:30:00 編集(投稿者)

    これは・・・何処だ?
    頭の中には『この世界ではお前はもう死ぬ。』という
    台詞が頭を回っている。
    『術者』
    なんだ?それは・・・ゲームの中の世界じゃあるまいし
    でもこの状態からして冗談とは思えない。
    「哀れだな。お前」
    後ろから低い声が聞こえてきた。
    だれだ!こんな所にいるやつは!といわんばかりに正平は目を見張った。
    そこにイるやつやつは何処をどう見てもセラの姿であった。
    「なんだ、お前か」
    ホッとため息をついた正平であったが・・・
    「バカヤロウ!誰に向かってくちきいてんだてめー!」
    気が遠くなるほど、大きい声で精一杯怒鳴りやがった。
    目を丸くしてみている正平だった。
    ぽかんとしている正平を見て妖精は少しトーンを下げて言った。
    「ぁまだ言ってなかったっけか?今日からお前を術者にするためにシゴク!俺はお前の師匠ってとこだ。因みに名前はソン。セラと同類の妖精だ」
    男の妖精も居たんですカー(汗)

    一時間後にはもう始まった。
    「違う!そこはそうじゃなくて・・・」
    (やめてくれよ・・・)
    正平はしみじみ思った。
    こんな野太い声で離す妖精なんかと一緒にいたくねー
    「バカヤロウ!今、他の事考えてたろ!」
    怒号が飛び交うこの場には二人しかいない。
    何でこんな時にかぎって俺の周りに人がいないんだよ。
    っていうかこの辺・・・人いねえよな・・・
    「よし、やればできるじゃないか。お前も後1年で半人前にはなれるな・・・きっと」
    ってことはこんなことを2年も続けるんですカー!?
    心の中ではこの声が木霊し何度も鳴り響いている。
    「今日の練習はここまでだ。きっちり復習して置くように・・・」
    本日の仕事終了ーこの気持ちが爽快感を与える。
    うつむき加減に道を歩いていくとそこには不思議な少女が立っていた。
    少女の持っているものは全て凍っている。

    ここは何処だー?
    そんな疑問をもちながら歩きつづける。
    少女の視線は正平へくぎ付け。

    目を見ただけで物を凍らせそうな目
    冷たい目。悲しそうな目。恐怖を知っている目。
    皆に嫌われる目をしていた。

    彼女のもっているものは全て色素を失い
    輝きをも失っていた。

    その目が正平を見つめそこから視線を外さない。
    こちらへ歩み寄ってくるではないか。
    (待てよ・・・俺狙われてるけい?)
    正平はあわてて駆け出した。
    (まさかな・・・)
    と思いつつ。狙われてるんだったらもっと怖い物が来るはずだ・・・
    ってか追われてないしと振り返ってみるといた
    そこには黒ずくめの男たちが。
    (関係ないか・・・からまれないように早めに帰ろう)
    と振り返って前を向くと今度こそいた。
    氷の少女が。
    「私たち、トモダチ。ダカライッショニアソブ」
    初対面でございませんかー!?
    心の中ではそんな悲鳴をあげながらも腰を抜かしてしまい
    動けない。否、逃げられない。
    後ろには黒ずくめの男が並んで立っている。
    通せんぼを行っているかのように。
    (この街では住んでいけねぇ)
    「ハヤク、コウエンヘイクノ」
    片言の日本語で彼女は尚も続ける。
    「ハヤクコイッツッテンダロウガ!!」
    怒号へと代わる。その途端道端は凍り、電灯の電球は割れ。辺りの町並みには冷たい風が吹いた。

    えっ?
    道端と同じく正平の背筋が凍った。
    何が起きたんでしょうか?
    キョロキョロと周りを見回す。
    回りのひとはなにも不思議には思ってないようだ。

    「ちょっと待て。俺はお前の事は知らない。お前も俺のことは知らないだろ?」
    尚も歩み寄りながら少女は言う。
    「ちがう。違う。チガウ。チガウ!!!」
    「違わないよなにも。」
    「アアアアアァァァァァァ!!!」
    (こんな時は致し方ない。アレを使うしか・・・)
    術式のポーズをとる。
    それは、まだ魔術を使った事のない新人魔術師そのものであった。
    「ハァァァァァァ!!」
    ボン!
    力の加減の出来ない正平の腕が轟音を鳴り響かせた
    (なっ・・・畜生・・・)
    同時に正平の腕からは炎が放たれ凍った町は蘇ってゆく。

    黒い煙を出した右腕
    あの先生のとこかなくちゃなんねいのー?
    と少し嫌気がさす。
    その時正平の目には少女が止まった。
    藍色のセーターに黒いスカート
    その姿は制服だとすぐに見て取れた。
    そう、少女は色素を取り戻していた。
    「だいじょうぶですか?」
    少女が駆け寄ってくる。

    え?ちゃんとした日本語になった?
    「あの・・・やっぱりこうなったのは、私のせいですよね?」
    少し困った表情で少女は尋ねる。
    「ええまぁ・・・」
    正平の頬が赤くなった。
    「じゃあ俺帰るからな」
    「ちょっとまって下さい。私がその腕治療します。」
    えぇー!?そんなことされてもメイワクなだけですが!?
    最初はずっと断っていた正平だがしつこい少女に治療してもらう事となった。
    「名前はなんていうんですか?」
    にっこりと微笑み正平に尋ねる。
    正平はポっと頬を赤らめそっぽを向く。
    「名前を聞くときは自分から名乗りな。」
    そっと呟いた。



    雷鳴です;;
    前回の宿題まだ出来てません。
    難しい^^;
    今回は昔からためてた物をかかせていただいたのですが、
    展開が早いですねー。原稿30枚ぐらいで終わってしまいそうです。
    ので(一休み(マテ
    これからすこしずつ余計な物を入れていこうかと。
    余計な事を入れるためには少し(実際にはかなり)勉強が必要な雷鳴です。
    でわでわ〜♪
引用返信/返信
■191 / ResNo.2)  Re[2]: 悪魔の進出
□投稿者/ 雷鳴 -(2005/04/23(Sat) 22:32:21)
    彼女は少し笑みを浮かべ
    「私は流 氷子(ながるる ひょうこ)と申します。これからよろしく」
    と軽く頭を下げ挨拶をした。
    正平も同じく挨拶をした。
    「俺は円谷 正平(つぶらや しょうへい)だ。これからよろしく」
    彼女の顔が引いた。
    血の気が引いていった様子が目に見える。
    正平がどうしたのかと聞くと彼女は何もないと首を横に振った。
    気になるので正平は何度も聞きなおした。
    彼女はやっと語ってくれた。
    「知らないんですか?円谷一族。貴方がたった一人の継承者。貴方がこの世に降臨した事はすぐに悪のものにも、警察にも見つかるわ。そうしたら貴方を奪い合う。この世はまた戦国時代を迎えるのよ。円谷一族は最強の柔拳使い。しかし今は、継承者不足で力も衰えていたはず。
    そんな今、貴方は生まれた。けれどもまだ覚醒まではしてないみたいだから大丈夫よ。これから二年も経たないうちの貴方は覚醒するわ。だから二年間悪の力センサーには捕まってはいけない」
    彼女は淡々と語った。
    正平はその話が信じられなかった。
    俺を巡って戦争をする?
    こんな能無しの俺が世界を動かす??
    ありえない。否、ありえてはいけないというべきなのかもしれない。
    たった一人の継承者。
    俺はこの世にも、必要なかった。そう、邪魔だったのかもしれない。




    その日から氷子と親しくなっていた。
    毎日会っていた。日を重ねるうちに氷子も流一族と言う由緒ある一族の一人の継承者だと言う事がわかった。しかし、女性と言う事からしてあまり皆に期待されている様子はないようだ。
    と勝手に正平は考えた。
    その日もソンとの練習があった。
    まだ俺が円谷一族の継承者と気付いたという事を知る由もなかった。
    けれど遂に自分の口から話してしまった。
    ポロっと。
    「柔拳ってどうやるんだろう。」
    この一言で、ソンは気付いたようだった。
    「いつから知っていたんだ。」
    ソンは問い詰めた。
    「一週間前に、聞きました。」
    「誰にだ?」
    「流 氷子という女の子です。」
    「なんだって!?」
    ソンの顔が一変した。
    「どうかした?」
    正平は首をかしげた。
    ソンが見る見るうちに小さくなっている事に気付いた。
    「流一族と・・・円谷一族が一緒になった時はこの世がつぶれる・・・」
    正平は少し意味がわからなかったが、少し遅れてようやく気付いたようだ。
    「この世がつぶれる?どういうことだ??」
    「流一族と円谷一族は昔から、仲が悪かった。
    喧嘩をするのだ。喧嘩などと言うレベルではない。この世全てを巻き込む戦争をな」
    正平は幾つかおかしい事に気づいた。
    「氷子は女だぜ?そんなに力もあるまい。それに力があってもタイマンだぜ?なんで世界を巻き込まなくちゃならない?」
    ソンは首を横に振った。
    「流一族は女にしか継ぐことは出来ない。と言う事はだ、今まで円谷一族と戦争してきたのは皆女。女だからと言って力を抜くと直にやられるぞ。それにタイマンの試合が世界を巻き込むことになるのは良くある。流一族と円谷一族の戦いと聞いたものが野次馬にくる。そこで割り込んでくる物も居るであろう。そこから全世界へと戦争が続いていくのだ。これは良くある話だ。とにかく流一族とは関わるな。命が危ぶまれる。きっと向こうはもう覚醒しているはずだ。お前が覚醒するのにはまだ少なくとも一ヶ月以上かかるだろう。関わるのはそれからにしろ。一族を潰すのも作り上げるのもお前だ。
    たった一人の継承者なんだからな。」


