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■426 / 11階層)  誓いの物語 ♯012(終)
□投稿者/ 昭和 -(2006/10/11(Wed) 15:18:02)




    「落ち着いたか?」
    「…ああ」

    しばらくして。
    ロバートの気持ちは落ち着いたらしく、嗚咽する声は聞こえなくなった。

    「みっともないところを見せちゃったな…」
    「なに、妾は気にしないぞ。
     むしろ妾の前では、裏表の無い、本当のそなたを見せてくれるとうれしい」
    「そうか…」

    そう言ってくれると、こちらとしてもうれしい。

    翼を休める場所というか、弱音を吐ける相手というか…
    5年間、重いものを背負ってきただけに。
    自分が先頭に立って、励まなければならない立場だっただけに。

    そのありがたみがよくわかった。
    じかに感じられるぬくもりが心地よい。

    今、はっきりとわかった。理解した。

    自分にはこのぬくもりが、温かさが、エリザが必要だ。
    人質として連れてこられたにもかかわらず、その後もがんばれたのは、
    常に、エリザが隣にいてくれたからだ。

    遠征している最中も、エリザが側にいてくれたら、
    どんなに心強かったことだろう。

    (…ん? じかに?)

    ふと我に返った。

    自分は今、どんな状況に置かれている?
    エリザに頭を抱き締められている。

    すなわち、座っているのと立っているのとの違いで、自分の顔は今、
    エリザの胸に埋まっている。

    (こ、この状況は…)

    非常にまずい。
    このぬくもり、やわらかさ、いい匂いは、つまり、エリザの…

    「おわっ!?」
    「なんじゃ、突然」

    どうにもまずい。
    ロバートは思わず飛びずさって、ソファーへとひっくり返った。

    エリザは、それほど力を入れて抱き留めていたというわけではなかったようだ。
    それが幸いしたのだが、急に振り解かれて、不機嫌そうな顔になる。

    「いや、その…」
    「なんじゃ。はっきり言うてみたらどうじゃ」
    「あ〜…」

    なんと言ったものだろう。
    説明するにも困るが、このお姫様は、5年前とまるで変わっていない。
    余計に困ってしまった。

    「ロバート?」
    「ああもうっ」
    「あ…」

    もう、こうするしかあるまい。
    立ち上がったロバートは、エリザの身体を抱き締めた。

    今度は逆に、エリザがロバートの胸に顔を埋める。

    「役割が逆だろっ」
    「…うむ」

    ロバートは、気恥ずかしさをごまかす意味も含めて、必要以上に声を出した。

    エリザは多少、納得しかねる部分もあったようだが。
    すぐに、自らからも腕を回して、うっとりと身体を預けた。

    「5年は……長かったぞ」
    「すまん…」

    グサリと突き刺さる言葉。
    謝るしか、行動のとりようが無い。

    この5年間、個人的なものでは、2人の間に交流は無かった。

    手紙のやり取りくらいは出来そうだが、
    ロバートは、約束を破ってしまったことで、連絡を取りづらくなってしまい。
    エリザは、戦陣にいるロバートに対して遠慮をしてしまい。

    なので、文字通り、5年ぶりとなる交わりだったのだ。

    「そなた、また背が伸びたな」
    「ああ、そうかもしれない。もう止まったけどな」
    「たわけが…。せっかく追いついたと思ったのに、これでは形無しではないか」
    「いや、自分じゃどうにもならないだろ…」

    当時、ロバートはやや遅い成長期の真っ只中にあった。
    エリザも成長中であったにせよ、5歳という年齢差は、如何ともしがたかったのだ。

    が、彼女も成長期を経て、大きく成長を遂げている。
    それでも、ロバートの背丈に追いついたというわけではなかったが、
    正しい男女差というところだろう。

