Release 0シルフェニアRiverside Hole

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■163 / 8階層)  「Β 静かな日々」G
□投稿者/ 犬 -(2005/03/13(Sun) 17:53:40)
    2005/03/13(Sun) 17:54:15 編集(投稿者)





    演習場の森の中、少しだけ木々が開けた広場に、サンとレナードはいた。
    ここはレナード達チーム5人が決めている合流ポイントだ。
    レナード達はその単独行動力の高さからチーム行動を取らない事があるが、それでもチームとして組んでいる以上、一応はチームとして出発・帰還しなくてはならない。
    そのため、出発・帰還ポイントの近く、誰も近寄らなさそうな位置で合流してから帰ることにしている。
    これはレナードやサン、ミコトにとってはずっと前から、アデルやルスランにとっては昨年からの決まりだ。


    「意外とみんな、時間を食っているみたいだな」

    切り株に腰かけたレナードは言った。
    サンとレナードは一度ハーネット姉妹を帰還ポイントまで運んで、それから戻ってきていた。
    そのため、今し方合流時間を回ったばかりではあるが、待つ事になるとは思っていなかった。

    「もう集まっていると思ったんだが」

    それを聞いて、サンが顔を上げる。
    サンはレナードの右膝の上に横向きに座り、彼に左肩を見せている。

    「ミコトは探すのヘタだし、アデルは甘いし、バカは選り好みするから」

    「はは………そうだな」

    レナードは思わず苦笑する。
    サンの言うことは的を得ていた。
    3人とも強いが、やはり個々で短所があるのだ。
    それは勿論、サンもレナードもではあるのだが、こういう訓練では彼らの短所は目立たない。

    「まぁ心配は要らないだろう。それより、今日はどうするんだ? 来るか?」

    「うん。行く」

    サンはレナードの方を向いて、顔をほころばせる。

    「一ヶ月振りだから。一緒にいたい」

    「そうか。分かった、なら今日は豪勢に行くか」

    サンは尻尾を振りながら笑顔を見せる。
    と、何かに気づいたかのように視線を別方向に向ける。
    レナードもそれに気づいてサンの視線の先を追うと、何かが近づいてくる感覚を得た。

    「1人か」

    「うん。バカが来た」

    2人してずっと森を見つめていると、次第に金髪と茶色の服の姿が見えてきた。
    ルスランだった。ルスランは大振りに手を振って駆けて来た。

    「おおお! 流石はオレ! サンちゃんドンピシャじゃねーか!?」

    ルスランは腕を広げてサンの元に走って来る。

    「サンちゃ〜〜ん! 年明けから3センチも増量したその乳にオレの顔をうずめさぐぶッ!?」

    奔って来るルスランの顔面に、サンのカウンターのドロップキックがめり込む。

    「ぎゃぁぁぁぁああ!? オレの美顔が平面化ッ!?」

    「う、うるさいッ! なんで私の胸のコト知ってるッ!?」

    赤面するサンに向かって、ルスランは鼻血を垂らしながら、フッ、と笑った。

    「そりゃあ、オレの脳にインプットされたサンちゃんのバストサイズ・形からの測定結果からに決まってるだろー? オレがサンちゃんの乳に関して分からないのは揉み具合のみだぜ?」

    わきわきと空中で何かを揉みつつ、ルスランはサンに近寄る。

    「〜〜〜〜〜ッ!?」

    サンは顔を真っ赤にして、両腕で胸を隠しながら後ずさりする。
    ルスランはバカ丸出しで誇らしげに言う。

    「ふ。オレの審乳眼をナメんなよー!
    ちなみにサンちゃんは高等部に入ってから加速度的に発育中! 形良し色良しで将来への期待大ッ!!
    アデルちゃんは最近ようやく膨らんできたけど、多分このままペッタンコロリっ子路線まっしぐら!!
    ミコちゃんは既にあのデカさなせいか、ほぼ成長停止中! むしろ冬休みより1センチ減ったねアレは!!」

    うんうんとルスランはうなずく。
    サンはレナードの後ろに隠れて、赤面涙目でバカを睨んでいる。
    ルスランは仰々しい身振りで、レナードに向かって言った。

    「さぁレナード! お前も聞きたいことがあったら聞いてくれたまへ! 少なくともクラスの女子のバストサイズなら完璧網羅中! サイズだってセンチ単位なら誤差ゼロだぜ!?」

