Release 0シルフェニアRiverside Hole

HOME HELP 新着記事 ツリー表示 スレッド表示 トピック表示 検索 過去ログ

■83 / 13階層)  "紅い魔鋼"――◇八話◆中
□投稿者/ サム -(2004/11/28(Sun) 21:55:48)
     ◇ 第八話 中編『昼の光景』 ◆


    正午をまわると昼の休憩時間に入る。
    一番の賑わいを見せるのは学院内のカフェテラスやベンチの多い中庭,そして多数の学生が利用する食堂だ。
    午前中のハードな講義を終えた生徒,朝食を抜いた学生などは真っ先にここに駆け込む。

    それは何時もの光景。
    何の変哲もない日常そのものなんだが――

    俺もまた,そのいつもの光景中に居た。


     ▽


    何時も通りに食堂に足を運び,そして何時も通りにミコトに捕まった。
    コイツに会うのが嫌なら食堂にこなければ良いじゃないか,と思うかもしれないが,ここの飯は美味いし量が多いし安い。
    朝食を食わない俺にとっては学院内でも最重要施設だ,こないわけにはいかない。
    それに,コイツに会うのも実は最近はそんなに嫌ではない――積極的に関わろうとも思えない事も事実だが。
    まぁ,今日は色々聞きたい事も会ったから丁度良かった。


    とりあえず食事を終えて一息つく。
    食事中は何時もミコトの一方的なトークに俺が適当に相槌を打つのが常だ。
    大抵はそれで席を立つのだが,今日はちょっと違う。

    セルフサービスのお茶を汲みなおして,席に座りなおした。
    そんな珍しい様子にミコトは目をしぱしぱさせている。

    「ミコト,お前昨夜――と言うか,ここ数日何処か行ってたか?」

    なんとなくの疑問だったが,途端ミコトは表情を強張らせた。
    …変な事を聞いただろうか。
    反芻してみるが,特におかしい問ではないはずだ。
    返答を待ってみよう。

    「…別に,何処にも行ってないよ」

    視線をそらしながら応えた。
    何かありましたよ,って言ってるようなもんだぞ,その答え方は。
    ミコト自身も其の事には気づいているらしく,唇を尖らせて不満げにこちらをにらむ。

    「…隠さなきゃならん事なら敢えて聞こうとは思わないが」

    腕を組みなおす。

    「まぁなんだ。先週相談に乗ってもらった事だし,俺で良ければ聞いてやっても良いぞ」

    アレだ。少し照れくさい。
    そんな感情が言葉を荒くさせる――が,ミコトもそれには気づいたようだ。
    目を丸くして俺を見て,次いで苦笑。

    「――ケイがそう言ってくれるなんてちょっと以外。でもまだ話せないかな。以前ケイが言った通りで気のせいかもしれないし」
    「…確か,野外演習訓練の事だったか。」
    「あ、覚えてたんだ。うん,先週ずっとかかりきりだったの。かなり気になる事も出てきたんだけど――それが直接関係あるとは思えないし」

    しかし,演習に関連する事で何かはあった,と言う事か。
    まだ話すつもりはないらしい。
    まぁ,話すつもりになったら俺に聞く気が無くても無理やり聞かせてくるだろう。

    「話せる段階なったら聞かせてくれるのか?」
    「…そうだね,何か想定外の事態が起こらないとも限らないし…演習前には一度調べた事を纏めて教えてあげる」

    ちょっと苦笑しながらミコトはそう言った。
    なら,それはそれで良い。訓練には無理やり誘われたとは言っても,俺もそれなりに準備もしているし仲間外れはいささか心外だしな。
    それに,"厄介事が起るかもしれない"とコイツ(ミコト)は油断をしていない。
    なら俺も油断をするわけには行かない。

    理由は簡単だ。
    俺がミコトの足を引張る,なんて事態だけは絶対に避けねばならないことだからだ。後になってどうなるか――全く予想がつかん。
    まぁ,俺だけオタオタした姿を見せたくないってのが本音かもしれないけどな。
    男として。