    「でも、おまえも大きくなったじゃないか。見違えたぞ」
    「うむ」

    ロバートは20歳。エリザは15歳になった。
    もう子供だと言われる年齢ではない。

    「それに、おまえはまだ、伸びる余地があるかもしれないぞ?」
    「うむ、今に見て……いや、これでよい」
    「…?」

    年齢的なことを考えると、ロバートがこれ以上、背が伸びることは無いだろう。
    だが、エリザにとってみれば、まだまだ可能性を秘めている。

    乗ってくるかと思いきや、エリザは否定した。

    「ん? 大きくなりたくはないのか?」
    「今のままで良い。これ以上、伸びたら…」
    「伸びたら?」
    「……」

    エリザは言葉を途中で切り、ロバートの背中に回している腕に、
    ほんの少し力を込めて。
    ボリュームも少しだけ下げて、囁くように続きを言った。

    「そなたの胸に抱かれることが、出来なくなってしまう」
    「……」

    再び返事に窮する。

    確かにエリザの言うとおり、今のバランスがちょうど良いように思えるが。
    本当に、なんと返したものか。

    「…なあ、ロバート」
    「なんだ? いや、ちょっと待ってくれ」
    「…?」

    抱き合ったまま、会話が再開されるものの。
    ロバートが制止を要求。首を傾げ、顔を上げるエリザ。

    「なんじゃ?」
    「いや、まあ、なんだ……」

    照れくさそうにそっぽを向くロバート。
    だが、覚悟を決めて、見つめ返しながら尋ねる。

    「『ロビー』とは……もう、呼んでくれないのか?」
    「あ…」

    そう、そうなのだ。
    気になっていたのだが、もう、愛称を使ってはくれないのか?

    たった今、自分を呼ぶときもそのままだった。

    「どうして、ロビーと呼んでくれないんだ?」
    「それは、じゃな…」

    今度はエリザが照れる番だった。
    ほのかに赤くなって、視線を逸らす。

    「妾たちも、もう子供ではないのだから……その、なんじゃ。
     そう呼ぶのはやめたほうがいいかと思ってじゃな…。
     こ、子供っぽくはないか?」
    「……」

    どんな理由があるのかと思ったら。
    ロバートは一瞬だけ、驚いたかのように目を丸くして。

    「な、なんとか申せ」
    「…くははっ」
    「!! わ、笑ったな!」

    堪えきれずに吹き出した。

    当然、エリザは激昂する。
    赤くなっていた顔が、さらに赤くなった。

    「無礼者! 正直に申したのに、なんじゃその反応は!」
    「い、いやすまん、悪かった」

    笑ってしまったのは確かに失礼だ。
    真摯に謝って、どうにか機嫌を直してもらう。

    (そうだよな…。エリザも、そういうことを考える大人になったんだよな…)

    脳裏に蘇る、5年前の記憶と見比べながら。
    立派な成長振りを喜ぶのと同時に、一抹の寂しさを感じた。

    つくづく、常に一緒にいて、一緒に成長できたら、どんなに良かったかと思う。

    「エリザ。構わないから、昔のように呼んでくれよ」
    「…よいのか? 子供だと思ったりしないか?」
    「しないよ」
    「…わかった。……ロビー」
    「ああ、エリザ」
    「…うむ。実は妾も、そう呼びたかった」

    エリザをもってしても、恥ずかしさには勝てなかったようだ。
    気恥ずかしそうに、遠慮がちにそう呼ぶ姿も、それでもうれしそうに頷く姿も、
    とてつもない破壊力を秘めているものだ。

    「……エリザ」
    「なんじゃ、ロビー?」

    ロバートも、その魅力には勝てない。
    いや、今に始まったことではなく、昔からのことだ。

    「5年前の誓いは守れなかったが…」
    「じゃから言うたではないか。それはもう、気にせずともよいと」
    「いや、そうじゃなくて。
     その……新たな誓いを、立てさせてはもらえないだろうか」
    「新たな誓い?」

    後から思い返してみると、クサい上に、よくもこんなことを堂々と言えたものだと、
    そんなふうに考えてしまうことを、このときは自然と、スラスラと言えたのだ。

    「俺は……今度こそ、誓いを守る。
     痛恨の極みでベルシュタッドは守れなかったが、おまえは、エリザだけは、
     俺が生涯を賭けて守る。絶対だ」

    「ロビー…」

    相手の名を呟くことしか出来ない。
    それほど衝撃的で、思いも寄らぬ、うれしい言葉だった。

    「誓わせて……もらえるか?」
    「もちろんじゃ」

    だから、にっこりと微笑んで、頷いた。

    「良かった…。断られたら、これからの人生における目標を見失うところだったよ」
    「何を申すか。国主として、そなたには、ルクセンの民を導くという仕事があろう」
    「そうなんだけど…」
    「まったく、うつけめ」

    意地悪そうに言うエリザだったが、内心はうれしくてたまらない。
    一国と自分を天秤にかけるような物言いで、本来ならば、国王として失格な言動であるが、
    それだけ、自分のことを想ってくれているということなのだ。

    「それに、妾が否定するとでも思ったのか?」

    なんてことはない。
    最初から、決まりきっていたことだ。

    「妾は5年前すでに、そなたに妾のすべてを託したつもりじゃ。
     そなたの申し出を断ることなど、絶対にありえん」
    「そうか、ありがとう…」
    「これ。男が1日に2回も涙を見せるでない」
    「す、すまん」
    「さて」

