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■109 / 2階層)  「Β 静かな日々」A
□投稿者/ 犬 -(2005/01/01(Sat) 23:58:44)




    ◇――Leonard Schulzの章――◇


    「レン。久しぶりだ」

    俺が教室に入ってすぐ、ハスキーな声と共に、小柄な少女が声をかけてきた。
    彼女の名前は桟。東の言葉で架け橋、ここの言葉では太陽を意味する。
    ショートのサラサラした黒髪で、そのしっとりとした綺麗な色は、琥珀色の瞳と相まって黒猫を連想させる。
    サンは顔立ちは整っていて可愛い方なのだろうが、少々目つきが悪く眼光が鋭い。性格も感情表現がストレートで野生的だ。
    サンとは俺が入学して間も無く知り合った。今年で8年来の付き合いだ。

    「ああ、久しぶり」

    俺は軽く会釈して、窓際最後尾の自分の席につく。
    カバンを置いて、少しの間、窓から見える昨年より一段と高くなった高所恐怖症殺しの絶景を眺めた後、サンの方へ視線を移した。
    サンは俺の隣の席についていて、”尻尾の毛繕い”をしていた。

    サンは獣人だ。
    獣人というのは、外見的にも生態的にも人間とさして変わらないが、個体ごとバラバラに動物の一部分が生えてる種族だ。
    例えば、毛に覆われた耳が付いてたり、尻尾が生えてたりと様々。サンの場合は白いふさふさの尻尾だ。
    そういうへんてこなのが獣人だ。
    へんてことか言うとサンに噛みつかれかねないので口には出さないが、実際おかしな種族だ。
    実際、進化の道程とかそういうものをまるっきり無視しているし、語りだすとキリがないくらい不明な点が多い。

    獣人達は、ウンザンブル教とは違う世界精霊信仰をもっている。
    自分達は穢れてるとか言う後ろ向きなウンザンブル教に対して、日々世界に感謝を捧げる前向きな信仰だ。
    ちなみに獣人達は、世界精霊への感謝の念を忘れるからと、あまり魔科学を好まない傾向がある。と言っても、心の持ち様の話なので場合によりけりではあるが。
    獣人達はその信仰ゆえに精霊が住まうとされる場所に集落を築き、基本的にあまりそこから出ることはない。
    と言っても排他的なわけではない。警戒心は強いがむしろ誰にでも好意的だ。あまり必要性を感じないから出ないのだ。
    そんな中で、10年前に史上初めて人間の学院に、それもビフロスト連邦最高学府である中央魔法学院に入学してきたのが、サンだった。
    10年前といえば俺はアイリーンの所で死にかけてたからよくは知らないが、当時かなり大騒ぎになったらしい。
    そして今もって人間社会に深く、それも人間と獣人公認の下に関与しているのはサンだけだ。


    「これで8年だ」

    サンは尻尾の先の毛をくるくる回しながら言った。
    だが8年の意味を掴みかねている俺を察して、サンは補足する。

    「クラス。ずっと一緒だ」

    「あぁ、そういえばそうだな。今年で8連続か」

    「すごい確率だ。えっと…………」

    サンは何か計算するように考え始める。
    多分、確率計算だろう。

    「7クラス編成で8連続だから7の8乗分の1、5764801分の1だ」

    「ソレだ。すごいな」

    助け舟を出してやると、サンは感心したようにうんうん、と頷いた。
    確かに、ここまで来ると腐れ縁かもしれない。
    きっと来年も同じクラスなんだろうな。

    「確かにすごいな。実際、8年目でもまだ知らない顔がいるのに」

    クラスの顔ぶれを見回す。
    本鈴前だからか、みんな席に着いていた。
    後ろ姿、それも数名髪形や髪の色が変わっているのもいるが、ほとんど見知っている。だが、若干名、顔も覚えてないのがいる。
    何人か、後ろを振り向いて手を振ってきたので、こちらも手を振り返す。
    視線をサンの方に戻すと、サンは文句を言いたそうな顔をしていて、その表情通りに文句を言った。