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
    何ヶ月だろう。
    どうも。
    サボってますたずっと。ってかもっと他の奴書いてました(汗
    それが書き終わったので続きを。あんまストーリー覚えてないので滅茶苦茶になってます。
引用返信/返信

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■170 / 親記事)  蒼天の始まり第十話
□投稿者/ マーク -(2005/03/31(Thu) 19:00:05)
    『赤き竜』


    王国の東に位置する都市、フォルス。
    かの王国の英雄の1人が滞在している街。
    「ここにいるんだよね。ユナ・アレイヤが」
    「そのはずよ。ただ、正確な場所が分からないのはイタイわね」
    それじゃ意味ないじゃない。
    これで、入れ違いにでもなったら本気でやってられない。
    「まあ、向こうも私が来てるのを分かってるはずだし、数日も立てば接触してくるわ」
    「じゃあ、おとなしくしてた方が良さそうね」
    「そういうこと。だから、さっさと宿を取りましょ。
    また倒れられたら厄介だわ」
    「当分は大丈夫よ。というかあの時倒れたのってミコトの修行の所為じゃない?」
    「あっ!!それはあるかも!!」
    「・・・さっさと休むわよ」
    「あっ、逃げた!!」





    深夜、虫の知らせというやつか、何かが起きる予感を感じとっていた。
    外はかなり寝静まっている。嵐の前の静けさというやつか。
    普段の動きやすい服に着替えて窓際に立つと、クロアがやってきた。
    「やっぱり気付いてたわね」
    「ああ、こりゃなんか起きるな」
    「エルたちは?」
    「ぐっすり寝てる」
    「じゃあ」

    ―グゥォォォーーーーーーーーー!!

    遠くから聞こえてきた咆哮。慌てて窓を開け、外を見る。
    かなり距離はあるが、目を強化すれば見える範囲だ。
    見えたのは少し離れたところに立つ一軒の燃える屋敷と、
    そこからこちらへと向かう黒い影。
    そして、金の獣に乗ってそれから逃げるように飛ぶ赤い髪の少女。
    ああ、やっぱり騒動に巻き込まれたか。
    ただ、これはまた厄介な相手だ。
    この世界最高の種族と一戦交じ合わせなければならないなんて。










    私の中にいる精霊が警鐘を鳴らし、私は飛び起きた。
    一体何が?
    ミコトがいつもの服装でクロアと共に窓の外を眺めている。
    つられて、私も窓を見ると遠くにうっすらと光が見える。
    良く見えないが、おそらく火事だ。
    「・・・ニール」
    「やっぱり、ユナか」
    「フィーアも一緒よ。エルリスはセリスと一緒に待ってて!!」
    そういって、獣の姿に戻ったクロアと共に窓から飛び降りる。
    「ちょっと、ミコト!?」
    わけも分からず、とにかく何が起きてるのかだけでも知りたいが、
    ミコトは私の制止など気にせず、屋根を伝って真っ直ぐ火事の起きた家のほうへと向かう。
    追いかけようかと一瞬思ったが、まだ同じ部屋で寝ている妹のことを思い出す。
    こんなときばかりはセリスの寝覚めの悪さに少々、怒りたくなった。





    後ろから迫る黒い巨体は大きな体をものともせず、こちらにぴったりついてくる。
    今のこれは破壊衝動の塊だ。
    おそらく、私よりも街そのもの方が関心が強いだろう。
    今は2つの狙いがそろっているから素直に追って来てるが
    下手に街から離れると、こいつの関心は完全に街へと移ってしまうかもしれない。
    こいつは昔から言うことを聞かせるのが一苦労だった。
    「フィーア、もっと高く飛んで!!」
    「けど、空はアイツの方が有利よ?」
    「・・・わかってる。けど、せめて人気のいない方に」
    「努力するわ」
    黄金の毛に包まれ、白き翼を持った獣に乗りながら
    後ろから迫る巨体に体をむけ、銃の引き金を絞る。
    ハッキリ言って、こんなのが効く筈がない。
    この世界の最高の種族『竜』
    それを相手にこんなものは子供だましだ。
    だが、大きな術を放てば周りの家に被害が出てしまう。
    ちょっと前に希代の結界士と共闘した時は結界のおかげで被害は出なかったが、
    まともに放ったら間違いなくこの周囲の家は全焼する。
    火と言うのは意外と厄介なものなのだ。
    「ユナ!!こうなったら、私が動きを止めるから切り札でやっちゃいなさい!!」
    切り札・・・多分あれのことだろう。けど
    「無理。弾が無い」
    「なっ!!ちょっと嘘でしょ!?」
    「本当。ミコトにも頼んでるけど、見つかってないみたい」
    「信じられない!!」
    でも、事実だ。
    ―グォォォーーーーーーーー!!
    黒竜が吼える。不味い!!
    「フィーア!!上に!!」
    「クッ!!」
    黒竜の口にかなりの熱量の炎が収束する。
    私の魔術と同じレベルの炎だ。
    アレを街に撃たせるわけにはいかない。
    上空へと上がり、飛んでくる炎の塊を避ける。
    だが、真下にいる黒竜の口には再び炎が集まっている。
    このままではいずれ避けられなくなる。
    どうする!?
    「ハア!!」
    下から私たちを狙う黒竜に何者かが飛び掛る。
    振るわれた刃は最高の種族たる竜の表皮を切り裂き、
    怒り狂う黒竜は炎の収束を止める。
    竜がその爪を振り回し、斬りかかってきた者を切り裂かんとする。
    「クッ、まだよ!!奥義『光牙』」
    が、それを後ろへと下がり軽々と避け、目にも止まらぬ速さで剣が抜かれた。
    抜かれた刃は届くはずないの竜の体を切り裂く。
    が、先ほどと同じく、傷口は一瞬のうちに埋まった。
    普通の竜ならこうはならないだろうが、これは特別だ。
    こいつの体は実際の肉体ではなく、実体化したエーテル。
    使い魔のようなものだ。
    だから、一瞬で再生できないほどのダメージを与えるか、
    再生する魔力がつきるまで、攻撃するしかない。
    「厄介な体ね、サラ!!」
    その声と共に、何よりも信用する仲間が銃弾の入った袋を渡してくる。
    その意図を察し、シリウスとクロア、フィーアが黒竜の動きを止めている間に
    素早く両手の銃にセイクリッドを装填。
    銃口を竜へと向け、狙いを絞る。
    三人もこちらの準備が終わったのを知り、私と竜の間から離れる。
    「いけ!!白竜憑依『バーストフレア』!!」
    圧倒的な魔力を宿し、銃弾は白き光となって黒竜を蹂躙する。
    だが、まだ!!
    「落ちろ!!次弾憑依『バーストフレア』」
    同じようにもう一方の銃から放たれた2発目の銃弾が黒竜を襲い、
    その身を完全に吹き飛ばした。
    そして、自分の元に返ってくるのを確認し一息つく。
    さすがに2発連続はこの状態ではかなりキツイ。
    しかも、2回とも片手で撃ったから、数日はうまく使えないだろう。
    まあ、こっちについては動く必要も無いだろうからあまり気にしない。
    「ちょっと!!自分の使い魔くらい管理しなさいよ!!」
    「ゴメン、ちょっともう、駄目・・・」
    「あっ、こら、サラ!?」
    そうして、私は意識を手放した。





引用返信/返信

▽[全レス9件(ResNo.5-9 表示)]
■176 / ResNo.5)  蒼天の始まり第十二話C
□投稿者/ マーク -(2005/04/03(Sun) 18:44:25)
    『マナクリスタル』