    「そんな信憑性のない話に付き合っていられるか」

    「ナニィ!? 信憑性が無いだとぅ!? じゃーサンちゃんの胸のコトどう説明するよ!?」

    ルスランは仰々しい仕草でサンとレナードの背後に回り、後ろから2人の肩に手を乗せる。

    「触るな、ばか」

    「へっへっへー」

    サンが嫌そうに眉をひそめる。
    それに対してルスランは笑みを浮かべ、サンの耳元に顔を寄せて小声で囁く。

    「胸がこんだけ急成長したの、去年の夏からレナードと乳繰り合いまくってるせいだろ?」

    サンの頬が火が灯った様に紅潮し、口をパクパクさせながらルスランを見上げる。

    「なっ、なっ、なっ………!?」

    「なんで知ってるかって、んなの訊いちゃダメだぜサンちゃん? オレからしたら、誰も気付いてない方がビックリだ。いやー、ビフロストって性は進んでねーのなー?」

    「いや、単にサンと俺とがそういう関係だと結び付けられないだけだろう」

    レナードがぽつっとつぶやく。
    ルスランは首をかしげる。

    「何でだよ? ビフロストじゃ異種間の結婚ってタブーじゃねーだろ?」

    「け、けっこンッ!?」

    「サンちゃんが獣人ったって、尻尾生えてるぐらいだし」

    ルスランはちらりとサンのお尻辺りに視線を移す。
    形の良いお尻のやや上から、白いふさふさの毛の生えた尻尾が勢いよく振れていた。

    「いや、サンが獣人だからではなく、おそらく以前と態度が変わらないから気づかないんだと思うが」

    「そうか? まぁ、確かにお前とサンちゃんの仲ってずっと変わってないけどさ、オレは分かったぜ? アレだろ、9月4日だろ?」

    「な、な何がっ!?」

    いつになく取り乱して吃りまくるサンに対し、ルスランはわざとらしく厭らしい笑みを浮かべ、分かりやすい発音で言った。

    「初エッチ」

    「なっ、待っ、違ッ!」

    「そうだ」

    「レンッ!?」

    サンの赤面は度を超し、耳まで赤みを帯びていく。

    「やっぱりかー。ちなみにどーゆー経緯で?」

    「俺は夏休み中ずっと出かけてたんだが、帰って来て見れば不法侵入したサンが寝室で半泣きになって拗ねててな。慰めてる内にサンが」

    「あー! あー! ダメー! 言っちゃダメー!」

    サンはレナードの正面に回り、発言を止めようと飛び上がる。
    それをルスランが羽交い締めにして持ちあげ、拘束する。

    「―――慰めてる内にサンちゃんが?」

    「唐突にキスしてきて、しかも舌を」

    「あああああーーーー!!」

    サンがバタバタと手足を振り動かして暴れながら、レナードの声を打ち消そうと大声で叫び立てる。

    「―――舌を?」

    「なんというか、唾液と一緒に捻り込むように」

    「ひあっ………?」

    レナードはサンの頬に手を当て、顔を上げさせ、顔を近づける。

    「あ………う、あ」

    「サンは初めてだった筈なんだが、それはもう積極的というか情熱的というか」

    レナードはルスランからサンを受け取り、抱え上げて胸に抱く。
    サンはホッとしたような、残念そうな表情を浮かべて息をつく。

    「10分近くそのまま、ひたすらディープキスを」

    「ち、違ッ!?」

    「10分もか」

    「10分もだ」

    「ちーーがーーうーーー!!」

    抱き上げられたまま、サンが頭を左右に振りたてまくる。

    「で?」

    「思考回路が蕩けたサンが―――真夏で暑かったからか下着上下とも着けてなくてな」

    「下着ナシ!? マジかよ上下ともッ!?」

    「着けてた着けてた着けてたーーー!!」

    サンはじたばたと暴れて、レナードの胸を叩く。

    「キスに満足したらしく嬉しそうに擦り寄ってきて、俺の胸に頬ずりしながら」

    「ダメェェェ――――ッ!!」

    「む―――」

    サンが両手でレナードの口を押さえる。
    そして肩を揺らして息をしながら、真っ赤な顔で振り返る。

    「今の嘘。全部嘘。嘘ったら嘘でとにかく嘘で嘘」

    ルスランは楽しそうに笑いながら、サンの頭を撫でる。

    「別にいいじゃん。サンちゃん、寂しかったんだろ?」

    「寂しくなんかないっ! 獣人領に帰ってたり妖精とか魔族の土地にも行ったりして忙しかったから別にっ!」

    「で。ビフロストに戻って、気づけばレナードが隣に居ないと」

    「寂しくないったらないっ!」

    急にサンの瞳が潤み始める。
    ルスランは苦笑する。
    昨年の夏の事を聞いてるのになぜか現在形で否定する、ある意味素直な混乱っぷりを微笑ましく思いながら。
    ルスランは皮肉げにレナードを見る。

    「寂しさを頭で理解出来ないのは、獣人の性か、サンちゃんの性なのか、どっちかねぇ?」

    「――――」

    口を押さえられているレナードは答えず、ただ微笑だけを零す。
    ルスランは、そっか、と頷いて、乾いた笑みを浮かべてレナードを見据える。

    「それなら寂しさを理解出来ないのって、不幸なことか、それとも幸せなことなのか。どっちだと思うよ?」

    レナードはサンを降ろす。
    自然、背が届かないサンの手はレナードの口元から離れる。

    「その寂しさが後に報われるか、報われないか。それにも因る」

    「…………」

    ルスランは無言で息をついて、サンの頭を撫でる。

    「この春休みも置いてけぼりだったんだろ? 可愛がってもらいなよ」

    「う、うるさい、ばかっ。触るなっ。撫でるなっ」

    嫌そうにしながらも取り立てて抵抗しないサンに、ルスランはからかうように笑う。
    そして、立ち上がり、後ろを振り返る。

    「2人も到着だな」

    3人それぞれ、森の奥を見つめる。
    緑の森の中、2つの人影が走って来る。
    その2人はこの小さな広場の端に着くと走るのを止め、肩を落として歩いてきた。

    「あー。つ・か・れ・たー………」

    「そうですね………」

    その2人は、ミコトとアデルだった。

    「遅かったが、何かあったのか?」

    2人の様子を見て、レナードが尋ねる。

    「んー。途中でさぁ、敵と間違えてデルとやり合っちゃってね………」

    「なんで? アデルちゃんの方はエーテルの感知得意だろ?」

    ルスランが首をかしげるが、アデルは首を振る。

    「あたしは位置情報の把握が得意なだけで、個人の特定は不得手ですから。それに、ミコトちゃんのは判りにくいじゃないですか?」

    「あー。確かに、ミコちゃんのは何かモヤモヤしてて動物なんだか人間なんだか判りにくいもんなー」

    「何よそれ。わたし、それなりにはエーテルある方よ?」

    「いや、大小とかじゃなくってさ。なんつーか………って、その前に帰らねーか? 時間も圧してるし」

    「んー、それもそうね。待たしちゃったし、帰りますか」

    ミコトは背伸びをして、帰還ポイントへ向かって歩き始める。
    追って、ルスランやアデルも歩き始める。
    続いてサンも歩き出し、しかしふと立ち止まって別の方に視線を向ける。

    「レン」

    呼ぶと、レナードがサンの傍に立った。
    レナードも同じ方向を見ている。

    「分かるか?」

    「ううん。でも、嫌な感じ」

    「そうだな」

    レナードは銃を抜き、撃鉄を起こして、森の奥の方に銃口を向ける。
    引き鉄を引くと、空気を貫いて弾丸が森を飛びぬけていった。

    「消えた」

    サンがそうつぶやくと、レナードはうなずき、銃を収める。

    「留意しておく必要があるな。今後もあるようなら――――」

    「おーい、レナードー! サンー!」

    遠くからミコトが2人を呼ぶ。

    「どうしたのー? 置いてくよー?」

    サンとレナードは一度互いの顔を見合わせ、早足でミコトの後を追った。









    ◇ ◇ ◇ ◇







    レナード達5人が集まっていた広場から数km離れた場所、森全体を見下ろせる小高い丘の上に、3人の人間がいた。
    石をイス代わりに座っている1人は、青い髪を全て真後ろに靡かせた無骨な感じの男。おそらく20代後半といった若さながら、感じる雰囲気は酷く堅く剣呑としている。肩にかけた長槍の穂先の両側には三日月状の刃が付いており、使い込まれた鋭い刃は傷だらけで鈍い光を放っている。
    腕を組んで立っている1人は、長くストレートな赤い髪を腰まで下ろした、妖艶な雰囲気を漂わせる美女。薄く笑みを浮かべている彼女の両の腕に備えられたナックルガードには、茶色い染みがこびり付いている。
    膝と尻を地につけず両膝を立てて座っているもう1人は金髪の青年で、少年のような柔らかい表情を浮かべたその腰のベルトには、木製の剣の柄だけが2つ差されていた。
    3人とも腰から下が大きく開いた蒼色のコートを羽織っており、青髪と赤髪の2人のコートの縁には金の刺繍がされてあった。

