Release 0シルフェニアRiverside Hole

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■110 / 3階層)  「Β 静かな日々」B
□投稿者/ 犬 -(2005/01/02(Sun) 00:12:56)


    ◇――Leonard Schulzの章――◇



    昼の休憩時間。
    ミヤセとサン、俺は教室にいた。教室にいるのは3人だけだ。
    学院は基本的に寮生なので学食派が大多数を占める。そんな中、俺達は数少ない弁当派だ。
    と言っても、自宅通いを許されてる俺が弁当派で、ミヤセとサンの分の弁当も作ってきてるだけだが。
    確か8年前、ほっとくと栄養の偏るサンと金欠のミヤセに弁当を裾分けしたのが始まりだっただろうか。
    今にして思えば少し浅慮だった気もするが、どうせ1人分も3人分も大して変わらないし、特に金に困ってるわけでもないので以来作り続けている。
    ちなみにサンはとっくに食べ終わっていて、俺のマントに包まって丸くなって寝てる。

    「ところでさ、明後日はどうなると思う?」

    ミヤセは弁当の具をつまみながら言った。
    一気食いのサンと違って、ミヤセは食事のスピードはゆっくりだ。
    まだ半分程度しか手を付けていない。

    「実地訓練のことか? 去年と同じ模擬実戦形式じゃないのか」

    「それだけ?」

    「それだけと言われてもな。訓練の概要は掲示されてるだろ」

    「だーかーらー、君は本当にそれだけだと思ってるの、って訊いてるの」

    意図が伝わらないからか、ミヤセは不満そうにむくれる。

    明後日の午後は、週に1回の実地訓練だ。
    5人以内でチームを組んで、課題クリアを目指す。
    当然、5人以内なので1人でもいいのだが、高等部は模擬的とはいえ実戦を伴う。
    と言うのも、今回は実地場所に置かれたフラッグの回収が目的なのだが、今回に限らず訓練ではクリアの証拠の奪取が許可されている。
    そしてその奪取は、実力行使を許可されている。
    つまり、模擬実戦とは生徒同士での戦いということだ。

    実力行使と言っても一応、エーテルの枷を嵌めることで魔法の抑制と防御の向上を図ったりナイフを木製のものにするなど殺傷性を抑えているとはいえ、その試験の性質上、かなり熾烈だ。
    しかも、評価されるポイントはクリアまでの時間とフラッグの数なのだが、早さよりフラッグの数の方がポイントが高い。
    そうなると自然に奪い合いが加速するので、1人より多人数で組んだ方が効率が良いのだ。

    加えて、課題達成内容は試験開始直前に変わることがある。
    ミヤセが危惧しているのはそういうことだろう。
    変更されれば戦術を180°変えなくてはならない可能性だって出てくる。
    1人で組むと非効率的なのは、この理由もある。


    「いや、二次的に何らかの試験は出してくるだろうな。誰かが参加するか、魔物の討伐か」

    魔物というのは突然変異した動物のことだ。
    魔物は得てしてほぼ無制限に成長し、巨大化、変態する。
    人里襲うこともあるので、そうなる前に発生を確認し討伐するのが常識だ。