    「お姉ちゃんは?」
    「気絶してるだけみたいだ」
    セリスたちはとりあえず生きていた騎士たちを縛り上げ、
    看病してもらっていたアルテの元に駆け寄った。
    セリスも姉、エルリスからある程度は聞いていたとはいえ、
    初めて目の当たりにした
    あの力に驚いていた。
    そして、その存在を自分の所為で姉が背負っていることに
    セリスは気付いていた。
    また、エルリスがそれを知られないように嘘をついている、
    姉の優しさも分かっていたからこそ知らぬフリを続けていた。
    だからkそ、セリスは自分の魔力のことなんかよりも精霊のこと、
    バルムンクに会うことを優先させていた。
    「まっ、これでひとまず一件落着だな」
    「・・・・・」
    「どうしたんだ?ユナ」
    「ユナ?まさかユナ・アレイヤ?」
    シンクレアはお互いに名を知らなかったらしい。
    それを姉から聞いていたことを思い出し、
    アルテがサラの正体に驚いていることを理解した。
    「そうよ。で、ミコト・・・じゃなくてシリウスの勘が外れたんだけど」
    「シリウスの勘が外れたというのは変だね」
    アルテたちのいう感じではミコトの勘というのはほとんど外すことが
    ないという風に聞こえる。
    確かに、ミコトの勘は妙に冴えていたがそれだけでここまで信用して
    いいものなのだろうか?
    そんなセリスの考えを無視して、話は進められる。
    「それで、念のため聞きたいんだけど。
    このあたりに、この谷一個を吹き飛ばせるようなSクラスの
    オーパーツはある?」
    アルテはその豊富な知識と経験でシンクレアを幾度となく救った。
    その所為で、アルテは吟遊詩人では妙齢の女性、下手をすれば
    異種族の長寿の女性といわれることもあった。
    もっとも、異種族という話は今の王国の異種族差別の所為で
    今ではほとんど聞かされなくなった。
    ミコトもアルテの年と経験の矛盾に疑問を持ち、エルフではないかとも
    疑ったりもしたがそれはまた、別のお話である。
    「少し待ってくれ。・・・そうだな、確かに1つある。
    だが、これは―」
    「これは?」
    「不味い」
    そういって、今にも駆け出そうとするとユナが腕を掴む。
    「どういうこと?こっちは竜の巣よ?」
    「急がないと不味い。聞きたいならついて来てくれ」
    そういって、アルテは手を振り払い駆け出した。
    「ああ、ちょっと!?
    ―まったく!!セリスも乗りなさい」
    そして、ユナは使い魔を出してエルリスを竜に乗せ、セリスに声をかける。
    「えっと・・・」
    「早く!!」
    「ハッ、ハイ!!」
    慌ててセリスが竜に乗り、
    「俺は?」
    「先行くわよ」
    「ああ、待て!?」
    クロアを置いてアルテを追いかけた。







    「で、どういうこと?」
    先に出たアルテの右隣にはユナたちが、左隣にはクロアが追いつき、
    定員オーバーであるためもう一方のユナの使い魔が出されそれに飛び乗る。
    「あるにはあるがそのオーパーツの動力が問題なのだ」
    「動力?」
    「そう。動力はM・C(マナクリスタル)」
    「って、まさか!?」
    「もしかしたらあの騎士隊は囮。本命はマナクリスタルの奪取かもしれない」
    「・・・・でも、M・Cなら協団にも保管されている筈」
    「そう。だが、これはM・Cが多ければ多いほど出力が増える。
    それにこのまま撃ってはここにあるM・Cも失われるだろう」
    「・・・こっちを撃ってこないのはM・Cがまだ奪取できてないから?」
    「そう考えたいけれど・・・」
    そして、今までより拓けた場所に出る。
    「遅かった・・・」
    見渡せば、周りに竜や人が多数倒れている。
    それが人に化けた竜か、王国の人間かは分からない。
    しかし、囮はユナたちの妨害で囮の役目をこなせなかった筈。
    ならば、ならばここに住まう竜族全てを相手にしたことになる。
    まともに考えればそのようなこと出来るはずがない。
    だが、それは現実に起きていた。
    「グッ、何者だ・・」
    谷に掘られた穴から体を押さえながら現れる老齢の男。
    「この谷の長だ」
    竜は人の姿を真似して、暮らすものもいる。
    そして、その姿は実際の年齢、力とは比例しない。
    だが、それを一目で分かったユナとアルテはいったい何者なのか?
    さらなる疑問がセリスの頭に浮かんだ。
    「今代の剣の王です」
    「同じく竜の王よ」
    「・・・なるほど。その身に宿りし人にあらざる力はそれゆえか」
    剣の王、竜の王・・・それが何を意味するかセリスは勿論クロアも
    そして、今はいないミコトも分からないことだ。
    だが、なぜかセリスは自分でも不思議なほどすんなりとその名を
    受け止めた。
    「M・Cは?」
    竜の長は静かに首を横に振る。
    「そう・・・ですか」
    「申し訳ありません」
    そうして、アルテは王女に王の愚かな行為を止めるように頼まれていた。
    だが、それを止められなかった自分の無力さを悔やみ
    竜の長に深く頭を下げる。
    「お主が何故謝る?」
    「えっ、私は王国の・・・・」
    予期せぬ言葉に困り、何を言うべきかと返答に吃する。
    「うっ、くっ。
    竜を襲ったのは・・・魔族だぞ?」
    「なん・・・だと?」



引用返信/返信
■177 / ResNo.6)  蒼天の始まり第十三話@
□投稿者/ マーク -(2005/04/04(Mon) 05:09:02)
    『オーパーツ』





    「どう?」
    「全然駄目」
    金の体毛に覆われ、真っ白な翼を持った虎のような動物と
    それに乗る少女が会話する。
    場所は魔術都市の外周部。
    フォルスから一直線に飛び続け、といっても途中で休憩と仮眠も取り、
    夜が明ける前には着いたわけだが
    「あんまり見えないし、やっぱり夜が明けるの待ったほうがいいか」
    「そうね」
    辺りを見回し、魔術都市の外側の方向に浮かぶ月を見る。
    「あれ?今日って満月だったっけ?」
    ―もしそうならば、今頃エルリスたちは大変だろうが。
    「何言ってるの?ほら」
    そういって、そのほぼ反対方向の空を首で示す。
    つられて見てみればもう直ぐ沈むであろう三日月が見える。
    「じゃあ、アレは?」
    そういって、空に浮かぶ満月を見る。
    良く見ればあきらかに大きさが違うし、近過ぎる。
    「怪しいわね」
    「でも、一体なん―」
    そういい終わるより先に、奇妙な月に向け、巨大な光が向かう。
    その光は月に当たると反射するようにして、空を向けられた光が
    地上へと方向を変えはるか彼方に向かって進む。
    そして、一瞬遥か先で大きな光が見えた。
    距離を考えればその光はとてつもない規模だ。
    方向はやって来た竜の谷ではない。
    方角的には王国と連邦の間の辺り。
    そこで思い当たるものは1つ。
    純粋に真祖の血を受けし、ただ1人の真祖の眷属が、
    そして、そこにさえいれば吸血衝動を抑えることが出来るということで
    数多くの吸血鬼が住まう吸血都市、バロニス。
    ミコトは代行者が動いた理由が分かった。
    なんのことはない、教会の怨敵である吸血鬼の住まう街を
    焼き払うのに教会が手を貸さないはずがないのだ。
    そして、協団にしてみればこれはテストだろう。
    実際に使用しなければその力など分かる筈がない。
    だが、このようなものを使う丁度いい目標も機会もない。
    そして、このようなものを表に出せば狙われかねない。
    だから、目標を異端の住まう場所にすることによって
    お互いの利害が一致したからこそ協団は教会と王国という
    護衛と協力者を手に入れ、教会と王国は最高の武器を手に入れたのだ。
    「ぶっ壊すわよ。フィーア!!」
    「当然」
    ミコトとフィーアは全速で光の照射されたところへと向かった。



