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■86 / 14階層)  "紅い魔鋼"――◇八話◆後
□投稿者/ サム -(2004/11/29(Mon) 21:51:25)
     ◇ 第八話 後編『夜の光景』 ◆


    駆動開始(スタート)

    その呟きは,全てを始めるためのキーワード(制約)だ。
    言葉自体には何の意味も力もないが,"駆動"と言う言葉は魔法を"人の技術として使うとき"に誇りを持って紡がれる。

    ――それ(魔法)は万能にあらず


    正しく力を使うため,力を過信することなく。
    人の理解の範囲内にその現象を起し,制御し,支配する。
    世界を統べる力にはなり得ない。
    ただ,人の(生きる為の意志)を助けるためだけの,力。

    それが"起源"によって伝えられた"魔法の本意"だ。


     ▽  △


    "制御"の駆動式がシンボルの技術者(エンジニア)専用の工房――エディット教授のだ――の中に,俺達研究メンバ―四人全員はいた。

    俺の魔法駆動の呟きで右手の印に収束した魔力は,それを増幅・指向・制御の為の魔法駆動機関(ドライブエンジン)に向かわずに,予め用意しておいた魔力反応流体金属(エーテル)へと流れこむ。

    俺――ケイン・アーノルドがこの研究班に選ばれた理由はただ一つ,魔法駆動機関(ドライブエンジン)ブラックボックス(解析不能な主要部分)の全容を把握しているからだ。と思う。
    マスターキーを保有する製作元のドライブエンジンメーカーか,王国最高の研究機関"王国工房"でしか出来ないと言われているらしい"魔法駆動機関(ドライブエンジン)"と"格納されている魔法駆動媒体"の完全分離・整備が可能だからだろう。
    俺としては,幼少期から親父の仕事をつぶさに見て育ち,そして実際に関わってきた事による経験がものを言っているのだと思うのだが,教授方に言わせれば"それはそれで立派な才能だ"だそうだ。

    そして今,研究開始の第一日目の内容として,現状の把握の為に自分の持ちうるスキル――ドライブエンジンと格納補助具の分離を行っている。


     ▽


    整備用の台座に乗せられた一つの腕輪。
    これは教務課の武器管理庫から借りてきたイミテーションの一つだ。
    しかし,ちゃんとドライブエンジンとしての基本的な機能――補助具(魔法発動媒体)の格納をするための機構(システム)も組み込まれている。

    通称,閉鎖式循環回廊。

    そう名付けられた特殊亜空間。
    これは魔鋼(ミスリル)に特殊な魔導機構(駆動式群)を刻印した(コア)が発生させるもので,その(コア)自体が特殊加工で幾重にも封印(シールド)されている。
    今回実験では,実際にドライブエンジンを解除してみせる過程で,(コア)に刻印されている魔導機構(駆動式群)を解析し,今後の方針を立てるのが最終目標だ。


     ▽

    エーテル展開:駆動式形成開始(エーテライズ・スタート)

    手順と概念さえ把握していれば,あとは経験から全工程を消化できる。
    慣れ親しんだ作業だ,ミスはあるはずもない。
    無論事前に入念な確認もしてある。
    構造や駆動式群の作用など,影響しそうな部分も全て考慮した上での実験開始(ゴーサイン)だ。…壊したら自己負担と言う賭けもしている。失敗できるはずもない。

    エーテルは,魔鋼(ミスリル)と同様に魔力に反応する特性をもつ流体金属だ。
    だが,その性質は異なる。
    魔鋼は"現象を発生させる"と言う作用だが、エーテルは"魔力の流れにしたがって動く"と言う特性も持っている。
    つまり,イメージさえ正確ならばエーテルで駆動式を編み,そしてその効果を発生させる事も可能と言う事だ。
    実際にいま俺がしようとしているのがそれに近い。

    エーテルに魔力を導通させ,イメージの通りに誘導し,解除のための駆動式を編む。
    通常ならば魔鋼(ミスリル)に直接刻印するのだが,エーテルで駆動式を編むというのは,魔導機構のなかで微妙に反応しあう駆動式同士の影響をリアルタイムで補正するための措置だ。
    マスターキーのない状態で,形式・型・特性の違う魔法駆動機関(ドライブエンジン)ばらす(分解整備する)には,はっきり言ってこれしかない。

    形式・型・特性が違えば,無論最終的に編み上げる解除の駆動式の形態も個々違うものになるが,そこは学院の天才達に任せるしかない。
    解析と新しい駆動式の考案は,まだ俺にはレベルの高い作業だ。


