Release 0シルフェニアRiverside Hole

HOME HELP 新着記事 ツリー表示 スレッド表示 トピック表示 検索 過去ログ

■444 / 1階層)  外伝『エリザの5年間』
□投稿者/ 昭和 -(2006/10/18(Wed) 18:10:13)
    2006/10/19(Thu) 16:54:13 編集(投稿者)


    外伝 エリザの5年間





    帝国軍の、北部小国軍への侵攻を阻止するため、派遣された遠征軍。
    彼らが大勝利を収めたと報告されて、はや1ヶ月が経過していた。

    もちろん本当の情報を知る上層部は、それを受けての対応を迫られ、
    援軍などの準備を整えている最中。
    だが、他の多くの者たちは、そういった情報はまるで知らされていなかった。

    「のう、リース」
    「なんでございましょう姫様?」

    自室にて、窓際に立って外を眺めながら、侍女を呼ぶエリザ。
    彼女も侍女もまた、大多数の者のうちの1人である。

    「先の戦には、勝利したはずじゃな」
    「はい。そのようにお聞きいたしました」
    「だったらなぜ、もう1ヶ月も経つというのに、戻ってこぬのじゃ?」

    戦闘には勝利した。
    勝ったというからには、帝国軍を壊滅させ、追い払ったのではないのか。

    普通ならば、早々に凱旋帰国、という手筈になるところが、
    いまだ音沙汰が無いばかりか、帰ってくる気配すら感じられない。

    「それに、祝勝気分になっても良いものじゃが…あ、いや、
     世間はそのような風潮で溢れているらしい。
     じゃが、王国の上層は、上に行けば行くほど、例えば宰相殿や陛下などは、
     そんな空気は微塵も出しておらぬ」

    戦勝の報告は、真っ先に上がっているはずだ。
    なのに、祝う雰囲気どころか、なにやらピリピリしているような空気を感じるのだ。
    少なくともエリザはそう感じた。

    「そう…でございましょうか?」

    しかし、この侍女が首を傾げたように、一見は祝勝ムードになっている。
    あくまでエリザ個人が、かすかに違和感を覚えたに過ぎず、
    確たる証拠があるわけでもない。

    「難しいことに、なっておらねばよいのじゃが…」
    「姫様、失礼ながら、それは心配のし過ぎというものにございます」
    「そうかのう?」

    エリザは外を眺めたままで、直接に表情を窺うことは出来ない。
    が、反射して窓に映る顔は見える。

    侍女は、エリザの眉間にしわが寄ったのを見て、努めて冷静に、明るく声をかけた。

    「まだ1ヶ月ではございませぬか。
     きっとロバート様がたは、戦後の処置などでお忙しいのでしょう」
    「戦後処理に、1ヶ月もかかるものなのか?」
    「さあ、それは私にはなんとも…。
     今回は多数の国が絡んでいることですから、その分、複雑なのかもしれません」
    「むぅ、そういうものなのか…」

    知識は色々と仕入れているエリザだが、もちろん、実践した経験は無い。
    ましてや、専門外である戦争の事後処理のことなど、知る由も無かった。

    だからこのときは、そういうことなのかと、納得することも出来たのだが…

    さらに1ヶ月が過ぎ、2ヶ月が過ぎた。
    軍の派遣からは3ヶ月が経とうとしている。

    現在になっても、遠征軍が帰還するといった情報は無いし、気配も無い。

    「これは絶対、何かが起きておるのじゃ…」

    1ヶ月経過の時点で疑っていたエリザ。
    この時点になると、もう、疑惑は確信に変わった。

    だが、情報はまったく得られない。

    「直接、宰相殿や陛下にお聞きしてみるしかあるまい」

    このままでは埒が明かないと判断したエリザは、周囲が止めるのも振り切って、
    直接に尋ねてみることにした。
    まずは、王国ナンバー2、宰相シャルダン卿の部屋へと訪れる。

