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■377 / 7階層)  誓いの物語 ♯008
□投稿者/ 昭和 -(2006/10/07(Sat) 13:24:01)




    帝国との国境付近に到着。
    予定通りに、先に陣を張ったのも束の間。

    「急使にござる!」
    「早馬が到着しました!」

    続けて急報が飛び込んできた。
    いずれもが、多大な影響を及ぼすことになる情報。

    まずは、南東方面、帝国領に潜入している工作員からのものだ。

    「な、帝国軍は二手に分かれたと?」
    「しかも、それぞれが2万…」

    こちらに向かって進軍中だったことはわかっていたが、
    詳細な続報がもたらされた。

    帝国軍は、国境の手前にて軍を2つに分け、それぞれ2万の兵力を有する。
    進路は、一方がルクセン。もう一方がベルシュタッドに向かっているという。

    「やられた…」

    これを聞いたブルボン軍は、完全に浮き足立ってしまった。

    帝国軍の動員兵力を見誤り、しかも、二方面作戦だったとは。
    先手を取ったつもりが、裏を掻かれていたわけだ。

    それは動揺しもするが、もうひとつ、知らなくてならない情報がある。
    ルクセン王国北方、海岸を警備している王国軍からの緊急通報だった。

    「なにっ!」

    こちらのほうが、まったく予期していなかったことどころか、
    絶対にありえないと思っていたことだけに、衝撃は大きかったかもしれない。

    「イング王国が帝国に付いただって!?」
    「なんと…!」

    こんなに驚くことは他に無い。
    集まった幕僚たちは、総じてショックを受けていた。

    「バカな、あのイングが帝国に…?」
    「敵対関係であったはずだ…」

    誰かがポツリと呟いたこと。
    これがまさしく、今まで知られていたことなのだ。

    海を挟んだ向こう側の島国イング王国と、ビスマルク帝国は、
    100年の長きにわたって敵対関係であり続けてきた。
    最近こそ目立った動きは無いが、7年前に、両国は熾烈な海戦を戦っている。

    嫌悪な関係であることは誰もが知っていた。
    その両国が結ぶことなど、誰が想像できよう。

    「本当なのか…?」
    「沖合いにイング軍船が現れ、警備隊に向かって射撃してきたそうにございます…」
    「まことか…」

    証拠も挙がってしまった。
    疑う余地は無い。

    イングと帝国は、同盟を結んだ。

    「……」

    「将軍! これは一大事ですぞ!」
    「うむ…」

    若さゆえか、まだショックから立ち直りきれないロバートに代わって、
    アレクシスがナポレ将軍と話し合う。

    「イングが帝国になびいたとは、いまだに信じられんことではございますが…」
    「うむ。信じないわけにはいくまい。至急、対策を講じる必要がある」

    このままではまずい。
    下手をすると、挟撃される恐れがある。

    「どうやら威嚇射撃だけで済んだようだが、
     いつ、イングの本隊が押し寄せてくるかわからん」
    「はっ」
    「陣を引く。ルクセテリアまで戻って、イングの動向を見極めつつ、
     侵攻してくる帝国軍を懐まで引き入れて、全力で迎え撃つしかあるまい」
    「そうですな…。王都への援軍要請は…」
    「無論、必要だろう。帝国軍の規模が4万以上だとは予想していなかった。
     我らだけでの対処には限界があるやもしれん」

    幕僚たちも頷いて、決まりかけたとき。

    「では、そのように――」
    「待ってください!」

    決定に異を唱えるように、口を挟む人物。

    「…何か? ロバート殿」
    「ですからちょっと待ってください!」

    ロバートだった。
    つい今まで呆然としていた様子とは打って変わって、火の出る勢いで抗議する。

    「何かご不満でもおありかな?」
    「ベルシュタッドは……ベルシュタッド公国はどうするんですっ!」

    このまま陣を引くことは、すなわち、ベルシュタッドを見捨てることを意味する。
    ベルシュタッドへ軍を向けることが、事実上、不可能になるからだ。

    軍を向けなければ、帝国軍のベルシュタッド入りを阻止することは出来ない。
    もちろん、ベルシュタッド単独で帝国に抗う力は、当然ながら無い。

    「私たちが引いてしまったら、ベルシュタッドは、帝国軍に蹂躙されてしまうっ!」

    ロバートは必死だった。

    自分たちは、帝国軍の侵攻を阻止する目的でやってきたのだ。
    引くことなどもってのほかであり…
    そしてなにより、エリザと約束した。

    ルクセンもベルシュタッドも、共に守って見せると。

    「では、他の妙策がおありか?」
    「え…」

    対するナポレ将軍の返答は冷たかった。
    見下しすらしている視線で睨みつけ、こう続ける。

    「ベルシュタッドへ行くには、目の前に迫っている帝国軍2万を抜き、
     さらに、ベルシュタッドへ向かったもう2万の帝国軍を破らなければならん。
     対する我らは、ルクセテリアに残してきた兵を含めても、2万5千なのだ」