    「違う。すごいのはそうじゃない、レンだ」

    「………俺?」

    よく分からない。
    どうして俺がすごいんだろう。
    さっき確率がすごいって言わなかったか、サンは。

    「………もういい。忘れろ」

    サンは諦めたようにそっぽを向いた。
    よく分からなかったが、忘れていいならそんな大した内容じゃないんだろう。
    忘れることにする。

    「でも、まだ8年なんだな。もうだいぶ長いこと一緒にいる気がするのに」

    「それは当然だ。半生を毎日のように会ってたんだから」

    「そういえば、そうなるのか。思えば長い付き合いだな」

    「まったくだ」

    サンは尻尾を振りながら顔をほころばせる。
    その折、時計塔の鐘の音が9時を知らせた。
    同時に、まるで見計らったようにドアが開いた。

    「みなさん、お早うございます」

    セミロングの黒髪にメガネをかけた眼光の鋭い女性教員は、つかつかと教壇に上り、そう言った。
    社会学担当のエリザベス・ウォーカー教授だ。元エインフェリア王国宮廷師団の賢者らしい。
    ちなみに賢者というのは外交官のことだ。かなりやり手だったらしいが教育に目覚めたとかで若くして引退したらしい。
    その後、賢者時代はビフロスト担当だったからか、王国ではなくビフロストにやって来て、教鞭を振るっている。

    「さて、新学年早々ですので、今週はまず前年度までの復習をします――――教科書39ページを開いてください」





    「ビフロスト連邦は、107年前の帝国の一斉侵略に際し、各小国が結束したのが始まりで―――――

    帝国を退け続けてきた各小国の技術力が連邦成立に当たって結集されたことによって、ビフロスト連邦は歴史は浅いが世界最高峰の技術力を有する――――
    地理的要因から農業や漁業も盛んであり――――
    ヘイムダル州全体の人口は約100万人余り。かなりの大都市と言えますね。ビフロスト全体では―――

    ビフロストは教育に力を注いでいます。それは、2つの大時計塔の片方が国家議事塔であり、もう片方がこの学院であることから容易に想像がつくでしょう。
    中等部までは義務教育であり、貧しい者も富める者も、等しく全員が無料で教育を受けることになります。
    さらに中でもこの学院を含めて、ヘイムダル内では5つの進学校があり、これらは地域別にある学校とは違って入学試験を設けてあります。
    高い能力を持つ者に更なる能力を、ということですね。ビフロストは資本主義ですから。
    貴方達も何かしらの能力ないし平均にして高水準の能力を持っているからこそ――――



    ビフロスト連邦成立の功労人、旧ヘイムダル国首相ヴィンセント・クーガーの――――


    獣人のその進化の歴史は不明であり――――
    獣人にはそれぞれ個体ごとにベースとなる動物が存在し、個体ごとに全く別の習性を持つ場合もあるのですが、獣人族という一つの単位で纏まっており、仲間内で諍いを起こすことはほとんどないとされ、彼らの間ではベースとなる動物間における食物連鎖は該当せず――――
    肉体強化や治療に関しては人間の数歩先を行っており――――
    また、高いエーテル制御能力を持つ者は、自身の姿形の変形を―――ー
    生殖に関しても未だよく分かっていません。異なる動物をベースとする獣人同士の間の子が、さらに全く別の動物がベースであったケースも確認――――
    獣人は人間より本能に忠実でありつつも、基本的には穏やかであり、人間や魔族といった他種族にも好意的と言われています。
    獣人は獣人の尊厳や誇りを蹂躪されない限りは人間より寛容とも――――
    しかしながら一度攻撃本能を剥き出しにすれば、人間のいかなる兵より優秀であると言われています。
    また、彼らは本能に忠実であまり物事を深く考えないとされており単純者で楽観主義者と誤解されている節がありますが、彼らは本来思慮深く冷静な現実主義者であり、その知能は人間と並び立ちます。
    また、身体能力にも優れ、数が同じならば獣人はこと戦では負けることはないと――――あら?」