    とりあえず聞きたいことは聞いた。
    しかしまだ時間は残っているし,ミコトもお茶を飲んでいる。俺もまだ器の中に残っているから最後まで付き合うのも悪くはない。
    そんなことを思いながらそのまま惰性で何となく席に座っていたのだが――


    「ケイン? あなたも昼食だったのですか」

    不意に後ろから声をかけられた。
    知っている涼やかな声に俺は振りかえった。

    俺の後ろに立っていたのは昼食の乗ったトレイを持った美人さんだ。
    彼女は,先日同じ研究班に入ったウィリティア・スタインバーグ。

    「…よう,あんたも昼飯か」
    「ランチと仰ってください,…今朝は結局食べれませんでしたからね」

    苦笑と共に応える彼女――ウィリティアは,不意に あら と俺の対面に座るミコトを見て呟いた。
    はて?と俺もミコトを見ると,あいつも目を丸くしてウィリティアを見ている。
    この二人共通する反応は…

    「…お前等知りあいだったのか?」
    「ケイ,この子の事しってるの?」
    「ケイン,彼女と知りあいだったのですか?」


    3人の疑問が同時に重なった。


     △


    二人の女は,最初から険悪だった。
    席こそ隣り同士――俺の正面にミコト.ウィリティアが並んで座っている――だが,牽制しあう視線と言葉。
    それらは刺と毒を含んでいる。

    「ずいぶんな量の御食事ですね,ウィリティアさん?」
    「あら,昼食がお済みならさっさと退出なさったらいかがです,ミスミヤセ?」
    「私,まだお茶が残ってますし――いえ。ケイ,どうやらウィリティアさんは食事に専念したいそうだから行きましょうか」
    「あぁ,ケインは構いませんわ。――これからの予定(・・・・・・・)について色々話し合わなければならない事があるので。」
    「――あら。それは初耳ですね」
    「彼から聞いてません? 私とケインは(共同研究の)パートナー(相棒)ですのよ?」

    二人はニコニコと会話を続ける。
    だが,俺は正直ここから逃げたい。逃げ出したい――冷や汗が一向に停まらない…。
    ミコトがこちらを見た。
    相変わらず顔は笑っているが――目は笑ってない。

    「…あら。何時の間に,ケイはウィリティアさんとそんなに親しくなったのかしら。」

    知らなかったわぁとあくまでニコニコと笑いながら,ミコトは言う。
    完全に誤解してる。いや,特に間違った事はいってないのだが,ウィリティアの説明にはいささか言葉が足りていない…

    あんた(ウィリティア),なんでそんなにコイツに対して攻撃的なんだ――!?

    必死にウィリティアに抗議の視線を浴びせるが,彼女はしれっと無視して食事を続ける。
    ミコトのボルテージは静かに…だが激しく高まっている――それを感じる。つか見えた。心眼だ。…こんな確信はいらない…

    コトン,とミコトは茶碗をテーブルに置く。
    その仕草は穏やかだが――静かな迫力…いや,威圧を感じる。

    「あらあら…どうやら私,お邪魔みたいね」
    「お、おいミコト,言っとくがかんちが「あら、気を利かさせてしまって申し訳ありませんわね,後日改めて御礼をさせていただきますわ――ケイン()からも。」
    「――っ! …それには及びません――,いえ,また次の機会にでもゆっくりとお話しましょう,ウィリティアさん」
    「――そうですわね,ミスミヤセ」

    御互いニッコリ微笑み会い,ミコトは席を立った。

    ……ギロッ!!

    ミコトは俺をほんの一瞬だけ世界が凍りつくような凍てつく瞳でにらみつけ――それだけで俺は石化したように動けなくなった。
    すぐにその冷めた視線を消すと,勤めてにこやかにゆっくり言った。

    「――では御二人とも,午後の講座には遅れないように。…御先に失礼しますね」

    くるり,と出口を向くと,ミコトは一切振り返らずに歩み去っていった。
    後に残ったのは涼しい顔で食事を続けるウィリティアと――

    まだ固まっている俺だけだった。

    俺が何をしたって言うんだ…?



