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■369 / 3階層)  誓いの物語 ♯004
□投稿者/ 昭和 -(2006/10/03(Tue) 15:36:34)



    「出陣するというのはまことか!?」

    情報はすでに伝播しているのだろう。
    その日の夕刻には、稽古事を終えたエリザベートが、
    そう言いながら飛び込んできた。

    「ああ、本当だ」
    「なぜじゃ? 何故そなたが行かなくてはならぬ…」

    平然と頷くロバートを見て、エリザベートは言葉を失った。

    何せ急なこと。
    それに、彼女の知る限りでは、彼が出陣せねばならないような理由も無かったのだ。

    「ひどいな。手柄を立てろと言ったのはおまえじゃないか」
    「確かに申したが……こうも急だとは……」

    まさしく予想外の出来事。
    言った側からこんなことになるとは、誰も思うまい。

    しかも、ロバートはまだ15歳。
    もちろん戦場に出た経験など無いから、これが初陣ということになる。
    心配するのも当然だ。

    「そなたが選ばれた理由はなんなのじゃ? どこでの戦なのじゃ?」
    「誰にも言わないと約束できるか?」
    「う…うむ」

    そう言うロバートの表情があまりに真剣なので、エリザベートは少し怯んだ。
    かろうじて頷く。

    「まあ、おまえにも関係があると言えばあることだからな。
     話しておいたほうがいいだろう」
    「ど、どういうことじゃ? 妾にも関係があるとは…」
    「帝国が動くらしい」
    「…!」

    エリザベートは、一瞬だけ言葉を失って。

    「そうか……帝国が」

    それだけで納得したようだった。
    賢い彼女のことだから、すでに状況を理解したのだろう。

    「そのうち、おまえのもとにもお父上から文があることだろうと思うが、
     我が父からはすでに…と言っても、国王陛下宛てだが、すでに来ている。
     小国群の連署で、もちろん、援軍を要請する書状だ」
    「うむ…」
    「まあ、そんなわけだ。故国の危機に、ジッとしているわけにもいかない。
     自ら志願して、宰相閣下のお口添えもあり、軍に加えていただけることになった」
    「……」

    頭では理解していても、すぐには表面へ出せない。
    エリザベートは、しばらくそんな状態が続いた。

    「そういうわけだ。おまえも自分の国のことだから、心配する気持ちはわかるが、
     安心しろ。俺が行くからには、なんとしてでも、
     ルクセンとベルシュタッドは守るから」
    「……」
    「エリザ?」
    「……ロビー」
    「うん?」

    やがてエリザベートは、伏せ目がちだった視線を上げ。
    こんなことを言った。

    「妾も行くぞ」
    「はあっ?」

    突拍子も無いことを、言った。

    「妾もそなたと同じじゃ。故国の危機だというのに、黙って見過ごせようか。
     見過ごせるわけが無い。妾も行く」
    「お、おい」
    「そなたからも陛下に頼んでくれ。妾も同行させて欲しいと」
    「ば、バカなことを言うんじゃない!」

    無論、ロバートはエリザベートを止める。

    「なぜじゃ!? どうして止める!」
    「自分の年を考えろ! おまえはまだ10歳で、しかも女だ。
     戦をしに行くんだぞ? 10歳の女子供がいていい場所じゃない!」
    「そなたもまだ15ではないか! 15では良くて、10ではいけないのか!?
     女ではいけないのか!?」
    「だから、俺たちに任せておけ! 心配するな、故国は必ず守る!」

    どうしたことか。
    普段はわがままなど一切言わないエリザベートが、今日だけですでに2回。

    それだけ彼女の想いが強いのだということだろうが、これだけは譲れない。
    第一、許可が下りるはずも無い。

    「わかってくれ」
    「ロビー…」

    だから、説得するにはかなりの骨を折ったが、
    彼女もそれがわからない馬鹿ではない。
    最終的には、説得を受け入れた。

    だが…

    「妾は今日このときほど、己の生まれを嘆いたことは無い」

    こう言うエリザベートの顔は、実に悔しく、悲しそうで。
    涙こそ見せなかったが、彼女のこんな顔を見たのは、初めてだった。

    「もう少し早く生まれておれば……女ではなく、男に生まれておれば……」
    「エリザ…」
    「ロビー、すまぬ。お国存亡の危機だというのに、
     妾は何も出来ないようじゃ。許してくれ」

    同じ人質である身。同じく、故国の危機に見舞われているもの同士。
    一方だけが出陣し、一方だけが出陣できない悔しさ。
    まるで、神の前で懺悔するかのようなエリザベートであったが