    授業終了の鐘が鳴る。

    「終わりのようですね。では、今日はこれで。
    毎回言っていますが、教科書の内容や私の言うことを覚えることは大変良いことです。
    ですが、必ずしも正しいとは思わないでください。大切なのは、自分自身で考えて判断することです」

    そう言ってウォーカー教授は教室を出て行った。
    最後の言葉はウォーカー教授の口癖だ。
    その意味は、特に今回は分かりやすい。





    休憩時間。

    旧学年の終了式から1ヶ月、みんな久方ぶりに友人に会って思い思いの会話を楽しんでいる中、俺は一人窓の外を眺めていた。
    ハッキリ言って俺は友人が少ない。
    会話する相手がいないわけじゃないが、さりとて友人と言えるほど気の許せる相手となると指折り程度だ。
    その数少ない友達の一人がサンなのだが、サンは俺のマントに包って丸くなって寝てる。午前中はいつもこんな感じだ。

    「レナード久しぶり〜!」

    で、数少ない友達のもう一人。

    「あぁ、久しぶりだな。ミヤセ」

    ミヤセ・ミコト。学院内でも指折りの武闘派の女生徒で成績優秀な優等生だ。
    長い茶髪の愛嬌のある美人で学内でも人気がある。らしい。俺にはよく分からない話だ。
    華奢な容姿とは裏腹に徒手空拳による武術の達人でやたら強い。対人戦闘においては学院内でもトップクラスだ。

    ミヤセはサンと同じく8年来の友人だが、俺はミヤセと初めて会ったのがいつなのか、全く覚えていない。
    気づいたら知り合いになっていた。多分、気づくまで俺はミヤセのことを全く認識していなかったのだろう。
    ちなみに、そのことを話した後の数分間の記憶は、側頭部の激痛と共に飛んでいる。

    「なによ。まったく、相変わらず素っ気ないわね」

    「俺としては精一杯の愛想を振りまいたんだが」

    言われてミヤセは、きょとんとした顔をする。

    「え………精一杯の愛想?」

    「ああ。やはりイントネーションが乏しかったか?」

    ミヤセは、ううん、と首を振って俺の顔を見つめ、嬉しそうに笑った。

    「そっかそっか。レナードがわたしに精一杯の愛想か。あはは、そっかー」

    ミヤセは嬉しそうな顔をしたまま、不在のやつの席のイスを引っ張ってきて座る。
    そして、こっちを向く。まだ嬉しそうな顔をしている。
    よく分からないな。

    「なんだ、そんなに嬉しいものなのか?」

    「え? うん、嬉しいよ。レナードっていっつも素っ気無いから、わたしのこと見てないんじゃないかって思ってた」

    「失礼だな、ちゃんと見てるぞ。素っ気無いのは仕様だ」

    「そう? わたしとしては、せめて人並みに愛想が好いレナードをすんごい見てみたいんだけどな〜♪」

    「………無理という前提で訊くが、それは例えば、どんな感じだ?」

    ミヤセは、うーんそうね、とつぶやいて数瞬思案して、ごほんと咳払いをし、大層な身振り付きで言った。

    「久しぶりだねミコト! 元気だったかい? また会えて嬉しいよって無理無理あははははーー!!」

    ミヤセはバンバンと机を叩いてお腹を抱えて笑い出した。
    かなり失礼だが、自分でも無理だと思うから怒れない。
    むしろ、久々にミヤセの明るい笑顔を見て、どこか安堵している自分がいる。
    自然に、硬いだろう自分の表情が綻んでいく。

    「ははっ、明らかに性格も口調も違うな。誰だそれ?」

    「あはは……え、えーっとね………くくっ」

    ミヤセは浮かんだ涙を指でぬぐいながら、時折堪え切れないように吹き出しながら言った。
    どうやら本当にモデルがいたらしい。

    「3ヶ月前の始業式の時だったかなー? 3組の男子に呼び出されて告られた時の、出会い頭のセリフ」

    「ああ、そういえば告白された件は聞いたな。それにしても大層な演技だ。彼は役者志望なのか?」

    「さぁ? 即フって後は知らないから。元々演習で顔合わすのが多かっただけの顔見知り程度だったしね。
    でも、こっちは名前もよく覚えてなかったのに、いきなりそーゆー態度で来られたから驚いちゃった」

