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■363 / 2階層)  誓いの物語 ♯003
□投稿者/ 昭和 -(2006/10/02(Mon) 15:30:09)
    2006/10/03(Tue) 15:37:56 編集(投稿者)





    ロバートもエリザベートも、人質としては、破格な待遇を受けている。

    普通、人質といえば、軟禁も同然な生活でも文句は言えないところだ。
    しかし、この2人はそんなこともなく、王宮内であれば比較的自由に行動でき、
    教育も望む限りは受けさせてくれる。

    エリザベートが習い事をしているのもそのためであり、無論、
    ロバートもそれなりの教養は身に着けてきたつもりだ。
    また、その努力を、これからも怠るつもりは無い。

    小国である故国、ルクセン王国を存続させることは、自分次第なのだ。
    大きな功績を挙げれば、エリザベートが言っていたように、出世して
    お家の安泰を得ることも可能だろう。

    「シャルダン卿か。俺に何の用だろう?」

    独り言を呟きながら、ロバートは執務室へと急ぐ。

    今の自分があるのは、シャルダン卿のおかげ。
    もし卿がいなかったら、自分に興味を示してくれなかったら、
    とてもとても、まともな生活は望めなかっただろう。

    感謝は尽きない。

    「…急ごう」

    はたして何用なのか、気にはなるものの。
    話を聞いてみないことにはわからない。

    程なく到着した部屋の前で、急いで来たために、少し乱れていた呼吸を正して。
    ドアをノックする。

    「ロバート=ルクセン、お召しにより参上つかまつりました」

    『入れ』

    「はっ」

    ドア越しに返事があって、慎重にドアを開けて中へと入る。
    正面の執務机についている人物を認めて、ロバートは膝をついた。

    「遅れて申し訳ありません」
    「いや、急に呼びだてたのはこちらだ。気にするな」

    大量の書類と睨めっこをしていた人物。
    彼こそが、王国ナンバー2、宰相であるシャルダン卿である。

    見た感じ、かなり若々しい印象を受ける。
    それもそのはずで、当年とって32歳と、そのままの年齢なのだ。

    この年で宰相という重役に就いている手腕は、諸国に知れ渡る。
    国王も彼を全面的に信頼しており、内政、軍備、外交を始めとして、
    国政のほとんどすべてを彼に一任していると言っても過言ではなかった。

    「それで、何でありましょうか?」
    「うむ、こっちへ来い」
    「は」

    卿はそう言うと立ち上がり、脇に置いてあるソファーへと移動、腰を下ろした。
    ロバートは恐縮しながらも、すすすっと中腰で、2メートルほど近寄る。

    だが、卿にとっては、全然足らなかったようだ。

    「かけるがいい」
    「は?」

    なんと、彼の対面のソファーを示すではないか。

    「あの…」
    「構わぬ」
    「…わかりました」

    王都に来て依頼の付き合いになるが、いまだに、卿の考えを把握するまでには至っていない。

    このように、大々的に優しく接するときもあれば、
    部下の失敗がほんの些細な案件でも、怒鳴り散らしたりすることもある。

    幸い、ロバート自身はまだ、卿の大目玉を喰らったことは無いが、
    年若くして宰相の地位にまで上り詰めた天才は、やはり違うと感じるものだ。
    いわゆる『飴とムチ』を使い分けているというのか。

    「お仕事のほうは、よろしいので…?」

    卿の正面に、いわば対等の目線になっているという、非常に名誉ではあるが
    困ってしまう空気に耐えかねて。
    チラリと、横目で執務机を見ながら、そんなことを言ってみる。

    机上には、卿の決済を待つ書類が、山のように積まれてあった。

    なにせ、国王から一切を任されている男である。
    何事も彼の判断を仰がなくてはならず、仕事量が増えるのは、至極当然だった。

    「少しくらいなら構わん」
    「は、はあ」
    「ベルシュタッドの公女とは、その後、つつがなくやっているか?」
    「は? は、はい、それなりに」
    「重畳だ」

    逆に質問を受ける羽目になり、内容も内容で、直前にあんな出来事があったので、
    ドキドキしながら答えた。

    ちなみに『ベルシュタッド』とは、エリザベートの故国の名である。
    正式名はベルシュタッド公国。
    国王ではなく”大公”殿下が治める国なので、彼女のことは”公女”と呼ぶわけだ。

    「あれもなかなか聡明だと聞いている。
     彼女が大公の位に登れば、ベルシュタッドは安泰だろうな」
    「そうですね…」

    大いに同意できることだ。
    あの年で、王族としての気品も知識もすでに持っていると思えるから、
    彼女が父親の後を継げば、ベルシュタッドの将来は明るいだろう。

    そう思いつつ頷きながらも、疑問を覚えざるを得なかった。
    卿は、こんな話をするために、わざわざ仕事を中断させてまで、自分を呼んだのだろうか?