    「何mあった? あの子達からアンタの使い魔まで」

    赤髪の女性が、前に座っている金髪の青年に尋ねる。

    「40ちょいかな。銃ってあんなに射程距離あるもんだったっけ?」

    「まさか。普通は20が良いトコよ、40なんてありえない。最新型にしたっておかしいわ」

    「ふーん。ま、どっちにしたってあの射撃手は凄いね」

    金髪の青年は子どものような、屈託のない笑みを浮かべる。

    「あ、ちなみに。僕のアレは使い魔じゃないよ。使い魔の定義自体が広義的で混同されやすいけど、本当の使い魔って統一王時代に生み出された擬似生命体で、魔族の法体系を取り入れた信じられないくらい高度な技術で創造されたんだ。有名なのが人型のホムンクルスっていうさらにケタ違いの技術力の―――」

    「あーハイハイ。その辺どうでもいいわ。私達は魔法使わないから」

    赤髪の女性は手をひらひらとさせながら、興味なさそうに言った。

    「そう? それは残念。色々と便利なのに」

    「私達クロイツに小手先の魔法は不要よ。自らを高めるだけの純戦闘力しか要らないから」

    「逆でしょ。だからこそのクロイツなんじゃない」

    言われた赤髪の女性は笑みを浮かべ、数歩前に歩き出し、森を見下ろした。

    「それにしても粒揃いね、ここの子達は。本当に16歳かしら?」

    「確かに。10人以上即戦力になるレベルがいたね」

    「ええ。特に、さっきやり合ってた茶髪の子達の片方………私と同じスタイルだったわ。見たことのない流派だったけど、とても洗練された実戦闘用の武術」

    「蓬莱の武術だ」

    石に座ったまま黙っていた青髪の男が、つぶやくように言う。

    「如何なる武器・魔法をも使用する相手に対し己が肉体のみで立ち向かうが当然という理念の元に編み出された対武器・魔法格闘武術、と聞いている」

    「へぇ。それはますます好みね。あの子可愛い顔してたし、是非欲しいわ」

    赤髪の女性は楽しそうに笑う。

    「ま、それは置いとくとして。アンタはいいの、ティベリオス?」

    赤髪の女性に呼ばれた青髪の男は、訝しげに視線を上げる。

    「何がだ?」

    「アンタ、子どもとか相手すんの嫌がるでしょ? 抜けるのは構わないんだけど、途中でってのは困るから」

    「………後でも先でも、抜けるのは問題なんだけどなぁ」

    金髪の青年は苦笑しながらぼそっとつぶやいた。

    「別に抜けるつもりは無い」

    ティベリオスと呼ばれた、青髪の男は立ち上がる。

    「相手は魔族だ。それも、危険度は群を抜いている。そんな相手に子どもも何も無い」

    「ならいいけど」

    つと、森の中から猫が現れた。
    その猫はゆったりと歩きながら、赤髪の女の足元に歩み寄り、そのまま女のすぐ傍に座った。
    赤髪の女は屈んで、優しく猫の頭を撫でる。

    「アイルルスちゃんは、優しいものね?」

    ティベリオスは眉をひそめる。

    「前々から何度も訊いているが、アンナ。アイルルス、とは何だ?」

    アンナと呼ばれた赤髪の女性は、少しいじ悪く笑って口元に指を当てた。

    「前々から何度も訊かれてるけど。教えてあげない」

    「………アンナ」

    「いいじゃない。愛称みたいなもんなんだから気にしないの」

    「せめて、ちゃん付けは止めて欲しいが」

    「やーよ。ちゃん付けないと可愛くないもの」

    渋面するティベリオスをよそに、アンナは猫を抱えて立ち上がる。

    「アンナさんって、猫に好かれるんだ?」

    金髪の青年はアンナの胸元でじゃれる猫を眺める。

    「ええ。でも、ティベリオスも好かれるわよ」

    「へぇー。それは意外」

    「でしょう? あ、でもね、私が動物に好かれるのって生まれつきじゃないのよ。10年くらい前だったかな、なぜか急に好かれだしたの。ふふ、教会じゃ悪女って呼ばれてるのにね?」

    「血濡れの狂拳アンナ・ベルゼルグ、駆ける孤狼ティベリオス・リューフ、だったっけ。
    確かにそんな物々しい渾名が付いてるから、正直もっとイカレた人だと思ってたよ」

    「実際会って見て、どう?」

    「美人で優しいお姉さんと、寡黙だけど実直なお兄さん、かな?」

    「あはは、嬉しい事言ってくれるわね。私達の戦いっぷりを見てもそんなこと言えたら、焼肉奢ってあげるわ」

    青年の微笑が少し、引き攣る。

    「………あー。やっぱり、その。か、過激?」

    「首が変な方向に曲がって頭蓋骨が粉砕する音がする、腕とか脚とか頭が飛ぶ、胴体に風穴開く、くらいは覚悟しといた方がいいかもね」

    「噂って、わりと当たってるものなんだね………」

    乾いた笑みを浮かべる青年をよそに、アンナは胸の猫の頭の上で指をフラフラさせて、猫とじゃれていた。

    「まぁ、ともかく。作戦の再確認をしようか」

    青年が話を仕切り直す。

    「教会の非公式の対魔法犯罪及び対異種族部隊である業の十字架、通称クロイツ所属のティベリオス・リューフ、アンナ・ベルゼルグの2名は3日前に指令を受け―――」

    「かっ飛ばしていいわよ、レイスくん。そんな堅苦しい面倒な建前」

    「いや、一応ね? 僕、監査役でもあるわけだしさ」

    「それもかっ飛ばさない?」

    レイスと呼ばれた青年は頭をポリポリと掻いて、少し考えて、小さく息をついた。

    「………えーっと。色々かっ飛ばして、作戦内容。”ビフロスト中央魔法学院に魔族潜入の疑いアリ。諸君ら3名はこれを判別、完全に滅せよ”」

    アンナは気難しそうな顔をしながら、頭をかく。

    「随分アバウトよね。疑いアリ、判別して滅ぼせか」

    「しかも危険度のランクは最上級だ。それに、この学院で嗅ぎ回るのも難しい」

    ティベリオスが言うとアンナは、そうね、と相槌を打った。

    「獣人の子はともかく、普通の人間の子にも何人か違和感持たれちゃってたものね。最後には気づかれてやられちゃったし。レベル高いわ、ここの子達」

    「どうする? そもそも教会の者がこの国にいることはかなり拙い」

    「気づかれると野宿と逃避行は覚悟ね。………というか、さっき宿で魔族同士がチェスやってたりしてたけど無視って良かったの、アレ?」

    「任務最優先、だよ」

    レイスはぼやくように言う。

    「それにアレは国柄なんだって。信じられないけど、この国じゃ魔族は”ちょっと珍しい外人さん”程度の認識みたいだから」

    「………他の国じゃ、殺傷事件とかなんてザラで関係最悪なのにね」

    アンナは肩をすくめる。

    「お互いのことを知り合えば、共存は可能だという考え方らしいな。………甘いことだ」

    「私もティベリオスと同感ね。絶対に無理って事はないのかも知れないけど、別の生き物である以上、相容れないことは必ずあるわ。何でもかんでも受け入れていると、後で絶対に痛い目を見る」