    解除用の駆動式とは言っても,効果を発生させるには構成する式は一つでは不可能だ。
    3000数個の様々な基礎駆動式を組み合わせた魔導機構を作り,それを一つの纏まりと考えて更に組み合わせを作る――という作業の中から様々現象を発生させる事を"魔法"を生み出すと言う。
    解除もそんな中の一つで,基礎駆動式数は膨大な数に及ぶ。

    俺にはそれ一つ一つを記憶することの出来る脳みそは持ってない。が,一つの図形としてならば把握する事が出来る。
    対象の魔法駆動機関(ドライブエンジン)と図形を重ね,照らし合わせ,実際に作用させながらズレを補正し少しずつ"現象を発生させる手続き"を済ませる。

    準備OK。問題なし,
    次工程に移行。


    対象:結線(コンタクト・スタート)


    3段階の工程の中で,2段階目。
    解除の駆動式と,ドライブエンジンの最外装に刻印されている魔力流入式(マナライン)を結線させ,解除式を駆動させる。
    ちなみに,魔力流入式(マナライン)を多少改良する事で,一般には不可能とされているExclusive(通称EX)の魔法駆動機関(ドライブエンジン)使用も理論的には可能だ。


    駆動式展開:解除開始(ドライブ)


    最終工程開始。

     △

    ――台座の上に描かれた駆動式が光を放つ。
    エーテルに通った微量の魔力が現象を誘発し,式に沿って魔法駆動機関(ドライブエンジン)を包み込む。

    "解除式"の中の一構成要素,"解析"の式で,ドライブエンジンの全状態を式化・空中投影・全展開表示開始(マナライズ・スタート)
    腕輪を構成している魔鋼(ミスリル)が,その物質構造を光の式に変化させる。
    空中に展開された内部構造式に"解除"の式から伸びた魔力の線(マニュピレータ)が侵入,駆動式化した構造体を正確且つ丁寧に解除し始める。

    ――それは光の乱舞。式が外される(解除される)度に燐光が舞い、零れ落ちる。

    光の線で立体表示された式が丁寧に外されて行く。
    光で編まれた式は,二つに分けられてた上で別々に式として空中に再構成・展開表示されている。
    片方は外装…腕輪部分。もう片方は格納されている補助具(魔法駆動媒体)だ。

    魔力の線の動きが止まり,光が収まる。
    解除の式も徐々に光を弱め,空中に投射・表示した全状態式を再構成・物質化(リ・マテリアライズ)


    ――収束。


    台座の上には腕輪と,その中に格納設定されていた魔法発動媒体(篭手型ARMS)が置かれていた。

    全分離工程終了(オールコンプリート)…,終わった」


     ▽  △


    「すごい…」
    「…お見事。」
    「正に完璧ですわ…」

    三者三様のコメントだが,意味はどれも同じだ。
    ケインは照れ隠しのつもりか,明後日の方を見る。
    ロマ,ハル,ウィリティアの3人は唖然としながらケインと,台座の上のドライブエンジンを見比べた。

    「そんなに大した事じゃないと思うが…」
    「大した事ですわよ,今のは。」

    とりあえず始めましょうか,とウィリティアが言った。
    ロマとハルも我に帰る。余韻に浸っている場合ではない。

    ウィリティアは早速高速でレポート用紙にメモを始めた。
    あっという間に1ページ使い切り,2枚3枚と紙を繰る。

    四人は作業机に移り,ウィリティアの書き出したメモを元にそれぞれが解析を始める。
    ケインを除く3人で細部の状況を細かく検証しながら,全体の推移をケインに聞く。

    工程の式,手順,解除の手際。
    どれを取っても危なげなく,安全に最良の方法で行われている。
    解除速度の加速,式の簡略化は一切ない。
    職人ならではの丁寧な作業工程がしっかりと現されていた。

    …とても,本人からは想像できないくらい。


     △

    一通り解析が終わった。
    お茶を用意して一息つく。
    イミテーションは依然そのままだが,分離後の駆動式の変動を観測していないからまだ戻せない。
    どうせだから簡単に整備しとくか…とケインは考えていた。

    「ドライブエンジンの解除は始めてみたけど…これほど綺麗だとは思わなかったわ」
    「そうだよな,圧巻だった」

    ロマとハルは口々にそう言う。芸術家としての魂に火がついたようだ。

    ロマの行う刻印技術も,ハルの行う魔鋼(ミスリル)収斂も,同じ位壮観だ。
    どちらもその作業工程で駆動式を使う。
    緻密,精密な魔力制御がその技術を芸術まで高めている。ケインにしても,初めて刻印の場や魔鋼収斂を見たときはビビったものだ。

