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■358 / 1階層)  誓いの物語 ♯002
□投稿者/ 昭和 -(2006/10/01(Sun) 14:29:58)
    2006/10/03(Tue) 15:32:38 編集(投稿者)




    「では、誓いの口付けといこうかの」
    「な、なに!?」
    「口付けじゃ、口付け。キス、接吻とも言うがの」
    「それはわかる!」

    わざわざ別の言い方をしなくても、それくらいはわかる。
    違う意味での別の問題があるのだ。

    「また、本気で言ってるのか?」
    「同じことを言わせるな。妾は、冗談でこんなことは言わぬ」
    「……」
    「なんじゃ? また文句があるのか?」
    「文句というか…」

    まったく、このお姫様は…
    普通の思考で接しようとすると、とてもついていけない。

    「夫婦(めおと)になるには、誓いの口付けが必要だと聞いたぞ」
    「まあ、そうだけど…」
    「…不服なのか?」
    「ああもうわかった」

    しかも、どこで見聞きしてくるのか、非常に偏った知識ばかりで。
    困ったものである。

    シュンとしてしまい、悲しそうに見上げてくる瞳も、破壊力は抜群。

    「わかったから……ほら、目を閉じろ」
    「うむっ」

    ロバートがそう言うと、エリザはうれしそうに頷いて、勇んで目を閉じる。
    そして、顔を上げて唇を差し出した。

    「………」

    こんなところを見られたら、なんと言われるか。
    ロバートは慎重に周りを窺い、誰もいないことを確かめると。
    少し腰を落として、静かに顔を近づけて行く。

    ちゅっ

    「…な!?」
    「苦情は受け付けないぞ」

    確かに口付けは成されたのだが。
    エリザが声を張り上げたように、彼女が望んでいたものではなかった。

    「口付けといえば、唇にするものであろう。このうつけ!」
    「キスしたことには変わりない」
    「むむむ…」

    そう。ほっぺにチュッっとしただけだった。
    屁理屈で切り抜けるつもりなのか、エリザが怒っても、ロバートは知らん振り。

    すると…

    「…ふえ」
    「あ…」

    むくれていたエリザは、泣き出してしまった。

    「ひ、ひどいのじゃ……妾はただ、そなたのことが好きなだけなのに…」
    「ああ、ああ…」

    こうなると、ロバートに打つ手は無い。
    大慌てで慰めるのと同時に、どうやって切り抜けるべきか、必死に考えた。

    「エリザ、こうしよう」
    「…?」
    「誓いは今のキスでも充分だ。
     本当のキスは、将来、本当に婚礼を挙げるときまでとっておこう」
    「本当に婚礼を挙げるまで…?」
    「ああ。そのほうが、誓いを交わしたというふうに思わないか?
     いわば、そのときまでとっておくという誓いのキスだ」
    「……」

    こう言われると、エリザは少し考えて。

    「……うむ」

    やがて納得したのか、涙を拭いて頷いた。

    「考えてみればそうじゃな。乙女の純潔は、婚礼までとっておくべきじゃ」
    「うんうん」

    良くも悪くも、エリザはまだ10歳。
    取り留めの無い話でも、簡単に納得してしまう。

    切り抜けられてホッとするロバート。

    「じゃが、忘れてはならんぞ。誓いは確かに交わしたのじゃからな。
     そのときになって、シラを切ることなど許さぬ」
    「はいはい」
    「約束じゃからな」

    「エリザベート様〜!」

    そこへ、エリザを呼ぶ声がかかる。
    声のした方向へ目をやると、彼女のお付きである侍女が走ってくる。

    「おお、こっちじゃ」
    「ああ、こちらにおいででしたか」
    「何かあったのか?」
    「何か、ではございません」

    侍女は目の前まで走ってくると、呼吸を整え。
    ジロリとエリザを睨みつけた。

    「まもなく、礼儀作法のお稽古のお時間ですよ」
    「…あ」

    忘れていた、という顔をするエリザ。
    しっかりしているように見えて、そこはやはり、
    年相応のところもあるということだろう。

    「お支度もございます。早くお部屋へお戻りになりませんと」
    「う、うむ。ではロバート、また後でな!」

    エリザはそう言うと、パタパタと走り去って行く。
    侍女も、ロバートに対し一礼して、後を追っていった。

    「ふぅ…」

    嵐が来て、過ぎ去っていったかのごとく。
    ロバートがホッとして、息をついたのも束の間。

    「若もなかなかのやり手ですな」
    「うわっ!?」

    すぐ背後から聞こえた声に、心臓が止まりそうになった。

    「かような幼子まで、若の魅力にメロメロですか」
    「あ、あああああ、アレクシス!?」
    「はい、爺めにございますぞ」

    ビックリして振り返った先に立っていたのは、白髪交じりの男性。
    名をアレクシス=ラントンという。

    本人が言ったように、ロバートが人質となって王都に出向いてくる前から、
    彼に付き従ってきた傳役である。

    そのアレクシスは、ニヤニヤ笑みを浮かべてきた。
    これは、もしや…

    「ま、まさか…」
    「さすがですな、若♪」
    「あああああああああ…」

    バッチリ見られていたと。
    ガックリと脱力してしまうロバート。

    「終わりだ…」
    「何を今さら。
     若とエリザベート殿との仲は、すでに知れ渡っているではないですか」

    ロバートとエリザベート。
    2人の仲の良さは、2人がいつもベッタリであるから、鈍い者でもわかる。
    人質同士だということもあって、話題になることもしばしばだった。

    「だからといって、き、キ…」
    「言葉は悪いですが、お見事なあしらい方でしたな♪」
    「ああぁぁああああぁぁ…」

    その瞬間だけではなくて、そのあとの会話まで聞かれていたのか。
    不覚もいいところだ。穴があったら入りたい。

    「エリザベート殿は純粋な心で言っておられたんでしょうに、若は…」
    「うぐっ」
    「いやあ、はっはっは。将来はかなりのプレイボーイになられますぞ♪」

    あの場を切り抜けたい一心でいたことも、しっかりと見抜かれていた。
    伊達に年を食っていない。

    「純粋も何も、エリザはまだ子供じゃないか…。
     それに将来、俺なんかよりももっと良い、彼女に相応しい相手が現れるさ」
    「子供だ子供だとバカにされますと、あとで痛い目を見ますぞ。
     それがしには少なくとも、心からの本心だと思われますが」
    「……」
    「さすがですな。お父上の若い頃にそっくり…」
    「だあもうっ!」

    ガーッと叫んで、強引に話を変える。

    「そんなことより、いったいなんだ。何か用があったんじゃないのか?」
    「おっと、そうでした」

    ぽんっ、と手を打ったアレクシス。
    出向いた用件を伝える。

    「シャルダン卿がお呼びですぞ」
    「シャルダン卿が?」

    シャルダン卿、ラファエル=シャルダン公爵。
    聡明な人物で、ブルボン王国のナンバー2であり、宰相にして、
    国王ルーイ6世の信頼がもっとも厚い人物である。

    何の因果か、運命だったのか、はたまた気まぐれかはわからない。
    なぜだか彼の覚えはめでたく、何かと良くしてくれている。

    勉学や武道の師匠であるというだけではなく、
    ロバートにとっては、間違いなく、王都に来てからの大恩人。

    「なんだろう…。何か聞いているか?」
    「いや、それがしは何も」
    「そうか」

    自分にも、特に心当たりは無いが。
    呼ばれているのならば、行かなければならない。

    「じゃあ、行ってくる」
    「は。急がれたほうがようござる」
    「ああ」

    ロバートは、足早に、宰相の執務室へと向かった。
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