Release 0シルフェニアRiverside Hole

HOME HELP 新着記事 ツリー表示 スレッド表示 トピック表示 検索 過去ログ

■382 / 10階層)  誓いの物語 ♯011
□投稿者/ 昭和 -(2006/10/10(Tue) 15:01:31)



    バリスに到着したロバートは、さっそく国王ルーイ6世に謁見した。
    ルクセンの平定報告と、即位の許可を求める。

    時間がかかりすぎだと言われたが、充分な援助を出来なかった国の責任もある。
    概ね、好意的に受け止められたようだった。

    ルーイ6世は報告を受け入れ、即位を許した。

    「ふぅ…」
    「とりあえずは、良かったですな」
    「ああ」

    謁見を終え、王の間から出てきたロバートは、ホッと息をついた。
    すぐさま室外で控えていたアレクシスが歩み寄り、会話を交わす。

    「これで正式に、陛下はルクセンの国王ですぞ。
     帰国した暁には、即位式を盛大にやらなければ」
    「いや」
    「陛下?」

    喜々として述べるアレクシスを、ロバートは留めさせる。

    「戦が終わったばかりだ。そんな余裕は、国にも民にもあるまい。
     簡素なもので……この際だから、やらなくてもいい」
    「しかし、それでは、内外に対する威厳が…」
    「そんなもの必要ない。
     俺個人だけへの侮辱で済んで、それで民が幸せになるなら、それでいい。
     わかったな?」
    「は…」

    しぶしぶ受け入れるアレクシスだが、内心では、
    ご立派ですぞと泣いていた。

    「それに…」
    「は?」
    「無事に帰国できるかどうか、わからないしな…」
    「陛下…」

    ロバートの言葉の意味は、すぐにわかった。
    これは本気で、死ねと言われれば死んでしまうだろう、と。

    「さて……審判を受けに行ってくるよ」

    自嘲する笑みを浮かべ、ロバートは、
    現在エリザが使用している部屋へと向かった。




    伝え聞いた彼女の部屋の前。
    当時とは変わっている部屋のドアの前で、ノックするのをためらった。

    「……いかんな」

    覚悟を決めているとはいえ、いざ前にすると、自分を抑えることが出来ない。
    そんな女々しい自分が恨めしい。

    「すー、はー……。よし…」

    深呼吸し、どうにか心を落ち着け。
    ノックしようと右手を上げた、そのとき――

    「ロバートーッ!!」

    「ッ…!?」

    突然、横合いから大声で呼ばれた。

    少し変わったような気もするが、忘れもしない。
    懐かしいあの声。

    ロバートは、おそるおそる、声をかけられた左方向へと顔を向ける。

    「エ……エリザ……?」
    「やはりロバートじゃ。久しぶりじゃな」
    「あ、うん……」

    10mほど先に立っているのは、とても美しい美少女だった。
    少女らしいかわいらしさに加え、女王とでも呼んでしまいそうな気品を併せ持つ、
    絶世可憐な美少女。

    ロバートは思わず固まってしまった。

    室内に居るものと思っていたから、よもや先に声をかけられるとは思わず。
    また、美しく成長した彼女の姿に、見惚れてしまったことも確かだった。

    「どうじゃ。妾も大きくなったであろう? もう子供ではないぞ」
    「あ、ああ…」

    エリザは、成長した自分を見せびらかすように、その場でくるっと1回転。
    長いスカートがふわっと、艶やかな金髪がふぁさっと勢いでたなびき、
    窓から差し込む光が反射して、美しさに拍車をかけた。

    自分のせいで、亡国の姫となってしまった少女。
    いや、今では、『姫』だという扱いでもない。
    ただ、ブルボン王国の保護を受けているという、1人の少女でしかない。

    すべては、自分の責任。

    「……」

    彼女の成長振りに驚き、見惚れてしまったことを加味しても、
    ロバートは何も言えなかった。

    「うん? どうしたのじゃ?」
    「う………その……」

    見る限り、エリザは容姿こそ成長したものの、中身は何も変わっていないように思えた。
    当時のままに、気さくに声をかけてきてはいるが…

    心の中では、なんと思っているのか。
    殺したいほど、憎いと思っているのではないのか。

    しかも、彼女が最初に、自分を呼んだ呼称。

    (今、エリザは『ロバート』って…)

    5年前には呼んでくれていた愛称ではなかった。
    当時は、そう呼ぶことの無いほど、しょっちゅう呼ばれたものだったが…

    それがどうだ。
    言葉、口調こそ優しいものの、やはり本当は、もうなんとも思っていないのではないか。

    そんな葛藤が、ロバートの思考を停止させ、全身を硬直させていた。

    「まあ、立ち話もなんじゃ。入るが良い」
    「あ、ああ…」

    エリザは飄々と歩み寄ってくると、ロバートの隣に立って、ドアを開け。
    さっさと室内へと入っていってしまった。
    彼女の行動に驚きつつ、ロバートも室内へと入り、ドアを閉めた。