    「いや、それは違うよエリザ」
    「…?」

    ロバートは、彼女の頭の上にぽんっと手を置いて。
    微笑みを称えながらこう説いた。

    「もう少し早く生まれていたら、俺と出会わなかったかもしれない。
     人質となるのが別の人物だったかもしれない。
     それに、男に生まれていたら、俺と結婚できないぞ?」
    「……」

    予想だにしない切り返しだった。
    目をしばたたかせるエリザベート。

    「なにより、何も出来ないなんてことは無い。
     無論、死んでくるつもりなんて無いからな。
     生きて帰ってきて、おまえに会うんだ。
     そう思うだけで、力になる。力がみなぎってくる」
    「……」
    「ほら、少なくとも、俺の役には立ってるだろ?」
    「ロビー……。ふふ、そうじゃな」

    笑みが戻った。
    ひとしきりおかしそうに笑うと。

    「そなたという男は……いや、なんでもない」
    「なんだよ? 気になるぞ」
    「なんでもないと言うたであろ」

    吹っ切ったようだ。

    「しかし、なんじゃな。
     こうなったからには、そなたには、大手柄を挙げてもらわねば困る」
    「あ?」
    「男爵…いや、伯爵に叙せられるほどの手柄、期待しておるぞ!」
    「ちょ、待っ……いきなり伯爵かよ!?」

    新たに貴族に任じられるだけでも、大いなる名誉、茨の道だというのに。
    その上、伯爵の位まで望むか。

    「手柄を立てられるよう、ずっと祈っていてやろう。
     うむ。それで、そなたの手柄は確実じゃ。感謝するように」
    「たいそうなご自信ですこと…」
    「妾ではない。妾はあくまで手助けをするのみじゃ。
     実際に手柄を立てるのはそなたじゃぞ」

    ふふん、と。
    お得意な表情を浮かべて、エリザベートは言い放った。

    「妾の存在は、そなたの力になるのであろう?
     その妾が祈ってやるのじゃ。相乗効果で、2倍、いや2乗の成果が挙がる。
     間違いない」
    「はいはい…」
    「ふふふ」

    満足そうに笑っていたエリザベートは、不意に、表情を引き締めて。

    「…ロビー」
    「なんだ?」
    「死んではならん。絶対に、生きて帰ってくるのじゃぞ」

    本当は、手柄だの、出世などどうでもいい。
    本当に望むことを、心からの願いを、口に出した。

    「婚姻どころか、正式な婚約をもせぬまま未亡人になるなど、妾は嫌じゃ」
    「ああ、わかってる」
    「本当にわかっておるのか?」
    「わかってるよ」
    「本当のほんと――、っ!!!?」

    キリの無い問答が続くかに思われたが。
    ロバートが急にとった行動によって、終止符が打たれた。

    文字通り、”口を塞がれる”格好になったエリザベートは。

    「誓いの証だ」
    「……」

    そう言って笑うロバートに対し、言いたいことがあるものの、
    色々な思いが交錯して、すぐには言葉に出来ない。

    「不満?」
    「……婚姻のときまで、とっておくのではなかったのか?」
    「その婚姻が出来なくなっちゃ、元も子もないだろ?」
    「……」

    顔を真っ赤にして、ぷぅ〜っと頬を膨らませて不満そうなエリザベート。
    せっかくのファーストキスなのに、不意を衝かれたことがお気に召さなかったようだ。

    「嫌だったのか?」
    「そんなはずなかろうっ!」
    「なら、なんで怒ってるのさ?」
    「怒ってなどおらん!」
    「怒ってるじゃないか」
    「怒ってない!」
    「怒ってる」

    そして始まる、不毛な言い争い。

    「怒ってない!」
    「怒ってる!」
    「怒ってない!」
    「怒って――んむっ!?」

    今度も同じようにして終幕が訪れたが、演じる役者が、まるっきり正反対だった。

    「…エリザ」
    「これで納得してやる」
    「そいつはどーも」
    「うむ…」

    半ばジャンプするようにして飛びつき、口付けを交わしたエリザベート。
    そのままロバートの胸の中に収まる格好になった。

    身長差があるので、実際は胸よりもちょっと下になっているが、
    そんな指摘は野暮というものだろう。

    ロバートのほうも、エリザベートの小さな身体をやさしく抱きとめ、
    柔らかな金髪をそっと撫でる。

    「ロビー…」
    「ん?」
    「死んではならんぞ」
    「ああ」

    言われるまでも無い。

    「ロビー…?」
    「うん?」
    「…大好きじゃ」
    「ああ…」

    2人はそのまま、日が落ちて、エリザベートを捜しに来た侍女が
    部屋のドアをノックするまで、ずっと抱き合っていた。
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