    目標の置かれていた場所は比較的わかりやすいものだった。
    まるで祭壇の様に築かれた山の頂上に置かれていたが、
    山と言っても傾斜がほとんどなく、歩いて上れるような場所でもなかった。
    当然のことながら、目的地にはかなりの数の代行者が集まっている。
    が、ミコトが予想していたほどではなかった。
    おそらく、他の者はバロニスへ吸血鬼を殲滅しにでも行ったのだろう
    一つ確かなのは、狙うなら今をおいて他にない。
    周りの代行者は目標から魔術都市の外に向かって散っている。
    裏から回っていればもう少し楽に行くだろうが、
    生憎、既に補足されてしまっている。
    人以外の存在の襲撃も想定していたのだろう。
    代行者の装備も弓、重火器と空への武器も揃えられていた。
    地上から放たれる矢、銃弾、魔術のオンパレード。
    フィーアはそれらをかわしながら、上空に逃げる。
    上から接近すればそれこそ狙い撃ちである。
    ミコトは一瞬の思考を終え
    「私が下のやつを始末するわ」
    フィーアから飛び降りた。
    かなりの高さから飛び降りたミコトは代行者から見れば振り落とされたか、
    そうでなければ自殺と見えただろう。
    結果、飛び降りたミコトは無傷のまま着地し、同時に『天狼』を抜く。
    抜かれた刃は周りにいた三人を一瞬で切り伏せる。
    その様子に慌てた代行者たちはミコトへ向け銃を向けるが銃弾は軽くかわされ、
    後ろにいた味方に当たる。
    そして、それを見て今度は同士討ちを避けるため、銃や弓をしまって
    剣を抜き立ちふさがる。
    突如現れた敵に向かって代行者は続々と集まってくる。
    もっともいくつかはそのまま、待機しフィーアを狙っている。
    ―まだだ。
    多対一にはある程度慣れているとはいえ決して楽なものではない。
    ミコトは敵が完全に集まるまでただ黙々と近づく敵をなぎ払う。
    そして、ほとんどの代行者が集まったところで
    「開放、俊!!」
    宝刀の力を解放させ、限界までスピードを高める。
    まるで、自分以外のものの時間が止まったかのような感覚の元、
    まだ夜は明けてなく、周りの者全てが敵のミコトとこの暗がりで影でしか
    ミコトを捉えられぬ代行者たちの差は大きく、戦場を駆け回るミコトに
    何人もの者がすれ違いざまに切り倒されていく。
    ―ガギンッ!!
    「!?」
    3割といったところで1人だけこちらの剣を防いだものがいた。
    だが、問題はそれではない。
    防がれた際に急激な脱力感と共に体にかけた強化が解けた。
    「クッ!!開放、俊」
    動きが止まったミコトを狙い、振り下ろされる剣。
    再び強化してその剣を避け、残りの敵を切り倒していく。
    そして、またも同じ者に刀が当たる寸前に剣に阻まれるが
    今度は当たる直前に剣を引き、後回しにして通り過ぎる。
    ある程度を倒したところで強化を解く。
    最初は密度が高かったからうまくいったがこの数ではむしろ、損をするだけだ。
    残った者の中には唯一、ミコトの剣を防いだものもいた。
    「おい、お前ら。こいつは俺1人でやる。
    お前らは上の混血の相手をしろ」
    「ですが・・・」
    「お前らでは足手まといにしならない。
    とっとと行け」
    どうやら、男は他のやつより上位の人物らしい。
    男に命令され、残ったものたちはフィーアのほうへと向かう。
    ―強い。
    あのスピードで迫る剣を防いだ技量はかなり高い。
    油断できない相手だ。
    むこうもそれは同じなのだろう。
    邪魔そうに男は顔にかぶった兜を取る。
    「なっ!?」
    ―何であんたが!?
    「さて、始めるか」
    氷のような雰囲気まとい、剣を片手で持ってミコトへ向け突きつける。
    ―クライス・クラインという名の男が。




引用返信/返信
■178 / ResNo.7)  蒼天の始まり第十三話A
□投稿者/ マーク -(2005/04/04(Mon) 05:10:01)
    『青の代行者』




    「何でよ!!何であんたが」
    ―こんなところにいるのよ!?
    代行者の青年。クライス・クラインと対峙するミコトは叫ぶ。
    だが、そんなことは気にせずクライスはミコトに剣を振るう。
    ミコトは振るわれる剣を防ぐが再びあの急激な脱力感に襲われる。
    なんとか気を強く持ち、繰り出される剣戟を払う。
    「お前は」
    と、斬りあいながらクライスが口を開く。
    「お前は俺を知るものか?」
    「なっ!?」






    目標であるオーパーツの上空を翼を羽ばたかせ旋回する。
    目標の周りを囲むように配置された代行者の大群を突っ切って行くのは
    流石に不可能。自殺行為である。
    「まっ、手はあるけど」
    代行者も飛べる相手に対する装備も十分に整えていたが、
    この高さまで攻撃してこない。
    理由はこちらが獣人だから、魔術を使えないと判断しているからである。
    それは間違っていない。フィーアは魔術は使えない。
    だが、彼女もまたクロアと同じく異種族の血が混ざりしもの。
    それゆえ魔術ではない魔力行使の術を持っていた。
    魔術と違って詠唱などはいらない。
    威力も魔術とは違い、詠唱を長くするなんて面倒な真似をする必要は無く、
    魔力を多く使用するだけで簡単に高められる。
    欠点は一つのことしかできないこと。
    フィーアは目標のちょうど真上にそれを創り出す。
    真下にあるオーパーツとほぼ同じ大きさのまるで墓碑のような岩。
    これがフィーアの力。
    魔力で岩石を創り出し、射出する。
    魔力で出来た岩はほんのわずかな時間しかその姿を保っていない。
    だが、そのほんのわずかな時間だけは現実の物として存在する。
    そして、遥か上空から巨大な墓碑が落下する。
    ―ガッ!!
    だが、目標に激突する直前に見えない壁に弾かれた。
    砦の屋上を覆う半球状の壁。
    どうやら、協団の者が張った結界らしい。
    「・・・・どうしよう」
    先ほど創り出した巨大な岩はフィーアの魔力を三分の一近くを使ったものである。
    もう一度やっても結界は破れないだろうし、残りの魔力をすべて使っても
    結界を壊せるかどうか。とても、その下の兵器までは壊せないだろう。
    かといって、一瞬、砦ごと潰そうかとも考えたがどう考えても魔力が足らない。
    仮に潰せても魔力のない状態では魔法文明時のオーパーツを素手で破壊しなければ
    ならないということになるが、そのようなことは不可能だ。
    ユナなら結界ごと吹き飛ばして破壊できるだろうが、彼女はいない。
    ミコトなら結界を斬れるかもしれないが、この山を上れない。
    さらに、近づけば矢と銃弾の集中砲火に浴びせられる。
    戦況は硬直状態に陥っていた。







    「どういう意味よ!!」
    ミコトが怒りながら叫ぶ。そんな声にクライスは眉を吊り上げ
    「俺は数年前から記憶がない。だから、昔の俺を知る者なのかと聞いたのだ」
    「なっ!?」
    ―記憶喪失!?
    その言葉に驚きながらもミコトは剣をかわす。
    ミコトは対峙するクライスの剣を出来る限り受けぬようにしていた。
    急激な脱力感の正体はクライスの持つ剣、クロスガードに使われる、
    教会の保有する希少金属、オリハルコンの特性だった。
    最高の対魔素材と言われるその対魔力特性により、魔族など実体を持たぬ
    魔力で実体化する存在にとってはこの上ない毒となる。
    そして、さらに恐ろしいことは純粋な肉体を持つ存在に対しても、
    触れるだけで触れた者の体内の魔力を霧散させる力を持ち、
    対魔術、対魔術士用の武器でもある。
    この場合、ミコトは触れていないが、ミコトの持つ宝刀を常に取り巻く魔力が
    オリハルコンによって霧散し、宝刀自身の魔力とその魔力を利用している
    ミコトにまで影響を及ぼしたのだ。
    「あんたは―」
    言葉に詰まった。何か違う。
    言ってはいけない気がする。そう、コイツはアイツではない。
    今までも信じてきた己の直感。
    普通に考えればそんな筈はない。
    だが、それでも―
    「あんたは違う!!」
    繰り出す神速の突き。
    かわす事の叶わない必殺の一撃。
    だが、それも―
    ガギン!!
    「クッ」
    ギリギリのところでクライスの剣の中央で止められた。
    だが、何故か今まで剣に触れるたびに襲ってきた脱力感がない。
    そのことに一瞬、気を取られ、
    「ウォォー!!」
    もの凄い力で押し切られた。
    ミコトは刀こそ放さなかったものの、弾かれた衝撃で尻餅をつく。
    そして―
    「終わりだ」
    今まさに振り下ろされようとする剣を見てミコトは悔しさに唇をかみ締める。
    ―二度と油断などしないと己の心にきつく言い聞かせた筈なのに。
    悔しさに眼を瞑り、静かに振り下ろされる剣を待つ。
    ・・・
    ・・・
    ・・・
    だが、自らの命を絶つはずの剣は一向に振り下ろされない。
    ―いや。
    なにか、奇妙な浮遊感を感じる。
    慌てて眼を開け、見下ろすと真下に先ほどの男が小さく見える。
    「おい、シリウス」
    背中から声が掛けられる。
    そこでようやく何者かに抱かかえられている事に気付く。
    「アイツは一体なんだ?」
    「あんたのパチモンよ」
    ―全く。在り得ないタイミングで登場してくれちゃって。
    笑いながら、懐かしき仲間に声をかける。
    「バルムンク」