    「何か飲むか?」
    「い、いや…」
    「そうか? 妾は紅茶でも淹れるか」
    「……」

    楽しそうな様子でお茶の用意をしているエリザ。
    ロバートは立ち尽くしたまま、その後ろ姿を見ていた。

    「何をしておる。突っ立っていないで、座ったらどうじゃ。
     5年前は遠慮などしなかったであろう」
    「……」

    お茶を入れたカップを手に、エリザはソファーへと腰を下ろした。
    迷ったロバートだが、彼女の対面に座る。

    が、目を合わせることなど出来やしない。
    この状況でそんなことが出来る人間がいたら、訊いてみたいものだ。

    あなたの神経はおかしいんじゃないか、と。

    「うむ、美味い」
    「……」
    「黙ったままで、どうした。何か言うてみい」
    「……」
    「はあ、5年たっても変わらんな。変なヤツじゃ」
    「……」

    エリザはカップを置いて、やれやれと肩をすくめてから。

    「馬鹿者っ!」
    「っ…」

    いきなり大声。
    ビクッと反応するロバート。

    女性特有の甲高い声ではあるが、幼い頃よりは、幾分か音程が下がり。
    高くもあり、それでいて不快感を感じさせない、凛々しくも美しい声。
    そんな声が轟く。

    「妾の国が滅んだのは、そなたのせいじゃ!」
    「………」

    ああ、やはり…

    覚悟していたとはいえ、まだまだ足りなかったらしい。
    全身の血の気が引いていくのを感じた。

    「ベルシュタッドも、共に守って見せると申したではないか!
     あの言葉はウソだったのか? 妾は失望し、絶望したのじゃぞ!」
    「……」
    「妾の帰るところは、もう無いのじゃ…。
     身寄りも無い。皆、帝国軍に捕らえられ、殺されたそうじゃ」
    「……」

    すでに知れ渡っている事実ではあるが、改めて言われると、とても重い。
    なによりエリザ自身の口から語られたことで、それは何倍にも増している。

    「どう責任を取るつもりなのじゃ!」
    「……」
    「何とか申せっ!」
    「……」

    どうしても、何も言えないロバート。

    5年前の、不服そうにぷく〜っと頬を膨らませていた様子と重なってしまうが、
    今はそうではない。本当の本気で、エリザは怒っている。

    無理もない。

    それだけのことをしたのだ。
    怒られて当然なのだ。

    これぐらいで済んでいることを、感謝するべきなのかもしれない。

    「エ…エリザ。俺は……」

    とにかく、謝罪だけでもしなければ。
    謝って済む問題ではないにせよ、誠意だけは、見せねばならない。

    「俺が……俺の判断が原因で、君の国が滅んだことに間違いは無い。
     大きなことを言っておきながら、約束を守れなくて、本当に、申し訳ないっ!」

    土下座をする勢いで頭を下げる。

    「詫びても詫びきれるものではないが……
     俺に出来ることならなんでもする! なんでもするから、言ってくれっ!」

    腹を切るつもりで言ったのに。

    「…ふふっ」
    「っ! え゛……」

    いざ謝りだしたら、エリザの反応はどうだ。
    笑い出したではないか。
    それも、心の底からおかしそうに、爆笑である。

    顔を上げたロバートが見たのも、やはり、笑みを浮かべたエリザだった。

    「エリザ……?」
    「ふふふ、本気にしたか?」
    「え…?」
    「冗談じゃ。妾は怒ってなどおらぬし、そなたの責任を問うつもりも無い。安心せい」
    「………」

    冗談…?
    何がだ…と、ロバートには、すぐに理解できなかった。

    「ふふふ。妾の演技力もたいしたものじゃな」
    「どうして…」
    「なに。罵って欲しそうな顔をしておったから、その通りにしてやったまでのこと」
    「……」

    まったくもってわからない。
    エリザの本心は、いったい…

    混乱するロバートを、ジロリと、眉間にしわを寄せたエリザが睨む。

    「そなたは妾のことを、どういう目で見ていたのじゃ?
     我が国が滅んだからといって、そなたの責任を追及するような、
     そのようなあさましい女じゃと思っておったのか?
     だとしたら訂正せい。妾はそんな女ではないぞ」

    「………」

    責任を問わない…?
    ベルシュタッドが滅んだのは、間接的にせよ、自分の決断が原因なのにか…?

