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■102 / 20階層)  "紅い魔鋼"――◇十話◆後
□投稿者/ サム -(2004/12/23(Thu) 14:08:28)
     ◇ 第十話 『嵐の前の静けさ』後編◆
     
     
    ――光。

    駆動式を構成する光が,そこに起こった。
    それは空中で絡み合い,複雑に接続し―――ひとつの光の文字で構成された球となる。


    儀式。

    大規模魔導陣――。


     ▽


    過去数度行われた魔導陣の研究と実践は,そのいずれも失敗に終わっている。

    理由は単純。
    それを制御しきるモノがなかったと言うだけの話だ。
    数千の魔導機関――数多の基礎駆動式の構成状態をすべてに管理しきる程の知能(処理能力)を持つモノは,そのときは居なかった。
    が。

    ――古代遺産。
    これの応用は盲点と言えただろう。
    そして,実際に応用に漕ぎ着けるとするならば――それだけの知能知識知恵をもつ団体は数少ない。

    ひとつは王国工房。
    れっきとした王国直属の研究機関で,ドライブエンジンのブラックボックス,閉鎖式循環回廊を完成させたところだ。

    ひとつは王国工房と提携する,各ドライブエンジンメーカー。
    最近では工房に匹敵するかと言われるほどの先端技術を独自に開発,応用・実用化しつつあるとも言われている。

    そしてもうひとつ。
    王国に属する公的機関,魔鋼錬金協会。
    魔鋼(ミスリル)の量産体制を整えた唯一の機関であり,その技術の一切は不明とされていた。
    彼らは知者であり,それゆえの錬金術師(アルケミスト)
    構成メンバーの一人一人が膨大な知識を有し,総称してこう呼ばれている。

    ――頭脳集団(シンクタンク),と。

    今の魔鋼錬金協会を治める人物は,それを公的機関として立ち上げたときから参加していたメンバー,"探求者"ルアニク・ドートン。


    その彼が,動き始めた瞬間だった。


     ▽

    光の文字で描かれた球形魔導陣が突如進行先の上空に出現した。

    それを見た瞬間,三人はそれぞれの魔法駆動機関(ドライブエンジン)を稼動させていた。
    もうなりふりなんか構っていられない。
    三人は頷き言葉を交わす事無く同じ動作に入る。

    「駆動:開放:増設脚部ユニット」
    「駆動:仮駆動:"隠者(ハルミート)":脚部ユニット"疾風"」
    「準駆動:"精霊(スピーティア)"」

    三者三様のドライブエンジン。
    それぞれの状態に合わせ,ドライブエンジンを開放した。

    ケインはデバイスに格納した追加ユニットを多重起動。
    ミコトは"おばあちゃん"から譲り受けた腕輪のドライブエンジンを部分駆動。
    ウィリティアも母から譲り受けた指輪のドライブエンジンを制限駆動。

    三人とも高速機動ユニットを展開した。
    転じて疾駆開始。
    今までとは打って変わって魔法駆動による重力変化・一定方向への連続加速制御による巡航機動(クルーズマニューバ)に移る。
    脚部ユニットの下部――足の裏面に展開した仮想力場で三人の体は銃弾のようにすっ飛んでいく。


    「ケイ、ウィリティア! あれ読み取れる!?」


    展開した大規模魔導陣を睨みながらミコトが叫んだ。
    みるみるうちに巨大化するアレは,各所に投射された式がそれぞれ独立に展開を開始し始める。
    いったい何で制御していると言うのか。

    「式が込み入りすぎてわかんねぇ!」
    「もう少し近づかなくては…!」

    距離が遠すぎて如何せん魔導陣の構成の大部分の魔導機構(駆動式群)が読めない。
    イコール,陣の効果がわからない。
    直感は,"アレは危険だ"と叫んでいるのだが,何がどう危険なのかがわからないと逃げようにもどこまで逃げれば良いのわからない。
    ならばやはり,直接近付いて確かめるしか道は残されていないと言うことか。

    く、と歯噛みする。
    状況は始まってしまったらしい。どうにもこうにもいやな予感がしてならない。
    それは勘ではなく,たしかな確信に変わりつつある。
    近づかない方がきっと得策なんだろう。でも――