    と,ウィリティアがぼ―っと先程分離させたドライブエンジンと篭手を見詰めているのに気づいた。
    何処となく寂しそうな気配がする…?のか。

    「どうしたんだ?」
    「…いえ,なんでもないですわ。」

    小さな苦笑。
    ホントに何でもない,と思わせるような笑みだ。
    小さな呟きが,

    「ちょっとだけ,うらやましくて」
    「何が?」

    んー,と笑いながら唸って,恥ずかしげに言う。

    「わたくしには,あんなことできませんもの。初期の駆動式の構成は記憶できても,対象に応じて柔軟(フレキシブル)に式を変化させるなんて対応まではとても…」

    無理です,と言う。
    そんなに大変な事なのだろうか。俺には良くわからない。

    「ケインは,あれの芸術家なんです。」

    羨望を込めた眼差し。少々照れくさい。

    「ウィリティアにもそう言う分野があるんだろ?」

    そのケインの発言に,今度は本当に苦笑した。

    「あら。わたくし才能なんて有りませんのよ?」
    「…は?」

    穏やかな微笑み。
    声を潜めて呟いたウィリティアの今の言葉は,まだメモと先程の作業光景について語り合っているロマとハルには届かなかったようだ。

    「わたくしの知識は全部死ぬような思いで獲得してきたものなんですもの。魔法も,体術もそう。自分自身には最初からそんな大した才能はありませんわ」

    こんな事いうのは初めてです,と笑う。
    ケインはなにも言えない。なんと言う事が出来る?

    「ま、言ってしまえば…駆動式の考案くらいが関の山です,わたくしが出来る事と言ったら,ね。」

    ね,にウィンクを添えた。
    同時にケインも苦笑。

    「それこそ俺には無理だな,頭悪いし」
    「だからこそ,わたくしがその部分を補うために居るのでしょう。(コア)の収斂はハルさん,わたくしの考案する駆動式の刻印はロマさん。皆が力を合わせるための共同研究(チーム)ですもの」

    そうだな,とケインは立ちあがった。
    判っている。皆がそれぞれの役割を理解した上で協力しなければ,この研究は始まらない。

    ウィリティアの先程の言葉は本音だろうけれど,それは単に,本当に単純な憧れにだったのだろう。
    自分の才能の有る無しに関わらず,ただ純粋に感動し,自分では届かない高みというやつを羨ましく思ったのだろう。

    気恥ずかしくはあるが…。
    そこは苦笑してごまかす事にしようか。

    「ケイン,一つお願いがあるのですけど…」

    さっさと一人で結論付けたケインに,ウィリティアは小さな声で呼びかけた。

    「ん、なんだ?」
    「良ければ,わたくしのドライブエンジンの調整を、頼みたいのですけど…お願いできますか?」

    目を瞬かせる。
    まじまじとウィリティアを見て,本気か?と視線で問う。
    対する彼女は笑みで応えた。

    「ウィリティアで二人目だ,俺なんかにドライブエンジンの整備なんて頼むのは,さ。」
    「…ぇ,わたくしの他にも誰か居りましたの?」

    ケインは,今度こそ本当に苦笑した。
    先日大喧嘩した相手がそうだとは夢にも思うまい。
    それを次げようと口を開いた――




    「ミコト,ですわね?」




    が,一瞬口篭もり,次いで疑問と驚きがケインの顔の構成素材になった。

    「――,なんでわかった…?」

    ぽかーんと口をあけて問うケインの顔を見て,ウィリティアは あははは…!と笑い始めた。
    ロマとハルもこちらを見て驚き,どうしたんだ?と言う。

    わけも判らず降参のポーズを取るケイン。
    腹を抱えつつ…しかし上品に笑うウィリティア。
    目を丸くするロマとハル。


    夜の研究室は賑やかに。そして穏やかに過ぎて行く。


     ▽


    そして一段落ついたときに,ウィリティアは先程の頼みをもう一度小声で聞いた。
    …無論,ロマとハルの二人には聞こえないように。

    「先程の御願い、よろしくて?」
    「…あぁ,俺なんかで良ければ」

    そんな(ケイン)のぶっきらぼうな返事に。

    ウィリティアは満面の笑みを贈った。





     ▽  △



     ▲


    ――学術都市リディルのオフィス街。
    立ち並ぶ超高層ビル(摩天楼)群の中でも,一際高いビルの外――屋上。

    そこに,向かいあう二つの人影があった。


     ▼


    先日のファルナですれ違いの状態で交わした伝言。
    『近いうちにまた――』と約束をし,ファルナから帰ってきた今日。"あの子"から連絡があった。
    しかし呼び出された場所がおかしかった。

