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■374 / 5階層)  誓いの物語 ♯006
□投稿者/ 昭和 -(2006/10/05(Thu) 17:28:52)




    王都を進発したブルボン軍は、順調に進軍を続け。
    ルクセン王国の王都ルクセテリアへと迫っていた。

    「アレクシス。あとどれくらいでルクセテリアへ入れる?」
    「そうですな…」

    馬上から、隣を行くアレクシスへ尋ねるロバート。
    少し思案したアレクシスは

    「このあたりまで来れば、明日にも」
    「そうか」

    行軍速度と残り距離を素早く計算して、無難な数字を答えた。

    「帝国軍の動きはどうだ?」
    「最新の報告では、我らの動きを機敏に察知し、急ぎ軍を発したそうにございます。
     若、先手を取れましたな」
    「ああ」

    とりあえず、帝国に先んじて、軍事行動に入ることには成功したようだ。
    ブルボン王国の優秀な諜報網のおかげである。

    逆に、帝国は焦っていることだろう。

    謀略を仕掛けてくるくらいだから、今回の作戦には本腰を入れているはずだ。
    先手を奪われたと知り、慌てている様が容易に想像できる。

    となると、どうしたものだろうか。

    「ふむ…」
    「若?」

    難しい顔で考え始めたロバートに、アレクシスは首を傾げた。

    「何かご懸念でも?」
    「あ、いや、そうじゃない。ただ…」
    「ただ、なんでございます?」
    「当初は、進撃してきた帝国軍を迎撃するという目算だった」

    今回、仕掛けてきたのは帝国のほうである。
    進撃度合いでは帝国を上回る結果となったが、こちらはどこまで進出するべきか。

    迎え撃つという算段なら、帝国領へは入らず、誘い込む動きをするべきだ。
    逆に先手を取れたことで、こちらから進撃して行くという選択肢も生まれた。

    「帝国との国境付近で待つべきか、それとも、勢いに乗って帝国領へ侵攻するべきか…」
    「うーむ、難しいところですな」

    これには、アレクシスも唸ってしまった。
    現段階で決めるのは難しい。

    「このまま勢いに乗じて、と申し上げたのは山々なところでござるが…
     帝国軍の規模が判然としない限り、敵領に分け入るのは、少々危険だという気もしますな」
    「ああ。だから迷っている」

    こちらも2万5千という大軍ではあるが、帝国軍の諜報力もバカには出来ない。
    それなりの軍勢を差し向けてきた場合、勢いに任せて進撃すると、
    正面から受け止められる格好になる。しかもそこは敵地。
    その上、敵兵力が自軍を上回っていたとなれば、致命的な失態となる。

    「まあ、我らだけでは決められますまい。
     もうしばらくすれば、もっと詳しい情報も入ってくるでしょうし」
    「そうだな」

    今、この場で決める必要も無いわけだし、とりあえずは優位に立っているのだ。
    急ぐことはあるまい。

    「しかし、帝国を出し抜けたのは良かった。
     ルクセンはともかく、何よりベルシュタッドが心配だからな」
    「そうですな」

    先手を奪えたことの1番のメリット。
    それは、エリザベートの故国、ベルシュタッド公国をいち早く救うことが出来る、
    ということだろう。

    ベルシュタッドは、大陸北部に存在する小国群の中では、もっとも東側に位置している。
    詳しく説明すれば、国の並びは西から、
    ブルボン王国、ルクセン王国、ネーデル共和国、ベルシュタッド公国。
    その向こうはビスマルク帝国だ。

    いわば、最も早く帝国の脅威に晒されるのがベルシュタッド公国である。
    先に動けたということで、ベルシュタッドへの帝国の侵攻は、防げたと言ってよい。
    敵が来ているというのに、わざわざ他の国へ攻め込むことも無いだろう。

    この北部小国群の中で、唯一、ネーデル共和国だけが、いまだ中立を保っているが、
    今回の戦いで帝国を打ち破れば、ついに日和見をやめて、こちら側へと転がり込むかもしれない。

    そうなれば一石二鳥。
    海の向こう側イング王国も、帝国とは敵対関係にあるので、帝国包囲網が完成する。
    帝国の滅亡も時間の問題となろう。

    「今回の戦で勝利できれば、大陸の趨勢はほぼ決まりですな。
     若、エリザベート殿の申されていたことも、夢物語ではなさそうですぞ。
     いや、それ以上のことになりますぞ」
    「は?」
    「勝利すれば、ネーデルはブルボンになびき、帝国はがけっぷちに追い詰められる。
     望み得る限りの結果ではありませんか。その功績は、若、あなたのものになるんですぞ」
    「う、うーん?」

    確かに、名目上とはいえ、総大将はロバートなのだ。
    最大の功績者となってもおかしくない。むしろ、自然の流れ。

    「将来的なルクセンの安定だけでなく、若のブルボンでの評価も劇的に変わりましょう。
     宰相閣下は若のことを買っておられるようですから、もしかしたら…」
    「もしか、したら…?」
    「次期宰相候補、なんてことにも」
    「い、いやいやいや、さすがにソレは無いだろ」

    驚いて否定するロバートだが、まったく可能性の無い話ではない。

    普通は世襲で継がれていきそうな役職であるが、ブルボンのシステムは違うのだ。
    実力のあるものが実力で這い上がることも可能であり、その典型が、シャルダン卿である。