    2万5千をもって、戦力の拮抗した2万という敵勢を相手に、
    続けて2回、勝利しなくてはならない。
    とても現実的な作戦とは言えなかった。

    「運良く、2つの帝国軍を抜いて、ベルシュタッドへたどり着けたとしよう。
     その場合、立て続けの戦闘で、我々は著しく疲弊していることだろう。そこを、
     さらに帝国軍に襲われればひとたまりもない。ベルシュタッドに行けたとしても、
     そこで待っているのは、援軍がまったく期待できない絶望なのだぞ」

    ベルシュタッドは、ネーデル共和国を挟んだ向こう側のため、
    ブルボンから援軍を送るには、共和国に領内の通過を認めてもらう必要がある。
    中立を決め込んでいるから可能性はあるが、いつ、帝国に転ぶかわからない。

    また、距離的なことや準備を考えても、帝国のほうが有利なのは明白だ。
    こちらの裏をかいたことからしてみても、継戦の準備がより整っているのは、
    帝国だと言わざるを得ないだろう。

    「ここは1度退いて情勢を見極め、向かってくる敵を迎え撃つことに集中したほうが良い。
     確かにベルシュタッドには気の毒だが、まずは襲い掛かってくる眼前の敵を蹴散らし、
     援軍を待ってそれから対処するのが現実的だ。反論はおありか?」
    「……でもっ!」

    「若!」

    なおもしがみつこうとするロバートに、アレクシスも我慢の限界だった。
    怒声を発して押し留まらせる。

    「お気持ちはお察しいたしますが……若は総大将であるのですぞ。
     全軍2万5千将兵の命を預かっているのです。
     ベルシュタッドを守ることも大切ですが、預かった軍勢を守るほうが大切!」
    「だ、だが…」
    「それに、ここで我らが無理をして敗れてしまうことにでもなれば、
     ベルシュタッドどころか、我がルクセンの民すら、極悪非道の帝国軍に
     蹂躙されることになるんですぞ!」
    「………」
    「二兎を追うもの一途を得ず。
     大事の前に、小事を切り捨てねばならないこともあり申す!
     お辛いでしょうが……わかってくだされ」
    「アレクシス…」

    ベルシュタッドの防衛が、決して『小事』だということではないが…

    アレクシスも、ロバートがエリザに約束したことを知っている。
    その手前、非常に辛い立場だろうが、心を鬼にして言い放った。

    究極の選択である。

    無理をしてでも帝国軍を突破し、ベルシュタッドの救援に赴くか。
    いったん退いて態勢を立て直し、ルクセンの安全確保を優先するのか。

    前者を選んだ場合、成功の可能性は非常に低い上、明るい見通しが立つことも無い。
    後者の場合は、帝国軍との戦闘を有利とは言わないが、無難に進めることが出来る。
    その代わり、確実にベルシュタッドが被害を受ける。

    「若…」
    「……」
    「総大将として、ご決断を」
    「……」

    アレクシスは暗に、私情に囚われず、あくまで”公人”として判断するよう促した。
    すなわち、エリザベートとの約束は忘れろ、というのだ。

    (エリザ………)

    ロバートの心中に浮かぶのは、小さなレディの笑顔。
    泣く泣く、断腸の思いで、決断を下した。

    もし、彼女がこの場にいたら、どういう反応をするだろう…

    「……陣を引く」
    「はっ!」

    全員が、恭しく頭を垂れ、それぞれの仕事へと戻って行く。

    「ロバート殿」
    「将軍…」

    消沈しているロバートの肩に、そっと手を載せる人物。
    ナポレ将軍だった。彼は何度も頷いている。

    「ようご決断なされた。この戦の結果いかんに関わらず、
     国王陛下には勇敢で壮麗な大将であったと報告しよう。では」

    将軍はそれだけ言って一礼し、陣払いに加わっていった。

    「………」

    ロバートはその後も、いよいよ陣を引き払うとなったそのときまで、
    そこから動けなかった。

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