    「…高層ビル群の屋上ですって…?」
    『御待ちしております,先輩』

    切れた携帯端末。
    ツー,ツー,と発信音を鳴らせるそれを見詰めつつ,ミコトは予想し得る可能性を一つ思いついた。

    「まさか――…」


     ▼


    「やぁ,久しぶりジャン,先輩!」
    「貴方は変わったわね。」
    「ミコト先輩こそ,ぜーんぜん違うじゃない,最初別人かと思っちゃったよあたし!」

    きゃはははっ!と狂笑をあげる――同年代の少女。
    ミコトは眉をしかめて見る。

    「なに,その半端な装甲外殻(アーマード・シェル)! 先輩ってそんなに不器用でしたっけ?」
    「これはしょうがないの。軍用品で私の魔力が足りないんだから。」
    「常人は不便ですよね。あたしはなーんにも要らないかららくち〜ん!」

    常人は,不便。
    それは魔法を自在に使えないから――と暗に告げている事に他ならない。
    やはりこの少女は――。

    くるくると踊るように両手を広げて回っている。
    そんなこの少女の様子を見つつ,さっさと話を進める事にした。

    「で。話を進めても良い?」
    「どうぞー。と言うか,よくあたしがあたしって疑いませんでしたね? そゆとこやっぱ好きだなー」

    あははーと嬉しそうに笑う。
    この少女と自分の知っている少女。どちらが本当の姿なのだろうか――?

    やめた。
    この子と道を別れてから何年が経とうとしているのか。私も変わったし,この子も変わった。
    それで良いのかもしれない。
    気を取りなおす。

    「…先週ファルナの東区の最南端にある市営図書館でみつけたの。」

    ミコトはそう言って一冊の本を取りだした。
    図書館から持ち出した,あの禁書だ。

    「? 先輩って勝手に本を持ち出すような性格じゃなかったような?」
    「しょうがなかったの。ふかこーりょく。」
    「あはっ! そう言う変化はだいかんげい〜」

    ぱたぱた両腕を回しながら喜ぶ。まるで子犬だ。

    しかし。
    彼女の長く美しい漆黒の髪が風揺れるのを見ると――

    1対の黒レンズを填めたでかいゴーグルで顔半分が覆われていて見えないが,その顔の造詣と均整の取れた体つき,年相応のプロポーション。身長も自分と同等。美少女だ。
    革製のフライトジャケットにレザーパンツ。それにかなりゴツイ安全靴を履いている。

    つまり。
    ――ギャップが激しい。

    それに,以前はもっと普通の性格をしていて,それでいて誰とも馴れ合わなかった普通の美少女だった。


    「この本を、あなたの先生――探偵だって話よね。渡しといてくれないかな?」
    「料金はこちらになりまぁ〜す」


    目の前に突き出された一枚の紙。



    ――!!

    一瞬で間合いを詰められてる…!


    気づき間合いを取って戦闘体せ「だめだめ,先輩オソスギだよ?」

    飛びのいたはずの背後からの声。
    いや,耳元に感じる彼女の吐息(・・・・・・・・・・・)

    …早い。流石――

    「――流石,リディルを騒がせる狂速の淑女(MAD・SPEED・LADY)!」




    きゃはははははっ!!!



    消えては現れ,現れては消える。
    ジャッジャッジャ,っと辺りを鋭い擦過音が埋め尽くし,彼女の残像が無数に出現。
    彼女の高速移動(EX能力)によって生じたこの現象。本物はどれかなど見分けはつかない,しかし――

    ミコトは背後の給水塔を睨んだ。

    「それで,気は済んだの?」
    「さ〜すが、学院に通うだけの実力者ですね…」

    その背後から姿を見せる。
    最終的にこの少女が身を隠したのが給水塔だっただけで.先程の残像は全て本当の残像(・・・・・・・)

    加速力に特化したExclusive(異能力者),それが彼女――夜のリディルを統べるEXの片割れ,狂速の淑女(MAD・SPEED・LADY)だ。


    ―――。

    ミコトは油断せずに構える。

    ―――・ 円舞展開 (システマティック・オートカウンター)