    「なにか彼の側で、知り合い以上と思うようになった出来事があったんだろう。
    俺もたまにそういう感じの態度で来られる時がある」

    「あはは………ま、レナードはねー。変に鋭くて変に鈍いから」

    ミヤセは苦笑する。
    どういう意味だろうか。
    言葉の意味を素直に捉えるなら、俺は鋭くも鈍くてムラがあるらしい。
    よく分からない。

    「あ。ところでさ、レナードってさ」

    ミヤセは机の上に置いた腕に顎を乗せ、俺を見上げるように言った。

    「春休み中、どっか行ってた?」

    「ああ、3週間ほど出かけていた。何か用事があったのか?」

    ミヤセは首を振る。

    「ううん、別に。電話しても出なかったから、どうしたのかなって」

    「いや、電話したんなら何か用があったんだろう。大丈夫だったのか?」

    ミヤセは頬をかきながら苦笑する。

    「大丈夫よ。うん、ほんと、別に用はなかったから。ヒマだったから電話してみただけ」

    「そうか。それなら良かった」

    そう言うと、ミヤセは何だか嬉しそうににこにこしだした。
    そんなに嬉しい事なのだろうか。
    よく分からないな。









    ミヤセと他愛ない話をしながらも、時間は流れていく。
    10分という短い休憩時間は終わり、次の授業が始まる。








    2限目。魔法学。担当はジャレッド・マーカス教授。
    元連邦騎士軍の軍曹で、拳を握るだけで筋肉が大きく盛り上がるほど鍛え込まれた巨躯に軍服、角刈りという、知的さなど微塵もないような出で立ちの根っからの軍系魔法学教員だ。
    だが、これで魔法構成式の複雑な理論を緻密に語るのだから、人は見かけによらない。

    「ブレイズ・ファイアの名で知られる焔の担い手ジョセフ・アレイヤが遺した「焔の書」3章2番の構成式、その効用と平均所要エーテル、ならびに魔力組成の具体的な流れのモデル。これは昨年教えた―――

    百雷事件の首謀者イアン・グェンが逃走時に用いた魔法の構成式はだな、――――

    闇魔法に分類される魔法の効果とそれに対する有効な防衛策を――――

    獣人特有の身体操作メカニズムを遺伝子レベルで―――


    魔法というのはあくまで技術だ。
    しかしながら、個人の精神状態次第で揺らぐ可能性のある、危険な代物だ。
    安全性などない。安定性などない。安心など出来ん。
    お前らの横にいるヤツが、いつ暴走してお前らを殺傷するかも分からん。
    喉元に剣の切っ先など生温い、常に銃口をこちらに向けていて、しかも撃鉄を起こしてトリガーに指を掛けている状態だ。
    つもりが無くとも暴発するやも知れん。そういうものが魔法だ。

    言っておくが、これは誇張ではない。
    現に俺の軍時代、戦場にビビって敵に向けるべき魔法を御し切れずに味方に撃って、小隊を全滅させちまった奴がいた。
    しかしそれは戦場だろうと高を括るかも知れんが、ヒトの精神など容易く揺れる。
    たとえば―――お前らの歳なら、好きなヤツもいるだろう。
    そいつの前で、巧く魔法を使えたか?
    進学、転入試験の時にも巧く使えたか?
    実地訓練で敵と相対する最中においても、普段と同じように使えたのか?
    ………少なからず影響はあったろう。中には暴走したヤツもいるやも知れん。
    憤怒、恐怖、愉悦、悲嘆、昂揚、良いも悪いもそれらの感情でヒトは揺れる。
    揺れてる内は魔法など使わん方がいいが、だがその揺れる心で使わねばならん時もある。
    だが、覚えておけ。大事なのは、揺れないことではない。
    ヒトが揺れるのは仕方の無いことだ。故にヒトが人であるのだから、故にヒトを人たらしめているのだから、揺れるのは当然なのだ。
    大事なのは、揺れる中で、どう自分を制するかだ。
    友が死んだら悲しめ。だが自棄にはなるな。
    憤れば怒っても構わん。だが自分を見失うな。
    魔法は忠実にヒトの精神を反映する。
    どんな状態であれ、決して自分が自分で無いようにはなるな。
    自身を自信を持って強く保ち続けられるだけの度量を持て――――」