     ▽  △


    朝食を抜いたのは応えた。
    ついでに昨晩の酒精もまだ完全には抜けきっておらず,午前中は非常に辛かった。
    頭痛が収まったのが唯一の救い,薬をくれたケインにもう一度感謝する。

    久しぶりに訪れた食堂は,学生で溢れかえっていた。
    手早く自分の昼食を選び(バイキング形式なのだ)代金を払って,空いている席を捜す。と――

    (…あら。)

    見覚えのある後姿だ。
    あれは――

    うん,あれはケインですわね。

    席もどうやら空きがあるらしい,なら一緒させてもらうのも良いだろう。

    それに,昨夜と今朝の御礼もしておきたいですし。

    と何故か自分に言い聞かせるように断りを入れる。
    理由に不足なし,かと言って不自然さもない。我ながら完璧(パーフェクト)

    「ケイン? あなたも昼食だったのですか」

    …ただ,周囲の状況判断だけは甘かった,と直後に思った。


     △


    驚いた事に,彼はミヤセ・ミコト――私のライバルと食事をしていたようだ。
    どうやら二人は何時も共に行動する仲らしい。

    ――気に入らない。

    先日ミコトを見掛けた時,訓練所で一緒だった男子生徒はケインだったのだろうか。
    その時のミコトの表情と行動を思い出し,今朝のケインの自分に対する一連の行動を思い出して…

    やっぱり気に食わない。

    それは向こう(ミコト)も同じようだった。
    自分とケインが話をする事を良く思っていない事が,交わす言葉から感じ取れる。

    自然とヒートアップする会話。
    わたくしは自然な笑顔を絶やす事はないが,敵も然るもの。
    中々どうして笑顔での恫喝が堂に入っている――やはり相手にとって不足なし。

    …ケインには,いささか悪いですけれど――

    負けるわけにはいかないのだ,特にこの女(ミヤセ・ミコト)にだけは,絶対に。


     ▽


    結果は,巧みな言葉の言い回しとケインを巻き込む事で,わたくしがこの場の勝利を収める事ができた。
    しかし,これからもミコトとの戦いは続くと確信する自分。
    この判断も間違っていまい。

    その戦いに思いを馳せ――でも,まぁ。

    ――今だけは,今回の勝利の余韻に浸らせてもらう事にしましょう。

    正面斜めの席に座るケイン――ミコトの眼光によって体を強張らせている――に苦笑しつつ,ウィリティア・スタインバーグは心踊る気分で昼食を続けた。


     ▽  △


    「ああ,もう何なのよ,ケイのバカ――!」


    食堂を出て学院の中庭まで出たミコトは,たまっていた鬱憤を晴らすかのように大声で叫んだ。
    まわりで寛いでいた連中がビクリ! と身を震わせたが,その全員が我関せずのスタイルを取る。懸命だ。

    「なにさ、でれでれしちゃってさ。たしかにウィリティアは可愛いけど――」

    思い出して更に頭にきたようだ,うーーと唸り…溜息をついた。

    「…まぁ,私の八つ当たりだって事は判ってるんだけど」

    感情が納得しない。
    何より,自分のいない1週間のうちに二人が出会い,あそこまで気安い仲になっている事が気に入らない。

    ウィリティアの言っていた"相棒"とは,恐らく先週相談にのった研究の事だろう。
    ケインの特出した才能を考えると,魔法科と魔鋼技科の学生同士で提携して共同研究が行われても不思議ではない。
    その可能性は十分に考える事が出来た。

    ウィリティアがそれに選出されるのもわかる。
    プロフィールを調べた限りでは…それに戦った時の感触からも,彼女もまた紛れもない天才だと言う事は判っているからだ。

    しかし――
    やはり感情は納得できない。


    ケイを最初に見つけたのは私なんだ――。
    絶対,誰にも,やるもんか!