    「そうだね」

    レイスはうなずく。

    「20年前にビフロストと袂を別った教会としては、本心言うとこの国がどうなろうと彼らの責任だからどうでも良いんだけど。
    危険な魔族が蔓延ってるとなれば話は別だ、看過するわけにはいかない。下手をすれば、この国を乗っ取って世界中に影響を与える可能性もある」

    「………で、それを防ぐ為に私達が来てるんだけど」

    アンナは髪をかき上げる。

    「八方手詰まりだな。中央魔法学院の16歳と言ったところで、200人を超える。男か女かも不明だ」

    「しかも潜入している以上は外見的な特徴は皆無、簡単ラクチンな判別方法は無し」

    「何らかの”人間では有り得ない反応”を見せる以外にその判別は不可能だ」

    「200人全員ストーキングしてそんなワケ分かんない反応するまで待ってみる?」

    「その前にこちらが捕まるな。しかも人数的にも時間的にも非現実的だ」

    唸りながら考え込む2人を眺めながら、レイスはぼやく。

    「2人共、掛け合いの息が合ってるなぁ………」

    レイスは気を取り直して、咳払いする。

    「ごほん。あのさ、2人とも。なんで魔法を使わないクロイツに、魔法を使う僕が派遣されてきたと思ってるの?」

    「監査役でしょ? 純粋な戦闘力じゃ私達の手綱を握れ切れない、だから魔法に特化したアンタが、でしょ?」

    「半分はそうだけど。………まぁ単刀直入に言うと、僕に考えがあるんだ」

    レイスは少し得意げに胸を張る。
    しかし、アンナは眉を上げる。

    「考えあるんだったら、どうして早く言わないの?」

    「いや、だって。2人してずばずばと考えだすから………」

    「アンタね、そういうのは良くないわよ。言う時にきちっと言わないと、彼女出来ないんだから」

    「え、いや、………ともかく。作戦がありますので聞いてください」

    「ずっと聞いている。御託はいいから早く言え」

    「いや、だって。こういう仕切りはちゃんとするもので………」

    「自分のものではない考え方に頼るのは愚鈍で怠慢だ。常識という言葉で論ずる男は情けないぞ」

    「え、いや、………はい。………え?なにこの扱われ方?僕、監査役なん―――」

    「「いいから早く」」

    「―――はーい」











    「俺は正直、気乗りしないな」

    考えを説明された後、ティベリオスはそう言い放った。

    「それに、事を荒立て過ぎると問題になるぞ」

    「それは大丈夫。元々この国と教会の仲は最悪、これ以上悪くなるわけはないし、証拠が無ければどうしようもないよ」

    レイスの言い草に、アンナはムッと眉をひそめる。

    「捕まらなければそれで良し、っていうの?」

    「大と小を天秤にかける、っていうことだよ。まさか、今さら理想論なんて持ち出さないよね?」

    「それはしないけど。私も気乗りしないわ。確かにそんな判別法があるのなら、全員一気に篩いにかけるその作戦が一番有効だとは思うけど」

    釈然としないのか、アンナは苛立たしげに悪態をつく。

    「まったく………危険度最高のクセになんで3人だけなんだか」

    「一応は応援が来る手筈だけど、アテにはしない方がいいよ。世界は広くて教会の人員は少ないから」

    「仕方が無いわね。私は乗るけど、ティベリオス、アンタはどうするの?」

    アンナは説明されてからこっち、ずっと渋面を続けているティベリオスに尋ねる。
    ティベリオスはさらに渋面して、しかしうなずく。

    「………一度に何個もの林檎は掴めん。他に方法が無いなら仕方あるまい」

    「途中でヤメは無しよ?」

    「当然だ。やるからにはやり遂げる」

    「あら頼もしい。………で、作戦開始の日時は?」

    レイスはメモを取り出し、読み上げる。

    「明後日の水曜日、今日彼らがやった訓練を北の断崖の麓の森で行うらしいよ。開始は1000。作戦の開始はその同時にしよう」

    「新学年早々、悪いことしちゃうわね」

    「仕方ないよ。って、さっきからコレばっかり言ってるなぁ………」

    レイスは苦々しい顔をしながら頬をかく。

    「世界は俺達人間など見てはいない。だからこそ世の中は不条理だ。割り切るしかないだろう」

    「辛味があるから甘味もあるってコト?」

    「なら、私は甘党だから甘いのばっかりでいいわ」

    そう言い切るアンナに対し、レイスは苦笑する。

    「みんな甘党だよ。だから辛いのがダメなんだ」

    ティベリオスは、小さくつぶやいた。

    「………世知辛い世の中、か」







    ◇ ◇ ◇ ◇






    ヘイムダル市街区、その小高い丘の上に学院の学生御用達のカフェがあった。
    マスターが趣味でやってる店で、なかなか洒落た店で味が良いながら値段が破格の安さであり、下手に家で自炊するより安く上がるほどである。
    カフェの入り口にはリンチ・カフェという看板が掲げられており、内装は円状のカウンターを中心としてホールが左右に別れている。
    左側はアンティーク調の落ち着いた雰囲気、右側は色とりどりの色彩を散らせた学生用の明るい雰囲気の内装となっている。