    「ごめん、わがままだろうけど…あれを止めないとヤバイことになる気がする!」
    「具体性がありませんが,膨大な魔力の流れと式の展開の速度を見るからに…人が制御しているわけではないようですね」
    「持ち込んだスパコンを使ってるんだとしても,いったい何をしようってんだか」

    何も言わずに私のわがままに付き合ってくれるケインとウィリティアに感謝する。
    正直うれしい――が,素直に言うには照れくさい。

    「埋め合わせは後でするね」

    だからそう言ってごまかして見せる。

    「あら。楽しみにしていますわ」
    「精々期待しないで待ってることにするよ…」

    三人で同時に苦笑。
    ひとまずそれは置いて置く事にしよう。
    今は――

    「急ごう」

    私の言葉に二人が頷く。

    「ええ。」
    「おう。」


    一路,魔導陣へ。


     ▽


    「ちょっと,なにあれ…」

    カレンも現状は把握していた。
    しかし,状況はわかっていない。

    わかっている事は,史跡上空に現れた魔導陣が信じられないくらいの(・・・・・・・・・・)魔力を発生させ,それを元に形作っている"式"を駆動させようとしている事,くらいだ。
    状況はわからない。
    これからどうなるかも想像できない。
    駆動式ははっきりと見えるのに,彼女にはそれを理解するだけのキャパシティがないからだ。

    彼女――ミスティカ・レンはExclusive。
    EXは生体魔力変換炉と単一駆動式しか持たず,それのみを使うことができる。
    それゆえの無制限魔力量と,限定効果魔法駆動と言う両極端な能力を持つ。

    突出した一つの才能。
    しかし,逆に言えばそれ以外のすべての魔法が使用不可能。

    彼らEXは汎用駆動式の稼動すらできない。
    自分のもつ単一駆動式以外は理解不能だからだ。これは才能でも何でもない。生まれつきそうだ,と言うだけだった。

    それ故に,カレンには空中に浮かぶ巨大な魔導陣の示す効果が何なのかはわからない。
    しかし――

    「あーもう! 先輩達行っちゃった…私も行かなきゃだめ!?」

    叫びつつも行動態勢に入る。
    無自覚で力場展開・加速準備。

    それは無意識の"魔法行使"に他ならない。

    精密精工な駆動式が一瞬だけ彼女を包み,瞬間。
    彼女の姿はその場から消え去っていた。


     ▽


    「高速接近するドライブエンジンを感知,数は3」
    「モニター廻せ」
    「北東部より接近中…S95監視区域に入る。」
    「確認。映像解析開始・照合開始」

    一連の報告が数秒で上がる。
    発令以降モニタリングしていたルアニクは,その報告をその場で聞いていた。

    接近する三名のDエンジン使いは,恐らく北部で演習訓練をしている軍がこちらの状況の変化を感知し偵察に向かわせた兵だろう。
    偵察,情報の収集,撤退の三拍子ですぐさま帰投するはずだ。

    ルアニクはそう予測した。
    が。

    「照合完了,北部地域で行われている演習訓練に参加していると思われる学院関係者です。」

    ――なに。

    「映像,出ます。」

    巨大なメインモニターの一角に縮小表示される三人の男女。
    三人はそれぞれが別々のドライブエンジンを展開し,広野を高速で移動していた。

    「――ほう」

    内二人の女性が身に纏っているドライブエンジン――その装甲外殻(アーマード・シェル)に興味を惹かれる。

    一人はドライブエンジン内に格納してある装甲外殻(アーマードシェル)の脚部のみを顕現,装着稼動している。
    もう一人は,装甲外殻の格子部分のみを魔力線(マナライン)で構築し,全身に仮想展開している。

    どちらもまだまだドライブエンジンを使いこなせていない証拠だ。
    魔力不足と言う理由もあるのだろうが――

    「まだ,未熟だな」

    85歳とは思えない張りのある声で呟く。

    ――しかし,当初の想定よりも早く反応する者が現れるとは…

    まるでこの事態を予測していたような迅速な行動。
    "強力な"魔法駆動機関(ドライブエンジン)の準備。
    自分の予測を超える行動を見せた彼らこそが,予測しうる最大の不確定要素のだろうか,と思考する。