    卿は、片田舎の貧乏貴族であったのだが、その才気で瞬く間にのし上がり、
    あの若さで頂点を極めたのだ。

    「それに、俺なんて、まだまだ若輩もいいところだ」
    「いやいや。宰相閣下も、あの若さで宰相なんですぞ」

    シャルダン卿が宰相に就いたときの年齢は、驚く無かれ、26歳である。
    前代未聞の若さだった。

    「もちろん、今すぐという話ではありませんがな。
     今回の戦に勝利して、帝国に引導を渡す役目を仰せつかることが出来れば!」
    「……」
    「10年後。若が25歳となられたときには、本当に宰相になっているかもしれませんぞ!」

    1人で盛り上がるアレクシス。
    すでにその姿を思い描いているのか、恍惚としていた。

    「いくらなんでも…」
    「ご謙遜めさるな。
     26歳という前例があるのだから、1歳くらい若くても文句は出ますまい。
     いま言ったことが実現すれば、本当にありえますぞ!」
    「はいはい…」
    「いやあ、楽しみですな。これは長生きする必要が出てきましたわい。
     若が宰相になられる姿を見るまで死ねませんな。カッカッカ!」
    「わかったわかった…」

    付き合っていられない。
    適当にあしらうことに決めたロバートだったが、希望が無いわけではない。
    それどころか、明るい限りのわけで。

    (まだ始まってもいないけど、エリザの期待に、少しは応えられるかな…)

    漠然とそんなことを思っていたりする。

    (がんばらなきゃな……うん!)

    決意も新たに。
    さらなる力が湧いてきたような気がした。

    そんなとき…

    「ご注進ーーーーっ!!」

    「…!」

    前方から、早馬が駆けてきた。

    「何事だ?」
    「早馬のようでございますな」

    先頭を行っているから、嫌でも目にする。
    早馬を駆ってきた男は直前で下馬すると、2人の前に跪いた。

    「申し上げます!」
    「ああ」

    この報告が、激震をもたらすことになろうとは。

    「ルクセテリア炎上っ!」
    「…は?」
    「なんじゃと!?」

    あまりのことに、ロバートは目をしばたたかせつつ、唖然とする。
    すぐに反応できたアレクシスが、むしろ老練の強者ということだろう。

    「詳しく申せっ!」
    「はっ!」

    アレクシスが尋ねると、伝令は説明する。

    「数刻前のことでございます。突然、街中の至る所から火の手が上がりました!
     すぐに消火作業に入りましたが、なにぶん出火個所が多くて風が強く、未曾有の大火と…」
    「むむむ、なんたることじゃ! して?」
    「は…。炎の一部が城にも飛び火し、街と同じく、城内もすべからく混乱状態に陥り…
     その最中、国王陛下は……うっ、うっ……」

    話している途中で、伝令の男は泣き出してしまった。
    いかにも不吉な言葉の切れ方。

    「父上? 父上がどうしたっ!?」
    「答えぬかっ!」
    「は……ははっ!」

    さすがに、国王の身に何かあったのではと推測することは出来る。
    ロバートもアレクシスも叫んだ。

    「混乱の最中、陛下は……ロナルド国王は、何者かの手により……」
    「こ……殺された、とでも言う気じゃあるまいな…?」
    「うぅぅっ…」
    「ま、まさか…」

    再び泣き崩れてしまう伝令。
    よく見ると、ブルボン軍の兵士ではなく、懐かしいルクセン王国の軍装姿だ。
    それだけに、居た堪れない気持ちになってしまったのだろう。

    「父上が…? 父上が殺された?」

    ロバートは茫然自失。
    急にそんなことを言われても、実感などまるで湧いてこないし、
    夢の中にいるような気分である。

    「は……ははは。何を言ってるんだ。そんなはず…」
    「若っ! しっかりなされいっ!」
    「っ…」

    思わず錯乱しそうになる彼を、アレクシスの怒声が押し留めた。

    「情報に踊らされてはなりませぬ!」
    「だ、だが……現にこの者は……格好もルクセンのものだ…」
    「例えそうだろうと、今、この情報だけで判断するのは早計でございます!
     情報自体が欺瞞工作だという可能性もありますぞ。
     帝国の謀略だったらなんとなさりますか。
     まずは、急ぎルクセテリアへ赴き、事の真偽を確かめるのが寛容かと存ずる!」
    「……。そうだな」

    言われてみれば、その通りだという気もする。
    この場で判断するのは危険だ。

    「なんと申されますっ!」

    ロバートが頷くと、泣いていた伝令の男が顔を上げ、
    心外だとばかりに反論してきた。

    「私がウソ偽りを言っていると!?」
    「いや、そうではない。決しておぬしを疑っているわけではないが、事が大事すぎる。
     すべては確かめてからじゃ」
    「は…」

    アレクシスの言葉に、しぶしぶ引き下がる。

    「そうとなれば若。一刻も早く、ルクセテリアへ参りましょうぞ!」
    「しかし、曲がりなりにも、俺は大将だ。
     一時的にせよ、無断で軍を離れるわけには…」
    「ならば、軍のほうはいったんナポレ将軍にお任せし、指揮を執っていただきましょう」

    ナポレ将軍は、シャルダン卿が付けてくれた、ブルボンでも指折りの将軍である。
    次席指揮官として、また、目付け役として、この遠征に同行していた。

    「事情を説明すれば、おわかりいただけるはず。さあお早く!」
    「わ、わかった」

    すぐに、ナポレ将軍のもとへ説明に訪れる。
    彼は怪訝そうな顔をしたが、国元を思う気持ちは彼にだって存在した。

    了承してもらうと、ロバートとアレクシスは軍列から離れ、
    将軍が付けてくれたわずかな護衛と共に、
    一目散にルクセン王国の王都ルクセテリアを目指した。


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