    意識まで戦闘意識に切り替える。

    が。

    「あーあ。先輩本気になっちゃった。やーめたっと。」

    そう言うと,彼女(レディ)は給水塔の上に飛び乗り腰をかけた。

    「…?」
    「本気で戦うつもりの先輩に敵うわけないジャン,あたし。戦闘特化の能力じゃないしねー」
    「どう言うつもり?」
    「戦うつもりならあたしのダーリン連れてくるよ。今日は良い月夜だし,先輩に久しぶりに会えるから来たの。」
    「ミス「だーめ。今のあたしはレディだから。本名はナシでおねがいしまーす!」…わかった。」

    はぁ,とミコトは溜息をついた。
    本題に戻ろう。

    「さっき言ったとおり,その本を貴方の先生に届けて欲しいの。」
    「うわなにこれ、キモー。」

    何時の間に取られたのかすら気づかなかった。
    だが彼女(レディ)が持っている本は,確かに先程ミコトが取り出したあの本だ。
    中身をぱらぱらと月明かりで読みつつの感想。
    言い方はアレだが,確かにミコトも同じような感想を持ったのも事実だ。
    もっと正確な言い方をするなら――その内容には嫌悪した。

    「それ,王国の禁忌(タブー)に触れている可能性があるわよ。」

    途端,うぇっと情けない声をあげて,彼女(レディ)が顔をしかめたのを感じた。
    ミコトは苦笑しまぁまぁとなだめる。

    「どうせ関係無いって考えてるんでしょ?」
    「モチロンですよ,でもコレが原因で追い掛け回されたりしたらイヤだなぁ」
    「可能性は0じゃないよね。」
    「…先輩ひどーい」

    とか言いつつもケタケタと笑う。
    ミコトも肩で溜息をついた。

    「ともかく御願い。それを貴方の先生に渡して――真偽について調査して欲しいかも。出来れば,あと三日以内に。」
    「三日。ちょっと時間足りないかもですよ?」
    「四日目の朝には私合同演習訓練でランディール広原に行く事になっててさ。その前日までに情報仕入れて想定外の事態に対処(・・・・・・・・・)出来るようにしときたいから。」
    「…想定外の出来事,ですか?」

    今日彼女に会ってから,初めて真剣みを覚えた声。
    戸惑いながらもミコトは応える。

    「うん。妙に引っかかる連中が同じ日にはランディール広原に入ってるんだ,史跡調査団とか言ってね。」
    「妙に引っかかる連中…」

    重く繰り返すレディに,うん。とミコトは頷いて口を開いた。


    「ファルナに本部を置く,魔鋼錬金協会(フリーメーソン)が,ね」


     ▼


    判りました,なるべくがんばって調べてくれるように急かしまくります。


    そう言って,狂速の淑女(MAD・SPEED・LADY)は去った。
    来たときには既に居て,話が終わると既にいなかった。

    速さ。
    ――とりわけ加速力に特化している彼女は,その能力で夜のリディルを縦横無尽に走り回る。

    学術都市リディルの"走り屋"の片割れ。

    それが問題視され,都市でも有数の問題のひとつとして懸案事項に掛かっていることを、ミコトは知っていた。
    が,まさかそれが自分の過去の知合いだったとは。


    「世の中わからないねー…」

    何となく呆けた声で呟いた。

    思えば自分もここ一年でずいぶんと変わった。
    やはり,初めての友人であるエルリス・ハーネットと出会ったのがきっかけだったのだろうか。

    それから,半年前にこちらから声をかけた(ケイ)
    ずいぶんと賑やかになった。
    自分から動く事で,どんどんまわりの状況が変わって行く。

    楽しい。本当に楽しい。
    今夜は,もう会わないだろうと思っていた後輩とも再開できた。もっとも…性格は大分変わっていたけど。

    「まぁ,なるようになるかな」

    そう思う。
    今までも無茶したってなるようになった。これからも多分なるようになるだろう…きっと。

    ふと,かつての後輩…そして今"狂速の淑女(MAD・SPEED・LADY)"と名乗る彼女に一つの問いを聞いてみたくなった。

    …まぁそれは,次に会ったときにでも構わないだろうと思いなおす。

    今日は帰ろう。
    明日も早い。

    それに疲れた。



    じゃぁ,またね



    去ってから五分ほどだが,今更ながらに別れの挨拶。

    ま。いっか――



    月が,優しい光で私を包んでくれていた。



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