    もし,そうであるならば。


    「私が向かおう」
    「先生?」

    ルアニクの言葉に,オペレーターを含む全員が振り返る。
    魔鋼錬金協会の長である彼――ルアニクは,ここに居る全員にとっての教師でもあった。

    「なに,無理はせん…いち早く事に気づいた者にはそれなりの講義を開くのが私のポリシーでね」
    「そう言えば,そうでしたね」

    この場に居るルアニクに次ぐ責任者,ディヌティスが苦笑する。
    彼はルアニクの側近にして次期魔鋼錬金協会長とも噂される人物。
    錬金術士にありがちなアンバランスな性格ではなく,知識知恵,精神のバランスのとれた人格者だ。
    人脈も広く,また同僚達からの信頼も厚い。

    「ディヌティス,状況に予定外の変化が見られるようだったら君の判断で――」

    ルアニクは中央制御装置の核として膨大な魔力を放出している,魔鋼錬金協会に伝わるうす紅い杖を一瞥した。

    「アレを持って退避したまえ。どのみち,私が予定している状況が発動してしまえばそうなることではあるが。」
    「わかっています。先生は気兼ねなく,ご自分の研究を完成させてください…それが,私達の願いでもあります。」
    「すまんな…。こんな老人の我侭に付き合わせてしまって」

    いえ、と言うと,そろって彼らは苦笑する。

    「このような二大技術の粋の実地検分に立ち会えるのは,むしろ光栄の極みです。――後は,お任せを。」
    「頼む。」



    そして,ルアニクはその場を後にした。



     ▽  △


    疾駆する三機のドライブエンジン。
    わずか数分で魔導陣の広がる上空の真下――史跡へと接近しつつある。
    ミコトの限定駆動状態(ハーフ・ドライブ)された疾風(ハヤテ),ウィリティアの仮想全展開駆動(エミュレート・ドライブ)された精霊(スピーティア),そしてケインの複合魔法駆動機関(コンポジットドライブエンジン)に追加された高機動ユニットは,それぞれ同一の高速機動魔法を稼動させながら最後の丘へと差し掛かった。


     △


    「ウィリティア,人工精霊の電子解析は使えない!?」

    ミコトの叫びにウィリティアは首を横に振った。
    ケインが隣から叫びながら答える。

    「魔導陣の構成駆動式全部が電子解析不能に細工(暗号処理)されててデジタル(科学技術)じゃ見れない,しかもこの距離だと俺達の主観にも望遠暗示効果が掛かってて式の認識が阻害されてる,もっと接近して肉眼(アナログ)で確かめないとハッキリわからん…!」
    「ち,やっぱそうか…」

    ミコトは先ほどからの自己解析不能の原因を理解した。
    どうにも人口精霊ロンからの回答が"解析不能"と提示されるわけだ。
    つまり,あれは最低限の機密保持処理と言うこと。
    しかし――

    「この丘をジャンプ台にして一気に接近するよ!」

    ここで一気に距離を詰める。
    陣の解析と対処はウィリティアとケインに任せたほうが良いだろう,その方面に関しては素人の自分がでしゃばるよりも遥かにましだ。
    そして,それ以外の雑事は私が請け負わねばならない。

    「これだけ大規模な陣を展開するくらいだから,妨害はあるって考えてて!すでにもう気づかれてると見ても良いかもしれない,もし迎撃されたら私が引きうけるわ!」

    これが最善だ。
    意図を察したのか,二人は反論なく頷く。

    「わかりましたわ!」
    「…わかった,情報を収集した後できるなら陣の停止,無理なら撤退か?」
    「そ! 多分そんなに時間はないから,ベースキャンプに戻って早めに再出撃になるけどね…!」

    そう言いつつも丘の上りに差し掛かった。
    助走距離は十分。
    三機のスピードは一気に上昇し,丘を踏み切った…,…!?