    「でも最近魔物の発生を聞いた覚えはないし――――誰かって、誰?」

    「普通に考えれば教員だな。場合によっては連邦騎士軍――――というか、思案しても仕方がないだろ。変に予想すると、予想外の事態に対応出来なくなるぞ」

    「んー。それは分かってるんだけど、ね………」

    ミヤセはどうにも曖昧な感じで、何かが引っ掛かるような感じを見せる。
    おそらく、胸騒ぎがするのだろう。

    「分かった。なにか気になるんだろ、俺の方も警戒しておく」

    「うん。ありがと」

    それで納得したのか、ミヤセはにこっと笑う。

    「それにしても――――」

    ミヤセは、サンの方に目線を向ける。

    「――――相変わらず、よく寝るね」

    ミヤセは気持ち良さそうに寝息を立てているサンを見て、呆れ気味にため息をつく。

    「サンは午前中はダメだからな。―――何してる?」

    「え? ちょっと」

    ミヤセはサンの腰周りをまじまじと見つめ、そしてサンのお腹をぺたぺたと触る。
    んっ、とくすぐったそうにサンは身をよじる。

    「………むむ」

    ミヤセはうなりながら、自分のお腹をふにふにと触る。
    そしてため息をついて、こんな食っちゃ寝なのになんで全然太らないの、と恨めしそうにつぶやいた。

    「若いからじゃないのか」

    そう言うと、ミヤセに思いっきり頭を叩かれた。







    ◇――Sanの章――◇



    眠い。
    すごい眠い。
    ひたすら眠い。

    私は低血圧、ってわけじゃない。
    朝は起きた瞬間から目パッチリだし陽が昇る前にだって起きれる。
    それに講義中だってきちんと起きている。寝てて後でノートを写させてもらったことなんて一度もない。
    でも。
    どうしても、ダメだ。休み時間になると1分と起きていられない。
    鐘が鳴った瞬間に、睡魔がこう、100匹くらい押し寄せてくる。多勢に無勢だ。
    大体、レンのマントがダメなんだ。
    温かすぎる。レンの匂いがするし、ほかほかふわふわしてて私を一瞬で眠らせてしまう。
    絶対、闇魔法か何かかけてて睡魔が襲うようにしてるんだ。100匹くらい。
    絶対そうだ。

    それに、ご飯が美味しすぎるのもいけない。
    獣人はそんなに時間を掛けて調理するなんてことはあまりない。
    祭事の時ならともかく、普段は獲物を狩ってきても焼いて食べる、菜を摘んできて煮て食べる、それでおしまい。
    母さまみたく焼く前から下拵えと味付けするなんて、しない。
    うん、でも母さまのご飯は大好きだ。お腹空いてて早く食べたい時は困るけど、その分すごく美味しい。
    レンのも大好きだ。母さまと同じで私の好みに合わせてくれるし、毎回冷えてしまっているのを悔やむくらい美味しい。
    やっぱり母さまと一緒で、野菜いっぱい入れるのは、ちょっとヤだけど。

    レンにお弁当作ってきてもらえるようになったのは僥倖だったと思う。
    学院の食堂は、なんていうか変に脂っこくて美味しくない。調味料とかで味を誤魔化してる感じ。味が活きてない。
    温かいんだけど冷えてて、値段は高めだし、不味くはないんだけど美味しくない。
    でもレンのは冷えてるけど温かくて、安くて、というかお金要らないって言われたから払ってなくて、とても美味しい。
    そーゆー違い。
    けどあんまり美味しいから、お腹も気分もいっぱいになって気持ち良くなってまた眠くなる。
    これは良くない傾向。
    食べた分動かないと贅肉が付く。身体重くなって動きづらくなる。
    今は増えてないけど、その内増えるかもしれない。夜に消費してるけど、でもやっぱり陽の当たる内も動いた方がいい。
    そういえば贅肉で思い出したけど、ミコトは邪魔にならないのかな、あの胸。
    重そうだし腕振り回しにくそうだし、メリットが浮かばない。
    私も最近少し大きくなってきた。ちょっと邪魔。このままミコトみたいになるのはヤだな。


    でも、その方が女の子らしいんだと思う。ミコトは特に男子に人気あるみたいだし。
    ミコトは、女の子らしさなんて全然全くこれっぽっちも見当たらない私に比べれば、男子から見れば輝いて見えるんだと思う。
    私はおしゃべりなんて苦手だし、服とかも興味ないし、花とか人形とかぬいぐるみとか、それ自体には何の興味も引かれない。
    なんていうか、愛着が持てないのだ。貰い物なら嬉しいし愛着湧くけど、他の物はどうにも難しい。
    私はそんなのより、あちこち駆け回ってる方が好きだ。
    綺麗な服を着るより、山の頂から綺麗な景色を眺めたい。花を愛でるなら、自分で摘みに行く。人形やぬいぐるみより、動物と泥だらけになってじゃれ合ってる方が好き。
    たとえ、完全完璧完膚なきまでに女の子らしくないとしても。

    でも、引け目があるわけじゃない。
    それは、確かに羨ましいとか良いなぁって思うことはあるけれど。
    私は私。ミコトはミコト。
    ミコトがどんなに女の子らしくて、どれだけ可愛くったっていい。
    私がどれほど女の子らしくなくても、醜くても構わない。
    女の子じゃなくったって、私は私なんだから。








    「うー………」

    学食派のクラスメイトが戻ってきたのか、少し騒がしくなってきた。
    午前中はともかく、午後になるとさすがに頭が覚醒してくるから耳が音を拾ってしまう。
    仕方ないので起きる。

    「………う?」

    クラスを見渡してみる。
    気のせいか、なんだか慌しい。
    みんな私服に着替えてるし、ちょっとピリピリした感じだ。
    ………あー。そっか。今日は演習があったんだっけ。
    ダメだな、頭がぼーっとしてる。私も用意しなくちゃいけないんだった。

