Release 0シルフェニアRiverside Hole

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■95 / 1階層)  「Α 今は昔のお話」
□投稿者/ 犬 -(2004/12/10(Fri) 23:25:17)




    気付けば、深緑の森の中だった。

    鳥の鳴き声。水のせせらぎ。
    葉が風に揺れて静かに音を奏でている。
    樹齢何百年だろうかというほど大きな高い樹が伸びていて、仰向けに寝ているせいか、重なり合う葉の隙間から光が射し込んできてまぶしい。

    ―――ボクが子どもだからだろう。
    どうしてここにいるのか、なんてことより森の心地良さに心安らいでいた。
    空気が澄んでて優しい。
    涼しげな湿気が身体を癒す。
    やわらかな陽射しが温かい。
    このまま寝てしまいたくなるような気持ちを振り払って、頭だけのそりと起こす。

    「―――――――」

    辺り一面は、やっぱり見上げるばかりの樹々が立っていて、苔や草が生えた地面はやっぱり緑だ。
    遠く遠く、平地の森の地平線の向こうまで、樹と草と苔で本当に緑ばかり。
    木洩れ日に照らされた樹々の回廊は、まるで幻のよう。

    「――――まさか、このような場に立ち会えるとは」

    リンと響く鈴の音。凛と響く鈴のような声。
    声がした、後ろの方へ目線を向ける。
    そこには、真っ黒なマントに身を包んだ、金髪の少女が立っていた。
    いや、マントというよりかはただの大きな黒いボロ布切れを纏っているだけのようで、耳に小さな鈴の付いたイヤリングを着けてる他に着衣もなく、裸足だった。
    そのくせ、真っ白な肌をしていて、降り注ぐ木洩れ日で白むほどだった。
    その少女は、恭しく、そして同時にふてぶてしく言った。

    「初めまして、同じ境涯の者。我が名はアイリーン・ミーミル。魔族の一にして、最も魔に通ずるヴァンパイアだ」

    少女はえへん、と小さく胸を張る。

    「―――――――」

    少女はおそらく、驚愕とか、畏怖とかを期待していたのだろう。
    けれどこっちにすれば、魔族とかヴァンパイアとかいう単語より、まるで初めてのおつかいに成功したかのような幼い誇らしげさと、その高邁な言い回しの差がひどくおかしかった。
    少女は予想外の反応に戸惑いを見せ、何かおかしなことを言ったか思案し始めた。
    でも、結局よく分からなかったらしい。不安そうな面持ちでおずおずと尋ねた。

    「――――ど、どうして笑うの………?」

    少女の言葉が正しければ、どうやらボクは笑っているらしい。それも、かなりひどく。
    けど、仕方がないと思う。
    なにせ、さっきまでの幼い誇らしさと打って変わっておどおどし始めたんだから。
    しかも、今は頬を膨らませて拗ねているんだから余計なまでに拍車をかけている。

    「………そんなに笑わなくったっていいのに」

    少女は聞こえないように小声で、ふーんだ、と丸聞こえの声でつぶやいた。
    それも何だかひどくおかしくって、なんだか息も絶え絶えで、腹が痛かった。
    拗ねてた少女もあんまり笑われ続けたものだから、だんだん瞳が涙で滲んでいった。
    そんな少女を見ても、どうしてか笑いが止まらなくて、息も絶え絶えで苦しくって―――腹は破れてて血まみれで、身体中傷だらけで―――久しく笑ってなかったせいか、頬が引き攣って痛いくらいに笑った。
    そして、涙ぐむ少女を見ながら、次第に意識を失っていった。




    ◇ ◇ ◇ ◇



    それが、もう10年近く前になる昔のお話。
    半死半生だった自分を助け、しばらくの間、森の中で一緒に暮らしたヴァンパイアの少女との出会い。
    少女の名はアイリーン・ヴァン・ヘルツォーク・ミーミル。
    ヴァンはヴァンパイアに付けられる称号、ヘルツゥークは階級のようなものらしい。でも、アイリーンはそういう身分証明みたいな名前は嫌い、とよく言っていた。
    そんなわけで、ヴァンはあんまり、ヘルツォークなんて滅多に名乗らないらしい。
    アイリーンが自分以外の誰かに名乗った姿なんて、見たことはなかったけれど。


