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■381 / 9階層)  誓いの物語 ♯010
□投稿者/ 昭和 -(2006/10/09(Mon) 14:47:55)



    ブルボン王国が、帝国の動きを封じるため、北部の小国軍を助けるために
    軍を発して、およそ5年の時が過ぎた。

    ブルボン側の見通しの甘さも手伝い、ベルシュタッドを落とした帝国は、
    飛ぶ鳥をも落とす勢いさらにでルクセン、
    ブルボンにも攻勢を仕掛けてくるかと思われたが、ある時点を境にして、
    鳴りを潜めることになった。

    なぜかというと、帝国のさらに東側にある国々で政変が起き、
    西側だけではなく、東側にも注意を向ける必要が出てきたからだ。

    また、手を結んだはずのイング王国との折り合いもつかず、
    半ば喧嘩別れする形で、同盟は有名無実化したのである。
    100年、袂を分けていた相手とは、やはり上手くいかなかったようだ。

    かくして、強大な軍を有する帝国といえども、迂闊に動けない状況へと追いこまれ。
    ブルボン王国、ならびにロバートたちにとっては、不幸中の幸いだった。

    そのロバートであるが、ルクセン領内各地で武装蜂起したレジスタンスへの対応に苦慮。
    一時期には、当座の物資にも事欠くほどの窮地に立たされたが、
    イングと帝国が手切れしたことで補給線が確保され、帝国への警戒を、
    多少は緩めることが出来たおかげで、少しずつ戦線を拡大。

    このほど、ようやく全土を平定し、周囲も尽力した結果、国情も安定。
    ブルボン王都バリスへの報告の途上にあった。

    「………」

    20歳になったロバートは、馬上にて、表情に影を落としていた。

    小国の国土を平定するのに、5年もの時間がかかってしまったことは元より。
    固く誓ったのに果たせなかった約束が、心に重くのしかかっていたのだ。

    (エリザ…)

    脳裏に浮かぶ、花のような笑みを見せる少女。
    あの笑顔を見るのは、もはや叶わぬのではないか。

    帰るべき故国を失った彼女は、今も、バリスの王宮にいる。

    守ってもらうために服属したのだ。
    その約束を破ってしまう格好になったので、人質という枷は取れ、
    今は食客という立場で、つつがなく過ごしているというが…

    (大きくなったんだろうな…)

    彼女もいまや15歳。
    幼い頃でああだったから、さぞかし美しく成長したのだと思う。
    引く手数多ではないのか。

    (いやいや……俺がそんなことを考える資格は無い。
     むしろ、失礼に当たる…)

    今は昔。

    幼いときの約束ほど、当てにならないものは無い。
    例え覚えていたとしても、故国滅亡の責任の一端は、むしろ全責任が自分にはある。
    …とロバートは思っている。

    そんな憎き相手のことなど、今はなんとも思っていないのではないか。
    むしろ、心の底から恨み、顔すら見たくないと思っているのではないか。
    殺してやりたいとすら思っているのではないか。

    はたまた、故国が滅びたショックで、心を患っているかもしれない。
    表面的には明るく振舞っているとの情報は、王都からの手紙によって知りえているが、
    心の奥底まではわからない。

    「…はぁぁ」

    深いため息が漏れる。

    国王への報告と、あることの許しを得るために王都へ行くわけだから、
    エリザと顔を合わせなくてもいいかもしれない。

    だが、そういうわけにもいくまい。
    彼女にとっては迷惑以外の何者でもないかもしれないが、自分には、
    彼女に頭を下げる必要が、責めを負う義務があるのだから。

    「…若。いやいや」
    「アレクシス」

    そんなロバートに馬を寄せ、声をかける男。
    強力な右腕となったアレクシスだ。

    「『陛下』…と、お呼びしなくてはいけませんでしたな」
    「構わないさ」

    彼は苦笑すると、わざとらしく頭を下げた。
    ロバートも苦笑を浮かべる。

    「俺のほうが、まだ慣れてない」
    「左様で」

    ロバートが『陛下』。

    ルクセン王国は、5年前の混乱以降、国王が不在という状況が続いていた。
    このほど国内を平定したので、付き従う家臣たちは、亡き父王の後を継ぎ、
    ルクセンの王位に就くよう促した。

    自然な流れではあるが、ルクセンは今も、ブルボンの麾下にある。
    勝手に王位を継ぐわけにはいかず、その許可を得ることも、今回の王都行きの目的である。

    まだ正式に即位したわけではないが、気の早い家臣たちは、早くもそう呼んでいるのだ。

    「それで、なんだ?」
    「無礼はお許しあれ。…エリザベート殿のことを、お考えでしたか?」
    「……」

    顔色を見れば一目瞭然だった。
    それほど、露骨に顔に出た。

    「陛下…。今さら何を言っても、慰めにはならないやもしれませぬが…
     あのときは、ああするのが最善だったのです。ああするしかなかったのです」
    「……」
    「下手をすれば、我々すら全滅し、ルクセンは帝国の蹂躙を受けていた。
     陛下はそれを防ぎ、時間がかかったとはいえ、外敵の侵入を許さず、
     すべからく国内を平定されたのですぞ」
    「……」
    「これを立派な行いと言わずしてなんと言いいまするか。
     あの決断は『英断』であり、後の世に語り継がれることでありましょう」
    「……」
    「陛下…」

    ロバートは何も言わず、ただただ虚空を見つめていた。
    彼はしばらく、そのまま無言であってが

    「…アレクシス」
    「はっ」

    やがて、呟くように、口を開いた。

    「もう、覚悟を決めたよ。
     どう言い繕おうが、俺が、エリザとの約束を破ってしまったことに変わりは無い。
     結果、ベルシュタッドが滅んでしまったことも、また然りだ」
    「陛下…」
    「許してくれないかもしれない。もしかしたら、酷い罵りを受けるかもしれない。
     だが、俺はそれを受け入れなくてはならない」

    悲しい決意。

    「彼女が俺を殴りたいというなら、殴られよう。
     殺したいというなら、殺されよう」
    「陛下! 何を申されます!」
    「いいんだ。何をされても文句は言えない。
     それだけの権利が彼女にはある。俺は、甘んじて受けなくてはならない」
    「陛下…」
    「それが、俺に出来る、精一杯の償いだ…」

    こうまで言われてしまうと、アレクシスも、何も言い返せなかった。
    ロバートの深い悲しみをたたえた瞳に、何も言えなかった。

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