Release 0シルフェニアRiverside Hole

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■188 / 1階層)  「Γ 廻る国の夜@」
□投稿者/ 犬 -(2005/04/20(Wed) 00:19:39)
    2005/04/20(Wed) 00:21:10 編集(投稿者)



    ◇――宮瀬 命――◇



     世界で一番変わっている国はどこか。そう尋ねられて最も多く答えられるのがビフロスト連邦だと思う。
     四大国家の一翼、魔科学の都、森と山の国、神を信じない国、他大陸への窓口。ビフロストを評する言葉は数多いけれど、その”変わっている”という言葉が指している意味はいつも決まっている。”あらゆる種族の人達が廻る国”だ。
     世界中見渡したって、全種族がその人権を認められている国はビフロスト以外にはない。一応は人間が規範になっているけど、ビフロストではどんな種族だろうと働くのも家に住むのも買い物するのも食事するのも全て自由。誰にも咎められないし奇異の眼で見られることもない。こんなの”人間に非ざるモノ全て異端なり”が常識になっている隣国のエインフェリア王国、いや、世界ほとんどの人達から見れば気が違っているとしか思えないだろう。けれど、このビフロストという国では、建前ではなく本気であらゆる種族が手を取り合って暮らしている。
     例えば、夕方のバーを覗いてみるとする。カウンターではイケメンのヴァンパイアが傍らの人間の女性に”毎日キミの血を飲ませてくれないか”なんて言って口説いている。女性はまんざらでもない様子で”見えるとこからは吸わないでね”と顔を赤くして微笑んでいる。異形の魔族のマスターはそれを眺めながら、静かにグラスを磨いている。その後ろでは人間の女性が二尾の白狼の魔物にご飯をあげている。テーブルでは仕事帰りらしい牛のような筋骨隆々の魔族が上司らしい人間の女性に怒られていて、妖精の若い男性が苦笑してなだめている。中央奥の小さな舞台には3人の人がいて、獣人の少年と少女がギターとピアノを見事な腕前で奏で、妖精の女性がまさしく人間のものとは思えない歌声を披露している。日が暮れるに従って客は増えていき、いつしか年若く人型に変化しきれず翼や尻尾が出たままの竜の青年が現れ、ワインボトルを何本か口に突っ込んでラッパ飲みし、周りの客から拍手を浴びて賑やかになっていく。
     果たして、この光景を世界の人達はどう思うだろうか。”バカなことだ”と思うかもしれない。でも、わたしはそうは思わない。
     ここは、理想郷ではないのだろうか。誰もが子どもの時に夢見て描いた、みんなが仲良く笑い合える場所。誰もが手を繋いで踊れるダンスホール。流れる音楽に合わせて情熱的なダンス、誰が誰にでも、愛を語らえる。
     確かに、問題はある。理想の為に犠牲にしてきたものはたくさんある。人間ではない人達の為に、同じ人間に刃を向けることもある。取り合う手は、触れれば本当に傷ついてしまうことだってある。自分と違うモノに生理的嫌悪感を抱き合うのはどうしようもなく、文化どころか生態さえも違う種族が共に生きるのには、果てが無いほどの問題がある。
     けれど、たった1家族が興したこの国は、夢物語を実現しようと駆け抜ける国民性を得た。遥か幾百年の昔、家族は森に暮らす獣人を夕食に招き、酒を飲み交わした。妖精と畑を耕し植物を植え、芽を付けるたびに、花が咲くたびに、実がなるたびに歓び踊った。迫害された魔族を受け入れ、共に神々と呼ばれるまでに成長した魔物と話し合い、追っ手が掛かれば協力して撃退し、侵略者が襲ってこれば協力して追い払い、三者お互いボロボロになった姿を見て腹を抱えて笑い合った。
     理想を求めてたった1家族、ただの森と山だけのこの土地を理想郷とするために生きた。噂を聞きつけて共存を望んだ者達が自発的に、あるいは誘われて集まりだし、いつしか理想は夢に、そして夢は限りなく現実に近いものとなり、そして約100年前。幾百年の年月を経てもなお家族の想いは絶えることなく受け継がれ、想いを同じくする者同士その胸に想いを抱き、”我らは理想を求め続ける国の民である”との宣言と共にビフロスト連邦はその旗を掲げた。
     
