Release 0シルフェニアRiverside Hole

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■196 / 2階層)  「Γ 廻る国の夜A」
□投稿者/ 犬 -(2005/04/26(Tue) 00:00:45)
    2005/04/26(Tue) 00:02:41 編集(投稿者)



     おかしな言い方だけど、激しい沈黙がその場を支配していた。

    「…………………」

    「…………………」

     痴漢を巻き込んで転んだわたしは慌てて顔を上げたんだけど、その視線の先には意外にも金髪と翠の瞳の男の子の顔があった。でも男のクセに線は細くて、レナードやルスランとはまた違った方向性の、ともすれば女の子に見られかねない美形の顔立ち。わたしが抱き付いている状態で、しかも胸に手を置かれているせいか彼の顔は赤く、それなのにきゅっと結んだ口元と眉は逆に可愛らしさをアピールしているとしか思えない。
     わたしのクラスメイトで委員長、グレゴリー・アイザックスだ。

    「…………………」

    「…………………」

     色々な想いが脳内を駆け巡っているが故に激しく、しかし言い出し難いので沈黙が場を支配していた。

    (痴漢ってコイツだったの。ふーん、真面目な奴ほど堕ちやすいって言うけどホントだったんだ。あ、でもそうだとすると、ううん、そうだとしなくてもこの押し倒した感じで抱き付いてる状態ってヤバイなぁ。胸に手を置いたりしてて、かなり危ない。誘ってるって勘違いされたらどうしよう。つーかむしろ逆セクハラが適用されかねない気がするし。そう言えばいつもオールバックだから気づかなかったけど、髪下ろしてると可愛いなぁコイツ)

     そんな脈絡無いことを考えていると、彼が何か言い出そうとして、でも何か恥ずかしいのか口をつぐんで目を逸らしてしまった。

    (うっわ〜っ! かっわいい〜〜ッ♪)

     サンやデルとはまた異なるけど、これはこれで直撃な可愛らしさだ。17にもなってヒゲもニキビもないアンタ本当に男か的な美肌にちょっと頬ずりしたくなる。
     でも仲が良いわけでもないのにそれをするとセクハラ確定なので抑えといて、とりあえず何か喋らなきゃと思ってわたしは口を開いた。

    「ん〜? な〜に照れてるのよ〜?」

     気づけばわたしは、こんな台詞を吐いてしまっていた。さらに彼の頬をつんつん指先で突ついてて、しかも顔はにやけてしまっている。……どうしてこう、わたしというやつは思考と行動が一致しないようでいて、一致し過ぎるのだろうか。

    「て、照れてない! 誰が照れるかばかっ!」

     ここでレナードみたく冷静に、あるいはルスランみたく巧妙に返してくれればよかったものを、彼はお決まりなまでに可愛らしい返答をくれた。可愛すぎてバカという罵倒が、全然罵倒になっていない。

    「なによー? 顔真っ赤にして言っても説得力ないよ〜?」

     なにか引き返せなくなってしまい、わたしは衝き動かされるままに身体を這わして顔を近づけた。どうやらそれが効果てきめんだったらしく、身体同士が擦れたり顔や胸元が近づいたりによって、彼はさらに目を逸らしてしまい身体を硬直させてしまった。これは下手に動いてセクハラ扱いされたくないのか、それともこれ以上身体が触れるのが恥ずかしいのか。見たところ女の子慣れしてないというより女の子自体が苦手らしい彼なら、おそらく後者だろう。
     正直、不動レナードと巧妙ルスランに慣れたわたしにとってはこの容姿とこの性格にこの反応は可愛過ぎてどーしよーもない。胸元に1度も視線が泳いでないところもポイントだ。珍しいことに17になっても純情一直線、胸より顔近づけられる方が気になるらしい。

    (でも。さて、どうしようかな)

     このままいじり倒すのも楽しそうだけど、人気がないとはいえこんな道の真ん前でこの状況はよろしくない。というか、時間稼ぎもそろそろ限界だろう。どう切り出せばいいものか。
     そんなことを考えていると、予想外の出来事が助けてくれた。