    その右側のホールの店外のテラス部分に設置された1番見晴らしの良い席にレナード達は陣取り、飲み物を飲んでいた。

    「いや、なんつーかさ。誤認しやすいんだよ。感覚的なもんだから言いにくいんだけど」

    レナード達は演習場の森の、合流ポイントの広場での話の続きをしていた。
    ミコトのエーテルがモヤモヤとしていて感知しにくいという話だ。

    「波長っつーのか、それがふわふわと変わるんだよ、ミコちゃんのは」

    「そうですね、そんな感じです。判る時は判るんですけど、別のモノだって先入観入っちゃうと、後はもう視認しないとダメです」

    「………ふーん?」

    ミコトはルスランとアデルの説明がよく分からないのか、曖昧に相槌を打つ。
    エーテル感知能力というのは後天的な、訓練などで身に付く歴とした技能だ。
    あらゆる生命から洩れ出すエーテルを感知し、死角にいる生命体の察知から相対距離の把握、個人の特定やある程度の相手の情報の取得などを行える。
    また、相手の挙動や魔法の察知に関してもこの技能が使われるが、この5人の中でその感知が出来るのはルスランとアデルだけである。

    ちなみにこのエーテル感知の対極にして昇華された先天的なものが、いわゆる直感である。
    これはほぼ完璧に才能によるもので、一切の情報無しに、未来視を行うかのように事前に知覚する。
    感知能力と異なり正確性と恒常性に欠けるが、事前察知と知覚外の知覚という面で絶対性を誇る。

    「でも、ミコトちゃんも判り辛いですけど、サンとレナードさんはON・OFFハッキリと切り換える点で判り辛いですよね?」

    「そーだな。つーかどうやってんだ、レナードとサンちゃん? あのパッとエーテル消せる、すっげー技」

    「どう、って言われても困る。私は普通に気配を殺しているだけだから」

    「俺もだ。別段、特別なことは何も」

    場の空気が、一瞬停止する。

    「………さいですか。でもま、元がかな〜り変わった感覚だからある意味で判りやすいのが救いだな」

    「ん? ナニ、どーゆー意味ソレ?」

    「んー。サンちゃんは獣人だからかな、俺らより綺麗な感じがする。逆にレナードは異質な感じがするな」

    「そーなの?」

    「はい。あたしは位置情報に特化してますからルスランさんほど判りませんけど、そんな感じです」

    「ふーん、そういうもんなんだ?」

    ミコトが興味深そうにうなずく。
    そして、笑いながらレナードを肘でつつく。

    「異質だってさ?」

    「俺はそういうのはよく分からないんだがな」

    「パーペキ超人にも欠陥あるんだねぇ、レナード君?」

    「自覚出来ない欠陥は対処に困る………」

    レナードは首をかしげて眉をひそめる。

    「ま、テストで悩まないんだから、少しくらいは悩みなさい♪」

    ミコトは楽しそうに笑う。
    そしてサンの方に視線を向ける。

    「サンは綺麗なんだってさ?」

    「私もよく分からないけど。それなら多分、獣人はみんなそうだと思う」

    「え? なに、じゃあやっぱり種族差なの?」

    ミコトがそう尋ねると、ルスランとアデルは互いの顔を見合わせた後、同じように首をかしげる。

    「んー? どうだろ、他の獣人のを意識して感知したことねぇからなー」

    「でも、私はそうだと思う。獣人は世界に愛されているんだって、母さまが言ってた」

    「それはエーテルは世界の祝福っていう説? 世界への局所変異を許すエーテルは、純然かつ巨大であるほど、世界に愛され祝福されている証明だっていう」

    「デル、何それ?」

    ミコトが尋ねる。

    「え。いえ、あたしもよく知らないんですけど、えーっと」

    アデルがレナードに目配せする。
    レナードは頷き、言う。

    「魔導暦1627年に発表された、ベロニカ・ハントの説だ。
    ”エーテルにより成される魔法には法体系が存在し魔法の全てはその法則を守っているが、この魔の法則は世界根源の法則を無視している。
    しかし世界がその矛盾を許し、またその為の力さえ与えるのは、我々世界の子らが愛され祝福されているからだ”」

    「はぁ〜。そんなのあったんだ。でも、それって前に言ってたナントカ教と」

    「ああ。ウンザンブル教と真っ向から対立している。
    しかもベロニカ・ハントの唱えたこの説の理念は、獣人、妖精、魔族を擁護するものだからな。
    ちなみに、ウンザンブル教はこう教えている。
    ”原初において唯一母神の御許にて一つだった我々は、異界の力に穢れて別たれた。
    故に我々は、母の御許に還らねばならないのである。しかし我々は忌まわしき、穢れた子らである”」

    「”我ら母の子らよ、生苦味わうを躊躇うなかれ、死を恐るるなかれ。死は、穢れを清め、母へと還る導きである。”
    ―――要するに、穢れたオレらは頑張って生きて、苦しんで、死んで、やっと許されて天国行けますよって話だな」

    ルスランがレナードの言葉に続く。

    「ふーん。あんたも知ってたんだ、そのウンザブル教」

    「ウンザンブル教な。ま、オレは教会の庇護下の国の生まれだから。別に信仰心厚いわけでもなかったんだけどな」

    「そうなんだ。あ、じゃあ、デルは知ってる?」

    「はい、一応は。孤児院にもよく牧師さまがいらしてましたし、聖歌もよく歌ってましたから」

    「あー、なるほど。じゃあサンは?」

    「私は知らない。私達には私達の信じることがあるから」

    「ふむふむ、そして蓬莱には蓬莱の、ビフロストにはビフロストの信じることがある、か」

    感慨深そうにミコトはうなずく。

    「世界は広いような狭いような、ね。わたしもサンもレナードもデルもルスランも、み〜んな出身バラバラなんだから」

    「さらに学院の中には南方や西方の大陸出身の者もいる。これだけの人間が集まるのはこの国ならではの事だな」

    レナードが言う。

    「ま、運命論者じゃねーけど、この5人がここで出会って一緒にチーム組んでるってのは一つの縁だよな」

    ルスランが後頭部で手を組む。
    その言葉を受けて、アデルがうなずく。

    「そうですね。翼々考えたら不思議です。あの時もしああなっていなければ今ここには、っていうのありますから」

    「ワケアリが多いもんね、この国に来る人達。そーいえば10年前にわたしが初めてこの国に来た時、竜と魔物と妖精と獣人と魔族と人間とが杯を交わして大爆笑してたもんだから、かなり驚いたっけ」