引用返信/返信
■179 / ResNo.8)  蒼天の始まり第十三話B
□投稿者/ マーク -(2005/04/04(Mon) 05:18:39)
    『蒼き空』                              


    蒼き空。
    黒い蝙蝠の様な翼を羽ばたかせながら空に浮くそう呼ばれた
    かつての仲間に抱えられる微笑むミコト。
    そこにいれば、エルリスがいたら気付いただろう。
    あの時助けられた男だと。
    「・・・何よ?」
    「太ったか?」
    ―ドゴッ!!
    抱きかかえられながら、容赦ない肘鉄を顔面に喰らわす。
    「なんか言った?」
    「グッ、悪い。どうやら成長というべきなようだな」
    そういって、ミコト胸元へと眼を向ける。
    良く見れば、男の手はちょうど胸の真下にまわされている。
    つまりその所為で、ミコトの豊かな胸が彼の腕に当たっていた。
    「死・ね!!」
    今度は握った刀の柄で男の額を殴る。
    あまりの痛さにあやうくミコトを支える手が緩むが
    「落としたらマジで殺すから」
    今度は慌てて支える腕を強めるがそうすれば当然、腕に当たっていた胸も
    さらに強く押し付けられることになる。
    「死刑決定!!」
    どうやら、リーダーなんかと言われていたわりには立場は低いらしい。




    緊張感の欠片もないやり取りを終え、バルムンクが地上に降り、ミコトを降ろす。
    見れば、バルムンクと瓜二つの男、クライス・クラインがまとう空気は今までの
    氷のような気配とは違う、燃え上がる炎のようだった。
    「貴様、吸血鬼か。
    何故、俺と同じ顔をしているのか疑問だが、
    ちょうどいい。ここで滅する!!」
    今までと違い、殺気を露にして真っ直ぐバルムンクを睨む。
    バルムンクも腰に差した剣に手を掛け
    「勝手に話を進めないでくれる」
    ミコトが二人の間に割ってはいった。
    「あんた、まだ決着はついてないわよ」
    刀をクライスへと向けながら挑発的に言う。
    「どけ!!今なら見逃してやる」
    ―見逃す・・・
    その言葉にミコトも殺気を露にしクライスを睨む。
    「あいにく、あんたの相手は私で十分よ。
    バルムンク。あんたは向こうにいるフィーアを手伝って。
    多分、火力不足で困ってるはずだと思う」
    「・・・分かった」
    そういって、翼を広げ空へと舞い上がる。
    「待て!!」
    「あんたの相手は私よ!!」
    追いかけようとしたクライスにミコトが斬りかかる。
    「フン、死に急ぐか!!」
    「残念だけど」
    刀を強く握り、ただミコトにとっての事実を語る。
    「勝つのは私よ」
    「ほざけっ!!」
    叫びながら、ミコトに向かって斬りかかる。




    ミコトはクライスの繰り出す剣を先ほどから避けているだけで反撃を
    仕掛けていなかった。
    クライスはミコトが反撃してこず防戦一方の様子を見て、先ほどの発言は
    ハッタリで、勝算などないと判断していた。
    たとえ、最初のスピードでも対応できる。
    クライスは圧倒的な力をもつ異端との戦いにおいて敵の狙う場所を本能的に
    感じ取ることで生き延びてきた。
    先ほどまでも、ミコトが狙う場所を感じ取りそこを剣で防いでいた。
    クライスにとってこの剣はどちらかといえば盾の役割をこなしてきた。
    この剣がある限りまともな斬りあいではクライスを狙っても全て防がれる。
    そう、この剣を先にどうにかしなければならない。
    ミコトはそれを感覚的に理解していた。
    しかし、ミコトは既にその剣の弱点を掴んでいた。
    先ほど突きを防がれたときはあの脱力感がなかった。
    切っ先で当たったから接地面が少なかったとも考えられるが
    おそらく、対魔力のないところ、もしくは弱いところがあるという事だろう。
    だが、クライスの剣はほぼ全てオリハルコンで作られた剣でその強度は半端でない。
    それを壊そうと思ったら刀の魔力を一点に集中させなければならない。
    ならばこの宝刀の魔力を切っ先に集中させ、対魔力のないところを討つ。
    それこそが勝機である。
    「開放、見」
    魔力を眼にまわし動体視力を上げる。
    クライスの剣をすんでのところでかわし、
    「開放、細」
    次は魔力を腕にまわし、強化された動体視力とほんの数ミリの動きさえ
    完全にこなす繊細さでかわし切れぬ剣の切っ先と切っ先を当て受け流す。
    「開放、鋭」
    刀を覆う魔力を切っ先に集中させる。
    狙うのは剣の中央。彫られた対魔効果のある彫刻。
    対魔の金属に対魔の魔術の文字を刻むという矛盾したことの所為で刻んだ文字の部分だけ
    対魔効果がなくなっているのだ。
    はっきり言って、宝刀の力で細かな動きも寸分違わずこなせる様になっているが、
    動くものが相手ではその力を使ってもまさに神業だ。
    だが『相手はこちらの狙う場所が分かる』。
    ミコトはそう考え、それを逆手に取った。
    最初から剣を狙えば相手もそのまま受ける筈。
    そうやって動く目標を固定させた。
    ―勝負!!
    刀の切っ先は寸分違わず、剣の中央の文字に突き刺さり
    ―ピキッ!
    「なっ!?」
    「終わりよ」
    ―バキン!!
    真っ二つに折れた。
    「言ったでしょ。私の勝ちだって」







