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■380 / 8階層)  誓いの物語 ♯009
□投稿者/ 昭和 -(2006/10/08(Sun) 16:04:32)



    イング王国が帝国と和議を結び、同盟したというニュースは、
    王都でも駆け巡り、人々を震撼させた。

    驚いたブルボン首脳は、少し前に遠征軍から届いた、ルクセテリアで起こった異変と併せ、
    御前会議で対応を協議する。

    「各北方方面軍に、海岸線まで進出し、イングの襲来に備えよと下命いたせ。
     火事場泥棒のごとき卑劣なイングを、我が王国領に上陸させてはいかん」
    「はっ」

    「東部戦線は、引き続き、帝国軍への警戒を厳にせよ」
    「ははっ」

    とはいえ、指示を出しているのは宰相のシャルダン卿で、
    国王ルーイ6世は、玉座に腰を落とし、悠然と眺めているだけである。

    良く言えば、家臣の意見を尊重し、自由にやらせている。
    悪く言えば、家臣に任せ切りで、自分は何もしない。

    シャルダン卿が非常に優秀なので、それでも、ブルボンは安泰なのであった。
    …少なくとも、今までは。

    「して、陛下」
    「なんじゃ?」

    会議の途中、シャルダン卿から声をかけられた国王は、
    意外そうに聞き返した。

    「おぬしにすべて任せると、そう言うたであろう?」
    「はい。しかし、国王は陛下であらせられますゆえ、内政ならともかく、
     軍事面では、陛下のご裁断を仰ぎたく」
    「わかった。何に対してじゃ?」

    内政における最高責任者は、システム上、宰相になる。
    もちろん国王の鶴の一声が効かないわけではないが、必ずしも、
    いちいち了解を取る必要は無い。

    しかし、軍の統帥権はあくまで国王にあるため、国王に知らせる必要がある。
    だから、今回の遠征計画も、ロバートを伴って国王の判断を仰いだのだ。

    「遠征軍から、追加の派兵を求める書状が参っております。
     いかがいたしましょうや?」
    「それは、必要なことなのか?」
    「行動を起こした帝国軍の規模が、予想以上に強大だったこと。
     ルクセテリアで起こった反乱のことも含めますと、必要かと存じます」
    「ふむ…。ならば、よきにはからえ」

    国王は了解した。
    だが。

    「しかし、予備兵力がありません」
    「なんじゃと?」

    意外な落とし穴があった。

    「イングの動きが誤算でした。かの国が本腰で攻めてきた場合のことを考えますと、
     現状の兵力配置を崩すわけにはいかないのです。
     かといって、新たに編成している物理的、時間的余裕もありません」
    「むむむ…」
    「イングさえ動かなければ、すぐにでも、数千規模の援軍を派遣できるのですが…
     私の読みが浅はかでございました。どうかご処断を」
    「たわけ。緊急事態だからこそ、おぬしの力が必要なのじゃ」
    「はは…」

    国王の、シャルダン卿に対する信頼は揺ぎ無い。
    彼に代わって頭に立てる人物というのも、皆無なのだ。

    「じゃが、このままではベルシュタッドが危ない。
     頼ってきたものを見捨てるとあっては、我が国の名折れじゃ。
     なんとかならんのか?」
    「そうですね…」

    シャルダン卿は、手元に持っている資料を、パラパラとめくり。
    う〜んと考え込んで。

    「数百程度ならば、どうにか揃えられそうではありますが…
     すぐに集まるのはそれが限界です」
    「むう…。それだけでは、とても戦力にはならんのう…。
     あいわかった。新たな兵の編成を急げ」
    「は」
    「遠征軍には、兵の準備が整うまで、なんとか耐えてもらうしかあるまい。
     ベルシュタッドは気の毒じゃな。預かっている公女になんと申すか…」

    国力随一のブルボン王国も、人や物資が無尽蔵に出てくるわけではない。
    帝国のみが相手ならばともかく、イングまで敵に回ったとなると、
    これまでの戦略や補給計画なども、イチから見直さなければならないのだ。