    「それ、多分父さま達だと思う。親善訪問が終わってから、真昼間からあちこちお酒飲み歩いて大騒ぎしてたから」

    サンが少し恥ずかしそうに頭を抱えながら言う。
    アデルはくすくすと楽しそうに笑う。

    「ほんと、この国って変わってますよね。あたしも大分驚かされました。他の国じゃ、他種族はほとんど敵扱いですから」

    「変わってると言えば、大統領も変わってるよなー。もう何期目だっけ? あんなはっちゃけた人がよくもまぁ信任されるよ」

    「近代稀に見る政治的な手腕もあるが、信じられないくらい大っぴらな人だからな」

    「あれだろ、20年前の”ゴメン、俺もう教会とケンカしそうだ。やっちまって良いか?”発言だろ?」

    「………そんなこと言ったの? 一国の大統領が?」

    「そうらしいな。しかも国民の9割近くがアンケートでこう答えたそうだ。”やって良し。ぶん殴れ”」

    「………マジ?」

    「大マジ。まぁ多少は誇張っつーか情報操作入ってんのかもしんねーけど、世論としてそういう風潮があったのは確かだろうな。
    なんせ20年前までは、庇護を拒み続けるビフロストに対する教会の圧力が凄まじかったらしくてさ。実際に殴ったかどうかはわかんねーけど、本気で追い返したらしいぜ」

    「無茶苦茶ね………」

    「でもまぁ、確かに一見ムチャクチャだけど、ビフロストって国が存在する意味の是非を問われてたわけだから、その判断は間違ってはいなかったんじゃねーか?
    この世界の全種族の共存と教会に追われた人間を背負っちまった国なんだからさ」

    「それに、その後処理も上手かった。ビフロストの貿易拠点としての東南西大陸・諸島諸国との窓口的役割をさらに強くすることで、中央大陸内での完全交易封鎖を阻止した。
    実際に教会を追い返した行為自体の是非はともかく、追い返した後の問題の処理は他国でも高く評価されている」

    「もしかして20年前からの教会との関係断絶って、その時からですか?」

    「ああ。当時は帝国との戦争で勝利した時以上のお祭り騒ぎだったそうだ」

    「………はー。わたしの知らないこと一杯ね」

    ミコトは頬をかいて苦笑する。

    「そういう考え方さえ持っていれば差し支えないと思うぞ。全知を謳う者ほどその蘊蓄は浅く狭量だ」

    「無知の知ってヤツか。レナードが言うとなんだかなーって気もするな」

    「なぜだ?」

    「レナードさん、何でも知ってるって感じがしますから」

    「私もそう思う」

    「………それは確実に誤解だな」

    「こーゆー時は期待に応えるもんだ、がんばっとけ」

    「まったく………」











    「いやしかし、ビビったなアレは」

    暫くの後、話題は変わって、紅茶を飲みながらルスランはしみじみとつぶやいた。

    「帰還ポイント手前で待伏せしてた奴ら。レナードが発見するなり、こう――――」

    ルスランは手を銃の形にし、宙に狙いを定める。

    「バンバンバンってよ。3秒で5人沈めちまった」

    「ほんとにねー。わたしなんて気づかなくって、急にレナードが撃ちだしたの意味分かんなかったもん」

    「銃、ですか。あんな飛び道具があるんですね………」

    「今現在ある銃はあれほどの性能は無いがな」

    飛び道具ということで興味津々らしいアデルに、レナードがコーヒーを口にしながら言う。

    「俺の持っていた銃はバンデラス教授の作品だ。先の時代の代物と考えた方が良い」

    「先の時代ねー。そんなのアリかよって気もするけど。実は教授、未来から来たんだったりして」

    ミコトは緑茶をすすりながら苦笑する。

    「言い得て妙だな。俺も時折、そういう風に思う事がある」

    「あのジーサンが未来から、ねぇ。あんまし冗談だろーって笑い飛ばせねーあたりがスゲェよなー」


    ルスランはケタケタと可笑しそうに笑う。
    アデルは、そうですね、と相槌を打ちながら自分のココアに砂糖を、大さじで5杯ほど投下する。

    「そういえば、バンデラス教授の先見の明は未来視並だって聞いたことあります」

    アデルの手元を見ていたミコトは口元を引き攣らせるが、いつものことだと気にしないことにする。

    「ま、まぁ、妖怪ジジイだもんねぇ」

    「ミコト、ヨーカイって何?」

    サンがホットミルクに息を吹きかけて冷ましながら尋ねる。

    「お化けって意味よ、サン」

    「お化けだったんだ、あの人」

    「いや、例えだってば。蓬莱ではそういう世離れした人のことを妖怪って言ったりするの」

    「ふーん」

    お化けじゃない、ということで興味を削がれたのか、サンはホットミルクを冷ます作業に集中する。

    「そういえば、前々から思っていたんだが」

    レナードはミコトに視線を向ける。

    「ミヤセは度々蓬莱の文化、と言っているが本当に本当なのか?」

    「本当に本当よ。なによ、蓬莱の文化バカにしてんの?」

    「いや。ミヤセが単純にズレてるだけなんじゃないかという気がしてな」

    「………ハッキリ言うわね。あとでちょっと個人的に訓練する?」

    「遠慮しておく」

    「あら、遠慮しなくて良いわよ? 蓬莱の関節技、みっちり教えてあげるから」

    「じゃあオレ行くゾ。出来ればベッドの上で裸になってを希望」

    「ルーシャさん、下品です」

    アデルが軽蔑し切った目でルスランを見る。
    しかしそれでめげる様なルスランではなく、余裕綽々で笑い返す。

    「ふーむ下品と来たか。ならアデルちゃんが身体のどこに飛び道具隠してるか、余す所無くみっちり身体検査するとか」

    「う………さ、刺しますよ!?」

    アデルは顔を赤くしながら、どこからともなくナイフを取り出す。

    「お? 赤くなった? ってことはまさかッ!?」

    「ちちちちがいますッ! ルーシャさんがあんまり下品だからつい、その………あ、あたしそんな所に隠してません!」

    慌ててナイフを振り回す危なっかしいアデルを、ルスランはにやにやと、街を歩けば確実に職務質問されそうなやらしい笑みを浮かべる。

    「ん〜? そんな所ぉ〜? そんなトコロって、アデルちゃんナニ想像してんだろォなぁ〜?」

    「え………え? えっと、だってその………う」

    アデルの目尻から涙が零れだす。

    「なーる。アデルちゃんはその童顔に似合わずエロいと――――あーごめんごめん! 悪かったいじめすぎた! お願いだから泣かないで〜!」

    「あ〜っ! ルスランのバカがデル泣かした〜ッ!!」

    ミコトはルスランの脇腹を肘で抉っておいてから、アデルを慰めに動いた。

    「ルーシャ………バカでセクハラばかりするが、女の子を泣かすような奴ではないと思っていたんだが………」

    「最悪だ、バカ」

    レナードとサンはため息をつきながら、三白眼でルスランを睨んでいた。

    「お、おーいなんですかその失望した目はッ!? ちょ、アデルちゃん泣くなって〜!」

    「………な、泣いへなんはないれすよぅ………」

    「………デル。そんなぽろぽろ涙零して言ってどーすんの」

    「らって………らってぇルーヒャひゃんはぁ………」

    「ルーシャ。くたばれ」

    「死ね。ばか」

    「うわぁ、すげー辛辣だぁ…………アデルちゃん悪かった! ごめん! 頼むから泣き止んでくれホラこの通り! な? なんか埋め合わせするから〜!」

    ルスランは手を合わせたり頭下げたり土下座たりしてなんとか取り繕うとする。
    何やらとてつもなく憐れで情けない姿が功を奏したのか、アデルはぐすぐすしながらも涙を止めた。