    「おや、エリザベート殿。どうかなさいましたか?」

    部屋の前で彼女を出迎えたのは、ちょうど中から出てきた、秘書官の1人だった。

    「宰相殿に尋ねたいことがある。取り次いでいただけぬか?」

    エリザは堂々と、とても10歳とは思えないような態度で、面会を申し込んだ。
    秘書官もそれはわかっているので、たいして驚きもせずに応じる。

    「宰相閣下に? 今日はお忙しいので、また後日――」

    そう言いかけると。

    「構わぬ」
    「さ、宰相閣下!」
    「宰相殿」

    急にドアが開いて、中から顔を覗かせた宰相本人が、許可を出したのだ。
    秘書官は驚いて慌てふためき、エリザには喜色が浮かぶ。

    「入るが良い、エリザベート殿」
    「うむ。感謝するぞ宰相殿」

    「お、お待ちを!」

    エリザを招き入れ、さっさとドアを閉めようとする宰相。
    ドアに手をかけて、秘書官は大慌てで阻止した。

    「なんだ?」
    「きょ、今日はお忙しいはず。書類も溜まっておりますし、スケジュールも…
     畏れながら、ご会談なされている時間などありません!」

    ここ最近、宰相の忙しさは、特に増している。

    現実問題として、頭の痛い遠征軍のことがあり、対帝国のことや、
    帝国と同盟したイングへの対処など、解決するべき課題が山積みなのだ。
    秘書官が言ったことも当然なのだが

    「30分程度ならば構わぬ。その分、私の睡眠時間が減るだけだ」
    「し、しかし、ただでさえ閣下はお忙しい身の上。
     少ない休息を、さらに削るようなことになっては…」
    「しつこいぞ。下がれっ!」
    「は、はい!」

    宰相は彼を一喝。
    問答無用で下がらせると、ドアを閉め、エリザに座るように薦める。

    「よろしいのか?」
    「なに。それほどヤワには出来ておらんよ」

    ソファーに腰を下ろしたエリザは、確認するように尋ねたが、
    宰相は笑い飛ばした。

    「これしきで倒れていては、宰相など務まらん」
    「左様か。だが、くれぐれも、ご自愛なされるよう」
    「うむ、そうしよう」

    宰相も対面に座って、場は整った。

    「それで、何用かな?」
    「宰相殿にお聞きしたことがあるのじゃ。率直に申し上げる」
    「遠征した軍勢のことかな?」
    「…! どうしておわかりに」
    「わかるさ」

    訊きたかったことをズバリ言い当てられたエリザは、目を丸くする。
    はっはと笑う宰相。

    「そなたの顔に出ておるぞ。まあ考えてみれば、そなたはロバートとは
     仲が良いようだから、心配するのも当然と言えば当然か」
    「もちろん、ロビー…ロバートのこともあるのじゃが……
     妾が訊きたいのは、それを含めて、今どうなっているのかということじゃ」

    子供らしく、ポッと顔を赤らめるエリザだったが、
    すぐに真顔に戻って、訊きたかったことを口に出した。

    「勝ったというのに戻ってこぬのは、いささかおかしいのではないか?
     帝国がまだ動きを見せているというなら話は別じゃが、そんなこともないのじゃろう?
     戦後処理があるのはわかるが、あまりに時間がかかりすぎておる。3ヶ月じゃぞ?
     何かがあったとしか考えられぬ。
     じゃが、そのようなことは、どこからも伝わってこぬので…」

    「私のところに、直接、訊きに来たということか」
    「ご慧眼じゃ」

    宰相の言葉に頷くエリザ。
    その瞳は、宰相をジッと見据えている。

    「宰相殿、教えて欲しい。
     遠征軍の現状はどうなっておるのじゃ? 我が祖国、ベルシュタッドはどうなったのじゃ?
     教えてたもれ。この通りじゃ」

    「………」

    エリザは精一杯に訴えて、頭を下げた。
    これを受けた宰相は、しばらく無言でいたが

    「わかった」

    やがて、小さく首肯した。

    「教えていただけるのか?」
    「ああ。聡明なそなたのことだから、ここで言い繕っても、いずれはわかることだ。
     ならば、この場で知らせたほうが良かろう」
    「……」

    エリザは喜んだが、内心では、とても複雑な思いに支配されている。

    確かに、教えてもらえるのはうれしい。
    うれしいが、この言いようでは、彼女が踏んでいたように「何かが起こっている」と、
    宰相自ら認めたようなものだからだ。

    「むしろ、もっと早くに訊きに来るかと思っていた。
     3ヶ月か。遅いくらいだったな」
    「宰相殿…」
    「ああすまぬ。これから申そう」

    ひとこと謝った宰相。
    衝撃の事実を、語って聞かせた。

    「え…?」

    みるみる、エリザの顔は蒼白となっていく。

    「ベルシュタッドは……滅んだ……?」
    「帝国軍の侵攻は、当方が予想した以上にすさまじいものだった。
     わずか数日で首都にまで達し、公国内部に多数の裏切り者が出たこともあって、
     呆気なく陥落したそうだ」
    「……」
    「ベルシュタイン大公以下、政府要人はすべて、帝国に捕らえられるか、
     殺害された模様だ。お悔やみ申し上げる」
    「……」