     
     


    ◇ ◇ ◇ ◇

     
     
      

     ビフロスト市街区の南東、純木製で建てられた家がわたしの実家だ。わりと広い敷地をぐるっと高い塀が囲んでいて、正面の大きな門には分厚い木の板に”宮瀬流蓬莱武術道場”と筆で書かれた看板が立てかけられている。
     蓬莱のあらゆる格闘技は、ある点で武道と武術の2つに大別される。武道は”道”を重んじ精神の修練を主な目的としたものであり、武術は実戦志向の”技術”で、人体破壊を主な目的としたものだ。
     うちの道場でやってるのは看板通り武術で、わたしのお父さんが立ち上げた新興流派だ。近年の魔科学の進歩に伴う戦術の変化に合わせてあり、その国情のせいで他国と全く戦術が異なるビフロストでもなかなか評価は高い。………と言ってみても、門下生として通っているのは小等部の子どもばかりだ。道場自体への人の往来は頻繁で活気はあるんだけど、小等部より上で道場に在籍してるのは娘のわたし1人だけだ。
     これは、ビフロストの異常なまでの教育体制のおかげで誰もが魔法の教育を受けられるせいだと思う。さすがに武術は魔法の利便性・汎用性には敵わない。成長するに従って多くのことを可能としていく魔法に一心になるのは仕方のないことだと思う。それに実際、ここの門下生の子達も精神の修練のために親御さんに入れられたというのが大半で、武術に心血注ごうなんて本気で考えてる子はいないんじゃないかって思う。まぁお父さんとしても武術の心を学んでもらうのが一番の目的らしいので、それも良しとしているみたいだけど。

     わたしは5つの時に、家族みんなで蓬莱から移住してきた。その移住の理由は大したものではなく、蓬莱の武術を世に広めよう、なーんていうお父さんの一言だ。わたしのお父さんは、見た感じちょっと友達にも自慢出来そうなくらいカッコ良かったりするナイスミドルなんだけど、その実若い頃は武人として武名を轟かせた豪傑だったらしい。わたしは幼い頃からそんなお父さんに鍛えられてきたけど、今まで一撃たりとも――わたしの胸に視線が移った時以外は――入れることは出来ていない。きっとお父さんが殺されるとしたら、スタイル抜群の美女に誘惑されて謀殺される時だろう。
     ちなみに、わたしが寮で生活しているのは単に学院まで遠いからだ。毎朝何キロも走るの自体は幼い頃からの習慣で慣れてるし、実際に寮でも修練の一環でやってるからいいんだけど、学生としての利便性を考えるとやっぱり寮の方が断然良い。超格安で自分の部屋が手に入る、というのも理由の一つ。好きな人の写真を気兼ねなく飾れる、というのも理由の一つ。わたしのお父さんは武人だけれど、同時に親であり、しかも重度の親バカなのだ。
     でもまぁ、寮暮らしとはいえやっぱりそれなりに家が近いもんだから、実はかなり頻繁に帰ってたりする。特に週末には必ずと言って良いほど。今も、リンチ・カフェでみんなと別れてから、寮に持っていき忘れた服とかを思い出して取りに帰ってきている。

    「ミコトー。今日は晩ご飯はー?」

     制服から私服に着替えて玄関で靴を履いていると、台所からお母さんの声がした。実際こんな感じだ。のん気なお母さんは放任主義で、娘の一人暮らしなど断固嫌だと自分の主張丸出しで駄々をこねるお父さんをなんとか諌めてくれた理解ある人なんだけど。