    三日月の浮かぶ虚空に飛び出した三機のドライブエンジン。
    そして―――正反対側から同じく猛スピードで迫りくる一つの影。

    認識できたのは――



    「二人とも,先行よろしく!」



    ミコトだった。


     ▽  △


    ほぼ同等のスピード。
    正反対のベクトルで交差した二つの影は,その接触の瞬間に発生した膨大なエネルギーを余剰魔力に変換して虚空に散らせた。


    接触の瞬間,ミコトは意識下で発動させた己の型――円舞(システマティック・オートカウンター)での迎撃が,相手――徒手空拳だった老人の拳をいなした。
    しかし――
    直感に従って(・・・・・・)展開部位を肩から両腕にかけての胸部装甲外殻展開(ブレスト・アーマーモード)に切り替え,更に魔力を集中していなければそれも危うかった,と衝撃に痺れる腕が証明していた。

    「つぅっ!」

    口の端に上る苦痛を無理やり押し込め,一瞬前に踏み切った丘の頂上部分へと降り立つ。
    無論,衝撃はすべて無効化(キャンセル)済みだ。
    それは相手も変わらない。

    痩躯の老人が一人。
    三日月と,その下で展開されている魔導陣を背にこちらを見つめていた。

    「…あなたはどなた?」
    「君こそ何者だね?」


     ▽  △


    最後の丘をジャンプ台に,俺は虚空へと飛翔する。

    ――駆動:重力中和:飛翔

    駆動式の稼動(ドライブ)と同時に地面を踏み切る。
    タイミングは,今回の演習のために改造した俺の両手の複合魔法駆動機関 (コンポジット・ドライブエンジン)を制御する補助電子AIが実行している。問題なし。


    虚空――夜の闇が覆った三日月が綺麗な空間。その眼下に広がる光景――巨大な魔導陣。
    今まで見てきたどの実験のスケールをも圧倒するその巨大さ。まさに異様だ。

    上空から見てわかった事がある。
    球形の魔導陣の直径は,その真下にある史跡――クレーターとその外周にある5本の鉄柱を含むほどの大きさ,つまり直径300mほどはあると言うことだ。
    近付くことで望遠意識妨害が弱まり,陣の概要が大まかにつかめてきた。これは――

    と、ミコトが突然突出。次いで言葉が俺達に届く。

    「二人とも,先行よろしく!」

    ハッして前方を認識・確認。
    次の瞬間には激突による魔力の放出現象が起こり,一瞬だけ空中を緑光が満たした。


    ――迎撃。
    なら,先ほどの予定通り俺達は陣の稼動を阻止するために先行しなければならない。


    墜落した二つの影は,しかし何事もなかったかのように今踏み切ったばかりの丘の上に着地・相対していた。
    ミコトが請け負ったのは,敵の迎撃の足止め。


    俺達は俺達の出来ることをしなければならない。しかし――

    アイツ一人に戦いを押し付ける苦しさ(・・・・・・・・・・・・・・・・・)
    軋む心。

    「…くっ」

    意識を無理やりに切り替えた。

    まずはやれる事をやる。
    そしてやらねばならない事をやる。
    それが迎撃を請け負ったミコトへの援護にもなるはずだ…!

    視線を隣――ウィリティアへ。
    彼女も似たような表情をしている。考えることは同じか,でも今は――

    「先を急ぎましょう」
    「わかってる…!」


     ▽  △


    「情報統合完了。接続状況(リンク)安定。システム順調に作動中」
    「連動実験に移行する。各設定値(ステータス)の確認後,予定されたデータと魔導陣の接続状態を報告。」
    「了解,設定値確認」
    「格納データ確認」
    「接続状態良好」
    「衛星監視システム順調に作動中」

    ディヌティスの命令に,周りのオペレータの復唱が続く。
    いよいよ連動実験。これからが,いよいよ本番だ。
    本来ならば,先生がこの場で指揮を取るはずなのだが――と渋面を作るが,それは先生(あの方)自身の選んだ選択であって,それが間違っているはずがない。
    今までがそうなのだったのだから,託されたこの場の指揮に間違いはない。

    ディヌティス――だけではなく,魔鋼錬金協会の協会員は,皆,会長であるルアニク老を信頼し尊敬している。
    類稀なる知識,知性,穏やかな性格,そしていつでも何かを求める飽くなき探求心。
    90に近い年齢だと言うのに,それを感じさせないほどの健康体。
    教えを請えば厭う事無く知識を分け与え,些細な疑問にも何らかの提示を残す。
    しかし決して答えは教えない。
    曰く