    今回は、時間的にも物理的にも、充分な支援が出来そうに無い。

    「ロバートには、辛い戦となるのう…」
    「そうですな…」

    先日、決意に満ちた顔で出陣の許しを請いに来た、まだ15歳の少年。
    初陣でいきなりこれとは、同情する。

    結局、御前会議で決まったことは、なにひとつ、
    遠征軍にとって直接助けになるようなことは無かった。

    そして、1週間後…





    「姫様っ!」
    「何事じゃ、騒々しい」

    興奮気味の侍女が、息せき切って飛び込んできた。
    読書の最中だったエリザベートは、視線を本から上げて、
    怪訝そうな目を向ける。

    「遠征軍が……ロバート様が……はあはあっ」
    「…!」

    息が切れているため、言葉が途切れがちになる。
    エリザベートは、思わず立ち上がった。

    「ロビーがどうしたのじゃ!」
    「しょ、少々お待ちを……はあはあ……」

    侍女は、どうにか呼吸を正して。

    「勝利を得たそうにございます!」
    「そうかっ!」

    喜ばしいことを、笑顔で報告した。
    エリザベートにも、パ〜ッと笑みが浮かんでいく。

    「こちらの損耗も激しかったそうにございますが、見事、帝国軍を撃退したと!」
    「うむっ」

    満足そうに頷くエリザベート。

    「さすがはロビー、さすが妾の惚れた男じゃ!」

    これ以上の喜びは無い。
    上手くすれば、本当に、取り立ててもらえるかもしれないのだ。

    しかし、彼女たちは知らなかった。

    これは、あくまで、表向きの戦況報告であり。
    国王やシャルダン卿にしか報告されなかった、秘匿された情報があることを。

    その第一が、勝つには勝ったが、ブルボン軍も全軍にわたる手酷い被害を被ったこと。
    手っ取り早く言えば、勝利などとんでもない、良くて引き分け程度だったということ。

    そして第二に…

    遠征軍が帝国軍と戦い、ブルボン正規軍がイングを警戒して動けないその間に、
    彼女の故国ベルシュタッドは、無残に陥落したということ…





    その後…
    死傷者5千名以上という、手痛い損害を受けた遠征軍は、進退窮まった。

    前面および横合いからは、ベルシュタッドを落とした帝国軍の脅威があり。
    背後にはルクセテリアのレジスタンス勢力。ならびにイング王国の魔の手が、
    いつ伸びてきてもおかしくは無い。

    そこに、5千名もの損耗である。
    5分の1超もの被害を受けたわけで、普通ならば、
    後方の部隊と交代するところである。

    だが、それは出来なかった。

    帝国軍の脅威が引き続き存在し、レジスタンスを一掃するまでは、
    と国王の許可が下りなかったこと。
    交代に赴くための部隊が、イングの介入によって、なかなか揃えられなかったことなど。

    悪条件がいくつか重なって、どうにもならない情況が続く。

    さすがに3ヶ月も経つと、ぼちぼち遠征軍への兵力物資の補給が開始されるが、
    この頃、反ブルボンのレジスタンス蜂起は、ルクセン全土へと拡大していた。
    こんなに潜んでいたのかと思わせるほどの件数、規模で、対処は困難を極めた。

    その上、密かな帝国の援助を受けたレジスタンスは攻勢は強め、
    ブルボンの補給部隊を、ゲリラ戦法でたびたび襲った。

    実体が把握できず、神出鬼没なため、彼らを捕捉、撃滅するのは非常に難しい。
    それは都市部でも、田舎でも、同じであった。

    幸い、帝国の侵攻は、ベルシュタッドを落としたことでとりあえずは満足したのか、
    大きな動きに出てくることは無くなり。
    イング王国も、たまに船団を率いて出張ってくるが、上陸するようなことは一切無く。

    それでも、頻繁な牽制は欠かさないので、大いに悩まされることになった。
    対帝国の東部戦線、対イングの北部戦線ともに身動きできず、
    膠着状態に陥ってしまう。

    かくして、ロバートたち遠征軍は、思いのほか長期滞在を強いられる羽目になり。
    ルクセン全土を完全に平定するまで、5年もの歳月を要することになる。

    無論、その間、王都への帰還は叶わなかった。

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