    「それともレナードくんちで食べられちゃうのー?」

     こんなノリの人だ。お母さんなら大丈夫と信用して寮の部屋に入れて、レナードとのツーショット見られたのは大失敗だった。

    「ちょっとお母さん!?わたしとレナードは付き合ってないって何度言ったら―――」

    「なにィ!?あの白髪小僧が我が愛娘に陵辱の限りだとォッ!?」

     道場からお父さんが勢いよく顔を出してくる。お父さんはわたしの事となると脳の配線がズレてかなり飛躍的な言い方をする。困ったものだ。

    「お父さん!門下生がいる前でンなこと言わないのっ!」

    「えー?ミコトお姉ちゃん食べられちゃうのー?」

    「つーかドコまでイったんすか姐さん?」

    「ミコト姉さまー、あの人紹介してくださいよー」

     門下生も顔を出してくる。小学生のクセにノってくるもんだから始末に負えない。

    「うっさい!いいから組み手でも何でもやってなさい!」

    「えー?ミコトお姉ちゃんはー?」

    「バカだな、姐さんはこれからある人と組み手するんだ。組んず解れつの寝技の応酬だぞ」

    「きゃー!あたしも混ぜて欲しいー!」

     しかもお父さんの影響を受けてる気配がある。正直、頭が痛い。

    「ああもう!いいから―――って、お父さん!もう日が暮れてるんだから帰さなきゃダメじゃない!」

    「うむ。みんなそろそろ帰りなさい」

     はーい、とみんな揃って手を挙げる。こういうのを見てると、若干情操教育に関して不安を覚えるけど、いい子達だ。

    「ああ、そうそう。最近、痴漢が出るそうだから、多少遠回りでも大通りを歩くように。もし出くわしたら大声上げて逃げなさい。でも、もし逃げれそうになかったら、過剰防衛が適用されない程度に抵抗して良いからね」

    「「「はーい!」」」

     若干、最後の言葉への反応の良さが気になるけど。いい子達だと思う。

    「む?ミコト、どこに行くんだい?」

     わたしが外出の用意をしているのに気づいたらしく、お父さんが声をかける。

    「ちょっと買い物。すぐ戻るから。晩ご飯は家で食べる」

    「そうかい。ああ、今子ども達にも言ったが、最近痴漢が出るらしいから気をつけなさい」

    「誰の娘に言ってるのよ、それ」

     わたしが苦笑すると、お父さんは優しい笑みを浮かべる。

    「それもそうだがね。我が娘だからこそ、言うんだよ」

    「はーい。気をつけます、お父さん」

     思わず笑みを零しながら、道場を背にして門をくぐる。両親共たまに突拍子も無いことを言うけど、良い親だ。面と向かっては言えないけど、尊敬出来るし、偉大だとさえ思う。

    「さてと」

     門をくぐり、わたしは歩き出す。
     ビフロストの市街区は変わった街並みをしている。街は網の目状、部分的に円環と放射線状に走る大きな通りで整然と区画分けされているのに、そこに建ち並ぶ家々は世界あらゆる種族や国の様式で建てられていて雑多も雑多、統一感とは程遠い。よその国じゃずっと同じ街並みな上に迷路みたいで迷うらしいけれど、この国じゃどこ行っても混沌とした街並みだけど道だけは秩序だっている。
     ビフロストのそれぞれの大通りには番号ではなく名前が付けられていて、住所や地図、標識なども全て通りの名前を使って書かれる。だから通りの名前をたくさん覚えないといけないから面倒なんだけど、それさえ覚えればほぼ絶対に迷わないってメリットもある。ちなみに我が家の住所は”地命・方天通り1番”。地図的に言えば、地命通りと方天通りに面する右下の区画の1番地だ。数少ない蓬莱由来の漢字入りの通りに面しているのはなんとなく嬉しい。
    わたしが目指すのはフレイザー通り、通称は商店街。名前そのまま、商店が立ち並ぶ通りだ。