    『答えとは…いつもここにある』

    そう言いつつ穏やかに自らの胸を片手で押さえるのが師・ルアニク・ドートンの癖だ。
    その仕草の真意はいまだにわからないが――いつかわかるときが来るのだろうか,とディヌティスは思っていた。
    決して答えを提示しない師は,いつも何らかの切っ掛け(ヒント)を残してきた。
    その仕草,その言葉の意味。
    それを考えるのが――今後の私達の最大の課題なのかもしれないな…そうも思い苦笑する。

    「全設定値(ステータス)確認作業終了。」
    「…よろしい。それでは連動実験に移る…データリンク,開始。」
    「データリンク開始します。設定値入力開始」



    実験工程最終段階,開始。



     ▽  △


    自分は近接攻撃メインの格闘タイプ。
    戦闘において戦闘方式(スタイル)を認識することは重要な要素だ。
    それは自らの長所と短所を把握することにつながるのだから。それは局地的な戦闘においては勝敗を左右する重要な要素に成り得る。

    私は半年前――自分の魔法の稚拙さを"実戦"によって痛感した。
    別に使えないと言うわけじゃない。
    しかし,彼女――EXの魔法行使はそれほどの高みにあった。

    それだけではない。
    戦闘における瞬時の判断、決断、実行力。
    伴う魔法の選択,威力。
    どれを取っても自分を遥かに凌駕する実力。
    戦闘訓練で見せていた武器の扱いを初期設定に魔法と言う変動値(パラメータ)を与えることによって数倍にも数十倍にも飛躍する戦闘能力。
    しかし,天性のものだと思っていた圧倒的な力の正体とは,実は全てがその"基礎力"に集約されていた事に気づいたのはここ数ヶ月だ。


    『魔法とは付加要素に過ぎない。しかし、局面を打破するには重要な要素でもある。』


    言葉の意味はわかっていても,実感を伴わねば意味がない。
    自分は実は何もわかっていない。それが現状での最大の理解。精一杯の認識。

     △

    そしてそれを再確認させる状況が――今このときに他ならない。

    目の前の老人。
    彼は先ほど私達三人を迎撃し,しかし私が留まることで二人を逃すことは出来た。


    ミコトは冷静に状況を把握する。


    ――実力の差は圧倒的。
    まともに戦っても負ける、奇策は通じない。手は今の所ない――これからもない。


    圧倒的な実力差の前には,魔法と言う変動値も意味をなさない。
    現実は数学や計算では成り立たないが――しかし、覆り得ない現実があるということもまた事実。


    場の停滞とは,圧倒的な実力差のある者の余裕により成り立つ。


    一つの真理だ。
    拮抗した力を持つ相手以外で膠着する状況を考えるならば,圧倒的な実力差における敵の驕りが擬似的な膠着状態を作ることはある。が――
    目の前の老人には,恐らくそのような驕りも油断もない。
    しかし勝負を決め,先行した二人を追わないということは――

    「…わたしに何か御用でも?」
    「状況の認識と判断力にも富んでいる…優秀な生徒だな」

    静かに微笑む老人。

    そして――
    その背後の魔導陣が淡く光り,輝き始めた。


     ▽   △
     

    「稼動し始めた…!」

    光を発しながら直径300mの巨大な球形魔導陣の駆動式群が構成する軌道を回転し始めた。
    それ以外の部分でも,周りの式に合わせて式の形態を変えつつ効果を発揮するための態勢を整えつつある。

    広がる眼下の光景――魔導陣が,突如意味を発した。
    それはすなわち――

    「遠隔主観妨害が切れましたね。"スティン",解析開始(アナライズ・スタート)
    『Yes』

    応答したのはウィリティアの魔法駆動機関(ドライブエンジン)の人工精霊スティン。
    すぐさま仮想駆動(エミュレート・ドライブ )中の仮想外殻装甲頭部に組み込まれている解析装置を起動・解析開始。
    結果はすぐにでもわかるはずだ。

    「ざっと見た感じ…あれはシミュレータか?」
    「ですわね…それでも規模が大きすぎる気はしますけど」

    高速で接近しているはずなのに,依然として距離感がつかめないほどの異様さを誇る巨大な魔導陣。
    認識妨害の効果範囲外に入り込んだ事で式の意味を読み取った二人は,同一の結論を出した。