    エリザには言葉も無い。
    視線を伏せ、ただただ、衝撃に支配されている。

    重苦しい沈黙が続いた後。

    「ロビーは…?」

    ハッと顔を上げて、涙が滲む瞳を向ける。

    「ロビーは、何をしておったのじゃ…?
     あやつは、妾の国も、共に守ってくれると申しておった…」
    「そうか。そのような約束をしていたのか」

    震える声で尋ねる。
    宰相はひとつ大きく頷き、目を閉じた。

    「残念だが、彼ら遠征軍の力を持ってしても、帝国軍を防ぐことは出来なかったのだ」
    「どうしてじゃ…? 戦には勝利したと…」
    「直接ぶつかった戦闘には勝った。いや、敗北寸前の痛み分けといったところか。
     損耗が激しく、自国、ルクセン領を守ることで精一杯だった。
     それとは別に、帝国軍は別働隊を有していて、それがベルシュタッドへ雪崩れ込んだ」
    「……」
    「また、ルクセテリアでは、帝国軍に呼応して、大規模な反乱が起こったとの
     情報もあってな。イングが帝国に付いたりと、八方塞がりだったのだ。
     こんなことを申せた義理ではないが、彼を責めないでやってくれ。
     ロバートは初陣であり、非常に厳しい情勢の中で良くやった」
    「……」

    エリザは再び固まっている。
    そんな中、いったん席を立った宰相は、自分の机まで言って何かを取り、
    エリザの目の前へと置いた。

    「詳細は、これを読んでくれ。検討もすでに済んでいる」
    「……」

    おそるおそる、おぼつかない様子で、置かれた書類に手を伸ばすエリザ。
    宰相は、彼女に向かって頭を下げた。

    「すまぬ。当方の見込みが甘すぎたようだ。
     もう少し情勢を見極め、充分に検討してから、軍を興すべきだった。
     責任はすべて、この私にある。申し訳ない」

    「………」

    無言だったエリザは、不意に視線を合わせると。

    「宰相殿に謝ってもらっても、我が国は、死んだ人間は戻らんのじゃ…」
    「すまぬ…」

    蚊の鳴くような声で、呟くように一言。
    ずしりと響く、重い言葉だった。






    「姫様っ!?」

    自室に戻ったエリザは、そのまま有無を言わさず、驚く侍女を追い払って。
    自分のベッドへ飛び込んだ。

    「…っ」

    嗚咽する声が聞こえてくる。

    「父様……母様……」

    ほとんどの要人が捕縛、殺害された。
    ということは、大公の一族などは、その筆頭だということだろう。
    つまり、もう、この世には…

    「うぅぅ…っ…」

    嗚咽がさらに激しくなる。

    今は、故国を滅ぼした帝国に対する怒りも、約束を違えたロバートに対する怒りも無く。
    ただただ、愛する肉親を喪った悲しみだけが、彼女の中にあった。

    「うっ……うあぁあぁあっ……!」

    こんなに泣いたのは、生まれ出でたそのとき以来ではないか。
    のちにそう思うほど、エリザは声を上げて泣いた。






    数時間後。

    「……?」

    日が暮れるまで泣いたエリザは、不意に何かに気付いた。
    分厚い書籍状になった書類が、目と鼻の先に落ちている。

    宰相からもらった、今回のあらましの詳細報告書。

    「……読んでみるか」

    むっくりと身体を起こし、手を伸ばした。
    続けて、ベッドサイドに置いてある明かりにも火を灯し、準備を整える。

    こうなった以上、現実は現実として、受け入れねばならない。

    現実から逃げたり、責任を転嫁したりすることは卑怯者のすることだと思うし、
    彼女自身、そんな人間ではない、そんな人間にはなりたくないと思っている。

    楽になるのは簡単なのに、エリザはあえて、茨の道を選択した。
    吹っ切れたというより、絶望の境地にあったことがその要因だろう。

    「……」

    彼女は、食い入るように、一言一句見逃すまいと、報告書に没頭する。

    途中、侍女が食事だと呼びに来たが、無視した。
    いや、無視したわけではなく、集中していたために気付かなかったのだ。

    夜空に星がきらめくようになっても、その意欲は衰えない。
    むしろ精強になっていく。

    「せめて……真実を……」

    今さら、どうにもなりはしないが。
    ならばせめて、本当のことを、真実を知りたい。

    宰相が言ったように、ロバートは、本当に責められはしないのか?
    ベルシュタッドは、本当に、滅ぶべくして滅んだのか?
    何か、他に取りうる道があったのではないか?