    「事の経緯は、妾も伝え聞いた。
     そなたがあのとき、あれしか取り得る道が無かったことも理解した。
     結果、確かに妾の国は滅んだが、最終的には、帝国も撤退した。
     どこに責められる余地があるのじゃ」

    「だ、だけど……おまえの国は……」
    「わからんヤツじゃな」

    業を煮やして立ち上がるエリザ。
    スタスタと歩いて、ロバートの隣へとやってくる。

    「実はじゃな。後から分かったことではあるが。
     帝国軍の侵攻は電撃的で、あれから援軍を送っても、とても間に合わなかったそうじゃ。
     しかも、そなたの国と同様、裏切り者が多数出て、半ば内部から崩壊したらしい」
    「……」

    ロバートには初耳なことだった。

    内乱中であり、また、エリザとの関係を気にしたアレクシスあたりによって、
    余計なことは耳に入れないほうがいいと判断され、
    意図的にロバートには伝えられなかったのかもしれない。

    恐るべきは、帝国の侵攻速度と、水面下での内部工作のすさまじさである。

    「そなたが、ベルシュタッドのために出来ることは、最初から無かったのじゃ。
     強いて責任の所在を明らかにするのならば、帝国の戦力と作戦を見抜けなかった、
     ブルボンの上層部じゃ。そなたに非は無い。
     むしろ、そんな状況下でルクセンを防衛し、国内を平定したそなたは、
     褒められて然るべきであろう」
    「………」
    「それは妾とて、確かに、故国が滅びて、何も思わなかったわけではない。
     しかし、あそこで滅びるというのは、天命だったのじゃろう」
    「………」
    「じゃから、そなたが責任を感じることは、一切ないのじゃ」
    「エリザ…」

    エリザの顔を見上げるロバート。

    彼女は笑っていた。
    顔つきこそだいぶ大人びたが、子供の頃、そのままの笑顔で笑っていた。

    「妾は、そなたのことを誇りとすら思うぞ」
    「え…」
    「繰り返すが、厳しい状況の中、帝国軍を追い払い。
     内乱状態に陥った国を平定し、立派に統治しておるではないか。
     王都で安穏と暮らし、したくても何も出来ない妾とは大違いじゃ」

    エリザをそんな状況にしてしまったのは、他ならぬ自分なのに。
    それこそ、感情に任せるまま罵倒し、何をしても構わないというのに。

    エリザは、笑っている。

    「さすがは妾の惚れた男。うれしい限りじゃ」
    「………」

    ロバートは数秒間、エリザの笑顔を見つめて。

    「俺は……いいのか……?」

    ついに堪えきれなくなる。
    彼の目から、一筋の涙が零れ落ちた。

    「許されても、いいのか…?」
    「許すも許さぬもなかろう。罪になるようなことなど、はじめから無いのじゃ」
    「エリザっ…!」
    「ああ、大の男が人前で涙を見せるでない。うつけが」

    エリザは手を伸ばし、ロバートの涙を拭う。

    「苦労したんじゃな…。顔を見ればわかるぞ」
    「……」
    「確信して声をかけたが、少なからず疑念を持たざるを得なかったほどじゃ」

    5年という歳月の重み。
    そして、人間、環境が変われば、顔つきもそれなりに変化する。
    その環境が厳しければ厳しいほど、顔にも出るというものだろう。

    彼の置かれた環境がどのようなものであったかは、もはや説明するまでも無い。

    「ロバート…」

    エリザは、ロバートの頭に腕を回し、抱き込んで。
    やさしく、慈愛に満ちた言葉を贈る。

    「ご苦労じゃったな」
    「……う」

    今度こそロバートは堪えきれなくなった。
    懐かしいエリザのぬくもりに包まれながら、生まれて初めて、声を出して泣いた。

記事引用 削除キー/

前の記事(元になった記事) 次の記事(この記事の返信)
←誓いの物語 ♯010 /昭和 →誓いの物語 ♯012(終) /昭和
 
上記関連ツリー

Nomal 誓いの物語 ♯001 / 昭和 (06/09/30(Sat) 15:29) #355
Nomal 誓いの物語 ♯002 / 昭和 (06/10/01(Sun) 14:29) #358
│└Nomal 誓いの物語 ♯003 / 昭和 (06/10/02(Mon) 15:30) #363
│  └Nomal 誓いの物語 ♯004 / 昭和 (06/10/03(Tue) 15:36) #369
│    └Nomal 誓いの物語 ♯005 / 昭和 (06/10/04(Wed) 16:19) #371
│      └Nomal 誓いの物語 ♯006 / 昭和 (06/10/05(Thu) 17:28) #374
│        └Nomal 誓いの物語 ♯007 / 昭和 (06/10/06(Fri) 09:43) #375
│          └Nomal 誓いの物語 ♯008 / 昭和 (06/10/07(Sat) 13:24) #377
│            └Nomal 誓いの物語 ♯009 / 昭和 (06/10/08(Sun) 16:04) #380
│              └Nomal 誓いの物語 ♯010 / 昭和 (06/10/09(Mon) 14:47) #381
│                └Nomal 誓いの物語 ♯011 / 昭和 (06/10/10(Tue) 15:01) #382 ←Now
│                  └Nomal 誓いの物語 ♯012(終) / 昭和 (06/10/11(Wed) 15:18) #426
Nomal 解説 / 昭和 (06/10/02(Mon) 15:38) #364
Nomal 外伝『エリザの5年間』 / 昭和 (06/10/18(Wed) 18:10) #444

All 上記ツリーを一括表示 / 上記ツリーをトピック表示
 
上記の記事へ返信

Pass/

HOME HELP 新着記事 ツリー表示 スレッド表示 トピック表示 検索 過去ログ

- Child Tree -