    漆黒の翼を羽ばたかせ、黒い影が兵器へと向かう。
    見れば、金の獣、フィーアが兵器の置かれた砦へ近づこうとするが
    下から放たれる銃と矢に阻まれ、元に位置へと戻されていた。
    「天上に在りし雷の神、それより生み出されし紫電の精よ。
    我が道を開く矛となり、我が前に立ち塞がりし壁を崩す鎚となり、
    我に仇名す愚かなる者を裁きし雷となれ。
    『トゥール』」
    まるで意志を持つかのように雷がバルムンクの周りを覆う。
    バルムンクの意志によりその身を覆っていた大部分の雷はその身を離れ、
    地上からフィーアを狙う代行者たちに襲い掛かる。
    雷は幾人もの敵を昏倒させながらもその威力を衰えさせていなかった。
    恐るべき精度と威力である。
    通常の魔術はこれほどの精度でコントロール出来るものでもなく、
    当たればその魔力を全て吐き出して消滅する。
    高位の魔術ならば障害物も物ともせず全て破壊できるが
    細かなコントロールはできず、なにより加減が効かない。
    周りに残した雷を用いて放たれる銃弾を弾きながらフィーアの元へと飛ぶ。
    「えっ?バルムンク!?」
    「状況は?」
    「あっ、と!!ご丁寧に結界が張ってあって私じゃ手が出せない」
    「だろうな。ここは俺に任せろ」
    そう言って代行者を襲っていた雷を呼び戻し、それらを一つにまとめる。
    「砕け!『ミョルリル』!!」
    まとめられた雷は球状になり、そこから紐のように出た部分を掴み
    大きく振るう。
    それは雷で出来た鎚だった。
    振るわれた球は大きく弧を描き、結界へと向かう。
    「なっ!?」
    「・・・嘘?」
    だが振るわれた鎚は結界と拮抗し、耐え切れずにそのまま消滅した。
    「アレを防ぐだと?」
    「なんて力・・・
    一体どこの馬鹿が張ったやつよ!?」
    本当なら結界を張ったのにバカも何もなく、
    はっきり言ってただ悪態をつきたかっただけなのだが、
    フィーアの言った事は意外と当たっていた。
    そのバカの人は北の小さな町の学校にて
    「ックシュ!」
    「先生かぜですか?」
    「う〜ん、これは誰かが噂してるみたいね」
    「はあ、そういえばハーネットさんとミヤセさんはどうしたんですか?」
    「一身上の都合で自主退学よ。
    ・・・それにしても協団のやつらいきなり私に結界を張ってけだなんて。
    しかもあんな妙なところに。
    まあ、いっか。深く考えなくても。
    おかげでジジイに小言を言われずに済んだし―」
    「先生、早く始めてください」
    「ああ〜ゴメンね。
    じゃあ、始めるわ」
    ・・・
    ・・・
    ・・・
    「でどうする?とりあえず結界だけでも壊すなら同時にでもやる?」
    「いや、結界を潰しても結界を構成している魔術式を討たねば直ぐに戻る。
    消えた一瞬を狙ってもう一撃、撃ち込むか、結界ごと貫くしかない」
    「そう。じゃああんたが結界を潰した瞬間に中に入ろうか?」
    「それも駄目だ。教会が手を貸しているならアレにもオリハルコンぐらい
    使っているだろう。ミスリルでもフィーアでは無理だろう?
    第一、結界の中に飛び込むなど、入った瞬間に結界が再生すれば死ぬぞ」
    「・・・さすがにそれは嫌ね。じゃあ、どうする?」
    フィーアが考え付いたことを手当たり次第に口に出すが、ことごとく却下され
    隣に立つ男の顔をうかがう。
    バルムンクも渋い顔つきで思案する。
    「・・・魔力は残っているな」
    「まあ、半分以上は」
    「それで負荷を掛け、力ずくで貫く」
    「勝てるの?」
    「これ以上の方法はないと思うが?」
    実にあっけらかんとした顔で肩をすくめて言う。
    「まあ、試すだけ試してみればいいか。
    いざとなったらミコトを呼べばいいし」
    そう、ミコトがいれば簡単な問題だ。
    ミコトならこの結界を斬れる筈。
    そうして、消えた瞬間にバルムンクが決めればいい。
    本当に簡単なことだ。
    「では行くぞ」
    消えた精霊を再び宿し、言葉を紡ぐ。
    「紫電の精よ。
    汝の主、黒の王の名において命ずる。
    今こそ、その力の全てを我が前に示し、
    このひと時のみ汝こそが神となりて
    愚かなる者どもを裁く雷を天より降ろせ」
    突如、天候が荒れ雲より雷が地上へと降り注ぐ。
    それを見てファーアが再び巨大な墓標を創り出し結界へと落とす。
    落とされた岩は結界へとぶつかり崩壊する。
    そして、その次の瞬間その岩を追う様にして特大の雷が結界に落ちる。
    だが、長い時間、拮抗が続き徐々に雷の勢いが衰えていく。
    「あれでも駄目なの!?」
    ―リーンッ!
    突如後ろから鈴の音が鳴り、二人は慌てて振り返る。
    そこには黒いドレスを纏ったまだ幼い少女が浮いていた。
    「お手伝いさせていただきますわ」
    少女が腕を掲げると雷と結界のぶつかる空間が歪み、突然、雷が消えた。
    「負けた!?」
    だが、次の瞬間、雷は結界の中に再び現れ、真っ直ぐ兵器へと突き刺さる。
    内部へと潜り込んだ電流は内部の導線を焼き切り、行き場をなくし暴れ狂う。
    きしくも外装に使われたオリハルコンが外に出ようとする電流を拡散し、
    内部にとどめていた。
    暴れまわる電流によって内部は電磁波の嵐となり高温によって配線のみならず
    内部の機械も溶かし、最後は動力炉に穴が開き爆発した。
    「少々お待ちください。回収してきます」
    そういって少女の周りの空間が歪み、姿が消える。
    そして、今度は1人の青年を連れ再び結界の中に現れた。
    少女と青年は兵器の残骸を荒らし、一つの巨大な宝石を見つけ戻ってきた。
    「空間転移魔法・・・」
    特定の空間と空間をつなぐ最も高位の魔術の1つ。
    しかも、自分自身や、自らの魔力で生み出した物以外を転移させられるには
    かなりに技量と魔力を必要とする。
    他人の魔術をあの一瞬で転移させるなど人間業でない。
    魔術学園や協団の頂点に立つ人物でも出来るか出来ないかいう芸当である。
    ましてや、見た目10代前半の少女が扱うなど普通ではありえない。
    ―話には聞いてたがまさか、こんな幼いとは。
    「初めまして。今代の黒の王」
    少女はドレスの端を持ち上げ、恭しく挨拶をする。
    対して、隣に立つ青年は無表情に、だが、どこか不機嫌そうな顔で
    こちらを見ている。
    「ああ、初めましてだな。
    鮮血の薔薇姫、月下の大公」
    吸血鬼の都市バロニスを統べる三人の吸血鬼。
    鮮血の薔薇姫、リリス・デイ・ガーネット。
    月下の大公、アベル・デイ・ガーネット。
    そして、常闇の支配者である。
    上二つは固有の人物を指すが最後の人物だけは異なる。
    何らかのきっかけで人に滅ぼされたり、配下のものに殺されたりし、
    既に何度か交代している。
    ゆえに常闇の支配者という称号を継ぐ者が統治者となる。
    もっとも、上二人が基本的に共に動き、常闇の支配者とその配下とは
    基本的に険悪である。
    そのため統治者と言っても常闇に決定権はほとんどない。
    この二人を相手に喧嘩を仕掛けるのは愚策であり、
    二人の眼が光っている内は常闇はおとなしくしている。
    血の濃さは力の差。
    鮮血の薔薇姫は真祖がつくりし唯一の眷属。
    月下の大公はその正体が知られておらず、この者こそ真祖と言うものもいれば
    真祖の子ともいわれる。
    が、何故この二人が同じ姓を持つかは彼らとその従者以外誰も知らない。
    そして、常闇はバロニスの大部分の吸血鬼を統べる王である。
    これらが戦えばバロニスという都市そのものにとって深刻なダメージとなる。
    それゆえ、だいたい両者ともお互いを快く思っていないがおとなしくしている。
    周りにいた代行者は守るべき対象が破壊され、さらに最凶の化け物を前にし、
    早々に引き上げていく。
    そして、引き上げていく代行者を尻目に目的を達成したことを伝えに
    フィーアがもう夜も明けようとする空に飛び上がりミコトの元に向かった。






    「さてと、それじゃあ」
    ミコトは背後から殺気を感じ、後ろから繰り出された槍をギリギリで受ける。
    「リューフ!?」
    「・・・向こうもやられた。
    引き上げだ、クライス。
    まだやるというなら俺が相手になってやる」
    そういって、片手で槍をミコトに向け威圧的に言う。
    「・・・別に戦わない相手を追うつもりはないわ。
    こっちも疲れてるし」
    「そうか・・・・済まんな。
    ―行くぞ!!」
    「クッ・・・分かった」
    そして、二人は走り去っていく。
    見ると他の代行者たちもそのあとを追うようにして去っていく。
    ということは―
    「向こうは終わったってことね」
    仲間のいる方角を見るとまるで見てたかのようなタイミングで
    フィーアが現れる。
    降りてきたフィーアに乗せてもらい、バルムンクの元へと向かう。
    ―とりあえず、一件落着。向こうはどうなったかな?





引用返信/返信
■180 / ResNo.9)  蒼天の始まり第十四話
□投稿者/ マーク -(2005/04/05(Tue) 21:57:44)
    2005/04/05(Tue) 21:58:00 編集(投稿者)

    『分かれ道』




    「おっ!」
    竜の谷といわれる場所で空を眺めていたクロアは空の遥か先に黒い影を見つけ
    立ち上がる。
    「帰ってきたな」
    影は4つ。
    数が多いが間違いないだろう。
    降りてきた5人を眺め、記憶を探る。
    ―2名該当なし。
    「ミコトにバルムンクにフィーアに・・・
    どちらさん?」
    その声に額に手を当て呆れながらも頭を上げ、バルムンクが答える。
    「ここの長に伝えてくれ。
    バロニスから客人が来たと」
    はっきり言って、フィーアとミコトもあまり状況が掴めないでいた。
    これらの人物がどうい存在なのか、現れた理由は想像がつく。
    だが、自分たちより遥かに上の存在、絶対的な支配者と並んで飛ぶなど、
    敵対しているわけではないとはいえ、どうしてもピリピリしてしまう。
    しかし、警戒して少女に目を向けると微笑まれ、どうも調子が狂う。
    なによりも分からないのはこの二人とバルムンクの関係だ。
    初対面の筈なのにリリスとはかなり親しく、逆にアベルとは妙に険悪だ。
    吸血鬼だから接点が無いとは言い切れないが初対面に変わりは無いだろう。
    バルムンクに直接聞いてみてもここに着けば分かるだろうと言って
    頑なに言おうとせず、当の二人もまた、言おうとしない。
    ただ、それぞれマイペースについて来るだけだった。
    結局、この奇妙な組み合わせのおかげでここに来るまでとても長く感じた。
    二人とも、クロアを見たときやっと見知った顔を見つけて落ち着いた。
    そして、そんな二人の心中など気にせずクロアはリリスを見て
    ―これはまた極上だな。
    と考えていた。
    どうやら、彼は本気で節操がないらしい。