    終業の鐘が鳴る。


    「今日は終わりだ。来週からは新しく実践的なことを学ぶから、今週中に復習しておけ。後で泣いても面倒は見んぞ」









    休憩時間。
    サンは丸くなってすやすやと昼寝している。
    ミヤセは他の女子と話しこんでる。
    俺はぼーっとしてる。

    と、思ったら来客1名。

    「おい、レナード・シュルツ」

    人をフルネームで呼ぶそいつはグレゴリー・アイザックス。
    ブロンドのオールバックで、学級委員長。まぁこのクラスの仕切り屋だ。
    俺やサン、ミヤセと違い高等部からこの学院に入ってきたらしく、確か俺達より2つ年上だ。
    つまり2回、入学試験に落ちたってことだ。この学院はレベルが高いからそういうヤツは割と多い。それに、学院の学生だったヤツも進学試験に落ちて浪人することだってある。
    で、アイザックスはなぜか俺に目をつけていて、やれ成績がどうの、やれ人気がどうの、やれ人徳魔法エーテル運動能力何だのかんだの、何かにつけて文句を言ってくる。
    どうやら俺が気に入らないらしいが、よく分からない。
    俺より優秀な奴ならいくらでもいるだろうに。

    「お前な―――で――――だからって―――だが―――だから――――覚えとけよ、分かったな!?」

    適当に聞き流して相槌打ってたら、ひどく癇癪を起こして帰って行った。
    1人で盛り上がって1人で怒ったようだ。
    相変わらず器用な人だな。










    3限目は言語学。担当はリタ・ヘイワース教授。美人で優しくノリが良いと評判。らしい。
    俺はそういう世事に疎いからよく分からない。

    「―――つまり、統一王時代以前は言語が統一されていなかったの。統一王が世界制覇を成し遂げ、数々の偉業を行っていく内に―――

    今では、今私が喋っている言語が共通語よ。でも、たいていの分野でいくつかの言語が残っているわ。魔科学には特に―――

    この統一王時代の文学作品の原文には、我と書いてオレと読め雑種、と書いてあってこれは統一王が言った言葉―――

    栄華を極めた統一王時代の終幕を引いたのは、統一王が永眠された後の混乱と言われているのだけれど、その中で一番面白いのが大災厄と英雄のお話ね。
    今より発達していたとされる統一王文明の多くを失わせたとされるその大災厄の詳細は分かっていないのだけれど、多くの文献でそのことが記されている。
    大災厄に立ち向かった英雄は獣王――歴代最強の獣人に与えられる諢名ね。でも強過ぎて魔獣とも呼ばれていたようだけど――その獣王の称号を持つ獣人と、
    魔王とも魔神とも呼ばれた強大な力を持ったヴァンパイアと共に戦ったそうよ。
    でもおかしなことにどの文献でも、英雄は大災厄と戦った、と記されるばかりで大災厄の正体は明記されていないの。
    けど、その3人がどれだけ超越的であったとしても、ヒトが敵対可能なスケールは知れているから、一番有力なのが異界の存在であったという説ね。