    「きゃぁぁぁぁーーーー!!」

     耳に届いたのは、かなり近くから響いた甲高い女性の悲鳴。感謝するべきではないけれど、現状最も優先して為すべきことが変動したことを理解したわたしと彼の視線は一瞬だけ交差、ほぼ同時に反射的に跳ね起き、声の方へと走り出した。








     10秒と掛からず辿り着いた裏道で、妙齢の女性がへたり込んでいた。怯えた表情で、わたし達が駆け寄るのを見つけるとある方向を指差した。その方向を注視すると、屋根の上を疾走する黒い影が見えた。

    「俺が追う! お前はその人に異常ないか診ていろ!」

    「え? ちょ、ちょっと待ってよ!」

     彼は影を見据えたまま、わたしを見ずにそう言い捨てて一足飛びで屋根まで跳び上がった。それだけでかなりの強化能力を身に付けていると見て取れてわたしは驚いたけど、その一瞬の躊躇の間に彼はその姿をわたしの視界から消してしまった。
     わたしは追おうかとも考えたけど、頼まれた以上役割はこなさなければならないので追跡は彼に任せ、わたしは彼女に声をかけようとした。だが彼女はその前に首を振った。

    「だ、だいじょうぶです。わ、私は血を吸うのを見ただけで、私にはなにも………」

     背筋に冷たいものが走る。

    「血を吸っていたんですか!?」

     彼女は恐る恐るうなずいた。彼が追っていったのは、おそらくそれが理由だろう。多分血を吸われた人が見えていたのだ。

    「すみません! 声が出なくってっ……私は大丈夫ですから、さっきの子を!」

     わたしはうなずき、一応病院で検査を受けておく旨を早口で伝え、彼を追った。









     蓬莱よりかは少し明るい夜空の下、わたしは屋根の上を疾走していた。屋根が途切れれば道路を飛び越えて渡り、なかば飛ぶように進んでいく。既にヒールは脱ぎ捨てていて裸足、ロングスカートは膝上まで捲り上がり、旗のように後ろに靡いている。
     ――なんとも面倒な事態、相手は魔族だ。しかも、ヴァンパイアの可能性が高い。
     ヴァンパイは魂や精神、知覚といった不可知のモノにまで働きかけられる魔族特有の魔法体系、闇魔法に最も通じた魔族の一だ。彼らは吸血することで有名だけど、彼らにとって血液は一応人間のタバコや酒と同じ嗜好品の部類らしいので、生きるのに必ずしも必須のモノというわけじゃない。だからビフロストでは吸血行動は法的に禁止されているし、生血パックだって販売されているけど。

    (たまーにいるのよね、直に血を啜りたいってバカが――――!)

     生体吸血はヴァンパイアが犯す唯一と言っても良い犯罪行為だ。それもそのはず、ヴァンパイアにとって睡眠欲や食欲、性欲といった三大欲求より吸血衝動の方が圧倒的に強いらしい。さらに、食物連鎖の桎梏か、彼らにとっては人間の血液こそが最高級の美酒らしい。さらに悪いことに、酒と違って新鮮であればあるほど、つまり生体吸血の方がその味は美味であるらしい。
     だから彼らは吸血衝動が呻くまま、生体吸血を望む。でも、やはり生きるのに必要なわけじゃない。値は張るが生血パックだって市販されている。衝動が抑えられずに吸血行為、つまるところ傷害ないし殺人行為を犯せば罰せられて然りとヴァンパイアどころか魔族全体が公認している。

    (でも、手を出しちゃダメ―――!)

     魔族、特にヴァンパイアは桁外れに強い。身体能力も然ることながら、何より闇魔法を使う。人間の脆い精神に直接攻撃する闇魔法は、人間からすれば反則技以外の何物でもなく、また絶対数で圧倒的に劣りながら人間に滅せられる事無く永らえてきた理由だ。闇魔法に対抗するにはそれなりの準備が要る。

    (見えた!)