    ふーーー,と長く息を吐く。
    午後だと言うのに辺りはひどく静まり返っている。
    あれ、どうしたのかな?とミコトは心の片隅で思ったが,まぁいいやと気にしない事にした。

    準駆動(セミ・ドライブ)

    魔法駆動機関(ドライブエンジン)の限定駆動の合言葉(キーワード)
    左上腕部に着けた腕輪が薄く光り,頭部に粒子が収束・バイザー(視覚式情報端末)になる。

    準駆動完了(コンプリート)

    駆動:簡易式:重力反転(フォールダウン)

    駆動開始(スタート)


    人工精霊ロンの返答を受けて,ん、と頷く。

    たたたっと助走をつけて,ミコトは空へ飛び降りた。


     △


    中庭から空へ飛翔する人影。
    空中を蹴り,校舎の屋上へ飛び立っていった。
    何かを振り切るように力強く,それでいて軽やかに。

    苛立ち紛れの行動。
    それは嫉妬と言う名の感情が起したものである事に,ミコト自身はまだ気づいていなかった。


    それは,ある晴れた午後の出来事――。



    >>>NEXT
記事引用 削除キー/

前の記事(元になった記事) 次の記事(この記事の返信)
←"紅い魔鋼"――◇八話◆前 /サム →"紅い魔鋼"――◇八話◆後 /サム
 
上記関連ツリー

Nomal "紅い魔鋼"――◇予告◆ / サム (04/11/17(Wed) 23:46) #51
Nomal "紅い魔鋼"――◇序章◆ / サム (04/11/18(Thu) 07:17) #52
  └Nomal "紅い魔鋼"――◇一話◆ / サム (04/11/18(Thu) 22:04) #53
    └Nomal "紅い魔鋼"――◇ニ話◆ / サム (04/11/19(Fri) 20:59) #60
      └Nomal "紅い魔鋼"――◇三話◆ / サム (04/11/20(Sat) 22:02) #63
        └Nomal "紅い魔鋼"――◇四話◆ / サム (04/11/21(Sun) 21:58) #67
          └Nomal "紅い魔鋼"――◇五話◆ / サム (04/11/22(Mon) 21:53) #68
            └Nomal "紅い魔鋼"――◆五話◇ / サム (04/11/23(Tue) 17:57) #69
              └Nomal "紅い魔鋼"――◇六話◆前 / サム (04/11/24(Wed) 22:25) #75
                └Nomal "紅い魔鋼"――◇六話◆後 / サム (04/11/24(Wed) 22:28) #76
                  └Nomal "紅い魔鋼"――◇七話◆前 / サム (04/11/25(Thu) 21:59) #77
                    └Nomal "紅い魔鋼"――◇七話◆後 / サム (04/11/26(Fri) 21:21) #80
                      └Nomal "紅い魔鋼"――◇八話◆前 / サム (04/11/27(Sat) 22:06) #82
                        └Nomal "紅い魔鋼"――◇八話◆中 / サム (04/11/28(Sun) 21:55) #83 ←Now
                          └Nomal "紅い魔鋼"――◇八話◆後 / サム (04/11/29(Mon) 21:51) #86
                            └Nomal "紅い魔鋼"――◇九話◆前 / サム (04/11/30(Tue) 21:53) #87
                              └Nomal "紅い魔鋼"――◇九話◆中 / サム (04/12/01(Wed) 21:58) #88
                                └Nomal "紅い魔鋼"――◇九話◆後 / サム (04/12/02(Thu) 22:02) #89
                                  └Nomal "紅い魔鋼"――◇十話◆前編 / サム (04/12/18(Sat) 08:57) #98
                                    └Nomal "紅い魔鋼"――◇十話◆中 / サム (04/12/20(Mon) 16:59) #100
                                      └Nomal "紅い魔鋼"――◇十話◆後 / サム (04/12/23(Thu) 14:08) #102
                                        └Nomal "紅い魔鋼"――◇十一話◆ / サム (05/01/18(Tue) 18:42) #130

All 上記ツリーを一括表示 / 上記ツリーをトピック表示
 
上記の記事へ返信

Pass/

HOME HELP 新着記事 ツリー表示 スレッド表示 トピック表示 検索 過去ログ

- Child Tree -