    「セリス、バルムンクが―」
    ミコトはエルリスの看病しているセリスに帰ってきたこと、そして、
    目当ての人物が来たことを伝えに来たわけだがセリスは寝ているエルリスの
    上に倒れ、気持ちよさそうに寝ていた。
    看護疲れだろう。
    ミコトはクロアからエルリスがこの戦いで精霊を憑依させて、倒れ
    その後ここ数日間寝たきりになっているとは聞いていた。
    そして、それをセリスがほとんど寝ずに看病しているとも聞いていた。
    セリスを起こそうかと一瞬、考えたがミコトはセリスの目覚めの悪さを
    修行中のサバイバルでその実態を眼の辺りにした。
    エルリスに本当に起こせないのか聞いたが、あることをしなければ、
    ほぼ絶対に起きず、そのあることがとても面倒なことだから自発的に
    起きるのを待った方がいいと言うことだ。
    そして、無理に起きそうとするのが何よりも危険なのである。
    好奇心というべきか、寝てるセリスを起こそうとしたらとんでもないことに
    なった。
    何故かは知らないけどセリスは寝てるときのほうが魔力が穏からしく
    その所為で無理に起こせば違う意味で暴走する。
    普段のセリスなら放てば暴走して倒れるような規模の魔力弾を寝ぼけながら
    乱発してくるのだ。
    サバイバル中、周りの壁がその所為で崩れかけあやうく生き埋めになり掛けた。
    ―まあ、いっか。どうせ起きたら会えるだろうし。
    ミコトはそう結論を出し、これほど気持ちよさそうに寝ているのを起こすのも
    忍びなくなにより、自分から地雷を踏みに行くのはもう2度と御免だった為、
    セリスに毛布を掛けて他の者が集まる場所に向かった。





    「なっ、なんであんたまで!?」
    最後の役者であるミコトが目的の場所に入った瞬間、見知った顔、
    様々な意味でもっとも強大な『敵』を見つけてつい、大声で叫ぶ。
    「まあ、確かに私がいるのは君からすれば不自然かも知れないな」
    そういって銀の月アルテ、シルヴィス・エアハートがため息をつく。
    「ああ、ごめん。
    でもシンクレアがまた集合するなんて驚きでしょ?」
    「でも、それを言えばそちらもでしょ?
    バルムンクにそっちはバロニスのお姫様と王子様。
    まだ、こっちの方が質素よ。
    一体どうしたの?」
    そういって、ユナが静かに突っ立っている三人に顔を向ける。
    あまりの豪華、そして節操のない顔ぶれにミコトやユナも混乱している。
    「ふう、とりあえず状況を整理するのが先のようだな」
    この中でも最も長寿の竜の長が大きなため息をつき、
    部屋にいる全員に顔を向ける。
    そして、全員でお互いの身に起きたことを話し合った。



    「なるほど。目標がバロニス、しかも常闇の城を狙っていたとわけか」
    「はい。その後、私の城にも代行者が襲ってきましたが従者が撃退しました。
    そして、城と街を従者に任せ転移の魔法で狙撃点まで跳んだら
    彼らに会ったのです。
    が、まさか魔族が王国と手を組んでいるなんて」
    「そちらがM・Cを確保したため数に変化はないが危険なことに変わりはない。
    そして、未確認とはいえ魔族が王国の繋がっている可能性があるのは危険だ。
    そちらの所持していたM・Cは無事か?」
    「いえ、それがM・Cの力を用いてあの街は常に夜を保っているらしいのですが
    それの置かれた所在は私も知らないのです」
    「だが、よっぽど大丈夫だろう。
    万が一奪われれば常夜が消える。
    そうすればみな、直ぐに気付くだろう」
    千年と言う時間を生きた者たちの会話に入りづらそうにしていたミコトたちが
    遠慮がちに入る。
    「えっと、王国と魔族はM・Cを集めてどうする気でしょう?」
    「M・Cを利用して動く危険なオーパーツは沢山ありますから
    それに使う気でしょうね。
    魔族ならそれを所持することによって手に入る魔力が狙いなのでしょう。
    過去にも魔族がM・Cを狙った事件はありました。
    あと、そんなかしこまらなくても良いですよ?
    私の友達は2人とも、普通に話してくれてますから。
    と言っても1人は喋れないですから1人だけですね」
    喋れない・・・そう聞いてあの街の店に住まう少女を思い浮かべたが直ぐに否定する。
    いくらなんでもそんなことあるはずがないのだから。
    「竜族は王国に報復に行くの?」
    「・・・我々を襲ったのは魔族だ、人を襲う理由はない。
    だが、もしも魔族と癒着しているのならその限りではない。
    そして、なによりM・Cが―」
    「竜族のM・Cは私が回収しましたから竜族にお返しいたします。
    これが竜族と魔族の全面戦争にでもなれば世界中が混乱し、
    他の種族がどうなるかは見当もつきません。
    ですので、竜族はこれで無関係ということで
    どうか自重していただきたいのですが?」
    「むう。なるほど、一理あるな。
    王国が北のエルフ領に手を出そうとしたとき牽制の為に、同盟を結んだのだが
    これで我々が落ちれば竜という後ろ盾を失ったエルフに対し、
    まず、間違いなく王国が攻めるであろう。
    良かろう自重しよう」
    その答えを聞いてユナは一先ず安心する。
    あとは王国をどうするかである。
    「それでは、私たちはいったん王国の方へと戻るとしよう。
    これ以上竜族に迷惑を掛けたくないからね」
    場所を変える理由は竜族にテクノスのことはあまり伝たくないからだ。
    そのテクノスのことで疑問があるのだが竜族の前では話せないので
    場所を変えようとアルテが提案していた。
    「私もそうしてもらいたいかな。
    あまり長い間、王国を離れるわけには行かないのよ。
    集まるところは・・・あの店で良いわね」
    と、ミコトが少し前に滞在していた街の熊のような男の店を
    頭に思い浮かべる。
    他の人もそれで大体伝わったのか異論は無いらしい。
    「そうか。では『継承者』たちよ。
    汝らの行く手に幸多からんことを」