    「サン、起きたのか?」

    レンの声がした。横を向くと、レンが着替えてた。

    「………うん、起きた。おふぁよ」

    うー。
    あくびが出た。やっぱりまだ眠いみたい。ちょっと目をこする。
    こすった目でレンを見る。

    相変わらず、鋼みたいな身体。
    ムキムキって感じじゃないんだけれど、引き締まってて逞しくて、鍛え込まれた鎧みたい。
    レンと比較したら、クラスの男なんて女に見えるくらい。
    というか、最近の男は強化に頼るばっかりで地は貧弱だ。
    確かに実際に肉体を鍛錬するよりかは、強化を鍛錬した方が効率的だけれど。
    元々の肉体あってこその強化なんだから、肉体も鍛錬しないとダメだ。
    素人が名剣を使っても、それは鈍剣と変わりないのと一緒。
    そんなヤツは強化してない私でも一撃で仕留められる。

    「おはよう。そろそろ起こそうかと思ってた。準備した方がいいぞ」

    レンは微笑して、演習用の服装への着替えを続ける。

    レンに聞いたけど、演習というのは、他の学校でいう体育みたいなものらしい。
    週2回、午後を丸々使って、魔法学のジャレッド・マーカス先生の下、色々と遊ぶ。
    私はこの演習は好きだ。午前中座りっぱなしで身体が固まってるのをほぐせるし、色々と楽しい。
    他の人は、鬼軍曹に生の限界に挑まされるとか、いつか死人が出るとか、そんなこと言ってるけどよく分からない。
    すごく楽しいのに。この前の素手で獅子捕獲なんて、本当に。

    とりあえず、私も着替えなくちゃなんないのでカバンから服を取り出す。
    演習の時だけは、堅苦しくて分厚くて重い制服を脱げるから余計に好き。
    私はベストとブラウス、スカートを着てる。これが一番楽だから。この学院はいっぱいあるバリエーションの中から選べるから好きだ。
    ちなみにミコトとかはさらに上着着てて、中にはジャンパースカート着てる人もいる。でも私はそれは嫌い。
    ほんとはベストも脱ぎたいんだけど、透けるからダメ、ってミコトに怒られた。そんなのどーでもいいのに。
    でも他のよりかはマシだから、仕方なくベストを着てる。でもそうすると、よくミコトに、寒くないの、って聞かれる。
    私はあんまり寒いとか思ったことはない。特にビフロストは私の故郷と違って暖かいから、年中薄着で十分だ。
    だいたい、ミコトのが脂肪分多いんだから寒くないはずなのに。それ言ったら怒られるけど。

    私はレンの後ろに回って、ベストを脱ぐ。
    普通はミコトに更衣室に連れてかれるけど、今はいないからここで着替える。
    更衣室なんて面倒だ。隠すとこ隠せたらそれでいいのに、ミコトの感覚はよく分からない。
    下着なんて水着と同じだと思う。ミコトの普段着とだってどう違うんだろう。
    私が女の子らしくないから分からないんだろうか。

    「………んっと」

    ブラウスを脱ぐ。後は白と紺のタンクトップを二枚重ねで着てるだけ。上はコレで良し。やっと楽になった。
    そういえば、私はブラウスの下がすぐ下着ってわけじゃないんだから、透けても構わないと思うんだけど。今度ミコトに聞こう。
    次はスカートを脱い………だらダメだったんだっけ。
    ミコトがスカート脱ぐ時は、先に着替えのスカート着てから脱ぐの、って言ってた。
    パンツ見えたらダメらしい。そんなこと言われても演習中は普通に見えてると思うけど。まぁいいか。
    ついでに、もうほとんど教室には誰もいないんだから見えたって良いと思う。でも、まぁやってみよう。

    「…………うー」

    ミコトの言われた通り、先にスカート穿いてから脱ぐ、をやってみる。
    正直、すっごく面倒。着替えのも一緒にずり落ちてしまう。
    ぱぱっと脱いでぱぱっと着たらいいのに。ミコトはどーも面倒なことばかりしてる。
    うー、じゃあ普通の女の子は面倒に思わないってことのかな。やっぱり私には分からない。

    「後は………」

    膝辺りまでの丈の紺のスカートに穿き替えた後、私は武器を取る。
    少し前にレンに貰ったKシリーズのイヤリング型の媒介1つ。これお気に入り。着けるのが勿体無いくらい。
    実際、学校で使うのは初めて。ちょっと心臓が高鳴ってる。絶対壊さないようにしないと。
    後はナイフ2つ。携帯用の組み立て式の槍1本。終わり。