    「泣いてないったらないんですってばぁ………」

    「おーよしよし。デルは泣いてなんかないもんね、よしよし」

    ミコトはあやす様にアデルを抱きしめて頭を撫でる。
    その甲斐あってか、アデルは何とか泣き止まる。

    「あぁ、よかった………泣き止んだ」

    ホッとするルスランに、情容赦無くレナードとサンは言葉を叩きこむ。

    「では埋め合わせに地獄に落ちろ、ルーシャ」

    「落ちろ、ばか」

    「ハイそこ! いい加減止めてくれ、挫けそうだ」




    とりあえずアデルが落ち着くまでまた談話が続き、埋め合わせは貸し1つということになった。
    何気にアデルが喜んでいた辺り、ルスランのこと嫌いなんだかそうでないんだか、とミコトは一人思った。





    「そういえばレンの銃、壊れたけど直るの?」

    ややあって、サンが銃の話を再開した。
    レナードがバンデラス教授からテスト用に渡された銃2丁は、その最後の射撃で銃身が破砕し、使い物にならなくなっていた。

    「いや、もう使えないな。それに銃身の耐久性に問題があった」

    「問題、ですか?」

    「そうだ。発射の瞬間に銃身が多少なりとも魔法の効果を受ける。だから劣化速度が速く、壊れやすい」

    「じゃあ、竜の瘡蓋なりもっと硬いの使うなりすりゃいーんじゃねーの?」

    「ああ。だが弾丸が媒介である以上、どうしても弾速が遅く威力に乏しいという問題もある」

    「柔いもんね媒介。つーかさ、普通に金属飛ばしゃいいんじゃないの?」

    「いえ、それがダメなんです」

    アデルが首を振る。

    「エーテルを内包する生命体には、特にエーテルによる強化を施されると、純然な単一の魔力の塊で攻撃した方が効果が高いんです。
    ですから、自然物より魔法の方が有効なんです」