    「で、何故ここに来る」
    ベアは怒りを露にし、突然訪問してきた団体を睨む。
    おかげでベアの店は再び休業中である。
    そして、エルリスたちのおかげでなかなか忙しくなってしまい
    二人では人手が足りず、その手伝いをしていたルスランたちは
    店が休みになったのに大喜びである。
    ルスランは黒いスーツを纏い、サクヤとアウラは普段なら絶対に
    着そうにないようなチェチリアとおそろいの服を着ていたが、
    二人は今は二階で寝ているセリスとエルリスを見ている。
    どうやらあの服が店の制服になったらしいが、
    いつの間にこの店は冒険者の店でなくなったのだろう?
    「別にいいじゃんか。英雄の来る店って宣伝したらどうだ?」
    「いやいや、いっそこの美しき女性たちにもウエイトレスを頼めば繁盛間違いなしだぜ?というかクロア、この人たち紹介してくれ!!
    こんな美しき女性たちといつの間に1人だけお知りあいになったんだ!?
    羨まし過ぎるぜ、コンチクショー!!」
    と、途中から目から血の涙を流しそうな勢いでルスランがクロアの胸倉を掴む。
    どうやら、女性陣に意識が向いてて英雄という言葉は聞こえなかったらしい。
    「フッ」
    と、まさに勝者の笑みで胸倉をつかまれながらルスランを見下す。
    実際はかなり呼吸が苦しい。
    このままだと直ぐに落ちるだろう。
    「バカ2匹」
    「まあ、昔から類は友を呼ぶと言うからね」
    「というかバカだとは思っていたが本当に単細胞生物だったなんて」
    「なるほど、裂ければ増えるわけか」
    上からユナ、ミコト、フィーア、アルテである。
    怒涛の4連攻撃に両者ノックダウン。
    ふと、他のところに眼を向ければチェチリアとリリスが話し合っている。
    といっても、チェチリアは喋れないから話し合いになるかは疑問だが。
    「ねえ、ベア。あの人って知ってる?」
    「ああ、たまにチェチリアに遊びに来る同じ趣味を共有する友達らしいぞ。
    名前は知らんが」
    ・・・現実は小説より希なりとはよく言ったものである。
    自分の国に伝わる言葉を思い出し、1人納得する。
    というかこのままじゃいつまで経っても話にならない。
    「それでこれからどうするの」
    出来る限り低く言い、世間話をしている者たちの注目を集める。
    そこでようやくここに来た意味を思い出し、1人また1人と座り向かい合う。
    「ああ、ちょっと。ベアも来て」
    込み入った話になるのだろうと判断したベアは席を外し、倉庫の整理にでも
    行こうとしたがミコトが引き止める。
    「ちょっと、最近情報仕入れてないから提供して欲しいんだけど」
    「ったく、こういうのは等価交換が基本だ。
    そっちも金か情報を出せよ」
    そういって、ベアも渋々席に着き、話を始める。
    「で、まずベア。なんか王城の方で事件はあった?」
    「それほど大きいのはないな、表には。
    裏では騎士団が動いたと言われてるが確かな情報じゃない」
    表、つまり一般的な噂や情報。
    裏なら普通は出回らない情報や、噂。非公式なことなどである。
    「じゃあ、騎士隊長がまた出奔とかって噂はある?」
    一瞬アルテが顔を眉間に皺を寄せたが直ぐさま普段の顔に戻す。
    「なんだそりゃ?
    一体、誰の話だ」
    と、首を傾げながら答える。
    何故かは知らないがどうやら王国はアルテが行方をくらましたのを
    隠しているらしい。もしくは気にしてないかだ。
    「お前なら揃うなんて今度はどんな厄介ごとだ?」
    シンクレアが動く=厄介ごとというのは酷い気がするが否定できない。
    「騎士団が動いたのは事実。
    だが、非公式の部隊で竜族に攻撃を仕掛けようとしたが何者かに阻まれた」
    アルテに続き、バルムンクが言葉を継ぐ。
    「そして、バロニスへオーパーツの兵器が撃たれた。
    その際、常闇とその臣下たちは城ごと消滅。薔薇姫と月下は健在だ。
    兵器は既に何者かに破壊されている」
    「何者かねえ。
    王国の英雄だったりしてな」
    「王国の英雄?」
    笑いながら、くだらないことを言うベアの後ろから声がした。
    目を移せば二階にいたはずのアウラたちと復活したルスランがいつの間にか
    すぐ後ろまで近づいて来ていた。
    「まるで見ていたかのようだな」
    と、サクヤがさらに爆弾を落とす。
    「もしかしてシンクレアに会った事あるの?」
    無論自分からばらそうとする者はいない。
    たった一人を除いて。
    「ふふふ。何隠そう俺様、ついでにあの5人こそが
    この王国の英雄シンクレアさ」
    と、自慢げにバカがいっそ清々しいほど見事にばらす。
    どうも、微妙に酸欠が頭が回っておらず本能的にやってるらしい。
    女性が聞いてきたから何も考えず素直に答えたのだ。
    これで聞いたのが男だったら違う展開になっていただろうがもう遅い。
    当然5人でクロアをボコボコにし、ようやく気が済んだのか席に戻っていく。
    残念ながら同情の余地はない。
    ルスランも友の悲しき運命に冥福を祈りつつ、何も言わない。
    何か言えば、次にこうなるのは自分かもしれないのだ。
    迂闊な事など言えず静かに黙っている。
    アウラとサクヤは身の危険を感じ、再び二階のエルリスを見に行く。
    そして、ルスランは針の筵に座らされた思いになり居続けるのは不可能と判断し、
    べアの代わりに倉庫の整理をするといい、この場を抜ける。
    そして、怒気をはらんだ空気の中、話は進む。
    ベアもこの空気はキツイのかここで抜けると言おうとしたら
    睨むだけで人が殺せるなら竜さえ殺すであろう鋭い視線を
    5人から浴びせられる。
    が、そこは流石は元腕利きの冒険者。
    そんな視線を振り切ってこの場から抜けていった。
    「それで、騎士隊と戦った際にテクノスとも戦った。
    今の王国の技術ではあれほどの物は造れないから
    他の国、というよりアイゼンブルグとつながっている可能性が
    あると思うのだが」
    抜けていったベアが見えなくなると、何もなかったかのように
    話は進められる。
    「それを調べるの?」
    「そう。ただ、王国が本当に魔族とつながっているか。
    それも調べねばならない」
    と、沈痛な顔で眼を閉じる。
    騎士として仕えてきた王に裏切られたようなものだ。
    シルヴィスには辛いことだろう。
    「王国は私が調べるわ。ちょうど探し物のついでだし。
    アルテじゃあ、やり辛いでしょ」
    「じゃあ、私たちは協団と学園都市かな。
    王国内にいると危ないし」
    と、ミコトとフィーアが片手を軽く上げる。
    「それより、フィーアは王国のテロを探してくれないか?
    この先はこれらの動きも注意せねばならないと思うから」
    「ああ、そっか。
    分かった。任せて」
    「そうすると私が協団?」
    ユナの問いにシルヴィスが静かに首を振る。
    「いや、それよりもユナ・・・でいいのかな?」
    「ええ」
    「ユナにはアイゼンブルグに行ってもらう」
    「アイゼンブルグ?
    なんでまた私が?」
    順当に行けば内部に入れるユナが協団の調査には打って付けである。
    逆に、わざわざユナがアイゼンブルグに向かうメリットなど無いに等しい。
    「協団はそれほど危険は無いだろう。
    君に行って貰う理由だが、実は君の兄から手紙を預かっている」
    「なっ!?」
    ―お兄ちゃん!?
    「以前会った時に預かったのだが、あの者は少々そそっかしいな。
    サラの正体を知らなかったから今まで渡しにいけなかったのだ。
    その名前だけでも分かっていたら何とかなったのだが」
    そういって、軽く笑いながらシルヴィスはアーカイバから
    1つの手紙を取り出す。
    「君の兄はアイゼンブルグに行くと言っていた。
    そんなわけだからユナはアイゼンブルグを調べてくれ」
    手紙を受け取り、強く抱きしめる。
    「分かった。じゃあ!!」
    今まで追いつづけてきた兄の手がかりを見つけ、いてもたってもいられず、
    ユナはすぐさま出て行ってしまう。
    「慌しいな。
    それで、バルムンク。
    あの少女をどう見る?」
    と、今まで全くと言っていいほど喋らなかった男を呼ぶ。
    男はどこか不機嫌そうに返事する。
    「あの魔力を見ればそう判断するのが妥当だろう。
    俺にはあれが誰かは知らん。
    第一、俺よりお前の方が『継承者』には詳しいだろう?」
    「まあ、そうだね。
    では私は彼女たちをあの場所に連れて行き、
    確認しよう」
    「彼女たち?」
    と、バルムンクが疑問を返す。
    いや、それが誰を指しているかはわかる。
    だが、分からないのは何故その姉も共に連れて行くかである。
    「彼女の精霊。
    あれは君以外には扱えぬものだ。
    君なのだろう?アレを宿したのは。
    それならば、もはや彼女も関係者だ」
    「何の話?
    いえ、それよりエルに精霊を宿したのやっぱりあんただったの!?」
    ミコトがバルムンクに詰め寄る。
    胸倉をつかみ、逃がさぬように強く、強く掴む。
    「・・・そうだ。あの戦いのあと、俺は重傷を負っていた少女に見つけ
    助けるために精霊を宿した」
    淡々と事実を語る。その言葉に嘘はない。
    その言葉に掴んでいた服を離す。
    「・・・精霊は取リ出せるの?」
    「取る事はできるがそうすれば彼女は死ぬだろう。
    あの時、既に魂の核に当たる部分にまで傷が届いていた。
    それを精霊で埋めて生かされているのだが取り出せば死しかない」
    「そっか。
    ゴメン、あんたも辛いんだね。
    ・・・・知り合いだったの?」
    と、バルムンクが自嘲気味に笑う。
    ―そんなことは忘れた。
    そういっているようだった。
    「あの少女にこれを渡してくれ。
    少しぐらいなら精霊を抑えられる」
    そういって無色透明な宝石を投げて渡す。
    「精霊石という石だ。
    本来は精霊を僅かな時間だが宿し、使役させられる代物だが
    これを持っておけば憑依させても意識ぐらいは保てるだろう。
    俺は教会を調べる。
    あの男がいったい何者か、その正体を調べる」
    ―俺と同じ顔、いや俺の過去の姿をしたあの男を。

    「・・・いっちゃった」
    バルムンクの出て行ったドアを見ながら呟く。
    「協団はいいの?」
    「秘蔵していたM・Cを奪われたのだろう?
    これは協団には大損だ。
    手を貸すことはもう無いだろう」
    「そっか、ならいい。
    ・・・アルテ、エルたちを頼むわよ」
    「シルヴィス」
    「?」
    振り返り、シルヴィスの顔を見る。
    「もう、その名は必要ない。
    私はシルヴィス・エアハートだ」
    今まで見たことがないくらい誇らしく、笑う。
    その笑みにつられ、ミコトも同じように笑う。
    「そう。私はミコト、ミヤセ・ミコトよ。
    今後ともよろしく」




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