    「ロバート」
    「は、はい」

    本題には、唐突に入った。
    急に名前を呼ばれ、ビクッとして返事をし、居住まいを正す。

    「これを」
    「…? は、はい」

    卿がそう言って差し出したのは、書状であった。
    それも2通。

    一方は、それなりの様式を踏襲した立派な書簡。
    もう一方は、小さく丸められており、いかにも、触れてはいけないような内容ですと、
    言っているような感じを受ける。

    恐る恐る受け取るロバート。

    「読んでみろ」
    「よろしいので? …拝見します」

    許しが出たので、内容を確かめる。
    まずは、立派なほうからだ。

    「…!」

    ロバートの顔色が変わった。
    みるみるうちに青ざめていく。

    「これはっ……父からのっ!」
    「そうだ」

    ロバートの父、ルクセン王国国王であるところのロナルド。

    父からの書状というだけでは、こんなに驚きはしない。
    これまでも、月に1回程度は、継続して手紙のやり取りをしてきているのだ。

    では、いったい何に対して驚いたのかというと。

    「ロナルド国王より我が国へ、援軍を求める書簡だ」

    卿が言ったことに集約される。

    簡単に説明すると、目下のところ最大の敵である、大陸東部のビスマルク帝国が、
    近々、大軍をもって大陸北部に点在する小国群に攻め込むだろうとのこと。
    大陸北部の小国群には、ルクセン王国を始め、エリザベートのベルシュタッドも含まれる。

    自国の軍備だけではとても対抗しきれないから、早急に援軍を要請するという内容で、
    ロナルドを筆頭に、小国群の国主たちによる連署で締められていた。
    元よりこんなときのために、人質を出してまで、ブルボンに従属したのだ。

    「帝国の動きは、完全ではないが、こちらでも掴んでいる。
     大規模な軍事作戦を控え、準備を進めていることは確かなようだ」
    「閣下!」
    「慌てるな」

    これが事実だとしたら、故国最大の危機である。
    一刻も早く援軍を、と言うつもりで叫んだが、卿に止められた。

    「なぜですか!」

    ロバートには、援軍を送ることをもったいぶるように聞こえて、
    さらに声を荒げる結果になる。

    「我が故国、ルクセン王国は、ブルボン王国に従属しました。
     ルクセンが危機に陥ったときは、ブルボンが全力で支援するという約束であったはず。
     また、その証が私であるはずです。それなのに、なぜっ!?」

    国の安全と引き換えに。援軍の保証と引き換えに。
    人質として、自分がやって来ている筈だった。
    もちろん、裏切って、他の国へと付かないようにするための保険でもある。

    「落ち着け」
    「故国の危機に黙っていられるほど、私は人間が出来ておりません。
     また、そう教えてくれたのは他ならぬ、閣下ご自身であります!」
    「わかっている」

    激昂するロバートに対し、シャルダン卿は、眉ひとつ動かさず。
    冷徹とも取れる声で頷いた。

    「きちんと説明するから、もう1通の書状にも目を通せ」
    「…わかりました」

    憤懣やるせない気持ちは多々あれど、どうにか気を静めて。
    言われたとおりに、もう1通のほうも読んでみる。

    すると…

    「…!!」

    さらなる衝撃があった。

    「そ、そんな……まさか……」

    わなわなと震える身体。
    声すらも震えている。

    それほどの衝撃を受ける内容が、そこには記されていたのだ。

    ロナルド国王を始め、小国群の国主たちは、軒並みブルボンを裏切り、帝国に付いた。
    ついては、近いうちに、ブルボン領に侵攻する用意があるので、貴国も動かれたし…

    ビスマルク帝国の皇帝ビスマルク4世が、イング王国のジョージ王へと宛てた密書である。

    「これは……どこで?」
    「昨日、カルーの港にてひっ捕らえた怪しげな男が持っていたそうだ。
     先ほど早馬でもたらされた」
    「カルー…」

    カルーは、ブルボン王国最北部にある港町で、
    海を挟んだ対岸には、書状の宛て先イング王国がある。

    信憑性が上がった。
    だが、しかし…

    「で、ですが、こちらには、父たちからの書状が…」
    「ああ」

    方や、ブルボンを信じて援軍を乞う書状。
    方や、ブルボンを裏切って、帝国側に付くという書状。

    どう考えても並立しない、おかしな内容だった。

    「謀略という線が強い」
    「謀略…」
    「ああ。偽情報を流し、我らの結束を乱そうという手だろう。
     あの傲慢皇帝のやりそうなことだ」
    「このことを、国王陛下には…?」
    「いや、まだだ」
    「……。閣下!」

    国王にはまだ知らせていない。
    そのようなことを、なぜ第一に自分へ伝えたのか、という疑問を抱く前に。

    「私に兵をお与えくださいっ!」

    ロバートは動いていた。
    卿に向かって頭を下げる。

    「故国の危機となれば、ジッとしているわけには参りません。
     それに、こんな日のために、今日までの15年間、修練を重ねてきたつもりです。
     どうか私に兵を!」

    「……」

    シャルダン卿は、相変わらず表情を変えないまま、ロバートを見据えている。

    「お願いします! 謀略だろうと、謀略でなかろうと、
     帝国が攻めてくるというなら、みんなまとめて討ってみせます!」

    「よく言った」

    うむ、と大きく頷いたシャルダン卿。

    「その決意を、国王陛下の前で、もう1度述べる覚悟はあるか?」
    「もちろんです!」
    「うむ。では、陛下のもとへ参ろう」
    「あ、ありがとうございます!」




    彼らは、即刻、国王ルーイ6世に目通りを願い。
    国王の御前で、ロバートはもう1度、己の決意を述べて見せた。

    手に入れた密書は、信憑性に欠ける。
    また、小国群からの援軍要請も来ていることから、謀略である可能性が高い。

    そう判断され、国王は出兵を了承。
    ただちに兵が整えられることとなった。

    もちろん、名目上の大将は、ロバートである。


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