    あと―――大体半々の割合で、英雄の名が混同されているの。アナスタシアスとアナスタシア。
    当時は今と違って男尊女卑の時代だったのだから、女傑を英雄としたのだろう、というのがアナスタシア派。
    その頃は男尊女卑の時代の終焉と重なるから、女権興隆のために男性を聖女として祀り上げた、というのがアナスタシアス派。
    今さら新事実も出てくるわけないし、ずーっと決着つかずに平衡線状態よ。
    あ、ちなみにセンセーは女性派だから。
    だって文献の挿絵に出てくる剣ってものすっごくデカイんだもん。誇張あるとは思うけどバスタードソードどころじゃないのよ?
    目測でも長さは全長2メートルはあるし、幅は30センチは下らないわ。普通の鋼なら柄が耐えられないくらいの重さね。
    それでね、その剣を振り回す女のコはきっとすっごく線が細いの。マーカス先生みたいに筋骨隆々じゃないの。どうせ強化しちゃえば一緒だしね、センセーだって手刀で木ぶった斬れちゃえるし。
    でね、素敵と思わない?
    そんなゴツイ剣を担った英雄が線の細い女のコだなんて。センセー憧れちゃうな〜。
    最近のコは扱いやすい短剣とかしか使わないから、面白くないのよねー。他の国はまだ剣使ってるのに。
    媒介技術の発達による近代戦闘術への移行とは言うけれど、どうなのかしらねー。ロマンがないわよね、ロマンが―――」


    終業の鐘。

    「あら、脱線し過ぎちゃった。ま、いいか。今日はここまで。
    ちゃんと復習するのよ? 赤点取っちゃったら容赦しないんだから」

    剣の英雄に憧れる、素手で樹木をぶった斬るリタ・ヘイワース教授は教室を出て行った。
    言うまでもなく、そんな簡単に樹木を素手で斬れる人は普通いない。









    休憩時間。
    サンは寝てる。
    ミヤセは他の女子と。
    アイザックスはどっか行ってる。
    俺は景色を眺めている。

    今回は来客はなかった。
    でも俺に話しかけようとしてたような女子がいた気がする。
    でも、外見ながら考え事していたものだから、誰だか分からなかった。
    まぁいいか。









    4限目は魔科学。担当はマシュー・バンデラス教授。愛称マッド・マット。魔科学に生涯を捧げた老翁だ。

    「そうじゃの。まずは、そこの小童。………あー、名前なんじゃったかな? 出席簿は………アイザックスか。お前ちょっと前に出て好きなパターンの文様を描いてみい。それでそれをどんな構成式内にどう刻み込むことでどんな効果が得られどんな魔力流動制御が可能となるか、ついでにどの素材でどの程度の許容量および魔力回収率および維持率が見込めるか。書いてみ」

    アイザックスが渋面しながら、前に出て行く。
    バンデラス教授は人の名前を覚えない。顔も覚えない。でも、ボケてるわけじゃない。
    70を優に超えてもその記憶力は大したもので、特に魔科学に関することなら毎朝の新聞の記事を全て覚えているほどだ。
    だから、単純に人の顔も名前も覚えようとしないだけ。
    気に入った人間なら、50年前に会ったっきりでも絶対に忘れないらしいんだが。

    「魔科学というのはな、簡潔に言えば魔力貯蔵庫たる媒介を開発し、エーテル無しに魔力を制御する技術じゃ。
    魔法の行使において魔力の有無は大前提。どれほど優れた魔法能力者だろうと、魔力なくしては赤子同然。逆に魔力さえあれば水中であっても火は燃ゆる。
    その魔力を何時でも何処でも何度でも使える様にする為のものこそが、媒介。
    その媒介を突き詰めてゆき、最終的にはエーテルという行使者の能力に依存せぬ領域まで持ってゆくのが魔科学の真髄じゃ。

    前も言ったが、この時計塔にもふんだんに使われておるぞ。どの方角の教室でも日中なら常に明るいのが、一番身近かの。
    これは時計塔中で採光した光をいったん集約し、各教室に繋いだラインで送り、照らしているわけじゃ。