    解析完了(コンプリート)
    「共有領域に公開表示」
    『Yes』

    視界を覆う半透明のバイザーに表示される解析結果は,チームをつなぐネットワークを介し全員で共有される。
    全員が同じ情報を共有すると言う事は,戦場において有利な状況を作り出すことが出来る。
    電子制御を導入されている魔法駆動機関(ドライブエンジン)だからこそ出来る特徴でもある。

    と,解析結果を見たケインが疑問の声を上げた。

    「これ,ちゃんと稼動するのか?」
    「,…これは」

    ウィリティアも"その部分"に気づいた。
    巨大だけれど緻密で精巧な,一つの芸術とも言えるこの魔導陣。
    しかし,解析した結果からとんでもない欠陥を見つけた。というか一目瞭然だ。

    「空白の式がある…?」
    「いや。…どうやら何かの設定式が代入される感じだ。」

    効果発生時刻の設定式のつもりだろうか? と頭をよぎったが,それはすぐ消した。
    世界そのものに干渉する"魔法"は刹那のものだ。
    式を維持する魔力によって多少の継続は可能になるが,それは"時間"とはまた別の要素に過ぎない。
    そもそも,"時間"がヒトの生み出した概念に過ぎない以上それを"世界"に適用する事は筋違いだ。
    しかし,これはどうみても――

    「…考えても埒があかない,とりあえず制御装置を捜そう」
    「…そうですね」

    釈然としない思いを抱きながら,二人は異様を誇る魔導陣へと最後の加速に入った。


     ▽   △


    「まずは何が疑問聞く事からからはじめよう。聞きたい事はあるかね?」

    老人は,まるで講義をするかのような口調でそう切り出した。
    見た目60代くらいのその男は,まるでこちらを試しているような雰囲気も感じられる。
    ミコトは数瞬考え,即座に疑問を提示した。

    「あなたは誰ですか。」
    「ルアニク・ドートン。アスターディン王国の公的機関,魔鋼錬金協会の会長職にある。」
    「あなたは何をしているのですか」
    「研究の実地検証,と言ったところか。」
    「内容は」
    「真実の究明。」
    「具体的な方法は」
    「アレを見てわからんかね?」

    ルアニクの背後――その夜空に輝く巨大な魔導陣。
    ここからでは光り輝く帯が何本も重なり複雑な模様を編み上げている事しかわからないが,その一筋一筋が自分の纏う魔法駆動機関(ドライブエンジン)と同等の駆動式を有している事くらいはなんとなくわかる。
    それだけの制御を必要とする,実験と称するその行為。一体何をしようとしているのかはわからない。
    が――

    「今すぐ止めてください,アレは危険です」
    「…ほう。なぜ危険だと感じるのかね?」
    「それは――」

    彼――ルアニクの瞳はひたむきに真摯である事を見て,息を呑む。
    正直に告げるべきか――?

    「…勘,かね?」
    「…!」

    唐突に告げられたミコトの真実。
    初めて会うルアニクという魔鋼錬金協会(フリーメーソン)の会長の言葉でミコトは何も言えなくなってしまう。
    それとは関係ないように,彼は話しつづけた。

    「そういった人間は,いつどの時代にも世代にも居るものだ。力のバランスを取るとでも言うのか。片方のバランスが崩れそうになったら,それと対を成すもう片方でバランスを取ろうとする均衡制御作用。ヒトの体系に必ずついてまわる関係だな」

    彼はミコトを見つめる。
    微笑みと共に。

    「君の言う危険…それは私も承知している。アレを行う事でこれから引き起こされる事態――それこそが私の求める目的の足がかりとなるものだ。」
    「…なら,なぜ――?」
    「私にとっての答えがそこにあるからだ。魔法の根源,世界との関わり。起源(レジーナ・オルド)のもたらした技術の真実が,ね。」

    わからない。
    ミコトには何を言っているのか理解する事は出来ない。

    「――まぁ,疑問に思わないのもしょうがないだろう。しかしこう考えてみた事は無いかね? なぜ私達の使う魔法は"魔法"と呼ばれているのか?とは」
    「なに,を…?」
    「これは技術だ,と言われている。人が使う事の出来る技術だと。しかし一般に呼ばれている名称は"魔法"だ。ここに小さな矛盾が生じているだろう?」