    「………」

    悲しみや怒りを忘れるよう、狂ったかのように読み進める。

    びっしりと記載された、数十ページにも及ぶ報告書。
    すべてを読み終える頃には、日付が変わっていた。

    「……」

    パタンと、報告書を閉じるエリザ。
    読み終えた感想や、いかに。





    その後エリザは、三日三晩、誰とも会わず誰とも話さずに、
    食事も睡眠もロクに取らないで、報告書の解析に没頭した。

    1度読んだだけでは把握できないことも、繰り返し読むことで、見えなかったことも見えてくる。
    そんな作業を続けたのだ。

    そして、4日目の朝、ようやくひとつの結論に達する。

    「姫様っ!」

    4日ぶりに開いた部屋のドア。
    心配して泣きそうになった侍女が、開いた途端に飛び込んでくる。

    「ああ、リース…」
    「姫様! こんなにおやつれになられて……ああっ、目の下にはクマも……」

    頬はこけ、睡眠不足が祟り、目の下には明確なドス黒いクマ。
    侍女が騒ぎ立てる中、エリザ自身は、さっぱりとした爽快感、満足感で一杯だった。

    「妾は……悟ったのじゃ……」
    「な、何をでございますか? ああそんなことより、早くお休みに――」
    「………」
    「姫様ぁっ!?」

    謎の一言を残して、エリザは夢の世界へと落ちていった。
    そのあと、彼女は丸1日、こんこんと眠り続けたという。





    エリザが宰相と面会して、真実を知ってから、2週間が経過した。

    無理をしたことで体調を崩し、療養していたエリザ。
    このほど全快して、再び宰相との面会を申し込んだ。

    前回のような押し掛けではなく、きちんと正式な段取りを踏んだ上での面会だ。
    宰相も了承し、今日この後、面会は行なわれる。

    両者ともに、それなりの覚悟を持って臨んだ会談になる。

    エリザにしてみれば、怒りや非難を表明して当然。
    宰相側は、それに見合う保証や謝罪をしなくてはならないことになる。

    どれも、相応の覚悟が伴うことであろう。

    「宰相殿、失礼する」
    「ああ」

    部屋へと通され、堂々と入って行くエリザ。
    前と同じように、ソファーへと腰を下ろし、宰相も対面に座った。

    「もう身体のほうはいいのかな?」
    「充分に癒えたようじゃ。宰相殿には、薬を送っていただいたとか。
     おかげでこの通り元気になった。助かったのじゃ」
    「なに、礼には及ばぬ」

    高熱を出して寝込んだエリザ。
    それはいけないと、宰相が贈った薬が効いて、病状が改善したという。

    まずはそんな雑談から入って。
    お茶を淹れてきた秘書官が去ったあと、これからが本番だ。

    「改めて…。以下の言葉は、国王陛下のお言葉だと思われたい」
    「承る」

    宰相は、懐から預かっていた封筒を取り出し、封を切る。
    中身は、国王からの書簡であろう。

    「こたびの戦で、我がほうの力およばず、ベルシュタッドが滅んだことはまことに遺憾であり、
     痛恨の極みである。ブルボン王国国王ルーイ6世は、深く哀悼の意を表するとともに、
     ベルシュタイン公の遺児エリザベート殿には、謝罪すると同時に、今後についても
     保証するものとする。…以上だ」

    「謝罪を受け入れよう」
    「すまぬ」

    代読とはいえ、国王による正式な謝罪である。
    これを受け入れなければ、いかに庇護国であろうと、外交問題になるところだ。
    エリザは頷いた。

    前回の会談から間があったため、宰相から国王へ、
    エリザが真実を知ったと伝わったのだろう。
    ブルボン側から、何かしらの正式な回答があることは、予測の範囲内だった。