    「レン、終わった?」

    私は自分の準備が出来たので、レンがいる後ろを振り返る。

    「ああ、もう終わる」

    レンは武器の装着をしていた。
    胸元にナイフ。腰に自動式とリボルバーの魔法拳銃2つ。
    魔法銃というのは、よく知らないけど魔科学のバンデラス教授の作品らしい。
    曲がった柄の先から金属の筒みたいなのが垂直に伸びてて、柄と筒の間に変な形の金属がある。
    で。
    使い捨て型の媒介を火薬で高速射出して、その発射時に文様が削れることで魔力を解放、擬似的な魔法効果を生む、とか何とか。
    今まで魔法で弾丸を撃ち出すのはあったけど、エーテル消費と制御能力の兼ね合いから考えて非効率的だったのを自動式にすることで解消した、とか何とか。
    これならエーテル消費と制御能力は不要で、指向性がある分殺傷性も高く引き鉄を引くだけで即時発動が可能、媒介の種類と数を揃えれば応用性も広まる、とか何とか。
    しかもこの銃の集弾率や射程は400年は先を行く性能、とか何とか。
    でも、造ったばっかりで実績がないので、テスターとしてレンに使ってもらうらしい。
    あと、造るのに頑張り過ぎて、もう1個同じの造るの出来るか怪しいってバンデラス教授言ってた。
    弾丸の補充はまだ利くけど、壊れたらもう多分ムリらしい。そのくらい精巧に造ってあるってことなんだと思う。

    今の説明、私がんばって覚えた。言ってることはよく分からないけど。

    「どうかしたのか?」

    レンがこっち見て言った。

    「ううん。なんだか面白い格好だから見てるだけ」

    「はは………確かにそうだな」

    レンは苦笑しながら、準備を進めていく。
    鉄板入りの安全靴。変な繊維で造られてる、変わった柄の服。
    指が覆われてない手袋。腰にカバンみたいなのと銃2つ。胸元にナイフ1つ。
    腰のカバンには銃用の媒介とか薬とか色々入ってる。
    これ全部バンデラス先生の試作品シリーズ。

    「それにしても、変なのばっかりだ。大丈夫なのか?」

    私がそう言うと、レンは微笑して頷く。

    「大丈夫だ。バンデラス教授はああ見えて世紀の天才だ。
    あの人は数多くの理論や作品を発表したが、皆追いかけるばかりで誰もあの人に追いつけていない。
    今もって50年前に発表した理論の真偽を議論しているくらいだからな」

    「ふーん。知らなかった、そんなに凄い人だったんだ」

    「ああ。でも、あの人だけじゃない、この学院の教授はみんな凄い。すねに傷持ってる人達ばかりだそうだが。
    バンデラス教授が酔った時に零していた。本来この学院の教授達は祖国の英雄だ、と」

    「じゃあ、みんな嫌々教えてるのか?」

    「サンにはそういう風に見えるのか?」

    「ううん。みんな楽しそう」

    レンは笑って、そうだな、って言って媒介を1つ取った。
    レンのも高級品のKシリーズで、ペンダント型だ。実は私のとデザインお揃い。
    私にくれた時に、レンもお揃いのを買ったのだ。でも、嬉しいけどちょっと恥ずかしい。
    ………ふふっ。私、なんだか女の子みたいだ。

    レンはペンダントを着けて、短剣を2つ腰に付ける。
    1つは短剣にしては長めで肉厚の片刃で、鉈みたいな感じだけどよく斬れる。ミコトが小太刀に近いって言ってた。
    刀っていうのは片刃の曲剣で、綺麗なのに硬くて折れにくくてよく斬れて、剣とは違って押したり引いたりして斬る剣らしい。
    私は刀を見たことないから知らないけど、確かにレンのはきらきらした飾りはないけど、刃がとても綺麗。
    もう1つは投擲用の投げナイフ。刺突用に特化している両刃の短剣で、これは普通だと思う。
    その2つの刃の柄には紐がついてて、エーテルで伸縮自在になるらしい。これもバンデラス教授の作品。
    ちなみにこの紐のこと、ミコトは刀緒って言ってた。