     遠く視線の先に、屋根の上を飛び交っている2つの影が見えた。けれど何かおかしい。片方の、おそらく彼に追われている影は逃げ遂するつもりがないのか、まるで鬼ごっこをしているかのように一定の範囲から出ずに逃げ回っている。
     けれど、ふと、追われる影はやや高い屋根の上で立ち止まった。彼も足を止める。わたしはその間に追いつき、彼の横に付く。

    「あの女の人は?」

     彼は影を見据えたままわたしに尋ねてきた。

    「無事だったよ、一応病院には行ってもらったけど」

    「分かった」

     彼の相槌を受けながら、わたしも影を注視する。見据える影は、まるで本当の影のような夜の闇に溶け込むような黒いコートを纏っていた。唯一肌が露出している顔さえも、ほとんど黒いヴェールに覆われていて口元だけが覗いている。さらにその覗く口元もわずかだけで、分かるのは白い肌、それに見合った薄いピンク色のふっくらとした唇、そして金色の髪だけだ。

    (………女の人)

     性別は間違いない、女性だ。年齢はよく分からないけど、かなり若い気がする。

    (それに、多分………とてつもなく美人)

     目も眉も、顔の輪郭さえも定かじゃないのに、ふとわたしはそう思った。
     世界で最も美しい顔というのは全世界の人間の顔を平均化したものと言われてるけど、彼女に感じるのは、それとはまた違う感じだ。なんというか、外見の美しさだけじゃない、彼女という存在そのものが持つ何かが―――。
     そこまで考えて、わたしは脳をシェイクするように頭を振った。相手は精神を扱える魔族なのだ、幻惑の闇魔法に引っ掛かりかけた可能性があった。わたしは雑念を捨て、ただ相手を見据えて取るべき対応を取った。

    「ねぇ。ここは退かない?」

     わたしは彼に小声で言った。そして、どうやら彼はその言葉だけで理解してくれたらしい。わたしには経緯は分からないが吸血相手を攫っている様子はないし、これ以上の深追いは危険なだけとの判断に至ったのだろう。彼は少しの沈黙の後、小さくうなずいた。
     けど、その会話による僅かな集中力の分散が失敗だったらしい。静止していた影はそれを見逃さず動いた。でも不意を突かれるほどの油断をするわたし達ではなく、即座に身を構える。
     けれど、不意を突かれていた。影がわたし達から2メートルほど離れたところに降りたと思ったら、気づけばわたし達は半球状のガラスのようなものに閉じ込められていた。

    (しまった、捕縛結界―――!)

     そう思った頃には、影は元来た道の方に向けて駈け出した。待て、の声をかけることすら出来ず、影は結界に阻められて動けないわたし達を置いて、夜の闇に消えていった。

    「………くそ」

     わたしが成す術なく見送っていると、彼は小声で悪態ついて、座りこんだ。

    「ちょ、ちょっと。なにしてるのよ?」

     わたしがそう尋ねると、彼は落ち着き払った様子でわたしを見上げた。

    「この手の結界は破れない。足掻いてもどうしようもない」

    「それは、そうだけど………」

     人間が使う魔法にも結界魔法はあるけど、闇魔法のそれとは方向性が異なる。簡潔に言うと、人間の結界は物理障壁であるのに対し、闇魔法の結界は精神障壁なのだ。そして人間の結界は物理的な力を加えれば破壊可能だけど、魔族の結界は破れない。なぜなら”ここに壁があって、この壁は絶対に破れない”という事実を頭に刷り込ませるからだ。これは自分自身がそう思い込んでるわけだから、そもそも結界を破ろうなんて思考自体が湧かないという厄介なものなのだ。

    「でも、大声とか出したりさ。助けを呼べば」

     ただ、この結界は声が通り姿が見え、外からの介入に弱い。音を遮断するのもあるらしいけど、叫ぼうと思える時点でこの結界では大丈夫なはずだ。破ることは出来ないけど、誰かが来れば出られるだろう。

    「物理的に防音ぐらいするだろ。普通」

     彼はぼやくように言った。確かに、精神結界の上に物理結界を施さないわけがない。魔族は人間が使う魔法も使えるし、防音だけならそう難しくはない。さすがに視覚までは難しいから遮断してないようだけど、見えても屋根の上なんて誰も気づかない。
     わたしは他にも幾つかの案を考えたが、すぐに結論に至った。