    「こう言うのもなんだが、それでいいのかね?」

    あまりに呆気なくエリザが頷いたものだから、
    宰相のほうが戸惑ってしまったようだ。

    「何がじゃ?」
    「…いや、失礼した。今の質問は忘れて欲しい」

    本人がいいと言っているのだから、無理に蒸し返すこともあるまい。
    そう思って、宰相は撤回した。

    「ただし、尋ねたいことがある」
    「なにかな?」
    「『今後についても保証する』とのことじゃが、これは、どこまで含まれるのであろうか?
     そちらの落ち度で我が国は滅んだわけじゃから、当然、
     晴れて再興するとなった暁には、充分な手は貸していただけるのであろうな?」
    「もちろんだ」

    ベルシュタッド公国は消滅したが、まだエリザが残っている。
    直系の血筋を持つエリザが健在なので、まだ再興の望みは残されているのだ。

    「当方としても、ベルシュタッドを奪われたままにしておくつもりは無い。
     いずれ必ず、奪還のための軍を向けることになるだろう。
     そのときには、そなたにもひと働きしてもらうことにはなるがな」
    「そのときが楽しみじゃ」

    王国にとっても、エリザの存在は重要である。
    ベルシュタッド奪還においては、旗頭的な役割を担える唯一の人物であるし、
    そのあとの統治にも、何かと重要であろう。

    賢いエリザには、これだけのやりとりでもそこまで読めてしまう。
    だが、政治的な意味を多分に含んだ文言ではあったが、強く抗議できる立場ではないし、
    抗議して見放されてしまっては、そこで一巻の終わり。
    王国の手を借りなければ、ベルシュタッドの再興も無い。

    エリザは、努めて冷静を装った。
    いや、このときの彼女の感情を、動かすほどのことではなかった。

    「そなたからは、何か無いのかな?」
    「…では」

    宰相から促されて、エリザは口を開く。

    「報告書は読ませていただいた。
     穴が開くほど読み、よく吟味した結果」
    「うむ」
    「妾は、誰の責任も追及しないことに決めた」
    「…ほう」

    これには、少なからず、衝撃を受けたようだ。
    滅多なことでは動じない宰相の顔に、ありありとそのあとが見て取れる。

    「報告書を読み、確かめれば確かめるほど、今回の一件、
     如何ともしがたいということがわかったのじゃ。
     ロビーがああするしかなかったということも、ベルシュタッドが滅んだということも、
     あの時点ではすべて必然。避けられぬ事態だったのじゃ」

    晴れ晴れとした顔で告げるエリザ。
    三日三晩、ほとんど徹夜で考え達した結論だけに、重みがある。

    「強いて言うなら、これは天命。天に逆らうことは出来ぬ」
    「そうか…。強いな、そなたは」

    この年で、こんなことを言えるとは。

    エリザの精神年齢がおそろしく高いことは認識しているが、ここまでとは思わなかった。
    祖国を失い、家族まで喪って、ここまで言える人物はそういない。

    宰相は素直に感心し、感動すら覚えたのだが。

    「妾は、強くなどない」

    エリザ自身は否定する。

    「ただ周りに流され、すべて後付けの結論に過ぎぬ。
     あとからならば、なんとでも言えるのじゃ。じゃが…」
    「…?」
    「例え誰かが悪いとなったときとて、一方的に誰かが悪いと決め付けるのは、
     良くないと思っただけのこと。あちらにはあちらなりの理由があって、
     こちらにも理由がある。運悪く片方が失敗したわけだが、
     ただ罵るだけでは何も解決せぬ。そんな人間には、妾はなりたくない」

    「…そうか」

    頷くことしか出来ない宰相。
    この年にして早くも、大気の片鱗を見たような気さえする。

    (もしかしたら王国は、とんでもない者に、手を貸しているのかもしれぬ。
     将来、王国と並ぶ、いや、それ以上となりうる人物に…)

    冗談ではなく、本当にそう感じた。

    「本当のところは、王都にいるだけで何も出来ない妾には、
     そんなことを言う資格は無いと思っているのも、一因なのじゃがな」

    どちらが本音で、どちらが建前なのかはわからないが。
    両方とも、エリザの本心であることは間違いなかろう。

    「じゃから、ロビーには、胸を張って帰ってきてもらいたいと思っている」
    「うむ…」

    ベルシュタッドの人間からは、相当のバッシングを受けるであろうロバート。
    下手をしたら、王国内部からすら、彼の決断を非難する声は上がるかもしれない。

    しかし、こうして擁護する、称える声があるのだ。
    それも、もっとも親しいものからというなら、効果は覿面だろう。

    (ロバートよ。早くケリをつけて戻って来い)