    どうして自分が血まみれでこの森の中にいたのか、それは分からなかった。
    記憶喪失、というわけではなかったけれど、記憶が混乱してて整合性も連続性もなかった。
    まるで朝目覚めて、うろ覚えの夢を思いだすよう。
    ただ、もう顔も覚えてない両親がいて、どこかも忘れたけど街でそれなりに幸せに暮らしてたと思う。
    でも、なにか天災のような大災害があったのだろう、何もかもが真っ赤に崩れ落ちた酷く悲惨な光景が脳裏に焼きついている。


    どうしてアイリーンが一人でこの森の中、自給自足で暮らしているのか、それも知らなかった。
    でも、怪我で満足に動けなかった自分にあれこれと世話を焼いてくれたし、ムリに何かを聞こうともしてこなかったから、こっちも特に詮索はしなかった。
    アイリーンは穏やかでおとなしい性格だったけれど、わずかばかり年上だったせいかお姉さん風をよく吹かしていた。
    それに、自分のアイデンティティーには誇りを持っていて、そこだけはよく強調していたのを覚えている。
    でも、元々人に自慢なんかをするような性格ではないから、反応が薄いと途端に不安がっていた。
    だから、確かに誇りにしてるだけあって、アイリーンに対して素直に驚くこともあったけれど。
    ムリして偉そうに言うくせにすぐに不安がる所がおかしくって、ほとんど無反応を突き通してはアイリーンを混乱させてからかっていた。
    まぁ、その後のご機嫌取りが大変だったけれど。
    それも含めて、楽しい毎日だった。





    そんな日々が終わったのは、出会いから2年後。アイリーンが突然、ビフロスト連邦の中央魔法学院に行くように言った時。
    それ自体にはさして文句はなかったけど、アイリーンだけ残り、自分一人だけ行くのは嫌だった。
    どうしてボクだけ。一緒に行かないのか。
    そう尋ねると、アイリーンは、わたしは行けないの、と首を振った。
    もちろん、それだけでは納得が行かなかった。
    でも、アイリーンは理由を言おうとしなかった。
    だから、なら行かない、とこっちも突っぱねた。

    お互いに、お互いを想って言ってるのは分かってた。
    だから無理強い出来ない。だから頑なになっても怒れない。
    そしてそのまま、口論にならない穏やかな言い合いが平行線状態で続き、夜になって、眠りについて。
    朝起きて。頭冷やしてよく考えて。もう一回二人ぼっちの家族会議をして。
    結局、言い負かされた。




    ◇ ◇ ◇ ◇




    「―――――ん」

    目が覚めて、身体を起こす。
    春先にしてはひんやりとした空気。鳥のさえずり。季節はずれの風鈴の音。
    ………どうやら夢を見ていたらしい。
    いや、夢ではないか。
    今のは記録めいた記憶。今は昔のお話。
    ずっと昔に出会ったヴァンパイアの少女との出会い。


    あれから8年。意図的に帰り道が分からないように連れ出されて、もうずっと森に帰れていない。
    地理的特徴や森の植生から考えて色々と探してはいるんだけれど、なかなか記憶と一致する場所がないのだ。
    その間、そして今もアイリーンはずっと独りで暮らしているんだろうかと思うと、今でも心配になる。
    あと、1/3くらいは本気で迷ってたから、ちゃんと帰れたのかも少し心配だ。

    「――――――」

    まどろむのも、そろそろやめにしよう。
    今日は夢見が良かったせいか、少し起きるのが遅れた。
    もう起きないと学院に遅刻してしまう。

    学院というのは、ビフロスト連邦最大にして最新の中央魔法学院のことだ。
    学院には初等部、中等部、高等部があり、1年生から12年生まである。
    今自分はそこに通っていて、昨日の始業式で11年生になった。
    そんなわけで今日が新年度の初授業、遅刻は不味い。

    立ち上がって背筋を伸ばす。
    固まった関節や筋肉をほぐしながら、部屋の外に出る。
    ―――と、その前に。
    タンスの上にある写真を手に取る。

    「おはよう、アイリーン」

    それは、アイリーンと一枚だけ撮った写真。
    本人は写真映り悪いとか言ってゴネてたが………うん、今客観的に見ても可愛い顔してる。
    今はもっと綺麗になっているんだろうか。

    「――――行ってくるよ」

    写真を置き、部屋を出て廊下を歩いていく。



    8年もの間、俺、レナード・シュルツはこの日課をずっと続けてきた。
    終えられるのは、いつの日だろうか。






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