    「………つまり、お手上げ?」

     彼は誤魔化さずハッキリとうなずいた。









     どうしようもない事が分かってから、どれほど時間が経ったろうか。実質には10分も経ってないんだろうけど、体感的にはその10倍ほどに感じられた。と言うのも、わたしは屋根の上に座っているわけなんだけど、そのすぐそばで彼が座っているからだ。それも、結界がそう広くない上にやはり春先の夜、じっとしてると寒いのでそれこそ肩を寄せてという表現を使えるくらい、すぐそばに。

    「…………………」

    「…………………」

     よくよく考えれば、痴漢騒動から押し倒してそれっきりなのだ。気まずいったらない。それに今は魔族に捕縛されている状態だし、何を話せばいいものか、とっても困る。

    「………あ、あのさ」

     それでも、ひたすら縮こまって春風に吹かれているのは精神的に疲れるから、わたしは意を決して口を開いた。

    「キミって、痴漢?」

     話題の振り方には、ちょっとわたし的にも一杯一杯だったので見逃して欲しいと思う。

    「誰が痴漢だ」

     わたしは何言われるか内心不安だったけど、彼は目線だけをこっちにくれて、意外にもいつもの調子で返事をくれた。わたしはすこし安心して、言葉を続ける。

    「だってさ、キミってほら、わたしをつけてたでしょ?」

    「つけてない。俺はただ、痴漢が出る通りにそんな格好で入ろうとしたクラスメイトを呼び止めようと思っただけだ」
     なら声をかければいいのに、と思ったけど女の子が苦手な様子の彼は気恥ずかしかったのだろう。不器用なヤツだ。可愛い。

    「なによー、そんなカッコって。こんなの普通じゃない」

    「痴漢にとって普通かどうかって話だ」

    「いや、そうだけどさ………ま、いいや。心配してくれたんだし」

     こう言えば彼の性格からして”心配なんてしてない”と言うかと思ったけど、彼は口をつぐんだ。どうしたのかなと思って顔を見ていると、彼は顔を赤くして言った。

    「その………ごめん」

    「え? なによ、唐突に?」

    「いや、ほら………なんていうか、全般的に、ごめん」

    「ちょ、ちょっと。なんで謝るの?」

     わたしはそう言いながら、今日一連のことを思い出す。そして彼が何に対して謝っているのか考える。でも、分からない。特に彼が謝るべきポイントが見つからない。むしろ、わたしが謝らなきゃいけない事が沢山ある。そもそも唐突過ぎる。どうして今、謝るんだろうか。

    「だって、俺がその、痴漢に間違われるようなことしたせいで………あーなって」

     ハキハキと物を言う彼には珍しく、彼は言葉を濁した。どうやら考えるに、押し倒したあたりの話な気がする。でも、それこそ彼の親切心を勘違いしたわたしが突然裏拳と正拳の連撃をかました挙句に足絡ませ、わたしから押し倒したんであって、彼に責められる非はあっても謝られるようなことは全くない。

    「それで結局、今この状態だ」

     彼はわたしの足をちらりと見て言った。どうやら裸足で走ってきたのも気にしているらしい。

    「だから、ごめん」

     彼は座ったまま、深く頭を下げた。思い詰めた表情を見るに、とりあえずで取り繕うようなつもりではなく、本気で申し訳なく思っているらしい。

    「…………はぁ」

     わたしは深くため息をついた。彼はそれを嘆息と思ったらしく、ますます表情が思い詰めたものになっていく。
     ――たまにいるんだ、こういう女の子に気を遣い過ぎるヤツ。女の子をちょっと触れるだけで傷ついて壊れてしまうように思っていて、何気ないことでもひどく不安になってしまう。マジメで誠実で、優しすぎるヤツが陥る症状。
     これは、ともすれば女の子をナメてる上に加害妄想過剰とも言えるけど、コイツの場合はどうなんだろう。演習とかでも女の子相手に手を抜くような素振りは見せなかったし、今までこんなことを気にするヤツだなんて思った事もなかった。むしろ、本気で女の子を殴れるタイプだと思っていたのに。

    (んー? もしかして、こいつ意外と………)

     色々と考えていると、わたしはあることに思い当たった。そして彼の顔を眺めながらわずかに腰を浮かせ、元々すぐ近くだった距離をさらに詰め、肩が密着するほど彼の真横まで移動する。そしてそのまま座り、わたしは彼の頭をぐいっと引っ張ってわたしの肩に押し付けた。