    技術とは人が作り上げてきた自分たちの力だ。
    しかし,ルアニクは"魔導技術はそうではないのではないか?"と言っている。
    そしてそれは――確かにその通りだ。

    「偏在する事実を見てみるといい。そこには常に根源的な違和感と矛盾点を数多く内包している。しかし誰もそれを疑問とも思わない…まぁどうでも良い事だからだろうが――私は性格上"どうでも良い事"とは思えなくてね」

    長年ずっと考えつづけてきた事なんだよ,と苦笑する。
    だからと言って,それをそのまま見過ごす事は出来ない。
    危険を危険と承知したまま放置するわけには行かない。

    「…つまり,貴方の長年求めてきた答えを今ここで出そうと,そう言う事でしょうか。」
    「そう在りたいと願ってはいる。生涯を掛けた私の研究の成果が出るか出無いか…正直五分五分ではあるがね。」
    「そうですか。――それが"貴方の夢"と,そう言うわけね」
    「…そうなるか。」

    対峙する二つの影。
    丘の頂上で向き合う二人は,戦闘の構えを解いてはいたが――
    再びミコトは構えた。

    「…何のつもりだね?」

    ルアニクは疑問を提示しながらも,瞳の穏やかさは変わらず。
    逆に"やはりそうなるか"と言った感想を抱いていた。

    「…貴方にとっては最終的な目的かもしれない。でも,私にとっちゃここは通過点なのよ(・・・・・・・・・・・・・・・ )! 私は私の目指すところを目指す。ここで立ち止まっている暇なんて無い!」
    「…やれやれ。随分と我侭なお嬢さんだ」

    おもいっきり苦笑し,ルアニクは笑った。
    ならば,と身を翻す。

    「ならば来るが良い,少女よ。すでに魔導陣は稼動している,君の言う危険が"具象"するまでそう間もない。システム的なリスクの分散は考慮済み,妨害の介入も想定して全工程のスケジュールを組んだ。一度発動してしまえば最終的な結果を出すまでシステムの停止はありえないが――それでも。」

    こちらを振り向いた。

    「それでも,私の行動を止めたいのならば止めはしない。だが,急ぐ事だ。君の友二人は既に危機に隣接した所にるのだから。」
    「…!」

    彼はミコトへ背を向けた。
    最後に一言,彼は穏やかな声で告げる。

    「我が探求の最終地点に現れた少女の進む道に,幸多からん事を。…ここで倒れるつもりはあるまい?」

    軽く跳躍すると同時に,彼の周囲に高密度な複合駆動式が展開。彼の各関節部分が光り,魔力が渦巻く。
    重力開放・加速・ベクトルを完全に制御した高速飛行。
    彼は魔導陣の元へと帰っていった。


    しばし呆然とその光景を見ていたミコトは我に返る。
    初めて見る,第一階級印(ランクA)保持者の魔法駆動。
    アレはまるで――

    「"行使"…?」

    人の身でたどり着ける一つの頂点。
    彼は魔法を極めながらも常にその力に疑問を抱いていたと言うのだろうか。
    その力を習得しつつも,根源的な疑問を常に抱いたまま生きると言う事。
    常に何かを求めつづけるその信念。

    彼は自分の認識の外の存在だ。
    しかし,彼は現実に存在する。

    新しい認識は古い壁を一つ取り払ったに等しい改変でもある。
    この出会いが,ミコトに何を齎すのか。

    「…散々言いたい事言ってとっとと帰っちゃうなんて,結構貴方も我侭じゃない。」

    苦笑,次いで瞳をギラリと光らせた。
    いつものミコトの挑戦的な笑顔で宣言する。

    「当然。やりたい事をやりたいようにやらせてもらう,貴方にとっての最終地点は私にとっての通過点に過ぎないわ。精々私の糧にさせてもらうわね…!」

    そして駆け出す。
    向かう先は当然――

    「絶対に魔導陣を,止めて見せる――!」


    ルアニクの後を追うように,彼女もまた飛び立った。


     ◆


    彼女(ミコト)の腰の後ろに装備された短剣の柄が,一度だけ青く明滅した。
    それに気づくものはこの場には誰も存在せず…また短剣それ以降は何も変化を示さない。
    何かを予期させるその一度だけの点滅(シグナル)は,しかしそれっきりだった。


    そして舞台は嵐の中へと移って行く。


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