    ―――ビフロストの発展は魔科学の発展無くしては無い。
    儂らの文明は魔法の発達無くしては発展しえんと言うが、ビフロストにおいてその魔法の発展を支えたのが魔科学じゃ。
    そう、魔科学の媒介技術の発達によって、魔法を好く使えるようになったからこそじゃな。
    何時でも何処でも何度でも。
    かつて帝国の侵攻に脅え続けた小国の集まりが、僅か100年にしてここまで成長出来たのは他国の追随を許さぬ魔科学技術あってこそじゃ。
    機会があれば他国を訪れて見るが良い。ド田舎のロックウェル州が魔科学においては都会に見えるぞ。
    ビフロストの魔科学技術力を改めて思い知ることになるじゃろうな。
    お主らも、エーテル制御技術にそこそこを自負する程度の能力があるならば、魔科学者を目指すが良い。
    エーテル制御は資質より努力の占める割合の方が多く、訓練次第で才能の差などどうにでもなる。
    例えば―――火に愛されしもの、Kay Fosterの名は知っておろう? アレは儂の教え子じゃ。
    アレは最初は目も当てられん程の愚図じゃった。媒介の製造どころか魔力を媒介に貯蔵させる事さえ満足に出来ず、よく零しては事故っておった。
    今思い返しても、奴には才能などどう取り繕ってもなかったの。よくもまぁ魔科学などやろうと思ったものじゃ。
    だが、奴は努力に研鑽を重ねに重ね、今やケイ・フォスターは世界的にその名を轟かせる魔科学者となった。
    まさに、努力の結果という生きる例じゃな。
    ああ、ちなみに魔科学者に脳みそは特に要らんぞ。
    開発者や設計者になるならともかく、工匠などになるなら脳みそなぞ小等部レベルで十分じゃ。
    否、むしろ小等部の脳みそが好ましいかの。要るのは奇想天外の発想と創意工夫じゃからな。
    実際、ケイ・フォスターも馬鹿で阿呆じゃった。他教科の先生に掛け合って、何度も赤点を助けてやったわ。ふははは!」



    授業は進む。
    魔科学も含め、今週は復習ばかりで新たに習うことは少ない。
    実験や実地訓練のようなものもない。
    基本の反復は大事ではあるが、今さら感が否めないのでヒマと言えばヒマだ。





    終業の鐘が鳴る。

    「今日は終わりじゃ。では、よい一日を。………やれやれ、この歳で四半日立ち続けるのはさすがにしんどいのぅ――――っと、レナード・シュルツ」

    バンデラス教授が呼ぶ。
    何だろうか。

    「シュルツ、来年になって予備生になったら儂の科へ来い」

    む………またその話か。

    「考えておきます。それより、お身体をお大事に」

    「ふはは! そうじゃの、確かに儂が生きておらんと無駄じゃの!」

    バンデラス教授は豪快に笑いながら出て行った。
    多分、あと10年は生きるだろう。

    よく分からないが、俺は何年も前からバンデラス教授に目を付けられていている。
    どうにも、老い先短いもんだからその知を全て譲りたいらしいんだが、なぜかそのターゲットとして俺が惚れ込まれている。
    そんなわけで、昔っから毎週1度は研究室に呼び出されて魔科学と魔法とは何たるかを講義されている。
    しかも、そうやって教えるのが嬉しいのか講義はヒート・アップしていく一方だ。
    さらに最近は、研究室に配属される12年生、研究予備生が近づいたこともあって、頻繁に魔科学研究室入りを勧められている。


    「レン」

    くい、と俺の袖を引っ張る誰か。
    振り向くと、サンが立っていた。

    「昼休憩だ。ごはん」

    尻尾がふりふりと振れている。

    「そうだな、昼食にするか」

    弁当を出そうとすると、さらに強くぶんぶんと振れるサンの尻尾。
    いつも凛々しく澄ました顔してるのに、台無しな気がする。
    まぁ、可愛いと言えば可愛いのかもしれないが。
    ついでに、弁当を渡すと途端に嬉しそうな顔をするのも。




    そんなこんなで、だらだらと流れていく日常。
    穏やかで変わり映えがないけれど、それでも毎日が違う毎日で、充実した日々。
    8年前から何も変わらない日常。





    ――――だが、それも何時までも続くとは限らない。




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