    「な、なに?」

     そういえばこいつ動揺すると語調が変わるんだなーと思いつつ、わたしは彼の戸惑いを無視し、彼の頭を撫でる。男の子は頭を撫でられるのを嫌がるというのはホントらしく――こういう場合、身体を預けるのは普通女の子の方だから気恥ずかしいのもあると思うけど――彼は抵抗しようとする素振りを見せたが、やっぱりというかなんというか、力を込めれば簡単に振り解けるはずなのに、彼は弱々しい力でしか抵抗しなかった。それこそ、うちの門下生の子達にも劣るような、気持ち程度の力だった。

    「あ、あの………これ、どういう………?」

     彼は体重を預けまいとしていたのでかかる重みはほとんどなく、異様に軽かった。わたしと背丈がほとんど同じな上に、線が細すぎるせいもあるのかもしれない。

    「まぁ、いいからいいから」

    「………いや、良くは、ないん、だけど……」

     言葉を選んでいるのか、彼は変に片言だった。さらにその表情はひどく不安そうで、いつものきゅっと結ばれた目元や口元は見る影もなく垂れ下がっていて、それがどことなくサンに似ている。尻尾があれば多分、へたりと垂れているだろう。
     わたしはサンにするのと同じように首をくすぐってあげたい衝動に駆られたけど、さすがにそれは自尊心を傷つける気がしたので――サンは犬か猫っぽい気質が混じってるから喜ぶけど――止めておいた。

    「で、どう?」

     わたしは彼の髪を梳きながら話し始めた。思った以上に柔らかい髪質だったからすこし驚いた。

    「………どうって、何が………」

    「もたれ心地」

     彼は無言を返してきた。顔は見ないようしたけど、おそらく、今とても困っていることだろう。

    「もしかして、不快?」

    「い、いや。そんなことは………ない、けど」

     彼はまた断定せず、言葉を濁した。どうやら面白いくらいに困っているらしい。なかなか良い反応だ。いつもとの性格とのギャップがたまらなく可愛い。

    「じゃあ、いい気持ちする?」

    「ぁぁ……いや!えっ…と、あー、その、た、たぶん?」

     気を抜いて本音を出してしまったらしく、彼は慌ててもごもごと言葉を並べ立てる。露出した肩に彼の頬が触れているせいで熱がこもっているのがよく分かってしまい、顔がヤバイくらいにやけてしまう。

    「………あ、あの。ミヤセさん?」

     彼はおずおずと、上目遣いに尋ねてきた。彼はあまり親しくない相手には年下であっても姓の方で、さらにさんを付けで呼ぶ。蓬莱でならともかく、中央大陸では珍しいのでちょっとくすぐったい響きだ。

    「なぁに?」

    「え、っと。………コレはどういうことだ、で?」

     言葉を選んでいるのがホント、おかしい。慌てて修正するのもホント、かわいい。

    「べっつに?ちょっと寒いから」

    「暖をとるなら、魔法遣えば――」

    「人肌のが温かいでしょ?」

     離れる光明を見出し、けどすぐに打ち砕かれて表情がくるくる変わっていく。思ったより表情は多彩らしい。いつものきゅっと結んだ口元や目元を思い出すと、ヘンな独占感が芽生えてくる。

    「細かいこと気にしないの。どーせ結界が壊れるまで待つしかないんだしさ、ずっと魔法なんて使ってたらへばっちゃうよ?」

    「……それは」

    「そうでしょ?」

    「…………」

     有無を言わせないようにそう言うと、彼は観念したらしく小さく”うん”とつぶやいた。普段の彼から見ればあまりにもしおらしく、ちょっとどうにかなってしまいそうだった。

    「ま、まぁアレよ。幸い1人で待ちぼうけはせずに済んだんだしさ」

     わたしは内心彼をいじり倒したくなるのを必死に堪え、外面では彼に微笑んで言った。

    「なにかお話しない?よくよく考えれば、あんまりキミとお話したことなかったしさ。時間も沢山あるし、いい機会よね?」

     彼はすこし、何かを迷うような素振りも見せたけれど、意外にも素直にうなずいた。






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