    宰相は心から、そう思った。





    やがて、真実が明るみとなり。
    王国は自らの不備を認めた上で、新たに、帝国との対決姿勢を打ち出して行くことになる。





    時は、誰にも平等に訪れ、過ぎて行く。

    「ロビー…」

    エリザは王宮の屋上に出て、ロバートがいるであろう、北の空を眺めていた。

    ルクセンの内乱は次第に拡大し、レジスタンス勢力も勢いを増しているという。
    王国も徐々にではあるが、援軍を送っているにせよ、完全に鎮圧するには、
    かなりの時間を要することになろう。

    再び会えるのは、いつになるのだろうか。

    「妾は、おぬしのことを責めたりはせぬ。じゃから、がんばるのじゃ」

    手すりにかけている両手に、ギュッと力がこもる。

    責任を問うつもりは無い。
    とにかく、早く会いたい。会って、そのことを伝えたい。

    「ロビー……辛かろう」

    彼のことだから、約束を守れなかったこと、気に病んでいるのだろう。
    そんな彼のことを思うと、逆に、自分のほうが居た堪れなくなる。

    「待っておるからな」

    自分から会いに行ける立場ではないし、会いに行ける場所でもない。
    ただ、帰還するのを待つのみだ。

    「出来れば、婆と呼ばれる年になる前までに帰ってきて欲しいぞ。
     それから一緒になったとて、楽しみが少ないからな」

    無理やり作った笑みと、笑い声は、不意に吹いた強い風に吹かれて。
    その想いは、再会が果たされるそのときまで、続いて行く。





    それから、5年が経過。

    ルクセンの平定がなり、その報告のために、ロバートが戻ってくると聞いたエリザ。
    当日を今か今かと待ち焦がれ。

    「何をしておるのじゃ、あの者は」

    廊下の角に隠れたエリザは、覗き見るようにして、廊下の先を窺う。
    そこにいるのは、1人の年若い男性。

    先ほどから、ドアをノックしそうになってはやめて、唸ったり、
    またノックしようと手を上げたり、非常に怪しい動きを見せている。

    会うのは5年ぶりになるが、一目でわかった。
    面影は残っている。

    「ふふ。ひとつ驚かせてみるか」

    ニヤリと、意地悪そうな笑みを浮かべたエリザは。
    彼に気付かれないように、コソコソと接近して。

    「ロバートーッ!」

    彼に向けて、大声を発した。





記事引用 削除キー/

前の記事(元になった記事) 次の記事(この記事の返信)
←誓いの物語 ♯001 /昭和 返信無し
 
上記関連ツリー

Nomal 誓いの物語 ♯001 / 昭和 (06/09/30(Sat) 15:29) #355
Nomal 誓いの物語 ♯002 / 昭和 (06/10/01(Sun) 14:29) #358
│└Nomal 誓いの物語 ♯003 / 昭和 (06/10/02(Mon) 15:30) #363
│  └Nomal 誓いの物語 ♯004 / 昭和 (06/10/03(Tue) 15:36) #369
│    └Nomal 誓いの物語 ♯005 / 昭和 (06/10/04(Wed) 16:19) #371
│      └Nomal 誓いの物語 ♯006 / 昭和 (06/10/05(Thu) 17:28) #374
│        └Nomal 誓いの物語 ♯007 / 昭和 (06/10/06(Fri) 09:43) #375
│          └Nomal 誓いの物語 ♯008 / 昭和 (06/10/07(Sat) 13:24) #377
│            └Nomal 誓いの物語 ♯009 / 昭和 (06/10/08(Sun) 16:04) #380
│              └Nomal 誓いの物語 ♯010 / 昭和 (06/10/09(Mon) 14:47) #381
│                └Nomal 誓いの物語 ♯011 / 昭和 (06/10/10(Tue) 15:01) #382
│                  └Nomal 誓いの物語 ♯012(終) / 昭和 (06/10/11(Wed) 15:18) #426
Nomal 解説 / 昭和 (06/10/02(Mon) 15:38) #364
Nomal 外伝『エリザの5年間』 / 昭和 (06/10/18(Wed) 18:10) #444 ←Now

All 上記ツリーを一括表示 / 上記ツリーをトピック表示
 
上記の記事へ返信

Pass/

HOME HELP 新着記事 ツリー表示 スレッド表示 トピック表示 検索 過去ログ

- Child Tree -