    この媒介と刃2つがレンの通常装備。最初に着てたのは全部バンデラス教授の作品のテスト用。

    「レン。重くないのか、それ」

    特にバンデラス教授のテスト用装備が重そうだ。
    軽装の私から見れば、動きづらそうにしか思えない。

    「確かに重いな。でも、思ったよりこの服は動きやすい。この服自体が動きたい方向に動いてくれてる感じがする」

    レンは腕を曲げ伸ばししたり、軽く屈伸運動をする。
    うん、確かに重そうな装備の割に動きが良い。
    軽装ばかりが良いってわけじゃないんだ。勉強になった。

    「でも、前から思ってたけど、なんでレンに頼むのかな?」

    「さぁ。だが、教授は俺が適任だと言っている」

    「どうして適任?」

    「それは自明、だそうだ。俺には分からないが。サンは分かるか?」

    「うーん。分かるような分からないような」

    レンが適任ってところに納得はするんだけど、根拠というか理由を挙げろって言われると無理そう。
    とにかく、レンを選ぶのは正解だと直感が告げてるけど。

    「なら仕方ないか。………さて、と」

    レンはこっちに手を差し出す。
    私は、さっきまで私が包ってたレン愛用のマントを取って手渡す。

    「ありがとう。そろそろ行こうか」

    レンはマントを翻して羽織る。
    ――――懐かしい背中だ。
    どうしてだろうか、春休み中に1度会って、それから1ヶ月も経っていないのに、なぜか懐かしい。
    どうしてなのかな。たった1ヶ月だったのに。
    ああ、そうか。
    1ヶ月もあったんだ。

    「サン? どうした?」

    レンが背中を向けたまま、私へと振り返る。
    ………うん、ちょっとくらい、良いと思う。

    「っ―――サン?」

    私はレンの背中に飛びついて、レンの首に腕を回して掴まる。
    不意を突かれてレンが1歩たたらを踏むけど、すぐに安定する。
    女の私と違って鋼みたいに硬い背中、肩。
    温かい体温。レンの匂い。
    レンはお日様みたいな匂いがする。
    ぽかぽかする感じのいい匂い。
    うん。
    やっぱり、マントなんかよりこっちの方が断然いい。

    「レン………」

    私は最後に強くぎゅっと抱き付いて頬ずりする。
    レンは硬い身体なのに顔は綺麗に整っててすべすべしてて、頬の触れ心地がすごく気持ちいい。

    「どうしたんだ、いきなり………?」

    そうやっていると、レンが小さく苦笑して、私の頭を撫でてくれた。
    これも好き。レンの手は大きくて、でも細くて綺麗で、あたたかくて優しい。

    「うん………少し、甘えたい……今は誰もいないから、もうちょっと………」

    私が少しだけ抱きつく腕の力を強めると、レンは無言で目を閉じて、うなずいてくれた。
    私はレンの硬くてあたたかい背中に身を寄せる。





    私は女の子らしさなんて欠片もない。
    家庭的に、上品になんて、私にはとてもムリ。
    私は見た目でしか女であることを示せない女の子。
    でも。
    ミコトやアデルみたいな可愛い女の子から遠く遠く離れてる私も。
    こういう時だけはやっぱり、女の子なのかもしれないって思う。





    「………ありがと、レン」

    私はもうちょっと甘えていたかったけど、レンから離れる。
    そろそろ時間だ。
    名残惜しいけど、もう行かないと遅刻する。

    「何を今さら」

    レンは小さく笑って、私の頭をくしゃくしゃと撫でる。

    「うー。なんだ今さらって。それじゃ私がいつも甘えてるみたいだ」

    私がそう言うと、レンはまた小さく笑って、今度は優しく撫でてくれて、私の頬に手を添える。
    ………うあ、これはダメだ。なんかダメだ。すごくダメだ。なんだか顔が熱い。

    「あ………う、た、たまになんだから。甘えてるのは、だってその、だからえーと。その………」

    「俺もサンに甘えてるからお互いさまだよ」

    「え? そ………そう、なの?」

    「そうだ。俺は俺なりにサンに甘えてるよ。だから、いつもでもいいさ」

    レンは私の頬に沿えた手で、私の耳辺りの髪を掬い上げる。
    そしてその手の指先で、イヤリングに触れる。
    そして、自分のペンダントを指先でトントンと叩く。
    私の胸がドンドンと高鳴る。

    「そろそろ行こうか」

    レンは笑って言って背を向ける。
    そして、少しだけ身をひねって、私に向かって手をさしのべる。

    「………うん、行こう」

    レンは私の手を取り、私はレンの手を取り、一緒に歩き出した。
    ………私、なんだか変だ。
    おかしい。まるで女の子みたいだ。
    うー。どうしてなのかな。
    どうしてなのかなぁ。








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