     わたしはグレン通りを曲がり、レンガ作りの家の傍を通って商店街通りに向けて歩いて行く。確かこの家はバイロンさんの家だ。バイロンさんは人間と牛を足して2で割ったみたいな感じの容姿の魔族で、かなりの力持ちだ。手先も器用で、わりと大きな工事とか建築現場とかでよく姿を見かける。

    「そーいえば、明後日には演習だっけ。なんか休み明けだと調子狂うな」

     近くに誰もいないのを確認して、わたしは独り言をつぶやく。
    年々キツくなってく演習は悩みのタネだ。マーカス先生は個人ごとにキッチリ分相応の課題を与えてくるから楽が出来ない。というかキツ過ぎる気がする。そりゃあまぁ課題をこなせなかったことは今までなかったけど、毎週毎週やられてはやっぱりキツい。それに、うちのメンバーは手を抜くことをしないからさらにキツい。まったく、しっかり治療してもらってはいるけど、いつ肌荒れ起こすことやら心配―――――。

    「……………はぁ」

     わたしは大きくため息をつく。どうやら考え事が過ぎたらしい。いつの間にか、誰かに尾行されてる。

    (お父さんが言ってた、痴漢かな………?)

     気配やらエーテルやらを探るのが苦手なわたしに気づかれてるんだから、大したヤツじゃない。あるいは、存在をちらつかせることで怯えさせるつもりなのか。
     でも、相手が悪い。学院の生徒がこの程度でビビるものか。だって、もっと怖いものなんていくらでも見てきたんだから。
     例えば、2年前に魔族が異様なまでの超乗り気で作ったお化け屋敷だ。怖がらせる為という名目の元、スキンシップという名のセクハラが容認されたために魔族がこぞって参加したアレは最悪以外の何物でもなかった。なにせキャストは魔族の中でも特に異形の部類に入る精鋭達だ、地でも既に怖い。それが闇魔法のあらゆる技を以って怖がらせに来たんだからもう、恐怖としか言い様がない。女の子はもちろんのこと、男の子も大半は泣いて出てきたり失神して連れ出されていた。………レナードは平然として、サンはあくびして、ルスランは逆にセクハラしてボコられて出てきたけど。
     ま、それはともかく。

    (………速度を上げてきたわね。気が早いな、もう行為に及ぶつもり?)

     ちょっと露出度高めのカッコがまずかったのかもしれない。下はロングスカートだけど、上は肩と胸元出してるし。むむ、商店街通り行くからって気張りすぎたかも。
     けど、何はともあれ、痴漢なら捕まえるべきだろう。か弱い女の子ばかり狙う変態野郎はぶっ飛ばすに限るのだ。
     そう考えてる内に、人気のない通りに入ったからか痴漢はさらに歩みを速めてきた。対してこちらは歩幅は狭めのまま歩みだけを少しだけ早め、いかにもか弱い女の子が怯えて逃げてるように見せかける。相対距離がみるみる内に縮まっていき、痴漢が真後ろにまで迫ってきた。そして、痴漢がわたしの肩に触れた瞬間―――――。

    「人誅ーーッ!!」

    と、”天に代わってわたしが貴様を粛清する”的意味の蓬莱の言葉を叫びながら振り向きざまに左の裏拳を放った。
    しかし痴漢は軽くスウェーバックし、裏拳は空を切った。

    「シッ!」

     さらに回転の勢いを乗せて右の正拳を撃つ。痴漢は今度は身をひねってそれもかわす。――回避は防御より遥かに高等な技術だ。それを不意討ちされて、しかもわたし相手にあっさりやってのけるなんて。意外にもかなりの実力者だ。
     わたしは驚きながらも、次の攻撃の為に踏み込もうとして、しかし足を絡めてしまった。どうやらヒール履いて全力の足運びをしようなんてのが間違いだったらしい。わたしは成す術なく態勢を崩し、痴漢を巻き込んで勢いよく転倒した。






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