    ゆっくり身体を離す2人。

    「茶を淹れなおすとするか。積もる話もあるし、ゆっくり話をしたいぞ。
     先ほど淹れたものはとっくに冷めているだろうし、そなたの分も用意せねばな。
     先ほどのそなたは、茶どころではなかったようじゃからの」
    「はは…」

    茶を淹れなおしに向かうエリザを、ロバートは苦笑しながら見送る。
    確かにその通り。ものの見事に、心情を読まれていたようだ。

    お茶を淹れてもらい、しばし、談笑する。
    思い思いに、それぞれの5年間を語り合った。

    「王都には、どれぐらいいられるのじゃ?」
    「んー。国元も心配だし、あまり長くはいられないな。
     まあ他にやることもあるから、2、3日というところか」
    「2、3日か…。
     3日たったら、また、そなたと離れなければならんのじゃな…」
    「……」

    ロバートはルクセンの国王。
    平定したとはいえ、まだまだ不安分子が渦巻いている。
    また、それが無くとも、王都バリスでのうのうと暮らせる立場ではないのだ。

    一方、祖国を失くしたエリザは、他に行くところが無い。
    バリスを離れるわけにはいかない。

    「寂しいの…」
    「エリザ…」

    せっかく再会できたというのに。
    また、離れ離れになってしまうのか。

    寂しそうな、悲しそうなエリザの声、表情に、たまらなくなったロバートは。

    「…なあ、エリザ」
    「ん?」

    一大決心を固めた。

    「おまえさえ良ければ……だが」
    「うむ」
    「一緒に、来ないか?」
    「なんじゃと?」

    反射的に聞き返すエリザ。
    聡明な彼女をもってしても、瞬時に、ロバートの意図を飲み込むことは出来なかった。

    「どういう意味じゃ?」
    「ああ、普段は鋭いくせに鈍いな…。
     いや、俺が卑怯なだけか…。わかった、はっきり言う」
    「わけがわからんぞ、ロビー」

    エリザの眉間にしわが寄る。
    直後、そのしわは解消され、逆に、驚きに染まることに。

    「エリザ」
    「う、うむ」

    真正面から見つめられ、少し怯んだ。

    「俺と一緒に、ルクセテリアへ来てくれないか。
     もちろん、俺の后として」
    「な……き、后!?」
    「王国が許してくれるかわからないが…
     俺は、おまえを后として迎えたい。どうだろうか?」
    「あ……う……」

    エリザは混乱状態。
    回転の早い頭脳が、このときばかりはあちこちで断線を起こし、ショートしていた。

    「エリザ?」
    「…す、すまぬ。少し我を失ってしまったようじゃ…」

    はー、はー、と自分を落ち着かせるようにして深呼吸し。
    早くなった心臓の鼓動も、なんとかセーブして。

    「なんだ。5年前には、おまえから言い出してきたことだぞ」
    「と、突然すぎるのじゃ! ムードというものを考慮せい!」
    「はいはい、次は善処するよ」

    もはや開き直ったロバート。
    平然と先を続けた。

    「それで、答えは?」
    「5年前から決まっておる!」

    エリザは、対抗するように、努めて冷静を装って。
    満面の笑みを浮かべ、わずかに涙を潤ませながら。

    「妾でよければ…いや、妾以外に、そのセリフを使うことは許さぬ!」
    「使わないよ」
    「うむっ。愛しておるのじゃロビー!」

    将来、自分の人生を回想することがあったとすれば。

    このときの笑みが、泣き笑いの表情ではあるが、人生で1番の笑顔であったと、
    確信を持って言えることだろう。





    2人の前には、乗り越えるべき山が、いくつも立ちはだかっていることだろう。
    …だがしかし。

    例えその山がどんなに高くても、どんなに険しくても。
    2人であれば乗り越えていける。どこまでも行ける。

    そう、信じて――

    誓いを立てようではないか。
    未来永劫保たれし、決して破れることの無い…

    2人の、誓いを。





    ――誓いの物語 完?









    <あとがきという名の言い訳>

    不完全燃焼で終了です。(え?

    本当は、5年間の出来事とか、2人のその後とか、大陸の趨勢とか、
    気になることが山積みなので、書いてみたいところなんですけど…

    いかんせん、ネタと時間がありません。
    練りこみも全然足らないところですし、書くのは厳しいかなーと…
    書くにしても、まずは、『黒と金と…』ほうを終わらせてからですかね…

    何はともあれ、こんな駄作に付き合っていただいた皆様。
    どうもありがとうございました。

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