    「ふーん? じゃあ強化されるとデルのナイフとかわたしの武術とか、物理攻撃は効きにくいの?」

    「いえ、そうでもないです。ほら、ドノヴァンの定理ですよ」

    「あー。施術者の手から何段階離れるか、ってヤツだっけ?」

    「ミコちゃんはまんまぶん殴るから1段階、オレやレナード、サンちゃんは自分の武器使うから2段階」

    ルスランが指を立てながら言い上げる。

    「一応、あたしの飛び道具は2段階です。飛び道具使いとしては異例なんですけど」

    アデルは自分のナイフを見せながら言う。
    横にいたルスランが、手品みたいだなー、と聞こえないようにつぶやいた。

    「で、普通に投げナイフとかは3段階。普通に金属飛ばすような銃だと4段階だな」

    「1段階を100%として、段階が1つ上がるごとに10%程度威力が落ちると考える。暴論で例外が多いから目安にしか用いられない定理だが」

    レナードはルスランと逆に、五指をゆっくりと一本ずつ折っていく。

    「つーわけで、銃弾そのものを魔法にすることで1〜2段階くらいにしよーって話だったんだよな、レナードの銃は」

    「ああ」

    「なーるほどね〜」

    ミコトは納得いったようにイスに背を預ける。

    「まぁ、どのみちあの魔法銃の再製造は難しい。実現は素材系の開発や製造技術の発達を待つしかないな」

    「そうなんですか………残念です」

    飛び道具に興味があるからか、アデルは心底残念そうにつぶやく。

    「ま、初日からかなり色々あったけどある意味毎度のことで、何はともあれ11年生最初の演習にしちゃ上出来だったよなー!」

    ルスランが笑いながら言う。
    みんなうなずいて同意する。

    「そうね。一応は全員30分以内に15本フラッグ集めたんだし。上々よね」

    「そうですね。明後日の実地訓練もこの調子で行きましょう」

    「そうだな」

    「うん」

    「―――おし。それじゃ、そーゆーわけで!」

    ルスランは勢いよく立ち上がる。

    「そろそろ日が傾いてきたし、お開きにしますか!」

    「―――わ。ほんとだ、もう5時過ぎじゃない」

    ミコトがカフェの入り口横にかけられている柱時計を見てつぶやく。

    「オレとしてはレナード以外とならこのまま夜を共にしたいんだが、暗くなる前に買出ししなくちゃなんねーからなー」

    「あたしもです。晩ご飯の材料買わないと」

    「なぬッ!? あたしもって、アデルちゃんもオレと夜を共にしたいとッ!?」

    「違います」

    「下宿組はタイヘンね。ま、わたしも寮で自炊だけど。―――あ、ところでさ」

    ミコトはサンとアデルの方を見る。

    「サンとデル、今夜わたしの部屋に来ない?」

    「あ、オレ絶対イキマス」

    「あんたじゃないって。デルとサンと、ここんとこ一緒に寝泊まりしてないしさ、どう?」

    「あ、あたしは………えっと」

    アデルは何やら意味ありげに苦笑をする。

    「デルは大丈夫よねー?」

    「え? や、その………」

    「ハイ決定ー! あ、ちなみに半強制参加だからね。拒否権ないよ?」

    ミコトは満面の笑みを浮かべながら、アデルの袖を凄まじい握力で握りしめて確保する。

    「サン〜?」

    そして、ミコトは次の標的サンに微笑みかける。
    サンは露骨に嫌そうに目線を逸らす。

    「いいよね〜?」

    「…………ヤダ」

    ミコトは目をぱちくりさせる。

    「えー? どうしてよ?」

    「うー。だって、その…………」

    サンはうつむき、赤面しながら言う。

    「………ミコト。お風呂一緒に入ろうとするし」

    「まじっすカーーーーーッ!?」

    黙々と帰り支度をしていたルスランが突如吼える。

    「ナニその魅惑の花園ッ!? 狭い風呂に女体盛り!? オレも入りてェェェェサンちゃんマジか!?」

    サンは小さく、こくんとうなずく。

    「サンはそれの何がダメなの? わたしの故郷じゃそーゆーの当然よ?」

    「またそんな怪しいことを」

    「ほんとだってば。レナードは銭湯とか温泉とか知らないの? 裸の付き合いとか言ってさ、でっかいお風呂にみんな裸で入るんだよ? 混浴だと男女一緒なんだから」

    「ミコちゃんの出身地、蓬莱………なんという魅惑の国なんだ。夏休みに絶対行こう………」

    「ルーシャさん下劣です」

    「うわぁ。下品と同じ意味でも下劣って何やらキツイなー」

    「ともかく、私はヤダ」

    「なんでよー? だいたいサンっていつも薄着だし、下着見られても平気じゃない。別に女同士裸くらい――――」

    「ダメなものはダメェッ!!」

    サンが顔を真っ赤にして叫ぶ。

    「ハダカは別! 女同士でもダメ!!」

    ミコトはサンの勢いに気圧され、身を退く。

    「………し、仕方ないなー。じゃあお風呂は入らないからさ。それならいいでしょ?」

    「ヤダ。ミコト絶対お風呂入ってくる」

    「入らないってば」

    「怪しい。信用出来ない」

    「も〜。仕方ないなぁ。じゃあサンは今度にね? いいでしょ?」

    「………うー」

    サンが承諾しかねる様子でうめく。
    その折、ルスランがレナードの袖を引っ張った。

    「なんだ?」

    「サンちゃんのあの純情っぷりはサイッコーだと思わないか?」

    「同意を求められても困る」

    「でもアデルちゃんの純情っぷりも素晴らしいよな?」

    「だから困ると言っている。ついに脳がイカレたか」

    「ちぇー。ったく、連れねーなー」

    ルスランは何やらほんわかとした表情でミコトとサンのやり取りを眺めている。

    「もう、強情なんだから―――じゃ、今日はデルだけウチに来るってコトで」

    「え!?」

    アデルが驚愕の表情を見せる。

    「で、でもサンは泊まらないんですから、あたしも――――」

    「なんでよ?」

    「―――なん、でって…………それは」

    アデルはどうしようもなく、うつむく。
    暴君ミコトを論破しようと思うのが間違いだと気づいたらしい。

    「サ、サン? サンも一緒に泊まろう?」

    アデルは道連れが欲しいらしく、サンに呼びかける。

    「ヤ」

    だが一文字で断られた。

    「―――い、一緒に泊まろうよ。きっと楽しいよ?」

    「アデルだけ楽しむといい」

    「…………ね、サン。お願いだから。ね?」

    「ヤダったらヤダ。絶対」

    「…………〜〜〜〜ッ!!」

    アデルは抱きつくような形で、そっぽを向き続けるサンの胴に腕を回す。

    「ア、アデル!? 何してッ………!?」

    「サンも一緒に行くの! じゃないとあたし1人だけミコトちゃんの餌食になっちゃうんだから!!」

    「や、やだ!! 離せぇ〜〜ッ!! 死んじゃう〜〜ッ!!」

    「あたしだって死にたくないもんッ!!」

    「――――ちょっと、何だかすごい言い草なんだけど?」

    「「え? ふわっ…………ああああぁあぁぁッ!?」」

    襲いかかる暴君。

    「お仕置きしちゃうぞ〜〜!」

    「やぁぁぁああぁぁぁッ!?」

    「ア、アデル、へんなとこ………ふあッ!?」

    「おー。サンのホントに成長してる………」

    「サン、そこは………あッ!」

    「は、離せミコ………あ」

    「サンもアデルもか〜わい〜」

    「フオオオオオオオオオオッ!!!」

    女子チームが組んず解れつ仲良く引っ付き合ってる傍で、ルスランはが突然叫びだす。

    「こ、これが彼の収攬なる箱庭の一斑かッ!? 遍く世の万人が庶幾し続けてきた理想郷だと言うのかッ!?」

    ルスランは興奮すると語彙が豊富になるらしい。

    「マァァスタァァァーーーーッ!!!」

    ルスランはカフェの店内に向かって叫ぶ。
    すると店内からカメラが飛んできた。
    ルスランはそれを受け取り、カフェ店内に向かって親指と人差し指、小指を立てる。

    「グッジョブッ!!」

    店内からも、同じ形をした手だけが出てくる。
    そしてマスターの渋い声が響く。

    「バンデラス大先生より賜った高価なカラー写真機だッ!!」

    「カラー写真機ッ!?」

    「如何にもッ!! 遥か100年は飛び越した技術により色付きを可能とし、百万単位の画素は乳首の色まで鮮明に映し出すッ!!」

    「そんな、信じられない………乳首の色をッ!?」

    「然るが故にッ!! 壊しても構わんが写真は必ず撮れッ!! そしてネガは死んでも守り抜けッ!!」

    「Sir! Yes,sir!」

    「さぁ行きたまえッ!! 桃色の空間が君を待ち侘びているぞッ!!」

    「Sir!! Yes,sir!!」

    ルスランは涙を流しながら敬礼を返す。
    その横で、レナードはひどく顔を歪ませて心底呆れたような顔で見ていた。

    「さぁさぁさぁッ!! 行くぜあらゆる世界の男子諸君ッ!! オレはまさに今、理想郷を収めようッ!!」

    ルスランがこれだけ騒いでも、女子は女子で騒いでるので気づいていなかった。
    周りに客や人がいないのが救いだな、とレナードは思った

    「きゃー! デルの下着かわい〜!」

    「あーサンちゃんその表情サイコー! アデルちゃんもっと着衣乱してー! ミコちゃん胸揺らせー!」

    「ミ、ミコ、やめッ!」

    「脱げー! もっと脱げー! 脱ーげ♪ 脱ーげ♪ 脱ーげ♪」

    「サ、サン………去年までは変わらなかったのに………なんで」

    「ああッ、あと数センチだというのに何故ッ!? 絶対領域かッ!? 上からのアングルがあれば突破できるというのに………神よあなたは何故私に浮遊魔法の適性を与えなかったのですかッ!?」

    ふと、嘆き悲しむルスランの身体が浮く。
    見ると、店内からガラス越しに、マスターが双眼鏡で覗き見ながら魔法を使っていた。
    遮蔽物越しかつこの距離で人を浮かせる技量に、レナードは独り感心していた。

    「ああああああ神よ!! やはりあなたの奇蹟は確かにあるッ!! 私は生涯この奇蹟を忘れませんッ!!」

    「きゃー!」

    「おおおおおおおッ!?」

    「やー!」

    「おっしゃーーーー!!」

    「あー!」

    「完璧だぁぁぁあぁあぁッ!!」

    「………ああ、今日は夕日が綺麗だな」

    喧騒の中、レナードは独りぼけっと暮れる夕日を眺めていた。








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